ゼロの使い魔保管庫
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マリコルヌ達によって、予定外の水を消費したレドゥタブールは本来ド=グラモン上空でランデブーする予定を取り止め、一端降下して水の補給をする為に着陸する事にし、其所で指揮官が降りて、他艦の士官と合流したのを、マリコルヌ達は洗濯物を畳みながら見掛けたのである 「スティックス先輩、あれ」 「アルビオン人?トリステイン人と物腰が違う」 「もう一人は衛士隊の隊長ですね。あの羽帽子は僕も見た事あります」 二人は顔を見合わせて 「アルビオン!?敵じゃないか?」 「何で旗艦に乗艦してるんだ?」 「るせーぞ、ゲロコンビ!ちんたらやって無いで、さっさと片付けろ!」 「でででも、先輩。アルビオン人ですよ!アルビオン人」 マリコルヌが甲板員にそう言って抗議するが、セーラーを纏った甲板員は軽くマリコルヌを小突いた 「ば〜か〜た〜れ〜。きちんとトリステインに帰順した提督だ。元アルビオンだろうと、非常に有能な提督なら俺達が助かる可能性が高い。生き残りたきゃ文句言うな!」 「し、しかし」 「少なくとも、お前らみたいに皆をゲロまみれにして、余計な水を消費させたりはしねぇよ」 ぽここんと二人して笑いながら小突かれ、嫌な顔をする二人 「すいません」 「お陰で一気に有名になったな、お前ら。最高のデビューだぜ?序でに船員の船室迄熟知出来るじゃねぇか?とっとと使える様になれよ、候補生」 「「は、はい」」 マリコルヌ達はちょっと驚いた。掴みは最高と言われ、誰もが笑い話のネタにしかしてないからだ 「手伝いますよ、候補生」 そう言って、ボーイ達が洗濯物を畳むのを手伝い始める 「あ、済まない」 「おいボーイ共、船室に届けるのはちゃんとやらせろよ?艦を熟知させる邪魔はすんなよ?」 「了解です」 そう言って、甲板員は補給作業の手伝いを行いに降りて行った 「そう言えば先輩達、何で新艦なのに、皆位置知ってるんだ」 スティックスのその疑問にはボーイが答えた、ジュリアンである 「あ、それ僕も疑問に思ったので聞いたら、同型艦に乗ってた人達だからだそうです」 「あ、成る程」 洗濯物を畳んでたマリコルヌが頷く 「しかし候補生達、派手にやりましたよね」 そう言って、ジュリアン達が笑ってる 「悪かったな」 貴族の威厳もへったくれも無いので、二人してむくれている 「いえ、僕達も別の場所でげーげーやってたんですよ、なぁ?」 振り返ったジュリアンに頷いて、ボーイ達が笑っている 「つまり、僕達全員ゲロ仲間です」 「あ、チキショー。僕達だけ派手にやってたのか」 「そういう事です。畳むのは僕達に任せて届けに行って下さい。案内させますよ」 「そうか、頼むよ。行くぞ、マリコルヌ」 「はい、先輩」 ゲロ仲間が出来たお陰で肩の力が抜けた二人は、素直に平民達と少しずつ接する機会に慣れていった * * * 想定外の補給だったが、直ぐに終わってレドゥタブールは離陸し、ドックに収まってた戦列艦群も離陸し、グラモン伯製鉄所上空で縦身陣を整え、そのまま弧を描きながら上昇していく マリコルヌ達は更に候補生二人と合流し、食堂で食事を取っていたが、まだ胃がむかむかする 「ほらほら、お前らちゃんと食っとけ。胃液だけ吐くのはつれぇぞ?」 そう言って司厨長に促され、何とかパンに野菜とハムを挟んだ物を無理矢理飲み込み、紅茶で流し込んだ 「くっそ、まだムカムカする」 「僕はもう慣れたかな?」 マリコルヌはそう言って一人食事をもりもり取っている 風使いのお陰か、元々図太いのか判断に分かれる所である 「風使いのお陰か?くっそ、羨ましいな」 そう言ってスティックスはむくれている 「先輩達も早く慣れた方が良いですよ。本当に戦闘するって、言ってましたし」 「全くだ。で、相手は?」 「ロイヤルソブリン級だそうです」 その瞬間、三人が頭を抱えた 「知ってるんですか?先輩」 「…何でお前は知らないんだよ?射程は此方の1.5倍、砲門数は倍、更に竜騎士搭載能力を持つ、動く要塞じゃないか」 「運が悪すぎだぜ、俺達」 「明日には何人か欠けそうだな」 はぁと溜め息を付いて、お通夜状態に突入した三人 「で、だからこそアルビオン人を参謀にしたそうです。艦隊司令はド=ゼッザール。主席参謀がボーウッド。ロイヤルソブリン級の弱点を知ってるのがボーウッド客員提督だから万全だって、皆言ってましたよ?」 マリコルヌの言葉にスティックスが毒付いた 「あ〜そういう事か。くっそ、俺達が生き残る為にあのアルビオン人が必要って事か」 「ちゃんと働かないと、後ろから魔法撃ってやる」 「……ほぅ、良い度胸だな、若僧」 振り向いたら、ゼッザールが髭を擦りながら立っていた 隣には、ボーウッドが苦笑しながら立っている 「魔法衛士隊隊長!」ガタタ 思わず全員立ち上がって敬礼をする四人 「で、誰が誰の背中に魔法を撃つって?ん?」 ゼッザールがいやらしく聞いて来る 四人は冷や汗だらだらだ 「あ、あの。小官がこのマリコルヌに言いましたぁ!」 『裏切ったな?』 マリコルヌはそう思いながらも、直立不動を崩さない 「そう言えばエリックが言ってたな」 ギクリ 全員明らかに動揺する 「私に稽古つけて貰いたいって勇ましいのが、士官候補生に居たと」 たら〜りと冷や汗を垂らす四人 「無冠の騎士の例も有るし、やはり全力で応えてこそ先達の義務。ちょっと稽古しようか、お前達」 パンと両手で肩を叩かれ、逃げるに逃げられない 「え、遠慮」 「若いのは遠慮をするな。ボーウッド客員提督もそう思いませんか?」 「えぇ、若いのは増長してる位で丁度良い」 そう言って、ボーウッドも笑っている 「あはははは」 汗をだらだら垂らしながら四人は両腕に挟まれて、ズルズル引き摺られていった * * * アッパーデッキにて魔法衛士隊や暇してる砲兵や甲板員が輪を作って見物する中、魔力と精神力を消耗させない為に組打ち訓練が行われ、四人が綺麗に伸びた 「何だ?だらしない。エリック、お前手加減したな?」 その言葉に、教え子の不甲斐なさにがりがり頭を掻いて、見ていたエリックは弁明を試みた 「何言ってんすか?訓練途中で切り上げさせたのは、隊長含めた総司令部じゃないですか」 「にしては、だらしなさ過ぎ……ほぅ」 ゼッザールの言葉に一人、立ち上がったのだ 常に才人の稽古に付き合っていた、マリコルヌである 「教官を…ぜい…馬鹿に…するな。あの短い……時間で…ぜい…僕達を…死なない様に…ぜい…一生懸命……鍛えて…ぜい…くれたんだ。……ぜい……じゃなきゃ……鉄捜索…ぜい…任務の時に…ぜい…僕達は……戦死者を…ぜい…出してる」 ゼッザールはマリコルヌの発言に、思わずニヤリとする 「なら見せてみろ……来い」 「うおぉ!」 歴戦の戦士の気迫に負けない為に雄叫びを上げてマリコルヌは殴りかかり、ゼッザールの頬に一発当てたのである 「やった!」 「訂正しよう。エリック、中々良い教え子じゃないか」 ドゴッ 一際強烈な一撃が腹に入り、マリコルヌはその場で倒れてしまう 「良し、名誉の気絶だ。医務室に運んでやれ」 「ウィ」 エリックがマリコルヌに寄り、抱き起こしてそのまま肩を担ぎ上げた 「……あ……僕」 「大人しくしてろ。医務室に連れて行く。良い根性だ」 「………はい」 エリックの言葉に、マリコルヌは口の中を切った血の味を味わいながら涙を流し、頷いた その様をゼッザールは見送り、見物してたボーウッドに話し掛けた 「どうです?我がトリステインも中々でしょう?」 「えぇ、将来が楽しみだ。トリステインの為に、働きたくなりましたな」 そう言ってボーウッドが頷き、去って行くマリコルヌ達に敬礼をしたのである * * * 哨戒活動範囲を広げる為にマンティコアを飛ばし、トリステイン艦隊は捜索範囲を広げていた 当然、マリコルヌ達もワッチとして望遠鏡片手にマストの上で360°監視の真っ最中だ 「うおっ、寒っ」 スティックスが一人毛布にくるまりながらも監視を行なっており、マリコルヌが上に登って来た 船酔いとの戦いは全員勝利し、普通に活動出来る様になった ひょっとしたら、ゼッザールの拳が上手い具合に効いたのかもしれない 「スティックス先輩、交代です」 「お〜、やっとかぁ、助かる。アランとバシェは?」 「艦尾に回されてますよ」 「早くワインで温まりたいぜ。あのワインだけが、唯一の楽しみだもんな。お前飲んで来たか?冷えるから飲んでないとキツいぞ?」 「飲んで来ましたよ。ほら、此所に」 そう言って、懐から瓶を出すマリコルヌ 「メインマストの見張りだって言ったら、司厨長が皆には内緒だ、持ってけって。先輩も一口どぞ」 「すまん、頂く」 らっぱ飲みで同じ口に含むが、そんな事は気にしてられない位に寒い 冗談抜きで、寒さ対策でアルコールが必要なのだ。じゃないと、末端の血行障害で凍傷になりかねない つまり、空軍は飲んべえじゃないと難しい職業である 逆に飲み過ぎるとまた問題なので、加減は必要ではある 「くぁ〜効く。司厨長には、助けられっぱなしだな」 「マルトー料理長みたいですね」 「…言われてみればそうだな。料理人って、似てくるのか?」 「さぁ?」 その時、二人に遠話が入って来た 〈此方、マンティコアアン-アン。敵艦隊発見。不味い、此方も捕捉された。方位2-2-3。高度3000。距離3500。雲間。帰投する〉 「アンサーズ・デル・ウィンデ。此方旗艦了解」 マリコルヌが返答し、スティックスが大声を張り上げた 「敵発見!方位2-2-3。高度3000、距離3500雲間、至近です!捕捉されてます!」 一気に周りがバタバタと走り出し、皆が大声を上げ始めた 「敵襲!敵襲!総員戦闘配置!急げ〜〜!」 * * * ロイヤルソブリン級旗艦ゴータにて、報告を受けたホレイショとワルドは騎乗幻獣が違う事に顔をしかめた 「不味いな、マンティコアか。奴が出てるかもしれん」 「ド=ゼッザールですか?ワルド子爵」 「あぁ。奴が居た場合、降下作戦は不可能と思ってくれ。私の偏在と同じく、奴も偏在使いだ。抑えるだけで精一杯になる。スクウェア5人と対峙出来る奴は、あの使い魔だけで充分だ」 「了解しました。でしたら僕からも一つ。まだ艤装が全て終了してません。ボーウッド殿が居た場合、練度から何から全て見抜くでしょう。そうしたら我々が壊滅の危機です。確認次第連絡して下さい」 「了解した。早めの撤収も有りと考えて良いんだな?」 「えぇ」 「了解。では出る」 ワルドは出撃の為に出ていき、フーケがその様を見送ったのである ロイヤルソブリン級から風竜が一騎、火竜が30騎出撃し、その背には人が二人ずつ乗っている 「総員に告ぐ。恐らく降下作戦は不可能だ。だがそれでもメンヌヴィル隊には同乗して貰った。はっきり言おう。多分ゼッザールが出てくる。私が奴を抑えている間にお前達が他の相手を組織で対応しろ」 「下手すれば虎の子の六頭の老獣を出して来るぞ?そしたら先住魔法の雨あられで、我々の全滅も有り得る。それ位危険な相手だ。三隊中最強を誇る隊を見くびるな」 「イエス・サー」 部下達の回答で気を引き締めたワルドに、メンヌヴィルが問い掛けた 「今回の我々は海兵ではなく射撃手か?」 「そういう事だ。はっきり言って、上艦はまず出来ん」 「……ほぅ」 「ゼッザールを甘く見るな。そしてこの戦場は、我々風使いの縄張りだ。はっきり言って、大空なら風使いに敵はおらん」 「その意見には賛成だな、ジャン」 突然メンヌヴィルの後方から声が掛けられ、メンヌヴィルが鉄棍をぶん回したが、ひらりと避けられてまた着地された 「……いつの間に?」 気配察知に優れるメンヌヴィルが驚き、ワルドが舌打ちした 「しまった!後手に回ったか!ユビキタス・デル・ウィンデ」 そして、ワルドから分身が分かれたと思ったら風の中に消え、一体だけゼッザールに襲いかかったのである ギィン! レイピアとサーベルの軍杖が交差し、鍔迫り合いを行う 「いつ以来だ?杖を交えるのは?」 ゼッザールがそう言ったが、ワルドは不敵に言い放った 「殺す積もりでは、今日が初めてだ!」 「確かに……な!」 力比べからお互いが蹴りを放って其を受け、互いに脚を抱えられたのを軸にお互いが上段に回し蹴りを放ち、更にそいつを受け止め、竜から落下する 「おおぉ!?」 思わずメンヌヴィルが驚いた 「「イル・ソラ・フル・ウィンデ」」 お互いの詠唱が響き渡り、フライを伴った空中格闘 ギィン、バシッ、ガッ 軍杖を交わし、拳を交わし、蹴りを交わす しかも全て空中で、だ 最早人間の範疇を二人共に越えている しかも、偏在の偏りは、敵味方双方の艦上で炸裂していた レドゥタブールの艦上ではワルドが攻めるのをゼッザールが受け ゴータの艦上ではゼッザールの攻めをワルドがいなしていた 正に一人での五騎討ち そしてアルビオン艦隊の有る雲間から雷電が疾り始める 「不味い!高度を下げろ!老成個体の先住一斉詠唱だ!」 いきなりのワルドとゼッザールの戦いに呆気に取られてたゴータの船員達が、ワルドの偏在の指示を実行しようと動き出した時には遅かった カッ!ドドドーン! 辺りに轟音が鳴り響き、空船に落雷したのである 「被雷!被雷!ハンプシャー、ヨーク、火災発生!」 「他艦にも被雷!司令、雲間は危険です。退避を!」 いきなりの雷の攻撃に、ホレイショは歯軋りをしながら命令を下す 「くっ、鎮火急げ。全艦降下。全砲門、砲撃準備。水兵対空戦用意、来るぞ」 「イエッサー!」 そう、降下先には既に待ち構えてるであろう事は想像に難くない 「何という戦術。貴方ですか?ボーウッド」 ホレイショはかつての上官の存在を感じ、戦慄を始めた * * * 「ほぅ、幻獣騎兵は味方だと何と心強い」 ボーウッドは望遠鏡で火災を発生して降下を始めたアルビオン艦隊を見つめつつ、思案をする 「…更に練度が落ちてるな。命令、全艦左砲戦準備。単縦陣で飛び込むぞ」 「ウィ」 「高度報告密にせよ」 「ウィ。現在艦隊高度1800、敵艦隊2500。距離3000」 「全速前進。アップトリム5°」 「アイ。全速前進!アップトリム5°。突っ込め!」 次々に命令が伝達され、トリステイン艦隊は突撃を始めた その上空では、マンティコア隊が10騎一編隊を構成し、中隊長を先頭にダイヤモンドを組み、竜騎士の攻勢に対し、数で押している 直接攻撃が心配無くなったトリステイン艦隊は一気に突入していく ドドドーンドンドン 凄まじい轟音が戦場に鳴り響き、先頭のレドゥタブールが被弾を始めた 「参謀殿!的になってます!退避を!」 「不許可だ。早く1000迄詰めろ」 「しかし!」 「新造艦で幾分他の艦より頑丈だ。怖いなら船室で蹲っていろ」 ボーウッドはそう言って、艦長を相手にしなかった 「糞っ。アルビオン人にだけ格好良くさせる訳にはいかん!舵固定。総員持ち場を死守しろ!」 「ウィ!総員持ち場死守せよ!」 甲板員が被弾の恐怖に怯えながらも帆の調整を一切緩めず 通過した砲弾が縄を切断して、甲板員に跳ねた縄が直撃し、血みどろになって倒れる 「主帆ロープ破損!ボーイ、代わりのロープ持って来い!」 「ウィ」 「衛生兵、負傷者を連れてけ〜〜〜!」 被弾の度に甲板が慌ただしく走る男達で溢れ、その上ではマンティコアが咆哮を上げ、本来の暴虐性を竜騎士相手に発揮している 「ロープ、持って来ました〜!」 数人がかりでドタドタ走ってロープを持って来たボーイを確認すると、甲板員がすかさず指示を下す 「候補生、飛んで結んで来い!お前らが一番早い!」 「は、はい!行くぞマリコルヌ」 「了解!」 ロープの先端を持って二人が飛び上がった 二人なのは、片方が被弾した場合の予備である 「えい糞、バタバタしやがって」 スティックスがそう言って、何とか帆を掴む 「先輩そのまま押さえてて」 マリコルヌがナイフを取り出して破損した縄を切り、すかさず新しい縄を括り付けた 船員達に特訓された、船乗り特有の結びである 「結びましたぁ〜!」 「よっしゃあ!いくぞぉ!せぇの!」 「「「うおぉぉぉぉ!」」」 二人が大声を上げると、甲板員が複数で風の力に負けない様にロープを引っ張り、主帆がきっちり風を受け、ロープを結び直す 「主帆回復。行き足戻りました!距離1500、高度1900、敵2000」 報告にボーウッドは更に指示を下す 「距離1100を切り次第転舵、面舵90°高度2000越えても構わん、やれ」 「ウィ」 そんな中、上空でも激戦が行われていた 互いが互いの火力に警戒したせいで動き周り、命中弾が出ないのだ 「おいワルド、ちっとも突破出来ぬではないか」 「だから言ったろうが!私も4人を扱って目一杯だ!あんまり仕事やらせるな!」 その時、一体のマンティコアがワルドの風竜に上空からランスでチャージを敢行し、ワルドが避けると騎士と目が合う その目は、最高の獲物を見付けた悦びに満ちていた 「しまった!捕捉された、ゼッザールが来るぞ!」 「はぁ?何を馬鹿な?風竜に追撃等」 メンヌヴィルがそう言った時には、風竜の真上に先住魔法の呪縛で速度が同調し、マンティコアが居た 「ふぇふぇふぇふぇ、久しぶりだねぇ、ワルドの坊や。敵になったんなら、喰っちまって構わないんだろ?」 「ニケか!?お前に喰われてたまるか!」 ワルドの罵声にゼッザールが応えた 「全くだ。お前は俺の獲物だ。ニケにはそっちの男をくれてやる」 「不味そうじゃないかい、あれ」 本当に嫌そうに言うマンティコアに、メンヌヴィルが激怒した 「たかが獣の分際で!」 「は、黙んな裸猿。不味そうだが胃袋に収めてやるよ」 ニケがそう言って、ゼッザールは飛び降り様ランスを突き出し、ワルドは避けながらゼッザールと衝突して墜落、メンヌヴィルはニケの真ん前に炎を出したが、咆哮一つで掻き消され 「ガァォォォ!!」 そのままマンティコアがメンヌヴィルを喰わえ込んで風竜は一騎残された 二人して本体同士でフライを唱えて飛行を始め、そのまま更に詠唱を重ねる 「食らえ!暴風!」 「お前の特技だ!閃光!」 フライ中に更に詠唱を重ねる二人、流石軍のスクウェアである 戦場に一気に10のライトニングの閃光が迸り、続いて雷の轟音が敵味方双方の鼓膜をつん裂く 雷と雷が衝突して磁場が狂って、そのまま明後日の方向に雷が疾る 其を目撃した双方の指揮官は、凄まじい応酬に思わず首を竦めた 「あははは、あの二人は一軍に匹敵しますね」 そう言ってホレイショは首を竦め 「……何故出撃を反対したか、良く判るな。あれは、人のカタチをした兵器だ」 ボーウッドはそう言って、帽子を被り直す そして、その様を見てたマリコルヌ達は、度胆を抜かれた 「風使いって、あそこ迄行けるんだ」 スティックスはそう言って呆然とし、ロープを掛け直して辛うじて時間が出来た甲板員が、マリコルヌの肩にポンと手を置いた 「お前……やるじゃん」 「知ってたら、絶対に挑まないっすよ」 「……だろうな」 そして双方の激突に更に転機が訪れる 高度2000を越え、マンティコア隊の空戦高度を越えたトリステイン艦隊が、距離1100でレドゥタブールが転舵を開始し、そのまま後続が面舵に続いたのだ 「今だ、上空に取り付け!」 竜騎士隊がそう言って高度を稼ごうとすると、また雷雲が押し寄せて来る 「いかん、行くな!マンティコアの先住だ!」 気付いた時には、数騎が飛び上がっており、続いて落雷の雷鳴が轟いた ピシャァァァァン! メンヌヴィル隊が辛うじて防御するが、そのまま強かに雷に撃たれた竜騎士が撤退を開始する 「なら艦下から…」 だが、其所にはマンティコア隊の防御陣営が居た 「くっそ……」 竜騎士のブレスの射程にも近付けず、竜騎士隊がやきもきしてると、トリステイン艦隊から、遂に砲撃戦が始まったのである 「ファイヤ」 ボーウッドが短くそう言い、次々に伝達され、待ちに待った砲兵達が、遂に自身の分身に火を入れたのである 「ってぇぇぇぇ!」 ドドドーン! 砲弾がドンドン飛んで来て、アルビオン艦隊に着弾する 「被弾ヶ所、報告!延焼防げ!」 「負傷者収容急げ〜〜〜!」 一気にアルビオン艦隊がバタバタと慌ただしくなる * * * 「がぁぁ!?この……ケダモノがぁ!」 牙がメンヌヴィルの身体に食い込み、メンヌヴィルが脂汗を垂らしている 鉄棍を振るってそのままマンティコアの頭部を強かにひっぱたいた 「グァッ!?」 思わず顎の力を弛めてしまったニケ そのままメンヌヴィルが脱出し、背中の鞍に飛び乗った 「このまま燃やしてくれる、ウル・カーノ……っ!?」 メンヌヴィルの背後からの尻尾である蠍の尾の攻撃 当然毒付きだ 「小煩い裸猿め。空で風の精霊も使えない癖に挑むのが馬鹿だね。さっさと肉におなり」 だが、メンヌヴィルは飛び降り、そのままフライを使って飛行を始めた 不利を悟っての撤退である 更に、いつの間にか風竜に騎乗してたワルドがメンヌヴィルの手を取り、そのまま力任せに引き上げた 「撤退する。異論は?」 「……無い」 「解毒薬だ。飲んでおけ」 ワルドに渡された薬を無言で飲み干し、舌打ちする 「次は……燃やす」 丁度、ヨークからも撤退信号弾が打ち上げられ、竜騎士隊が素直に撤退していく だが、ワルドは撤退支援の為に、意趣返しを忘れていなかった ヨークの舷側に、二人のワルドが並んで立っている ここは大空、風の領域、つまりは、風の魔法が最大限に発揮される 環境は最高だ 「撤退の邪魔はさせん」 ワルド達ががそう言って、二人の詠唱が完全に重なっていく 風,風,風、風,風,風 軍杖を高く掲げて交差をし、そのまま振り下ろした 真なる風の六乗によるライトニング 凄まじい閃光が迸る中、同じ位凶悪な暴風が、雷を拡散させた 空気の分子が竜巻により電位差を発生して、雷を避けたのである お互いの魔法に敵味方の兵が度胆が抜かれ、その激突を演じた者達を化物を見る目で見たが、既にその偏在で出来た分身は消えていたのである * * *
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マリコルヌ達によって、予定外の水を消費したレドゥタブールは本来ド=グラモン上空でランデブーする予定を取り止め、一端降下して水の補給をする為に着陸する事にし、其所で指揮官が降りて、他艦の士官と合流したのを、マリコルヌ達は洗濯物を畳みながら見掛けたのである 「スティックス先輩、あれ」 「アルビオン人?トリステイン人と物腰が違う」 「もう一人は衛士隊の隊長ですね。あの羽帽子は僕も見た事あります」 二人は顔を見合わせて 「アルビオン!?敵じゃないか?」 「何で旗艦に乗艦してるんだ?」 「るせーぞ、ゲロコンビ!ちんたらやって無いで、さっさと片付けろ!」 「でででも、先輩。アルビオン人ですよ!アルビオン人」 マリコルヌが甲板員にそう言って抗議するが、セーラーを纏った甲板員は軽くマリコルヌを小突いた 「ば〜か〜た〜れ〜。きちんとトリステインに帰順した提督だ。元アルビオンだろうと、非常に有能な提督なら俺達が助かる可能性が高い。生き残りたきゃ文句言うな!」 「し、しかし」 「少なくとも、お前らみたいに皆をゲロまみれにして、余計な水を消費させたりはしねぇよ」 ぽここんと二人して笑いながら小突かれ、嫌な顔をする二人 「すいません」 「お陰で一気に有名になったな、お前ら。最高のデビューだぜ?序でに船員の船室迄熟知出来るじゃねぇか?とっとと使える様になれよ、候補生」 「「は、はい」」 マリコルヌ達はちょっと驚いた。掴みは最高と言われ、誰もが笑い話のネタにしかしてないからだ 「手伝いますよ、候補生」 そう言って、ボーイ達が洗濯物を畳むのを手伝い始める 「あ、済まない」 「おいボーイ共、船室に届けるのはちゃんとやらせろよ?艦を熟知させる邪魔はすんなよ?」 「了解です」 そう言って、甲板員は補給作業の手伝いを行いに降りて行った 「そう言えば先輩達、何で新艦なのに、皆位置知ってるんだ」 スティックスのその疑問にはボーイが答えた、ジュリアンである 「あ、それ僕も疑問に思ったので聞いたら、同型艦に乗ってた人達だからだそうです」 「あ、成る程」 洗濯物を畳んでたマリコルヌが頷く 「しかし候補生達、派手にやりましたよね」 そう言って、ジュリアン達が笑ってる 「悪かったな」 貴族の威厳もへったくれも無いので、二人してむくれている 「いえ、僕達も別の場所でげーげーやってたんですよ、なぁ?」 振り返ったジュリアンに頷いて、ボーイ達が笑っている 「つまり、僕達全員ゲロ仲間です」 「あ、チキショー。僕達だけ派手にやってたのか」 「そういう事です。畳むのは僕達に任せて届けに行って下さい。案内させますよ」 「そうか、頼むよ。行くぞ、マリコルヌ」 「はい、先輩」 ゲロ仲間が出来たお陰で肩の力が抜けた二人は、素直に平民達と少しずつ接する機会に慣れていった * * * 想定外の補給だったが、直ぐに終わってレドゥタブールは離陸し、ドックに収まってた戦列艦群も離陸し、グラモン伯製鉄所上空で縦身陣を整え、そのまま弧を描きながら上昇していく マリコルヌ達は更に候補生二人と合流し、食堂で食事を取っていたが、まだ胃がむかむかする 「ほらほら、お前らちゃんと食っとけ。胃液だけ吐くのはつれぇぞ?」 そう言って司厨長に促され、何とかパンに野菜とハムを挟んだ物を無理矢理飲み込み、紅茶で流し込んだ 「くっそ、まだムカムカする」 「僕はもう慣れたかな?」 マリコルヌはそう言って一人食事をもりもり取っている 風使いのお陰か、元々図太いのか判断に分かれる所である 「風使いのお陰か?くっそ、羨ましいな」 そう言ってスティックスはむくれている 「先輩達も早く慣れた方が良いですよ。本当に戦闘するって、言ってましたし」 「全くだ。で、相手は?」 「ロイヤルソブリン級だそうです」 その瞬間、三人が頭を抱えた 「知ってるんですか?先輩」 「…何でお前は知らないんだよ?射程は此方の1.5倍、砲門数は倍、更に竜騎士搭載能力を持つ、動く要塞じゃないか」 「運が悪すぎだぜ、俺達」 「明日には何人か欠けそうだな」 はぁと溜め息を付いて、お通夜状態に突入した三人 「で、だからこそアルビオン人を参謀にしたそうです。艦隊司令はド=ゼッザール。主席参謀がボーウッド。ロイヤルソブリン級の弱点を知ってるのがボーウッド客員提督だから万全だって、皆言ってましたよ?」 マリコルヌの言葉にスティックスが毒付いた 「あ〜そういう事か。くっそ、俺達が生き残る為にあのアルビオン人が必要って事か」 「ちゃんと働かないと、後ろから魔法撃ってやる」 「……ほぅ、良い度胸だな、若僧」 振り向いたら、ゼッザールが髭を擦りながら立っていた 隣には、ボーウッドが苦笑しながら立っている 「魔法衛士隊隊長!」ガタタ 思わず全員立ち上がって敬礼をする四人 「で、誰が誰の背中に魔法を撃つって?ん?」 ゼッザールがいやらしく聞いて来る 四人は冷や汗だらだらだ 「あ、あの。小官がこのマリコルヌに言いましたぁ!」 『裏切ったな?』 マリコルヌはそう思いながらも、直立不動を崩さない 「そう言えばエリックが言ってたな」 ギクリ 全員明らかに動揺する 「私に稽古つけて貰いたいって勇ましいのが、士官候補生に居たと」 たら〜りと冷や汗を垂らす四人 「無冠の騎士の例も有るし、やはり全力で応えてこそ先達の義務。ちょっと稽古しようか、お前達」 パンと両手で肩を叩かれ、逃げるに逃げられない 「え、遠慮」 「若いのは遠慮をするな。ボーウッド客員提督もそう思いませんか?」 「えぇ、若いのは増長してる位で丁度良い」 そう言って、ボーウッドも笑っている 「あはははは」 汗をだらだら垂らしながら四人は両腕に挟まれて、ズルズル引き摺られていった * * * アッパーデッキにて魔法衛士隊や暇してる砲兵や甲板員が輪を作って見物する中、魔力と精神力を消耗させない為に組打ち訓練が行われ、四人が綺麗に伸びた 「何だ?だらしない。エリック、お前手加減したな?」 その言葉に、教え子の不甲斐なさにがりがり頭を掻いて、見ていたエリックは弁明を試みた 「何言ってんすか?訓練途中で切り上げさせたのは、隊長含めた総司令部じゃないですか」 「にしては、だらしなさ過ぎ……ほぅ」 ゼッザールの言葉に一人、立ち上がったのだ 常に才人の稽古に付き合っていた、マリコルヌである 「教官を…ぜい…馬鹿に…するな。あの短い……時間で…ぜい…僕達を…死なない様に…ぜい…一生懸命……鍛えて…ぜい…くれたんだ。……ぜい……じゃなきゃ……鉄捜索…ぜい…任務の時に…ぜい…僕達は……戦死者を…ぜい…出してる」 ゼッザールはマリコルヌの発言に、思わずニヤリとする 「なら見せてみろ……来い」 「うおぉ!」 歴戦の戦士の気迫に負けない為に雄叫びを上げてマリコルヌは殴りかかり、ゼッザールの頬に一発当てたのである 「やった!」 「訂正しよう。エリック、中々良い教え子じゃないか」 ドゴッ 一際強烈な一撃が腹に入り、マリコルヌはその場で倒れてしまう 「良し、名誉の気絶だ。医務室に運んでやれ」 「ウィ」 エリックがマリコルヌに寄り、抱き起こしてそのまま肩を担ぎ上げた 「……あ……僕」 「大人しくしてろ。医務室に連れて行く。良い根性だ」 「………はい」 エリックの言葉に、マリコルヌは口の中を切った血の味を味わいながら涙を流し、頷いた その様をゼッザールは見送り、見物してたボーウッドに話し掛けた 「どうです?我がトリステインも中々でしょう?」 「えぇ、将来が楽しみだ。トリステインの為に、働きたくなりましたな」 そう言ってボーウッドが頷き、去って行くマリコルヌ達に敬礼をしたのである * * * 哨戒活動範囲を広げる為にマンティコアを飛ばし、トリステイン艦隊は捜索範囲を広げていた 当然、マリコルヌ達もワッチとして望遠鏡片手にマストの上で360°監視の真っ最中だ 「うおっ、寒っ」 スティックスが一人毛布にくるまりながらも監視を行なっており、マリコルヌが上に登って来た 船酔いとの戦いは全員勝利し、普通に活動出来る様になった ひょっとしたら、ゼッザールの拳が上手い具合に効いたのかもしれない 「スティックス先輩、交代です」 「お〜、やっとかぁ、助かる。アランとバシェは?」 「艦尾に回されてますよ」 「早くワインで温まりたいぜ。あのワインだけが、唯一の楽しみだもんな。お前飲んで来たか?冷えるから飲んでないとキツいぞ?」 「飲んで来ましたよ。ほら、此所に」 そう言って、懐から瓶を出すマリコルヌ 「メインマストの見張りだって言ったら、司厨長が皆には内緒だ、持ってけって。先輩も一口どぞ」 「すまん、頂く」 らっぱ飲みで同じ口に含むが、そんな事は気にしてられない位に寒い 冗談抜きで、寒さ対策でアルコールが必要なのだ。じゃないと、末端の血行障害で凍傷になりかねない つまり、空軍は飲んべえじゃないと難しい職業である 逆に飲み過ぎるとまた問題なので、加減は必要ではある 「くぁ〜効く。司厨長には、助けられっぱなしだな」 「マルトー料理長みたいですね」 「…言われてみればそうだな。料理人って、似てくるのか?」 「さぁ?」 その時、二人に遠話が入って来た 〈此方、マンティコアアン-アン。敵艦隊発見。不味い、此方も捕捉された。方位2-2-3。高度3000。距離3500。雲間。帰投する〉 「アンサーズ・デル・ウィンデ。此方旗艦了解」 マリコルヌが返答し、スティックスが大声を張り上げた 「敵発見!方位2-2-3。高度3000、距離3500雲間、至近です!捕捉されてます!」 一気に周りがバタバタと走り出し、皆が大声を上げ始めた 「敵襲!敵襲!総員戦闘配置!急げ〜〜!」 * * * ロイヤルソブリン級旗艦ゴータにて、報告を受けたホレイショとワルドは騎乗幻獣が違う事に顔をしかめた 「不味いな、マンティコアか。奴が出てるかもしれん」 「ド=ゼッザールですか?ワルド子爵」 「あぁ。奴が居た場合、降下作戦は不可能と思ってくれ。私の偏在と同じく、奴も偏在使いだ。抑えるだけで精一杯になる。スクウェア5人と対峙出来る奴は、あの使い魔だけで充分だ」 「了解しました。でしたら僕からも一つ。まだ艤装が全て終了してません。ボーウッド殿が居た場合、練度から何から全て見抜くでしょう。そうしたら我々が壊滅の危機です。確認次第連絡して下さい」 「了解した。早めの撤収も有りと考えて良いんだな?」 「えぇ」 「了解。では出る」 ワルドは出撃の為に出ていき、フーケがその様を見送ったのである ロイヤルソブリン級から風竜が一騎、火竜が30騎出撃し、その背には人が二人ずつ乗っている 「総員に告ぐ。恐らく降下作戦は不可能だ。だがそれでもメンヌヴィル隊には同乗して貰った。はっきり言おう。多分ゼッザールが出てくる。私が奴を抑えている間にお前達が他の相手を組織で対応しろ」 「下手すれば虎の子の六頭の老獣を出して来るぞ?そしたら先住魔法の雨あられで、我々の全滅も有り得る。それ位危険な相手だ。三隊中最強を誇る隊を見くびるな」 「イエス・サー」 部下達の回答で気を引き締めたワルドに、メンヌヴィルが問い掛けた 「今回の我々は海兵ではなく射撃手か?」 「そういう事だ。はっきり言って、上艦はまず出来ん」 「……ほぅ」 「ゼッザールを甘く見るな。そしてこの戦場は、我々風使いの縄張りだ。はっきり言って、大空なら風使いに敵はおらん」 「その意見には賛成だな、ジャン」 突然メンヌヴィルの後方から声が掛けられ、メンヌヴィルが鉄棍をぶん回したが、ひらりと避けられてまた着地された 「……いつの間に?」 気配察知に優れるメンヌヴィルが驚き、ワルドが舌打ちした 「しまった!後手に回ったか!ユビキタス・デル・ウィンデ」 そして、ワルドから分身が分かれたと思ったら風の中に消え、一体だけゼッザールに襲いかかったのである ギィン! レイピアとサーベルの軍杖が交差し、鍔迫り合いを行う 「いつ以来だ?杖を交えるのは?」 ゼッザールがそう言ったが、ワルドは不敵に言い放った 「殺す積もりでは、今日が初めてだ!」 「確かに……な!」 力比べからお互いが蹴りを放って其を受け、互いに脚を抱えられたのを軸にお互いが上段に回し蹴りを放ち、更にそいつを受け止め、竜から落下する 「おおぉ!?」 思わずメンヌヴィルが驚いた 「「イル・ソラ・フル・ウィンデ」」 お互いの詠唱が響き渡り、フライを伴った空中格闘 ギィン、バシッ、ガッ 軍杖を交わし、拳を交わし、蹴りを交わす しかも全て空中で、だ 最早人間の範疇を二人共に越えている しかも、偏在の偏りは、敵味方双方の艦上で炸裂していた レドゥタブールの艦上ではワルドが攻めるのをゼッザールが受け ゴータの艦上ではゼッザールの攻めをワルドがいなしていた 正に一人での五騎討ち そしてアルビオン艦隊の有る雲間から雷電が疾り始める 「不味い!高度を下げろ!老成個体の先住一斉詠唱だ!」 いきなりのワルドとゼッザールの戦いに呆気に取られてたゴータの船員達が、ワルドの偏在の指示を実行しようと動き出した時には遅かった カッ!ドドドーン! 辺りに轟音が鳴り響き、空船に落雷したのである 「被雷!被雷!ハンプシャー、ヨーク、火災発生!」 「他艦にも被雷!司令、雲間は危険です。退避を!」 いきなりの雷の攻撃に、ホレイショは歯軋りをしながら命令を下す 「くっ、鎮火急げ。全艦降下。全砲門、砲撃準備。水兵対空戦用意、来るぞ」 「イエッサー!」 そう、降下先には既に待ち構えてるであろう事は想像に難くない 「何という戦術。貴方ですか?ボーウッド」 ホレイショはかつての上官の存在を感じ、戦慄を始めた * * * 「ほぅ、幻獣騎兵は味方だと何と心強い」 ボーウッドは望遠鏡で火災を発生して降下を始めたアルビオン艦隊を見つめつつ、思案をする 「…更に練度が落ちてるな。命令、全艦左砲戦準備。単縦陣で飛び込むぞ」 「ウィ」 「高度報告密にせよ」 「ウィ。現在艦隊高度1800、敵艦隊2500。距離3000」 「全速前進。アップトリム5°」 「アイ。全速前進!アップトリム5°。突っ込め!」 次々に命令が伝達され、トリステイン艦隊は突撃を始めた その上空では、マンティコア隊が10騎一編隊を構成し、中隊長を先頭にダイヤモンドを組み、竜騎士の攻勢に対し、数で押している 直接攻撃が心配無くなったトリステイン艦隊は一気に突入していく ドドドーンドンドン 凄まじい轟音が戦場に鳴り響き、先頭のレドゥタブールが被弾を始めた 「参謀殿!的になってます!退避を!」 「不許可だ。早く1000迄詰めろ」 「しかし!」 「新造艦で幾分他の艦より頑丈だ。怖いなら船室で蹲っていろ」 ボーウッドはそう言って、艦長を相手にしなかった 「糞っ。アルビオン人にだけ格好良くさせる訳にはいかん!舵固定。総員持ち場を死守しろ!」 「ウィ!総員持ち場死守せよ!」 甲板員が被弾の恐怖に怯えながらも帆の調整を一切緩めず 通過した砲弾が縄を切断して、甲板員に跳ねた縄が直撃し、血みどろになって倒れる 「主帆ロープ破損!ボーイ、代わりのロープ持って来い!」 「ウィ」 「衛生兵、負傷者を連れてけ〜〜〜!」 被弾の度に甲板が慌ただしく走る男達で溢れ、その上ではマンティコアが咆哮を上げ、本来の暴虐性を竜騎士相手に発揮している 「ロープ、持って来ました〜!」 数人がかりでドタドタ走ってロープを持って来たボーイを確認すると、甲板員がすかさず指示を下す 「候補生、飛んで結んで来い!お前らが一番早い!」 「は、はい!行くぞマリコルヌ」 「了解!」 ロープの先端を持って二人が飛び上がった 二人なのは、片方が被弾した場合の予備である 「えい糞、バタバタしやがって」 スティックスがそう言って、何とか帆を掴む 「先輩そのまま押さえてて」 マリコルヌがナイフを取り出して破損した縄を切り、すかさず新しい縄を括り付けた 船員達に特訓された、船乗り特有の結びである 「結びましたぁ〜!」 「よっしゃあ!いくぞぉ!せぇの!」 「「「うおぉぉぉぉ!」」」 二人が大声を上げると、甲板員が複数で風の力に負けない様にロープを引っ張り、主帆がきっちり風を受け、ロープを結び直す 「主帆回復。行き足戻りました!距離1500、高度1900、敵2000」 報告にボーウッドは更に指示を下す 「距離1100を切り次第転舵、面舵90°高度2000越えても構わん、やれ」 「ウィ」 そんな中、上空でも激戦が行われていた 互いが互いの火力に警戒したせいで動き周り、命中弾が出ないのだ 「おいワルド、ちっとも突破出来ぬではないか」 「だから言ったろうが!私も4人を扱って目一杯だ!あんまり仕事やらせるな!」 その時、一体のマンティコアがワルドの風竜に上空からランスでチャージを敢行し、ワルドが避けると騎士と目が合う その目は、最高の獲物を見付けた悦びに満ちていた 「しまった!捕捉された、ゼッザールが来るぞ!」 「はぁ?何を馬鹿な?風竜に追撃等」 メンヌヴィルがそう言った時には、風竜の真上に先住魔法の呪縛で速度が同調し、マンティコアが居た 「ふぇふぇふぇふぇ、久しぶりだねぇ、ワルドの坊や。敵になったんなら、喰っちまって構わないんだろ?」 「ニケか!?お前に喰われてたまるか!」 ワルドの罵声にゼッザールが応えた 「全くだ。お前は俺の獲物だ。ニケにはそっちの男をくれてやる」 「不味そうじゃないかい、あれ」 本当に嫌そうに言うマンティコアに、メンヌヴィルが激怒した 「たかが獣の分際で!」 「は、黙んな裸猿。不味そうだが胃袋に収めてやるよ」 ニケがそう言って、ゼッザールは飛び降り様ランスを突き出し、ワルドは避けながらゼッザールと衝突して墜落、メンヌヴィルはニケの真ん前に炎を出したが、咆哮一つで掻き消され 「ガァォォォ!!」 そのままマンティコアがメンヌヴィルを喰わえ込んで風竜は一騎残された 二人して本体同士でフライを唱えて飛行を始め、そのまま更に詠唱を重ねる 「食らえ!暴風!」 「お前の特技だ!閃光!」 フライ中に更に詠唱を重ねる二人、流石軍のスクウェアである 戦場に一気に10のライトニングの閃光が迸り、続いて雷の轟音が敵味方双方の鼓膜をつん裂く 雷と雷が衝突して磁場が狂って、そのまま明後日の方向に雷が疾る 其を目撃した双方の指揮官は、凄まじい応酬に思わず首を竦めた 「あははは、あの二人は一軍に匹敵しますね」 そう言ってホレイショは首を竦め 「……何故出撃を反対したか、良く判るな。あれは、人のカタチをした兵器だ」 ボーウッドはそう言って、帽子を被り直す そして、その様を見てたマリコルヌ達は、度胆を抜かれた 「風使いって、あそこ迄行けるんだ」 スティックスはそう言って呆然とし、ロープを掛け直して辛うじて時間が出来た甲板員が、マリコルヌの肩にポンと手を置いた 「お前……やるじゃん」 「知ってたら、絶対に挑まないっすよ」 「……だろうな」 そして双方の激突に更に転機が訪れる 高度2000を越え、マンティコア隊の空戦高度を越えたトリステイン艦隊が、距離1100でレドゥタブールが転舵を開始し、そのまま後続が面舵に続いたのだ 「今だ、上空に取り付け!」 竜騎士隊がそう言って高度を稼ごうとすると、また雷雲が押し寄せて来る 「いかん、行くな!マンティコアの先住だ!」 気付いた時には、数騎が飛び上がっており、続いて落雷の雷鳴が轟いた ピシャァァァァン! メンヌヴィル隊が辛うじて防御するが、そのまま強かに雷に撃たれた竜騎士が撤退を開始する 「なら艦下から…」 だが、其所にはマンティコア隊の防御陣営が居た 「くっそ……」 竜騎士のブレスの射程にも近付けず、竜騎士隊がやきもきしてると、トリステイン艦隊から、遂に砲撃戦が始まったのである 「ファイヤ」 ボーウッドが短くそう言い、次々に伝達され、待ちに待った砲兵達が、遂に自身の分身に火を入れたのである 「ってぇぇぇぇ!」 ドドドーン! 砲弾がドンドン飛んで来て、アルビオン艦隊に着弾する 「被弾ヶ所、報告!延焼防げ!」 「負傷者収容急げ〜〜〜!」 一気にアルビオン艦隊がバタバタと慌ただしくなる * * * 「がぁぁ!?この……ケダモノがぁ!」 牙がメンヌヴィルの身体に食い込み、メンヌヴィルが脂汗を垂らしている 鉄棍を振るってそのままマンティコアの頭部を強かにひっぱたいた 「グァッ!?」 思わず顎の力を弛めてしまったニケ そのままメンヌヴィルが脱出し、背中の鞍に飛び乗った 「このまま燃やしてくれる、ウル・カーノ……っ!?」 メンヌヴィルの背後からの尻尾である蠍の尾の攻撃 当然毒付きだ 「小煩い裸猿め。空で風の精霊も使えない癖に挑むのが馬鹿だね。さっさと肉におなり」 だが、メンヌヴィルは飛び降り、そのままフライを使って飛行を始めた 不利を悟っての撤退である 更に、いつの間にか風竜に騎乗してたワルドがメンヌヴィルの手を取り、そのまま力任せに引き上げた 「撤退する。異論は?」 「……無い」 「解毒薬だ。飲んでおけ」 ワルドに渡された薬を無言で飲み干し、舌打ちする 「次は……燃やす」 丁度、ヨークからも撤退信号弾が打ち上げられ、竜騎士隊が素直に撤退していく だが、ワルドは撤退支援の為に、意趣返しを忘れていなかった ヨークの舷側に、二人のワルドが並んで立っている ここは大空、風の領域、つまりは、風の魔法が最大限に発揮される 環境は最高だ 「撤退の邪魔はさせん」 ワルド達ががそう言って、二人の詠唱が完全に重なっていく 風,風,風、風,風,風 軍杖を高く掲げて交差をし、そのまま振り下ろした 真なる風の六乗によるライトニング 凄まじい閃光が迸る中、同じ位凶悪な暴風が、雷を拡散させた 空気の分子が竜巻により電位差を発生して、雷を避けたのである お互いの魔法に敵味方の兵が度胆が抜かれ、その激突を演じた者達を化物を見る目で見たが、既にその偏在で出来た分身は消えていたのである * * *
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