ゼロの使い魔保管庫
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A-side [[11-284]]幸せな男爵様
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588 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
窓際の椅子に座ったティファニアは、鎧戸の隙間から入り込...
立ち上がるのも億劫に感じられるぐらい、体が重い。鉛の服...
この日何度目になるか分からないため息が、自然と口の隙間...
しかし疲労は抜けるどころかますます重量を増して、ティフ...
何もする気が起きないというのが正直なところだが、かと言...
何をしていいのか分からないぐらいの事態が、現実に起きて...
ティファニアは無言のまま鎧戸を押し上げ、少し離れたとこ...
容赦なく雨に打たれて今にも崩れそうに見える、粗末な作り...
窓枠を握る手に力がこもる。見たくない現実をあえて直視す...
今あの小屋の中には、一人の少年の体が横たわっている。
数日前までは平賀才人と呼ばれていた少年の遺体。
それが、ティファニアたちに突きつけられた現実だった。
事の起こりは、アルビオンにあるティファニアの家に才人ら...
友人たちとの突然の再会に、ティファニアは戸惑いと同時に...
実に、彼らと別れてから一年ほどの月日が経過していたので...
たった一年だというのに、世の中は随分と様変わりしていた...
ほとんど世間から隔絶されていると言ってもいいティファニ...
才人たちはまさにその変化の渦中に放り込まれていたのだ。
まず当時ガリアの王だったジョゼフという男が暗殺され、一...
その王位継承があまりにも強引だったために周囲との軋轢を...
いうことだ。
また、ゲルマニアでも大規模な内戦が勃発したらしく、今は...
才人自身詳しくは話さなかったが、そういったゴタゴタに彼...
そんな訳であまりにも問題が多くなりすぎたために、トリス...
「だから、しばらくの間探検がてら東の方に逃げていようと思...
それを話すために、ティファニアの村に立ち寄ったというこ...
当初、ティファニアは彼らがお別れを言いに来たのかと思っ...
だが、才人たちの目的は違うところにあった。
彼らは、東への旅に同行しないかとティファニアを誘いに来...
もちろん、一度は断った。自分には世話をしなければならな...
一年前も、同じ理由で才人からの誘いを断ったのだ。
だが、その答えを覆させたのは、驚くことに他でもない子供...
彼らは、「自分たちのことは大丈夫だから、テファ姉ちゃん...
それでもティファニアは断るつもりだったが、結局は才人た...
母親の故郷がどういう場所だったのか知りたい、というのが...
おそらくこれが最後のチャンスとなるであろうことも予想で...
たのだ。
589 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
かくして東方へと旅立つことになった一行は、ティファニア...
主要なメンバーは以下の通りだ。まず、最初からティファニ...
彼らに魔法学院でルイズと同期だったというキュルケ、タバ...
という教師も同行する。
彼らの他にも冒険心溢れる若者たちが多数参加していたが、...
せいぜいこの八人だけである。
とは言っても探検隊の中心はこの八人のようだったから、さ...
当初は自分の出自や他人が苦手という性質もあって緊張して...
解けることができた。
彼らが皆それぞれに形は違えど気のいい人たちで、自分がハ...
れたからだ。
コルベールなどはむしろ大喜びし、エルフについていろいろ...
才人によると、今回の探検自体コルベールの発案によるとこ...
こうして、一行はコルベールの作った探検船である「オスト...
無論、人間と敵対しているエルフの領域を旅するわけだから...
だが、旅を続ける内に幾分か友好的なエルフの集団と知り合...
って、探検もさほど危険なものではなくなった。
その間、ティファニア自身も満足できるぐらいにエルフの情...
に意義のあるものとなったのである。
対して他のメンバーはと言うと、ギーシュらは本当に探検気...
シャルロットはあまり多く語らなかったが探検そのものが目...
にコルベールにくっついてきただけだ。
そのコルベールにしても東方で未知のものに出会うたびに目...
のとなりつつあったらしい。
彼らとは対照的に、才人、ルイズ、シエスタの三人はなかな...
ティファニアはよく知らなかったが、彼らははっきりとした...
聞いたところによると、それは才人と深い関係のあることら...
だが、ティファニアが見たところ、目的が達成できずに苛立...
にこの旅を楽しんでいる様子だった。
そうして、一行が東方に入ってから数ヶ月ほどの時間が経過...
彼らが滞在している家に駆け込んできたコルベールが、興奮...
「諸君、ついに聖地を見つけたぞ」
と。
590 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
ティファニアは鎧戸を閉じた。雨は未だに止む気配もなく降...
東方はそのほとんどが砂漠に覆われている不毛の地、という...
ほどに緑が溢れた土地であった。
もちろん広い砂漠もあるにはあるが、コルベールの見立てで...
広さとのことである。
エルフを恐れた人間が、彼らの住む世界像すらも歪めてしま...
あるいは、人間が離れていた長い歳月の間に、エルフが何ら...
とにかく、そうした訳でこの村も深い森の中にある。
食物も豊富で気候も穏やかなため、村に住むエルフたちはさ...
長年敵対してきたはずの人間に友好的な態度を取っているの...
それに、いくらエルフが人間に比して長寿だとは言っても、...
長く人間と接触を断っていた間に世代交代が起きて、穏やか...
だから、ティファニアたちもさしたる問題もなくこの村に迎...
持ち主がいなくなって久しい家を借り入れ、コルベールとギ...
もちろん、オストラント号の中にも各員に割り当てられた船...
しかし、空の旅ばかりしていると、地に足をつけて眠りたく...
だから一行のほぼ全員がこの家で寝泊りすることを望んだの...
結局ティファニアを含めた例の九人だけが家を借り受けるこ...
守ることとなったのである。
そうして村で一ヶ月ほど生活していく中で、ティファニアた...
どうも、若い世代の中には西に行きたがっているエルフも多...
るのもそういった心情の現れらしかった。
ティファニアたちがエルフたちと良好な関係を築けたのには...
だが、その交流にも終わりが見えつつある。
「聖地」から帰還して以降、村人たちの様子がどこかよそよ...
原因は考えるまでもなく分かっていた。今はもうただのクレ...
ティファニアはおもむろに立ち上がり、黙って寝台のそばに...
と蓋を開ける。
その中には、一枚の服が大切にしまいこまれていた。滑らか...
これを持ってきたときの才人の笑顔が頭に浮かぶ。ティファ...
591 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「聖地」というのは、いちいち確認するまでもなく、始祖ブ...
ハルケギニアに住む者なら、誰でも知っている場所だ。
才人らもそこを目的地としていたらしいのだが、長い時間の...
ったのだという。
そこが発見されたと聞いて、一番興奮していたのはルイズだ...
彼女はすぐにでも出発しようと主張したのだが、コルベール...
そうやって三日間ほどは準備に当てられることになったのだ...
村のエルフたちや仲間の少女たちと協力して、何やらこそこ...
早く聖地に出発したい一心のルイズは、そんな才人の態度に...
才人の方は平謝りしながらも結局何をやっているのか明かさ...
ティファニア自身も才人が何をしているのか、直前までは知...
その晩は何となく寝付けずに、寝台で寝返りを打っていた。
ティファニア自身、聖地には興味があった。
自分が操る虚無の魔法の秘密が、そこに行けば分かるかもし...
果たして聖地には何があるのか。自分がどんな事実を知って...
それを思うと、緊張と興奮でとても眠ることなど出来なかっ...
控え目なノックの音が響いたのは、そんなときである。
どうぞ、と応じると、才人が足音を忍ばせて入ってきた。
才人は扉を閉めて一息吐くと、大事そうに抱えていた何かを...
「悪いんだけど、これ、ティファニアの部屋に隠しておいてく...
何かと思って広げてみると、それは見るからに上等な生地で...
驚くティファニアに、才人は照れくさそうに鼻の頭をかきな...
「まあ、なんだ。プロポーズしようと思ってんだ、ルイズに」
つかず離れずと言った感じで、あれこれと周囲をやきもきさ...
いい雰囲気になりかけるたびにタイミング悪く変事が起きる...
が、才人はそういう曖昧な状況に終止符を打つつもりらしか...
何故突然そんな気になったのか、と問うと、才人は相変わら...
「聖地が見つかったって言ったじゃんか。ルイズは多分、俺の...
ど、もういいんだよ。俺、こっちに残ることに決めたからさ...
そういうこと」
そう言われてもティファニアにはよく事情が分からなかった...
多少喧嘩はするものの、深いところでは結び合っている二人...
ティファニアは服を預かることを快諾し、才人の企みが成功...
「でも、どうしてわたしに頼んだの」
「いや、ルイズは間違ってもテファの衣装箱は開けねえだろう...
先ほどとは微妙に違った笑みを浮かべた才人の台詞も、やは...
何にしてもめでたいことではある。
コルベールの話によると聖地の探索が終わったら一度西へ戻...
区切りつく訳だ。
592 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
才人が去った後、すっかり緊張が解けたティファニアは、幸...
翌日、一行は夜明けと共に出発した。聖地はオストラント号...
どうやらさほど目立つ建造物ではなかったらしく、これまで...
昼を少し過ぎた頃に到着した「聖地」を見て、ティファニア...
「聖地」の内、地上に露出しているのは門の形をした入り口...
だが、地に降り立った一行がその門を潜ることはなかった。
「危ねえ」
と鋭く警告を発したのは、既に鞘から引き抜かれていたデル...
ほぼ同時に、周囲の岩や木の陰から、無数の魔法が飛んでき...
人間に敵対意識を持つエルフの襲撃である。今思い返してみ...
東方探検を開始した当初こそエルフたちは積極的に妨害して...
目指す聖地を前にして、気が緩んでいたせいもあるのかもし...
一行は、姿を消したエルフたちが待ち受けていることに、少...
エルフたちの奇襲は見事に成功した訳だが、デルフリンガー...
一行は何とか一人も失うことなく船のそばまで戻ってくるこ...
じょじょに包囲網を狭めつつあるエルフたちを見て、コルベ...
一行のほとんどがそれに賛成したが、ルイズだけは別だった。
彼女は無理にでも進むべきだと主張したのだ。
「だって、今を逃したらずっと先までここに来る機会はないん...
ティファニアには、ルイズが何故そこまで聖地にこだわるの...
彼女が命の危険すらも顧みなくなるほど重要な何かが、そこ...
当然、他のメンバーも全員反対したが、ルイズは一切耳を貸...
それを見た才人も、デルフリンガーを片手につかんでそれを...
そして、悲劇は起きた。
ルイズが魔法を解き放つよりも、エルフたちの魔法がルイズ...
そのときの光景が、今もティファニアの頭にこびりついて離...
自分に向かってくる魔法の群に気付いて、思わず足を止めて...
硬直するルイズに向かって駆けていく才人の背中。振り回さ...
轟音と共に、土煙が嵐となって渦巻いた。
次に目を開いたときティファニアの目に映ったのは、血の海...
ルイズの姿であった。
それから先のことは、よく覚えていない。
ただ、結果として聖地はルイズの虚無魔法によって吹き飛ば...
てこの村に戻ってきたのである。
才人は帰還の途中に船の中で死んだ。モンモランシーの回復...
しか役立たなかった。
ルイズを、幸せに――
それが、才人が最後に発した言葉だった。
593 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
婚礼衣装を見つめながらぼんやりと才人のことを思い出して...
突然のことに驚き、婚礼衣装をしまい直すのも忘れて「どう...
ゆっくりと扉を開いて部屋の中に入ってきたのは、シエスタ...
肉体的な疲れと精神的な疲れ、両方に苛まれているためか顔...
シエスタはティファニアの手の中にある婚礼衣装を見つける...
「ここにあったんですね、それ」
疲労している彼女に立ち話させる気にはなれず、ティファニ...
自身もその隣に腰掛ける。広げたままの婚礼衣装は、寝台の...
白く滑らかな布地をゆっくりと手で撫でながら、シエスタは...
細められた瞳には、溢れんばかりの愛情が満ちていた。
何故この服にシエスタがそれ程の愛着を持っているのか、そ...
それを知りたいと思いつつも、静かな優しさに満ちたシエス...
できない。
ティファニアが迷っている内に、シエスタが布地を撫でる手...
「わたしが仕立てたんですよ、これ」
「そうなんですか?」
だからこの服のことを知っていたのか。そう納得しつつ、テ...
シエスタが目の前の見事な婚礼衣装を仕立てたという事実に...
この旅の最中も、家事全般は大抵彼女の仕事だった。繕い物...
も不思議はない。
ティファニアが疑問に思ったのは、シエスタがどういった心...
「どうです、ミス・ヴァリエールにはぴったりですよね、これ。
わたしやティファニアさんじゃ、丈が足りないし胸もきつく...
おかしそうに笑うシエスタに、ティファニアは笑みを返せな...
その戸惑いを知ってか知らずか、シエスタは懐かしむような...
「本当に分かりやすい人でしたよね、サイトさんって。聖地に...
あ、何か隠してるなってすぐに分かりましたもの。あんな調...
ませんよ。涙も使って問い詰めたら、全部教えてくれました...
プロポーズするつもりだって。隠さなくてもいいのに、多分...
さん、プロポーズまでするつもりのくせに、今更こっちに気...
もないぐらい優柔不断な人でしたよね。だからこそ優しくて...
不意に雷鳴が鳴り響いた。にわかに雨音が強くなり、木造の...
そんな中でも、シエスタの静かな声は一語一語はっきりとテ...
「わたし、言ってあげたんですよ。『それならわたしが用意し...
人の婚礼衣装ですもの』って。あのときのサイトさんの困っ...
よ。本当、いい気味だったわ。もちろん、手は抜きませんで...
洗濯してましたし、寸法もばっちりです。時間が三日巻しか...
もどんな花嫁のものよりも素晴らしい婚礼衣装に仕立ててみ...
ティファニアは頷いた。シエスタははにかむような笑みを返...
「でもわたしのじゃないんですよね、これ。わたしじゃ着れま...
一団低い声で呟くように言ったあと、シエスタは顔を上げて...
594 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「サイトさんは大喜びしてました。こんな凄いの作ってくれる...
そんなときだけはこっちの気持ちなんかちっとも考えてくれ...
好きなサイトさんのお手伝いが出来たんですもの。正直、本...
手にしておおはしゃぎするサイトさんを見てたら、どうでも...
るはず。その日だけは自分のことなんて忘れて、二人の幸せ...
不意に、笑みが消えた。ゆっくりと俯いた顔を前髪が覆い、...
少しの間を置いて語り始めた声音はまだ笑っていたが、それ...
「サイトさんね、『ルイズには秘密にしておいてくれ』って言...
するっていうことに、こだわりがあったんでしょうね。わた...
の気持ち、少しは理解してたつもりでしたから」
シエスタの手が、婚礼衣装を強く握り締めた。幾筋もの皺が...
みを作る。
「全部ばらしてしまえばよかった。そうすればミス・ヴァリエ...
な目に遭うこともなかったのに」
激情に歪む叫び声の後には、ただ低い嗚咽だけが続くだけだ...
雷鳴混じりの雨音の中、ティファニアはシエスタの肩に手を...
やがてシエスタが泣き止んでも、何を言うべきなのか分から...
シエスタも少し俯き加減にじっと床を見つめていて、本当は...
沈黙の隙間で跳ね返る雨音に耐えかねて、ティファニアは恐...
「ルイズさんはどうしていますか」
聖地から帰って来て以降、ルイズは魂が抜けたような状態だ...
自分のせいで才人を死なせた上に、魔法力を使い果たして気...
目を覚ましたルイズは、横たわる才人の遺体の前で瞬きすら...
他のメンバーもしばらくはルイズと共に才人の遺体のそばに...
てきてしまった。
シエスタだけはルイズ同様出て行くことを拒否して小屋に残...
ティファニアの質問に、「ミス・ヴァリエールは」と、シエ...
「眠りもしないし食事も取らない。そんな状態だったんですけ...
ミスタ・グラモンに見張りを交代してもらってここに来たん...
見張り、という表現に、ティファニアは違和感を覚えた。
どういう意味だろう。まだ敵が襲ってくると思っているのだ...
確かに、今の状態でエルフの襲撃を受けたら危険かもしれな...
(シエスタさん、サイトのそばにいたいからあそこに残ったん...
ティファニアは疑問に思ったが、それを問いただす暇はなか...
突然、シエスタの体がふらりと傾きかけたのである。ティフ...
シエスタははっと正気を取り戻し、慌てて姿勢を直した。
「ごめんなさい、少し疲れてるみたいですね」
疲れ果てた顔に無理矢理微笑を浮かべて詫びてくるシエスタ...
シエスタだって本当は声を上げて泣きたいだろうに、そんな...
彼女の心中を思うと、とてもこれ以上無理をさせる気にはな...
「少し、じゃないです。ルイズさんに付き添っていたってこと...
ないと体を壊してしまいますよ」
「そうですね、倒れてしまったらサイトさんとの約束を果たせ...
「もう一仕事って。それに、サイトとの約束って一体」
595 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「ティファニアさん」
突然、シエスタの声音に力が戻ってきた。
シエスタは寝台に座ったまま姿勢を正し、隣にいるティファ...
黒い瞳には凄まじい力が込められていた。見つめるというよ...
応しいその視線は、今にも倒れそうなほどに疲れ果てた顔色と...
あまりの迫力に、ティファニアは返事どころか身じろぎすら...
シエスタはそんなティファニアをじっと見つめた後、慎重に...
「あなたにお願いしたいことがあります。いいえ、お願いでは...
あなたがどんなに嫌がろうとも、必ず従っていただきます」
普段のシエスタならば絶対に口にしないであろう、威圧的な...
「何を」
「黙って聞いてください。ミス・ヴァリエールのこれから先の...
過言ではないんですから」
シエスタの言葉が、怨念めいた力を持ってティファニアを黙...
その圧力の前に、ティファニアは全身を縛り付けられたよう...
逃げ出すことも出来ず、ただシエスタの言葉を待つしかない。
鳴り響く雷鳴の中、シエスタはゆっくりと語り出した。
それは、嫌な予感が的中したことをティファニアに悟らせる...
「止めてください」
途中でとうとう聞いていられなくなり、ティファニアは目を...
シエスタの視線から逃れるように、ティファニアは背を向け...
「そんなこと、本気で言ってるんですか。わたしがそんなこと...
言おうと、わたしは絶対に協力しませんよ。そんな、ひどい...
「ひどいこと、ですか」
「ひどいことでしょう、だって」
「じゃあ、あなたはミス・ヴァリエールが死ねばいいがいいと...
ティファニアは驚きと共に振り返った。
あまりにも唐突で衝撃的な質問を発したシエスタは、先ほど...
えていない。
一体さっきのはどういう意味なのか、とティファニアが問い...
らしながら、ギーシュが駆け込んできた。
「ルイズがいなくなった」
開口一番そう叫んだギーシュに、ティファニアは即座には反...
しかし、シエスタの反応は劇的だった。跳ねるように立ち上...
「どういうことですかそれは。絶対に目を離さないようにと」
「すまない、ぐっすりと眠っているようだったから油断してし...
間だった。それなのに、才人と一緒に姿を消してしまって」
それを聞くや否や、シエスタは「馬鹿な子」と舌打ち混じり...
ギーシュとティファニアも慌ててその後を追う。
596 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
家から飛び出て周囲を見回すと、村はずれの森の方に向かっ...
ギーシュと共に彼女を追いかけながら、ティファニアは疑問...
泥を跳ね飛ばしながら駆けるシエスタの足取りには、全く迷...
ということは、シエスタは消えたルイズの行先を知っている...
「そうか、湖か」
隣を走るギーシュが、何かに気付いた様子で小さく呟いた。
「湖って」
「この道を少し行ったところにあるんだよ。それ程広くはない...
その言葉の意味が、ティファニアにはすぐには理解できなか...
だが、理解が及ぶにつれて、走っているというのに顔から血...
隠し切れない焦りが滲み出す。
「以前にも同じようなことがあったからね。迂闊だったよ、こ...
苦しげに顔を歪めながら、ギーシュが悔やむ。ティファニア...
(こうなることが予測できていたから、わたしにあんなことを...
問いかけながら、唇を噛む。ルイズがその方向にいることを...
そうしてしばらく走り続けていると、前を走るシエスタより...
一歩一歩、ふらつきながらぎこちなく歩いていく後姿は、間...
「ミス・ヴァリエール」
掠れた怒声を上げながら、シエスタがさらに速度を上げる。
だがルイズは何ら反応を示さず、発見したときと同じ、ぼん...
その様はまさに命を失った幽鬼を思い起こさせる。声に反応...
シエスタがルイズの肩をつかんで、無理矢理歩みを止めた。...
ティファニアたちが追いついても、ルイズは怒鳴りつけるシ...
たまま何やらぶつぶつと呟き続けていた。
彼女はその細い腕で、自分よりずっと重いはずの才人の亡骸...
けていた。
「ほらサイト、湖が見えてきたわ。ごめんね遅くなっちゃって...
もうすぐわたしも行くから、もう少しだけ待っててね」
囁きかけるルイズの声音は、温もりを感じるほどに優しく、...
気味だった。
シエスタはルイズの肩をつかむと、思い切り彼女の頬を打っ...
しかし、ルイズはまだサイトに向かって囁き続けていた。彼...
「何をしているんですか、何をしようとしていたんですかミス...
あなた、死ぬつもりでしたね。サイトさんと一緒に湖の底に...
怒りに震える叫び声は、それを間近で聞いていたティファニ...
きつけるには至らない。
肩で息をするシエスタの前で、ルイズはなおもサイトに囁き...
ルイズは肩を震わせながら蹲り、才人の亡骸に顔を寄せた。
「ごめんね、ごめんねサイト。わたしのせいでこんなに冷たく...
もう少しであなたのお家に帰れるところだったのに。もう少...
それなのに、わたしのせいで、こんな」
三人が見守る前でルイズは数分ほども泣き続けていたが、や...
そして、驚く三人の前で虚ろに目を見開きながら、
「帰らなくちゃ」
と呟き、突然踵を返して歩き始めた。戸惑いながらそれを追...
「そうよねサイト、こんな雨の中でお散歩してたら風邪ひいち...
その穏やかな声は、村に帰るまで一度も途切れることがなか...
597 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
雷鳴混じりで降り注いでいた雨は、夕闇の訪れと共に弱くな...
そうして夜になる頃には、すっかり晴れ上がった空に月が浮...
穏やかに輝く月光とは裏腹に、一行は滞在している家の一室...
持ち込んだ魔法のランプにぼんやりと照らされる顔は、程度...
「さて、それでは今後のことを話し合うことにしようか」
口火を切ったのはコルベールである。彼は「だが、その前に...
「皆、すまなかった。絶対に君たちの命を危険には晒さないと...
「そんな風に言わないで。ジャンのせいじゃなくてよ」
キュルケがそっと寄り添うように、コルベールの肩に手をか...
「わたしたちは、皆自分の意志でここに来た。だから、どんな...
「そうですよ先生。サイトだってそう思っていたはずです」
「先生だけが気に病む必要はありませんよ」
ギーシュとモンモランシーも賛同する。口は挟まなかったが...
「それよりも」
と、全員の注意を向けさせるような強い声音で言ったのは、...
「早く、今後のことを話し合いましょう。時間がありませんわ」
シエスタらしからぬ強い口調にわずかな困惑を示しながらも...
コルベールは一つ咳払いをしてから、誰に言うでもなく問い...
「ミス・ヴァリエールは」
「隣の部屋で、サイトと一緒に寝かせています。本当は遺体と...
罰が悪そうに答えるギーシュに、コルベールは首を振った。
「いや、仕方があるまいよ、あの状態ではな。見張りは」
「窓の外にはシルフィード、扉の外にはフレイムがそれぞれ待...
「ありがとう、ミス・ツェルプストー。では、今夜は心配ない...
「ええ。あくまでも、今夜のところは、ですけれど」
キュルケの言葉に、全員の顔が暗くなる。
598 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
ルイズの精神が危ういところまで追い詰められているのは、...
あのままでは才人の死体を埋葬することなど、絶対に承知し...
才人の亡骸には固定化の魔法をかけてあるから腐敗の心配は...
ルイズを一生死体と共に生活させる訳にはいかないのだ。
しかし、今才人の亡骸をルイズから引き離すのは危険だった...
かと言って、このままの状態を続けさせるのもやはり危険で...
このままでは、自殺などする必要もなく、弱りきって死んで...
何とかしてルイズに才人の死を受け入れさせ、彼女自身の手...
せめてその段階まで持っていかなければ、とてもルイズを元...
「そんなこと、出来るのかしら」
モンモランシーが全員の気持ちを代弁した。答えられる者は...
「愛情が深すぎたのね」
ため息を吐くように、キュルケが言った。
「でも、それは悪いことじゃない」
反論したのはタバサだった。キュルケは悲しげに微笑み返す。
「そうね。その通りだわ。でも、だからと言ってルイズをサイ...
「ええ、それだけは絶対に許しません」
強い口調で答えたのは、タバサではなくシエスタだった。全...
シエスタはそれを確認するように一拍の間を置いてから、ち...
「わたしに、考えがあります。多分、これだけが、ミス・ヴァ...
反論はない。全員が固唾を飲んで見守る中、シエスタは鋼の...
「ミス・ヴァリエールには、サイトさんが死んだことを忘れて...
ティファニアとシエスタを除く全員の目が、驚きに見開かれ...
真っ先に反論したのはタバサだった。音を立てて椅子から立...
それを手で制したのはキュルケだった。
「待って。詳しく話してもらえるかしら」
静かに問いかけるキュルケに応じて、シエスタが無言で頷い...
タバサも噛み付くようにシエスタを睨みつけながら椅子に座...
場が静かになった。シエスタはおもむろにティファニアの方...
599 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
これから話す企てへの反応を予想すると緊張で胸が締め付け...
して覚悟を決め、喋り出した。
「わたしの『虚無』が記憶を操るものであることは、皆さんご...
全員が無言で頷く。タバサは敵意を隠すつもりもないようで...
だが、一応全て聞くつもりはあるようだったので、ティファ...
「この魔法を使ってルイズさんからサイトの死に関する記憶を...
体を隠して、見つからないようにしておきます。まずはこう...
そうしてから、サイトがいない理由を何とかしてルイズさん...
かしてくださるそうです。後はわたしたちがサイトが死んで...
イトの後を追って死んでしまうことはなくなるでしょう」
そこで、不意にコルベールが手を挙げた。
「この案を採用するかどうかはひとまず脇に置くとして、一つ...
「なんでしょう」
「ミス・ヴァリエールからサイト君の死に関する記憶を奪うと...
ないのかね。どちらにしても非人道的なのだし、実行するな...
もちろん、あくまでも実行するならばの話だが、とコルベー...
彼としても、こうした手段が好ましいとは思っていないらし...
問いに対して、ティファニアは首を横に振った。
「サイトの存在は、ルイズさんの人生に影響を及ぼしすぎてい...
るといろいろな部分で記憶の不整合が起きて、その分危険も...
「記憶の不整合、というと、つまりどういうことなんだね」
ギーシュが眉根を寄せて問う。ティファニアは、たとえば、...
「ルイズさんは、以前にも同じように後追い自殺をしようとし...
たでしょう」
「それはもちろん、サイトが死んだことだろうね。もっとも、...
「そうです。逆に言えば、もしもヒラガサイトという人間がル...
ることはなかった訳です」
「それはまあ、そうだな」
「ところが、現実にはルイズさんは『自分は自殺しようとした...
サイトの存在を記憶から消してしまうと、『何故自分は自殺...
しまいますね。自殺しようとまで思いつめるほどのことなん...
に原因を置き換えられるのならば問題はありませんが、ルイ...
くないでしょう。そうすると、自分の記憶が抜け落ちている...
「気付いてしまうと、どうなるんだね」
600 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「分かりません。記憶を取り戻してしまうか、最悪の場合精神...
自身、今までこの魔法を使って消した記憶は、記憶を消され...
から。そういう場合は簡単に記憶のすり替えができるんです...
ちから記憶を消したあと、『自分は何故ここにいるのだろう...
ちは街道に戻ろうとしていたんです』と言ってあげれば、そ...
これは前後の記憶と比較しても大しておかしなことではあり...
うとしていたんだったか』と疑問に思うことはない訳です。...
「つまり、『もしもヒラガサイトがいなかったら』と仮定した...
とになる、という訳か。そして、それら全てを修正すること...
「そういうことです」
得心した様子のコルベールの問いかけに頷くと、他の面々も...
「確かにな。サイトがいなければ、ルイズも僕らとここまで親...
「アルビオンに行ったりガリアに潜入したり、女王陛下に喧嘩...
頷きあうギーシュとモンモランシーを横目に、キュルケが眉...
「待って。それじゃ、サイトの死に関する記憶だけを奪うにし...
に行こうとしていたのか』って問いかけには答えられないで...
「確かにその通りだな」
その辺りについてはどうなんだ、と問うように、ギーシュが...
ティファニアはどう言ったものかと悩みながら答えた。
「何と言っていいのか分からないんですけれど、それも今だっ...
「と言うと」
「サイトの存在を記憶から消す、となると、ルイズさんがサイ...
りますよね。この場合、修正を加えなければならない記憶の...
の契約の儀式を終えたはずなのにルイズさんには使い魔がい...
象に残っている、サイトに関係のある記憶全てについて、何...
がどのぐらいになるのかなんて、検討もつきません。おそら...
数日間、というよりも、サイトが死んだあの日以降の記憶だ...
て済むんです。あの日の朝出発したわたしたちは、特に何の...
風に記憶を変換することだったら、多分、できると思います」
「確かに、サイトの存在そのものを記憶から消してしまうより...
でも、本当にここ数日の記憶を他のものに置き換えることな...
ギーシュが難しそうな顔で聞いてくる。ティファニアは首を...
「断言は出来ません。わたしも、ここまで多くの記憶を消そう...
法があると仰っていますけど」
「大丈夫です。必ず、成し遂げてみせます」
それまで黙っていたシエスタが、強い声で断言する。
「ミス・ヴァリエールは絶対に死なせません。絶対にです」
その声音のあまりの力強さに気圧されたかのように、その場...
601 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
しばらくして、コルベールが咳払いしながら周囲に問いかけ...
「さて、どうしようか。彼女らの案を実行に移すか否か、とい...
「絶対に駄目」
真っ先に答えたのは、やはりタバサだった。斬りつけるよう...
どうやら、彼女はこの案の発案者がシエスタだと見切りをつ...
「誰かの記憶を他人の思うままに操るなんて、どんな理屈があ...
絶対に許せない」
「じゃあ、他に何かいい方法があるんですか」
シエスタの問いかけに、タバサは口を噤んだ。数瞬迷いなが...
「それはこれから考えればいい。記憶を奪うことだけは絶対に」
そのとき、静かな声が割って入った。
「わたしはシエスタに賛成だわ」
キュルケだった。タバサが驚いた様子で振り返る。他のメン...
皆の視線を集めたキュルケは、主にタバサを見つめ返しなが...
「もちろん、わたしだってそんな汚い真似は反吐が出るぐらい...
ったって絶対に許せないと思うわ。でも」
と、途中で言葉を切り、唇を噛んだ。声に出ないよう抑えて...
るらしかった。
そうして数秒ほど黙ったあと、キュルケは深く息を吐いて続...
「でも、今回ばかりはね。あの子は弱すぎるわ。いえ、弱いと...
ても、あの子がサイトの死を乗り越えられるとはとても思え...
いだと思い込んでるようだから。そんな状態じゃ、サイトの...
ことなんて出来ないでしょうね。そんな風に器用に割り切れ...
れど、このまま生きていくには致命的な欠点だわ。タバサ、...
までは、ルイズが生きる意志を取り戻すことなんて絶対にあ...
「同感だな。サイトの代わりになるものが、この世に存在する...
「新しい何かと取り替えられるようなものじゃないものね、ル...
沈んだ声で、ギーシュとモンモランシーが同意する。
コルベールもまた反論する材料を見出せずにいるらしく、苦...
戸惑うように彼らを見回しながら、タバサは激しく首を振っ...
「だからって、記憶を消してしまうなんて。心を歪めてまで生...
602 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「では、ミス・ヴァリエールが死ぬ方がいいと仰るんですね」
食い下がろうとするタバサの声を切り捨てるように、シエス...
タバサは目を見開き、「それは」と何かを言いかけて、結局...
苦しげに顔を歪めるタバサをじっと見つめながら、シエスタ...
「わたしたちに出来ることは二つだけです。ミス・ヴァリエー...
幸せに生きて頂くか。それとも、ミス・ヴァリエールが自ら...
ただ見守るか。皆さんは、どちらの道をお選びになりますか」
中間の存在しない、両極端な二択が突きつけられた。だが、...
後者を選べる人間など、この場にいるはずがない。
しかし、前者が正しいと断言できる人間もやはりいない。そ...
それでも、やはり選べる道は一つしかない。だから、結局は...
タバサは最後まで反論の糸口を探しているようだったが、見...
やがて肩を震わせながら俯き、悔しそうに唇を噛んで押し黙...
「納得していただけたようですね」
冷徹に感じられるほどに平坦な声で言いながら、シエスタが...
以前のシエスタからは想像も出来ないほどに冷たいその視線...
「あなたは」
出し抜けに、タバサが震える声で叫んだ。たまりにたまった...
「サイトが最後に案じたのがルイズだったから、それを妬んで...
シエスタの内心を見透かしたかのような言葉。それがおそら...
しかしシエスタは微塵も動じる様子を見せず、それどころか...
「だとしたら、何ですか」
何かを言いかけたタバサが、何を言っても無駄と判断したの...
悔しさによるものか、彼女の瞳からは涙が溢れ、細い体は小...
傍らに立ったキュルケがタバサの肩にそっと手を添えるのを...
た口調で言った。
「時間がありません。すぐに具体的な計画を話し合うことにし...
極めて速やかに、無駄なく話を進め出すシエスタの声に混じ...
25 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
かすかな寝息を立てるルイズを、雲間から静かに注ぐ月明か...
蒼ざめた光は痩せこけた頬により深い影を落とし、彼女の死...
でもあった。
にも関わらず、ルイズの寝顔は無垢な赤子のように穏やかで...
まるで死を受け入れたかのようなその姿を間近で見て、ティ...
「ティファニアさん」
呼びかけに振り返れば、部屋の戸口にシエスタの姿がある。
「時間がありません」
淡白な声に押されるように、ティファニアは再び前方の寝台...
狭い寝台には、二人の人間が寄り添うようにして横たわって...
いや、二人の人間という表現は正しくないかもしれない。そ...
成り果てているのだから。
(サイト)
心の中で彼の名を呼びながら、ティファニアは痛む胸を軽く...
才人の死体はモンモランシーの手で完全に修復され、いつも...
顔は青白さを除けば至って平静であり、今目の前で呻きなが...
ほどであった。
だが、それは実際にはあり得ないことだ。彼は間違いなく死...
ここにあるのは修復された上で腐敗しないように魔法で処理...
その隣で、ルイズは才人の首にしがみつくようにして眠って...
彼女にしても全身から死の臭いを感じ取れるような状態で、...
の死体が抱き合って眠っていると勘違いしてもおかしくないほ...
ティファニアは小さく息を吸った。じっとりと滲む汗で服が...
の不快感がこみ上げてくる。
しかし、これから自分が成そうとしている行為から考えれば...
いはずであった。
「何をしているんですか。早く」
背後から、シエスタが静かに急かしてくる。
ティファニアは目を閉じて一瞬だけ闇の中に逃避した後、覚...
いっそ呪文自体を忘れてしまっていればと願ったが、皮肉に...
までにないぐらいはっきりと頭の中に浮かんでいた。
ティファニアはゆっくりと杖を振り上げ、詠唱を始めた。緊...
が震えているのが自分でも分かった。
いつもよりも必要とする詠唱が長い。どうやら、奪う記憶の...
ようだった。
長い長い詠唱を、ティファニアは震える声で淀みなく紡ぎ出...
くれと願いながら。
それでも呪文は途切れず、ティファニアの願いとは裏腹に呪...
を振り下ろし、魔法を解き放つだけだ。
26 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
ティファニアは、身じろぎもせずにルイズを見た。
自身の荒い呼吸が耳障りなほどに大きく感じる。心の中でい...
シエスタが突きつけた二択が頭に浮かぶ。正しい道と共にルイ...
き換えにルイズの生を取り戻すか。
ティファニアはこのときになってようやく、自分が未だこの...
いないことに気がついた。
(ここまで来ておいて、何を今更)
だが、今ならばまだ引き返せるというのも、やはり事実だっ...
記憶を消す魔法は知っていても、消した記憶を再び蘇らせる...
「何をしているんですか、早く」
急かすシエスタの声にも少しずつ焦りが混じり始めた。
それでもティファニアは動かない。問いに対する答えがどう...
生か死か。現実か理想か。逃避か受容か。
どちらを選ぶべきなのか、決定的な要素が胸の中に存在しな...
嵐のように胸の中で荒れ狂う問いと答えにティファニアの精...
変化は唐突に訪れた。
寝台の中のルイズが、眠ったまま喜びに満ちた笑みを浮かべ...
「ああ、サイト、迎えに来てくれたのね」
ティファニアはほとんど反射的に杖を振り下ろしていた。
小さく叫び声を上げたときには、もう遅かった。解き放たれ...
その光景を呆然と見守るティファニアの前で、闇はゆっくり...
静寂が戻ってきた。
見た目には、何ら変化はない。相変わらず才人の死体は物を...
べたまま眠りこけている。
果たして本当にルイズが記憶を失ったのかどうか。それは、...
「皆さん、お願いします」
背後から、シエスタが廊下に向かって呼びかけるのが聞こえ...
ルベールが忍び足で部屋の中に入ってくる。
彼らはシエスタと頷きあったあとでゆっくりと寝台に近寄り...
抵抗は、ない。才人の体はするりとルイズの手を離れ、ギー...
彼らはそのまま無言で部屋から出ていき、才人の亡骸は何の...
そのわずかな時間の間ルイズは全く反応せずに、健やかに眠...
ら寒く感じられて、ティファニアは体を震わせた。
27 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「さあ、早く次の仕事に取り掛かりましょう」
シエスタが純白の婚礼衣装を持って、ルイズの眠る寝台に近...
ティファニアもそれに従い、眠るルイズの腋の下に腕を入れ...
ルイズの体は予想以上に軽く、それ故にティファニアの細腕...
顔を上げると、無表情のシエスタと目が合った。彼女と一つ...
シエスタは手早くルイズの服を脱がせ、純白の婚礼衣装に着...
ティファニアはシエスタが作業をしやすいように、ルイズの...
その間ルイズはずっと眠ったままで、起き出す気配は全くな...
(疲れていたから、だけじゃないよね)
おそらく頭から心配事が消えてしまったせいだろう、とティ...
そうでなければ、ルイズはとっくに起き出して大騒ぎしてい...
だが、実際は服を着せ替えられているというのに眠り込んだ...
結局、問題など何一つ起きないまま、作業は完了した。
ルイズは清楚な純白の婚礼衣装に身を包み、シエスタが整え...
あとは彼女が起き出すのを待ち、自分たちがうまくやるだけ...
ティファニアが大きく息を吐き出したとき、不意に遠くの方...
それはたくさんの木々が同時に揺れ動く音であり、寝ていた...
斉に飛び立つ音でもあった。
(コルベールさんたちが出発したんだわ。サイトの遺体と一緒...
ティファニアは窓辺によって目を細めた。ここからでは、昇...
る木々の姿が見えるだけで、飛び立つ船の姿は確認できない。
サイトの死を知らせる船は、西の地でも幾人かの人々に大き...
を思うと胸が痛む。
しかし、沈んでいる暇もないのが現実である。ティファニア...
寝台のそばの椅子に座ったシエスタが、眠り続けるルイズの...
ティファニアは寝台を挟んでちょうど向かい側となる場所に...
向き合った。
ルイズ同様、もしかしたらそれ以上に疲労の影が濃いシエス...
ただひたすら、静かにルイズの目覚めを待っているようだ。
本当はいろいろと問いかけてみたいことがあったが、今のシ...
纏っていて、話しかけるのは躊躇われた。
そうしてお互いに何も話さないまま、ただ時間だけが過ぎ去...
その間にも、ティファニアの頭の中で様々な疑問が浮かんで...
本当に魔法は成功したのだろうか。ルイズは才人の死を忘れ...
果たして自分がどちらの結果を望んでいるのだろう。忘れて...
どの問いにも、やはり答えは出ない。ティファニアはため息...
28 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
家の中は静まり返っていた。モンモランシーは目覚めた後の...
自室で薬を作ると言っていたし、キュルケはコルベールら帰還...
この部屋に来ない辺り、まだ見送りから戻ってきていないのだ...
最後までこの計画に反対していたタバサは、あれ以来部屋に...
(寂しくなってしまったわね、ここも)
胸に穴が開いたような寂寥感があった。
(サイトが死んでしまったからなのね。たくさんのものが悲し...
ていくみたい)
改めて、寝台の向こうのシエスタを見やる。相変わらず、静...
だが、伏目がちの目蓋の下から覗く黒い瞳は、薄暗く底光り...
(こんな顔をする人だったかしら)
ティファニアの知るシエスタは、穏やかで献身的な少女だっ...
喧嘩することこそあったものの、それ以外では他人を傷つける...
しい人間だったはずである。少なくとも、ティファニアはそう...
しかし、今のシエスタにはその面影はない。
己の目標を達成するためならば他人の気持ちなど微塵も考え...
の人間に変貌してしまったかのようですらある。
そのとき、何の前触れもなくシエスタが顔を上げて、目線を...
ティファニアは突然のことに驚き、固まってしまう。しかし...
「ティファニアさん。この後のこと、大丈夫ですね」
確認するような声と共に、冷たい視線を押し込んでくる。テ...
頷き返した。
シエスタが眠るルイズに視線を戻す。つられるように、ティ...
弱弱しい朝日の中、穏やかな寝顔は魔法をかける前と変わら...
確かな生の気配がある。昨日、降りしきる雨の中で才人の亡骸...
と、いっそ健康的ですらあった。
おそらく、魔法は成功したのだ。その結果が、このルイズの...
そのとき、不意にルイズが顔をしかめて低く呻いた。
ティファニアは目を見開き、慌ててシエスタを見る。彼女は...
めのときがやってきたのだ。
緊張と冷静。それぞれの表情で見守る二人の前で、ルイズは...
29 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
起き抜けのために頭が覚醒しきらないらしい。薄目を開けた...
がて大きな欠伸を一つして、気だるげに聞いてきた。
「どうしたのテファ、そんな難しい顔して。何かあったの」
のんびりとした口調からは、昨日のような狂気じみた悲しみ...
固唾を呑んで見守るティファニアの前で、ルイズは眠たげな...
アと同じように自分を見ているシエスタを発見した。
「シエスタまで。なに、いったいどうしたのよ。まだ起こしに...
窓から差し込む弱々しい朝日に顔をしかめながら、ルイズが...
「なんかすっごい疲れてんのよね、わたし。よく分かんないん...
もうちょっと寝かしておいてくれない。話なら後で聞くから...
のん気な声で挨拶して、ルイズは再びベッドに潜り込もうと...
一連の動作を見て、ティファニアは確信した。間違いなく、...
ティファニアがほっと息を吐いたとき、シエスタがおもむろ...
「サイトさんがいなくなりました」
ティファニアは目を見開いた。ともすれば才人の死を喚起し...
は何を考えているのか。
しかし、口から出てしまったものを消すことはできない。案...
りが嘘だったかのような勢いで跳ね起きた。
「何ですって。ちょっと、どういうことよそれ」
「言葉の通りですよ。サイトさんが、いなくなっちゃったんで...
ティファニアが割って入る暇を与えないほどに、シエスタは...
その言葉を聞いたルイズはしばらくの間衝撃を受けた様子で...
たように眉をひそめた。
「っていうか、あれ。ちょっと待って」
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
穏やかに微笑んで問いかけるシエスタに、ルイズは右手の平...
「なんか、頭が混乱してるっていうか。ちょっと、事態がよく...
「ですから、サイトさんが」
「いや、そうじゃなくて。おかしいわね」
苦しげに呟きながら、顔をしかめたルイズが痛みを押さえる...
「なにかしら。変な感じがするのよ」
「変な感じと仰いますと」
「そんなの、言葉に出来るわけないでしょ。とにかく、変な感...
ルイズは癇癪を起こしたように激しく頭を振る。シエスタは...
と背中に手を添えた。
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール。何がそんなにおか...
「だから言葉じゃどうとも」
苛立たしげに答えかけたルイズは、ふと何か思いついた様子...
「ねえ、今日って何日」
「今日ですか。今日は」
シエスタの答えを聞いたルイズが、目を見開く。それから、...
「おかしいわね。わたし、ここ三日ぐらいの記憶が全然ないみ...
30 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
その言葉を聞いたとき、ティファニアの鼓動が一つ跳ね上が...
記憶がなくなっているという事実から、ルイズがティファニ...
惧したのだ。
だが、悩むルイズが何らかの答えを出す前に、シエスタが驚...
時的とは言え回避された。
「まあミス・ヴァリエールったら、まさか昨日のこと覚えてい...
「昨日?」
ルイズの眉間に皺が寄る。今のシエスタの発言にしても、テ...
言に思えた。
もしもルイズが昨日自分が自殺しかけたことを思い出してし...
だがルイズは結局何も思い出せなかったようで、降参するよ...
「駄目だわ。全然思い出せない。どうしちゃったのかしらわた...
「ミス・ヴァリエール」
突然シエスタの声が硬くなった。そのあまりに唐突な変化に...
驚いているのはティファニアも同様で、事情を知っていると...
か少しも見当がつかない。
シエスタは俯き、肩を震わせていた。前髪で隠れているため...
いる様はいかにも怒りを堪えかねている様子である。
ルイズは困惑しきった様子だったが、やがて持ち前の強気さ...
「何なのよ一体。昨日わたしがなんかしたって言うの。怒らな...
眉を吊り上げ、明らかに怒っている様子で怒鳴りつける。し...
鳴り返してきた。
「なんかした? なんかしたって仰いましたか今。あれだけの...
ですって。呆れました。前から愚かな人愚かな人と思っては...
なんて」
シエスタはため息混じりに首を振る。ルイズは顔を引きつら...
「あんた、誰に向かってそんな」
「もちろんあなたですわミス・ヴァリエール。今のあなたを見...
ド・ラ・ヴァリエールは世界で一番愚かな女だってね」
怒りに震えながらもこの上なく冷淡という矛盾したその声音...
反応を見せた。
歪んだ顔を真っ赤に染めて、歯を剥きながらシエスタよりも...
「頭にきた。いろんな部分が気に入らない女だと思ってたけど...
が切れたわ」
「それはこっちの台詞です。わたしの目の前であんなことをし...
ただなんて」
「実際思い出せないんだから仕方がないでしょうが。いったい...
てあげるから言ってごらんなさいよ」
ルイズは挑発的な声を叩きつけて、鼻息を荒く寝台の上でふ...
何がどうなってこんなことになっているのか理解できないテ...
にらみ合っている。
31 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
だが、その状態も長くは続かなかった。やがて、眉を吊り上...
から、一筋の涙が零れ落ちたのである。
これには怒り心頭だったルイズも驚かされたようで、慌てて...
「どうしたのよ、何でいきなり泣き出すわけ」
「ひどいです、ミス・ヴァリエール」
シエスタは俯いてしゃくり上げ始めた。零れ落ちた涙が木の...
顔を覆って泣き続けるシエスタを前にして、寝台の上のルイ...
同様である。
そんな二人の前で、シエスタはやがて顔を上げた。鼻を啜り...
で恨めしげにルイズを睨む。
「どうしてそんなひどいことが言えるんですか。わたしが今ど...
るんですか。ええきっとそうなんでしょうね、さぞかし楽し...
のは。いっそ声を上げてお笑いになったらいかがですか。わ...
かえって気が楽です。さ、どうぞお笑いください。何なら道...
地獄の底から響いてくるような暗澹とした恨み言は、ルイズ...
たらしい。
ルイズは気味悪げにシエスタを眺めながら、ティファニアに...
「ねえ、なんでわたし悪役にされてるの。なんかもう、いろい...
「それはその、わたしからはなんとも」
ティファニアは迷った挙句に結局そう返してお茶を濁した。...
出来なかった。
シエスタの考えは分からないが、おそらくこれもルイズの記...
後から矛盾が生まれるような言動は極力慎むべきだ。ティフ...
ティファニアから答えが得られないことを判断したらしく、...
吐いた。
「本当にもう。一体全体どういうことなのよ。昨日のことは思...
分かんないことで責められるし。そろそろちゃんとした説明...
なに、皆してわたしをからかってるわけ。窓の外でにやにや...
ここでネタばらし』とか笑いながら入ってくるんじゃないで...
不満げに呟くルイズの声を、シエスタは涙に歪んだ顔で黙っ...
なったように叫んだ。
「もういい加減にしてください。どうしてこんなひどいことを...
晴らしなんかするまでもなく、あなたはもう十分幸せでしょ...
「だから、訳が分かんないって何度も何度も言ってるでしょう...
たしが何をしたのか」
「ええ、ええ、言ってあげますとも。あなたがどうしてもわた...
のでしたら、何度だって言ってあげますわ」
「敗北宣言って、一体なんの」
眉をひそめるルイズの声を遮って、シエスタは家中に響く声...
「結婚したんでしょう、サイトさんと」
32 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
一瞬にして場が静まり返った。絶叫を叩きつけられたルイズ...
もまた目を瞬くばかりで何も言えない。
聞こえる音は木の葉のざわめきと雨垂れが地面に落ちる音と...
その奇妙な静寂の中、ルイズは目を丸くして硬直していた。...
子で見つめて数十秒間も黙り込んだ後、
「は」
と、間抜けに口を開く。その反応に、シエスタはまた眉を吊...
「なんですか陸に打ち上げられた魚みたいな顔して」
「え、いや、ええと、ちょっと待って」
ルイズは理解が追いつかない様子で数度も頭を振ったあとで...
「もう一回言ってくれない」
「なんてひどい。二度もわたしに敗北宣言を」
「違うってば。いや、何が違うんだかもよく分からないんだけ...
そのときになってようやく気付いたとでも言うかのように、...
そして、躊躇うような口調で問う。
「もしかして、本当に覚えてないんですか。ミス・ヴァリエー...
「何度も何度もそう言ってるじゃないの」
「だって、そんな。あんなこと忘れるだなんて。どう考えても...
「そりゃわたしだっておかしいとは思うけど、実際に覚えてい...
うんざりした様子で言いかけたルイズは、そこで不意に言葉...
頭の奥に痛みを感じたかのように、右目をぎゅっと瞑って頭...
「待って。そう言えば、何か、あったような」
苦しげに呟きながら、寝台の上で身を丸める。ティファニア...
何か、よくないことが起きようとしている気がする。
二人の見守る前で、ルイズは苦しげな声を絞り出し始めた。
「何だっけ。サイトに関係のあることで、凄く大事なことが、...
途切れ途切れの呟きを聞いたとき、ティファニアの体が大き...
(まさか、思い出しかけているの)
どうしたらいいのか、咄嗟には判断できなかった。ちらりと...
しかねる様子で眉をひそめている。
「なんで。どうして思い出せないの」
ルイズの額に脂汗が浮き始めた。さすがにこのまま放ってお...
シエスタが口を開きかける。
だが、彼女が何かを言う前に、別の声が場に割って入った。...
振り向くといつの間にやら戸口にキュルケが立っていた。口...
声を上げている。
33 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「おはようルイズ。わたし、前々からあなたの頭の中身を疑っ...
じゃなかったみたいね」
「どういう意味よ」
噛み付くような口調でルイズが聞き返す。どうやら興味がキ...
浮かんだ疑念が飛んでしまったようである。
キュルケは呆れ返った様子で肩を竦めると、シエスタを見て...
を浮かべてみせた。
「この子、本当に忘れてるみたいよ。まさかそこまで頭の中が...
「だから、どういう意味かって聞いてんのよ」
「ルイズ、あなた頭蓋骨に穴が開いてるんじゃなくて。きっと...
流しになってるのよ。それにしても馬鹿な子ねえ。あれだけ...
んだもの。これじゃ旦那様が可哀想だわね」
「旦那様って、一体なんのことよ」
困惑して問うルイズに、キュルケはただため息を吐いた。再...
「どうするの。わたしが説明した方がいいかしら。あなたの口...
ょう」
シエスタは少しの間考え込む様子を見せたが、やがて覚悟を...
「いいえ、それはわたしの役目です。このどうしようもないお...
昨日のことを嫌というほど思い出させてあげますから」
「あらあら。進んで針の莚に座ろうって言うのね、あなた。ま...
ここで見物させてもらうから」
キュルケはそう言って、戸口の枠に背をつけて悠然と腕を組...
その間にシエスタは椅子に座り直し、非難するような視線で...
「さて、それじゃ説明しますけど。ミス・ヴァリエール、本当...
「しつこいわねあんたも」
「だって、信じられないんですもの。あんなこと忘れるだなん...
「そのことなんだけど」
ルイズは不意に薄らと頬を染めた。誰が聞いている訳でもな...
「本当なの。わたしが、その、サイトと」
ルイズはそこで口ごもってしまう。シエスタは呆れた様子で...
「ここまで来るともう怒る気にもなりませんわね。分かりまし...
ろで、今思い出せるのは何日前までですか」
「えっと。コルベール先生が聖地を見つけて、準備が終わり次...
でもサイトったらなんかコソコソやってるだけで全然手伝わ...
行くのは半分あいつのためみたいなもんだってのに。結局出...
だから一発怒鳴りつけた後にイライラしたまんま布団に入っ...
そこまで言ったあと、ルイズは難しい顔で数秒も唸ったあと...
「駄目だわ、ここから先はどうしても思い出せない」
ティファニアは内心胸を撫で下ろした。計画どおり、聖地に...
には残っていないらしい。
シエスタは何やら納得したように頷いて、ルイズに問いかけ...
「では、聖地の門を使えば元の世界に帰れるって分かったのに...
帰らないと言い出したのも覚えていないんですね」
ルイズは目を見開いた。
34 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「あいつ、そんなこと言ったの。どうして」
「どうしてって、あのときもそう言いましたよねミス・ヴァリ...
じゃないですか」
「なんて」
「『俺は元の世界よりも大切なものができた。だから帰るのは...
いくことにする』」
「なによ、大切なものって。自分の家に帰れるっていうのに、...
ないでしょう」
苛立ち紛れの声を聞いたとき、ティファニアの胸が小さく痛...
それは、もしもあんなことにならなければ、実際に聖地で交...
「教えて、シエスタ。あいつ、なんでそんなことを言い出した...
「ここまで聞いてもまだ分かりませんか、ミス・ヴァリエール」
シエスタは静かな瞳でルイズを見据えた。その視線に押され...
落ち着かない様子で周囲に視線をさ迷わせながら、おそるお...
「だって、そんなの。信じられないわ」
「信じられなくたって、事実なんです。教えてあげましょうか...
どう答えたのか」
ルイズは少しの間迷ったあと、決心したように頷いた。シエ...
調で言った。
「『お前だよ、ルイズ。お前と一緒に生きていたいから、俺は...
るよな』そう言ったんです、サイトさんは」
「それって、つまり」
「結婚してほしいってことですよ」
しばらくの間、部屋に静寂が満ちた。
ティファニアは胸が痛いほどに高鳴るのを自覚しながら、ル...
(もしもこれで、ルイズさんが信じてくれなかったら)
ルイズは他の三人の視線を浴びながら、長いこと黙り込んで...
俯いていたために表情は見えなかったが、引き結ばれた唇が...
やがて、ルイズは疲れたように大きく息を吐き出した。
「駄目だわ。どうしても思い出せない。そんなことがあったの...
暗い声で呟いてから、ぎこちない笑みを浮かべてシエスタを...
「ねえ、本当なのそれ。やっぱり、皆でわたしのことからかっ...
「ミス・ヴァリエール」
真剣な声音でシエスタが言うと、ルイズは怯えるように肩を...
手を取り、顔を寄せて囁いた。
「自信を持ってください。あなたはサイトさんに選ばれたんで...
とを天秤にかけて、その結果あなたを選んだんです。それだ...
すよ」
「でも」
「それとも、先ほどのわたしの涙が偽物だとでも仰るのですか...
けるのは止めてください。こうして恋に破れた瞬間のことを...
そうなほどに痛んでいるのですよ」
「だけど、わたし」
ルイズは自信なさげな声で呟き、恐る恐るティファニアの方...
「本当ですよ。サイトは、元の世界に帰ることよりも、ルイズ...
んです」
ティファニアは強く頷き、断言した。嘘ではなく本当のこと...
ができた。
だからこそ、悲しかった。今は、その真実ですらも嘘を構成...
ルイズはキュルケの方も見たが、やはり彼女にもシエスタの...
れて、再び黙り込んでしまった。
35 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「どうです、思い出せましたか」
問い詰めるような口調で、シエスタが問う。ルイズはまたし...
信なさげな声で呟いた。
「そうだった、ような気もしてきた、けど」
ティファニアは目を見開いた。ルイズはまだ確信が持てない...
だ。驚くべきことだった。
シエスタはそんなルイズを見つめて優しげな微笑を浮かべ、...
「大丈夫ですよ。きっと、嬉しいことが続きすぎて混乱してい...
いですよ。実際、少しは思い出せたんでしょう」
「そんなにはっきりしたものじゃないわ。ただ、そうだったよ...
「それが真実なんですよ。その証拠に、ほら。ご自分の着てい...
「え」
ルイズは驚いた様子で自分の姿を見下ろした。
「これは、なに」
自分が見慣れぬ純白の服に身を包んでいることに初めて気付...
と呟いた。
シエスタはやはり優しい微笑を浮かべたまま、ルイズの婚礼...
「サイトさんがミス・ヴァリエールのために用意した、婚礼衣...
「婚礼衣装って、それじゃ」
信じられない口調で叫びかけるルイズに、シエスタはにっこ...
「ええ。昨日、サイトさんとミス・ヴァリエールは結婚式を挙...
ルイズは呆然と自分が着ている服を見下ろして、またティフ...
先ほどと同様に、ティファニアは無言の頷きによって肯定す...
今度は本当のことではなかったから、ほんの少しだけ頷くの...
ルイズはまだ納得しかねる様子だった。しかし、自分が婚礼...
あり、周囲の人間もシエスタの言っていることを肯定している...
た様子であった。
顔を歪めて何度も頭を振っているルイズに、シエスタは包み...
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール。昨日はあんなに嬉...
「だって、何も思い出せないのよ。こんなの変じゃない」
ティファニアの背中を冷たい汗が流れ落ちる。ルイズが事の...
少しだけ後悔した。自分が記憶を消せる魔法を使える、という...
ろうか、と。そして、そんなことを平気で考えている自分に気...
一方、ルイズは当然ながら何も思い出せずに苛立っていたが...
うにそっと彼女の肩を抱いた。
「さっきも言ったでしょう。きっと頭が混乱しているんですわ...
なってきたんでしょう」
「それは、だけど」
「大丈夫。ゆっくり、落ち着いて思い出していきましょう。そ...
と、シエスタはいかにもたった今名案を思いついたという風...
「確か、ミス・ヴァリエールの魔法に幻を作るものがありまし...
「どうするのよ」
「昨日の結婚式を、思い出しながら再現してみてください。わ...
「でも、思い出せないのよ」
「大丈夫ですよ。分かることからでいいですから」
ルイズはしばらく迷ったあと、枕元に置いてあった杖を手に...
ずは小さな自分の姿を作り出す。もちろん、小さなルイズは婚...
に見ながら、シエスタが幻のルイズの隣を指差す。
「隣にはもちろんサイトさんがいらっしゃいましたよね」
「うん。それはそう、よね」
ルイズは曖昧に頷いてまた詠唱を始めようとしたが、口を開...
「どうしたんですか」
「サイト、どんな服を着てたっけ。まさかいつものあの服じゃ...
「思い出してみてください。大丈夫、ゆっくりやればいいんで...
シエスタは落ち着かせるように言って、ルイズに存在しない...
36 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
二人が話し合いながら徐々に幻を構築していく横をそっとす...
キュルケに歩み寄った。
無表情にルイズとシエスタを見つめている彼女に向かって、...
「ご存知だったんですか、シエスタさんの考え」
「ううん。だけど、あの子が結婚とか叫んでた辺りで、大体は...
「だけど、どうしてこんな複雑な嘘をついたんでしょう。単に...
って言うだけで十分なんじゃないんですか」
ティファニアの疑問に、キュルケは悲しげに眉をひそめた。
「多分、こだわりなんでしょうね、あの子の」
「こだわり、ですか」
キュルケはそれ以上は何も言わなかった。その内沈黙に耐え...
「こんなのが、本当にうまくいくんでしょうか」
「そうね、わたしも最初は無理なんじゃないかと思ってたんだ...
ティファニアは再びルイズとシエスタの方に視線を戻してみ...
幻の構築は、驚異的な速さで進められていた。しかも、シエ...
ルイズが一人、楽しそうな顔で幻の中に様々なものを付け加...
最初は旅の仲間たちを、次に村のエルフたちを。晴れ上がっ...
たテーブルの上には料理と酒がずらりと並ぶ。今や列席してい...
でもが明確に形作られていた。そして、その風景の中心には、...
他ならぬルイズ自身の手によって次々と組み立てられていく...
葉を失っていた。
「これは、一体」
「失われた記憶を取り戻したいっていう欲求のなせる業、って...
隣を見ると、キュルケが感心した様子でルイズとシエスタを...
「中核に偽物の事実を放り込んでやってそれを信じさせれば、...
って訳ね」
「そんな風にうまくいくものなんですか」
「実際そうなっているじゃないの。それに、あの子のやり方も...
り、ルイズに実際に婚礼衣装を着せておくことによって、結...
たせたのね。それでも、ここまでうまくいくのは出来すぎて...
いは、ルイズの本能がシエスタの嘘を信じ込みたがっている...
キュルケはどことなく憂鬱そうに言ったあとで、廊下に出て...
彼女としても、こういった手段をあまり好ましくは思ってい...
て同じである。
しかし、ティファニアはその場に残って、ルイズが幻を構築...
その光景がどれだけ耐え難いものであっても、自分にはそう...
やがて、ルイズは作業を終えた。今や幻は一抱えほどもある...
目の前に浮かんでいる。
「そうそう、こんな感じだったわよね。やっと思い出したわ」
ルイズは寝台の上で腕を組み、満足げな表情で頷いている。
ルイズ自身は思い出した、と言っているが、実際には彼女が...
それを知るティファニアは、拭い難い違和感を感じて身じろ...
37 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
そんな彼女には気付かぬ様子で、ルイズは幻を指差しながら...
「ギーシュったら飲んだくれてサイトに絡んだ挙句、調子に乗...
とか言い出したのよね。だけどそのすぐ後でエルフの女の子...
モランシーがかんかんになっちゃって」
と、存在するはずのない思い出を楽しそうに語り始める。や...
タが、目を細めてルイズに言い聞かせた。
「これで大丈夫ですね、ミス・ヴァリエール。こんな幸せな日...
「もちろんよ。それにしても、どうして忘れてたのかしらねえ」
幻を前に、ルイズは不思議そうに首を傾げている。その隣で...
「ミス・ヴァリエールだって、浮かれてたくさんお酒を飲んで...
えずに寝込んじゃったんですよ。きっとそのせいもあります...
「あ、そうそう、そうだったわね。だけどあんただってひどい...
したときはもうどうしようかと」
と、ルイズは今やシエスタの言葉を疑う様子すら見せず、す...
あまりにもあっさりと記憶のすり替えが行われている現実に...
今ルイズが目の前で作り出した結婚式の記憶は、シエスタの...
ズの脳に定着することだろう。
そのとき、本当はサイトの死体を抱いて湖に向かっていたこ...
じょじょに気分が悪くなってくるのが分かったが、それでも...
まだ、自分がしてしまったことを全て見届けたことにはなって...
「そう言えば」
そのとき、ルイズが不意に何かに気付いた様子で言った。
「さっき、シエスタ変なこと言ってなかった。サイトが消えた...
「ああ、そうそう」
シエスタも、いかにも今思い出したという風に手を打ち合わ...
「サイトさん、一足先に西に帰っちゃったんです」
「どうして」
驚いたルイズの叫びに、シエスタは苦笑で返した。
「ほら、ミス・ヴァリエールとも結婚して、東方にも用事がな...
ゃならないでしょう。でもわたしたち、逃げるように西を後...
ろと面倒じゃないですか。だから、一足先に西へ戻って、新...
しまってから迎えに来るって言ってましたよ」
シエスタは淀みなく偽りを口にする。ルイズは怒りを露わに...
「なによそれ。新婚早々花嫁をほったらかしにするだなんて、...
帰ったって面倒は同じじゃないの」
「まあまあ」
シエスタが苦笑混じりにルイズをなだめる。
「考えてもみてください。ミス・ヴァリエールのご家族のこと...
ァリエール本人を連れて帰ったら面倒が倍になるんですよ。...
とにミス・ヴァリエールを巻き込みたくなかったんじゃない...
「それは、いかにもあいつの考えそうなことだけど」
ルイズはまだ納得のいかない様子で少しの間唸っていたが、...
「ま、仕方ないか。あいつがご主人様のことほったらかしにし...
のことだし。それにまあ」
ルイズは恥らうように、頬を赤らめた。
38 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「わたしのこと考えてそういうことしたっていうんなら、まあ...
「そんなこと言って、本当は凄く嬉しいんじゃないですか」
からかうようにシエスタが言うと、ルイズは「そんなことな...
それから、少しだけ居心地悪そうにもじもじして、目線を逸...
「そりゃまあ、ちょっとは、嬉しいけど」
「ちょっと、ですか」
意地悪げにシエスタが言う。ルイズはむずがゆそうな表情で...
に俯き、ぽつりと言った。
「嘘よ」
「え、なんですって」
シエスタが耳に手を当てて問い返す。ルイズはしばらく無言...
れなくなったように喚き出した。
「嘘よ嘘、全部嘘。本当はすっごく嬉しいわ。それこそ体が弾...
ぐらいにね」
ヤケになったように叫ぶルイズの顔は真っ赤に染まり、満面...
それはティファニアが今まで見たこともないぐらいに、幸福...
「やだなあもうサイトったら、そんなに急がなくったって、も...
ばいいのに。そんなに早くわたしと二人っきりになりたかっ...
お互いの気持ちを確かめ合う暇もないじゃない、ねえ」
激しく身をよじりながら問うルイズに、シエスタは呆れ交じ...
「なんですかもう。やっぱり嬉しいんじゃないですか」
「そりゃそうよ嬉しいに決まってるじゃない。ああどうしてか...
るなんて嘘みたい。あんまり幸せすぎて、今にも空に飛んで...
ちゃったみたい」
「ええ、多分皆がそう言うでしょうね」
シエスタの冷ややかな言葉も、今のルイズには通用しないよ...
婚礼衣装を見下ろして、白い布地をつまんだりしながらさらに...
「そっか。わたし、お嫁さんなんだ。サイトのお嫁さん」
ティファニアは吐き気がこみ上げてくるのを自覚した。ルイ...
どん気分が悪くなってくる。
そのとき不意に、寝台の上のルイズの体がふらりと傾いた。...
その背中を支える。
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
そのときになってようやく自分が倒れかけたことに気付いた...
ルイズははっとして、しかし体は起こせずに困惑した笑みを...
「分かんない。なんか、急に体に力が入らなくなって。変ね、...
たい」
またティファニアの心臓が高鳴ったが、今度は前ほど焦りは...
もうルイズが記憶を取り戻す危険性はほとんどないというこ...
ただ、自分がそれを喜ぶべきなのかどうかは分からなかった。
「疲れてるんですよ、きっと。いろいろなことがありすぎて。...
さ、横になって少し休んでください」
シエスタがそっとルイズの体を支え、彼女の体を寝台に横た...
被った。
「うん、そうする。サイトが帰ってきたとき、疲れた顔は見せ...
そう言って笑ったあと、ふと気付いたように慌てて起き上が...
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
「着替えなくちゃ。折角サイトが用意してくれた服に皺はつけ...
「ああ、そうですね。それじゃ、今着替えを持ってきますから...
シエスタが一礼して踵を返し、戸口の方に向かってくる。テ...
廊下に出て行く直前、二人の視線が交差した。シエスタは、...
は比べ物にならないほど冷たい目をしていた。
39 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
彼女を見送ったあと、ティファニアは迷いながらも寝台の方...
布団の中に収まったルイズは、相変わらず幸せそうに目を細...
ティファニアは数瞬迷ったあと、覚悟を決めて寝台に歩み寄...
た椅子に腰を下ろしながら、問いかける。
「大丈夫ですか、ルイズさん」
「うん。ありがとう、ティファニア。駄目ねわたし、サイトが...
なんて」
こみ上げる不快感が顔に出てこないよう苦労しながら、ティ...
ルイズはそれからしばらく黙っていたが、やがて静かに語り...
「ねえ、ティファニア」
「なんですか」
ルイズは横になったまま、目を細めて夢見るように語った。
「わたし、サイトのお嫁さんなのよね」
「そうですね」
「もうご主人様と使い魔じゃなくて、妻と夫なのよね」
「そう、ですね」
「そっか。そうなんだ。なんだか夢みたい。わたし、サイトは...
っちゃうと思ってたから。でも、そうじゃないのね。これか...
ティファニアは何も言えなかった。もはや笑みを作ることす...
を傾けるしかない。
「今までひどいことしてきた分、これからはたくさんサイトに...
のお嫁さんになるの。だってわたし、サイトのこと愛してる...
「それは、とても素晴らしいですね」
ティファニアは無理矢理言葉を吐き出した。全身が悪寒に震...
るのを感じる。
これ以上ルイズの穏やかな声を聞いていると、気が狂ってし...
「あーあ、早くサイトに会いたいなあ」
ルイズがゆっくりと手を伸ばして、空中に浮かぶ幻の中のサ...
と消えてしまった。魔法の効力が切れたらしい。一瞬、ルイズ...
彼女は無理に笑った。
「いけないいけない、我慢しなくちゃ。サイトだって、わたし...
し。それに、黙って夫を待つのも妻の務めだものね」
ティファニアは立ち上がった。振り返り、出来るだけ足取り...
ちょうど着替えを持って部屋に入ってきたシエスタとぶつか...
ら交わさなかった。
ひたすら早足で歩き、家を出る。それから駆け出し、一本の...
りこんだ。
後悔と罪悪感が、凄まじい勢いで全身の力を奪い去っていく...
ら残っていなかった。
(わたしは、なんてことを)
ルイズの幸せそうな笑顔が頭から離れない。ティファニアは...
そうしてしばらく経ったとき、ティファニアはすぐ近くに人...
タバサがいた。木に背中を預けて、自分たちが滞在している...
強い風が吹き抜けた。木の葉に溜まっていた昨日の雨露が、...
たさに、ティファニアは身震いした。
「こんなことが許されるはずがない」
不意に、タバサが静かに呟いた。ティファニアは、はっとし...
ないまま、淡々と予言を下した。
「わたしたちは、いつかこの罪にふさわしい罰を受けることに...
再び風が吹きつける。ティファニアはタバサの視線を追って...
ずっと向こうの空に、分厚く黒い雲が広がっている。今度の...
#br
続き [[19-667]]不幸せな友人たち アンリエッタ
終了行:
A-side [[11-284]]幸せな男爵様
#br
588 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
窓際の椅子に座ったティファニアは、鎧戸の隙間から入り込...
立ち上がるのも億劫に感じられるぐらい、体が重い。鉛の服...
この日何度目になるか分からないため息が、自然と口の隙間...
しかし疲労は抜けるどころかますます重量を増して、ティフ...
何もする気が起きないというのが正直なところだが、かと言...
何をしていいのか分からないぐらいの事態が、現実に起きて...
ティファニアは無言のまま鎧戸を押し上げ、少し離れたとこ...
容赦なく雨に打たれて今にも崩れそうに見える、粗末な作り...
窓枠を握る手に力がこもる。見たくない現実をあえて直視す...
今あの小屋の中には、一人の少年の体が横たわっている。
数日前までは平賀才人と呼ばれていた少年の遺体。
それが、ティファニアたちに突きつけられた現実だった。
事の起こりは、アルビオンにあるティファニアの家に才人ら...
友人たちとの突然の再会に、ティファニアは戸惑いと同時に...
実に、彼らと別れてから一年ほどの月日が経過していたので...
たった一年だというのに、世の中は随分と様変わりしていた...
ほとんど世間から隔絶されていると言ってもいいティファニ...
才人たちはまさにその変化の渦中に放り込まれていたのだ。
まず当時ガリアの王だったジョゼフという男が暗殺され、一...
その王位継承があまりにも強引だったために周囲との軋轢を...
いうことだ。
また、ゲルマニアでも大規模な内戦が勃発したらしく、今は...
才人自身詳しくは話さなかったが、そういったゴタゴタに彼...
そんな訳であまりにも問題が多くなりすぎたために、トリス...
「だから、しばらくの間探検がてら東の方に逃げていようと思...
それを話すために、ティファニアの村に立ち寄ったというこ...
当初、ティファニアは彼らがお別れを言いに来たのかと思っ...
だが、才人たちの目的は違うところにあった。
彼らは、東への旅に同行しないかとティファニアを誘いに来...
もちろん、一度は断った。自分には世話をしなければならな...
一年前も、同じ理由で才人からの誘いを断ったのだ。
だが、その答えを覆させたのは、驚くことに他でもない子供...
彼らは、「自分たちのことは大丈夫だから、テファ姉ちゃん...
それでもティファニアは断るつもりだったが、結局は才人た...
母親の故郷がどういう場所だったのか知りたい、というのが...
おそらくこれが最後のチャンスとなるであろうことも予想で...
たのだ。
589 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
かくして東方へと旅立つことになった一行は、ティファニア...
主要なメンバーは以下の通りだ。まず、最初からティファニ...
彼らに魔法学院でルイズと同期だったというキュルケ、タバ...
という教師も同行する。
彼らの他にも冒険心溢れる若者たちが多数参加していたが、...
せいぜいこの八人だけである。
とは言っても探検隊の中心はこの八人のようだったから、さ...
当初は自分の出自や他人が苦手という性質もあって緊張して...
解けることができた。
彼らが皆それぞれに形は違えど気のいい人たちで、自分がハ...
れたからだ。
コルベールなどはむしろ大喜びし、エルフについていろいろ...
才人によると、今回の探検自体コルベールの発案によるとこ...
こうして、一行はコルベールの作った探検船である「オスト...
無論、人間と敵対しているエルフの領域を旅するわけだから...
だが、旅を続ける内に幾分か友好的なエルフの集団と知り合...
って、探検もさほど危険なものではなくなった。
その間、ティファニア自身も満足できるぐらいにエルフの情...
に意義のあるものとなったのである。
対して他のメンバーはと言うと、ギーシュらは本当に探検気...
シャルロットはあまり多く語らなかったが探検そのものが目...
にコルベールにくっついてきただけだ。
そのコルベールにしても東方で未知のものに出会うたびに目...
のとなりつつあったらしい。
彼らとは対照的に、才人、ルイズ、シエスタの三人はなかな...
ティファニアはよく知らなかったが、彼らははっきりとした...
聞いたところによると、それは才人と深い関係のあることら...
だが、ティファニアが見たところ、目的が達成できずに苛立...
にこの旅を楽しんでいる様子だった。
そうして、一行が東方に入ってから数ヶ月ほどの時間が経過...
彼らが滞在している家に駆け込んできたコルベールが、興奮...
「諸君、ついに聖地を見つけたぞ」
と。
590 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
ティファニアは鎧戸を閉じた。雨は未だに止む気配もなく降...
東方はそのほとんどが砂漠に覆われている不毛の地、という...
ほどに緑が溢れた土地であった。
もちろん広い砂漠もあるにはあるが、コルベールの見立てで...
広さとのことである。
エルフを恐れた人間が、彼らの住む世界像すらも歪めてしま...
あるいは、人間が離れていた長い歳月の間に、エルフが何ら...
とにかく、そうした訳でこの村も深い森の中にある。
食物も豊富で気候も穏やかなため、村に住むエルフたちはさ...
長年敵対してきたはずの人間に友好的な態度を取っているの...
それに、いくらエルフが人間に比して長寿だとは言っても、...
長く人間と接触を断っていた間に世代交代が起きて、穏やか...
だから、ティファニアたちもさしたる問題もなくこの村に迎...
持ち主がいなくなって久しい家を借り入れ、コルベールとギ...
もちろん、オストラント号の中にも各員に割り当てられた船...
しかし、空の旅ばかりしていると、地に足をつけて眠りたく...
だから一行のほぼ全員がこの家で寝泊りすることを望んだの...
結局ティファニアを含めた例の九人だけが家を借り受けるこ...
守ることとなったのである。
そうして村で一ヶ月ほど生活していく中で、ティファニアた...
どうも、若い世代の中には西に行きたがっているエルフも多...
るのもそういった心情の現れらしかった。
ティファニアたちがエルフたちと良好な関係を築けたのには...
だが、その交流にも終わりが見えつつある。
「聖地」から帰還して以降、村人たちの様子がどこかよそよ...
原因は考えるまでもなく分かっていた。今はもうただのクレ...
ティファニアはおもむろに立ち上がり、黙って寝台のそばに...
と蓋を開ける。
その中には、一枚の服が大切にしまいこまれていた。滑らか...
これを持ってきたときの才人の笑顔が頭に浮かぶ。ティファ...
591 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「聖地」というのは、いちいち確認するまでもなく、始祖ブ...
ハルケギニアに住む者なら、誰でも知っている場所だ。
才人らもそこを目的地としていたらしいのだが、長い時間の...
ったのだという。
そこが発見されたと聞いて、一番興奮していたのはルイズだ...
彼女はすぐにでも出発しようと主張したのだが、コルベール...
そうやって三日間ほどは準備に当てられることになったのだ...
村のエルフたちや仲間の少女たちと協力して、何やらこそこ...
早く聖地に出発したい一心のルイズは、そんな才人の態度に...
才人の方は平謝りしながらも結局何をやっているのか明かさ...
ティファニア自身も才人が何をしているのか、直前までは知...
その晩は何となく寝付けずに、寝台で寝返りを打っていた。
ティファニア自身、聖地には興味があった。
自分が操る虚無の魔法の秘密が、そこに行けば分かるかもし...
果たして聖地には何があるのか。自分がどんな事実を知って...
それを思うと、緊張と興奮でとても眠ることなど出来なかっ...
控え目なノックの音が響いたのは、そんなときである。
どうぞ、と応じると、才人が足音を忍ばせて入ってきた。
才人は扉を閉めて一息吐くと、大事そうに抱えていた何かを...
「悪いんだけど、これ、ティファニアの部屋に隠しておいてく...
何かと思って広げてみると、それは見るからに上等な生地で...
驚くティファニアに、才人は照れくさそうに鼻の頭をかきな...
「まあ、なんだ。プロポーズしようと思ってんだ、ルイズに」
つかず離れずと言った感じで、あれこれと周囲をやきもきさ...
いい雰囲気になりかけるたびにタイミング悪く変事が起きる...
が、才人はそういう曖昧な状況に終止符を打つつもりらしか...
何故突然そんな気になったのか、と問うと、才人は相変わら...
「聖地が見つかったって言ったじゃんか。ルイズは多分、俺の...
ど、もういいんだよ。俺、こっちに残ることに決めたからさ...
そういうこと」
そう言われてもティファニアにはよく事情が分からなかった...
多少喧嘩はするものの、深いところでは結び合っている二人...
ティファニアは服を預かることを快諾し、才人の企みが成功...
「でも、どうしてわたしに頼んだの」
「いや、ルイズは間違ってもテファの衣装箱は開けねえだろう...
先ほどとは微妙に違った笑みを浮かべた才人の台詞も、やは...
何にしてもめでたいことではある。
コルベールの話によると聖地の探索が終わったら一度西へ戻...
区切りつく訳だ。
592 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
才人が去った後、すっかり緊張が解けたティファニアは、幸...
翌日、一行は夜明けと共に出発した。聖地はオストラント号...
どうやらさほど目立つ建造物ではなかったらしく、これまで...
昼を少し過ぎた頃に到着した「聖地」を見て、ティファニア...
「聖地」の内、地上に露出しているのは門の形をした入り口...
だが、地に降り立った一行がその門を潜ることはなかった。
「危ねえ」
と鋭く警告を発したのは、既に鞘から引き抜かれていたデル...
ほぼ同時に、周囲の岩や木の陰から、無数の魔法が飛んでき...
人間に敵対意識を持つエルフの襲撃である。今思い返してみ...
東方探検を開始した当初こそエルフたちは積極的に妨害して...
目指す聖地を前にして、気が緩んでいたせいもあるのかもし...
一行は、姿を消したエルフたちが待ち受けていることに、少...
エルフたちの奇襲は見事に成功した訳だが、デルフリンガー...
一行は何とか一人も失うことなく船のそばまで戻ってくるこ...
じょじょに包囲網を狭めつつあるエルフたちを見て、コルベ...
一行のほとんどがそれに賛成したが、ルイズだけは別だった。
彼女は無理にでも進むべきだと主張したのだ。
「だって、今を逃したらずっと先までここに来る機会はないん...
ティファニアには、ルイズが何故そこまで聖地にこだわるの...
彼女が命の危険すらも顧みなくなるほど重要な何かが、そこ...
当然、他のメンバーも全員反対したが、ルイズは一切耳を貸...
それを見た才人も、デルフリンガーを片手につかんでそれを...
そして、悲劇は起きた。
ルイズが魔法を解き放つよりも、エルフたちの魔法がルイズ...
そのときの光景が、今もティファニアの頭にこびりついて離...
自分に向かってくる魔法の群に気付いて、思わず足を止めて...
硬直するルイズに向かって駆けていく才人の背中。振り回さ...
轟音と共に、土煙が嵐となって渦巻いた。
次に目を開いたときティファニアの目に映ったのは、血の海...
ルイズの姿であった。
それから先のことは、よく覚えていない。
ただ、結果として聖地はルイズの虚無魔法によって吹き飛ば...
てこの村に戻ってきたのである。
才人は帰還の途中に船の中で死んだ。モンモランシーの回復...
しか役立たなかった。
ルイズを、幸せに――
それが、才人が最後に発した言葉だった。
593 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
婚礼衣装を見つめながらぼんやりと才人のことを思い出して...
突然のことに驚き、婚礼衣装をしまい直すのも忘れて「どう...
ゆっくりと扉を開いて部屋の中に入ってきたのは、シエスタ...
肉体的な疲れと精神的な疲れ、両方に苛まれているためか顔...
シエスタはティファニアの手の中にある婚礼衣装を見つける...
「ここにあったんですね、それ」
疲労している彼女に立ち話させる気にはなれず、ティファニ...
自身もその隣に腰掛ける。広げたままの婚礼衣装は、寝台の...
白く滑らかな布地をゆっくりと手で撫でながら、シエスタは...
細められた瞳には、溢れんばかりの愛情が満ちていた。
何故この服にシエスタがそれ程の愛着を持っているのか、そ...
それを知りたいと思いつつも、静かな優しさに満ちたシエス...
できない。
ティファニアが迷っている内に、シエスタが布地を撫でる手...
「わたしが仕立てたんですよ、これ」
「そうなんですか?」
だからこの服のことを知っていたのか。そう納得しつつ、テ...
シエスタが目の前の見事な婚礼衣装を仕立てたという事実に...
この旅の最中も、家事全般は大抵彼女の仕事だった。繕い物...
も不思議はない。
ティファニアが疑問に思ったのは、シエスタがどういった心...
「どうです、ミス・ヴァリエールにはぴったりですよね、これ。
わたしやティファニアさんじゃ、丈が足りないし胸もきつく...
おかしそうに笑うシエスタに、ティファニアは笑みを返せな...
その戸惑いを知ってか知らずか、シエスタは懐かしむような...
「本当に分かりやすい人でしたよね、サイトさんって。聖地に...
あ、何か隠してるなってすぐに分かりましたもの。あんな調...
ませんよ。涙も使って問い詰めたら、全部教えてくれました...
プロポーズするつもりだって。隠さなくてもいいのに、多分...
さん、プロポーズまでするつもりのくせに、今更こっちに気...
もないぐらい優柔不断な人でしたよね。だからこそ優しくて...
不意に雷鳴が鳴り響いた。にわかに雨音が強くなり、木造の...
そんな中でも、シエスタの静かな声は一語一語はっきりとテ...
「わたし、言ってあげたんですよ。『それならわたしが用意し...
人の婚礼衣装ですもの』って。あのときのサイトさんの困っ...
よ。本当、いい気味だったわ。もちろん、手は抜きませんで...
洗濯してましたし、寸法もばっちりです。時間が三日巻しか...
もどんな花嫁のものよりも素晴らしい婚礼衣装に仕立ててみ...
ティファニアは頷いた。シエスタははにかむような笑みを返...
「でもわたしのじゃないんですよね、これ。わたしじゃ着れま...
一団低い声で呟くように言ったあと、シエスタは顔を上げて...
594 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「サイトさんは大喜びしてました。こんな凄いの作ってくれる...
そんなときだけはこっちの気持ちなんかちっとも考えてくれ...
好きなサイトさんのお手伝いが出来たんですもの。正直、本...
手にしておおはしゃぎするサイトさんを見てたら、どうでも...
るはず。その日だけは自分のことなんて忘れて、二人の幸せ...
不意に、笑みが消えた。ゆっくりと俯いた顔を前髪が覆い、...
少しの間を置いて語り始めた声音はまだ笑っていたが、それ...
「サイトさんね、『ルイズには秘密にしておいてくれ』って言...
するっていうことに、こだわりがあったんでしょうね。わた...
の気持ち、少しは理解してたつもりでしたから」
シエスタの手が、婚礼衣装を強く握り締めた。幾筋もの皺が...
みを作る。
「全部ばらしてしまえばよかった。そうすればミス・ヴァリエ...
な目に遭うこともなかったのに」
激情に歪む叫び声の後には、ただ低い嗚咽だけが続くだけだ...
雷鳴混じりの雨音の中、ティファニアはシエスタの肩に手を...
やがてシエスタが泣き止んでも、何を言うべきなのか分から...
シエスタも少し俯き加減にじっと床を見つめていて、本当は...
沈黙の隙間で跳ね返る雨音に耐えかねて、ティファニアは恐...
「ルイズさんはどうしていますか」
聖地から帰って来て以降、ルイズは魂が抜けたような状態だ...
自分のせいで才人を死なせた上に、魔法力を使い果たして気...
目を覚ましたルイズは、横たわる才人の遺体の前で瞬きすら...
他のメンバーもしばらくはルイズと共に才人の遺体のそばに...
てきてしまった。
シエスタだけはルイズ同様出て行くことを拒否して小屋に残...
ティファニアの質問に、「ミス・ヴァリエールは」と、シエ...
「眠りもしないし食事も取らない。そんな状態だったんですけ...
ミスタ・グラモンに見張りを交代してもらってここに来たん...
見張り、という表現に、ティファニアは違和感を覚えた。
どういう意味だろう。まだ敵が襲ってくると思っているのだ...
確かに、今の状態でエルフの襲撃を受けたら危険かもしれな...
(シエスタさん、サイトのそばにいたいからあそこに残ったん...
ティファニアは疑問に思ったが、それを問いただす暇はなか...
突然、シエスタの体がふらりと傾きかけたのである。ティフ...
シエスタははっと正気を取り戻し、慌てて姿勢を直した。
「ごめんなさい、少し疲れてるみたいですね」
疲れ果てた顔に無理矢理微笑を浮かべて詫びてくるシエスタ...
シエスタだって本当は声を上げて泣きたいだろうに、そんな...
彼女の心中を思うと、とてもこれ以上無理をさせる気にはな...
「少し、じゃないです。ルイズさんに付き添っていたってこと...
ないと体を壊してしまいますよ」
「そうですね、倒れてしまったらサイトさんとの約束を果たせ...
「もう一仕事って。それに、サイトとの約束って一体」
595 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「ティファニアさん」
突然、シエスタの声音に力が戻ってきた。
シエスタは寝台に座ったまま姿勢を正し、隣にいるティファ...
黒い瞳には凄まじい力が込められていた。見つめるというよ...
応しいその視線は、今にも倒れそうなほどに疲れ果てた顔色と...
あまりの迫力に、ティファニアは返事どころか身じろぎすら...
シエスタはそんなティファニアをじっと見つめた後、慎重に...
「あなたにお願いしたいことがあります。いいえ、お願いでは...
あなたがどんなに嫌がろうとも、必ず従っていただきます」
普段のシエスタならば絶対に口にしないであろう、威圧的な...
「何を」
「黙って聞いてください。ミス・ヴァリエールのこれから先の...
過言ではないんですから」
シエスタの言葉が、怨念めいた力を持ってティファニアを黙...
その圧力の前に、ティファニアは全身を縛り付けられたよう...
逃げ出すことも出来ず、ただシエスタの言葉を待つしかない。
鳴り響く雷鳴の中、シエスタはゆっくりと語り出した。
それは、嫌な予感が的中したことをティファニアに悟らせる...
「止めてください」
途中でとうとう聞いていられなくなり、ティファニアは目を...
シエスタの視線から逃れるように、ティファニアは背を向け...
「そんなこと、本気で言ってるんですか。わたしがそんなこと...
言おうと、わたしは絶対に協力しませんよ。そんな、ひどい...
「ひどいこと、ですか」
「ひどいことでしょう、だって」
「じゃあ、あなたはミス・ヴァリエールが死ねばいいがいいと...
ティファニアは驚きと共に振り返った。
あまりにも唐突で衝撃的な質問を発したシエスタは、先ほど...
えていない。
一体さっきのはどういう意味なのか、とティファニアが問い...
らしながら、ギーシュが駆け込んできた。
「ルイズがいなくなった」
開口一番そう叫んだギーシュに、ティファニアは即座には反...
しかし、シエスタの反応は劇的だった。跳ねるように立ち上...
「どういうことですかそれは。絶対に目を離さないようにと」
「すまない、ぐっすりと眠っているようだったから油断してし...
間だった。それなのに、才人と一緒に姿を消してしまって」
それを聞くや否や、シエスタは「馬鹿な子」と舌打ち混じり...
ギーシュとティファニアも慌ててその後を追う。
596 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
家から飛び出て周囲を見回すと、村はずれの森の方に向かっ...
ギーシュと共に彼女を追いかけながら、ティファニアは疑問...
泥を跳ね飛ばしながら駆けるシエスタの足取りには、全く迷...
ということは、シエスタは消えたルイズの行先を知っている...
「そうか、湖か」
隣を走るギーシュが、何かに気付いた様子で小さく呟いた。
「湖って」
「この道を少し行ったところにあるんだよ。それ程広くはない...
その言葉の意味が、ティファニアにはすぐには理解できなか...
だが、理解が及ぶにつれて、走っているというのに顔から血...
隠し切れない焦りが滲み出す。
「以前にも同じようなことがあったからね。迂闊だったよ、こ...
苦しげに顔を歪めながら、ギーシュが悔やむ。ティファニア...
(こうなることが予測できていたから、わたしにあんなことを...
問いかけながら、唇を噛む。ルイズがその方向にいることを...
そうしてしばらく走り続けていると、前を走るシエスタより...
一歩一歩、ふらつきながらぎこちなく歩いていく後姿は、間...
「ミス・ヴァリエール」
掠れた怒声を上げながら、シエスタがさらに速度を上げる。
だがルイズは何ら反応を示さず、発見したときと同じ、ぼん...
その様はまさに命を失った幽鬼を思い起こさせる。声に反応...
シエスタがルイズの肩をつかんで、無理矢理歩みを止めた。...
ティファニアたちが追いついても、ルイズは怒鳴りつけるシ...
たまま何やらぶつぶつと呟き続けていた。
彼女はその細い腕で、自分よりずっと重いはずの才人の亡骸...
けていた。
「ほらサイト、湖が見えてきたわ。ごめんね遅くなっちゃって...
もうすぐわたしも行くから、もう少しだけ待っててね」
囁きかけるルイズの声音は、温もりを感じるほどに優しく、...
気味だった。
シエスタはルイズの肩をつかむと、思い切り彼女の頬を打っ...
しかし、ルイズはまだサイトに向かって囁き続けていた。彼...
「何をしているんですか、何をしようとしていたんですかミス...
あなた、死ぬつもりでしたね。サイトさんと一緒に湖の底に...
怒りに震える叫び声は、それを間近で聞いていたティファニ...
きつけるには至らない。
肩で息をするシエスタの前で、ルイズはなおもサイトに囁き...
ルイズは肩を震わせながら蹲り、才人の亡骸に顔を寄せた。
「ごめんね、ごめんねサイト。わたしのせいでこんなに冷たく...
もう少しであなたのお家に帰れるところだったのに。もう少...
それなのに、わたしのせいで、こんな」
三人が見守る前でルイズは数分ほども泣き続けていたが、や...
そして、驚く三人の前で虚ろに目を見開きながら、
「帰らなくちゃ」
と呟き、突然踵を返して歩き始めた。戸惑いながらそれを追...
「そうよねサイト、こんな雨の中でお散歩してたら風邪ひいち...
その穏やかな声は、村に帰るまで一度も途切れることがなか...
597 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
雷鳴混じりで降り注いでいた雨は、夕闇の訪れと共に弱くな...
そうして夜になる頃には、すっかり晴れ上がった空に月が浮...
穏やかに輝く月光とは裏腹に、一行は滞在している家の一室...
持ち込んだ魔法のランプにぼんやりと照らされる顔は、程度...
「さて、それでは今後のことを話し合うことにしようか」
口火を切ったのはコルベールである。彼は「だが、その前に...
「皆、すまなかった。絶対に君たちの命を危険には晒さないと...
「そんな風に言わないで。ジャンのせいじゃなくてよ」
キュルケがそっと寄り添うように、コルベールの肩に手をか...
「わたしたちは、皆自分の意志でここに来た。だから、どんな...
「そうですよ先生。サイトだってそう思っていたはずです」
「先生だけが気に病む必要はありませんよ」
ギーシュとモンモランシーも賛同する。口は挟まなかったが...
「それよりも」
と、全員の注意を向けさせるような強い声音で言ったのは、...
「早く、今後のことを話し合いましょう。時間がありませんわ」
シエスタらしからぬ強い口調にわずかな困惑を示しながらも...
コルベールは一つ咳払いをしてから、誰に言うでもなく問い...
「ミス・ヴァリエールは」
「隣の部屋で、サイトと一緒に寝かせています。本当は遺体と...
罰が悪そうに答えるギーシュに、コルベールは首を振った。
「いや、仕方があるまいよ、あの状態ではな。見張りは」
「窓の外にはシルフィード、扉の外にはフレイムがそれぞれ待...
「ありがとう、ミス・ツェルプストー。では、今夜は心配ない...
「ええ。あくまでも、今夜のところは、ですけれど」
キュルケの言葉に、全員の顔が暗くなる。
598 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
ルイズの精神が危ういところまで追い詰められているのは、...
あのままでは才人の死体を埋葬することなど、絶対に承知し...
才人の亡骸には固定化の魔法をかけてあるから腐敗の心配は...
ルイズを一生死体と共に生活させる訳にはいかないのだ。
しかし、今才人の亡骸をルイズから引き離すのは危険だった...
かと言って、このままの状態を続けさせるのもやはり危険で...
このままでは、自殺などする必要もなく、弱りきって死んで...
何とかしてルイズに才人の死を受け入れさせ、彼女自身の手...
せめてその段階まで持っていかなければ、とてもルイズを元...
「そんなこと、出来るのかしら」
モンモランシーが全員の気持ちを代弁した。答えられる者は...
「愛情が深すぎたのね」
ため息を吐くように、キュルケが言った。
「でも、それは悪いことじゃない」
反論したのはタバサだった。キュルケは悲しげに微笑み返す。
「そうね。その通りだわ。でも、だからと言ってルイズをサイ...
「ええ、それだけは絶対に許しません」
強い口調で答えたのは、タバサではなくシエスタだった。全...
シエスタはそれを確認するように一拍の間を置いてから、ち...
「わたしに、考えがあります。多分、これだけが、ミス・ヴァ...
反論はない。全員が固唾を飲んで見守る中、シエスタは鋼の...
「ミス・ヴァリエールには、サイトさんが死んだことを忘れて...
ティファニアとシエスタを除く全員の目が、驚きに見開かれ...
真っ先に反論したのはタバサだった。音を立てて椅子から立...
それを手で制したのはキュルケだった。
「待って。詳しく話してもらえるかしら」
静かに問いかけるキュルケに応じて、シエスタが無言で頷い...
タバサも噛み付くようにシエスタを睨みつけながら椅子に座...
場が静かになった。シエスタはおもむろにティファニアの方...
599 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
これから話す企てへの反応を予想すると緊張で胸が締め付け...
して覚悟を決め、喋り出した。
「わたしの『虚無』が記憶を操るものであることは、皆さんご...
全員が無言で頷く。タバサは敵意を隠すつもりもないようで...
だが、一応全て聞くつもりはあるようだったので、ティファ...
「この魔法を使ってルイズさんからサイトの死に関する記憶を...
体を隠して、見つからないようにしておきます。まずはこう...
そうしてから、サイトがいない理由を何とかしてルイズさん...
かしてくださるそうです。後はわたしたちがサイトが死んで...
イトの後を追って死んでしまうことはなくなるでしょう」
そこで、不意にコルベールが手を挙げた。
「この案を採用するかどうかはひとまず脇に置くとして、一つ...
「なんでしょう」
「ミス・ヴァリエールからサイト君の死に関する記憶を奪うと...
ないのかね。どちらにしても非人道的なのだし、実行するな...
もちろん、あくまでも実行するならばの話だが、とコルベー...
彼としても、こうした手段が好ましいとは思っていないらし...
問いに対して、ティファニアは首を横に振った。
「サイトの存在は、ルイズさんの人生に影響を及ぼしすぎてい...
るといろいろな部分で記憶の不整合が起きて、その分危険も...
「記憶の不整合、というと、つまりどういうことなんだね」
ギーシュが眉根を寄せて問う。ティファニアは、たとえば、...
「ルイズさんは、以前にも同じように後追い自殺をしようとし...
たでしょう」
「それはもちろん、サイトが死んだことだろうね。もっとも、...
「そうです。逆に言えば、もしもヒラガサイトという人間がル...
ることはなかった訳です」
「それはまあ、そうだな」
「ところが、現実にはルイズさんは『自分は自殺しようとした...
サイトの存在を記憶から消してしまうと、『何故自分は自殺...
しまいますね。自殺しようとまで思いつめるほどのことなん...
に原因を置き換えられるのならば問題はありませんが、ルイ...
くないでしょう。そうすると、自分の記憶が抜け落ちている...
「気付いてしまうと、どうなるんだね」
600 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「分かりません。記憶を取り戻してしまうか、最悪の場合精神...
自身、今までこの魔法を使って消した記憶は、記憶を消され...
から。そういう場合は簡単に記憶のすり替えができるんです...
ちから記憶を消したあと、『自分は何故ここにいるのだろう...
ちは街道に戻ろうとしていたんです』と言ってあげれば、そ...
これは前後の記憶と比較しても大しておかしなことではあり...
うとしていたんだったか』と疑問に思うことはない訳です。...
「つまり、『もしもヒラガサイトがいなかったら』と仮定した...
とになる、という訳か。そして、それら全てを修正すること...
「そういうことです」
得心した様子のコルベールの問いかけに頷くと、他の面々も...
「確かにな。サイトがいなければ、ルイズも僕らとここまで親...
「アルビオンに行ったりガリアに潜入したり、女王陛下に喧嘩...
頷きあうギーシュとモンモランシーを横目に、キュルケが眉...
「待って。それじゃ、サイトの死に関する記憶だけを奪うにし...
に行こうとしていたのか』って問いかけには答えられないで...
「確かにその通りだな」
その辺りについてはどうなんだ、と問うように、ギーシュが...
ティファニアはどう言ったものかと悩みながら答えた。
「何と言っていいのか分からないんですけれど、それも今だっ...
「と言うと」
「サイトの存在を記憶から消す、となると、ルイズさんがサイ...
りますよね。この場合、修正を加えなければならない記憶の...
の契約の儀式を終えたはずなのにルイズさんには使い魔がい...
象に残っている、サイトに関係のある記憶全てについて、何...
がどのぐらいになるのかなんて、検討もつきません。おそら...
数日間、というよりも、サイトが死んだあの日以降の記憶だ...
て済むんです。あの日の朝出発したわたしたちは、特に何の...
風に記憶を変換することだったら、多分、できると思います」
「確かに、サイトの存在そのものを記憶から消してしまうより...
でも、本当にここ数日の記憶を他のものに置き換えることな...
ギーシュが難しそうな顔で聞いてくる。ティファニアは首を...
「断言は出来ません。わたしも、ここまで多くの記憶を消そう...
法があると仰っていますけど」
「大丈夫です。必ず、成し遂げてみせます」
それまで黙っていたシエスタが、強い声で断言する。
「ミス・ヴァリエールは絶対に死なせません。絶対にです」
その声音のあまりの力強さに気圧されたかのように、その場...
601 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
しばらくして、コルベールが咳払いしながら周囲に問いかけ...
「さて、どうしようか。彼女らの案を実行に移すか否か、とい...
「絶対に駄目」
真っ先に答えたのは、やはりタバサだった。斬りつけるよう...
どうやら、彼女はこの案の発案者がシエスタだと見切りをつ...
「誰かの記憶を他人の思うままに操るなんて、どんな理屈があ...
絶対に許せない」
「じゃあ、他に何かいい方法があるんですか」
シエスタの問いかけに、タバサは口を噤んだ。数瞬迷いなが...
「それはこれから考えればいい。記憶を奪うことだけは絶対に」
そのとき、静かな声が割って入った。
「わたしはシエスタに賛成だわ」
キュルケだった。タバサが驚いた様子で振り返る。他のメン...
皆の視線を集めたキュルケは、主にタバサを見つめ返しなが...
「もちろん、わたしだってそんな汚い真似は反吐が出るぐらい...
ったって絶対に許せないと思うわ。でも」
と、途中で言葉を切り、唇を噛んだ。声に出ないよう抑えて...
るらしかった。
そうして数秒ほど黙ったあと、キュルケは深く息を吐いて続...
「でも、今回ばかりはね。あの子は弱すぎるわ。いえ、弱いと...
ても、あの子がサイトの死を乗り越えられるとはとても思え...
いだと思い込んでるようだから。そんな状態じゃ、サイトの...
ことなんて出来ないでしょうね。そんな風に器用に割り切れ...
れど、このまま生きていくには致命的な欠点だわ。タバサ、...
までは、ルイズが生きる意志を取り戻すことなんて絶対にあ...
「同感だな。サイトの代わりになるものが、この世に存在する...
「新しい何かと取り替えられるようなものじゃないものね、ル...
沈んだ声で、ギーシュとモンモランシーが同意する。
コルベールもまた反論する材料を見出せずにいるらしく、苦...
戸惑うように彼らを見回しながら、タバサは激しく首を振っ...
「だからって、記憶を消してしまうなんて。心を歪めてまで生...
602 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/17(土) 2...
「では、ミス・ヴァリエールが死ぬ方がいいと仰るんですね」
食い下がろうとするタバサの声を切り捨てるように、シエス...
タバサは目を見開き、「それは」と何かを言いかけて、結局...
苦しげに顔を歪めるタバサをじっと見つめながら、シエスタ...
「わたしたちに出来ることは二つだけです。ミス・ヴァリエー...
幸せに生きて頂くか。それとも、ミス・ヴァリエールが自ら...
ただ見守るか。皆さんは、どちらの道をお選びになりますか」
中間の存在しない、両極端な二択が突きつけられた。だが、...
後者を選べる人間など、この場にいるはずがない。
しかし、前者が正しいと断言できる人間もやはりいない。そ...
それでも、やはり選べる道は一つしかない。だから、結局は...
タバサは最後まで反論の糸口を探しているようだったが、見...
やがて肩を震わせながら俯き、悔しそうに唇を噛んで押し黙...
「納得していただけたようですね」
冷徹に感じられるほどに平坦な声で言いながら、シエスタが...
以前のシエスタからは想像も出来ないほどに冷たいその視線...
「あなたは」
出し抜けに、タバサが震える声で叫んだ。たまりにたまった...
「サイトが最後に案じたのがルイズだったから、それを妬んで...
シエスタの内心を見透かしたかのような言葉。それがおそら...
しかしシエスタは微塵も動じる様子を見せず、それどころか...
「だとしたら、何ですか」
何かを言いかけたタバサが、何を言っても無駄と判断したの...
悔しさによるものか、彼女の瞳からは涙が溢れ、細い体は小...
傍らに立ったキュルケがタバサの肩にそっと手を添えるのを...
た口調で言った。
「時間がありません。すぐに具体的な計画を話し合うことにし...
極めて速やかに、無駄なく話を進め出すシエスタの声に混じ...
25 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
かすかな寝息を立てるルイズを、雲間から静かに注ぐ月明か...
蒼ざめた光は痩せこけた頬により深い影を落とし、彼女の死...
でもあった。
にも関わらず、ルイズの寝顔は無垢な赤子のように穏やかで...
まるで死を受け入れたかのようなその姿を間近で見て、ティ...
「ティファニアさん」
呼びかけに振り返れば、部屋の戸口にシエスタの姿がある。
「時間がありません」
淡白な声に押されるように、ティファニアは再び前方の寝台...
狭い寝台には、二人の人間が寄り添うようにして横たわって...
いや、二人の人間という表現は正しくないかもしれない。そ...
成り果てているのだから。
(サイト)
心の中で彼の名を呼びながら、ティファニアは痛む胸を軽く...
才人の死体はモンモランシーの手で完全に修復され、いつも...
顔は青白さを除けば至って平静であり、今目の前で呻きなが...
ほどであった。
だが、それは実際にはあり得ないことだ。彼は間違いなく死...
ここにあるのは修復された上で腐敗しないように魔法で処理...
その隣で、ルイズは才人の首にしがみつくようにして眠って...
彼女にしても全身から死の臭いを感じ取れるような状態で、...
の死体が抱き合って眠っていると勘違いしてもおかしくないほ...
ティファニアは小さく息を吸った。じっとりと滲む汗で服が...
の不快感がこみ上げてくる。
しかし、これから自分が成そうとしている行為から考えれば...
いはずであった。
「何をしているんですか。早く」
背後から、シエスタが静かに急かしてくる。
ティファニアは目を閉じて一瞬だけ闇の中に逃避した後、覚...
いっそ呪文自体を忘れてしまっていればと願ったが、皮肉に...
までにないぐらいはっきりと頭の中に浮かんでいた。
ティファニアはゆっくりと杖を振り上げ、詠唱を始めた。緊...
が震えているのが自分でも分かった。
いつもよりも必要とする詠唱が長い。どうやら、奪う記憶の...
ようだった。
長い長い詠唱を、ティファニアは震える声で淀みなく紡ぎ出...
くれと願いながら。
それでも呪文は途切れず、ティファニアの願いとは裏腹に呪...
を振り下ろし、魔法を解き放つだけだ。
26 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
ティファニアは、身じろぎもせずにルイズを見た。
自身の荒い呼吸が耳障りなほどに大きく感じる。心の中でい...
シエスタが突きつけた二択が頭に浮かぶ。正しい道と共にルイ...
き換えにルイズの生を取り戻すか。
ティファニアはこのときになってようやく、自分が未だこの...
いないことに気がついた。
(ここまで来ておいて、何を今更)
だが、今ならばまだ引き返せるというのも、やはり事実だっ...
記憶を消す魔法は知っていても、消した記憶を再び蘇らせる...
「何をしているんですか、早く」
急かすシエスタの声にも少しずつ焦りが混じり始めた。
それでもティファニアは動かない。問いに対する答えがどう...
生か死か。現実か理想か。逃避か受容か。
どちらを選ぶべきなのか、決定的な要素が胸の中に存在しな...
嵐のように胸の中で荒れ狂う問いと答えにティファニアの精...
変化は唐突に訪れた。
寝台の中のルイズが、眠ったまま喜びに満ちた笑みを浮かべ...
「ああ、サイト、迎えに来てくれたのね」
ティファニアはほとんど反射的に杖を振り下ろしていた。
小さく叫び声を上げたときには、もう遅かった。解き放たれ...
その光景を呆然と見守るティファニアの前で、闇はゆっくり...
静寂が戻ってきた。
見た目には、何ら変化はない。相変わらず才人の死体は物を...
べたまま眠りこけている。
果たして本当にルイズが記憶を失ったのかどうか。それは、...
「皆さん、お願いします」
背後から、シエスタが廊下に向かって呼びかけるのが聞こえ...
ルベールが忍び足で部屋の中に入ってくる。
彼らはシエスタと頷きあったあとでゆっくりと寝台に近寄り...
抵抗は、ない。才人の体はするりとルイズの手を離れ、ギー...
彼らはそのまま無言で部屋から出ていき、才人の亡骸は何の...
そのわずかな時間の間ルイズは全く反応せずに、健やかに眠...
ら寒く感じられて、ティファニアは体を震わせた。
27 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「さあ、早く次の仕事に取り掛かりましょう」
シエスタが純白の婚礼衣装を持って、ルイズの眠る寝台に近...
ティファニアもそれに従い、眠るルイズの腋の下に腕を入れ...
ルイズの体は予想以上に軽く、それ故にティファニアの細腕...
顔を上げると、無表情のシエスタと目が合った。彼女と一つ...
シエスタは手早くルイズの服を脱がせ、純白の婚礼衣装に着...
ティファニアはシエスタが作業をしやすいように、ルイズの...
その間ルイズはずっと眠ったままで、起き出す気配は全くな...
(疲れていたから、だけじゃないよね)
おそらく頭から心配事が消えてしまったせいだろう、とティ...
そうでなければ、ルイズはとっくに起き出して大騒ぎしてい...
だが、実際は服を着せ替えられているというのに眠り込んだ...
結局、問題など何一つ起きないまま、作業は完了した。
ルイズは清楚な純白の婚礼衣装に身を包み、シエスタが整え...
あとは彼女が起き出すのを待ち、自分たちがうまくやるだけ...
ティファニアが大きく息を吐き出したとき、不意に遠くの方...
それはたくさんの木々が同時に揺れ動く音であり、寝ていた...
斉に飛び立つ音でもあった。
(コルベールさんたちが出発したんだわ。サイトの遺体と一緒...
ティファニアは窓辺によって目を細めた。ここからでは、昇...
る木々の姿が見えるだけで、飛び立つ船の姿は確認できない。
サイトの死を知らせる船は、西の地でも幾人かの人々に大き...
を思うと胸が痛む。
しかし、沈んでいる暇もないのが現実である。ティファニア...
寝台のそばの椅子に座ったシエスタが、眠り続けるルイズの...
ティファニアは寝台を挟んでちょうど向かい側となる場所に...
向き合った。
ルイズ同様、もしかしたらそれ以上に疲労の影が濃いシエス...
ただひたすら、静かにルイズの目覚めを待っているようだ。
本当はいろいろと問いかけてみたいことがあったが、今のシ...
纏っていて、話しかけるのは躊躇われた。
そうしてお互いに何も話さないまま、ただ時間だけが過ぎ去...
その間にも、ティファニアの頭の中で様々な疑問が浮かんで...
本当に魔法は成功したのだろうか。ルイズは才人の死を忘れ...
果たして自分がどちらの結果を望んでいるのだろう。忘れて...
どの問いにも、やはり答えは出ない。ティファニアはため息...
28 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
家の中は静まり返っていた。モンモランシーは目覚めた後の...
自室で薬を作ると言っていたし、キュルケはコルベールら帰還...
この部屋に来ない辺り、まだ見送りから戻ってきていないのだ...
最後までこの計画に反対していたタバサは、あれ以来部屋に...
(寂しくなってしまったわね、ここも)
胸に穴が開いたような寂寥感があった。
(サイトが死んでしまったからなのね。たくさんのものが悲し...
ていくみたい)
改めて、寝台の向こうのシエスタを見やる。相変わらず、静...
だが、伏目がちの目蓋の下から覗く黒い瞳は、薄暗く底光り...
(こんな顔をする人だったかしら)
ティファニアの知るシエスタは、穏やかで献身的な少女だっ...
喧嘩することこそあったものの、それ以外では他人を傷つける...
しい人間だったはずである。少なくとも、ティファニアはそう...
しかし、今のシエスタにはその面影はない。
己の目標を達成するためならば他人の気持ちなど微塵も考え...
の人間に変貌してしまったかのようですらある。
そのとき、何の前触れもなくシエスタが顔を上げて、目線を...
ティファニアは突然のことに驚き、固まってしまう。しかし...
「ティファニアさん。この後のこと、大丈夫ですね」
確認するような声と共に、冷たい視線を押し込んでくる。テ...
頷き返した。
シエスタが眠るルイズに視線を戻す。つられるように、ティ...
弱弱しい朝日の中、穏やかな寝顔は魔法をかける前と変わら...
確かな生の気配がある。昨日、降りしきる雨の中で才人の亡骸...
と、いっそ健康的ですらあった。
おそらく、魔法は成功したのだ。その結果が、このルイズの...
そのとき、不意にルイズが顔をしかめて低く呻いた。
ティファニアは目を見開き、慌ててシエスタを見る。彼女は...
めのときがやってきたのだ。
緊張と冷静。それぞれの表情で見守る二人の前で、ルイズは...
29 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
起き抜けのために頭が覚醒しきらないらしい。薄目を開けた...
がて大きな欠伸を一つして、気だるげに聞いてきた。
「どうしたのテファ、そんな難しい顔して。何かあったの」
のんびりとした口調からは、昨日のような狂気じみた悲しみ...
固唾を呑んで見守るティファニアの前で、ルイズは眠たげな...
アと同じように自分を見ているシエスタを発見した。
「シエスタまで。なに、いったいどうしたのよ。まだ起こしに...
窓から差し込む弱々しい朝日に顔をしかめながら、ルイズが...
「なんかすっごい疲れてんのよね、わたし。よく分かんないん...
もうちょっと寝かしておいてくれない。話なら後で聞くから...
のん気な声で挨拶して、ルイズは再びベッドに潜り込もうと...
一連の動作を見て、ティファニアは確信した。間違いなく、...
ティファニアがほっと息を吐いたとき、シエスタがおもむろ...
「サイトさんがいなくなりました」
ティファニアは目を見開いた。ともすれば才人の死を喚起し...
は何を考えているのか。
しかし、口から出てしまったものを消すことはできない。案...
りが嘘だったかのような勢いで跳ね起きた。
「何ですって。ちょっと、どういうことよそれ」
「言葉の通りですよ。サイトさんが、いなくなっちゃったんで...
ティファニアが割って入る暇を与えないほどに、シエスタは...
その言葉を聞いたルイズはしばらくの間衝撃を受けた様子で...
たように眉をひそめた。
「っていうか、あれ。ちょっと待って」
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
穏やかに微笑んで問いかけるシエスタに、ルイズは右手の平...
「なんか、頭が混乱してるっていうか。ちょっと、事態がよく...
「ですから、サイトさんが」
「いや、そうじゃなくて。おかしいわね」
苦しげに呟きながら、顔をしかめたルイズが痛みを押さえる...
「なにかしら。変な感じがするのよ」
「変な感じと仰いますと」
「そんなの、言葉に出来るわけないでしょ。とにかく、変な感...
ルイズは癇癪を起こしたように激しく頭を振る。シエスタは...
と背中に手を添えた。
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール。何がそんなにおか...
「だから言葉じゃどうとも」
苛立たしげに答えかけたルイズは、ふと何か思いついた様子...
「ねえ、今日って何日」
「今日ですか。今日は」
シエスタの答えを聞いたルイズが、目を見開く。それから、...
「おかしいわね。わたし、ここ三日ぐらいの記憶が全然ないみ...
30 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
その言葉を聞いたとき、ティファニアの鼓動が一つ跳ね上が...
記憶がなくなっているという事実から、ルイズがティファニ...
惧したのだ。
だが、悩むルイズが何らかの答えを出す前に、シエスタが驚...
時的とは言え回避された。
「まあミス・ヴァリエールったら、まさか昨日のこと覚えてい...
「昨日?」
ルイズの眉間に皺が寄る。今のシエスタの発言にしても、テ...
言に思えた。
もしもルイズが昨日自分が自殺しかけたことを思い出してし...
だがルイズは結局何も思い出せなかったようで、降参するよ...
「駄目だわ。全然思い出せない。どうしちゃったのかしらわた...
「ミス・ヴァリエール」
突然シエスタの声が硬くなった。そのあまりに唐突な変化に...
驚いているのはティファニアも同様で、事情を知っていると...
か少しも見当がつかない。
シエスタは俯き、肩を震わせていた。前髪で隠れているため...
いる様はいかにも怒りを堪えかねている様子である。
ルイズは困惑しきった様子だったが、やがて持ち前の強気さ...
「何なのよ一体。昨日わたしがなんかしたって言うの。怒らな...
眉を吊り上げ、明らかに怒っている様子で怒鳴りつける。し...
鳴り返してきた。
「なんかした? なんかしたって仰いましたか今。あれだけの...
ですって。呆れました。前から愚かな人愚かな人と思っては...
なんて」
シエスタはため息混じりに首を振る。ルイズは顔を引きつら...
「あんた、誰に向かってそんな」
「もちろんあなたですわミス・ヴァリエール。今のあなたを見...
ド・ラ・ヴァリエールは世界で一番愚かな女だってね」
怒りに震えながらもこの上なく冷淡という矛盾したその声音...
反応を見せた。
歪んだ顔を真っ赤に染めて、歯を剥きながらシエスタよりも...
「頭にきた。いろんな部分が気に入らない女だと思ってたけど...
が切れたわ」
「それはこっちの台詞です。わたしの目の前であんなことをし...
ただなんて」
「実際思い出せないんだから仕方がないでしょうが。いったい...
てあげるから言ってごらんなさいよ」
ルイズは挑発的な声を叩きつけて、鼻息を荒く寝台の上でふ...
何がどうなってこんなことになっているのか理解できないテ...
にらみ合っている。
31 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
だが、その状態も長くは続かなかった。やがて、眉を吊り上...
から、一筋の涙が零れ落ちたのである。
これには怒り心頭だったルイズも驚かされたようで、慌てて...
「どうしたのよ、何でいきなり泣き出すわけ」
「ひどいです、ミス・ヴァリエール」
シエスタは俯いてしゃくり上げ始めた。零れ落ちた涙が木の...
顔を覆って泣き続けるシエスタを前にして、寝台の上のルイ...
同様である。
そんな二人の前で、シエスタはやがて顔を上げた。鼻を啜り...
で恨めしげにルイズを睨む。
「どうしてそんなひどいことが言えるんですか。わたしが今ど...
るんですか。ええきっとそうなんでしょうね、さぞかし楽し...
のは。いっそ声を上げてお笑いになったらいかがですか。わ...
かえって気が楽です。さ、どうぞお笑いください。何なら道...
地獄の底から響いてくるような暗澹とした恨み言は、ルイズ...
たらしい。
ルイズは気味悪げにシエスタを眺めながら、ティファニアに...
「ねえ、なんでわたし悪役にされてるの。なんかもう、いろい...
「それはその、わたしからはなんとも」
ティファニアは迷った挙句に結局そう返してお茶を濁した。...
出来なかった。
シエスタの考えは分からないが、おそらくこれもルイズの記...
後から矛盾が生まれるような言動は極力慎むべきだ。ティフ...
ティファニアから答えが得られないことを判断したらしく、...
吐いた。
「本当にもう。一体全体どういうことなのよ。昨日のことは思...
分かんないことで責められるし。そろそろちゃんとした説明...
なに、皆してわたしをからかってるわけ。窓の外でにやにや...
ここでネタばらし』とか笑いながら入ってくるんじゃないで...
不満げに呟くルイズの声を、シエスタは涙に歪んだ顔で黙っ...
なったように叫んだ。
「もういい加減にしてください。どうしてこんなひどいことを...
晴らしなんかするまでもなく、あなたはもう十分幸せでしょ...
「だから、訳が分かんないって何度も何度も言ってるでしょう...
たしが何をしたのか」
「ええ、ええ、言ってあげますとも。あなたがどうしてもわた...
のでしたら、何度だって言ってあげますわ」
「敗北宣言って、一体なんの」
眉をひそめるルイズの声を遮って、シエスタは家中に響く声...
「結婚したんでしょう、サイトさんと」
32 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
一瞬にして場が静まり返った。絶叫を叩きつけられたルイズ...
もまた目を瞬くばかりで何も言えない。
聞こえる音は木の葉のざわめきと雨垂れが地面に落ちる音と...
その奇妙な静寂の中、ルイズは目を丸くして硬直していた。...
子で見つめて数十秒間も黙り込んだ後、
「は」
と、間抜けに口を開く。その反応に、シエスタはまた眉を吊...
「なんですか陸に打ち上げられた魚みたいな顔して」
「え、いや、ええと、ちょっと待って」
ルイズは理解が追いつかない様子で数度も頭を振ったあとで...
「もう一回言ってくれない」
「なんてひどい。二度もわたしに敗北宣言を」
「違うってば。いや、何が違うんだかもよく分からないんだけ...
そのときになってようやく気付いたとでも言うかのように、...
そして、躊躇うような口調で問う。
「もしかして、本当に覚えてないんですか。ミス・ヴァリエー...
「何度も何度もそう言ってるじゃないの」
「だって、そんな。あんなこと忘れるだなんて。どう考えても...
「そりゃわたしだっておかしいとは思うけど、実際に覚えてい...
うんざりした様子で言いかけたルイズは、そこで不意に言葉...
頭の奥に痛みを感じたかのように、右目をぎゅっと瞑って頭...
「待って。そう言えば、何か、あったような」
苦しげに呟きながら、寝台の上で身を丸める。ティファニア...
何か、よくないことが起きようとしている気がする。
二人の見守る前で、ルイズは苦しげな声を絞り出し始めた。
「何だっけ。サイトに関係のあることで、凄く大事なことが、...
途切れ途切れの呟きを聞いたとき、ティファニアの体が大き...
(まさか、思い出しかけているの)
どうしたらいいのか、咄嗟には判断できなかった。ちらりと...
しかねる様子で眉をひそめている。
「なんで。どうして思い出せないの」
ルイズの額に脂汗が浮き始めた。さすがにこのまま放ってお...
シエスタが口を開きかける。
だが、彼女が何かを言う前に、別の声が場に割って入った。...
振り向くといつの間にやら戸口にキュルケが立っていた。口...
声を上げている。
33 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「おはようルイズ。わたし、前々からあなたの頭の中身を疑っ...
じゃなかったみたいね」
「どういう意味よ」
噛み付くような口調でルイズが聞き返す。どうやら興味がキ...
浮かんだ疑念が飛んでしまったようである。
キュルケは呆れ返った様子で肩を竦めると、シエスタを見て...
を浮かべてみせた。
「この子、本当に忘れてるみたいよ。まさかそこまで頭の中が...
「だから、どういう意味かって聞いてんのよ」
「ルイズ、あなた頭蓋骨に穴が開いてるんじゃなくて。きっと...
流しになってるのよ。それにしても馬鹿な子ねえ。あれだけ...
んだもの。これじゃ旦那様が可哀想だわね」
「旦那様って、一体なんのことよ」
困惑して問うルイズに、キュルケはただため息を吐いた。再...
「どうするの。わたしが説明した方がいいかしら。あなたの口...
ょう」
シエスタは少しの間考え込む様子を見せたが、やがて覚悟を...
「いいえ、それはわたしの役目です。このどうしようもないお...
昨日のことを嫌というほど思い出させてあげますから」
「あらあら。進んで針の莚に座ろうって言うのね、あなた。ま...
ここで見物させてもらうから」
キュルケはそう言って、戸口の枠に背をつけて悠然と腕を組...
その間にシエスタは椅子に座り直し、非難するような視線で...
「さて、それじゃ説明しますけど。ミス・ヴァリエール、本当...
「しつこいわねあんたも」
「だって、信じられないんですもの。あんなこと忘れるだなん...
「そのことなんだけど」
ルイズは不意に薄らと頬を染めた。誰が聞いている訳でもな...
「本当なの。わたしが、その、サイトと」
ルイズはそこで口ごもってしまう。シエスタは呆れた様子で...
「ここまで来るともう怒る気にもなりませんわね。分かりまし...
ろで、今思い出せるのは何日前までですか」
「えっと。コルベール先生が聖地を見つけて、準備が終わり次...
でもサイトったらなんかコソコソやってるだけで全然手伝わ...
行くのは半分あいつのためみたいなもんだってのに。結局出...
だから一発怒鳴りつけた後にイライラしたまんま布団に入っ...
そこまで言ったあと、ルイズは難しい顔で数秒も唸ったあと...
「駄目だわ、ここから先はどうしても思い出せない」
ティファニアは内心胸を撫で下ろした。計画どおり、聖地に...
には残っていないらしい。
シエスタは何やら納得したように頷いて、ルイズに問いかけ...
「では、聖地の門を使えば元の世界に帰れるって分かったのに...
帰らないと言い出したのも覚えていないんですね」
ルイズは目を見開いた。
34 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「あいつ、そんなこと言ったの。どうして」
「どうしてって、あのときもそう言いましたよねミス・ヴァリ...
じゃないですか」
「なんて」
「『俺は元の世界よりも大切なものができた。だから帰るのは...
いくことにする』」
「なによ、大切なものって。自分の家に帰れるっていうのに、...
ないでしょう」
苛立ち紛れの声を聞いたとき、ティファニアの胸が小さく痛...
それは、もしもあんなことにならなければ、実際に聖地で交...
「教えて、シエスタ。あいつ、なんでそんなことを言い出した...
「ここまで聞いてもまだ分かりませんか、ミス・ヴァリエール」
シエスタは静かな瞳でルイズを見据えた。その視線に押され...
落ち着かない様子で周囲に視線をさ迷わせながら、おそるお...
「だって、そんなの。信じられないわ」
「信じられなくたって、事実なんです。教えてあげましょうか...
どう答えたのか」
ルイズは少しの間迷ったあと、決心したように頷いた。シエ...
調で言った。
「『お前だよ、ルイズ。お前と一緒に生きていたいから、俺は...
るよな』そう言ったんです、サイトさんは」
「それって、つまり」
「結婚してほしいってことですよ」
しばらくの間、部屋に静寂が満ちた。
ティファニアは胸が痛いほどに高鳴るのを自覚しながら、ル...
(もしもこれで、ルイズさんが信じてくれなかったら)
ルイズは他の三人の視線を浴びながら、長いこと黙り込んで...
俯いていたために表情は見えなかったが、引き結ばれた唇が...
やがて、ルイズは疲れたように大きく息を吐き出した。
「駄目だわ。どうしても思い出せない。そんなことがあったの...
暗い声で呟いてから、ぎこちない笑みを浮かべてシエスタを...
「ねえ、本当なのそれ。やっぱり、皆でわたしのことからかっ...
「ミス・ヴァリエール」
真剣な声音でシエスタが言うと、ルイズは怯えるように肩を...
手を取り、顔を寄せて囁いた。
「自信を持ってください。あなたはサイトさんに選ばれたんで...
とを天秤にかけて、その結果あなたを選んだんです。それだ...
すよ」
「でも」
「それとも、先ほどのわたしの涙が偽物だとでも仰るのですか...
けるのは止めてください。こうして恋に破れた瞬間のことを...
そうなほどに痛んでいるのですよ」
「だけど、わたし」
ルイズは自信なさげな声で呟き、恐る恐るティファニアの方...
「本当ですよ。サイトは、元の世界に帰ることよりも、ルイズ...
んです」
ティファニアは強く頷き、断言した。嘘ではなく本当のこと...
ができた。
だからこそ、悲しかった。今は、その真実ですらも嘘を構成...
ルイズはキュルケの方も見たが、やはり彼女にもシエスタの...
れて、再び黙り込んでしまった。
35 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「どうです、思い出せましたか」
問い詰めるような口調で、シエスタが問う。ルイズはまたし...
信なさげな声で呟いた。
「そうだった、ような気もしてきた、けど」
ティファニアは目を見開いた。ルイズはまだ確信が持てない...
だ。驚くべきことだった。
シエスタはそんなルイズを見つめて優しげな微笑を浮かべ、...
「大丈夫ですよ。きっと、嬉しいことが続きすぎて混乱してい...
いですよ。実際、少しは思い出せたんでしょう」
「そんなにはっきりしたものじゃないわ。ただ、そうだったよ...
「それが真実なんですよ。その証拠に、ほら。ご自分の着てい...
「え」
ルイズは驚いた様子で自分の姿を見下ろした。
「これは、なに」
自分が見慣れぬ純白の服に身を包んでいることに初めて気付...
と呟いた。
シエスタはやはり優しい微笑を浮かべたまま、ルイズの婚礼...
「サイトさんがミス・ヴァリエールのために用意した、婚礼衣...
「婚礼衣装って、それじゃ」
信じられない口調で叫びかけるルイズに、シエスタはにっこ...
「ええ。昨日、サイトさんとミス・ヴァリエールは結婚式を挙...
ルイズは呆然と自分が着ている服を見下ろして、またティフ...
先ほどと同様に、ティファニアは無言の頷きによって肯定す...
今度は本当のことではなかったから、ほんの少しだけ頷くの...
ルイズはまだ納得しかねる様子だった。しかし、自分が婚礼...
あり、周囲の人間もシエスタの言っていることを肯定している...
た様子であった。
顔を歪めて何度も頭を振っているルイズに、シエスタは包み...
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール。昨日はあんなに嬉...
「だって、何も思い出せないのよ。こんなの変じゃない」
ティファニアの背中を冷たい汗が流れ落ちる。ルイズが事の...
少しだけ後悔した。自分が記憶を消せる魔法を使える、という...
ろうか、と。そして、そんなことを平気で考えている自分に気...
一方、ルイズは当然ながら何も思い出せずに苛立っていたが...
うにそっと彼女の肩を抱いた。
「さっきも言ったでしょう。きっと頭が混乱しているんですわ...
なってきたんでしょう」
「それは、だけど」
「大丈夫。ゆっくり、落ち着いて思い出していきましょう。そ...
と、シエスタはいかにもたった今名案を思いついたという風...
「確か、ミス・ヴァリエールの魔法に幻を作るものがありまし...
「どうするのよ」
「昨日の結婚式を、思い出しながら再現してみてください。わ...
「でも、思い出せないのよ」
「大丈夫ですよ。分かることからでいいですから」
ルイズはしばらく迷ったあと、枕元に置いてあった杖を手に...
ずは小さな自分の姿を作り出す。もちろん、小さなルイズは婚...
に見ながら、シエスタが幻のルイズの隣を指差す。
「隣にはもちろんサイトさんがいらっしゃいましたよね」
「うん。それはそう、よね」
ルイズは曖昧に頷いてまた詠唱を始めようとしたが、口を開...
「どうしたんですか」
「サイト、どんな服を着てたっけ。まさかいつものあの服じゃ...
「思い出してみてください。大丈夫、ゆっくりやればいいんで...
シエスタは落ち着かせるように言って、ルイズに存在しない...
36 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
二人が話し合いながら徐々に幻を構築していく横をそっとす...
キュルケに歩み寄った。
無表情にルイズとシエスタを見つめている彼女に向かって、...
「ご存知だったんですか、シエスタさんの考え」
「ううん。だけど、あの子が結婚とか叫んでた辺りで、大体は...
「だけど、どうしてこんな複雑な嘘をついたんでしょう。単に...
って言うだけで十分なんじゃないんですか」
ティファニアの疑問に、キュルケは悲しげに眉をひそめた。
「多分、こだわりなんでしょうね、あの子の」
「こだわり、ですか」
キュルケはそれ以上は何も言わなかった。その内沈黙に耐え...
「こんなのが、本当にうまくいくんでしょうか」
「そうね、わたしも最初は無理なんじゃないかと思ってたんだ...
ティファニアは再びルイズとシエスタの方に視線を戻してみ...
幻の構築は、驚異的な速さで進められていた。しかも、シエ...
ルイズが一人、楽しそうな顔で幻の中に様々なものを付け加...
最初は旅の仲間たちを、次に村のエルフたちを。晴れ上がっ...
たテーブルの上には料理と酒がずらりと並ぶ。今や列席してい...
でもが明確に形作られていた。そして、その風景の中心には、...
他ならぬルイズ自身の手によって次々と組み立てられていく...
葉を失っていた。
「これは、一体」
「失われた記憶を取り戻したいっていう欲求のなせる業、って...
隣を見ると、キュルケが感心した様子でルイズとシエスタを...
「中核に偽物の事実を放り込んでやってそれを信じさせれば、...
って訳ね」
「そんな風にうまくいくものなんですか」
「実際そうなっているじゃないの。それに、あの子のやり方も...
り、ルイズに実際に婚礼衣装を着せておくことによって、結...
たせたのね。それでも、ここまでうまくいくのは出来すぎて...
いは、ルイズの本能がシエスタの嘘を信じ込みたがっている...
キュルケはどことなく憂鬱そうに言ったあとで、廊下に出て...
彼女としても、こういった手段をあまり好ましくは思ってい...
て同じである。
しかし、ティファニアはその場に残って、ルイズが幻を構築...
その光景がどれだけ耐え難いものであっても、自分にはそう...
やがて、ルイズは作業を終えた。今や幻は一抱えほどもある...
目の前に浮かんでいる。
「そうそう、こんな感じだったわよね。やっと思い出したわ」
ルイズは寝台の上で腕を組み、満足げな表情で頷いている。
ルイズ自身は思い出した、と言っているが、実際には彼女が...
それを知るティファニアは、拭い難い違和感を感じて身じろ...
37 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
そんな彼女には気付かぬ様子で、ルイズは幻を指差しながら...
「ギーシュったら飲んだくれてサイトに絡んだ挙句、調子に乗...
とか言い出したのよね。だけどそのすぐ後でエルフの女の子...
モランシーがかんかんになっちゃって」
と、存在するはずのない思い出を楽しそうに語り始める。や...
タが、目を細めてルイズに言い聞かせた。
「これで大丈夫ですね、ミス・ヴァリエール。こんな幸せな日...
「もちろんよ。それにしても、どうして忘れてたのかしらねえ」
幻を前に、ルイズは不思議そうに首を傾げている。その隣で...
「ミス・ヴァリエールだって、浮かれてたくさんお酒を飲んで...
えずに寝込んじゃったんですよ。きっとそのせいもあります...
「あ、そうそう、そうだったわね。だけどあんただってひどい...
したときはもうどうしようかと」
と、ルイズは今やシエスタの言葉を疑う様子すら見せず、す...
あまりにもあっさりと記憶のすり替えが行われている現実に...
今ルイズが目の前で作り出した結婚式の記憶は、シエスタの...
ズの脳に定着することだろう。
そのとき、本当はサイトの死体を抱いて湖に向かっていたこ...
じょじょに気分が悪くなってくるのが分かったが、それでも...
まだ、自分がしてしまったことを全て見届けたことにはなって...
「そう言えば」
そのとき、ルイズが不意に何かに気付いた様子で言った。
「さっき、シエスタ変なこと言ってなかった。サイトが消えた...
「ああ、そうそう」
シエスタも、いかにも今思い出したという風に手を打ち合わ...
「サイトさん、一足先に西に帰っちゃったんです」
「どうして」
驚いたルイズの叫びに、シエスタは苦笑で返した。
「ほら、ミス・ヴァリエールとも結婚して、東方にも用事がな...
ゃならないでしょう。でもわたしたち、逃げるように西を後...
ろと面倒じゃないですか。だから、一足先に西へ戻って、新...
しまってから迎えに来るって言ってましたよ」
シエスタは淀みなく偽りを口にする。ルイズは怒りを露わに...
「なによそれ。新婚早々花嫁をほったらかしにするだなんて、...
帰ったって面倒は同じじゃないの」
「まあまあ」
シエスタが苦笑混じりにルイズをなだめる。
「考えてもみてください。ミス・ヴァリエールのご家族のこと...
ァリエール本人を連れて帰ったら面倒が倍になるんですよ。...
とにミス・ヴァリエールを巻き込みたくなかったんじゃない...
「それは、いかにもあいつの考えそうなことだけど」
ルイズはまだ納得のいかない様子で少しの間唸っていたが、...
「ま、仕方ないか。あいつがご主人様のことほったらかしにし...
のことだし。それにまあ」
ルイズは恥らうように、頬を赤らめた。
38 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
「わたしのこと考えてそういうことしたっていうんなら、まあ...
「そんなこと言って、本当は凄く嬉しいんじゃないですか」
からかうようにシエスタが言うと、ルイズは「そんなことな...
それから、少しだけ居心地悪そうにもじもじして、目線を逸...
「そりゃまあ、ちょっとは、嬉しいけど」
「ちょっと、ですか」
意地悪げにシエスタが言う。ルイズはむずがゆそうな表情で...
に俯き、ぽつりと言った。
「嘘よ」
「え、なんですって」
シエスタが耳に手を当てて問い返す。ルイズはしばらく無言...
れなくなったように喚き出した。
「嘘よ嘘、全部嘘。本当はすっごく嬉しいわ。それこそ体が弾...
ぐらいにね」
ヤケになったように叫ぶルイズの顔は真っ赤に染まり、満面...
それはティファニアが今まで見たこともないぐらいに、幸福...
「やだなあもうサイトったら、そんなに急がなくったって、も...
ばいいのに。そんなに早くわたしと二人っきりになりたかっ...
お互いの気持ちを確かめ合う暇もないじゃない、ねえ」
激しく身をよじりながら問うルイズに、シエスタは呆れ交じ...
「なんですかもう。やっぱり嬉しいんじゃないですか」
「そりゃそうよ嬉しいに決まってるじゃない。ああどうしてか...
るなんて嘘みたい。あんまり幸せすぎて、今にも空に飛んで...
ちゃったみたい」
「ええ、多分皆がそう言うでしょうね」
シエスタの冷ややかな言葉も、今のルイズには通用しないよ...
婚礼衣装を見下ろして、白い布地をつまんだりしながらさらに...
「そっか。わたし、お嫁さんなんだ。サイトのお嫁さん」
ティファニアは吐き気がこみ上げてくるのを自覚した。ルイ...
どん気分が悪くなってくる。
そのとき不意に、寝台の上のルイズの体がふらりと傾いた。...
その背中を支える。
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
そのときになってようやく自分が倒れかけたことに気付いた...
ルイズははっとして、しかし体は起こせずに困惑した笑みを...
「分かんない。なんか、急に体に力が入らなくなって。変ね、...
たい」
またティファニアの心臓が高鳴ったが、今度は前ほど焦りは...
もうルイズが記憶を取り戻す危険性はほとんどないというこ...
ただ、自分がそれを喜ぶべきなのかどうかは分からなかった。
「疲れてるんですよ、きっと。いろいろなことがありすぎて。...
さ、横になって少し休んでください」
シエスタがそっとルイズの体を支え、彼女の体を寝台に横た...
被った。
「うん、そうする。サイトが帰ってきたとき、疲れた顔は見せ...
そう言って笑ったあと、ふと気付いたように慌てて起き上が...
「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
「着替えなくちゃ。折角サイトが用意してくれた服に皺はつけ...
「ああ、そうですね。それじゃ、今着替えを持ってきますから...
シエスタが一礼して踵を返し、戸口の方に向かってくる。テ...
廊下に出て行く直前、二人の視線が交差した。シエスタは、...
は比べ物にならないほど冷たい目をしていた。
39 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 05...
彼女を見送ったあと、ティファニアは迷いながらも寝台の方...
布団の中に収まったルイズは、相変わらず幸せそうに目を細...
ティファニアは数瞬迷ったあと、覚悟を決めて寝台に歩み寄...
た椅子に腰を下ろしながら、問いかける。
「大丈夫ですか、ルイズさん」
「うん。ありがとう、ティファニア。駄目ねわたし、サイトが...
なんて」
こみ上げる不快感が顔に出てこないよう苦労しながら、ティ...
ルイズはそれからしばらく黙っていたが、やがて静かに語り...
「ねえ、ティファニア」
「なんですか」
ルイズは横になったまま、目を細めて夢見るように語った。
「わたし、サイトのお嫁さんなのよね」
「そうですね」
「もうご主人様と使い魔じゃなくて、妻と夫なのよね」
「そう、ですね」
「そっか。そうなんだ。なんだか夢みたい。わたし、サイトは...
っちゃうと思ってたから。でも、そうじゃないのね。これか...
ティファニアは何も言えなかった。もはや笑みを作ることす...
を傾けるしかない。
「今までひどいことしてきた分、これからはたくさんサイトに...
のお嫁さんになるの。だってわたし、サイトのこと愛してる...
「それは、とても素晴らしいですね」
ティファニアは無理矢理言葉を吐き出した。全身が悪寒に震...
るのを感じる。
これ以上ルイズの穏やかな声を聞いていると、気が狂ってし...
「あーあ、早くサイトに会いたいなあ」
ルイズがゆっくりと手を伸ばして、空中に浮かぶ幻の中のサ...
と消えてしまった。魔法の効力が切れたらしい。一瞬、ルイズ...
彼女は無理に笑った。
「いけないいけない、我慢しなくちゃ。サイトだって、わたし...
し。それに、黙って夫を待つのも妻の務めだものね」
ティファニアは立ち上がった。振り返り、出来るだけ足取り...
ちょうど着替えを持って部屋に入ってきたシエスタとぶつか...
ら交わさなかった。
ひたすら早足で歩き、家を出る。それから駆け出し、一本の...
りこんだ。
後悔と罪悪感が、凄まじい勢いで全身の力を奪い去っていく...
ら残っていなかった。
(わたしは、なんてことを)
ルイズの幸せそうな笑顔が頭から離れない。ティファニアは...
そうしてしばらく経ったとき、ティファニアはすぐ近くに人...
タバサがいた。木に背中を預けて、自分たちが滞在している...
強い風が吹き抜けた。木の葉に溜まっていた昨日の雨露が、...
たさに、ティファニアは身震いした。
「こんなことが許されるはずがない」
不意に、タバサが静かに呟いた。ティファニアは、はっとし...
ないまま、淡々と予言を下した。
「わたしたちは、いつかこの罪にふさわしい罰を受けることに...
再び風が吹きつける。ティファニアはタバサの視線を追って...
ずっと向こうの空に、分厚く黒い雲が広がっている。今度の...
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続き [[19-667]]不幸せな友人たち アンリエッタ
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