ゼロの使い魔保管庫
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62 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「パパ」
という歓声がヴェストリの広場に響くまで、その日は取り立...
に過ぎなかった。
休日でもある虚無の曜日の昼下がりである。爽やかに晴れ渡...
かずつで様々な集団を作り、広場のあちこちで取りとめもない...
たちもいれば、それに嫉妬と羨望の混じった視線を送る男子生...
ページを手繰る少女の姿もある。
広場の中央では、今日も今日とて見慣れた光景が繰り広げら...
り踏みつけられたりしながら必死に平謝りする黒髪の少年と、...
責任にそれを観戦する数十人ほどの学生たち。
今や学院の名物ともなった「シュヴァリエ・ド・ヒラガのお...
単騎で止めた英雄サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ少年が痴...
なくボコボコにされるという、他では絶対にお目にかかれない...
このほのぼのとした日常的じゃれ合いのエンターテイメント...
騎士隊の実務を担うレイナール氏である。事が起こるや否や鍛...
素早く会場を整えつつ、鐘を鳴らして学生たちにイベントの始...
めるという仕組みである。
こうした訳でサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガは、衆人環...
に避けつつ隙を見ては土下座して平謝りを繰り返している訳で...
「おお、今のをご覧になりましたか解説のマリコルヌさん」
「もちろんですとも実況のギーシュさん。うーん、ヴァリエー...
ガ氏の身のこなしも素晴らしいですね。一秒間だけ土下座し...
から逃れる。我々ではとても真似できませんね」
「爛れきった私生活の果て、愛人の追及から逃れて生き残るた...
ですか」
「その通り。素晴らしいですね、これこそ厳しい環境にも必死...
極致とも言うべき芸術的な」
63 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「おおーっと、ここでクリーンヒット、クリーンヒットです。...
コルヌさん」
「ヴァリエール嬢が鞭で足を絡め取ったところに、メイド嬢の...
ー。私も解説を始めて早三十回目となりますが、これほど芸...
吐きシュヴァリエ』以来久しぶりですね」
「ああ、あれも名勝負でしたね。くの字に折れたシュヴァリエ...
頭からもろに浴びるヴァリエール嬢」
「地獄絵図というのはまさにあのときのためにあった言葉でし...
によるとあの勝負で十本強の秘薬の瓶が空になったとか」
「怖いですね恐ろしいですねモンモランシー最高ですね。さて...
ヒラガ氏が振り下ろされる足の雨を浴びてどんどん薄汚く汚...
「ボロ雑巾というのはまさに今の彼のためにある言葉ですね。...
踏まれるというのはちょっと羨ましい状況ですねっつーかい...
マジで」
そんなこんなでこの日のイベントも終わりに近づいたとき、...
れた。
そこから、一人の可憐な少女が飛び出してくる。桃色がかっ...
非常に整っていながらもどことなくとぼけた顔立ちの女の子だ...
一瞬静まり返る。好き勝手に才人を踏みつけていた二人の少女...
たりと動きを止める。
その場の全員が注視する中、少女は視線に気付いていないか...
近づき、しゃがみ込んだ。そして、倒れたままきょとんとした...
と見つめ、満面の笑顔で言い放つ。
「パパ」
「空気が凍る瞬間というものを、わたしはそのとき初めて目に...
モンの述懐は、時代を超えて今も名言として残されている。
64 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
ゼロ戦格納庫。水精霊騎士隊の溜まり場としても用いられて...
空気で満たされていた。
裸電球よろしく天井から吊り下げられた小さなランプが照ら...
ちの様々な表情。
押し殺されて噴出す寸前の怒り、常識から飛躍しすぎている...
と嫌悪、羨望の混じった嫉妬。
暗闇の中にたくさんの顔が浮かび上がり、休みなく無数の視...
れた縄で椅子に縛り付けられた才人は、うんざりした気分で顔...
状況は少しも変わりない。そんな才人の前には古びた木のテー...
で座っているギーシュは手を組んで口元を隠したまま沈黙を保...
ルヌが佇み、苛立った顔で才人の顔を見下ろしていた。
「で、吐く気になったか」
「だから、俺はやましいことなんて何も」
「黙れ」
マリコルヌが絶叫と共にテーブルに拳を叩きつけた。
「いいかよく聞けこの撒き散らし野郎。貴様という奴はたんぽ...
しやがって。言え、一体今まで何人の少女を孕ませたんだ。...
いんだろうな」
「いや、だからさ」
「黙れと言っているのが分からんのか」
マリコルヌは太った体を無理矢理回転させて才人の頬を張り...
ふうふう息を荒げる彼を、ギーシュが苦笑してなだめる。
「まあまあ、落ち着きたまえよマリコルヌ」
「しかしギーシュ」
「大丈夫だ。僕に任せておいてくれたまえ。さて、サイト」
不承不承引っ込んだマリコルヌに代わって、今度はギーシュ...
「僕としても決してこんな野蛮な真似はしたくないんだが、水...
のようなものがあってね。友人を疑うというのは実に悲しい...
たる者の宿命。甘んじて尋問を受けてくれたまえ」
「とか何とか言って思いっきりこの状況を楽しんでるだろテメ...
「そんなことはないよサイト。ところで僕は対岸の火事を見物...
ているんだが、どう思うね」
「胸糞が悪くなるほど素晴らしい趣味だぜお貴族様め」
「お褒めに預かり光栄だよ。さて、では重要参考人にご登場願...
65 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
ギーシュが気取って指を鳴らすのと同時に、件の少女が騎士...
そもそもこんな理不尽な目に遭っているのはこの少女のおか...
本人は実にのん気な笑みを浮かべて楽しげに才人を眺めている。
「こちらへどうぞ。さて、これから君にニ、三質問させて頂く...
「うん、いいよ」
ギーシュの隣に腰掛けた少女が、無邪気に頷いた。見かけは...
少々幼い精神の持ち主らしかった。
「素直でよろしい。えーと、それではまず、君のお名前は」
「ルーナよ」
「ルーナね。それで、君は」
「この馬鹿犬とどんな関係なの」
唐突に横から出てきたルイズが、噛み付くような勢いでルー...
み上がるような視線で睨みつけられた少女は、しかし少しも恐...
っとルイズを見つめ返し、面白そうにくすくすと笑い出した。
「ふざけてんのあんた」
「まあまあルイズ」
「なによ、何か文句あんの」
ルイズにぎろりと睨まれると、ギーシュは顔に笑顔を貼り付...
「いや、ここは全て君に任せるのが正解という気になっただけ...
ふんぞり返るようにして座ったルイズは、何かとんでもなく...
ているように顔を歪めながら、じろじろとルーナを観察し始め...
白そうに才人とルイズを見比べては、時折小さく忍び笑いを漏...
「なんか気に入らないわねこの子」
正直すぎる感想を漏らしつつ、ルイズがより一層顔をしかめ...
「まあいいわ。それで、そろそろ答えてもらいたいんだけど」
「何を」
「決まってんでしょ。こいつがあんたの何なのかってことをよ」
ルイズが椅子に縛り付けられた才人を指差すと、少女はあど...
「パパよ」
「よし、殺そう」
殺気立ったマリコルヌが、杖を構えて立ち上がる。「まあま...
ュが横から口を挟んできた。
66 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「ルーナ。それは、血の繋がった父親という意味かい」
「血の繋がった父親以外にどういうパパがあるって言うんだよ...
「いやね、近年モラルの低下著しいトリスタニアでは、いやら...
を受けている婦女子が男のことをそう呼ぶことがあると。ま...
「よし、殺そう」
「まあまあ落ち着きたまえよマリコルヌ。それで、どうなんだ...
「ううん、そういう意味じゃないよ。正真正銘、サイト・シュ...
さんなの」
ルイズが震える手で杖を取り出して才人に突きつけた。
「この馬鹿犬一体いつの間にどこで誰の許可を得てお盛んな種...
「待てルイズ、エクスプロージョンを詠唱する前に俺の話も聞...
「ちょっと待ってください」
絶体絶命の才人を救ったのは、困惑した表情で手を挙げたシ...
「あの、ルーナさん。失礼ですけれど、お年はお幾つですか」
「十歳だよ」
大体見かけどおりの年齢である。シエスタは戸惑ったように...
「それだと、ルーナさんは才人さんが八歳ぐらいのときに作っ...
けれど」
「八歳のときから噴水の如しですかこの鬼畜野郎」
「マリコルヌ、君はもう少し常識という言葉を勉強した方がい...
興奮しきった太っちょを冷静に押し留めつつ、ギーシュはな...
「ルイズ。もう少し詳しく話を聞いてもいいと思うんだが、ど...
唇を尖らせながら、ルイズもまた一旦押し黙る。ギーシュは...
「それで、一体どういうことかなルーナ。僕としては、君が悪...
いたくて嘘を吐いているかのどちらかだと思っているんだが...
に答えてほしいね」
普段のへっぽこさからは想像も出来ないギーシュの尋問振り...
ナの言葉を待つ。彼女はしばらくの間、やはり興味深そうに才...
やがて満足げに何度か頷いた。
「パパの言ったとおりだったわ。本当に昔はママがパパのこと...
少しの間、奇妙な沈黙が訪れた。誰もその言葉の意味を理解...
踏みそうな危惧を抱きつつ、才人は恐る恐る問う。
「昔ってどういう意味だ。それに、ママって」
「何言ってるのよパパ。ママはパパのど」
そこまで言いかけて、ルーナは「あ、違う違う」と舌を出し...
「ママはパパの奥さん。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールのこと...
だ結婚してないんだっけ」
こういった経緯により、ゼロ戦の格納庫では再び混乱の嵐が...
の平静振りが嘘だったかのように突如として怒り狂ったシエス...
才人を締め上げたり、止めに入ったマリコルヌが吹っ飛ばされ...
りと一騒動あったものの、三十分ほどして騒ぎはようやく収ま...
67 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「つまり、君は未来から来た才人とルイズの娘であると、こう...
「そうよ」
ズダボロになった一同の中で一人変わらずのん気に笑うルー...
頷く。
「本当かしら。なんだかあんまり凄い話で、信じるとか信じな...
だけど」
負傷者の手当てをしつつ、モンモランシーが首を傾げる。「...
ギーシュは特に疑う様子を見せない。
「だがあり得ないとは言い切れんだろうね。僕らもこの二年間...
してきた訳だし、今更過去やら未来やらから人がやって来た...
「否定できなくなってる自分がちょっと嫌だな」
ようやく縄から解放された才人が、体をほぐしながら呟く。
「それにしても、俺とルイズの娘、ねえ」
才人はまじまじと自分の娘と名乗る少女を見つめる。
確かに、桃色がかったブロンドの髪はルイズ譲りと言っても...
ないような気がする。
「何を疑っているんだねサイト。目元がどことなく間抜けな辺...
「お前に間抜けとか言われたくねえよ。でもまあ、言われてみ...
何となく釈然としない気持ちで頷く。すると、ルーナもまた...
「パパ、やっぱり昔は全然違う感じの人だったのね」
「どういう意味だよそりゃ」
「だって、わたしの知ってるパパだったら、今みたいなこと言...
ると思うし」
「どんだけ物騒になってるんだよ未来の俺って奴は」
「確かに、わたしたちの知ってるサイトさんとはずいぶん違う...
シエスタが頬に手を当てて首を傾げる。先ほどに比べるとか...
女に反してルイズの方は先ほど以上に落ち着きを失っていた。...
き、頬を赤らめてそっぽを向いている。苛立たしげに親指の爪...
ルーナを見ていた。その視線を受けながら、ルーナがくすくす...
「やっぱりママは昔から恥ずかしがり屋さんなのね」
「あんたね」
と、我慢できなくなったらしいルイズが、こちらに向かって...
を睨みつつ、命令口調で言う。
「そういう思わせぶりな喋り方、止めなさいよ」
「ママの喋り方だってあんまり分かりやすくないと思うよ」
そう答えたあと、ルーナは思い出すように笑った。
「そんなだから、『どうしてほしいのかちゃんと具体的に喋っ...
れるのよ」
「ふうん。あんた、随分と立場が上がってるみたいじゃない」
頬を引きつらせたルイズのじっとりとした視線が、才人の背...
「いやルイズ、それ今の俺の話じゃなくて、未来の」
「黙れ犬」
「黙ります犬」
68 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
威圧的な視線に気圧されていつものように縮こまる才人を見...
出した。
「おっかしいの。わたしの知ってるパパとママとは全く正反対...
「正反対、ですって」
ルイズが眉をひそめた。
「どういう意味よ、それ」
「だってママ、いっつもパパに言ってるよ。『あなたなしじゃ...
しを見捨てないでね、あなた』とか。それにほとんど一日中...
もいっつも満足げにそれに答えて」
ルーナが口真似をするたびに、ルイズの顔の赤みはますます...
ったように鞭を取り出すと、怒っているんだか恥ずかしがって...
に向き直った。そして降り注ぐ鞭の雨。
「この犬が、この犬が」
「痛い、痛いってルイズ」
「この犬のどの口がどんな戯言でこのわたしを。この犬が、こ...
そうしてひとしきり才人の体にみみず腫れを拵えた後、ルイ...
詰め寄った。
「あんた、一体どういう目的でそんな嘘吐く訳」
「嘘じゃないよ本当だよ。ママ、パパの言うことは何でも聞く...
「つまりそれだけ愛情が深いということですね解説のマリコル...
「そうですね実況のギーシュさん」
「黙れ」
「すみませんお嬢様」
五月蝿い外野を一睨みで黙らせつつ、ルイズはそのままの目...
間気を落ち着かせるように数度も深呼吸した後、引きつった笑...
と才人は背筋を震わせる。彼にしてみれば主人のあの笑顔は死...
だがルーナは間近でそんな笑顔を見ているにも関わらず全く動...
みせる。
「わあ、ママったら昔はそんな表情も出来たのね。初めて見た...
なんだと思ってた」
自分の母親を生き物呼ばわりはまずいだろうと焦る才人の予...
つり具合は今や芸術的と言ってもいいほどの面白さである。
「あら、未来のわたしは随分と丸くなっちゃったみたいね。こ...
ないだなんて」
「躾ってママも使う言葉だったのね。てっきりパパ専用なんだ...
「どういう意味かしら」
ルイズの声が一層低くなる。限界が近いことを察して、才人...
――早く逃げろ。命が危ないぞ。
――了解、副隊長。
水精霊騎士隊の面々はここぞとばかりに素晴らしい連携を見...
避する。それでも会話の内容が気になるらしく、マリコルヌが...
の体勢を取るのが見える。
そんな外野に気付く様子も見せず、ルイズは杖を取り出して...
69 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「ごめんねお嬢ちゃん。わたしあんまり頭良くないから、あな...
ないみたい」
「うん、『ママは鈍いからその辺は気を遣ってやれ』ってパパ...
「へーえ。随分と気遣いが上手になったみたいねえ、わたしの...
見開かれた瞳がギラギラとした光を放ちながら才人を射すく...
出した。そんな彼を助けるかのように、ルーナは一つため息を...
さな杖を取り出した。
「分かったわママ。頭の鈍いママのために、わたしが分かりや...
「そう。それはどうもありがとうね」
むしろにこやかにすら聞こえる冷たい口調でそう言ったあと...
くりと才人に近づいてきた。だが才人は、今やルイズに対する...
杖を上げた彼女が、聞き覚えのある呪文を詠唱し始めたからで...
ルイズも才人を鞭で叩く直前にそれに気がついたらしい。顔...
返った。
「イリュージョン」
彼女の呟き通り、それは虚無系統の魔法の一つである「イリ...
メージ通りの、精密な幻を作り出す魔法である。現在、これを...
ただ一人のはずだった。果たして虚無の系統が必ず子孫に伝え...
これでまた一つ、ルーナがルイズの娘である証拠が増えたこと...
「ルイズ」
呆然としてしまったルイズに、才人は恐る恐る声をかける。...
ように叫んだ。
「なによ。わたしはあの子のこと信じた訳じゃないんだからね...
嫌んなっちゃうわ。ほんとにもう」
何度も何度も「ほんとにもう」と呟きながら、ルイズは赤い...
いる。どうやらルイズも心の底から嫌がっている訳ではないら...
くなった。
「いやあ、その、なんだ」
と、訳もなく笑ってみたりする。ルイズは不機嫌そうに睨ん...
「なによ」
「いや、別に。でもなあ。その、参っちゃうなあ」
「何がよ」
「だってよう。ほら、俺とお前が、なんてさあ」
何となく気恥ずかしいようなむず痒いような気持ちで才人が...
てきた。しかし拳には全く勢いがない。ルイズは顔を伏せなが...
「別に、わたしはなんとも思ってないし」
このまま彼女を抱きしめたらどうなるだろう、と才人は唐突...
抱きしめよう、抱きしめたいという願望が腹の底からじわじわ...
才人はルイズの肩に手をかける。
「ルイズ」
「なによ」
一瞬びくりと体を震わせてから、ルイズは拗ねたような声で...
いうのに、全く抵抗がない。才人の頭が沸騰した。これはいけ...
きしめようとしたその矢先、
70 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「サイトさん」
小さな声が、二人の間に割って入った。はっとしてルイズか...
が、痛みをこらえるように胸に両手を当てて俯いていた。
「おめでとう、ございます」
声を詰まらせながら、シエスタは顔を上げた。その拍子に目...
頬に透明な筋を残す。その跡を拭いながら、彼女は笑みを浮か...
「わたしも嬉しいです。サイトさんの思いが通じたみたいで」
「シエスタ」
「何も言わないでください。こうなるのが当然なんだって、ず...
すから、わたし」
才人はかける言葉を失ってしまった。ルーナはシエスタを見...
話の中にシエスタという単語が出てくることは一度もなかった...
のメイドの少女はいないということである。
「さよなら、サイトさん。どうか、ミス・ヴァリエールとお幸...
「ちょっと待ってくれよシエスタ」
反射的に足を踏み出しかけた才人に向かって、シエスタは止...
「駄目ですよサイトさん。そうやっていろんな人に優しくして...
エールとはうまくいきません」
才人は足を止めてしまった。確かにその通りかもしれない、...
迷っているところからルイズを選び出した結果が、ルーナとい...
何も言えなくなってしまった才人を見て、シエスタは柔らか...
「サイトさんの優しいところ、本当に大好きでした。さような...
そしてシエスタは走り出す。零れ落ちた涙が空中できらきら...
って手を伸ばす。だが、止める言葉が見つからない。そもそも...
思えなかった。
(でも、こんな終わり方でいいはずもねえだろ)
とにかく一度シエスタを止めなければ。才人がそう思って制...
消すかのように銃声が鳴り響いた。
突然の事態にその場の全員が一瞬硬直し、まず場慣れした連...
ための魔法を唱え始める。走っていたシエスタも一度足を止め...
も同様である。しかし銃声は一発限りで、それ以降は奇妙な沈...
(一体何が起きたんだ)
恐る恐る体を起こしながら、才人は背中のデルフリンガーを...
風の魔法などで防御しているメイジならともかく、肉体は普通...
ったら致命的である。
「久しぶりだね相棒」
「悪いけど話してる余裕ねえぞ」
「いんや、そうでもねえみてえだよ。入り口のところ見てみな」
のんびりとしたデルフリンガーの声に従って格納庫の入り口...
一人立っていた。
異様な風体の少女だった。うなじの辺りで三つ編みにまとめ...
連想させるが、それ以外の部分はそういったイメージからはか...
人の命など何とも思っていないような冷たく鋭い瞳、頬に走...
体を完全に覆い隠すかのようなマントは、闇夜のように真っ黒...
き長い銃が煙を上げ、左手には細い腕には似つかわしくない巨...
騒な武器が多数背負われているのを見る限り、マントの中にも...
ろう。その証拠に、少女が格納庫の中に足を踏み入れると同時...
71 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「見つけた」
ぞっとするほど冷たい声で、少女が呟く。吊りあがった眉と...
勢いを持って真っ直ぐに才人を睨んでいる。
(って、また俺かよ)
才人はうんざりした。どうやら今日は厄日らしい。
(しかし)
油断なくデルフリンガーを構えながら、才人は内心首を捻っ...
あるような気がしたのだ。もちろんこんな凶悪な雰囲気の知り...
ような気がする。
少女は耳障りな足音を響かせながら真っ直ぐに才人に向かっ...
エスタに気がつくと、不意に足を止めて彼女を見下ろした。「...
才人は思わず駆け出そうとしたが、信じられないものを見て足...
シエスタを見下ろした少女の顔に、穏やかな微笑が浮かんだ...
ったかのように、少女は優しくシエスタに囁きかける。
「待っててね、お母さん」
「は」
「今、助けてあげるから」
それだけ言い残すと、少女は再び人殺しのような表情を浮か...
て、未だに詠唱を続けているルーナの脇を通り抜け、才人と少...
「久しぶりね、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ」
才人にぴたりと銃口を向けながら、威圧的な口調で呟く。し...
っていて、何も対応できなかった。そんな才人を見て、少女は...
「と言っても、あなたはわたしのことなんて知りもしないでし...
「いや、ちょっと待ってくれよ」
才人は銃を突きつけられている事実すら忘れ、頭を抱えた。
(この子、さっきシエスタのこと『お母さん』って呼んだよな...
大体、俺シエスタに子供がいるだなんて聞いたこともねえし...
頭の中で必死に情報を整理しながら。才人はちらりとルーナ...
ンの詠唱を続けている娘。未来から来た、才人とルイズの娘だ...
才人は嫌な予感をひしひしと感じながら、恐る恐る目の前の...
「あのさ。ひょっとして、君も俺の娘だ、とか言わないよな?」
少女の顔がさらに歪む。才人に向けられた銃口が細かく震え...
「感謝してほしいわね」
少女が押し殺した声で言う。
「わたしの自制心があと少し足りなかったら、今頃あなたの頭...
ょうよ」
少女は一瞬目を閉じた後、泣きそうにも見えるような表情で...
「わたしの名はエスト。お前に散々弄ばれた挙句、ゴミのよう...
エスタの娘よ」
才人は気が遠くなった。
564 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
頭の奥がクラクラする。あまりの疲労感に座り込んでしまい...
れている現状からしてそうすることは不可能だった。
(また俺の娘かよ。しかもシエスタがお母さんで、俺があの子...
ちらりとシエスタを見ると、彼女もエストの言葉に衝撃を受...
させていた。が、しばらくして少し平静を取り戻したらしい。...
体をくねらせ始めた。
「嫌だわもう。わたしとサイトさんの愛の結晶だなんて。それ...
しったらサイトさんと」
陶然とした様子で呟いてから、「きゃーきゃー」と一人で腕...
ぐわぬ照れっぷりに呆れる才人の前で、エストは痛ましげに目...
「そうよ。お母さんはいつもこうだった。どんなに酷い目に遭...
ことを信じてますから』なんて笑ってばかりで。だから」
エストは悔しげに唇を噛む。醜い火傷の跡がさらに醜悪に歪...
「だから、あんなことになったのよ」
その声の震えが、押し殺された怒りの強さを物語っているよ...
分の娘と名乗る少女に問いかける。
「なあ、そう言われても、こっちは訳が分からないんだ。一体...
教えてくれよ」
エストが顔を上げてこちらを睨みつけてくる。黒い瞳の奥底...
才人の背筋に悪寒が走った。
だが、それも一瞬のことである。少女はまず、肩の力を抜く...
た。傷ついた唇が皮肉っぽく吊りあがる。
「そうね。あなたもお母さんも、まだ何も分かっていないみた...
来、あなたがどんなクズになってわたしたちを苦しめるのか...
565 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
エストは、王都トリスタニアの貧民窟で生を受けた。
貧乏で、ろくに食べるものもない暮らしだったが、彼女自身...
ていた。傍らに、いつも優しく微笑む母がいたからだ。彼女に...
母が微笑んでくれるだけで世界はいつでも幸福に満ちていた。
だが、その幸福は、ある日を境に儚く消え去ってしまう。
エストにとっては全く素性の分からぬ、サイト・シュヴァリ...
彼は何の前触れもなく唐突に現れては、無遠慮に家の中を荒...
奪っていった。
エストはこの無粋な荒くれ者に激しい怒りと敵愾心を燃やし...
蛮行を見守るだけで、文句の一つも言わなかった。
そんな母の態度に彼女が歯がゆさを感じていたある日のこと...
たサイトが、母の胸元の首飾りを見つけて馬鹿にするように笑...
「なんだ、まだそんなもん持ってんのかよ。まあいいや、それ...
ばちったあ金になるだろうからな。いいだろ、元々俺が買っ...
そう言って、サイトは母の首飾りを無理矢理引きちぎって奪...
なくなった。その首飾りは、ろくに装飾品も買えない母が唯一...
からもらった一番大事な品だと説明されていたからだ。
怒りに任せて火かき棒を片手に突っ込んだエストを、サイト...
手をひねるかのように、彼女の体を地に叩きつける。「止めて...
て、無法者は笑いながらエストの体を蹴り飛ばした。
「シエスタの子供だけあって頭が足りてないお子様だな。お前...
でも思ってるのか、よ」
踏みつけられる痛みに苦しみながら、エストはそれでも必死...
入らなかったのか、サイトは一際強い力で彼女の腹部を踏みに...
「生意気なガキだな。いっそここで殺しちまうか、おい」
その言葉を聞くが早いか、シエスタが即座に飛んできて、娘...
「お願いですから止めてください、サイトさん。この娘はあな...
朦朧とした意識で聞いていたから、エストには母の言葉がよ...
そに、母と男の間で緊迫した会話が続いていく。
「知らねえよそんなの。ってか、これ本当に俺の娘? 可愛く...
には全然似てないんだけど」
「そんな、ひどい。わたしの愛をお疑いになるんですか」
「愛、ねえ。ま、そんなん口でなら何とでも言えるよな。証明...
「どういう意味ですか」
「相変わらず頭空っぽだねお前も。愛の証明ったら一つしかな...
霞む視界の中で、サイトが母の体に向かって手を伸ばすのが...
「ふうん。痩せっぽっちになっちまったけど、やらしい部分は...
ちったあ楽しめるかね」
「そんな、まさか。エストの前で」
「うるせえな。外にでも放り出しとけばいいだろそんなの」
「こんな季節に? そんなことをしたら、この子は死んでしま...
「ならその辺に寝かせときゃいいじゃねえか。あのなあシエス...
その馬鹿なガキのせいでよ。お前が嫌だってんならそれでも...
ス解消するか、分かるよな」
自分の体が母によって地面に横たえられるのをかろうじて悟...
そのとき、彼女はまだほんの子供だった。だから、母がこれ...
は理解できなかった。ただ、吐き気を催すほどにおぞましい仕...
ことは、おぼろげながら理解できた。
(止めて、止めて、お母さん)
エストは心の中で必死に叫んだが、その声が届くことはなく...
566 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
そして次に目を開けたとき、エストの目に飛び込んできたの...
い光景だった。
いつも自分と母が寄り添って寝ている寝台で、互いに裸にな...
当時性行為に関する知識が全くなかったエストには、二人の...
来なかった。
ただ、サイトの体の一部である汚らわしい器官が、愛しい母...
鳴を上げさせていることだけは否応なしに理解できた。
(止めろ、お母さんから離れろ)
声が張り裂けんばかりに叫んだつもりだったが、それは不明...
エストが目覚めたことに気付き、男が首を伸ばしてこちらを...
みを浮かべた。
「よう、お目覚めかクソガキ。お前のことは後で可愛がってや...
「そんな、止めてください、エストには手を出さないって、約...
息も絶え絶えに抗議した母が、サイトに一際強く腰を打ち付...
「うるせえな、分かってるよ。相変わらず冗談の分からねえ女...
不機嫌そうに言ってから、サイトは一転して喜悦に満ちた微...
「しかし、こんな痩せっぽちになっちまってても少しも変わっ...
まりのいい女はなかなかいねえぜ。おいガキ、お前のお母さ...
エストは何も言うことができず、ただただ怒りに熱された瞳...
かった。だがその視線は彼を威圧するどころか、かえってその...
才人はおもむろに、自分の一部と接合したままの母の体を持...
「おいシエスタ、これからお前のガキに性教育を施してやるよ」
「そんな、お願い、それだけは止めてください、サイトさん」
母の必死の懇願も空しく、サイトは寝台の上で体の向きを変...
寝台の縁まで体をずらして床に足を下ろした。
「ほらどうだ、よく見とけよガキ」
まるで束縛の魔法でもかけられたかのように、エストは目の...
いつもは自分に温もりと安心感を与えてくれる母の体が、一...
ている。それだけでも許し難いことだというのに、サイトに後...
おぞましい形をした突起が貫いている。
「止めて、止めてくださいサイトさん。エスト、だめ、見ない...
母が泣きながら懇願する声が聞こえたが、エストは目をそら...
なり、全身から凄まじい量の汗が噴出してくる。
瞳から涙があふれ出すのを感じながら、エストは低く唸った。
「ははは、ほら見ろシエスタ、お前のガキ、ようやっとちょっ...
なあ、お母さん」
「ひどい。こんなのあんまりです。何故こんな残酷なことをな...
「うるせえな、そんなの楽しいからに決まってんだろ。ほら、...
どうだガキ、お前のこともこうやって作ってやったんだぜ。...
いい具合だなお前のお母さんの中はよ。ほうら、こうやって...
音立てるのが分かるだろ。喜んでんだぜお前のお母さん。昔...
母さんはよ。今もどっかの男相手に尻振ってキャンキャン喜...
どうなんだシエスタ。見ろよガキ、お前のお母さんあんまり...
だぜ。ま、仕方ねえよな、こいつはこういうことするのが大...
らドン引きするっつーのに、わざわざ牝犬を使ってやる俺っ...
男の嘲笑と母のすすり泣きが、エストの頭の中で絶えること...
痛を感じながら、エストはただサイトを睨みつけることしかで...
――殺してやる殺してやる絶対殺してやる。ブチ殺してぐちゃ...
にしてやる。
胸の中で呪詛を唱え続けることしかできない自分の無力に気...
トの嘲り笑いはは高く高く響き渡っていた。
567 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
そうして事を終えて満足したらしいサイトが、結局あの首飾...
と、母は服を着るより体を洗うよりもまず先に、倒れたままの...
「エスト、エスト、大丈夫、しっかりして」
「お母さん」
無残に汚された母の体を見ていると、悔し涙が瞳の奥からあ...
「ごめんね、ごめんねお母さん。わたしのせいで、こんなこと」
「何を言うの。エストのせいじゃないのよ。気にしないで。大...
「へいき。お母さん、体、綺麗にしないと。あいつの汚いの、...
エストの言葉に、母はどこか躊躇うように自分の体を見下ろ...
「そう。そうね。このままじゃ、嫌よね。待ってて、すぐに拭...
エストを寝台の上に寝かせて毛布をかけると、母は無言で体...
寝台の上に横たわっていると、先程までここで展開されてい...
がせり上がってきた。だが、エストはここから抜け出すことも...
すことも何とか我慢した。自分が苦しそうにすると母が心配す...
んなことをされて深く傷ついているであろう母を、これ以上傷...
体を拭き終わった母は、いつもの薄汚れた服を着直すと、足...
て、寝台の傍に腰掛けた。
「エスト、大丈夫。痛くなったらいつでも言っていいからね」
「へいき。お母さん、わたし、お母さんのこと守るから。今度...
やるから」
胸の奥から突き上げてくる激情に任せてそう言うと、母は困...
そっと撫でた。
「駄目よエスト、そんなことを言っては」
「どうして。わたしのことなら心配しないで。もっと強くなっ...
「エスト」
夢中で喋るエストの唇を、母は人差し指で軽く押さえた。
「いいのよ、お母さんのことは気にしなくても」
「でも、あいつはお母さんを」
「いいの。いいのよ、エスト」
母はいつものような優しい笑顔でそう言ったが、エストは納...
何故、母が自分と一緒になってあの男を罵ってくれないのか...
いや、それどころか、エストの罵倒を必死にそらそうとして...
568 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
(どうして。何であいつを庇うような真似を)
不意に、エストは気がついた。
(まさか、お母さん、あいつのこと嫌いじゃないの)
自分がサイトを憎んでいるのだから母も当然そうだろうと考...
がついていなかった。だが、そう考えてみると、何故母が最初...
にも説明がつく。
つまり、母はあの男のことを嫌ってはいないのだと。
(そんなのやだ)
エストは寝台の上で拳を握り締めた。先程、サイトにおぞま...
上の脂汗で、全身が気持ち悪くなってくる。
「どうしたのエスト、なんだか顔色が」
「お母さん」
心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる母に、エストは恐れ...
「お母さん、あいつのこと、嫌いじゃないの」
「あいつって、サイトさんのこと」
サイトさん、とあの男を呼ぶ母の声の優しさに、エストは返...
ことをされても、母はあの男のことを嫌ってはいない。いや、...
あの男のことを好いているようではないか。
そう考えた瞬間我慢できなくなり、エストは毛布を払いのけ...
「やだやだ、そんなの嫌、絶対嫌。お母さん、あいつの名前を...
なんか嫌いになって。もう、わたしとお母さんの家にあいつ...
「エスト」
しかし、母は頷いてはくれなかった。ただ、困った顔でエス...
何かを言いかけては止め、を繰り返すばかり。
(どうして、お母さん、どうしてあんな奴のこと)
不意に、エストの頭の中に、男が喋った言葉がいくつか蘇っ...
――いいだろ、元々俺が買ってやったんだし。
――これ、本当に俺の娘?
――お前のこともこうやって作ってやったんだぜ。
それら一つ一つが結びつき、否応なしにある結論を導き出し...
そして最後に、母の言葉が頭の中に響き渡った。
――この娘はあなたの娘でもあるんですよ。
「お母さん」
自分の声がほとんど滑稽なほどに震えているのを自覚しなが...
「あいつ、なんなの。お母さんの、ううん、わたしとお母さん...
否定してほしかった。「別に何でもないわ。赤の他人よ」と...
そんな風に扱うのが母には似つかわしくない行為だとしても、...
しかし、そんなエストの願いも空しく、母はどこか照れたよ...
「サイトさんは、わたしがただ一人愛した男の人。そして」
耳を塞ごうとしたが、間に合わなかった。
「あなたの、お父さんよ」
エストは絶叫した。
<続く>
終了行:
62 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「パパ」
という歓声がヴェストリの広場に響くまで、その日は取り立...
に過ぎなかった。
休日でもある虚無の曜日の昼下がりである。爽やかに晴れ渡...
かずつで様々な集団を作り、広場のあちこちで取りとめもない...
たちもいれば、それに嫉妬と羨望の混じった視線を送る男子生...
ページを手繰る少女の姿もある。
広場の中央では、今日も今日とて見慣れた光景が繰り広げら...
り踏みつけられたりしながら必死に平謝りする黒髪の少年と、...
責任にそれを観戦する数十人ほどの学生たち。
今や学院の名物ともなった「シュヴァリエ・ド・ヒラガのお...
単騎で止めた英雄サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ少年が痴...
なくボコボコにされるという、他では絶対にお目にかかれない...
このほのぼのとした日常的じゃれ合いのエンターテイメント...
騎士隊の実務を担うレイナール氏である。事が起こるや否や鍛...
素早く会場を整えつつ、鐘を鳴らして学生たちにイベントの始...
めるという仕組みである。
こうした訳でサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガは、衆人環...
に避けつつ隙を見ては土下座して平謝りを繰り返している訳で...
「おお、今のをご覧になりましたか解説のマリコルヌさん」
「もちろんですとも実況のギーシュさん。うーん、ヴァリエー...
ガ氏の身のこなしも素晴らしいですね。一秒間だけ土下座し...
から逃れる。我々ではとても真似できませんね」
「爛れきった私生活の果て、愛人の追及から逃れて生き残るた...
ですか」
「その通り。素晴らしいですね、これこそ厳しい環境にも必死...
極致とも言うべき芸術的な」
63 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「おおーっと、ここでクリーンヒット、クリーンヒットです。...
コルヌさん」
「ヴァリエール嬢が鞭で足を絡め取ったところに、メイド嬢の...
ー。私も解説を始めて早三十回目となりますが、これほど芸...
吐きシュヴァリエ』以来久しぶりですね」
「ああ、あれも名勝負でしたね。くの字に折れたシュヴァリエ...
頭からもろに浴びるヴァリエール嬢」
「地獄絵図というのはまさにあのときのためにあった言葉でし...
によるとあの勝負で十本強の秘薬の瓶が空になったとか」
「怖いですね恐ろしいですねモンモランシー最高ですね。さて...
ヒラガ氏が振り下ろされる足の雨を浴びてどんどん薄汚く汚...
「ボロ雑巾というのはまさに今の彼のためにある言葉ですね。...
踏まれるというのはちょっと羨ましい状況ですねっつーかい...
マジで」
そんなこんなでこの日のイベントも終わりに近づいたとき、...
れた。
そこから、一人の可憐な少女が飛び出してくる。桃色がかっ...
非常に整っていながらもどことなくとぼけた顔立ちの女の子だ...
一瞬静まり返る。好き勝手に才人を踏みつけていた二人の少女...
たりと動きを止める。
その場の全員が注視する中、少女は視線に気付いていないか...
近づき、しゃがみ込んだ。そして、倒れたままきょとんとした...
と見つめ、満面の笑顔で言い放つ。
「パパ」
「空気が凍る瞬間というものを、わたしはそのとき初めて目に...
モンの述懐は、時代を超えて今も名言として残されている。
64 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
ゼロ戦格納庫。水精霊騎士隊の溜まり場としても用いられて...
空気で満たされていた。
裸電球よろしく天井から吊り下げられた小さなランプが照ら...
ちの様々な表情。
押し殺されて噴出す寸前の怒り、常識から飛躍しすぎている...
と嫌悪、羨望の混じった嫉妬。
暗闇の中にたくさんの顔が浮かび上がり、休みなく無数の視...
れた縄で椅子に縛り付けられた才人は、うんざりした気分で顔...
状況は少しも変わりない。そんな才人の前には古びた木のテー...
で座っているギーシュは手を組んで口元を隠したまま沈黙を保...
ルヌが佇み、苛立った顔で才人の顔を見下ろしていた。
「で、吐く気になったか」
「だから、俺はやましいことなんて何も」
「黙れ」
マリコルヌが絶叫と共にテーブルに拳を叩きつけた。
「いいかよく聞けこの撒き散らし野郎。貴様という奴はたんぽ...
しやがって。言え、一体今まで何人の少女を孕ませたんだ。...
いんだろうな」
「いや、だからさ」
「黙れと言っているのが分からんのか」
マリコルヌは太った体を無理矢理回転させて才人の頬を張り...
ふうふう息を荒げる彼を、ギーシュが苦笑してなだめる。
「まあまあ、落ち着きたまえよマリコルヌ」
「しかしギーシュ」
「大丈夫だ。僕に任せておいてくれたまえ。さて、サイト」
不承不承引っ込んだマリコルヌに代わって、今度はギーシュ...
「僕としても決してこんな野蛮な真似はしたくないんだが、水...
のようなものがあってね。友人を疑うというのは実に悲しい...
たる者の宿命。甘んじて尋問を受けてくれたまえ」
「とか何とか言って思いっきりこの状況を楽しんでるだろテメ...
「そんなことはないよサイト。ところで僕は対岸の火事を見物...
ているんだが、どう思うね」
「胸糞が悪くなるほど素晴らしい趣味だぜお貴族様め」
「お褒めに預かり光栄だよ。さて、では重要参考人にご登場願...
65 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
ギーシュが気取って指を鳴らすのと同時に、件の少女が騎士...
そもそもこんな理不尽な目に遭っているのはこの少女のおか...
本人は実にのん気な笑みを浮かべて楽しげに才人を眺めている。
「こちらへどうぞ。さて、これから君にニ、三質問させて頂く...
「うん、いいよ」
ギーシュの隣に腰掛けた少女が、無邪気に頷いた。見かけは...
少々幼い精神の持ち主らしかった。
「素直でよろしい。えーと、それではまず、君のお名前は」
「ルーナよ」
「ルーナね。それで、君は」
「この馬鹿犬とどんな関係なの」
唐突に横から出てきたルイズが、噛み付くような勢いでルー...
み上がるような視線で睨みつけられた少女は、しかし少しも恐...
っとルイズを見つめ返し、面白そうにくすくすと笑い出した。
「ふざけてんのあんた」
「まあまあルイズ」
「なによ、何か文句あんの」
ルイズにぎろりと睨まれると、ギーシュは顔に笑顔を貼り付...
「いや、ここは全て君に任せるのが正解という気になっただけ...
ふんぞり返るようにして座ったルイズは、何かとんでもなく...
ているように顔を歪めながら、じろじろとルーナを観察し始め...
白そうに才人とルイズを見比べては、時折小さく忍び笑いを漏...
「なんか気に入らないわねこの子」
正直すぎる感想を漏らしつつ、ルイズがより一層顔をしかめ...
「まあいいわ。それで、そろそろ答えてもらいたいんだけど」
「何を」
「決まってんでしょ。こいつがあんたの何なのかってことをよ」
ルイズが椅子に縛り付けられた才人を指差すと、少女はあど...
「パパよ」
「よし、殺そう」
殺気立ったマリコルヌが、杖を構えて立ち上がる。「まあま...
ュが横から口を挟んできた。
66 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「ルーナ。それは、血の繋がった父親という意味かい」
「血の繋がった父親以外にどういうパパがあるって言うんだよ...
「いやね、近年モラルの低下著しいトリスタニアでは、いやら...
を受けている婦女子が男のことをそう呼ぶことがあると。ま...
「よし、殺そう」
「まあまあ落ち着きたまえよマリコルヌ。それで、どうなんだ...
「ううん、そういう意味じゃないよ。正真正銘、サイト・シュ...
さんなの」
ルイズが震える手で杖を取り出して才人に突きつけた。
「この馬鹿犬一体いつの間にどこで誰の許可を得てお盛んな種...
「待てルイズ、エクスプロージョンを詠唱する前に俺の話も聞...
「ちょっと待ってください」
絶体絶命の才人を救ったのは、困惑した表情で手を挙げたシ...
「あの、ルーナさん。失礼ですけれど、お年はお幾つですか」
「十歳だよ」
大体見かけどおりの年齢である。シエスタは戸惑ったように...
「それだと、ルーナさんは才人さんが八歳ぐらいのときに作っ...
けれど」
「八歳のときから噴水の如しですかこの鬼畜野郎」
「マリコルヌ、君はもう少し常識という言葉を勉強した方がい...
興奮しきった太っちょを冷静に押し留めつつ、ギーシュはな...
「ルイズ。もう少し詳しく話を聞いてもいいと思うんだが、ど...
唇を尖らせながら、ルイズもまた一旦押し黙る。ギーシュは...
「それで、一体どういうことかなルーナ。僕としては、君が悪...
いたくて嘘を吐いているかのどちらかだと思っているんだが...
に答えてほしいね」
普段のへっぽこさからは想像も出来ないギーシュの尋問振り...
ナの言葉を待つ。彼女はしばらくの間、やはり興味深そうに才...
やがて満足げに何度か頷いた。
「パパの言ったとおりだったわ。本当に昔はママがパパのこと...
少しの間、奇妙な沈黙が訪れた。誰もその言葉の意味を理解...
踏みそうな危惧を抱きつつ、才人は恐る恐る問う。
「昔ってどういう意味だ。それに、ママって」
「何言ってるのよパパ。ママはパパのど」
そこまで言いかけて、ルーナは「あ、違う違う」と舌を出し...
「ママはパパの奥さん。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールのこと...
だ結婚してないんだっけ」
こういった経緯により、ゼロ戦の格納庫では再び混乱の嵐が...
の平静振りが嘘だったかのように突如として怒り狂ったシエス...
才人を締め上げたり、止めに入ったマリコルヌが吹っ飛ばされ...
りと一騒動あったものの、三十分ほどして騒ぎはようやく収ま...
67 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「つまり、君は未来から来た才人とルイズの娘であると、こう...
「そうよ」
ズダボロになった一同の中で一人変わらずのん気に笑うルー...
頷く。
「本当かしら。なんだかあんまり凄い話で、信じるとか信じな...
だけど」
負傷者の手当てをしつつ、モンモランシーが首を傾げる。「...
ギーシュは特に疑う様子を見せない。
「だがあり得ないとは言い切れんだろうね。僕らもこの二年間...
してきた訳だし、今更過去やら未来やらから人がやって来た...
「否定できなくなってる自分がちょっと嫌だな」
ようやく縄から解放された才人が、体をほぐしながら呟く。
「それにしても、俺とルイズの娘、ねえ」
才人はまじまじと自分の娘と名乗る少女を見つめる。
確かに、桃色がかったブロンドの髪はルイズ譲りと言っても...
ないような気がする。
「何を疑っているんだねサイト。目元がどことなく間抜けな辺...
「お前に間抜けとか言われたくねえよ。でもまあ、言われてみ...
何となく釈然としない気持ちで頷く。すると、ルーナもまた...
「パパ、やっぱり昔は全然違う感じの人だったのね」
「どういう意味だよそりゃ」
「だって、わたしの知ってるパパだったら、今みたいなこと言...
ると思うし」
「どんだけ物騒になってるんだよ未来の俺って奴は」
「確かに、わたしたちの知ってるサイトさんとはずいぶん違う...
シエスタが頬に手を当てて首を傾げる。先ほどに比べるとか...
女に反してルイズの方は先ほど以上に落ち着きを失っていた。...
き、頬を赤らめてそっぽを向いている。苛立たしげに親指の爪...
ルーナを見ていた。その視線を受けながら、ルーナがくすくす...
「やっぱりママは昔から恥ずかしがり屋さんなのね」
「あんたね」
と、我慢できなくなったらしいルイズが、こちらに向かって...
を睨みつつ、命令口調で言う。
「そういう思わせぶりな喋り方、止めなさいよ」
「ママの喋り方だってあんまり分かりやすくないと思うよ」
そう答えたあと、ルーナは思い出すように笑った。
「そんなだから、『どうしてほしいのかちゃんと具体的に喋っ...
れるのよ」
「ふうん。あんた、随分と立場が上がってるみたいじゃない」
頬を引きつらせたルイズのじっとりとした視線が、才人の背...
「いやルイズ、それ今の俺の話じゃなくて、未来の」
「黙れ犬」
「黙ります犬」
68 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
威圧的な視線に気圧されていつものように縮こまる才人を見...
出した。
「おっかしいの。わたしの知ってるパパとママとは全く正反対...
「正反対、ですって」
ルイズが眉をひそめた。
「どういう意味よ、それ」
「だってママ、いっつもパパに言ってるよ。『あなたなしじゃ...
しを見捨てないでね、あなた』とか。それにほとんど一日中...
もいっつも満足げにそれに答えて」
ルーナが口真似をするたびに、ルイズの顔の赤みはますます...
ったように鞭を取り出すと、怒っているんだか恥ずかしがって...
に向き直った。そして降り注ぐ鞭の雨。
「この犬が、この犬が」
「痛い、痛いってルイズ」
「この犬のどの口がどんな戯言でこのわたしを。この犬が、こ...
そうしてひとしきり才人の体にみみず腫れを拵えた後、ルイ...
詰め寄った。
「あんた、一体どういう目的でそんな嘘吐く訳」
「嘘じゃないよ本当だよ。ママ、パパの言うことは何でも聞く...
「つまりそれだけ愛情が深いということですね解説のマリコル...
「そうですね実況のギーシュさん」
「黙れ」
「すみませんお嬢様」
五月蝿い外野を一睨みで黙らせつつ、ルイズはそのままの目...
間気を落ち着かせるように数度も深呼吸した後、引きつった笑...
と才人は背筋を震わせる。彼にしてみれば主人のあの笑顔は死...
だがルーナは間近でそんな笑顔を見ているにも関わらず全く動...
みせる。
「わあ、ママったら昔はそんな表情も出来たのね。初めて見た...
なんだと思ってた」
自分の母親を生き物呼ばわりはまずいだろうと焦る才人の予...
つり具合は今や芸術的と言ってもいいほどの面白さである。
「あら、未来のわたしは随分と丸くなっちゃったみたいね。こ...
ないだなんて」
「躾ってママも使う言葉だったのね。てっきりパパ専用なんだ...
「どういう意味かしら」
ルイズの声が一層低くなる。限界が近いことを察して、才人...
――早く逃げろ。命が危ないぞ。
――了解、副隊長。
水精霊騎士隊の面々はここぞとばかりに素晴らしい連携を見...
避する。それでも会話の内容が気になるらしく、マリコルヌが...
の体勢を取るのが見える。
そんな外野に気付く様子も見せず、ルイズは杖を取り出して...
69 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「ごめんねお嬢ちゃん。わたしあんまり頭良くないから、あな...
ないみたい」
「うん、『ママは鈍いからその辺は気を遣ってやれ』ってパパ...
「へーえ。随分と気遣いが上手になったみたいねえ、わたしの...
見開かれた瞳がギラギラとした光を放ちながら才人を射すく...
出した。そんな彼を助けるかのように、ルーナは一つため息を...
さな杖を取り出した。
「分かったわママ。頭の鈍いママのために、わたしが分かりや...
「そう。それはどうもありがとうね」
むしろにこやかにすら聞こえる冷たい口調でそう言ったあと...
くりと才人に近づいてきた。だが才人は、今やルイズに対する...
杖を上げた彼女が、聞き覚えのある呪文を詠唱し始めたからで...
ルイズも才人を鞭で叩く直前にそれに気がついたらしい。顔...
返った。
「イリュージョン」
彼女の呟き通り、それは虚無系統の魔法の一つである「イリ...
メージ通りの、精密な幻を作り出す魔法である。現在、これを...
ただ一人のはずだった。果たして虚無の系統が必ず子孫に伝え...
これでまた一つ、ルーナがルイズの娘である証拠が増えたこと...
「ルイズ」
呆然としてしまったルイズに、才人は恐る恐る声をかける。...
ように叫んだ。
「なによ。わたしはあの子のこと信じた訳じゃないんだからね...
嫌んなっちゃうわ。ほんとにもう」
何度も何度も「ほんとにもう」と呟きながら、ルイズは赤い...
いる。どうやらルイズも心の底から嫌がっている訳ではないら...
くなった。
「いやあ、その、なんだ」
と、訳もなく笑ってみたりする。ルイズは不機嫌そうに睨ん...
「なによ」
「いや、別に。でもなあ。その、参っちゃうなあ」
「何がよ」
「だってよう。ほら、俺とお前が、なんてさあ」
何となく気恥ずかしいようなむず痒いような気持ちで才人が...
てきた。しかし拳には全く勢いがない。ルイズは顔を伏せなが...
「別に、わたしはなんとも思ってないし」
このまま彼女を抱きしめたらどうなるだろう、と才人は唐突...
抱きしめよう、抱きしめたいという願望が腹の底からじわじわ...
才人はルイズの肩に手をかける。
「ルイズ」
「なによ」
一瞬びくりと体を震わせてから、ルイズは拗ねたような声で...
いうのに、全く抵抗がない。才人の頭が沸騰した。これはいけ...
きしめようとしたその矢先、
70 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「サイトさん」
小さな声が、二人の間に割って入った。はっとしてルイズか...
が、痛みをこらえるように胸に両手を当てて俯いていた。
「おめでとう、ございます」
声を詰まらせながら、シエスタは顔を上げた。その拍子に目...
頬に透明な筋を残す。その跡を拭いながら、彼女は笑みを浮か...
「わたしも嬉しいです。サイトさんの思いが通じたみたいで」
「シエスタ」
「何も言わないでください。こうなるのが当然なんだって、ず...
すから、わたし」
才人はかける言葉を失ってしまった。ルーナはシエスタを見...
話の中にシエスタという単語が出てくることは一度もなかった...
のメイドの少女はいないということである。
「さよなら、サイトさん。どうか、ミス・ヴァリエールとお幸...
「ちょっと待ってくれよシエスタ」
反射的に足を踏み出しかけた才人に向かって、シエスタは止...
「駄目ですよサイトさん。そうやっていろんな人に優しくして...
エールとはうまくいきません」
才人は足を止めてしまった。確かにその通りかもしれない、...
迷っているところからルイズを選び出した結果が、ルーナとい...
何も言えなくなってしまった才人を見て、シエスタは柔らか...
「サイトさんの優しいところ、本当に大好きでした。さような...
そしてシエスタは走り出す。零れ落ちた涙が空中できらきら...
って手を伸ばす。だが、止める言葉が見つからない。そもそも...
思えなかった。
(でも、こんな終わり方でいいはずもねえだろ)
とにかく一度シエスタを止めなければ。才人がそう思って制...
消すかのように銃声が鳴り響いた。
突然の事態にその場の全員が一瞬硬直し、まず場慣れした連...
ための魔法を唱え始める。走っていたシエスタも一度足を止め...
も同様である。しかし銃声は一発限りで、それ以降は奇妙な沈...
(一体何が起きたんだ)
恐る恐る体を起こしながら、才人は背中のデルフリンガーを...
風の魔法などで防御しているメイジならともかく、肉体は普通...
ったら致命的である。
「久しぶりだね相棒」
「悪いけど話してる余裕ねえぞ」
「いんや、そうでもねえみてえだよ。入り口のところ見てみな」
のんびりとしたデルフリンガーの声に従って格納庫の入り口...
一人立っていた。
異様な風体の少女だった。うなじの辺りで三つ編みにまとめ...
連想させるが、それ以外の部分はそういったイメージからはか...
人の命など何とも思っていないような冷たく鋭い瞳、頬に走...
体を完全に覆い隠すかのようなマントは、闇夜のように真っ黒...
き長い銃が煙を上げ、左手には細い腕には似つかわしくない巨...
騒な武器が多数背負われているのを見る限り、マントの中にも...
ろう。その証拠に、少女が格納庫の中に足を踏み入れると同時...
71 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007/...
「見つけた」
ぞっとするほど冷たい声で、少女が呟く。吊りあがった眉と...
勢いを持って真っ直ぐに才人を睨んでいる。
(って、また俺かよ)
才人はうんざりした。どうやら今日は厄日らしい。
(しかし)
油断なくデルフリンガーを構えながら、才人は内心首を捻っ...
あるような気がしたのだ。もちろんこんな凶悪な雰囲気の知り...
ような気がする。
少女は耳障りな足音を響かせながら真っ直ぐに才人に向かっ...
エスタに気がつくと、不意に足を止めて彼女を見下ろした。「...
才人は思わず駆け出そうとしたが、信じられないものを見て足...
シエスタを見下ろした少女の顔に、穏やかな微笑が浮かんだ...
ったかのように、少女は優しくシエスタに囁きかける。
「待っててね、お母さん」
「は」
「今、助けてあげるから」
それだけ言い残すと、少女は再び人殺しのような表情を浮か...
て、未だに詠唱を続けているルーナの脇を通り抜け、才人と少...
「久しぶりね、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ」
才人にぴたりと銃口を向けながら、威圧的な口調で呟く。し...
っていて、何も対応できなかった。そんな才人を見て、少女は...
「と言っても、あなたはわたしのことなんて知りもしないでし...
「いや、ちょっと待ってくれよ」
才人は銃を突きつけられている事実すら忘れ、頭を抱えた。
(この子、さっきシエスタのこと『お母さん』って呼んだよな...
大体、俺シエスタに子供がいるだなんて聞いたこともねえし...
頭の中で必死に情報を整理しながら。才人はちらりとルーナ...
ンの詠唱を続けている娘。未来から来た、才人とルイズの娘だ...
才人は嫌な予感をひしひしと感じながら、恐る恐る目の前の...
「あのさ。ひょっとして、君も俺の娘だ、とか言わないよな?」
少女の顔がさらに歪む。才人に向けられた銃口が細かく震え...
「感謝してほしいわね」
少女が押し殺した声で言う。
「わたしの自制心があと少し足りなかったら、今頃あなたの頭...
ょうよ」
少女は一瞬目を閉じた後、泣きそうにも見えるような表情で...
「わたしの名はエスト。お前に散々弄ばれた挙句、ゴミのよう...
エスタの娘よ」
才人は気が遠くなった。
564 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
頭の奥がクラクラする。あまりの疲労感に座り込んでしまい...
れている現状からしてそうすることは不可能だった。
(また俺の娘かよ。しかもシエスタがお母さんで、俺があの子...
ちらりとシエスタを見ると、彼女もエストの言葉に衝撃を受...
させていた。が、しばらくして少し平静を取り戻したらしい。...
体をくねらせ始めた。
「嫌だわもう。わたしとサイトさんの愛の結晶だなんて。それ...
しったらサイトさんと」
陶然とした様子で呟いてから、「きゃーきゃー」と一人で腕...
ぐわぬ照れっぷりに呆れる才人の前で、エストは痛ましげに目...
「そうよ。お母さんはいつもこうだった。どんなに酷い目に遭...
ことを信じてますから』なんて笑ってばかりで。だから」
エストは悔しげに唇を噛む。醜い火傷の跡がさらに醜悪に歪...
「だから、あんなことになったのよ」
その声の震えが、押し殺された怒りの強さを物語っているよ...
分の娘と名乗る少女に問いかける。
「なあ、そう言われても、こっちは訳が分からないんだ。一体...
教えてくれよ」
エストが顔を上げてこちらを睨みつけてくる。黒い瞳の奥底...
才人の背筋に悪寒が走った。
だが、それも一瞬のことである。少女はまず、肩の力を抜く...
た。傷ついた唇が皮肉っぽく吊りあがる。
「そうね。あなたもお母さんも、まだ何も分かっていないみた...
来、あなたがどんなクズになってわたしたちを苦しめるのか...
565 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
エストは、王都トリスタニアの貧民窟で生を受けた。
貧乏で、ろくに食べるものもない暮らしだったが、彼女自身...
ていた。傍らに、いつも優しく微笑む母がいたからだ。彼女に...
母が微笑んでくれるだけで世界はいつでも幸福に満ちていた。
だが、その幸福は、ある日を境に儚く消え去ってしまう。
エストにとっては全く素性の分からぬ、サイト・シュヴァリ...
彼は何の前触れもなく唐突に現れては、無遠慮に家の中を荒...
奪っていった。
エストはこの無粋な荒くれ者に激しい怒りと敵愾心を燃やし...
蛮行を見守るだけで、文句の一つも言わなかった。
そんな母の態度に彼女が歯がゆさを感じていたある日のこと...
たサイトが、母の胸元の首飾りを見つけて馬鹿にするように笑...
「なんだ、まだそんなもん持ってんのかよ。まあいいや、それ...
ばちったあ金になるだろうからな。いいだろ、元々俺が買っ...
そう言って、サイトは母の首飾りを無理矢理引きちぎって奪...
なくなった。その首飾りは、ろくに装飾品も買えない母が唯一...
からもらった一番大事な品だと説明されていたからだ。
怒りに任せて火かき棒を片手に突っ込んだエストを、サイト...
手をひねるかのように、彼女の体を地に叩きつける。「止めて...
て、無法者は笑いながらエストの体を蹴り飛ばした。
「シエスタの子供だけあって頭が足りてないお子様だな。お前...
でも思ってるのか、よ」
踏みつけられる痛みに苦しみながら、エストはそれでも必死...
入らなかったのか、サイトは一際強い力で彼女の腹部を踏みに...
「生意気なガキだな。いっそここで殺しちまうか、おい」
その言葉を聞くが早いか、シエスタが即座に飛んできて、娘...
「お願いですから止めてください、サイトさん。この娘はあな...
朦朧とした意識で聞いていたから、エストには母の言葉がよ...
そに、母と男の間で緊迫した会話が続いていく。
「知らねえよそんなの。ってか、これ本当に俺の娘? 可愛く...
には全然似てないんだけど」
「そんな、ひどい。わたしの愛をお疑いになるんですか」
「愛、ねえ。ま、そんなん口でなら何とでも言えるよな。証明...
「どういう意味ですか」
「相変わらず頭空っぽだねお前も。愛の証明ったら一つしかな...
霞む視界の中で、サイトが母の体に向かって手を伸ばすのが...
「ふうん。痩せっぽっちになっちまったけど、やらしい部分は...
ちったあ楽しめるかね」
「そんな、まさか。エストの前で」
「うるせえな。外にでも放り出しとけばいいだろそんなの」
「こんな季節に? そんなことをしたら、この子は死んでしま...
「ならその辺に寝かせときゃいいじゃねえか。あのなあシエス...
その馬鹿なガキのせいでよ。お前が嫌だってんならそれでも...
ス解消するか、分かるよな」
自分の体が母によって地面に横たえられるのをかろうじて悟...
そのとき、彼女はまだほんの子供だった。だから、母がこれ...
は理解できなかった。ただ、吐き気を催すほどにおぞましい仕...
ことは、おぼろげながら理解できた。
(止めて、止めて、お母さん)
エストは心の中で必死に叫んだが、その声が届くことはなく...
566 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
そして次に目を開けたとき、エストの目に飛び込んできたの...
い光景だった。
いつも自分と母が寄り添って寝ている寝台で、互いに裸にな...
当時性行為に関する知識が全くなかったエストには、二人の...
来なかった。
ただ、サイトの体の一部である汚らわしい器官が、愛しい母...
鳴を上げさせていることだけは否応なしに理解できた。
(止めろ、お母さんから離れろ)
声が張り裂けんばかりに叫んだつもりだったが、それは不明...
エストが目覚めたことに気付き、男が首を伸ばしてこちらを...
みを浮かべた。
「よう、お目覚めかクソガキ。お前のことは後で可愛がってや...
「そんな、止めてください、エストには手を出さないって、約...
息も絶え絶えに抗議した母が、サイトに一際強く腰を打ち付...
「うるせえな、分かってるよ。相変わらず冗談の分からねえ女...
不機嫌そうに言ってから、サイトは一転して喜悦に満ちた微...
「しかし、こんな痩せっぽちになっちまってても少しも変わっ...
まりのいい女はなかなかいねえぜ。おいガキ、お前のお母さ...
エストは何も言うことができず、ただただ怒りに熱された瞳...
かった。だがその視線は彼を威圧するどころか、かえってその...
才人はおもむろに、自分の一部と接合したままの母の体を持...
「おいシエスタ、これからお前のガキに性教育を施してやるよ」
「そんな、お願い、それだけは止めてください、サイトさん」
母の必死の懇願も空しく、サイトは寝台の上で体の向きを変...
寝台の縁まで体をずらして床に足を下ろした。
「ほらどうだ、よく見とけよガキ」
まるで束縛の魔法でもかけられたかのように、エストは目の...
いつもは自分に温もりと安心感を与えてくれる母の体が、一...
ている。それだけでも許し難いことだというのに、サイトに後...
おぞましい形をした突起が貫いている。
「止めて、止めてくださいサイトさん。エスト、だめ、見ない...
母が泣きながら懇願する声が聞こえたが、エストは目をそら...
なり、全身から凄まじい量の汗が噴出してくる。
瞳から涙があふれ出すのを感じながら、エストは低く唸った。
「ははは、ほら見ろシエスタ、お前のガキ、ようやっとちょっ...
なあ、お母さん」
「ひどい。こんなのあんまりです。何故こんな残酷なことをな...
「うるせえな、そんなの楽しいからに決まってんだろ。ほら、...
どうだガキ、お前のこともこうやって作ってやったんだぜ。...
いい具合だなお前のお母さんの中はよ。ほうら、こうやって...
音立てるのが分かるだろ。喜んでんだぜお前のお母さん。昔...
母さんはよ。今もどっかの男相手に尻振ってキャンキャン喜...
どうなんだシエスタ。見ろよガキ、お前のお母さんあんまり...
だぜ。ま、仕方ねえよな、こいつはこういうことするのが大...
らドン引きするっつーのに、わざわざ牝犬を使ってやる俺っ...
男の嘲笑と母のすすり泣きが、エストの頭の中で絶えること...
痛を感じながら、エストはただサイトを睨みつけることしかで...
――殺してやる殺してやる絶対殺してやる。ブチ殺してぐちゃ...
にしてやる。
胸の中で呪詛を唱え続けることしかできない自分の無力に気...
トの嘲り笑いはは高く高く響き渡っていた。
567 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
そうして事を終えて満足したらしいサイトが、結局あの首飾...
と、母は服を着るより体を洗うよりもまず先に、倒れたままの...
「エスト、エスト、大丈夫、しっかりして」
「お母さん」
無残に汚された母の体を見ていると、悔し涙が瞳の奥からあ...
「ごめんね、ごめんねお母さん。わたしのせいで、こんなこと」
「何を言うの。エストのせいじゃないのよ。気にしないで。大...
「へいき。お母さん、体、綺麗にしないと。あいつの汚いの、...
エストの言葉に、母はどこか躊躇うように自分の体を見下ろ...
「そう。そうね。このままじゃ、嫌よね。待ってて、すぐに拭...
エストを寝台の上に寝かせて毛布をかけると、母は無言で体...
寝台の上に横たわっていると、先程までここで展開されてい...
がせり上がってきた。だが、エストはここから抜け出すことも...
すことも何とか我慢した。自分が苦しそうにすると母が心配す...
んなことをされて深く傷ついているであろう母を、これ以上傷...
体を拭き終わった母は、いつもの薄汚れた服を着直すと、足...
て、寝台の傍に腰掛けた。
「エスト、大丈夫。痛くなったらいつでも言っていいからね」
「へいき。お母さん、わたし、お母さんのこと守るから。今度...
やるから」
胸の奥から突き上げてくる激情に任せてそう言うと、母は困...
そっと撫でた。
「駄目よエスト、そんなことを言っては」
「どうして。わたしのことなら心配しないで。もっと強くなっ...
「エスト」
夢中で喋るエストの唇を、母は人差し指で軽く押さえた。
「いいのよ、お母さんのことは気にしなくても」
「でも、あいつはお母さんを」
「いいの。いいのよ、エスト」
母はいつものような優しい笑顔でそう言ったが、エストは納...
何故、母が自分と一緒になってあの男を罵ってくれないのか...
いや、それどころか、エストの罵倒を必死にそらそうとして...
568 名前:あなたの未来はどっちですか?[sage] 投稿日:2007...
(どうして。何であいつを庇うような真似を)
不意に、エストは気がついた。
(まさか、お母さん、あいつのこと嫌いじゃないの)
自分がサイトを憎んでいるのだから母も当然そうだろうと考...
がついていなかった。だが、そう考えてみると、何故母が最初...
にも説明がつく。
つまり、母はあの男のことを嫌ってはいないのだと。
(そんなのやだ)
エストは寝台の上で拳を握り締めた。先程、サイトにおぞま...
上の脂汗で、全身が気持ち悪くなってくる。
「どうしたのエスト、なんだか顔色が」
「お母さん」
心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる母に、エストは恐れ...
「お母さん、あいつのこと、嫌いじゃないの」
「あいつって、サイトさんのこと」
サイトさん、とあの男を呼ぶ母の声の優しさに、エストは返...
ことをされても、母はあの男のことを嫌ってはいない。いや、...
あの男のことを好いているようではないか。
そう考えた瞬間我慢できなくなり、エストは毛布を払いのけ...
「やだやだ、そんなの嫌、絶対嫌。お母さん、あいつの名前を...
なんか嫌いになって。もう、わたしとお母さんの家にあいつ...
「エスト」
しかし、母は頷いてはくれなかった。ただ、困った顔でエス...
何かを言いかけては止め、を繰り返すばかり。
(どうして、お母さん、どうしてあんな奴のこと)
不意に、エストの頭の中に、男が喋った言葉がいくつか蘇っ...
――いいだろ、元々俺が買ってやったんだし。
――これ、本当に俺の娘?
――お前のこともこうやって作ってやったんだぜ。
それら一つ一つが結びつき、否応なしにある結論を導き出し...
そして最後に、母の言葉が頭の中に響き渡った。
――この娘はあなたの娘でもあるんですよ。
「お母さん」
自分の声がほとんど滑稽なほどに震えているのを自覚しなが...
「あいつ、なんなの。お母さんの、ううん、わたしとお母さん...
否定してほしかった。「別に何でもないわ。赤の他人よ」と...
そんな風に扱うのが母には似つかわしくない行為だとしても、...
しかし、そんなエストの願いも空しく、母はどこか照れたよ...
「サイトさんは、わたしがただ一人愛した男の人。そして」
耳を塞ごうとしたが、間に合わなかった。
「あなたの、お父さんよ」
エストは絶叫した。
<続く>
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