ゼロの使い魔保管庫
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14 名前:1/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:56:36 ID:Kao...
人生に予測は付かず、
想像もしていなかった苦労と言うものは存在する。
平穏とは程遠い人生を送ってきた、ジャン・コルベールだっ...
自分がこんな苦労をする事に成るとは、思った事も無かった。
「せんせー、あのぉ……この問題なんですけどぉ」
「あぁ、これはだね、ここを……」
「そんな事よりぃ、ミスタ・コルベール、今日の放課後お暇で...
「なっ、いや……そのだね」
モテる。
本当は強いのに平和主義で、馬鹿にされようと貶されようと...
メンヌヴィルを倒した所を見た生徒は居なかったが、アニエ...
――コルベール先生はキュルケとタバサが敵わなかった相手を...
それなのに驕らない凄い人。
そんな評判が広まると日頃のコルベールが温厚さが、更にそ...
コルベールの生還から、人気自体は密かに上昇し続けていた...
幾つかの事情で生徒の歯止めが効かなくなった。
『教師が生徒を助ける。まったくもって当然じゃないか』
キュルケによって伝えられたその言葉と、
そのためには王城にすら侵入する勇気、
囚われていたサイトたちを助け出した力、
捕縛しに来た騎士たちに自ら捕まる高潔さ。
……密かな人気は留まる事は無かったが、それでも女生徒に取...
こんな事態になったのは……
「あの、お昼一緒しませんか?」
「「「ミス・ツェルプストーも居ませんし」」」
キュルケの不在。
サイト達と共に旅立ったキュルケが、今まで彼女達を止めて...
「こ、困りましたぞぉぉぉぉ」
よもや彼女に一刻も早く戻ってきて欲しいと思う事態がこよ...
コルベールの頭脳をもってしても予測しえなかった。
15 名前:2/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:57:24 ID:Kao...
「羨ましいのぉ」
「これは……学院長」
授業の開始時間になって、ようやく研究室から女の子が居な...
授業の開始を無視しようとする子も居たが、コルベールが少...
「どーして、うれしそうだったのですかな?」
きゃーきゃー悲鳴を上げながら女の子は散っていった。
まったくもって不可解だ。
「わしと替わらんか? コルベール」
「替わりたいですな、学院長」
溜息を付きながら上司に笑いかける。
今の自分があるのは、教師として今まで生きてこられたのは...
荒んでいたわたしを拾い、反対を押し切って教師に抜擢した...
「わたしは学院長ほど、女性の扱いが上手くないのでして」
「…………嫌味か?」
混じりけ無しの本気なのだが……
言葉と言うものの、なんと不自由なことか。
肩を竦めて、お茶の用意を始める。
ミス・ツェルプストーが持ち込んだ葉っぱは、質が良いもの...
最近お茶を飲む回数が増えていた。
(むぅ……いけませんな、ミス・ツェルプストーに依存してしま...
そう思いながらも、来客中だと言う言い訳をして、二人分の...
「……こりゃコルベール、どうせなら女の子が居る時に出さんか...
「はぁ……以後気をつけるとしますかな」
口調は本気で怒っているようだが、学院長の目は笑っている。
のんびりとした時間。
サイトたちの事は気に成るが、コルベールはある意味でキュ...
(自分達の手に負えない事が有って、わたしに出来る事が有れ...
前しか見ていないサイトや、思い込みの強いルイズと違う、...
(本人には聞かせられませんな)
湯気の向こうで、何もかも悟ったような学院長が笑っていた。
16 名前:3/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:58:09 ID:Kao...
「少し……困った事になってな」
お茶が冷め始めた頃、学院長が口を開いた。
ここまで足を運んだ理由をようやく話す気に成ったらしい。
うすうす何かを感じていたコルベールは、黙って先を促した。
「グラモンもサイトも居らんでな……暫定的に応援が来る事に成...
騎士隊の隊長と副隊長、揃って居なくなる辺り、彼らはまだ...
しかし……子供だからこそ、教師である自分が出来る事は全て...
目の前に居る学院長から学んだことだった。
「本来なら、騎士隊の中から臨時の隊長を選ぶのだろうが……
サイトのような武勲も、グラモンの様な実績も持ち主も居ら...
王宮から暫定的に応援がきよる」
サイトの桁外れの武勲にも驚いたが、紋章を与えられるほど...
確かに彼らの替わりはそうそう居ないだろう。
「しかし……それは良い事なのではないですかな?」
「来るのが、近衛の隊長でもかな?」
自分の全てを知るこの人に、気を使わせてしまったようだ。
「彼女なら問題なく任務を果たすと思いますぞ、学院長」
「……そうか……なら……問題ないと王宮に伝えるとしよう」
もし問題があれば、自分の所で止める。
学院長の目は、コルベールにそう語りかけていた。
「お気遣いを……」
「なんの……『教師が生徒を助けるのは、当然』なのじゃろう?」
……この人には、いつまで経っても勝てないかもしれないな。
コルベールはかつての師に、深々と頭を下げていた。
17 名前:4/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:58:52 ID:Kao...
コルベールにとって、アニエスは特別だった。
好きとか、嫌いとか、そんな話ではなく。
『彼女には幸せになってもらいたいですなぁ』
周りの雑音を全て切捨て、コルベールは誰にも聞こえないよ...
血塗られた自分の手が、かつて一つだけ救い出せた命。
彼女を守ったロマリアの女性が伝えた真実は、コルベールを...
自分が騙されていると、取り返しの付かない程の命を奪った...
……あの時、自分は死ぬつもりだったのに……
背中に乗せた小さな命が、それを救うことが出来ると言う事...
『わたしの恩人ですからな』
かつて彼女になら殺されても良い、その言葉に偽りはなかっ...
今だって……アニエスが剣を向ければ抵抗はしないだろう。
アニエスを助けた後も人を助ける事が出来たと言う事は、そ...
彼女が自分を憎むのは当然、嫌うのも当然、殺された所で恨...
が、
「お前にも手伝ってもらう、来い! ミスタ・コルベール」
これは無い。
今更、人の殺し方を、傷付け方を、戦い方を伝えるのは勘弁...
「しかしですな、わたしは一介の教師でして」
「……一介の教師は、王宮に忍び込んで、警備突破して、悠々逃...
……ごもっとも。
「生徒に教えるのが嫌なら、わたしの部隊の教官としてでも良...
頼む……陛下の側近として、十分な力を得たいんだ」
嫌いな自分に頭を下げるほどに、彼女は力を欲しているらし...
しかし……
『強くなった所で、何の意味もありませんぞ』
力を求めているものには、決して納得できない言葉。
自分はどれだけ強くても幸せになれなかった。
これからも幸せになるつもりは無い。
……彼女には幸せに成って欲しかった。
「……ならっ、一本だ、一本勝負でわたしが勝ったら言う事を聞...
「しかしですな」
「お前が勝ったら、わたしも何でも言う事を聞いてやるっ」
コルベールはアニエスに聞こえないように、小さく溜息を付...
18 名前:5/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:59:38 ID:Kao...
呆れたようにアニエスを見つめるコルベールに、勝負につい...
「お前に怪我をさせるわけにはいかないからな、勝負はどちら...
勝算はある、『炎蛇』のコルベール。
まともにいって勝てる相手ではない、かつて学院に駐留して...
(しかし……この男は……)
自分に向けて炎を放たない。
そんな確信が有った。
(ならば……十分に勝てる!)
詠唱前に間合いを詰めれば、剣の方が早い。
加減された炎など、突っ切ってしまえばよいのだ。
そもそもこの距離なら、魔法を撃つ前に切りかかれると言う...
コルベールは構える様子も無かった。
「で、いつ始めるのですかな?」
舐められてる。
……アニエスはそう思った。
今から詠唱を始めても、魔法の発動前に杖を飛ばせる。
「今すぐだっ!」
奇襲によって更に勝利を確固たるものに……その……つもりだっ...
黙ったままのコルベールが杖を振るう。
(詠唱も無く? 馬鹿なっ!)
威力の低い魔法で距離を稼ぐつもりか?
そう思ったアニエスは、息を詰めて足に力を込める……
勢い良く踏み込んで、一気に加速を……
「ぎゃっ」
地を這ったのはアニエスだった。
19 名前:6/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 03:00:40 ID:Kao...
「メイジの前で喋りすぎですな」
ざくざくと草を分けながら、コルベールが近づいてくる。
(待て? 何故だ? そんな筈無い、お前詠唱は?)
「わたしのような仕事をしていたメイジは、悟られぬように詠...
詠唱を中断して喋ることも出来るのですぞ」
詠唱を終了させた後、死にたくないなら投降しろと、
のん気な事をした事があるコルベールは苦笑いしながら言っ...
「炎が得意なメイジだからといって、火の系統魔法しか使えな...
動きを止めるのに『ライトニング・クラウド』を使わせても...
……読まれて……いた……
悔しかった。
舐められていた所ではなく、この男の手の上で踊っていただ...
そんな無力感に打ちのめされる。
「さて、これでわたしの勝ちですな」
力の入らない手から、するりと剣が抜きとら……れ……
しまったっ、……何言った? さっきわたしは何を言った?
『何でも言う事を聞いてやる』……そう……言わなかったか?
『やぁぁぁぁぁっ、寄るなっ、こっち来るなっ……いやっ……止め...
必死で逃げようとしても、身体にはまったく力が入らない。
『……や……だ……こんなの……こんなの……』
メイジが相手でも勝てると、リッシュモンを倒した時から自...
その結果が……
「何でも言う事を聞いてもらえるんでしたかな?」
杖と剣を持った男が、無力なわたしを見つめて……
無骨な手が腰の辺りを探り、強く引き寄せられる。
『いやぁぁぁぁぁ……って?』
どこか懐かしい背中に乗せられて、わたしは医務室の方に運...
『な、なんで?』
「……シュヴァリエ・アニエス……『何でも言う事を聞いてやる』...
『……ベ、ベットで言う事を聞かせる気か? 外が嫌なだけなの...
喋れないわたしに、不器用なウィンクと共に告げられたのは、
「女性があんな事を口にしてはいけませんな、以後二度と言っ...
格好つけすぎだ……
でも……両手に力が入らないのが……
優しい背中に自分の意思で触れられないのが、無性に悲しか...
182 名前:1/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:27:13 ID:tG...
失敗したかもしれませんな……
コルベールは頭を抱えていた。
「さあっ、今日こそ手伝ってもらうからな」
アニエスは今日も元気だ。
水精霊騎士隊の訓練の前後、毎日顔を出してはコルベールを...
「折角のチャンスを棒に振ったのはお前だ、わたしはわたしの...
「……そ、それはですな?」
早まったかもしれない、毎日押しかけられると流石に挫けそ...
のらりくらりと逃げるのも限界に近く、いっそ力づくで来て...
とはいえ、最早負けても納得してくれない相手をどうするか、
「こまりましたな……」
「何を困る事があるっ!」
深々と溜息を付いたコルベールに、今こそ攻め時とばかりに...
「こんな事なら、別の事を頼んで置けばよかったですな」
ポソリとこぼした台詞は、コルベールの考えもしない効果を...
「なぁっ、なっ、何を言っているっ、何をさせるつもりだっ」
胸の辺りを手で押さえたアニエスは、その姿勢のまま壁際ま...
わざとか偶然かまでは分からないが、出口とは真逆の方向で...
「あー、あのですな、シュヴァリエ・アニエス」
「ひっ……、よ、寄るなぁっ、寄るんじゃないっ」
……彼女の頭の中で、自分はどんな存在なんだ?
聞かされたら凹みそうな問いを抱えて、コルベールはちょっ...
183 名前:2/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:28:03 ID:tG...
「こら、コルベール」
『まるで覗いていた』様なタイミングで学院長が現れて、
コルベールの気が逸れた隙にアニエスは廊下へ飛び出した。
「……で、おぬし、何をした?」
「……何もしてませぬ、学院長」
嘘偽りは一切無いのに、アニエスの行動のせいで信憑性まで...
「婦女暴行は重犯罪じゃ、学院長私的法廷では去勢の上『アッ...
……どんな刑だ? 疑問には思ったが、深く踏み込まない方が...
「学院長、どうせ何処かでご覧に成っていたのではないですか...
……『遠見の鏡』とか……」
「む……」
「因みに先週、女子更衣室に防護魔法をかけたのはわたしで……」
「なんじゃとぉぉぉぉぉっ」
やはり使用頻度は随分高いらしい。
冷たい目で学院長を見ていると、決まり悪そうに咳払いをし...
「いや、しかしコルベール、あのシュヴァリエとはどこまでい...
「どこまで……とは? 先日裏庭で決闘しましたが、なにか?」
かみ合わない会話だった。
「……そうではなく、コルベールよ、あのシュヴァリエ美人じゃ...
「そうですな、可愛らしいですな」
生徒が通りかかったのか、廊下で何かが小さな音がした。
学院長は何かを悟ったように笑ったが、コルベールはそのま...
「元気が良くて愛らしい」
(……老眼が始まる歳じゃないはずだが)
学院長は自分の認識とのギャップに悩んでいたが、コルベー...
崩れたり、壊れたりする音が響いていた。
「……で、コルベール、どこまで行ったのじゃ?」
「ですから、裏庭までですが?」
怪訝な顔をしているコルベールに向かって、
悪魔の顔をしている学院長は、再度問いかけた。
「で、シュヴァリエの事はどう思っておるんじゃ?」
この日破壊された廊下の備品は、じつに数十点にものぼった。
184 名前:3/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:28:47 ID:tG...
レイナールは首を傾げる。
「っかしーな、なぁ、マリコルヌ」
「……アニエスたん、はぁはぁ」
……会話の通じない状態の相手に話しかける辺り、彼もまた混...
「なーんか、今日の訓練ぬるいよな?」
学院の廊下の備品が随分減った翌日、騎士隊の訓練は何時も...
「もっと……もっと、僕を苛めてくれぇぇぇぇえ」
「いや、楽なのは良いんだけどさ……」
あらぬ方を向いて、幸せそうに笑うシュヴァリエ・アニエス。
……可愛いけど、ちょっと怖い。
「なーにがあったんだろうな?」
「可愛いアニエスたん、萌えー」
昨日までは、『アニエス様、苛めてください』だったのに、
マリコルヌの切り替えは早い。
「ん? あぁ、ランニング終わったのか……」
「はっ、ランニング、全員終了いたしましたっ」
「…………え……と……そうだな……」
何時もは事前にトレニーングメニューを決めている、アニエ...
「その……、あの……」
もじもじするアニエスを見て、
『……かわぇぇ』
こうして、密かに騎士隊内にアニエス親派が増えていった。
185 名前:4/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:29:29 ID:tG...
世界が柔らかい光で満ちて、仄かな炎が身体を中から暖め続...
そんな錯覚を覚えるほど、アニエスは幸せな気分だった。
しかし……
「一度報告に戻らないとならないとは……」
その所為で、昨日はあの男に会えなかった。
「って、違うっ」
陛下に報告に戻るのだから、これは当然の仕事で、
会えないのなんて……当然……で……
……もし……昨日会えて……『可愛い』って言ってくれたのはどん...
それを聞いていたら、何かが変わっていただろうか?
そんな事を考えていると、胸がドキドキする。
こんな事は始めてだ。
謁見の順番を待つ間も、仕事以外の事で頭の中が一杯で、
自分が自分で無くなったようで……
『くっ……陛下の前で、きちんと報告できるのかが不安など……』
恥さらしも良い所だ。
いつもとは違った緊張に包まれて、アンリエッタの前にでる。
他の者と違い、アンリエッタが手を振るだけで一斉に皆退室...
『陛下の特別』アニエスや、サイト、ルイズにのみ許される...
「ルイズはまだ戻りません」
「はっ」
もう少し学院に居る事が出来る。
本来ならば、ほんの少し前のアニエスならアンリエッタの側...
苛立ちを隠せないはずだったが、今の彼女にとって、一番大...
「もう少し、サイトさんの代わりを勤めてもらえますか? ア...
「はっ、陛下、御心のままに」
伏した姿勢も、緩みそうになる表情を隠す役に立つ。
目を閉じて、感情を押し殺しているアニエスに向かって、
アンリエッタは爆弾を投げつけた。
「恋を……していますね? アニエス」
186 名前:5/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:30:15 ID:tG...
「なっ……そんな事はっ」
「ほんの暫く会わないだけで、随分綺麗に成りましたもの……
貴方に思われる、幸せな方はどなたかしら?」
ぱくぱくと口が開閉する。
獲物を見つけたアンリエッタは、嬉々としてアニエスを問い...
「どんな方? 学院ですものね、年下かしら?」
……いえ……かなり上です。
何も言えないまま、アンリエッタは想像の中でアニエスの相...
どうやって付き合ったら良いのかまで指南してくれる。
「……というところかしら、アニエス……頑張ってくださいましね」
「……はぁ」
頑張って、ナニをしろと言うんだろう、陛下は。
自分の想像に頬を染めながら、陛下の話を聞く。
「でも、アニエス、わたくし少し心配です」
「は?」
「貴方って、免疫無さそうですから、『可愛い』とか言われて、
悪い男の方に、ころっと騙されそうで、心配ですわ」
……チクリと胸の奥で何かが騒ぐ。
「貴方は綺麗で、格好良いですけど……」
陛下の声が、段々遠くで聞こえる。
『騙されているのか? わたしは…… ダマサレテイルノ?』
考えるべきでは無いのに、自分の心が冷たい方へと流されて...
陛下の前を下がっても、疑念は蜜の様にわたしに絡みつく。
「なぁ……」
久々に戻った親衛隊の控え室で、手近な部下を捕まえて聞い...
「わたしを見て、どんな感想を持つ?」
「はっ、アニエス隊長は、聡明で美しく……」
……数人がわたしを誉める。
並べられる美辞麗句。
どれだけ経っても、欲しい言葉は与えられない。
誰も……そんな風に私を見ていない。
あの人も……きっと、お世辞で言ったんだ。
そんな疑念がどうしても心から離れなくて……
凍った心は、小さな音を立てながら罅割れを広げて行った。
終了行:
14 名前:1/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:56:36 ID:Kao...
人生に予測は付かず、
想像もしていなかった苦労と言うものは存在する。
平穏とは程遠い人生を送ってきた、ジャン・コルベールだっ...
自分がこんな苦労をする事に成るとは、思った事も無かった。
「せんせー、あのぉ……この問題なんですけどぉ」
「あぁ、これはだね、ここを……」
「そんな事よりぃ、ミスタ・コルベール、今日の放課後お暇で...
「なっ、いや……そのだね」
モテる。
本当は強いのに平和主義で、馬鹿にされようと貶されようと...
メンヌヴィルを倒した所を見た生徒は居なかったが、アニエ...
――コルベール先生はキュルケとタバサが敵わなかった相手を...
それなのに驕らない凄い人。
そんな評判が広まると日頃のコルベールが温厚さが、更にそ...
コルベールの生還から、人気自体は密かに上昇し続けていた...
幾つかの事情で生徒の歯止めが効かなくなった。
『教師が生徒を助ける。まったくもって当然じゃないか』
キュルケによって伝えられたその言葉と、
そのためには王城にすら侵入する勇気、
囚われていたサイトたちを助け出した力、
捕縛しに来た騎士たちに自ら捕まる高潔さ。
……密かな人気は留まる事は無かったが、それでも女生徒に取...
こんな事態になったのは……
「あの、お昼一緒しませんか?」
「「「ミス・ツェルプストーも居ませんし」」」
キュルケの不在。
サイト達と共に旅立ったキュルケが、今まで彼女達を止めて...
「こ、困りましたぞぉぉぉぉ」
よもや彼女に一刻も早く戻ってきて欲しいと思う事態がこよ...
コルベールの頭脳をもってしても予測しえなかった。
15 名前:2/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:57:24 ID:Kao...
「羨ましいのぉ」
「これは……学院長」
授業の開始時間になって、ようやく研究室から女の子が居な...
授業の開始を無視しようとする子も居たが、コルベールが少...
「どーして、うれしそうだったのですかな?」
きゃーきゃー悲鳴を上げながら女の子は散っていった。
まったくもって不可解だ。
「わしと替わらんか? コルベール」
「替わりたいですな、学院長」
溜息を付きながら上司に笑いかける。
今の自分があるのは、教師として今まで生きてこられたのは...
荒んでいたわたしを拾い、反対を押し切って教師に抜擢した...
「わたしは学院長ほど、女性の扱いが上手くないのでして」
「…………嫌味か?」
混じりけ無しの本気なのだが……
言葉と言うものの、なんと不自由なことか。
肩を竦めて、お茶の用意を始める。
ミス・ツェルプストーが持ち込んだ葉っぱは、質が良いもの...
最近お茶を飲む回数が増えていた。
(むぅ……いけませんな、ミス・ツェルプストーに依存してしま...
そう思いながらも、来客中だと言う言い訳をして、二人分の...
「……こりゃコルベール、どうせなら女の子が居る時に出さんか...
「はぁ……以後気をつけるとしますかな」
口調は本気で怒っているようだが、学院長の目は笑っている。
のんびりとした時間。
サイトたちの事は気に成るが、コルベールはある意味でキュ...
(自分達の手に負えない事が有って、わたしに出来る事が有れ...
前しか見ていないサイトや、思い込みの強いルイズと違う、...
(本人には聞かせられませんな)
湯気の向こうで、何もかも悟ったような学院長が笑っていた。
16 名前:3/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:58:09 ID:Kao...
「少し……困った事になってな」
お茶が冷め始めた頃、学院長が口を開いた。
ここまで足を運んだ理由をようやく話す気に成ったらしい。
うすうす何かを感じていたコルベールは、黙って先を促した。
「グラモンもサイトも居らんでな……暫定的に応援が来る事に成...
騎士隊の隊長と副隊長、揃って居なくなる辺り、彼らはまだ...
しかし……子供だからこそ、教師である自分が出来る事は全て...
目の前に居る学院長から学んだことだった。
「本来なら、騎士隊の中から臨時の隊長を選ぶのだろうが……
サイトのような武勲も、グラモンの様な実績も持ち主も居ら...
王宮から暫定的に応援がきよる」
サイトの桁外れの武勲にも驚いたが、紋章を与えられるほど...
確かに彼らの替わりはそうそう居ないだろう。
「しかし……それは良い事なのではないですかな?」
「来るのが、近衛の隊長でもかな?」
自分の全てを知るこの人に、気を使わせてしまったようだ。
「彼女なら問題なく任務を果たすと思いますぞ、学院長」
「……そうか……なら……問題ないと王宮に伝えるとしよう」
もし問題があれば、自分の所で止める。
学院長の目は、コルベールにそう語りかけていた。
「お気遣いを……」
「なんの……『教師が生徒を助けるのは、当然』なのじゃろう?」
……この人には、いつまで経っても勝てないかもしれないな。
コルベールはかつての師に、深々と頭を下げていた。
17 名前:4/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:58:52 ID:Kao...
コルベールにとって、アニエスは特別だった。
好きとか、嫌いとか、そんな話ではなく。
『彼女には幸せになってもらいたいですなぁ』
周りの雑音を全て切捨て、コルベールは誰にも聞こえないよ...
血塗られた自分の手が、かつて一つだけ救い出せた命。
彼女を守ったロマリアの女性が伝えた真実は、コルベールを...
自分が騙されていると、取り返しの付かない程の命を奪った...
……あの時、自分は死ぬつもりだったのに……
背中に乗せた小さな命が、それを救うことが出来ると言う事...
『わたしの恩人ですからな』
かつて彼女になら殺されても良い、その言葉に偽りはなかっ...
今だって……アニエスが剣を向ければ抵抗はしないだろう。
アニエスを助けた後も人を助ける事が出来たと言う事は、そ...
彼女が自分を憎むのは当然、嫌うのも当然、殺された所で恨...
が、
「お前にも手伝ってもらう、来い! ミスタ・コルベール」
これは無い。
今更、人の殺し方を、傷付け方を、戦い方を伝えるのは勘弁...
「しかしですな、わたしは一介の教師でして」
「……一介の教師は、王宮に忍び込んで、警備突破して、悠々逃...
……ごもっとも。
「生徒に教えるのが嫌なら、わたしの部隊の教官としてでも良...
頼む……陛下の側近として、十分な力を得たいんだ」
嫌いな自分に頭を下げるほどに、彼女は力を欲しているらし...
しかし……
『強くなった所で、何の意味もありませんぞ』
力を求めているものには、決して納得できない言葉。
自分はどれだけ強くても幸せになれなかった。
これからも幸せになるつもりは無い。
……彼女には幸せに成って欲しかった。
「……ならっ、一本だ、一本勝負でわたしが勝ったら言う事を聞...
「しかしですな」
「お前が勝ったら、わたしも何でも言う事を聞いてやるっ」
コルベールはアニエスに聞こえないように、小さく溜息を付...
18 名前:5/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:59:38 ID:Kao...
呆れたようにアニエスを見つめるコルベールに、勝負につい...
「お前に怪我をさせるわけにはいかないからな、勝負はどちら...
勝算はある、『炎蛇』のコルベール。
まともにいって勝てる相手ではない、かつて学院に駐留して...
(しかし……この男は……)
自分に向けて炎を放たない。
そんな確信が有った。
(ならば……十分に勝てる!)
詠唱前に間合いを詰めれば、剣の方が早い。
加減された炎など、突っ切ってしまえばよいのだ。
そもそもこの距離なら、魔法を撃つ前に切りかかれると言う...
コルベールは構える様子も無かった。
「で、いつ始めるのですかな?」
舐められてる。
……アニエスはそう思った。
今から詠唱を始めても、魔法の発動前に杖を飛ばせる。
「今すぐだっ!」
奇襲によって更に勝利を確固たるものに……その……つもりだっ...
黙ったままのコルベールが杖を振るう。
(詠唱も無く? 馬鹿なっ!)
威力の低い魔法で距離を稼ぐつもりか?
そう思ったアニエスは、息を詰めて足に力を込める……
勢い良く踏み込んで、一気に加速を……
「ぎゃっ」
地を這ったのはアニエスだった。
19 名前:6/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 03:00:40 ID:Kao...
「メイジの前で喋りすぎですな」
ざくざくと草を分けながら、コルベールが近づいてくる。
(待て? 何故だ? そんな筈無い、お前詠唱は?)
「わたしのような仕事をしていたメイジは、悟られぬように詠...
詠唱を中断して喋ることも出来るのですぞ」
詠唱を終了させた後、死にたくないなら投降しろと、
のん気な事をした事があるコルベールは苦笑いしながら言っ...
「炎が得意なメイジだからといって、火の系統魔法しか使えな...
動きを止めるのに『ライトニング・クラウド』を使わせても...
……読まれて……いた……
悔しかった。
舐められていた所ではなく、この男の手の上で踊っていただ...
そんな無力感に打ちのめされる。
「さて、これでわたしの勝ちですな」
力の入らない手から、するりと剣が抜きとら……れ……
しまったっ、……何言った? さっきわたしは何を言った?
『何でも言う事を聞いてやる』……そう……言わなかったか?
『やぁぁぁぁぁっ、寄るなっ、こっち来るなっ……いやっ……止め...
必死で逃げようとしても、身体にはまったく力が入らない。
『……や……だ……こんなの……こんなの……』
メイジが相手でも勝てると、リッシュモンを倒した時から自...
その結果が……
「何でも言う事を聞いてもらえるんでしたかな?」
杖と剣を持った男が、無力なわたしを見つめて……
無骨な手が腰の辺りを探り、強く引き寄せられる。
『いやぁぁぁぁぁ……って?』
どこか懐かしい背中に乗せられて、わたしは医務室の方に運...
『な、なんで?』
「……シュヴァリエ・アニエス……『何でも言う事を聞いてやる』...
『……ベ、ベットで言う事を聞かせる気か? 外が嫌なだけなの...
喋れないわたしに、不器用なウィンクと共に告げられたのは、
「女性があんな事を口にしてはいけませんな、以後二度と言っ...
格好つけすぎだ……
でも……両手に力が入らないのが……
優しい背中に自分の意思で触れられないのが、無性に悲しか...
182 名前:1/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:27:13 ID:tG...
失敗したかもしれませんな……
コルベールは頭を抱えていた。
「さあっ、今日こそ手伝ってもらうからな」
アニエスは今日も元気だ。
水精霊騎士隊の訓練の前後、毎日顔を出してはコルベールを...
「折角のチャンスを棒に振ったのはお前だ、わたしはわたしの...
「……そ、それはですな?」
早まったかもしれない、毎日押しかけられると流石に挫けそ...
のらりくらりと逃げるのも限界に近く、いっそ力づくで来て...
とはいえ、最早負けても納得してくれない相手をどうするか、
「こまりましたな……」
「何を困る事があるっ!」
深々と溜息を付いたコルベールに、今こそ攻め時とばかりに...
「こんな事なら、別の事を頼んで置けばよかったですな」
ポソリとこぼした台詞は、コルベールの考えもしない効果を...
「なぁっ、なっ、何を言っているっ、何をさせるつもりだっ」
胸の辺りを手で押さえたアニエスは、その姿勢のまま壁際ま...
わざとか偶然かまでは分からないが、出口とは真逆の方向で...
「あー、あのですな、シュヴァリエ・アニエス」
「ひっ……、よ、寄るなぁっ、寄るんじゃないっ」
……彼女の頭の中で、自分はどんな存在なんだ?
聞かされたら凹みそうな問いを抱えて、コルベールはちょっ...
183 名前:2/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:28:03 ID:tG...
「こら、コルベール」
『まるで覗いていた』様なタイミングで学院長が現れて、
コルベールの気が逸れた隙にアニエスは廊下へ飛び出した。
「……で、おぬし、何をした?」
「……何もしてませぬ、学院長」
嘘偽りは一切無いのに、アニエスの行動のせいで信憑性まで...
「婦女暴行は重犯罪じゃ、学院長私的法廷では去勢の上『アッ...
……どんな刑だ? 疑問には思ったが、深く踏み込まない方が...
「学院長、どうせ何処かでご覧に成っていたのではないですか...
……『遠見の鏡』とか……」
「む……」
「因みに先週、女子更衣室に防護魔法をかけたのはわたしで……」
「なんじゃとぉぉぉぉぉっ」
やはり使用頻度は随分高いらしい。
冷たい目で学院長を見ていると、決まり悪そうに咳払いをし...
「いや、しかしコルベール、あのシュヴァリエとはどこまでい...
「どこまで……とは? 先日裏庭で決闘しましたが、なにか?」
かみ合わない会話だった。
「……そうではなく、コルベールよ、あのシュヴァリエ美人じゃ...
「そうですな、可愛らしいですな」
生徒が通りかかったのか、廊下で何かが小さな音がした。
学院長は何かを悟ったように笑ったが、コルベールはそのま...
「元気が良くて愛らしい」
(……老眼が始まる歳じゃないはずだが)
学院長は自分の認識とのギャップに悩んでいたが、コルベー...
崩れたり、壊れたりする音が響いていた。
「……で、コルベール、どこまで行ったのじゃ?」
「ですから、裏庭までですが?」
怪訝な顔をしているコルベールに向かって、
悪魔の顔をしている学院長は、再度問いかけた。
「で、シュヴァリエの事はどう思っておるんじゃ?」
この日破壊された廊下の備品は、じつに数十点にものぼった。
184 名前:3/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:28:47 ID:tG...
レイナールは首を傾げる。
「っかしーな、なぁ、マリコルヌ」
「……アニエスたん、はぁはぁ」
……会話の通じない状態の相手に話しかける辺り、彼もまた混...
「なーんか、今日の訓練ぬるいよな?」
学院の廊下の備品が随分減った翌日、騎士隊の訓練は何時も...
「もっと……もっと、僕を苛めてくれぇぇぇぇえ」
「いや、楽なのは良いんだけどさ……」
あらぬ方を向いて、幸せそうに笑うシュヴァリエ・アニエス。
……可愛いけど、ちょっと怖い。
「なーにがあったんだろうな?」
「可愛いアニエスたん、萌えー」
昨日までは、『アニエス様、苛めてください』だったのに、
マリコルヌの切り替えは早い。
「ん? あぁ、ランニング終わったのか……」
「はっ、ランニング、全員終了いたしましたっ」
「…………え……と……そうだな……」
何時もは事前にトレニーングメニューを決めている、アニエ...
「その……、あの……」
もじもじするアニエスを見て、
『……かわぇぇ』
こうして、密かに騎士隊内にアニエス親派が増えていった。
185 名前:4/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:29:29 ID:tG...
世界が柔らかい光で満ちて、仄かな炎が身体を中から暖め続...
そんな錯覚を覚えるほど、アニエスは幸せな気分だった。
しかし……
「一度報告に戻らないとならないとは……」
その所為で、昨日はあの男に会えなかった。
「って、違うっ」
陛下に報告に戻るのだから、これは当然の仕事で、
会えないのなんて……当然……で……
……もし……昨日会えて……『可愛い』って言ってくれたのはどん...
それを聞いていたら、何かが変わっていただろうか?
そんな事を考えていると、胸がドキドキする。
こんな事は始めてだ。
謁見の順番を待つ間も、仕事以外の事で頭の中が一杯で、
自分が自分で無くなったようで……
『くっ……陛下の前で、きちんと報告できるのかが不安など……』
恥さらしも良い所だ。
いつもとは違った緊張に包まれて、アンリエッタの前にでる。
他の者と違い、アンリエッタが手を振るだけで一斉に皆退室...
『陛下の特別』アニエスや、サイト、ルイズにのみ許される...
「ルイズはまだ戻りません」
「はっ」
もう少し学院に居る事が出来る。
本来ならば、ほんの少し前のアニエスならアンリエッタの側...
苛立ちを隠せないはずだったが、今の彼女にとって、一番大...
「もう少し、サイトさんの代わりを勤めてもらえますか? ア...
「はっ、陛下、御心のままに」
伏した姿勢も、緩みそうになる表情を隠す役に立つ。
目を閉じて、感情を押し殺しているアニエスに向かって、
アンリエッタは爆弾を投げつけた。
「恋を……していますね? アニエス」
186 名前:5/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:30:15 ID:tG...
「なっ……そんな事はっ」
「ほんの暫く会わないだけで、随分綺麗に成りましたもの……
貴方に思われる、幸せな方はどなたかしら?」
ぱくぱくと口が開閉する。
獲物を見つけたアンリエッタは、嬉々としてアニエスを問い...
「どんな方? 学院ですものね、年下かしら?」
……いえ……かなり上です。
何も言えないまま、アンリエッタは想像の中でアニエスの相...
どうやって付き合ったら良いのかまで指南してくれる。
「……というところかしら、アニエス……頑張ってくださいましね」
「……はぁ」
頑張って、ナニをしろと言うんだろう、陛下は。
自分の想像に頬を染めながら、陛下の話を聞く。
「でも、アニエス、わたくし少し心配です」
「は?」
「貴方って、免疫無さそうですから、『可愛い』とか言われて、
悪い男の方に、ころっと騙されそうで、心配ですわ」
……チクリと胸の奥で何かが騒ぐ。
「貴方は綺麗で、格好良いですけど……」
陛下の声が、段々遠くで聞こえる。
『騙されているのか? わたしは…… ダマサレテイルノ?』
考えるべきでは無いのに、自分の心が冷たい方へと流されて...
陛下の前を下がっても、疑念は蜜の様にわたしに絡みつく。
「なぁ……」
久々に戻った親衛隊の控え室で、手近な部下を捕まえて聞い...
「わたしを見て、どんな感想を持つ?」
「はっ、アニエス隊長は、聡明で美しく……」
……数人がわたしを誉める。
並べられる美辞麗句。
どれだけ経っても、欲しい言葉は与えられない。
誰も……そんな風に私を見ていない。
あの人も……きっと、お世辞で言ったんだ。
そんな疑念がどうしても心から離れなくて……
凍った心は、小さな音を立てながら罅割れを広げて行った。
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