ゼロの使い魔保管庫
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**ゼロの飼い犬5 メイドの温もり ...
■1
今まで静かだった校内に生徒の喧噪が聞こえてきた。
少し前に昼休みの時間を告げるチャイムが鳴っていた事を思...
学院の生徒が昼食をとり終わって、午後の授業までの休み時間...
校舎の裏で壁に寄りかかり、膝に顔を埋めて座り込んでいた...
陰鬱な俺の気分とは裏腹の、抜けるような青い空から照らす日...
昨晩、夜中にルイズの部屋から飛び出した俺は、人が来なさ...
ここでずっと時間を過ごしていた。ルイズがどうしているのか...
俺にはわからない。
これから、どうしよう。昨日の、ルイズの涙が脳裏に鮮明に...
俺は、使い魔失格どころか、人間としてやってはいけないこ...
未遂だったとか、そんなつもりはなかったなんて言い訳はでき...
ルイズを、傷つけたんだ。この世界に来たばかりの時よりも...
人間扱いしてくれて、一緒のベッドに寝かせてくれるようにな...
同じ食事を食べさせてくれるようになったルイズを、俺は裏切...
あいつを守ってやろうって、決意したばかりだったのに。そ...
ルイズは、俺をどう思ったんだろう。
怒っているのか。悲しんでいるのか。
罵倒したいと思ってるのか、もう二度と会いたくないと思っ...
わからない。あの後、ちゃんと起きて学校に行けたのかどう...
でも、ひとつだけはっきりしていることがある。左手に刻ま...
このまま、ルイズの元から逃げ出すわけにはいかないという...
どう思い、今後俺をどうするつもりなのか……聞かなきゃいけな...
今は、ちょうど昼休みだ。ルイズが授業に出ているなら、昼...
そうでなかったとしても、部屋に行けばいるはず。会うんだっ...
俺は、体を持ち上げると、重い足を無理矢理動かして校舎の...
食堂に行ってざっと席を見回してみたが、ほとんど学生の姿...
ルイズどころか大半の生徒が既に昼食を終え、昼休みを過ごし...
次に、テーブルが並べられた広場まで来た。昼食後はここに...
早く見つけたいような、見つけたくないような、複雑な気分...
テーブルのひとつの側に、目立つ桃色のブロンドの姿をみつけ...
テーブルには、これまた目立つ容姿のキュルケが座っていた...
何か話しているらしい。
意を決して、そこに近付いていく。どんな言葉をかけられる...
不安で仕方ない。でも、ここでそれを避けるわけにはいかない…...
だが、その直後。まだ背を向けていて、俺には気付いていな...
放った一言は、俺が想像していたどんな罵倒や恨み言よりも、...
「――――アイツは使い魔なんだから、飼い犬同然なの! それで...
∞ ∞ ∞
■2
「サイト! どこ行ったのよ、サイトーっ!!」
お日様が真上に輝くお昼休み。あたしが広場のテーブルにつ...
優雅に食後のお茶を楽しんでいると、ゼロのルイズが年甲斐も...
「騒々しいわねぇ、みんな休憩しているんだから、ちょっとは...
声のした方へ目を向けて、ピンク髪のちんちくりんにそう声...
あたしの姿を確認したルイズは、つかつかとあたしのテーブル...
「キュルケ! あんた、サイトを見なかった?」
文句のひとつでも言い返してくるのかと思ったら、ルイズは...
「今日は見てないわよー。そういえば、いつも一緒に授業受け...
「……昨日の夜から帰ってこないのよ、アイツ」
ルイズはちょっと思案してから、そう言った。たぶん、使い...
早く見つけ出すことを優先したのだろう。
心細そうなルイズの声に、あたしは思わず吹き出しそうにな...
「何よ、なにがおかしいの?」
「いや、ゴメンね。なんかあなたの口ぶりが、男に逃げられた...
飼い犬が行方不明になって不安がる子供みたいだったから」
ふくれっ面をした彼女にそう言うと、ルイズの頬がみるみる...
「なっ、なな何よ男に逃げられたって! アイツは使い魔なん...
あたしが笑ったのは”子供みたい”ってところだったんだけど...
ルイズは未だにサイトをただの使い魔だなんだって主張するけ...
「ちょっと、それはさすがにひどいんじゃない?」
「知らないわよ! 勝手にいなくなる使い魔なんて、むしろ犬...
ルイズは口をへの字にして両手を組む。やれやれと思った所...
当の彼女が探している黒髪の使い魔さんが立っていることに気...
「っていうかルイズ。サイトだけど、そこにいるわよ」
あたしが顎でそちらを指すと、ルイズは「えっ?」と振り向...
一瞬、ルイズは固まる。
「サっ、サササイト! 今までどこをほっつき歩いてたのよ!」
「あ、あぁ……ちょっと……」
ルイズの剣幕に、たじろぐサイト。
「まったく、随分探したんだから。ご主人様の手を煩わせるん...
ため息をつくルイズ。サイトは、なぜか心ここにあらずとい...
「あ、あの……ルイズ。昨晩のことだけど……」
サイトがそう言うと、ルイズはぎくっと身をすくませた。
「え、あ、それ。それだけどね。あの……あれは、何て言うか、...
ちょっと興味があっただけなんだから。たっ、ただの気まぐれ...
わたしはあんたに何か許したわけじゃないんだから。勘違いし...
ルイズは、慌てたように早口でべらべらとまくしたてた。何...
よくわからないけど、サイトの方には伝わっているのかしら。
「え……そ、それだけ?」
「な、なによ、それだけ? って。重要なことよ。わたしは主...
そこんとこ、はっきり理解しておきなさい。ヘンな誤解したら...
頬をりんごみたいに赤くして、サイトの方から顔を逸らすル...
あらあら、そんな態度とったら、ただのご主人様と使い魔じ...
告白してるようなもんなのに。思わず苦笑が漏れる。
■3
――けど、次の瞬間。サイトの様子を見たあたしの背筋に、冷...
その黒い瞳は、虚ろだった。怒ってるとか、不満だとか、逆...
面白がってるとか、そんな目じゃない。
大げさかもしれないけど……絶望の目。今までそうだと信じて...
「……あぁ、そっか。使い魔だもんな。ごめん、勝手にいなくな...
「? ……あ、うん、わかればいいのよ、わかれば」
サイトは、その目とは釣り合わない、ごく自然な言葉を口に...
素直に自分の非を認めた使い魔に偉そうな返事をする。
「じゃ、今日サボっちゃったぶん、部屋の掃除してくるから。...
「え? あ、ちょっと!」
サイトはルイズに微笑みかけると、踵を返して学生寮の方へ...
呼び止めようとしたルイズだったが、表面上は特に不自然なこ...
無理に引き留めることはしなかった。
「なんか、ヘンだった? 今のサイト」
首をかしげるルイズ。
そんな彼女に、あたしは……今までからかっていた時とは違う...
唇を噛む。どうして止められなかったのかしら。いずれこん...
「ルイズ。あなた、何よりも得難いものを失ったかもしれない...
そう声をかけると、ルイズはきょとんとした顔であたしを振...
その顔。自分が間違っているなんて、少しも考えていない顔。
悪気がないっていうのは、この上なく手に負えないことなのか...
「何よそれ。どういうこと?」
「あなた、貴族に差別される平民の気持ち、考えたことある?」
聞くと、ルイズは困惑の表情を浮かべたまま黙ってしまった。
「まぁ、あたしも、あんたと同じで差別”する”側の人間だから...
「何が言いたいのよ、キュルケ」
察しの悪いこの子なりに、何かうすら寒いものを感じたのか...
でも、ここであたしが説明したって、解決にはならない。だ...
サイトの目。最後にルイズに笑いかけ、ここから去った時の...
――それは、見慣れた目だった。あたしが、サイトに感じてい...
サイトは、ルイズを”平民が貴族を見る目”で見た。絶対的な...
住む世界が違う人間を見る目。相手が、自分を見下しているこ...
それは、この学院にいる全ての平民が、あたし自身や級友や...
そして、サイトだけが。ルイズが召還したあの少年だけが、平...
それを……恐らくこの主人が。生粋の貴族であるヴァリエール...
自覚を無しに、悪いことをしたと露とも思わずに。
でも、このルイズだけを責められるわけじゃないのかもしれ...
言うなれば、それはあたしたち貴族全ての責任で……
そして、サイトの件だけに罪悪感や喪失感を抱くこと自体、た...
∞ ∞ ∞
■4
部屋の掃除をし終わった俺は、ルイズが帰ってくる前に部屋...
俺が作った風呂が置かれているあたりで、今日の昼まで校舎...
建物の壁に背を預けて座り込む。心にぽっかり穴が開いたよう...
『アイツは使い魔なんだから、飼い犬同然なの!』
昼間の、ルイズの言葉がまだ耳に残っている。はは、犬だっ...
今までにも、何度も犬呼ばわりされた。メイジとそれ以外は...
けど、俺は、何て言うか……本気にしてなかったんだ。俺が、...
基本的に、人間は平等で。犬だなんだっていうルイズの弁も...
ここへ来たばかりの頃は確かに酷い扱いをされてたけど、最...
それは、ルイズが俺をようやく人間扱いしてくれるようにな...
使い魔ではあるけど、人間でもある。それを、ルイズの方でも...
けど、さっきのルイズの様子を見て、気付いてしまった。
逆だった。俺の考えていたこととは、全くの逆だったのだ。
ルイズは、俺を、使い魔であると認めたから、ベッドに寝か...
だって、考えてみれば、人間の……異性に、一緒のベッドで寝...
恋人でも何でもない男を相手にして、そんなこと有り得ない。
けれど、使い魔……いや、ルイズが言ったように、飼い犬だっ...
ベッドに上がってくることや、一緒に寝ることを許す飼い主は...
つまり、ルイズは、最初から俺を同じ人間だなんて思ってな...
本気で心配してはいなかった。危機感があまりにも薄かった。
だって、ルイズにとって俺は完全に住む世界が違う存在なんだ...
フーケの事件の後、俺がカンチガイして、ルイズの寝込みを...
あの後ルイズはどうしたか……俺に鎖をつけて、犬扱いしたんだ...
俺が自分をモグラと呼んだとき、ルイズはやめてって言って...
犬の方がまだ上なのか。すまん、ヴェルダンデ。でも、俺とし...
ボルボックスでも同じだよ。
アルビオンに行く前、ルイズが何度もマッサージをねだって...
男の前でベッドに横になって、体を触らせて、しまいにはそ...
どうしてそんなに無防備だったのか。それは、俺を人間の、男...
常識で考えたらそれで何もされない保証なんて無いんだけど...
ルイズには、そんなことわからなかったんだろう。
だから、だから……ついさっき広場で話したルイズは、昨晩、...
大してショックを受けた様子が無かった。
そして、一緒に寝るのを許したのも、ただの気まぐれだなん...
涙が出そうになってきた。何だよ、なんでだよ。俺は、ルイ...
そりゃ、性格は酷いし、不器用だし、見た目が可愛い以外どう...
あいつが本当は確かな誇りと信念を持っていて。死地に赴く人...
その小さくて、メイジの拠り所である魔法も満足に使えない...
立派な人間だって認めてたんだ。尊敬できる部分もあると思っ...
なのに。あいつの方は、俺を人間だとすら思っていなかった...
そう思って、俺に接していたんだ。
じわっと視界が滲んだのを、ぐっと堪える。
でも。それは、ルイズが悪いんじゃない。言わば、この世界...
差別はいっぱいあるという話だ。日本だって、平等だ、民主主...
このハルケギニアという世界がそういう風にできている以上...
でも……それは、ルイズと俺の間に、個人の気持ちとかだけで...
存在するということでもある。
俺は、大きくため息をつく。悲しみとか絶望とかじゃなくて...
■5
「あー、もう! 考えるな!」
だったら、もうこれ以上悩んだって何にもならない。どうし...
今まで通り、使い魔としてルイズの世話をしてればいい。少...
美味い食事を食わせてくれるんだし、寝るとこはあてがってく...
「まぁでも、そう簡単に割り切れるもんじゃねーよなぁ……」
薄暗くなってきた空の下で、一人ごちる。少なくとも、今す...
あいつと顔を合わせる気にはなれなかった。もう、今までと同...
でも、いつまでも外で座ってるわけにもいかない。夜は寒い...
そんなことを考えていたら、腹の虫がぎゅるると鳴いた。落...
ルイズの部屋を飛び出してから何も食べていないので、仕方な...
「……サイトさん?」
そんな時、傷心だし帰る気にもなれないし空腹だしで惨めの...
朗らかな声が呼んだ。ボロボロの心に染み入るような声の方へ...
「どうされたんですか? こんなところで」
そこにいたのは、学院のメイドであるシエスタ。俺がこの世...
何かと気遣ってくれる女の子。シエスタは、壁際に縮こまって...
心配そうな表情を見せてくれた。
「いや、別に、何でも」
俺を立派な人だとか、憧れだとか言ってくれるシエスタに、...
作り笑いを浮かべて安心させようとしたところで、再び俺の腹...
シエスタはその音を聞いて目を丸くした後、可愛く苦笑する。
「ひょっとして、またミス・ヴァリエールにご飯を抜かれてし...
「いや、えーと、その……なんていうか」
恥ずかしさに慌てて手を振ると、シエスタは小走りで隣まで...
「遠慮することなんてありませんよ。今ならまだ夕食の準備で...
厨房で何かご馳走させてあげられます。……来てください、ね?」
微笑んで、シエスタは座り込んだ俺に手を伸ばす。思わずそ...
鼻の奥がツンと痛くなった。シエスタの優しさが、人懐っこそ...
それはまるで、くたくたに疲れた全身を、熱い湯船の中に沈...
「どうですか? サイトさん。ありあわせのもので、申し訳な...
「いや、十分すぎるよ。美味い。滅茶苦茶美味い」
厨房のテーブルで、シエスタが残り物を組み合わせて作って...
マジで泣けるくらい美味しい。お腹が空いてたっていうのもあ...
いうのもある。けど、今の俺には、シエスタのかけてくれた気...
「そんな、褒めすぎですよ。でも、お世辞でも嬉しいです」
「いや、お世辞じゃな……もごっ」
「あ、もう。ほら、そんなに急いで食べなくても、料理は逃げ...
がっついて食べながら話していたので喉に詰まらせてしまっ...
差し出して、背中をトントン叩いてくれた。
「ぷはっ、ふぅ……ありがとう、シエスタ」
「いえ、いいんですよ、このくらい」
あっという間に食べ終わり、シエスタの方をじっと見つめて...
照れくさそうに笑った。メイドらしい、控えめな態度。けど、...
シエスタの本性から来るものなのだろう。愛嬌があって、見る...
■6
「サイトさん、何かあったんですか?」
しばらく食休みをしていると、シエスタは俺にそんな言葉を...
「え……何かって、何が?」
ぎくっとしてとぼけると、シエスタは真剣な表情で俺に詰め...
「サイトさん、落ち込んでるように見えます。
何かあったのでしょう。ミス・ヴァリエールに無体なことをさ...
鋭い。なんという洞察力。これが女のカンというやつなんだ...
その黒い瞳に見つめられて、これ以上嘘をつくことができな...
「うん……実は、ちょっとルイズと顔合わせにくい事情ができち...
照れ隠しに頭を掻きながら、そう白状する。シエスタは、そ...
という風に深いため息をついた。
「また、無茶なことをされたのですね。いくら平民だからって...
いいなんて法はありませんのに……」
「いや、今回は俺に非があるんだけどね」
シエスタは、少しだけ考え込む様子を見せてから、何かひら...
なぜか、その瞳がちょっとだけ怪しい色に輝く。
「……サイトさん、今日の夜、お風呂をご一緒してもいいですか...
頬を染めて、お盆で口元を隠しながら、シエスタはおずおず...
「え、お風呂!?」
急な提案に、驚く。確かに、何日か前、ひょんなことから俺...
シエスタを入れてあげることになってしまった。
その時は、シエスタの服が濡れてしまったハプニングのせい...
「えーと、あの風呂に入りたいなら、俺と一緒じゃなくても」
「でも、わたし、一人でああいうお風呂に入ったことないから...
シエスタはもじもじと体を揺する。そのメイド服の下に隠れ...
思い出してしまい、頭が一気に熱くなる。
シエスタとお風呂。シエスタの体。それに、あの時風呂から...
『一番素敵なのは、あなたかも』なんて台詞。
それらが鮮明に蘇る。そそ、それは。そのお誘いは。ただ”お...
”俺と一緒にお風呂に入りたい”というお願いなのではないでし...
「あ、あああ、その……うん、わかった。シエスタの仕事が終わ...
頭で考える前に、口がそんな言葉を勝手に喋る。シエスタは...
「は、はいっ! 楽しみにしてます! ……それじゃ、そろそろ...
さよなら、と言ってシエスタは足早に立ち去った。後に残さ...
夕食の準備に厨房に入ってくるまで、その場にぼけーっと座り...
「お待たせしました、サイトさん」
その日の夜。結局、俺はルイズの部屋に戻ることなく時間を...
ちょうど、釜の中のお湯が温まったあたりで、月明かりと薪...
シエスタがやってきた。
「あ、ちょうど良かった。今入れるようになったばっかりだか...
「そうですか。良かったです」
既に部屋に戻って着替えてきたのか、シエスタの格好はいつ...
毛糸の温かそうな上着を羽織った姿だった。
見慣れない……そして、メイドではなく、一人の女の子である...
ついドキドキしてしまう。今までにルイズやキュルケの寝巻き...
俺にとって馴染み深い日本人の女の子に雰囲気が似ていて、生...
「えっと……それじゃ、入ろうか」
妙に落ち着いた声でそう言う俺に、はにかんで頷くシエスタ...
女の子と一緒にお風呂入るんだぞ? ただ事じゃないぞ? な...
みたいな演技してるんだ?
でも、冷静に考えて常識的な判断をしたら、一緒にお風呂に...
だから、俺は……きっとシエスタも、このよくわからない演技を...
■7
「はぁ……やっぱり、気持ちいいです」
シエスタのうっとりとした声が背後から聞こえ、湯の中で温...
二人で背中を向け合って服を脱ぎ、体を洗って、風呂に入っ...
体がさっぱりしたのはいいのだが、ぜんぜんリラックスできる...
だって、すぐ後ろには、脱いだらすごいシエスタが裸でいる...
先日も一緒に入ったシエスタの肢体が思い出される。湯気に...
濡れて上気し、艶めかしい雰囲気を放つ肌。恥ずかしげな表情...
ああ、見たい。また見たい。あの時みたいに、こっち向いて...
なんて言ってくれないだろうか。そんな、人としてちょっと終...
「月が綺麗ですね、サイトさん」
そんな煩悩満載のところへ聞こえてきたシエスタの言葉につ...
ふたつの月の輝きも綺麗だったが、それより、星が無数に散ら...
電気による灯りのせいで、夜でも星があまり見えない日本の空...
見惚れるほど綺麗ではあったけど、自分は異世界にいるんだ...
「お風呂に入りながら夜空が見られるなんて、貴族の方でもそ...
「ああ、そうかもな」
「えーと……あ、あれがグリフォン座ですね。となりがフクロウ...
星を見ているらしいシエスタが、聞き覚えのない星座の名前...
よくわからないけど、見える星の並びや、星座の名前も地球と...
「あ、あれがイーヴァルディ座ですよ。今日はすごく良く見え...
「え、どれ?」
確か、この世界で童話とかになってる勇者の名前だっけ。ど...
「赤い月の横です。剣と槍を構えているように見える」
「んー、よくわかんないな」
「ほら、あれですよ」
俺が星空を見渡してきょろきょろしていると、シエスタの声...
「え?」
シエスタの手が俺の顎に当たって、角度を調節してくる。当...
星座の位置を教えてくれてるんだろうけど、そんなことより...
シエスタ、俺の背中に寄り添うみたいな格好になってる。顔...
背中になんかやわらかいの当たってる。ナニコレ。やーらかい...
「シっ、シシシシシシシエシエ?」
歯をかちかち鳴らしながら、やっとのことでそう言う。シエ...
吐息が聞こえるくらい近くへ顔を寄せてきた。
「……サイトさん……」
耳元で、囁かれる。ぞくぞくぞくっ、と背筋が縮み上がる。...
「な、なに?」
聞くと、シエスタはそのまま顎を俺の首筋へ乗せてきた。思...
「……わたしの体、魅力ありませんか?」
寂しそうな、シエスタの声。何ですかそれ。これだけえっち...
そんなん、拳銃を突きつけておいて『怖いですか?』って聞く...
「あっ、あああるアルヨ。何言ってんの。シエスタは可愛いし...
最後のはちょっとまずかったか。だけど、シエスタはそれを...
「じゃあ……どうして、見てくれないんですか?」
「ど、どうしてって、そんなの……」
「そんなの?」
俺の首に顎を押し付けたまま、小さく首をかしげるシエスタ...
「わ、わかるだろ? 男が、魅力的な女の子の裸なんてじろじ...
「……わかります。わかってて、サイトさんと一緒にお風呂に入...
シエスタの言葉が、すぐには理解できなかった。頭が煮えす...
「サイトさんとだけですよ? こんなことして平気なの」
シエスタは、泣きそうな声でそう言った。それって。それっ...
おかしい。なんかおかしい。これも夢なんじゃないの?
■8
「サイトさん……わたし、こんなにどきどきしてるんです……倒れ...
これ以上……恥をかかせないでください。嫌なら嫌って、言って...
俺の胸に両手が回され、ぎゅっと抱きしめてくる。背中に、...
形を変え、その奥から言葉どおりに早鐘を打つ鼓動が伝わって...
夢なはずがない。そして、嘘や冗談なわけもない。この温も...
シエスタは、俺を慕ってくれてる。信頼してくれてる。ここ...
許してくれると言ってる。
人として、友人として、異性として。メイジに召還された使...
平賀才人である自分を。それは、同情でも愛想でもなく、俺が...
優しいシエスタ。いつも笑顔を見せてくれるシエスタ。とき...
俺の中で、シエスタへの愛しさがどんどん膨らんでいく。つ...
実はいやらしい体つきなんかばっかり意識してたけど、それよ...
甘美な感触はそれはそれで意識しっぱなしなんだけど──シエス...
自分でも驚くくらいに大きくなってくる。
「シエスタっ!」
「あっ……!」
俺はシエスタの方を振り向いた。すぐ目の前にいる彼女は、...
「シエスタ、俺……」
もう一度名前を呼ぶと、シエスタは小さく微笑んで、目を閉...
可愛らしくて、男の情欲に火をつけるしぐさ。
俺は、その顔に自分の顔を寄せて……寄せて、色っぽく茜がさ...
「……え……?」
シエスタは不思議そうな声を上げて、目を開けて俺を見る。...
俺も、よく自分で自制できたと思う。でも、やっぱり、ここ...
だって、それは、逃避のような気がしたから。ルイズの事で...
シエスタが癒してくれて。だから、今までよりも強くシエスタ...
シエスタは可愛い。いい子だと思う。日本にいたときに、こ...
ふたつ返事で恋人になってる。いや、日本ではモテなかったか...
でも、今の俺がシエスタをどうにかしてしまったら……それは...
そんなことにならないだろうか。俺の気持ちに、そんな要素が...
いけない。そんな気持ちを疑ってしまっているうちは、でき...
「ごめん……俺、シエスタは凄く魅力的だし、このままどうにか...
でも、今、勢いでそんなことするわけにはいかない」
言ってる途中に、首筋がピクピクいった。体の方は完全に今...
でも、これだけはゆずるわけにはいかない。それこそ、俺が...
「サイトさん……」
「でっ、でも、それは俺がシエスタを大事にしたいって、こう...
思ってるからで! だからこそ必死で我慢してるっていうか、...
俺がしどろもどろになってわけのわからないことをのたまっ...
「……ありがとう、サイトさん。嬉しいです。ひょっとしたら、...
「シエスタ……」
「わたし、待ってます。いつでも。……でも、あんまり待たせた...
迫っちゃうかもしれませんよ?」
シエスタは悪戯っぽくウインクした。そして、「ちょっとの...
湯船から上がる。その姿を見ないように慌ててまた背中を向け...
体を拭いて、お互い服を着直す。そこで、はたと気付いた。...
これからルイズの部屋に帰らなければならないのだろうか。今...
風呂に入る前よりもずっと帰りにくい。
どうしようと頭を抱えかけたところで、シエスタが、まるで...
「あの……厨房でミス・ヴァリエールと顔を合わせにくいって聞...
他の部屋に移ってもらったんです。……もし、良かったら……わ、...
つづく
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終了行:
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**ゼロの飼い犬5 メイドの温もり ...
■1
今まで静かだった校内に生徒の喧噪が聞こえてきた。
少し前に昼休みの時間を告げるチャイムが鳴っていた事を思...
学院の生徒が昼食をとり終わって、午後の授業までの休み時間...
校舎の裏で壁に寄りかかり、膝に顔を埋めて座り込んでいた...
陰鬱な俺の気分とは裏腹の、抜けるような青い空から照らす日...
昨晩、夜中にルイズの部屋から飛び出した俺は、人が来なさ...
ここでずっと時間を過ごしていた。ルイズがどうしているのか...
俺にはわからない。
これから、どうしよう。昨日の、ルイズの涙が脳裏に鮮明に...
俺は、使い魔失格どころか、人間としてやってはいけないこ...
未遂だったとか、そんなつもりはなかったなんて言い訳はでき...
ルイズを、傷つけたんだ。この世界に来たばかりの時よりも...
人間扱いしてくれて、一緒のベッドに寝かせてくれるようにな...
同じ食事を食べさせてくれるようになったルイズを、俺は裏切...
あいつを守ってやろうって、決意したばかりだったのに。そ...
ルイズは、俺をどう思ったんだろう。
怒っているのか。悲しんでいるのか。
罵倒したいと思ってるのか、もう二度と会いたくないと思っ...
わからない。あの後、ちゃんと起きて学校に行けたのかどう...
でも、ひとつだけはっきりしていることがある。左手に刻ま...
このまま、ルイズの元から逃げ出すわけにはいかないという...
どう思い、今後俺をどうするつもりなのか……聞かなきゃいけな...
今は、ちょうど昼休みだ。ルイズが授業に出ているなら、昼...
そうでなかったとしても、部屋に行けばいるはず。会うんだっ...
俺は、体を持ち上げると、重い足を無理矢理動かして校舎の...
食堂に行ってざっと席を見回してみたが、ほとんど学生の姿...
ルイズどころか大半の生徒が既に昼食を終え、昼休みを過ごし...
次に、テーブルが並べられた広場まで来た。昼食後はここに...
早く見つけたいような、見つけたくないような、複雑な気分...
テーブルのひとつの側に、目立つ桃色のブロンドの姿をみつけ...
テーブルには、これまた目立つ容姿のキュルケが座っていた...
何か話しているらしい。
意を決して、そこに近付いていく。どんな言葉をかけられる...
不安で仕方ない。でも、ここでそれを避けるわけにはいかない…...
だが、その直後。まだ背を向けていて、俺には気付いていな...
放った一言は、俺が想像していたどんな罵倒や恨み言よりも、...
「――――アイツは使い魔なんだから、飼い犬同然なの! それで...
∞ ∞ ∞
■2
「サイト! どこ行ったのよ、サイトーっ!!」
お日様が真上に輝くお昼休み。あたしが広場のテーブルにつ...
優雅に食後のお茶を楽しんでいると、ゼロのルイズが年甲斐も...
「騒々しいわねぇ、みんな休憩しているんだから、ちょっとは...
声のした方へ目を向けて、ピンク髪のちんちくりんにそう声...
あたしの姿を確認したルイズは、つかつかとあたしのテーブル...
「キュルケ! あんた、サイトを見なかった?」
文句のひとつでも言い返してくるのかと思ったら、ルイズは...
「今日は見てないわよー。そういえば、いつも一緒に授業受け...
「……昨日の夜から帰ってこないのよ、アイツ」
ルイズはちょっと思案してから、そう言った。たぶん、使い...
早く見つけ出すことを優先したのだろう。
心細そうなルイズの声に、あたしは思わず吹き出しそうにな...
「何よ、なにがおかしいの?」
「いや、ゴメンね。なんかあなたの口ぶりが、男に逃げられた...
飼い犬が行方不明になって不安がる子供みたいだったから」
ふくれっ面をした彼女にそう言うと、ルイズの頬がみるみる...
「なっ、なな何よ男に逃げられたって! アイツは使い魔なん...
あたしが笑ったのは”子供みたい”ってところだったんだけど...
ルイズは未だにサイトをただの使い魔だなんだって主張するけ...
「ちょっと、それはさすがにひどいんじゃない?」
「知らないわよ! 勝手にいなくなる使い魔なんて、むしろ犬...
ルイズは口をへの字にして両手を組む。やれやれと思った所...
当の彼女が探している黒髪の使い魔さんが立っていることに気...
「っていうかルイズ。サイトだけど、そこにいるわよ」
あたしが顎でそちらを指すと、ルイズは「えっ?」と振り向...
一瞬、ルイズは固まる。
「サっ、サササイト! 今までどこをほっつき歩いてたのよ!」
「あ、あぁ……ちょっと……」
ルイズの剣幕に、たじろぐサイト。
「まったく、随分探したんだから。ご主人様の手を煩わせるん...
ため息をつくルイズ。サイトは、なぜか心ここにあらずとい...
「あ、あの……ルイズ。昨晩のことだけど……」
サイトがそう言うと、ルイズはぎくっと身をすくませた。
「え、あ、それ。それだけどね。あの……あれは、何て言うか、...
ちょっと興味があっただけなんだから。たっ、ただの気まぐれ...
わたしはあんたに何か許したわけじゃないんだから。勘違いし...
ルイズは、慌てたように早口でべらべらとまくしたてた。何...
よくわからないけど、サイトの方には伝わっているのかしら。
「え……そ、それだけ?」
「な、なによ、それだけ? って。重要なことよ。わたしは主...
そこんとこ、はっきり理解しておきなさい。ヘンな誤解したら...
頬をりんごみたいに赤くして、サイトの方から顔を逸らすル...
あらあら、そんな態度とったら、ただのご主人様と使い魔じ...
告白してるようなもんなのに。思わず苦笑が漏れる。
■3
――けど、次の瞬間。サイトの様子を見たあたしの背筋に、冷...
その黒い瞳は、虚ろだった。怒ってるとか、不満だとか、逆...
面白がってるとか、そんな目じゃない。
大げさかもしれないけど……絶望の目。今までそうだと信じて...
「……あぁ、そっか。使い魔だもんな。ごめん、勝手にいなくな...
「? ……あ、うん、わかればいいのよ、わかれば」
サイトは、その目とは釣り合わない、ごく自然な言葉を口に...
素直に自分の非を認めた使い魔に偉そうな返事をする。
「じゃ、今日サボっちゃったぶん、部屋の掃除してくるから。...
「え? あ、ちょっと!」
サイトはルイズに微笑みかけると、踵を返して学生寮の方へ...
呼び止めようとしたルイズだったが、表面上は特に不自然なこ...
無理に引き留めることはしなかった。
「なんか、ヘンだった? 今のサイト」
首をかしげるルイズ。
そんな彼女に、あたしは……今までからかっていた時とは違う...
唇を噛む。どうして止められなかったのかしら。いずれこん...
「ルイズ。あなた、何よりも得難いものを失ったかもしれない...
そう声をかけると、ルイズはきょとんとした顔であたしを振...
その顔。自分が間違っているなんて、少しも考えていない顔。
悪気がないっていうのは、この上なく手に負えないことなのか...
「何よそれ。どういうこと?」
「あなた、貴族に差別される平民の気持ち、考えたことある?」
聞くと、ルイズは困惑の表情を浮かべたまま黙ってしまった。
「まぁ、あたしも、あんたと同じで差別”する”側の人間だから...
「何が言いたいのよ、キュルケ」
察しの悪いこの子なりに、何かうすら寒いものを感じたのか...
でも、ここであたしが説明したって、解決にはならない。だ...
サイトの目。最後にルイズに笑いかけ、ここから去った時の...
――それは、見慣れた目だった。あたしが、サイトに感じてい...
サイトは、ルイズを”平民が貴族を見る目”で見た。絶対的な...
住む世界が違う人間を見る目。相手が、自分を見下しているこ...
それは、この学院にいる全ての平民が、あたし自身や級友や...
そして、サイトだけが。ルイズが召還したあの少年だけが、平...
それを……恐らくこの主人が。生粋の貴族であるヴァリエール...
自覚を無しに、悪いことをしたと露とも思わずに。
でも、このルイズだけを責められるわけじゃないのかもしれ...
言うなれば、それはあたしたち貴族全ての責任で……
そして、サイトの件だけに罪悪感や喪失感を抱くこと自体、た...
∞ ∞ ∞
■4
部屋の掃除をし終わった俺は、ルイズが帰ってくる前に部屋...
俺が作った風呂が置かれているあたりで、今日の昼まで校舎...
建物の壁に背を預けて座り込む。心にぽっかり穴が開いたよう...
『アイツは使い魔なんだから、飼い犬同然なの!』
昼間の、ルイズの言葉がまだ耳に残っている。はは、犬だっ...
今までにも、何度も犬呼ばわりされた。メイジとそれ以外は...
けど、俺は、何て言うか……本気にしてなかったんだ。俺が、...
基本的に、人間は平等で。犬だなんだっていうルイズの弁も...
ここへ来たばかりの頃は確かに酷い扱いをされてたけど、最...
それは、ルイズが俺をようやく人間扱いしてくれるようにな...
使い魔ではあるけど、人間でもある。それを、ルイズの方でも...
けど、さっきのルイズの様子を見て、気付いてしまった。
逆だった。俺の考えていたこととは、全くの逆だったのだ。
ルイズは、俺を、使い魔であると認めたから、ベッドに寝か...
だって、考えてみれば、人間の……異性に、一緒のベッドで寝...
恋人でも何でもない男を相手にして、そんなこと有り得ない。
けれど、使い魔……いや、ルイズが言ったように、飼い犬だっ...
ベッドに上がってくることや、一緒に寝ることを許す飼い主は...
つまり、ルイズは、最初から俺を同じ人間だなんて思ってな...
本気で心配してはいなかった。危機感があまりにも薄かった。
だって、ルイズにとって俺は完全に住む世界が違う存在なんだ...
フーケの事件の後、俺がカンチガイして、ルイズの寝込みを...
あの後ルイズはどうしたか……俺に鎖をつけて、犬扱いしたんだ...
俺が自分をモグラと呼んだとき、ルイズはやめてって言って...
犬の方がまだ上なのか。すまん、ヴェルダンデ。でも、俺とし...
ボルボックスでも同じだよ。
アルビオンに行く前、ルイズが何度もマッサージをねだって...
男の前でベッドに横になって、体を触らせて、しまいにはそ...
どうしてそんなに無防備だったのか。それは、俺を人間の、男...
常識で考えたらそれで何もされない保証なんて無いんだけど...
ルイズには、そんなことわからなかったんだろう。
だから、だから……ついさっき広場で話したルイズは、昨晩、...
大してショックを受けた様子が無かった。
そして、一緒に寝るのを許したのも、ただの気まぐれだなん...
涙が出そうになってきた。何だよ、なんでだよ。俺は、ルイ...
そりゃ、性格は酷いし、不器用だし、見た目が可愛い以外どう...
あいつが本当は確かな誇りと信念を持っていて。死地に赴く人...
その小さくて、メイジの拠り所である魔法も満足に使えない...
立派な人間だって認めてたんだ。尊敬できる部分もあると思っ...
なのに。あいつの方は、俺を人間だとすら思っていなかった...
そう思って、俺に接していたんだ。
じわっと視界が滲んだのを、ぐっと堪える。
でも。それは、ルイズが悪いんじゃない。言わば、この世界...
差別はいっぱいあるという話だ。日本だって、平等だ、民主主...
このハルケギニアという世界がそういう風にできている以上...
でも……それは、ルイズと俺の間に、個人の気持ちとかだけで...
存在するということでもある。
俺は、大きくため息をつく。悲しみとか絶望とかじゃなくて...
■5
「あー、もう! 考えるな!」
だったら、もうこれ以上悩んだって何にもならない。どうし...
今まで通り、使い魔としてルイズの世話をしてればいい。少...
美味い食事を食わせてくれるんだし、寝るとこはあてがってく...
「まぁでも、そう簡単に割り切れるもんじゃねーよなぁ……」
薄暗くなってきた空の下で、一人ごちる。少なくとも、今す...
あいつと顔を合わせる気にはなれなかった。もう、今までと同...
でも、いつまでも外で座ってるわけにもいかない。夜は寒い...
そんなことを考えていたら、腹の虫がぎゅるると鳴いた。落...
ルイズの部屋を飛び出してから何も食べていないので、仕方な...
「……サイトさん?」
そんな時、傷心だし帰る気にもなれないし空腹だしで惨めの...
朗らかな声が呼んだ。ボロボロの心に染み入るような声の方へ...
「どうされたんですか? こんなところで」
そこにいたのは、学院のメイドであるシエスタ。俺がこの世...
何かと気遣ってくれる女の子。シエスタは、壁際に縮こまって...
心配そうな表情を見せてくれた。
「いや、別に、何でも」
俺を立派な人だとか、憧れだとか言ってくれるシエスタに、...
作り笑いを浮かべて安心させようとしたところで、再び俺の腹...
シエスタはその音を聞いて目を丸くした後、可愛く苦笑する。
「ひょっとして、またミス・ヴァリエールにご飯を抜かれてし...
「いや、えーと、その……なんていうか」
恥ずかしさに慌てて手を振ると、シエスタは小走りで隣まで...
「遠慮することなんてありませんよ。今ならまだ夕食の準備で...
厨房で何かご馳走させてあげられます。……来てください、ね?」
微笑んで、シエスタは座り込んだ俺に手を伸ばす。思わずそ...
鼻の奥がツンと痛くなった。シエスタの優しさが、人懐っこそ...
それはまるで、くたくたに疲れた全身を、熱い湯船の中に沈...
「どうですか? サイトさん。ありあわせのもので、申し訳な...
「いや、十分すぎるよ。美味い。滅茶苦茶美味い」
厨房のテーブルで、シエスタが残り物を組み合わせて作って...
マジで泣けるくらい美味しい。お腹が空いてたっていうのもあ...
いうのもある。けど、今の俺には、シエスタのかけてくれた気...
「そんな、褒めすぎですよ。でも、お世辞でも嬉しいです」
「いや、お世辞じゃな……もごっ」
「あ、もう。ほら、そんなに急いで食べなくても、料理は逃げ...
がっついて食べながら話していたので喉に詰まらせてしまっ...
差し出して、背中をトントン叩いてくれた。
「ぷはっ、ふぅ……ありがとう、シエスタ」
「いえ、いいんですよ、このくらい」
あっという間に食べ終わり、シエスタの方をじっと見つめて...
照れくさそうに笑った。メイドらしい、控えめな態度。けど、...
シエスタの本性から来るものなのだろう。愛嬌があって、見る...
■6
「サイトさん、何かあったんですか?」
しばらく食休みをしていると、シエスタは俺にそんな言葉を...
「え……何かって、何が?」
ぎくっとしてとぼけると、シエスタは真剣な表情で俺に詰め...
「サイトさん、落ち込んでるように見えます。
何かあったのでしょう。ミス・ヴァリエールに無体なことをさ...
鋭い。なんという洞察力。これが女のカンというやつなんだ...
その黒い瞳に見つめられて、これ以上嘘をつくことができな...
「うん……実は、ちょっとルイズと顔合わせにくい事情ができち...
照れ隠しに頭を掻きながら、そう白状する。シエスタは、そ...
という風に深いため息をついた。
「また、無茶なことをされたのですね。いくら平民だからって...
いいなんて法はありませんのに……」
「いや、今回は俺に非があるんだけどね」
シエスタは、少しだけ考え込む様子を見せてから、何かひら...
なぜか、その瞳がちょっとだけ怪しい色に輝く。
「……サイトさん、今日の夜、お風呂をご一緒してもいいですか...
頬を染めて、お盆で口元を隠しながら、シエスタはおずおず...
「え、お風呂!?」
急な提案に、驚く。確かに、何日か前、ひょんなことから俺...
シエスタを入れてあげることになってしまった。
その時は、シエスタの服が濡れてしまったハプニングのせい...
「えーと、あの風呂に入りたいなら、俺と一緒じゃなくても」
「でも、わたし、一人でああいうお風呂に入ったことないから...
シエスタはもじもじと体を揺する。そのメイド服の下に隠れ...
思い出してしまい、頭が一気に熱くなる。
シエスタとお風呂。シエスタの体。それに、あの時風呂から...
『一番素敵なのは、あなたかも』なんて台詞。
それらが鮮明に蘇る。そそ、それは。そのお誘いは。ただ”お...
”俺と一緒にお風呂に入りたい”というお願いなのではないでし...
「あ、あああ、その……うん、わかった。シエスタの仕事が終わ...
頭で考える前に、口がそんな言葉を勝手に喋る。シエスタは...
「は、はいっ! 楽しみにしてます! ……それじゃ、そろそろ...
さよなら、と言ってシエスタは足早に立ち去った。後に残さ...
夕食の準備に厨房に入ってくるまで、その場にぼけーっと座り...
「お待たせしました、サイトさん」
その日の夜。結局、俺はルイズの部屋に戻ることなく時間を...
ちょうど、釜の中のお湯が温まったあたりで、月明かりと薪...
シエスタがやってきた。
「あ、ちょうど良かった。今入れるようになったばっかりだか...
「そうですか。良かったです」
既に部屋に戻って着替えてきたのか、シエスタの格好はいつ...
毛糸の温かそうな上着を羽織った姿だった。
見慣れない……そして、メイドではなく、一人の女の子である...
ついドキドキしてしまう。今までにルイズやキュルケの寝巻き...
俺にとって馴染み深い日本人の女の子に雰囲気が似ていて、生...
「えっと……それじゃ、入ろうか」
妙に落ち着いた声でそう言う俺に、はにかんで頷くシエスタ...
女の子と一緒にお風呂入るんだぞ? ただ事じゃないぞ? な...
みたいな演技してるんだ?
でも、冷静に考えて常識的な判断をしたら、一緒にお風呂に...
だから、俺は……きっとシエスタも、このよくわからない演技を...
■7
「はぁ……やっぱり、気持ちいいです」
シエスタのうっとりとした声が背後から聞こえ、湯の中で温...
二人で背中を向け合って服を脱ぎ、体を洗って、風呂に入っ...
体がさっぱりしたのはいいのだが、ぜんぜんリラックスできる...
だって、すぐ後ろには、脱いだらすごいシエスタが裸でいる...
先日も一緒に入ったシエスタの肢体が思い出される。湯気に...
濡れて上気し、艶めかしい雰囲気を放つ肌。恥ずかしげな表情...
ああ、見たい。また見たい。あの時みたいに、こっち向いて...
なんて言ってくれないだろうか。そんな、人としてちょっと終...
「月が綺麗ですね、サイトさん」
そんな煩悩満載のところへ聞こえてきたシエスタの言葉につ...
ふたつの月の輝きも綺麗だったが、それより、星が無数に散ら...
電気による灯りのせいで、夜でも星があまり見えない日本の空...
見惚れるほど綺麗ではあったけど、自分は異世界にいるんだ...
「お風呂に入りながら夜空が見られるなんて、貴族の方でもそ...
「ああ、そうかもな」
「えーと……あ、あれがグリフォン座ですね。となりがフクロウ...
星を見ているらしいシエスタが、聞き覚えのない星座の名前...
よくわからないけど、見える星の並びや、星座の名前も地球と...
「あ、あれがイーヴァルディ座ですよ。今日はすごく良く見え...
「え、どれ?」
確か、この世界で童話とかになってる勇者の名前だっけ。ど...
「赤い月の横です。剣と槍を構えているように見える」
「んー、よくわかんないな」
「ほら、あれですよ」
俺が星空を見渡してきょろきょろしていると、シエスタの声...
「え?」
シエスタの手が俺の顎に当たって、角度を調節してくる。当...
星座の位置を教えてくれてるんだろうけど、そんなことより...
シエスタ、俺の背中に寄り添うみたいな格好になってる。顔...
背中になんかやわらかいの当たってる。ナニコレ。やーらかい...
「シっ、シシシシシシシエシエ?」
歯をかちかち鳴らしながら、やっとのことでそう言う。シエ...
吐息が聞こえるくらい近くへ顔を寄せてきた。
「……サイトさん……」
耳元で、囁かれる。ぞくぞくぞくっ、と背筋が縮み上がる。...
「な、なに?」
聞くと、シエスタはそのまま顎を俺の首筋へ乗せてきた。思...
「……わたしの体、魅力ありませんか?」
寂しそうな、シエスタの声。何ですかそれ。これだけえっち...
そんなん、拳銃を突きつけておいて『怖いですか?』って聞く...
「あっ、あああるアルヨ。何言ってんの。シエスタは可愛いし...
最後のはちょっとまずかったか。だけど、シエスタはそれを...
「じゃあ……どうして、見てくれないんですか?」
「ど、どうしてって、そんなの……」
「そんなの?」
俺の首に顎を押し付けたまま、小さく首をかしげるシエスタ...
「わ、わかるだろ? 男が、魅力的な女の子の裸なんてじろじ...
「……わかります。わかってて、サイトさんと一緒にお風呂に入...
シエスタの言葉が、すぐには理解できなかった。頭が煮えす...
「サイトさんとだけですよ? こんなことして平気なの」
シエスタは、泣きそうな声でそう言った。それって。それっ...
おかしい。なんかおかしい。これも夢なんじゃないの?
■8
「サイトさん……わたし、こんなにどきどきしてるんです……倒れ...
これ以上……恥をかかせないでください。嫌なら嫌って、言って...
俺の胸に両手が回され、ぎゅっと抱きしめてくる。背中に、...
形を変え、その奥から言葉どおりに早鐘を打つ鼓動が伝わって...
夢なはずがない。そして、嘘や冗談なわけもない。この温も...
シエスタは、俺を慕ってくれてる。信頼してくれてる。ここ...
許してくれると言ってる。
人として、友人として、異性として。メイジに召還された使...
平賀才人である自分を。それは、同情でも愛想でもなく、俺が...
優しいシエスタ。いつも笑顔を見せてくれるシエスタ。とき...
俺の中で、シエスタへの愛しさがどんどん膨らんでいく。つ...
実はいやらしい体つきなんかばっかり意識してたけど、それよ...
甘美な感触はそれはそれで意識しっぱなしなんだけど──シエス...
自分でも驚くくらいに大きくなってくる。
「シエスタっ!」
「あっ……!」
俺はシエスタの方を振り向いた。すぐ目の前にいる彼女は、...
「シエスタ、俺……」
もう一度名前を呼ぶと、シエスタは小さく微笑んで、目を閉...
可愛らしくて、男の情欲に火をつけるしぐさ。
俺は、その顔に自分の顔を寄せて……寄せて、色っぽく茜がさ...
「……え……?」
シエスタは不思議そうな声を上げて、目を開けて俺を見る。...
俺も、よく自分で自制できたと思う。でも、やっぱり、ここ...
だって、それは、逃避のような気がしたから。ルイズの事で...
シエスタが癒してくれて。だから、今までよりも強くシエスタ...
シエスタは可愛い。いい子だと思う。日本にいたときに、こ...
ふたつ返事で恋人になってる。いや、日本ではモテなかったか...
でも、今の俺がシエスタをどうにかしてしまったら……それは...
そんなことにならないだろうか。俺の気持ちに、そんな要素が...
いけない。そんな気持ちを疑ってしまっているうちは、でき...
「ごめん……俺、シエスタは凄く魅力的だし、このままどうにか...
でも、今、勢いでそんなことするわけにはいかない」
言ってる途中に、首筋がピクピクいった。体の方は完全に今...
でも、これだけはゆずるわけにはいかない。それこそ、俺が...
「サイトさん……」
「でっ、でも、それは俺がシエスタを大事にしたいって、こう...
思ってるからで! だからこそ必死で我慢してるっていうか、...
俺がしどろもどろになってわけのわからないことをのたまっ...
「……ありがとう、サイトさん。嬉しいです。ひょっとしたら、...
「シエスタ……」
「わたし、待ってます。いつでも。……でも、あんまり待たせた...
迫っちゃうかもしれませんよ?」
シエスタは悪戯っぽくウインクした。そして、「ちょっとの...
湯船から上がる。その姿を見ないように慌ててまた背中を向け...
体を拭いて、お互い服を着直す。そこで、はたと気付いた。...
これからルイズの部屋に帰らなければならないのだろうか。今...
風呂に入る前よりもずっと帰りにくい。
どうしようと頭を抱えかけたところで、シエスタが、まるで...
「あの……厨房でミス・ヴァリエールと顔を合わせにくいって聞...
他の部屋に移ってもらったんです。……もし、良かったら……わ、...
つづく
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