ゼロの使い魔保管庫
[
トップ
] [
新規
|
一覧
|
単語検索
|
最終更新
|
ヘルプ
]
開始行:
[[前の回>16-433]] [[一覧に戻る>Soft-M]] [[次の回>X00-05]]
**ゼロの飼い犬7 月の涙(前編) ...
■1
「うーむ、手に入りさえすれば相当な価値があるものなんだろ...
「モノがどんなものなのか曖昧だし、リスクも大きすぎるわ」
安宿の一室。
ギーシュとキュルケがテーブルの上に並べた宝の地図やメモ...
この世界の宝の価値などに疎い俺は、ベッドに腰掛けてその...
シエスタも俺と同様に座り込んで手持ちぶさたにしており、...
例によって本を開いて読みふけっている。宝になどまるで関心...
現在、俺とシエスタ、キュルケにギーシュにタバサの5人は...
宝探しに来ている。ルイズに使い魔をクビにされ、本格的に学...
くすぶっていた俺に、キュルケが宝探しでの一攫千金を提案し...
何件かキュルケの持っている宝の地図や情報のポイントをあ...
ほとんどがガセネタもしくは大した物ではなく、ほとんど実入...
そして、キュルケが何度目かの「コレこそは!」という言葉...
ネタを頼りに、この山間の小さな町までやってきたのだが。
「やっぱ、ちょっとこれを探しに行くのは現実的じゃないわね。
スパっと見限って、こっちの『ブリーシンガメル』をみつけに...
「口惜しいが、その方が賢明だね」
キュルケとギーシュの相談は、この近くにあるという『月の...
諦めるという方針で決定したようだった。
キュルケの持っていた『月の涙』のネタによれば、そのお宝...
谷に存在しているらしかった。
そこで、今朝、この町までやってきた俺たちは、まず『月の...
情報を集めることとなった。
手分けして町の住民に聞いた情報を集めると、キュルケのネ...
していなかった『月の涙』がどういったものなのか、大体はわ...
『月の涙』は宝物というよりも、稀少な秘薬の一種であるら...
その秘薬は、あらゆる毒の効果を打ち消し、治癒することが...
この辺りの地域ではそれなりに有名な話ではあるが、実際に...
したことがある者はいない。ただのおとぎ話か、伝承に過ぎな...
その『月の涙』は、村から少し離れたところにある深い谷の...
とまぁ、こんなところだった。
しかし、情報はある程度集められたものの、キュルケやギー...
問題点が二つあった。
ひとつは、『月の涙』が貴重で、手に入ればかなりの価値が...
その実体がはっきりしないこと。秘薬というだけに、植物なの...
体の一部なのか。そして、そのまま薬として使えるのか、加工...
そういった具体的な情報がまったくと言っていいほど手に入...
もうひとつは――こっちがとても大きい問題なのだが――『月の...
非常に危険だということ。
『月の涙』があるという谷には、かなり強力な幻獣が棲んで...
しかも、その幻獣は怪鳥の一種。いくらこっちに魔法使いや風...
谷という明らかにあちらに有利、こちらに不利な地形で出会っ...
このふたつの理由から、探すのは危険。危険を乗り越えても...
さらには本当に存在するかどうかすらわからない宝を探しにい...
割りに合わないということで、悔しいけども『月の涙』は諦め...
■2
この晩は町の安宿で過ごすことになり、明朝、次のお宝を探...
ふたつとった部屋で男女に分かれて床に就き、灯りを消した。
けれど、俺はなかなか寝付くことができずに、窓の外を眺め...
「こんなんでいいのかなぁ……」
隣のベッドの上で暢気に眠りこけているギーシュの寝息を聞...
「宝が見つかりそうもねぇことかね?」
窓の脇の壁に立てかけたデルフリンガーが、俺の独り言を聞...
「それもあるんだけどさ、何て言うか、宝探しなんてしてる場...
「まぁ、見つかんなくても、前にも言ったとおり相棒なら傭兵...
何なら、メイドの娘っ子を嫁にもらって、ブドウでもワインで...
どうも、デルフは俺の心配している事をちょっと勘違いして...
「そういうんじゃなくて……」
月の光にかざして、自らの左手のルーンを見る。ルイズに”ク...
それでこのルーンが消えたわけじゃない。俺はまだルイズの使...
「貴族の娘っ子のことかね? まぁ、使い魔なら気になっても...
しっかし、使い魔をクビにする主人ってのも聞いたことねえや。
そんなことしたって主人の方が単純に損こくだけなんだがねえ」
デルフの言葉に、少し胸が痛む。一方的にクビだなんて言っ...
ルイズの方だけど、彼女は俺がいなくなって、使い魔無しのメ...
もともと魔法も使えないのに。それこそゼロのルイズだ。
「っていうか、それくらいわかっててクビにしたんだよな?」
急に不安になってきた。あいつのことだから、勢いで後先考...
俺を放り出した可能性も十分にある……いや、十中八九そうなん...
そんな風に、ルイズの事を心配している自分が不思議だ。
だって、ルイズは俺の事を完全に犬扱いしてて、人間じゃな...
それなのに、俺がシエスタの所に泊まったという話を聞いて...
言ってきた。なにそれ。無茶苦茶だ。俺を男として見てないく...
何かしたら許さない。クビにまでしたってことは、使い魔失格...
俺はともかく、シエスタまで犬扱いするのは申し訳ないけど...
仲良くすることを禁じるか? わけがわからない。
――いや、待てよ。地球でも、”愛犬”を飼い主の都合で去勢し...
その理屈でいくと、本気で許さないとか思ってることもあり得...
恐ろしい想像に、腰の辺りが寒くなった。止めよう。考える...
まぁとにかく、勝手にクビにしたルイズの方に明らかに非が...
だから、俺があいつのことを心配して気に病む必要なんてない...
なのに、やっぱり気になる。こんなことしてていいのかなん...
それって、つまり……。
ぶんぶんと頭を振る。これだ。こんな事を考えてしまうから...
シエスタの気持ちに応えるわけにはいかなかった。シエスタに...
そのくせ、シエスタにあーんなことをされてしまって、拒め...
最低だ。終わってる、俺。
でも、シエスタの事を可愛いと思うし大事にしたいと思うの...
しかも献身的だし、時々ものすごいえっちぃ雰囲気させてく...
あれで拒めっていう方が無理です。そんな風に自分の中で言...
■3
鬱思考のスパイラルに陥りかけたところで、窓の下に見える...
小柄な人影が歩いている姿が目に入った。
こんな夜ふけに子供が? と思ってよく見ると、その影は身...
タバサだ。キュルケの友達だけど、キュルケとは正反対の外...
まるで中学生かそれ以下に見えるくらい小さく、無口で無表情...
隣の部屋でキュルケやシエスタと一緒に寝ているはずなのだ...
つまり、彼女はこっそり抜け出して一人でどこかへ行くつもり...
気になる。俺はシャツの上にパーカーを着ると、デルフを掴...
「こんな時間にどこ行くんだ?」
俺はルーンの力を借りて急いで走って、タバサに追いついて...
タバサは、静かに振り向いた。透き通るような青い髪と雪の...
眼鏡の奥の、宝石のようなこれまた蒼い瞳が月の光に照らされ、
神秘的と言っていい程の美しさを放っている。
見た目が幼すぎるし顔を見て話したことがほとんど無かった...
ルイズに勝るとも劣らないくらい綺麗な女の子だ。
その、精巧な人形のような整った顔の表情を崩すことなく、...
「宝探し」
いたって簡潔な一言。面食らってしまう。
「宝探しって、一人でか? ここの宝を探すのは危ないんだろ...
「シルフィードは連れて行かない。怪我させるわけにいかない...
それに、この場合わたし一人の方が安全」
タバサは、淡々と答えた。タバサの風竜に危険な事はさせな...
皆で決めたことだった。だから、それは守っている。
そして、タバサがその外見とは裏腹に、明らかにギーシュ以...
キュルケよりも魔法や戦闘に長けていることは今までの付き合...
だから、足手まといになるかもしれない人間と一緒よりは、...
冷静な判断を述べたつもりなんだろうけど……。
「明日の朝までには戻る。手紙も置いておいた」
タバサは、必要なことは伝えたとばかりにくるりと俺に背を...
彼女の言葉はもっともだ。嘘はついていない。けど、どうし...
『月の涙』を探しにいきたいのかがわからない。
タバサは、キュルケの付き合いでこの宝探しに来たはずなの...
宝物だの金品だのに執着するタイプには思えない。
具体的にどんなものなのかもはっきりしない、本当にあるか...
彼女にはどうしても必要なのだろうか。
普段、何を考えているのかわからないタバサ。その彼女が、...
勝手な独断専行をしてもやらなければならないと思っているこ...
「待った」
呼び止めると、タバサは半身で振り向いて杖を軽く構えた。
これ以上無理に引き留めたら、魔法で眠らされたり気絶させら...
あくまでも静かなたたずまいに、そんな迫力が感じ取れる。
「ちょ、魔法は簡便な。……俺も一緒に行くから」
タバサは、僅かに目を細めた。ほんの少しだけど、今日、初...
「わたし一人でいい」
「いや、君がよくても俺はそうはいかない。タバサが一人で手...
俺の分け前が減るだろ?」
冗談めかして笑いながら、そう言う。まるっきりの嘘ではな...
タバサは、その言葉の裏の、俺の気持ちを読み取れたようだ...
■4
「それとも、邪魔か? そうでないのに一人で行きたいってい...
今すぐ宿に戻ってみんなにこのこと伝えるぞ」
だめ押しの脅し。タバサは俺の顔と、俺が手に持ったデルフ...
小さく息をついて、「ついてきて」とだけ言った。
夜の山道を30分ほど歩き、問題の谷にやってきた。
夕闇の中、やや開けた山道が突然途切れ、大地が突如割り開...
切り立った崖がぱっくりと口を開けている。
反対岸までは約100メートルほどの距離。深さは……底は河...
ほとんど見えず、目算もつかない。
ディアマン渓谷。ここへ来るまでに、タバサからこの谷のこ...
ハルケギニアでも指折りの深さの谷であり、この谷の底を流...
ガリア国内の山中を源流として国境を越えトリステインを縦断...
そして、この谷の岸壁には、ルフ鳥という怪鳥が巣を作り、...
ルフ鳥は翼を開いた状態で差し渡し20メートルはある巨大...
機敏な動きで空を舞う。鋭いクチバシや爪は筋力と相まって一...
しかもそんじょそこらのメイジを軽く凌駕する威力で風を操る...
さらに、そのルフ鳥がなぜこんな谷にいるのかというと、繁...
岸壁に作った巣の中に卵を産み、雌が温める。その間、つが...
守りつつ、巣で待つ雌のために餌をとってくる。肉食であり、...
ルフ鳥はこの時期、もっとも警戒心が強く、縄張りを侵す他...
そんなルフ鳥が、各々のつがい同士で縄張りがかち合わない...
この谷の岸壁に満遍なく、多数で巣を作っている。その巣ひと...
「……っていうか、止した方がいいんじゃないの?」
ルフ鳥がいかに脅威であるかということと、この谷に踏み込...
危険であるかということを淡々と説明するタバサに、俺は引き...
この谷の底まで降りて宝を探すとか、無謀にも程がある。
ルフ鳥が怖いのは繁殖のシーズンに限るのだから、せめて何...
そういう手段をとればいいのに。俺がタバサにそう言うと、
「得られた情報から推察すると、『月の涙』は入手できる時期...
ルフ鳥が危険である時期にしか手に入らないからこそ、その実...
そんな答えが返ってきた。夕べ、みんなで集めた情報をまと...
タバサはそんなことは言わなかった。言うべきでないことは隠...
「ってことは、要するに『月の涙』を探しに来た人間がことご...
誰も『月の涙』について詳しいことは知らないっていうことだ...
「そうなる」
こともなげに答えるタバサ。もう呆れるしかない。
「悪いことは言わないから帰ろうぜ」
「あなたは帰ってもいい」
無駄だろうなぁと知りつつ言うと、やっぱりタバサは簡潔に...
俺が帰っても、予定通り一人でこの谷に挑むつもりだ。
「あー、嘘嘘。俺も行くってば。で、どうすんの? いきなり...
「作戦を説明する」
タバサは俺の方を向いて口を開いた。
■5
危険な幻獣がいる地域に足を踏み入れる場合、身を守る手段...
ひとつは幻獣に出会っても倒すもしくは逃げること。もうひ...
ここでは、後者の手段をとる。平地で出会っても危険である...
対峙するのは死と同義に近い。ならば、戦闘そのものを避ける...
シルフィードを使わないのと少人数で来たのは、後者の手段...
風竜が谷の中に入ったら、まず間違いなくルフ鳥に察知され...
多人数でぞろぞろ来ても同じ。気取られる可能性が上がるだけ。
そして、『フライ』もしくは『レビテーション』を使って谷...
ルフ鳥は特に魔法による大気の乱れに敏感であり、さらにメ...
認識しているため、察知されやすい。
一気に谷底まで飛び降りてしまうことも不可能ではないが、...
『メイジが縄張り内に進入した』ことに気付いてしまうため、...
だから、ここで取るべき作戦は、極めて微弱な魔法で自分達...
慎重に岸壁を降りるというものらしかった。
「わかった?」
「あ、ああ……」
全てを説明し終わったタバサに、俺は少々たじろぐ。この谷...
含めて、タバサは要点をふまえたわかりやすい解説を、すらす...
普段ほとんど喋らないから、他人と話すのが苦手なのだと思...
むしろ、焦るとわけのわからない事を言い始めるルイズなんか...
この少女は、喋れないわけではなく、喋らないだけ。
なぜだろう。こんな時なのに、目の前の女の子の内面が気に...
「じゃあ、ここから降りる。言ったとおり、先をお願い。……協...
あらかじめ岸壁の様子を見て選んだ、降りやすそうな場所を...
さすがのこの少女もロッククライミングの技術は無いらしく...
身が軽くなっている俺が先に岸壁を下り、安全ならばタバサを...
頷いて返すと、タバサは小さく呪文を呟いて杖を振った。体...
これで匂いや気配が遮断されたらしい。それでもなるべく物音...
俺は谷底へと降り始めた。
慎重にルートを吟味し、そろそろと崖を降りていく。
なかなか先へ進めない。岸壁はわりとデコボコしており、手...
俺一人ならばするすると岸壁を降りていけるのだが、俺は『タ...
を探しつつそこを降りなければならない。
少し進んでは手振りでタバサを呼ぶ。彼女が降りるのは厳し...
そんなことをしながらなので、まるでイモムシが壁を降りてい...
でも、タバサの表情は真剣そのもの。小さな体や細い手足で...
仮にミスして落下しても、メイジの彼女なら墜落することはな...
ルフ鳥に見つかるということになり、命の危険に繋がる。
けれど、彼女の姿は、命を賭けているからというだけではな...
使命感のようなものが与えられて必死になっているように見え...
そもそもタバサがここへ来たのは、どうしても『月の涙』が...
その理由は聞いても答えてくれなかったけど、ただ事ではない...
言えないなら、聞かない。だって、この少女はアルビオンへ...
俺やルイズを助けてくれた。ほとんど話もしておらず、お互い...
だから、その恩返しをするのなら、俺の方も理由に問わず彼...
■6
まぁ、そんな理屈つけなくても、ほっとけるわけないけどな...
タバサを見ていると、恩返しとかそれ以前の問題だと気付く。...
こんな小さい子が危ないことしようとしてるのに放っておける...
視線に気付いて、タバサは俺と目を合わせた。その額には、...
汗が光っている。岩肌を掴む手も震えている。体力的にそろそ...
俺は、あらかじめあたりを付けていた大きめの足場まで移動...
その状態でタバサに手を伸ばした。タバサは俺の意図を理解し...
その手を掴む。俺はタバサの小さな体を引き、抱き留めた。
「ふぅ、ふぅ、はぁ……」
いつも涼しい顔をしているタバサだが、さすがに息が乱れて...
疲労だけでなく、握力なども限界に近かったようだ。やはりど...
いや、魔法が得意だからこそ? 体力面では外見相応の少女と...
「……ありがとう」
タバサは俺の胸に体を預けながら、小さく呟いた。
「声、出しても大丈夫なのか?」
「これくらいなら遮断できている」
小声で聞くと、タバサはそう返した。どうやら、ちょっとし...
顔を上げて今まで降りてきた分を再確認する。約20メート...
タバサの魔法で飛び上がれば逃げ切れるかもしれない。
けれど、降りれば降りるほど、逃げるという手段がとりにく...
「俺がタバサを背負って降りるっていうのはどうだ? その方...
「それも考えた。けど、敵に見つかった時に行動が制限される」
「けど、どっちにしろ見つかったら危険なんだろ? だったら...
そこまで会話した時、頭上で嫌な気配がした。咄嗟に見上げ...
岩が、岸壁から剥がれて落っこちてくる光景が目に飛び込む。
「まず……!」
当たったら怪我じゃ済まない大きさだ。俺一人だったら避け...
けど、足場が悪い上に今はタバサを抱えている。
デルフで防ぐか? しかし、弾いた岩がタバサにぶつかる可能...
俺が一瞬迷ってしまった間に、タバサが杖を振った。頭上で...
空中を移動してから、再び谷底に落下した。咄嗟に『レビテー...
でも、これは。腕の中のタバサを見下ろすと、僅かに顔を歪...
「……今の一瞬、匂いや物音の遮断が途切れた」
「だよな……」
ふたつ同時に魔法は使えない。だから、「気配を消しながら...
といったことができないのだ。けれど、今の一瞬、タバサはレ...
解かなければならなかった。もしその一瞬をルフ鳥が気取るこ...
そう時間を置かずに、風を切る大きな羽音が聞こえてきて、...
やっぱり、見つかってしまったらしい。あの一瞬で。とんでも...
月の光だけが照らす闇の中に、一層黒い影が現れた。シルエ...
遠近感が狂ったのじゃないかと思えてしまう。それくらいでか...
「嘘だろ……?」
冗談じゃ済まない状況なのに、思わず口元が引きつる。
「相棒! メイジの娘の補佐に回れ!!」
俺が呆然としている間に、デルフが叫んだ。いつになくマジ...
わかってるってことだ。その声に、はっとして頭の中を切り替...
■7
「抑えてて」
タバサは体をルフ鳥の方へ向け、杖を構え詠唱に入る。俺は...
後ろから片手で抱き留めた。
呪文が完成する前に、ルフ鳥の影が俺たちから距離を取り、翼...
次の瞬間、猛烈な風圧が俺たちを襲った。意志と関係なく足...
風で空中に投げ出してからクチバシや爪でトドメをさすつもり...
俺は、その突風から逃げるようにタバサを抱えたまま岸壁を駆...
数メートル上の足場まで移動した。
そこで詠唱が完了したらしい。タバサが杖を持っていない方...
俺がタバサを抱いていた手を緩めると、タバサは岸壁を蹴っ...
十本近い氷の矢――ウィンディ・アイシクルといったか――をルフ...
巨大なぶん的も大きいはずのルフ鳥だったが、その矢の動き...
予測できているかのように、軽やかに氷の刃をかわす。
避けた所にもう一本、それをかわした死角にもう一本。
先の先を読んで放たれたタバサの攻撃呪文が、全て紙一重で回...
「ちっ、風をモノにしている幻獣相手に、風のメイジが挑むの...
デルフが舌打ち(どこが舌なのかは謎だが)する。空中で魔...
今俺がいる足場の数メートル下、ついさっきまで俺たちがいた...
ルフ鳥は、タバサが手練れであることを察したのか、ある程...
こちらの様子を伺っている。下手に動いたら、また突風をお見...
「あなたは崖の上まで逃げて」
タバサが呟いた。焦りの色が混じった声。俺を逃がしてルフ...
「んなことできるわけないだろ!」
「どうして」
その言葉に、カッとなる。さっきの呪文だって、俺が抱えて...
タバサは風に叩きつけられて詠唱が完成しなかった。つまり、...
そんな敵を相手にこんな所に放置していくってことは……タバ...
「どうしてもこうしてもあるか!」
崖を再び駆け下り、タバサを小脇に抱える。逃げるならこい...
「……そのまま登って」
タバサの言葉と同時に、体がふわりと軽くなった。ルフ鳥を...
自分の体ごと俺にレビテーションをかけたようだ。これにガン...
フライで上がるよりも速くなるということらしい。
「よしっ!」
そのまま、多少足を踏み外しても浮遊でどうにかなることを...
ルフ鳥の放つ暴風に翻弄されつつ、右に左に何とかいなす。あ...
崖の上にさえ登ってしまえば、あとは林に飛び込むなりなんな...
■8
だが、もう少しで崖の縁に手が届くという所で、ガクンと体...
タバサの押し殺したうめき声。タバサが、杖を手から放したの...
なぜ、と思う前に、俺の顔を掠めて何かが岩肌に突き刺さっ...
黒い、大きな羽。こんなものが人間の肌に刺さったら、矢で...
ルフ鳥が攻撃手段として放ったものらしい。これがタバサの手...
タバサが取り落とした杖は、ルフ鳥の起こした風に吹き上げ...
『レビテーション』の効果が無くなっただけなら。それを前...
しかし、レビテーションによる浮遊を考えにいれた上で崖を...
その時足をかける場所を用意しておらず、岸壁から引きはがさ...
落ちる。このままだと、岩に叩きつけられながら落下し、そ...
まずい、まずい、まずい。風景がスローモーションになった...
俺は、落ちるわけにはいかないという瞬時の意識からデルフを...
「止せ! 刺すな相棒!!」
突き刺し、そこにぶら下がった。
だが、それを行うか行わないうちに聞こえたデルフの声が正...
片手はタバサを抱えているので塞がり、もう片手は壁に突き...
その状態で、ルフ鳥は巨大な鋭いクチバシを構え、俺のデル...
このままでいたら、腕をずたずたにされた上で落下する。
手を放しても、もちろん落下する。
手詰まり。俺の頭の中を絶望の二文字が埋め尽くす。
俺は、デルフを握っていた手を放し、岸壁を蹴って跳んだ。...
だったら岸壁の岩にぶつかることはない距離まで跳ぶ。
空中に投げ出された俺とタバサをめがけ、ルフ鳥が方向転換...
ただ落下したのだったら、途中でこの鳥畜生に捕まる。だから...
ガンダールヴの力は、得物を手から放したからといってすぐ...
まだ力の余韻が残っているうちに襲ってきてくれて助かった。
俺は空中で身を捻り、クチバシを大きく開いて突進してきた...
渾身の力でかかと蹴りを叩き込んだ。
「ギアアアァァァァァァァーーーッ!!!」
ルフ鳥は耳をつんざくような悲鳴を上げ、身をよじらせた。
高速で突っ込んできた相手へのカウンターになったため、ダ...
後は、”俺たちが墜落するまでの間”、このバケモノが回復しな...
「サイトっ……」
「黙ってろ!」
タバサの細い体を抱きしめ、小さな頭を抱える。魔法による...
失った俺の目に、ぐんぐん近付いてくる谷底がうつった。
この高さから落ちたら、例え水の上でも痛いんだろうなぁな...
俺とタバサは大きな水しぶきを上げて深い川の中へと沈んだ。
つづく
[[前の回>16-433]] [[一覧に戻る>Soft-M]] [[次の回>X00-05]]
終了行:
[[前の回>16-433]] [[一覧に戻る>Soft-M]] [[次の回>X00-05]]
**ゼロの飼い犬7 月の涙(前編) ...
■1
「うーむ、手に入りさえすれば相当な価値があるものなんだろ...
「モノがどんなものなのか曖昧だし、リスクも大きすぎるわ」
安宿の一室。
ギーシュとキュルケがテーブルの上に並べた宝の地図やメモ...
この世界の宝の価値などに疎い俺は、ベッドに腰掛けてその...
シエスタも俺と同様に座り込んで手持ちぶさたにしており、...
例によって本を開いて読みふけっている。宝になどまるで関心...
現在、俺とシエスタ、キュルケにギーシュにタバサの5人は...
宝探しに来ている。ルイズに使い魔をクビにされ、本格的に学...
くすぶっていた俺に、キュルケが宝探しでの一攫千金を提案し...
何件かキュルケの持っている宝の地図や情報のポイントをあ...
ほとんどがガセネタもしくは大した物ではなく、ほとんど実入...
そして、キュルケが何度目かの「コレこそは!」という言葉...
ネタを頼りに、この山間の小さな町までやってきたのだが。
「やっぱ、ちょっとこれを探しに行くのは現実的じゃないわね。
スパっと見限って、こっちの『ブリーシンガメル』をみつけに...
「口惜しいが、その方が賢明だね」
キュルケとギーシュの相談は、この近くにあるという『月の...
諦めるという方針で決定したようだった。
キュルケの持っていた『月の涙』のネタによれば、そのお宝...
谷に存在しているらしかった。
そこで、今朝、この町までやってきた俺たちは、まず『月の...
情報を集めることとなった。
手分けして町の住民に聞いた情報を集めると、キュルケのネ...
していなかった『月の涙』がどういったものなのか、大体はわ...
『月の涙』は宝物というよりも、稀少な秘薬の一種であるら...
その秘薬は、あらゆる毒の効果を打ち消し、治癒することが...
この辺りの地域ではそれなりに有名な話ではあるが、実際に...
したことがある者はいない。ただのおとぎ話か、伝承に過ぎな...
その『月の涙』は、村から少し離れたところにある深い谷の...
とまぁ、こんなところだった。
しかし、情報はある程度集められたものの、キュルケやギー...
問題点が二つあった。
ひとつは、『月の涙』が貴重で、手に入ればかなりの価値が...
その実体がはっきりしないこと。秘薬というだけに、植物なの...
体の一部なのか。そして、そのまま薬として使えるのか、加工...
そういった具体的な情報がまったくと言っていいほど手に入...
もうひとつは――こっちがとても大きい問題なのだが――『月の...
非常に危険だということ。
『月の涙』があるという谷には、かなり強力な幻獣が棲んで...
しかも、その幻獣は怪鳥の一種。いくらこっちに魔法使いや風...
谷という明らかにあちらに有利、こちらに不利な地形で出会っ...
このふたつの理由から、探すのは危険。危険を乗り越えても...
さらには本当に存在するかどうかすらわからない宝を探しにい...
割りに合わないということで、悔しいけども『月の涙』は諦め...
■2
この晩は町の安宿で過ごすことになり、明朝、次のお宝を探...
ふたつとった部屋で男女に分かれて床に就き、灯りを消した。
けれど、俺はなかなか寝付くことができずに、窓の外を眺め...
「こんなんでいいのかなぁ……」
隣のベッドの上で暢気に眠りこけているギーシュの寝息を聞...
「宝が見つかりそうもねぇことかね?」
窓の脇の壁に立てかけたデルフリンガーが、俺の独り言を聞...
「それもあるんだけどさ、何て言うか、宝探しなんてしてる場...
「まぁ、見つかんなくても、前にも言ったとおり相棒なら傭兵...
何なら、メイドの娘っ子を嫁にもらって、ブドウでもワインで...
どうも、デルフは俺の心配している事をちょっと勘違いして...
「そういうんじゃなくて……」
月の光にかざして、自らの左手のルーンを見る。ルイズに”ク...
それでこのルーンが消えたわけじゃない。俺はまだルイズの使...
「貴族の娘っ子のことかね? まぁ、使い魔なら気になっても...
しっかし、使い魔をクビにする主人ってのも聞いたことねえや。
そんなことしたって主人の方が単純に損こくだけなんだがねえ」
デルフの言葉に、少し胸が痛む。一方的にクビだなんて言っ...
ルイズの方だけど、彼女は俺がいなくなって、使い魔無しのメ...
もともと魔法も使えないのに。それこそゼロのルイズだ。
「っていうか、それくらいわかっててクビにしたんだよな?」
急に不安になってきた。あいつのことだから、勢いで後先考...
俺を放り出した可能性も十分にある……いや、十中八九そうなん...
そんな風に、ルイズの事を心配している自分が不思議だ。
だって、ルイズは俺の事を完全に犬扱いしてて、人間じゃな...
それなのに、俺がシエスタの所に泊まったという話を聞いて...
言ってきた。なにそれ。無茶苦茶だ。俺を男として見てないく...
何かしたら許さない。クビにまでしたってことは、使い魔失格...
俺はともかく、シエスタまで犬扱いするのは申し訳ないけど...
仲良くすることを禁じるか? わけがわからない。
――いや、待てよ。地球でも、”愛犬”を飼い主の都合で去勢し...
その理屈でいくと、本気で許さないとか思ってることもあり得...
恐ろしい想像に、腰の辺りが寒くなった。止めよう。考える...
まぁとにかく、勝手にクビにしたルイズの方に明らかに非が...
だから、俺があいつのことを心配して気に病む必要なんてない...
なのに、やっぱり気になる。こんなことしてていいのかなん...
それって、つまり……。
ぶんぶんと頭を振る。これだ。こんな事を考えてしまうから...
シエスタの気持ちに応えるわけにはいかなかった。シエスタに...
そのくせ、シエスタにあーんなことをされてしまって、拒め...
最低だ。終わってる、俺。
でも、シエスタの事を可愛いと思うし大事にしたいと思うの...
しかも献身的だし、時々ものすごいえっちぃ雰囲気させてく...
あれで拒めっていう方が無理です。そんな風に自分の中で言...
■3
鬱思考のスパイラルに陥りかけたところで、窓の下に見える...
小柄な人影が歩いている姿が目に入った。
こんな夜ふけに子供が? と思ってよく見ると、その影は身...
タバサだ。キュルケの友達だけど、キュルケとは正反対の外...
まるで中学生かそれ以下に見えるくらい小さく、無口で無表情...
隣の部屋でキュルケやシエスタと一緒に寝ているはずなのだ...
つまり、彼女はこっそり抜け出して一人でどこかへ行くつもり...
気になる。俺はシャツの上にパーカーを着ると、デルフを掴...
「こんな時間にどこ行くんだ?」
俺はルーンの力を借りて急いで走って、タバサに追いついて...
タバサは、静かに振り向いた。透き通るような青い髪と雪の...
眼鏡の奥の、宝石のようなこれまた蒼い瞳が月の光に照らされ、
神秘的と言っていい程の美しさを放っている。
見た目が幼すぎるし顔を見て話したことがほとんど無かった...
ルイズに勝るとも劣らないくらい綺麗な女の子だ。
その、精巧な人形のような整った顔の表情を崩すことなく、...
「宝探し」
いたって簡潔な一言。面食らってしまう。
「宝探しって、一人でか? ここの宝を探すのは危ないんだろ...
「シルフィードは連れて行かない。怪我させるわけにいかない...
それに、この場合わたし一人の方が安全」
タバサは、淡々と答えた。タバサの風竜に危険な事はさせな...
皆で決めたことだった。だから、それは守っている。
そして、タバサがその外見とは裏腹に、明らかにギーシュ以...
キュルケよりも魔法や戦闘に長けていることは今までの付き合...
だから、足手まといになるかもしれない人間と一緒よりは、...
冷静な判断を述べたつもりなんだろうけど……。
「明日の朝までには戻る。手紙も置いておいた」
タバサは、必要なことは伝えたとばかりにくるりと俺に背を...
彼女の言葉はもっともだ。嘘はついていない。けど、どうし...
『月の涙』を探しにいきたいのかがわからない。
タバサは、キュルケの付き合いでこの宝探しに来たはずなの...
宝物だの金品だのに執着するタイプには思えない。
具体的にどんなものなのかもはっきりしない、本当にあるか...
彼女にはどうしても必要なのだろうか。
普段、何を考えているのかわからないタバサ。その彼女が、...
勝手な独断専行をしてもやらなければならないと思っているこ...
「待った」
呼び止めると、タバサは半身で振り向いて杖を軽く構えた。
これ以上無理に引き留めたら、魔法で眠らされたり気絶させら...
あくまでも静かなたたずまいに、そんな迫力が感じ取れる。
「ちょ、魔法は簡便な。……俺も一緒に行くから」
タバサは、僅かに目を細めた。ほんの少しだけど、今日、初...
「わたし一人でいい」
「いや、君がよくても俺はそうはいかない。タバサが一人で手...
俺の分け前が減るだろ?」
冗談めかして笑いながら、そう言う。まるっきりの嘘ではな...
タバサは、その言葉の裏の、俺の気持ちを読み取れたようだ...
■4
「それとも、邪魔か? そうでないのに一人で行きたいってい...
今すぐ宿に戻ってみんなにこのこと伝えるぞ」
だめ押しの脅し。タバサは俺の顔と、俺が手に持ったデルフ...
小さく息をついて、「ついてきて」とだけ言った。
夜の山道を30分ほど歩き、問題の谷にやってきた。
夕闇の中、やや開けた山道が突然途切れ、大地が突如割り開...
切り立った崖がぱっくりと口を開けている。
反対岸までは約100メートルほどの距離。深さは……底は河...
ほとんど見えず、目算もつかない。
ディアマン渓谷。ここへ来るまでに、タバサからこの谷のこ...
ハルケギニアでも指折りの深さの谷であり、この谷の底を流...
ガリア国内の山中を源流として国境を越えトリステインを縦断...
そして、この谷の岸壁には、ルフ鳥という怪鳥が巣を作り、...
ルフ鳥は翼を開いた状態で差し渡し20メートルはある巨大...
機敏な動きで空を舞う。鋭いクチバシや爪は筋力と相まって一...
しかもそんじょそこらのメイジを軽く凌駕する威力で風を操る...
さらに、そのルフ鳥がなぜこんな谷にいるのかというと、繁...
岸壁に作った巣の中に卵を産み、雌が温める。その間、つが...
守りつつ、巣で待つ雌のために餌をとってくる。肉食であり、...
ルフ鳥はこの時期、もっとも警戒心が強く、縄張りを侵す他...
そんなルフ鳥が、各々のつがい同士で縄張りがかち合わない...
この谷の岸壁に満遍なく、多数で巣を作っている。その巣ひと...
「……っていうか、止した方がいいんじゃないの?」
ルフ鳥がいかに脅威であるかということと、この谷に踏み込...
危険であるかということを淡々と説明するタバサに、俺は引き...
この谷の底まで降りて宝を探すとか、無謀にも程がある。
ルフ鳥が怖いのは繁殖のシーズンに限るのだから、せめて何...
そういう手段をとればいいのに。俺がタバサにそう言うと、
「得られた情報から推察すると、『月の涙』は入手できる時期...
ルフ鳥が危険である時期にしか手に入らないからこそ、その実...
そんな答えが返ってきた。夕べ、みんなで集めた情報をまと...
タバサはそんなことは言わなかった。言うべきでないことは隠...
「ってことは、要するに『月の涙』を探しに来た人間がことご...
誰も『月の涙』について詳しいことは知らないっていうことだ...
「そうなる」
こともなげに答えるタバサ。もう呆れるしかない。
「悪いことは言わないから帰ろうぜ」
「あなたは帰ってもいい」
無駄だろうなぁと知りつつ言うと、やっぱりタバサは簡潔に...
俺が帰っても、予定通り一人でこの谷に挑むつもりだ。
「あー、嘘嘘。俺も行くってば。で、どうすんの? いきなり...
「作戦を説明する」
タバサは俺の方を向いて口を開いた。
■5
危険な幻獣がいる地域に足を踏み入れる場合、身を守る手段...
ひとつは幻獣に出会っても倒すもしくは逃げること。もうひ...
ここでは、後者の手段をとる。平地で出会っても危険である...
対峙するのは死と同義に近い。ならば、戦闘そのものを避ける...
シルフィードを使わないのと少人数で来たのは、後者の手段...
風竜が谷の中に入ったら、まず間違いなくルフ鳥に察知され...
多人数でぞろぞろ来ても同じ。気取られる可能性が上がるだけ。
そして、『フライ』もしくは『レビテーション』を使って谷...
ルフ鳥は特に魔法による大気の乱れに敏感であり、さらにメ...
認識しているため、察知されやすい。
一気に谷底まで飛び降りてしまうことも不可能ではないが、...
『メイジが縄張り内に進入した』ことに気付いてしまうため、...
だから、ここで取るべき作戦は、極めて微弱な魔法で自分達...
慎重に岸壁を降りるというものらしかった。
「わかった?」
「あ、ああ……」
全てを説明し終わったタバサに、俺は少々たじろぐ。この谷...
含めて、タバサは要点をふまえたわかりやすい解説を、すらす...
普段ほとんど喋らないから、他人と話すのが苦手なのだと思...
むしろ、焦るとわけのわからない事を言い始めるルイズなんか...
この少女は、喋れないわけではなく、喋らないだけ。
なぜだろう。こんな時なのに、目の前の女の子の内面が気に...
「じゃあ、ここから降りる。言ったとおり、先をお願い。……協...
あらかじめ岸壁の様子を見て選んだ、降りやすそうな場所を...
さすがのこの少女もロッククライミングの技術は無いらしく...
身が軽くなっている俺が先に岸壁を下り、安全ならばタバサを...
頷いて返すと、タバサは小さく呪文を呟いて杖を振った。体...
これで匂いや気配が遮断されたらしい。それでもなるべく物音...
俺は谷底へと降り始めた。
慎重にルートを吟味し、そろそろと崖を降りていく。
なかなか先へ進めない。岸壁はわりとデコボコしており、手...
俺一人ならばするすると岸壁を降りていけるのだが、俺は『タ...
を探しつつそこを降りなければならない。
少し進んでは手振りでタバサを呼ぶ。彼女が降りるのは厳し...
そんなことをしながらなので、まるでイモムシが壁を降りてい...
でも、タバサの表情は真剣そのもの。小さな体や細い手足で...
仮にミスして落下しても、メイジの彼女なら墜落することはな...
ルフ鳥に見つかるということになり、命の危険に繋がる。
けれど、彼女の姿は、命を賭けているからというだけではな...
使命感のようなものが与えられて必死になっているように見え...
そもそもタバサがここへ来たのは、どうしても『月の涙』が...
その理由は聞いても答えてくれなかったけど、ただ事ではない...
言えないなら、聞かない。だって、この少女はアルビオンへ...
俺やルイズを助けてくれた。ほとんど話もしておらず、お互い...
だから、その恩返しをするのなら、俺の方も理由に問わず彼...
■6
まぁ、そんな理屈つけなくても、ほっとけるわけないけどな...
タバサを見ていると、恩返しとかそれ以前の問題だと気付く。...
こんな小さい子が危ないことしようとしてるのに放っておける...
視線に気付いて、タバサは俺と目を合わせた。その額には、...
汗が光っている。岩肌を掴む手も震えている。体力的にそろそ...
俺は、あらかじめあたりを付けていた大きめの足場まで移動...
その状態でタバサに手を伸ばした。タバサは俺の意図を理解し...
その手を掴む。俺はタバサの小さな体を引き、抱き留めた。
「ふぅ、ふぅ、はぁ……」
いつも涼しい顔をしているタバサだが、さすがに息が乱れて...
疲労だけでなく、握力なども限界に近かったようだ。やはりど...
いや、魔法が得意だからこそ? 体力面では外見相応の少女と...
「……ありがとう」
タバサは俺の胸に体を預けながら、小さく呟いた。
「声、出しても大丈夫なのか?」
「これくらいなら遮断できている」
小声で聞くと、タバサはそう返した。どうやら、ちょっとし...
顔を上げて今まで降りてきた分を再確認する。約20メート...
タバサの魔法で飛び上がれば逃げ切れるかもしれない。
けれど、降りれば降りるほど、逃げるという手段がとりにく...
「俺がタバサを背負って降りるっていうのはどうだ? その方...
「それも考えた。けど、敵に見つかった時に行動が制限される」
「けど、どっちにしろ見つかったら危険なんだろ? だったら...
そこまで会話した時、頭上で嫌な気配がした。咄嗟に見上げ...
岩が、岸壁から剥がれて落っこちてくる光景が目に飛び込む。
「まず……!」
当たったら怪我じゃ済まない大きさだ。俺一人だったら避け...
けど、足場が悪い上に今はタバサを抱えている。
デルフで防ぐか? しかし、弾いた岩がタバサにぶつかる可能...
俺が一瞬迷ってしまった間に、タバサが杖を振った。頭上で...
空中を移動してから、再び谷底に落下した。咄嗟に『レビテー...
でも、これは。腕の中のタバサを見下ろすと、僅かに顔を歪...
「……今の一瞬、匂いや物音の遮断が途切れた」
「だよな……」
ふたつ同時に魔法は使えない。だから、「気配を消しながら...
といったことができないのだ。けれど、今の一瞬、タバサはレ...
解かなければならなかった。もしその一瞬をルフ鳥が気取るこ...
そう時間を置かずに、風を切る大きな羽音が聞こえてきて、...
やっぱり、見つかってしまったらしい。あの一瞬で。とんでも...
月の光だけが照らす闇の中に、一層黒い影が現れた。シルエ...
遠近感が狂ったのじゃないかと思えてしまう。それくらいでか...
「嘘だろ……?」
冗談じゃ済まない状況なのに、思わず口元が引きつる。
「相棒! メイジの娘の補佐に回れ!!」
俺が呆然としている間に、デルフが叫んだ。いつになくマジ...
わかってるってことだ。その声に、はっとして頭の中を切り替...
■7
「抑えてて」
タバサは体をルフ鳥の方へ向け、杖を構え詠唱に入る。俺は...
後ろから片手で抱き留めた。
呪文が完成する前に、ルフ鳥の影が俺たちから距離を取り、翼...
次の瞬間、猛烈な風圧が俺たちを襲った。意志と関係なく足...
風で空中に投げ出してからクチバシや爪でトドメをさすつもり...
俺は、その突風から逃げるようにタバサを抱えたまま岸壁を駆...
数メートル上の足場まで移動した。
そこで詠唱が完了したらしい。タバサが杖を持っていない方...
俺がタバサを抱いていた手を緩めると、タバサは岸壁を蹴っ...
十本近い氷の矢――ウィンディ・アイシクルといったか――をルフ...
巨大なぶん的も大きいはずのルフ鳥だったが、その矢の動き...
予測できているかのように、軽やかに氷の刃をかわす。
避けた所にもう一本、それをかわした死角にもう一本。
先の先を読んで放たれたタバサの攻撃呪文が、全て紙一重で回...
「ちっ、風をモノにしている幻獣相手に、風のメイジが挑むの...
デルフが舌打ち(どこが舌なのかは謎だが)する。空中で魔...
今俺がいる足場の数メートル下、ついさっきまで俺たちがいた...
ルフ鳥は、タバサが手練れであることを察したのか、ある程...
こちらの様子を伺っている。下手に動いたら、また突風をお見...
「あなたは崖の上まで逃げて」
タバサが呟いた。焦りの色が混じった声。俺を逃がしてルフ...
「んなことできるわけないだろ!」
「どうして」
その言葉に、カッとなる。さっきの呪文だって、俺が抱えて...
タバサは風に叩きつけられて詠唱が完成しなかった。つまり、...
そんな敵を相手にこんな所に放置していくってことは……タバ...
「どうしてもこうしてもあるか!」
崖を再び駆け下り、タバサを小脇に抱える。逃げるならこい...
「……そのまま登って」
タバサの言葉と同時に、体がふわりと軽くなった。ルフ鳥を...
自分の体ごと俺にレビテーションをかけたようだ。これにガン...
フライで上がるよりも速くなるということらしい。
「よしっ!」
そのまま、多少足を踏み外しても浮遊でどうにかなることを...
ルフ鳥の放つ暴風に翻弄されつつ、右に左に何とかいなす。あ...
崖の上にさえ登ってしまえば、あとは林に飛び込むなりなんな...
■8
だが、もう少しで崖の縁に手が届くという所で、ガクンと体...
タバサの押し殺したうめき声。タバサが、杖を手から放したの...
なぜ、と思う前に、俺の顔を掠めて何かが岩肌に突き刺さっ...
黒い、大きな羽。こんなものが人間の肌に刺さったら、矢で...
ルフ鳥が攻撃手段として放ったものらしい。これがタバサの手...
タバサが取り落とした杖は、ルフ鳥の起こした風に吹き上げ...
『レビテーション』の効果が無くなっただけなら。それを前...
しかし、レビテーションによる浮遊を考えにいれた上で崖を...
その時足をかける場所を用意しておらず、岸壁から引きはがさ...
落ちる。このままだと、岩に叩きつけられながら落下し、そ...
まずい、まずい、まずい。風景がスローモーションになった...
俺は、落ちるわけにはいかないという瞬時の意識からデルフを...
「止せ! 刺すな相棒!!」
突き刺し、そこにぶら下がった。
だが、それを行うか行わないうちに聞こえたデルフの声が正...
片手はタバサを抱えているので塞がり、もう片手は壁に突き...
その状態で、ルフ鳥は巨大な鋭いクチバシを構え、俺のデル...
このままでいたら、腕をずたずたにされた上で落下する。
手を放しても、もちろん落下する。
手詰まり。俺の頭の中を絶望の二文字が埋め尽くす。
俺は、デルフを握っていた手を放し、岸壁を蹴って跳んだ。...
だったら岸壁の岩にぶつかることはない距離まで跳ぶ。
空中に投げ出された俺とタバサをめがけ、ルフ鳥が方向転換...
ただ落下したのだったら、途中でこの鳥畜生に捕まる。だから...
ガンダールヴの力は、得物を手から放したからといってすぐ...
まだ力の余韻が残っているうちに襲ってきてくれて助かった。
俺は空中で身を捻り、クチバシを大きく開いて突進してきた...
渾身の力でかかと蹴りを叩き込んだ。
「ギアアアァァァァァァァーーーッ!!!」
ルフ鳥は耳をつんざくような悲鳴を上げ、身をよじらせた。
高速で突っ込んできた相手へのカウンターになったため、ダ...
後は、”俺たちが墜落するまでの間”、このバケモノが回復しな...
「サイトっ……」
「黙ってろ!」
タバサの細い体を抱きしめ、小さな頭を抱える。魔法による...
失った俺の目に、ぐんぐん近付いてくる谷底がうつった。
この高さから落ちたら、例え水の上でも痛いんだろうなぁな...
俺とタバサは大きな水しぶきを上げて深い川の中へと沈んだ。
つづく
[[前の回>16-433]] [[一覧に戻る>Soft-M]] [[次の回>X00-05]]
ページ名: