ゼロの使い魔保管庫
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348 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
机に向かって本を手繰っているときに、後ろからため息が聞...
勉強を続ける振りをしながら、ルイズはこっそりと肩越しに...
窓際に座った才人が、憂鬱そうな顔でぼんやりと夜空を眺め...
「味噌汁、飲みてえなあ」
かなりの小声だったが、意識を集中していたから何とか聞き...
(なによ。あんた、最近そればっかりじゃない)
そんなことを考えつつ、ルイズはまた本に目を戻す。
が、そこに書かれている内容は、全く頭に入ってこなかった。
記憶を取り戻してから、才人は今のようにぼんやりすること...
故郷を思い出していることは、誰の目にも明らかだ。
彼自身は、ルイズが見ている前ではあまり寂しがる素振りを...
だが、今のようにルイズが他のことに意識を向けていると、...
つまり、寂しがっていること、帰りたがっていることを、あ...
(気を遣ってるのよね、わたしに)
そのことを考えると、ルイズの胸に痛みが走る。
どう取り繕ったところで、才人がこの世界に召喚されて寂し...
(何とかしてあげたいけど、今のわたしじゃ、すぐに元の世界...
そんな風に悩んでいることを彼に悟られては、また気を遣わ...
そう考えて、ルイズは才人に知られないように、そっと密か...
(何か、他にわたしがしてあげられることってないかしら)
そのとき、ルイズの脳裏に先程の才人の呟きが蘇ってきた。
(ミソシル、か)
この世界の基準ではかなり不思議な響きを持つその飲み物に...
だが、もしも今の才人を励ませる手段があるとすれば、間違...
(ミソシル、ね)
もう一度肩越しに背後を見やると、才人の横顔には先程と変...
彼の顔を盗み見ながら、ルイズは胸に決意の炎を燃やすので...
「わたしに聞いたって分かるはずないじゃありませんか」
ひょっとしたら、と思って聞いてみたが、やっぱりダメだっ...
学院校舎の陰で呆れ顔のシエスタを見ながら、ルイズは小さ...
「チッ、胸ばっかり大きくて使えない女ね」
「胸が小さい上に使えないどなたかよりはマシだと思いますけ...
放った嫌味にすまし顔で反撃され、ルイズは頬をひくつかせ...
二人はそのまま数秒ほどにらみ合ったが、やがてお互いに肩...
「そっか。じゃ、あんたのひいおじいさまも『ミソシル』のこ...
「ええ、少なくともわたしが知る限りでは。まあ、知ってたと...
「なんですって」
眉をひそめるルイズに、シエスタは分かりきったことを説明...
「だって、今のサイトさんに『ミソシル』を作ってあげたら、...
そうと知ってて、恋敵に『ミソシル』の情報を渡すほど、わ...
「うー、確かにその通りね」
逆に言えば、作り方さえ知っていればすぐにでも作ってあげ...
シエスタが「ミソシル」の作り方を知っているのにわざと隠し...
「ってことは」
ルイズが敵意を込めて睨むと、シエスタは自信ありげな笑み...
「そういうことです」
お互い、理解は早い。
つまり、これはどちらが早く「ミソシル」を作ることが出来...
(負けられないわね、これは)
ルイズとシエスタがまたもにらみ合いを始めたそのとき、二...
「そういうのは、やめたほうがいいと思う」
その声は本当に唐突に聞こえてきたので、ルイズのみならず...
だが、二人がほとんど反射的に声のした方向を見ると、そこ...
「でも、確かに声が」
「ミス・ヴァリエール、上です!」
シエスタの声に応じて視線を上に移すと、木の枝の一本に腰...
349 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「タバサ」
名前を呼ぶと、彼女は本を閉じて短く詠唱し、風魔法の力で...
無表情のままゆっくりと歩み寄ってくる彼女を、ルイズとシ...
「さっき言ったのは、どういう意味?」
訊ねると、タバサは表情を変えないまま淡々とした口調で言...
「そのままの意味。今回は、いがみあわない方がいいと思う」
「二人で仲良く頑張りなさいってこと?」
ちょっとした皮肉で言ったつもりだったのだが、意外なこと...
「簡単に言うと、そう。でも、正しくはない」
「どの部分が?」
「二人じゃなくて、三人」
ルイズはぎょっとする。「それって」とシエスタが気持ちを...
「つまり、ミス・タバサも今回の件に参加するということですか...
タバサは小さく頷いた。
(やっぱり、この子もサイトに気があるのね)
ガリアから救出して以降、才人に対する彼女の態度は明らか...
なにせ、雰囲気が読めないとよく言われるルイズにもそうと...
前にキスなどしていたときは「あなたに虚無魔法を使わせる...
やはりタバサも才人にそういった感情を抱いていたものらし...
(胸の辺りや背格好はわたしと同じぐらいだから、そんなに強...
頭の中で素早く計算するルイズだったが、タバサはそんな彼...
「勘ぐらないで。わたしは、あなたたちと同じようなことは考...
「まあ、つまりわたしたちよりも深い愛情を持っていると仰る...
「違う」
タバサの返事はあくまでも淡々としたもので、こちらを見下...
そのため、ルイズとシエスタも多少冷静になることができた。
そんな二人の落ち着きを読み取ったのか、タバサはゆっくり...
「この中で、料理を作るのが上手いのはあなた」
と、シエスタを指差す。悔しいが、その辺りはルイズも認め...
「でも、あなたには『ミソシル』についての情報を集める力が...
図書館の利用や教師への質問には、多少制限がつくだろうか...
「それは、確かにそうかもしれませんね」
シエスタが納得したように頷く。タバサは次に、ルイズに向...
「情報を集めるだけならわたしでも出来るかもしれないけど、...
「そうでしょうね」
ルイズは肯定した。異世界の飲み物について、本に記載され...
「そこで、あなたの出番」
「わたし?」
聞き返すと、タバサはこくりと頷き、「ついてきて」と踵を...
そうして小さな背中について歩いていくこと、およそ数分。...
「コルベール先生の研究室じゃないの」
火の塔のすぐそばにある、粗末で小さな建物である。
「ここに、何かあるんですか?」
シエスタの疑問に、タバサは無言で頷き、扉をノックした。
「どなたかね」
「タバサ」
「ああ、ミス・タバサか。鍵は開いている。入ってくれたまえ」
短いやり取りの後、タバサは扉を開き、研究室の中へ入って...
(相変わらず汚いところね)
内心遠慮のないことを思いながらも、ルイズは笑顔を浮かべ...
「ごきげん麗しゅう、ミスタ・コルベール」
「うむ。元気そうでなりよりだ、ミス・ヴァリエール。君もいろ...
まあ立ち話もなんだ、座ってくれたまえ」
コルベールの勧めに従って、タバサとルイズとシエスタはそ...
この狭い研究室の中に四人も集まるとさすがに狭く感じるが...
「さて、ミス・タバサから、多少なりとも話は聞いている。『ミ...
「何か、ご存知なんですか」
タバサの用意周到さとコルベールの言葉に驚き、ルイズは腰...
が、そんな彼女を、コルベールは手の平でやんわりと制した。
350 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「落ち着きたまえミス・ヴァリエール。わたしとてもわずかなが...
さすがに異世界の飲み物ともなると完全に知識の外だよ」
「そうですか」
肩を落とすルイズの前で、コルベールは「しかし」と不適な...
「『ミソシル』について知る方法ならば、ないこともない」
「本当ですか」
またも驚き、ルイズは椅子を蹴って立ち上がる。今度はコル...
「うむ。ミス・タバサより依頼を受けて依頼、この炎蛇のコルベ...
数多の書物を読み漁った結果、驚くべき事実が明らかに」
と、ここまで喋ったところでふとこちらを見て、コルベール...
「すまない、こんなことを話しても退屈なだけだな。
わたしはどうも、こういうことになると不要なほど饒舌にな...
まあ簡単にまとめるとだね、つまり」
それでも十分もったいぶった口調で、コルベールは言った。
「ミス・ヴァリエールの『虚無』の力を応用すれば、あるいは『...
コルベールの説明によると、異世界の存在についてはいくつ...
学院長のオスマン氏も以前異世界人に命を救われた経験を話...
そしてコルベールが古文書なども苦心して読み漁った結果、
異世界と「虚無」には何らかの繋がりがあるらしいことが分...
「まだ、はっきりとは言えんのだがね」
そう断りつつも、コルベールは興奮の色を隠しきれない様子...
「ひょっとしたら、虚無魔法には、異世界との行き来を自由に...
「まさか」
目を見開くルイズに、コルベールは自信に満ちた笑みを向け...
「不思議なことではないだろう。そもそも、サイト君が召喚さ...
君が虚無魔法の使い手であることと全くの無関係ではないだ...
「それはそうですけど」
「とは言え」
今度はどことなく残念そうに、ため息を吐く。
「今の段階では、おそらくそこまでは望むべくもないだろう。
出来ることなら、君とてとっくにやっているだろうからね」
「はい」
それは事実だったので、ルイズは口惜しく思いながら頷いた。
コルベールは、そんなルイズを励ますように、またにっこり...
「だが、行き来までは行かなくとも、情報を得ることぐらいな...
「どういうことですか」
ルイズが怪訝に思って聞くと、コルベールは人差し指を立て...
「君が現在扱える虚無魔法に、精密な幻を作り出せるものがあ...
イリュージョンのことだろう。ルイズが頷くと、コルベール...
「よろしい。では、今から言うものを用意してきてくれたまえ」
351 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
コルベールが用意してくれと言ったものは、サイトの髪の毛...
別段髪の毛にこだわる必要はないが、体の一部で手に入れや...
この時間の才人は相変わらず騎士隊のたまり場にもなってい...
事情は明かさないまま「とにかく髪の毛一本よこしなさい」...
「なんだよ、俺に呪いでもかけるつもりかよ」
などと下らない冗談を言い出したので、「いいから黙ってよ...
数本も髪の毛を引き抜いて戻ってきたルイズである。
「取ってきました」
研究室に戻ってみると、コルベールは何やら大仰な装置の中...
「おお、手にはいったかね」
「はい。それはなんですか」
ルイズが聞くと、コルベールは脇に避けて、装置の全体がよ...
と言っても、見たところで何がなんなのかルイズにはよく分...
「この装置は、君の虚無魔法『イリュージョン』の映像をこの...
ここの受け皿にサイト君の体の一部を置くことによって、彼...
つまり異世界とやらの場所を察知し、その映像を映し出すこ...
要するに、才人が生まれた場所の風景を見ることができるら...
「凄いじゃないですか」
素直に賞賛すると、コルベールは誇らしげに眼鏡とハゲ頭を...
「うむ。我ながら凄いものを作ってしまったものだと思う。
ともかく、これで『ミソシル』について知ることができるか...
「そうですね」
頷きつつも、ルイズは思う。
(こんな面倒なことしなくても、サイトに直接『ミソシルって...
だが、その考えはすぐに頭の中から追い払われた。
(ダメダメ、そんなこと聞いたら、あいつまた故郷のことを思...
『別にいいよ、そんなに気ぃつかってくれなくても』なんて...
何よりも、出来るならば秘密裏に『ミソシル』を作って、驚...
恐らく、タバサとシエスタも同じ考えなのだろう。だから、...
「それじゃ、やります。この水晶玉にイリュージョンを使えば...
「ああ、そうだ」
コルベールの肯定を受けて、ルイズは水晶球の前に立つ。
イリュージョンを詠唱して、体に渦巻く魔力を解き放つ。
精神力が溜まっているかどうかという不安はあったものの、...
あるいは、「サイトの助けになりたい」という純粋な思いが...
ともかく、装置の中央の水晶玉に、見慣れぬ鉄の町の風景が...
「おお、これは」
「すごい」
「見たことのない景色」
三者三様の驚き。普段無表情なタバサですらも息を呑んで、...
だが、残念ながらルイズのほうには驚いている余裕などなか...
(いつもよりも、消耗が激しいみたい。早く、『ミソシル』を...
歯を食いしばって、ルイズは頭の中で「ミソシル、ミソシル...
すると、水晶玉の中の風景が切り替わって、どこかの家の中...
「これは、炊事場みたいですね」
シエスタの言うとおり、そこはハルケギニアのそれとはかな...
立ち上る湯気や切られた野菜などを見る限り、間違いなく炊...
夕暮れの光が差し込む炊事場で、一人の黒髪の女性が、何や...
「おお、見たまえ諸君、鉄の管から水が絶え間なく流れ落ちて...
その上、あの上の部分を捻るだけで自由に止めたり出したり...
「すごい魔法」
三人が驚く声も、もはや遠くに思える。
352 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
(ミソシル、ミソシル)
ただそれだけを念じ続けていると、映像が台所に立っていた...
(ミソシル、ミソシル!)
さらに、映像がその手元に近づく。
女性の手に握られたお玉が、鍋に入った茶色っぽい色の液体...
「ひょっとして、これが」
「ミソシル……!」
そこで、精神力が切れた。
映像が途切れる寸前、ミソシルをかき回して女性の顔が水晶...
黒髪で、少々きつめなその女性の顔には、優しく、だがどこ...
(この人、ひょっとして、サイトの)
映像が途切れると同時に、ルイズの意識もまた途切れてしま...
それから数日後、ルイズとタバサとシエスタは、学院から遠...
ここ数日というもの、「ミソシル」の材料を探して、授業そ...
「……マンドラゴラの根っこ、サラマンダーの卵、オーク鬼の肉...
自分達が採集したものを改めて見直しながら、ルイズはげっ...
「本当に、ミソシルっていうのはこんなものを材料にしてつく...
「ミスタ・コルベールが言ってたことだから、多分間違いない」
薄汚れた顔のまま、タバサが頷く。
出来る限り採集を急いでいたせいもあって、ルイズ、タバサ...
「わたしたちの世界では手に入れにくいものでも、サイトの世...
「とてもそうは思えませんけど」
今日の夕飯であるスープが入った鍋をかき混ぜながら、シエ...
「少なくとも、近い材料であることには間違いない、とコルベ...
「これがねえ」
断末魔を上げる人の顔にも似たマンドラゴラの根っこを手で...
コルベールが作成したあの装置には、映った物の組成などを...
『ミソシルというのは、この世界にあるこういったものと近い...
自信満々にリストを手渡すコルベールの顔を、ルイズは実に...
『本当にこんな無茶苦茶なもので料理が作れるんですか?』
『もちろんだ。わたしの装置を信用したまえ』
『……というか、映ったものの組成を知るっていう機能自体がな...
『信用するのだよ、ミス・ヴァリエール』
そうまで言い切られてしまっては、反論できないルイズなの...
「とりあえず、これで材料は全部」
採集したものをいれた袋の中を整理しながら、タバサが呟く。
「そう。じゃあ、これで『ミソシル』が作れるのね」
「わたし、張り切っちゃいますから! 絶対に『ミソシル』を...
俄然張り切った様子で、シエスタが拳を固めて宣言する。
実際、『ミソシル』を作るのは完全に彼女の仕事であり、ル...
(タバサ、か)
ふと、ルイズはこれまで何も言わずに協力してくれた、この...
たとえ成りが薄汚れていようが疲れ果てていようがやること...
彼女は焚き火の炎の明りの中で、静かに読書を始めていた。
「ねえ、タバサ」
気づくと、ルイズは声をかけていた。
「あんたって、サイトのこと、どう思ってるの?」
ずっと聞きたくて聞けなかった問いが、今は自然と口から流...
タバサは珍しく本を閉じると、真っ直ぐにこちらを見つめて...
「大切な人だと思ってる」
これ以上ないほど、明白な答えである。
いつものルイズならばタバサを恋敵と認めて脅威を感じたと...
今はただ、「そっか」と力ない呟きを返すことしかできなか...
353 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「あの、ミス・ヴァリエール。なにかあったんですか」
ルイズの返答を怪訝に思ったのか、シエスタが心配そうに声...
「この間、サイトが元いた世界、見たじゃない」
シエスタの問いに答えながら、ルイズはあの日見た光景を思...
夕暮れの光が差し込む炊事場。そこに立って、どこか寂しげ...
「あのときね、多分わたし、サイトのお母様を見たんだと思う」
「サイトさんの」
「母様」
二人の言葉に、ルイズは小さく頷いた。
「優しいけど、なんだか寂しそうな表情で。多分、サイトのこ...
涙が浮かんできて、視界がぼやけた。
「どこの世界でも同じね。母親は子供のこと心配するものだし、
急にいなくなったりしたら寂しくてたまらないに決まってる...
それなのに、わたしはサイトのことを、何の前触れもなしに...
ひどい話よ。こんなひどい女のこと、サイトは責めないでい...
ミソシルを作るのはシエスタだし、その作り方を知るきっか...
ルイズ自身イリュージョンの魔法を使いはしたものの、あれ...
「ミス・ヴァリエール」
シエスタがそっとルイズの肩を抱く。
「それは違う」
タバサも、いつものように静かな、しかし力強い口調で断言...
「今回のことは、わたしたちの誰か一人でも欠けていたらきっ...
「そうかもしれないけど」
「わたしは、サイトのことを大切な人だと思ってる。だから、...
今は、そのことだけ、考えていればいいと思う」
「そうですよ。ミス・ヴァリエールがそんな風に考えてるって知...
二人の気持ちに、胸が少し温かくなる。ルイズは涙を拭って...
「そうね。これだけ苦労したんだもの、『ミソシル』、必ず完...
ルイズの言葉に、シエスタとタバサが力強く頷いた。
焚き火を囲んだ翌日に学院に帰還したルイズたちは、コルベ...
教師達への言い訳も後回しにして、ひたすら『ミソシル』作...
と言っても、作るのはシエスタな訳で、ルイズとタバサは横...
「ここでマンドラゴラの根っこをくわえて、サラマンダーの卵...
ぶつぶつと呟きながらシエスタが鍋に材料を加えていたその...
「危ない」
短く叫んだタバサが、即座に魔法を発動させてシエスタの体...
ほとんど吹っ飛ばされたようなシエスタの体を、ルイズとタ...
鍋の中で沸騰していた液体が凄まじい音を立てて爆発を起こ...
「また失敗、ですね」
スカートの裾を払いながら立ち上がったシエスタが、ため息...
実際、先程からずっとこの調子なのである。
シエスタが試行錯誤しながら今回採集してきた材料を様々な...
何故か必ず途中で爆発してしまうのである。
「なんか、料理をしているんだか魔法薬作りの実験をしている...
「わたしも」
ルイズの呟きに、隣のタバサが頷く。シエスタが再び鍋を元...
「大丈夫です、ミスタ・コルベールも材料は間違っていないと断...
「でも、少しは休まないと、あんたの体力が」
「ミス・ヴァリエール」
心配するルイズの声を、シエスタは遮った。
彼女の薄汚れた顔には、清清しい笑みが浮かんでいた。
「あなたとミス・タバサは、わたしたちの愛しい人のためにずい...
わたしはあなたたちと違って貴族じゃありませんけど、その...
心配しないでください。わたしは、必ずやり遂げてみせます。
そう、この『ミソシル』は、貴族の誇りと平民の意地、そし...
わたし一人、多少大変だからと言って途中で投げ出す訳には...
決意を秘めた口調でそう断言したあと、シエスタは再び鍋に...
その背中から、凄まじいまでの熱気が立ち上っている。ルイ...
354 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「何て料理なの……『ミソシル』というのが、ここまで恐ろしい...
「だからこそ、サイトもあれだけ執着したんだと思う」
「そうよね。そうでなくちゃ、あんなに飲みたがることに説明...
「爆発の危険を冒してでも、子供に毎朝おいしいものを食べて...
『まさに、母の愛がつまった、おふくろの味……!』
命を賭けて料理に挑むメイドの少女の背中を、二人の少女は...
そんなこんなで、ついに「ミソシル」は完成した。
「で、できました……!」
黄昏の光の中、シエスタの体がふらりと傾ぐ。
慌てて駆け寄ったルイズに助け起こされながら、シエスタは...
「やった、やりましたよミス・ヴァリエール……! わたしたちは...
「ええ、ええ、分かってるわシエスタ。これは、わたしたちの...
あなたは、わたしたちの誇りだわ」
「えへへ……そんな風に言っていただけるなんて、わたし、とっ...
シエスタの微笑みは、どこかあの日見た才人の母の笑顔を思...
ルイズは涙を拭って、今や親友となったメイドの少女に微笑...
「バカね、まだそんな風に喜ぶのは早いわよ。さ、わたしたち...
言いながら、ルイズはシエスタに肩を貸して立ち上がった。
タバサはすでに鍋のそばに立って、口元を手で覆い隠したま...
「これが、『ミソシル』……!」
ごくりと唾を飲み込む彼女の視線の先には、どろりと渦を巻...
「確かに、あのとき見たのと寸分違わぬ色合いだわ……」
「これで、完成したと見て間違いなさそうですね……」
だが、三人の顔には喜びではなく苦悶があった。
その理由は、問わなくても分かる。タバサもシエスタも、ル...
すなわち、
『くせぇ……!』
である。ほとんどこの世のものとは思えないレベルであった。
そもそも材料からして想像がつきそうなものだが。
「あの、これ、本当に『ミソシル』なのよね?」
「今となっては、少し自信が持てなくなってきました」
「いや、異世界の料理だから、いい臭い悪い臭いの基準もこの...
「そうかもしれないけど。これ、味の方はどうなのかしら……」
三人は互いに視線を交し合った。
「わたしは調理担当だったので、味見は他の方にお任せします...
まずシエスタが引きつった笑顔で言った。
「ううん、ここは発案者の名誉を重んじてタバサに任せるべき...
次にルイズが愛想笑いを浮かべてタバサに丸投げした。
「いや、料理は味見して初めて完成するものだから、シエスタ...
珍しく、タバサの頬を汗が一筋流れ落ちる。
三人はけん制しあったまま硬直し、その状態はいつまでも続...
「お姉様お姉様、お腹すいたのね」
と、能天気な声が突如として割り込んだ。
見ると、彼女らが調理していた広場の隅に、巨大な竜が現れ...
「シルフィード」
「うん、シルフィなのね。お姉様、お腹空いたのね、なんか食...
「なんともないの?」
「なにが?」
言葉を喋る風竜(正確には違うが)シルフィードは無邪気に...
どうやらここ数日探索に付き合わされたせいで少し体調を崩...
「じゃあ、これ。一舐めだけ」
タバサはいつもの無表情で鍋を指差し、とんでもないことを...
(なんて女……!)
おそらく恋敵となるであろう女のあまりの冷酷ぶりに震え上...
シルフィードは「ぶーっ」と可愛らしい抗議の声を上げた。
355 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「一舐めって何なのねー。お姉様のけちんぼー」
「いらないなら、いい」
「いるいる、いるのね舐めるのねー」
言うが早いか、シルフィードは長い舌を突き出して鍋の中に...
「GYUOAAAAAAAAAA!!」
という、普段の可愛らしい声からは想像もつかない恐ろげな...
地面の上を十数秒ものた打ち回った後、だらりと舌を出した...
「……」
「……」
「……」
三者、無言。
あまりのことにしばらく誰も何も言えなかったが、
「あの、ミス・ヴァリエール」
と、シエスタがおそるおそる言い出した。
「なに、シエスタ」
「ひょっとしたらと思っていたんですけど」
ゴクリ、とシエスタが唾を飲む。
「わたしたちは、何かとんでもない思い違いを」
「味覚の違い」
突然、タバサが遮った。
「異世界だから、いい味悪い味の基準も、わたしたちの常識と...
「いや、それはあまりにも無理矢理」
「考えられる」
断言である。
(案外強引だなこの女)
内心戦々恐々としつつも、ルイズはついに、決意した。
「とりあえず、これ、サイトのところに持っていきましょう」
何か、恐ろしいものが来る。
突然嫌な気配を感じて、才人はベッドの上で跳ね起きた。
ここ数日ほどルイズたちが何やら飛び回っているので、夕方...
「どうしたね、相棒」
「いや」
訊ねかけてくるデルフリンガーにも、ろくな答えを返せない。
とにかく、何か自分の身に想像も絶するような恐ろしい出来...
いくつもの修羅場を乗り越えてきた才人だからこそ、分かる...
(だが、なんだ……? というか、どうする? 逃げるか?)
しかし、逃げるのもよくないという予感があった。
要するに、どんな危険がやってこようとも、ここでどっしり...
(クソッ、なんだってこんな……!)
だが、文句を言っても仕方がないのだった。
才人は全身から嫌な汗が噴出すのを感じながら、その場でじ...
まずやってきたのは、鼻をつくような凄まじい悪臭である。
次にやってきたのは、三人分の足音。そして、扉が開け放た...
「サイト!」
「サイトさん……!」
「サイト」
既知の少女たち三人が、何やら極限まで思いつめた表情で、...
先程から周囲一帯に漂っている凄まじい悪臭の元は、どうや...
356 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
(おいおいお前ら、まさかそれを俺に)
才人は自分の顔が引きつるのを感じる。だが、彼が何かを言...
少女たちは鍋を床に降ろして、一人用の器に鍋の中の茶色い...
「さあ」
「サイトさん」
「『ミソシル』、飲んで……!」
と、その器を才人に向けて突き出してきた。
(『ミソシル』、だと……!?)
才人はごくりと唾を飲み込みながら、自分の記憶を反芻する。
彼の記憶が確かならば、味噌汁というのは決してこんな凄ま...
(確かに色は味噌汁っぽいが……こんなこの世のものとは思えな...
絶対嫌だ! と叫びたいところではあったが、才人はそれよ...
少女たちが、全身泥だらけでひどく汚れていることに。
(……ひょっとして、お前ら、これを俺に食べさせるために……)
その瞬間、才人は全ての事情を奇跡的な正確さで把握した。
それ故に、断るための言い訳が全て頭の中から吹き飛んでし...
(……へっ。ここで断れる奴は、男じゃねえぜ……!)
内心で格好つけながら、才人は無理矢理笑顔を浮かべて少女...
「おお、すごいなお前ら、味噌汁作ってくれたのか。ありがた...
少女達の顔がぱっと輝く。その表情を見て、ますます後へと...
(大丈夫。ひょっとしたら、臭いだけで味はまともかもしれね...
そんな一縷の望みを賭けて、才人は震える手で器を口元に近...
そして、目を閉じて一気に器の中身を口の中に流し込んだ。
(うっ!)
そして、目を見開く。
(なんだこりゃ!?)
おそろしく、まずい。
(泥水……いや、そんな生易しいもんじゃねえ……! 東京湾のヘ...
蛆虫やらゴキブリやら肥溜めの糞やら、とにかくありとあら...
もちろんそんなものを飲んだ経験はなかったが、とにかくそ...
そんな致命的な液体を口に含んだ状態のまま、才人は煩悶す...
(バカな、こんなものを俺の体内にいれろと言うんですか。君...
そんなことを考えつつ、力を振り絞って少女達を見やる。
皆、一様に真剣な表情で、こちらの反応を固唾を呑んで見守...
(だ、ダメだ! この状況で吐き出したりした日には、俺は史...
才人は覚悟を決めた。
(飲め、飲み込め、俺! 大丈夫、死にはしない……とは言い切...
いや、むしろ死んでも飲め! それでこそ男ってもんだろ、...
才人は口の中の、液体と呼ぶのもおこがましい液体を、無理...
致命的で壊滅的な液体が、じっくりと才人の体に浸透してい...
(うおお……! 俺の、俺の体が悲鳴を上げている! 何故こん...
だがしかし、絶対に吐き出す訳にはいかないのだった。
せめてものお詫び、という訳ではないが、才人は目から涙を...
「さ、サイト……!」
「サイトさん……!」
「泣いてるの……?」
「……お、おう……!」
声と同時に例の液体が口から出そうになるのを、必死で堪え...
「あ、ありがとうよぅ、お前るぁ……お、俺ぇ、感動しぶぇ……な...
少女たちの顔に、弾けんばかりの笑顔が浮かんだ。
357 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「やった、やったわよ、あんたたち!」
「一時はどうなることかと思いましたけど……!」
「わたしたちは、『ミソシル』を、サイトに届けることができ...
抱き合って喜ぶ少女達を眺めていると、才人の混濁した意識...
(よ、よかった……一生懸命にやってくれたこいつらを、傷つけ...
と、そこまで考えたとき、
「じゃ、サイト」
「お代わりまだまだありますから」
「遠慮なく、飲んで」
少女達は、三者三様の器にあの液体を注いで、笑顔でサイト...
(マジッスかぁぁぁぁぁ!?)
心の中で悲鳴を上げる才人に対して、三人は溢れんばかりの...
「材料はたっぷり取ってきたから」
「向こう三ヶ月ほどは持ちますよ、きっと」
「これからは毎日作ってあげる」
地獄の日々の始まりであった。
……ハルケギニアを代表する英雄の中に、サイト・シュヴァリエ...
とあるメイジに使い魔として召喚されたという冗談じみた出...
その他にも冗談じみた伝説をいくつも残している。
曰く、七万の大軍を単騎で止めた、だとか。
曰く、城よりも巨大なゴーレムを一人で叩ききっただとか。
曰く、当時最強とされていたエルフと、互角に渡り合ったと...
だが、何よりも驚くべきは、彼が捕虜になった回数と、そう...
なんと、彼はその生涯を通して百回以上も敵の虜囚となり、...
一度もその精神を損なうことなく生還しているのである。
後に、「あなたはどんな拷問にも屈しないと誉れ高いが、そ...
「それはまあ、何というか……愛の力、というところでしょう...
と、彼は苦笑混じりに答えたという。
なお、英雄サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガには三人の訓...
彼は彼女らが毎朝出す毒液によって己の体を鍛えていたとい...
やはり、その真偽は定かではないのである。
<了>
終了行:
348 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
机に向かって本を手繰っているときに、後ろからため息が聞...
勉強を続ける振りをしながら、ルイズはこっそりと肩越しに...
窓際に座った才人が、憂鬱そうな顔でぼんやりと夜空を眺め...
「味噌汁、飲みてえなあ」
かなりの小声だったが、意識を集中していたから何とか聞き...
(なによ。あんた、最近そればっかりじゃない)
そんなことを考えつつ、ルイズはまた本に目を戻す。
が、そこに書かれている内容は、全く頭に入ってこなかった。
記憶を取り戻してから、才人は今のようにぼんやりすること...
故郷を思い出していることは、誰の目にも明らかだ。
彼自身は、ルイズが見ている前ではあまり寂しがる素振りを...
だが、今のようにルイズが他のことに意識を向けていると、...
つまり、寂しがっていること、帰りたがっていることを、あ...
(気を遣ってるのよね、わたしに)
そのことを考えると、ルイズの胸に痛みが走る。
どう取り繕ったところで、才人がこの世界に召喚されて寂し...
(何とかしてあげたいけど、今のわたしじゃ、すぐに元の世界...
そんな風に悩んでいることを彼に悟られては、また気を遣わ...
そう考えて、ルイズは才人に知られないように、そっと密か...
(何か、他にわたしがしてあげられることってないかしら)
そのとき、ルイズの脳裏に先程の才人の呟きが蘇ってきた。
(ミソシル、か)
この世界の基準ではかなり不思議な響きを持つその飲み物に...
だが、もしも今の才人を励ませる手段があるとすれば、間違...
(ミソシル、ね)
もう一度肩越しに背後を見やると、才人の横顔には先程と変...
彼の顔を盗み見ながら、ルイズは胸に決意の炎を燃やすので...
「わたしに聞いたって分かるはずないじゃありませんか」
ひょっとしたら、と思って聞いてみたが、やっぱりダメだっ...
学院校舎の陰で呆れ顔のシエスタを見ながら、ルイズは小さ...
「チッ、胸ばっかり大きくて使えない女ね」
「胸が小さい上に使えないどなたかよりはマシだと思いますけ...
放った嫌味にすまし顔で反撃され、ルイズは頬をひくつかせ...
二人はそのまま数秒ほどにらみ合ったが、やがてお互いに肩...
「そっか。じゃ、あんたのひいおじいさまも『ミソシル』のこ...
「ええ、少なくともわたしが知る限りでは。まあ、知ってたと...
「なんですって」
眉をひそめるルイズに、シエスタは分かりきったことを説明...
「だって、今のサイトさんに『ミソシル』を作ってあげたら、...
そうと知ってて、恋敵に『ミソシル』の情報を渡すほど、わ...
「うー、確かにその通りね」
逆に言えば、作り方さえ知っていればすぐにでも作ってあげ...
シエスタが「ミソシル」の作り方を知っているのにわざと隠し...
「ってことは」
ルイズが敵意を込めて睨むと、シエスタは自信ありげな笑み...
「そういうことです」
お互い、理解は早い。
つまり、これはどちらが早く「ミソシル」を作ることが出来...
(負けられないわね、これは)
ルイズとシエスタがまたもにらみ合いを始めたそのとき、二...
「そういうのは、やめたほうがいいと思う」
その声は本当に唐突に聞こえてきたので、ルイズのみならず...
だが、二人がほとんど反射的に声のした方向を見ると、そこ...
「でも、確かに声が」
「ミス・ヴァリエール、上です!」
シエスタの声に応じて視線を上に移すと、木の枝の一本に腰...
349 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「タバサ」
名前を呼ぶと、彼女は本を閉じて短く詠唱し、風魔法の力で...
無表情のままゆっくりと歩み寄ってくる彼女を、ルイズとシ...
「さっき言ったのは、どういう意味?」
訊ねると、タバサは表情を変えないまま淡々とした口調で言...
「そのままの意味。今回は、いがみあわない方がいいと思う」
「二人で仲良く頑張りなさいってこと?」
ちょっとした皮肉で言ったつもりだったのだが、意外なこと...
「簡単に言うと、そう。でも、正しくはない」
「どの部分が?」
「二人じゃなくて、三人」
ルイズはぎょっとする。「それって」とシエスタが気持ちを...
「つまり、ミス・タバサも今回の件に参加するということですか...
タバサは小さく頷いた。
(やっぱり、この子もサイトに気があるのね)
ガリアから救出して以降、才人に対する彼女の態度は明らか...
なにせ、雰囲気が読めないとよく言われるルイズにもそうと...
前にキスなどしていたときは「あなたに虚無魔法を使わせる...
やはりタバサも才人にそういった感情を抱いていたものらし...
(胸の辺りや背格好はわたしと同じぐらいだから、そんなに強...
頭の中で素早く計算するルイズだったが、タバサはそんな彼...
「勘ぐらないで。わたしは、あなたたちと同じようなことは考...
「まあ、つまりわたしたちよりも深い愛情を持っていると仰る...
「違う」
タバサの返事はあくまでも淡々としたもので、こちらを見下...
そのため、ルイズとシエスタも多少冷静になることができた。
そんな二人の落ち着きを読み取ったのか、タバサはゆっくり...
「この中で、料理を作るのが上手いのはあなた」
と、シエスタを指差す。悔しいが、その辺りはルイズも認め...
「でも、あなたには『ミソシル』についての情報を集める力が...
図書館の利用や教師への質問には、多少制限がつくだろうか...
「それは、確かにそうかもしれませんね」
シエスタが納得したように頷く。タバサは次に、ルイズに向...
「情報を集めるだけならわたしでも出来るかもしれないけど、...
「そうでしょうね」
ルイズは肯定した。異世界の飲み物について、本に記載され...
「そこで、あなたの出番」
「わたし?」
聞き返すと、タバサはこくりと頷き、「ついてきて」と踵を...
そうして小さな背中について歩いていくこと、およそ数分。...
「コルベール先生の研究室じゃないの」
火の塔のすぐそばにある、粗末で小さな建物である。
「ここに、何かあるんですか?」
シエスタの疑問に、タバサは無言で頷き、扉をノックした。
「どなたかね」
「タバサ」
「ああ、ミス・タバサか。鍵は開いている。入ってくれたまえ」
短いやり取りの後、タバサは扉を開き、研究室の中へ入って...
(相変わらず汚いところね)
内心遠慮のないことを思いながらも、ルイズは笑顔を浮かべ...
「ごきげん麗しゅう、ミスタ・コルベール」
「うむ。元気そうでなりよりだ、ミス・ヴァリエール。君もいろ...
まあ立ち話もなんだ、座ってくれたまえ」
コルベールの勧めに従って、タバサとルイズとシエスタはそ...
この狭い研究室の中に四人も集まるとさすがに狭く感じるが...
「さて、ミス・タバサから、多少なりとも話は聞いている。『ミ...
「何か、ご存知なんですか」
タバサの用意周到さとコルベールの言葉に驚き、ルイズは腰...
が、そんな彼女を、コルベールは手の平でやんわりと制した。
350 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「落ち着きたまえミス・ヴァリエール。わたしとてもわずかなが...
さすがに異世界の飲み物ともなると完全に知識の外だよ」
「そうですか」
肩を落とすルイズの前で、コルベールは「しかし」と不適な...
「『ミソシル』について知る方法ならば、ないこともない」
「本当ですか」
またも驚き、ルイズは椅子を蹴って立ち上がる。今度はコル...
「うむ。ミス・タバサより依頼を受けて依頼、この炎蛇のコルベ...
数多の書物を読み漁った結果、驚くべき事実が明らかに」
と、ここまで喋ったところでふとこちらを見て、コルベール...
「すまない、こんなことを話しても退屈なだけだな。
わたしはどうも、こういうことになると不要なほど饒舌にな...
まあ簡単にまとめるとだね、つまり」
それでも十分もったいぶった口調で、コルベールは言った。
「ミス・ヴァリエールの『虚無』の力を応用すれば、あるいは『...
コルベールの説明によると、異世界の存在についてはいくつ...
学院長のオスマン氏も以前異世界人に命を救われた経験を話...
そしてコルベールが古文書なども苦心して読み漁った結果、
異世界と「虚無」には何らかの繋がりがあるらしいことが分...
「まだ、はっきりとは言えんのだがね」
そう断りつつも、コルベールは興奮の色を隠しきれない様子...
「ひょっとしたら、虚無魔法には、異世界との行き来を自由に...
「まさか」
目を見開くルイズに、コルベールは自信に満ちた笑みを向け...
「不思議なことではないだろう。そもそも、サイト君が召喚さ...
君が虚無魔法の使い手であることと全くの無関係ではないだ...
「それはそうですけど」
「とは言え」
今度はどことなく残念そうに、ため息を吐く。
「今の段階では、おそらくそこまでは望むべくもないだろう。
出来ることなら、君とてとっくにやっているだろうからね」
「はい」
それは事実だったので、ルイズは口惜しく思いながら頷いた。
コルベールは、そんなルイズを励ますように、またにっこり...
「だが、行き来までは行かなくとも、情報を得ることぐらいな...
「どういうことですか」
ルイズが怪訝に思って聞くと、コルベールは人差し指を立て...
「君が現在扱える虚無魔法に、精密な幻を作り出せるものがあ...
イリュージョンのことだろう。ルイズが頷くと、コルベール...
「よろしい。では、今から言うものを用意してきてくれたまえ」
351 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
コルベールが用意してくれと言ったものは、サイトの髪の毛...
別段髪の毛にこだわる必要はないが、体の一部で手に入れや...
この時間の才人は相変わらず騎士隊のたまり場にもなってい...
事情は明かさないまま「とにかく髪の毛一本よこしなさい」...
「なんだよ、俺に呪いでもかけるつもりかよ」
などと下らない冗談を言い出したので、「いいから黙ってよ...
数本も髪の毛を引き抜いて戻ってきたルイズである。
「取ってきました」
研究室に戻ってみると、コルベールは何やら大仰な装置の中...
「おお、手にはいったかね」
「はい。それはなんですか」
ルイズが聞くと、コルベールは脇に避けて、装置の全体がよ...
と言っても、見たところで何がなんなのかルイズにはよく分...
「この装置は、君の虚無魔法『イリュージョン』の映像をこの...
ここの受け皿にサイト君の体の一部を置くことによって、彼...
つまり異世界とやらの場所を察知し、その映像を映し出すこ...
要するに、才人が生まれた場所の風景を見ることができるら...
「凄いじゃないですか」
素直に賞賛すると、コルベールは誇らしげに眼鏡とハゲ頭を...
「うむ。我ながら凄いものを作ってしまったものだと思う。
ともかく、これで『ミソシル』について知ることができるか...
「そうですね」
頷きつつも、ルイズは思う。
(こんな面倒なことしなくても、サイトに直接『ミソシルって...
だが、その考えはすぐに頭の中から追い払われた。
(ダメダメ、そんなこと聞いたら、あいつまた故郷のことを思...
『別にいいよ、そんなに気ぃつかってくれなくても』なんて...
何よりも、出来るならば秘密裏に『ミソシル』を作って、驚...
恐らく、タバサとシエスタも同じ考えなのだろう。だから、...
「それじゃ、やります。この水晶玉にイリュージョンを使えば...
「ああ、そうだ」
コルベールの肯定を受けて、ルイズは水晶球の前に立つ。
イリュージョンを詠唱して、体に渦巻く魔力を解き放つ。
精神力が溜まっているかどうかという不安はあったものの、...
あるいは、「サイトの助けになりたい」という純粋な思いが...
ともかく、装置の中央の水晶玉に、見慣れぬ鉄の町の風景が...
「おお、これは」
「すごい」
「見たことのない景色」
三者三様の驚き。普段無表情なタバサですらも息を呑んで、...
だが、残念ながらルイズのほうには驚いている余裕などなか...
(いつもよりも、消耗が激しいみたい。早く、『ミソシル』を...
歯を食いしばって、ルイズは頭の中で「ミソシル、ミソシル...
すると、水晶玉の中の風景が切り替わって、どこかの家の中...
「これは、炊事場みたいですね」
シエスタの言うとおり、そこはハルケギニアのそれとはかな...
立ち上る湯気や切られた野菜などを見る限り、間違いなく炊...
夕暮れの光が差し込む炊事場で、一人の黒髪の女性が、何や...
「おお、見たまえ諸君、鉄の管から水が絶え間なく流れ落ちて...
その上、あの上の部分を捻るだけで自由に止めたり出したり...
「すごい魔法」
三人が驚く声も、もはや遠くに思える。
352 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
(ミソシル、ミソシル)
ただそれだけを念じ続けていると、映像が台所に立っていた...
(ミソシル、ミソシル!)
さらに、映像がその手元に近づく。
女性の手に握られたお玉が、鍋に入った茶色っぽい色の液体...
「ひょっとして、これが」
「ミソシル……!」
そこで、精神力が切れた。
映像が途切れる寸前、ミソシルをかき回して女性の顔が水晶...
黒髪で、少々きつめなその女性の顔には、優しく、だがどこ...
(この人、ひょっとして、サイトの)
映像が途切れると同時に、ルイズの意識もまた途切れてしま...
それから数日後、ルイズとタバサとシエスタは、学院から遠...
ここ数日というもの、「ミソシル」の材料を探して、授業そ...
「……マンドラゴラの根っこ、サラマンダーの卵、オーク鬼の肉...
自分達が採集したものを改めて見直しながら、ルイズはげっ...
「本当に、ミソシルっていうのはこんなものを材料にしてつく...
「ミスタ・コルベールが言ってたことだから、多分間違いない」
薄汚れた顔のまま、タバサが頷く。
出来る限り採集を急いでいたせいもあって、ルイズ、タバサ...
「わたしたちの世界では手に入れにくいものでも、サイトの世...
「とてもそうは思えませんけど」
今日の夕飯であるスープが入った鍋をかき混ぜながら、シエ...
「少なくとも、近い材料であることには間違いない、とコルベ...
「これがねえ」
断末魔を上げる人の顔にも似たマンドラゴラの根っこを手で...
コルベールが作成したあの装置には、映った物の組成などを...
『ミソシルというのは、この世界にあるこういったものと近い...
自信満々にリストを手渡すコルベールの顔を、ルイズは実に...
『本当にこんな無茶苦茶なもので料理が作れるんですか?』
『もちろんだ。わたしの装置を信用したまえ』
『……というか、映ったものの組成を知るっていう機能自体がな...
『信用するのだよ、ミス・ヴァリエール』
そうまで言い切られてしまっては、反論できないルイズなの...
「とりあえず、これで材料は全部」
採集したものをいれた袋の中を整理しながら、タバサが呟く。
「そう。じゃあ、これで『ミソシル』が作れるのね」
「わたし、張り切っちゃいますから! 絶対に『ミソシル』を...
俄然張り切った様子で、シエスタが拳を固めて宣言する。
実際、『ミソシル』を作るのは完全に彼女の仕事であり、ル...
(タバサ、か)
ふと、ルイズはこれまで何も言わずに協力してくれた、この...
たとえ成りが薄汚れていようが疲れ果てていようがやること...
彼女は焚き火の炎の明りの中で、静かに読書を始めていた。
「ねえ、タバサ」
気づくと、ルイズは声をかけていた。
「あんたって、サイトのこと、どう思ってるの?」
ずっと聞きたくて聞けなかった問いが、今は自然と口から流...
タバサは珍しく本を閉じると、真っ直ぐにこちらを見つめて...
「大切な人だと思ってる」
これ以上ないほど、明白な答えである。
いつものルイズならばタバサを恋敵と認めて脅威を感じたと...
今はただ、「そっか」と力ない呟きを返すことしかできなか...
353 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「あの、ミス・ヴァリエール。なにかあったんですか」
ルイズの返答を怪訝に思ったのか、シエスタが心配そうに声...
「この間、サイトが元いた世界、見たじゃない」
シエスタの問いに答えながら、ルイズはあの日見た光景を思...
夕暮れの光が差し込む炊事場。そこに立って、どこか寂しげ...
「あのときね、多分わたし、サイトのお母様を見たんだと思う」
「サイトさんの」
「母様」
二人の言葉に、ルイズは小さく頷いた。
「優しいけど、なんだか寂しそうな表情で。多分、サイトのこ...
涙が浮かんできて、視界がぼやけた。
「どこの世界でも同じね。母親は子供のこと心配するものだし、
急にいなくなったりしたら寂しくてたまらないに決まってる...
それなのに、わたしはサイトのことを、何の前触れもなしに...
ひどい話よ。こんなひどい女のこと、サイトは責めないでい...
ミソシルを作るのはシエスタだし、その作り方を知るきっか...
ルイズ自身イリュージョンの魔法を使いはしたものの、あれ...
「ミス・ヴァリエール」
シエスタがそっとルイズの肩を抱く。
「それは違う」
タバサも、いつものように静かな、しかし力強い口調で断言...
「今回のことは、わたしたちの誰か一人でも欠けていたらきっ...
「そうかもしれないけど」
「わたしは、サイトのことを大切な人だと思ってる。だから、...
今は、そのことだけ、考えていればいいと思う」
「そうですよ。ミス・ヴァリエールがそんな風に考えてるって知...
二人の気持ちに、胸が少し温かくなる。ルイズは涙を拭って...
「そうね。これだけ苦労したんだもの、『ミソシル』、必ず完...
ルイズの言葉に、シエスタとタバサが力強く頷いた。
焚き火を囲んだ翌日に学院に帰還したルイズたちは、コルベ...
教師達への言い訳も後回しにして、ひたすら『ミソシル』作...
と言っても、作るのはシエスタな訳で、ルイズとタバサは横...
「ここでマンドラゴラの根っこをくわえて、サラマンダーの卵...
ぶつぶつと呟きながらシエスタが鍋に材料を加えていたその...
「危ない」
短く叫んだタバサが、即座に魔法を発動させてシエスタの体...
ほとんど吹っ飛ばされたようなシエスタの体を、ルイズとタ...
鍋の中で沸騰していた液体が凄まじい音を立てて爆発を起こ...
「また失敗、ですね」
スカートの裾を払いながら立ち上がったシエスタが、ため息...
実際、先程からずっとこの調子なのである。
シエスタが試行錯誤しながら今回採集してきた材料を様々な...
何故か必ず途中で爆発してしまうのである。
「なんか、料理をしているんだか魔法薬作りの実験をしている...
「わたしも」
ルイズの呟きに、隣のタバサが頷く。シエスタが再び鍋を元...
「大丈夫です、ミスタ・コルベールも材料は間違っていないと断...
「でも、少しは休まないと、あんたの体力が」
「ミス・ヴァリエール」
心配するルイズの声を、シエスタは遮った。
彼女の薄汚れた顔には、清清しい笑みが浮かんでいた。
「あなたとミス・タバサは、わたしたちの愛しい人のためにずい...
わたしはあなたたちと違って貴族じゃありませんけど、その...
心配しないでください。わたしは、必ずやり遂げてみせます。
そう、この『ミソシル』は、貴族の誇りと平民の意地、そし...
わたし一人、多少大変だからと言って途中で投げ出す訳には...
決意を秘めた口調でそう断言したあと、シエスタは再び鍋に...
その背中から、凄まじいまでの熱気が立ち上っている。ルイ...
354 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「何て料理なの……『ミソシル』というのが、ここまで恐ろしい...
「だからこそ、サイトもあれだけ執着したんだと思う」
「そうよね。そうでなくちゃ、あんなに飲みたがることに説明...
「爆発の危険を冒してでも、子供に毎朝おいしいものを食べて...
『まさに、母の愛がつまった、おふくろの味……!』
命を賭けて料理に挑むメイドの少女の背中を、二人の少女は...
そんなこんなで、ついに「ミソシル」は完成した。
「で、できました……!」
黄昏の光の中、シエスタの体がふらりと傾ぐ。
慌てて駆け寄ったルイズに助け起こされながら、シエスタは...
「やった、やりましたよミス・ヴァリエール……! わたしたちは...
「ええ、ええ、分かってるわシエスタ。これは、わたしたちの...
あなたは、わたしたちの誇りだわ」
「えへへ……そんな風に言っていただけるなんて、わたし、とっ...
シエスタの微笑みは、どこかあの日見た才人の母の笑顔を思...
ルイズは涙を拭って、今や親友となったメイドの少女に微笑...
「バカね、まだそんな風に喜ぶのは早いわよ。さ、わたしたち...
言いながら、ルイズはシエスタに肩を貸して立ち上がった。
タバサはすでに鍋のそばに立って、口元を手で覆い隠したま...
「これが、『ミソシル』……!」
ごくりと唾を飲み込む彼女の視線の先には、どろりと渦を巻...
「確かに、あのとき見たのと寸分違わぬ色合いだわ……」
「これで、完成したと見て間違いなさそうですね……」
だが、三人の顔には喜びではなく苦悶があった。
その理由は、問わなくても分かる。タバサもシエスタも、ル...
すなわち、
『くせぇ……!』
である。ほとんどこの世のものとは思えないレベルであった。
そもそも材料からして想像がつきそうなものだが。
「あの、これ、本当に『ミソシル』なのよね?」
「今となっては、少し自信が持てなくなってきました」
「いや、異世界の料理だから、いい臭い悪い臭いの基準もこの...
「そうかもしれないけど。これ、味の方はどうなのかしら……」
三人は互いに視線を交し合った。
「わたしは調理担当だったので、味見は他の方にお任せします...
まずシエスタが引きつった笑顔で言った。
「ううん、ここは発案者の名誉を重んじてタバサに任せるべき...
次にルイズが愛想笑いを浮かべてタバサに丸投げした。
「いや、料理は味見して初めて完成するものだから、シエスタ...
珍しく、タバサの頬を汗が一筋流れ落ちる。
三人はけん制しあったまま硬直し、その状態はいつまでも続...
「お姉様お姉様、お腹すいたのね」
と、能天気な声が突如として割り込んだ。
見ると、彼女らが調理していた広場の隅に、巨大な竜が現れ...
「シルフィード」
「うん、シルフィなのね。お姉様、お腹空いたのね、なんか食...
「なんともないの?」
「なにが?」
言葉を喋る風竜(正確には違うが)シルフィードは無邪気に...
どうやらここ数日探索に付き合わされたせいで少し体調を崩...
「じゃあ、これ。一舐めだけ」
タバサはいつもの無表情で鍋を指差し、とんでもないことを...
(なんて女……!)
おそらく恋敵となるであろう女のあまりの冷酷ぶりに震え上...
シルフィードは「ぶーっ」と可愛らしい抗議の声を上げた。
355 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「一舐めって何なのねー。お姉様のけちんぼー」
「いらないなら、いい」
「いるいる、いるのね舐めるのねー」
言うが早いか、シルフィードは長い舌を突き出して鍋の中に...
「GYUOAAAAAAAAAA!!」
という、普段の可愛らしい声からは想像もつかない恐ろげな...
地面の上を十数秒ものた打ち回った後、だらりと舌を出した...
「……」
「……」
「……」
三者、無言。
あまりのことにしばらく誰も何も言えなかったが、
「あの、ミス・ヴァリエール」
と、シエスタがおそるおそる言い出した。
「なに、シエスタ」
「ひょっとしたらと思っていたんですけど」
ゴクリ、とシエスタが唾を飲む。
「わたしたちは、何かとんでもない思い違いを」
「味覚の違い」
突然、タバサが遮った。
「異世界だから、いい味悪い味の基準も、わたしたちの常識と...
「いや、それはあまりにも無理矢理」
「考えられる」
断言である。
(案外強引だなこの女)
内心戦々恐々としつつも、ルイズはついに、決意した。
「とりあえず、これ、サイトのところに持っていきましょう」
何か、恐ろしいものが来る。
突然嫌な気配を感じて、才人はベッドの上で跳ね起きた。
ここ数日ほどルイズたちが何やら飛び回っているので、夕方...
「どうしたね、相棒」
「いや」
訊ねかけてくるデルフリンガーにも、ろくな答えを返せない。
とにかく、何か自分の身に想像も絶するような恐ろしい出来...
いくつもの修羅場を乗り越えてきた才人だからこそ、分かる...
(だが、なんだ……? というか、どうする? 逃げるか?)
しかし、逃げるのもよくないという予感があった。
要するに、どんな危険がやってこようとも、ここでどっしり...
(クソッ、なんだってこんな……!)
だが、文句を言っても仕方がないのだった。
才人は全身から嫌な汗が噴出すのを感じながら、その場でじ...
まずやってきたのは、鼻をつくような凄まじい悪臭である。
次にやってきたのは、三人分の足音。そして、扉が開け放た...
「サイト!」
「サイトさん……!」
「サイト」
既知の少女たち三人が、何やら極限まで思いつめた表情で、...
先程から周囲一帯に漂っている凄まじい悪臭の元は、どうや...
356 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
(おいおいお前ら、まさかそれを俺に)
才人は自分の顔が引きつるのを感じる。だが、彼が何かを言...
少女たちは鍋を床に降ろして、一人用の器に鍋の中の茶色い...
「さあ」
「サイトさん」
「『ミソシル』、飲んで……!」
と、その器を才人に向けて突き出してきた。
(『ミソシル』、だと……!?)
才人はごくりと唾を飲み込みながら、自分の記憶を反芻する。
彼の記憶が確かならば、味噌汁というのは決してこんな凄ま...
(確かに色は味噌汁っぽいが……こんなこの世のものとは思えな...
絶対嫌だ! と叫びたいところではあったが、才人はそれよ...
少女たちが、全身泥だらけでひどく汚れていることに。
(……ひょっとして、お前ら、これを俺に食べさせるために……)
その瞬間、才人は全ての事情を奇跡的な正確さで把握した。
それ故に、断るための言い訳が全て頭の中から吹き飛んでし...
(……へっ。ここで断れる奴は、男じゃねえぜ……!)
内心で格好つけながら、才人は無理矢理笑顔を浮かべて少女...
「おお、すごいなお前ら、味噌汁作ってくれたのか。ありがた...
少女達の顔がぱっと輝く。その表情を見て、ますます後へと...
(大丈夫。ひょっとしたら、臭いだけで味はまともかもしれね...
そんな一縷の望みを賭けて、才人は震える手で器を口元に近...
そして、目を閉じて一気に器の中身を口の中に流し込んだ。
(うっ!)
そして、目を見開く。
(なんだこりゃ!?)
おそろしく、まずい。
(泥水……いや、そんな生易しいもんじゃねえ……! 東京湾のヘ...
蛆虫やらゴキブリやら肥溜めの糞やら、とにかくありとあら...
もちろんそんなものを飲んだ経験はなかったが、とにかくそ...
そんな致命的な液体を口に含んだ状態のまま、才人は煩悶す...
(バカな、こんなものを俺の体内にいれろと言うんですか。君...
そんなことを考えつつ、力を振り絞って少女達を見やる。
皆、一様に真剣な表情で、こちらの反応を固唾を呑んで見守...
(だ、ダメだ! この状況で吐き出したりした日には、俺は史...
才人は覚悟を決めた。
(飲め、飲み込め、俺! 大丈夫、死にはしない……とは言い切...
いや、むしろ死んでも飲め! それでこそ男ってもんだろ、...
才人は口の中の、液体と呼ぶのもおこがましい液体を、無理...
致命的で壊滅的な液体が、じっくりと才人の体に浸透してい...
(うおお……! 俺の、俺の体が悲鳴を上げている! 何故こん...
だがしかし、絶対に吐き出す訳にはいかないのだった。
せめてものお詫び、という訳ではないが、才人は目から涙を...
「さ、サイト……!」
「サイトさん……!」
「泣いてるの……?」
「……お、おう……!」
声と同時に例の液体が口から出そうになるのを、必死で堪え...
「あ、ありがとうよぅ、お前るぁ……お、俺ぇ、感動しぶぇ……な...
少女たちの顔に、弾けんばかりの笑顔が浮かんだ。
357 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえ...
「やった、やったわよ、あんたたち!」
「一時はどうなることかと思いましたけど……!」
「わたしたちは、『ミソシル』を、サイトに届けることができ...
抱き合って喜ぶ少女達を眺めていると、才人の混濁した意識...
(よ、よかった……一生懸命にやってくれたこいつらを、傷つけ...
と、そこまで考えたとき、
「じゃ、サイト」
「お代わりまだまだありますから」
「遠慮なく、飲んで」
少女達は、三者三様の器にあの液体を注いで、笑顔でサイト...
(マジッスかぁぁぁぁぁ!?)
心の中で悲鳴を上げる才人に対して、三人は溢れんばかりの...
「材料はたっぷり取ってきたから」
「向こう三ヶ月ほどは持ちますよ、きっと」
「これからは毎日作ってあげる」
地獄の日々の始まりであった。
……ハルケギニアを代表する英雄の中に、サイト・シュヴァリエ...
とあるメイジに使い魔として召喚されたという冗談じみた出...
その他にも冗談じみた伝説をいくつも残している。
曰く、七万の大軍を単騎で止めた、だとか。
曰く、城よりも巨大なゴーレムを一人で叩ききっただとか。
曰く、当時最強とされていたエルフと、互角に渡り合ったと...
だが、何よりも驚くべきは、彼が捕虜になった回数と、そう...
なんと、彼はその生涯を通して百回以上も敵の虜囚となり、...
一度もその精神を損なうことなく生還しているのである。
後に、「あなたはどんな拷問にも屈しないと誉れ高いが、そ...
「それはまあ、何というか……愛の力、というところでしょう...
と、彼は苦笑混じりに答えたという。
なお、英雄サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガには三人の訓...
彼は彼女らが毎朝出す毒液によって己の体を鍛えていたとい...
やはり、その真偽は定かではないのである。
<了>
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