ゼロの使い魔保管庫
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**ゼロの飼い犬11 人形姫の溜息 ...
■1
「はぁ〜〜〜」
透き通るような青空の下、爽やかな午後の陽気に不似合いな...
俺がついたものではない。ベンチの隣に座ってるルイズのもの...
ヴェストリの広場にやってきてから、今ので何回目なのか数...
「ダメだわ、やっぱりわたしなんかに詩作なんて無理よ」
その愚痴も何度目かわからない。ルイズはここ数日間の間、...
結婚式の際にルイズが唱えるという、祝辞の言葉を考えている。
しかし前に聞いた限りでは、ルイズの作った詩は出来が良い...
詩と呼べるのかどうかすら怪しいもので、俺がダメ出しをして...
今日もルイズは祈祷書とやらを眺めてうんうんと唸っており、
俺は意味もなくそれに付き合わされている。だって逃げると機...
けど、ルイズはこれだけ苦心していて、何度も無理だ駄目だ...
諦めて投げ出すとか姫さまに断りに行くといったことはしない。
プライドが高いのか、責任感があるのか。それに根気も一応...
その点は尊敬できるのだが、何せ致命的に詩のセンスが無いの...
「あのさ、思うんだけど、参考にするものが何にも無い状態から
素人が詩を作ろうってのがそもそも無茶なんじゃないのか?」
見かねてそう聞いてみると、
「でも、この始祖の祈祷書を持って詔を考えるしきたりになっ...
ルイズは頬を膨らませた。白紙の本を眺めて何が変わるとい...
「そういう決まりなのかもしれないけどさ……」
地球にいたころ学校の課題で作文やレポートを書かされたこ...
そういうとき、いきなり原稿用紙やワープロを前にしたって何...
課題の題材に見合った資料とかと照らし合わせて書く内容を決...
ルイズが考えなくてはいけない、祝辞の詩の場合どうだろう。
図書館で詩の本を読んで参考にしてみる、とか?
頭を捻っていると、広場の端っこを小さなマント姿がてくて...
身長より高い杖を重そうに持っているあの子は、タバサ。
無口で何を考えてるのかわからなくてとっつきにくいと思っ...
この前の宝探しの時に色々あって、少し話しかけやすくなった。
タバサが小脇に小難しそうな本を抱えているのが目に入って...
彼女にだったら相談できるかもしれない。
「ルイズ、ちょっと来い」
「え、何よ急に?」
ベンチから立ち上がって、ルイズの手を引きタバサのところ...
「タバサ」
すぐ後ろまで行って呼びかけると、彼女は静かに振り向いた。
「?」
「悪いけど、ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんだ。こ...
「図書館に」
タバサは本を持った手を少し動かして、そう答えた。
「ちょうど良かった。実はだな……」
ルイズが姫さまの結婚式のために祝辞の詩を作らなければい...
ルイズにも俺にも詩を作る技術なんかなくて、行き詰まってい...
「――それで、迷惑じゃなかったらでいいんだけど、参考になり...
そういうのを知ってたら教えて欲しいんだ。ほら、タバサって...
手を合わせてタバサにお願いする。恩を着せるつもりじゃな...
タバサは『月の涙』の探索の時に俺に助けられたことについて...
体で”続き”を払うっていうのは流石に冗談だと思うし本当に...
こういうお願いを聞いてもらうことでお礼の代わりにしてもら...
■2
「ちょっと、この子にそんなこと頼んだって……」
「いい」
ルイズが呆れた声で俺の脇腹をつついたが、タバサは短くそ...
「え?」
「構わない、協力する。図書館まで来て」
タバサは俺とルイズの顔を交互に見た後、踵を返して図書館...
「相談に乗ってくれるってさ。ほら、行こうぜ……って、いてて...
後を追おうとしたら、ルイズに耳を引っ張られた。
「ちょっと、いつの間にあの子を手懐けたのよ」
「手懐けたって、宝探しの時にうち解けただけだよ。痛いから...
「ほんと? それだけ?」
ジト目を俺に寄せてくるルイズ。ごめんなさい、本当はそれ...
「今はそんなこといいだろ、早く追いかけようぜ」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
ルイズをどうにか振りほどいて、俺はタバサの向かった先に...
「使えそうなのは、これとこれと、これ……」
タバサは図書館に着くなりそびえ立つ本棚の塔の上の方まで...
本をいくつか選び取って戻ってきた。それらを読書机の上に積...
「各国の冠婚葬祭で使われた詩が解説されてるのが、この本。
こちらは有名な詩人の、四系統を季節になぞらえて詠われた詩...
タバサはそのうち何冊かを取り上げて、ルイズに差し出した。
「あ、ありがと。でも、こんなのを参考にしちゃったら、盗作...
「まず、詩を読み慣れていないことには詩作なんてできない。
遠回りに思えるかもしれないけど、とりあえず自分で作ること...
タバサはルイズの目を真っすぐ見つめてそう言った。ルイズ...
気圧されたのか、やや納得しきれない顔をしつつも椅子に座っ...
タバサのやつ、ルイズをあっさり説得するとは俺も見習いた...
「んー、俺はどうしようかな」
ルイズが詩集を読み始めてしまったので、俺は手持ち無沙汰...
何気なくタバサが持ってきた本のひとつを手にとってページを...
さほど厚くもなく、挿し絵がちらほら載っている本だ。児童...
凛々しい剣士が宝探しやら幻獣退治やらをしている様子の絵が...
「これって、ひょっとして『イーヴァルディの勇者』?」
「そう。イーヴァルディの勇者を題材にした、詩……というより...
タバサに聞くと、すぐに答えが返ってきた。あまりルイズの...
ならなそうだけど、どうしてこんなの持ってきたんだろう。
「ここは何て書いてあるんだ?」
童謡だけあって文章も簡単そうだ。最初のページを開いて聞...
「『イーヴァルディ、勇気ある少年、心優しい少年。剣を振る...
タバサは指で文字をなぞりながら、中身を朗読してくれた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
何だか変な感覚に襲われる。タバサが読んでくれた部分が、...
気がしてきたのだ。この単語が『イーヴァルディ』で、その単...
「えっと、隣のページには何て?」
「『イーヴァルディは友のため、深い森に向かう決意をした。
病気で伏せる友のため、魔物の巣くう森の中、薬草を採りに踏...
やっぱり。タバサに読んでもらう前から、そのページには『...
何かすることになった』といった内容の文章が書かれているこ...
■3
一度教えられた単語をすぐに覚えて、別の文章の中でどのよ...
一瞬で判断できてしまったことになる。俺ってこんなに語学力...
首を傾げつつも、ルイズがメモを取るために持ってきた紙と...
これならわりと簡単にこの世界の文字が読めるようになりそ...
「悪いけどタバサ、ちょっと言葉を教えてくれないか? そう...
タバサは俺の態度を見て何か感じ取ったのか、隣に座って紙...
アルファベットを崩したような字が六文字。その隣にカタカ...
その調子で、読めたら後々便利そうな単語をタバサに書いて...
英語の授業で単語帳を作ったのに似ている。
その後にもう一度イーヴァルディの童謡集を読んでみたら、...
わかる部分が増えている。単語帳を参照しなくても大丈夫なく...
まだ知らない単語はタバサに教えてもらいつつ、本を読み進...
「……ちょっと。人が詩の勉強してる横で、何してんのよ」
しばらくの後、不意に禍々しい怒気を孕んだ声が聞こえてき...
気がつけば、俺とタバサの顔は目と鼻の先まで近付いて、肩を...
本を覗き込んでる状態。俺は慌てて離れて、ルイズに誤魔化し...
「えっと、ほら、俺たちも勉強だよ。せっかくだし字を学ぼう...
言い訳すると、ルイズは俺を睨みつけた後、その視線をぎろ...
「……何かヘンじゃない? どうしてタバサがそんなにアンタの...
やっぱり何かあったんじゃないの?」
ぎくっ、鋭い。普段は誤解ばっかりするくせに、なぜこうい...
「差し当たり、それは問題じゃない。あなたは詩作に専念すべ...
タバサはルイズのガン見にも動じず、そう言い切った。ルイ...
「後できっちり説明してもらうかんね。覚悟しときなさいよ」
タバサの正論に何も言い返さず、ルイズは詩の本に視線を戻...
助かったけど今夜大変なことになりそうだ。
溜息をつくと、タバサがまた俺に肩を寄せてくる。まだ本を...
やっぱり、タバサの方も『月の涙』の時の恩返しのつもりなの...
すぐ近くにタバサの顔が迫って、吐息まで感じられる。あの...
思い出して胸が高鳴ってしまいながら、タバサの好意に甘えて...
∞ ∞ ∞
夕食前の時間までわたしたちは図書館で過ごすことになり、...
わたしに礼を言った後、本をいくつか借りてから帰って行った。
夕食を済ませて部屋に戻ったわたしは、懐から一枚の紙を取...
今日、成り行きでヒラガサイトに字を教えることになった時、
彼は見たこともない字を書いていた。この紙は、その字をこっ...
わたしがトリステイン公用語の単語を紙に書いて教えた後、...
”自分の使っている字で”その横に書き加え、簡易的な辞書のよ...
つまり、彼は文字が扱えないわけではなく、母国語の字は使...
読み書きできない状態であるのだということがわかる。
彼が書いた単語の写しを眺める。彼の主人の名前、『ルイズ...
それぞれ三文字。最初から母音と子音が合わさって一文字にな...
次の単語に目を向けると、『平賀才人』。これで彼のフルネ...
彼が書いた単語のうち、『ルイズ』や『タバサ』、あるいは...
明らかに複雑な文字が使われている。
■4
さらに見ていくと、『学校』『魔法』『姫さま』『街』……。...
自信が無いくらい込み入った文字が並んでいる。
そして、『火』『水』『風』『土』。四系統を示す言葉が、...
これで大体の予測がついた。彼の母国語は、トリステイン公用...
表意文字という形式のものなのだろう。東方にはそういった字...
けれど、わたしが知っているどんな文字とも合致しない。完...
その紙を机の上に置くと、わたしはベッドに腰掛けた。
彼は自称していたロバ・アル・カリイエよりも、もっと遠い...
容貌や常識がわたしたちとは大きく離れていることに加えて、
『月の涙』探しに巻き込んでしまった時に彼がわたしに言った...
昔の人間は摩擦熱で火をつけていたとか、人間が他の動物に...
武器を扱えたからだとか。彼はさも当然のような口調でそう言...
そんな話は聞いたことがないのに、完全な出鱈目だとも思え...
以前から疑念を抱いていた。彼はそもそも、貴族と平民の身...
魔法すら存在しない土地からここに召還されたのでは、と。
大きく溜息をつく。どうしてこんなに真剣に彼のことを考え...
ただの好奇心? それとも?
思い当たるところがある。それは、彼が始祖ブリミルの使い...
『ガンダールヴ』なのではないかと思えること。左手のルーン...
そして人間の使い魔であるという特殊性。
それらの観点から、ヒラガサイトは伝説の使い魔なのではな...
ならば、誰だって多少の関心は持つに決まっている。
――けれど、仮に彼が伝説の使い魔だったとして、だから何?
わたしは宝探しの時の一見で、彼に恩と借りを感じている。...
重要なのはそれだけであって、彼の素性は関係がないはず。
無用な詮索も勝手な想像も、まったく意味がない。
そう頭を切り換えようとしたとき、窓が開き、夜風と共に人...
「あいたた……やっぱり慣れないのね、きゅいきゅい」
長い髪を纏った裸身をよたよたと立ち上がらせてそう言うと...
風韻竜のシルフィードがベッドの側に寄ってくる。
視線で何か用? と聞く。彼女が人間の姿に化けてまで自ら...
「お姉さまが何だか悩んでるみたいだったから。最近のお姉さ...
そんな自覚はないけど。遠目からでもわかるくらい変わった...
「シルフィを甘く見ないで欲しいのね。お姉さまのことなら何...
ずばりお姉さま、あの平民の子のこと考えてたでしょう?」
シルフィは得意げに指をくるくる回しながらそう言った。当...
彼女にまで言い当てられて、わたしの心がちくりと痛む。
「……わたしは、打算的なことを考えてる」
自分でも後ろめたかったからだろうか。話し相手が出来て、...
「? どういうことなの?」
「彼……サイトのことが気になってるのは事実。けれど、それは...
彼が有能で、頼りになる存在だと知ってしまったから。
だから……わたしは今後何かあったときに彼の協力を得るために...
彼にある程度近付いておきたいと考えている」
わたしは胸の中に渦巻いていたものを一気に吐露した。そう...
わたしは独りで戦うと決めていた。それは他人を巻き込まな...
他人に甘えないための意味があった。
でも、わたしは『月の涙』の探索の時に、彼が強い人……、た...
機転を利かせることも仲間を勇気づけることもできる人だと知...
そんな人と協力することがどれだけ有効なのかも知ってしま...
■5
そして何より、彼が損得抜きで他人のために助力してくれる...
もしわたしが甘えて頼っても、受け入れてくれる人だと。
だからわたしは、彼に付け入ろうとした。報いだなんて言っ...
その後に冗談交じりに思わせぶりなことを言ったのも、今日彼...
全部彼に近付くため。わたしに関心を持って貰うため。
そして、いざというときが来たら、彼の力を”使わせてもらう”...
彼の正体についてのヒントを調べているのも、その一環に過...
突き詰めればそういうこと。自分の浅ましさを改めて認識す...
「わたしは目的のためだったら汚い手だって惨めな手だって使...
それを確認してただけの話」
自嘲してそう言うと、シルフィは眉をひそめて額に人差し指...
「きゅい、お姉さまの考えることはごちゃごちゃしててシルフ...
「あなたにはわからなくていい。わからない方がいい」
そう返すと、シルフィは腕を組んでわたしをじっと見た。
「もっと簡単に言って欲しいのね。つまり、お姉さまはあの子…...
「え?」
あっけらかんとした口から飛び出してきた言葉に、わたしは...
「だって、頼りになる男の子のことが気になって、その子と仲...
要するにお姉さまがその子のことを好きだってことなのね。ち...
「ちが……!」
何を言ってるのかこの使い魔は。とんでもない台詞に混乱し...
「そんな浮ついた感情じゃない。もっと不純で、即物的な……」
「また難しい言葉でややこしくするの。そんなこと言われても...
シルフィはやれやれと肩をすくめた。とりつく島もない。シ...
否定する言葉を探すけど、見つからない。自分でも不思議なく...
違う。恋っていうのはもっと純粋な……、いや、わたしだって...
綺麗で甘美なだけのものじゃないことくらい知ってる。お互い...
感情だけで済まない周囲の環境要素も含めた上で恋愛というも...
そもそも恋愛感情というのは男女がより優秀なパートナーを...
その相手と結ばれることを目的として存在するものだ。つまり...
自分に対しより多くのメリットを提供してくれる異性を”好き”...
……あれ? 待って。そうすると自分を助けてくれた、自分に...
恋してしまうのはむしろ必然? しごく当然のこと?
おかしい。落ち着いて。シルフィの言葉を否定するつもりだ...
これじゃあ逆に肯定することになってしまう。
いつも冷静であるように努めてるのに、頭が熱くなってくる。
「……なんだか余計に悩んじゃってるみたいなのね。でも恋をす...
じっくり一人で悩むといいのね、お姉さま」
「あ……シルフィ!」
シルフィは呆れた声で言うと、窓から身を躍らせて風竜の姿...
わたしを混乱させることだけ言って帰るなんて、一体何をし...
とっさに立ち上がってしまい……わたしは、いつになく自分が...
ただ座っていただけなのに心拍が早くなっている。頬に手を...
■6
「彼のことが、好き……」
シルフィが出て行った窓を閉めると、わたしはベッドに身を...
ヒラガサイト。ゼロのルイズの使い魔。あらゆる意味で普通...
変わった存在。彼に対してまったく興味がないといったら嘘に...
彼については、あの『月の涙』探しの一件よりも以前から、...
その理由は……彼が、強いからだ。ギーシュ・グラモンに決闘...
『破壊の杖』を使って盗賊フーケを捕まえたこと。わたしは直...
アルビオンでスクウェアメイジであるワルド子爵を倒したとい...
メイジの強さとは質が違う彼の能力。その正体を知りたいと...
けれどその関心は、わたしが知識を得るために本を読みあさ...
同等のものであるはずだった。興味があるのは彼の能力であっ...
それは今だって変わらないはず。
「……本当に?」
自問する。自分の感情を考え直す。
『月の涙』の探索の際にわたしが杖を手放してしまい、また...
その時、わたしは彼に助けられた。魔法が使えなくなり、また...
わたしは剣を持っていない、普通の平民とさほど変わらないは...
わたしはあの時……安心した。あれだけの窮地で、生きて帰れ...
彼が側にいてくれたことで。彼がわたしのためにしてくれたこ...
平時の学院にいても意識することなどない安心。あの夜のわ...
目を閉じて、あの時の感覚を思い出す。冷えた体。失われた...
意識もはっきりしない状態で、わたしは彼の肌が、彼の体温が...
彼がわたしを慈しむように抱きしめ、温めてくれたのが嬉し...
嬉しかったからこそ、わたしはそれに溺れてはいけないはず...
他人の温もりに甘えたら、そこから決心や覚悟が鈍る。いざ...
窮地を切り抜けることができなくなる。だからわたしは、彼の...
――なのに。
胸の中に、熱く切ない物が膨らむ。
わたしは彼の優しさを享受してしまった。それどころか、自...
自分を律することができなかった。それほどまでにあの時の...
そして彼の温もりが、彼の言葉が甘美だった。
それがわたしの弱さ故のことならばまだいい。けれど、あの...
わたしに関心を持たせるようなことを言った。彼の能力と優し...
後々利用できるようにするために。自分の弱さにも汚さにも、...
こんなわたしの感情が、恋なわけがない。
それに。わたしは目を瞑ったまま、自分の胸にブラウス越し...
その指を腹部の方に滑らせていき、腰から足まで移動させる。
下級生まで含めて、この学院で一番貧相なんじゃないかと思...
こんな体でわたしは、彼に媚びを売って関心を持ってもらお...
お笑い種。身の程知らずもいいところ。惨めさと滑稽さに、...
あの夜自分が彼に言った言葉を思い出して、羞恥が湧き上がっ...
やっぱり、あの時のわたしはどうかしていた。
仮に恋であったとしても、こんな体で恋愛だなんて文字通り...
わたしは内面でも外見でも、恋をするに足る資格が無い。
自分の体の幼さを再び確認するかのように、
足まで這わせた手を胸の方まで戻す。すると――。
■7
『タバサ、可愛い……』
あの時。わたしが彼に無茶な要求をして、体を弄らせた時の...
そう言われたとき、彼はわたしの胸を触っていた。この、ま...
乳房とも呼べない胸を。こんな風に。
指に力を入れて、胸全体を撫で回す。じわじわと甘い痺れが...
心臓が早く鼓動しているのが感じられる。
彼にされたときは、こんなものじゃなかった。もっと、頭も...
甘くて温かくて、なのにもどかしい感覚だった。
『本当だよ。絶対に嘘なんかついてない。俺は小さい子が好き...
下心持ったんじゃなくて、タバサが可愛いから下心持ったんだ...
その後、やや焦ったような口調で彼はそう言ってきた。耳元...
耳たぶを舌でくすぐられて、小さく噛まれて……。まるで自分の...
なくなってしまったみたいに、未知の感覚に震えた。
わからない。彼がわたしに下心を持ったなんて言ったのは、...
彼がこんな体に興奮なんてするわけない。だって、キュルケや...
女性らしい体つきに目を奪われていた。彼女たちに近寄られて...
あんなの、ただわたしに気を遣っただけの方便。
『可愛い、綺麗……』
「……っ!!」
その声を思い出して、体がびくんと跳ねた。ベッドがきしむ...
あんなに優しく、労るような手つきでわたしを撫でてくれたの...
その時かけてくれた言葉も。全部嘘? 演技?
違う。彼はそんなことができる人じゃない。そんなことをす...
嘘がつけない人で、真っ直ぐで……わたしとは正反対で。
だから、わたしはあの時彼に――惹かれたんだ。
「ふっ……は、ぁ……ぁあ……!」
それを認めてしまったとき、体中にびりびりと快楽が走り抜...
抑えていた吐息があられもなく口から漏れる。
あの時の彼の指。ブラウスの上からじゃ再現できない。
シャツのボタンを外すと、前をはだけた。その下のシミーズを...
あの時と違って自分の背中に触れているのが温かい肌ではな...
冷たいベッドのシーツだということを物足りなく感じながら、...
指を持って行く。
指先で引っ掻くと、弾けるような刺激と共に胸の奥が締め付...
わたしの乳首、虫さされの跡か何かと区別がつかないような...
固く熱くなっていた。夢中になってその部分を摘み、揉みほぐ...
勝手に顎が持ち上がった。喉の奥からよくわからない声が絞...
両脚が突っ張り、足の指がシーツをぎゅっと握りしめる。
気持ちいい。頭がとろけそう。でも、彼にされたときはもっ...
もっと満たされた。わたしが記憶を頼りに真似をしたって、と...
触り方が違うっていうのもある。けど、一番違うのは……温も...
彼の胸の温かさ。彼の指の温かさ。彼の吐息の温かさ。彼の...
それが、わたしを包み込んで。わたしの心を覆い隠した雪を...
柔らかい灯りになって、わたしを弱くした。わたしを安心させ...
体だけでなく、心まで愛撫してきた。
わたしは、その心地よさを、温かさを。また得たいと思って...
だからだ。『それじゃ納得できない』だの、『続きは後にして...
彼への恩や借りという名目こそ、わたしが彼に使った方便。
■8
わたしは今日、中庭で彼に声をかけられて、期待してしまっ...
もちろん、彼が正直にわたしの言った『続き』を求めてくる...
けれど、彼がわたしに話しかけたということは、
わたしにいくらかの関心を持ってくれたということだから。
そして、彼の隣に彼の主人であるルイズがいるのを見たとき…...
彼のわたしへの頼み事が、ルイズを助けるためのものだという...
残念だと思った。
彼に対して何か明確なものを求めていたわけではないのだけ...
それでも、わたしの中には確かな不満が生まれた。
わたしが彼に対して借りがあるのだから、わたしから何か求...
その気持ちは何なのだろう。彼と一緒に本を読んでいたとき...
声をかけられて”邪魔をされた”と思ったのは。
二人で連れ添って部屋に帰って行くのを見送って、胸に嫌な...
わたしは何を求めていたというのだろう。
火照った身体の中に、甘い快感と、切ない苦みが同時に溜ま...
あの夜の感覚を思い出すようにして、指を胸から下の方へずら...
膝の方まで下ろし、下着の上から”そこ”に触れると、じんわり...
彼の指は、壊れ物を扱うみたいに、繊細にここを触れた。わ...
恐らく、子供を産むための機能どころか、男性を迎え入れるた...
備えていないであろう、未発達の性器。
下着の中に手を差し入れて、直接触れる。発毛もない。濡れ...
スリットを開いて膣口と思しきところに指を差し入れようとし...
今までさして気にしていなかったのに、不安になる。このま...
ろくに成長しなかったらどうしよう。そう思ってしまう。
凍り付いたように時を止めてしまった体。それが、今さらな...
誰に差し出すわけでもないのに。誰に抱かれるつもりでもな...
けれど、もし、ちゃんと成長していたら……身長も、肉付きも...
そうしたら、あなたは――。
身体の奥に膨らんだものが、今にも弾けそうになってきた。
彼にそうされたように、片手の指をスリットに当てて滑らせ...
この心の雪を溶かしてしまいそうになったのだから、もしか...
溶かしてくれますか。まともにものを考えられなくなった頭に...
そのままわたしは指を動かして、追いつめられていって……。
あの夜、彼に抱かれながらの時よりもずっと冷たく味気ないベ...
波が引いた後、荒くなった息を整えながら衣服を整えようと...
手に何か固い物が当たった。引き寄せると、それは一冊の本。
寝る前に読んでそのままベッドの上に放置してしまったものだ。
『イーヴァルディの勇者』の研究書。題材が創作物語なので...
学術書ではない。その中では、イーヴァルディの勇者とガンダ...
指摘されていた。もちろん、ただの俗説に過ぎない。
わたしはその本のページをぱらぱらとめくった後、枕元に戻...
胸の奥から深い溜息が漏れる。彼の腕の中の温かさと、彼の...
思い出してしまって……。一人でいるこのベッドの上が、やけに...
つづく
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終了行:
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**ゼロの飼い犬11 人形姫の溜息 ...
■1
「はぁ〜〜〜」
透き通るような青空の下、爽やかな午後の陽気に不似合いな...
俺がついたものではない。ベンチの隣に座ってるルイズのもの...
ヴェストリの広場にやってきてから、今ので何回目なのか数...
「ダメだわ、やっぱりわたしなんかに詩作なんて無理よ」
その愚痴も何度目かわからない。ルイズはここ数日間の間、...
結婚式の際にルイズが唱えるという、祝辞の言葉を考えている。
しかし前に聞いた限りでは、ルイズの作った詩は出来が良い...
詩と呼べるのかどうかすら怪しいもので、俺がダメ出しをして...
今日もルイズは祈祷書とやらを眺めてうんうんと唸っており、
俺は意味もなくそれに付き合わされている。だって逃げると機...
けど、ルイズはこれだけ苦心していて、何度も無理だ駄目だ...
諦めて投げ出すとか姫さまに断りに行くといったことはしない。
プライドが高いのか、責任感があるのか。それに根気も一応...
その点は尊敬できるのだが、何せ致命的に詩のセンスが無いの...
「あのさ、思うんだけど、参考にするものが何にも無い状態から
素人が詩を作ろうってのがそもそも無茶なんじゃないのか?」
見かねてそう聞いてみると、
「でも、この始祖の祈祷書を持って詔を考えるしきたりになっ...
ルイズは頬を膨らませた。白紙の本を眺めて何が変わるとい...
「そういう決まりなのかもしれないけどさ……」
地球にいたころ学校の課題で作文やレポートを書かされたこ...
そういうとき、いきなり原稿用紙やワープロを前にしたって何...
課題の題材に見合った資料とかと照らし合わせて書く内容を決...
ルイズが考えなくてはいけない、祝辞の詩の場合どうだろう。
図書館で詩の本を読んで参考にしてみる、とか?
頭を捻っていると、広場の端っこを小さなマント姿がてくて...
身長より高い杖を重そうに持っているあの子は、タバサ。
無口で何を考えてるのかわからなくてとっつきにくいと思っ...
この前の宝探しの時に色々あって、少し話しかけやすくなった。
タバサが小脇に小難しそうな本を抱えているのが目に入って...
彼女にだったら相談できるかもしれない。
「ルイズ、ちょっと来い」
「え、何よ急に?」
ベンチから立ち上がって、ルイズの手を引きタバサのところ...
「タバサ」
すぐ後ろまで行って呼びかけると、彼女は静かに振り向いた。
「?」
「悪いけど、ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんだ。こ...
「図書館に」
タバサは本を持った手を少し動かして、そう答えた。
「ちょうど良かった。実はだな……」
ルイズが姫さまの結婚式のために祝辞の詩を作らなければい...
ルイズにも俺にも詩を作る技術なんかなくて、行き詰まってい...
「――それで、迷惑じゃなかったらでいいんだけど、参考になり...
そういうのを知ってたら教えて欲しいんだ。ほら、タバサって...
手を合わせてタバサにお願いする。恩を着せるつもりじゃな...
タバサは『月の涙』の探索の時に俺に助けられたことについて...
体で”続き”を払うっていうのは流石に冗談だと思うし本当に...
こういうお願いを聞いてもらうことでお礼の代わりにしてもら...
■2
「ちょっと、この子にそんなこと頼んだって……」
「いい」
ルイズが呆れた声で俺の脇腹をつついたが、タバサは短くそ...
「え?」
「構わない、協力する。図書館まで来て」
タバサは俺とルイズの顔を交互に見た後、踵を返して図書館...
「相談に乗ってくれるってさ。ほら、行こうぜ……って、いてて...
後を追おうとしたら、ルイズに耳を引っ張られた。
「ちょっと、いつの間にあの子を手懐けたのよ」
「手懐けたって、宝探しの時にうち解けただけだよ。痛いから...
「ほんと? それだけ?」
ジト目を俺に寄せてくるルイズ。ごめんなさい、本当はそれ...
「今はそんなこといいだろ、早く追いかけようぜ」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
ルイズをどうにか振りほどいて、俺はタバサの向かった先に...
「使えそうなのは、これとこれと、これ……」
タバサは図書館に着くなりそびえ立つ本棚の塔の上の方まで...
本をいくつか選び取って戻ってきた。それらを読書机の上に積...
「各国の冠婚葬祭で使われた詩が解説されてるのが、この本。
こちらは有名な詩人の、四系統を季節になぞらえて詠われた詩...
タバサはそのうち何冊かを取り上げて、ルイズに差し出した。
「あ、ありがと。でも、こんなのを参考にしちゃったら、盗作...
「まず、詩を読み慣れていないことには詩作なんてできない。
遠回りに思えるかもしれないけど、とりあえず自分で作ること...
タバサはルイズの目を真っすぐ見つめてそう言った。ルイズ...
気圧されたのか、やや納得しきれない顔をしつつも椅子に座っ...
タバサのやつ、ルイズをあっさり説得するとは俺も見習いた...
「んー、俺はどうしようかな」
ルイズが詩集を読み始めてしまったので、俺は手持ち無沙汰...
何気なくタバサが持ってきた本のひとつを手にとってページを...
さほど厚くもなく、挿し絵がちらほら載っている本だ。児童...
凛々しい剣士が宝探しやら幻獣退治やらをしている様子の絵が...
「これって、ひょっとして『イーヴァルディの勇者』?」
「そう。イーヴァルディの勇者を題材にした、詩……というより...
タバサに聞くと、すぐに答えが返ってきた。あまりルイズの...
ならなそうだけど、どうしてこんなの持ってきたんだろう。
「ここは何て書いてあるんだ?」
童謡だけあって文章も簡単そうだ。最初のページを開いて聞...
「『イーヴァルディ、勇気ある少年、心優しい少年。剣を振る...
タバサは指で文字をなぞりながら、中身を朗読してくれた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
何だか変な感覚に襲われる。タバサが読んでくれた部分が、...
気がしてきたのだ。この単語が『イーヴァルディ』で、その単...
「えっと、隣のページには何て?」
「『イーヴァルディは友のため、深い森に向かう決意をした。
病気で伏せる友のため、魔物の巣くう森の中、薬草を採りに踏...
やっぱり。タバサに読んでもらう前から、そのページには『...
何かすることになった』といった内容の文章が書かれているこ...
■3
一度教えられた単語をすぐに覚えて、別の文章の中でどのよ...
一瞬で判断できてしまったことになる。俺ってこんなに語学力...
首を傾げつつも、ルイズがメモを取るために持ってきた紙と...
これならわりと簡単にこの世界の文字が読めるようになりそ...
「悪いけどタバサ、ちょっと言葉を教えてくれないか? そう...
タバサは俺の態度を見て何か感じ取ったのか、隣に座って紙...
アルファベットを崩したような字が六文字。その隣にカタカ...
その調子で、読めたら後々便利そうな単語をタバサに書いて...
英語の授業で単語帳を作ったのに似ている。
その後にもう一度イーヴァルディの童謡集を読んでみたら、...
わかる部分が増えている。単語帳を参照しなくても大丈夫なく...
まだ知らない単語はタバサに教えてもらいつつ、本を読み進...
「……ちょっと。人が詩の勉強してる横で、何してんのよ」
しばらくの後、不意に禍々しい怒気を孕んだ声が聞こえてき...
気がつけば、俺とタバサの顔は目と鼻の先まで近付いて、肩を...
本を覗き込んでる状態。俺は慌てて離れて、ルイズに誤魔化し...
「えっと、ほら、俺たちも勉強だよ。せっかくだし字を学ぼう...
言い訳すると、ルイズは俺を睨みつけた後、その視線をぎろ...
「……何かヘンじゃない? どうしてタバサがそんなにアンタの...
やっぱり何かあったんじゃないの?」
ぎくっ、鋭い。普段は誤解ばっかりするくせに、なぜこうい...
「差し当たり、それは問題じゃない。あなたは詩作に専念すべ...
タバサはルイズのガン見にも動じず、そう言い切った。ルイ...
「後できっちり説明してもらうかんね。覚悟しときなさいよ」
タバサの正論に何も言い返さず、ルイズは詩の本に視線を戻...
助かったけど今夜大変なことになりそうだ。
溜息をつくと、タバサがまた俺に肩を寄せてくる。まだ本を...
やっぱり、タバサの方も『月の涙』の時の恩返しのつもりなの...
すぐ近くにタバサの顔が迫って、吐息まで感じられる。あの...
思い出して胸が高鳴ってしまいながら、タバサの好意に甘えて...
∞ ∞ ∞
夕食前の時間までわたしたちは図書館で過ごすことになり、...
わたしに礼を言った後、本をいくつか借りてから帰って行った。
夕食を済ませて部屋に戻ったわたしは、懐から一枚の紙を取...
今日、成り行きでヒラガサイトに字を教えることになった時、
彼は見たこともない字を書いていた。この紙は、その字をこっ...
わたしがトリステイン公用語の単語を紙に書いて教えた後、...
”自分の使っている字で”その横に書き加え、簡易的な辞書のよ...
つまり、彼は文字が扱えないわけではなく、母国語の字は使...
読み書きできない状態であるのだということがわかる。
彼が書いた単語の写しを眺める。彼の主人の名前、『ルイズ...
それぞれ三文字。最初から母音と子音が合わさって一文字にな...
次の単語に目を向けると、『平賀才人』。これで彼のフルネ...
彼が書いた単語のうち、『ルイズ』や『タバサ』、あるいは...
明らかに複雑な文字が使われている。
■4
さらに見ていくと、『学校』『魔法』『姫さま』『街』……。...
自信が無いくらい込み入った文字が並んでいる。
そして、『火』『水』『風』『土』。四系統を示す言葉が、...
これで大体の予測がついた。彼の母国語は、トリステイン公用...
表意文字という形式のものなのだろう。東方にはそういった字...
けれど、わたしが知っているどんな文字とも合致しない。完...
その紙を机の上に置くと、わたしはベッドに腰掛けた。
彼は自称していたロバ・アル・カリイエよりも、もっと遠い...
容貌や常識がわたしたちとは大きく離れていることに加えて、
『月の涙』探しに巻き込んでしまった時に彼がわたしに言った...
昔の人間は摩擦熱で火をつけていたとか、人間が他の動物に...
武器を扱えたからだとか。彼はさも当然のような口調でそう言...
そんな話は聞いたことがないのに、完全な出鱈目だとも思え...
以前から疑念を抱いていた。彼はそもそも、貴族と平民の身...
魔法すら存在しない土地からここに召還されたのでは、と。
大きく溜息をつく。どうしてこんなに真剣に彼のことを考え...
ただの好奇心? それとも?
思い当たるところがある。それは、彼が始祖ブリミルの使い...
『ガンダールヴ』なのではないかと思えること。左手のルーン...
そして人間の使い魔であるという特殊性。
それらの観点から、ヒラガサイトは伝説の使い魔なのではな...
ならば、誰だって多少の関心は持つに決まっている。
――けれど、仮に彼が伝説の使い魔だったとして、だから何?
わたしは宝探しの時の一見で、彼に恩と借りを感じている。...
重要なのはそれだけであって、彼の素性は関係がないはず。
無用な詮索も勝手な想像も、まったく意味がない。
そう頭を切り換えようとしたとき、窓が開き、夜風と共に人...
「あいたた……やっぱり慣れないのね、きゅいきゅい」
長い髪を纏った裸身をよたよたと立ち上がらせてそう言うと...
風韻竜のシルフィードがベッドの側に寄ってくる。
視線で何か用? と聞く。彼女が人間の姿に化けてまで自ら...
「お姉さまが何だか悩んでるみたいだったから。最近のお姉さ...
そんな自覚はないけど。遠目からでもわかるくらい変わった...
「シルフィを甘く見ないで欲しいのね。お姉さまのことなら何...
ずばりお姉さま、あの平民の子のこと考えてたでしょう?」
シルフィは得意げに指をくるくる回しながらそう言った。当...
彼女にまで言い当てられて、わたしの心がちくりと痛む。
「……わたしは、打算的なことを考えてる」
自分でも後ろめたかったからだろうか。話し相手が出来て、...
「? どういうことなの?」
「彼……サイトのことが気になってるのは事実。けれど、それは...
彼が有能で、頼りになる存在だと知ってしまったから。
だから……わたしは今後何かあったときに彼の協力を得るために...
彼にある程度近付いておきたいと考えている」
わたしは胸の中に渦巻いていたものを一気に吐露した。そう...
わたしは独りで戦うと決めていた。それは他人を巻き込まな...
他人に甘えないための意味があった。
でも、わたしは『月の涙』の探索の時に、彼が強い人……、た...
機転を利かせることも仲間を勇気づけることもできる人だと知...
そんな人と協力することがどれだけ有効なのかも知ってしま...
■5
そして何より、彼が損得抜きで他人のために助力してくれる...
もしわたしが甘えて頼っても、受け入れてくれる人だと。
だからわたしは、彼に付け入ろうとした。報いだなんて言っ...
その後に冗談交じりに思わせぶりなことを言ったのも、今日彼...
全部彼に近付くため。わたしに関心を持って貰うため。
そして、いざというときが来たら、彼の力を”使わせてもらう”...
彼の正体についてのヒントを調べているのも、その一環に過...
突き詰めればそういうこと。自分の浅ましさを改めて認識す...
「わたしは目的のためだったら汚い手だって惨めな手だって使...
それを確認してただけの話」
自嘲してそう言うと、シルフィは眉をひそめて額に人差し指...
「きゅい、お姉さまの考えることはごちゃごちゃしててシルフ...
「あなたにはわからなくていい。わからない方がいい」
そう返すと、シルフィは腕を組んでわたしをじっと見た。
「もっと簡単に言って欲しいのね。つまり、お姉さまはあの子…...
「え?」
あっけらかんとした口から飛び出してきた言葉に、わたしは...
「だって、頼りになる男の子のことが気になって、その子と仲...
要するにお姉さまがその子のことを好きだってことなのね。ち...
「ちが……!」
何を言ってるのかこの使い魔は。とんでもない台詞に混乱し...
「そんな浮ついた感情じゃない。もっと不純で、即物的な……」
「また難しい言葉でややこしくするの。そんなこと言われても...
シルフィはやれやれと肩をすくめた。とりつく島もない。シ...
否定する言葉を探すけど、見つからない。自分でも不思議なく...
違う。恋っていうのはもっと純粋な……、いや、わたしだって...
綺麗で甘美なだけのものじゃないことくらい知ってる。お互い...
感情だけで済まない周囲の環境要素も含めた上で恋愛というも...
そもそも恋愛感情というのは男女がより優秀なパートナーを...
その相手と結ばれることを目的として存在するものだ。つまり...
自分に対しより多くのメリットを提供してくれる異性を”好き”...
……あれ? 待って。そうすると自分を助けてくれた、自分に...
恋してしまうのはむしろ必然? しごく当然のこと?
おかしい。落ち着いて。シルフィの言葉を否定するつもりだ...
これじゃあ逆に肯定することになってしまう。
いつも冷静であるように努めてるのに、頭が熱くなってくる。
「……なんだか余計に悩んじゃってるみたいなのね。でも恋をす...
じっくり一人で悩むといいのね、お姉さま」
「あ……シルフィ!」
シルフィは呆れた声で言うと、窓から身を躍らせて風竜の姿...
わたしを混乱させることだけ言って帰るなんて、一体何をし...
とっさに立ち上がってしまい……わたしは、いつになく自分が...
ただ座っていただけなのに心拍が早くなっている。頬に手を...
■6
「彼のことが、好き……」
シルフィが出て行った窓を閉めると、わたしはベッドに身を...
ヒラガサイト。ゼロのルイズの使い魔。あらゆる意味で普通...
変わった存在。彼に対してまったく興味がないといったら嘘に...
彼については、あの『月の涙』探しの一件よりも以前から、...
その理由は……彼が、強いからだ。ギーシュ・グラモンに決闘...
『破壊の杖』を使って盗賊フーケを捕まえたこと。わたしは直...
アルビオンでスクウェアメイジであるワルド子爵を倒したとい...
メイジの強さとは質が違う彼の能力。その正体を知りたいと...
けれどその関心は、わたしが知識を得るために本を読みあさ...
同等のものであるはずだった。興味があるのは彼の能力であっ...
それは今だって変わらないはず。
「……本当に?」
自問する。自分の感情を考え直す。
『月の涙』の探索の際にわたしが杖を手放してしまい、また...
その時、わたしは彼に助けられた。魔法が使えなくなり、また...
わたしは剣を持っていない、普通の平民とさほど変わらないは...
わたしはあの時……安心した。あれだけの窮地で、生きて帰れ...
彼が側にいてくれたことで。彼がわたしのためにしてくれたこ...
平時の学院にいても意識することなどない安心。あの夜のわ...
目を閉じて、あの時の感覚を思い出す。冷えた体。失われた...
意識もはっきりしない状態で、わたしは彼の肌が、彼の体温が...
彼がわたしを慈しむように抱きしめ、温めてくれたのが嬉し...
嬉しかったからこそ、わたしはそれに溺れてはいけないはず...
他人の温もりに甘えたら、そこから決心や覚悟が鈍る。いざ...
窮地を切り抜けることができなくなる。だからわたしは、彼の...
――なのに。
胸の中に、熱く切ない物が膨らむ。
わたしは彼の優しさを享受してしまった。それどころか、自...
自分を律することができなかった。それほどまでにあの時の...
そして彼の温もりが、彼の言葉が甘美だった。
それがわたしの弱さ故のことならばまだいい。けれど、あの...
わたしに関心を持たせるようなことを言った。彼の能力と優し...
後々利用できるようにするために。自分の弱さにも汚さにも、...
こんなわたしの感情が、恋なわけがない。
それに。わたしは目を瞑ったまま、自分の胸にブラウス越し...
その指を腹部の方に滑らせていき、腰から足まで移動させる。
下級生まで含めて、この学院で一番貧相なんじゃないかと思...
こんな体でわたしは、彼に媚びを売って関心を持ってもらお...
お笑い種。身の程知らずもいいところ。惨めさと滑稽さに、...
あの夜自分が彼に言った言葉を思い出して、羞恥が湧き上がっ...
やっぱり、あの時のわたしはどうかしていた。
仮に恋であったとしても、こんな体で恋愛だなんて文字通り...
わたしは内面でも外見でも、恋をするに足る資格が無い。
自分の体の幼さを再び確認するかのように、
足まで這わせた手を胸の方まで戻す。すると――。
■7
『タバサ、可愛い……』
あの時。わたしが彼に無茶な要求をして、体を弄らせた時の...
そう言われたとき、彼はわたしの胸を触っていた。この、ま...
乳房とも呼べない胸を。こんな風に。
指に力を入れて、胸全体を撫で回す。じわじわと甘い痺れが...
心臓が早く鼓動しているのが感じられる。
彼にされたときは、こんなものじゃなかった。もっと、頭も...
甘くて温かくて、なのにもどかしい感覚だった。
『本当だよ。絶対に嘘なんかついてない。俺は小さい子が好き...
下心持ったんじゃなくて、タバサが可愛いから下心持ったんだ...
その後、やや焦ったような口調で彼はそう言ってきた。耳元...
耳たぶを舌でくすぐられて、小さく噛まれて……。まるで自分の...
なくなってしまったみたいに、未知の感覚に震えた。
わからない。彼がわたしに下心を持ったなんて言ったのは、...
彼がこんな体に興奮なんてするわけない。だって、キュルケや...
女性らしい体つきに目を奪われていた。彼女たちに近寄られて...
あんなの、ただわたしに気を遣っただけの方便。
『可愛い、綺麗……』
「……っ!!」
その声を思い出して、体がびくんと跳ねた。ベッドがきしむ...
あんなに優しく、労るような手つきでわたしを撫でてくれたの...
その時かけてくれた言葉も。全部嘘? 演技?
違う。彼はそんなことができる人じゃない。そんなことをす...
嘘がつけない人で、真っ直ぐで……わたしとは正反対で。
だから、わたしはあの時彼に――惹かれたんだ。
「ふっ……は、ぁ……ぁあ……!」
それを認めてしまったとき、体中にびりびりと快楽が走り抜...
抑えていた吐息があられもなく口から漏れる。
あの時の彼の指。ブラウスの上からじゃ再現できない。
シャツのボタンを外すと、前をはだけた。その下のシミーズを...
あの時と違って自分の背中に触れているのが温かい肌ではな...
冷たいベッドのシーツだということを物足りなく感じながら、...
指を持って行く。
指先で引っ掻くと、弾けるような刺激と共に胸の奥が締め付...
わたしの乳首、虫さされの跡か何かと区別がつかないような...
固く熱くなっていた。夢中になってその部分を摘み、揉みほぐ...
勝手に顎が持ち上がった。喉の奥からよくわからない声が絞...
両脚が突っ張り、足の指がシーツをぎゅっと握りしめる。
気持ちいい。頭がとろけそう。でも、彼にされたときはもっ...
もっと満たされた。わたしが記憶を頼りに真似をしたって、と...
触り方が違うっていうのもある。けど、一番違うのは……温も...
彼の胸の温かさ。彼の指の温かさ。彼の吐息の温かさ。彼の...
それが、わたしを包み込んで。わたしの心を覆い隠した雪を...
柔らかい灯りになって、わたしを弱くした。わたしを安心させ...
体だけでなく、心まで愛撫してきた。
わたしは、その心地よさを、温かさを。また得たいと思って...
だからだ。『それじゃ納得できない』だの、『続きは後にして...
彼への恩や借りという名目こそ、わたしが彼に使った方便。
■8
わたしは今日、中庭で彼に声をかけられて、期待してしまっ...
もちろん、彼が正直にわたしの言った『続き』を求めてくる...
けれど、彼がわたしに話しかけたということは、
わたしにいくらかの関心を持ってくれたということだから。
そして、彼の隣に彼の主人であるルイズがいるのを見たとき…...
彼のわたしへの頼み事が、ルイズを助けるためのものだという...
残念だと思った。
彼に対して何か明確なものを求めていたわけではないのだけ...
それでも、わたしの中には確かな不満が生まれた。
わたしが彼に対して借りがあるのだから、わたしから何か求...
その気持ちは何なのだろう。彼と一緒に本を読んでいたとき...
声をかけられて”邪魔をされた”と思ったのは。
二人で連れ添って部屋に帰って行くのを見送って、胸に嫌な...
わたしは何を求めていたというのだろう。
火照った身体の中に、甘い快感と、切ない苦みが同時に溜ま...
あの夜の感覚を思い出すようにして、指を胸から下の方へずら...
膝の方まで下ろし、下着の上から”そこ”に触れると、じんわり...
彼の指は、壊れ物を扱うみたいに、繊細にここを触れた。わ...
恐らく、子供を産むための機能どころか、男性を迎え入れるた...
備えていないであろう、未発達の性器。
下着の中に手を差し入れて、直接触れる。発毛もない。濡れ...
スリットを開いて膣口と思しきところに指を差し入れようとし...
今までさして気にしていなかったのに、不安になる。このま...
ろくに成長しなかったらどうしよう。そう思ってしまう。
凍り付いたように時を止めてしまった体。それが、今さらな...
誰に差し出すわけでもないのに。誰に抱かれるつもりでもな...
けれど、もし、ちゃんと成長していたら……身長も、肉付きも...
そうしたら、あなたは――。
身体の奥に膨らんだものが、今にも弾けそうになってきた。
彼にそうされたように、片手の指をスリットに当てて滑らせ...
この心の雪を溶かしてしまいそうになったのだから、もしか...
溶かしてくれますか。まともにものを考えられなくなった頭に...
そのままわたしは指を動かして、追いつめられていって……。
あの夜、彼に抱かれながらの時よりもずっと冷たく味気ないベ...
波が引いた後、荒くなった息を整えながら衣服を整えようと...
手に何か固い物が当たった。引き寄せると、それは一冊の本。
寝る前に読んでそのままベッドの上に放置してしまったものだ。
『イーヴァルディの勇者』の研究書。題材が創作物語なので...
学術書ではない。その中では、イーヴァルディの勇者とガンダ...
指摘されていた。もちろん、ただの俗説に過ぎない。
わたしはその本のページをぱらぱらとめくった後、枕元に戻...
胸の奥から深い溜息が漏れる。彼の腕の中の温かさと、彼の...
思い出してしまって……。一人でいるこのベッドの上が、やけに...
つづく
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