ゼロの使い魔保管庫
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550 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:52:...
最近やけに使い魔の機嫌がいいことに、もちろんタバサは気...
きっていたし、お喋りで読書の邪魔をされたくもなかったので...
「ねえねえ、おねーさまおねーさま」
そんなタバサの内心はお構いなしに、シルフィードは長い首...
の雑木林の中である。周囲に人がいないのをいいことに、遠慮...
「この間はね、サイトと一緒に綺麗な雪山まで行ってきたのよ...
りの美しさに感動して、ずっと体を震わせていたわ」
それは単に寒がっていただけだろう、と思ったが、あえて指...
面倒くさいし、シルフィードに気を遣って文句を言わなかった...
けたからである。
「その前はハルケギニア一巨大と名高い大滝を見に行ったわ。...
あまりの勢いに興奮して、才人はシルフィの背中の上でずっ...
それは滝から飛び出した水滴が当たって痛がっていただけだ...
かった。あの才人という少年は相当我慢強いな、と少し感心す...
「んとねー、あとはねー。あ、そうだ、かの有名な火竜山脈に...
ンダーと遊んでたとき、才人も追いかけっこしてたのね。あ...
ラマンダーの遊びの相手をしてあげてたのね」
それは襲われて必死に逃げ回っていただけだろう、と思った...
か才人にお詫びの品でも持っていくべきだろうか。
「とにかく、デートスポットの下見は着々と進んでいるわ。こ...
ばっちり上手くいくに決まってるのね。サイトったら本当に...
ねーさまのお相手にはピッタリなのね」
シルフィードは長々と才人のことを話し始めた。最初こそ「...
ねーさまのお相手にぴったりなのね」という内容だったのが、...
た」「この間はこんなことしてくれた」という内容に変化して...
(夢中になってるみたい)
使い魔になる前にシルフィードがどんな生活を送ってきたの...
しゃぎ様を見る限りでは、異性(この場合はオスと言うべきか...
(つまり、子供ということ。おそらく、まだ恋愛感情とは呼べ...
どちらかと言えば、優しいお兄さんに対する憧れのようなも...
と同じだと仮定すればの話だが。
「ところでおねーさま、今日は何読んでるの」
「これ」
「えーと、『王宮の秘め事シリーズ〜第七王女と若公爵、背徳...
「王位継承からは程遠い位置にいる、位の低い王女と、妻子あ...
ち、淫靡な情事と身を焦がす背徳感に悶える話」
「……おねーさまみたいな人、耳年増って言うのね。どうしてそ...
「本なら何でもいい」
「活字中毒なのねー、きゅいきゅい」
呆れたような声で鳴くシルフィードのことは無視して、タバ...
タイトルの露骨な卑猥さとは裏腹に、登場人物の後ろ暗い心...
扇情的な部分は興味がないので読み飛ばしているが、話の筋は...
(立食形式の晩餐会の最中、騎士隊長の妻は物陰でこっそりと...
偶然目撃してしまう……本妻と愛人の対立。これはいい修羅場)
タバサは夢中で本のページを手繰る。こういうときは集中し...
来事など大抵気にならないものだ。だが、そのとき聞こえてき...
すがのタバサも本から顔を離さずにはいられなかった。
551 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:53:...
「なんなの、なんなの」
根が臆病なシルフィードが、不安げな様子で身を寄せてくる...
識を集中させた。広場の方で、低く鈍い音が、小刻みに絶え間...
くなっている辺り、発生源はじょじょにこちらに近づいてきて...
「飛べるのかねー!?」
「大丈夫、行けるみたいッスよーっ!」
ふと、激しい音に混じってそんな会話がかすかに聞こえてき...
「あれ、サイトの声だ」
シルフィードが呟いた瞬間、広場の方から何かが空中に飛び...
影を作りながら、何か巨大な物体が空を横切っていくところだ...
(確か、「ひこうき」とか言っていた)
少し前、キュルケの宝探しに付き合ったことを思い出す。そ...
の少女の生まれ故郷に立ち寄る機会があった。今空を飛び回っ...
あったもので、才人が「これは空を飛ぶ機械だ」と主張して持...
(本当に、飛んでる)
驚かずにはいられない光景だった。さすがのタバサも、あれ...
かった。シルフィードに至っては、そもそも鉄の塊などには少...
変なことしてるー」程度の認識で、ロクに見てもいなかった。
だから今、タバサの隣であんぐりと口を開いて空を見上げて...
「おねーさま」
「なに」
「さっきの声からするに、きっとあれにサイトが乗ってるのね」
「だと思う」
頷きながらタバサは空に目を凝らす。ひこうきは、先程から...
ぐるぐる回っている。どことなく、上機嫌そうに見える動きで...
「サイトを乗せてお空を飛ぶのは、シルフィの役目だったのに」
シルフィードの声が震えている。隣を見ると、声だけでなく...
(この状況)
タバサは手の中の本に目を落とした。それから、シルフィー...
(本妻と)
再び空を見上げれば、そこには凄い勢いで飛び回っているひ...
(愛人)
タバサは一つ頷いた。
「これはいい修羅場」
「サイトの浮気者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
絶叫で正体がばれては困るので、タバサはとりあえず「サイ...
「ひどいのねひどいのね、サイトったらひどいのね」
ぶつぶつと呟きながら、シルフィードはヴェストリの広場を...
(泥棒猫、発見なのね!)
心の中で嫉妬の炎をメラメラと燃やしながら、シルフィード...
いうときは、弱気を見せたら負けなのである。「あ、あなた、...
と金切り声を上げてはいけない。「オイコラテメ、あたいのオ...
てくれんじゃン?」と、初めから喧嘩腰で行くのがコツなのだ...
(睨むのね睨むのね、力いっぱい睨んじゃうのね)
両目に力を込めつつ、じりじりと鉄の塊に接近する。だが、...
(……こいつ、どこに目がついてるの?)
人を乗せて空を飛んでいたのだから、目の前の鉄の塊だって...
種のはずなのである。シルフィードはこんな変てこな竜など見...
こんな変てこな竜が生息しているところもあるのだろう。
だが、竜にしてはおかしい。多分、風車の羽のような謎の三...
鼻なのだろうということは推測できるが、どこからどこまでが...
全く理解できない。
552 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:54:...
シルフィードは鉄の塊にしか見えない竜のそばを、困惑しな...
平べったくて飛ぶときにすら羽ばたかない翼にも、上部にある...
しき部分にくっついている謎の三枚板の周辺にも、この鉄の竜...
シルフィードはきゅいきゅい鳴きながらしばらく考えて、一...
(世の中には、目が見えない竜もいるってことなのね)
どこまでも変てこな竜である。こんな得体の知れない女にサ...
フィードは嫉妬の炎にさらに薪をくべる。
(ふんだ、偉そうにふんぞり返っちゃって)
癪なことに、この鉄の竜はこれだけシルフィードが接近して...
けているつもりなのか、ただ悠然とその場に鎮座したままであ...
板を回しながら飛び回っていたくせに、今は借りてきた猫のよ...
(さすが泥棒猫、猫を被るのは得意技なのね)
シルフィードは馬鹿にするように鼻を鳴らしながら、鉄の竜...
やはり鉄の竜は無言のまま動かない。これはいよいよおかしい...
(お前、何を企んでいるの?)
まさか罠か、とシルフィードが勘ぐったとき、不意に背後か...
「なあ、さっきから何やってんだ、お前」
聞きなれた声に、シルフィードは慌てて振り返る。するとそ...
ている才人が立っていた。
(はめられた!?)
シルフィードは慌てて、鉄の竜に向き直る。ちょうど差し込...
は得意げに笑っているようにも見える。
(くぅっ、シルフィが醜い嫉妬の炎に身を焦がして、必死に泥...
撃させるだなんて。この策士!)
シルフィードは歯噛みした。これでは、気弱で何も言い返せ...
竜を、意地の悪いシルフィードが嫌味ったらしくネチネチとい...
(違うのよサイト、シルフィそんな悪い竜じゃないのね)
弁解するようにきゅいきゅい鳴くシルフィードを見て、才人...
「ああそうか、お前もこいつに興味があるのか」
楽しげに言いながら、シルフィードの横を素通りして、才人...
憎い敵の硬そうな緑色の体を、ぽんぽんと気軽に叩いた。のみ...
「どーよ、シルフィードも結構長生きらしいけど、さすがにこ...
と、鉄の竜の体の表面に手を這わせている。その触り方はシ...
い、ほとんど撫で回すと表現してもいいぐらいの無遠慮なもの...
(ああ、そんな、なんて艶かしい!)
シルフィードは驚愕する。自分の知らぬ間に、才人と鉄の竜...
ようとは思いもしなかった。あまりの事態に頭を混乱させるシ...
られない行動に出た。
「いやー、いいよなー。この渋い緑色といい、機能的かつ芸術...
ぞ男のロマンってやつだよなー」
うっとりした声で言いながら、鉄の竜の体に抱きついてすり...
密着具合に、シルフィードは気を失いそうになった。
(そんな、そんなこと、シルフィにもしてくれたことないのに)
心臓を直接つかまれたような痛みを感じ、シルフィードはニ...
視界の中、まだ才人に抱きつかれている鉄の竜が、先程よりも...
(どう、あなたのオトコは今わたしの肉体に溺れているのよ。...
わたしたちの視界の中から消してくださる? 正直ね、目障り...
そんな嘲笑すら聞こえてくるような気がする。シルフィード...
553 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:57:...
「おねーさまーっ!」
タバサの眉がぴくりと小さく震えた。訳の分からない怒り方...
フィードが、今度は泣き喚きながら戻ってきたのだ。
タバサの数倍は生きているくせに、感情を隠すのが下手くそ...
本を閉じて横を見る。シルフィードは、土煙を上げながら物凄...
えず弱めのエア・ハンマーを飛ばして、使い魔を無理やり静止...
「い、痛いのね」
「そんなに大声で泣き喚いたら、正体がばれる」
叱るときの声でそう言ってやると、シルフィードは「だって...
ら、また高い声で泣き始める。
(鬱陶しい)
読書を邪魔されて不機嫌なせいもあって、ついそんなことを...
て悲しげに泣き続けるシルフィードを見ていると、少し可哀想...
彼女の頭をそっと抱いて、ゆっくりと撫でてやった。
「どうしたの。何があったか、話してみて」
「ぐじゅぐじゅ……あのね、あのね」
しゃくり上げながら話し出すシルフィードを見ている内に、...
のを感じた。
(わたしも昔、こんな風に母様のお膝に泣きついたことがあっ...
タバサの口元に、薄らと微笑が浮かぶ。
だが、穏やかな気持ちも、かすかな微笑も、シルフィードの...
「そいでね、サイトったら、あの女の硬くて鉄くさいお肌にす...
よ。あんな鉄みたいなお肌よりだったら、わたしの鱗の方が...
シルフィードはかなり憤慨しているようだったが、その怒り...
あった。もちろん、「恋の悩みなんて、タバサ恥ずかしくて分...
理由ではなく。
「待って、シルフィード」
「なに?」
「その、女、というのは、誰? と言うか、なに?」
「もちろん、さっきサイトを乗せていい気になって飛び回って...
うな飛び方しちゃって、すっごく高慢で嫌な奴なのね。きゅ...
一瞬、ひょっとして冗談を言っているのだろうかと疑ったが...
に怒っていた。大真面目に、鉄の塊に対して、女としての嫉妬...
「サイトを玩具に取られてしまった」と言って、面白くない...
だが、この状況で「サイトを他の女に取られた」と思い込んで...
気で「本妻と愛人の修羅場」を演じているとは思いもしなかっ...
(アホの子)
タバサは手で頭を押さえた。召喚した当初からアホだアホだ...
ていなかった。あんな物体を生き物と判断するとは、このアホ...
のだろう。これはもう、脳味噌への冒涜とでも表現すべき所業...
ら糞を垂れ流すような行為と言っても過言ではない。
554 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:58:...
「大体、サイトもサイトなのね! あんな鉄臭くて脂臭くて硬...
きゅい。こういうの何て言ったかしら。健全な対象から外れ...
そう、変態、変態なのね! 変態、変態、サイトの変態!」
「竜に欲情したとしても十分変態だと思う」
一人で興奮しているシルフィードに、一応そう指摘しておい...
ないようだったが、もうどうでもいい。危険な任務に従事する...
(こんなのが使い魔として召喚されるということは、ひょっと...
そんな疑いすら起きてくる始末である。
「きゅいきゅい。こうなったら徹底的にやっちゃうのね!」
自分の頭について真剣に悩み始めたタバサの隣で、シルフィ...
そのやる気に満ちた黒い瞳を見ていると、とてつもない不安が...
ながらも問いかけた。
「徹底的にやる、と言うと?」
「もちろん、シルフィのほーまんなボデーで、サイトを正常に...
「……潰さないように気をつけて」
今の精神状態では、そう言うのが精一杯だった。タバサは本...
少し癒すために、今は眠ろうと思う。
寮に戻る途中に振り返ってみると、シルフィードはさっきの...
戻したりして、意味不明な準備運動を始めていた。
(これが原因で正体がばれたりしたら、本気で風韻竜の肉の値...
そんなことを考えつつ、タバサは疲れた足取りで寮の中へと...
三十分ほど後、シルフィードは再びあの憎い鉄の竜の眼前に...
に直接迫ろうと考えていたのだが、彼はいないようだった。
(ということは、この鉄臭い竜とシルフィの一騎打ちなのね)
謎の三枚板がくっついている鼻先を思いっきり睨みつける。...
は重々承知である。
(ふん、サイトの前ではしおらしくしてるくせに)
敵の性悪な二面性を軽蔑しながら、シルフィードは大きく息...
顎を一杯に開けて、全力の咆哮を敵に浴びせかけた。
(風韻竜の咆哮で、自分のしたことの恐ろしさに気付くといい...
空気を波立たせる吠え声に、敵の体も大きく震えているよう...
を確信しかけた。
ところで、シルフィードは気がついていなかったが、このと...
でいる人物がいた。
才人ではない。この魔法学院の教師、コルベールである。
メイジでありながら機械的なものにも興味を示す彼は、もち...
を惹きつけられた。今は主人のところに戻っていてこの場にい...
の操作法を聞き出し、自分でも少し動かしてみようとしていた...
(えんじん、を動かす方法は、まずこことここと)
と、一つ一つ確認しながら必要な作業を行い、最後に、コッ...
(これを引けば、プロペラというのが回るらしいが)
ちなみに、このときすでにシルフィードの咆哮が周辺の空気...
いたのだが、読書時のタバサ並に集中しきっているコルベール...
気付かないまま、コックピット内の引き手を思いっきり引っ...
555 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 02:00:...
成す術もなく沈黙していたように見えた敵が、突然動きを見...
(な、なにあれ!?)
シルフィードは驚愕した。今まで止まったままだった、例の...
を始めたのである。そこから発生する音もまた凄まじく、まる...
上げているようだ。
(ここ、こいつ、舐めた真似をしてくれるのね!)
強がりながらも、シルフィードは拭いきれない恐怖を感じて...
た謎の三枚板だが、実際に回転し始めると、その速度は風車な...
あんな速度で回転する板に触れでもしたら、と、嫌でも想像し...
(細切れにされちゃうのね)
あまりにも恐ろしい敵の武器に、シルフィードは恐れおのの...
しかし、どんなに敵が恐ろしかろうと、ここで引き下がる訳...
(そっちがその気なら、こっちだってやっちゃうのね)
シルフィードは小さな声で、そっと魔法の詠唱を始めた。敵...
きゃかかってこいや」とこちらを挑発している状態である。動...
ば、こちらの勝利は確定したも同然のはずだ。
詠唱は、すぐに完成した。
(よーっし、喰らうがいいのね!)
そのとき、コルベールは「えんじん」が正常に作動したこと...
回ると、この鉄の塊が空に浮くのか」ということについてあれ...
ふと、操縦桿に何かボタンのようなものがついているのを発見...
(これは、何だろうか)
ボタンがあるとついつい押してみたくなるのが人情というも...
けて、そのボタンを押し込んでしまった。
詠唱を終えて魔法を解き放とうとした瞬間、突如凄まじい轟...
よって視界が閉ざされた。
(なになに、今度はなんなの?)
魔法は不発のままに終わり、シルフィードは状況を確認でき...
じっと待つ。そして土煙が晴れたとき、彼女の前に信じられな...
前方の敵には、特に変わったところはない。だが、シルフィ...
じい力で点々と抉られていた。
(まさか、さっきの音の正体って……!)
シルフィードは内心恐怖に震えた。先程の轟音は、敵が凄ま...
のだ。聞いたときは人間が使う銃の音に似ていると思ったが、...
りもこれほど容易く地面を抉るほど威力がある銃など、シルフ...
(そんな、詠唱なんて聞こえなかったのね)
シルフィードは、気づいたときには半歩後ろに下がっていた...
よいよ恐ろしい化け物に見えてくる。
そのとき、鉄の竜の上部、鞍がある場所から、誰かが姿を現...
「いやー、びっくりした。まさか武器の発射ボタンだったとは…...
のん気な声で呟きながら、その人間は鉄の竜の周囲を見回し...
るシルフィードを見つけて、怪訝そうに眉を上げる。
「おや、ミス・タバサの使い魔の風竜ではないかね。こんなと...
シルフィードは悲鳴を上げて逃げ出した。またあの魔法を撃...
態にされてしまうという、恐怖からの逃走であった。
(化け物なのね化け物なのね! これは由々しき事態なのね!)
頭の中で大騒ぎしながら、シルフィードは一度も振り返る...
487 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:39:...
「おねーさまおねーさま!」
窓の外から大声で呼ぶ声がする。精神的な疲れを癒すべくベ...
それがシルフィードの声だと気付くや否や、慌てて跳ね起き窓...
シルフィードは、何やら非常に興奮した様子だった。
「大変なのね、大変なのね!」
「そんなに大声を出したら、他の人に気付かれる」
「あ、ごめんなさい、ついうっかり。きゅいきゅい」
タバサの指摘を受けて、シルフィードはようやく声量を落と...
て、そっと辺りを窺ってみる。休日の昼間ということで人が出...
声に驚き、騒いでいる人間はいないようだった。
ほっとしつつ、念のため周囲に「サイレント」の魔法を張り...
「それで、何が」
「そうそう、大変なのよ、あの女、とんでもねー化け物だった...
シルフィードは声を落としたまま、興奮した口調できゅいき...
詠唱なしで発動する、地面を抉るほどの超威力の魔法の話など。
タバサはうんざりした。
(また、何か勘違いしているみたい)
しかし、「これは由々しき事態なのね」という文句を何度も...
見る限り、「何かの勘違いに違いないから、もう一回確認して...
(ここは、とりあえず適当に聞き流すに限る)
タバサは手の平を出して、シルフィードの声を遮った。
「話はよく分かった」
「じゃ、シルフィに加勢してくれるのね?」
「そんな危険な怪物を相手にするのなら、情報が必要。もっと...
我ながら上手いことを言ったものだと思ったが、シルフィー...
しく翼をばたつかせた。
「ぐずぐずしてると、あの女の肉体にのめり込んでるサイトが...
「もっとひどいこと、と言うと」
「ええと、きっと『回転刃プレイ』とかやらされるのよ」
「なにそれ」
「『いいこと思いついた。お前、この回転する板にチンコ入れ...
イトが種無しになっちゃうのね!」
「大変なのはあなたの頭」
そして同時にタバサの頭も大変なことになってきた。アホな...
頭部の辺りがずきずきと痛み出したのだ。
(休まないと大変なことになりそう)
タバサが大きく息を吐き出すと、シルフィードは歯軋りしな...
「おねーさま、やる気なさすぎです!」
「当たり前」
「もういいのね、おねーさまには頼らずに、サイトを助けてみ...
「シルフィード」
身を翻しかけたシルフィードを呼び止める。竜は嬉しそうに...
「やっぱり、おねーさまも協力してくださるの?」
「ううん。ただ、正体がばれないように注意するようにと言い...
「言われなくても分かってるのね!」
吠えるような返事を残して、シルフィードは飛び去った。
タバサは黙って窓を閉じた後、ベッドではなく本棚に歩み寄...
ればならないが、その前にやらなければならないことがある。
(風韻竜の肉の値段はどの本に載っているだろう)
割と真剣に本の背表紙に目を滑らせるタバサであった。
488 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:40:...
「これは由々しき事態なのね!」
目の前の切り株を前脚で叩き、シルフィードは唾を飛ばしな...
魔法学院周辺にある森の一角、泉のそばにある開けた場所で...
は、魔法学院の生徒や教師達の使い魔たちが、所狭しと集まっ...
使い魔会議。ご主人様たちには知られることのない、使い魔...
要請したのはもちろんシルフィードで、例の鉄の竜を使い魔総...
「敵は非常に強大なのよ」
シルフィードは居並ぶ使い魔を見下ろしながら説明する。
「近づくものを全て切り刻む謎の回転板、詠唱なしで発動する...
のか、そもそも何という名前の生き物なのか。全てが謎に包...
の人間を魅惑する謎のぼでー」
シルフィードは、鉄の竜の腹に顔を埋めていた才人の顔を思...
切り株を叩いた。
「これは由々しき事態なのね! 早急に手を打たないと、皆の...
無しなのよ!」
実に熱の篭った演説だという自覚はあったが、使い魔たちの...
い者同士集まって、ピーピーギャーギャーゲロゲログワッグワ...
「お前のご主人最近どう?」
「相変わらず肉の塊だね。ああ、なんで俺はあんなデブ男の使...
「相変わらずペッタンコのオデコテッカテカ。しかも人使い、...
くさん魔法薬の材料なんか集められるかっつーの」
「でもたまにキスとかしてもらってんじゃん」
「そのぐらいじゃ割に合わねーよマジで。これでバインバイン...
愚痴を垂れ合っているのは、小さなカエルとフクロウのコン...
という名前だったか。
「ミミズうめぇ」
と、一人もぐもぐやっているのは、間抜けな顔の巨大モグラ...
(アホばっかり。いくらなんでもまとまりなさすぎなのね)
誰も真面目に聞いてくれていないので、シルフィードは少し...
れの中から誰かが長い舌を突き上げた。
「質問があるんだが」
「はいはい、何なのねそこの人。あらフッチーじゃないの」
発言したのは一匹のサラマンダーであった。名前はフレイム...
なので、シルフィードとフレイムも自然と友達になっていた。
フレイムは、ちろちろと細い火を吐きながら首を傾げた。
「お前さんのご主人様は、あのタバサってちっこいお嬢ちゃん...
「ああ、あの青髪のお子様な」
シルフィードが答える前に、カエルのロビンがゲロゲロと口...
ルが澄まし顔で頷く。
「俺、あのデブ……いや、ご主人様と違ってお子様体型って興味...
う、バインバインしてた方がいいよ」
「同感。ウチのご主人には凹凸が足りない」
カエルのロビンとフクロウのクヴァーシルが、揃ってフレイ...
「なんだお前ら、その目は」
「いいよなフッチーはよ」
「そうだよ。あんなエロいご主人を毎日毎日飽きるまで観賞で...
恨みがましい二匹の使い魔の言葉に、フレイムは呆れたよう...
「あのな、俺はそもそもトカゲだから、人間の女の体なんかに...
だがフレイムの弁解などお構いなしに、ロビンとクヴァーシ...
489 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:41:...
「きっと、トカゲ風にじゃれつく振りして、あの長い舌でご主...
「うひゃー、エロイ、フッチーエロすぎ! っつーかそもそも...
「お前さんのご主人だって、胸にたっぷり肉がついてるじゃな...
フレイムが口を挟むと、クヴァーシルが飛び上がって威嚇す...
「馬鹿言え、あれはただの脂肪だ」
「何か違うのか」
「おっぱいと脂肪を一緒くたにするんじゃねーよバカ」
「そーだよ、おっぱいには夢が詰まってるんだぜ」
ロビンが怒りを表すようにぴょんぴょん飛び跳ねると、クヴ...
さと翼を振るう。二匹は口を揃えてフレイムに叫んだ。
「という訳で、罰としてお前のご主人のおっぱい俺らに見せろ」
「そーだそーだ、俺らにもおっぱい寄越せ。おっぱいの開示を...
「意味が分からん」
「うるせー、いいからおっぱいうp」
「そうだそうだ、おっぱいうp、おっぱいうp!」
ロビンとクヴァーシルにまとわりつかれ、フレイムは鬱陶し...
(この色狂いの使い魔どもは役に立たないのね)
シルフィードは彼らに頼みごとをするのは諦め、代わりに広...
いるヴェルダンデに目をやった。
「そこのモグラさんはどう思われますの」
土から顔を上げたヴェルダンデが、鼻をひくつかせながら答...
「ミミズうめぇ」
(アホの子なのね)
シルフィードは盛大にため息を吐いた。
(どうしてこの学院の使い魔は、皆こんな能天気なのばっかり...
ナーたるもの、もっと上品かつ知的でなければいけないのね)
きゅいきゅいと頷きながら、シルフィードは憎い鉄の竜の面...
(そこいくと、あの女はやっぱり失格だわ。あの嫌味で人を見...
の使い方。最低なのね。サイトもあんな女のどこがいいのか...
そんな風にシルフィードが頭の中で罵声を唱え続けるおかげ...
「おっぱい、おっぱい!」
「いい加減にしないと燃やすぞお前ら」
「ミミズうめぇ」
「ウチの主人はミーハーで困りますのよ」
「俺の主人なんかハゲだぜハゲ」
「馬鹿野郎お前ら、あんな根暗中年と長年付き合ってきた俺の...
「ミミズうめぇ」
「私のご主人も、もうすっかりおばさんでねえ」
「ミス・ロングビルがいた頃は天国だったよないろいろと」
「ミミズうめぇ」
ギャーギャーワーワークォゥクォゥモグモググワッグワッピ...
恐らく人間が通りかかったら腰を抜かすであろう、多様すぎ...
会議はこうしてまとまりを欠いたまま、何の結論も得られず...
「おうおう、騒がしいじゃねえか、ああん」
貫禄たっぷりの声が響いたのは、まさにそのときである。あ...
り返り、全員が一斉に入り口の方を見る。そこへ、小さな巨人...
『モートソグニルの旦那!』
その場の全員が口を揃えて叫び、一斉に頭を下げる。
モートソグニルと呼ばれたそのネズミは、チューチューと髭...
けて作った通路を通り、シルフィードの眼前まで歩いてきた。
「面倒な挨拶はいらねえよ。でっけえ嬢ちゃんよ、あんたは、...
先程まで演台として利用していた切り株の上に立ったモート...
を見上げてくる。
「は、はいなのね!」
シルフィードは緊張しながら返事をした。ネズミなどよりも...
ず、彼女もこのモートソグニルには逆らう気にはなれない。他...
ニルの命令には素直に従うのである。これが貫禄というものな...
490 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:43:...
(凄いのね、モートソグニルの旦那の力を借りれば、きっとこ...
期待に胸を躍らせるシルフィードの前で、モートソグニルは...
「タダっていうのは、虫がいい話だわな」
やたらとドスの利いた声に、シルフィードは緊張して身を硬...
「な、何をお望みでしょう」
「そうさな。俺の知恵を貸してほしけりゃ」
睨むような鋭い目が、シルフィードを見据える。
「なんかエロいもん寄越せ」
要求は直球だった。
「さすがモートソグニルの旦那だ」
「俺達には真似できねえ」
モートソグニルの背後で、カエルとフクロウが恐れ慄く。さ...
も他の使い魔顔負けである。
(良かった、割と容易い要求なのね)
シルフィードはほっとしながら、愛想よく頭を下げた。
「じゃあ、これで一つよろしくお願いいたしますわ」
少し長めの呪文を詠唱し、魔法を発動させる。風が巻き起こ...
その風が晴れたとき、シルフィードは青く長い髪を持つ、人...
ん、生まれたままの姿である。
「これでいかがかしら」
タバサの友人を真似て、媚びるような声と仕草をしてみせる...
て飛び上がった。
「うひょー、ブラボー!」
「おっぱい、おっぱい!」
あの二匹の反応を見る限り、きっとネズミの旦那にも満足し...
信を持って下を見たが、切り株の上のモートソグニルは喜びを...
わせていた。
「あら? どうしたのね、モートソグニルの旦那」
「嬢ちゃんよ、ふざけてんのかい」
呟きと共に、モートソグニルはダッと駆け出した。ネズミら...
の体を駆け上がり、彼女の頭に思いっきり前歯を突き立てる。
シルフィードは悲鳴を上げて飛び上がった。
「痛い痛い、いたいのねーっ!」
「ンな紛い物いるかぁ! 俺は生が見てえんだよ、生が!」
あまりの痛みにのたうち回るシルフィードの前に着地し、モ...
使い魔たちが畏怖するように身を引いた。
「さすが旦那だ」
「ああ、あれが通ってもんだぜ」
「ミミズうめぇ」
使い魔たちの長的存在であるモートソグニルの機嫌を損ねた...
と思われた、が。
「その辺で勘弁してやってくだせえよ」
こちらもなかなか貫禄のある鳴き声を上げながら、サラマン...
モートソグニルが不機嫌に鼻を鳴らす。
「なんでえトカゲの坊主。こちとら、このアホ女がくだらねえ...
「竜の嬢ちゃんは、図体こそデケェがまだガキなんです。ここ...
頭を下げるフレイムに、モートソグニルはひくひくと鼻をひ...
「そこまで言うんなら、お前さんが代わりのものを用意してく...
広場に緊張が走る。誰もが注目する中、フレイムは目を瞑り...
「旦那が協力してくださるってんなら、一度だけウチの部屋に...
その場がざわめいた。フレイムの言葉は、ほとんど主人への...
491 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:43:...
「あのケバいねーちゃんか。正直好みじゃねえが、まあいいだ...
モートソグニルが重々しく頷く。長がシルフィードへの協力...
「じゃあ俺らにも見せろ」
「おっぱいうp、おっぱいうp」
ロビンとクヴァーシルも便乗して騒ぎ出す。フレイムはため...
「分かった分かった、その代わりこの竜の情ちゃんに協力する...
「うひょー、やったぜ!」
「俺らも頑張るぜシルフィ」
「楽しみだぜおっぱい!」
「おっぱい、おっぱい」
跳ね回る二匹のアホ使い魔の脇を通り抜けて、フレイムがシ...
「おう、これでいいんだろ嬢ちゃん」
「ありがとう、本当にありがとうなのねフッチー」
主の裸を売ってまで協力してくれたフレイムに、シルフィー...
げる彼女に、フレイムが苦笑混じりに細く火を噴き上げる。
「いいってことよ。どうせウチのご主人は、他人に肌を見せる...
えんだ。獣に見られるぐらい、気にもしねえよ。何より、お...
ご主人も世話になってるしな。これからも一つ、よろしく頼...
フレイムは低い頭をさらに下げたあと、使い魔たちの中へ戻...
ルフィードは残る知り合いにも声をかけた。
「あなたにも協力してほしいのね」
この騒ぎの中、まだ地面をごそごそやっていたヴェルダンデ...
「ミミズうめぇ」
「分かった、後でシルフィも一緒にミミズ探してあげるのね」
「了解した、私も協力しよう、心の友よ」
「まともに喋れるのなら最初からそうしてほしいのね!」
また喧々囂々の騒ぎになりかける広場を、モートソグニルが...
「おうお前ら、話は分かったな。他の連中も、一つ俺の顔に免...
文句は出ない。これもまた貫禄というものである。モートソ...
「よし、じゃあ早速策を練るとしようか」
こうして、使い魔会議はその日の夜遅くまで続けられたので...
122 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:16:...
最近、どうも周りが騒がしい。
いかに研究に没頭し始めると周りが見えなくなるコルベール...
気がついているのであった。
その日もゼロ戦のコックピットであれやこれやと作業をして...
ら何かが動く気配が伝わってくる。
そっとコックピットから身を乗り出してみる。今、ゼロ戦は...
の中に置かれている。そのために日陰となっており、周囲は大...
る何者かの影ぐらいは見ることができた。
(……トカゲか?)
のそのそとゼロ戦の周囲をうろつきまわっているのは、どこ...
あった。
それだけではない。よく見ると、チューチュー鳴きながら、...
回っている。
コルベールの見ている前で、二匹はしばらくゼロ戦の周りを...
うに揃ってその場を離れていった。
(一体、何事だろうか)
多少気にはなったものの、今のコルベールの目の前にはゼロ...
離さないこの機械の前では、使い魔の妙な行動などあまり興味...
動物達のことを忘れて、またコックピットに潜り込んだ。
「偵察行ってきたぜ」
「ご苦労様ですのよ」
森の外れの会議場に戻ってきたフレイムとモートソグニルを...
「で、どうでしたの」
「ダメだな。やっぱあのハゲが四六時中張り付いてやがる。あ...
「まあ」
シルフィードは憤慨した。
123 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:17:...
「あのハゲチャビンも、やっぱりあの鉄の竜の肉体に溺れてい...
なんて、もはや堕落しているとしか言い様がありませんわ。き...
あんな、硬くて鉄臭くてずんぐりした不恰好な体のどこがそ...
く理解できない。空を飛ぶために無駄なく引き締まった筋肉、...
きめ細やかで形の整った美しい鱗。どう考えても、自分の方が...
るはずである。
「サイトたちは、あんなうさん臭い女の汚らわしい魔性に捕わ...
あるこのシルフィードの肉体美に気付いていないのだわ。やっ...
ちゃいけないのね。きゅいきゅい」
決意を新たにするシルフィードの前で、フレイムとモートソ...
合わせている。
「あのよ、嬢ちゃん」
「そのことなんだが」
「なぁに」
シルフィードが首を傾げると、二匹は互いに「お前言えよ」...
その結果、ため息混じりに言ったのはフレイムの方だった。
「多分、嬢ちゃんが鉄の竜って呼んでる、あれよ」
「あの女がどうかしたの」
「いや、あれ、女っつーか、そもそも竜……いや、生き物ですら...
と風石使ってる船とか、その類じゃないかと」
「んまあっ」
シルフィードは牙を剥いた。
「フッチーったら、なんて馬鹿なこと言い出すのかしら。きゅ...
「いや、多分馬鹿なこと言ってんのは嬢ちゃんの方だぜ」
やれやれ、とシルフィードは内心ため息を吐いた。何があっ...
あの鉄の竜に騙されているようだ。
(フッチーもいい人……いや、いいトカゲではあるんだけど、あ...
ホの子なのよ。まあトカゲなんてそんなもんでしょうけどね、...
こうなれば仕方がない、目の前のお味噌が足りないトカゲと...
ルフィードは言い聞かせるように話し出した。
「いいことフッチー、あの女は、シルフィのことを散々見下し...
性悪なのね」
「いや、だからな」
「あれは竜よ。竜なのよ。だって、サイトがシルフィより気に...
そう言った拍子に、才人の顔が思い浮かんだ。鉄の竜の腹に...
ある。途端に胸の中で悔しさが爆発し、シルフィードはバシバ...
「なによあんな女! シルフィの方がずっとずっと、ずーっと...
らないサイトなんて、あとでシルフィの脚に縋りついて、『許...
お似合いなのね、きゅいきゅい」
「要するに、あれが竜じゃなくてただの道具としたら、竜のく...
がないってことか」
「子供じみたプライドってやつですなあ」
ひそひそ内緒話をするトカゲとネズミを、シルフィードはじ...
「なんか言いました?」
「いや、別に何も」
「これっぽっちも」
二匹はしれっと声を合わせる。
124 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:18:...
「まあいいわ」
と、気を取り直して、シルフィードは訊ねた。
「それで、他には何か分かったことはないの?」
「一つあるぜ」
モートソグニルが尻尾を撫でながら言った。
「あの鉄の竜の名前な、ゼロセンっていうらしい。あのハゲが...
「ゼロセン?」
シルフィードは一度声に出して繰り返してから、我慢しきれ...
「ゼロセン! ゼロセンだって! 変な名前変な名前、変なな...
ゼロセンゼロセン、と憎い仇敵の滑稽な名前を舌の上で転が...
動はどんどん大きくなっていく。シルフィードはとうとう、文...
を転がる竜の巨体に潰されそうになったモートソグニルが、慌...
「ゼロセンゼロセンゼロセンゼロセン! 何度繰り返しても面...
つける名前じゃないのねこれ! きゅいきゅい」
心底から同情を禁じえない。ゼロセンなんて変な名前をつけ...
されて育ってきたことだろう。そう思えば、あんな傲慢で意地...
いうものである。
(そうよ、わたしったら寛容な女ですものね! なんたって、...
イルククゥ、シルフィード。自分に与えられた二つの名前を...
りと目蓋を閉じる。なんていい名前なんだろう。今改めてそう...
(イルククゥ。可愛らしい名前だわ。自由な翼で空に舞い、柔...
に純真な風韻竜にぴったりなのね。シルフィード。美しい名前...
を優雅に駆けめぐる。精霊のように華麗な風韻竜にぴったりな...
この二つの名を兼ね備えた自分は優秀で愛らしい最高の竜な...
それに比べて、相手はゼロセンである。またも失笑が漏れた。
(勝てる。勝てるのね。負ける気がしないのよーっ!)
すっかり気分を良くしたシルフィードは、切り株の前にどっ...
「それじゃモートソグニルの旦那、早いとこあの哀れなゼロセ...
「なに?」
必死に逃げ回っていたためにすっかり疲労困憊になって地面...
驚いたように体を起こす。
「早いとこ、ってのはどういうことだ?」
「早いとこは早いとこなのね。遅くとも三日後までにはケリを...
「オイオイ、嬢ちゃん、『あの女は陰険かつ危険だから、事は...
「大丈夫大丈夫。もう何も恐れることはないのね」
「何を根拠に言ってんだ」
モートソグニルは怪訝そうに首を傾げる。シルフィードは胸...
「だって、相手はゼロセンなのね。イルククゥかつシルフィー...
る理屈が分かりませんのね」
「俺にはその理屈の方が分からねえんだが」
モートソグニルは納得しかねる様子ながらも、渋々首を縦に...
「分かった。で、具体的にはどういう感じにやりたいんだ?」
「そうですわね。なにせ竜と竜、女と女の意地を賭けた対決で...
邪魔は一切抜きでやりあいたいのね。きゅいきゅい」
「要するに、ハゲの邪魔抜きで嬢ちゃんとゼロセンが一騎打ち...
な。分かった、策は俺が考えて、他の奴にも伝えといてやるよ」
頼もしい言葉だった。シルフィードは小さな巨人に向かって...
「いろいろとありがとうございます、モートソグニルの旦那」
「気にすんな。俺はただ裸が見てえだけだ」
男らしく断言して、モートソグニルは素早く駆け去っていっ...
(さて、あとはコンディションを万全に整えて、正々堂々あの...
シルフィードの胸で、闘志の炎が静かに燃え上がる。そんな...
となく憂鬱そうな様子であった。閉じられた口の隙間から漏れ...
「あらどうしたのフッチー、何か悩み事?」
「いや、あのな」
フレイムは何やら言いずらそうにもごもごと口ごもり、思い...
125 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:21:...
「なあ、嬢ちゃん。あの、サイトって若造のことなんだが」
「サイトがどうかしたの?」
フレイムは低い位置から探るような視線でこちらを見上げな...
「嬢ちゃんは、あの若造に惚れてるのか? あー、つまり、男...
一瞬、何を言われているのかよく分からなかった。予想外の...
フィードは質問を返す。
「恋? わたしが、サイトに?」
「そうだ」
「フッチー、真面目に聞いてるの?」
「そのつもりだが」
トカゲの強面は真剣そのもので、ほとんど深刻ですらある。
それを理解した瞬間、腹の底からこみ上げてきた笑いの衝動...
した。全身を余すところなく震わせるような、凄まじい発作で...
それがようやく収まりかけてから、息も絶え絶えに言う。
「フッチーったらバカなのね、竜が竜でないものに恋をするな...
モートソグニルの旦那は普通に変態だから別として、自分だっ...
しないって言ってたのに」
「そりゃそうだが」
フレイムは困惑したように言った。
「でもお前さん、正妻と愛人がどうのとか言ってなかったか」
「それはたとえというものなのよ」
「そうなのか」
まだ疑っているようだ。シルフィードは切り株の前に座りな...
「いいことフッチー、元々、サイトの騎竜はこのわたしだった...
ほーまんなボデーでサイトを誘惑したのよ。セクシーかつ清楚...
まのサイトは、まんまとあの毒婦の罠にかかって堕落してしま...
また怒りがぶり返してきて、シルフィードは腹立ち紛れに切...
「つまり向こうが愛人で、こっちが正妻! わたしは一刻も早...
んで、彼を騎竜の正道に戻さなくてはならないのね。ごつごつ...
たいな滑らかで芸術的な美しい鱗を持つ竜の方が、よっぽど乗...
からせてやるのよ! きゅいきゅいきゅいきゅい!」
シルフィードの熱弁を、フレイムはただ黙って聞いていた。...
「そうか。つまり、あくまでも乗り物としてあのゼロセンに負...
シルフィードは抗議の意味を込めて鼻息を吹きだした。
「ぶー。シルフィ、負けてなんかいないもん。それに、乗り物...
「スマンスマン」
「いいことフッチー」
シルフィードは人間の乙女を真似るように、両方の前脚を合...
「シルフィにとって、サイトは将来、ご主人様の夫にもなろう...
くれるし優しいし強いしカッコイイし、お慕い申し上げるのは...
を乗せて空を飛ぶというのは、竜にとってはとても幸せなこと...
才人を乗せて大空を舞った楽しい思い出の数々が、色鮮やか...
が新たに溢れ出してきて、シルフィードの胸は幸福感で一杯に...
「タバサお姉さまとサイトの結婚式も、シルフィの背中の上で...
ん鐘をくくりつけて、ディンドンディンドン鳴らしながら飛ぶ...
「はぁ。そりゃまたやかましそうだな」
フレイムの呆れ声も、愛しいご主人様の結婚式を想像してう...
ては、些細な雑音に過ぎない。
(シルフィが一生懸命鳴らす祝福の鐘の音の中、タバサお姉さ...
重なり合うのよ。わたしの背中が二人のチャペル。ああ、なん...
甘美な夢想に耽るシルフィードの前で、フレイムは細く火を...
「そうかい。あー、ほっとした。胸のつかえが取れたってもん...
心底安堵した様子である。シルフィードは少し不思議になっ...
「ねえフッチー。どうして、そんなに心配してたの?」
「ん。いや、なんだな」
フレイムは決まり悪そうに目をそらした。
126 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:22:...
「エルフと人間とか翼人と人間、あるいは別種の竜同士とか、...
えことはねえだろう。だが、竜と人間じゃ食うものから住む場...
てる。子供だって絶対作れねえしな。要するに、そんな恋愛な...
ご主人の友人の使い魔で、俺にとっても恩人である嬢ちゃんが...
思ったのさ」
「それだけ?」
「……実はな」
フレイムが目を細める。どことなく、辛そうな顔だ。
「俺の友達にもな、昔、人間に恋した大馬鹿野郎がいたのさ。...
だのサラマンダーだったんだが。こいつが、火竜山脈に冒険に...
「きゅい。アホの子なのね」
正直な感想を言うと、フレイムはか細く火を噴出して笑った。
「ああ、そうだな、スゲーアホな奴だったよ。火も噴けねえし...
がいいんだって、俺たちゃ皆で止めたもんさ。だが、あいつは...
れてもいい。俺は、人間の肌の柔らかさに、ぞっこん参っちま...
下げた人間の女に向かって、のっしのっしと歩いていきやがっ...
「それで、どうなったの」
「死んだよ」
暗い声音だった。
「あいつが目の前に現れた瞬間、人間の女は迷うことなく杖を...
『待ってくれ、違うんだ』と叫びながら、あいつは四本脚で素...
一瞬後には風の刃が奴を切り刻んでいたってわけさ」
フレイムは深く息を吐き出し、遠くを見るような目つきでじ...
「何が決定的にいけなかったのかは分からん。あの人間の女が...
にサラマンダーが現れて警戒したのかもしれん。制止する声が...
は間違いないし、トカゲのジェスチャーが人間に通じたとも思...
なんかした時点で、こうなる運命だったってのは分かりきった...
淡々と言ったあと、フレイムはまた、真剣な目でシルフィー...
「なあ、嬢ちゃん。しつこいと思うかもしれねえが、もう一度...
主に抱いてる感情は、ただ乗り手として尊敬し、敬愛してるっ...
間の男に惚れこんじまったって話ではないんだな?」
念を押すような口調である。シルフィードは厳かな気持ちで...
「違うわ。わたしにとって、サイトはご主人様の伴侶候補で、...
数瞬、二匹の視線が静かに絡み合った。先に目をそらしたの...
「俺も、決戦の日にはハゲの目を引きつける役割に回る。敵は...
り準備しておくこったな」
静かな足取りでフレイムが歩み去り、シルフィードはただ一...
(シルフィが、サイトに恋?)
改めて考えてみる。果たして、自分が才人に抱いている気持...
そもそも、シルフィードはまだ恋愛というものを経験してい...
ではまだ幼い。大人になれば自然と雄の竜に心惹かれるものだ...
しては理解できていなかった。
(でも、サイトのことは好きなのよ)
頭を撫でられたことや体を洗ってもらったときのこと、優し...
飛んでいるとき「疲れないか、重くないか」と心配そうに声を...
サイトへの愛しさが胸にあふれ出してきたが、それは主であ...
いように思われた。
シルフィードはそっと安堵の息を吐いた。
(そうよね。シルフィ、変態じゃないもん。人間の男を好きに...
て、あくまでも騎竜としてのプライドの問題なのよ。きゅいき...
そうと分かれば、怖いものなど何もなくなった。あとは見事...
としての役割を奪い返すだけである。
木の葉のざわめきと小鳥の囁きを聞きながら、シルフィード...
127 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:23:...
最近のコルベールは、ゼロ戦のコックピットを寝床にしてい...
ではなく、夢中でゼロ戦のことを研究している内についついそ...
そんなわけで、コルベールはその日もコックピットの中で丸...
ガンガンと金属を叩く音が聞こえてきて、目を覚ました。
(なんだろうか)
目をこすりながら顔を出した瞬間、眠気が吹っ飛んだ。種類...
で好き勝手に騒ぎまわっていたのだ。機体の上で跳ね回るもの...
の、ピーピーギャーギャー騒ぎ立てるものなど、実に騒がしい...
叩いたりしているものもおり、先程のガンガンと金属を叩く音...
あまりの光景に呆然としたコルベールだったが、すぐに立ち...
「こ、これお前達、離れんか!」
動物達を追い払おうと杖を取り出して走り出した途端、突然...
フライやレビテーションを唱える間もなく落下したコルベー...
「いたたたたた」
腰をさすりながら上を見上げると、ぽっかり穴が開いてゼロ...
ら、誰かが掘った落とし穴に引っかかったらしい。
(誰が。何故、こんなところに)
疑問に思ったとき、コルベールは隣に何か巨大なものがいる...
のある巨大なモグラが、ミミズをほお張っていたのである。
「この悪戯は君の仕業かね。一体なんのつもり」
しかし、問いただしている暇はなかった。ぽっかり開いた穴...
動物達が一斉になだれ込んできたのである。大小さまざまな動...
悲鳴を上げた。
128 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:24:...
(よし、今のところは順調なのね)
格納庫の入り口から中の喧騒を眺めて、シルフィードは満足...
中央に鎮座するゼロセンの近くにぽっかり穴が開いて、そこ...
る。長い悲鳴が絶えることなく響いているところを見る限り、...
力化する計画は成功したようである。
(さて、あとはあの陰険女とケリをつけるだけなのね)
シルフィードは気合を入れて格納庫の中に脚を踏み入れ、つ...
辺で騒がれたというのに、ゼロセンは静かにふんぞり返ったま...
り裂くことも、謎の回転板を回して八つ裂きにしようともしな...
だが、優秀な風韻竜であるシルフィードには、敵の魂胆など...
(あなたも、このシルフィードと一対一でケリをつけることを...
ど、その度胸だけは買ってあげるわ)
シルフィードは咆哮を上げて敵を威嚇しながら、瞬時に翼を...
敵に向かおうとはせず、ジグザグに飛びながら少しずつ距離を...
出した例の魔法対策であった。
(あの魔法で地面が抉られた痕は、ほぼ直線状に連続して続い...
られないと見た!)
こうして変則的な動きで接近すれば、敵はこちらに狙いを定...
ゼロセンは全く魔法を撃ってこない。自分の読みが正しかった...
の笑みを浮かべた。
(でも、だからと言って正面から迫れば、あの回転板に捕まる...
シルフィードはギリギリまで距離を詰めたあと、先程までの...
激かつ瞬時に上昇した。格納庫の低い天井付近までほぼ垂直に...
セン目掛けて一気に降下する。風韻竜の体重を活かした、必殺...
(殺った! きゅいきゅい、このまま潰れておしまい!)
観念したのか、ゼロセンは全く動かない。シルフィードは自...
不意に間の抜けた声が響き渡った。
「うわ、何の騒ぎだこりゃ!?」
(え、サイト?)
気がそれた瞬間、体勢が崩れた。
(しまった!)
慌てて修正しようとするが、時既に遅し。シルフィードはゼ...
た使い魔たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、風韻竜の巨...
痛みに悶える暇もなく、瞬時に跳ね起きて状況を再確認。入...
せて格納庫内の惨状を見回している。
「何が起きてんだこりゃ。うわ、ゼロ戦が汚れて……って、なん...
体何があったんだ、おい」
シルフィードは答えることが出来なかった。元々、才人には...
とえ喋ることが出来たとしても、今は何も言えなかっただろう。
(迂闊だった……! サイトが来ない時間帯を狙って、早朝の闇...
ま、まさか、ゼロセンはこれを狙って……!)
きっと睨みつけるが、ゼロセンは微動だにしない。その態度...
に思えて、シルフィードは歯噛みする。
「シルフィード、何があったんだよ。お前、知ってるんだろ、...
歩み寄るサイトと、「さあ、どうとでも申し開きしてご覧な...
鎮座しているゼロセンを交互に見て、シルフィードは恐れ慄い...
(きゅいきゅいきゅいきゅい! しゅ、修羅場なのねぇぇぇぇ...
計画が完全に失敗したことは、いちいち確認するまでもなか...
129 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:25:...
才人がコルベールを助け出し、逃げなかった使い魔たちをふ...
ゼロ戦の前に正座(と言うか並べられた)使い魔たちは、学...
べを受けている最中であった。
「止めてください、ご主人様に連絡とか勘弁してくださいよホ...
「あ、いや、ご主人様は関係ないんで」
ゲコゲコゲコゲコクワァクワァッと、ロビンやクヴァーシル...
モートソグニルがオールド・オスマンに洗いざらいぶちまけて...
「っつー訳でさ、俺は悪くないのよご主人。分かる?」
「おうおう分かるとも。お主はただ裸が見たかっただけじゃか...
許してやるから、ミス・ツェルプストーの裸を見るときは、ち...
何やら通じ合っている様子である。
直接の被害者であるコルベールは、水魔法で治療を受けて完...
てやった悪戯らしい、と、オールド・オスマンから大事なとこ...
ころか逆に目を輝かせた。
「ほほう。つまり、使い魔たちにもちゃんとコミュニティが存...
と、笑っているところを見るに、どうやらこちらにお咎めは...
そんな訳で、結局問題が残ったのはシルフィードだけという...
「なあ、そろそろ理由教えてくれよ」
目の前で困り果てている才人から、シルフィードはぷいっと...
(ふんだ。なによなによ、サイトなんて、あの鉄臭い女と戯れ...
計画が失敗したので、とりあえず開き直ることにしたのであ...
(愛人を殺そうとした現場を押さえられたのね。もう見離され...
そんな風に、自棄を起こしている一面もなくはなかったが。
才人はシルフィードがだんまりを決め込んでいるので、すっ...
「お前みたいな気のいい奴が、理由もなしに暴れるとは思えね...
(あら、いい奴だなんて)
ぼやくような言葉に、シルフィードの胸がほんの少しときめ...
(って、違う違う!)
と、気を取り直してまたそっぽを向く。
(シルフィはもうサイトとは完全に袂を分かつことにしたのね...
二人の関係はもうお終い。さよならサイトフォーエバーなのよ...
まの胸板よりも固いのね、きゅいきゅい)
決意も新たにシルフィードが完全に押し黙ったとき、格納庫...
「……何の騒ぎ」
静かな声。相も変わらず無感動な表情のタバサである。天の...
「タバサ、ちょうどよかった。実はさ」
才人の説明に、タバサが無言のまま頷いている。シルフィー...
ら全部事情を聞きだされて、自分が嫉妬に狂ったのだなどと伝...
(だ、大丈夫。何も言わずに黙っていれば、お姉さまにだって...
心に言い聞かせていると、話を聞き終えたタバサがこちらに...
「何故こんなことをしたの」
答えるつもりはないので顔を背けたが、タバサは何故か「そ...
いるかのように頷いている。シルフィードが怪訝に思っている...
「あなたがあの機械に乗ってばかりいるから、嫉妬したみたい」
(なんでばれてるの!?)
シルフィードは驚愕したが、すぐに事情を察した。
(そ、そうか、使い魔と主人は心と心で繋がっているから、シ...
どいわひどいわ、姉さまの鬼! 悪魔! 心まで大平原!)
(別にそんなことしなくても、あなたの心は分かる。それと、...
心で文句を言うと心で返答が返ってくる。そんなやり取りを...
「なんだ、そういうことか。お前、最近俺がゼロ戦にばっかり...
嬉しそうなにやけ面でそう言われて、シルフィードはとうと...
130 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:26:...
(当たり前なのね! サイトったらひどいんだもの! あれだ...
娘が来たらあっさり乗り換えちゃって! ひどいひどい、サイ...
と、直接文句を言うことはできないので、きゅいきゅいきゅ...
タ翼をばたつかせる。才人は「おいおい落ち着けよ」と腕で顔...
「別に、お前のこと忘れてたんじゃねえって。ただ、久しぶり...
ろテストとかしなくちゃならないしさ」
(ふんだ、意味のわかんないこと言って。要するにあの子の寸...
シルフィードは、またむくれ面でそっぽを向く。それを見た...
「そっかー。許してくんねーのかー」
(当たり前なのね。竜は気高い生き物なのよ。今更謝ったって...
あくまでも意固地なシルフィードの前で、才人はこれみよが...
「残念だなー。ゼロ戦動かすのって思った以上に面倒くさいか...
ドと一緒にしようと思ってたのになあ」
シルフィードは思わず才人のほうを見てしまう。彼は悲しむ...
「だがまあ、お前が嫌だって言うんならしょうがねえ。シルフ...
だろうけど、どこかから違う竜を探してくるしかねえかなあ」
(ダメッ!)
慌てて才人の腕をくわえ、首を横に振って意志を伝える。
「なんだ、また俺を乗せて飛んでくれるのか」
驚いたような声が返ってきたので、シルフィードは才人の腕...
(そう、そうなのよ、シルフィまたサイトを乗せて飛んであげ...
こ探したっているはずがないのね。きゅいきゅい)
その思いが伝わったのかどうかは知らないが、彼は嬉しそう...
「そっか。ありがとうな。あのなシルフィード。俺、車とか馬...
才人は満面の笑みを浮かべた。
「お前ほど、乗ってて楽しい奴は他にはいなかったぜ」
シルフィードの胸が、じわりと暖かくなる。
(サイト……!)
感極まって、シルフィードは前脚でサイトの体を引き寄せた。
「お、おい、シルフィード!?」
(ごめんね、ごめんねサイト。シルフィさみしかったの。さみ...
言葉が伝えられない分せめて動作で親愛の念を示そうと、シ...
始める。彼はくすぐったそうに身じろぎした。
「おいシルフィード、くすぐったいって……っつーか、お前の舌...
で舐めるといたたたたたたたいだいいだい、ちょ、やめっ」
身じろぎが段々もがきに変わってきているのにも気付かず、...
舐め続けた。
131 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:27:...
「いたたたたた……」
(ごめんなさい……)
赤くなった頬を手で押さえている才人の横で、シルフィード...
うも、自分の思いを伝えようと必死になりすぎてしまったらし...
(うう。シルフィ、ちょっと冷静さが足りないかもしれないわ...
るのね。きゅいきゅい)
反省の意を示そうと小さく丸まるシルフィードの頭を、誰か...
と、才人が柔らかい微笑を浮かべて手を伸ばしていた。
「別に怒っちゃいないから、安心しろよ」
(本当?)
シルフィードが首を傾げると、才人は「ホントホント。ああ...
「なら、お詫びとして、これからまた空の散歩に連れてっても...
また行こうぜ」
才人が花冠を作ってくれた思い出が色鮮やかに蘇り、シルフ...
(任しとくのね!)
長い舌で才人の体を持ち上げ、背に乗せる。シルフィードは...
て格納庫から飛び出した。地を蹴り早朝の空に舞い上がると、...
「うおーっ、やっぱスゲーなシルフィード。ホント、こっちの...
聞き方を間違えれば「お前は単細胞だ」と言われているよう...
は優秀な風韻竜だったので、才人の言わんとしているところを...
(つまり、面倒くさい女はお断りってことなのね。オホホホホ...
やっぱり女はこのシルフィのように、さっぱりした爽やかな性...
きゅいきゅいと嬉しい鳴き声を響かせながら、シルフィード...
「ふん。なによあいつ、子供みたいにはしゃいじゃって」
まだ誰もが寝静まっているはずの早朝の寮の中で、ルイズは...
小柄な体は寝台の上にある。サイトがまだ早朝の内にいそいそ...
なく彼女も目が覚めてしまったのであった。今、タバサの風竜...
越しに見送ったところである。
「まーったく、ご主人様をほっぽり出して、竜で空なんか飛び...
かさっぱり分かりゃしないわ」
ぶちぶち文句を言いつつも、心の中では多少安心している部...
(あのメイドとかキュルケとかと一緒にいるんなら、ともかく...
ないものね。その点はまあ、いいことって言えばいいことなの...
ルイズは安堵感に包まれながら、また毛布にくるまって寝始...
使い魔たちによるゼロ戦襲撃はこれっきりで、以降は誰もこ...
持ち主である才人自身もあまり乗らなくなってしまったのは多...
くりと研究に打ち込めるというものだ。そんなことを考えなが...
ていたコルベールは、ふと手を止めた。外から、何やら勝ち誇...
「そういう訳で、シルフィはサイトとお花畑で楽しい時間を過...
かしらゼロセンちゃん。悔しかったらその板を回転させるなり...
が? そんなことしたって、サイトの心はもうあなたには向き...
何事かと思ってコックピットから顔を出してみると、最近よ...
いくところであった。その背中が何故かやたらと得意そうに見...
(……一体なんだ? 先程の声の主も見当たらぬようだし……)
少し困惑したが、まあこの機械の魅力に比べれば取るに足ら...
コルベールはまたコックピットに潜り込むのだった。
終了行:
550 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:52:...
最近やけに使い魔の機嫌がいいことに、もちろんタバサは気...
きっていたし、お喋りで読書の邪魔をされたくもなかったので...
「ねえねえ、おねーさまおねーさま」
そんなタバサの内心はお構いなしに、シルフィードは長い首...
の雑木林の中である。周囲に人がいないのをいいことに、遠慮...
「この間はね、サイトと一緒に綺麗な雪山まで行ってきたのよ...
りの美しさに感動して、ずっと体を震わせていたわ」
それは単に寒がっていただけだろう、と思ったが、あえて指...
面倒くさいし、シルフィードに気を遣って文句を言わなかった...
けたからである。
「その前はハルケギニア一巨大と名高い大滝を見に行ったわ。...
あまりの勢いに興奮して、才人はシルフィの背中の上でずっ...
それは滝から飛び出した水滴が当たって痛がっていただけだ...
かった。あの才人という少年は相当我慢強いな、と少し感心す...
「んとねー、あとはねー。あ、そうだ、かの有名な火竜山脈に...
ンダーと遊んでたとき、才人も追いかけっこしてたのね。あ...
ラマンダーの遊びの相手をしてあげてたのね」
それは襲われて必死に逃げ回っていただけだろう、と思った...
か才人にお詫びの品でも持っていくべきだろうか。
「とにかく、デートスポットの下見は着々と進んでいるわ。こ...
ばっちり上手くいくに決まってるのね。サイトったら本当に...
ねーさまのお相手にはピッタリなのね」
シルフィードは長々と才人のことを話し始めた。最初こそ「...
ねーさまのお相手にぴったりなのね」という内容だったのが、...
た」「この間はこんなことしてくれた」という内容に変化して...
(夢中になってるみたい)
使い魔になる前にシルフィードがどんな生活を送ってきたの...
しゃぎ様を見る限りでは、異性(この場合はオスと言うべきか...
(つまり、子供ということ。おそらく、まだ恋愛感情とは呼べ...
どちらかと言えば、優しいお兄さんに対する憧れのようなも...
と同じだと仮定すればの話だが。
「ところでおねーさま、今日は何読んでるの」
「これ」
「えーと、『王宮の秘め事シリーズ〜第七王女と若公爵、背徳...
「王位継承からは程遠い位置にいる、位の低い王女と、妻子あ...
ち、淫靡な情事と身を焦がす背徳感に悶える話」
「……おねーさまみたいな人、耳年増って言うのね。どうしてそ...
「本なら何でもいい」
「活字中毒なのねー、きゅいきゅい」
呆れたような声で鳴くシルフィードのことは無視して、タバ...
タイトルの露骨な卑猥さとは裏腹に、登場人物の後ろ暗い心...
扇情的な部分は興味がないので読み飛ばしているが、話の筋は...
(立食形式の晩餐会の最中、騎士隊長の妻は物陰でこっそりと...
偶然目撃してしまう……本妻と愛人の対立。これはいい修羅場)
タバサは夢中で本のページを手繰る。こういうときは集中し...
来事など大抵気にならないものだ。だが、そのとき聞こえてき...
すがのタバサも本から顔を離さずにはいられなかった。
551 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:53:...
「なんなの、なんなの」
根が臆病なシルフィードが、不安げな様子で身を寄せてくる...
識を集中させた。広場の方で、低く鈍い音が、小刻みに絶え間...
くなっている辺り、発生源はじょじょにこちらに近づいてきて...
「飛べるのかねー!?」
「大丈夫、行けるみたいッスよーっ!」
ふと、激しい音に混じってそんな会話がかすかに聞こえてき...
「あれ、サイトの声だ」
シルフィードが呟いた瞬間、広場の方から何かが空中に飛び...
影を作りながら、何か巨大な物体が空を横切っていくところだ...
(確か、「ひこうき」とか言っていた)
少し前、キュルケの宝探しに付き合ったことを思い出す。そ...
の少女の生まれ故郷に立ち寄る機会があった。今空を飛び回っ...
あったもので、才人が「これは空を飛ぶ機械だ」と主張して持...
(本当に、飛んでる)
驚かずにはいられない光景だった。さすがのタバサも、あれ...
かった。シルフィードに至っては、そもそも鉄の塊などには少...
変なことしてるー」程度の認識で、ロクに見てもいなかった。
だから今、タバサの隣であんぐりと口を開いて空を見上げて...
「おねーさま」
「なに」
「さっきの声からするに、きっとあれにサイトが乗ってるのね」
「だと思う」
頷きながらタバサは空に目を凝らす。ひこうきは、先程から...
ぐるぐる回っている。どことなく、上機嫌そうに見える動きで...
「サイトを乗せてお空を飛ぶのは、シルフィの役目だったのに」
シルフィードの声が震えている。隣を見ると、声だけでなく...
(この状況)
タバサは手の中の本に目を落とした。それから、シルフィー...
(本妻と)
再び空を見上げれば、そこには凄い勢いで飛び回っているひ...
(愛人)
タバサは一つ頷いた。
「これはいい修羅場」
「サイトの浮気者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
絶叫で正体がばれては困るので、タバサはとりあえず「サイ...
「ひどいのねひどいのね、サイトったらひどいのね」
ぶつぶつと呟きながら、シルフィードはヴェストリの広場を...
(泥棒猫、発見なのね!)
心の中で嫉妬の炎をメラメラと燃やしながら、シルフィード...
いうときは、弱気を見せたら負けなのである。「あ、あなた、...
と金切り声を上げてはいけない。「オイコラテメ、あたいのオ...
てくれんじゃン?」と、初めから喧嘩腰で行くのがコツなのだ...
(睨むのね睨むのね、力いっぱい睨んじゃうのね)
両目に力を込めつつ、じりじりと鉄の塊に接近する。だが、...
(……こいつ、どこに目がついてるの?)
人を乗せて空を飛んでいたのだから、目の前の鉄の塊だって...
種のはずなのである。シルフィードはこんな変てこな竜など見...
こんな変てこな竜が生息しているところもあるのだろう。
だが、竜にしてはおかしい。多分、風車の羽のような謎の三...
鼻なのだろうということは推測できるが、どこからどこまでが...
全く理解できない。
552 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:54:...
シルフィードは鉄の塊にしか見えない竜のそばを、困惑しな...
平べったくて飛ぶときにすら羽ばたかない翼にも、上部にある...
しき部分にくっついている謎の三枚板の周辺にも、この鉄の竜...
シルフィードはきゅいきゅい鳴きながらしばらく考えて、一...
(世の中には、目が見えない竜もいるってことなのね)
どこまでも変てこな竜である。こんな得体の知れない女にサ...
フィードは嫉妬の炎にさらに薪をくべる。
(ふんだ、偉そうにふんぞり返っちゃって)
癪なことに、この鉄の竜はこれだけシルフィードが接近して...
けているつもりなのか、ただ悠然とその場に鎮座したままであ...
板を回しながら飛び回っていたくせに、今は借りてきた猫のよ...
(さすが泥棒猫、猫を被るのは得意技なのね)
シルフィードは馬鹿にするように鼻を鳴らしながら、鉄の竜...
やはり鉄の竜は無言のまま動かない。これはいよいよおかしい...
(お前、何を企んでいるの?)
まさか罠か、とシルフィードが勘ぐったとき、不意に背後か...
「なあ、さっきから何やってんだ、お前」
聞きなれた声に、シルフィードは慌てて振り返る。するとそ...
ている才人が立っていた。
(はめられた!?)
シルフィードは慌てて、鉄の竜に向き直る。ちょうど差し込...
は得意げに笑っているようにも見える。
(くぅっ、シルフィが醜い嫉妬の炎に身を焦がして、必死に泥...
撃させるだなんて。この策士!)
シルフィードは歯噛みした。これでは、気弱で何も言い返せ...
竜を、意地の悪いシルフィードが嫌味ったらしくネチネチとい...
(違うのよサイト、シルフィそんな悪い竜じゃないのね)
弁解するようにきゅいきゅい鳴くシルフィードを見て、才人...
「ああそうか、お前もこいつに興味があるのか」
楽しげに言いながら、シルフィードの横を素通りして、才人...
憎い敵の硬そうな緑色の体を、ぽんぽんと気軽に叩いた。のみ...
「どーよ、シルフィードも結構長生きらしいけど、さすがにこ...
と、鉄の竜の体の表面に手を這わせている。その触り方はシ...
い、ほとんど撫で回すと表現してもいいぐらいの無遠慮なもの...
(ああ、そんな、なんて艶かしい!)
シルフィードは驚愕する。自分の知らぬ間に、才人と鉄の竜...
ようとは思いもしなかった。あまりの事態に頭を混乱させるシ...
られない行動に出た。
「いやー、いいよなー。この渋い緑色といい、機能的かつ芸術...
ぞ男のロマンってやつだよなー」
うっとりした声で言いながら、鉄の竜の体に抱きついてすり...
密着具合に、シルフィードは気を失いそうになった。
(そんな、そんなこと、シルフィにもしてくれたことないのに)
心臓を直接つかまれたような痛みを感じ、シルフィードはニ...
視界の中、まだ才人に抱きつかれている鉄の竜が、先程よりも...
(どう、あなたのオトコは今わたしの肉体に溺れているのよ。...
わたしたちの視界の中から消してくださる? 正直ね、目障り...
そんな嘲笑すら聞こえてくるような気がする。シルフィード...
553 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:57:...
「おねーさまーっ!」
タバサの眉がぴくりと小さく震えた。訳の分からない怒り方...
フィードが、今度は泣き喚きながら戻ってきたのだ。
タバサの数倍は生きているくせに、感情を隠すのが下手くそ...
本を閉じて横を見る。シルフィードは、土煙を上げながら物凄...
えず弱めのエア・ハンマーを飛ばして、使い魔を無理やり静止...
「い、痛いのね」
「そんなに大声で泣き喚いたら、正体がばれる」
叱るときの声でそう言ってやると、シルフィードは「だって...
ら、また高い声で泣き始める。
(鬱陶しい)
読書を邪魔されて不機嫌なせいもあって、ついそんなことを...
て悲しげに泣き続けるシルフィードを見ていると、少し可哀想...
彼女の頭をそっと抱いて、ゆっくりと撫でてやった。
「どうしたの。何があったか、話してみて」
「ぐじゅぐじゅ……あのね、あのね」
しゃくり上げながら話し出すシルフィードを見ている内に、...
のを感じた。
(わたしも昔、こんな風に母様のお膝に泣きついたことがあっ...
タバサの口元に、薄らと微笑が浮かぶ。
だが、穏やかな気持ちも、かすかな微笑も、シルフィードの...
「そいでね、サイトったら、あの女の硬くて鉄くさいお肌にす...
よ。あんな鉄みたいなお肌よりだったら、わたしの鱗の方が...
シルフィードはかなり憤慨しているようだったが、その怒り...
あった。もちろん、「恋の悩みなんて、タバサ恥ずかしくて分...
理由ではなく。
「待って、シルフィード」
「なに?」
「その、女、というのは、誰? と言うか、なに?」
「もちろん、さっきサイトを乗せていい気になって飛び回って...
うな飛び方しちゃって、すっごく高慢で嫌な奴なのね。きゅ...
一瞬、ひょっとして冗談を言っているのだろうかと疑ったが...
に怒っていた。大真面目に、鉄の塊に対して、女としての嫉妬...
「サイトを玩具に取られてしまった」と言って、面白くない...
だが、この状況で「サイトを他の女に取られた」と思い込んで...
気で「本妻と愛人の修羅場」を演じているとは思いもしなかっ...
(アホの子)
タバサは手で頭を押さえた。召喚した当初からアホだアホだ...
ていなかった。あんな物体を生き物と判断するとは、このアホ...
のだろう。これはもう、脳味噌への冒涜とでも表現すべき所業...
ら糞を垂れ流すような行為と言っても過言ではない。
554 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 01:58:...
「大体、サイトもサイトなのね! あんな鉄臭くて脂臭くて硬...
きゅい。こういうの何て言ったかしら。健全な対象から外れ...
そう、変態、変態なのね! 変態、変態、サイトの変態!」
「竜に欲情したとしても十分変態だと思う」
一人で興奮しているシルフィードに、一応そう指摘しておい...
ないようだったが、もうどうでもいい。危険な任務に従事する...
(こんなのが使い魔として召喚されるということは、ひょっと...
そんな疑いすら起きてくる始末である。
「きゅいきゅい。こうなったら徹底的にやっちゃうのね!」
自分の頭について真剣に悩み始めたタバサの隣で、シルフィ...
そのやる気に満ちた黒い瞳を見ていると、とてつもない不安が...
ながらも問いかけた。
「徹底的にやる、と言うと?」
「もちろん、シルフィのほーまんなボデーで、サイトを正常に...
「……潰さないように気をつけて」
今の精神状態では、そう言うのが精一杯だった。タバサは本...
少し癒すために、今は眠ろうと思う。
寮に戻る途中に振り返ってみると、シルフィードはさっきの...
戻したりして、意味不明な準備運動を始めていた。
(これが原因で正体がばれたりしたら、本気で風韻竜の肉の値...
そんなことを考えつつ、タバサは疲れた足取りで寮の中へと...
三十分ほど後、シルフィードは再びあの憎い鉄の竜の眼前に...
に直接迫ろうと考えていたのだが、彼はいないようだった。
(ということは、この鉄臭い竜とシルフィの一騎打ちなのね)
謎の三枚板がくっついている鼻先を思いっきり睨みつける。...
は重々承知である。
(ふん、サイトの前ではしおらしくしてるくせに)
敵の性悪な二面性を軽蔑しながら、シルフィードは大きく息...
顎を一杯に開けて、全力の咆哮を敵に浴びせかけた。
(風韻竜の咆哮で、自分のしたことの恐ろしさに気付くといい...
空気を波立たせる吠え声に、敵の体も大きく震えているよう...
を確信しかけた。
ところで、シルフィードは気がついていなかったが、このと...
でいる人物がいた。
才人ではない。この魔法学院の教師、コルベールである。
メイジでありながら機械的なものにも興味を示す彼は、もち...
を惹きつけられた。今は主人のところに戻っていてこの場にい...
の操作法を聞き出し、自分でも少し動かしてみようとしていた...
(えんじん、を動かす方法は、まずこことここと)
と、一つ一つ確認しながら必要な作業を行い、最後に、コッ...
(これを引けば、プロペラというのが回るらしいが)
ちなみに、このときすでにシルフィードの咆哮が周辺の空気...
いたのだが、読書時のタバサ並に集中しきっているコルベール...
気付かないまま、コックピット内の引き手を思いっきり引っ...
555 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/15(土) 02:00:...
成す術もなく沈黙していたように見えた敵が、突然動きを見...
(な、なにあれ!?)
シルフィードは驚愕した。今まで止まったままだった、例の...
を始めたのである。そこから発生する音もまた凄まじく、まる...
上げているようだ。
(ここ、こいつ、舐めた真似をしてくれるのね!)
強がりながらも、シルフィードは拭いきれない恐怖を感じて...
た謎の三枚板だが、実際に回転し始めると、その速度は風車な...
あんな速度で回転する板に触れでもしたら、と、嫌でも想像し...
(細切れにされちゃうのね)
あまりにも恐ろしい敵の武器に、シルフィードは恐れおのの...
しかし、どんなに敵が恐ろしかろうと、ここで引き下がる訳...
(そっちがその気なら、こっちだってやっちゃうのね)
シルフィードは小さな声で、そっと魔法の詠唱を始めた。敵...
きゃかかってこいや」とこちらを挑発している状態である。動...
ば、こちらの勝利は確定したも同然のはずだ。
詠唱は、すぐに完成した。
(よーっし、喰らうがいいのね!)
そのとき、コルベールは「えんじん」が正常に作動したこと...
回ると、この鉄の塊が空に浮くのか」ということについてあれ...
ふと、操縦桿に何かボタンのようなものがついているのを発見...
(これは、何だろうか)
ボタンがあるとついつい押してみたくなるのが人情というも...
けて、そのボタンを押し込んでしまった。
詠唱を終えて魔法を解き放とうとした瞬間、突如凄まじい轟...
よって視界が閉ざされた。
(なになに、今度はなんなの?)
魔法は不発のままに終わり、シルフィードは状況を確認でき...
じっと待つ。そして土煙が晴れたとき、彼女の前に信じられな...
前方の敵には、特に変わったところはない。だが、シルフィ...
じい力で点々と抉られていた。
(まさか、さっきの音の正体って……!)
シルフィードは内心恐怖に震えた。先程の轟音は、敵が凄ま...
のだ。聞いたときは人間が使う銃の音に似ていると思ったが、...
りもこれほど容易く地面を抉るほど威力がある銃など、シルフ...
(そんな、詠唱なんて聞こえなかったのね)
シルフィードは、気づいたときには半歩後ろに下がっていた...
よいよ恐ろしい化け物に見えてくる。
そのとき、鉄の竜の上部、鞍がある場所から、誰かが姿を現...
「いやー、びっくりした。まさか武器の発射ボタンだったとは…...
のん気な声で呟きながら、その人間は鉄の竜の周囲を見回し...
るシルフィードを見つけて、怪訝そうに眉を上げる。
「おや、ミス・タバサの使い魔の風竜ではないかね。こんなと...
シルフィードは悲鳴を上げて逃げ出した。またあの魔法を撃...
態にされてしまうという、恐怖からの逃走であった。
(化け物なのね化け物なのね! これは由々しき事態なのね!)
頭の中で大騒ぎしながら、シルフィードは一度も振り返る...
487 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:39:...
「おねーさまおねーさま!」
窓の外から大声で呼ぶ声がする。精神的な疲れを癒すべくベ...
それがシルフィードの声だと気付くや否や、慌てて跳ね起き窓...
シルフィードは、何やら非常に興奮した様子だった。
「大変なのね、大変なのね!」
「そんなに大声を出したら、他の人に気付かれる」
「あ、ごめんなさい、ついうっかり。きゅいきゅい」
タバサの指摘を受けて、シルフィードはようやく声量を落と...
て、そっと辺りを窺ってみる。休日の昼間ということで人が出...
声に驚き、騒いでいる人間はいないようだった。
ほっとしつつ、念のため周囲に「サイレント」の魔法を張り...
「それで、何が」
「そうそう、大変なのよ、あの女、とんでもねー化け物だった...
シルフィードは声を落としたまま、興奮した口調できゅいき...
詠唱なしで発動する、地面を抉るほどの超威力の魔法の話など。
タバサはうんざりした。
(また、何か勘違いしているみたい)
しかし、「これは由々しき事態なのね」という文句を何度も...
見る限り、「何かの勘違いに違いないから、もう一回確認して...
(ここは、とりあえず適当に聞き流すに限る)
タバサは手の平を出して、シルフィードの声を遮った。
「話はよく分かった」
「じゃ、シルフィに加勢してくれるのね?」
「そんな危険な怪物を相手にするのなら、情報が必要。もっと...
我ながら上手いことを言ったものだと思ったが、シルフィー...
しく翼をばたつかせた。
「ぐずぐずしてると、あの女の肉体にのめり込んでるサイトが...
「もっとひどいこと、と言うと」
「ええと、きっと『回転刃プレイ』とかやらされるのよ」
「なにそれ」
「『いいこと思いついた。お前、この回転する板にチンコ入れ...
イトが種無しになっちゃうのね!」
「大変なのはあなたの頭」
そして同時にタバサの頭も大変なことになってきた。アホな...
頭部の辺りがずきずきと痛み出したのだ。
(休まないと大変なことになりそう)
タバサが大きく息を吐き出すと、シルフィードは歯軋りしな...
「おねーさま、やる気なさすぎです!」
「当たり前」
「もういいのね、おねーさまには頼らずに、サイトを助けてみ...
「シルフィード」
身を翻しかけたシルフィードを呼び止める。竜は嬉しそうに...
「やっぱり、おねーさまも協力してくださるの?」
「ううん。ただ、正体がばれないように注意するようにと言い...
「言われなくても分かってるのね!」
吠えるような返事を残して、シルフィードは飛び去った。
タバサは黙って窓を閉じた後、ベッドではなく本棚に歩み寄...
ればならないが、その前にやらなければならないことがある。
(風韻竜の肉の値段はどの本に載っているだろう)
割と真剣に本の背表紙に目を滑らせるタバサであった。
488 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:40:...
「これは由々しき事態なのね!」
目の前の切り株を前脚で叩き、シルフィードは唾を飛ばしな...
魔法学院周辺にある森の一角、泉のそばにある開けた場所で...
は、魔法学院の生徒や教師達の使い魔たちが、所狭しと集まっ...
使い魔会議。ご主人様たちには知られることのない、使い魔...
要請したのはもちろんシルフィードで、例の鉄の竜を使い魔総...
「敵は非常に強大なのよ」
シルフィードは居並ぶ使い魔を見下ろしながら説明する。
「近づくものを全て切り刻む謎の回転板、詠唱なしで発動する...
のか、そもそも何という名前の生き物なのか。全てが謎に包...
の人間を魅惑する謎のぼでー」
シルフィードは、鉄の竜の腹に顔を埋めていた才人の顔を思...
切り株を叩いた。
「これは由々しき事態なのね! 早急に手を打たないと、皆の...
無しなのよ!」
実に熱の篭った演説だという自覚はあったが、使い魔たちの...
い者同士集まって、ピーピーギャーギャーゲロゲログワッグワ...
「お前のご主人最近どう?」
「相変わらず肉の塊だね。ああ、なんで俺はあんなデブ男の使...
「相変わらずペッタンコのオデコテッカテカ。しかも人使い、...
くさん魔法薬の材料なんか集められるかっつーの」
「でもたまにキスとかしてもらってんじゃん」
「そのぐらいじゃ割に合わねーよマジで。これでバインバイン...
愚痴を垂れ合っているのは、小さなカエルとフクロウのコン...
という名前だったか。
「ミミズうめぇ」
と、一人もぐもぐやっているのは、間抜けな顔の巨大モグラ...
(アホばっかり。いくらなんでもまとまりなさすぎなのね)
誰も真面目に聞いてくれていないので、シルフィードは少し...
れの中から誰かが長い舌を突き上げた。
「質問があるんだが」
「はいはい、何なのねそこの人。あらフッチーじゃないの」
発言したのは一匹のサラマンダーであった。名前はフレイム...
なので、シルフィードとフレイムも自然と友達になっていた。
フレイムは、ちろちろと細い火を吐きながら首を傾げた。
「お前さんのご主人様は、あのタバサってちっこいお嬢ちゃん...
「ああ、あの青髪のお子様な」
シルフィードが答える前に、カエルのロビンがゲロゲロと口...
ルが澄まし顔で頷く。
「俺、あのデブ……いや、ご主人様と違ってお子様体型って興味...
う、バインバインしてた方がいいよ」
「同感。ウチのご主人には凹凸が足りない」
カエルのロビンとフクロウのクヴァーシルが、揃ってフレイ...
「なんだお前ら、その目は」
「いいよなフッチーはよ」
「そうだよ。あんなエロいご主人を毎日毎日飽きるまで観賞で...
恨みがましい二匹の使い魔の言葉に、フレイムは呆れたよう...
「あのな、俺はそもそもトカゲだから、人間の女の体なんかに...
だがフレイムの弁解などお構いなしに、ロビンとクヴァーシ...
489 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:41:...
「きっと、トカゲ風にじゃれつく振りして、あの長い舌でご主...
「うひゃー、エロイ、フッチーエロすぎ! っつーかそもそも...
「お前さんのご主人だって、胸にたっぷり肉がついてるじゃな...
フレイムが口を挟むと、クヴァーシルが飛び上がって威嚇す...
「馬鹿言え、あれはただの脂肪だ」
「何か違うのか」
「おっぱいと脂肪を一緒くたにするんじゃねーよバカ」
「そーだよ、おっぱいには夢が詰まってるんだぜ」
ロビンが怒りを表すようにぴょんぴょん飛び跳ねると、クヴ...
さと翼を振るう。二匹は口を揃えてフレイムに叫んだ。
「という訳で、罰としてお前のご主人のおっぱい俺らに見せろ」
「そーだそーだ、俺らにもおっぱい寄越せ。おっぱいの開示を...
「意味が分からん」
「うるせー、いいからおっぱいうp」
「そうだそうだ、おっぱいうp、おっぱいうp!」
ロビンとクヴァーシルにまとわりつかれ、フレイムは鬱陶し...
(この色狂いの使い魔どもは役に立たないのね)
シルフィードは彼らに頼みごとをするのは諦め、代わりに広...
いるヴェルダンデに目をやった。
「そこのモグラさんはどう思われますの」
土から顔を上げたヴェルダンデが、鼻をひくつかせながら答...
「ミミズうめぇ」
(アホの子なのね)
シルフィードは盛大にため息を吐いた。
(どうしてこの学院の使い魔は、皆こんな能天気なのばっかり...
ナーたるもの、もっと上品かつ知的でなければいけないのね)
きゅいきゅいと頷きながら、シルフィードは憎い鉄の竜の面...
(そこいくと、あの女はやっぱり失格だわ。あの嫌味で人を見...
の使い方。最低なのね。サイトもあんな女のどこがいいのか...
そんな風にシルフィードが頭の中で罵声を唱え続けるおかげ...
「おっぱい、おっぱい!」
「いい加減にしないと燃やすぞお前ら」
「ミミズうめぇ」
「ウチの主人はミーハーで困りますのよ」
「俺の主人なんかハゲだぜハゲ」
「馬鹿野郎お前ら、あんな根暗中年と長年付き合ってきた俺の...
「ミミズうめぇ」
「私のご主人も、もうすっかりおばさんでねえ」
「ミス・ロングビルがいた頃は天国だったよないろいろと」
「ミミズうめぇ」
ギャーギャーワーワークォゥクォゥモグモググワッグワッピ...
恐らく人間が通りかかったら腰を抜かすであろう、多様すぎ...
会議はこうしてまとまりを欠いたまま、何の結論も得られず...
「おうおう、騒がしいじゃねえか、ああん」
貫禄たっぷりの声が響いたのは、まさにそのときである。あ...
り返り、全員が一斉に入り口の方を見る。そこへ、小さな巨人...
『モートソグニルの旦那!』
その場の全員が口を揃えて叫び、一斉に頭を下げる。
モートソグニルと呼ばれたそのネズミは、チューチューと髭...
けて作った通路を通り、シルフィードの眼前まで歩いてきた。
「面倒な挨拶はいらねえよ。でっけえ嬢ちゃんよ、あんたは、...
先程まで演台として利用していた切り株の上に立ったモート...
を見上げてくる。
「は、はいなのね!」
シルフィードは緊張しながら返事をした。ネズミなどよりも...
ず、彼女もこのモートソグニルには逆らう気にはなれない。他...
ニルの命令には素直に従うのである。これが貫禄というものな...
490 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:43:...
(凄いのね、モートソグニルの旦那の力を借りれば、きっとこ...
期待に胸を躍らせるシルフィードの前で、モートソグニルは...
「タダっていうのは、虫がいい話だわな」
やたらとドスの利いた声に、シルフィードは緊張して身を硬...
「な、何をお望みでしょう」
「そうさな。俺の知恵を貸してほしけりゃ」
睨むような鋭い目が、シルフィードを見据える。
「なんかエロいもん寄越せ」
要求は直球だった。
「さすがモートソグニルの旦那だ」
「俺達には真似できねえ」
モートソグニルの背後で、カエルとフクロウが恐れ慄く。さ...
も他の使い魔顔負けである。
(良かった、割と容易い要求なのね)
シルフィードはほっとしながら、愛想よく頭を下げた。
「じゃあ、これで一つよろしくお願いいたしますわ」
少し長めの呪文を詠唱し、魔法を発動させる。風が巻き起こ...
その風が晴れたとき、シルフィードは青く長い髪を持つ、人...
ん、生まれたままの姿である。
「これでいかがかしら」
タバサの友人を真似て、媚びるような声と仕草をしてみせる...
て飛び上がった。
「うひょー、ブラボー!」
「おっぱい、おっぱい!」
あの二匹の反応を見る限り、きっとネズミの旦那にも満足し...
信を持って下を見たが、切り株の上のモートソグニルは喜びを...
わせていた。
「あら? どうしたのね、モートソグニルの旦那」
「嬢ちゃんよ、ふざけてんのかい」
呟きと共に、モートソグニルはダッと駆け出した。ネズミら...
の体を駆け上がり、彼女の頭に思いっきり前歯を突き立てる。
シルフィードは悲鳴を上げて飛び上がった。
「痛い痛い、いたいのねーっ!」
「ンな紛い物いるかぁ! 俺は生が見てえんだよ、生が!」
あまりの痛みにのたうち回るシルフィードの前に着地し、モ...
使い魔たちが畏怖するように身を引いた。
「さすが旦那だ」
「ああ、あれが通ってもんだぜ」
「ミミズうめぇ」
使い魔たちの長的存在であるモートソグニルの機嫌を損ねた...
と思われた、が。
「その辺で勘弁してやってくだせえよ」
こちらもなかなか貫禄のある鳴き声を上げながら、サラマン...
モートソグニルが不機嫌に鼻を鳴らす。
「なんでえトカゲの坊主。こちとら、このアホ女がくだらねえ...
「竜の嬢ちゃんは、図体こそデケェがまだガキなんです。ここ...
頭を下げるフレイムに、モートソグニルはひくひくと鼻をひ...
「そこまで言うんなら、お前さんが代わりのものを用意してく...
広場に緊張が走る。誰もが注目する中、フレイムは目を瞑り...
「旦那が協力してくださるってんなら、一度だけウチの部屋に...
その場がざわめいた。フレイムの言葉は、ほとんど主人への...
491 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/09/25(火) 01:43:...
「あのケバいねーちゃんか。正直好みじゃねえが、まあいいだ...
モートソグニルが重々しく頷く。長がシルフィードへの協力...
「じゃあ俺らにも見せろ」
「おっぱいうp、おっぱいうp」
ロビンとクヴァーシルも便乗して騒ぎ出す。フレイムはため...
「分かった分かった、その代わりこの竜の情ちゃんに協力する...
「うひょー、やったぜ!」
「俺らも頑張るぜシルフィ」
「楽しみだぜおっぱい!」
「おっぱい、おっぱい」
跳ね回る二匹のアホ使い魔の脇を通り抜けて、フレイムがシ...
「おう、これでいいんだろ嬢ちゃん」
「ありがとう、本当にありがとうなのねフッチー」
主の裸を売ってまで協力してくれたフレイムに、シルフィー...
げる彼女に、フレイムが苦笑混じりに細く火を噴き上げる。
「いいってことよ。どうせウチのご主人は、他人に肌を見せる...
えんだ。獣に見られるぐらい、気にもしねえよ。何より、お...
ご主人も世話になってるしな。これからも一つ、よろしく頼...
フレイムは低い頭をさらに下げたあと、使い魔たちの中へ戻...
ルフィードは残る知り合いにも声をかけた。
「あなたにも協力してほしいのね」
この騒ぎの中、まだ地面をごそごそやっていたヴェルダンデ...
「ミミズうめぇ」
「分かった、後でシルフィも一緒にミミズ探してあげるのね」
「了解した、私も協力しよう、心の友よ」
「まともに喋れるのなら最初からそうしてほしいのね!」
また喧々囂々の騒ぎになりかける広場を、モートソグニルが...
「おうお前ら、話は分かったな。他の連中も、一つ俺の顔に免...
文句は出ない。これもまた貫禄というものである。モートソ...
「よし、じゃあ早速策を練るとしようか」
こうして、使い魔会議はその日の夜遅くまで続けられたので...
122 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:16:...
最近、どうも周りが騒がしい。
いかに研究に没頭し始めると周りが見えなくなるコルベール...
気がついているのであった。
その日もゼロ戦のコックピットであれやこれやと作業をして...
ら何かが動く気配が伝わってくる。
そっとコックピットから身を乗り出してみる。今、ゼロ戦は...
の中に置かれている。そのために日陰となっており、周囲は大...
る何者かの影ぐらいは見ることができた。
(……トカゲか?)
のそのそとゼロ戦の周囲をうろつきまわっているのは、どこ...
あった。
それだけではない。よく見ると、チューチュー鳴きながら、...
回っている。
コルベールの見ている前で、二匹はしばらくゼロ戦の周りを...
うに揃ってその場を離れていった。
(一体、何事だろうか)
多少気にはなったものの、今のコルベールの目の前にはゼロ...
離さないこの機械の前では、使い魔の妙な行動などあまり興味...
動物達のことを忘れて、またコックピットに潜り込んだ。
「偵察行ってきたぜ」
「ご苦労様ですのよ」
森の外れの会議場に戻ってきたフレイムとモートソグニルを...
「で、どうでしたの」
「ダメだな。やっぱあのハゲが四六時中張り付いてやがる。あ...
「まあ」
シルフィードは憤慨した。
123 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:17:...
「あのハゲチャビンも、やっぱりあの鉄の竜の肉体に溺れてい...
なんて、もはや堕落しているとしか言い様がありませんわ。き...
あんな、硬くて鉄臭くてずんぐりした不恰好な体のどこがそ...
く理解できない。空を飛ぶために無駄なく引き締まった筋肉、...
きめ細やかで形の整った美しい鱗。どう考えても、自分の方が...
るはずである。
「サイトたちは、あんなうさん臭い女の汚らわしい魔性に捕わ...
あるこのシルフィードの肉体美に気付いていないのだわ。やっ...
ちゃいけないのね。きゅいきゅい」
決意を新たにするシルフィードの前で、フレイムとモートソ...
合わせている。
「あのよ、嬢ちゃん」
「そのことなんだが」
「なぁに」
シルフィードが首を傾げると、二匹は互いに「お前言えよ」...
その結果、ため息混じりに言ったのはフレイムの方だった。
「多分、嬢ちゃんが鉄の竜って呼んでる、あれよ」
「あの女がどうかしたの」
「いや、あれ、女っつーか、そもそも竜……いや、生き物ですら...
と風石使ってる船とか、その類じゃないかと」
「んまあっ」
シルフィードは牙を剥いた。
「フッチーったら、なんて馬鹿なこと言い出すのかしら。きゅ...
「いや、多分馬鹿なこと言ってんのは嬢ちゃんの方だぜ」
やれやれ、とシルフィードは内心ため息を吐いた。何があっ...
あの鉄の竜に騙されているようだ。
(フッチーもいい人……いや、いいトカゲではあるんだけど、あ...
ホの子なのよ。まあトカゲなんてそんなもんでしょうけどね、...
こうなれば仕方がない、目の前のお味噌が足りないトカゲと...
ルフィードは言い聞かせるように話し出した。
「いいことフッチー、あの女は、シルフィのことを散々見下し...
性悪なのね」
「いや、だからな」
「あれは竜よ。竜なのよ。だって、サイトがシルフィより気に...
そう言った拍子に、才人の顔が思い浮かんだ。鉄の竜の腹に...
ある。途端に胸の中で悔しさが爆発し、シルフィードはバシバ...
「なによあんな女! シルフィの方がずっとずっと、ずーっと...
らないサイトなんて、あとでシルフィの脚に縋りついて、『許...
お似合いなのね、きゅいきゅい」
「要するに、あれが竜じゃなくてただの道具としたら、竜のく...
がないってことか」
「子供じみたプライドってやつですなあ」
ひそひそ内緒話をするトカゲとネズミを、シルフィードはじ...
「なんか言いました?」
「いや、別に何も」
「これっぽっちも」
二匹はしれっと声を合わせる。
124 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:18:...
「まあいいわ」
と、気を取り直して、シルフィードは訊ねた。
「それで、他には何か分かったことはないの?」
「一つあるぜ」
モートソグニルが尻尾を撫でながら言った。
「あの鉄の竜の名前な、ゼロセンっていうらしい。あのハゲが...
「ゼロセン?」
シルフィードは一度声に出して繰り返してから、我慢しきれ...
「ゼロセン! ゼロセンだって! 変な名前変な名前、変なな...
ゼロセンゼロセン、と憎い仇敵の滑稽な名前を舌の上で転が...
動はどんどん大きくなっていく。シルフィードはとうとう、文...
を転がる竜の巨体に潰されそうになったモートソグニルが、慌...
「ゼロセンゼロセンゼロセンゼロセン! 何度繰り返しても面...
つける名前じゃないのねこれ! きゅいきゅい」
心底から同情を禁じえない。ゼロセンなんて変な名前をつけ...
されて育ってきたことだろう。そう思えば、あんな傲慢で意地...
いうものである。
(そうよ、わたしったら寛容な女ですものね! なんたって、...
イルククゥ、シルフィード。自分に与えられた二つの名前を...
りと目蓋を閉じる。なんていい名前なんだろう。今改めてそう...
(イルククゥ。可愛らしい名前だわ。自由な翼で空に舞い、柔...
に純真な風韻竜にぴったりなのね。シルフィード。美しい名前...
を優雅に駆けめぐる。精霊のように華麗な風韻竜にぴったりな...
この二つの名を兼ね備えた自分は優秀で愛らしい最高の竜な...
それに比べて、相手はゼロセンである。またも失笑が漏れた。
(勝てる。勝てるのね。負ける気がしないのよーっ!)
すっかり気分を良くしたシルフィードは、切り株の前にどっ...
「それじゃモートソグニルの旦那、早いとこあの哀れなゼロセ...
「なに?」
必死に逃げ回っていたためにすっかり疲労困憊になって地面...
驚いたように体を起こす。
「早いとこ、ってのはどういうことだ?」
「早いとこは早いとこなのね。遅くとも三日後までにはケリを...
「オイオイ、嬢ちゃん、『あの女は陰険かつ危険だから、事は...
「大丈夫大丈夫。もう何も恐れることはないのね」
「何を根拠に言ってんだ」
モートソグニルは怪訝そうに首を傾げる。シルフィードは胸...
「だって、相手はゼロセンなのね。イルククゥかつシルフィー...
る理屈が分かりませんのね」
「俺にはその理屈の方が分からねえんだが」
モートソグニルは納得しかねる様子ながらも、渋々首を縦に...
「分かった。で、具体的にはどういう感じにやりたいんだ?」
「そうですわね。なにせ竜と竜、女と女の意地を賭けた対決で...
邪魔は一切抜きでやりあいたいのね。きゅいきゅい」
「要するに、ハゲの邪魔抜きで嬢ちゃんとゼロセンが一騎打ち...
な。分かった、策は俺が考えて、他の奴にも伝えといてやるよ」
頼もしい言葉だった。シルフィードは小さな巨人に向かって...
「いろいろとありがとうございます、モートソグニルの旦那」
「気にすんな。俺はただ裸が見てえだけだ」
男らしく断言して、モートソグニルは素早く駆け去っていっ...
(さて、あとはコンディションを万全に整えて、正々堂々あの...
シルフィードの胸で、闘志の炎が静かに燃え上がる。そんな...
となく憂鬱そうな様子であった。閉じられた口の隙間から漏れ...
「あらどうしたのフッチー、何か悩み事?」
「いや、あのな」
フレイムは何やら言いずらそうにもごもごと口ごもり、思い...
125 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:21:...
「なあ、嬢ちゃん。あの、サイトって若造のことなんだが」
「サイトがどうかしたの?」
フレイムは低い位置から探るような視線でこちらを見上げな...
「嬢ちゃんは、あの若造に惚れてるのか? あー、つまり、男...
一瞬、何を言われているのかよく分からなかった。予想外の...
フィードは質問を返す。
「恋? わたしが、サイトに?」
「そうだ」
「フッチー、真面目に聞いてるの?」
「そのつもりだが」
トカゲの強面は真剣そのもので、ほとんど深刻ですらある。
それを理解した瞬間、腹の底からこみ上げてきた笑いの衝動...
した。全身を余すところなく震わせるような、凄まじい発作で...
それがようやく収まりかけてから、息も絶え絶えに言う。
「フッチーったらバカなのね、竜が竜でないものに恋をするな...
モートソグニルの旦那は普通に変態だから別として、自分だっ...
しないって言ってたのに」
「そりゃそうだが」
フレイムは困惑したように言った。
「でもお前さん、正妻と愛人がどうのとか言ってなかったか」
「それはたとえというものなのよ」
「そうなのか」
まだ疑っているようだ。シルフィードは切り株の前に座りな...
「いいことフッチー、元々、サイトの騎竜はこのわたしだった...
ほーまんなボデーでサイトを誘惑したのよ。セクシーかつ清楚...
まのサイトは、まんまとあの毒婦の罠にかかって堕落してしま...
また怒りがぶり返してきて、シルフィードは腹立ち紛れに切...
「つまり向こうが愛人で、こっちが正妻! わたしは一刻も早...
んで、彼を騎竜の正道に戻さなくてはならないのね。ごつごつ...
たいな滑らかで芸術的な美しい鱗を持つ竜の方が、よっぽど乗...
からせてやるのよ! きゅいきゅいきゅいきゅい!」
シルフィードの熱弁を、フレイムはただ黙って聞いていた。...
「そうか。つまり、あくまでも乗り物としてあのゼロセンに負...
シルフィードは抗議の意味を込めて鼻息を吹きだした。
「ぶー。シルフィ、負けてなんかいないもん。それに、乗り物...
「スマンスマン」
「いいことフッチー」
シルフィードは人間の乙女を真似るように、両方の前脚を合...
「シルフィにとって、サイトは将来、ご主人様の夫にもなろう...
くれるし優しいし強いしカッコイイし、お慕い申し上げるのは...
を乗せて空を飛ぶというのは、竜にとってはとても幸せなこと...
才人を乗せて大空を舞った楽しい思い出の数々が、色鮮やか...
が新たに溢れ出してきて、シルフィードの胸は幸福感で一杯に...
「タバサお姉さまとサイトの結婚式も、シルフィの背中の上で...
ん鐘をくくりつけて、ディンドンディンドン鳴らしながら飛ぶ...
「はぁ。そりゃまたやかましそうだな」
フレイムの呆れ声も、愛しいご主人様の結婚式を想像してう...
ては、些細な雑音に過ぎない。
(シルフィが一生懸命鳴らす祝福の鐘の音の中、タバサお姉さ...
重なり合うのよ。わたしの背中が二人のチャペル。ああ、なん...
甘美な夢想に耽るシルフィードの前で、フレイムは細く火を...
「そうかい。あー、ほっとした。胸のつかえが取れたってもん...
心底安堵した様子である。シルフィードは少し不思議になっ...
「ねえフッチー。どうして、そんなに心配してたの?」
「ん。いや、なんだな」
フレイムは決まり悪そうに目をそらした。
126 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:22:...
「エルフと人間とか翼人と人間、あるいは別種の竜同士とか、...
えことはねえだろう。だが、竜と人間じゃ食うものから住む場...
てる。子供だって絶対作れねえしな。要するに、そんな恋愛な...
ご主人の友人の使い魔で、俺にとっても恩人である嬢ちゃんが...
思ったのさ」
「それだけ?」
「……実はな」
フレイムが目を細める。どことなく、辛そうな顔だ。
「俺の友達にもな、昔、人間に恋した大馬鹿野郎がいたのさ。...
だのサラマンダーだったんだが。こいつが、火竜山脈に冒険に...
「きゅい。アホの子なのね」
正直な感想を言うと、フレイムはか細く火を噴出して笑った。
「ああ、そうだな、スゲーアホな奴だったよ。火も噴けねえし...
がいいんだって、俺たちゃ皆で止めたもんさ。だが、あいつは...
れてもいい。俺は、人間の肌の柔らかさに、ぞっこん参っちま...
下げた人間の女に向かって、のっしのっしと歩いていきやがっ...
「それで、どうなったの」
「死んだよ」
暗い声音だった。
「あいつが目の前に現れた瞬間、人間の女は迷うことなく杖を...
『待ってくれ、違うんだ』と叫びながら、あいつは四本脚で素...
一瞬後には風の刃が奴を切り刻んでいたってわけさ」
フレイムは深く息を吐き出し、遠くを見るような目つきでじ...
「何が決定的にいけなかったのかは分からん。あの人間の女が...
にサラマンダーが現れて警戒したのかもしれん。制止する声が...
は間違いないし、トカゲのジェスチャーが人間に通じたとも思...
なんかした時点で、こうなる運命だったってのは分かりきった...
淡々と言ったあと、フレイムはまた、真剣な目でシルフィー...
「なあ、嬢ちゃん。しつこいと思うかもしれねえが、もう一度...
主に抱いてる感情は、ただ乗り手として尊敬し、敬愛してるっ...
間の男に惚れこんじまったって話ではないんだな?」
念を押すような口調である。シルフィードは厳かな気持ちで...
「違うわ。わたしにとって、サイトはご主人様の伴侶候補で、...
数瞬、二匹の視線が静かに絡み合った。先に目をそらしたの...
「俺も、決戦の日にはハゲの目を引きつける役割に回る。敵は...
り準備しておくこったな」
静かな足取りでフレイムが歩み去り、シルフィードはただ一...
(シルフィが、サイトに恋?)
改めて考えてみる。果たして、自分が才人に抱いている気持...
そもそも、シルフィードはまだ恋愛というものを経験してい...
ではまだ幼い。大人になれば自然と雄の竜に心惹かれるものだ...
しては理解できていなかった。
(でも、サイトのことは好きなのよ)
頭を撫でられたことや体を洗ってもらったときのこと、優し...
飛んでいるとき「疲れないか、重くないか」と心配そうに声を...
サイトへの愛しさが胸にあふれ出してきたが、それは主であ...
いように思われた。
シルフィードはそっと安堵の息を吐いた。
(そうよね。シルフィ、変態じゃないもん。人間の男を好きに...
て、あくまでも騎竜としてのプライドの問題なのよ。きゅいき...
そうと分かれば、怖いものなど何もなくなった。あとは見事...
としての役割を奪い返すだけである。
木の葉のざわめきと小鳥の囁きを聞きながら、シルフィード...
127 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:23:...
最近のコルベールは、ゼロ戦のコックピットを寝床にしてい...
ではなく、夢中でゼロ戦のことを研究している内についついそ...
そんなわけで、コルベールはその日もコックピットの中で丸...
ガンガンと金属を叩く音が聞こえてきて、目を覚ました。
(なんだろうか)
目をこすりながら顔を出した瞬間、眠気が吹っ飛んだ。種類...
で好き勝手に騒ぎまわっていたのだ。機体の上で跳ね回るもの...
の、ピーピーギャーギャー騒ぎ立てるものなど、実に騒がしい...
叩いたりしているものもおり、先程のガンガンと金属を叩く音...
あまりの光景に呆然としたコルベールだったが、すぐに立ち...
「こ、これお前達、離れんか!」
動物達を追い払おうと杖を取り出して走り出した途端、突然...
フライやレビテーションを唱える間もなく落下したコルベー...
「いたたたたた」
腰をさすりながら上を見上げると、ぽっかり穴が開いてゼロ...
ら、誰かが掘った落とし穴に引っかかったらしい。
(誰が。何故、こんなところに)
疑問に思ったとき、コルベールは隣に何か巨大なものがいる...
のある巨大なモグラが、ミミズをほお張っていたのである。
「この悪戯は君の仕業かね。一体なんのつもり」
しかし、問いただしている暇はなかった。ぽっかり開いた穴...
動物達が一斉になだれ込んできたのである。大小さまざまな動...
悲鳴を上げた。
128 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:24:...
(よし、今のところは順調なのね)
格納庫の入り口から中の喧騒を眺めて、シルフィードは満足...
中央に鎮座するゼロセンの近くにぽっかり穴が開いて、そこ...
る。長い悲鳴が絶えることなく響いているところを見る限り、...
力化する計画は成功したようである。
(さて、あとはあの陰険女とケリをつけるだけなのね)
シルフィードは気合を入れて格納庫の中に脚を踏み入れ、つ...
辺で騒がれたというのに、ゼロセンは静かにふんぞり返ったま...
り裂くことも、謎の回転板を回して八つ裂きにしようともしな...
だが、優秀な風韻竜であるシルフィードには、敵の魂胆など...
(あなたも、このシルフィードと一対一でケリをつけることを...
ど、その度胸だけは買ってあげるわ)
シルフィードは咆哮を上げて敵を威嚇しながら、瞬時に翼を...
敵に向かおうとはせず、ジグザグに飛びながら少しずつ距離を...
出した例の魔法対策であった。
(あの魔法で地面が抉られた痕は、ほぼ直線状に連続して続い...
られないと見た!)
こうして変則的な動きで接近すれば、敵はこちらに狙いを定...
ゼロセンは全く魔法を撃ってこない。自分の読みが正しかった...
の笑みを浮かべた。
(でも、だからと言って正面から迫れば、あの回転板に捕まる...
シルフィードはギリギリまで距離を詰めたあと、先程までの...
激かつ瞬時に上昇した。格納庫の低い天井付近までほぼ垂直に...
セン目掛けて一気に降下する。風韻竜の体重を活かした、必殺...
(殺った! きゅいきゅい、このまま潰れておしまい!)
観念したのか、ゼロセンは全く動かない。シルフィードは自...
不意に間の抜けた声が響き渡った。
「うわ、何の騒ぎだこりゃ!?」
(え、サイト?)
気がそれた瞬間、体勢が崩れた。
(しまった!)
慌てて修正しようとするが、時既に遅し。シルフィードはゼ...
た使い魔たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、風韻竜の巨...
痛みに悶える暇もなく、瞬時に跳ね起きて状況を再確認。入...
せて格納庫内の惨状を見回している。
「何が起きてんだこりゃ。うわ、ゼロ戦が汚れて……って、なん...
体何があったんだ、おい」
シルフィードは答えることが出来なかった。元々、才人には...
とえ喋ることが出来たとしても、今は何も言えなかっただろう。
(迂闊だった……! サイトが来ない時間帯を狙って、早朝の闇...
ま、まさか、ゼロセンはこれを狙って……!)
きっと睨みつけるが、ゼロセンは微動だにしない。その態度...
に思えて、シルフィードは歯噛みする。
「シルフィード、何があったんだよ。お前、知ってるんだろ、...
歩み寄るサイトと、「さあ、どうとでも申し開きしてご覧な...
鎮座しているゼロセンを交互に見て、シルフィードは恐れ慄い...
(きゅいきゅいきゅいきゅい! しゅ、修羅場なのねぇぇぇぇ...
計画が完全に失敗したことは、いちいち確認するまでもなか...
129 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:25:...
才人がコルベールを助け出し、逃げなかった使い魔たちをふ...
ゼロ戦の前に正座(と言うか並べられた)使い魔たちは、学...
べを受けている最中であった。
「止めてください、ご主人様に連絡とか勘弁してくださいよホ...
「あ、いや、ご主人様は関係ないんで」
ゲコゲコゲコゲコクワァクワァッと、ロビンやクヴァーシル...
モートソグニルがオールド・オスマンに洗いざらいぶちまけて...
「っつー訳でさ、俺は悪くないのよご主人。分かる?」
「おうおう分かるとも。お主はただ裸が見たかっただけじゃか...
許してやるから、ミス・ツェルプストーの裸を見るときは、ち...
何やら通じ合っている様子である。
直接の被害者であるコルベールは、水魔法で治療を受けて完...
てやった悪戯らしい、と、オールド・オスマンから大事なとこ...
ころか逆に目を輝かせた。
「ほほう。つまり、使い魔たちにもちゃんとコミュニティが存...
と、笑っているところを見るに、どうやらこちらにお咎めは...
そんな訳で、結局問題が残ったのはシルフィードだけという...
「なあ、そろそろ理由教えてくれよ」
目の前で困り果てている才人から、シルフィードはぷいっと...
(ふんだ。なによなによ、サイトなんて、あの鉄臭い女と戯れ...
計画が失敗したので、とりあえず開き直ることにしたのであ...
(愛人を殺そうとした現場を押さえられたのね。もう見離され...
そんな風に、自棄を起こしている一面もなくはなかったが。
才人はシルフィードがだんまりを決め込んでいるので、すっ...
「お前みたいな気のいい奴が、理由もなしに暴れるとは思えね...
(あら、いい奴だなんて)
ぼやくような言葉に、シルフィードの胸がほんの少しときめ...
(って、違う違う!)
と、気を取り直してまたそっぽを向く。
(シルフィはもうサイトとは完全に袂を分かつことにしたのね...
二人の関係はもうお終い。さよならサイトフォーエバーなのよ...
まの胸板よりも固いのね、きゅいきゅい)
決意も新たにシルフィードが完全に押し黙ったとき、格納庫...
「……何の騒ぎ」
静かな声。相も変わらず無感動な表情のタバサである。天の...
「タバサ、ちょうどよかった。実はさ」
才人の説明に、タバサが無言のまま頷いている。シルフィー...
ら全部事情を聞きだされて、自分が嫉妬に狂ったのだなどと伝...
(だ、大丈夫。何も言わずに黙っていれば、お姉さまにだって...
心に言い聞かせていると、話を聞き終えたタバサがこちらに...
「何故こんなことをしたの」
答えるつもりはないので顔を背けたが、タバサは何故か「そ...
いるかのように頷いている。シルフィードが怪訝に思っている...
「あなたがあの機械に乗ってばかりいるから、嫉妬したみたい」
(なんでばれてるの!?)
シルフィードは驚愕したが、すぐに事情を察した。
(そ、そうか、使い魔と主人は心と心で繋がっているから、シ...
どいわひどいわ、姉さまの鬼! 悪魔! 心まで大平原!)
(別にそんなことしなくても、あなたの心は分かる。それと、...
心で文句を言うと心で返答が返ってくる。そんなやり取りを...
「なんだ、そういうことか。お前、最近俺がゼロ戦にばっかり...
嬉しそうなにやけ面でそう言われて、シルフィードはとうと...
130 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:26:...
(当たり前なのね! サイトったらひどいんだもの! あれだ...
娘が来たらあっさり乗り換えちゃって! ひどいひどい、サイ...
と、直接文句を言うことはできないので、きゅいきゅいきゅ...
タ翼をばたつかせる。才人は「おいおい落ち着けよ」と腕で顔...
「別に、お前のこと忘れてたんじゃねえって。ただ、久しぶり...
ろテストとかしなくちゃならないしさ」
(ふんだ、意味のわかんないこと言って。要するにあの子の寸...
シルフィードは、またむくれ面でそっぽを向く。それを見た...
「そっかー。許してくんねーのかー」
(当たり前なのね。竜は気高い生き物なのよ。今更謝ったって...
あくまでも意固地なシルフィードの前で、才人はこれみよが...
「残念だなー。ゼロ戦動かすのって思った以上に面倒くさいか...
ドと一緒にしようと思ってたのになあ」
シルフィードは思わず才人のほうを見てしまう。彼は悲しむ...
「だがまあ、お前が嫌だって言うんならしょうがねえ。シルフ...
だろうけど、どこかから違う竜を探してくるしかねえかなあ」
(ダメッ!)
慌てて才人の腕をくわえ、首を横に振って意志を伝える。
「なんだ、また俺を乗せて飛んでくれるのか」
驚いたような声が返ってきたので、シルフィードは才人の腕...
(そう、そうなのよ、シルフィまたサイトを乗せて飛んであげ...
こ探したっているはずがないのね。きゅいきゅい)
その思いが伝わったのかどうかは知らないが、彼は嬉しそう...
「そっか。ありがとうな。あのなシルフィード。俺、車とか馬...
才人は満面の笑みを浮かべた。
「お前ほど、乗ってて楽しい奴は他にはいなかったぜ」
シルフィードの胸が、じわりと暖かくなる。
(サイト……!)
感極まって、シルフィードは前脚でサイトの体を引き寄せた。
「お、おい、シルフィード!?」
(ごめんね、ごめんねサイト。シルフィさみしかったの。さみ...
言葉が伝えられない分せめて動作で親愛の念を示そうと、シ...
始める。彼はくすぐったそうに身じろぎした。
「おいシルフィード、くすぐったいって……っつーか、お前の舌...
で舐めるといたたたたたたたいだいいだい、ちょ、やめっ」
身じろぎが段々もがきに変わってきているのにも気付かず、...
舐め続けた。
131 名前: 犬竜騒動 [sage] 投稿日: 2007/11/03(土) 17:27:...
「いたたたたた……」
(ごめんなさい……)
赤くなった頬を手で押さえている才人の横で、シルフィード...
うも、自分の思いを伝えようと必死になりすぎてしまったらし...
(うう。シルフィ、ちょっと冷静さが足りないかもしれないわ...
るのね。きゅいきゅい)
反省の意を示そうと小さく丸まるシルフィードの頭を、誰か...
と、才人が柔らかい微笑を浮かべて手を伸ばしていた。
「別に怒っちゃいないから、安心しろよ」
(本当?)
シルフィードが首を傾げると、才人は「ホントホント。ああ...
「なら、お詫びとして、これからまた空の散歩に連れてっても...
また行こうぜ」
才人が花冠を作ってくれた思い出が色鮮やかに蘇り、シルフ...
(任しとくのね!)
長い舌で才人の体を持ち上げ、背に乗せる。シルフィードは...
て格納庫から飛び出した。地を蹴り早朝の空に舞い上がると、...
「うおーっ、やっぱスゲーなシルフィード。ホント、こっちの...
聞き方を間違えれば「お前は単細胞だ」と言われているよう...
は優秀な風韻竜だったので、才人の言わんとしているところを...
(つまり、面倒くさい女はお断りってことなのね。オホホホホ...
やっぱり女はこのシルフィのように、さっぱりした爽やかな性...
きゅいきゅいと嬉しい鳴き声を響かせながら、シルフィード...
「ふん。なによあいつ、子供みたいにはしゃいじゃって」
まだ誰もが寝静まっているはずの早朝の寮の中で、ルイズは...
小柄な体は寝台の上にある。サイトがまだ早朝の内にいそいそ...
なく彼女も目が覚めてしまったのであった。今、タバサの風竜...
越しに見送ったところである。
「まーったく、ご主人様をほっぽり出して、竜で空なんか飛び...
かさっぱり分かりゃしないわ」
ぶちぶち文句を言いつつも、心の中では多少安心している部...
(あのメイドとかキュルケとかと一緒にいるんなら、ともかく...
ないものね。その点はまあ、いいことって言えばいいことなの...
ルイズは安堵感に包まれながら、また毛布にくるまって寝始...
使い魔たちによるゼロ戦襲撃はこれっきりで、以降は誰もこ...
持ち主である才人自身もあまり乗らなくなってしまったのは多...
くりと研究に打ち込めるというものだ。そんなことを考えなが...
ていたコルベールは、ふと手を止めた。外から、何やら勝ち誇...
「そういう訳で、シルフィはサイトとお花畑で楽しい時間を過...
かしらゼロセンちゃん。悔しかったらその板を回転させるなり...
が? そんなことしたって、サイトの心はもうあなたには向き...
何事かと思ってコックピットから顔を出してみると、最近よ...
いくところであった。その背中が何故かやたらと得意そうに見...
(……一体なんだ? 先程の声の主も見当たらぬようだし……)
少し困惑したが、まあこの機械の魅力に比べれば取るに足ら...
コルベールはまたコックピットに潜り込むのだった。
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