ゼロの使い魔保管庫
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247 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
空はどこまでも青く晴れ渡り、高空を甲高い声を上げて名も知...
それは昼食には少し早く、かといって朝食には遅すぎる時間の...
トリステイン魔法学院の南門に、一台の馬車がやってきた。
それはしっかりしたつくりの黒塗りの四頭立てで、中に乗る人...
馬車は昼の交代時間を直前にした門衛の前で止まると、その重...
門衛はそこから出てきたものを見て、一瞬動きを止める。
まず、最初に現れたのは赤銅色のごつい手。指の一本がドアの...
次に、出てきたのは角ばった頭。申し訳程度に天辺に鳥の巣の...
そして最後に、身体がでてきた。どうやってこの馬車の中に入...
門衛は頭の中で、即座にこの目の前の物体に対して名前を付け...
そのオーガはなんと礼儀正しく御者に礼を告げると、馬車の後...
荷物は木製のトランク一つだけだったが、そのオーガとの対比...
オーガはトランクを手にしたまま、のしのしと門衛に近寄って...
く、食われる…!
本能的にそう思ってしまい、思わず身をすくめる門衛。
しかしオーガはにっこりと笑顔を門衛に向けると、大きな声で...
「新任教師、ロナ・アルベルト・シモンズである!学院長どの...
その名は、確かに来客予定リストの中に入っていた。
ロナ・アルベルト・シモンズは、トリステイン王国辺境の、ギ...
その授業はとてもわかりやすく、しかも人柄もよいので、ギル...
当然トリステイン魔法学院の学院長たるオールド・オスマンの...
機会があれば、彼を呼び寄せ、一度この学院でも教鞭を振るっ...
そのチャンスが、ついに訪れたのである。
ギルフォード伯爵が、先のアルビオン戦役に出兵するために、...
元々ギルフォード魔法学院は、軍部の幹部の一人であるギルフ...
それが、先の戦役によって急な戦力の増強を迫られたため、教...
ついでに守銭奴としても名の通っているギルフォード伯は、学...
それを知ったオールド・オスマンは、戦役が終わるやいなや、...
返事は二週間の時を経て、ロナがその気である事をオスマンに...
そして、いよいよオスマンはロナと顔を合わせたわけだが。
「いやあはっはっは!なんとも立派な塔ですな!」
目の前で大口を開けて笑いながらそう言う大男が、ロナである...
名前の響きとあまりにもギャップがありすぎる。門衛が、『メ...
「えーと…それで、ミスタ・シモンズはギルフォード魔法学院で...
不審の視線を隠そうともせず、オスマンはロナに尋ねた。
実物を目の前にした今のオスマンには、あの評判が急にマユツ...
「ロナ先生、とお呼びください」
必要以上に白い歯を輝かせながら、満面の笑顔でロナはそう言...
オスマンはうんざりしながら、
「…ではロナ先生」
と訂正した。
「お答えしましょうっ!」
意味もなくガッツポーズなどとりながら、ロナは応える。
248 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
「ぅわたしの授業は実践を大事にしておりましてな!理論より...
とりあえず生徒に一つでも多く魔法を使わせる!これです!...
「…はぁ」
ロナの拳がどん!とオスマンの座る豪奢な学院長専用の机を叩...
この机は魔法で強化されており、トライアングルクラスの魔法...
しかしオスマンは、ロナの拳の勢いのよさに、この机が割られ...
「書を捨て町に出よ!そこにこそ真実はある!とそうわたしは...
まず見て!感じて!放って!受け止めて!拳を交わして!己...
ぶぉん!と拳を奮って熱く語り続けるロナ。
拳圧で学院長室のカーテンとオスマンのヒゲががふわりと揺れ...
「書の中で得られる知識だけでは血肉にならぬ!己の肉体で感...
鍛えよ肉体!震えろ魂!己の血潮を真っ赤に燃やせ!点せ平...
振り回された拳が今一度学院長の机に叩きつけられる。
並の火球の呪文ではびくともしないその机が、みし、という音...
まあ言っている事はおおむね間違いではない。
情熱が多少空回っている感はあるが、基本的にいい人のようだ。
オスマンはそう感じ、ロナに明日から授業をしてもらうよう話...
「おお、あれは生徒たち!今行くぞ先生がその熱い情念を受け...
窓から中庭を見て、生徒の集まっているのを見たロナは、学院...
オスマンはしばらく呆けていたが、気を取り直して移転の書類...
どうやらロナを止める気はないようだった。
「はー、いい天気じゃのー」
ボケた老人の演技も忘れない。
249 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
屋外で授業の真っ最中であった生徒たちは、突然現れたモンス...
「はっはっは。照れなくてもいいんだよ!生徒たち!」
大きく手を広げて何か唸っているが、よく意味が分からない。
とりあえず女生徒たちは男子生徒の後ろに下がり、安全を確保...
「はっはっは!どうした!遠慮なくこの胸に飛び込んできたま...
人語を話すという事は、それなりの知性を持っているという事...
ということは、会話による交渉が可能という事。
無謀にもこのモンスターに交渉を挑んだのは…当の授業担当者、...
「な、なんだね君は!」
「おお、すまんな紹介が遅れた!わたしの名はロナ・アルベル...
オールド・オスマンに招かれた、新任教師であるっ!」
言って大きく胸を張るモンスター。
新任教師?どうやら人間だったようだ。
「そ、そうだったんですか。ええと…ミスタ・シモンズ」
「ロナ先生とお呼びください!」
王城の扉よりも分厚い胸板をどん、と叩いて、ロナは言った。
コルベールはあまりの弩迫力に、思わずその言葉に従ってしま...
「じゃ、じゃあロナ先生?い、今は授業中でして…」
「おおそうでしたか!これは失敬!」
言ってロナはぎゅるん!とその場で半回転すると、生徒たちに...
そして、顔だけ振り返って赤ん坊の腕くらいありそうな親指を...
「それじゃあ生徒たち!わたしの授業を楽しみにしていたまえ...
そして満面の笑顔で、やってきた時と同じように砂埃をたてて...
コルベール以下、生徒たち全員が、同じような表情をしていた。
今のはなんだったんだ、と。
250 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
しかし意外な事に。
ロナの授業は生徒たちに好評を得ていた。
確かに彼の見た目はどう見てもオーガで、声も馬鹿でかく、し...
「いいかい君たち!人という言葉は、まだ人と言う概念のなか...
とか、
「はっはっは!いくらでもかかってきたまえ!先生は逃げも隠...
とか、
「そう、今、君の中を駆け巡っているその感情…それこそが『愛...
暑っ苦しい顔から発せられる背筋を猫じゃらしで撫でられるよ...
「先生っ!俺、間違ってたっ!」
「私…私、もう一度頑張ってみる!両親を説得してみせる!」
「これはっ!トリステインのっ、人間のっ、いや、俺の魂だぁ...
生徒たちも感化されまくり、授業中に飛び交う無駄に熱いドラ...
「…なんじゃこりゃ」
休み時間を告げる鐘の音が鳴っても、熱血青春ドラマは止まら...
それを才人は横目に見ながら、教室の反対側の隅で同じように...
ルイズとは、タバサの一件以来、話もしていない。ていうか、...
仕方ないので才人はここ数日、タバサの部屋にお世話になって...
何度かルイズと接触を持とうとはしてみたものの、ルイズは徹...
今回はどうやら本気で怒っているらしい。今日もルイズに接触...
そんなルイズと、偶然目が合う。
即座に視線を逸らされた。
…どーしたもんかねー。
そんな才人の後ろで、教室のドアが開く。
そこに顔を出したのは、タバサだった。
ちなみに彼女はロナの授業の科目を選択してないため、彼を見...
タバサは教壇で繰り広げられる、『俺っ、俺っ、先生みたいな...
「お、そっちの授業終わった?」
教室に満ちる汗苦しい雰囲気と、ルイズの視線にいたたまれな...
タバサは教壇で生徒をベアハッグにしている筋肉の塊を杖で指...
「…なに?アレ」
「…なんか新任の先生らしいぜ?妙にみんなのウケがいいみたい...
才人は正直このノリについていけない。
才人は肩をすくめて、そう応えたのだった。
「…名前は?」
「聞いてどーすんだよ」
「…あんな暑苦しい雰囲気のひとにはあまり近寄りたくないから」
タバサもなるべくならあんなのの授業はごめん蒙りたい、と思...
名前を聞いて、彼の授業をなるべく選択肢から外そう、そう思...
「…たしか、ロナ・アルベルト・シモンズだったかな」
251 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
その名前を聞いた瞬間、タバサの表情が固まる。
いや、普通の人間が見ても分からない程度の緊張であったが、...
次の瞬間、才人の心にタバサの声が響く。
…黙って教室から出て。今すぐ。
才人はなんじゃらほい、と思ったが、タバサの心の声は真剣だ...
才人はタバサに続き、教室を出る。
そんな二人を、ルイズの刺すような視線が見つめていたのだっ...
…どーしたんだ一体?
才人は心の声でタバサに尋ねる。
タバサの心の声からこれがただならぬ事態なのだと感じた才人...
教室からしばらく離れた渡り廊下で、タバサはようやく応えた。
あれは、ロナ・アルベルト・シモンズ本人じゃない。
その言葉に嘘偽りはない。
心を通じて伝えられる言葉は、常に真実だった。
才人は驚き、思わず軽く声を上げた。
しかし周囲に人は居ないため、誰にもその声は届かない。
なるほど、それでここまで何も言わなかったのか。
才人はタバサの機転に感心する。
じゃ、アレは誰なんだ?
才人は、タバサに従い、心の声で会話を続ける。
いかに人の居ない場所とはいえ、不意に人が現れるかもしれな...
こういった重大な事を含む話は、なるべくなら外部に漏れない...
…わからない。けどロナ・アルベルト・シモンズでないことは確...
どういうことだ?シャルロットは本人を知ってるのか?
才人の心の疑問符に、タバサは応える。
知ってはいない。でも、話に聞いた事はある。その話では、ロ...
才人は再び、驚きの声を上げた。
つまり、彼はなにがしかの目的でロナを名乗り、魔法学院に教...
252 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
一体、何が目的なんだ?
才人の再度の疑問に、タバサは応えた。
わからない。
でも、身分を詐称して潜入しているということは、トリステイ...
いずれにせよ、真っ当な人間じゃないことは確か。
そして二人はいつの間にか、教師たちの集う職員棟の前にいた。
「どうする?知らせるか?」
才人は、今度は言葉で尋ねた。
具体的な単語を出さなければ、声に出してもいいだろう。
タバサは才人に則り、声で応える。
「…今はいい。もう少し様子を見る」
そして、タバサは心の声で続ける。
…ひょっとすると、単に教師をしたかっただけかもしれない。
才人は妙に納得してしまった。
あの妙なノリ、たしかに教師を夢見てでもいない限り、ありえ...
しかし、その考えが甘かったと、二人は後に後悔することにな...
434 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:05:05 ...
それから何日か経って。
生徒の三分の一が熱血化し、大半の一年生が進路希望欄に『属...
その事件は起きた。
その朝、慌しく教師達が廊下を走り回っていた。
いまだタバサの部屋に間借りしている才人は何事か、と手近な...
すると。
「いや、早朝学院の宝物庫に賊が入ってね。今捜索中なんだ」
その教師の話によれば、今朝方、宝物庫の中に仕掛けられた侵...
そしてすぐに見回りの夜警が駆けつけたのだが、入り口近くに...
その盗まれた品を現在、宝物庫のリストと照らし合わせて確認...
「盗まれた物くらいすぐわかるような気がするんだけどなあ」
慌しく去っていく教師の背中を見ながら、才人は呟く。
その傍らで、いつのまにやってきたのか、タバサが説明した。
「宝物庫は普段、厳重に封印されている」
なるほど、と才人は思った。
普段封印されていて中身を見る機会がなければ、盗まれた物を...
しかし。
「…そういやなんでシャルロットがその事知ってんだ?」
たしかにそれも道理だ。宝物庫に入ったことのないはずのタバ...
タバサは一瞬むっとすると、心の声で答える。
…私の過去知ってて、そんないじわる、言うんだ。
その声には、あからさまな不満が混じっていた。
あ。しまった。
言われて初めて、才人は思い出す。
タバサはかつて、ガリア王の尖兵、私兵騎士団『北花壇警護騎...
その彼女に、トリステイン魔法学院の宝物庫への侵入指令が下...
才人は心の中で慌てて詫びる。
ご、ごめん、忘れてた!
しかし時すでに遅く。
…だめ。今更遅い。
心の中で言って、タバサは才人めがけて両手を広げた。
「ん」
…って、こんな朝っぱらから…?
抱っこしろ、という意味である。
…お昼までには、許してあげるから。
才人は仕方なくタバサを抱き上げ。
そのままタバサを抱っこして、部屋の中に入ったのだった。
440 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:08:06 ...
昼を過ぎたころ。
食堂にやってきた才人とタバサの耳に、一足先に食堂で昼食を...
どうやら、犯人は学院関係者らしい。
盗まれた宝物はそれほど大したものではなかったらしい。
まだ、犯人は捕まってはおらず、教師たちは犯人捜しにあちこ...
そんな憶測とも噂とも取れる話が、食堂のそこかしこから聞こ...
関係者が犯人だから、内々に処理したいんだろうけど。
才人は捜査が遅遅として進まないことに少し不安を抱いていた。
…犯人がそのマジック・アイテムを使って何かをやらかしたらど...
才人は遅めの食事を採りながら、そんなことを考えていた。
隣でもくもくとサラダを口に運ぶタバサは、そんな才人に心の...
大丈夫。もし、何かあったら、私たちでなんとかすればいい。
その言葉には、絶対的な自信が篭っていた。
さすがだな。本物の騎士ならではの自信ってやつ?
厭味でもなんでもなく、タバサの自信に才人は素直に感心して...
しかし、才人のその言葉は感心を向けた相手によって否定され...
ううん、そうじゃない。
…サイトが一緒なら、私はなんだって、できると思えるから…。
そこまで心で伝えて、顔を伏せる。
いかに心の中でとはいえ、さすがに今の台詞は恥ずかしいらし...
言って顔を伏せるタバサの耳は、その端まで赤く染まっていた。
かわええ。
才人がそんないじらしい使い魔に萌え死にそうになっていたそ...
突然、教師の一人が、慌てて食堂に駆け込んできた。
「大変だ!犯人が逃亡した!」
その教師に視線が集まり、一斉に質問の矢が飛ぶ。
どうして逃がしたんだ、誰が犯人なんだ、安全はどうなるんだ...
「大丈夫、君たちの安全は確保する!この食堂から動かないで...
言って教師は逃げるように食堂を後にする。
それを見送ったタバサが、静かに席を立つ。
才人も黙って、その後に続く。
「そんじゃ、行くかぁ」
「ん」
二人の目的は同じ。言葉を交わす必要もなかった。
二人の騎士は、大騒ぎの食堂を抜け、犯人を見つけ出すべく、...
441 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:08:58 ...
結論から言うと。
宝物庫から宝物を盗んだのは。
あの、ロナ・アルベルト・シモンズだった。
宝物庫を見回っていた教師が、『逃げていくオーガ』を目撃し...
「けっこういい人っぽかったけどなあ」
ロナはすでに学院の外に逃げたというので、才人は馬の準備を...
その傍らで、盗まれた宝物の目録のメモを読んでいたタバサが...
「…でも、嘘をついていた」
そう、彼はロナ・アルベルト・シモンズ本人ではない。その時...
タバサは既に才人の載った馬の上に、ひらりと飛び乗る。いつ...
抱えられた状態ではいざと言う時動き難いし、なにより、才人...
才人はタバサが乗ったのを確認すると、即座に馬に鞭を入れる。
向かった方角は、北。
なぜなら、こちらに向かうのが、街道に出る一番の近道だから。
一応念のため、逆方向にシルフィードを飛ばしている。
『メイジの格好をしたオーガを見かけたら足止めしておけ』と...
そして。
馬を飛ばす才人の視界に、道を駆ける黒いマントが入る。
「見つけた」
才人は背後から、一気に間合いを詰めようとする。
その瞬間。
443 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:10:56 ...
突然、目の前の地面が隆起した。
「うわっ!?」
突然の地形の変化に馬がついてこれず、馬上の二人はそのまま...
才人はかろうじて、タバサを抱えて地面に転がる。
土ぼこりに塗れながら、才人は地面を転がり、そして止まる。
才人は腕の中のタバサに尋ねた。
「大丈夫かシャルロット?」
「…ありがと」
それより、サイトはっ!?
表の声とは裏腹に、心の声には軽い焦りが見えた。
「大丈夫、怪我はねえよ。
…でも、もう気付かれたのか?」
答えながら、才人はロナの方を見る。
才人に見えるロナはまだ小さな人影で、この距離で前を走って...
才人が不審に思っていると、タバサがその理由を教えてくれた。
「盗まれた、マジック・アイテムのせい」
そしてタバサは、読み込んだ宝物の目録の内容を、心で才人に...
盗まれた宝物。それは、『千里眼の布』という。
それは目隠しのための布に、たくさんの目が描かれた布だった...
「…大したことはないけど、確かに厄介だな」
戦闘経験を積んだ才人には、視界の大切さが身にしみて分かっ...
その視界を360度展開でき、さらにその距離も長い、となると。
「…力押しかぁ」
正直気が進まなかったが、この場合の解はそれが最も効率的だ...
近寄って、叩きのめす。
ガンダールヴの力を使えば、ロナとの彼我の距離は一気に縮ま...
ガンダールヴの印が光り輝き、そして手にしたデルフリンガー...
「おー相棒、なんか今日はマジだね」
喋る剣の軽口に、才人は応える。
「…全方位見渡せる、視力のいい相手とやらなきゃなんないんだ...
余裕なんてない」
それに対するデルフリンガーの答えは、意外なものだった。
「なんだい相棒、相手は千里眼でも使うのかい?
だったら気をつけな、敵さんの戦術によっちゃ、引いた方が...
「接近戦で俺が負けるとでも?」
「まーなー。相手さんの戦術次第って言ったろ?
ま、そこの嬢ちゃんもいることだし…ってあら?嬢ちゃんなん...
デルフリンガーの興味は、どうやら使い魔となったタバサに移...
あとで説明しておこう、今はそんなヒマねえし。と思いながら...
『敵さんの戦術によっちゃ、引いた方がいいかもしれんぜ』
ま、やばくなったら引けばいいか。逃げ足には自信あるし。
情けない事を考えながら、才人はタバサを抱え、一気に地を駆...
445 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:11:28 ...
風のように速いスピードで、ロナとの距離は一気に剣の間合い...
その間、ロナからの妨害は一切なかった。
そのかわり、妙な目の模様の入った布で目隠しをしたロナは腕...
「よく来たな、若人よ!」
暑苦しい言葉は相変わらずだ。
才人は油断なく剣を構え、その後ろでタバサがそっと詠唱に入...
この魔法の範囲なら、確実にロナを捉えられる。
しかし、それを見たロナも、即座に詠唱に入った。
「させるかよっ!」
才人は大地を蹴り、剣を突き出して一気に踏み込む。
「甘いっ!」
ロナはその巨躯に見合わぬ俊敏な動きでその突きをかわすと、...
才人は肩を打撃され、そのまま一気に吹き飛んでしまう。
「ぐわっ!?」
一回転半したところで姿勢制御に入り、そのまま勢いを利用し...
しかしその瞬間。
ロナの詠唱が完成する。
それはタバサの『アイス・ストーム』より遥かに短い詠唱だっ...
その魔法は、あまりに基礎的で、簡単な魔法だった。
その魔法は。
『錬金』。そう、ただの『錬金』であった。
完成した術式を、ロナは杖に集める。
そしてそれを。
自らに向けて、放ったのだった。
「見よ!これが我が戦闘術、『武装錬筋』であるッ!」
577 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:33:01 ...
「見よ!これが我が戦闘術、『武装錬金』であるッ!」
ロナの宣言と同時に、タバサの詠唱が完成する。
ロナの周囲の水分が一瞬で細かな氷の刃と化し、風が渦巻いて...
「やったか?」
普通の人間なら、この氷の刃の嵐の中では、数秒ともたずに息...
よしんば初撃の氷の刃に耐え切っても、微細な刃は容赦なく肌...
この術をまともに食らって、立っていられる人間などいない。
はずだった。
「…嘘」
タバサの目が、驚愕に見開かれる。
殺意を含んだ白い霧の晴れた後に。
腕を組んで、平然と。
鈍色に光る彫像が、そこに立っていた。
「噴!効かぬな!」
氷の刃によって裂けた服の隙間から覗くロナの肌は、鈍い銀色...
そう、彼は、『錬金』によって、己の身体を鋼へと変えていた...
「…アレをやらかすバカがいるとは思わなかったぜ…」
ロナのその身体を見て、デルフリンガーが呟く。
「…なんなんだアレは?」
間合いを取りながら、才人はデルフリンガーに尋ねる。
「…見てのとおりただの『錬金』さね。『錬金』で自分の肌を鋼...
ただし、並みの力じゃ、鋼になった自分の重さで身動きも取...
デルフリンガーの言葉のとおり、ロナの足元は、彼の重さで大...
しかしロナはそんな重さをものともしないで、右腕を勢いよく...
「そう!鍛え抜かれた鋼の筋肉あればこそ!この戦闘術『武装...
鋼と化した我が肉体の前に、刃は意味を成さぬ!まさに無敵...
「な、なんつー厄介な…」
今の才人に、鋼を両断できるほどの膂力も腕もない。
この状態のロナに対しては、完全に手詰まりであった。
「こういうとき、虚無の嬢ちゃんの『ディスペル・マジック』...
デルフリンガーの指摘どおり、ルイズの『ディスペル・マジッ...
しかし今ここにいない人間の話をしても意味はない。
「そしてぇっ!」
突如叫んだロナは、振り上げた拳をそのまま、才人めがけて振...
「うわっ?」
才人は結構なスピードで振り下ろされるそれを横っとびに避け...
ロナの拳は文字通り大地を割り、地面に突き刺さった。
ロナはそれを容易く引き抜き、そしてまた吼える。
578 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:33:55 ...
「鋼の拳は岩をも砕く!まさに我が『武装錬筋』は無敵!素敵...
最後のはなんか違う気がするが、それを突っ込む暇は才人には...
次々と繰り出されるロナの拳を、避けるので手一杯になってし...
右のストレートをサイドステップでかわし、上から振り下ろさ...
「くそっ!」
ロナの拳は面積が大きく、まるで巨大な戦槌を休みなく次々繰...
しかし、相手の獲物が大きいということは、その分死角も大き...
「撃滅のっ、アイアンっ、ストレィィィィィトっ!」
大気を巻き込み唸りを上げる鋼鉄のストレートを紙一重でかわ...
もらった!
才人はがらあきの背中めがけて、デルフリンガーを振りぬく。
いや、振りぬこうとした。
「甘いのである!」
ロナはまるで背後が見えているかのように、振り抜いた拳を無...
「うわっ!」
才人はかろうじてそれをデルフリンガーで受け止めることに成...
「お、折れる折れるっ!」
その衝撃に思わずデルフリンガーの悲鳴が上がる。
「忘れんな相棒!あのデカブツ、文字通り後ろにも目ぇついて...
「わかってるっ!」
『千里眼の布』によって360度の視界を得ているロナには、背後...
それはすぐにもう一度、証明される事になる。
不意にロナは背後めがけて左手を突き出す。
すると、彼の左手に圧縮された空気の塊がぶち当たり、四散す...
タバサの『エア・ハンマー』だ。
タバサは才人の戦闘中に詠唱を終え、斬撃ではなく打撃による...
「無駄無駄無駄!どのような攻撃だろうと私には通じぬ!
我が『武装錬筋』は無敵無敵無敵ィィィィィィ!」
吼えるロナを目の前に、才人は軽い絶望に打ちのめされていた。
何か、突破口はないのか?
そんな才人の前で、不意にロナが動きを止める。
まるで、痛みに堪える様に歯を食いしばり、微動だにしなくな...
何かくるのか?そう警戒した才人に、ロナが語りかけてきた。
「…く…君は…学院の生徒かっ…!」
その声は、先ほどまでロナの発していた殺気に満ちた声ではな...
才人はすぐにある可能性を思いつく。
そしてそれは、ロナの言葉によって肯定される。
「…今の私は、私ではない…何者かが、私の中の衝動を開放した...
この数秒だけ、なんとか意識をとりもど…」
579 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:34:49 ...
そう、彼は何者かに操られていたのだった。
ロナは苦痛に歪んだ表情でそこまで言ったが、そこまでだった。
すぐにロナは元に戻り、好戦的な笑みを浮かべる。
「おおっとあんまり攻撃が温いので居眠りしてしまったわ!
さあかかって来い!私の無敵で素敵で快適な拳が相手をしよ...
才人はその言葉を聞いて、さらに絶望的な気分になった。
彼が操られていると分かったこの状況で、しかも並の攻撃が通...
…ムチャな…。
しかし。
その絶望的状況を、彼の使い魔が救った。
私にまかせて。
心に響いたその声は、確かな自信に溢れていた。
才人はそのまま、流れてくるタバサの考えに耳を傾ける。
なるほど。これならいけそうだ。
しかし、この作戦、上手くいけばいいが、失敗すればタバサを...
だがその才人の心配は、タバサの心の声で打ち消される。
…サイト、信じてるから。
そう、この作戦が成功するか否かはすべて才人にかかっていた。
ならば。
まかせろ、俺は最強の盾、ガンダールヴだぜ!
心の声とともに、才人の身体に力が満ちてくる。
ガンダールヴの印が、眩しいほどに光り輝いていた。
「待たせたな!」
才人はタバサとの一瞬の心の会話の後、ロナ目掛けてデルフリ...
「ようやく来る気になったか!
さて、見せてもらおうか、どうやって君が私に抗うのかを!」
ロナは大きく右の拳を振りかぶると、才人目掛けて振り下ろす。
才人はそれをサイドステップで大きくかわす。ロナの拳のリー...
そのロナの視界の隅で、タバサが動いたのが見えた。
しかし、ロナはそれを無視した。
なぜなら、タバサは『フライ』を使い、急速に上昇を始めたか...
「なるほど!学院に援軍を要請する気かね!」
ロナは言いながら踏み込み、今度はショルダータックルで才人...
才人は軽トラックの突進にも見紛うその一撃を後方に跳躍して...
もう既に、ロナの視界からはタバサは消えていた。『フライ』...
「しかし!それは意味を成さぬぞ!
なぜなら、援軍が来る前に君は私に倒されるからだ!」
間合いを取った才人めがけ、今度はロナの左拳が鋭いフックと...
着地点を狙われた才人は、デルフリンガーでかろうじてそれを...
確かにロナの言うとおりだった。
たとえタバサがどれほどすぐれたメイジだとしても、全速の『...
さらに、学院にタバサと同等クラスの風使いはいない。
ロナの言うとおり、援軍は間に合いそうもない。
580 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:37:17 ...
「それはどうかな!」
才人は言いながら、まっすぐ突きを繰り出す。
その突きにはガンダールヴの力全てがこめられていた。
この一撃なら、ロナの鋼の肌を突き破る事も可能だろう。
その鋭さを察したロナは、両の拳でデルフリンガーを挟み込み...
「これが君の全力全開かね?
だとすれば強がりも甚だしいぞ!我が力の半分にも及ばぬで...
ロナは言いながら、そのままデルフリンガーを捻ろうとする。
しかし才人の手を緩まない。デルフリンガーを更に強い力で押...
ロナはさらに力を込め、才人を押し戻そうとする。
二人の力は一見拮抗しているように見えたが、そうではなかっ...
じわじわと、才人が押されている。
二人の間で、デルフリンガーが悲鳴をあげる。
「あ、相棒、折れる、マジ折れるって!」
「堪えろデルフ!ここが踏ん張りどころだっ」
「ふふん、剣が折れるのが先か、君が力尽きるのが先か!根競...
そしてさらに、才人は押し込まれていった。
その頃。
彼らのはるか上空。
白い雲を引き裂き、青い髪の少女が現れた。
タバサである。
彼女は『フライ』の術を使い、この高度までやってきた。
そして、ある程度位置を修正すると、タバサは術を解く。
タバサを覆っていた浮力が途切れ、乱暴な加速が始まる。
タバサは頭を下に、一気に雲を突きぬけ、落下していく。
風がタバサの周囲で渦を巻き、音を立てる。
その落下の中、タバサは呪文を唱えていた。
その呪文は『エア・ハンマー』。
ロナに放った、風系統の打撃系呪文である。
彼女はその呪文を、極限まで範囲を絞り込み、そしてできるだ...
タバサの心の中には、絶えずある情報が送られていた。
それは、才人の居場所。
彼女の主人が今どこにいるのか、使い魔である彼女には手に取...
タバサはその情報を頼りに、落下位置を決めていた。
すぐに、彼女の視界に組み合う二人の男が写る。
才人は必死に、ロナの動きを止めていた。
そして。
タバサの狙い通り、ロナはタバサに気付いていない。
そして。
攻撃目標が射程距離に入る。
極限まで絞り込まれた『エア・ハンマー』が解き放たれる。
それは正確に、ロナの脳天を打ち抜き。
鋼で覆われた彼の頭蓋を揺らし、彼に脳震盪をおこさせたのだ...
これが、タバサの考えた作戦である。
『千里眼の布』は、360度見渡す事はできても、直上への視界は...
そこで彼女は、ロナの真上からピンポイントで彼の頭を狙い打...
そしてこの作戦はここで終わりではない。
『エア・ハンマー』の有効射程ギリギリの高さだと、『レビテ...
だから、この後の事も作戦には織り込み済みであった。
気絶して倒れるロナを土台に、才人はデルフリンガーを逆手に...
送られて来る情報を元に、正確に、彼の使い魔を受け止められ...
才人は放物線の頂点で落下してくるタバサを捕まえると、その...
落下の衝撃で、才人の脚に痺れが走ったが、ガンダールヴの力...
才人は腕の中のタバサに、にっこりと笑ってみせた。
581 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:38:19 ...
「上手くいったな!」
「うん」
こうして、二人は勝利を収めたのである。
目を醒ましたロナは、元に戻っていた。
どうやら『エア・ハンマー』の衝撃で暗示が解けたようだ。
『千里眼の布』を返した彼を問いただすと、彼は事件のあらま...
彼の本名は、アルフレド・ドナヒュー。教師になることを夢見...
ロナ・アルベルト・シモンズと彼は同僚であったという。
しかし彼は二つの系統しか使えない『ライン』であったため、...
そんな中、アルビオン戦役のため、ギルフォード魔法学院は解...
彼は自分で開発した『武装錬筋』の術でもって戦役を生き延び...
そして兵役から帰ってきた彼に、ある朗報が訪れるのである。
放浪の旅人と名乗る女性が、トリステイン魔法学院からの書簡...
そこには、ロナの名前が刻まれていたが。
その女性は言った。
『あなたは教師になりたいのでしょう?ロナ・アルベルト・シ...
幸い、トリステイン魔法学院に、ロナ・アルベルト・シモン...
さあ、行きなさい、ロナ・アルベルト・シモンズ』
そして、彼女のはめていた指輪が光り輝き…。
アルフレドは、トリステインにやってきた。
どうしてそんな事をしようと言う気になったのか、彼にはわか...
そして、その女性はもう一度姿を現す。
『千里眼の布』を持って、教師として充実の日々を送っていた...
ミョズニトニルン。
話を聞いたタバサは心の中でそう断定した。
間違いないだろう。
彼に暗示をかける際、なにがしかのマジック・アイテムを使っ...
するってえと…ガリアが裏でまたなんかやってんのか…。
才人はうんざりする。
しかし、ガリアが関わっていると知っても、タバサは平然とし...
たいしたもんだな、とか才人が考えていると。
サイトと、一緒だから。
タバサの毅然とした心の声が、響いてくる。
私はもう、何も怖くない。
サイトがいるから、サイトと一緒だから。
そんな言葉に、才人の方が照れくさくなって、思わず視線を逸...
タバサはそんな才人にそっと寄り添う。
そんな二人の前で、縄で後ろ手に手を縛られたロナが、いやア...
そこへ。
生徒たちがやってくる。
「先生っ!」「せんせぇっ」「ロナ先生っ!」
縛られたロナを取り囲み、生徒たちは口々にロナを呼ぶ。
そんな生徒たちに、アルフレドは寂しそうに笑って、応えた。
「私はロナ・アルベルト・シモンズではないよ。
…君たちを、騙していたんだ」
そして、アルフレドは顔を伏せる。
582 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:38:50 ...
生徒たちは一瞬、声を失ったが。
「名前なんてどうでもいい!」「先生は先生だよっ!」「先生...
「お、おまえたちぃぃぃぃぃぃ!」
そして湧き上がる声。
『先生、必ず戻ってくるからなっ!』『俺、それまで待ってる...
などという言葉が交わされるのを、タバサは冷めた目で見てい...
そして、彼女のご主人様は。
「…なんかいいなあ、アレ」
抱き合う生徒と教師を見て、なんかちょっといいなあ、なんて...
…サイト、趣味悪い。
そして容赦なく入る心の突っ込み。
え?チョットマッテ?なんかいいじゃんアレ?
…趣味悪い。
心は通い合っていても、まだまだ分かり合えない二人であった。
後日。
事の顛末を聞いたタバサの使い魔は。
「シルフィ呼べばよかったのねー!何もサイトがキャッチする...
そう言ってタバサにえんえん文句を垂れ、杖でさんざん小突か...
終了行:
247 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
空はどこまでも青く晴れ渡り、高空を甲高い声を上げて名も知...
それは昼食には少し早く、かといって朝食には遅すぎる時間の...
トリステイン魔法学院の南門に、一台の馬車がやってきた。
それはしっかりしたつくりの黒塗りの四頭立てで、中に乗る人...
馬車は昼の交代時間を直前にした門衛の前で止まると、その重...
門衛はそこから出てきたものを見て、一瞬動きを止める。
まず、最初に現れたのは赤銅色のごつい手。指の一本がドアの...
次に、出てきたのは角ばった頭。申し訳程度に天辺に鳥の巣の...
そして最後に、身体がでてきた。どうやってこの馬車の中に入...
門衛は頭の中で、即座にこの目の前の物体に対して名前を付け...
そのオーガはなんと礼儀正しく御者に礼を告げると、馬車の後...
荷物は木製のトランク一つだけだったが、そのオーガとの対比...
オーガはトランクを手にしたまま、のしのしと門衛に近寄って...
く、食われる…!
本能的にそう思ってしまい、思わず身をすくめる門衛。
しかしオーガはにっこりと笑顔を門衛に向けると、大きな声で...
「新任教師、ロナ・アルベルト・シモンズである!学院長どの...
その名は、確かに来客予定リストの中に入っていた。
ロナ・アルベルト・シモンズは、トリステイン王国辺境の、ギ...
その授業はとてもわかりやすく、しかも人柄もよいので、ギル...
当然トリステイン魔法学院の学院長たるオールド・オスマンの...
機会があれば、彼を呼び寄せ、一度この学院でも教鞭を振るっ...
そのチャンスが、ついに訪れたのである。
ギルフォード伯爵が、先のアルビオン戦役に出兵するために、...
元々ギルフォード魔法学院は、軍部の幹部の一人であるギルフ...
それが、先の戦役によって急な戦力の増強を迫られたため、教...
ついでに守銭奴としても名の通っているギルフォード伯は、学...
それを知ったオールド・オスマンは、戦役が終わるやいなや、...
返事は二週間の時を経て、ロナがその気である事をオスマンに...
そして、いよいよオスマンはロナと顔を合わせたわけだが。
「いやあはっはっは!なんとも立派な塔ですな!」
目の前で大口を開けて笑いながらそう言う大男が、ロナである...
名前の響きとあまりにもギャップがありすぎる。門衛が、『メ...
「えーと…それで、ミスタ・シモンズはギルフォード魔法学院で...
不審の視線を隠そうともせず、オスマンはロナに尋ねた。
実物を目の前にした今のオスマンには、あの評判が急にマユツ...
「ロナ先生、とお呼びください」
必要以上に白い歯を輝かせながら、満面の笑顔でロナはそう言...
オスマンはうんざりしながら、
「…ではロナ先生」
と訂正した。
「お答えしましょうっ!」
意味もなくガッツポーズなどとりながら、ロナは応える。
248 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
「ぅわたしの授業は実践を大事にしておりましてな!理論より...
とりあえず生徒に一つでも多く魔法を使わせる!これです!...
「…はぁ」
ロナの拳がどん!とオスマンの座る豪奢な学院長専用の机を叩...
この机は魔法で強化されており、トライアングルクラスの魔法...
しかしオスマンは、ロナの拳の勢いのよさに、この机が割られ...
「書を捨て町に出よ!そこにこそ真実はある!とそうわたしは...
まず見て!感じて!放って!受け止めて!拳を交わして!己...
ぶぉん!と拳を奮って熱く語り続けるロナ。
拳圧で学院長室のカーテンとオスマンのヒゲががふわりと揺れ...
「書の中で得られる知識だけでは血肉にならぬ!己の肉体で感...
鍛えよ肉体!震えろ魂!己の血潮を真っ赤に燃やせ!点せ平...
振り回された拳が今一度学院長の机に叩きつけられる。
並の火球の呪文ではびくともしないその机が、みし、という音...
まあ言っている事はおおむね間違いではない。
情熱が多少空回っている感はあるが、基本的にいい人のようだ。
オスマンはそう感じ、ロナに明日から授業をしてもらうよう話...
「おお、あれは生徒たち!今行くぞ先生がその熱い情念を受け...
窓から中庭を見て、生徒の集まっているのを見たロナは、学院...
オスマンはしばらく呆けていたが、気を取り直して移転の書類...
どうやらロナを止める気はないようだった。
「はー、いい天気じゃのー」
ボケた老人の演技も忘れない。
249 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
屋外で授業の真っ最中であった生徒たちは、突然現れたモンス...
「はっはっは。照れなくてもいいんだよ!生徒たち!」
大きく手を広げて何か唸っているが、よく意味が分からない。
とりあえず女生徒たちは男子生徒の後ろに下がり、安全を確保...
「はっはっは!どうした!遠慮なくこの胸に飛び込んできたま...
人語を話すという事は、それなりの知性を持っているという事...
ということは、会話による交渉が可能という事。
無謀にもこのモンスターに交渉を挑んだのは…当の授業担当者、...
「な、なんだね君は!」
「おお、すまんな紹介が遅れた!わたしの名はロナ・アルベル...
オールド・オスマンに招かれた、新任教師であるっ!」
言って大きく胸を張るモンスター。
新任教師?どうやら人間だったようだ。
「そ、そうだったんですか。ええと…ミスタ・シモンズ」
「ロナ先生とお呼びください!」
王城の扉よりも分厚い胸板をどん、と叩いて、ロナは言った。
コルベールはあまりの弩迫力に、思わずその言葉に従ってしま...
「じゃ、じゃあロナ先生?い、今は授業中でして…」
「おおそうでしたか!これは失敬!」
言ってロナはぎゅるん!とその場で半回転すると、生徒たちに...
そして、顔だけ振り返って赤ん坊の腕くらいありそうな親指を...
「それじゃあ生徒たち!わたしの授業を楽しみにしていたまえ...
そして満面の笑顔で、やってきた時と同じように砂埃をたてて...
コルベール以下、生徒たち全員が、同じような表情をしていた。
今のはなんだったんだ、と。
250 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
しかし意外な事に。
ロナの授業は生徒たちに好評を得ていた。
確かに彼の見た目はどう見てもオーガで、声も馬鹿でかく、し...
「いいかい君たち!人という言葉は、まだ人と言う概念のなか...
とか、
「はっはっは!いくらでもかかってきたまえ!先生は逃げも隠...
とか、
「そう、今、君の中を駆け巡っているその感情…それこそが『愛...
暑っ苦しい顔から発せられる背筋を猫じゃらしで撫でられるよ...
「先生っ!俺、間違ってたっ!」
「私…私、もう一度頑張ってみる!両親を説得してみせる!」
「これはっ!トリステインのっ、人間のっ、いや、俺の魂だぁ...
生徒たちも感化されまくり、授業中に飛び交う無駄に熱いドラ...
「…なんじゃこりゃ」
休み時間を告げる鐘の音が鳴っても、熱血青春ドラマは止まら...
それを才人は横目に見ながら、教室の反対側の隅で同じように...
ルイズとは、タバサの一件以来、話もしていない。ていうか、...
仕方ないので才人はここ数日、タバサの部屋にお世話になって...
何度かルイズと接触を持とうとはしてみたものの、ルイズは徹...
今回はどうやら本気で怒っているらしい。今日もルイズに接触...
そんなルイズと、偶然目が合う。
即座に視線を逸らされた。
…どーしたもんかねー。
そんな才人の後ろで、教室のドアが開く。
そこに顔を出したのは、タバサだった。
ちなみに彼女はロナの授業の科目を選択してないため、彼を見...
タバサは教壇で繰り広げられる、『俺っ、俺っ、先生みたいな...
「お、そっちの授業終わった?」
教室に満ちる汗苦しい雰囲気と、ルイズの視線にいたたまれな...
タバサは教壇で生徒をベアハッグにしている筋肉の塊を杖で指...
「…なに?アレ」
「…なんか新任の先生らしいぜ?妙にみんなのウケがいいみたい...
才人は正直このノリについていけない。
才人は肩をすくめて、そう応えたのだった。
「…名前は?」
「聞いてどーすんだよ」
「…あんな暑苦しい雰囲気のひとにはあまり近寄りたくないから」
タバサもなるべくならあんなのの授業はごめん蒙りたい、と思...
名前を聞いて、彼の授業をなるべく選択肢から外そう、そう思...
「…たしか、ロナ・アルベルト・シモンズだったかな」
251 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
その名前を聞いた瞬間、タバサの表情が固まる。
いや、普通の人間が見ても分からない程度の緊張であったが、...
次の瞬間、才人の心にタバサの声が響く。
…黙って教室から出て。今すぐ。
才人はなんじゃらほい、と思ったが、タバサの心の声は真剣だ...
才人はタバサに続き、教室を出る。
そんな二人を、ルイズの刺すような視線が見つめていたのだっ...
…どーしたんだ一体?
才人は心の声でタバサに尋ねる。
タバサの心の声からこれがただならぬ事態なのだと感じた才人...
教室からしばらく離れた渡り廊下で、タバサはようやく応えた。
あれは、ロナ・アルベルト・シモンズ本人じゃない。
その言葉に嘘偽りはない。
心を通じて伝えられる言葉は、常に真実だった。
才人は驚き、思わず軽く声を上げた。
しかし周囲に人は居ないため、誰にもその声は届かない。
なるほど、それでここまで何も言わなかったのか。
才人はタバサの機転に感心する。
じゃ、アレは誰なんだ?
才人は、タバサに従い、心の声で会話を続ける。
いかに人の居ない場所とはいえ、不意に人が現れるかもしれな...
こういった重大な事を含む話は、なるべくなら外部に漏れない...
…わからない。けどロナ・アルベルト・シモンズでないことは確...
どういうことだ?シャルロットは本人を知ってるのか?
才人の心の疑問符に、タバサは応える。
知ってはいない。でも、話に聞いた事はある。その話では、ロ...
才人は再び、驚きの声を上げた。
つまり、彼はなにがしかの目的でロナを名乗り、魔法学院に教...
252 名前:鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM [sage ] 投稿日:2007/1...
一体、何が目的なんだ?
才人の再度の疑問に、タバサは応えた。
わからない。
でも、身分を詐称して潜入しているということは、トリステイ...
いずれにせよ、真っ当な人間じゃないことは確か。
そして二人はいつの間にか、教師たちの集う職員棟の前にいた。
「どうする?知らせるか?」
才人は、今度は言葉で尋ねた。
具体的な単語を出さなければ、声に出してもいいだろう。
タバサは才人に則り、声で応える。
「…今はいい。もう少し様子を見る」
そして、タバサは心の声で続ける。
…ひょっとすると、単に教師をしたかっただけかもしれない。
才人は妙に納得してしまった。
あの妙なノリ、たしかに教師を夢見てでもいない限り、ありえ...
しかし、その考えが甘かったと、二人は後に後悔することにな...
434 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:05:05 ...
それから何日か経って。
生徒の三分の一が熱血化し、大半の一年生が進路希望欄に『属...
その事件は起きた。
その朝、慌しく教師達が廊下を走り回っていた。
いまだタバサの部屋に間借りしている才人は何事か、と手近な...
すると。
「いや、早朝学院の宝物庫に賊が入ってね。今捜索中なんだ」
その教師の話によれば、今朝方、宝物庫の中に仕掛けられた侵...
そしてすぐに見回りの夜警が駆けつけたのだが、入り口近くに...
その盗まれた品を現在、宝物庫のリストと照らし合わせて確認...
「盗まれた物くらいすぐわかるような気がするんだけどなあ」
慌しく去っていく教師の背中を見ながら、才人は呟く。
その傍らで、いつのまにやってきたのか、タバサが説明した。
「宝物庫は普段、厳重に封印されている」
なるほど、と才人は思った。
普段封印されていて中身を見る機会がなければ、盗まれた物を...
しかし。
「…そういやなんでシャルロットがその事知ってんだ?」
たしかにそれも道理だ。宝物庫に入ったことのないはずのタバ...
タバサは一瞬むっとすると、心の声で答える。
…私の過去知ってて、そんないじわる、言うんだ。
その声には、あからさまな不満が混じっていた。
あ。しまった。
言われて初めて、才人は思い出す。
タバサはかつて、ガリア王の尖兵、私兵騎士団『北花壇警護騎...
その彼女に、トリステイン魔法学院の宝物庫への侵入指令が下...
才人は心の中で慌てて詫びる。
ご、ごめん、忘れてた!
しかし時すでに遅く。
…だめ。今更遅い。
心の中で言って、タバサは才人めがけて両手を広げた。
「ん」
…って、こんな朝っぱらから…?
抱っこしろ、という意味である。
…お昼までには、許してあげるから。
才人は仕方なくタバサを抱き上げ。
そのままタバサを抱っこして、部屋の中に入ったのだった。
440 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:08:06 ...
昼を過ぎたころ。
食堂にやってきた才人とタバサの耳に、一足先に食堂で昼食を...
どうやら、犯人は学院関係者らしい。
盗まれた宝物はそれほど大したものではなかったらしい。
まだ、犯人は捕まってはおらず、教師たちは犯人捜しにあちこ...
そんな憶測とも噂とも取れる話が、食堂のそこかしこから聞こ...
関係者が犯人だから、内々に処理したいんだろうけど。
才人は捜査が遅遅として進まないことに少し不安を抱いていた。
…犯人がそのマジック・アイテムを使って何かをやらかしたらど...
才人は遅めの食事を採りながら、そんなことを考えていた。
隣でもくもくとサラダを口に運ぶタバサは、そんな才人に心の...
大丈夫。もし、何かあったら、私たちでなんとかすればいい。
その言葉には、絶対的な自信が篭っていた。
さすがだな。本物の騎士ならではの自信ってやつ?
厭味でもなんでもなく、タバサの自信に才人は素直に感心して...
しかし、才人のその言葉は感心を向けた相手によって否定され...
ううん、そうじゃない。
…サイトが一緒なら、私はなんだって、できると思えるから…。
そこまで心で伝えて、顔を伏せる。
いかに心の中でとはいえ、さすがに今の台詞は恥ずかしいらし...
言って顔を伏せるタバサの耳は、その端まで赤く染まっていた。
かわええ。
才人がそんないじらしい使い魔に萌え死にそうになっていたそ...
突然、教師の一人が、慌てて食堂に駆け込んできた。
「大変だ!犯人が逃亡した!」
その教師に視線が集まり、一斉に質問の矢が飛ぶ。
どうして逃がしたんだ、誰が犯人なんだ、安全はどうなるんだ...
「大丈夫、君たちの安全は確保する!この食堂から動かないで...
言って教師は逃げるように食堂を後にする。
それを見送ったタバサが、静かに席を立つ。
才人も黙って、その後に続く。
「そんじゃ、行くかぁ」
「ん」
二人の目的は同じ。言葉を交わす必要もなかった。
二人の騎士は、大騒ぎの食堂を抜け、犯人を見つけ出すべく、...
441 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:08:58 ...
結論から言うと。
宝物庫から宝物を盗んだのは。
あの、ロナ・アルベルト・シモンズだった。
宝物庫を見回っていた教師が、『逃げていくオーガ』を目撃し...
「けっこういい人っぽかったけどなあ」
ロナはすでに学院の外に逃げたというので、才人は馬の準備を...
その傍らで、盗まれた宝物の目録のメモを読んでいたタバサが...
「…でも、嘘をついていた」
そう、彼はロナ・アルベルト・シモンズ本人ではない。その時...
タバサは既に才人の載った馬の上に、ひらりと飛び乗る。いつ...
抱えられた状態ではいざと言う時動き難いし、なにより、才人...
才人はタバサが乗ったのを確認すると、即座に馬に鞭を入れる。
向かった方角は、北。
なぜなら、こちらに向かうのが、街道に出る一番の近道だから。
一応念のため、逆方向にシルフィードを飛ばしている。
『メイジの格好をしたオーガを見かけたら足止めしておけ』と...
そして。
馬を飛ばす才人の視界に、道を駆ける黒いマントが入る。
「見つけた」
才人は背後から、一気に間合いを詰めようとする。
その瞬間。
443 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:10:56 ...
突然、目の前の地面が隆起した。
「うわっ!?」
突然の地形の変化に馬がついてこれず、馬上の二人はそのまま...
才人はかろうじて、タバサを抱えて地面に転がる。
土ぼこりに塗れながら、才人は地面を転がり、そして止まる。
才人は腕の中のタバサに尋ねた。
「大丈夫かシャルロット?」
「…ありがと」
それより、サイトはっ!?
表の声とは裏腹に、心の声には軽い焦りが見えた。
「大丈夫、怪我はねえよ。
…でも、もう気付かれたのか?」
答えながら、才人はロナの方を見る。
才人に見えるロナはまだ小さな人影で、この距離で前を走って...
才人が不審に思っていると、タバサがその理由を教えてくれた。
「盗まれた、マジック・アイテムのせい」
そしてタバサは、読み込んだ宝物の目録の内容を、心で才人に...
盗まれた宝物。それは、『千里眼の布』という。
それは目隠しのための布に、たくさんの目が描かれた布だった...
「…大したことはないけど、確かに厄介だな」
戦闘経験を積んだ才人には、視界の大切さが身にしみて分かっ...
その視界を360度展開でき、さらにその距離も長い、となると。
「…力押しかぁ」
正直気が進まなかったが、この場合の解はそれが最も効率的だ...
近寄って、叩きのめす。
ガンダールヴの力を使えば、ロナとの彼我の距離は一気に縮ま...
ガンダールヴの印が光り輝き、そして手にしたデルフリンガー...
「おー相棒、なんか今日はマジだね」
喋る剣の軽口に、才人は応える。
「…全方位見渡せる、視力のいい相手とやらなきゃなんないんだ...
余裕なんてない」
それに対するデルフリンガーの答えは、意外なものだった。
「なんだい相棒、相手は千里眼でも使うのかい?
だったら気をつけな、敵さんの戦術によっちゃ、引いた方が...
「接近戦で俺が負けるとでも?」
「まーなー。相手さんの戦術次第って言ったろ?
ま、そこの嬢ちゃんもいることだし…ってあら?嬢ちゃんなん...
デルフリンガーの興味は、どうやら使い魔となったタバサに移...
あとで説明しておこう、今はそんなヒマねえし。と思いながら...
『敵さんの戦術によっちゃ、引いた方がいいかもしれんぜ』
ま、やばくなったら引けばいいか。逃げ足には自信あるし。
情けない事を考えながら、才人はタバサを抱え、一気に地を駆...
445 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/25(木) 02:11:28 ...
風のように速いスピードで、ロナとの距離は一気に剣の間合い...
その間、ロナからの妨害は一切なかった。
そのかわり、妙な目の模様の入った布で目隠しをしたロナは腕...
「よく来たな、若人よ!」
暑苦しい言葉は相変わらずだ。
才人は油断なく剣を構え、その後ろでタバサがそっと詠唱に入...
この魔法の範囲なら、確実にロナを捉えられる。
しかし、それを見たロナも、即座に詠唱に入った。
「させるかよっ!」
才人は大地を蹴り、剣を突き出して一気に踏み込む。
「甘いっ!」
ロナはその巨躯に見合わぬ俊敏な動きでその突きをかわすと、...
才人は肩を打撃され、そのまま一気に吹き飛んでしまう。
「ぐわっ!?」
一回転半したところで姿勢制御に入り、そのまま勢いを利用し...
しかしその瞬間。
ロナの詠唱が完成する。
それはタバサの『アイス・ストーム』より遥かに短い詠唱だっ...
その魔法は、あまりに基礎的で、簡単な魔法だった。
その魔法は。
『錬金』。そう、ただの『錬金』であった。
完成した術式を、ロナは杖に集める。
そしてそれを。
自らに向けて、放ったのだった。
「見よ!これが我が戦闘術、『武装錬筋』であるッ!」
577 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:33:01 ...
「見よ!これが我が戦闘術、『武装錬金』であるッ!」
ロナの宣言と同時に、タバサの詠唱が完成する。
ロナの周囲の水分が一瞬で細かな氷の刃と化し、風が渦巻いて...
「やったか?」
普通の人間なら、この氷の刃の嵐の中では、数秒ともたずに息...
よしんば初撃の氷の刃に耐え切っても、微細な刃は容赦なく肌...
この術をまともに食らって、立っていられる人間などいない。
はずだった。
「…嘘」
タバサの目が、驚愕に見開かれる。
殺意を含んだ白い霧の晴れた後に。
腕を組んで、平然と。
鈍色に光る彫像が、そこに立っていた。
「噴!効かぬな!」
氷の刃によって裂けた服の隙間から覗くロナの肌は、鈍い銀色...
そう、彼は、『錬金』によって、己の身体を鋼へと変えていた...
「…アレをやらかすバカがいるとは思わなかったぜ…」
ロナのその身体を見て、デルフリンガーが呟く。
「…なんなんだアレは?」
間合いを取りながら、才人はデルフリンガーに尋ねる。
「…見てのとおりただの『錬金』さね。『錬金』で自分の肌を鋼...
ただし、並みの力じゃ、鋼になった自分の重さで身動きも取...
デルフリンガーの言葉のとおり、ロナの足元は、彼の重さで大...
しかしロナはそんな重さをものともしないで、右腕を勢いよく...
「そう!鍛え抜かれた鋼の筋肉あればこそ!この戦闘術『武装...
鋼と化した我が肉体の前に、刃は意味を成さぬ!まさに無敵...
「な、なんつー厄介な…」
今の才人に、鋼を両断できるほどの膂力も腕もない。
この状態のロナに対しては、完全に手詰まりであった。
「こういうとき、虚無の嬢ちゃんの『ディスペル・マジック』...
デルフリンガーの指摘どおり、ルイズの『ディスペル・マジッ...
しかし今ここにいない人間の話をしても意味はない。
「そしてぇっ!」
突如叫んだロナは、振り上げた拳をそのまま、才人めがけて振...
「うわっ?」
才人は結構なスピードで振り下ろされるそれを横っとびに避け...
ロナの拳は文字通り大地を割り、地面に突き刺さった。
ロナはそれを容易く引き抜き、そしてまた吼える。
578 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:33:55 ...
「鋼の拳は岩をも砕く!まさに我が『武装錬筋』は無敵!素敵...
最後のはなんか違う気がするが、それを突っ込む暇は才人には...
次々と繰り出されるロナの拳を、避けるので手一杯になってし...
右のストレートをサイドステップでかわし、上から振り下ろさ...
「くそっ!」
ロナの拳は面積が大きく、まるで巨大な戦槌を休みなく次々繰...
しかし、相手の獲物が大きいということは、その分死角も大き...
「撃滅のっ、アイアンっ、ストレィィィィィトっ!」
大気を巻き込み唸りを上げる鋼鉄のストレートを紙一重でかわ...
もらった!
才人はがらあきの背中めがけて、デルフリンガーを振りぬく。
いや、振りぬこうとした。
「甘いのである!」
ロナはまるで背後が見えているかのように、振り抜いた拳を無...
「うわっ!」
才人はかろうじてそれをデルフリンガーで受け止めることに成...
「お、折れる折れるっ!」
その衝撃に思わずデルフリンガーの悲鳴が上がる。
「忘れんな相棒!あのデカブツ、文字通り後ろにも目ぇついて...
「わかってるっ!」
『千里眼の布』によって360度の視界を得ているロナには、背後...
それはすぐにもう一度、証明される事になる。
不意にロナは背後めがけて左手を突き出す。
すると、彼の左手に圧縮された空気の塊がぶち当たり、四散す...
タバサの『エア・ハンマー』だ。
タバサは才人の戦闘中に詠唱を終え、斬撃ではなく打撃による...
「無駄無駄無駄!どのような攻撃だろうと私には通じぬ!
我が『武装錬筋』は無敵無敵無敵ィィィィィィ!」
吼えるロナを目の前に、才人は軽い絶望に打ちのめされていた。
何か、突破口はないのか?
そんな才人の前で、不意にロナが動きを止める。
まるで、痛みに堪える様に歯を食いしばり、微動だにしなくな...
何かくるのか?そう警戒した才人に、ロナが語りかけてきた。
「…く…君は…学院の生徒かっ…!」
その声は、先ほどまでロナの発していた殺気に満ちた声ではな...
才人はすぐにある可能性を思いつく。
そしてそれは、ロナの言葉によって肯定される。
「…今の私は、私ではない…何者かが、私の中の衝動を開放した...
この数秒だけ、なんとか意識をとりもど…」
579 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:34:49 ...
そう、彼は何者かに操られていたのだった。
ロナは苦痛に歪んだ表情でそこまで言ったが、そこまでだった。
すぐにロナは元に戻り、好戦的な笑みを浮かべる。
「おおっとあんまり攻撃が温いので居眠りしてしまったわ!
さあかかって来い!私の無敵で素敵で快適な拳が相手をしよ...
才人はその言葉を聞いて、さらに絶望的な気分になった。
彼が操られていると分かったこの状況で、しかも並の攻撃が通...
…ムチャな…。
しかし。
その絶望的状況を、彼の使い魔が救った。
私にまかせて。
心に響いたその声は、確かな自信に溢れていた。
才人はそのまま、流れてくるタバサの考えに耳を傾ける。
なるほど。これならいけそうだ。
しかし、この作戦、上手くいけばいいが、失敗すればタバサを...
だがその才人の心配は、タバサの心の声で打ち消される。
…サイト、信じてるから。
そう、この作戦が成功するか否かはすべて才人にかかっていた。
ならば。
まかせろ、俺は最強の盾、ガンダールヴだぜ!
心の声とともに、才人の身体に力が満ちてくる。
ガンダールヴの印が、眩しいほどに光り輝いていた。
「待たせたな!」
才人はタバサとの一瞬の心の会話の後、ロナ目掛けてデルフリ...
「ようやく来る気になったか!
さて、見せてもらおうか、どうやって君が私に抗うのかを!」
ロナは大きく右の拳を振りかぶると、才人目掛けて振り下ろす。
才人はそれをサイドステップで大きくかわす。ロナの拳のリー...
そのロナの視界の隅で、タバサが動いたのが見えた。
しかし、ロナはそれを無視した。
なぜなら、タバサは『フライ』を使い、急速に上昇を始めたか...
「なるほど!学院に援軍を要請する気かね!」
ロナは言いながら踏み込み、今度はショルダータックルで才人...
才人は軽トラックの突進にも見紛うその一撃を後方に跳躍して...
もう既に、ロナの視界からはタバサは消えていた。『フライ』...
「しかし!それは意味を成さぬぞ!
なぜなら、援軍が来る前に君は私に倒されるからだ!」
間合いを取った才人めがけ、今度はロナの左拳が鋭いフックと...
着地点を狙われた才人は、デルフリンガーでかろうじてそれを...
確かにロナの言うとおりだった。
たとえタバサがどれほどすぐれたメイジだとしても、全速の『...
さらに、学院にタバサと同等クラスの風使いはいない。
ロナの言うとおり、援軍は間に合いそうもない。
580 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:37:17 ...
「それはどうかな!」
才人は言いながら、まっすぐ突きを繰り出す。
その突きにはガンダールヴの力全てがこめられていた。
この一撃なら、ロナの鋼の肌を突き破る事も可能だろう。
その鋭さを察したロナは、両の拳でデルフリンガーを挟み込み...
「これが君の全力全開かね?
だとすれば強がりも甚だしいぞ!我が力の半分にも及ばぬで...
ロナは言いながら、そのままデルフリンガーを捻ろうとする。
しかし才人の手を緩まない。デルフリンガーを更に強い力で押...
ロナはさらに力を込め、才人を押し戻そうとする。
二人の力は一見拮抗しているように見えたが、そうではなかっ...
じわじわと、才人が押されている。
二人の間で、デルフリンガーが悲鳴をあげる。
「あ、相棒、折れる、マジ折れるって!」
「堪えろデルフ!ここが踏ん張りどころだっ」
「ふふん、剣が折れるのが先か、君が力尽きるのが先か!根競...
そしてさらに、才人は押し込まれていった。
その頃。
彼らのはるか上空。
白い雲を引き裂き、青い髪の少女が現れた。
タバサである。
彼女は『フライ』の術を使い、この高度までやってきた。
そして、ある程度位置を修正すると、タバサは術を解く。
タバサを覆っていた浮力が途切れ、乱暴な加速が始まる。
タバサは頭を下に、一気に雲を突きぬけ、落下していく。
風がタバサの周囲で渦を巻き、音を立てる。
その落下の中、タバサは呪文を唱えていた。
その呪文は『エア・ハンマー』。
ロナに放った、風系統の打撃系呪文である。
彼女はその呪文を、極限まで範囲を絞り込み、そしてできるだ...
タバサの心の中には、絶えずある情報が送られていた。
それは、才人の居場所。
彼女の主人が今どこにいるのか、使い魔である彼女には手に取...
タバサはその情報を頼りに、落下位置を決めていた。
すぐに、彼女の視界に組み合う二人の男が写る。
才人は必死に、ロナの動きを止めていた。
そして。
タバサの狙い通り、ロナはタバサに気付いていない。
そして。
攻撃目標が射程距離に入る。
極限まで絞り込まれた『エア・ハンマー』が解き放たれる。
それは正確に、ロナの脳天を打ち抜き。
鋼で覆われた彼の頭蓋を揺らし、彼に脳震盪をおこさせたのだ...
これが、タバサの考えた作戦である。
『千里眼の布』は、360度見渡す事はできても、直上への視界は...
そこで彼女は、ロナの真上からピンポイントで彼の頭を狙い打...
そしてこの作戦はここで終わりではない。
『エア・ハンマー』の有効射程ギリギリの高さだと、『レビテ...
だから、この後の事も作戦には織り込み済みであった。
気絶して倒れるロナを土台に、才人はデルフリンガーを逆手に...
送られて来る情報を元に、正確に、彼の使い魔を受け止められ...
才人は放物線の頂点で落下してくるタバサを捕まえると、その...
落下の衝撃で、才人の脚に痺れが走ったが、ガンダールヴの力...
才人は腕の中のタバサに、にっこりと笑ってみせた。
581 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:38:19 ...
「上手くいったな!」
「うん」
こうして、二人は勝利を収めたのである。
目を醒ましたロナは、元に戻っていた。
どうやら『エア・ハンマー』の衝撃で暗示が解けたようだ。
『千里眼の布』を返した彼を問いただすと、彼は事件のあらま...
彼の本名は、アルフレド・ドナヒュー。教師になることを夢見...
ロナ・アルベルト・シモンズと彼は同僚であったという。
しかし彼は二つの系統しか使えない『ライン』であったため、...
そんな中、アルビオン戦役のため、ギルフォード魔法学院は解...
彼は自分で開発した『武装錬筋』の術でもって戦役を生き延び...
そして兵役から帰ってきた彼に、ある朗報が訪れるのである。
放浪の旅人と名乗る女性が、トリステイン魔法学院からの書簡...
そこには、ロナの名前が刻まれていたが。
その女性は言った。
『あなたは教師になりたいのでしょう?ロナ・アルベルト・シ...
幸い、トリステイン魔法学院に、ロナ・アルベルト・シモン...
さあ、行きなさい、ロナ・アルベルト・シモンズ』
そして、彼女のはめていた指輪が光り輝き…。
アルフレドは、トリステインにやってきた。
どうしてそんな事をしようと言う気になったのか、彼にはわか...
そして、その女性はもう一度姿を現す。
『千里眼の布』を持って、教師として充実の日々を送っていた...
ミョズニトニルン。
話を聞いたタバサは心の中でそう断定した。
間違いないだろう。
彼に暗示をかける際、なにがしかのマジック・アイテムを使っ...
するってえと…ガリアが裏でまたなんかやってんのか…。
才人はうんざりする。
しかし、ガリアが関わっていると知っても、タバサは平然とし...
たいしたもんだな、とか才人が考えていると。
サイトと、一緒だから。
タバサの毅然とした心の声が、響いてくる。
私はもう、何も怖くない。
サイトがいるから、サイトと一緒だから。
そんな言葉に、才人の方が照れくさくなって、思わず視線を逸...
タバサはそんな才人にそっと寄り添う。
そんな二人の前で、縄で後ろ手に手を縛られたロナが、いやア...
そこへ。
生徒たちがやってくる。
「先生っ!」「せんせぇっ」「ロナ先生っ!」
縛られたロナを取り囲み、生徒たちは口々にロナを呼ぶ。
そんな生徒たちに、アルフレドは寂しそうに笑って、応えた。
「私はロナ・アルベルト・シモンズではないよ。
…君たちを、騙していたんだ」
そして、アルフレドは顔を伏せる。
582 :鋼の錬筋術師 ◆mQKcT9WQPM :2007/10/28(日) 19:38:50 ...
生徒たちは一瞬、声を失ったが。
「名前なんてどうでもいい!」「先生は先生だよっ!」「先生...
「お、おまえたちぃぃぃぃぃぃ!」
そして湧き上がる声。
『先生、必ず戻ってくるからなっ!』『俺、それまで待ってる...
などという言葉が交わされるのを、タバサは冷めた目で見てい...
そして、彼女のご主人様は。
「…なんかいいなあ、アレ」
抱き合う生徒と教師を見て、なんかちょっといいなあ、なんて...
…サイト、趣味悪い。
そして容赦なく入る心の突っ込み。
え?チョットマッテ?なんかいいじゃんアレ?
…趣味悪い。
心は通い合っていても、まだまだ分かり合えない二人であった。
後日。
事の顛末を聞いたタバサの使い魔は。
「シルフィ呼べばよかったのねー!何もサイトがキャッチする...
そう言ってタバサにえんえん文句を垂れ、杖でさんざん小突か...
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