ゼロの使い魔保管庫
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350 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
飲みすぎたためか緊張から解放されたためか、ハルケギニア...
寝入ってしまっていた。
唯一アニエスだけは正気を保ち、すやすやと眠っているアン...
込んだ。今夜は寝ずの番をするという。
コルベール、マリコルヌ、ギーシュは隣の部屋で雑魚寝、キ...
は空き部屋に布団を敷き、ルイズとシエスタとタバサは才人の...
「やっと終わったか」
ルイズたちを自分の部屋に運び終えた才人は、居間に戻って...
平賀親子は、今夜はこの部屋に布団を敷いて雑魚寝する予定...
才人としては久々に自分の部屋のベッドで寝たいというのが...
年代の女の子と同じ部屋で眠る訳にはいかないのだった。
「でも、びっくりしたよ母ちゃんは」
台所で洗い物をしながら、天華がおかしそうに笑う。
「あんた、女の子たちをひょいひょい運んじゃうんだもんね」
「皆が軽いんだよ」
「いやいや、それでも、前までのあんたならあそこまで軽々と...
ホント、いろいろあったんだねえ」
母のしみじみとした言葉に少々照れくささを覚えながら、才...
「よ、お疲れさん。まあ飲めよ」
向側に座った才蔵が、赤い顔で缶ビールを勧めてくる。幸せ...
「おい酔っ払い。俺は一応まだ高校生だぜ」
「何言ってやがる、異世界じゃ散々飲んだくれてたらしいじゃ...
「うわ、誰から聞いたんだそんなこと」
「あの色男……ギーシュ君だったか? 彼が、異世界でのお前の...
「あの野郎、明日の目覚ましはパワーボムにしてやる」
ブツブツとギーシュへの恨み言を呟きつつも、才人は缶ビー...
才蔵が嬉しそうに自分の缶ビールを持ち上げた。
「よし。じゃ、我が家の馬鹿息子の帰還に乾杯だな!」
「おう。麗しき馬鹿親父殿との再会に乾杯だぜ」
軽く缶を合わせたあと、一口だけ飲む。
ハルケギニアでは基本的にワインばかり飲んでいたから、ビ...
「しっかしまあ、ビックリしたなあ」
「何がだよ」
「父ちゃんたちだよ。まさか、俺がしらないところで、あんな...
「ああ、そのことな」
父は顔の前で両手を合わせた。
「内緒にしてて、ホント、すまんかった! お前には平穏無事...
「いや、別にいいんだけどさ、ただ」
「ただ?」
不安だった。
目の前の父は、以前の無口な(振りだったらしいが)サラリ...
副業が忍者だったことといい、ひょっとしたら中身も自分の...
かと思うと、怖かった。
言葉が続けられなくなってしまったとき、才人の後ろから細...
351 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
「ほら、お飲みよサイト」
目の前に椀を一つ置いた天華が、にっこりと笑う。
椀から立ち上る懐かしい香りが、才人の鼻腔をくすぐった。...
「味噌汁、か」
呟く声も震えている。天華が才蔵の隣に座りながら苦笑した。
「あんた、ずいぶん母ちゃんの味噌汁飲みたがってたそうじゃ...
女の子達が、すぐにでも作って食べさせてあげてって頼んで...
「へえ。やっぱ、外に出りゃ家が恋しくなるんだな」
からかうような才蔵の台詞に、冗談を返す余裕もなかった。
才人は震える手をお椀に伸ばし、一口、口をつける。塩辛い...
目に涙が浮かんでくる。
「おいおい、味噌汁飲んだだけで泣くなよな」
「だってよ、ずっと食ってなかったからさ」
才人は目元を乱暴に拭いながら照れ笑いを浮かべた。もう一...
「やっぱ、母ちゃんの味噌汁はうめえや」
あまり長々と感想を言うと本格的に泣き出してしまいそうだ...
その様子を見た天華と才蔵が、どこか安心したようにほっと...
「どうしたんだ?」
怪訝に思って聞くと、両親は顔を見合わせて決まり悪そうに...
「いや、なんだな」
「なんかね、安心したんだよ」
「安心って、何が?」
「ほら、お前、なんか異世界でいろいろ危ない目に遭ってたっ...
才蔵が頭を掻く。
「なんか、中身の方も殺伐とした感じに変わっちまってるんじ...
「だよね。でも安心したよ。あんたは相変わらず、間の抜けた...
両親が揃って才人を見る。眼差しには深い優しさと労わりが...
「間の抜けた、って、ひでえなあ」
遠慮のない評価に少し笑ったとき、未だかすかに残っていた...
(俺が、父ちゃんや母ちゃんが変わっちまったんじゃねえかっ...
父ちゃんや母ちゃんも、俺が変わっちまったんじゃねえかっ...
だが、現実は優しかった。
自分は殺伐とした性格になどなっていないし、父や母も自分...
眼差しの暖かさは以前と全く変わっていない。
もっとも、以前は両親の眼差しの暖かさなどには全く気付い...
(それに、何より)
才人はまた味噌汁を一口啜った。
352 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
(味噌汁の味、少しも変わってねえもんな。帰ってきたんだな...
しみじみと改めて実感する。
「あ」
と、才人は不意にあることに気がついた。
「やべえ、そういえば」
「なんだ」
「どうしたの」
両親が驚き、身を乗り出してくる。才人は椀を置き、顎に手...
「どうしようかな。やべえよなあ、これ」
「なんだってんだよ」
「なんか、危ないことなのかい?」
才人に合わせて、両親の声と表情もどんどん深刻なものにな...
「いや、あいつらのさ」
「おう」
「なんだい」
一言も聞き漏らすまいとするかのように顔を寄せる両親に、...
「飯の話なんだけど」
一瞬の間の後、
「……は?」
「なんだって?」
両親が聞き返してきた。才人は繰り返す。
「だから、飯の話」
「飯だぁ?」
「どういうことさ」
「いや、俺もホームシックにかかって味噌汁飲みたくなったし...
あいつらも、ハルケギニアにいたときと同じようなもの食い...
どう考えたって、日本食が口に合う訳ねえしなあ……いや、シ...
ブツブツと口に出しながら考える才人の前で、両親は顔を見...
「なんだ、そんなことかよ」
「そんなこと? 深刻な問題だろこれは」
「世の中には、そんなことよりもっと深刻な問題があるんだよ」
天華が言うと、才蔵が「そうそう」と頷いた。
「俺はてっきり、さっきのあの妙な姉ちゃんがまた襲ってくる...
「妙な姉ちゃん? ああ、ミョズニトニルンね」
「ミョズ……なんだって?」
眉をひそめる才蔵に、才人はミョズニトニルンのことを簡単...
「ふーん。マジックアイテムを自由に使う残酷な女、ねえ。や...
「っつっても、こっちの世界にはマジックアイテムなんかねえ...
才人が言うと、才蔵は真面目な顔で首を横に振った。
353 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
「いや、そんなの関係ねえだろ。問題は、その女がこっちに殺...
別に、マジックアイテムなんかなくたって、ナイフ一本あり...
「……それもそうか」
才人は唸った。確かに、早計だったかもしれない。
あの無茶苦茶に強いゴーレムを倒したから、もうミョズニト...
(でも確かに、あんだけズルっこくて、ジョゼフに忠誠誓って...
オマケに俺らに殺意持ってんだ。こっちの世界でも、何かえ...
飯のことなど考えている場合ではなかった、と反省する才人...
「なんだ、その辺全然気にしてなかったのかよお前」
「だってよ、いろいろありすぎたし」
「ま、無理もねえか。しかし、そうだなあ」
才蔵が顔をしかめながら、頭の後ろで腕を組む。
「そういう危険があるってんじゃ、やっぱこの家だといろいろ...
「不便っつーと?」
「庭狭いから、仕掛けられるトラップにも限度があるだろ」
「トラップって」
聞きなれない単語である。
だが、父の正体を知ってしまった今となっては、驚くべきこ...
「それに、俺ら三人だけならともかく、こんだけ人数が増えた...
「そんなもんか?」
ヨルムンガンドを破壊したときの漫画じみた戦い方を思い出...
平気で叩きのめそうな気がする。
そんな才人の期待じみた予想に反して、才蔵は困ったように...
「いくら俺が鍛えてたって、一人でやれることには限界がある...
一人守ってる間にもう一人がやられました、じゃお話になら...
「そうだよ。平賀家は、異世界の皆さんのことを預かる立場に...
責任持って、あの人たちの身の安全を確保しなけりゃならな...
「そうか。そうだな、その通りだ」
両親の言葉に同意はしたものの、才人には分からないことが...
「でもよ、具体的にはどうすんの? この家じゃ、皆を守るの...
「一応、考えはあるさ」
「っていうと」
「親父の力を借りる」
「親父って、源じーちゃんか?」
言いながら、才人は遠くで暮らしている祖父の姿を思い浮か...
常に人懐っこい笑みを浮かべている皺だらけの顔。
年の割に子供っぽい老人で、遊びに行ったときはよく才人の...
354 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
「ひょっとして、源じーちゃんも、実は凄い人だったりすんの...
訊くと、才蔵はにやりと笑って頷いた。
「そうだ。本当は、かなりエキセントリックな爺さんなんだぜ」
「エキセントリック、ねえ。具体的には、どんなの?」
「源じーちゃんの名前を思い出せば、大体分かるだろ」
「やっぱそうか」
才人は半ば呆れ混じりに、感嘆のため息を吐いた。
祖父の名前は、平賀源内なのである。
それだけで、本当はどんな人物なのか多少想像がつくという...
源内は今現在はアメリカのアーカムというところに行ってい...
「なんか、知り合いのなんとかって博士に会ってくるとか言っ...
ま、あの親父がこんな面白いこと放っておくはずねえし、呼...
とにもかくにも、明日源内を呼んで相談してから決めること...
その日の平賀家家族会議はそれでお開きである。
才人は早々に居間に敷かれた布団の中に潜り込み、すぐにグ...
「相変わらず、変に図太い奴だなあ」
呆れる才蔵の隣で、天華が穏やかに目を細める。
「いいじゃない。本当に、無事に帰ってきてくれてよかったよ」
「まあな。しかし、異世界か。俺やお袋の情報網でも探し出せ...
才蔵は憂鬱な気分になった。
「こいつには、平穏無事な人生を送ってもらうつもりだったん...
結局変なことに巻き込まれちまったのは、やっぱり血筋なの...
「そうかもしれないね。これからも、たくさん危険な目に遭う...
天華の眼差しに憂いの色が混じる。才蔵は努めて気楽に笑い...
「こいつなら大丈夫だよ。さすが俺達の息子だ。
何も教えてねえのに、向こうでも案外たくましくやってたみ...
「そうねえ。ルイズさんやシエスタさんも、そんな風に……ああ...
天華が軽く手を打って、どことなく悪戯っぽい笑みを浮かべ...
「ねえあんた。今日来た女の子たちのうち、誰がわたしらの義...
才蔵も茶目っ気たっぷりに応じた。
355 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
「そうだなあ。一番開けっぴろげに好意を示してるのは、やっ...
本職のメイドさんってだけあって家事万能みたいだし、嫁に...
何より乳と尻もでかいし、あれはいい子を産むゲフッ」
「何馬鹿なこと言ってんだい、このセクハラ親父」
肘鉄をモロに脇腹に喰らってむせる才蔵の隣で、天華が頬に...
「ルイズさんも、素直になれてないだけで、なかなかこの子の...
才人の方もどうやら本命はこの子っぽいし。まあ、尻に敷か...
「あのタバサってちびっ子も、終始無表情な割に視線がチラチ...
ありゃ、かなり気にしてるぜ。頭も良さそうだし、何より謙...
「女王様、って呼ばれてた子はどうかねえ」
「あー、あの子か。綺麗だが、なんかこう、苦労してそうな感...
どうかね。才人にあんな子が支えられるかどうか……」
「ティファニアさんも、彫刻かなんかみたいに綺麗な割に、凄...
才人のことどう思う、って聞いたら、『優しくて勇敢な男の...
「ほう。そりゃ脈ありだな。……っつーかあの子、乳スゲェよな」
「このセクハラ親父……と言いたいとこだけど、確かにね。あれ...
本人気にしてるっぽかったから、顔には出さなかったけど」
「才人にあんな乳が支えきれるかどうか……」
「意味分かんないこと言ってんじゃないよ、もう……
色黒な子と、いかにも貴族って感じのクルクル髪の子は、残...
「目が鋭い剣士の姉ちゃんも、年離れてるのもあって、才人と...
ま、それでもこんだけ候補がいりゃ十分だろ」
「そうねえ。このモグラ息子には勿体無いぐらいだわ。あー、...
天華が苦笑いを浮かべた。
「もう一人、いたよねえ」
「あー、いたな。青い髪の、大喰らいの子。あの子よ、本当は...
「竜、ってかい。たまげたねえ、こりゃ」
天華が感心と呆れが混じったため息を吐き出した。
「でも、それで合点がいったよ。いくらなんでもありゃ食べす...
「だよなあ。溜め込んだ小金が食費で吹っ飛びそうな勢いだっ...
「一応女の子ではあるけど、色気より食い気って感じかね、あ...
「まあなあ」
二人はぎこちなく笑いあった。
「あの子は、とりあえず候補から外しといていいかねえ」
「だろ。さすがに、あれはねえだろうよ」
「よし、そうなると、お嫁さん候補は五人ってことだね」
天華が張り切った様子で腕をまくる。
「こりゃ、明日から気合を入れないとねえ」
「なんだ、なんかやるつもりなのかよ」
「そりゃもちろん。このモグラ息子に、こんなチャンスだ。
これを逃したら一生巡ってこないかもしれないんだからね。
あの手この手を使って、さり気なく売り込むつもりよ」
気合の入りまくっている様子の天華に才蔵が苦笑したとき、
不意に上の方から何やらドタバタ騒ぐ音が聞こえてきた。
「何だ」
「何かしら」
二人は揃って首を傾げ、忍び足で二階に上がっていった。
356 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
才人の腕に抱かれて彼の部屋に運んでもらったとき、実はル...
少々酔ってしまって眠気に襲われていたのも事実だったので...
眠ったものと判断されたらしく勝手に運ばれてしまったのであ...
(要するに、いい迷惑なのよ。別に嬉しくなんかないわ。
全くこの馬鹿犬、勝手にご主人様の体に触ってんじゃないわ...
と、内心で文句を言いながら、ルイズはこっそりと薄目を開...
才人はルイズの体を両腕で抱えながら、特に苦もない顔で歩...
そのくせ階段を上るときなどは足元にかなりの注意を払って...
気を配っているのがよく分かった。
そういったところから、彼の力強さと自分への気遣いが十分...
そうになるのを抑えるのに苦労したほどである。
(ま、あんたにしては上出来な態度だから、ご主人様の体に勝...
幸せな葛藤に浸っていたとき、ちょうど才人が階段を上り終...
背後から、才人の母が声をかけてくる。
「あんたの部屋に運ぶんだろ?」
「ああ。タバサはもう運んであるし、ルイズとシエスタも俺の...
ちなみに、シエスタの方は才人の母に抱えられている。
(わたしはサイトに運んでもらって、シエスタはサイトのお母...
つまり、眠り込んだ自分とシエスタを見て、才人は自分の方...
ちょっとした優越感に、とうとう口元が緩むのを抑えられな...
単純に、万一運んでいる途中で目覚められたとき、どちらを...
か、そういう判断基準だったのではないかという気もしたが、...
蝶番が軋む音が聞こえてきて、才人がどこかの部屋の中に入...
するに、おそらく才人自身の部屋なのだろう。彼の部屋を今す...
き上がってきたが、なんとか我慢する。
「で、誰をあんたのベッドに寝かせるの?」
「ルイズだな。こいつを床で寝かせたら、明日何言われるか分...
そんな会話が聞こえてくる。つまり、自分は才人のベッドで...
とになったらしい。ルイズはさらに気をよくした。
(当然と言えば当然だけどね。こいつ、何だかんだ言ってもわ...
得意の絶頂に上って鼻息を荒くしていたとき、ルイズの体が...
「おー、母ちゃん、俺の布団ちゃんと洗ってくれてたんだな」
「そうだよ。いつ、あんたが帰ってきてもいいようにね」
そんな会話が聞こえてくる。
目を瞑ったままなのでよく分からないが、体を包む柔らかい...
布をかけてくれたらしい。
彼の腕の中から離れたことを実感して、少々名残惜しさを感...
「ほら、寝顔見てたいのは分かるけど、早く下降りるよ。起こ...
「分かってるよ」
小声で交わされる会話を聞いて、ルイズはある事実に気がつ...
357 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
(ああ、そっか。今日は、才人と一緒には寝られないんだ)
仕方がないことだ、とは思う。
この世界の倫理観がハルケギニアと同一なのかは知らないが...
で寝ていい、ということはないらしい。
昨日までとは違う一人きりの夜を想像して少し寂しくなって...
そっとくすぐった。
「お休み、ルイズ」
心臓が爆発するかと思った。
声が漏れそうになるのを必死にこらえ、息を止めたまま才人...
閉められた扉の向こうから階段を降りていく二つの足音が聞...
やく呼吸を再開した。
ぜいぜい荒く息をしながら、そっと胸に手をやってみる。
全力で走ったときよりもずっと激しく、そして熱く、薄い胸...
(なにこれ。なにこれ)
顔と言わず腕と言わず、体全体が芯から燃え上がるように熱...
皮膚一枚隔てた向こう側を、熱い血潮が物凄い勢いで駆け巡...
叫びたいほどの興奮と泣きたいほどの恥ずかしさと暴れ出し...
今すぐ素っ裸で走り回りたくなるほどの、圧倒的な幸福感。そ...
内側から弾け飛んでしまいそうだ。
どうやっても収まらぬ高揚感を無理に抑えつけるように、ル...
それでも、やはり爆発的な気分の昂ぶりが抑えきれないので、...
(もう、反則。これ反則。何してくれちゃってんの、あいつっ...
限りない労わりと包み込むような優しさに満ちた、才人の囁...
耳に吐息を感じるほどの距離で囁かれた「おやすみ、ルイズ...
甘美で、暖かかった。
(なんなの一体。いつもはもっと素っ気ないくせに。毎晩あん...
ルイズは目を瞑っていたことを後悔した。声音だけでこれほ...
の才人はどれだけ優しい笑みを浮かべていただろうか。
なんとかそれを再現しようと、再び目を閉じて、必死に彼の...
浮かび上がった才人の顔が、一つ残らずこちらに向かって微笑...
『おやすみ、ルイズ』
体がとろけてしまいそうなほどの幸福感に包まれて、ルイズ...
「えへ。えへへぇ……おやすみぃ、サイトぉ……」
締まりのない声が口から零れるのを、どうやっても止められ...
358 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
そうやって、ルイズはしばらくの間一人幸せを噛み締めなが...
視界の隅に映ったものに気がついて、一瞬で現実に戻ってきた。
それは、ベッドの端をつかんでいる誰かの手だった。
無言で布団をどけると、床からベッドに向かって手を伸ばし...
睨みつけてやると、彼女は不満げに唇を尖らせた。
「ずるいんじゃありませんか」
「何がよ」
「ミス・ヴァリエール、一人だけでサイトさんのベッドで眠る...
ここぞとばかりに、ルイズは勝ち誇って笑った。
「あら、当然の構図じゃない。いやよねえ、サイトったら、命...
自分のベッドを提供してるんだもの。でも良かったじゃない...
てもらってるんだし。まあ、わたしはベッドで、あんたは床...
「しつこく繰り返さないでください! とにかく、わたしもそ...
怒りながらシエスタがベッドに上ってこようとしたので、ル...
「ちょっとあんた、誰の許しがあってこのベッドに上がろうと...
ここは貴族専用よ。貧乏臭いメイドは床で寝なさいよね」
「こんなときばっかり貴族風吹かさないでいただけますか。
大体、サイトさんの世界に来たからには、貴族がどうとかま...
「それでもわたしたちはハルケギニアの人間でしょうが」
「あら、わたし、この世界の人の血もいくらか混じってるんで...
「あ、そう。それは良かったわね。でもあんたは床で寝なさい」
「何ですかそれ! さっき悶えてたの見てましたよ。どうせ、...
言って興奮してたんでしょ!?」
「そんなことしないわよ、変態じゃあるまいし!」
すっかりいつもの調子で喚きあいながら、二人はベッドの端...
そのとき、おもむろに彼女らの隣を通り過ぎようとする影が...
「待ちなさい」
と、ルイズが手を伸ばしてつかまえたのは、寝惚け眼のタバ...
「あんた、なにさり気なくわたしのベッドに入り込もうとして...
「勝手に自分のものにしないでくださいよ!」
シエスタの怒鳴り声など当然無視である。
ルイズがタバサの答えを待っていると、彼女はぼんやりした...
「眠いから」
「だったら床で寝なさいよ」
床にはシエスタだけでなく、タバサの布団も敷いてある。そ...
「寝心地が悪い」
「だからなによ」
「わたしもこっちがいい」
呟きながら、自分をつかむ手を器用に解いて、コロンとベッ...
「ちょっと、やめなさいよ! あんたの臭いがついちゃうでし...
「やっぱり臭いのこと気にしてたんじゃないですか!」
タバサを放り出そうとつかみかかりながら、後ろのシエスタ...
それが戦闘開始の合図になり、三人は才人のベッド占有権を...
359 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
そんな三人娘のみっともない騒ぎを、才蔵と天華は部屋の外...
「すげえなこれ」
「だねえ。思った以上に、皆才人に夢中みたいだね」
天華がニヤニヤ笑いながら言う。才蔵の方も、嬉しいながら...
「なんだかなー。俺の方がナイスミドルでいい男だと思うんだ...
「馬鹿なこと言ってないの。オジンに用はないってことだろ」
「ひでえな母ちゃん!」
「いいじゃないの」
天華は微笑みながら、才蔵の腕に自分の腕を絡ませた。
「あんたがいい男だっていうのは、わたしだけが分かってりゃ...
囁きながら、才蔵の肩に頬を寄せてくる。
結婚し、才人が生まれてから十数年は経つが、天華は今でも...
せることがある。
そのたび何か上手いジョークで切り返してやろうと思うのだ...
言えずじまいになるのだ。
今回もその通りになり、才蔵は金魚のように口をぱくぱくさ...
「なに赤くなってんの」
天華がからかうように笑いながら、楽しそうに才蔵の頬を指...
「うるせえな、別に何でもねえよ」
「父ちゃんったら照れちゃってもう。そういうとこ、昔っから...
「だーもう、うるせー! 布団の中で泣かすぞこら」
破れかぶれに下品な冗談で誤魔化そうとすると、天華は艶っ...
の顔を見上げてきた。
「あら、あんたがいいなら、こっちはいつでも準備できてるよ...
何となく気まずくなって、才蔵は目をそらす。
「……い、いや、今日はちょっと……ほら、才人も横で寝てる訳だ...
「……なんで普段は下ネタ連発するくせに、いざ本番となると照...
「うるせー! いいから寝るぞ、ほら!」
「はいはい」
才人の部屋から漏れ聞こえる喧騒を背後に、平賀夫妻は楽し...
終了行:
350 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
飲みすぎたためか緊張から解放されたためか、ハルケギニア...
寝入ってしまっていた。
唯一アニエスだけは正気を保ち、すやすやと眠っているアン...
込んだ。今夜は寝ずの番をするという。
コルベール、マリコルヌ、ギーシュは隣の部屋で雑魚寝、キ...
は空き部屋に布団を敷き、ルイズとシエスタとタバサは才人の...
「やっと終わったか」
ルイズたちを自分の部屋に運び終えた才人は、居間に戻って...
平賀親子は、今夜はこの部屋に布団を敷いて雑魚寝する予定...
才人としては久々に自分の部屋のベッドで寝たいというのが...
年代の女の子と同じ部屋で眠る訳にはいかないのだった。
「でも、びっくりしたよ母ちゃんは」
台所で洗い物をしながら、天華がおかしそうに笑う。
「あんた、女の子たちをひょいひょい運んじゃうんだもんね」
「皆が軽いんだよ」
「いやいや、それでも、前までのあんたならあそこまで軽々と...
ホント、いろいろあったんだねえ」
母のしみじみとした言葉に少々照れくささを覚えながら、才...
「よ、お疲れさん。まあ飲めよ」
向側に座った才蔵が、赤い顔で缶ビールを勧めてくる。幸せ...
「おい酔っ払い。俺は一応まだ高校生だぜ」
「何言ってやがる、異世界じゃ散々飲んだくれてたらしいじゃ...
「うわ、誰から聞いたんだそんなこと」
「あの色男……ギーシュ君だったか? 彼が、異世界でのお前の...
「あの野郎、明日の目覚ましはパワーボムにしてやる」
ブツブツとギーシュへの恨み言を呟きつつも、才人は缶ビー...
才蔵が嬉しそうに自分の缶ビールを持ち上げた。
「よし。じゃ、我が家の馬鹿息子の帰還に乾杯だな!」
「おう。麗しき馬鹿親父殿との再会に乾杯だぜ」
軽く缶を合わせたあと、一口だけ飲む。
ハルケギニアでは基本的にワインばかり飲んでいたから、ビ...
「しっかしまあ、ビックリしたなあ」
「何がだよ」
「父ちゃんたちだよ。まさか、俺がしらないところで、あんな...
「ああ、そのことな」
父は顔の前で両手を合わせた。
「内緒にしてて、ホント、すまんかった! お前には平穏無事...
「いや、別にいいんだけどさ、ただ」
「ただ?」
不安だった。
目の前の父は、以前の無口な(振りだったらしいが)サラリ...
副業が忍者だったことといい、ひょっとしたら中身も自分の...
かと思うと、怖かった。
言葉が続けられなくなってしまったとき、才人の後ろから細...
351 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
「ほら、お飲みよサイト」
目の前に椀を一つ置いた天華が、にっこりと笑う。
椀から立ち上る懐かしい香りが、才人の鼻腔をくすぐった。...
「味噌汁、か」
呟く声も震えている。天華が才蔵の隣に座りながら苦笑した。
「あんた、ずいぶん母ちゃんの味噌汁飲みたがってたそうじゃ...
女の子達が、すぐにでも作って食べさせてあげてって頼んで...
「へえ。やっぱ、外に出りゃ家が恋しくなるんだな」
からかうような才蔵の台詞に、冗談を返す余裕もなかった。
才人は震える手をお椀に伸ばし、一口、口をつける。塩辛い...
目に涙が浮かんでくる。
「おいおい、味噌汁飲んだだけで泣くなよな」
「だってよ、ずっと食ってなかったからさ」
才人は目元を乱暴に拭いながら照れ笑いを浮かべた。もう一...
「やっぱ、母ちゃんの味噌汁はうめえや」
あまり長々と感想を言うと本格的に泣き出してしまいそうだ...
その様子を見た天華と才蔵が、どこか安心したようにほっと...
「どうしたんだ?」
怪訝に思って聞くと、両親は顔を見合わせて決まり悪そうに...
「いや、なんだな」
「なんかね、安心したんだよ」
「安心って、何が?」
「ほら、お前、なんか異世界でいろいろ危ない目に遭ってたっ...
才蔵が頭を掻く。
「なんか、中身の方も殺伐とした感じに変わっちまってるんじ...
「だよね。でも安心したよ。あんたは相変わらず、間の抜けた...
両親が揃って才人を見る。眼差しには深い優しさと労わりが...
「間の抜けた、って、ひでえなあ」
遠慮のない評価に少し笑ったとき、未だかすかに残っていた...
(俺が、父ちゃんや母ちゃんが変わっちまったんじゃねえかっ...
父ちゃんや母ちゃんも、俺が変わっちまったんじゃねえかっ...
だが、現実は優しかった。
自分は殺伐とした性格になどなっていないし、父や母も自分...
眼差しの暖かさは以前と全く変わっていない。
もっとも、以前は両親の眼差しの暖かさなどには全く気付い...
(それに、何より)
才人はまた味噌汁を一口啜った。
352 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
(味噌汁の味、少しも変わってねえもんな。帰ってきたんだな...
しみじみと改めて実感する。
「あ」
と、才人は不意にあることに気がついた。
「やべえ、そういえば」
「なんだ」
「どうしたの」
両親が驚き、身を乗り出してくる。才人は椀を置き、顎に手...
「どうしようかな。やべえよなあ、これ」
「なんだってんだよ」
「なんか、危ないことなのかい?」
才人に合わせて、両親の声と表情もどんどん深刻なものにな...
「いや、あいつらのさ」
「おう」
「なんだい」
一言も聞き漏らすまいとするかのように顔を寄せる両親に、...
「飯の話なんだけど」
一瞬の間の後、
「……は?」
「なんだって?」
両親が聞き返してきた。才人は繰り返す。
「だから、飯の話」
「飯だぁ?」
「どういうことさ」
「いや、俺もホームシックにかかって味噌汁飲みたくなったし...
あいつらも、ハルケギニアにいたときと同じようなもの食い...
どう考えたって、日本食が口に合う訳ねえしなあ……いや、シ...
ブツブツと口に出しながら考える才人の前で、両親は顔を見...
「なんだ、そんなことかよ」
「そんなこと? 深刻な問題だろこれは」
「世の中には、そんなことよりもっと深刻な問題があるんだよ」
天華が言うと、才蔵が「そうそう」と頷いた。
「俺はてっきり、さっきのあの妙な姉ちゃんがまた襲ってくる...
「妙な姉ちゃん? ああ、ミョズニトニルンね」
「ミョズ……なんだって?」
眉をひそめる才蔵に、才人はミョズニトニルンのことを簡単...
「ふーん。マジックアイテムを自由に使う残酷な女、ねえ。や...
「っつっても、こっちの世界にはマジックアイテムなんかねえ...
才人が言うと、才蔵は真面目な顔で首を横に振った。
353 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
「いや、そんなの関係ねえだろ。問題は、その女がこっちに殺...
別に、マジックアイテムなんかなくたって、ナイフ一本あり...
「……それもそうか」
才人は唸った。確かに、早計だったかもしれない。
あの無茶苦茶に強いゴーレムを倒したから、もうミョズニト...
(でも確かに、あんだけズルっこくて、ジョゼフに忠誠誓って...
オマケに俺らに殺意持ってんだ。こっちの世界でも、何かえ...
飯のことなど考えている場合ではなかった、と反省する才人...
「なんだ、その辺全然気にしてなかったのかよお前」
「だってよ、いろいろありすぎたし」
「ま、無理もねえか。しかし、そうだなあ」
才蔵が顔をしかめながら、頭の後ろで腕を組む。
「そういう危険があるってんじゃ、やっぱこの家だといろいろ...
「不便っつーと?」
「庭狭いから、仕掛けられるトラップにも限度があるだろ」
「トラップって」
聞きなれない単語である。
だが、父の正体を知ってしまった今となっては、驚くべきこ...
「それに、俺ら三人だけならともかく、こんだけ人数が増えた...
「そんなもんか?」
ヨルムンガンドを破壊したときの漫画じみた戦い方を思い出...
平気で叩きのめそうな気がする。
そんな才人の期待じみた予想に反して、才蔵は困ったように...
「いくら俺が鍛えてたって、一人でやれることには限界がある...
一人守ってる間にもう一人がやられました、じゃお話になら...
「そうだよ。平賀家は、異世界の皆さんのことを預かる立場に...
責任持って、あの人たちの身の安全を確保しなけりゃならな...
「そうか。そうだな、その通りだ」
両親の言葉に同意はしたものの、才人には分からないことが...
「でもよ、具体的にはどうすんの? この家じゃ、皆を守るの...
「一応、考えはあるさ」
「っていうと」
「親父の力を借りる」
「親父って、源じーちゃんか?」
言いながら、才人は遠くで暮らしている祖父の姿を思い浮か...
常に人懐っこい笑みを浮かべている皺だらけの顔。
年の割に子供っぽい老人で、遊びに行ったときはよく才人の...
354 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
「ひょっとして、源じーちゃんも、実は凄い人だったりすんの...
訊くと、才蔵はにやりと笑って頷いた。
「そうだ。本当は、かなりエキセントリックな爺さんなんだぜ」
「エキセントリック、ねえ。具体的には、どんなの?」
「源じーちゃんの名前を思い出せば、大体分かるだろ」
「やっぱそうか」
才人は半ば呆れ混じりに、感嘆のため息を吐いた。
祖父の名前は、平賀源内なのである。
それだけで、本当はどんな人物なのか多少想像がつくという...
源内は今現在はアメリカのアーカムというところに行ってい...
「なんか、知り合いのなんとかって博士に会ってくるとか言っ...
ま、あの親父がこんな面白いこと放っておくはずねえし、呼...
とにもかくにも、明日源内を呼んで相談してから決めること...
その日の平賀家家族会議はそれでお開きである。
才人は早々に居間に敷かれた布団の中に潜り込み、すぐにグ...
「相変わらず、変に図太い奴だなあ」
呆れる才蔵の隣で、天華が穏やかに目を細める。
「いいじゃない。本当に、無事に帰ってきてくれてよかったよ」
「まあな。しかし、異世界か。俺やお袋の情報網でも探し出せ...
才蔵は憂鬱な気分になった。
「こいつには、平穏無事な人生を送ってもらうつもりだったん...
結局変なことに巻き込まれちまったのは、やっぱり血筋なの...
「そうかもしれないね。これからも、たくさん危険な目に遭う...
天華の眼差しに憂いの色が混じる。才蔵は努めて気楽に笑い...
「こいつなら大丈夫だよ。さすが俺達の息子だ。
何も教えてねえのに、向こうでも案外たくましくやってたみ...
「そうねえ。ルイズさんやシエスタさんも、そんな風に……ああ...
天華が軽く手を打って、どことなく悪戯っぽい笑みを浮かべ...
「ねえあんた。今日来た女の子たちのうち、誰がわたしらの義...
才蔵も茶目っ気たっぷりに応じた。
355 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
「そうだなあ。一番開けっぴろげに好意を示してるのは、やっ...
本職のメイドさんってだけあって家事万能みたいだし、嫁に...
何より乳と尻もでかいし、あれはいい子を産むゲフッ」
「何馬鹿なこと言ってんだい、このセクハラ親父」
肘鉄をモロに脇腹に喰らってむせる才蔵の隣で、天華が頬に...
「ルイズさんも、素直になれてないだけで、なかなかこの子の...
才人の方もどうやら本命はこの子っぽいし。まあ、尻に敷か...
「あのタバサってちびっ子も、終始無表情な割に視線がチラチ...
ありゃ、かなり気にしてるぜ。頭も良さそうだし、何より謙...
「女王様、って呼ばれてた子はどうかねえ」
「あー、あの子か。綺麗だが、なんかこう、苦労してそうな感...
どうかね。才人にあんな子が支えられるかどうか……」
「ティファニアさんも、彫刻かなんかみたいに綺麗な割に、凄...
才人のことどう思う、って聞いたら、『優しくて勇敢な男の...
「ほう。そりゃ脈ありだな。……っつーかあの子、乳スゲェよな」
「このセクハラ親父……と言いたいとこだけど、確かにね。あれ...
本人気にしてるっぽかったから、顔には出さなかったけど」
「才人にあんな乳が支えきれるかどうか……」
「意味分かんないこと言ってんじゃないよ、もう……
色黒な子と、いかにも貴族って感じのクルクル髪の子は、残...
「目が鋭い剣士の姉ちゃんも、年離れてるのもあって、才人と...
ま、それでもこんだけ候補がいりゃ十分だろ」
「そうねえ。このモグラ息子には勿体無いぐらいだわ。あー、...
天華が苦笑いを浮かべた。
「もう一人、いたよねえ」
「あー、いたな。青い髪の、大喰らいの子。あの子よ、本当は...
「竜、ってかい。たまげたねえ、こりゃ」
天華が感心と呆れが混じったため息を吐き出した。
「でも、それで合点がいったよ。いくらなんでもありゃ食べす...
「だよなあ。溜め込んだ小金が食費で吹っ飛びそうな勢いだっ...
「一応女の子ではあるけど、色気より食い気って感じかね、あ...
「まあなあ」
二人はぎこちなく笑いあった。
「あの子は、とりあえず候補から外しといていいかねえ」
「だろ。さすがに、あれはねえだろうよ」
「よし、そうなると、お嫁さん候補は五人ってことだね」
天華が張り切った様子で腕をまくる。
「こりゃ、明日から気合を入れないとねえ」
「なんだ、なんかやるつもりなのかよ」
「そりゃもちろん。このモグラ息子に、こんなチャンスだ。
これを逃したら一生巡ってこないかもしれないんだからね。
あの手この手を使って、さり気なく売り込むつもりよ」
気合の入りまくっている様子の天華に才蔵が苦笑したとき、
不意に上の方から何やらドタバタ騒ぐ音が聞こえてきた。
「何だ」
「何かしら」
二人は揃って首を傾げ、忍び足で二階に上がっていった。
356 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
才人の腕に抱かれて彼の部屋に運んでもらったとき、実はル...
少々酔ってしまって眠気に襲われていたのも事実だったので...
眠ったものと判断されたらしく勝手に運ばれてしまったのであ...
(要するに、いい迷惑なのよ。別に嬉しくなんかないわ。
全くこの馬鹿犬、勝手にご主人様の体に触ってんじゃないわ...
と、内心で文句を言いながら、ルイズはこっそりと薄目を開...
才人はルイズの体を両腕で抱えながら、特に苦もない顔で歩...
そのくせ階段を上るときなどは足元にかなりの注意を払って...
気を配っているのがよく分かった。
そういったところから、彼の力強さと自分への気遣いが十分...
そうになるのを抑えるのに苦労したほどである。
(ま、あんたにしては上出来な態度だから、ご主人様の体に勝...
幸せな葛藤に浸っていたとき、ちょうど才人が階段を上り終...
背後から、才人の母が声をかけてくる。
「あんたの部屋に運ぶんだろ?」
「ああ。タバサはもう運んであるし、ルイズとシエスタも俺の...
ちなみに、シエスタの方は才人の母に抱えられている。
(わたしはサイトに運んでもらって、シエスタはサイトのお母...
つまり、眠り込んだ自分とシエスタを見て、才人は自分の方...
ちょっとした優越感に、とうとう口元が緩むのを抑えられな...
単純に、万一運んでいる途中で目覚められたとき、どちらを...
か、そういう判断基準だったのではないかという気もしたが、...
蝶番が軋む音が聞こえてきて、才人がどこかの部屋の中に入...
するに、おそらく才人自身の部屋なのだろう。彼の部屋を今す...
き上がってきたが、なんとか我慢する。
「で、誰をあんたのベッドに寝かせるの?」
「ルイズだな。こいつを床で寝かせたら、明日何言われるか分...
そんな会話が聞こえてくる。つまり、自分は才人のベッドで...
とになったらしい。ルイズはさらに気をよくした。
(当然と言えば当然だけどね。こいつ、何だかんだ言ってもわ...
得意の絶頂に上って鼻息を荒くしていたとき、ルイズの体が...
「おー、母ちゃん、俺の布団ちゃんと洗ってくれてたんだな」
「そうだよ。いつ、あんたが帰ってきてもいいようにね」
そんな会話が聞こえてくる。
目を瞑ったままなのでよく分からないが、体を包む柔らかい...
布をかけてくれたらしい。
彼の腕の中から離れたことを実感して、少々名残惜しさを感...
「ほら、寝顔見てたいのは分かるけど、早く下降りるよ。起こ...
「分かってるよ」
小声で交わされる会話を聞いて、ルイズはある事実に気がつ...
357 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
(ああ、そっか。今日は、才人と一緒には寝られないんだ)
仕方がないことだ、とは思う。
この世界の倫理観がハルケギニアと同一なのかは知らないが...
で寝ていい、ということはないらしい。
昨日までとは違う一人きりの夜を想像して少し寂しくなって...
そっとくすぐった。
「お休み、ルイズ」
心臓が爆発するかと思った。
声が漏れそうになるのを必死にこらえ、息を止めたまま才人...
閉められた扉の向こうから階段を降りていく二つの足音が聞...
やく呼吸を再開した。
ぜいぜい荒く息をしながら、そっと胸に手をやってみる。
全力で走ったときよりもずっと激しく、そして熱く、薄い胸...
(なにこれ。なにこれ)
顔と言わず腕と言わず、体全体が芯から燃え上がるように熱...
皮膚一枚隔てた向こう側を、熱い血潮が物凄い勢いで駆け巡...
叫びたいほどの興奮と泣きたいほどの恥ずかしさと暴れ出し...
今すぐ素っ裸で走り回りたくなるほどの、圧倒的な幸福感。そ...
内側から弾け飛んでしまいそうだ。
どうやっても収まらぬ高揚感を無理に抑えつけるように、ル...
それでも、やはり爆発的な気分の昂ぶりが抑えきれないので、...
(もう、反則。これ反則。何してくれちゃってんの、あいつっ...
限りない労わりと包み込むような優しさに満ちた、才人の囁...
耳に吐息を感じるほどの距離で囁かれた「おやすみ、ルイズ...
甘美で、暖かかった。
(なんなの一体。いつもはもっと素っ気ないくせに。毎晩あん...
ルイズは目を瞑っていたことを後悔した。声音だけでこれほ...
の才人はどれだけ優しい笑みを浮かべていただろうか。
なんとかそれを再現しようと、再び目を閉じて、必死に彼の...
浮かび上がった才人の顔が、一つ残らずこちらに向かって微笑...
『おやすみ、ルイズ』
体がとろけてしまいそうなほどの幸福感に包まれて、ルイズ...
「えへ。えへへぇ……おやすみぃ、サイトぉ……」
締まりのない声が口から零れるのを、どうやっても止められ...
358 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
そうやって、ルイズはしばらくの間一人幸せを噛み締めなが...
視界の隅に映ったものに気がついて、一瞬で現実に戻ってきた。
それは、ベッドの端をつかんでいる誰かの手だった。
無言で布団をどけると、床からベッドに向かって手を伸ばし...
睨みつけてやると、彼女は不満げに唇を尖らせた。
「ずるいんじゃありませんか」
「何がよ」
「ミス・ヴァリエール、一人だけでサイトさんのベッドで眠る...
ここぞとばかりに、ルイズは勝ち誇って笑った。
「あら、当然の構図じゃない。いやよねえ、サイトったら、命...
自分のベッドを提供してるんだもの。でも良かったじゃない...
てもらってるんだし。まあ、わたしはベッドで、あんたは床...
「しつこく繰り返さないでください! とにかく、わたしもそ...
怒りながらシエスタがベッドに上ってこようとしたので、ル...
「ちょっとあんた、誰の許しがあってこのベッドに上がろうと...
ここは貴族専用よ。貧乏臭いメイドは床で寝なさいよね」
「こんなときばっかり貴族風吹かさないでいただけますか。
大体、サイトさんの世界に来たからには、貴族がどうとかま...
「それでもわたしたちはハルケギニアの人間でしょうが」
「あら、わたし、この世界の人の血もいくらか混じってるんで...
「あ、そう。それは良かったわね。でもあんたは床で寝なさい」
「何ですかそれ! さっき悶えてたの見てましたよ。どうせ、...
言って興奮してたんでしょ!?」
「そんなことしないわよ、変態じゃあるまいし!」
すっかりいつもの調子で喚きあいながら、二人はベッドの端...
そのとき、おもむろに彼女らの隣を通り過ぎようとする影が...
「待ちなさい」
と、ルイズが手を伸ばしてつかまえたのは、寝惚け眼のタバ...
「あんた、なにさり気なくわたしのベッドに入り込もうとして...
「勝手に自分のものにしないでくださいよ!」
シエスタの怒鳴り声など当然無視である。
ルイズがタバサの答えを待っていると、彼女はぼんやりした...
「眠いから」
「だったら床で寝なさいよ」
床にはシエスタだけでなく、タバサの布団も敷いてある。そ...
「寝心地が悪い」
「だからなによ」
「わたしもこっちがいい」
呟きながら、自分をつかむ手を器用に解いて、コロンとベッ...
「ちょっと、やめなさいよ! あんたの臭いがついちゃうでし...
「やっぱり臭いのこと気にしてたんじゃないですか!」
タバサを放り出そうとつかみかかりながら、後ろのシエスタ...
それが戦闘開始の合図になり、三人は才人のベッド占有権を...
359 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投...
そんな三人娘のみっともない騒ぎを、才蔵と天華は部屋の外...
「すげえなこれ」
「だねえ。思った以上に、皆才人に夢中みたいだね」
天華がニヤニヤ笑いながら言う。才蔵の方も、嬉しいながら...
「なんだかなー。俺の方がナイスミドルでいい男だと思うんだ...
「馬鹿なこと言ってないの。オジンに用はないってことだろ」
「ひでえな母ちゃん!」
「いいじゃないの」
天華は微笑みながら、才蔵の腕に自分の腕を絡ませた。
「あんたがいい男だっていうのは、わたしだけが分かってりゃ...
囁きながら、才蔵の肩に頬を寄せてくる。
結婚し、才人が生まれてから十数年は経つが、天華は今でも...
せることがある。
そのたび何か上手いジョークで切り返してやろうと思うのだ...
言えずじまいになるのだ。
今回もその通りになり、才蔵は金魚のように口をぱくぱくさ...
「なに赤くなってんの」
天華がからかうように笑いながら、楽しそうに才蔵の頬を指...
「うるせえな、別に何でもねえよ」
「父ちゃんったら照れちゃってもう。そういうとこ、昔っから...
「だーもう、うるせー! 布団の中で泣かすぞこら」
破れかぶれに下品な冗談で誤魔化そうとすると、天華は艶っ...
の顔を見上げてきた。
「あら、あんたがいいなら、こっちはいつでも準備できてるよ...
何となく気まずくなって、才蔵は目をそらす。
「……い、いや、今日はちょっと……ほら、才人も横で寝てる訳だ...
「……なんで普段は下ネタ連発するくせに、いざ本番となると照...
「うるせー! いいから寝るぞ、ほら!」
「はいはい」
才人の部屋から漏れ聞こえる喧騒を背後に、平賀夫妻は楽し...
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