ゼロの使い魔保管庫
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9 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?...
○注・白い百合〜はシリアスですが、これは極めてアホな話です...
「いや、決してあのときの対応に間違いがあったわけではない...
アニエスの淡々とした声が、木枯らしに流される。
初冬の魔法学院の庭は、それなりに寒かった。
そ、それならこの拷問は何だ、と才人は心中でつぶやく。隣...
上半身裸で、庭のネムの木の下に正座。
ときおり横のルイズが桶にくんだ水を、二人に柄杓でぶっか...
哀れむように木枯らしがヒュルルルと鳴った。
「うん、責めてはいない。傭兵どもの言うがままの金額で即座...
あの場面で味方を得るためなら、額の多寡など問題ではなか...
……しかし連日、王宮で、財務省の役人を筆頭とする官吏たち...
『天文学的な財政負担だ、増税も視野に入れなければならん...
ああ貴様らはいいよな常日頃は魔法学院にいて!」
怒気を放出し、しゃがんで二人の胸ぐらをがくがくとゆすぶ...
よほど腹にすえかねていたらしい。
「貴様ら水精霊騎士隊筆頭のバカ二人が、独断で交わしてきた...
共同任務についていただけの銃士隊にまで累をおよぼしてく...
だ、だって姫さまが払ってくれちゃったんだもの、と才人は...
アンリエッタは『わたくしの護衛任務をはたすためにかかっ...
それ自体はとてもありがたい。なにしろギーシュの実家グラ...
「おっと、ラ・ヴァリエール殿、気をつけてくれ。いま水をか...
アニエスに注意されたのは、無言で柄杓に水をくんでいるル...
前回才人が、ルイズが眠っている間にその小さな手のひらを...
その後、手についた血をふき取りもせず、村人にまかせっぱ...
「で、結果、貴様らの金銭的負担は一切無しというわけだが……...
「そ、それは覚えなくもないかなーと、ゴポ」
10 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
横からルイズの差しだす柄杓が才人の頭の上でかたむき、冷...
生粋の貴族のくせに、おイタのすぎた使い魔を痛めつけるた...
ギーシュを見ると髪から水をしたたらせ鳥肌を立てて、顔色...
よし話は簡単だ、と不気味にアニエスが微笑んだ。
「いいか、銃士隊はいま総出で先の事件のことを調べてるんだ...
とりあえず金でも稼いでこい、稼いで国庫に少しなりと補填...
銃士隊は必死に働いているのに、毎日のように嫌味も引き受...
この拷問は間違いなくアニエスさんの鬱憤晴らしだよな、と...
「がんばりましゅ……」
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
それから数日ほど後の話である。
トリステイン王宮の執務室。
「平民軍の創設は必要なことです、それも早急に」
渋い顔のマザリーニと向かい合って、アンリエッタははっき...
根は意外にかたくなな性分の女王陛下は、揺るぎない決意を...
黒衣の枢機卿は、どう説得したものか悩むように、手にした...
「あのですな、陛下。私だって先の襲撃のことは忘れておりま...
いかにも、メイジの指揮官がいなくとも戦える、平民によっ...
ですがそれは当面、銃士隊を増強することで間に合うと思い...
「ですから、それをこの機に変えたいのです。先の事件では、...
時代は変遷し、いずれは平民がより多くの力を持つようにな...
「何をずれたことを。急な軍の改革は、貴族たちの大反発をよ...
いらだたしげにマザリーニは持った書類を振った。
「だいたい、なにか忘れておりませんか? 世の中、金が必要...
平民からなる軍を創設し、読み書きもできぬ連中に火器の扱...
ただでさえ豊かとはいいがたい王家の財政を逼迫させる気で...
代わりにメイジ兵を解雇するとか言いだしたら、その前に私...
……ましてや先日の、水精霊騎士隊の小僧どもの打った『名策...
11 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
それを言われると弱い。アンリエッタはため息をついた。
「……この話は、もう少し話し合う必要がありそうですね」
「時期を見てであれば反対ではないのですよ。ただ、今すぐは...
陛下、そういえばそろそろ来客予定があるのでは? 私はこ...
「あ、ええ、そうですね。ご苦労でした、さがってかまいませ...
陰気に黒衣の裾をひきずり、マザリーニが部屋を出ていく。
アンリエッタはドアが閉まるのを見やると、ふうと息をつい...
施政というものはまったく厄介なものだった。何をやっても...
(でもやはり、王家直属の平民軍は必要だわ。
軍が貴族の牛耳る場であるからこそ、そこでさえ平民の地位...
財源を確保して、できれば早急に取りかかりたい。
とはいえ今のところ、新たな財源など増税以外にない。内務...
うれいを含んでまぶたを伏せる。
別のことを考えようとして、来客に思いをはせた。
紫のマントをひらめかせて椅子から立ち上がり、卓から離れ...
そわそわと落ちつかなげな様子になった女王陛下は、初冬の...
(なんの用があるのかしら、ルイズ……)
先ほど、急な来訪を通告する便りが来たばかりである。
ルイズもあわただしいこと、と多忙なアンリエッタは思いつ...
ただ……今は、すこし顔を合わせづらいのも確かだった。
『再戦ですわね?』というルイズの声がどこからか聞こえた...
サイト殿も来るのかしら、とアンリエッタはぼんやり考え、...
彼女は前回の襲撃事件の最後で、色々とやらかしてしまった...
(サイト殿にあんなことをして、ルイズに『だと、思います』な...
正直、唇を重ねたことは、自分でも分別を失った行動だった...
その前から、弱っていたときに慰められたことで意識してい...
アンリエッタには衝動に弱い一面があるのだった。
12 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
しかも、それを見ていたルイズに「本心を言ってください」...
動揺のきわみに達して、親友の恋人に対する再度の告白のよ...
本心というか、自分でもこれが恋といえるほどはっきりした...
が、少なくとも嘘は言っていない。昔のように意識している...
(でもあれで、ルイズに敵視されることになったのかしら)
だいたい再戦といっても、自分はどのようなことをすればよ...
アンリエッタはあれ以来、才人の顔を見てさえいない。ずっ...
(それに昔からあの子と喧嘩して、わたくし勝ったためしがあま...
……ああ、でも懐かしき『アミアンの包囲戦』はじめ、いくつ...
たしかアミアン戦のときの一撃はこのように、と回想しなが...
そこで「姫さま、失礼いたしますっ」とルイズが血相を変え...
女王陛下は赤くなってすごすごと卓にもどり、「ル、ルイズ...
「も、申し訳ありません姫さま、ですが、ああ、サイトが! ...
「……なにがあったのか、まず落ち着いて話してくれないかしら」
「あの馬鹿、ギーシュと二人だけで竜退治に行ったんです!
土地の領主から賞金まで出ているやつを!」
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
トリステイン国内、王都や魔法学院から離れた土地。人の近...
賞金のかかった悪竜のねじろ。
「サイト。やっぱりやめたほうがよくないか?」
ギーシュが空中をコンコンと叩きながら、無表情で提案した...
おなじく、目に見えない透明な壁をノックして、岩山から出...
「今さらおせえだろ、これ」
「しかしだな! こんな魔法見たことないぞ! いや、エルフ...
それにふもとでさんざん聞いただろ、その竜の怖ろしさは!」
13 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「なにも聞いてねえよ。おどかされただけじゃねえか、具体的...
「今見てるじゃあないかねッ! このまま、この山から出られ...
ギーシュの金切り声に、才人は荒れ果てた山道の横を指さし...
そこには立て札が立っており、汚い字で『りゅうのやまへよ...
「……払えばここから出られるってことじゃないか? 悪質なボ...
「じょ、冗談じゃない! お金を稼がなきゃならんのに、失っ...
「だから、竜を退治すれば払う必要もないだろ。
この『入るときは通れるけど出るときは通れない壁』にした...
…………………………
………………
……
…………アニエスに「稼ぎます」と明言してしまった二人は、こ...
まず才人が、地道にアルバイトでもすることを提案したのだ...
まあお蚕ぐるみの貴族に期待するのが間違いかと才人はあき...
あの莫大な金額に比べれば、ノミのフケより微々たる量にし...
そこで目をつけたのが、トリステインのとある岩山に巣くう...
過去に討伐におもむいた勇士らを、ことごとく返り討ちにし...
ついでに言うと、竜は宝物をためるという。それも奪って合...
そんな一攫千金の思考回路で、二人は馬に乗ってはるばる竜...
が。
竜の住むという山のふもとあたりに着き、地元で一軒きりの...
話しかけた相席の相手は、いかにも渡世に慣れた荒くれ者と...
「知らん、何も知らん!」
そう言い張るむくつけき男に、横から酔っ払った別の客が口...
「知らんってこたないだろうよ、あんた何年か前にここで、お...
挑戦したんだろ、あの後?」
14 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
その瞬間、才人とギーシュの前で、その酔っ払いは殴り倒さ...
あぜんとする才人たちの前で、居酒屋の主はのびた酔っ払い...
そんな居酒屋の主を見つつ、相席した男がはっとしたように...
「まさか、あんたも?」
「……若いころにな……腕自慢だった馬鹿な青二才のとき、仲間と...
以来、後悔しなかった日はない」
過去への苦々しい痛みをこめて顔をゆがめ、居酒屋の主は男...
男が同様の表情でそっと目をそらし、「そうか……」と何か精...
それから、才人とギーシュに向き直って、男は苦痛に満ちた...
「たしかに俺は岩山の邪竜に挑んで、敗れたことがある。
しかし、そのときのことは話せん。お前たちが竜に挑んで戻...
こればかりは、口で言えるたぐいのものではないのだ。自分...
…………………………
………………
……
それが昨日のこと。
てん末を回想しながら、二人はとりあえず岩山をのぼってい...
何がなんだかわからないが、とにかく山頂まで行って見てみ...
しかしこの荒れ果てた山は道らしい道も整備されておらず、...
才人はぼやいた。
「かー……つ、つかれる……おいギーシュ、もう少しで山頂だ。歩...
問いかけにはぜーはーと荒い呼吸が返ってくる。ギーシュは...
しかし急勾配の斜面は、少々歩くだけで軟弱なギーシュから...
まあ雪がないだけましだよな、と才人は前向きに考える。
ついに山頂についたとき、ギーシュがどしゃと崩れ落ちた。
それよりはましとはいえ、才人もその横に倒れこみたくなる...
地面からギーシュがうめく。
「み、水……おい、水をくれんかね……」
「あるぞ、水。あそこにたっぷりと」
15 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
才人の声に、ん? とギーシュが身を起こした。
かれらの目の前には、美しい泉があった。
岩の鉛色の中にぽつんと浮かぶ、空の色を映して澄みわたっ...
顔を見合わせてから、二人は歓声をあげて山頂の泉にかけよ...
初冬の寒風の中、手を切るように冷たい水を、数度にわたっ...
「いやあ、汗を流したあとの水はうまいぜ。山頂に湧き水とは...
「ああ、ふもとの水とは味も違う気がする。鉱泉か何かだろう...
少し塩気があるかもしれん、あるいは岩塩が溶けこんだか」
土系統メイジで錬金も扱えるギーシュは、こうしたことにち...
うなずきながら、才人は山頂をあらためて観察した。
こんこんと湧く目の前の泉は、あふれた水が横手の断崖から...
泉の向こう側に大岩がつらなり、縦横が数十メイルにおよぶ...
「……お、見ろよギーシュ、あんなところに洞窟っぽい隙間があ...
「おや。言われてみれば、ただの岩の隙間とは見えないな。で...
って、なにか出てきたんだがね!?」
峨々たる岩壁に黒い口をあけた洞窟から、悠然とした足取り...
硬そうなごつごつした黒い体。ただ、歩くたびになんだかそ...
ぼってりした太く短い四肢、そしてワニのような尻尾。
妙に巨大な真っ黒い目が、イグアナを思わせる顔についてい...
二本足で歩く、等身大のゴジラの着ぐるみのようなものが出...
滝とは反対側の泉の縁を通ってやってくると、手にかかえて...
《十エキュはそれぞれこの箱の中に入れてくれ》
「「…………………………………………」」
二人ともに、痛い沈黙。
《早くしてくれ、外は寒い。ストーブの前に戻りたいんだ》
「……なにこの妙に固太りした直立歩行トカゲ、異様に雄弁なア...
なあギーシュ、これってどうすればいいんだ?」
「……ぼくに訊かないでくれるかね? そもそもこれは竜なのか?
竜にしてはちっこいんだが。背の高い人間程度のサイズだし」
《疑うとは失敬だな。我々竜族には、さまざまな種類がいるの...
16 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「いや、それにしてもこんなのはふつう存在しないと思うのだ...
で、この竜? を倒せばいいわけだが、なんか人間並みの知...
なあちょっと訊くが、きみが賞金首の竜かね? 過去に何度...
《うむ、私のことだ。残念ながら人間から挑まれることは多い。
私は争いなど好まないのだが、彼らはしょっちゅう杖や剣を...
「いや、賞金がついてるってことは、なにか悪事をはたらいた...
《下界でなにかした覚えはないのだがね。しいていうならここ...
税を払えと言ってくるのを拒んでいるうちに悪い評判が広ま...
人の貪欲さを心底嘆くようにため息さえ混ぜ、しみじみ語る...
「……ちょっと二人で相談してていいか?」
《かまわんよ。客人の前で失礼だが、私はそのあいだ我が家の...
怪竜が箱を地面に置き、のたのたと離れていく。
気勢をそがれつつある少年二人は、顔をよせあって相談をは...
「なんか変な展開になってきたが……サイト、こいつ悪い竜って...
「うーん、しかし金がな……だいたい一人十エキュ払えという要...
あれ、あの竜なにして?」
二人が今後の方策をさぐっている間に、怪竜は泉のふちに立...
なんとなく議論を止めてその後姿を観察する彼らに、怪竜は...
泉の中に。
17 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
フンフフフンフンフーと鼻歌でリズムを刻みながら立小便す...
ギーシュが地面にはいつくばったまま絶叫した。
「キサマそんな美しい泉になんてことをしてるんだアァァッ!...
怪竜は放物線をかいて小便を泉に注ぎいれながら、背をむけ...
目で語る。
《この上もなく美しいものをあえて貶める……そこには大いなる...
剣と杖をひきぬいて、才人とギーシュが地面から立ち上がっ...
二人とも目に、ガチの殺意を宿している。
「サイト、いままさに邪悪を見た」
「ああ、この外道は断固としてこの世から誅滅されるべきだぜ」
あの山道を上りきった旅人なら真っ先に口をつけずにいられ...
その事実に目を血走らせてじりじり背後にせまる二人に、怪...
《なにやら君たち、興奮しているようだが……手に尿がひっかか...
私は清潔を心がける竜なのだよ。ちなみに飲み水用の泉は洞...
「ほう……貴様は自分の小便じゃなくて血で汚れることになりそ...
《まあ、慌てるな。
つまり君たちも勝負を申しこみたいというわけかね? やむ...
「この期におよんで、誰が払うか!」
18 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
…………………………
………………
……
洞窟の中は広かった。いかな業によってか、洞窟内を構成す...
ところどころにごてごてと毛氈やタペストリーなどの装飾品...
冷たい石の卓と椅子。腰かけて、怪竜は太い手を組んだ。
《ではルールを説明させてもらう。
勝負方法はどんなものでもかまわない。君たちには何度でも...
君たちが降伏をみとめたときに、私の勝ちとさせていただき...
岩をくりぬいて作られた炉は赤々と燃え、暗がりを照らして...
明かりで見える周囲にはチェスを初めとするボードゲームの...
《ただし、同じ勝負方法は二度は出さないように。それと、出...
実はさっきまであちらの岩室で、君たち以外の挑戦者二名を...
「な、なんか調子が狂う……
おい、俺たちが勝てば本当に、この地から去るんだな? 岩...
《無論、シールドは無条件で解除する。土地権利書を渡し、宝...
で、勝負は何にするのかね?》
ふむ、とギーシュが周囲を見渡してうなずいた。
「サイト、まずぼくが行かせてもらおうか。チェスやカードゲ...
「……頑張れよ」
…………………………
………………
……
一時間後。
《私は敗北を知りたいのだが、だれもそれを教えてくれない》
怪竜がそんなふうに語る遠い目をして、炉に薪をくべている。
チェス初めとするあらゆる知的ゲームで、人外に惨敗を喫し...
倒れたクズカゴから床に散乱した生ゴミを見る目で、才人が...
19 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「なあギーシュ……最初からなんだかオチは読めてたけどさ、こ...
しかも『騎士と女王と僧兵抜きのチェスならもはや別のゲー...
「ち、違う! あいつが強すぎるんだッ!」
《うむ、種としての優越はいかんともしがたいな。私の優秀さ...
「くっ、淡々と語られる分だけ非常にムカつくね! 着ぐるみ...
「まあギーシュ、言われても仕方ないだろ。ここは俺にまかせ...
才人はさっくり水精霊騎士隊長を切り捨てると、ギーシュに...
「たずねておくが、勝負事ならなんでもいいんだな? たとえ...
《うむ、事前にゲームのやり方を手抜かりなく教えておいてく...
結構だぜ、と才人はにんまりした。
彼なりに考えたのである。竜族は長命だというし、どうやら...
だが今までやったことのないゲームであれば、勝手が違うは...
「将棋、ってやつを教えてやるよ」
…………………………
………………
……
さらに二時間後。
《ふむ、どれもなかなか完成度の高いボードゲームだったな。...
メモメモ、と紙に羽ペンで詳細をしたためている怪竜。
床に轟沈しているのは才人。
卓の上に、紙や小石で作ったありあわせの即席ゲーム盤と駒...
将棋、囲碁、オセロ、四目並べ、五目並べの全てで敗北を喫...
なにが切ないって、器具の用意とルール説明時間のほうが、...
生ゴミにわいたウジを見る視線で、ギーシュが床の才人を見...
20 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「なあサイト……自分が教えたばかりの、相手は初めてするゲー...
「ま、待った、あいつが尋常じゃねえんだよ!」
二人の低脳の言い争いを見ながら、怪竜が簡単すぎるとばか...
《これで終わりかね? こっちはそろそろ午後もまわったし、...
あっちの部屋にいる挑戦者の様子も見ておきたいしな》
「がーッ! やめだやめ! こんな小細工、ぼくの性に合わん!
小便入り水飲まされておいて、貴族が杖で決着をつけずにい...
ギーシュが開き直った。
俺たちカッコ悪いよなと思いつつも、才人にとってもそっち...
土台が頭脳労働者じゃない。
「そうだな。ここは実力行使させてもらうぜ」
デルフリンガーをあらためて抜き放った才人を見て、やれや...
《けっきょく暴力沙汰かね……これも下等種族の野蛮な気質ゆえ...
しょうがあるまい、では戦いの場を用意しよう》
その言葉と同時に、卓の横の見るからにうさんくさいボタン...
と、洞窟の中央の床がぱかっと割れ、ぐぃんぐぃんと四方を...
怪竜はのそのそとそこに上がると、四隅の柱のひとつにくく...
《まずどちらがやるのかね?》
「…………いろいろ言いたいんだが……」
《気にするな。先住魔法の応用だ》
「嘘つけや! ち、違う、もう気にしたら負けだな……
じゃ言わせてもらうけど、俺たちは自分の武器を使うつもり...
《当然だろう。これは私専用の武器だ。いい具合に手加減がき...
21 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
ここまでナメられては黙っていられない。
才人は「じゃ、俺からいくぜ」と言い置き、リングに上がっ...
どっからでも来い、とばかりに構えた。左手のルーンが光る。
…………………………
………………
……
「あ……ありえない……ありえない……なにがありえねえって、肝臓...
「サイト、サイト!? おいしっかりしろ、うわぁ目が死んでる...
《揺らさないほうがいい。若人よ、これを糧として成長するの...
竜族は幻獣のなかでも最強の種だと、これからはちゃんと認...
ぼろぼろになってリング外にずり落ちた才人に、リング上の...
ギーシュがそこに化物を見る目を向け、今さらなことを絶叫...
「おまえみたいな竜がいるかぁぁぁッ!」
ブレスも魔法もなし、怒涛の拳ラッシュ。
ただガンダールヴより動きが速かった。才人の剣をひょいひ...
人体の急所、戦いの駆け引きを知悉した戦い方であった。い...
ギーシュの叫びを意に介さず、怪竜は肩をすくめた。
《で、次は君がやるのかね? 素直に敗北を認めたらどうかと...
「く! ……く、こ、この、貴族のぼくが、戦わずに引けるもの...
ああ上等、やってやろうじゃないかね! ただしそのリング...
ギーシュは額に汗をにじませて要求した。
「外で勝負させてもらおう!」
《うむ、それでも構わん》
あっさりと受諾し、怪竜はギーシュのあとについて洞窟の外...
さらにその後を、這いずって才人が追った。
寒風吹きすさぶ青空の下に出る。
泉の縁を歩いてひらけたほうの岸に行くと、ギーシュは杖を...
22 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「来たまえ!」
《うむ。では私もブレスを使わせてもらおう。un》
がしゃこん、と謎の音がして、怪竜が空に両手をさしあげて...
《deux》
深呼吸のように腕を広げ、くるくると回転しだす。不気味す...
「あ、ちょっとセーラー○ーンの変身シーンに似てる……」と、...
この少年、子供のころ普通にセーラーアニメを見ていた口で...
《trois》
ワニのような尻尾をピンと上げ、急加速でコマのように回転...
幼い子供が見たら泣き出すこと必至の、恐怖をともなうシュ...
と、怪竜の動きがピタッと止まった。口を大きく開けて、ギ...
ジェノサイドエクストリィィィム
《聖 母 殺 人 伝 説!》
膨大なエネルギーが、その口から奔騰する怒涛となって解き...
白い橋のような光線が空に架けられ、遠い彼方へその光芒は...
山頂の地面をえぐるように飛んだ巨大なブレスに、一瞬にし...
「降伏しよう」
「お……おい、ギーシュ……」
「なあサイト」
ギーシュは洞窟の入り口で倒れている才人のほうを見て、気...
「ここはその、なんだ、捲土重来を期すしかないだろう。
今回はちょっと情勢が悪いようだし……」
才人もうめいたきり、言葉が出てこない。
彼とて、力ずくでは勝てそうにないと今では理解しているの...
こうなっては一刻もはやくこの疫病神から離れて、別の金策...
23 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
《降参かね。ふむ、賢明な道だ。
では、さっそくだが代償をいただくとするか》
「あー、はいはい……つっても手持ちは七十エキュもねえからな」
《いや、金ではない》
怪竜は妙に力強くそう言うと、泉の岸辺の大岩に腰を下ろす。
首元でなにやらごそごそやると、チーッと黒い体の前に付い...
《というわけで、や ら な い か》
「「……はい?」」
《代償は私との同衾なのだが。こう見えても健康な成体らしい...
これまでここに来て争った男たちとは、例外なく最後で一夜...
「え? なに? なにを言っているんだ? あんたメスだった...
《いや、私はゲイだ》
「ぎぎぎぃやあああああああアアアアアァァアァッ!!! ア...
訊くんじゃなかった! メスだったらいいってわけじゃない...
これか、これがふもとで語ってもらえなかった理由か! そ...
「なあサイト、不思議だな。あいつの開いた自分の皮の向こう...
というかもうあれ絶対竜じゃないと思わんかね。もっとおぞ...
「ギーシュ現実に帰ってこい、全部同意するがそこらへんはも...
今すぐ降伏宣言を取り消すんだ!」
《言っておくが、プレイでは私が入れる側だぞ》
「聞きたくねえッ!!! ギーーシューー!」
阿鼻叫喚。
どうにかアッチ側から戻ってきたギーシュが降伏を取り消す...
勝負はもう手詰まりの気はするが、こんなところで貞操を散...
要するに悪あがきである。
24 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
《ふむ、あきらめの悪いことだ。まあよかろう、楽しみを先に...
余裕をもって、怪竜はそれを受け入れた。
チャックは閉めている、というか何故かもうその形は見えず...
血相が完全に変わっている才人が、大岩に腰かけた怪竜に尋...
「なあ、いまのは『一対一』であって、『チーム戦』じゃない...
実は俺たちそっちのが本領なんだよ。もう一回実戦で、今度...
ガンダールヴは本来、詠唱中のメイジを守る存在なので、チ...
チェスのときのギーシュ並のこじつけだったが、平然と怪竜...
《まったく、わがままな子供たちだ。しかし鷹揚は美徳という...
しかし、わかっているだろうね? タダということはありえ...
3 P だ》
才人とギーシュは血をケプッと吐いた。
とにもかくにも、勝負は明日以降に持ち越して続行。
…………………………
………………
……
《対戦している相手にも、ひとり一食二十エキュで手作りの料...
君たちも食べたければ言いたまえ。金があるうちは受け付け...
「やっぱりボッタくるんだな……遠慮する」
夕食タイム。
日が沈む直前あたり、才人たちを訪ねてきたという客人があ...
王家の紋をつけた騎士だという。
持ってきたビスケットをわびしくかじっていた二人は、竜に...
徒歩でえっちらおっちら登ってきたらしいその騎士は、疲労...
真実を教えないほうが親切だよなと思いつつ、そのメイジの...
「女王陛下じきじきの命でござる。
ラ・ヴァリエール家の令嬢の訴えにより、陛下がそれがしを...
それがし、お二人の様子を見て報告せよと言いつかっており...
また、なにかあれば手助けするようにと」
25 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
そこまで語りその騎士は、声をひそめて杖をにぎった。
「助太刀の必要はありそうですな。それがし風竜に乗ってここ...
いかな邪悪な存在が、この洞窟に……」
ああ、あの野郎はじゅうぶんに邪悪だよと思いつつ、才人は...
「ありがたいんだけどさ……あんた、どんなことでもすべて陛下...
「無論です。お疑いとは心外な!
たとえおぞましい恐怖の記憶でも、自らの恥辱に満ちた話で...
……恥辱の場合は報告が終われば自害するかもしれませぬが」
うわ、目がマジだ。
この任務熱心にして忠誠の塊っぽい騎士なら、ほんとに全部...
才人とギーシュはすばやく目を見交わし、「ちょっと待って...
「どうするサイト? 手を貸してもらうかね?」
「しかしだな……それでも負けたときのことを考えてもみろ。考...
あの騎士さん、王宮に戻って律儀に報告しそうな気がする」
ルイズやアンリエッタに知られる。下手するとそれ以外の連...
二人の額に、つっといやな汗が流れた。
「……お前、モンモンや水精霊騎士隊員、ひいては学院中にこと...
「……五回は死ねるな」
けっきょく、報告の手紙を持たせて帰すことになった。
岩室の隅で食後のハーブティーを飲んでいた怪竜に、インク...
その折に、怪竜が《そうそう》と視線を投げてきた。
《援軍とかが来たら、さすがに私も手に余る。
その場合は、シールドの効力を外側に向けても作用するよう...
尋常じゃない脅し方をされた。当たり前だが人生初体験の脅...
《できれば敗北を受け入れてもらい、合意のもとで話をすすめ...
力ずくというのも乙なものだ……たまになら》
26 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「え、援軍は呼ばんから安心したまえ……」
それも検討していただけに、二人そろってガマのごとくあぶ...
卓について手紙をしたためる段になって、文面になやむ。
「どう報告したもんかね」
「事実を書くしかねえだろ。ただし詳しいところは徹底的にぼ...
……万が一の事態になったとしても、口をつぐんで下山して『...
援軍はくれぐれも無用と念のために付け加えとけよ」
しかし何という窮状だ、と二人は重苦しくため息をついた。
と、岩で隔てられた洞窟の奥のほうから、咆哮のごとき大音...
「おなかすいたのねーーー! なにか食べさせろなのね!」
ん? と二人はそちらを見た。
怪竜が太い指で器用に持ち上げていた陶器のカップを卓に置...
《君たち以外の挑戦者だ。チェスで相手していた》
声は近づいてくる。
「干した果物も乾パンもチーズも全部食べちゃったのね! は...
「勝たないかぎり、帰れない」
「じゃあ勝つのね! いつまでチェスやってるつもり!? 一手...
そこで岩の仕切りの陰から、会話している者たちが姿をあら...
あ、と双方が息をのむ。
才人が瞠目して名を呼んだ。
「タバサとシルフィードじゃねえか」
「きゅ、きゅい。なんでサイトとギーシュさまがいるのね?」
シルフィードは人型。あっけらかんと全裸である。そんな場...
青髪コンビのうち、背の低いほうが動いた。
持参したらしい木をくりぬいて作ったコップで、洞窟の片隅...
27 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
《水はタダだ。君たちも遠慮なく飲みたまえ》
怪竜のアイコンタクトを無視して、才人はタバサのそばに駆...
「おいタバサ! おまえなんでここに」
横顔で沈黙。
ただし無視ではなく、答えたものかどうか迷うたぐいの。
けっきょく、無表情にほんのわずかに苦々しげな色を混ぜて...
「希少本の代金の分割払いと、使い魔の食費が……」
「…………おまえも大変なんだな」
「あと、叡智ある古代竜の一種を見てみる気になった。のだけ...
そこについては、もはや互いに語る気になれないのは同じら...
才人は頭をふり、別の質問をする。
「勝てそうか? チェス」
「非常に厳しい」
才人の口から絶望の吐息がもれる。
知り合いの中で随一の頭脳派であるタバサをしても、あの怪...
しかし、あきらめるわけにはいかなかった。才人は提案する。
「なあ……俺たち共闘したら、勝てるかもと思わない?」
眼鏡のフレームを炉の火に輝かせて、タバサはうなずいた。
「ひとつ思いついたことがある」
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数刻後、王都トリスタニア。
王宮の執務室。明け方ちかく。
燭台の火の下で椅子に腰かけて、女王陛下は真剣な顔でギー...
ルイズが今にも泣きそうな顔で、必死に口をひきむすび椅子...
二人とも寝ずに報告を待っていたのだった。
28 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
【身どもの安否を気にかけていただき、まこと恐悦のきわみ。
目下、竜との死闘を繰り広げており、ふたりとも洞窟からお...
しかしながら援軍はくれぐれも無用。
これは身どもの不始末をぬぐうことに端を発しており、また...
かならず両名とも生きて帰りますゆえ、陛下およびラ・ヴァ...
アンリエッタはそこまで読み終え、額に片手をあてて手紙か...
「おお……」
悲痛な嘆声がもれる。
その前で、ルイズがとうとう顔をおおって嗚咽をもらす。使...
「サイト……きっとわたしが怒りすぎたからこんなことに……」
悲嘆にくれる少女たちを痛ましげに見ながら、夜っぴて風竜...
「彼らはまさに勇士です。それがしの手助けも断りました。
手紙をわたされたおり、十エキュ払わねば下山できないと聞...
『自分たちは意地をかけて戦わざるを得ないが、あんたには...
ここは我慢して十エキュ払い、すみやかに山を下りてくれ。...
わっとルイズが泣き出し、ついにひざまずいてアンリエッタ...
その桃色がかったブロンドの髪に手を置きながら、女王は青...
「ありがとうございます。任務ご苦労でした」
騎士が退出したあと、こらえかねたようにルイズが痛々しく...
「サイト、ああ、サイト……姫さま、わたしどうすればいいのか…...
わたしの虚無があったらきっと何とかなったのに、いまさら...
火影ゆらめく室内、アンリエッタは椅子から降りてルイズの...
「あなたのせいじゃないわルイズ。彼らを信じ、無事を祈りま...
今となってはそれしかできないのですから」
「姫さま……」
29 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
夜明け前の寒々とした空気の中、二人は冷気と心痛を払おう...
この二人が手紙をあらためて読み直し、最後のほうに慌てた...
【ただ一つのみ乞う、料理人数名を至急派遣されたし】
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日が一巡し、山頂はまたしも夕方。洞窟の中。
獣脂を使っているらしきランプが、いやな臭いを発して燃え...
タバサにあてられた岩室の中で、チェスの決着が間近だった。
怪竜と向き合い、石の卓上のボードを見つめるタバサ。その...
汗が額ににじんでいた。
タバサがときには数時間かけて一手を考えるのに対し、怪竜...
一手打たれては、考える。一手打っては――考える間もなく、...
思索の激突を横から見守る三名は、それぞれに追い詰められ...
才人とギーシュは手に汗をにぎって、タバサの勝ちを祈って...
シャッフル、ポーカー、ルーレットに始まり、縄跳び、鬼ご...
傍からみると遊んでいるだけだが、本人たちはある意味命を...
もはやタバサの策にすがるのみ、と二人は思いさだめていた。
いっぽう、シルフィードも別の意味で追いつめられていた。...
またタバサが打ち、即座に打ち返されて考えこむ。局面はま...
と、タバサがなにかを思い切ったように顔をあげて、ぴしっ...
それが決着になった。怪竜が自分の駒をつまみあげて置く。
《チェックメイト》
「ああ……」
頭をかかえる才人たち。たった今タバサの敗北が決定したの...
《うむ、なかなか筋がよかったと言っておこう》
シーハーと楊枝で歯についた夕食の食べカスをせせり、実に...
タバサは無言で横の本を取りあげ、読み始めている。
暗澹たる気分だったが、ふと気になったのかギーシュが怪竜...
「きみ男色趣味じゃなかったかね? 彼女は女性だぞ、代償な...
《基本はそうだが、選り好みはしない。
というよりここに住み着いて以来、いままで挑戦者に女はい...
30 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
いろいろ最悪なアイコンタクトが帰ってきた。
ちらりと見ていたのか、広げた本の上部からのぞいているタ...
《それに彼女の体は起伏が無いので少年に見えなくもないから...
韻竜のほうは、あそこまで起伏があるとどうしようもないの...
何がイヤって、悪意ではなく本気でそう思っているらしいこ...
才人はタバサをじっと観察した。本の上から見えている青い...
ただ、岩室の夜気がいっそう冷えこんだような気がする。や...
と、どのような超感覚か、怪竜が何かに気づいた目をした。
《うむ? また誰かふもとのシールドに近づいたな。これはし...
才人とギーシュに顔を向けてくる。二人はあわてて手をふっ...
「援軍なんて頼んでないぞ!」
「そ、そう、あの騎士さんが連れてるのはたぶん料理人だ!」
《料理人?》
怪竜が疑わしげに首をかしげる。
タバサが本をかたわらにおき、霜がおりそうな声音で言った。
「あなたに次の勝負を申しこむ。明日の昼。
こちらはこの四人が一チームで」
《ほう。別にかまわんぞ。して種目は? 実力行使かね?》
自然な余裕をたたえている怪竜に、タバサは冷然とした瞳を...
「大食い勝負」
…………………………
………………
……
さらに翌日の正午。
初冬の空は今日も晴れ、わずかに群雲が出ている。
物言わぬ岩だけのさびしい山頂は、今までにはなかったであ...
タバサの提案をのんだ怪竜が、昨夜のうちにふもとに連絡を...
31 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
けっきょくふもとで泊まった料理人たちが、大量の食材を人...
勝負に必要な人員、ということで彼らの分の入山料はさすが...
どうやってか知らないが、怪竜の意思によってシールドとや...
朝から組まれたいくつもの石の炉には大鍋や網がかけられ、...
「はやくそれをシルフィに食わせるのねぇぇぇッ!!! もう...
「シルフィ! おいこらコックさんに襲いかかるんじゃない!...
一昨日を最後になにも食べていないシルフィードが、血に飢...
つかみかかろうとするかのように指を鉤にまげて即席の調理...
そんな騒ぎをよそにギーシュがうんうんとうなずいた。
「双方一枚ずつ同数の皿を空けていき、食い倒れるまで続けら...
四対一という差を確実に反映できるし、くわえてこっちは一...
さらにタバサの指示で朝早くに起きて、最後に残ったビスケ...
早いうちに小量の朝ごはんを食べておくと、消化器官がしっ...
タバサは直接答えず、怪竜をすっと指差した。かれは調理場...
《うむ、熱いカラメルソースをドーナツにかけたものがデザー...
私のそれは最後に出してくれ、勝負が終わった直後にお茶と...
完全に余裕ぶっこいている。沈黙するギーシュに、タバサは...
「楽観は禁物。死ぬ気で食べること」
やがて太陽が西にかたむき始めたころ、泉のほとりの(料理人...
岩のテーブルの両端に、向かい合って座るために手ごろな石...
最初に才人が座った。その反対側に怪竜が腰かけ、律儀にナ...
《車がかりで一人ずつ戦おうというわけかね》
「ああ、卑怯とかいうなよ。さっさと食い倒れやがれ」
《残念だが、君たちが私の倒れる姿を見ることはないだろう。
よしんば来るとしても、それは君たち全員が地面に這う前に...
32 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
軽く応酬したあと、一皿目に取り掛かる。まずはクレソンと...
二皿目はタマネギとウズラの串焼き、岩塩と粗びきの胡椒で...
三皿目は子牛のコンソメスープ、ごろごろと茸を入れて。
正式なコース料理というわけでもなく、そこからはわりと乱...
四皿目。鴨肉のコンフィを直火でパリッと焼き上げたもの。
五皿目。子羊の骨付き肉。クローブと蜂蜜のソースがかかっ...
六皿目。同じくラム肉。薄切りにしてさっとあぶったもの。...
七皿目。カラメルソースを添えた子豚のフランベ。
「ぐ、うぷっ……」
キツい。
才人は胃をおさえてうめいた。
皿は大きくて、一皿の量が結構ある。それは大食い勝負ゆえ...
怪竜は動じる風もなくぺろりと平らげている。
八皿目。ヤツメウナギのパイ。
九皿目。ここで果物。白ワインで煮た梨。
十皿目。鳩の蒸し焼きが一羽丸ごと。
十一皿目。大麦と山羊肉のシチュー。
十二皿目。またパイ。濃厚なクリームシチューのパイ、若鶏...
……そこで才人は倒れた。
いつのまにかワインなど傾けている怪竜が、平然として確認...
《一人目リタイアかね?》
「次はぼくだ! さあ、サイトさっさと卓から離れたまえ!」
33 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
飢狼のような勢いで、ギーシュがナイフとフォークを取る。
しょせん飢えた人間は、目の前で見せられても、食いすぎて...
…………………………
………………
……
二十六皿目。腸詰めとチーズ各種を盛り合わせたもの。
臭いの強い山羊のチーズをどうにか平らげた後、半死人の態...
「ぐ、ぐおお……胸焼けが……死ぬ……」
「アホめ、毎年詰めこみすぎで死ぬ貴族が何人か出るという話...
転がって力なくののしりあう二人に、タバサがぼそぼそと言...
「噛めばはやく満腹してしまうから、この際は丸のみしてくれ...
じゅるじゅるよだれを滝と流しながら、麻縄で縛られて転が...
「お姉さま、つぎはシルフィなのね! 早く今すぐ即刻これを...
今なら皿まで食ってやるッ!」
《次はどちらかね?》
「わたし」
「キサマァァァァッ!?」
淡々とナイフとフォークを手に卓についたタバサに、シルフ...
丸い腹をかかえて地面を転がっている才人が、おそるおそる...
「お、落ち着けよシルフィ……それ主に向ける目じゃねえぞ」
「ガフッ……ガフッ……グルルルルゥ……」
使い魔の殺意さえこもった視線をガン無視し、もぐもぐ咀嚼...
意外にタバサは健啖である。
黙々と食べ、ひたすらに食べ、一定の速さであごを動かしつ...
34 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
怪竜のほうは。
《次のメニューは鶏胸肉のソテーか。では今度はそちらの白ワ...
いや、たまにはこういうのも悪くないな。自分でも料理はそ...
上機嫌で料理人と目で会話していた。
やがてタバサの無表情に、わずかながら苦しげな色が混ざり...
少しずつ、食物を口にはこび咀嚼し嚥下する、という一連の...
腹部が膨満していく。
最初から数えて三十八皿目。腹がまん丸になったところで、...
《ふむ、それで終わりかね?》
顔色も変えていない怪竜の問いかけに、静かに口を押さえて...
立ち上がって下がろうとして――ばったり才人とギーシュの間...
子ダヌキのごとく膨満した腹は、シャツをはちきれんばかり...
あぶら汗を流しながら、タバサはつぶやいた。
「シルフィード。行け」
「だったら今すぐほどけえええええ! ふざけんじゃないのね...
とにかく誰でもいいからほどきにこい、そしたら毒でも人で...
「ひ……人はやめようぜ……」
才人がよろよろと立ち上がり、シルフィードの縄をほどいて...
瞬間、青い閃光がはしって卓についた。
「キュィィィィ! ニク! ニク!」
ど、どうぞ……と怯えながら、給仕役もつとめる料理人の一人...
が、皿がテーブルに置かれたとき、すでにそれは跡形もなく...
《はしたなくがっつくな、韻竜よ。同じ竜族として恥ずかしい...
「やかましい! 自分だけさんざっぱら食っといて、客に食事...
というわけで最終戦。竜VS竜。
35 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
タバサの指示により、料理人たちはかなり量が多く大雑把な...
ソーセージと卵を炒めたもの。
牛の腰肉ぶつ切り塩胡椒まぶし焼き。
鶏のコンフィをそのまま冷やし肉として提供。
豚の塩漬けをキャベツと一緒に煮て出す。
羽をむしったウズラをまるまるパン粉で頭から揚げる (適当)...
どう見ても生焼けの子豚丸焼き(時間足らず)。
山羊の後ろ脚を一本まるごと火であぶったもの(超適当)。
シルフィードは食べた。すべてを平らげた。皿まで舐めんば...
骨まで食うなアホ、とタバサから注意が入ったくらいである。
怪竜もさすがに腹がふくれてきたのか、軽口を叩くこともな...
ようよう立ち上がった三人は、この熾烈な食物消費戦を見て...
食卓の二匹が向かいあってから今までに片づけた肉だけで、...
才人が感心したようにつぶやいた。
「シルフィよく食うなあ……タバサ、お前これいつから考えてた...
あいつを徹底的に飢えさせて、ここでも順番を最後にまわす...
これで負けたらさすがにもう思いつかない。
しかし、それからの展開は三人にとって目を覆いたくなるも...
むろん常人にはおよびもつかない領域まで食い散らかした後...
時折ゲップをして深呼吸し、また皿にとりかかるという具合...
一方、怪竜のペースは安定していた。
「ま、まずくないか……」
だんだん手を止めて空をあおぐことが多くなっていったシル...
その顔色が悪いのは、寒いからではないだろう。
夕日の光に照らされながら、才人は自分の顔色も青いことを...
36 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
シルフィードのために言っておくと、彼女は彼女なりに食欲...
その意志も、ついにやぶれるときがきた。
「も、もう、なんだかダメっぽいのね……」
いまにも石の椅子からすべり落ちそうにのけぞって、シルフ...
ひいいいい、と才人とギーシュが地面で頭を抱えている。
と、タバサが口を出した。
「まだ頑張れるはず」
「ムリ……お姉さまのために、ゲプ、頑張ってみたけれど、もう...
《あ、そこの君、頼んだデザートの調理に取りかかってくれた...
怪竜がさっそくデザートを注文している。
それをちらと横目で見て、タバサは言った。
「そこの肉は全部あなたの、向こう三ヶ月分の食材」
きゅい? とシルフィードが首をひねった。
意味を反すうするように、えーっと……と宙を見ながら考え出...
その体が、だんだん震えてきた。
才人たちに負けないほど蒼白な顔で、シルフィードはおのれ...
「まさかこれを最後に、三ヶ月肉抜きって意味?」
タバサはうなずいた。
「ちょっ――どういうことなのね、それ!?」
恐慌をきたした使い魔に、彼女は説明する。
「今日のためサイトたちから借りてまで食材を買い占めた。
取っておいたあなたの食費は、全部そのテーブルの上」
「い……今までバカスカみんなが食ってたこれが、シルフィのご...
タバサはうん、と再度首肯し、とどめに卓上を指差した。
「今のうちにいっぱい食べる」
37 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「お、おおおおお……覚えてるがいいのねーーーッ! 絶対ろく...
そのうち匿名で使い魔保護協会に告発してやる!」
「勝てば食費が手に入る。たぶん」
ぐああああッ! とシルフィードはテーブルに覆いかぶさっ...
怪竜がはじめて、気を呑まれたような様子を見せ、目で問い...
《……続行するのか?》
「黙るのね! シルフィのお肉さんざん食べやがって! みん...
滂沱の涙を流しながら、仇のようにふたたび料理をがっつき...
今までは手づかみで食べていたのが、もはや口を直接つっこ...
かきたてられた気力。
もって数皿分ではあったろうが、それは奇跡を起こした。
やむなくシルフィードにつきあって食べ始めた怪竜の腹のあ...
む、と怪竜は手をやすめ、腹をおさえた。
《……いかんな。物理的に限界が来た。
伸縮性が劣化していることを考えていなかった》
「つまり表皮が破れたんだな、それでなければまだ食えるって...
「なあサイト、突っ込みどころはそこか? しつこいかもしれ...
《やむをえまい。決闘は勝敗いかんにかかわらず優雅に、がモ...
皮が破れて見苦しくなるくらいなら、いさぎよく引き下がろ...
そろそろ皮も古くなって脱皮するべき時がきたようだしな、...
「どうあっても竜で押し通すつもりのようだぜ」
「さっき突っ込んでおいてなんだがね、ぼくはもう気にしない...
…………………………
………………
……
次の日。
38 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
約束どおりシールドを解除し、怪竜は去った。
風呂敷包みにこまごましたものを入れ、徒歩でいずこかへ。
才人たちの手に残ったものは土地の権利書、洞窟の中にあっ...
「どこに宝があるんだ」と才人たちが文句を言ったとき、怪...
《美しい泉だろう》
「……それが?」
《宝の価値はある》
「おいてめえ…………」
《もぐってみたまえ。ではさらばだ》
「だ、だからここはキサマの……!」
そんなてん末。
何があるにせよ、さすがに今すぐ自分たちでもぐる気はおき...
そして今、竜が追い払われたと聞いて山頂にやってきた男、...
「岩山の権利書は、この山に勝手にすみついたあの悪竜が、討...
したがって、それはこちらに返却されるべきでしょう」
賞金だけで満足しなさい欲深なガキ共が、とその使いの目が...
「冗談じゃない。こっちは危険を冒してたんだ、そうだろうサ...
「ああ、たぶんあんたらの想像以上にな」
少年たちの横で、タバサが使いの目をみて言った。
「観光事業?」
39 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
な、なにを馬鹿な、と男が思い切り狼狽した。おそらく図星...
かつての竜のすみかとして観光地にする。
ありそうなことではある。皮肉なことに、今後もこの岩山を...
才人が鼻を鳴らした。
「悪いが、こっちも金は入り用なんでな……この岩山はどこかの...
「そ、それはなりません。ええい、このがめつい奴らが。
しょうがありませんな、賞金の額を引き上げるよう領主さま...
「どのくらい? 十倍?」
「気でも狂いましたか? いいとこ二倍」
「じゃ、別のところに売る」
「チッ……三倍」
まだまだもう一声、と喧々諤々の値段交渉が続く。
それを空から竜態にもどったシルフィードが見下ろして、人...
さんざん交渉した後で、忌々しそうながらも領主の使いは目...
「まったく、あなたがたのような連中は、貪欲の大罪によって...
それはともかく、そんなに金がほしいなら、ひとついい話が...
じつはここから離れた沼地に、長年、別の種族不明の竜が住...
「「「絶対やらない」」」
終了行:
9 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?...
○注・白い百合〜はシリアスですが、これは極めてアホな話です...
「いや、決してあのときの対応に間違いがあったわけではない...
アニエスの淡々とした声が、木枯らしに流される。
初冬の魔法学院の庭は、それなりに寒かった。
そ、それならこの拷問は何だ、と才人は心中でつぶやく。隣...
上半身裸で、庭のネムの木の下に正座。
ときおり横のルイズが桶にくんだ水を、二人に柄杓でぶっか...
哀れむように木枯らしがヒュルルルと鳴った。
「うん、責めてはいない。傭兵どもの言うがままの金額で即座...
あの場面で味方を得るためなら、額の多寡など問題ではなか...
……しかし連日、王宮で、財務省の役人を筆頭とする官吏たち...
『天文学的な財政負担だ、増税も視野に入れなければならん...
ああ貴様らはいいよな常日頃は魔法学院にいて!」
怒気を放出し、しゃがんで二人の胸ぐらをがくがくとゆすぶ...
よほど腹にすえかねていたらしい。
「貴様ら水精霊騎士隊筆頭のバカ二人が、独断で交わしてきた...
共同任務についていただけの銃士隊にまで累をおよぼしてく...
だ、だって姫さまが払ってくれちゃったんだもの、と才人は...
アンリエッタは『わたくしの護衛任務をはたすためにかかっ...
それ自体はとてもありがたい。なにしろギーシュの実家グラ...
「おっと、ラ・ヴァリエール殿、気をつけてくれ。いま水をか...
アニエスに注意されたのは、無言で柄杓に水をくんでいるル...
前回才人が、ルイズが眠っている間にその小さな手のひらを...
その後、手についた血をふき取りもせず、村人にまかせっぱ...
「で、結果、貴様らの金銭的負担は一切無しというわけだが……...
「そ、それは覚えなくもないかなーと、ゴポ」
10 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
横からルイズの差しだす柄杓が才人の頭の上でかたむき、冷...
生粋の貴族のくせに、おイタのすぎた使い魔を痛めつけるた...
ギーシュを見ると髪から水をしたたらせ鳥肌を立てて、顔色...
よし話は簡単だ、と不気味にアニエスが微笑んだ。
「いいか、銃士隊はいま総出で先の事件のことを調べてるんだ...
とりあえず金でも稼いでこい、稼いで国庫に少しなりと補填...
銃士隊は必死に働いているのに、毎日のように嫌味も引き受...
この拷問は間違いなくアニエスさんの鬱憤晴らしだよな、と...
「がんばりましゅ……」
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それから数日ほど後の話である。
トリステイン王宮の執務室。
「平民軍の創設は必要なことです、それも早急に」
渋い顔のマザリーニと向かい合って、アンリエッタははっき...
根は意外にかたくなな性分の女王陛下は、揺るぎない決意を...
黒衣の枢機卿は、どう説得したものか悩むように、手にした...
「あのですな、陛下。私だって先の襲撃のことは忘れておりま...
いかにも、メイジの指揮官がいなくとも戦える、平民によっ...
ですがそれは当面、銃士隊を増強することで間に合うと思い...
「ですから、それをこの機に変えたいのです。先の事件では、...
時代は変遷し、いずれは平民がより多くの力を持つようにな...
「何をずれたことを。急な軍の改革は、貴族たちの大反発をよ...
いらだたしげにマザリーニは持った書類を振った。
「だいたい、なにか忘れておりませんか? 世の中、金が必要...
平民からなる軍を創設し、読み書きもできぬ連中に火器の扱...
ただでさえ豊かとはいいがたい王家の財政を逼迫させる気で...
代わりにメイジ兵を解雇するとか言いだしたら、その前に私...
……ましてや先日の、水精霊騎士隊の小僧どもの打った『名策...
11 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
それを言われると弱い。アンリエッタはため息をついた。
「……この話は、もう少し話し合う必要がありそうですね」
「時期を見てであれば反対ではないのですよ。ただ、今すぐは...
陛下、そういえばそろそろ来客予定があるのでは? 私はこ...
「あ、ええ、そうですね。ご苦労でした、さがってかまいませ...
陰気に黒衣の裾をひきずり、マザリーニが部屋を出ていく。
アンリエッタはドアが閉まるのを見やると、ふうと息をつい...
施政というものはまったく厄介なものだった。何をやっても...
(でもやはり、王家直属の平民軍は必要だわ。
軍が貴族の牛耳る場であるからこそ、そこでさえ平民の地位...
財源を確保して、できれば早急に取りかかりたい。
とはいえ今のところ、新たな財源など増税以外にない。内務...
うれいを含んでまぶたを伏せる。
別のことを考えようとして、来客に思いをはせた。
紫のマントをひらめかせて椅子から立ち上がり、卓から離れ...
そわそわと落ちつかなげな様子になった女王陛下は、初冬の...
(なんの用があるのかしら、ルイズ……)
先ほど、急な来訪を通告する便りが来たばかりである。
ルイズもあわただしいこと、と多忙なアンリエッタは思いつ...
ただ……今は、すこし顔を合わせづらいのも確かだった。
『再戦ですわね?』というルイズの声がどこからか聞こえた...
サイト殿も来るのかしら、とアンリエッタはぼんやり考え、...
彼女は前回の襲撃事件の最後で、色々とやらかしてしまった...
(サイト殿にあんなことをして、ルイズに『だと、思います』な...
正直、唇を重ねたことは、自分でも分別を失った行動だった...
その前から、弱っていたときに慰められたことで意識してい...
アンリエッタには衝動に弱い一面があるのだった。
12 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
しかも、それを見ていたルイズに「本心を言ってください」...
動揺のきわみに達して、親友の恋人に対する再度の告白のよ...
本心というか、自分でもこれが恋といえるほどはっきりした...
が、少なくとも嘘は言っていない。昔のように意識している...
(でもあれで、ルイズに敵視されることになったのかしら)
だいたい再戦といっても、自分はどのようなことをすればよ...
アンリエッタはあれ以来、才人の顔を見てさえいない。ずっ...
(それに昔からあの子と喧嘩して、わたくし勝ったためしがあま...
……ああ、でも懐かしき『アミアンの包囲戦』はじめ、いくつ...
たしかアミアン戦のときの一撃はこのように、と回想しなが...
そこで「姫さま、失礼いたしますっ」とルイズが血相を変え...
女王陛下は赤くなってすごすごと卓にもどり、「ル、ルイズ...
「も、申し訳ありません姫さま、ですが、ああ、サイトが! ...
「……なにがあったのか、まず落ち着いて話してくれないかしら」
「あの馬鹿、ギーシュと二人だけで竜退治に行ったんです!
土地の領主から賞金まで出ているやつを!」
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トリステイン国内、王都や魔法学院から離れた土地。人の近...
賞金のかかった悪竜のねじろ。
「サイト。やっぱりやめたほうがよくないか?」
ギーシュが空中をコンコンと叩きながら、無表情で提案した...
おなじく、目に見えない透明な壁をノックして、岩山から出...
「今さらおせえだろ、これ」
「しかしだな! こんな魔法見たことないぞ! いや、エルフ...
それにふもとでさんざん聞いただろ、その竜の怖ろしさは!」
13 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「なにも聞いてねえよ。おどかされただけじゃねえか、具体的...
「今見てるじゃあないかねッ! このまま、この山から出られ...
ギーシュの金切り声に、才人は荒れ果てた山道の横を指さし...
そこには立て札が立っており、汚い字で『りゅうのやまへよ...
「……払えばここから出られるってことじゃないか? 悪質なボ...
「じょ、冗談じゃない! お金を稼がなきゃならんのに、失っ...
「だから、竜を退治すれば払う必要もないだろ。
この『入るときは通れるけど出るときは通れない壁』にした...
…………………………
………………
……
…………アニエスに「稼ぎます」と明言してしまった二人は、こ...
まず才人が、地道にアルバイトでもすることを提案したのだ...
まあお蚕ぐるみの貴族に期待するのが間違いかと才人はあき...
あの莫大な金額に比べれば、ノミのフケより微々たる量にし...
そこで目をつけたのが、トリステインのとある岩山に巣くう...
過去に討伐におもむいた勇士らを、ことごとく返り討ちにし...
ついでに言うと、竜は宝物をためるという。それも奪って合...
そんな一攫千金の思考回路で、二人は馬に乗ってはるばる竜...
が。
竜の住むという山のふもとあたりに着き、地元で一軒きりの...
話しかけた相席の相手は、いかにも渡世に慣れた荒くれ者と...
「知らん、何も知らん!」
そう言い張るむくつけき男に、横から酔っ払った別の客が口...
「知らんってこたないだろうよ、あんた何年か前にここで、お...
挑戦したんだろ、あの後?」
14 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
その瞬間、才人とギーシュの前で、その酔っ払いは殴り倒さ...
あぜんとする才人たちの前で、居酒屋の主はのびた酔っ払い...
そんな居酒屋の主を見つつ、相席した男がはっとしたように...
「まさか、あんたも?」
「……若いころにな……腕自慢だった馬鹿な青二才のとき、仲間と...
以来、後悔しなかった日はない」
過去への苦々しい痛みをこめて顔をゆがめ、居酒屋の主は男...
男が同様の表情でそっと目をそらし、「そうか……」と何か精...
それから、才人とギーシュに向き直って、男は苦痛に満ちた...
「たしかに俺は岩山の邪竜に挑んで、敗れたことがある。
しかし、そのときのことは話せん。お前たちが竜に挑んで戻...
こればかりは、口で言えるたぐいのものではないのだ。自分...
…………………………
………………
……
それが昨日のこと。
てん末を回想しながら、二人はとりあえず岩山をのぼってい...
何がなんだかわからないが、とにかく山頂まで行って見てみ...
しかしこの荒れ果てた山は道らしい道も整備されておらず、...
才人はぼやいた。
「かー……つ、つかれる……おいギーシュ、もう少しで山頂だ。歩...
問いかけにはぜーはーと荒い呼吸が返ってくる。ギーシュは...
しかし急勾配の斜面は、少々歩くだけで軟弱なギーシュから...
まあ雪がないだけましだよな、と才人は前向きに考える。
ついに山頂についたとき、ギーシュがどしゃと崩れ落ちた。
それよりはましとはいえ、才人もその横に倒れこみたくなる...
地面からギーシュがうめく。
「み、水……おい、水をくれんかね……」
「あるぞ、水。あそこにたっぷりと」
15 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
才人の声に、ん? とギーシュが身を起こした。
かれらの目の前には、美しい泉があった。
岩の鉛色の中にぽつんと浮かぶ、空の色を映して澄みわたっ...
顔を見合わせてから、二人は歓声をあげて山頂の泉にかけよ...
初冬の寒風の中、手を切るように冷たい水を、数度にわたっ...
「いやあ、汗を流したあとの水はうまいぜ。山頂に湧き水とは...
「ああ、ふもとの水とは味も違う気がする。鉱泉か何かだろう...
少し塩気があるかもしれん、あるいは岩塩が溶けこんだか」
土系統メイジで錬金も扱えるギーシュは、こうしたことにち...
うなずきながら、才人は山頂をあらためて観察した。
こんこんと湧く目の前の泉は、あふれた水が横手の断崖から...
泉の向こう側に大岩がつらなり、縦横が数十メイルにおよぶ...
「……お、見ろよギーシュ、あんなところに洞窟っぽい隙間があ...
「おや。言われてみれば、ただの岩の隙間とは見えないな。で...
って、なにか出てきたんだがね!?」
峨々たる岩壁に黒い口をあけた洞窟から、悠然とした足取り...
硬そうなごつごつした黒い体。ただ、歩くたびになんだかそ...
ぼってりした太く短い四肢、そしてワニのような尻尾。
妙に巨大な真っ黒い目が、イグアナを思わせる顔についてい...
二本足で歩く、等身大のゴジラの着ぐるみのようなものが出...
滝とは反対側の泉の縁を通ってやってくると、手にかかえて...
《十エキュはそれぞれこの箱の中に入れてくれ》
「「…………………………………………」」
二人ともに、痛い沈黙。
《早くしてくれ、外は寒い。ストーブの前に戻りたいんだ》
「……なにこの妙に固太りした直立歩行トカゲ、異様に雄弁なア...
なあギーシュ、これってどうすればいいんだ?」
「……ぼくに訊かないでくれるかね? そもそもこれは竜なのか?
竜にしてはちっこいんだが。背の高い人間程度のサイズだし」
《疑うとは失敬だな。我々竜族には、さまざまな種類がいるの...
16 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「いや、それにしてもこんなのはふつう存在しないと思うのだ...
で、この竜? を倒せばいいわけだが、なんか人間並みの知...
なあちょっと訊くが、きみが賞金首の竜かね? 過去に何度...
《うむ、私のことだ。残念ながら人間から挑まれることは多い。
私は争いなど好まないのだが、彼らはしょっちゅう杖や剣を...
「いや、賞金がついてるってことは、なにか悪事をはたらいた...
《下界でなにかした覚えはないのだがね。しいていうならここ...
税を払えと言ってくるのを拒んでいるうちに悪い評判が広ま...
人の貪欲さを心底嘆くようにため息さえ混ぜ、しみじみ語る...
「……ちょっと二人で相談してていいか?」
《かまわんよ。客人の前で失礼だが、私はそのあいだ我が家の...
怪竜が箱を地面に置き、のたのたと離れていく。
気勢をそがれつつある少年二人は、顔をよせあって相談をは...
「なんか変な展開になってきたが……サイト、こいつ悪い竜って...
「うーん、しかし金がな……だいたい一人十エキュ払えという要...
あれ、あの竜なにして?」
二人が今後の方策をさぐっている間に、怪竜は泉のふちに立...
なんとなく議論を止めてその後姿を観察する彼らに、怪竜は...
泉の中に。
17 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
フンフフフンフンフーと鼻歌でリズムを刻みながら立小便す...
ギーシュが地面にはいつくばったまま絶叫した。
「キサマそんな美しい泉になんてことをしてるんだアァァッ!...
怪竜は放物線をかいて小便を泉に注ぎいれながら、背をむけ...
目で語る。
《この上もなく美しいものをあえて貶める……そこには大いなる...
剣と杖をひきぬいて、才人とギーシュが地面から立ち上がっ...
二人とも目に、ガチの殺意を宿している。
「サイト、いままさに邪悪を見た」
「ああ、この外道は断固としてこの世から誅滅されるべきだぜ」
あの山道を上りきった旅人なら真っ先に口をつけずにいられ...
その事実に目を血走らせてじりじり背後にせまる二人に、怪...
《なにやら君たち、興奮しているようだが……手に尿がひっかか...
私は清潔を心がける竜なのだよ。ちなみに飲み水用の泉は洞...
「ほう……貴様は自分の小便じゃなくて血で汚れることになりそ...
《まあ、慌てるな。
つまり君たちも勝負を申しこみたいというわけかね? やむ...
「この期におよんで、誰が払うか!」
18 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
…………………………
………………
……
洞窟の中は広かった。いかな業によってか、洞窟内を構成す...
ところどころにごてごてと毛氈やタペストリーなどの装飾品...
冷たい石の卓と椅子。腰かけて、怪竜は太い手を組んだ。
《ではルールを説明させてもらう。
勝負方法はどんなものでもかまわない。君たちには何度でも...
君たちが降伏をみとめたときに、私の勝ちとさせていただき...
岩をくりぬいて作られた炉は赤々と燃え、暗がりを照らして...
明かりで見える周囲にはチェスを初めとするボードゲームの...
《ただし、同じ勝負方法は二度は出さないように。それと、出...
実はさっきまであちらの岩室で、君たち以外の挑戦者二名を...
「な、なんか調子が狂う……
おい、俺たちが勝てば本当に、この地から去るんだな? 岩...
《無論、シールドは無条件で解除する。土地権利書を渡し、宝...
で、勝負は何にするのかね?》
ふむ、とギーシュが周囲を見渡してうなずいた。
「サイト、まずぼくが行かせてもらおうか。チェスやカードゲ...
「……頑張れよ」
…………………………
………………
……
一時間後。
《私は敗北を知りたいのだが、だれもそれを教えてくれない》
怪竜がそんなふうに語る遠い目をして、炉に薪をくべている。
チェス初めとするあらゆる知的ゲームで、人外に惨敗を喫し...
倒れたクズカゴから床に散乱した生ゴミを見る目で、才人が...
19 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「なあギーシュ……最初からなんだかオチは読めてたけどさ、こ...
しかも『騎士と女王と僧兵抜きのチェスならもはや別のゲー...
「ち、違う! あいつが強すぎるんだッ!」
《うむ、種としての優越はいかんともしがたいな。私の優秀さ...
「くっ、淡々と語られる分だけ非常にムカつくね! 着ぐるみ...
「まあギーシュ、言われても仕方ないだろ。ここは俺にまかせ...
才人はさっくり水精霊騎士隊長を切り捨てると、ギーシュに...
「たずねておくが、勝負事ならなんでもいいんだな? たとえ...
《うむ、事前にゲームのやり方を手抜かりなく教えておいてく...
結構だぜ、と才人はにんまりした。
彼なりに考えたのである。竜族は長命だというし、どうやら...
だが今までやったことのないゲームであれば、勝手が違うは...
「将棋、ってやつを教えてやるよ」
…………………………
………………
……
さらに二時間後。
《ふむ、どれもなかなか完成度の高いボードゲームだったな。...
メモメモ、と紙に羽ペンで詳細をしたためている怪竜。
床に轟沈しているのは才人。
卓の上に、紙や小石で作ったありあわせの即席ゲーム盤と駒...
将棋、囲碁、オセロ、四目並べ、五目並べの全てで敗北を喫...
なにが切ないって、器具の用意とルール説明時間のほうが、...
生ゴミにわいたウジを見る視線で、ギーシュが床の才人を見...
20 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「なあサイト……自分が教えたばかりの、相手は初めてするゲー...
「ま、待った、あいつが尋常じゃねえんだよ!」
二人の低脳の言い争いを見ながら、怪竜が簡単すぎるとばか...
《これで終わりかね? こっちはそろそろ午後もまわったし、...
あっちの部屋にいる挑戦者の様子も見ておきたいしな》
「がーッ! やめだやめ! こんな小細工、ぼくの性に合わん!
小便入り水飲まされておいて、貴族が杖で決着をつけずにい...
ギーシュが開き直った。
俺たちカッコ悪いよなと思いつつも、才人にとってもそっち...
土台が頭脳労働者じゃない。
「そうだな。ここは実力行使させてもらうぜ」
デルフリンガーをあらためて抜き放った才人を見て、やれや...
《けっきょく暴力沙汰かね……これも下等種族の野蛮な気質ゆえ...
しょうがあるまい、では戦いの場を用意しよう》
その言葉と同時に、卓の横の見るからにうさんくさいボタン...
と、洞窟の中央の床がぱかっと割れ、ぐぃんぐぃんと四方を...
怪竜はのそのそとそこに上がると、四隅の柱のひとつにくく...
《まずどちらがやるのかね?》
「…………いろいろ言いたいんだが……」
《気にするな。先住魔法の応用だ》
「嘘つけや! ち、違う、もう気にしたら負けだな……
じゃ言わせてもらうけど、俺たちは自分の武器を使うつもり...
《当然だろう。これは私専用の武器だ。いい具合に手加減がき...
21 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
ここまでナメられては黙っていられない。
才人は「じゃ、俺からいくぜ」と言い置き、リングに上がっ...
どっからでも来い、とばかりに構えた。左手のルーンが光る。
…………………………
………………
……
「あ……ありえない……ありえない……なにがありえねえって、肝臓...
「サイト、サイト!? おいしっかりしろ、うわぁ目が死んでる...
《揺らさないほうがいい。若人よ、これを糧として成長するの...
竜族は幻獣のなかでも最強の種だと、これからはちゃんと認...
ぼろぼろになってリング外にずり落ちた才人に、リング上の...
ギーシュがそこに化物を見る目を向け、今さらなことを絶叫...
「おまえみたいな竜がいるかぁぁぁッ!」
ブレスも魔法もなし、怒涛の拳ラッシュ。
ただガンダールヴより動きが速かった。才人の剣をひょいひ...
人体の急所、戦いの駆け引きを知悉した戦い方であった。い...
ギーシュの叫びを意に介さず、怪竜は肩をすくめた。
《で、次は君がやるのかね? 素直に敗北を認めたらどうかと...
「く! ……く、こ、この、貴族のぼくが、戦わずに引けるもの...
ああ上等、やってやろうじゃないかね! ただしそのリング...
ギーシュは額に汗をにじませて要求した。
「外で勝負させてもらおう!」
《うむ、それでも構わん》
あっさりと受諾し、怪竜はギーシュのあとについて洞窟の外...
さらにその後を、這いずって才人が追った。
寒風吹きすさぶ青空の下に出る。
泉の縁を歩いてひらけたほうの岸に行くと、ギーシュは杖を...
22 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「来たまえ!」
《うむ。では私もブレスを使わせてもらおう。un》
がしゃこん、と謎の音がして、怪竜が空に両手をさしあげて...
《deux》
深呼吸のように腕を広げ、くるくると回転しだす。不気味す...
「あ、ちょっとセーラー○ーンの変身シーンに似てる……」と、...
この少年、子供のころ普通にセーラーアニメを見ていた口で...
《trois》
ワニのような尻尾をピンと上げ、急加速でコマのように回転...
幼い子供が見たら泣き出すこと必至の、恐怖をともなうシュ...
と、怪竜の動きがピタッと止まった。口を大きく開けて、ギ...
ジェノサイドエクストリィィィム
《聖 母 殺 人 伝 説!》
膨大なエネルギーが、その口から奔騰する怒涛となって解き...
白い橋のような光線が空に架けられ、遠い彼方へその光芒は...
山頂の地面をえぐるように飛んだ巨大なブレスに、一瞬にし...
「降伏しよう」
「お……おい、ギーシュ……」
「なあサイト」
ギーシュは洞窟の入り口で倒れている才人のほうを見て、気...
「ここはその、なんだ、捲土重来を期すしかないだろう。
今回はちょっと情勢が悪いようだし……」
才人もうめいたきり、言葉が出てこない。
彼とて、力ずくでは勝てそうにないと今では理解しているの...
こうなっては一刻もはやくこの疫病神から離れて、別の金策...
23 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
《降参かね。ふむ、賢明な道だ。
では、さっそくだが代償をいただくとするか》
「あー、はいはい……つっても手持ちは七十エキュもねえからな」
《いや、金ではない》
怪竜は妙に力強くそう言うと、泉の岸辺の大岩に腰を下ろす。
首元でなにやらごそごそやると、チーッと黒い体の前に付い...
《というわけで、や ら な い か》
「「……はい?」」
《代償は私との同衾なのだが。こう見えても健康な成体らしい...
これまでここに来て争った男たちとは、例外なく最後で一夜...
「え? なに? なにを言っているんだ? あんたメスだった...
《いや、私はゲイだ》
「ぎぎぎぃやあああああああアアアアアァァアァッ!!! ア...
訊くんじゃなかった! メスだったらいいってわけじゃない...
これか、これがふもとで語ってもらえなかった理由か! そ...
「なあサイト、不思議だな。あいつの開いた自分の皮の向こう...
というかもうあれ絶対竜じゃないと思わんかね。もっとおぞ...
「ギーシュ現実に帰ってこい、全部同意するがそこらへんはも...
今すぐ降伏宣言を取り消すんだ!」
《言っておくが、プレイでは私が入れる側だぞ》
「聞きたくねえッ!!! ギーーシューー!」
阿鼻叫喚。
どうにかアッチ側から戻ってきたギーシュが降伏を取り消す...
勝負はもう手詰まりの気はするが、こんなところで貞操を散...
要するに悪あがきである。
24 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
《ふむ、あきらめの悪いことだ。まあよかろう、楽しみを先に...
余裕をもって、怪竜はそれを受け入れた。
チャックは閉めている、というか何故かもうその形は見えず...
血相が完全に変わっている才人が、大岩に腰かけた怪竜に尋...
「なあ、いまのは『一対一』であって、『チーム戦』じゃない...
実は俺たちそっちのが本領なんだよ。もう一回実戦で、今度...
ガンダールヴは本来、詠唱中のメイジを守る存在なので、チ...
チェスのときのギーシュ並のこじつけだったが、平然と怪竜...
《まったく、わがままな子供たちだ。しかし鷹揚は美徳という...
しかし、わかっているだろうね? タダということはありえ...
3 P だ》
才人とギーシュは血をケプッと吐いた。
とにもかくにも、勝負は明日以降に持ち越して続行。
…………………………
………………
……
《対戦している相手にも、ひとり一食二十エキュで手作りの料...
君たちも食べたければ言いたまえ。金があるうちは受け付け...
「やっぱりボッタくるんだな……遠慮する」
夕食タイム。
日が沈む直前あたり、才人たちを訪ねてきたという客人があ...
王家の紋をつけた騎士だという。
持ってきたビスケットをわびしくかじっていた二人は、竜に...
徒歩でえっちらおっちら登ってきたらしいその騎士は、疲労...
真実を教えないほうが親切だよなと思いつつ、そのメイジの...
「女王陛下じきじきの命でござる。
ラ・ヴァリエール家の令嬢の訴えにより、陛下がそれがしを...
それがし、お二人の様子を見て報告せよと言いつかっており...
また、なにかあれば手助けするようにと」
25 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
そこまで語りその騎士は、声をひそめて杖をにぎった。
「助太刀の必要はありそうですな。それがし風竜に乗ってここ...
いかな邪悪な存在が、この洞窟に……」
ああ、あの野郎はじゅうぶんに邪悪だよと思いつつ、才人は...
「ありがたいんだけどさ……あんた、どんなことでもすべて陛下...
「無論です。お疑いとは心外な!
たとえおぞましい恐怖の記憶でも、自らの恥辱に満ちた話で...
……恥辱の場合は報告が終われば自害するかもしれませぬが」
うわ、目がマジだ。
この任務熱心にして忠誠の塊っぽい騎士なら、ほんとに全部...
才人とギーシュはすばやく目を見交わし、「ちょっと待って...
「どうするサイト? 手を貸してもらうかね?」
「しかしだな……それでも負けたときのことを考えてもみろ。考...
あの騎士さん、王宮に戻って律儀に報告しそうな気がする」
ルイズやアンリエッタに知られる。下手するとそれ以外の連...
二人の額に、つっといやな汗が流れた。
「……お前、モンモンや水精霊騎士隊員、ひいては学院中にこと...
「……五回は死ねるな」
けっきょく、報告の手紙を持たせて帰すことになった。
岩室の隅で食後のハーブティーを飲んでいた怪竜に、インク...
その折に、怪竜が《そうそう》と視線を投げてきた。
《援軍とかが来たら、さすがに私も手に余る。
その場合は、シールドの効力を外側に向けても作用するよう...
尋常じゃない脅し方をされた。当たり前だが人生初体験の脅...
《できれば敗北を受け入れてもらい、合意のもとで話をすすめ...
力ずくというのも乙なものだ……たまになら》
26 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「え、援軍は呼ばんから安心したまえ……」
それも検討していただけに、二人そろってガマのごとくあぶ...
卓について手紙をしたためる段になって、文面になやむ。
「どう報告したもんかね」
「事実を書くしかねえだろ。ただし詳しいところは徹底的にぼ...
……万が一の事態になったとしても、口をつぐんで下山して『...
援軍はくれぐれも無用と念のために付け加えとけよ」
しかし何という窮状だ、と二人は重苦しくため息をついた。
と、岩で隔てられた洞窟の奥のほうから、咆哮のごとき大音...
「おなかすいたのねーーー! なにか食べさせろなのね!」
ん? と二人はそちらを見た。
怪竜が太い指で器用に持ち上げていた陶器のカップを卓に置...
《君たち以外の挑戦者だ。チェスで相手していた》
声は近づいてくる。
「干した果物も乾パンもチーズも全部食べちゃったのね! は...
「勝たないかぎり、帰れない」
「じゃあ勝つのね! いつまでチェスやってるつもり!? 一手...
そこで岩の仕切りの陰から、会話している者たちが姿をあら...
あ、と双方が息をのむ。
才人が瞠目して名を呼んだ。
「タバサとシルフィードじゃねえか」
「きゅ、きゅい。なんでサイトとギーシュさまがいるのね?」
シルフィードは人型。あっけらかんと全裸である。そんな場...
青髪コンビのうち、背の低いほうが動いた。
持参したらしい木をくりぬいて作ったコップで、洞窟の片隅...
27 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
《水はタダだ。君たちも遠慮なく飲みたまえ》
怪竜のアイコンタクトを無視して、才人はタバサのそばに駆...
「おいタバサ! おまえなんでここに」
横顔で沈黙。
ただし無視ではなく、答えたものかどうか迷うたぐいの。
けっきょく、無表情にほんのわずかに苦々しげな色を混ぜて...
「希少本の代金の分割払いと、使い魔の食費が……」
「…………おまえも大変なんだな」
「あと、叡智ある古代竜の一種を見てみる気になった。のだけ...
そこについては、もはや互いに語る気になれないのは同じら...
才人は頭をふり、別の質問をする。
「勝てそうか? チェス」
「非常に厳しい」
才人の口から絶望の吐息がもれる。
知り合いの中で随一の頭脳派であるタバサをしても、あの怪...
しかし、あきらめるわけにはいかなかった。才人は提案する。
「なあ……俺たち共闘したら、勝てるかもと思わない?」
眼鏡のフレームを炉の火に輝かせて、タバサはうなずいた。
「ひとつ思いついたことがある」
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数刻後、王都トリスタニア。
王宮の執務室。明け方ちかく。
燭台の火の下で椅子に腰かけて、女王陛下は真剣な顔でギー...
ルイズが今にも泣きそうな顔で、必死に口をひきむすび椅子...
二人とも寝ずに報告を待っていたのだった。
28 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
【身どもの安否を気にかけていただき、まこと恐悦のきわみ。
目下、竜との死闘を繰り広げており、ふたりとも洞窟からお...
しかしながら援軍はくれぐれも無用。
これは身どもの不始末をぬぐうことに端を発しており、また...
かならず両名とも生きて帰りますゆえ、陛下およびラ・ヴァ...
アンリエッタはそこまで読み終え、額に片手をあてて手紙か...
「おお……」
悲痛な嘆声がもれる。
その前で、ルイズがとうとう顔をおおって嗚咽をもらす。使...
「サイト……きっとわたしが怒りすぎたからこんなことに……」
悲嘆にくれる少女たちを痛ましげに見ながら、夜っぴて風竜...
「彼らはまさに勇士です。それがしの手助けも断りました。
手紙をわたされたおり、十エキュ払わねば下山できないと聞...
『自分たちは意地をかけて戦わざるを得ないが、あんたには...
ここは我慢して十エキュ払い、すみやかに山を下りてくれ。...
わっとルイズが泣き出し、ついにひざまずいてアンリエッタ...
その桃色がかったブロンドの髪に手を置きながら、女王は青...
「ありがとうございます。任務ご苦労でした」
騎士が退出したあと、こらえかねたようにルイズが痛々しく...
「サイト、ああ、サイト……姫さま、わたしどうすればいいのか…...
わたしの虚無があったらきっと何とかなったのに、いまさら...
火影ゆらめく室内、アンリエッタは椅子から降りてルイズの...
「あなたのせいじゃないわルイズ。彼らを信じ、無事を祈りま...
今となってはそれしかできないのですから」
「姫さま……」
29 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
夜明け前の寒々とした空気の中、二人は冷気と心痛を払おう...
この二人が手紙をあらためて読み直し、最後のほうに慌てた...
【ただ一つのみ乞う、料理人数名を至急派遣されたし】
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日が一巡し、山頂はまたしも夕方。洞窟の中。
獣脂を使っているらしきランプが、いやな臭いを発して燃え...
タバサにあてられた岩室の中で、チェスの決着が間近だった。
怪竜と向き合い、石の卓上のボードを見つめるタバサ。その...
汗が額ににじんでいた。
タバサがときには数時間かけて一手を考えるのに対し、怪竜...
一手打たれては、考える。一手打っては――考える間もなく、...
思索の激突を横から見守る三名は、それぞれに追い詰められ...
才人とギーシュは手に汗をにぎって、タバサの勝ちを祈って...
シャッフル、ポーカー、ルーレットに始まり、縄跳び、鬼ご...
傍からみると遊んでいるだけだが、本人たちはある意味命を...
もはやタバサの策にすがるのみ、と二人は思いさだめていた。
いっぽう、シルフィードも別の意味で追いつめられていた。...
またタバサが打ち、即座に打ち返されて考えこむ。局面はま...
と、タバサがなにかを思い切ったように顔をあげて、ぴしっ...
それが決着になった。怪竜が自分の駒をつまみあげて置く。
《チェックメイト》
「ああ……」
頭をかかえる才人たち。たった今タバサの敗北が決定したの...
《うむ、なかなか筋がよかったと言っておこう》
シーハーと楊枝で歯についた夕食の食べカスをせせり、実に...
タバサは無言で横の本を取りあげ、読み始めている。
暗澹たる気分だったが、ふと気になったのかギーシュが怪竜...
「きみ男色趣味じゃなかったかね? 彼女は女性だぞ、代償な...
《基本はそうだが、選り好みはしない。
というよりここに住み着いて以来、いままで挑戦者に女はい...
30 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
いろいろ最悪なアイコンタクトが帰ってきた。
ちらりと見ていたのか、広げた本の上部からのぞいているタ...
《それに彼女の体は起伏が無いので少年に見えなくもないから...
韻竜のほうは、あそこまで起伏があるとどうしようもないの...
何がイヤって、悪意ではなく本気でそう思っているらしいこ...
才人はタバサをじっと観察した。本の上から見えている青い...
ただ、岩室の夜気がいっそう冷えこんだような気がする。や...
と、どのような超感覚か、怪竜が何かに気づいた目をした。
《うむ? また誰かふもとのシールドに近づいたな。これはし...
才人とギーシュに顔を向けてくる。二人はあわてて手をふっ...
「援軍なんて頼んでないぞ!」
「そ、そう、あの騎士さんが連れてるのはたぶん料理人だ!」
《料理人?》
怪竜が疑わしげに首をかしげる。
タバサが本をかたわらにおき、霜がおりそうな声音で言った。
「あなたに次の勝負を申しこむ。明日の昼。
こちらはこの四人が一チームで」
《ほう。別にかまわんぞ。して種目は? 実力行使かね?》
自然な余裕をたたえている怪竜に、タバサは冷然とした瞳を...
「大食い勝負」
…………………………
………………
……
さらに翌日の正午。
初冬の空は今日も晴れ、わずかに群雲が出ている。
物言わぬ岩だけのさびしい山頂は、今までにはなかったであ...
タバサの提案をのんだ怪竜が、昨夜のうちにふもとに連絡を...
31 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
けっきょくふもとで泊まった料理人たちが、大量の食材を人...
勝負に必要な人員、ということで彼らの分の入山料はさすが...
どうやってか知らないが、怪竜の意思によってシールドとや...
朝から組まれたいくつもの石の炉には大鍋や網がかけられ、...
「はやくそれをシルフィに食わせるのねぇぇぇッ!!! もう...
「シルフィ! おいこらコックさんに襲いかかるんじゃない!...
一昨日を最後になにも食べていないシルフィードが、血に飢...
つかみかかろうとするかのように指を鉤にまげて即席の調理...
そんな騒ぎをよそにギーシュがうんうんとうなずいた。
「双方一枚ずつ同数の皿を空けていき、食い倒れるまで続けら...
四対一という差を確実に反映できるし、くわえてこっちは一...
さらにタバサの指示で朝早くに起きて、最後に残ったビスケ...
早いうちに小量の朝ごはんを食べておくと、消化器官がしっ...
タバサは直接答えず、怪竜をすっと指差した。かれは調理場...
《うむ、熱いカラメルソースをドーナツにかけたものがデザー...
私のそれは最後に出してくれ、勝負が終わった直後にお茶と...
完全に余裕ぶっこいている。沈黙するギーシュに、タバサは...
「楽観は禁物。死ぬ気で食べること」
やがて太陽が西にかたむき始めたころ、泉のほとりの(料理人...
岩のテーブルの両端に、向かい合って座るために手ごろな石...
最初に才人が座った。その反対側に怪竜が腰かけ、律儀にナ...
《車がかりで一人ずつ戦おうというわけかね》
「ああ、卑怯とかいうなよ。さっさと食い倒れやがれ」
《残念だが、君たちが私の倒れる姿を見ることはないだろう。
よしんば来るとしても、それは君たち全員が地面に這う前に...
32 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
軽く応酬したあと、一皿目に取り掛かる。まずはクレソンと...
二皿目はタマネギとウズラの串焼き、岩塩と粗びきの胡椒で...
三皿目は子牛のコンソメスープ、ごろごろと茸を入れて。
正式なコース料理というわけでもなく、そこからはわりと乱...
四皿目。鴨肉のコンフィを直火でパリッと焼き上げたもの。
五皿目。子羊の骨付き肉。クローブと蜂蜜のソースがかかっ...
六皿目。同じくラム肉。薄切りにしてさっとあぶったもの。...
七皿目。カラメルソースを添えた子豚のフランベ。
「ぐ、うぷっ……」
キツい。
才人は胃をおさえてうめいた。
皿は大きくて、一皿の量が結構ある。それは大食い勝負ゆえ...
怪竜は動じる風もなくぺろりと平らげている。
八皿目。ヤツメウナギのパイ。
九皿目。ここで果物。白ワインで煮た梨。
十皿目。鳩の蒸し焼きが一羽丸ごと。
十一皿目。大麦と山羊肉のシチュー。
十二皿目。またパイ。濃厚なクリームシチューのパイ、若鶏...
……そこで才人は倒れた。
いつのまにかワインなど傾けている怪竜が、平然として確認...
《一人目リタイアかね?》
「次はぼくだ! さあ、サイトさっさと卓から離れたまえ!」
33 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
飢狼のような勢いで、ギーシュがナイフとフォークを取る。
しょせん飢えた人間は、目の前で見せられても、食いすぎて...
…………………………
………………
……
二十六皿目。腸詰めとチーズ各種を盛り合わせたもの。
臭いの強い山羊のチーズをどうにか平らげた後、半死人の態...
「ぐ、ぐおお……胸焼けが……死ぬ……」
「アホめ、毎年詰めこみすぎで死ぬ貴族が何人か出るという話...
転がって力なくののしりあう二人に、タバサがぼそぼそと言...
「噛めばはやく満腹してしまうから、この際は丸のみしてくれ...
じゅるじゅるよだれを滝と流しながら、麻縄で縛られて転が...
「お姉さま、つぎはシルフィなのね! 早く今すぐ即刻これを...
今なら皿まで食ってやるッ!」
《次はどちらかね?》
「わたし」
「キサマァァァァッ!?」
淡々とナイフとフォークを手に卓についたタバサに、シルフ...
丸い腹をかかえて地面を転がっている才人が、おそるおそる...
「お、落ち着けよシルフィ……それ主に向ける目じゃねえぞ」
「ガフッ……ガフッ……グルルルルゥ……」
使い魔の殺意さえこもった視線をガン無視し、もぐもぐ咀嚼...
意外にタバサは健啖である。
黙々と食べ、ひたすらに食べ、一定の速さであごを動かしつ...
34 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
怪竜のほうは。
《次のメニューは鶏胸肉のソテーか。では今度はそちらの白ワ...
いや、たまにはこういうのも悪くないな。自分でも料理はそ...
上機嫌で料理人と目で会話していた。
やがてタバサの無表情に、わずかながら苦しげな色が混ざり...
少しずつ、食物を口にはこび咀嚼し嚥下する、という一連の...
腹部が膨満していく。
最初から数えて三十八皿目。腹がまん丸になったところで、...
《ふむ、それで終わりかね?》
顔色も変えていない怪竜の問いかけに、静かに口を押さえて...
立ち上がって下がろうとして――ばったり才人とギーシュの間...
子ダヌキのごとく膨満した腹は、シャツをはちきれんばかり...
あぶら汗を流しながら、タバサはつぶやいた。
「シルフィード。行け」
「だったら今すぐほどけえええええ! ふざけんじゃないのね...
とにかく誰でもいいからほどきにこい、そしたら毒でも人で...
「ひ……人はやめようぜ……」
才人がよろよろと立ち上がり、シルフィードの縄をほどいて...
瞬間、青い閃光がはしって卓についた。
「キュィィィィ! ニク! ニク!」
ど、どうぞ……と怯えながら、給仕役もつとめる料理人の一人...
が、皿がテーブルに置かれたとき、すでにそれは跡形もなく...
《はしたなくがっつくな、韻竜よ。同じ竜族として恥ずかしい...
「やかましい! 自分だけさんざっぱら食っといて、客に食事...
というわけで最終戦。竜VS竜。
35 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
タバサの指示により、料理人たちはかなり量が多く大雑把な...
ソーセージと卵を炒めたもの。
牛の腰肉ぶつ切り塩胡椒まぶし焼き。
鶏のコンフィをそのまま冷やし肉として提供。
豚の塩漬けをキャベツと一緒に煮て出す。
羽をむしったウズラをまるまるパン粉で頭から揚げる (適当)...
どう見ても生焼けの子豚丸焼き(時間足らず)。
山羊の後ろ脚を一本まるごと火であぶったもの(超適当)。
シルフィードは食べた。すべてを平らげた。皿まで舐めんば...
骨まで食うなアホ、とタバサから注意が入ったくらいである。
怪竜もさすがに腹がふくれてきたのか、軽口を叩くこともな...
ようよう立ち上がった三人は、この熾烈な食物消費戦を見て...
食卓の二匹が向かいあってから今までに片づけた肉だけで、...
才人が感心したようにつぶやいた。
「シルフィよく食うなあ……タバサ、お前これいつから考えてた...
あいつを徹底的に飢えさせて、ここでも順番を最後にまわす...
これで負けたらさすがにもう思いつかない。
しかし、それからの展開は三人にとって目を覆いたくなるも...
むろん常人にはおよびもつかない領域まで食い散らかした後...
時折ゲップをして深呼吸し、また皿にとりかかるという具合...
一方、怪竜のペースは安定していた。
「ま、まずくないか……」
だんだん手を止めて空をあおぐことが多くなっていったシル...
その顔色が悪いのは、寒いからではないだろう。
夕日の光に照らされながら、才人は自分の顔色も青いことを...
36 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
シルフィードのために言っておくと、彼女は彼女なりに食欲...
その意志も、ついにやぶれるときがきた。
「も、もう、なんだかダメっぽいのね……」
いまにも石の椅子からすべり落ちそうにのけぞって、シルフ...
ひいいいい、と才人とギーシュが地面で頭を抱えている。
と、タバサが口を出した。
「まだ頑張れるはず」
「ムリ……お姉さまのために、ゲプ、頑張ってみたけれど、もう...
《あ、そこの君、頼んだデザートの調理に取りかかってくれた...
怪竜がさっそくデザートを注文している。
それをちらと横目で見て、タバサは言った。
「そこの肉は全部あなたの、向こう三ヶ月分の食材」
きゅい? とシルフィードが首をひねった。
意味を反すうするように、えーっと……と宙を見ながら考え出...
その体が、だんだん震えてきた。
才人たちに負けないほど蒼白な顔で、シルフィードはおのれ...
「まさかこれを最後に、三ヶ月肉抜きって意味?」
タバサはうなずいた。
「ちょっ――どういうことなのね、それ!?」
恐慌をきたした使い魔に、彼女は説明する。
「今日のためサイトたちから借りてまで食材を買い占めた。
取っておいたあなたの食費は、全部そのテーブルの上」
「い……今までバカスカみんなが食ってたこれが、シルフィのご...
タバサはうん、と再度首肯し、とどめに卓上を指差した。
「今のうちにいっぱい食べる」
37 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
「お、おおおおお……覚えてるがいいのねーーーッ! 絶対ろく...
そのうち匿名で使い魔保護協会に告発してやる!」
「勝てば食費が手に入る。たぶん」
ぐああああッ! とシルフィードはテーブルに覆いかぶさっ...
怪竜がはじめて、気を呑まれたような様子を見せ、目で問い...
《……続行するのか?》
「黙るのね! シルフィのお肉さんざん食べやがって! みん...
滂沱の涙を流しながら、仇のようにふたたび料理をがっつき...
今までは手づかみで食べていたのが、もはや口を直接つっこ...
かきたてられた気力。
もって数皿分ではあったろうが、それは奇跡を起こした。
やむなくシルフィードにつきあって食べ始めた怪竜の腹のあ...
む、と怪竜は手をやすめ、腹をおさえた。
《……いかんな。物理的に限界が来た。
伸縮性が劣化していることを考えていなかった》
「つまり表皮が破れたんだな、それでなければまだ食えるって...
「なあサイト、突っ込みどころはそこか? しつこいかもしれ...
《やむをえまい。決闘は勝敗いかんにかかわらず優雅に、がモ...
皮が破れて見苦しくなるくらいなら、いさぎよく引き下がろ...
そろそろ皮も古くなって脱皮するべき時がきたようだしな、...
「どうあっても竜で押し通すつもりのようだぜ」
「さっき突っ込んでおいてなんだがね、ぼくはもう気にしない...
…………………………
………………
……
次の日。
38 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
約束どおりシールドを解除し、怪竜は去った。
風呂敷包みにこまごましたものを入れ、徒歩でいずこかへ。
才人たちの手に残ったものは土地の権利書、洞窟の中にあっ...
「どこに宝があるんだ」と才人たちが文句を言ったとき、怪...
《美しい泉だろう》
「……それが?」
《宝の価値はある》
「おいてめえ…………」
《もぐってみたまえ。ではさらばだ》
「だ、だからここはキサマの……!」
そんなてん末。
何があるにせよ、さすがに今すぐ自分たちでもぐる気はおき...
そして今、竜が追い払われたと聞いて山頂にやってきた男、...
「岩山の権利書は、この山に勝手にすみついたあの悪竜が、討...
したがって、それはこちらに返却されるべきでしょう」
賞金だけで満足しなさい欲深なガキ共が、とその使いの目が...
「冗談じゃない。こっちは危険を冒してたんだ、そうだろうサ...
「ああ、たぶんあんたらの想像以上にな」
少年たちの横で、タバサが使いの目をみて言った。
「観光事業?」
39 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……...
な、なにを馬鹿な、と男が思い切り狼狽した。おそらく図星...
かつての竜のすみかとして観光地にする。
ありそうなことではある。皮肉なことに、今後もこの岩山を...
才人が鼻を鳴らした。
「悪いが、こっちも金は入り用なんでな……この岩山はどこかの...
「そ、それはなりません。ええい、このがめつい奴らが。
しょうがありませんな、賞金の額を引き上げるよう領主さま...
「どのくらい? 十倍?」
「気でも狂いましたか? いいとこ二倍」
「じゃ、別のところに売る」
「チッ……三倍」
まだまだもう一声、と喧々諤々の値段交渉が続く。
それを空から竜態にもどったシルフィードが見下ろして、人...
さんざん交渉した後で、忌々しそうながらも領主の使いは目...
「まったく、あなたがたのような連中は、貪欲の大罪によって...
それはともかく、そんなに金がほしいなら、ひとついい話が...
じつはここから離れた沼地に、長年、別の種族不明の竜が住...
「「「絶対やらない」」」
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