ゼロの使い魔保管庫
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686 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:41:06 ID:IdV3bW49
「各地の『王の森』はその名のまま、王が狩りをするための猟...
鹿やイノシシが外に出て民衆の畑を荒らさぬよう、かつての...
その柵を利用されて俺たちはウォルター、おまえら言うとこ...
ほどこされた封鎖強化はむしろ、外の者が入らないようにす...
案内された木造の小屋、粗末な台所。
才人とアンリエッタは丸太の長椅子に隣りあって座っている。
マーク・レンデルは二人に湯気の立つカップを渡しながら語...
「現に、多くの領民は耐えきれず他所に逃げていった。無理は...
見なかったか? 女の顔にライオンの体の怪物だ。殺されたも...
「……なんであんたらは逃げてないんだ?」
刻んだショウガを放りこんだ湯をすすりながら、才人はたず...
「なんでだろうな……まあ、くだらん意地やあれこれさ」
マーク・レンデルは二人のまえに椅子をひいて座り、自分も...
四十は越していると見えたこの男が、意外にまだ若いことに...
森の過酷な生活が、実年齢以上に風貌を老けて見せているの...
「俺は親父の後をついだ森番だった。森林監督官の下に森番が...
ここの森番は、平民ゆえ形としては公務員ではなく、王領の...
そこで一度言葉をきり、いまいましげに無法者は顔をゆがめ...
「あれは子供のころから頭がよく、同時に過敏で気の弱い男だ...
あれがおかしくなったのは数年前、あの塔に頻繁にこもるよ...
〈永久薬〉には狂気が宿る、という言い伝えはここらのだれ...
「ちょっと待った」
うん? と首をかしげた男に、才人は問いただした。
「あの塔の中になにがあるのか知ってるんだな?」
687 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:41:36 ID:IdV3bW49
「〈永久薬〉の処方箋があると聞く。『塔のメイジ』が書きの...
たぶん、ウォルターはそれ以前に塔に踏みこんだことのある...
そして作ることに成功したのだと思う。ウォルターが使い魔...
伝説では、永久薬の効果は、『物質の属性、効力を無限に引...
はおらされた才人のマントにくるまっているアンリエッタが...
クリザリング邸の晩餐で、彼女はほれ薬の一種をのまされた...
解毒薬を館で一回、効き目が薄れたためさきほどもう一回服...
あせった様子で、女王は森の無法者に確認した。
「無限に?」
「ああ、いろいろな言い伝えがあるな。
『あの塔を守っているのは、永久薬によって長い年月を動き...
『錬金の魔法をこめた杖が、とどまることなく触れるものを...
『塔の最上階で生きつづけているメイジ』。
『永久薬をつかった眠り薬をのまされた姫君が、起きられな...
才人とアンリエッタは、一度顔を見合わせた。才人が食い下...
「最後の話を詳しく!」
「そういえばそこの娘さんの事情と関係ありそうな話だな。
いや、単に、恋敵に眠り薬をのまされた貴族の姫君が、ほう...
解毒薬を口から流しこむと少しの間起きていたそうだがね。...
その眠り薬が、この塔で作られた永久薬の効果をおよぼされ...
アンリエッタが薄赤くなっていた顔色を、怯えで白にもどし...
「一生? 解毒薬が、効かない?」
「うむ……詳しいことは知らんが、解毒薬がまったく効かないわ...
毒の効果が切れないので、時間がたてば解毒薬が負けてしま...
素人考えだがね、と率直に述べるマーク・レンデルだったが...
「いえ、もしそれだとするとこの状況の説明がつきます……王宮...
688 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:42:18 ID:IdV3bW49
「ん? どこの薬剤師って?」
「あ、あー、ところで、それならやっぱり塔の中を調べる必要...
行ってみるわけにはいかねえかな」
注意をそらすべく、内心焦りながらも提案した才人に、マー...
「やめとけ、塔に踏みこめるのはウォルターだけだ。クリザリ...
どんな原理か、先代やウォルターが手を塔の扉にかざすと開...
伝え聞いた話によれば、アルビオン王にもそれが可能だと言...
それを聞いて、才人はうなった。
「どのみち、やらなきゃならねえんだよ。このままはまずいん...
「ええ。かならず解毒しなくては」
才人に同意をもとめられ、アンリエッタが即座に首肯する。
二人とも、今の状況がどれだけ深刻かよくわかっているのだ...
マーク・レンデルが、難しそうに腕をくんだ。
「……あえて試みるなら夜の間だな。日が落ちたあと、あの塔は...
危険だからやめておけよ、と言っておくがね。どうしても行...
ところで」
森の無法者は、好奇心のこもった目を二人に向けた。
「ウォルターの館で薬を盛られたってのは聞いたが。
お前らがどこのだれだかは、まだ聞いてないんだがね?」
「……やっぱ言わなきゃならねえか?」
「思い切りが悪いな、坊主。俺たちに害意があるなら森で射て...
俺の弟分たちが今、塔に向かったという連中をさぐってる。...
身がまえなくても俺たちは、たんなる農夫兼猟師の集まりの...
689 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:42:48 ID:IdV3bW49
「でも盗賊とだれかが言ったような」
「……大胆だな坊主。平民とはいえ自由民をつかまえて盗賊呼ば...
俺たちが盗賊? 封鎖されてる森の中で、誰から盗むんだよ。
王の森の獣は食ってるから、しいて罪状をいうなら密猟だな」
まあ密猟は森林法に照らせば死刑もあるくらい立派な重罪な...
複雑な表情で黙りこんでいるのはアンリエッタである。
才人は一応、そこにも突っこんだ。
「その密猟は取り締まられなかったのか、クリザリング卿に?」
「放置されている。本来それがあいつの任務のはずなのにな。...
ウォルターは、俺たちを追いつめようとはしていない。さも...
森の男はしばし言葉をきり、首をふった。
「森にのこった俺たちは、かつてのウォルターのもっとも忠実...
……もし手を組むことで双方に利があるなら、そうしない法は...
らんと獣のように強烈に輝く目で、マーク・レンデルは二人...
才人とアンリエッタはもう一度目を見交わし、困ったように...
「あの……失礼ながら、森の外のことについてはあまり情報がな...
この男たちに森の外の情報が遮断されていないなら、目の前...
いかに公式には「軽く視察する」程度にしか知らせていない...
「ああ、正直言うとな。先の革命や大戦も森のなかで知ったく...
ウォルターの君臨は政変にまったく影響されていないように...
アルビオン王家にウォルターが援兵を出さなかったとはいえ...
このアルビオンの「王の森」の名目上の主権者は、二回かわ...
アルビオン王家からレコン・キスタに、今はトリステインは...
その二回ともウォルター・クリザリングは旗幟を鮮明にせず...
むろん政治的術策の結果として、それは不可能ではないが。
(でも、難しいと思うわ……どうやって? レコン・キスタは甘...
「与えるものは受け取ることができる」と枢機卿に教えられ...
賄賂にしても莫大な額になるわ。そんな富がクリザリング卿...
アンリエッタは茫洋としながらもそれを考えようとした。
690 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:43:22 ID:IdV3bW49
才人は才人で、アニエスやルイズと合流したあとのことに思...
マーク・レンデルは二人を交互に見てから、「まあ、今すぐ...
「とりあえず斥候に出した奴らから連絡がくるまで休んだほう...
この集落には小屋がいくつかある。半分以上は捨てられたも...
「……そうだな、連絡つくまでは下手に動かないほうがいいか。...
才人はショウガ湯を一気にのみほし、渡された獣脂のランプ...
すると、アンリエッタも立ちあがった。
少年は固まった。そういえばそうだった。この問題があった。
……けっきょく外に出ても、つつましい足音が才人のあとを追...
ほこりまみれの粗末な寝台しかない小屋に入ってから、冷汗...
姫さま? とややたじたじとなっている才人の前で、アンリ...
「すこし、お話ししませんか……」
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マザリーニはフネの船尾近くから下を見おろした。
夜、地表をおおう木々は空からは黒い海のように見える。
信じがたいことに、ウォルター・クリザリングが動かすこの...
眼下の黒冥に視線をさまよわせながら、彼は杖をとりだして...
この高さならレビテーションかフライを使えば、無事に着陸...
「なにをされるつもりかな」
いつのまにやら甲板にあがってきたらしいクリザリングの声...
黒衣をひるがえらせながら、マザリーニはふり向いた。
森林管理官が立っていた。そばに数名の召使がひかえている...
「わざわざお招きいただいたのに心苦しいが、夜空の遊覧にも...
降ろしてもらおうかと思っておる」
「なるほど。では好きにされるがよい」
特に興味もなさそうなクリザリングの返答に、マザリーニは...
691 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:43:55 ID:IdV3bW49
「ずいぶんと豪気だな。捕虜が逃げようとしているのだぞ」
「どのみち適当なところで放逐するつもりだった。
猊下をここまで連れてきたのは、指導層を我々の出はらった...
もっとも残すべき価値のある物もないが」
クリザリングの言葉は、マザリーニを拘束もしていないこと...
だがマザリーニの背筋には悪寒が走った。厄介払いするつも...
この男は、どちらでもよかったのだろう。根拠はないながら...
「なにを考えているのだ、クリザリング卿。
貴殿は私には理解できぬ。わかるのは、貴殿が気違いじみて...
風に劣らぬほど温度の低い声を出しながら、マザリーニはク...
青年は怒りも笑いもせず、突然に興味がわいたような表情で...
「気違い? それはたとえばどのような行為を指して?」
「この日の最初から最後まで、あらゆる行為をだ。
今このときに限っても、無灯火で艦隊を夜間航空させるなど...
着陸難というだけでなく、うっかり間違えば三隻のみとはい...
急速に、クリザリングは一片の熱もない醒めた様子に戻った。
「艦隊運用について猊下に心配していただく必要はない。みず...
彼がこれ以上とどまるなら、背骨を折って放りだせ」
クリザリングの最後の一言は、そばの召使たちに向けての命...
マザリーニは顔をしかめると、ゆるやかに背を倒し、船べり...
…………………………
………………
……
「手前はほとんどの事物に、執着するほどの価値を見いだせな...
これも諸人にとっては狂気の一種なのだろうかね、猊下」
「ウォルター・クリザリング」は船べりに立ち、マザリーニ...
逃げたところで運が悪ければ、あの老人はすぐ死ぬ。
森にはスフィンクスを放っているし、王軍のところに逃げた...
692 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:44:36 ID:IdV3bW49
「どうせこの世は無常の夢、万象はさだまらず転変するだけだ」
ぶつぶつとつぶやく。
彼にとって、他者の去就は生死をふくめ、とくに考慮するほ...
今なおわずかなりと気にかかるのは、せいぜい女王の安否く...
もの言わぬ家臣たちを向き、あごをしゃくって追い払う。
離れていくその後ろ姿を見ながら、思考をめぐらせる。
館にのこっていた女王本人は、大胆にも少人数で森に逃げた...
彼女を殺すつもりはないが、捕らえておけばその配下たちを...
枢機卿では無理だろうが、女王とであれば王軍の者もあの少...
しかしクリザリングは喜ばない、と彼は感情のない声で独白...
「いかな種類でも『アンリエッタ姫』に危害を加えることを、...
では、やはりそれ以外を直接狙うか」
ラ・トゥール伯爵とはすでに激突した。あの、都市トライェ...
女王が塔に派遣した兵は、スフィンクスの魔法人形がかく乱...
この二つの軍勢は森で合流する可能性が高い。
一方、こちらの手駒は、塔に収容していた魔法人形たちが主...
ただし巨躯が多い。
〈永久薬〉によって半永久に動きつづけ、形を徹底して破壊...
彼はその魔法人形たちを、この三隻の運搬用フネに搭載して...
「さて、どこまで手を出したものだろうか」
本来手をかける必要があるのは虚無の少女だけだ、と彼は続...
「抹消されるべきは、塔が強引に暴かれる可能性だけだ」
あの少女を殺す。ほかの有象無象は、邪魔だてする者だけ排...
そこで、いや、と考えをひるがえす。
「否、否、考えてみれば、『虚無』の人物が重要でないわけは...
鏖殺するつもりでちょうど良いくらいだろう。そう、彼は結...
693 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:45:27 ID:IdV3bW49
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「火は効かないようだ。外の焚き火も、こちらの視界を確保す...
外では、いくつかの焚き火を背に円陣をしかせているが、あ...
塔と館をつなぐ、森に両側をはさまれた林道沿いにある小屋。
林道にはいくつもの焚き火がたかれ、兵たちが武器を手に緊...
外の警備を副官とマンティコア隊の代表にまかせていったん...
炉の前でマザリーニと向かいあっていたラ・トゥール伯爵が...
「当たり前だ、魔法人形だからな。本物の獣と同じく火を恐れ...
クリザリングの奴はああいった奇怪なものを手駒として多く...
それさえなければ、トライェクトゥムの兵だけで圧倒してや...
小屋のなかではアニエス、逃げ出してきたばかりのマザリー...
帽子にクモの巣と木の葉がくっついたまま、椅子にすわって...
「陛下のゆくえが知れない。館にはいなかったようだ、クリザ...
てっきりラ・トゥール殿が連れて逃げてくれたものと思った...
われわれは何よりも優先して、陛下の安全を確保するため動...
つい数分前に、マザリーニは割合にかくしゃくとしながら森...
そのまま近衛隊によって保護されたのだった。彼は重要なさ...
「それと、クリザリング卿は無灯火のフネに魔法人形をつめこ...
あの男の思考は読めぬ。十分に警戒せねばならん。
私は焚き火の明かりを見てここまで来れたのだが、間違いな...
アンリエッタが行方不明と聞いて、アニエスは蒼白になって...
(森をあてどなくさまようことになるが、ここは防戦にも向か...
陛下も探さねば。なぐさめは、もし逃げたのならサイトがお...
待てよ、森の無法者という連中がいたな。いっそ前の傭兵隊...
沈思するアニエスの前で、ラ・トゥール伯爵もまたなにかを...
彼は顔をあげて枢機卿にただした。
「マザリーニ様、さきほど聞いた話のなかで、フネの動力室も...
694 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:46:07 ID:IdV3bW49
「……ああ、妙なことだけならほかにいくらでもあったのだがな...
違和感があった。風石の蓄えがなく、補充されたあともない...
「なるほど……」
下唇を指でつまんで考えこむラ・トゥール。
三人の横では、優先的に小屋に運びこまれた負傷兵たちが沈...
……この状況はいろいろな要因による。アニエスたちは塔に踏...
来た道とはべつの林道を見つけ、クリザリング邸に引きかえ...
それからほどなくしてマザリーニを迎え、館側の一部の事情...
アニエスはラ・トゥールのほうに一歩ふみこんだ。
「ラ・トゥール殿の兵を背後から襲ったのは、たぶん塔の怪物...
現在、近衛隊を陛下からあずけられているのは私です、ラ・...
われわれ双方で徹底した情報交換が必要かと存じます。考え...
ラ・トゥール伯爵の目が、今夜はじめてアニエスをまともに...
うろんげな、わずかに戸惑いを見せる表情。こちらを見るそ...
このような眼光はよく見てきた。
銃士隊長にのぼりつめるまでに軍で、栄達してからは王宮や...
(これは、平民を侮蔑する者の目だ)
だがラ・トゥールの目の光は一瞬にして散じ、彼は愛想がよ...
さきほどアニエスが入ってきたときの不機嫌な応対とは、た...
「……ああ、たしか名はアニエス殿だったかな。失礼、勇壮な麗...
戦闘の発端は、ウォルター・クリザリング、あの狂人」
その名をだしたとき、トライェクトゥム伯アルマン・ド・ラ...
「私は晩餐のあと奴と差し向かいで話しあい、昼間のことにつ...
奴は召使にとりつがせた私の面会要求を、完全に無視しての...
幸いにも、わが兵が即座に反撃してくれました……そのあとの...
あとは知ってのとおり、館から撤退する途中であなたがたに...
「なるほど、得心がいきました。
ところで、塔の〈永久薬〉について知っていますか?」
695 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:46:37 ID:IdV3bW49
口をつぐんだラ・トゥール伯爵の顔色が数瞬のあいだに変わ...
その都市領主は、ややあって咳払いした。
「……そんなところまで、調べているのですか?」
(おや、これはなにか引っかかったな)
そう腹の中でつぶやき、アニエスは答えない。ただ、じっと...
しばしして、腹をくくったような顔を見せ、ラ・トゥール伯...
「ええ、この際その薬のことをもクリザリング卿に問いただし...
普通に考えれば与太話のたぐいです。実際にあれば喉から手...
ですが、それがどうやら本当にあるようなのです。そしてク...
「それはいったいどういう……」
アニエスがつい引きこまれたとき、「アニエス!」と呼ぶ声...
やむなく場をはずす。
「……ちょっと失礼」
呼ばれたほうへ行く。
ずっと小屋の暗い隅のほうで、なにやらごそごそしていたル...
「アニエス! 出ない! 出ないのよ!」
「心配するな、荒事のときは新兵によく見られる現象だ。
座ったらまず息を深く吸いこんで上を向き、口をぽかりと空...
さすればおのずと膀胱はゆるむ」
「だ、だれがお粗相の話をしてんのよ!? 虚無よ虚無!」
地団駄をふんでルイズがわめいた。
「乱発しすぎて魔力が切れてるのよ!」
一拍おいてその言葉の意味を理解し、アニエスは慨嘆して天...
そういえばルイズはあのスフィンクス相手に、半ばパニック...
696 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:47:12 ID:IdV3bW49
それらを全部、あの厄介な魔法人形は巧みにはずしてしまっ...
空中までふくめた広い領域を、水中の魚のように迅く滑らか...
ガンダールヴ状態の才人でも凌駕できるか怪しいほどのスピ...
ともかく結果、ルイズは無駄撃ちのしすぎで魔力のストック...
「魔力が回復するまでどのくらいかかる?」
「そ、それは……それがわかれば苦労しないわよ……」
「……やむをえまい。ラ・ヴァリエール殿は戦力からはずす。
私の後ろにいろ」
アニエスは落胆こそしていたが、とくに厳しい態度をとった...
精神の成長いちじるしいとはいえこの少女はまだまだ、虚無...
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獣脂の明かりの揺れる小屋の中。
寝起きの役にしか立たなさそうな小屋は、入ってすぐ毛布も...
その上で女王は、夜を徹して語る覚悟を決めたようだった。
「クリザリング卿が、いまのところ最大の容疑者です」
今夜自分に「ほれ薬」を盛り、兵を動かして反乱同然の真似...
求婚の件があるだけではない。
マーク・レンデルから聞いた種々の情報は、ウォルター・ク...
「もし彼が今夜の騒動の立役者であるのなら、わたくしたちは...
でも、ほかの可能性はないのかしら……ラ・トゥール伯爵のほ...
ともすれば薬のため散らばる思考をかき集め、わざわざ口に...
一つ一つ、必死につむぎあげる憶測を足がかりにして、さら...
才人が妙に硬いささやき声で口をはさんだ。
「あの伯爵ですか。なにか心当たりでも?」
その声を聞いて、アンリエッタは赤みがかったまぶたを伏せ...
いまや思考すること自体が、むりにでも理性をたもつための...
697 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:47:47 ID:IdV3bW49
「ラ・トゥール伯爵家は、もともと都市トライェクトゥムの領...
でも、何百年も前にラ・トゥール家による暴政がつづいたと...
王家がトライェクトゥムの市民と組んで、ラ・トゥール家か...
立て板に水のようにすらすらと、ただし情動はほとんどない...
たぶん、詰めこまれた教育で得た知識を、教科書どおりに口...
今の彼女にとっては、とにかく何でもいいから思い浮かべる...
「そのあとはトライェクトゥムは、事実上の国王直轄地として...
それさえも、王家が市の参事会にさまざまな特権を保証して...
いっぽうのラ・トゥール家は伯爵家という肩書きだけはその...
「なるほど。だから恨みを王家に、という考えで?」
「いえ……待って、よく考えれば、それも微妙ですね……
その昔日のころであれば、ラ・トゥール伯爵家が叛意をいだ...
ええと、そう、王家には恭順的で、市の参事会にも平和的に...
順風満帆なら、反乱してなにも、得るものは、ないのですか...
アンリエッタの頭がふらふらしはじめた。
才人は血相をかえてその肩をゆする。
「姫さま、気をたしかに!」
ぼんやりと女王が、半分閉じかけていた目を見開く。
傍からみれば、睡魔との戦いに似ていなくもない。
この数刻何度あたらしい解毒薬をのんでも、ほれ薬と解毒薬...
やはりほれ薬のほうは、マーク・レンデルにさきほど聞かさ...
どうにか持ちなおしたアンリエッタは、なるべく長く正気を...
彼女が一方的に口を動かしているのは、才人の声があまり彼...
「実は貴族の反乱も、無理ないかもしれないと少しだけ思うの...
最近のわたくしの施政そのものが、彼らの敵意を誘発するも...
女王は「武器税」のことを話す。
諸侯の力をおさえ、平民を引きあげる政策の一環であるそれ...
赤らんだ表情を眠たげにとろかせながらも、この話をすると...
それでも精神が揺れているのか、いつのまにか語ることに弱...
698 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:48:27 ID:IdV3bW49
アンリエッタは芯をどうにか保ちながら、しかし沈鬱な声音...
先の巡幸の一連から、みずからの目ざす施政が、それまでよ...
できる限りそれを成しとげたい、という思いを。けれどもマ...
「改革はこの先も、多くの貴族の恨みを買うでしょうし……もし...
……ほんとうは自分でも自信がないの。巡幸のときのことがな...
そしてこれはけっきょく自分の、自分の罪悪感をごまかそう...
静かに震えながら、アンリエッタは思い返す。
罪を問うような青い目を。【拙作SS】
唇をかみしめ、知らず知らずのうちに、黙って聞いている少...
「善政を敷くため行動しようとしても、発端がしょせん偽善で...
やはり、これも感情に翻弄されて、いたずらに国政を左右し...
重い心情を吐露されて、才人は目をふせて考えこんだ。
アンリエッタは胸を上下させながらも、それを妨げないよう...
ほのめく薄明としめやかな息づかいの中、時間がすぎてゆく...
彼はまず断っておく。「姫さま自身にわからないことは、俺...
「ただ、俺の使い魔の力もそうですが、人間がやることの原動...
『その結果が出るのか自信が持てない』というなら、自分の...
アンリエッタはその言葉を真摯に受けとめ、気をぬけば崩壊...
たしかに政治は、結果で評価が決まるのだろう。
そして常に、この選択でよいのか考え続ける。終わることな...
内容的にはけっこう厳しいことを言われたのかもしれなかっ...
真剣に考えて忌憚なく話し、その上でなおもこちらを気づか...
貴種の生まれ育ちゆえにアンリエッタは、他者の心のありよ...
彼はたぶん誇りのため、またはこうして他人のためにどこま...
ちゅ。
アンリエッタに何度目かにキスされ、才人は固まった。
少女の手で顔を両側からはさまれて上向かせられ、ゆっくり...
ゆっくりといっても、それはアンリエッタがぎりぎりで踏み...
「ひ、姫さま、こらえろよ……?」
699 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:50:00 ID:IdV3bW49
「………………失礼いたしました……」
どうにかという感じで、少女が上気した顔を離す。髪や肌か...
才人はひそかに固唾をのんだ。
精神力を総動員して耐えているのは、実のところアンリエッ...
「というかあの、この体勢からして、ちょっと変えたほうがと...
才人が指摘した。彼は壁に体をつけてベッドに座りこんでい...
そのひざの上にアンリエッタが腰かけ、才人の首を抱くよう...
少女が首をふった。至近距離で栗色の髪が揺れる。熱情がし...
「だめです……いまではもう、わずかでも離れたらかえって自分...
「だーもう、なんて厄介な薬だよ」
才人が苦悩のうめきをこぼした。
もともと「離れると心がひどく乱れて、自我を保つのもまま...
ベッドの端と端に距離をあけて座っていたのである。
それが時間が経過するうち、いつのまにか距離がちぢまり、...
そのあとは才人が、何度か発作的にこらえられなくなったア...
愛の妖精でも赤面しそうな光景が現出しているのだった。
確かにいまの才人は一人きりの護衛である。
女王から離れるのはいろいろ問題あるのだが、これでは別の...
うっかり過ちを犯したらシャレではすまない。
そんなわけで目下、才人は必死で心に城壁を積みあげている。
ルイズ達と連絡がとれるまでの辛抱だ耐えろ俺、と心中につ...
「そういやなんで、薬の効果が発揮されたのが俺なんです?
晩の食卓で盛られたっていいますけど、あの薬は飲んで最初...
アンリエッタはうろたえたように視線をさまよわせた。
晩餐では才人やルイズとのことをはじめとして、物思いにふ...
結果として、思考にあわせて視線が、護衛として離れた位置...
700 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:50:48 ID:IdV3bW49
どう言えばいいのか思いなやむうちに朦朧として、気がつく...
ごまかす意図のキスではないが、結果としてそうなりそうだ...
「ちゅ、ん、む、あむ」
今度ははしたなく薄い舌まですべりこませている。
先ほどの発作からほとんど間もおかない口づけに、面食らっ...
「姫さま、まずい、まずいからこれ」とうろたえ、アンリエ...
それに逆らい、少年の頭をかかえこむようにして、アンリエ...
胸を満たすまろやかな情愛の切なさに、少女の瞳がうるんで...
口内で舌に舌をからめられて才人の手が、指をぴくぴくと引...
才人にとっても、予想以上にきついのだった。
彼とて自分の精神力、というか我慢強さに自信がないわけで...
……が、彼とて木石ではなく、くわえて今のアンリエッタはあ...
「は……ぁむ、ちゅぴ……かぷ」
「ひゃわわわわわ! そこやめろストップ止まれ!」
アンリエッタが少しずつ身じろぎし、その降らせる口づけが...
キスが首筋を通って鎖骨まで達し、そこで鎖骨に甘く歯をた...
愛撫がこれより下に行くのを何としてもとどめるべく、とっ...
優美な背をたわむほどに抱きしめられて苦しげに息をつきな...
見るものことごとくを魅せるような濃い色香が、花のように...
単なるほれ薬だけの投与のときとはまた違う。
内奥での薬と解毒薬の終わらないせめぎ合いが、抵抗する少...
昔、ほれ薬をのんだときのルイズも危険物と化していたが、...
なにしろ今のアンリエッタは朦朧としているぶん抑えがきか...
才人は上向かされる。
口づけが、黒髪に。
髪からまぶたの上。下に移動して唇に軽く。
唇から頬。頬から耳。
701 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:51:41 ID:IdV3bW49
才人が無表情になっているのは、平静をたもつべく必死につ...
……裏がえせば、精神力をふりしぼっても本気でヤバい局面が...
アンリエッタの「発作」は、どんどん間隔がみじかくなって...
「おい小僧、毛布を差し入れてや………………失礼」
マーク・レンデルが毛布を手にして小屋にふみこみかけ、即...
開いたドアがもとどおり閉まる。
しかしこの一瞬、アンリエッタの注意がわずかにそれた隙を...
密着状態がちょっとだけゆるんだので、説得にかかる。
「落ちつけ姫さま、深呼吸して正気に戻れー……?」
「…………おちつ…………」
「そうそう、がんばって、踏みとどまってください!」
「……お、し……お慕い……して、おりま、すぅ……」
火照った態。ついに目を回しながら睦言まで口走りはじめた。
いいかげんに限界のようだった。
才人はふところから解毒薬の小ビンを取りだし、アンリエッ...
蒼白になりつつ、足りるかどうか目ではかったそれは、あと...
「……朝までもつかな……」とのつぶやきには、彼自身の精神的...
30 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:14:25 ID:/8zwchxn
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アニエスたちのこもっていた林道沿いの小屋の前。
三隻のフネは大破して、木々の梢をへしおりながら林道をふ...
墜落船から今しがた下りてきた異形の魔法人形たちが、林道...
焚き火から離れれば、夜目のきかない人間たちがそれだけ不...
「血液はすなわち可飲黄金Aurum potabile」
アニエスたちの前方で、ウォルター・クリザリングが語りな...
無味乾燥なその表情が、焚き火に赤々と照らされている。そ...
焚き火の横には、トロールの魔法人形に殴り殺されたトライ...
「生命力、充溢せる命そのものの証だ。
だからそう騒ぐことでもない。この魔法人形らは傷つけられ...
体液を補充してみずからを癒さんがため、備わった本能的な...
クリザリングの言葉はアニエスの横で血の気をうしなってい...
先ほど、ルイズがあげた「血を飲んでるわ」という悲鳴に応...
「赤、極まれば金となり、銀、死を得ては黒と化す。
血液は黄金に変じ、水銀は黒色回帰する。
錬金術師の理もさまざまあれど、『塔のメイジ』の系譜は赤...
クリザリングが何を言っているのかアニエスには理解できな...
人血摂取する異形たちの、王軍の弾丸や風の刃でついた傷口...
その色は黄金。
「生物の血液は、かれらの体内にとりこまれれば、そこに流れ...
伝説を調べていたのならとうに気づいているだろう、そこの...
クリザリングは歩いて魔法人形たちの最前線に出ると、手を...
女王はいないな、とその色の悪い唇が動いた。
(最悪だ。直前に情報を得ていたのに、奇襲を許してしまった)
アニエスはほぞを噛んだ。
無灯火ゆえ、フネが小屋に接近するのを、すぐ近くにくるま...
その前に、マザリーニが逃げてしらせてきたときに、すぐさ...
それでも森にはさまれた狭い林道にはまさか着陸できまい、...
31 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:15:02 ID:/8zwchxn
(いかれている、何のためらいもなく降下させてフネを壊し、道...
魔法人形たちは数はこちらより多くない。五十体ばかり。
しかし、ことごとく巨躯で力が強い。しかもあのスフィンク...
王軍の攻撃をおそれる風もなくその魔法人形の先陣に、杖さ...
「なぜわれわれに弓をひく、クリザリング卿?」
問われた者は答えなかった。
正確には、答える前に悪意に満ちた叫び声を、ラ・トゥール...
「なぜかはわかっている!」
彼は杖をふって魔法人形たちに大石を次々と飛ばしていたが...
「〈永久薬〉を奪われたくないのだ、この男は」
トライェクトゥムの都市領主は、王の森の森林管理官を指し...
「マザリーニ様の話を聞いて確信したことがある。
そのフネ――風石なしで動くか、特別の風石を使っているだろ...
それを聞いて、だれもが息を呑んだ。
口の端に勝ち誇る笑みさえ浮かべて、ラ・トゥール伯爵は推...
「最初から微妙に違和感があったのだ、ここへ来るときの迎え...
風石は一度に積みすぎれば船が遅くなる【2巻】から、こま...
速度が変わらないのは消費する量が一定であるように緻密に...
交易船を扱おうとする商人の目線で気づいていたことを、得...
「聞いたことがあるぞ。永久薬は、物質の効力を無限に引き伸...
そのフネで、商いのために航空すれば、なにが利益になる?」
ルイズとマザリーニが顔を見合わせるのが、アニエスの視界...
そして、枢機卿が短く理解の声をあげた。
「そうか、動力費が単に浮くだけではない、森林管理官の任務...
それをすべてそっくり消費しないまま、元手なしの商品とし...
風石はフネの航空には必須の動力であり、それ自体が商品と...
長距離を、多くの荷をつんで航空する空の商船ならば、必然...
ラ・トゥール伯爵がうなずいた。
33 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:15:36 ID:/8zwchxn
「昼に続き、ご賢察と言わざるをえませんな、マザリーニ様。
しかし、それは氷山の一角にすぎない……そも、船団の航空記...
動力としての風石。乗組員の食料と水。ほかは無くともいい...
そして、各地の港においてフネの寄港は記録され、商船団の...
積荷の種類や多寡によっておさめる税の額もきまる。免税権...
なるべく港によりたくなくても、最低限の補給はせねばなら...
……通常の遠隔貿易の船ならば。
「補給の必要、港ごとの課税。それらを無にする永久機関、ま...
公式に記録されているその先まで航空して商品を買いつけ、...
港に寄らないため気づかれず、徴税官の書類記入をのがれた...
どれだけの利を叩きだしたんだ? 言ってみろよ」
「待ってくれ、ラ・トゥール殿」
アニエスはあの目の光を見たときより、この貴族と会話する...
「遠隔交易で商船を動かすとき、風石をクリザリング卿はちゃ...
それに風石の補給がいらないとしても、乗組員の食料や水は...
「カモフラージュ用に買ったに決まっている、その風石も記録...
そして食料も水も不要なのだろうよ。なぜなら」
ラ・トゥールは忌まわしげに唾を吐き、クリザリングの後ろ...
「そいつらにはあの魔法人形どもとおなじく〈永久薬〉が使わ...
館で戦ったとき、傷ついた者からは金色の液が流れたぞ。そ...
はたで聞いていたアニエスは深呼吸した――驚く話が多すぎる。
「はっ、他人に渡したくないのも無理はない、おぞましき業に...
〈永久薬〉を利用した闇の交易を秘匿するため、女王陛下に...
糾弾を黙って訊いていた森林管理官がこのときようやく、わ...
「おまえを見直した。金への執着からくる邪推で、そこまで頭...
ラ・トゥール伯爵の顔がどす黒く染まった。
それに頓着せず、クリザリングは「最後だけは的外れもいい...
34 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:16:09 ID:/8zwchxn
「手前の動機はともかく、行動自体はラ・トゥール、おまえの...
その上さらにクリザリング個人の研究を完成させるためには...
みずから〈永久薬〉を作った。
そのことがなんでもないかのようにクリザリングは言っての...
「〈永久薬〉についてもいいところをついている。その本質は...
しかし誤解があるが、〈永久薬〉は人間に使うようなもので...
ところで、そろそろ終わらせていいか?」
倦怠感のこもった最後の声に、王軍の全員が身がまえた。
アニエスは拳銃で目前の男の心臓をねらい、ラ・トゥールと...
……ルイズは先ほど精神エネルギー切れで虚無が出せなくなっ...
彼女のほうを見てはいなかったが、合図するまでもなくラ・...
アニエスも引き金にあてた指に力をこめる。
(この男は危険だ、遠慮などしていられるものか)
恐怖の叫びが背後からあがった。
アニエスの足裏から脳天を悪寒がつらぬいた。
ふり向くとルイズが、地面に転がっていた。パニックに陥っ...
驚いて転んだため一撃が当たらなかったらしく、奇跡的にル...
跳躍を終えたスフィンクスの魔法人形が、地面に降りたって...
(し……しまった!)
アニエスは息をのんだ。
前方のクリザリングに注目しているうちに、林道をはさむ横...
詠唱を中断させられたラ・トゥール、それに恐慌の声をあげ...
(馬鹿、こんな近距離だと同士討ちになる!)
「ああスフィンクス、ちょっと待て。
ラ・トゥール、おまえは土系統だったな? ゴーレムを呼び...
35 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:16:59 ID:/8zwchxn
クリザリングの言葉にあわせ、人面獅子身の怪物が、黒目の...
その言葉に嘘はないことが、アニエスにはわかった。この魔...
「そいつは『塔のメイジ』ではなく、手前みずから作った特別...
くわえて〈永久薬〉を使っており、物理的に破壊しつくされ...
抑揚もなく、淡々と、クリザリングはそう言った。拳銃を突...
アニエスはその心臓から銃口がぶれないように、また声を震...
「……たがいに王手というわけだな」
「まさか。対等の状況だと信じているのなら、ためしに撃って...
こともなげに森林管理官が言う。
はったりだと思おうとしながらも、アニエスは急激にふくれ...
「手前が殺す必要があるのはそこの少女だけだ。塔を暴かれる...
その少女を引き渡すなら、無用な戦いは避けてもいいが」
「よ――よく言えたものだ! 話を聞けば、貴様自身が塔に踏み...
「そうはいえど、塔も〈永久薬〉も本来、クリザリング家に属...
あらゆる意味で〈血〉が、われらの錬金術の理なのだ。
現に、この場の魔法人形のほとんどは塔のメイジ謹製だが、...
風の鳴る音がして、言葉が切れた。
クリザリングのわき腹に浅く矢が突き立っている。
無表情に体の横にささった矢を見てから、森林管理官が攻撃...
最後にサーベルで鉄鍋を突いたような音とともに、森林管理...
額の辺りを打った矢が一本、はねかえって地面に落ちていた。
アニエスたちが目を点にする間もなく、林道の横の森から、...
手には弦がいまだ震える弓。
先ほどのスフィンクスと同じく、森からの奇襲だった。ただ...
36 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:18:07 ID:/8zwchxn
森の陰から木々をぬうようにして矢を標的に命中させた彼ら...
そのうちの一人が弓をそばの一人にわたし、手に鉈をもって...
「『俺たち領民を先に裏切ったのはあんただ、ウォルター』
このような日が来たときはそう言え、とマークに言われてい...
手で顔をおおって背をまるめたクリザリングに対し、硬い表...
落下したその鉈が、がちりと音をたてて止められた。
クリザリングは右手で顔をおおったまま、左手を上にあげて...
わずかな感慨をこめた声が、顔をおおう指のあいだから漏れ...
「久しぶりだな、ダン」
男の顔が引きつった。名を呼ばれたからではない。
このとき、森から現れたほかの男たちも、アニエスも地面に...
深淵から這いでてきたおぞましい何かを見る目で。
「エドガー、ジョー、サイモン、ジョフリー、ポインツ、ケイ...
ほうっておけば死ぬか去ると思っていたが、マークの下で意...
いままでは見逃してやるつもりだったが、いまのは久方ぶり...
焚き火に照らされる中、黄金の液体が、ぽたりぽたりと地面...
なかば切断された左手の傷。そこから、金色の血がゆるゆる...
鉈をふりおろした男があえいだ。
「ウォルター様、あんたは……」
その声を最後まで言うことなく、迅速にとびついた獣がその...
スフィンクスがバリバリと男を引き裂く音のなか、「ウォル...
額の、破れた表皮の下には鋼の仮面。
絶たれかけた手首の切断面からは、黄金の液がぼたぼたと落...
全身に浅く突き立った矢。それでどこかがいかれたのか。身...
がちりがちりと――鉄の音。
スフィンクスの威圧から逃れて、地面からほうほうの態で起...
アニエスはそっとその手をはずさせ、拳銃をやや下げながら...
37 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:18:47 ID:/8zwchxn
「貴様自身が、魔法人形だったとはな」
「ウォルター・クリザリング」の鈍色が混じる顔がアニエス...
折からの強風を受け、焚き火が天を焦がすほどに赤々と、森...
「女よ、たしかにこの身は魔法人形だが、脳と心臓は『ウォル...
塔の系譜の錬金術の秘奥、〈永久薬〉がなんであるか、昼に...
「ウォルター・クリザリング」は胸を指した。
「古来より『生命力にして動力』そのものをつかさどる、心臓...
生きた人間のそれを体内で変質させ、生成する〈黄金の心臓...
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真夜中。森の集落の小屋。
蒼涼な光をはなつ星辰の下、木のドアを開けて戸外によろめ...
才人は出入り口の横の雨水を満たした水盤にとりつくと、手...
あごからしずくをぽたぽた垂らしながら、放心したようにそ...
「た……耐えろ……俺……」
いまは正直、煩悩を岩のごとき意志でおさえこんでいる状態。
この夜に彼が内心でおこなった、劣情をやりすごすための努...
そういうわけで才人は、脳に熱がのぼりすぎて真剣に鼻血が...
と言っても、実は精神力だけで耐え切れたわけではない。
けっきょく今も解毒薬を使って逃れてきた。薬はもうあと一...
「……あの人、なんであそこまでエロい空気を出せるんだ……」
いまは小屋のベッドに横たわって荒い息をととのえようとし...
彼女はさっきまで、のんだ薬が肌から微細な霧になってほむ...
キスはじめとする過度のスキンシップを受けながら、あれを...
38 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:19:43 ID:/8zwchxn
気がつくと、気配もなく隣にマーク・レンデルが立っていた。
黒々とした夜気のなか、元森番は水盤に手をつっこんでその...
それから口元をぬぐって、ぼそっと言った。
「……あきらめて、なるようになれば?」
「冗談じゃねえ!」
間違いですむこととすまないことがある。
この場合相手が相手なので、とくに。
くわっと目をむいた才人に対し、マーク・レンデルは他人事...
「不可抗力ってことで開き直ればいいじゃないか。上品な言い...
あの娘も、お前さんのことが満更でもないようだし」
だからそれが薬のせいだよ! と才人は叫ぶ。
おぼろに好意を向けられていたとおぼしきの一連のことは、...
そのことを意識したら、小屋内にもどったとき抑えがきかな...
意識しなくても、このままだと遠からず確実に理性か脳の血...
「おい、まだ連絡つかないのかよ!? あ、いや、乱暴な言い方...
でも正直もう寸刻も待てねーんだよ!」
「落ち着けって。もうじき弟分たちが帰ってくるから。
それより、そこまで必死に拒むということは、あの娘はよほ...
寒月の光を反射する、鋭く透徹するような眼が才人を見た。
ぎくりとして才人は口をつぐむ。マーク・レンデルは鼻をな...
「あの娘の肌着は上質のもの、おまえのマントには王家の百合...
それ以前にあの娘の挙措で、かなり身分の高い貴族だという...
これでもアルビオン王家のあったころには従軍していたんで...
才人は顔をしかめて考えた。
これ以上ごまかすのは無理がある。
それに、おそらくこの男なら自分たちに害を与えることはな...
一応部屋に戻ってアンリエッタに意見を訊いてみようと思い...
「マーク!」
39 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:20:28 ID:/8zwchxn
駆けどおしだったらしく、激しい勢いで藪のなかから飛びだ...
その男は足早に二人のそばに歩み寄り、息を切らしながら一...
「ダンが死んだ、ウォルターは怪物になっていた、彼はトリス...
われわれは王軍と共闘……いや、先導して逃げている。いまは...
マーク・レンデルはその支離滅裂にさえ聞こえる報告に、す...
一言「ダンが?」とつぶやいて、沈黙し、報告をもたらした...
「全部、わかるように話してくれ」
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近衛隊およびトライェクトゥムの兵たちは、わずかに月光さ...
全力疾走ではない。兵の体力がもたないことを考慮に入れ、...
すぐ後ろを走っているルイズをアニエスは何度もふりむき、...
クリザリング卿は、ルイズを優先して殺すつもりのようだっ...
目の前では森の無法者たちが、マザリーニを交代で背負って...
運動不足がたたってか速度が落ちてきたルイズを、声で鞭打...
「足を動かしつづけろ!」
汗を滝とながし、ぜっ、はっ、と荒い息をつきながらも、ル...
無駄口をきけないほど酸素を消費していることもあるが、止...
落ち葉を蹴立て、柔らかい腐葉土をふみしめて逃げる大勢の...
トロールやミノタウロスなどの巨体の魔法人形が、密生した...
だが本当に恐ろしいのは、音をたてない人形たちだった。
サイズはそう大きくないが、それゆえ木々の間を縫うように...
不運にして追いつかれた者が引き裂かれているらしく、ごく...
その中でも、あのスフィンクスがもっとも危険な存在だった。
ややのろのろしたほかの魔法人形と一線を画して、動きが速...
アニエスはかたまって走る先のほうに数度、俊敏な影が横切...
ほかと離れて走っている者がいればやぶの中に引きこみ、喉...
(今夜「王の森」で狩られているのはわれわれだ、畜生)
40 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:21:18 ID:/8zwchxn
「……あと少しで防御できるところに出る! そこまで行けばな...
目前で先導して走っている、マーク・レンデルの一味の一人...
アニエスは怒鳴り返す。
「訊きたいんだが! 陛下の所在が不明だ、どこにいるか知ら...
「それっぽい娘ならこっちで保護してるよ! 剣を持った黒髪...
銃士隊長の最大の心痛が、かなりの程度やわらげられた。
ほっとしてもそれで気をぬくわけにはいかず、木漏れる月光...
逃げながら脳裏に、先刻の「ウォルター・クリザリング」の...
(あの怪物は言ったな、自分自身が〈永久薬〉でもあると)
その言葉が記憶によみがえる。
『永久薬は、〈黄金の心臓〉と、それに従属する〈黄金の血〉...
しかし、〈永久薬〉はそれ自体では生物の体になんの影響も...
不滅を約束する〈黄金の血〉を受けた器物は特性を無限にひ...
…………あのとき、焚き火燃えさかる林道で、金色の血をこぼす...
『この身は手を加えた魔法人形だ。しかしこの場のほかの人形...
かれらは〈黄金の血〉を体内にそそがれ、または浸されたに...
手前は「ウォルター・クリザリング」であり、黄金の血の主...
『クリザリング卿……
かつてミノタウロスの体に自分自身の脳を移植したメイジが...
おののきをこめた声で問うたルイズに、クリザリングはあっ...
『そういうことだ、少女。脳と……永久薬と化した心臓をね。
他者の心臓と血液では、脳が拒絶反応を起こすと塔の伝承に...
だれもがこの怪奇な話に注意をうばわれていたが、アニエス...
動きを止めていた魔法人形たちがいつのまにかひたひたと動...
41 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:22:01 ID:/8zwchxn
クリザリングの幻惑するような雰囲気にのまれ、聞き入って...
二度もおなじ手をくらってはたまらないとばかりに、アニエ...
『森に逃げこめ!』
一同がとまどったのは一瞬だった。
人形たちがその叫びを合図に、静から動に急激に転じて襲い...
近衛隊もトライェクトゥム兵もはねるようにして反対側の森...
獲物役と狩人役はそのときから変わらないまま、王の森を舞...
逃走するあいだにある程度の死者が出るのは、どうしても避...
しかし森に逃げこむことを提唱した男たちには、ある場所ま...
彼女とて、こんなところで死んでたまるかという思いがある。
考えることがいくつもできていた。
(クリザリングが認めた闇の交易による莫大な富。それはどこ...
先年の事件と安直に結びつけるのは早いとしても。
(それに、港の公式記録に載っていないとしてもそこそこ規模...
よほど慎重にやらなければ簡単に足がつく。十中八九プロの...
走りながら考えこむ様子を、女王の身を案じていると思った...
「娘は傷ひとつ、ないから安心するといい、いまごろは黒髪の...
「ああいや、それなら安心……ん?」
「……そこの、男ちょっと待、ぜー、ぜひ、待ちなさい。
なんつったのよ今」
アニエスの後からすぐ、地獄の鐘が震わされたような声がき...
走りつづけて息絶え絶えのルイズが復活していた。眼光が殺...
紅潮した顔に汗をおびただしく流して、泡をふきそうなほど...
「いや、なんか娘のほうが『ほれ薬』、を盛られてるとか……
森で拾ったとき、小僧と熱烈にキスしてたからな。あれ、あ...
生死の境とも思えないほど能天気な物言い。普段からそうい...
ルイズがなにか穏当でないオーラを脳天から噴きあげている...
42 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:22:41 ID:/8zwchxn
「ぜはっ……あのワンコロじょ、上等だわね、はっ、はっ、なん...
「……貯めてろ」
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アンリエッタはベッドの上に横臥して丸まり、熱いため息を...
体内の二種類の薬の争いになやまされ、肩を抱くようにして...
こうして正気にたちかえってみると、恥ずかしさに顔が燃え...
「ああもう……」
目を閉じ、やるせなさをこめてつぶやく。
ルイズと争う気になれず、才人のことはあきらめようと思っ...
こんなことでいいはずがない。
ないのだけれど、今も彼がそばにいないだけで胸がうずく。
まがりなりにも抵抗していながらこれなのだから、終わらな...
アンリエッタは唇を、血がにじみそうなほど噛みしめた。
若くして選択肢のほとんどなかった彼女の人生だが、心で自...
それまで強制されるのは、耐えられない。
たとえそれが、相手が才人でも。
信頼がおけ、意識もした相手。だから、晩餐の席にいた彼以...
どこまでが自分の心で、どこまでが薬によって歪められたも...
怖いのは解毒薬がうすれて、盛られた薬に深く侵食されてい...
が、小屋のドアが音をたてて開くと、才人が戻ってきたこと...
浮かびそうになった緩んだ笑みは、少年の後ろからマーク・...
「女王陛下」
マーク・レンデルは入ってくるやいきなりそう呼びかけ、ア...
ぱちくりするアンリエッタの前で、「陛下のもとで、奸悪な...
困惑気味に、アンリエッタは才人を見た。才人が(彼はもうぜ...
女王はベッドにきちんと腰かけて、目の前でかしこまる男に...
43 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:23:14 ID:/8zwchxn
「隠したのは申し訳ありませんでした。わたくしはあなたが呼...
ですがあなたはアルビオンの民ですから、必ずしもわたくし...
「いいえ、陛下。
いやしくも自由の民マーク・レンデル、サーの称号は持たね...
なんとなれば我々、王の森の森番は、平民ながら代々の王党...
トリステイン王家はわれらが王家とことに血縁濃く、かの反...
うやうやしく垂れた頭をいっそう深くしたマーク・レンデル...
「丁寧なのはいいんだけど、早くしないとまずいんだろ。
姫さま、このおっさんと押し問答してる時間無いから。敵が...
それに対し、マーク・レンデルは焦らない態度をくずさない...
「坊主、ちょっと待て。いろいろと陛下に仰がねばならんこと...
陛下、あなたの指にはめているそれですが……ああ、やはりそ...
――永久薬の効果を破壊できる方策に心当たりがあります。塔...
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林道の喧騒は、兵士と魔法人形の群れとともに去った。残っ...
すっかり深閑とした林道に立って、「ウォルター・クリザリ...
痛みはない。焦る必要もなかった。
ただ、手首のパーツは塔で補修する必要があるだろう。
「そうだ、手前は『ウォルター・クリザリング』だ……それ以外...
自分自身に納得させるように、彼は焚き火に照らされた左手...
その物静かな言動は逆に、自分自身が何者であるか完全には...
彼は心さえも根底から変わった。人間としての情熱の大半を...
この魔法人形に脳を移してからか。
〈黄金の心臓〉を得たときからか。
最初に、手の届かぬ少女を得たいと熱望し、塔に踏みこんだ...
昔の、繊細で神経質な御曹司であったウォルター・クリザリ...
44 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:24:35 ID:/8zwchxn
ルイズや才人がこのことを知れば、かつてタバサから話され...
ミノタウロスの体に脳を移したメイジは、やがて体に脳がひ...
そのことはクリザリングが知る由もなく、また彼の精神に影...
「実現してみるとこんなもの、か。
技術上の失敗なら克服できても、到達して執着が消えてはど...
何千回も繰り返してきた分析を、いちいち口にする。
ここ数年、この体になるまでは、彼はみずからの計画を狂気...
政変のおりは研究を中断させられないため、レコン・キスタ...
代王政府内部にも同様に、ただし人脈はゼロであったのでさ...
〈黄金の心臓〉を体内に錬成することが叶ってからは、自分...
権力者から不干渉を買ってそれからも、研究はつつがなく続...
彼は、「塔のメイジ」の残した知識から、さらに一段上へと...
自分自身を模した魔法人形を作り、それに脳と心臓をうつし…...
だが、最終的に彼の計画は破綻した。
錬金術的肉体編成という一面にかぎれば、完璧な成功といっ...
この身でも、最後の業でも。
「さまざまな犠牲をはらって、手に入れたものが『永遠の無感...
クリザリングは自嘲する。おのれを哀れむ色さえ今はないが。
あれほど望んだ魔法人形への転化を果たしたあとに心を占め...
彼の行動の原因となったアンリエッタへの焦がれでさえ、い...
心にいちいち翻弄されていた過去のみずからを省みて、その...
……皮肉にも、それだからこそかえって、「ウォルター・クリ...
「かつての自分ならなにを望むか」ということを行動基準の...
結果、怠惰ながらときに感情で動く人間のようにふるまおう...
その彼の心にも、いまだ義務として「塔を守る」ということ...
金策でも、永久薬そのものや塔の知識を売ればもっと莫大な...
クリザリング家の千年間守ってきた塔。
錬金術師の工房にして、永久薬を作った「塔のメイジ」の幽...
45 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:25:09 ID:/8zwchxn
「アルビオン王が許しを与えに来るのを、最上階で待ちつづけ...
生きているかどうかも胡散くさいのに、それを幽閉しつづけ...
実在したとはいえ「塔のメイジ」や永久薬にまつわる伝説に...
その一つが、「永久薬を自身に使い、塔のメイジは最上階で...
「無意味だな……永久薬は生物に直接投与しても効果をおよぼさ...
塔のメイジはおそらく自分の心臓を永久薬にしたのだろうが...
〈黄金の血〉どころか〈黄金の心臓〉を体内に錬成した人間...
だから過去のクリザリングも、魔法人形に心臓と脳を入れて...
塔の最上階は閉ざされ、「塔のメイジ」の姿など彼は見たこ...
異形の魔法人形兵が塔のメイジの〈黄金の血〉で動いている...
「どのみち、クリザリングは守ることを望む、千年間わが家系...
そうとも、『アルビオン王が許しを与えてそれを解き放つま...
彼の首がしゃっくりのように一度ゆれた。
なにか看過してはならないことに気づいたように顔をしかめ...
「いや、いや、待てよ……塔の錬金術の系譜は『血』が基本だ。
よもやとは思うが……」
つぶやいて、彼は焚き火から離れる。
金の血液をぼたぼたとこぼしながら、三体の人形をともない...
…………………………
………………
……
その姿が濃い闇の奥に消えてしばらくしたころ。
一羽の緑色の小鳥が、rotと鳴きながら焚き火のそばに舞いお...
小さな足ではねるように、「ウォルター・クリザリング」の...
こぼれた金色の液体。
粘性が高いのか地面にしみこまず、水銀のように林道の上に...
それを、小鳥はのぞきこむ。
短いくちばしが開き、ミミズのような赤い長い舌が出てきた。
小さな体のどこに収納されていたのかと思うほど、するする...
火の明かりと黒闇に狭まれた空間でほどなく、猫がミルクを...
46 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:25:33 ID:/8zwchxn
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林道はわざわざ避けて、冷やく湿った香りのする森のなかを...
まだ東の空は白んでいないが、日没より夜明けのほうに時間...
数人ばかりそろっている森の一味に先導されて、才人とアン...
前方のマーク・レンデルに、たった今駆けもどってきた斥候...
「俺たちは順調に魔法人形どもをここから遠くない『谷』の一...
あんたが指揮をとらないと、マーク。あんたの副官だったダ...
「ダンのことは聞いた。俺はまず陛下を塔に案内せねばならん...
だが、トリステイン軍人のお歴々もいるようだし、指揮はそ...
苔がなめらかに地面をおおい、羊歯が群生している場所で、...
「いよいよ塔の近くまで来ました、陛下。しかし敵の部隊もそ...
坊主、おまえ剣を持ってるが、いっぱしに戦えるか?」
「ああ、そっちのほうは自分で言うのもなんだが心得はある……...
才人は機嫌悪く鼻を鳴らした。
その背中で、背負われたアンリエッタがくるくるきゅーと目...
「俺が塔に行けないか訊いたときは『やめとけ』と言ったくせ...
その後の夜を耐えてた俺の苦悩はなんだったんだ、と才人は...
マーク・レンデルはそっけなく答えた。
「言っただろ。塔にウォルター以外で入れる可能性があるなら...
陛下の正体を知らなかったんだから、ただの小僧や娘っ子を...
おまえがすぐ教えてくれればよかったのに」
それを言われるとぐうの音も出ない。
が、才人はなおも疑問が尽きたわけではない。
「それだよ。
『クリザリング家の当主、それに同道した者以外では、アル...
47 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:26:14 ID:/8zwchxn
才人はアンリエッタを背負ったままその場で少しばかりとび...
「ひゃひ、姫さま、耳をはむはむしないでくれ! 耳を!」
「……楽しそうだな」
「どこがそう見えるんだよ!?」
「騒ぐんじゃない。一応見張りは四方に放っているが、ウォル...
それで陛下が落ちつくんなら、だまって耳くらい食わせとけ...
入れるかもしれない、いちおうの根拠はあるのだ」
…………………………
………………
……
闇の色は森でも場所ごとにちがう。
森がひらけた場所では、月光が地面を刺すほどにふりそそぐ。
そのような神寂びた青い闇の中、古びた白の尖塔が立ってい...
遠い昔には白亜でできたような美しい建築物だったのだろう。
いま、ただよわせる陰々滅々たる雰囲気は、その前に立った...
この塔の下まできて、はじめてマーク・レンデルが才人たち...
剣を持った三人の、召使の服装をした男たちが、塔の扉へつ...
背負った女王ともどもぐったりとして、荒い息を吐いていた...
「あ。あの人たち、館にいた……」
その言葉が終わる前に、マーク・レンデルおよび部下たちが...
狙いあやまたずそれぞれの矢は、すべて橋の上の三人に命中...
声をのむ才人の前で、森の無法者たちはたちまち次の矢をつ...
みずからの矢が一人の首をつらぬくのをちらと見ただけで、...
「見てのとおり、人間じゃない。ウォルターの魔法人形の一種...
「魔法人形……ちょっと待てよ、魔法人形でも致命傷くらったら...
48 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:26:42 ID:/8zwchxn
「あいつらは別だ。〈永久薬〉で動いている、物理的に破壊す...
まあ、いちばん厄介な魔法人形がここにいないだけでよしと...
背後の森から咆哮が聞こえた。
マーク・レンデルが月をあおいで舌打ちした。
その咆哮はまだ遠いが、耳をすませばそれ以外の叫喚、破砕...
「もう来やがった。おい、坊主、あいつらは引き離してやるか...
あの塔は一度中に入ってしまえば、塔の番人たちから攻撃は...
入れなかったらすぐ引きかえしてこい、すみやかに陛下を隠...
弓を置き、腰のぼろぼろの革ベルトにさしていた手斧を抜い...
魔法人形の一体が、あっさりと腹に手斧をぶちこまれる。
……にもかかわらず、その腕が剣をかまえるように動き、突き...
その無法者があわてて飛びのきながら、「早くしろ」と才人...
たしかに乱闘が始まると、かれらは魔法人形たちと渡りあい...
才人は覚悟をきめて、アンリエッタを背負ったまま剣を器用...
「姫さま、起きてます!?」
扉の前で、ふにゃふにゃのアンリエッタを背から下ろす。
よろめいて才人にしがみつきながら、どうにか女王は二本足...
それを支えながらも、才人はがっちりと閉ざされた堅牢無比...
「……どうしろってんだよ」
49 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:27:27 ID:/8zwchxn
橋のなかばで魔法人形の一体とつばぜり合いをする羽目にな...
「ウォルターのやり方と同じはずだ、陛下の手をかざせ、押し...
ふらふらしながらも、アンリエッタがどうにか自分で手を出...
最初の数瞬はなにも起こらなかった。
才人が(だめか)と苦い思いをいだいたとき、その音が響い...
〈照合。あるびおん王家直系ノ者、風ノるびー〉
ぎょっとして才人はのけぞる。その軋るような錆びた声は、...
塔そのものがしゃべったような錯覚におちいる。いや、錯覚...
〈資格アリ。然レバ疾ク入ラレヨ〉
扉が、ほんとうに軋る。
冥界への穴のようにぽかりと口をひらいて、黒い内部をさら...
……才人はさきほどの道中でマーク・レンデルに聞かされた話...
魔術や錬金術のたぐいには、平民にはうかがい知れなくとも...
塔に踏みこめるのがクリザリング家、そして王家のみという...
家系であることを考えると、おそらく「血」。
もしくは、その家系に代々伝わる何か。
マーク・レンデルの推測はただしかった。両方だったわけで...
アンリエッタの血は、アルビオン王家の血も濃い。彼女の死...
そしてアルビオン王家に伝わってきた「風のルビー」は、い...
マーク・レンデルの語った伝説によれば、最上階の「塔のメ...
その千年前のメイジによる大半の魔法人形はじめ、多くの〈...
(ここまできたんだ、上に行ってやろうじゃねえか)
才人は小ビンのふたを取り、アンリエッタに渡す。
女王は強く酩酊したように震える手で受けとり、最後の一口...
終了行:
686 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:41:06 ID:IdV3bW49
「各地の『王の森』はその名のまま、王が狩りをするための猟...
鹿やイノシシが外に出て民衆の畑を荒らさぬよう、かつての...
その柵を利用されて俺たちはウォルター、おまえら言うとこ...
ほどこされた封鎖強化はむしろ、外の者が入らないようにす...
案内された木造の小屋、粗末な台所。
才人とアンリエッタは丸太の長椅子に隣りあって座っている。
マーク・レンデルは二人に湯気の立つカップを渡しながら語...
「現に、多くの領民は耐えきれず他所に逃げていった。無理は...
見なかったか? 女の顔にライオンの体の怪物だ。殺されたも...
「……なんであんたらは逃げてないんだ?」
刻んだショウガを放りこんだ湯をすすりながら、才人はたず...
「なんでだろうな……まあ、くだらん意地やあれこれさ」
マーク・レンデルは二人のまえに椅子をひいて座り、自分も...
四十は越していると見えたこの男が、意外にまだ若いことに...
森の過酷な生活が、実年齢以上に風貌を老けて見せているの...
「俺は親父の後をついだ森番だった。森林監督官の下に森番が...
ここの森番は、平民ゆえ形としては公務員ではなく、王領の...
そこで一度言葉をきり、いまいましげに無法者は顔をゆがめ...
「あれは子供のころから頭がよく、同時に過敏で気の弱い男だ...
あれがおかしくなったのは数年前、あの塔に頻繁にこもるよ...
〈永久薬〉には狂気が宿る、という言い伝えはここらのだれ...
「ちょっと待った」
うん? と首をかしげた男に、才人は問いただした。
「あの塔の中になにがあるのか知ってるんだな?」
687 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:41:36 ID:IdV3bW49
「〈永久薬〉の処方箋があると聞く。『塔のメイジ』が書きの...
たぶん、ウォルターはそれ以前に塔に踏みこんだことのある...
そして作ることに成功したのだと思う。ウォルターが使い魔...
伝説では、永久薬の効果は、『物質の属性、効力を無限に引...
はおらされた才人のマントにくるまっているアンリエッタが...
クリザリング邸の晩餐で、彼女はほれ薬の一種をのまされた...
解毒薬を館で一回、効き目が薄れたためさきほどもう一回服...
あせった様子で、女王は森の無法者に確認した。
「無限に?」
「ああ、いろいろな言い伝えがあるな。
『あの塔を守っているのは、永久薬によって長い年月を動き...
『錬金の魔法をこめた杖が、とどまることなく触れるものを...
『塔の最上階で生きつづけているメイジ』。
『永久薬をつかった眠り薬をのまされた姫君が、起きられな...
才人とアンリエッタは、一度顔を見合わせた。才人が食い下...
「最後の話を詳しく!」
「そういえばそこの娘さんの事情と関係ありそうな話だな。
いや、単に、恋敵に眠り薬をのまされた貴族の姫君が、ほう...
解毒薬を口から流しこむと少しの間起きていたそうだがね。...
その眠り薬が、この塔で作られた永久薬の効果をおよぼされ...
アンリエッタが薄赤くなっていた顔色を、怯えで白にもどし...
「一生? 解毒薬が、効かない?」
「うむ……詳しいことは知らんが、解毒薬がまったく効かないわ...
毒の効果が切れないので、時間がたてば解毒薬が負けてしま...
素人考えだがね、と率直に述べるマーク・レンデルだったが...
「いえ、もしそれだとするとこの状況の説明がつきます……王宮...
688 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:42:18 ID:IdV3bW49
「ん? どこの薬剤師って?」
「あ、あー、ところで、それならやっぱり塔の中を調べる必要...
行ってみるわけにはいかねえかな」
注意をそらすべく、内心焦りながらも提案した才人に、マー...
「やめとけ、塔に踏みこめるのはウォルターだけだ。クリザリ...
どんな原理か、先代やウォルターが手を塔の扉にかざすと開...
伝え聞いた話によれば、アルビオン王にもそれが可能だと言...
それを聞いて、才人はうなった。
「どのみち、やらなきゃならねえんだよ。このままはまずいん...
「ええ。かならず解毒しなくては」
才人に同意をもとめられ、アンリエッタが即座に首肯する。
二人とも、今の状況がどれだけ深刻かよくわかっているのだ...
マーク・レンデルが、難しそうに腕をくんだ。
「……あえて試みるなら夜の間だな。日が落ちたあと、あの塔は...
危険だからやめておけよ、と言っておくがね。どうしても行...
ところで」
森の無法者は、好奇心のこもった目を二人に向けた。
「ウォルターの館で薬を盛られたってのは聞いたが。
お前らがどこのだれだかは、まだ聞いてないんだがね?」
「……やっぱ言わなきゃならねえか?」
「思い切りが悪いな、坊主。俺たちに害意があるなら森で射て...
俺の弟分たちが今、塔に向かったという連中をさぐってる。...
身がまえなくても俺たちは、たんなる農夫兼猟師の集まりの...
689 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:42:48 ID:IdV3bW49
「でも盗賊とだれかが言ったような」
「……大胆だな坊主。平民とはいえ自由民をつかまえて盗賊呼ば...
俺たちが盗賊? 封鎖されてる森の中で、誰から盗むんだよ。
王の森の獣は食ってるから、しいて罪状をいうなら密猟だな」
まあ密猟は森林法に照らせば死刑もあるくらい立派な重罪な...
複雑な表情で黙りこんでいるのはアンリエッタである。
才人は一応、そこにも突っこんだ。
「その密猟は取り締まられなかったのか、クリザリング卿に?」
「放置されている。本来それがあいつの任務のはずなのにな。...
ウォルターは、俺たちを追いつめようとはしていない。さも...
森の男はしばし言葉をきり、首をふった。
「森にのこった俺たちは、かつてのウォルターのもっとも忠実...
……もし手を組むことで双方に利があるなら、そうしない法は...
らんと獣のように強烈に輝く目で、マーク・レンデルは二人...
才人とアンリエッタはもう一度目を見交わし、困ったように...
「あの……失礼ながら、森の外のことについてはあまり情報がな...
この男たちに森の外の情報が遮断されていないなら、目の前...
いかに公式には「軽く視察する」程度にしか知らせていない...
「ああ、正直言うとな。先の革命や大戦も森のなかで知ったく...
ウォルターの君臨は政変にまったく影響されていないように...
アルビオン王家にウォルターが援兵を出さなかったとはいえ...
このアルビオンの「王の森」の名目上の主権者は、二回かわ...
アルビオン王家からレコン・キスタに、今はトリステインは...
その二回ともウォルター・クリザリングは旗幟を鮮明にせず...
むろん政治的術策の結果として、それは不可能ではないが。
(でも、難しいと思うわ……どうやって? レコン・キスタは甘...
「与えるものは受け取ることができる」と枢機卿に教えられ...
賄賂にしても莫大な額になるわ。そんな富がクリザリング卿...
アンリエッタは茫洋としながらもそれを考えようとした。
690 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:43:22 ID:IdV3bW49
才人は才人で、アニエスやルイズと合流したあとのことに思...
マーク・レンデルは二人を交互に見てから、「まあ、今すぐ...
「とりあえず斥候に出した奴らから連絡がくるまで休んだほう...
この集落には小屋がいくつかある。半分以上は捨てられたも...
「……そうだな、連絡つくまでは下手に動かないほうがいいか。...
才人はショウガ湯を一気にのみほし、渡された獣脂のランプ...
すると、アンリエッタも立ちあがった。
少年は固まった。そういえばそうだった。この問題があった。
……けっきょく外に出ても、つつましい足音が才人のあとを追...
ほこりまみれの粗末な寝台しかない小屋に入ってから、冷汗...
姫さま? とややたじたじとなっている才人の前で、アンリ...
「すこし、お話ししませんか……」
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マザリーニはフネの船尾近くから下を見おろした。
夜、地表をおおう木々は空からは黒い海のように見える。
信じがたいことに、ウォルター・クリザリングが動かすこの...
眼下の黒冥に視線をさまよわせながら、彼は杖をとりだして...
この高さならレビテーションかフライを使えば、無事に着陸...
「なにをされるつもりかな」
いつのまにやら甲板にあがってきたらしいクリザリングの声...
黒衣をひるがえらせながら、マザリーニはふり向いた。
森林管理官が立っていた。そばに数名の召使がひかえている...
「わざわざお招きいただいたのに心苦しいが、夜空の遊覧にも...
降ろしてもらおうかと思っておる」
「なるほど。では好きにされるがよい」
特に興味もなさそうなクリザリングの返答に、マザリーニは...
691 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:43:55 ID:IdV3bW49
「ずいぶんと豪気だな。捕虜が逃げようとしているのだぞ」
「どのみち適当なところで放逐するつもりだった。
猊下をここまで連れてきたのは、指導層を我々の出はらった...
もっとも残すべき価値のある物もないが」
クリザリングの言葉は、マザリーニを拘束もしていないこと...
だがマザリーニの背筋には悪寒が走った。厄介払いするつも...
この男は、どちらでもよかったのだろう。根拠はないながら...
「なにを考えているのだ、クリザリング卿。
貴殿は私には理解できぬ。わかるのは、貴殿が気違いじみて...
風に劣らぬほど温度の低い声を出しながら、マザリーニはク...
青年は怒りも笑いもせず、突然に興味がわいたような表情で...
「気違い? それはたとえばどのような行為を指して?」
「この日の最初から最後まで、あらゆる行為をだ。
今このときに限っても、無灯火で艦隊を夜間航空させるなど...
着陸難というだけでなく、うっかり間違えば三隻のみとはい...
急速に、クリザリングは一片の熱もない醒めた様子に戻った。
「艦隊運用について猊下に心配していただく必要はない。みず...
彼がこれ以上とどまるなら、背骨を折って放りだせ」
クリザリングの最後の一言は、そばの召使たちに向けての命...
マザリーニは顔をしかめると、ゆるやかに背を倒し、船べり...
…………………………
………………
……
「手前はほとんどの事物に、執着するほどの価値を見いだせな...
これも諸人にとっては狂気の一種なのだろうかね、猊下」
「ウォルター・クリザリング」は船べりに立ち、マザリーニ...
逃げたところで運が悪ければ、あの老人はすぐ死ぬ。
森にはスフィンクスを放っているし、王軍のところに逃げた...
692 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:44:36 ID:IdV3bW49
「どうせこの世は無常の夢、万象はさだまらず転変するだけだ」
ぶつぶつとつぶやく。
彼にとって、他者の去就は生死をふくめ、とくに考慮するほ...
今なおわずかなりと気にかかるのは、せいぜい女王の安否く...
もの言わぬ家臣たちを向き、あごをしゃくって追い払う。
離れていくその後ろ姿を見ながら、思考をめぐらせる。
館にのこっていた女王本人は、大胆にも少人数で森に逃げた...
彼女を殺すつもりはないが、捕らえておけばその配下たちを...
枢機卿では無理だろうが、女王とであれば王軍の者もあの少...
しかしクリザリングは喜ばない、と彼は感情のない声で独白...
「いかな種類でも『アンリエッタ姫』に危害を加えることを、...
では、やはりそれ以外を直接狙うか」
ラ・トゥール伯爵とはすでに激突した。あの、都市トライェ...
女王が塔に派遣した兵は、スフィンクスの魔法人形がかく乱...
この二つの軍勢は森で合流する可能性が高い。
一方、こちらの手駒は、塔に収容していた魔法人形たちが主...
ただし巨躯が多い。
〈永久薬〉によって半永久に動きつづけ、形を徹底して破壊...
彼はその魔法人形たちを、この三隻の運搬用フネに搭載して...
「さて、どこまで手を出したものだろうか」
本来手をかける必要があるのは虚無の少女だけだ、と彼は続...
「抹消されるべきは、塔が強引に暴かれる可能性だけだ」
あの少女を殺す。ほかの有象無象は、邪魔だてする者だけ排...
そこで、いや、と考えをひるがえす。
「否、否、考えてみれば、『虚無』の人物が重要でないわけは...
鏖殺するつもりでちょうど良いくらいだろう。そう、彼は結...
693 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:45:27 ID:IdV3bW49
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
「火は効かないようだ。外の焚き火も、こちらの視界を確保す...
外では、いくつかの焚き火を背に円陣をしかせているが、あ...
塔と館をつなぐ、森に両側をはさまれた林道沿いにある小屋。
林道にはいくつもの焚き火がたかれ、兵たちが武器を手に緊...
外の警備を副官とマンティコア隊の代表にまかせていったん...
炉の前でマザリーニと向かいあっていたラ・トゥール伯爵が...
「当たり前だ、魔法人形だからな。本物の獣と同じく火を恐れ...
クリザリングの奴はああいった奇怪なものを手駒として多く...
それさえなければ、トライェクトゥムの兵だけで圧倒してや...
小屋のなかではアニエス、逃げ出してきたばかりのマザリー...
帽子にクモの巣と木の葉がくっついたまま、椅子にすわって...
「陛下のゆくえが知れない。館にはいなかったようだ、クリザ...
てっきりラ・トゥール殿が連れて逃げてくれたものと思った...
われわれは何よりも優先して、陛下の安全を確保するため動...
つい数分前に、マザリーニは割合にかくしゃくとしながら森...
そのまま近衛隊によって保護されたのだった。彼は重要なさ...
「それと、クリザリング卿は無灯火のフネに魔法人形をつめこ...
あの男の思考は読めぬ。十分に警戒せねばならん。
私は焚き火の明かりを見てここまで来れたのだが、間違いな...
アンリエッタが行方不明と聞いて、アニエスは蒼白になって...
(森をあてどなくさまようことになるが、ここは防戦にも向か...
陛下も探さねば。なぐさめは、もし逃げたのならサイトがお...
待てよ、森の無法者という連中がいたな。いっそ前の傭兵隊...
沈思するアニエスの前で、ラ・トゥール伯爵もまたなにかを...
彼は顔をあげて枢機卿にただした。
「マザリーニ様、さきほど聞いた話のなかで、フネの動力室も...
694 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:46:07 ID:IdV3bW49
「……ああ、妙なことだけならほかにいくらでもあったのだがな...
違和感があった。風石の蓄えがなく、補充されたあともない...
「なるほど……」
下唇を指でつまんで考えこむラ・トゥール。
三人の横では、優先的に小屋に運びこまれた負傷兵たちが沈...
……この状況はいろいろな要因による。アニエスたちは塔に踏...
来た道とはべつの林道を見つけ、クリザリング邸に引きかえ...
それからほどなくしてマザリーニを迎え、館側の一部の事情...
アニエスはラ・トゥールのほうに一歩ふみこんだ。
「ラ・トゥール殿の兵を背後から襲ったのは、たぶん塔の怪物...
現在、近衛隊を陛下からあずけられているのは私です、ラ・...
われわれ双方で徹底した情報交換が必要かと存じます。考え...
ラ・トゥール伯爵の目が、今夜はじめてアニエスをまともに...
うろんげな、わずかに戸惑いを見せる表情。こちらを見るそ...
このような眼光はよく見てきた。
銃士隊長にのぼりつめるまでに軍で、栄達してからは王宮や...
(これは、平民を侮蔑する者の目だ)
だがラ・トゥールの目の光は一瞬にして散じ、彼は愛想がよ...
さきほどアニエスが入ってきたときの不機嫌な応対とは、た...
「……ああ、たしか名はアニエス殿だったかな。失礼、勇壮な麗...
戦闘の発端は、ウォルター・クリザリング、あの狂人」
その名をだしたとき、トライェクトゥム伯アルマン・ド・ラ...
「私は晩餐のあと奴と差し向かいで話しあい、昼間のことにつ...
奴は召使にとりつがせた私の面会要求を、完全に無視しての...
幸いにも、わが兵が即座に反撃してくれました……そのあとの...
あとは知ってのとおり、館から撤退する途中であなたがたに...
「なるほど、得心がいきました。
ところで、塔の〈永久薬〉について知っていますか?」
695 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:46:37 ID:IdV3bW49
口をつぐんだラ・トゥール伯爵の顔色が数瞬のあいだに変わ...
その都市領主は、ややあって咳払いした。
「……そんなところまで、調べているのですか?」
(おや、これはなにか引っかかったな)
そう腹の中でつぶやき、アニエスは答えない。ただ、じっと...
しばしして、腹をくくったような顔を見せ、ラ・トゥール伯...
「ええ、この際その薬のことをもクリザリング卿に問いただし...
普通に考えれば与太話のたぐいです。実際にあれば喉から手...
ですが、それがどうやら本当にあるようなのです。そしてク...
「それはいったいどういう……」
アニエスがつい引きこまれたとき、「アニエス!」と呼ぶ声...
やむなく場をはずす。
「……ちょっと失礼」
呼ばれたほうへ行く。
ずっと小屋の暗い隅のほうで、なにやらごそごそしていたル...
「アニエス! 出ない! 出ないのよ!」
「心配するな、荒事のときは新兵によく見られる現象だ。
座ったらまず息を深く吸いこんで上を向き、口をぽかりと空...
さすればおのずと膀胱はゆるむ」
「だ、だれがお粗相の話をしてんのよ!? 虚無よ虚無!」
地団駄をふんでルイズがわめいた。
「乱発しすぎて魔力が切れてるのよ!」
一拍おいてその言葉の意味を理解し、アニエスは慨嘆して天...
そういえばルイズはあのスフィンクス相手に、半ばパニック...
696 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:47:12 ID:IdV3bW49
それらを全部、あの厄介な魔法人形は巧みにはずしてしまっ...
空中までふくめた広い領域を、水中の魚のように迅く滑らか...
ガンダールヴ状態の才人でも凌駕できるか怪しいほどのスピ...
ともかく結果、ルイズは無駄撃ちのしすぎで魔力のストック...
「魔力が回復するまでどのくらいかかる?」
「そ、それは……それがわかれば苦労しないわよ……」
「……やむをえまい。ラ・ヴァリエール殿は戦力からはずす。
私の後ろにいろ」
アニエスは落胆こそしていたが、とくに厳しい態度をとった...
精神の成長いちじるしいとはいえこの少女はまだまだ、虚無...
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獣脂の明かりの揺れる小屋の中。
寝起きの役にしか立たなさそうな小屋は、入ってすぐ毛布も...
その上で女王は、夜を徹して語る覚悟を決めたようだった。
「クリザリング卿が、いまのところ最大の容疑者です」
今夜自分に「ほれ薬」を盛り、兵を動かして反乱同然の真似...
求婚の件があるだけではない。
マーク・レンデルから聞いた種々の情報は、ウォルター・ク...
「もし彼が今夜の騒動の立役者であるのなら、わたくしたちは...
でも、ほかの可能性はないのかしら……ラ・トゥール伯爵のほ...
ともすれば薬のため散らばる思考をかき集め、わざわざ口に...
一つ一つ、必死につむぎあげる憶測を足がかりにして、さら...
才人が妙に硬いささやき声で口をはさんだ。
「あの伯爵ですか。なにか心当たりでも?」
その声を聞いて、アンリエッタは赤みがかったまぶたを伏せ...
いまや思考すること自体が、むりにでも理性をたもつための...
697 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:47:47 ID:IdV3bW49
「ラ・トゥール伯爵家は、もともと都市トライェクトゥムの領...
でも、何百年も前にラ・トゥール家による暴政がつづいたと...
王家がトライェクトゥムの市民と組んで、ラ・トゥール家か...
立て板に水のようにすらすらと、ただし情動はほとんどない...
たぶん、詰めこまれた教育で得た知識を、教科書どおりに口...
今の彼女にとっては、とにかく何でもいいから思い浮かべる...
「そのあとはトライェクトゥムは、事実上の国王直轄地として...
それさえも、王家が市の参事会にさまざまな特権を保証して...
いっぽうのラ・トゥール家は伯爵家という肩書きだけはその...
「なるほど。だから恨みを王家に、という考えで?」
「いえ……待って、よく考えれば、それも微妙ですね……
その昔日のころであれば、ラ・トゥール伯爵家が叛意をいだ...
ええと、そう、王家には恭順的で、市の参事会にも平和的に...
順風満帆なら、反乱してなにも、得るものは、ないのですか...
アンリエッタの頭がふらふらしはじめた。
才人は血相をかえてその肩をゆする。
「姫さま、気をたしかに!」
ぼんやりと女王が、半分閉じかけていた目を見開く。
傍からみれば、睡魔との戦いに似ていなくもない。
この数刻何度あたらしい解毒薬をのんでも、ほれ薬と解毒薬...
やはりほれ薬のほうは、マーク・レンデルにさきほど聞かさ...
どうにか持ちなおしたアンリエッタは、なるべく長く正気を...
彼女が一方的に口を動かしているのは、才人の声があまり彼...
「実は貴族の反乱も、無理ないかもしれないと少しだけ思うの...
最近のわたくしの施政そのものが、彼らの敵意を誘発するも...
女王は「武器税」のことを話す。
諸侯の力をおさえ、平民を引きあげる政策の一環であるそれ...
赤らんだ表情を眠たげにとろかせながらも、この話をすると...
それでも精神が揺れているのか、いつのまにか語ることに弱...
698 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:48:27 ID:IdV3bW49
アンリエッタは芯をどうにか保ちながら、しかし沈鬱な声音...
先の巡幸の一連から、みずからの目ざす施政が、それまでよ...
できる限りそれを成しとげたい、という思いを。けれどもマ...
「改革はこの先も、多くの貴族の恨みを買うでしょうし……もし...
……ほんとうは自分でも自信がないの。巡幸のときのことがな...
そしてこれはけっきょく自分の、自分の罪悪感をごまかそう...
静かに震えながら、アンリエッタは思い返す。
罪を問うような青い目を。【拙作SS】
唇をかみしめ、知らず知らずのうちに、黙って聞いている少...
「善政を敷くため行動しようとしても、発端がしょせん偽善で...
やはり、これも感情に翻弄されて、いたずらに国政を左右し...
重い心情を吐露されて、才人は目をふせて考えこんだ。
アンリエッタは胸を上下させながらも、それを妨げないよう...
ほのめく薄明としめやかな息づかいの中、時間がすぎてゆく...
彼はまず断っておく。「姫さま自身にわからないことは、俺...
「ただ、俺の使い魔の力もそうですが、人間がやることの原動...
『その結果が出るのか自信が持てない』というなら、自分の...
アンリエッタはその言葉を真摯に受けとめ、気をぬけば崩壊...
たしかに政治は、結果で評価が決まるのだろう。
そして常に、この選択でよいのか考え続ける。終わることな...
内容的にはけっこう厳しいことを言われたのかもしれなかっ...
真剣に考えて忌憚なく話し、その上でなおもこちらを気づか...
貴種の生まれ育ちゆえにアンリエッタは、他者の心のありよ...
彼はたぶん誇りのため、またはこうして他人のためにどこま...
ちゅ。
アンリエッタに何度目かにキスされ、才人は固まった。
少女の手で顔を両側からはさまれて上向かせられ、ゆっくり...
ゆっくりといっても、それはアンリエッタがぎりぎりで踏み...
「ひ、姫さま、こらえろよ……?」
699 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:50:00 ID:IdV3bW49
「………………失礼いたしました……」
どうにかという感じで、少女が上気した顔を離す。髪や肌か...
才人はひそかに固唾をのんだ。
精神力を総動員して耐えているのは、実のところアンリエッ...
「というかあの、この体勢からして、ちょっと変えたほうがと...
才人が指摘した。彼は壁に体をつけてベッドに座りこんでい...
そのひざの上にアンリエッタが腰かけ、才人の首を抱くよう...
少女が首をふった。至近距離で栗色の髪が揺れる。熱情がし...
「だめです……いまではもう、わずかでも離れたらかえって自分...
「だーもう、なんて厄介な薬だよ」
才人が苦悩のうめきをこぼした。
もともと「離れると心がひどく乱れて、自我を保つのもまま...
ベッドの端と端に距離をあけて座っていたのである。
それが時間が経過するうち、いつのまにか距離がちぢまり、...
そのあとは才人が、何度か発作的にこらえられなくなったア...
愛の妖精でも赤面しそうな光景が現出しているのだった。
確かにいまの才人は一人きりの護衛である。
女王から離れるのはいろいろ問題あるのだが、これでは別の...
うっかり過ちを犯したらシャレではすまない。
そんなわけで目下、才人は必死で心に城壁を積みあげている。
ルイズ達と連絡がとれるまでの辛抱だ耐えろ俺、と心中につ...
「そういやなんで、薬の効果が発揮されたのが俺なんです?
晩の食卓で盛られたっていいますけど、あの薬は飲んで最初...
アンリエッタはうろたえたように視線をさまよわせた。
晩餐では才人やルイズとのことをはじめとして、物思いにふ...
結果として、思考にあわせて視線が、護衛として離れた位置...
700 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:50:48 ID:IdV3bW49
どう言えばいいのか思いなやむうちに朦朧として、気がつく...
ごまかす意図のキスではないが、結果としてそうなりそうだ...
「ちゅ、ん、む、あむ」
今度ははしたなく薄い舌まですべりこませている。
先ほどの発作からほとんど間もおかない口づけに、面食らっ...
「姫さま、まずい、まずいからこれ」とうろたえ、アンリエ...
それに逆らい、少年の頭をかかえこむようにして、アンリエ...
胸を満たすまろやかな情愛の切なさに、少女の瞳がうるんで...
口内で舌に舌をからめられて才人の手が、指をぴくぴくと引...
才人にとっても、予想以上にきついのだった。
彼とて自分の精神力、というか我慢強さに自信がないわけで...
……が、彼とて木石ではなく、くわえて今のアンリエッタはあ...
「は……ぁむ、ちゅぴ……かぷ」
「ひゃわわわわわ! そこやめろストップ止まれ!」
アンリエッタが少しずつ身じろぎし、その降らせる口づけが...
キスが首筋を通って鎖骨まで達し、そこで鎖骨に甘く歯をた...
愛撫がこれより下に行くのを何としてもとどめるべく、とっ...
優美な背をたわむほどに抱きしめられて苦しげに息をつきな...
見るものことごとくを魅せるような濃い色香が、花のように...
単なるほれ薬だけの投与のときとはまた違う。
内奥での薬と解毒薬の終わらないせめぎ合いが、抵抗する少...
昔、ほれ薬をのんだときのルイズも危険物と化していたが、...
なにしろ今のアンリエッタは朦朧としているぶん抑えがきか...
才人は上向かされる。
口づけが、黒髪に。
髪からまぶたの上。下に移動して唇に軽く。
唇から頬。頬から耳。
701 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00:51:41 ID:IdV3bW49
才人が無表情になっているのは、平静をたもつべく必死につ...
……裏がえせば、精神力をふりしぼっても本気でヤバい局面が...
アンリエッタの「発作」は、どんどん間隔がみじかくなって...
「おい小僧、毛布を差し入れてや………………失礼」
マーク・レンデルが毛布を手にして小屋にふみこみかけ、即...
開いたドアがもとどおり閉まる。
しかしこの一瞬、アンリエッタの注意がわずかにそれた隙を...
密着状態がちょっとだけゆるんだので、説得にかかる。
「落ちつけ姫さま、深呼吸して正気に戻れー……?」
「…………おちつ…………」
「そうそう、がんばって、踏みとどまってください!」
「……お、し……お慕い……して、おりま、すぅ……」
火照った態。ついに目を回しながら睦言まで口走りはじめた。
いいかげんに限界のようだった。
才人はふところから解毒薬の小ビンを取りだし、アンリエッ...
蒼白になりつつ、足りるかどうか目ではかったそれは、あと...
「……朝までもつかな……」とのつぶやきには、彼自身の精神的...
30 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:14:25 ID:/8zwchxn
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アニエスたちのこもっていた林道沿いの小屋の前。
三隻のフネは大破して、木々の梢をへしおりながら林道をふ...
墜落船から今しがた下りてきた異形の魔法人形たちが、林道...
焚き火から離れれば、夜目のきかない人間たちがそれだけ不...
「血液はすなわち可飲黄金Aurum potabile」
アニエスたちの前方で、ウォルター・クリザリングが語りな...
無味乾燥なその表情が、焚き火に赤々と照らされている。そ...
焚き火の横には、トロールの魔法人形に殴り殺されたトライ...
「生命力、充溢せる命そのものの証だ。
だからそう騒ぐことでもない。この魔法人形らは傷つけられ...
体液を補充してみずからを癒さんがため、備わった本能的な...
クリザリングの言葉はアニエスの横で血の気をうしなってい...
先ほど、ルイズがあげた「血を飲んでるわ」という悲鳴に応...
「赤、極まれば金となり、銀、死を得ては黒と化す。
血液は黄金に変じ、水銀は黒色回帰する。
錬金術師の理もさまざまあれど、『塔のメイジ』の系譜は赤...
クリザリングが何を言っているのかアニエスには理解できな...
人血摂取する異形たちの、王軍の弾丸や風の刃でついた傷口...
その色は黄金。
「生物の血液は、かれらの体内にとりこまれれば、そこに流れ...
伝説を調べていたのならとうに気づいているだろう、そこの...
クリザリングは歩いて魔法人形たちの最前線に出ると、手を...
女王はいないな、とその色の悪い唇が動いた。
(最悪だ。直前に情報を得ていたのに、奇襲を許してしまった)
アニエスはほぞを噛んだ。
無灯火ゆえ、フネが小屋に接近するのを、すぐ近くにくるま...
その前に、マザリーニが逃げてしらせてきたときに、すぐさ...
それでも森にはさまれた狭い林道にはまさか着陸できまい、...
31 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:15:02 ID:/8zwchxn
(いかれている、何のためらいもなく降下させてフネを壊し、道...
魔法人形たちは数はこちらより多くない。五十体ばかり。
しかし、ことごとく巨躯で力が強い。しかもあのスフィンク...
王軍の攻撃をおそれる風もなくその魔法人形の先陣に、杖さ...
「なぜわれわれに弓をひく、クリザリング卿?」
問われた者は答えなかった。
正確には、答える前に悪意に満ちた叫び声を、ラ・トゥール...
「なぜかはわかっている!」
彼は杖をふって魔法人形たちに大石を次々と飛ばしていたが...
「〈永久薬〉を奪われたくないのだ、この男は」
トライェクトゥムの都市領主は、王の森の森林管理官を指し...
「マザリーニ様の話を聞いて確信したことがある。
そのフネ――風石なしで動くか、特別の風石を使っているだろ...
それを聞いて、だれもが息を呑んだ。
口の端に勝ち誇る笑みさえ浮かべて、ラ・トゥール伯爵は推...
「最初から微妙に違和感があったのだ、ここへ来るときの迎え...
風石は一度に積みすぎれば船が遅くなる【2巻】から、こま...
速度が変わらないのは消費する量が一定であるように緻密に...
交易船を扱おうとする商人の目線で気づいていたことを、得...
「聞いたことがあるぞ。永久薬は、物質の効力を無限に引き伸...
そのフネで、商いのために航空すれば、なにが利益になる?」
ルイズとマザリーニが顔を見合わせるのが、アニエスの視界...
そして、枢機卿が短く理解の声をあげた。
「そうか、動力費が単に浮くだけではない、森林管理官の任務...
それをすべてそっくり消費しないまま、元手なしの商品とし...
風石はフネの航空には必須の動力であり、それ自体が商品と...
長距離を、多くの荷をつんで航空する空の商船ならば、必然...
ラ・トゥール伯爵がうなずいた。
33 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:15:36 ID:/8zwchxn
「昼に続き、ご賢察と言わざるをえませんな、マザリーニ様。
しかし、それは氷山の一角にすぎない……そも、船団の航空記...
動力としての風石。乗組員の食料と水。ほかは無くともいい...
そして、各地の港においてフネの寄港は記録され、商船団の...
積荷の種類や多寡によっておさめる税の額もきまる。免税権...
なるべく港によりたくなくても、最低限の補給はせねばなら...
……通常の遠隔貿易の船ならば。
「補給の必要、港ごとの課税。それらを無にする永久機関、ま...
公式に記録されているその先まで航空して商品を買いつけ、...
港に寄らないため気づかれず、徴税官の書類記入をのがれた...
どれだけの利を叩きだしたんだ? 言ってみろよ」
「待ってくれ、ラ・トゥール殿」
アニエスはあの目の光を見たときより、この貴族と会話する...
「遠隔交易で商船を動かすとき、風石をクリザリング卿はちゃ...
それに風石の補給がいらないとしても、乗組員の食料や水は...
「カモフラージュ用に買ったに決まっている、その風石も記録...
そして食料も水も不要なのだろうよ。なぜなら」
ラ・トゥールは忌まわしげに唾を吐き、クリザリングの後ろ...
「そいつらにはあの魔法人形どもとおなじく〈永久薬〉が使わ...
館で戦ったとき、傷ついた者からは金色の液が流れたぞ。そ...
はたで聞いていたアニエスは深呼吸した――驚く話が多すぎる。
「はっ、他人に渡したくないのも無理はない、おぞましき業に...
〈永久薬〉を利用した闇の交易を秘匿するため、女王陛下に...
糾弾を黙って訊いていた森林管理官がこのときようやく、わ...
「おまえを見直した。金への執着からくる邪推で、そこまで頭...
ラ・トゥール伯爵の顔がどす黒く染まった。
それに頓着せず、クリザリングは「最後だけは的外れもいい...
34 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:16:09 ID:/8zwchxn
「手前の動機はともかく、行動自体はラ・トゥール、おまえの...
その上さらにクリザリング個人の研究を完成させるためには...
みずから〈永久薬〉を作った。
そのことがなんでもないかのようにクリザリングは言っての...
「〈永久薬〉についてもいいところをついている。その本質は...
しかし誤解があるが、〈永久薬〉は人間に使うようなもので...
ところで、そろそろ終わらせていいか?」
倦怠感のこもった最後の声に、王軍の全員が身がまえた。
アニエスは拳銃で目前の男の心臓をねらい、ラ・トゥールと...
……ルイズは先ほど精神エネルギー切れで虚無が出せなくなっ...
彼女のほうを見てはいなかったが、合図するまでもなくラ・...
アニエスも引き金にあてた指に力をこめる。
(この男は危険だ、遠慮などしていられるものか)
恐怖の叫びが背後からあがった。
アニエスの足裏から脳天を悪寒がつらぬいた。
ふり向くとルイズが、地面に転がっていた。パニックに陥っ...
驚いて転んだため一撃が当たらなかったらしく、奇跡的にル...
跳躍を終えたスフィンクスの魔法人形が、地面に降りたって...
(し……しまった!)
アニエスは息をのんだ。
前方のクリザリングに注目しているうちに、林道をはさむ横...
詠唱を中断させられたラ・トゥール、それに恐慌の声をあげ...
(馬鹿、こんな近距離だと同士討ちになる!)
「ああスフィンクス、ちょっと待て。
ラ・トゥール、おまえは土系統だったな? ゴーレムを呼び...
35 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:16:59 ID:/8zwchxn
クリザリングの言葉にあわせ、人面獅子身の怪物が、黒目の...
その言葉に嘘はないことが、アニエスにはわかった。この魔...
「そいつは『塔のメイジ』ではなく、手前みずから作った特別...
くわえて〈永久薬〉を使っており、物理的に破壊しつくされ...
抑揚もなく、淡々と、クリザリングはそう言った。拳銃を突...
アニエスはその心臓から銃口がぶれないように、また声を震...
「……たがいに王手というわけだな」
「まさか。対等の状況だと信じているのなら、ためしに撃って...
こともなげに森林管理官が言う。
はったりだと思おうとしながらも、アニエスは急激にふくれ...
「手前が殺す必要があるのはそこの少女だけだ。塔を暴かれる...
その少女を引き渡すなら、無用な戦いは避けてもいいが」
「よ――よく言えたものだ! 話を聞けば、貴様自身が塔に踏み...
「そうはいえど、塔も〈永久薬〉も本来、クリザリング家に属...
あらゆる意味で〈血〉が、われらの錬金術の理なのだ。
現に、この場の魔法人形のほとんどは塔のメイジ謹製だが、...
風の鳴る音がして、言葉が切れた。
クリザリングのわき腹に浅く矢が突き立っている。
無表情に体の横にささった矢を見てから、森林管理官が攻撃...
最後にサーベルで鉄鍋を突いたような音とともに、森林管理...
額の辺りを打った矢が一本、はねかえって地面に落ちていた。
アニエスたちが目を点にする間もなく、林道の横の森から、...
手には弦がいまだ震える弓。
先ほどのスフィンクスと同じく、森からの奇襲だった。ただ...
36 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:18:07 ID:/8zwchxn
森の陰から木々をぬうようにして矢を標的に命中させた彼ら...
そのうちの一人が弓をそばの一人にわたし、手に鉈をもって...
「『俺たち領民を先に裏切ったのはあんただ、ウォルター』
このような日が来たときはそう言え、とマークに言われてい...
手で顔をおおって背をまるめたクリザリングに対し、硬い表...
落下したその鉈が、がちりと音をたてて止められた。
クリザリングは右手で顔をおおったまま、左手を上にあげて...
わずかな感慨をこめた声が、顔をおおう指のあいだから漏れ...
「久しぶりだな、ダン」
男の顔が引きつった。名を呼ばれたからではない。
このとき、森から現れたほかの男たちも、アニエスも地面に...
深淵から這いでてきたおぞましい何かを見る目で。
「エドガー、ジョー、サイモン、ジョフリー、ポインツ、ケイ...
ほうっておけば死ぬか去ると思っていたが、マークの下で意...
いままでは見逃してやるつもりだったが、いまのは久方ぶり...
焚き火に照らされる中、黄金の液体が、ぽたりぽたりと地面...
なかば切断された左手の傷。そこから、金色の血がゆるゆる...
鉈をふりおろした男があえいだ。
「ウォルター様、あんたは……」
その声を最後まで言うことなく、迅速にとびついた獣がその...
スフィンクスがバリバリと男を引き裂く音のなか、「ウォル...
額の、破れた表皮の下には鋼の仮面。
絶たれかけた手首の切断面からは、黄金の液がぼたぼたと落...
全身に浅く突き立った矢。それでどこかがいかれたのか。身...
がちりがちりと――鉄の音。
スフィンクスの威圧から逃れて、地面からほうほうの態で起...
アニエスはそっとその手をはずさせ、拳銃をやや下げながら...
37 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:18:47 ID:/8zwchxn
「貴様自身が、魔法人形だったとはな」
「ウォルター・クリザリング」の鈍色が混じる顔がアニエス...
折からの強風を受け、焚き火が天を焦がすほどに赤々と、森...
「女よ、たしかにこの身は魔法人形だが、脳と心臓は『ウォル...
塔の系譜の錬金術の秘奥、〈永久薬〉がなんであるか、昼に...
「ウォルター・クリザリング」は胸を指した。
「古来より『生命力にして動力』そのものをつかさどる、心臓...
生きた人間のそれを体内で変質させ、生成する〈黄金の心臓...
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
真夜中。森の集落の小屋。
蒼涼な光をはなつ星辰の下、木のドアを開けて戸外によろめ...
才人は出入り口の横の雨水を満たした水盤にとりつくと、手...
あごからしずくをぽたぽた垂らしながら、放心したようにそ...
「た……耐えろ……俺……」
いまは正直、煩悩を岩のごとき意志でおさえこんでいる状態。
この夜に彼が内心でおこなった、劣情をやりすごすための努...
そういうわけで才人は、脳に熱がのぼりすぎて真剣に鼻血が...
と言っても、実は精神力だけで耐え切れたわけではない。
けっきょく今も解毒薬を使って逃れてきた。薬はもうあと一...
「……あの人、なんであそこまでエロい空気を出せるんだ……」
いまは小屋のベッドに横たわって荒い息をととのえようとし...
彼女はさっきまで、のんだ薬が肌から微細な霧になってほむ...
キスはじめとする過度のスキンシップを受けながら、あれを...
38 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:19:43 ID:/8zwchxn
気がつくと、気配もなく隣にマーク・レンデルが立っていた。
黒々とした夜気のなか、元森番は水盤に手をつっこんでその...
それから口元をぬぐって、ぼそっと言った。
「……あきらめて、なるようになれば?」
「冗談じゃねえ!」
間違いですむこととすまないことがある。
この場合相手が相手なので、とくに。
くわっと目をむいた才人に対し、マーク・レンデルは他人事...
「不可抗力ってことで開き直ればいいじゃないか。上品な言い...
あの娘も、お前さんのことが満更でもないようだし」
だからそれが薬のせいだよ! と才人は叫ぶ。
おぼろに好意を向けられていたとおぼしきの一連のことは、...
そのことを意識したら、小屋内にもどったとき抑えがきかな...
意識しなくても、このままだと遠からず確実に理性か脳の血...
「おい、まだ連絡つかないのかよ!? あ、いや、乱暴な言い方...
でも正直もう寸刻も待てねーんだよ!」
「落ち着けって。もうじき弟分たちが帰ってくるから。
それより、そこまで必死に拒むということは、あの娘はよほ...
寒月の光を反射する、鋭く透徹するような眼が才人を見た。
ぎくりとして才人は口をつぐむ。マーク・レンデルは鼻をな...
「あの娘の肌着は上質のもの、おまえのマントには王家の百合...
それ以前にあの娘の挙措で、かなり身分の高い貴族だという...
これでもアルビオン王家のあったころには従軍していたんで...
才人は顔をしかめて考えた。
これ以上ごまかすのは無理がある。
それに、おそらくこの男なら自分たちに害を与えることはな...
一応部屋に戻ってアンリエッタに意見を訊いてみようと思い...
「マーク!」
39 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:20:28 ID:/8zwchxn
駆けどおしだったらしく、激しい勢いで藪のなかから飛びだ...
その男は足早に二人のそばに歩み寄り、息を切らしながら一...
「ダンが死んだ、ウォルターは怪物になっていた、彼はトリス...
われわれは王軍と共闘……いや、先導して逃げている。いまは...
マーク・レンデルはその支離滅裂にさえ聞こえる報告に、す...
一言「ダンが?」とつぶやいて、沈黙し、報告をもたらした...
「全部、わかるように話してくれ」
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
近衛隊およびトライェクトゥムの兵たちは、わずかに月光さ...
全力疾走ではない。兵の体力がもたないことを考慮に入れ、...
すぐ後ろを走っているルイズをアニエスは何度もふりむき、...
クリザリング卿は、ルイズを優先して殺すつもりのようだっ...
目の前では森の無法者たちが、マザリーニを交代で背負って...
運動不足がたたってか速度が落ちてきたルイズを、声で鞭打...
「足を動かしつづけろ!」
汗を滝とながし、ぜっ、はっ、と荒い息をつきながらも、ル...
無駄口をきけないほど酸素を消費していることもあるが、止...
落ち葉を蹴立て、柔らかい腐葉土をふみしめて逃げる大勢の...
トロールやミノタウロスなどの巨体の魔法人形が、密生した...
だが本当に恐ろしいのは、音をたてない人形たちだった。
サイズはそう大きくないが、それゆえ木々の間を縫うように...
不運にして追いつかれた者が引き裂かれているらしく、ごく...
その中でも、あのスフィンクスがもっとも危険な存在だった。
ややのろのろしたほかの魔法人形と一線を画して、動きが速...
アニエスはかたまって走る先のほうに数度、俊敏な影が横切...
ほかと離れて走っている者がいればやぶの中に引きこみ、喉...
(今夜「王の森」で狩られているのはわれわれだ、畜生)
40 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:21:18 ID:/8zwchxn
「……あと少しで防御できるところに出る! そこまで行けばな...
目前で先導して走っている、マーク・レンデルの一味の一人...
アニエスは怒鳴り返す。
「訊きたいんだが! 陛下の所在が不明だ、どこにいるか知ら...
「それっぽい娘ならこっちで保護してるよ! 剣を持った黒髪...
銃士隊長の最大の心痛が、かなりの程度やわらげられた。
ほっとしてもそれで気をぬくわけにはいかず、木漏れる月光...
逃げながら脳裏に、先刻の「ウォルター・クリザリング」の...
(あの怪物は言ったな、自分自身が〈永久薬〉でもあると)
その言葉が記憶によみがえる。
『永久薬は、〈黄金の心臓〉と、それに従属する〈黄金の血〉...
しかし、〈永久薬〉はそれ自体では生物の体になんの影響も...
不滅を約束する〈黄金の血〉を受けた器物は特性を無限にひ...
…………あのとき、焚き火燃えさかる林道で、金色の血をこぼす...
『この身は手を加えた魔法人形だ。しかしこの場のほかの人形...
かれらは〈黄金の血〉を体内にそそがれ、または浸されたに...
手前は「ウォルター・クリザリング」であり、黄金の血の主...
『クリザリング卿……
かつてミノタウロスの体に自分自身の脳を移植したメイジが...
おののきをこめた声で問うたルイズに、クリザリングはあっ...
『そういうことだ、少女。脳と……永久薬と化した心臓をね。
他者の心臓と血液では、脳が拒絶反応を起こすと塔の伝承に...
だれもがこの怪奇な話に注意をうばわれていたが、アニエス...
動きを止めていた魔法人形たちがいつのまにかひたひたと動...
41 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:22:01 ID:/8zwchxn
クリザリングの幻惑するような雰囲気にのまれ、聞き入って...
二度もおなじ手をくらってはたまらないとばかりに、アニエ...
『森に逃げこめ!』
一同がとまどったのは一瞬だった。
人形たちがその叫びを合図に、静から動に急激に転じて襲い...
近衛隊もトライェクトゥム兵もはねるようにして反対側の森...
獲物役と狩人役はそのときから変わらないまま、王の森を舞...
逃走するあいだにある程度の死者が出るのは、どうしても避...
しかし森に逃げこむことを提唱した男たちには、ある場所ま...
彼女とて、こんなところで死んでたまるかという思いがある。
考えることがいくつもできていた。
(クリザリングが認めた闇の交易による莫大な富。それはどこ...
先年の事件と安直に結びつけるのは早いとしても。
(それに、港の公式記録に載っていないとしてもそこそこ規模...
よほど慎重にやらなければ簡単に足がつく。十中八九プロの...
走りながら考えこむ様子を、女王の身を案じていると思った...
「娘は傷ひとつ、ないから安心するといい、いまごろは黒髪の...
「ああいや、それなら安心……ん?」
「……そこの、男ちょっと待、ぜー、ぜひ、待ちなさい。
なんつったのよ今」
アニエスの後からすぐ、地獄の鐘が震わされたような声がき...
走りつづけて息絶え絶えのルイズが復活していた。眼光が殺...
紅潮した顔に汗をおびただしく流して、泡をふきそうなほど...
「いや、なんか娘のほうが『ほれ薬』、を盛られてるとか……
森で拾ったとき、小僧と熱烈にキスしてたからな。あれ、あ...
生死の境とも思えないほど能天気な物言い。普段からそうい...
ルイズがなにか穏当でないオーラを脳天から噴きあげている...
42 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:22:41 ID:/8zwchxn
「ぜはっ……あのワンコロじょ、上等だわね、はっ、はっ、なん...
「……貯めてろ」
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
アンリエッタはベッドの上に横臥して丸まり、熱いため息を...
体内の二種類の薬の争いになやまされ、肩を抱くようにして...
こうして正気にたちかえってみると、恥ずかしさに顔が燃え...
「ああもう……」
目を閉じ、やるせなさをこめてつぶやく。
ルイズと争う気になれず、才人のことはあきらめようと思っ...
こんなことでいいはずがない。
ないのだけれど、今も彼がそばにいないだけで胸がうずく。
まがりなりにも抵抗していながらこれなのだから、終わらな...
アンリエッタは唇を、血がにじみそうなほど噛みしめた。
若くして選択肢のほとんどなかった彼女の人生だが、心で自...
それまで強制されるのは、耐えられない。
たとえそれが、相手が才人でも。
信頼がおけ、意識もした相手。だから、晩餐の席にいた彼以...
どこまでが自分の心で、どこまでが薬によって歪められたも...
怖いのは解毒薬がうすれて、盛られた薬に深く侵食されてい...
が、小屋のドアが音をたてて開くと、才人が戻ってきたこと...
浮かびそうになった緩んだ笑みは、少年の後ろからマーク・...
「女王陛下」
マーク・レンデルは入ってくるやいきなりそう呼びかけ、ア...
ぱちくりするアンリエッタの前で、「陛下のもとで、奸悪な...
困惑気味に、アンリエッタは才人を見た。才人が(彼はもうぜ...
女王はベッドにきちんと腰かけて、目の前でかしこまる男に...
43 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:23:14 ID:/8zwchxn
「隠したのは申し訳ありませんでした。わたくしはあなたが呼...
ですがあなたはアルビオンの民ですから、必ずしもわたくし...
「いいえ、陛下。
いやしくも自由の民マーク・レンデル、サーの称号は持たね...
なんとなれば我々、王の森の森番は、平民ながら代々の王党...
トリステイン王家はわれらが王家とことに血縁濃く、かの反...
うやうやしく垂れた頭をいっそう深くしたマーク・レンデル...
「丁寧なのはいいんだけど、早くしないとまずいんだろ。
姫さま、このおっさんと押し問答してる時間無いから。敵が...
それに対し、マーク・レンデルは焦らない態度をくずさない...
「坊主、ちょっと待て。いろいろと陛下に仰がねばならんこと...
陛下、あなたの指にはめているそれですが……ああ、やはりそ...
――永久薬の効果を破壊できる方策に心当たりがあります。塔...
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林道の喧騒は、兵士と魔法人形の群れとともに去った。残っ...
すっかり深閑とした林道に立って、「ウォルター・クリザリ...
痛みはない。焦る必要もなかった。
ただ、手首のパーツは塔で補修する必要があるだろう。
「そうだ、手前は『ウォルター・クリザリング』だ……それ以外...
自分自身に納得させるように、彼は焚き火に照らされた左手...
その物静かな言動は逆に、自分自身が何者であるか完全には...
彼は心さえも根底から変わった。人間としての情熱の大半を...
この魔法人形に脳を移してからか。
〈黄金の心臓〉を得たときからか。
最初に、手の届かぬ少女を得たいと熱望し、塔に踏みこんだ...
昔の、繊細で神経質な御曹司であったウォルター・クリザリ...
44 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:24:35 ID:/8zwchxn
ルイズや才人がこのことを知れば、かつてタバサから話され...
ミノタウロスの体に脳を移したメイジは、やがて体に脳がひ...
そのことはクリザリングが知る由もなく、また彼の精神に影...
「実現してみるとこんなもの、か。
技術上の失敗なら克服できても、到達して執着が消えてはど...
何千回も繰り返してきた分析を、いちいち口にする。
ここ数年、この体になるまでは、彼はみずからの計画を狂気...
政変のおりは研究を中断させられないため、レコン・キスタ...
代王政府内部にも同様に、ただし人脈はゼロであったのでさ...
〈黄金の心臓〉を体内に錬成することが叶ってからは、自分...
権力者から不干渉を買ってそれからも、研究はつつがなく続...
彼は、「塔のメイジ」の残した知識から、さらに一段上へと...
自分自身を模した魔法人形を作り、それに脳と心臓をうつし…...
だが、最終的に彼の計画は破綻した。
錬金術的肉体編成という一面にかぎれば、完璧な成功といっ...
この身でも、最後の業でも。
「さまざまな犠牲をはらって、手に入れたものが『永遠の無感...
クリザリングは自嘲する。おのれを哀れむ色さえ今はないが。
あれほど望んだ魔法人形への転化を果たしたあとに心を占め...
彼の行動の原因となったアンリエッタへの焦がれでさえ、い...
心にいちいち翻弄されていた過去のみずからを省みて、その...
……皮肉にも、それだからこそかえって、「ウォルター・クリ...
「かつての自分ならなにを望むか」ということを行動基準の...
結果、怠惰ながらときに感情で動く人間のようにふるまおう...
その彼の心にも、いまだ義務として「塔を守る」ということ...
金策でも、永久薬そのものや塔の知識を売ればもっと莫大な...
クリザリング家の千年間守ってきた塔。
錬金術師の工房にして、永久薬を作った「塔のメイジ」の幽...
45 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:25:09 ID:/8zwchxn
「アルビオン王が許しを与えに来るのを、最上階で待ちつづけ...
生きているかどうかも胡散くさいのに、それを幽閉しつづけ...
実在したとはいえ「塔のメイジ」や永久薬にまつわる伝説に...
その一つが、「永久薬を自身に使い、塔のメイジは最上階で...
「無意味だな……永久薬は生物に直接投与しても効果をおよぼさ...
塔のメイジはおそらく自分の心臓を永久薬にしたのだろうが...
〈黄金の血〉どころか〈黄金の心臓〉を体内に錬成した人間...
だから過去のクリザリングも、魔法人形に心臓と脳を入れて...
塔の最上階は閉ざされ、「塔のメイジ」の姿など彼は見たこ...
異形の魔法人形兵が塔のメイジの〈黄金の血〉で動いている...
「どのみち、クリザリングは守ることを望む、千年間わが家系...
そうとも、『アルビオン王が許しを与えてそれを解き放つま...
彼の首がしゃっくりのように一度ゆれた。
なにか看過してはならないことに気づいたように顔をしかめ...
「いや、いや、待てよ……塔の錬金術の系譜は『血』が基本だ。
よもやとは思うが……」
つぶやいて、彼は焚き火から離れる。
金の血液をぼたぼたとこぼしながら、三体の人形をともない...
…………………………
………………
……
その姿が濃い闇の奥に消えてしばらくしたころ。
一羽の緑色の小鳥が、rotと鳴きながら焚き火のそばに舞いお...
小さな足ではねるように、「ウォルター・クリザリング」の...
こぼれた金色の液体。
粘性が高いのか地面にしみこまず、水銀のように林道の上に...
それを、小鳥はのぞきこむ。
短いくちばしが開き、ミミズのような赤い長い舌が出てきた。
小さな体のどこに収納されていたのかと思うほど、するする...
火の明かりと黒闇に狭まれた空間でほどなく、猫がミルクを...
46 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:25:33 ID:/8zwchxn
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林道はわざわざ避けて、冷やく湿った香りのする森のなかを...
まだ東の空は白んでいないが、日没より夜明けのほうに時間...
数人ばかりそろっている森の一味に先導されて、才人とアン...
前方のマーク・レンデルに、たった今駆けもどってきた斥候...
「俺たちは順調に魔法人形どもをここから遠くない『谷』の一...
あんたが指揮をとらないと、マーク。あんたの副官だったダ...
「ダンのことは聞いた。俺はまず陛下を塔に案内せねばならん...
だが、トリステイン軍人のお歴々もいるようだし、指揮はそ...
苔がなめらかに地面をおおい、羊歯が群生している場所で、...
「いよいよ塔の近くまで来ました、陛下。しかし敵の部隊もそ...
坊主、おまえ剣を持ってるが、いっぱしに戦えるか?」
「ああ、そっちのほうは自分で言うのもなんだが心得はある……...
才人は機嫌悪く鼻を鳴らした。
その背中で、背負われたアンリエッタがくるくるきゅーと目...
「俺が塔に行けないか訊いたときは『やめとけ』と言ったくせ...
その後の夜を耐えてた俺の苦悩はなんだったんだ、と才人は...
マーク・レンデルはそっけなく答えた。
「言っただろ。塔にウォルター以外で入れる可能性があるなら...
陛下の正体を知らなかったんだから、ただの小僧や娘っ子を...
おまえがすぐ教えてくれればよかったのに」
それを言われるとぐうの音も出ない。
が、才人はなおも疑問が尽きたわけではない。
「それだよ。
『クリザリング家の当主、それに同道した者以外では、アル...
47 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:26:14 ID:/8zwchxn
才人はアンリエッタを背負ったままその場で少しばかりとび...
「ひゃひ、姫さま、耳をはむはむしないでくれ! 耳を!」
「……楽しそうだな」
「どこがそう見えるんだよ!?」
「騒ぐんじゃない。一応見張りは四方に放っているが、ウォル...
それで陛下が落ちつくんなら、だまって耳くらい食わせとけ...
入れるかもしれない、いちおうの根拠はあるのだ」
…………………………
………………
……
闇の色は森でも場所ごとにちがう。
森がひらけた場所では、月光が地面を刺すほどにふりそそぐ。
そのような神寂びた青い闇の中、古びた白の尖塔が立ってい...
遠い昔には白亜でできたような美しい建築物だったのだろう。
いま、ただよわせる陰々滅々たる雰囲気は、その前に立った...
この塔の下まできて、はじめてマーク・レンデルが才人たち...
剣を持った三人の、召使の服装をした男たちが、塔の扉へつ...
背負った女王ともどもぐったりとして、荒い息を吐いていた...
「あ。あの人たち、館にいた……」
その言葉が終わる前に、マーク・レンデルおよび部下たちが...
狙いあやまたずそれぞれの矢は、すべて橋の上の三人に命中...
声をのむ才人の前で、森の無法者たちはたちまち次の矢をつ...
みずからの矢が一人の首をつらぬくのをちらと見ただけで、...
「見てのとおり、人間じゃない。ウォルターの魔法人形の一種...
「魔法人形……ちょっと待てよ、魔法人形でも致命傷くらったら...
48 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:26:42 ID:/8zwchxn
「あいつらは別だ。〈永久薬〉で動いている、物理的に破壊す...
まあ、いちばん厄介な魔法人形がここにいないだけでよしと...
背後の森から咆哮が聞こえた。
マーク・レンデルが月をあおいで舌打ちした。
その咆哮はまだ遠いが、耳をすませばそれ以外の叫喚、破砕...
「もう来やがった。おい、坊主、あいつらは引き離してやるか...
あの塔は一度中に入ってしまえば、塔の番人たちから攻撃は...
入れなかったらすぐ引きかえしてこい、すみやかに陛下を隠...
弓を置き、腰のぼろぼろの革ベルトにさしていた手斧を抜い...
魔法人形の一体が、あっさりと腹に手斧をぶちこまれる。
……にもかかわらず、その腕が剣をかまえるように動き、突き...
その無法者があわてて飛びのきながら、「早くしろ」と才人...
たしかに乱闘が始まると、かれらは魔法人形たちと渡りあい...
才人は覚悟をきめて、アンリエッタを背負ったまま剣を器用...
「姫さま、起きてます!?」
扉の前で、ふにゃふにゃのアンリエッタを背から下ろす。
よろめいて才人にしがみつきながら、どうにか女王は二本足...
それを支えながらも、才人はがっちりと閉ざされた堅牢無比...
「……どうしろってんだよ」
49 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01:27:27 ID:/8zwchxn
橋のなかばで魔法人形の一体とつばぜり合いをする羽目にな...
「ウォルターのやり方と同じはずだ、陛下の手をかざせ、押し...
ふらふらしながらも、アンリエッタがどうにか自分で手を出...
最初の数瞬はなにも起こらなかった。
才人が(だめか)と苦い思いをいだいたとき、その音が響い...
〈照合。あるびおん王家直系ノ者、風ノるびー〉
ぎょっとして才人はのけぞる。その軋るような錆びた声は、...
塔そのものがしゃべったような錯覚におちいる。いや、錯覚...
〈資格アリ。然レバ疾ク入ラレヨ〉
扉が、ほんとうに軋る。
冥界への穴のようにぽかりと口をひらいて、黒い内部をさら...
……才人はさきほどの道中でマーク・レンデルに聞かされた話...
魔術や錬金術のたぐいには、平民にはうかがい知れなくとも...
塔に踏みこめるのがクリザリング家、そして王家のみという...
家系であることを考えると、おそらく「血」。
もしくは、その家系に代々伝わる何か。
マーク・レンデルの推測はただしかった。両方だったわけで...
アンリエッタの血は、アルビオン王家の血も濃い。彼女の死...
そしてアルビオン王家に伝わってきた「風のルビー」は、い...
マーク・レンデルの語った伝説によれば、最上階の「塔のメ...
その千年前のメイジによる大半の魔法人形はじめ、多くの〈...
(ここまできたんだ、上に行ってやろうじゃねえか)
才人は小ビンのふたを取り、アンリエッタに渡す。
女王は強く酩酊したように震える手で受けとり、最後の一口...
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