ゼロの使い魔保管庫
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前 [[19-667]]不幸せな友人たち アンリエッタ
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192 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
トリステイン王国内、デルフリンガー男爵領。
王都トリスタニアから遠く離れたこの地は、ギーシュの提案...
シュヴァリエ・ド・ヒラガに対して下賜された領地である。
もちろんそれはルイズを騙すための嘘であり、実際は彼女自...
領地自体は非常に狭い。山一つと、その中腹にある小さな村...
らいだ。これといった特産物もなく、領民たちは山で狩りをし...
たりして、細々とした昔ながらの生活を営んでいる。主要な街...
るための便利なルートだということもない。そもそもかなり奥...
にも人の足でニ、三日かかるほどだ。当然、外界との交流もほ...
つまり所有する側としては何の旨みもないわけで、元の持ち...
てられていた。だから彼は、アンリエッタから贈られたわずか...
有権を手放したのである。
小城のテラスから、少し離れたところにある小さな村を見下...
(なんて寂しいところなんだろう)
小さな村は、山のある程度平らな部分を無理に切り開いて作...
掘っ立て小屋のような家屋が詰め込まれるようにして立ち並び...
ころに、これまた狭い畑がぽつぽつと点在している。あんな畑...
山の中だって、そう多くの食物があるわけではないだろう。考...
人間が生活できるな、と呆れるやら感心するやら。それほどに...
が元々暮らしていたウェストウッドの村にしても、これほど寒...
今日ここに来る途中、一行は馬に乗って、村の中を抜ける狭...
村の者たちは、皆一様にボロ着としか言いようのない服を着...
て来た支配者に対する恐れしかなく、後で城を訪れた村長だと...
様子で体を震わせて、舌をもつれさせながら挨拶したものだ。
あの人たちは、一体何を楽しみとして日々を生きているのだ...
弱弱しく、暗い雰囲気を纏った人々だった。
(そんな場所に縛り付けられたまま、ルイズさんはこれからの...
テラスの手すりを握る手に、ぎゅっと力がこもった。
「あらテファ、こんなところにいたの」
背後から声をかけられて、どきりとする。振り返ると、部屋...
だった。ゆったりとしたドレスを身に纏っており、いかにも貴...
「ひどい場所よね、ホント」
ティファニアの隣から寒村を見下ろし、ルイズは苦笑した。
「でも、仕方ないか。しばらくはお父様たちから隠れていなく...
味ではうってつけの場所よね、ここって」
「そうですね」
笑いを作って答えながら、ルイズが信じている嘘のことを思...
先に西方に帰還した才人は、女王へ報告に行ったあと、反対...
ル公爵領へ結婚の報告に行った。この結婚はルイズの両親とは...
め、当然彼女の父の激怒を買った。それで才人は命からがら逃...
妻はヴァリエール家とは何の関係もない辺境の貴族として生活...
ティファニアが知っているのはこの程度だった。隣のルイズ...
だから、もっと細かく、いかにも本当っぽい理由付けをして、...
「デルフリンガー男爵領、か」
ルイズがじっと目を細めた。
「実際ひどい場所だけど、わたしとサイトの領地なんだもの。...
い土地にはしたいものね。学院で学んだことが役に立てばいい...
気難しげに言ったあと、ルイズはふっと体の力を抜き、腕を...
「サイト、早く帰ってこないかしら。なんだかすごくさみしい」
――才人は現在、この土地のことでアンリエッタと細々とした...
ままである。
そういうことになっていた。
193 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
「いけないいけない」
ルイズは慌てたように体を起こすと、ティファニアの方を向...
「こんなんじゃダメよね、これから男爵夫人として立派にやっ...
の留守ぐらいで弱気になってちゃ、何も出来ないわ。サイトが...
いように、張り切って頑張らなくちゃ」
心臓が痛くなってきた。ルイズの笑顔から目をそらし、ティ...
スタの手伝いをすると言って、その場を後にした。
そうやって居館の準備等が整うと、友人達は皆、名残惜しげ...
ルイズとシエスタ、そしてティファニアだけであった。
三日後の夜、ティファニアはルイズの寝室となった部屋に立...
傍らのベッドでは、ルイズが規則的な寝息を立てている。小...
日と同じようにルイズの顔を青白く浮かび上がらせている。
「それではお願いしますね、ティファニアさん」
背後から促すシエスタの声に従って、ティファニアは詠唱を...
間の記憶を消す魔法である。詠唱は滞りなく終わった。
「お疲れ様でした」
「いえ。ルイズさんには、どのような嘘を?」
「サイトさんは戻ってきて早々に領地運営のわずらわしさを嫌...
ヴァリエールが散々サイトさんに領地運営の大変さを説いた結...
して反省までしてくれるでしょう。いかにも、この人が後先考...
シエスタは淡々と言った。
一瞬、そこまで上手くいくだろうか、という疑いが頭の中に...
(結婚式があったことを忘れていた、なんて、無茶苦茶な嘘を...
とを疑問に思うはずがないわ)
ティファニアはそっと息をつき、頭を下げた。
「今日は、これで失礼します。なんだか凄く疲れてしまって」
「そうでしょうね。ミス・ヴァリエールには『ティファニアさ...
適当に説明しておきますから」
「シエスタさん、まだルイズさんのことを『ミス・ヴァリエー...
少し疑問に思って言うと、シエスタは一瞬かすかに眉根を寄...
「当然でしょう。だって、この人はまだミス・ヴァリエールで...
「それは、そうですけど」
「安心してください、本人の前では……そうですね、『奥様』と...
かすかに皮肉っぽさが感じられる口調だった。
ティファニアは扉を開けて部屋を出る直前、そっと肩越しに...
シエスタはベッドの傍らでルイズを見下ろしていた。表情は...
194 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
ランプの灯りだけを頼りに、ティファニアは家への道を急い...
木でほとんど隠された獣道である。ギーシュが土魔法により急...
のいい者でも、事前に知っていなければ到底発見できないだろ...
から、その方がいいのだろうが。
そんな森の中のの道を踏みしめ、長い時間をかけて小屋まで...
が見え始めた頃には、服が草塗れになっていた。
(でもきっと慣れるわね。これから、ルイズさんの記憶を消す...
そんな風に考えながら、小屋の扉を開ける。一部屋しかない...
ブルと椅子と、竃兼用の簡素な暖炉。後は細々とした生活用品...
ここが、これから長い間、ティファニアが暮らす家なのである。
アルビオンの家に戻るつもりはなかった。子供たちには、テ...
筈になっている。彼らは悲しむだろうが、秘密を守ることを考...
ベッドに腰掛けて小屋の中の狭い空間を眺めていると、まる...
(あまり、変わりはないのかもしれないけど)
自然とため息が出た。疲労が鉛のように体を重くしている。...
のはそれ以上だ。
それでもこのまま眠る気分にはなれず、ティファニアは再び...
回り、森の奥へと進んでいく。しばらくすると、わずかに開け...
ティファニアは我知らず息を飲んでいた。小さな広場の中央...
き刺さっている。剣身が月光を照り返して青く光っていた。
「デルフさん」
返事がないと知りつつ呼びかける。やはり何も返ってこない...
じっとその剣身を見つめる。
才人が死ぬのと同時に、デルフリンガーもまた力と人格を失...
かは分からない。才人が死の直前に受け止めたエルフの魔法の...
あったのか、それともデルフリンガー自身が自らの意志で心を...
いずれにしても、彼女がよき相談相手を失ったことだけは確...
ふと、デルフリンガーの剣身に何かが刻まれているのを見つ...
近づけた。
サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、と刻んである。驚きの...
(誰が――?)
そう思いかけて、首を振る。誰が書こうが同じことだった。
(ここは、サイトの墓標だものね。いくらルイズさんから隠さ...
いのでは可哀想だもの)
物言わぬデルフリンガーの下に眠っている才人の亡骸を思い...
み合わせた。
家に戻り、テーブルの上にランプを置いた。頼りない灯りの...
インク瓶の蓋を開けて、羽ペンを右手に持つ。一動ごとの音が...
羽ペンの先にインクを浸したものの、ティファニアはまだ迷...
(本当に、こんなことをしてもいいんだろうか)
ティファニアがしようとしているのは、才人からルイズに宛...
からの手紙というわけではなく、今も生きて元気に世界中を旅...
は元気だと報せるための手紙である。
一人城に残ったシエスタが、どういう嘘をルイズに教えるか...
とを書けばそれらしく見えるのか、頭では分かっていた。
「でも、どうしてわたしなんですか? どうせなら、ギーシュ...
「ご学友の文字は見たことがあるかもしれませんし、皆様それ...
ているのはわたしとティファニアさんしかいません。だからと...
いでしょう? ミス・ヴァリエールはティファニアさんの文字...
んにとっては外国の文字だから、意識して丁寧に書いているん...
シエスタの理屈は正しかった。まさか他の者に代筆を頼むこ...
ティファニアの仕事だ。
195 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
(やらなくちゃ、ならないのよね。それが、わたしの罪滅ぼし…...
ティファニアは羽ペンの先を紙に近づけた。どれだけ慎重に...
(落ち着いて。変なところがあってはいけないのだから)
そう念じた矢先、驚くほど自然にペンが走り出した。
『元気か、ルイズ。俺は今――』
ティファニアは羽ペンを紙面から離し、己の右手を凝視する。
(どうして――?)
混乱しながらも、再び紙にペンをつける。ほとんど考えるこ...
間に違和感のない、自然な文章が組み立てられていく。その全...
どこにいて何をしているのかを伝える言葉。ルイズの身を案じ...
愛してる、愛してる、愛してる、愛してる――。
全てを書き終えた後、ティファニアは疲労のあまりテーブル...
らえながら、便箋の中に手紙を折りたたんで入れ、封をする。...
に倒れこんだ。
先程の手紙を楽しげに読むルイズの顔が自然と思い浮かんで...
(わたしは何のためにこんなことをしているの? 大切な友達...
罪悪感が膨れ上がり、胸を強く圧迫する。
それでも、今更この嘘をやめるわけにはいかなかった。これ...
続けなければならない。そして、それは決して不可能ではない...
ティファニアは自分がどこにも行けなくなったことを悟った。
一年ほどの時間が流れた。
ルイズはシエスタの嘘を信じた。自分が才人から領地の運営...
を少しでもよくするために奔走しているという。
「昨日なんて、川の深さを自分で確かめる、とか言って、危う...
と、小屋を訪れたシエスタが愉快そうに話していた。
手紙は、今のところ三日ごとに訪れる彼女が城へ持って行っ...
運んできてくれるので、こちらも問題はなかった。ルイズにば...
の手段を講じるつもりらしいが。
手紙自体の内容も問題ない。あれ以降もティファニアの筆は...
が乗り移ったかのようである。真実を知っているシエスタです...
「いつ見ても感心しますね。本当に、サイトさんが遠い地から...
紙みたい」
と驚嘆していたほどだ。それ故に、ティファニアの胸はます...
せても、罪悪感は消えてくれない。
(当たり前よね。実際に、悪いことをしているんだもの)
ティファニアはそんな風に自嘲に浸る日々を送っていた。眠...
したまま床に入った。そうでもしなければ、夜毎襲ってくる罪...
まいそうだった。
そんな風に彼女が苦しむのをよそに、日々は穏やかに過ぎて...
最初は突然現れた支配者をただ恐れるだけだった村人たちも...
女で、確かに自分たちのために尽くしてくれているのだ、と知...
ごわながらもルイズに協力するようになった。
何もかもが、上手くいっている。
ティファニア自身もルイズの様子を直に見たくなって、こっ...
る。遠目に見たルイズは、貧しい身なりの村人たちに囲まれて...
も楽しく笑っているようだった。以前に比べると、刺々しいと...
(サイトに愛されているって、実感しているからなのかしら)
たとえそれが実際には偽りだったとしても、幸せそうなルイ...
(もしかしたら、本当にこれで良かったのかもしれない)
その日の夜、久しぶりに葡萄酒なしで眠りにつく直前、ティ...
事件が起きたのは、その翌日のことである。
196 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
その日は、朝からずっと雨が降り続けていた。
こんな山奥に人知れず隠れていて、なおかつ雨の日ともなる...
物などのちょっとした手仕事をするのも、何となく気が向かな...
だから、ティファニアは椅子に腰掛けてテーブルに頬杖を突...
(雨は、嫌いだな。ううん、嫌いになった、って言うべきなの...
降りしきる雨を見て、その音を聞くたびに、才人の死体に語...
く虚ろな声音が蘇ってくる。
首を振ってそれらを追い出しながら、自分に言い聞かせる。
(大丈夫よ。今のルイズさんは、あのことは完全に忘れている...
何の問題もないわ)
そのとき、突然小屋の扉が大きく開け放たれた。吹き込んで...
口にフードつきのマントを羽織ったシエスタが立っていた。雨...
だった。荒く息をつく顔は、血の気を失って青ざめている。
「ミス・ヴァリエールが、いなくなりました」
出し抜けにシエスタが言った。ティファニアは目を見開きな...
「どういうことですか? 一体どこに」
「分かりません、分からないんです」
シエスタは顔を両手で覆って、声を詰まらせた。
この日のルイズは、朝からどこか様子がおかしかったらしい...
もできず、テラスのある部屋で外を眺めながらシエスタと一緒...
ティーカップをテーブルの上に置いて顔をしかめ、
「なんだか、頭が痛い」
と言い出したらしい。
「それで、薬を探して戻ってきたら、もうどこにもいなくて。...
どこにも。ああ、一体どこに……!」
シエスタの顔には隠しきれない焦燥が浮かんでいる。無理も...
才人の遺体を抱えて湖に向かって歩いていたルイズの背中が、...
(サイト……そうだわ、ひょっとしたら……!)
ティファニアの頭の中にある考えが閃いた。
「シエスタさん、ひょっとしたら、ルイズさんがどこにいるの...
「本当ですか?」
シエスタは目を見開き、ティファニアの肩をつかんで揺さぶ...
「一体あの子はどこに」
「落ち着いてください、今から案内しますから」
肩にかけられた手をやんわりとどかし、壁にかけてあったマ...
出た。ぬかるんだ道に足をとられて何度も転びそうになりなが...
る。走る内に、予感は確信へと変わっていった。
(間違いないわ。ルイズさんは、あそこにいる。この雨が、彼...
雨に煙る森の向こうに、少しだけ開けた場所が見えてきた。...
墓標だ。そのそばに、小さな背中が見える。
「ねえ、デルフ、お願い、応えて!」
悲痛な叫び声も聞こえてきた。
(やっぱり、ここにいた……!)
ティファニアは咄嗟に木の陰に身を隠し、わずかに顔だけを...
横を通り抜けて、シエスタが小さな広場に駆け込んでいく。
「ミス・ヴァリエール!」
叫び声に、ルイズの細い肩がぴくりと震えた。彼女が呆然と...
で着ているドレスのままだった。全身ずぶ濡れで、泥まみれで...
り着いたのか、見当もつかない。ティファニアたちが今通って...
は、どうしても小屋の前を通らなければならないのだから。
(つまり、道も目印もない森の中を通り抜けて、それでもここ...
体が震えた。一体何が彼女をここに導いたのか。
振り向いたルイズの顔に浮かぶ呆然とした表情を見る限り、...
に理解しているらしかった。震える声で、シエスタに問いかけ...
197 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
「ねえ、シエスタ、これ、どういうこと。どうしてデルフ、何...
イトの名前が刻まれてるの。もしかして、ここ、サイトのお墓...
つ? どうして? だって、昨日だって、手紙が、届いたのに」
答えはなかった。答えられないのだろう。そうしている内に...
どん濃くなっていく。
「待って、違うわ。おかしいもの。サイト、サイトは」
ルイズが目を見開き、両手で頭を抱えた。
「そうよ、サイトは死んだんじゃない。東方で、わたしをかば...
激しく頭を振りながら、ルイズが恐怖に顔を歪めた。
「なんで、そんなことを忘れてたの!? わたし、見たことが...
冷たさも、今だってはっきり思い出せるのに! それなのに、...
結婚した、なんて……!」
混乱するルイズの肩を、シエスタが意を決したように抱きし...
「とにかく城に戻りましょう、奥様。こんなところにいては、...
「そんなことどうでもいいわ。早く、サイトのところに行かな...
その言葉に、ティファニアは反射的に身を乗り出してしまっ...
線が引き寄せられるように、自然とこちらを見据える。
しまった、と思って木の陰に身を隠したときには、もう遅か...
「誰、そこにいるのは。出てきて。出てきなさい!」
今更逃げることも出来ずに、ティファニアはゆっくりと小さ...
いほどに高鳴っていた。
「テファ……あなた、どうしてここに? アルビオンに帰ったは...
ルイズの顔に困惑の色が浮かぶ。それはすぐに疑念に変わり...
とを示すような、理解と激怒の色に染まった。
「そうか、あんたね、あんたがわたしの記憶を消したのね!」
物凄い勢いで、ルイズがつかみかかってきた。支えきれず、...
の中に染み込んできて、背中が凍りついたように冷たくなる。...
げ、ルイズは雨を吹き飛ばすほどに強く、大きな怒声を張り上...
「なんでそんなことしたのよ! サイトを殺したことも忘れて...
幸せに浸って……! あんた、そんな馬鹿なわたしを笑ってたの...
「ち、違います!」
ティファニアは必死に弁解した。ルイズの血走った目から逃...
「わ、わたしは、ルイズさんのために……」
咄嗟に口から出た言葉に、ルイズは歯軋りした。
「わたしのためですって!?」
ルイズの顔が憤怒に歪む。彼女はティファニアを放り出すと...
デルフリンガーを、軽々と引き抜いて戻ってきた。
「自分のせいで愛する人を死なせた記憶を奪って、馬鹿な嘘を...
せな生活を送らせるのが、わたしのため!? ふざけんじゃな...
薄汚くて醜い、最低の女にしたのよ! そんなことをしておい...
ルイズはまるで重さを感じていないように軽々とデルフリン...
ティファニアの喉元に突きつけた。ひっ、という短い悲鳴が、...
「考えが変わったわ。サイトのそばに行く前に、あんたを殺し...
ルイズがデルフリンガーを大きく振り上げる。
「地獄に落ちろ、この――」
そのとき、突然視界が眩い光に満たされ、ティファニアは吹...
て、鼓膜に突き刺さる。一瞬後、彼女は先程隠れていた木の幹...
(一体、何が……雷?)
光と音からそう察する。どうやら、かなり近いところに雷が...
事になることはあるまい。とんでもない偶然に、命を救われた...
(そうだ……ルイズさんは!?)
はっとして広場を見ると、ルイズもまたティファニア同様に...
ルフリンガーを手放してしまったらしく、剣は彼女とはかなり...
は、広場の縁にあった木の幹のそばに倒れていて、ぴくりとも...
と、どうやら木に頭をぶつけて気絶しているらしかった。
198 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
「良かった」
ほっとしたような呟きに振り向くと、傍らにシエスタが立っ...
「一時はどうなることかと思いましたけど、始祖ブリミルが助...
彼女はルイズのそばにしゃがみ込むと、ティファニアを見上...
「さあ、彼女に魔法をかけて、今日の記憶を消してください」
なんでもない口調だった。ティファニアは首を横に振った。
「もうやめましょう、シエスタさん」
声だけでなく、全身が震えているのが分かる。先程のルイズ...
回っていた。
――あんたはわたしを世界で一番薄汚くて醜い、最低の女にし...
「そうよ、その通りよ。わたしは、ルイズさんの誇りも、サイ...
泥まみれにしてしまった……! やっぱり、こんなことをするべ...
たんだわ……!」
悔恨が胸を締め付ける。
「シエスタさん、もうやめましょう。このまま、ルイズさんを...
う。そうするのが、一番正しいことなんです」
ティファニアの必死な訴えを、シエスタはただ無表情に聞い...
「あなた、よくそんな恥ずかしいことが言えたものですね」
「は、恥ずかしい……?」
「そうですよ。正直に白状したらいかがですか? あなたが今...
ス・ヴァリエールのことを考えてのことじゃ、ないんでしょう...
「ち、違います、わたしは……!」
弁解しようとして、言葉が出てこないことに気がついた。心...
言っていた。
「単に、自分が汚れるのが嫌なんでしょう、あなたは? ミス...
かなんてどうでもいい。彼女が死ぬのは可哀想だと思ったら記...
とだとわかったら、今度はその罪を忘れるためにミス・ヴァリ...
んと自分勝手な理屈ですね?」
刺々しい言葉を、ティファニアは否定できなかった。
(そうよ。わたしは、さっき言ったじゃない……!)
――わたしは、ルイズさんのために……
咄嗟に口を突いて出た言葉が、全ての嘘を剥ぎ取ってしまっ...
(わたしは、自分のしたことが悪いことだと理解していると言...
も持っていなかった……! それどころか、ルイズさんの意思や...
が本人にとって一番いいことなんだ』って、言い逃れまでして...
全身から力が抜ける。ティファニアは地面に膝を突いた。ぬ...
も動かず、雨が熱を奪い去るのに任せて死んでしまおうかとさ...
「さて」
シエスタの静かな声が、ティファニアを現実に引き戻した。
「それでは、ミス・ヴァリエールの記憶を奪ってくださいな。...
「でも……」
自分の醜さを自覚しても、まだそうすることには迷いがあっ...
ろしながら、シエスタは淡々と問いかける。
199 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
「いいんですか?」
「え?」
「いま、ミス・ヴァリエールが目を覚ましたらどうなるかなん...
シエスタの視線がすっと動く。それを追うと、地面に転がっ...
同時にルイズの血走った目が思い浮かび、ティファニアの全身...
あとはもう夢中だった。杖を取り出し、今までやったことも...
振るう。その一瞬で、ルイズの記憶は奪われた。今日の悲嘆も...
目が、ティファニアの頭の中から急速に消えていく。
「う……あ……」
気を失ったままのルイズから逃げるように、ティファニアは...
腹の底から何かがこみ上げてきて、その場に蹲って嘔吐する。...
ちゃと地面に垂れ落ちた。一度だけでは済まずに、何度も何度...
そんな彼女のことなど見えないかのように、シエスタはルイ...
「ま、待って、ください」
息をするのも苦しかったが、ティファニアはなんとか去り行...
しにこちらを見た
「なんですか」
「あなた、あなた、は」
こみ上げる嘔吐感を、寸でのところでこらえる。
ティファニアには、シエスタが平然としているのが信じられ...
じい罪悪感を感じているのに、目の前の少女がそうではないら...
「あなたは、こんなひどいことをして、なんとも思わないんで...
かなり無理をしてそう言ったあと、ティファニアは後悔した。
自分であれだけのことをしておいて、他人にそんな問いかけ...
しかしシエスタは、先程のように矛盾点を突くこともなく、...
「ええ、なんとも思いません」
絶句するティファニアをよそに、シエスタはまた前を向いた...
「あなたはずいぶんと、ミス・ヴァリエール自身のことが気に...
ぞっとするほどに、感情のこもっていない口調だった。
「わたしは、彼女のことなんてどうでもいいんです」
「じゃあ、どうしてここまで……」
「だって、サイトさんが言いましたから」
彼女の肩が小さく震え出した。
「サイトさんが最後に言ったんです。ルイズを幸せに、って。...
だけ。わたしはどんなときだってサイトさんの味方です。だか...
を全うして頂かなくてはいかないんです。こんなところで死な...
のですか!」
振り絞るような叫びだけを残して、シエスタが静かに去って...
雨の中、ティファニアはただ一人だけで残された。しばらく...
ンガーを再び深く突き刺して、ゆっくりと家路を辿る。
小屋に入ってから無言で杖を取り出し、先端を自分の頭に向...
も詠唱を紡ぐことが出来なかった。
手から力が抜け、杖が落ちる。ティファニアはその場に蹲っ...
(誰か、誰か、助けて……!)
降りしきる雨の音を聞きながら、一晩中そうやって泣き続け...
200 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
翌日、ティファニアはルイズの城館に潜入していた。昨夜は...
だが、今日はどうしても、ルイズのことを見なければならない...
彼女はテラスのある部屋にいた。開け放たれた扉の影から覗...
熱心に何かを読んでいる様子だった。目を凝らすまでもなく、...
おかしそうに笑う彼女の息遣いが聞こえてくる。
「奥様、奥様……!」
慌しい声と足音がして、廊下の角からシエスタが姿を現した...
見つけて、息を飲む。二人はその場に立ち尽くしたまま、一瞬...
「シエスタ、わたしならここにいるわよ」
部屋の中から、ルイズがのんびりと言った。シエスタははっ...
くる。横目で警戒するようにティファニアを見ながら、部屋に...
「あらシエスタ、どうしたの、そんなに慌てて」
「いえ……お姿が見えないものですから、勝手に城の外に出て行...
「違うわよ、後少しで面倒な仕事が全部片付きそうだから、ち...
勝手にどこかに行っちゃうなんて、サイトじゃないんだから」
おかしそうな声に続いて、楽しげな会話が聞こえてくる。テ...
じっと聞いていた。シエスタは一度部屋を出て、厨房の方に向...
やがて、ティーセットを両手に持ったシエスタが出てきた。...
廊下の角に向かって歩いていく。すれ違ったとき、目に涙が浮...
再び、部屋の中を覗き込む。ルイズはまだ手紙を読んでいた...
束を胸に抱きしめて、テラスの方まで歩いていった。目を凝ら...
のが分かった。静かに涙を流している。
「よかった……サイト、無事で……」
呟きが耳をかすめる。美しい涙だ、と思いながら、ティファ...
下の角を曲がるとシエスタが待ち構えていて、物問いたげな視...
「もう、迷いません」
すれ違い様にそう言い置いて、ティファニアは裏口から城を...
獣道の家路を辿っていると、自然と自嘲めいた笑いが口元に...
(わたしは何を勘違いしていたんだろう。罪悪感や悪夢から逃...
偽善者ぶってみたり、この記憶自体を忘れようとしてみたり、...
には、それをする資格がなかったのに)
一晩考え抜いて、彼女が出した結論だった。
(わたしは罪人だ。一生許されぬ罪を犯した大罪人だ。わたし...
を償うことだけ……ううん、罪を償うんじゃない、終わらない罰...
罪は、償うことなんか絶対に出来やしないんだから)
静かに涙を流すルイズの姿が頭に浮かんできて、ティファニ...
が見えてきた。家とも言えぬ小さな小屋。そこが、彼女がこれ...
牢獄だった。
終了行:
前 [[19-667]]不幸せな友人たち アンリエッタ
#br
192 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
トリステイン王国内、デルフリンガー男爵領。
王都トリスタニアから遠く離れたこの地は、ギーシュの提案...
シュヴァリエ・ド・ヒラガに対して下賜された領地である。
もちろんそれはルイズを騙すための嘘であり、実際は彼女自...
領地自体は非常に狭い。山一つと、その中腹にある小さな村...
らいだ。これといった特産物もなく、領民たちは山で狩りをし...
たりして、細々とした昔ながらの生活を営んでいる。主要な街...
るための便利なルートだということもない。そもそもかなり奥...
にも人の足でニ、三日かかるほどだ。当然、外界との交流もほ...
つまり所有する側としては何の旨みもないわけで、元の持ち...
てられていた。だから彼は、アンリエッタから贈られたわずか...
有権を手放したのである。
小城のテラスから、少し離れたところにある小さな村を見下...
(なんて寂しいところなんだろう)
小さな村は、山のある程度平らな部分を無理に切り開いて作...
掘っ立て小屋のような家屋が詰め込まれるようにして立ち並び...
ころに、これまた狭い畑がぽつぽつと点在している。あんな畑...
山の中だって、そう多くの食物があるわけではないだろう。考...
人間が生活できるな、と呆れるやら感心するやら。それほどに...
が元々暮らしていたウェストウッドの村にしても、これほど寒...
今日ここに来る途中、一行は馬に乗って、村の中を抜ける狭...
村の者たちは、皆一様にボロ着としか言いようのない服を着...
て来た支配者に対する恐れしかなく、後で城を訪れた村長だと...
様子で体を震わせて、舌をもつれさせながら挨拶したものだ。
あの人たちは、一体何を楽しみとして日々を生きているのだ...
弱弱しく、暗い雰囲気を纏った人々だった。
(そんな場所に縛り付けられたまま、ルイズさんはこれからの...
テラスの手すりを握る手に、ぎゅっと力がこもった。
「あらテファ、こんなところにいたの」
背後から声をかけられて、どきりとする。振り返ると、部屋...
だった。ゆったりとしたドレスを身に纏っており、いかにも貴...
「ひどい場所よね、ホント」
ティファニアの隣から寒村を見下ろし、ルイズは苦笑した。
「でも、仕方ないか。しばらくはお父様たちから隠れていなく...
味ではうってつけの場所よね、ここって」
「そうですね」
笑いを作って答えながら、ルイズが信じている嘘のことを思...
先に西方に帰還した才人は、女王へ報告に行ったあと、反対...
ル公爵領へ結婚の報告に行った。この結婚はルイズの両親とは...
め、当然彼女の父の激怒を買った。それで才人は命からがら逃...
妻はヴァリエール家とは何の関係もない辺境の貴族として生活...
ティファニアが知っているのはこの程度だった。隣のルイズ...
だから、もっと細かく、いかにも本当っぽい理由付けをして、...
「デルフリンガー男爵領、か」
ルイズがじっと目を細めた。
「実際ひどい場所だけど、わたしとサイトの領地なんだもの。...
い土地にはしたいものね。学院で学んだことが役に立てばいい...
気難しげに言ったあと、ルイズはふっと体の力を抜き、腕を...
「サイト、早く帰ってこないかしら。なんだかすごくさみしい」
――才人は現在、この土地のことでアンリエッタと細々とした...
ままである。
そういうことになっていた。
193 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
「いけないいけない」
ルイズは慌てたように体を起こすと、ティファニアの方を向...
「こんなんじゃダメよね、これから男爵夫人として立派にやっ...
の留守ぐらいで弱気になってちゃ、何も出来ないわ。サイトが...
いように、張り切って頑張らなくちゃ」
心臓が痛くなってきた。ルイズの笑顔から目をそらし、ティ...
スタの手伝いをすると言って、その場を後にした。
そうやって居館の準備等が整うと、友人達は皆、名残惜しげ...
ルイズとシエスタ、そしてティファニアだけであった。
三日後の夜、ティファニアはルイズの寝室となった部屋に立...
傍らのベッドでは、ルイズが規則的な寝息を立てている。小...
日と同じようにルイズの顔を青白く浮かび上がらせている。
「それではお願いしますね、ティファニアさん」
背後から促すシエスタの声に従って、ティファニアは詠唱を...
間の記憶を消す魔法である。詠唱は滞りなく終わった。
「お疲れ様でした」
「いえ。ルイズさんには、どのような嘘を?」
「サイトさんは戻ってきて早々に領地運営のわずらわしさを嫌...
ヴァリエールが散々サイトさんに領地運営の大変さを説いた結...
して反省までしてくれるでしょう。いかにも、この人が後先考...
シエスタは淡々と言った。
一瞬、そこまで上手くいくだろうか、という疑いが頭の中に...
(結婚式があったことを忘れていた、なんて、無茶苦茶な嘘を...
とを疑問に思うはずがないわ)
ティファニアはそっと息をつき、頭を下げた。
「今日は、これで失礼します。なんだか凄く疲れてしまって」
「そうでしょうね。ミス・ヴァリエールには『ティファニアさ...
適当に説明しておきますから」
「シエスタさん、まだルイズさんのことを『ミス・ヴァリエー...
少し疑問に思って言うと、シエスタは一瞬かすかに眉根を寄...
「当然でしょう。だって、この人はまだミス・ヴァリエールで...
「それは、そうですけど」
「安心してください、本人の前では……そうですね、『奥様』と...
かすかに皮肉っぽさが感じられる口調だった。
ティファニアは扉を開けて部屋を出る直前、そっと肩越しに...
シエスタはベッドの傍らでルイズを見下ろしていた。表情は...
194 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
ランプの灯りだけを頼りに、ティファニアは家への道を急い...
木でほとんど隠された獣道である。ギーシュが土魔法により急...
のいい者でも、事前に知っていなければ到底発見できないだろ...
から、その方がいいのだろうが。
そんな森の中のの道を踏みしめ、長い時間をかけて小屋まで...
が見え始めた頃には、服が草塗れになっていた。
(でもきっと慣れるわね。これから、ルイズさんの記憶を消す...
そんな風に考えながら、小屋の扉を開ける。一部屋しかない...
ブルと椅子と、竃兼用の簡素な暖炉。後は細々とした生活用品...
ここが、これから長い間、ティファニアが暮らす家なのである。
アルビオンの家に戻るつもりはなかった。子供たちには、テ...
筈になっている。彼らは悲しむだろうが、秘密を守ることを考...
ベッドに腰掛けて小屋の中の狭い空間を眺めていると、まる...
(あまり、変わりはないのかもしれないけど)
自然とため息が出た。疲労が鉛のように体を重くしている。...
のはそれ以上だ。
それでもこのまま眠る気分にはなれず、ティファニアは再び...
回り、森の奥へと進んでいく。しばらくすると、わずかに開け...
ティファニアは我知らず息を飲んでいた。小さな広場の中央...
き刺さっている。剣身が月光を照り返して青く光っていた。
「デルフさん」
返事がないと知りつつ呼びかける。やはり何も返ってこない...
じっとその剣身を見つめる。
才人が死ぬのと同時に、デルフリンガーもまた力と人格を失...
かは分からない。才人が死の直前に受け止めたエルフの魔法の...
あったのか、それともデルフリンガー自身が自らの意志で心を...
いずれにしても、彼女がよき相談相手を失ったことだけは確...
ふと、デルフリンガーの剣身に何かが刻まれているのを見つ...
近づけた。
サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、と刻んである。驚きの...
(誰が――?)
そう思いかけて、首を振る。誰が書こうが同じことだった。
(ここは、サイトの墓標だものね。いくらルイズさんから隠さ...
いのでは可哀想だもの)
物言わぬデルフリンガーの下に眠っている才人の亡骸を思い...
み合わせた。
家に戻り、テーブルの上にランプを置いた。頼りない灯りの...
インク瓶の蓋を開けて、羽ペンを右手に持つ。一動ごとの音が...
羽ペンの先にインクを浸したものの、ティファニアはまだ迷...
(本当に、こんなことをしてもいいんだろうか)
ティファニアがしようとしているのは、才人からルイズに宛...
からの手紙というわけではなく、今も生きて元気に世界中を旅...
は元気だと報せるための手紙である。
一人城に残ったシエスタが、どういう嘘をルイズに教えるか...
とを書けばそれらしく見えるのか、頭では分かっていた。
「でも、どうしてわたしなんですか? どうせなら、ギーシュ...
「ご学友の文字は見たことがあるかもしれませんし、皆様それ...
ているのはわたしとティファニアさんしかいません。だからと...
いでしょう? ミス・ヴァリエールはティファニアさんの文字...
んにとっては外国の文字だから、意識して丁寧に書いているん...
シエスタの理屈は正しかった。まさか他の者に代筆を頼むこ...
ティファニアの仕事だ。
195 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
(やらなくちゃ、ならないのよね。それが、わたしの罪滅ぼし…...
ティファニアは羽ペンの先を紙に近づけた。どれだけ慎重に...
(落ち着いて。変なところがあってはいけないのだから)
そう念じた矢先、驚くほど自然にペンが走り出した。
『元気か、ルイズ。俺は今――』
ティファニアは羽ペンを紙面から離し、己の右手を凝視する。
(どうして――?)
混乱しながらも、再び紙にペンをつける。ほとんど考えるこ...
間に違和感のない、自然な文章が組み立てられていく。その全...
どこにいて何をしているのかを伝える言葉。ルイズの身を案じ...
愛してる、愛してる、愛してる、愛してる――。
全てを書き終えた後、ティファニアは疲労のあまりテーブル...
らえながら、便箋の中に手紙を折りたたんで入れ、封をする。...
に倒れこんだ。
先程の手紙を楽しげに読むルイズの顔が自然と思い浮かんで...
(わたしは何のためにこんなことをしているの? 大切な友達...
罪悪感が膨れ上がり、胸を強く圧迫する。
それでも、今更この嘘をやめるわけにはいかなかった。これ...
続けなければならない。そして、それは決して不可能ではない...
ティファニアは自分がどこにも行けなくなったことを悟った。
一年ほどの時間が流れた。
ルイズはシエスタの嘘を信じた。自分が才人から領地の運営...
を少しでもよくするために奔走しているという。
「昨日なんて、川の深さを自分で確かめる、とか言って、危う...
と、小屋を訪れたシエスタが愉快そうに話していた。
手紙は、今のところ三日ごとに訪れる彼女が城へ持って行っ...
運んできてくれるので、こちらも問題はなかった。ルイズにば...
の手段を講じるつもりらしいが。
手紙自体の内容も問題ない。あれ以降もティファニアの筆は...
が乗り移ったかのようである。真実を知っているシエスタです...
「いつ見ても感心しますね。本当に、サイトさんが遠い地から...
紙みたい」
と驚嘆していたほどだ。それ故に、ティファニアの胸はます...
せても、罪悪感は消えてくれない。
(当たり前よね。実際に、悪いことをしているんだもの)
ティファニアはそんな風に自嘲に浸る日々を送っていた。眠...
したまま床に入った。そうでもしなければ、夜毎襲ってくる罪...
まいそうだった。
そんな風に彼女が苦しむのをよそに、日々は穏やかに過ぎて...
最初は突然現れた支配者をただ恐れるだけだった村人たちも...
女で、確かに自分たちのために尽くしてくれているのだ、と知...
ごわながらもルイズに協力するようになった。
何もかもが、上手くいっている。
ティファニア自身もルイズの様子を直に見たくなって、こっ...
る。遠目に見たルイズは、貧しい身なりの村人たちに囲まれて...
も楽しく笑っているようだった。以前に比べると、刺々しいと...
(サイトに愛されているって、実感しているからなのかしら)
たとえそれが実際には偽りだったとしても、幸せそうなルイ...
(もしかしたら、本当にこれで良かったのかもしれない)
その日の夜、久しぶりに葡萄酒なしで眠りにつく直前、ティ...
事件が起きたのは、その翌日のことである。
196 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
その日は、朝からずっと雨が降り続けていた。
こんな山奥に人知れず隠れていて、なおかつ雨の日ともなる...
物などのちょっとした手仕事をするのも、何となく気が向かな...
だから、ティファニアは椅子に腰掛けてテーブルに頬杖を突...
(雨は、嫌いだな。ううん、嫌いになった、って言うべきなの...
降りしきる雨を見て、その音を聞くたびに、才人の死体に語...
く虚ろな声音が蘇ってくる。
首を振ってそれらを追い出しながら、自分に言い聞かせる。
(大丈夫よ。今のルイズさんは、あのことは完全に忘れている...
何の問題もないわ)
そのとき、突然小屋の扉が大きく開け放たれた。吹き込んで...
口にフードつきのマントを羽織ったシエスタが立っていた。雨...
だった。荒く息をつく顔は、血の気を失って青ざめている。
「ミス・ヴァリエールが、いなくなりました」
出し抜けにシエスタが言った。ティファニアは目を見開きな...
「どういうことですか? 一体どこに」
「分かりません、分からないんです」
シエスタは顔を両手で覆って、声を詰まらせた。
この日のルイズは、朝からどこか様子がおかしかったらしい...
もできず、テラスのある部屋で外を眺めながらシエスタと一緒...
ティーカップをテーブルの上に置いて顔をしかめ、
「なんだか、頭が痛い」
と言い出したらしい。
「それで、薬を探して戻ってきたら、もうどこにもいなくて。...
どこにも。ああ、一体どこに……!」
シエスタの顔には隠しきれない焦燥が浮かんでいる。無理も...
才人の遺体を抱えて湖に向かって歩いていたルイズの背中が、...
(サイト……そうだわ、ひょっとしたら……!)
ティファニアの頭の中にある考えが閃いた。
「シエスタさん、ひょっとしたら、ルイズさんがどこにいるの...
「本当ですか?」
シエスタは目を見開き、ティファニアの肩をつかんで揺さぶ...
「一体あの子はどこに」
「落ち着いてください、今から案内しますから」
肩にかけられた手をやんわりとどかし、壁にかけてあったマ...
出た。ぬかるんだ道に足をとられて何度も転びそうになりなが...
る。走る内に、予感は確信へと変わっていった。
(間違いないわ。ルイズさんは、あそこにいる。この雨が、彼...
雨に煙る森の向こうに、少しだけ開けた場所が見えてきた。...
墓標だ。そのそばに、小さな背中が見える。
「ねえ、デルフ、お願い、応えて!」
悲痛な叫び声も聞こえてきた。
(やっぱり、ここにいた……!)
ティファニアは咄嗟に木の陰に身を隠し、わずかに顔だけを...
横を通り抜けて、シエスタが小さな広場に駆け込んでいく。
「ミス・ヴァリエール!」
叫び声に、ルイズの細い肩がぴくりと震えた。彼女が呆然と...
で着ているドレスのままだった。全身ずぶ濡れで、泥まみれで...
り着いたのか、見当もつかない。ティファニアたちが今通って...
は、どうしても小屋の前を通らなければならないのだから。
(つまり、道も目印もない森の中を通り抜けて、それでもここ...
体が震えた。一体何が彼女をここに導いたのか。
振り向いたルイズの顔に浮かぶ呆然とした表情を見る限り、...
に理解しているらしかった。震える声で、シエスタに問いかけ...
197 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
「ねえ、シエスタ、これ、どういうこと。どうしてデルフ、何...
イトの名前が刻まれてるの。もしかして、ここ、サイトのお墓...
つ? どうして? だって、昨日だって、手紙が、届いたのに」
答えはなかった。答えられないのだろう。そうしている内に...
どん濃くなっていく。
「待って、違うわ。おかしいもの。サイト、サイトは」
ルイズが目を見開き、両手で頭を抱えた。
「そうよ、サイトは死んだんじゃない。東方で、わたしをかば...
激しく頭を振りながら、ルイズが恐怖に顔を歪めた。
「なんで、そんなことを忘れてたの!? わたし、見たことが...
冷たさも、今だってはっきり思い出せるのに! それなのに、...
結婚した、なんて……!」
混乱するルイズの肩を、シエスタが意を決したように抱きし...
「とにかく城に戻りましょう、奥様。こんなところにいては、...
「そんなことどうでもいいわ。早く、サイトのところに行かな...
その言葉に、ティファニアは反射的に身を乗り出してしまっ...
線が引き寄せられるように、自然とこちらを見据える。
しまった、と思って木の陰に身を隠したときには、もう遅か...
「誰、そこにいるのは。出てきて。出てきなさい!」
今更逃げることも出来ずに、ティファニアはゆっくりと小さ...
いほどに高鳴っていた。
「テファ……あなた、どうしてここに? アルビオンに帰ったは...
ルイズの顔に困惑の色が浮かぶ。それはすぐに疑念に変わり...
とを示すような、理解と激怒の色に染まった。
「そうか、あんたね、あんたがわたしの記憶を消したのね!」
物凄い勢いで、ルイズがつかみかかってきた。支えきれず、...
の中に染み込んできて、背中が凍りついたように冷たくなる。...
げ、ルイズは雨を吹き飛ばすほどに強く、大きな怒声を張り上...
「なんでそんなことしたのよ! サイトを殺したことも忘れて...
幸せに浸って……! あんた、そんな馬鹿なわたしを笑ってたの...
「ち、違います!」
ティファニアは必死に弁解した。ルイズの血走った目から逃...
「わ、わたしは、ルイズさんのために……」
咄嗟に口から出た言葉に、ルイズは歯軋りした。
「わたしのためですって!?」
ルイズの顔が憤怒に歪む。彼女はティファニアを放り出すと...
デルフリンガーを、軽々と引き抜いて戻ってきた。
「自分のせいで愛する人を死なせた記憶を奪って、馬鹿な嘘を...
せな生活を送らせるのが、わたしのため!? ふざけんじゃな...
薄汚くて醜い、最低の女にしたのよ! そんなことをしておい...
ルイズはまるで重さを感じていないように軽々とデルフリン...
ティファニアの喉元に突きつけた。ひっ、という短い悲鳴が、...
「考えが変わったわ。サイトのそばに行く前に、あんたを殺し...
ルイズがデルフリンガーを大きく振り上げる。
「地獄に落ちろ、この――」
そのとき、突然視界が眩い光に満たされ、ティファニアは吹...
て、鼓膜に突き刺さる。一瞬後、彼女は先程隠れていた木の幹...
(一体、何が……雷?)
光と音からそう察する。どうやら、かなり近いところに雷が...
事になることはあるまい。とんでもない偶然に、命を救われた...
(そうだ……ルイズさんは!?)
はっとして広場を見ると、ルイズもまたティファニア同様に...
ルフリンガーを手放してしまったらしく、剣は彼女とはかなり...
は、広場の縁にあった木の幹のそばに倒れていて、ぴくりとも...
と、どうやら木に頭をぶつけて気絶しているらしかった。
198 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
「良かった」
ほっとしたような呟きに振り向くと、傍らにシエスタが立っ...
「一時はどうなることかと思いましたけど、始祖ブリミルが助...
彼女はルイズのそばにしゃがみ込むと、ティファニアを見上...
「さあ、彼女に魔法をかけて、今日の記憶を消してください」
なんでもない口調だった。ティファニアは首を横に振った。
「もうやめましょう、シエスタさん」
声だけでなく、全身が震えているのが分かる。先程のルイズ...
回っていた。
――あんたはわたしを世界で一番薄汚くて醜い、最低の女にし...
「そうよ、その通りよ。わたしは、ルイズさんの誇りも、サイ...
泥まみれにしてしまった……! やっぱり、こんなことをするべ...
たんだわ……!」
悔恨が胸を締め付ける。
「シエスタさん、もうやめましょう。このまま、ルイズさんを...
う。そうするのが、一番正しいことなんです」
ティファニアの必死な訴えを、シエスタはただ無表情に聞い...
「あなた、よくそんな恥ずかしいことが言えたものですね」
「は、恥ずかしい……?」
「そうですよ。正直に白状したらいかがですか? あなたが今...
ス・ヴァリエールのことを考えてのことじゃ、ないんでしょう...
「ち、違います、わたしは……!」
弁解しようとして、言葉が出てこないことに気がついた。心...
言っていた。
「単に、自分が汚れるのが嫌なんでしょう、あなたは? ミス...
かなんてどうでもいい。彼女が死ぬのは可哀想だと思ったら記...
とだとわかったら、今度はその罪を忘れるためにミス・ヴァリ...
んと自分勝手な理屈ですね?」
刺々しい言葉を、ティファニアは否定できなかった。
(そうよ。わたしは、さっき言ったじゃない……!)
――わたしは、ルイズさんのために……
咄嗟に口を突いて出た言葉が、全ての嘘を剥ぎ取ってしまっ...
(わたしは、自分のしたことが悪いことだと理解していると言...
も持っていなかった……! それどころか、ルイズさんの意思や...
が本人にとって一番いいことなんだ』って、言い逃れまでして...
全身から力が抜ける。ティファニアは地面に膝を突いた。ぬ...
も動かず、雨が熱を奪い去るのに任せて死んでしまおうかとさ...
「さて」
シエスタの静かな声が、ティファニアを現実に引き戻した。
「それでは、ミス・ヴァリエールの記憶を奪ってくださいな。...
「でも……」
自分の醜さを自覚しても、まだそうすることには迷いがあっ...
ろしながら、シエスタは淡々と問いかける。
199 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
「いいんですか?」
「え?」
「いま、ミス・ヴァリエールが目を覚ましたらどうなるかなん...
シエスタの視線がすっと動く。それを追うと、地面に転がっ...
同時にルイズの血走った目が思い浮かび、ティファニアの全身...
あとはもう夢中だった。杖を取り出し、今までやったことも...
振るう。その一瞬で、ルイズの記憶は奪われた。今日の悲嘆も...
目が、ティファニアの頭の中から急速に消えていく。
「う……あ……」
気を失ったままのルイズから逃げるように、ティファニアは...
腹の底から何かがこみ上げてきて、その場に蹲って嘔吐する。...
ちゃと地面に垂れ落ちた。一度だけでは済まずに、何度も何度...
そんな彼女のことなど見えないかのように、シエスタはルイ...
「ま、待って、ください」
息をするのも苦しかったが、ティファニアはなんとか去り行...
しにこちらを見た
「なんですか」
「あなた、あなた、は」
こみ上げる嘔吐感を、寸でのところでこらえる。
ティファニアには、シエスタが平然としているのが信じられ...
じい罪悪感を感じているのに、目の前の少女がそうではないら...
「あなたは、こんなひどいことをして、なんとも思わないんで...
かなり無理をしてそう言ったあと、ティファニアは後悔した。
自分であれだけのことをしておいて、他人にそんな問いかけ...
しかしシエスタは、先程のように矛盾点を突くこともなく、...
「ええ、なんとも思いません」
絶句するティファニアをよそに、シエスタはまた前を向いた...
「あなたはずいぶんと、ミス・ヴァリエール自身のことが気に...
ぞっとするほどに、感情のこもっていない口調だった。
「わたしは、彼女のことなんてどうでもいいんです」
「じゃあ、どうしてここまで……」
「だって、サイトさんが言いましたから」
彼女の肩が小さく震え出した。
「サイトさんが最後に言ったんです。ルイズを幸せに、って。...
だけ。わたしはどんなときだってサイトさんの味方です。だか...
を全うして頂かなくてはいかないんです。こんなところで死な...
のですか!」
振り絞るような叫びだけを残して、シエスタが静かに去って...
雨の中、ティファニアはただ一人だけで残された。しばらく...
ンガーを再び深く突き刺して、ゆっくりと家路を辿る。
小屋に入ってから無言で杖を取り出し、先端を自分の頭に向...
も詠唱を紡ぐことが出来なかった。
手から力が抜け、杖が落ちる。ティファニアはその場に蹲っ...
(誰か、誰か、助けて……!)
降りしきる雨の音を聞きながら、一晩中そうやって泣き続け...
200 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月...
翌日、ティファニアはルイズの城館に潜入していた。昨夜は...
だが、今日はどうしても、ルイズのことを見なければならない...
彼女はテラスのある部屋にいた。開け放たれた扉の影から覗...
熱心に何かを読んでいる様子だった。目を凝らすまでもなく、...
おかしそうに笑う彼女の息遣いが聞こえてくる。
「奥様、奥様……!」
慌しい声と足音がして、廊下の角からシエスタが姿を現した...
見つけて、息を飲む。二人はその場に立ち尽くしたまま、一瞬...
「シエスタ、わたしならここにいるわよ」
部屋の中から、ルイズがのんびりと言った。シエスタははっ...
くる。横目で警戒するようにティファニアを見ながら、部屋に...
「あらシエスタ、どうしたの、そんなに慌てて」
「いえ……お姿が見えないものですから、勝手に城の外に出て行...
「違うわよ、後少しで面倒な仕事が全部片付きそうだから、ち...
勝手にどこかに行っちゃうなんて、サイトじゃないんだから」
おかしそうな声に続いて、楽しげな会話が聞こえてくる。テ...
じっと聞いていた。シエスタは一度部屋を出て、厨房の方に向...
やがて、ティーセットを両手に持ったシエスタが出てきた。...
廊下の角に向かって歩いていく。すれ違ったとき、目に涙が浮...
再び、部屋の中を覗き込む。ルイズはまだ手紙を読んでいた...
束を胸に抱きしめて、テラスの方まで歩いていった。目を凝ら...
のが分かった。静かに涙を流している。
「よかった……サイト、無事で……」
呟きが耳をかすめる。美しい涙だ、と思いながら、ティファ...
下の角を曲がるとシエスタが待ち構えていて、物問いたげな視...
「もう、迷いません」
すれ違い様にそう言い置いて、ティファニアは裏口から城を...
獣道の家路を辿っていると、自然と自嘲めいた笑いが口元に...
(わたしは何を勘違いしていたんだろう。罪悪感や悪夢から逃...
偽善者ぶってみたり、この記憶自体を忘れようとしてみたり、...
には、それをする資格がなかったのに)
一晩考え抜いて、彼女が出した結論だった。
(わたしは罪人だ。一生許されぬ罪を犯した大罪人だ。わたし...
を償うことだけ……ううん、罪を償うんじゃない、終わらない罰...
罪は、償うことなんか絶対に出来やしないんだから)
静かに涙を流すルイズの姿が頭に浮かんできて、ティファニ...
が見えてきた。家とも言えぬ小さな小屋。そこが、彼女がこれ...
牢獄だった。
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