ゼロの使い魔保管庫
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君へ向かう光
――昔、こんな会話をした記憶がある。
確か、愛しい主がいつものように木陰で本を読んでいるとき...
「ねえねえお姉さまお姉さま!」
返事はなかった。本を読んでいるときに主が返事をすること...
「死んじゃった人間の魂って、どうなると思います?」
どうしてそんなことを聞いたのかは、よく覚えていない。多...
その質問に対する答えも、やはり期待していなかった。だか...
物凄く珍しいことだったので声を出すのも忘れて唖然として...
最初に聞こえてきたのは、唸りを上げる風の音だった。
苦労して重い目蓋を開く。寝床にしている狭苦しい洞窟の中...
(あのとき)
先程の夢を思い出しながら、ぼんやりと考える。
(お姉さまは、なんと仰ったんだっけ)
遠い記憶を呼び起こそうとしても、思い浮かぶのはあのとき...
仕方のないことだと思う。いかに韻竜が人間に比べて遥かに...
今思い出そうとした記憶は、夢で見たから「そんなこともあ...
だが、脳裏に鮮明に焼きつけられて、今でもはっきりと思い...
彼女――この世界に残された最後の韻竜であるシルフィードは...
(これで、使い魔としてのあなたの役目もおしまい)
今わの際に、主は静かに呟いた。
(自分では使い魔を選ぶことができないとは言え、あなたがた...
そんなことはない、自分は自分の意志であなたについてきた...
(その愛情は、きっと大部分が使い魔のルーンによりもたらさ...
主への想いをそんな風にして否定されるのはたまらなかった...
そんなことはない、使い魔の役目なんて関係ない。わたしはあ...
(ありがとう、シルフィード。でももういいの。わたしのこと...
それが、主と言葉を交わした最後の記憶である。もっと伝え...
(違う。わたしは、使い魔だからお姉さまのそばにいたんじゃ...
シルフィードはそれを証明したかった。自分と愛する主の縁...
だから、主の言葉に反して、彼女の死後もシルフィードは人...
(1000年……そう、1000年の間、人間の世界に留まって、お姉さ...
そう決意したシルフィードは、主の娘や孫たちを守護し始め...
主同様、その子孫達も生きていく途上で様々な脅威と対峙せ...
(お姉さまのご子孫は、やはりお姉さまの血と意志を受け継い...
シルフィードは喜んで彼らに力を貸した。ときには彼女の助...
(ありがとう、シルフィード)
幾度その言葉を聞き、幾度自分の無力に涙を流したことだろ...
しかし、そんな日々にも終わりは訪れた。魔法に加えて科学...
そうした人間の欲望は、彼らに近いところにいたシルフィー...
シルフィード自身はそうした人間達などに遅れを取るつもり...
(わたしがいることで、お姉さまの子供達を傷つけてしまうか...
シルフィードはやむなく人間の世界を離れ、彼らの技術を以...
そうした生活の中で、シルフィードの力は急激に衰えていっ...
まだ死ぬわけにはいかないという思いがなければ、シルフィ...
(1000年。1000年経つまでは)
もはや、その思いだけがシルフィードの命を繋ぎとめていた...
長い記憶の旅から帰ってきたシルフィードは、不意にあるこ...
(今日が、お姉さまが亡くなってからちょうど1000年目なんだ...
正確に数えていたわけではない。そもそも、数えることなど...
それでも、確信できた。
(1000年目。今日が1000年目だわ)
狭苦しく冷え切った洞窟の中、重い首をもたげて、ゆっくり...
(飛べる、かしら)
シルフィードは洞窟の入り口まで這うようにして歩いた。視...
(飛べる、飛べる。わたしはまだ飛べる。最後の力を使えば、...
違う。
(飛べなくても、飛ぶんだ!)
シルフィードは渾身の力を込めて翼を開いた。後足で地を蹴...
(ああ、今もこの地に残る大いなる意志が、わたしの最後に力...
心の中で感謝の祈りを捧げながら、シルフィードは無我夢中...
次に地に下りたら、もう二度と空に舞い上がることは出来な...
落ちる瞬間が来る前に、なすべきことをなさなければならな...
吹雪が遠く後方に去る頃、下界にちらほらと人家が見え始め...
目指す場所にたどり着いたとき、シルフィードは呆然として...
(ああ、お姉さま。お姉さまの痕跡が消えてしまった!)
シルフィードは高く鳴いた。しかし、すぐにまた気力を振り...
(いえ、まだ。まだ、お姉さまが生きた証が全て消えてしまっ...
滞空したまま瞳を閉じ、意識を四方へと広げ、分厚い鉄の向...
(どうかわたしの最後の願いをお聞き届けください。この大地...
声は届いたはずだった。だが、いつまで経っても何も起こら...
(まさか)
シルフィードの全身に悪寒が走った。
(わたしが眠っている間に、お姉さまの血は全て絶えてしまっ...
あり得ない話ではない。シルフィード自身、もうどのぐらい...
絶望が、シルフィードの翼から力を奪う。
墜落が始まる直前、鉄で埋め尽くされた地平線に光が生まれ...
(あれは……?)
シルフィードはなんとか翼に力を入れなおし、その光をじっ...
最初は小さな光点が一つ見えただけだったが、その近くにま...
圧倒的な光景を、シルフィードは呆然と見下ろした。
(これは……お姉さまの、命……!)
主の血は絶えてなどいなかった。むしろ、主の墓すら形を留...
やがて、光は少しずつ姿を消していった。
(大いなる意志よ、感謝いたします)
かすかに答える声が聞こえた。シルフィードは緩やかに翼を...
青く晴れ渡った空に抱かれて、今なら、昔のように軽やかに...
穏やかな幸福感に包まれたまま、シルフィードは当てもなく...
(お姉さま。これで、わたしの愛情を信じてくださいますわね)
そのとき、シルフィードの視界に何か大きなものが現れた。
それは、塔のような形をした、巨大な鉄の塊だった。ずっと...
命の終わりに突如として現れたその物体に、シルフィードは...
(あれは何かしら。あれは、どこに行くのかしら)
突然、轟音と共に、塔のような物体が底から火を吹きだした...
そのとき、シルフィードは気がついた。
(ああ、あの中にも、お姉さまの命の欠片がある!)
シルフィードは翼に力を込めた。何も考えず、ただ上昇する...
千切れ雲が後方に流れ去り、空の青が視界を染める。そのとき...
(ああ、そうだ、そうだったわ)
嬉しくなった。思い出したのだ。あのとき、主が何と言った...
(お姉さま。お懐かしいお姉さま。シルフィは、今お姉さまに...
全身に満ちる幸福感を糧として、最後の竜の体が光を放ちな...
近くなる星の海を微笑と共に見つめながら、シルフィードは...
――昔、こんな会話をした記憶がある。
確か、愛しい主がいつものように木陰で本を読んでいるとき...
「ねえねえお姉さまお姉さま!」
返事はなかった。本を読んでいるときに主が返事をすること...
「死んじゃった人間の魂って、どうなると思います?」
どうしてそんなことを聞いたのかは、よく覚えていない。多...
その質問に対する答えも、やはり期待していなかった。だか...
物凄く珍しいことだったので声を出すのも忘れて唖然として...
「星になる」
「お星様?」
「そう」
頷き、主は空に目を向ける。
「きっと、お星様になって、わたしたちを見守っていてくださ...
まるでそこに星があるかのように、主は目を細めている。し...
「きゅいきゅい。お姉さまったら、そんなこと言ったって、昼...
「消えてない。見えないだけ」
再び彼女の方を向いた主は、ただただ優しい微笑で語りかけ...
「きっといつか、あなたにも分かる日が来る」
「いつかって、いつ?」
「わたしにとっては遠い、あなたにとっては近い未来。わたし...
言葉の意味は分からなかったが、彼女は何故かとても寂しい...
それでも、彼女は何故か嬉しかった。こうして聞いていない...
「ねえねえお姉さまお姉さま!」
愛しい主のそばで、彼女はいつまでもいつまでも、一人でた...
ただそれだけの、ささやかな思い出である。
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君へ向かう光
――昔、こんな会話をした記憶がある。
確か、愛しい主がいつものように木陰で本を読んでいるとき...
「ねえねえお姉さまお姉さま!」
返事はなかった。本を読んでいるときに主が返事をすること...
「死んじゃった人間の魂って、どうなると思います?」
どうしてそんなことを聞いたのかは、よく覚えていない。多...
その質問に対する答えも、やはり期待していなかった。だか...
物凄く珍しいことだったので声を出すのも忘れて唖然として...
最初に聞こえてきたのは、唸りを上げる風の音だった。
苦労して重い目蓋を開く。寝床にしている狭苦しい洞窟の中...
(あのとき)
先程の夢を思い出しながら、ぼんやりと考える。
(お姉さまは、なんと仰ったんだっけ)
遠い記憶を呼び起こそうとしても、思い浮かぶのはあのとき...
仕方のないことだと思う。いかに韻竜が人間に比べて遥かに...
今思い出そうとした記憶は、夢で見たから「そんなこともあ...
だが、脳裏に鮮明に焼きつけられて、今でもはっきりと思い...
彼女――この世界に残された最後の韻竜であるシルフィードは...
(これで、使い魔としてのあなたの役目もおしまい)
今わの際に、主は静かに呟いた。
(自分では使い魔を選ぶことができないとは言え、あなたがた...
そんなことはない、自分は自分の意志であなたについてきた...
(その愛情は、きっと大部分が使い魔のルーンによりもたらさ...
主への想いをそんな風にして否定されるのはたまらなかった...
そんなことはない、使い魔の役目なんて関係ない。わたしはあ...
(ありがとう、シルフィード。でももういいの。わたしのこと...
それが、主と言葉を交わした最後の記憶である。もっと伝え...
(違う。わたしは、使い魔だからお姉さまのそばにいたんじゃ...
シルフィードはそれを証明したかった。自分と愛する主の縁...
だから、主の言葉に反して、彼女の死後もシルフィードは人...
(1000年……そう、1000年の間、人間の世界に留まって、お姉さ...
そう決意したシルフィードは、主の娘や孫たちを守護し始め...
主同様、その子孫達も生きていく途上で様々な脅威と対峙せ...
(お姉さまのご子孫は、やはりお姉さまの血と意志を受け継い...
シルフィードは喜んで彼らに力を貸した。ときには彼女の助...
(ありがとう、シルフィード)
幾度その言葉を聞き、幾度自分の無力に涙を流したことだろ...
しかし、そんな日々にも終わりは訪れた。魔法に加えて科学...
そうした人間の欲望は、彼らに近いところにいたシルフィー...
シルフィード自身はそうした人間達などに遅れを取るつもり...
(わたしがいることで、お姉さまの子供達を傷つけてしまうか...
シルフィードはやむなく人間の世界を離れ、彼らの技術を以...
そうした生活の中で、シルフィードの力は急激に衰えていっ...
まだ死ぬわけにはいかないという思いがなければ、シルフィ...
(1000年。1000年経つまでは)
もはや、その思いだけがシルフィードの命を繋ぎとめていた...
長い記憶の旅から帰ってきたシルフィードは、不意にあるこ...
(今日が、お姉さまが亡くなってからちょうど1000年目なんだ...
正確に数えていたわけではない。そもそも、数えることなど...
それでも、確信できた。
(1000年目。今日が1000年目だわ)
狭苦しく冷え切った洞窟の中、重い首をもたげて、ゆっくり...
(飛べる、かしら)
シルフィードは洞窟の入り口まで這うようにして歩いた。視...
(飛べる、飛べる。わたしはまだ飛べる。最後の力を使えば、...
違う。
(飛べなくても、飛ぶんだ!)
シルフィードは渾身の力を込めて翼を開いた。後足で地を蹴...
(ああ、今もこの地に残る大いなる意志が、わたしの最後に力...
心の中で感謝の祈りを捧げながら、シルフィードは無我夢中...
次に地に下りたら、もう二度と空に舞い上がることは出来な...
落ちる瞬間が来る前に、なすべきことをなさなければならな...
吹雪が遠く後方に去る頃、下界にちらほらと人家が見え始め...
目指す場所にたどり着いたとき、シルフィードは呆然として...
(ああ、お姉さま。お姉さまの痕跡が消えてしまった!)
シルフィードは高く鳴いた。しかし、すぐにまた気力を振り...
(いえ、まだ。まだ、お姉さまが生きた証が全て消えてしまっ...
滞空したまま瞳を閉じ、意識を四方へと広げ、分厚い鉄の向...
(どうかわたしの最後の願いをお聞き届けください。この大地...
声は届いたはずだった。だが、いつまで経っても何も起こら...
(まさか)
シルフィードの全身に悪寒が走った。
(わたしが眠っている間に、お姉さまの血は全て絶えてしまっ...
あり得ない話ではない。シルフィード自身、もうどのぐらい...
絶望が、シルフィードの翼から力を奪う。
墜落が始まる直前、鉄で埋め尽くされた地平線に光が生まれ...
(あれは……?)
シルフィードはなんとか翼に力を入れなおし、その光をじっ...
最初は小さな光点が一つ見えただけだったが、その近くにま...
圧倒的な光景を、シルフィードは呆然と見下ろした。
(これは……お姉さまの、命……!)
主の血は絶えてなどいなかった。むしろ、主の墓すら形を留...
やがて、光は少しずつ姿を消していった。
(大いなる意志よ、感謝いたします)
かすかに答える声が聞こえた。シルフィードは緩やかに翼を...
青く晴れ渡った空に抱かれて、今なら、昔のように軽やかに...
穏やかな幸福感に包まれたまま、シルフィードは当てもなく...
(お姉さま。これで、わたしの愛情を信じてくださいますわね)
そのとき、シルフィードの視界に何か大きなものが現れた。
それは、塔のような形をした、巨大な鉄の塊だった。ずっと...
命の終わりに突如として現れたその物体に、シルフィードは...
(あれは何かしら。あれは、どこに行くのかしら)
突然、轟音と共に、塔のような物体が底から火を吹きだした...
そのとき、シルフィードは気がついた。
(ああ、あの中にも、お姉さまの命の欠片がある!)
シルフィードは翼に力を込めた。何も考えず、ただ上昇する...
千切れ雲が後方に流れ去り、空の青が視界を染める。そのとき...
(ああ、そうだ、そうだったわ)
嬉しくなった。思い出したのだ。あのとき、主が何と言った...
(お姉さま。お懐かしいお姉さま。シルフィは、今お姉さまに...
全身に満ちる幸福感を糧として、最後の竜の体が光を放ちな...
近くなる星の海を微笑と共に見つめながら、シルフィードは...
――昔、こんな会話をした記憶がある。
確か、愛しい主がいつものように木陰で本を読んでいるとき...
「ねえねえお姉さまお姉さま!」
返事はなかった。本を読んでいるときに主が返事をすること...
「死んじゃった人間の魂って、どうなると思います?」
どうしてそんなことを聞いたのかは、よく覚えていない。多...
その質問に対する答えも、やはり期待していなかった。だか...
物凄く珍しいことだったので声を出すのも忘れて唖然として...
「星になる」
「お星様?」
「そう」
頷き、主は空に目を向ける。
「きっと、お星様になって、わたしたちを見守っていてくださ...
まるでそこに星があるかのように、主は目を細めている。し...
「きゅいきゅい。お姉さまったら、そんなこと言ったって、昼...
「消えてない。見えないだけ」
再び彼女の方を向いた主は、ただただ優しい微笑で語りかけ...
「きっといつか、あなたにも分かる日が来る」
「いつかって、いつ?」
「わたしにとっては遠い、あなたにとっては近い未来。わたし...
言葉の意味は分からなかったが、彼女は何故かとても寂しい...
それでも、彼女は何故か嬉しかった。こうして聞いていない...
「ねえねえお姉さまお姉さま!」
愛しい主のそばで、彼女はいつまでもいつまでも、一人でた...
ただそれだけの、ささやかな思い出である。
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