ゼロの使い魔保管庫
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前 [[27-192]] 不幸せな友人たち 罪人
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460 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
あの雨の日も遠く過去へと過ぎ去り、ティファニアがデルフ...
五年の月日が流れていた。
周囲の風景は時間と共に移り変わっていくが、ティファニア...
三日に一度は才人のふりをして手紙を書き、訓練された梟に...
の返事がくれば、よく読んでまた返事を書く。それ以外は、本...
それ以外は何もしようとしない生活だった。
あの雨の日以来、ティファニアは自分の気を紛らわせたり、...
なくなった。ベッドの中で悪夢にうなされようと、罪悪感で胸...
入るために葡萄酒を飲んだりはせず、ただじっと痛みを受け止...
きている間も襲ってきたが、そういうときも手仕事をして気を...
たまま、胸を痛めて葛藤の渦に沈んだ。
一方、城の方でもさほど大きな変化はない。ルイズは相変わ...
切っている。その努力の甲斐あって、貧しい村は少しずつ活気...
いほど質素な生活を営み、無理な要求もしないため、領民から...
変わったことといえば、シエスタが弟のジュリアンを呼びつ...
とだ。買い付けなどの様々な雑用や、女には不向きな力仕事を...
である。実際は、シエスタが自身の仕事を減らし、出来る限り...
ジュリアンはたまに城周辺の見回りという名目で森に入り、テ...
てくれる。そういうときに、彼女は一度問いかけたことがあっ...
「あなたはきっと、これから一生今のような生活を続けていく...
に、よくそんなことを承諾できましたね」
彼は真面目な表情で答えた。
「僕は以前、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿に命を救わ...
れば、僕は今生きていません。ですから、彼の願いを叶えるた...
彼もまた、才人の存在によってその運命を大きく変えられた...
(サイトは、一体どれだけの人の人生に影響を与えていたんだ...
ティファニアの記憶に残っているのは、能天気で明るい笑顔...
が、彼が死んでもう五年も経つというのに、その存在は薄れる...
くなってくるように思える。
ルイズが封じられた記憶を取り戻したことは、あのとき以来...
あの日のことを連想させるような物品に触れても、特に変わっ...
「だからこそ、不思議なんですよね。どうしてあのとき、ミス...
まったんでしょう」
シエスタは首を傾げていたが、ティファニアにはその理由が...
彼女が最初にルイズの記憶を消したとき、心の中には明らか...
効果を弱めてしまったのかもしれない。対して、あの雨の日は...
した直後で、心が恐怖に塗りつぶされていた。あの怒りに滾る...
から、自己防衛本能が全ての躊躇を消し去り、魔法を完璧な状...
(どっちにしても、今はもうどうでもいいことね。私があのと...
んの記憶を奪ったことに、変わりはないんだから)
ティファニアは今でもシエスタに呼びつけられて、夜半こっ...
三日中のルイズの記憶を消し、「長旅から帰ってきたサイトが...
た」という作り物の思い出を植えつけるためである。この企て...
ルイズに魔法をかけるたび、ティファニアの胸は罪悪感でさ...
彼女は底が見えない泥沼に、どんどん深く沈みこんでいくのだ。
だが、そこから抜け出すつもりはなかった。自分はもう、そ...
思っていた。
燃え立つような赤毛を翻してキュルケがやってきたのは、そ...
461 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
「これはまた、ずいぶん窮屈なところに住んでるのね、あなた」
狭い小屋の中を見回して、キュルケが呆れたように呟いた。...
ており、惜しげもなく宝石を使って飾り立てられている。こん...
である。そんな彼女に椅子を引いて勧めながら、ティファニア...
「わたしには、ここで十分ですから」
「そう? どう見たって、若い女が一人で住むような場所には...
手に持っていた小さな鞄――これも宝石で遠慮なく飾り立てら...
り出しながら、キュルケは椅子に座る。無遠慮に小屋の中を見...
「私物らしきものが全く見当たらないんだけど」
「ええ、持っていませんから」
「要するにお茶すら期待できないわけね」
「ごめんなさい」
「ま、別にいいけど」
ティファニアはキュルケの向側に腰掛ける。テーブルを挟ん...
だけだと言うのに、狭い小屋の中は既にかなり窮屈だった。そ...
を突き、何か咎めるように目を細めて言った。
「あなた、変わったわね」
ティファニアは逃げるように顔を伏せて、キュルケから目を...
「そうですか?」
「ええ。昔から内気で大人しい……悪く言えば暗い感じだと思っ...
んかどんよりしてて、近づいただけでこっちまで気が滅入って...
遠慮というものが欠片も感じられない、うんざりとした物言...
を握り締める。一方キュルケは、部屋の中に置いてある櫃に目...
宛てられた手紙が入っている櫃である。
「この部屋を見た感じ、あなた、極端に自制した生活を送って...
らわせることすらせずに、ただただ日々を過ごしているだけ」
キュルケの声が少し鋭くなった。
「まるで、自分に罰を与えてるみたいに」
心臓が大きく跳ねた。握り締めた手の平に汗が滲んでくる。
「だって」
言いながら、わずかに顔を上げる。キュルケはテーブルに頬...
いた。落ち着かない気分になり、ティファニアは少し目をそら...
「わたしがこうしている理由は、分かるでしょう?」
「まあ、大体はね」
キュルケの口元に微笑が浮かんだ。
「真面目だものね、あなたも。タバサと同じで」
居心地の悪さに身じろぎしながら、ティファニアは改めてキ...
白く上質な布で織られた外套の下も、やはり豪華なドレスら...
服を着ているティファニアとは、正反対の格好である。燃え立...
た。少々けばけばしいほどの化粧が施された褐色の肌も非常に...
テーブルの上には何か私物が入っているらしい小さな鞄が投げ...
められた悪趣味な一品だった。
つまり、目の前にいる女は、富や享楽、世俗的な願望を、こ...
をしているのだ。服の丈だけは昔と違って非常に長くなってお...
が、それ以外は昔のキュルケそのまま、実に陽気で享楽的な風...
462 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
(話に聞いていた通りだわ)
五年前、東方から帰還したキュルケは、すぐに故郷ゲルマニ...
なり強引な手段を使って当主である父を隠居に追い込み、権謀...
て、名実共に家の主となった。ほとんど間を置かずに師である...
き伏せて様々な兵器を秘密裏に開発、量産させた。ツェルプス...
強化されていたのである。
当時、ゲルマニアはアルビオン戦役後間もなく勃発した内戦...
情は非常に不安定な状態にあった。キュルケは強化した私兵軍...
戦した。様々な事前工作のおかげもあって、彼らは破竹の勢い...
ルプストー家の軍門に下り、いつしかゲルマニア最大の勢力と...
続けた前皇帝アルブレヒトV世の軍団すらも打ち破るに至る。
こうして、帰還してからたった三年足らずで、キュルケはゲ...
り詰めてしまったのである。今の彼女は神聖ゲルマニア帝国ツ...
というような情報は、かなり正確な形でティファニアの耳に...
である。彼女はルイズに嘘がばれないように細心の注意を払っ...
報を集めさせていた。
「何が原因でミス・ヴァリエールが真実を知るか、分かったも...
淡々とした口調で、そんな風に言っていた。
ともかくそういった理由で、今のキュルケがどんな生活を送...
もりだった。
だが、実際にこの目で見てもなお、ティファニアはまだ信じ...
常に自分の胸を締め付け、心を重くする罪悪感が、目の前の...
しかも、彼女はついさっき、久方ぶりにルイズと再会してき...
(あのルイズさんを見ても、この人は何も感じなかったのかし...
疑問が胸の中で膨れ上がる。
「わたしはね」
と、ティファニアの内心を見透かしたように、不意にキュル...
「あのときの選択……ルイズからサイトの死に関する記憶を奪っ...
たと思ってるわ」
ティファニアは目を見開き、伏せていた顔を上げた。キュル...
「あら、信じられないって言いたげな顔ね」
「当たり前じゃないですか……!」
声が詰まった。何を言っていいのかよく分からない。キュル...
顎を乗せた。派手な外見には似つかわしくないほど静かな瞳が...
「よくよく考えてご覧なさいな。あなたはあのときの選択が間...
他にわたしたちが選べる選択肢は、なんだった?」
「他の選択肢、は……」
「ルイズの望みどおり、彼女にサイトの後を追わせてあげるこ...
ティファニアは再び俯いた。握り締めた拳が、膝の上で小刻...
「あなた、あのとき、その選択肢は選ばなかったでしょう? ...
わたしたちみんな……最後まで反対してたタバサだって、ルイズ...
の。あなただって、そうでしょう?」
その質問には、ティファニアも迷いなく頷いた。「わたしも...
「あの子には死んでほしくなかった。そりゃ、家同士は犬猿の...
結構好きだったもの。見てるこっちがやきもきするぐらい不器...
な形であれ、生きていてほしかったのよ。それが、一番強い感...
キュルケは小さく笑った。
「さっき、久しぶりにルイズに会ってきたけどね。凄く幸せそ...
ティファニアは首を横に振った。彼女がルイズを見るのは、...
ときだけだ。それでなくとも、自分にルイズと会って話をする...
463 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
「あの子、幸せそうだった。笑っちゃうぐらいベタ惚れよね。...
そう、彼、今はわたしの頼みでゲルマニアの地方領主の反乱鎮...
たわね。あの子があんまり自然にそう話すんだもの、ついつい...
に、サイトがまだ生きているんじゃないかって」
沈黙がやって来た。外から、鳥が鳴き交わす声が聞こえてく...
「わたしは、悪くない結果だと思ってるわ」
キュルケの声の調子が変わった。ティファニアは顔を上げる...
「ルイズは幸せに包まれながら生きて、このささやかな領地の...
は比べ物にならないぐらい、領民の顔は明るかったわ。あの笑...
いたからこそもたらされたものよ。彼女の頑張りがなければ、...
ルイズを生かした私たちの選択は、間違いなく多くの人々に幸...
諭すような声音を聞いたとき、ティファニアの脳裏に怒りに...
「やめて」とか細く呟いた声は、キュルケには届かなかった。
「仮にあのとき、ルイズを死なせていたとしたら、どう? 誰...
したちはサイトを失った上にルイズまで死なせて、心に深い傷...
んだサイトだって、そんなことは望まなかったはずよ。二つの...
よい結果なのかは、子供にだって分かるはず。だからね」
キュルケの声が、深い優しさを帯びた。
「あなたは、そんな風に苦しまなくたっていいのよ」
その声音は、じわりじわりとティファニアの胸に染みこみ、...
「やめて」と絞り出した声は、小刻みに震えていた。それに気...
す深く響き渡る。
「だって、いいことをしたんですもの。死にゆくルイズを救い...
トの死に囚われて、引きずり込まれようとしていたルイズを助...
だったの。そのことを誇ったっていいぐらいよ。だから」
「やめてください!」
とうとう耐え切れなくなり、ティファニアは悲鳴を上げた。...
った。言葉を失って呆然とするキュルケの前で、ティファニア...
た。胸を覆わんばかりの温かさが、吐き気となってこみ上げて...
「お願い、もうやめて! これ以上わたしを惑わせないで!」
「あなた……」
視界の隅で、キュルケが手を伸ばすのが見えた。その手から...
蹴って立ち上がる。息を飲んで立ち上がるキュルケに向かって...
「わたしを慰めないで。あのときの選択が正しかったなんて、...
が、いいものなんだと思わせないで。あなたの言葉は、気持ち...
分にとって都合がよくて……悪魔の囁きと同じなの。それを聞い...
かったのかもしれない』と思いそうになる……自分がしたことの...
そうになる」
――あんたはわたしを世界で一番薄汚くて醜い、最低の女にし...
降りしきる雨の中に響き渡ったルイズの声が、今また頭の中...
「それだけは嫌なの! それだけは、絶対にしてはいけないこ...
しに優しい声で語り掛けないで。わたしの心を折らないで。こ...
す……お願い、お願いします……」
涙を流して懇願しながら、床に膝を突く。視界の隅で、また...
が、ティファニアの肩に触れるか触れないかのところで、すっ...
「ティファニア」
先程の優しい声音とは打って変わった、厳しい声が降ってく...
で滲んだ視界の中に、唇を引き結んだキュルケの顔が見えた。
「その生き方は、とても辛いものよ」
苦しげに細められた瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「それでも、いいのね?」
ティファニアは涙を拭い、キュルケを見つめ返しながら、し...
で顔を伏せ、唇を噛んで一言だけ呟いた。
「不器用だわ、すごく」
ティファニアは、何も言い返さなかった。
464 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
しばらくの間沈黙と共に過ごしたあと、キュルケはぽつりと...
「帰るわ」
ティファニアも黙って立ち上がり、彼女の後に続いた。もう...
も、周囲は赤く色づいている。キュルケは数歩ほどで不意に立...
たまま言った。
「さっき、あのときの選択は間違いじゃなかったって言ったけ...
数秒、躊躇うような間が続く。ため息をつく音がかすかに聞...
「だからと言って、正しい選択をしたとも思ってないわ。あの...
わたしたちの前には存在していなかった」
キュルケが振り返る。いつも陽気だった顔に、寂しげな表情...
「わたしもね、今のルイズを包む幸せは、とても歪なものだと...
生きるなんて……正直、反吐が出る考え方よ。わたしだって、そ...
キュルケは背筋を伸ばして、力強い口調で言った。
「わたしはやっぱり、あのときの選択は間違ってなかったと思...
寂しくて耐えられないから後を追う、なんて……それは、彼の願...
命を投げ出してまで愛する人を救ったサイトのためにも、ルイ...
人ではその意志を取り戻すことは難しかったし、わたしたちも...
ることなんてとても出来なかった。だから、わたしはルイズが...
そこまで言ってから、キュルケはまた、寂しげな微笑を浮か...
「……ここまで言っても、あなたはやっぱり、罰を受けることを...
ティファニアは迷いなく頷いた。キュルケは「そう」とだけ...
「だったらね、せめて、こう考えてちょうだい。あなたが強く...
のものではないんだって。あのとき、あの場所にいたわたした...
だって」
そのとき、ティファニアは不意に気がついた。キュルケが羽...
がって、彼女の手首が見えている。そこに、醜い傷跡が残って...
と、キュルケは恥らうように、そっと外套の袖を戻した。
「戦いなんてやってると、このぐらいの傷は自然と出来るもの...
――アルビオン戦役から間もなく勃発したゲルマニアの内戦は...
に飛び火する可能性があった――
以前聞いた情報がちらりと頭をかすめて、ティファニアは何...
困ったように笑った。
「そんな顔されると思ったから、隠してたんだけどね。あなた...
そう言ったあと、キュルケは表情を引き締めた。
「ティファニア。わたしは、何も後悔してないわ。自分の意志...
うしなさい。自分の意志に従って、罪に苦しみ、罰を受けなが...
キュルケの瞳に、切実な色が宿った。彼女はニ、三歩とティ...
465 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
「いつか、自分を許せる日がくるかもしれないってことを、忘...
捨ててしまわないで。今は無理かもしれないけど、いつかは……...
キュルケはティファニアの手を、自分の両手で握り締めた。...
露わになる。それを気にする素振りすら見せず、キュルケは必...
「忘れないでね、ティファニア。今日、わたしがあなたに投げ...
いたってこと……あなたの苦しみを見るのが辛いと思っている人...
いるんだってことを」
ティファニアはどう答えるべきか迷った。だが、真っ直ぐに...
をそらすことはできなかった。
「はい」
しっかりした声で答え、頷くと同時に、目から涙が溢れ出し...
く頬を伝って流れ落ちていく。滲んだ視界の向こうで、キュル...
「これ、あげるわ」
手に持っていた小さな鞄から折りたたまれたハンカチを取り...
それから、そのハンカチを彼女の手に握らせた。
「でも、使っちゃだめよ。これは、戒めの証。いいこと、ティ...
キュルケは真剣な口調で言い聞かせた。
「これきり、泣くのはお止しなさい。罰を受ける覚悟を決めた...
はいけないわ。涙を流すことなく、顔を上げて真摯に痛みを受...
貫くということなんだから」
「はい」
ティファニアは、またしっかりとした声で答え、頷いた。今...
キュルケは穏やかに笑い、大きく腕を広げてティファニアを...
「抱擁は、次に会うときまで取っておくわ。慰めや別れのため...
自分を許せたことを喜ぶために、抱きしめてさせてちょうだい」
優しく囁き、キュルケは踵を返した。薄暗い森の中に、燃え...
弾けた。
「なんだか柄にもなく湿っぽいことばっかり言っちゃったけど...
待ってる家来の頭がまた薄くなっちゃ、可哀想だものね!」
冗談めかしたその言葉に、ティファニアは久方ぶりの微笑を...
女帝キュルケが夫作の小型飛行機械で勝手気ままに飛び回り...
を巻き起こしている、というのは、何度か耳にしていたエピソ...
情報の中で、一番キュルケらしいエピソードだった。
遠ざかるキュルケの背中に向かって、ティファニアは大きく...
「コルベール先生にも、よろしく伝えてくださいね! たまに...
大事にしてくださいって!」
「分かったわ! また会いましょうね、ティファニア!」
キュルケが笑って手を振る。ティファニアもまた、声を上げ...
友達の想いに応えるために、今この瞬間だけは、自分に笑う...
466 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
その後、ティファニアがキュルケの抱擁を受けることはなか...
デルフリンガー男爵領を訪れてわずか数ヶ月後、彼女は行方...
夫コルベールが自ら設計した、新型の巨大飛行船の試運転に...
明の爆発を起こして墜落、炎上したのである。燃え落ちた船の...
ことはなかったが、以降彼女の姿を見たものが一人もいないこ...
断した。
こうして、神聖ゲルマニア帝国ツェルプストー王朝は、わず...
じることになった。
多くの人々は、このことによりまたゲルマニアが支配権争い...
が、そうはならなかった。
何故こうなったのかと誰もが不思議がるほど、国内の各勢力...
に動けぬ状態のまま不思議な平和が形作られることとなったの...
その後も、覇権を握るほど飛びぬけて強い勢力が現れること...
在のまま自然消滅し、時代の流れそのままに、平民主体の政治...
る。この時代、平民と貴族は武力を持って真正面からぶつかり...
の問題に留まり、それ以降長い間、他国がゲルマニアによって...
女帝キュルケが行方不明になった事件の真相は、今も謎に包...
という説もあれば、暗殺という単語が嘘まことしやかに囁かれ...
好まれ、信じられているのは、政治の面倒くささに嫌気が差し...
死んだ振りをして夫ともども他の大陸に逃亡した、という説で...
女帝キュルケは自由奔放な人間像を持って、人々に愛されてい...
女帝死後のゲルマニアに不思議な平和が保たれたことすら、...
か、彼女は無秩序に遊びまわる振りをしていたが、その実様々...
力をしていたのだ、という説すらあったほどである。
なお、巨大だがまとまりに欠けていたゲルマニアにある程度...
を築いたという点で、彼女はそのいい加減な人間像とは裏腹に...
けている。
こうして、ティファニアの元にはキュルケのハンカチだけが...
きですら、それを手に取ることはなかった。
彼女がそれを使うことになったのは、キュルケとの出会いか...
小屋を訪れたときのことである。
終了行:
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460 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
あの雨の日も遠く過去へと過ぎ去り、ティファニアがデルフ...
五年の月日が流れていた。
周囲の風景は時間と共に移り変わっていくが、ティファニア...
三日に一度は才人のふりをして手紙を書き、訓練された梟に...
の返事がくれば、よく読んでまた返事を書く。それ以外は、本...
それ以外は何もしようとしない生活だった。
あの雨の日以来、ティファニアは自分の気を紛らわせたり、...
なくなった。ベッドの中で悪夢にうなされようと、罪悪感で胸...
入るために葡萄酒を飲んだりはせず、ただじっと痛みを受け止...
きている間も襲ってきたが、そういうときも手仕事をして気を...
たまま、胸を痛めて葛藤の渦に沈んだ。
一方、城の方でもさほど大きな変化はない。ルイズは相変わ...
切っている。その努力の甲斐あって、貧しい村は少しずつ活気...
いほど質素な生活を営み、無理な要求もしないため、領民から...
変わったことといえば、シエスタが弟のジュリアンを呼びつ...
とだ。買い付けなどの様々な雑用や、女には不向きな力仕事を...
である。実際は、シエスタが自身の仕事を減らし、出来る限り...
ジュリアンはたまに城周辺の見回りという名目で森に入り、テ...
てくれる。そういうときに、彼女は一度問いかけたことがあっ...
「あなたはきっと、これから一生今のような生活を続けていく...
に、よくそんなことを承諾できましたね」
彼は真面目な表情で答えた。
「僕は以前、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ殿に命を救わ...
れば、僕は今生きていません。ですから、彼の願いを叶えるた...
彼もまた、才人の存在によってその運命を大きく変えられた...
(サイトは、一体どれだけの人の人生に影響を与えていたんだ...
ティファニアの記憶に残っているのは、能天気で明るい笑顔...
が、彼が死んでもう五年も経つというのに、その存在は薄れる...
くなってくるように思える。
ルイズが封じられた記憶を取り戻したことは、あのとき以来...
あの日のことを連想させるような物品に触れても、特に変わっ...
「だからこそ、不思議なんですよね。どうしてあのとき、ミス...
まったんでしょう」
シエスタは首を傾げていたが、ティファニアにはその理由が...
彼女が最初にルイズの記憶を消したとき、心の中には明らか...
効果を弱めてしまったのかもしれない。対して、あの雨の日は...
した直後で、心が恐怖に塗りつぶされていた。あの怒りに滾る...
から、自己防衛本能が全ての躊躇を消し去り、魔法を完璧な状...
(どっちにしても、今はもうどうでもいいことね。私があのと...
んの記憶を奪ったことに、変わりはないんだから)
ティファニアは今でもシエスタに呼びつけられて、夜半こっ...
三日中のルイズの記憶を消し、「長旅から帰ってきたサイトが...
た」という作り物の思い出を植えつけるためである。この企て...
ルイズに魔法をかけるたび、ティファニアの胸は罪悪感でさ...
彼女は底が見えない泥沼に、どんどん深く沈みこんでいくのだ。
だが、そこから抜け出すつもりはなかった。自分はもう、そ...
思っていた。
燃え立つような赤毛を翻してキュルケがやってきたのは、そ...
461 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
「これはまた、ずいぶん窮屈なところに住んでるのね、あなた」
狭い小屋の中を見回して、キュルケが呆れたように呟いた。...
ており、惜しげもなく宝石を使って飾り立てられている。こん...
である。そんな彼女に椅子を引いて勧めながら、ティファニア...
「わたしには、ここで十分ですから」
「そう? どう見たって、若い女が一人で住むような場所には...
手に持っていた小さな鞄――これも宝石で遠慮なく飾り立てら...
り出しながら、キュルケは椅子に座る。無遠慮に小屋の中を見...
「私物らしきものが全く見当たらないんだけど」
「ええ、持っていませんから」
「要するにお茶すら期待できないわけね」
「ごめんなさい」
「ま、別にいいけど」
ティファニアはキュルケの向側に腰掛ける。テーブルを挟ん...
だけだと言うのに、狭い小屋の中は既にかなり窮屈だった。そ...
を突き、何か咎めるように目を細めて言った。
「あなた、変わったわね」
ティファニアは逃げるように顔を伏せて、キュルケから目を...
「そうですか?」
「ええ。昔から内気で大人しい……悪く言えば暗い感じだと思っ...
んかどんよりしてて、近づいただけでこっちまで気が滅入って...
遠慮というものが欠片も感じられない、うんざりとした物言...
を握り締める。一方キュルケは、部屋の中に置いてある櫃に目...
宛てられた手紙が入っている櫃である。
「この部屋を見た感じ、あなた、極端に自制した生活を送って...
らわせることすらせずに、ただただ日々を過ごしているだけ」
キュルケの声が少し鋭くなった。
「まるで、自分に罰を与えてるみたいに」
心臓が大きく跳ねた。握り締めた手の平に汗が滲んでくる。
「だって」
言いながら、わずかに顔を上げる。キュルケはテーブルに頬...
いた。落ち着かない気分になり、ティファニアは少し目をそら...
「わたしがこうしている理由は、分かるでしょう?」
「まあ、大体はね」
キュルケの口元に微笑が浮かんだ。
「真面目だものね、あなたも。タバサと同じで」
居心地の悪さに身じろぎしながら、ティファニアは改めてキ...
白く上質な布で織られた外套の下も、やはり豪華なドレスら...
服を着ているティファニアとは、正反対の格好である。燃え立...
た。少々けばけばしいほどの化粧が施された褐色の肌も非常に...
テーブルの上には何か私物が入っているらしい小さな鞄が投げ...
められた悪趣味な一品だった。
つまり、目の前にいる女は、富や享楽、世俗的な願望を、こ...
をしているのだ。服の丈だけは昔と違って非常に長くなってお...
が、それ以外は昔のキュルケそのまま、実に陽気で享楽的な風...
462 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
(話に聞いていた通りだわ)
五年前、東方から帰還したキュルケは、すぐに故郷ゲルマニ...
なり強引な手段を使って当主である父を隠居に追い込み、権謀...
て、名実共に家の主となった。ほとんど間を置かずに師である...
き伏せて様々な兵器を秘密裏に開発、量産させた。ツェルプス...
強化されていたのである。
当時、ゲルマニアはアルビオン戦役後間もなく勃発した内戦...
情は非常に不安定な状態にあった。キュルケは強化した私兵軍...
戦した。様々な事前工作のおかげもあって、彼らは破竹の勢い...
ルプストー家の軍門に下り、いつしかゲルマニア最大の勢力と...
続けた前皇帝アルブレヒトV世の軍団すらも打ち破るに至る。
こうして、帰還してからたった三年足らずで、キュルケはゲ...
り詰めてしまったのである。今の彼女は神聖ゲルマニア帝国ツ...
というような情報は、かなり正確な形でティファニアの耳に...
である。彼女はルイズに嘘がばれないように細心の注意を払っ...
報を集めさせていた。
「何が原因でミス・ヴァリエールが真実を知るか、分かったも...
淡々とした口調で、そんな風に言っていた。
ともかくそういった理由で、今のキュルケがどんな生活を送...
もりだった。
だが、実際にこの目で見てもなお、ティファニアはまだ信じ...
常に自分の胸を締め付け、心を重くする罪悪感が、目の前の...
しかも、彼女はついさっき、久方ぶりにルイズと再会してき...
(あのルイズさんを見ても、この人は何も感じなかったのかし...
疑問が胸の中で膨れ上がる。
「わたしはね」
と、ティファニアの内心を見透かしたように、不意にキュル...
「あのときの選択……ルイズからサイトの死に関する記憶を奪っ...
たと思ってるわ」
ティファニアは目を見開き、伏せていた顔を上げた。キュル...
「あら、信じられないって言いたげな顔ね」
「当たり前じゃないですか……!」
声が詰まった。何を言っていいのかよく分からない。キュル...
顎を乗せた。派手な外見には似つかわしくないほど静かな瞳が...
「よくよく考えてご覧なさいな。あなたはあのときの選択が間...
他にわたしたちが選べる選択肢は、なんだった?」
「他の選択肢、は……」
「ルイズの望みどおり、彼女にサイトの後を追わせてあげるこ...
ティファニアは再び俯いた。握り締めた拳が、膝の上で小刻...
「あなた、あのとき、その選択肢は選ばなかったでしょう? ...
わたしたちみんな……最後まで反対してたタバサだって、ルイズ...
の。あなただって、そうでしょう?」
その質問には、ティファニアも迷いなく頷いた。「わたしも...
「あの子には死んでほしくなかった。そりゃ、家同士は犬猿の...
結構好きだったもの。見てるこっちがやきもきするぐらい不器...
な形であれ、生きていてほしかったのよ。それが、一番強い感...
キュルケは小さく笑った。
「さっき、久しぶりにルイズに会ってきたけどね。凄く幸せそ...
ティファニアは首を横に振った。彼女がルイズを見るのは、...
ときだけだ。それでなくとも、自分にルイズと会って話をする...
463 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
「あの子、幸せそうだった。笑っちゃうぐらいベタ惚れよね。...
そう、彼、今はわたしの頼みでゲルマニアの地方領主の反乱鎮...
たわね。あの子があんまり自然にそう話すんだもの、ついつい...
に、サイトがまだ生きているんじゃないかって」
沈黙がやって来た。外から、鳥が鳴き交わす声が聞こえてく...
「わたしは、悪くない結果だと思ってるわ」
キュルケの声の調子が変わった。ティファニアは顔を上げる...
「ルイズは幸せに包まれながら生きて、このささやかな領地の...
は比べ物にならないぐらい、領民の顔は明るかったわ。あの笑...
いたからこそもたらされたものよ。彼女の頑張りがなければ、...
ルイズを生かした私たちの選択は、間違いなく多くの人々に幸...
諭すような声音を聞いたとき、ティファニアの脳裏に怒りに...
「やめて」とか細く呟いた声は、キュルケには届かなかった。
「仮にあのとき、ルイズを死なせていたとしたら、どう? 誰...
したちはサイトを失った上にルイズまで死なせて、心に深い傷...
んだサイトだって、そんなことは望まなかったはずよ。二つの...
よい結果なのかは、子供にだって分かるはず。だからね」
キュルケの声が、深い優しさを帯びた。
「あなたは、そんな風に苦しまなくたっていいのよ」
その声音は、じわりじわりとティファニアの胸に染みこみ、...
「やめて」と絞り出した声は、小刻みに震えていた。それに気...
す深く響き渡る。
「だって、いいことをしたんですもの。死にゆくルイズを救い...
トの死に囚われて、引きずり込まれようとしていたルイズを助...
だったの。そのことを誇ったっていいぐらいよ。だから」
「やめてください!」
とうとう耐え切れなくなり、ティファニアは悲鳴を上げた。...
った。言葉を失って呆然とするキュルケの前で、ティファニア...
た。胸を覆わんばかりの温かさが、吐き気となってこみ上げて...
「お願い、もうやめて! これ以上わたしを惑わせないで!」
「あなた……」
視界の隅で、キュルケが手を伸ばすのが見えた。その手から...
蹴って立ち上がる。息を飲んで立ち上がるキュルケに向かって...
「わたしを慰めないで。あのときの選択が正しかったなんて、...
が、いいものなんだと思わせないで。あなたの言葉は、気持ち...
分にとって都合がよくて……悪魔の囁きと同じなの。それを聞い...
かったのかもしれない』と思いそうになる……自分がしたことの...
そうになる」
――あんたはわたしを世界で一番薄汚くて醜い、最低の女にし...
降りしきる雨の中に響き渡ったルイズの声が、今また頭の中...
「それだけは嫌なの! それだけは、絶対にしてはいけないこ...
しに優しい声で語り掛けないで。わたしの心を折らないで。こ...
す……お願い、お願いします……」
涙を流して懇願しながら、床に膝を突く。視界の隅で、また...
が、ティファニアの肩に触れるか触れないかのところで、すっ...
「ティファニア」
先程の優しい声音とは打って変わった、厳しい声が降ってく...
で滲んだ視界の中に、唇を引き結んだキュルケの顔が見えた。
「その生き方は、とても辛いものよ」
苦しげに細められた瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「それでも、いいのね?」
ティファニアは涙を拭い、キュルケを見つめ返しながら、し...
で顔を伏せ、唇を噛んで一言だけ呟いた。
「不器用だわ、すごく」
ティファニアは、何も言い返さなかった。
464 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
しばらくの間沈黙と共に過ごしたあと、キュルケはぽつりと...
「帰るわ」
ティファニアも黙って立ち上がり、彼女の後に続いた。もう...
も、周囲は赤く色づいている。キュルケは数歩ほどで不意に立...
たまま言った。
「さっき、あのときの選択は間違いじゃなかったって言ったけ...
数秒、躊躇うような間が続く。ため息をつく音がかすかに聞...
「だからと言って、正しい選択をしたとも思ってないわ。あの...
わたしたちの前には存在していなかった」
キュルケが振り返る。いつも陽気だった顔に、寂しげな表情...
「わたしもね、今のルイズを包む幸せは、とても歪なものだと...
生きるなんて……正直、反吐が出る考え方よ。わたしだって、そ...
キュルケは背筋を伸ばして、力強い口調で言った。
「わたしはやっぱり、あのときの選択は間違ってなかったと思...
寂しくて耐えられないから後を追う、なんて……それは、彼の願...
命を投げ出してまで愛する人を救ったサイトのためにも、ルイ...
人ではその意志を取り戻すことは難しかったし、わたしたちも...
ることなんてとても出来なかった。だから、わたしはルイズが...
そこまで言ってから、キュルケはまた、寂しげな微笑を浮か...
「……ここまで言っても、あなたはやっぱり、罰を受けることを...
ティファニアは迷いなく頷いた。キュルケは「そう」とだけ...
「だったらね、せめて、こう考えてちょうだい。あなたが強く...
のものではないんだって。あのとき、あの場所にいたわたした...
だって」
そのとき、ティファニアは不意に気がついた。キュルケが羽...
がって、彼女の手首が見えている。そこに、醜い傷跡が残って...
と、キュルケは恥らうように、そっと外套の袖を戻した。
「戦いなんてやってると、このぐらいの傷は自然と出来るもの...
――アルビオン戦役から間もなく勃発したゲルマニアの内戦は...
に飛び火する可能性があった――
以前聞いた情報がちらりと頭をかすめて、ティファニアは何...
困ったように笑った。
「そんな顔されると思ったから、隠してたんだけどね。あなた...
そう言ったあと、キュルケは表情を引き締めた。
「ティファニア。わたしは、何も後悔してないわ。自分の意志...
うしなさい。自分の意志に従って、罪に苦しみ、罰を受けなが...
キュルケの瞳に、切実な色が宿った。彼女はニ、三歩とティ...
465 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
「いつか、自分を許せる日がくるかもしれないってことを、忘...
捨ててしまわないで。今は無理かもしれないけど、いつかは……...
キュルケはティファニアの手を、自分の両手で握り締めた。...
露わになる。それを気にする素振りすら見せず、キュルケは必...
「忘れないでね、ティファニア。今日、わたしがあなたに投げ...
いたってこと……あなたの苦しみを見るのが辛いと思っている人...
いるんだってことを」
ティファニアはどう答えるべきか迷った。だが、真っ直ぐに...
をそらすことはできなかった。
「はい」
しっかりした声で答え、頷くと同時に、目から涙が溢れ出し...
く頬を伝って流れ落ちていく。滲んだ視界の向こうで、キュル...
「これ、あげるわ」
手に持っていた小さな鞄から折りたたまれたハンカチを取り...
それから、そのハンカチを彼女の手に握らせた。
「でも、使っちゃだめよ。これは、戒めの証。いいこと、ティ...
キュルケは真剣な口調で言い聞かせた。
「これきり、泣くのはお止しなさい。罰を受ける覚悟を決めた...
はいけないわ。涙を流すことなく、顔を上げて真摯に痛みを受...
貫くということなんだから」
「はい」
ティファニアは、またしっかりとした声で答え、頷いた。今...
キュルケは穏やかに笑い、大きく腕を広げてティファニアを...
「抱擁は、次に会うときまで取っておくわ。慰めや別れのため...
自分を許せたことを喜ぶために、抱きしめてさせてちょうだい」
優しく囁き、キュルケは踵を返した。薄暗い森の中に、燃え...
弾けた。
「なんだか柄にもなく湿っぽいことばっかり言っちゃったけど...
待ってる家来の頭がまた薄くなっちゃ、可哀想だものね!」
冗談めかしたその言葉に、ティファニアは久方ぶりの微笑を...
女帝キュルケが夫作の小型飛行機械で勝手気ままに飛び回り...
を巻き起こしている、というのは、何度か耳にしていたエピソ...
情報の中で、一番キュルケらしいエピソードだった。
遠ざかるキュルケの背中に向かって、ティファニアは大きく...
「コルベール先生にも、よろしく伝えてくださいね! たまに...
大事にしてくださいって!」
「分かったわ! また会いましょうね、ティファニア!」
キュルケが笑って手を振る。ティファニアもまた、声を上げ...
友達の想いに応えるために、今この瞬間だけは、自分に笑う...
466 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/09(土...
その後、ティファニアがキュルケの抱擁を受けることはなか...
デルフリンガー男爵領を訪れてわずか数ヶ月後、彼女は行方...
夫コルベールが自ら設計した、新型の巨大飛行船の試運転に...
明の爆発を起こして墜落、炎上したのである。燃え落ちた船の...
ことはなかったが、以降彼女の姿を見たものが一人もいないこ...
断した。
こうして、神聖ゲルマニア帝国ツェルプストー王朝は、わず...
じることになった。
多くの人々は、このことによりまたゲルマニアが支配権争い...
が、そうはならなかった。
何故こうなったのかと誰もが不思議がるほど、国内の各勢力...
に動けぬ状態のまま不思議な平和が形作られることとなったの...
その後も、覇権を握るほど飛びぬけて強い勢力が現れること...
在のまま自然消滅し、時代の流れそのままに、平民主体の政治...
る。この時代、平民と貴族は武力を持って真正面からぶつかり...
の問題に留まり、それ以降長い間、他国がゲルマニアによって...
女帝キュルケが行方不明になった事件の真相は、今も謎に包...
という説もあれば、暗殺という単語が嘘まことしやかに囁かれ...
好まれ、信じられているのは、政治の面倒くささに嫌気が差し...
死んだ振りをして夫ともども他の大陸に逃亡した、という説で...
女帝キュルケは自由奔放な人間像を持って、人々に愛されてい...
女帝死後のゲルマニアに不思議な平和が保たれたことすら、...
か、彼女は無秩序に遊びまわる振りをしていたが、その実様々...
力をしていたのだ、という説すらあったほどである。
なお、巨大だがまとまりに欠けていたゲルマニアにある程度...
を築いたという点で、彼女はそのいい加減な人間像とは裏腹に...
けている。
こうして、ティファニアの元にはキュルケのハンカチだけが...
きですら、それを手に取ることはなかった。
彼女がそれを使うことになったのは、キュルケとの出会いか...
小屋を訪れたときのことである。
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