ゼロの使い魔保管庫
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前 [[27-460]]不幸せな友人たち キュルケ
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536 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
季節は移ろい、時は流れていく。
ティファニアがこの地で暮らすようになってから、ちょうど...
デルフリンガー男爵領の外では、何やら不穏な空気が漂い始...
近年、平民優遇の政策を推し進めてきたアンリエッタ女王が...
とのことで、これに反対する貴族たちと日夜苛烈な闘争を繰り...
るぶつかり合いにまでは発展していないとのことで、デルフリ...
上らないらしい。
ティファニアの生活は、ほとんど変化がない。相変わらず最...
すらじっと押し黙る生活を続けている。毎夜のように繰り返す...
感はますます深くなっていく。
変化と言えば、長櫃の中に収められた手紙の山がどんどん高...
れは、ティファニアが才人の振りをして送った手紙に対する、...
――怪我をしたり、病気にかかったりしていませんか。
――あなたのしていることは立派だと思うけれど、あまり無理...
――お体に気をつけて。愛しています。
涙と吐き気と胸の痛みを堪えながらそれを読み、ティファニ...
紙の文面は、最初に書いたときと変わりなく、ほとんど悩むこ...
ルイズは全く疑う様子を見せないという。
「ひょっとしたら、あの魔法には、教えた嘘を信じやすくさせ...
シエスタがそんな風に推測していたが、真偽の程は分からな...
また、彼女の話によると、最近領民の間で「男爵様は気が狂...
とが多くなってきたそうだ。
「仕方ありませんね。適当に理由をつけて、出来る限りミス・...
いますけど、完全にというのは逆に怪しまれますし、領民と話...
ことを話したくなるというのも分かりますし」
彼女はこのことについてはあまり心配していないようだった。
「仮にミス・ヴァリエールが真実に気付いてしまったとしても...
淡々とした口調でシエスタがそう言うのを聞いたとき、ティ...
(この人は、本当にサイトの願い以外はどうでもいいのね)
ルイズを、幸せに――。
才人が最後に言い残した言葉を思い返すたび、ティファニア...
(才人は、こんなことを望んでいたんじゃない……でもきっと、...
願わなかったはず)
何が正しい選択だったのか、未だに答えは出ない。
懐かしい青髪の少女がやって来たのは、そんな頃のことだっ...
537 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
タバサが小屋に来るというのは、事前に飛んできたシルフィ...
「お姉さまはルイズと話してらっしゃいますわ。シルフィは口...
言伝したらどこかに行ってろって言われましたの」
不満げにそう伝えたあと、シルフィードは言葉どおりどこか...
何度も木にぶつかっていたのは、万一にも見つからないように...
「タバサさんが、来る」
テーブルの前に座って呟くと、胸中に複雑な感情が湧き上が...
十年前、ルイズの記憶を奪ったとき、明確に反対の立場に立...
「じゃあミス・ヴァリエールが死んだ方がいいと仰るんですね...
に記憶の改竄を許容する結果になったが、最後まで協力はしな...
――こんなことが許されるはずがない。
タバサの言葉が脳裏に蘇る。
――わたしたちは、いつかこの罪にふさわしい罰を受けること...
彼女は、今も同じ気持ちでいるのだろうか。
そのとき、誰かが小屋のドアを控え目にノックした。ティフ...
近づく。耳障りな音を響かせながら扉を開くと、そこに小柄な...
暮れ始めた日の光に、艶を失った長く青い髪が透けて見える...
伸ばしていると言うよりは放っておいたら勝手に伸びたという...
ている上に裾がボロボロになっていて、かなり長い間交換して...
る服も、やはり汚れたり継ぎがあてられたりしている様子だっ...
汚れていない。カサカサした唇は真一文字に引き結ばれ、眼鏡...
た色を帯びている。その手に握られている、小柄な体格にはず...
らない点だった。
ティファニアは驚き、問いかける。
「タバサさん、ですか?」
女は無言で頷いた。にこりともせずに、呟くように言う。
「久しぶり、ティファニア」
彼女の変貌振りにしばし呆然としたあと、ティファニアは気...
「とりあえず、入ってください。何もお出しできませんけど」
「構わない」
短く答えて、タバサが後に続く。ティファニアは彼女に椅子...
かい側に座った。
鎧戸の押し上げられた窓から、鳥の鳴く声や木々のざわめき...
タバサは何も言わないし、ティファニアも何を言っていいのか...
ただ、一つだけ、確信できることがあった。
(この人は、何も変わっていない……わたしと同じ気持ちを抱い...
人間味というものをほとんど感じさせない今のタバサを見て...
「ルイズさんは」
半ば沈黙に耐え切れぬ気持ちで、ティファニアは切り出した。
「どんな、様子でしたか」
タバサが瞬きもせずにこちらを見つめた。
「幸せそうだった。とても」
タバサは小さく首を巡らせて、小屋の中を見回した。
「あなたは」
ぽつりと言う。
「後悔と罪の意識を抱いて、ここにいるの」
問いかけというよりは、確認という口調だった。その静かな...
じっと注がれている。ティファニアは頷き、問いかけた。
「あなたも、そうなんでしょう?」
タバサは一度口を開きかけて、ためらうように閉じた。答え...
そうして、また沈黙が訪れた。獣の走る足音、鳥の羽音。
「あのとき」
不意に、苦しげな呟きが漏れ出した。こんな静寂の中にあっ...
小さい。タバサの肩は小刻みに震えていた。
「あのときの選択は、間違いだった」
急に肺が圧迫されたように、呼吸が苦しくなる。テーブルの...
「わたしたちは、ルイズを死なせてあげるべきだった」
538 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
ティファニアは短く息を吸った。体が震えているのが分かっ...
「死を選ぶことが、ルイズの意志……サイトに対する彼女の愛情...
不意に、キュルケの寂しげな微笑が頭に浮かんだ。
「それを、死んだサイトが望まなかったとしても、ですか?」
自然に言葉が出る。タバサはゆっくりと頷いた。
「確かに、サイトはルイズが死ぬことを望んでいなかった。で...
んだのなら、許してはくれたと思う」
「そうかも、しれませんね」
「でも」
タバサの声が大きく震えた。
「わたしたちは、ルイズの意志を無視した……!」
吐息と共に言葉が吐き出される。
「自分勝手な理屈を押し付けて、彼女の愛情を踏みにじって、...
た! わたしも、それが間違ったことだと、絶対に許してはい...
の身勝手な感情に流されてしまった……!」
絞り出すような叫びのあとで、タバサは肩を落とした。
「あの選択は、間違いだった」
「そうですね」
ティファニアも自然と頷いていた。向側のタバサは、入って...
(この人とわたしは、よく似ている)
改めてそう思う。
タバサの風評は、他の者たちと違ってここ数年ほとんど聞こ...
「たまに、ガリア辺境に現れては人に仇名す怪物なんかをほぼ...
一度、そんな風に聞いたぐらいである。
(きっと、そうやって進んで苦しいことばかりやってきて、楽...
幾夜もの眠れぬ夜を戦い、厳しく自分を律してきたのだろう...
そのとき、不意にタバサが顔を上げた。眼鏡の奥の瞳が、静...
「わたしは今日、ある決意を抱いて、ルイズに会った」
そう言って、彼女はマントの中に腕を差し入れる。
「彼女を」
一度言葉を切り、腕を出す。細かく震える手に、一振りのナ...
「彼女を、殺すつもりだった」
ティファニアは息を飲んだ。ナイフとタバサの顔を交互に見...
「それは」
喉が痛いほどに乾くのを自覚しながら、ティファニアは問い...
「ルイズさんの本当の願いを、叶えてあげるためですか」
タバサは俯き、小さく頷いた。
「そのつもりだった。歪み、狂った偽りの生を終わらせ、本人...
ところへ行かせてやろうと……彼女の意志をわたしが代行しよう...
とき間違った選択をしてしまったことへの償いになると、それ...
そう思っていた」
償い、責任、という言葉は、ティファニアに大きな衝撃を与...
誘惑を持った言葉だった。間違った選択をやり直し、改めて正...
来の意志を、代行する。
(なんて、聞こえのいい言葉……! でも)
ティファニアはテーブルの上に目を落とす。
ナイフは冷たい光を放っている。人の手で鍛え抜かれた鋭い...
血は一滴もついていない。
タバサに目を戻す。彼女は俯いていて、表情は見えなかった。
「でも、そうしなかったんですね?」
涙の雫が一粒落ちた。タバサが鼻を啜り上げる
「出来なかった。それが正しいことなんだと、いくら自分に言...
に微笑んでいるルイズを見ていると、どうしても。サイトのこ...
つでも心はそばにいるって、嬉しそうに話してくれた彼女を見...
んて、とても思えなくなってしまった。こんなのは間違ってる...
んだって、分かっていたのに。それで、気付いた」
539 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
タバサの声はもうほとんど泣き声になっており、その上くぐ...
も、ティファニアには、彼女が言っていることが全て理解でき...
「わたしは、また自分勝手な感情を優先しようとしていた。正...
んて、全部嘘。本当は、ただ逃げたかっただけ。ルイズが母様...
たのに、その残酷さは分かっていたはずなのに、それを見過ご...
してしまいたかっただけだった……!」
ティファニアは椅子を蹴って立ち上がり、タバサに駆け寄っ...
中で泣き続ける女は、昔よりも華奢で、今にも折れそうなほど...
「ずっと、逃げていたの」
しゃくり上げながら、タバサは必死に言う。
「何が正しいのか知っていたのに、わたしは間違ったことを止...
し付けて、言い訳ばかりして……!」
「もういいです、もういいですから……!」
ティファニアは自分を責め続けるタバサの唇を塞ぐように、...
き声は止まない。ここからずっと離れているにも関わらず、城...
本気で心配になるほどに大きく、痛々しい泣き声だった。
(この人は、とても意志が強い人なんだ)
黙って彼女の体を抱きしめながら、ティファニアは強く唇を...
タバサが言っていることは、あまりにも自分に厳しすぎるの...
間、己の罪に向き合おうとして必死に生きてきたことは、その...
自分で言うように、逃げたとか他人にだけ責任を押し付けたと...
彼女はちゃんと、自分の罪に責めさいなまれて、苦しんできた...
(もしもあの雨の日、彼女がわたしだったとしたら、ただ黙っ...
の身に受けた。彼女の憎しみを受けるのを恐れて、もう一度記...
違いない)
そう考えると、ティファニアの胸はまた重くなる。だが、そ...
来なかった。腕の中で震え続ける人に、声をかけなければいけ...
540 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
「聞いてください、タバサさん」
ティファニアの胸の間から、タバサが顔を上げる。少しずれ...
「タバサさんが言うように、わたしも、あのときの選択は間違...
ルイズさんの意志どおり、彼女を黙って見送ってあげるべきで...
タバサがまた顔を伏せてしまう前に、ティファニアは「でも...
「だからと言って、あのときのタバサさんの気持ちまで間違い...
「それは」
違う、とタバサが続ける前に、ティファニアは言った。
「タバサさんは、ルイズさんに死んでほしかったんですか?」
眼鏡の奥で、タバサが目を見開く。「それは……だけど」と、...
の顔が苦しげに歪んだ。
「わたし、思うんです。あのときのタバサさんは、何が正しい...
て。でも、その道は選ばなかった……選べるはずがなかった。だ...
ズさんのことが、好きだったから。たとえ何が正しくたって、...
て、いません。出来れば生きてほしいと思うのが当然のことで...
ゆっくりと語りかけながら、ティファニアは唇を噛み締めて...
もしもタバサが無表情な見かけどおりに冷酷で、情に薄い性...
はなかったはずだ。これほどまでに追い求め、選べなかったば...
道」を、迷いなく選ぶことができたはずだ。
(友達への好意が……愛情が、強い意志を持つこの人にすら、間...
そして、彼女は今も、体が震えるほどに苦しみ続けている。
「いいんですよ」
ティファニアは、タバサの背中をそっと撫でた。
「タバサさんは、十分苦しんだじゃないですか。もう」
脳裏に、暖かい炎のような髪が翻った。
「もう、自分を許してあげてもいいんです。あなたの中の罪悪...
大事にしてあげてください」
タバサはただじっとティファニアの言葉を聞いていた。その...
震える睫毛の下、青い瞳から、涙が一粒零れ落ちる。
咄嗟にポケットを探って、ハンカチを取り出した。キュルケ...
をそっと拭ってやった。
涙は止まらず、無言のままに流れ続ける。ティファニアはず...
541 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
泣き止んだタバサと共に、家の外に出る。
「ありがとう」
まだ赤い目で言いながら、タバサは少しだけ文句ありげにこ...
「息苦しかった」
その視線を辿ると、自分の胸に行き着く。こんな会話をする...
さと共に気恥ずかしさを覚えて、ティファニアは「すみません...
の少しだけ笑ったような気がしたが、暗くてよく見えなかった。
気付くと周囲は夕暮れの光で赤く染まっている。
ティファニアは目を細めて、暗い森の向こうに視線を注ぐ。
(ああ、五年前も、こんな景色を見たな)
脳裏に赤く長い髪が浮かぶ。笑って手を振りながら去ってい...
女はもう二度と戻ってこなかった。
(ひょっとして、この人も……?)
不穏な予感が、胸の中で膨れ上がる。それを見透かしたかの...
「多分、もうここには戻ってこない」
彼女を見ると、その横顔には厳しい無表情が戻っていた。乾...
髪が、かすかに揺れる。
「戻ってこられない、と言った方がいいかもしれない」
「どうしてですか」
問うと、タバサは表情を変えないまま語り出した。
「数日前、ガリア辺境にある小さな村が壊滅した」
「壊滅、って言うと」
「村の広場には、元は村人だと思われる肉片が、山のように積...
背筋に悪寒が走った。
「一体、何が……?」
「……邪竜が現れたと、報告があった。村人の中で唯一生き残っ...
『私は、前王の恨みを晴らす』と」
前王、と言われても、ティファニアには誰のことだか分から...
く、タバサが説明する。
「前王というのは、ガリアの前王ジョゼフのこと。わたしの叔...
仇だった、という言葉を聞いて、ティファニアは大体の事情...
わずかに顔を俯かせる。
「邪竜は多分、ジョゼフの使い魔だったミョズニトニルン。何...
竜に変えたんだと思う。主人が死んだことで、何も影響を受け...
…とにかく、主人を殺した人間を恨んで、復讐を果たそうとして...
「主人を殺した人間、というのは……」
「わたしや……サイトに、ルイズ」
ティファニアは息を飲む。タバサは小さく頷いた。
「そう。このまま放っておけば、ルイズにも害が及ぶかもしれ...
が出たけれど、命令されなくても、わたしは行くつもりだった」
そう言って、タバサは悔いるように眉根を寄せた。
「だから、その前に、あのナイフで責任を取ろうと思ってた。...
「じゃあ、今からその邪竜を倒しに行くのも、間違った選択を...
りだからですか?」
問いが口を突いて出る。タバサは一瞬迷うような間を置いて...
「違う、と思いたい。今は……上手く言えないけど、あなたの言...
に行くんだと思いたい」
タバサは、そっと自分の胸に手を置いた。
「あなたの言うとおり、この身勝手な心の中に、少しでも暖か...
「タバサさんの心は、身勝手なんかじゃ」
「それなら、あなたもそう」
タバサが鋭く遮った。青い瞳が、じっとこちらを見つめる。...
「わたしは、タバサさんと違って、本当に醜い人間ですから」
ルイズの怒りに滾る瞳が、頭の中に蘇る。
「わたしも、自分のことを同じように考えている」
タバサが静かにそう言って、ティファニアは何も言い返せな...
542 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
そうして、また沈黙の中でわずかな時間が過ぎ去り、周囲は...
頭上から大きな羽音が聞こえてきた。見上げると、薄闇の中を...
「お姉さま、お迎えに上がりましたわ、きゅいきゅい」
シルフィードの能天気な声が降ってくる。その巨体が窮屈そ...
ら、タバサは言う。
「わたしは、行かなくてはならない」
「もう会えないんですか?」
「多分」
「そう、ですか」
ティファニアは何も言えない。行くな、というのはもちろん...
「一つだけ」
不意に、タバサが思いつめたような声で言った。
「一つだけ、あなたにお願いしたいことがある。わたしと同じ...
タバサは両手を伸ばして、ティファニアの手を握り締めた。...
を見上げている。ティファニアは困惑して問うた。
「お願い……わたしに出来ることですか?」
「あなたにしか出来ないこと」
「それは」
「いつか、ルイズに本当のことを教えてあげてほしい」
ティファニアは目を見開いた。「そんな」と、慌てて手を振...
がさないとでも言うように、両手に強い力を込める。振りほど...
「こんなこと頼む資格がないのは分かってる。無責任だ、偽善...
いつか、ルイズに本当のことを教えてあげて。いつか彼女に、...
しには出来なかったことを、あなたが……」
タバサは瞬きもせずこちらを見つめ続ける。視線をそらすこ...
末に、きつく目を閉じて言った。
「約束は、出来ません」
「それでいい」
タバサがほっと息をつくように言って、手を離した。目を開...
かんでいた。
「きっとあなたは、今度こそ正しい道を選んでくれるはずだか...
何も言えないティファニアに深く頭を下げ、タバサはシルフ...
わらぬ、軽やかな跳躍だった。
「何もかも押し付けていくようで、本当にごめんなさい。もし...
ティファニアは顔を上げて問いかけた。
「じゃあ、最初から死ぬつもりで行くのではないんですね?」
「それは、間違った選択だから。また逃げることだから。あな...
後まで諦めずに頑張ってみる。ああ、それと」
タバサの腕が、小屋の中を指差した。
「あれは、あなたに預けておく。愚かな女の過ちの証として。...
に取って。逃げてしまいそうになったり、間違った道を選びそ...
え直して。間違った選択を、もう二度と積み重ねないように!」
そう言って、タバサは顔を上げた。
「ありがとう。あなたがかけてくれた言葉のおかげで、わたし...
る。間違った責任の取り方ではなく、正しい想いを抱いて」
その姿は、暗闇に隠されて、少しも見えないはずだった。
だがそのとき、ティファニアの目にははっきりと見えた。
真っ直ぐに夕闇の空を見つめるタバサの顔に、力強い笑みが...
べき方向を迷いなく見つめている。
その像が、脳裏に強く焼き付けられる。
そして、最後に声が響いた。
「わたしは行く。今度こそ、友達のために」
力強い羽ばたきと共に、タバサを乗せた竜が大きく空に舞い...
れそうになりながら、ティファニアは彼女たちが見えなくなっ...
くしていた。友人たちを見送るために。
543 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
一人で小屋に戻り、ランプに明りを灯す。テーブルの上で何...
それは、一振りのナイフだった。タバサが残していった唯一...
手に取り、眺めてみる。誰も切らなかったナイフだ。誰も切...
――いつか、ルイズに本当のことを――
(わたしに、出来るんだろうか)
あの雨の日のことを思い出すたび、ティファニアの体は今も...
ナイフをぎゅっと握り締めてみても、やはりそれは変わらな...
タバサもまた、キュルケと同じように、ティファニアの元に...
赤い髪の友人がずいぶんと世間を騒がせたのに対し、青い髪...
ひっそりと死んでいったものらしい。
実際には、彼女が本当に死んでしまったのかどうかも分から...
だが、邪竜が人里に下りて甚大な被害をもたらしたという噂...
リンガー男爵領が、そういった怪物の襲撃におびやかされるこ...
かなり時間が経って……全てが終わったあとに、ティファニア...
元王都や各都市、辺境の村々に至るまで、様々な場所を巡っ...
たが、「青い髪の騎士」のことを覚えている人間は、誰一人と...
ある村で会った老婆が、たった一人だけ、青い髪の騎士のこ...
その人とは、村外れの雪原で会ったらしい。深く傷ついてい...
そのとき、ほんのニ、三言だけ、彼女と言葉を交わしたらし...
「お姉ちゃんは、こんなところでボロボロになって、何をして...
苦しげで、何か思いつめるような雰囲気を纏っていた騎士の...
「わたしは、友達のために戦っているの」
「友達?」
「そう。大切な、友達のために」
そのとき、騎士の笑みがほんの少しだけ、自嘲めいたものに...
「嘘かもしれないけど、そう信じているの。だから、まだ立て...
それだけ言い残して、彼女は立ち上がった。服はボロボロで...
真っ直ぐに雪原の向こうを睨み据えていた。その方向へ、彼女...
ティファニアが友人に関して得られた、唯一の証言だった。
教えてくれた老婆は大層高齢だったが、そのときのことをは...
周囲の白さに溶け込むことを拒むような、青く長い髪がやけ...
士」と言われたとき、すぐに彼女のことを思い出したという。
ティファニアは老婆が騎士と会ったという村外れに赴き、雪...
だが結局、そこに青いものを見つけることは出来なかったの...
こうして二人目の友人も帰ることはなく、ティファニアの手...
彼女は何度もそのナイフを手に取り見つめ、深い葛藤の中に...
教えられないまま、ただ時だけが過ぎていった。
次に彼女のもとを友人が訪れたのは、タバサと別れてさらに...
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536 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
季節は移ろい、時は流れていく。
ティファニアがこの地で暮らすようになってから、ちょうど...
デルフリンガー男爵領の外では、何やら不穏な空気が漂い始...
近年、平民優遇の政策を推し進めてきたアンリエッタ女王が...
とのことで、これに反対する貴族たちと日夜苛烈な闘争を繰り...
るぶつかり合いにまでは発展していないとのことで、デルフリ...
上らないらしい。
ティファニアの生活は、ほとんど変化がない。相変わらず最...
すらじっと押し黙る生活を続けている。毎夜のように繰り返す...
感はますます深くなっていく。
変化と言えば、長櫃の中に収められた手紙の山がどんどん高...
れは、ティファニアが才人の振りをして送った手紙に対する、...
――怪我をしたり、病気にかかったりしていませんか。
――あなたのしていることは立派だと思うけれど、あまり無理...
――お体に気をつけて。愛しています。
涙と吐き気と胸の痛みを堪えながらそれを読み、ティファニ...
紙の文面は、最初に書いたときと変わりなく、ほとんど悩むこ...
ルイズは全く疑う様子を見せないという。
「ひょっとしたら、あの魔法には、教えた嘘を信じやすくさせ...
シエスタがそんな風に推測していたが、真偽の程は分からな...
また、彼女の話によると、最近領民の間で「男爵様は気が狂...
とが多くなってきたそうだ。
「仕方ありませんね。適当に理由をつけて、出来る限りミス・...
いますけど、完全にというのは逆に怪しまれますし、領民と話...
ことを話したくなるというのも分かりますし」
彼女はこのことについてはあまり心配していないようだった。
「仮にミス・ヴァリエールが真実に気付いてしまったとしても...
淡々とした口調でシエスタがそう言うのを聞いたとき、ティ...
(この人は、本当にサイトの願い以外はどうでもいいのね)
ルイズを、幸せに――。
才人が最後に言い残した言葉を思い返すたび、ティファニア...
(才人は、こんなことを望んでいたんじゃない……でもきっと、...
願わなかったはず)
何が正しい選択だったのか、未だに答えは出ない。
懐かしい青髪の少女がやって来たのは、そんな頃のことだっ...
537 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
タバサが小屋に来るというのは、事前に飛んできたシルフィ...
「お姉さまはルイズと話してらっしゃいますわ。シルフィは口...
言伝したらどこかに行ってろって言われましたの」
不満げにそう伝えたあと、シルフィードは言葉どおりどこか...
何度も木にぶつかっていたのは、万一にも見つからないように...
「タバサさんが、来る」
テーブルの前に座って呟くと、胸中に複雑な感情が湧き上が...
十年前、ルイズの記憶を奪ったとき、明確に反対の立場に立...
「じゃあミス・ヴァリエールが死んだ方がいいと仰るんですね...
に記憶の改竄を許容する結果になったが、最後まで協力はしな...
――こんなことが許されるはずがない。
タバサの言葉が脳裏に蘇る。
――わたしたちは、いつかこの罪にふさわしい罰を受けること...
彼女は、今も同じ気持ちでいるのだろうか。
そのとき、誰かが小屋のドアを控え目にノックした。ティフ...
近づく。耳障りな音を響かせながら扉を開くと、そこに小柄な...
暮れ始めた日の光に、艶を失った長く青い髪が透けて見える...
伸ばしていると言うよりは放っておいたら勝手に伸びたという...
ている上に裾がボロボロになっていて、かなり長い間交換して...
る服も、やはり汚れたり継ぎがあてられたりしている様子だっ...
汚れていない。カサカサした唇は真一文字に引き結ばれ、眼鏡...
た色を帯びている。その手に握られている、小柄な体格にはず...
らない点だった。
ティファニアは驚き、問いかける。
「タバサさん、ですか?」
女は無言で頷いた。にこりともせずに、呟くように言う。
「久しぶり、ティファニア」
彼女の変貌振りにしばし呆然としたあと、ティファニアは気...
「とりあえず、入ってください。何もお出しできませんけど」
「構わない」
短く答えて、タバサが後に続く。ティファニアは彼女に椅子...
かい側に座った。
鎧戸の押し上げられた窓から、鳥の鳴く声や木々のざわめき...
タバサは何も言わないし、ティファニアも何を言っていいのか...
ただ、一つだけ、確信できることがあった。
(この人は、何も変わっていない……わたしと同じ気持ちを抱い...
人間味というものをほとんど感じさせない今のタバサを見て...
「ルイズさんは」
半ば沈黙に耐え切れぬ気持ちで、ティファニアは切り出した。
「どんな、様子でしたか」
タバサが瞬きもせずにこちらを見つめた。
「幸せそうだった。とても」
タバサは小さく首を巡らせて、小屋の中を見回した。
「あなたは」
ぽつりと言う。
「後悔と罪の意識を抱いて、ここにいるの」
問いかけというよりは、確認という口調だった。その静かな...
じっと注がれている。ティファニアは頷き、問いかけた。
「あなたも、そうなんでしょう?」
タバサは一度口を開きかけて、ためらうように閉じた。答え...
そうして、また沈黙が訪れた。獣の走る足音、鳥の羽音。
「あのとき」
不意に、苦しげな呟きが漏れ出した。こんな静寂の中にあっ...
小さい。タバサの肩は小刻みに震えていた。
「あのときの選択は、間違いだった」
急に肺が圧迫されたように、呼吸が苦しくなる。テーブルの...
「わたしたちは、ルイズを死なせてあげるべきだった」
538 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
ティファニアは短く息を吸った。体が震えているのが分かっ...
「死を選ぶことが、ルイズの意志……サイトに対する彼女の愛情...
不意に、キュルケの寂しげな微笑が頭に浮かんだ。
「それを、死んだサイトが望まなかったとしても、ですか?」
自然に言葉が出る。タバサはゆっくりと頷いた。
「確かに、サイトはルイズが死ぬことを望んでいなかった。で...
んだのなら、許してはくれたと思う」
「そうかも、しれませんね」
「でも」
タバサの声が大きく震えた。
「わたしたちは、ルイズの意志を無視した……!」
吐息と共に言葉が吐き出される。
「自分勝手な理屈を押し付けて、彼女の愛情を踏みにじって、...
た! わたしも、それが間違ったことだと、絶対に許してはい...
の身勝手な感情に流されてしまった……!」
絞り出すような叫びのあとで、タバサは肩を落とした。
「あの選択は、間違いだった」
「そうですね」
ティファニアも自然と頷いていた。向側のタバサは、入って...
(この人とわたしは、よく似ている)
改めてそう思う。
タバサの風評は、他の者たちと違ってここ数年ほとんど聞こ...
「たまに、ガリア辺境に現れては人に仇名す怪物なんかをほぼ...
一度、そんな風に聞いたぐらいである。
(きっと、そうやって進んで苦しいことばかりやってきて、楽...
幾夜もの眠れぬ夜を戦い、厳しく自分を律してきたのだろう...
そのとき、不意にタバサが顔を上げた。眼鏡の奥の瞳が、静...
「わたしは今日、ある決意を抱いて、ルイズに会った」
そう言って、彼女はマントの中に腕を差し入れる。
「彼女を」
一度言葉を切り、腕を出す。細かく震える手に、一振りのナ...
「彼女を、殺すつもりだった」
ティファニアは息を飲んだ。ナイフとタバサの顔を交互に見...
「それは」
喉が痛いほどに乾くのを自覚しながら、ティファニアは問い...
「ルイズさんの本当の願いを、叶えてあげるためですか」
タバサは俯き、小さく頷いた。
「そのつもりだった。歪み、狂った偽りの生を終わらせ、本人...
ところへ行かせてやろうと……彼女の意志をわたしが代行しよう...
とき間違った選択をしてしまったことへの償いになると、それ...
そう思っていた」
償い、責任、という言葉は、ティファニアに大きな衝撃を与...
誘惑を持った言葉だった。間違った選択をやり直し、改めて正...
来の意志を、代行する。
(なんて、聞こえのいい言葉……! でも)
ティファニアはテーブルの上に目を落とす。
ナイフは冷たい光を放っている。人の手で鍛え抜かれた鋭い...
血は一滴もついていない。
タバサに目を戻す。彼女は俯いていて、表情は見えなかった。
「でも、そうしなかったんですね?」
涙の雫が一粒落ちた。タバサが鼻を啜り上げる
「出来なかった。それが正しいことなんだと、いくら自分に言...
に微笑んでいるルイズを見ていると、どうしても。サイトのこ...
つでも心はそばにいるって、嬉しそうに話してくれた彼女を見...
んて、とても思えなくなってしまった。こんなのは間違ってる...
んだって、分かっていたのに。それで、気付いた」
539 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
タバサの声はもうほとんど泣き声になっており、その上くぐ...
も、ティファニアには、彼女が言っていることが全て理解でき...
「わたしは、また自分勝手な感情を優先しようとしていた。正...
んて、全部嘘。本当は、ただ逃げたかっただけ。ルイズが母様...
たのに、その残酷さは分かっていたはずなのに、それを見過ご...
してしまいたかっただけだった……!」
ティファニアは椅子を蹴って立ち上がり、タバサに駆け寄っ...
中で泣き続ける女は、昔よりも華奢で、今にも折れそうなほど...
「ずっと、逃げていたの」
しゃくり上げながら、タバサは必死に言う。
「何が正しいのか知っていたのに、わたしは間違ったことを止...
し付けて、言い訳ばかりして……!」
「もういいです、もういいですから……!」
ティファニアは自分を責め続けるタバサの唇を塞ぐように、...
き声は止まない。ここからずっと離れているにも関わらず、城...
本気で心配になるほどに大きく、痛々しい泣き声だった。
(この人は、とても意志が強い人なんだ)
黙って彼女の体を抱きしめながら、ティファニアは強く唇を...
タバサが言っていることは、あまりにも自分に厳しすぎるの...
間、己の罪に向き合おうとして必死に生きてきたことは、その...
自分で言うように、逃げたとか他人にだけ責任を押し付けたと...
彼女はちゃんと、自分の罪に責めさいなまれて、苦しんできた...
(もしもあの雨の日、彼女がわたしだったとしたら、ただ黙っ...
の身に受けた。彼女の憎しみを受けるのを恐れて、もう一度記...
違いない)
そう考えると、ティファニアの胸はまた重くなる。だが、そ...
来なかった。腕の中で震え続ける人に、声をかけなければいけ...
540 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
「聞いてください、タバサさん」
ティファニアの胸の間から、タバサが顔を上げる。少しずれ...
「タバサさんが言うように、わたしも、あのときの選択は間違...
ルイズさんの意志どおり、彼女を黙って見送ってあげるべきで...
タバサがまた顔を伏せてしまう前に、ティファニアは「でも...
「だからと言って、あのときのタバサさんの気持ちまで間違い...
「それは」
違う、とタバサが続ける前に、ティファニアは言った。
「タバサさんは、ルイズさんに死んでほしかったんですか?」
眼鏡の奥で、タバサが目を見開く。「それは……だけど」と、...
の顔が苦しげに歪んだ。
「わたし、思うんです。あのときのタバサさんは、何が正しい...
て。でも、その道は選ばなかった……選べるはずがなかった。だ...
ズさんのことが、好きだったから。たとえ何が正しくたって、...
て、いません。出来れば生きてほしいと思うのが当然のことで...
ゆっくりと語りかけながら、ティファニアは唇を噛み締めて...
もしもタバサが無表情な見かけどおりに冷酷で、情に薄い性...
はなかったはずだ。これほどまでに追い求め、選べなかったば...
道」を、迷いなく選ぶことができたはずだ。
(友達への好意が……愛情が、強い意志を持つこの人にすら、間...
そして、彼女は今も、体が震えるほどに苦しみ続けている。
「いいんですよ」
ティファニアは、タバサの背中をそっと撫でた。
「タバサさんは、十分苦しんだじゃないですか。もう」
脳裏に、暖かい炎のような髪が翻った。
「もう、自分を許してあげてもいいんです。あなたの中の罪悪...
大事にしてあげてください」
タバサはただじっとティファニアの言葉を聞いていた。その...
震える睫毛の下、青い瞳から、涙が一粒零れ落ちる。
咄嗟にポケットを探って、ハンカチを取り出した。キュルケ...
をそっと拭ってやった。
涙は止まらず、無言のままに流れ続ける。ティファニアはず...
541 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
泣き止んだタバサと共に、家の外に出る。
「ありがとう」
まだ赤い目で言いながら、タバサは少しだけ文句ありげにこ...
「息苦しかった」
その視線を辿ると、自分の胸に行き着く。こんな会話をする...
さと共に気恥ずかしさを覚えて、ティファニアは「すみません...
の少しだけ笑ったような気がしたが、暗くてよく見えなかった。
気付くと周囲は夕暮れの光で赤く染まっている。
ティファニアは目を細めて、暗い森の向こうに視線を注ぐ。
(ああ、五年前も、こんな景色を見たな)
脳裏に赤く長い髪が浮かぶ。笑って手を振りながら去ってい...
女はもう二度と戻ってこなかった。
(ひょっとして、この人も……?)
不穏な予感が、胸の中で膨れ上がる。それを見透かしたかの...
「多分、もうここには戻ってこない」
彼女を見ると、その横顔には厳しい無表情が戻っていた。乾...
髪が、かすかに揺れる。
「戻ってこられない、と言った方がいいかもしれない」
「どうしてですか」
問うと、タバサは表情を変えないまま語り出した。
「数日前、ガリア辺境にある小さな村が壊滅した」
「壊滅、って言うと」
「村の広場には、元は村人だと思われる肉片が、山のように積...
背筋に悪寒が走った。
「一体、何が……?」
「……邪竜が現れたと、報告があった。村人の中で唯一生き残っ...
『私は、前王の恨みを晴らす』と」
前王、と言われても、ティファニアには誰のことだか分から...
く、タバサが説明する。
「前王というのは、ガリアの前王ジョゼフのこと。わたしの叔...
仇だった、という言葉を聞いて、ティファニアは大体の事情...
わずかに顔を俯かせる。
「邪竜は多分、ジョゼフの使い魔だったミョズニトニルン。何...
竜に変えたんだと思う。主人が死んだことで、何も影響を受け...
…とにかく、主人を殺した人間を恨んで、復讐を果たそうとして...
「主人を殺した人間、というのは……」
「わたしや……サイトに、ルイズ」
ティファニアは息を飲む。タバサは小さく頷いた。
「そう。このまま放っておけば、ルイズにも害が及ぶかもしれ...
が出たけれど、命令されなくても、わたしは行くつもりだった」
そう言って、タバサは悔いるように眉根を寄せた。
「だから、その前に、あのナイフで責任を取ろうと思ってた。...
「じゃあ、今からその邪竜を倒しに行くのも、間違った選択を...
りだからですか?」
問いが口を突いて出る。タバサは一瞬迷うような間を置いて...
「違う、と思いたい。今は……上手く言えないけど、あなたの言...
に行くんだと思いたい」
タバサは、そっと自分の胸に手を置いた。
「あなたの言うとおり、この身勝手な心の中に、少しでも暖か...
「タバサさんの心は、身勝手なんかじゃ」
「それなら、あなたもそう」
タバサが鋭く遮った。青い瞳が、じっとこちらを見つめる。...
「わたしは、タバサさんと違って、本当に醜い人間ですから」
ルイズの怒りに滾る瞳が、頭の中に蘇る。
「わたしも、自分のことを同じように考えている」
タバサが静かにそう言って、ティファニアは何も言い返せな...
542 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
そうして、また沈黙の中でわずかな時間が過ぎ去り、周囲は...
頭上から大きな羽音が聞こえてきた。見上げると、薄闇の中を...
「お姉さま、お迎えに上がりましたわ、きゅいきゅい」
シルフィードの能天気な声が降ってくる。その巨体が窮屈そ...
ら、タバサは言う。
「わたしは、行かなくてはならない」
「もう会えないんですか?」
「多分」
「そう、ですか」
ティファニアは何も言えない。行くな、というのはもちろん...
「一つだけ」
不意に、タバサが思いつめたような声で言った。
「一つだけ、あなたにお願いしたいことがある。わたしと同じ...
タバサは両手を伸ばして、ティファニアの手を握り締めた。...
を見上げている。ティファニアは困惑して問うた。
「お願い……わたしに出来ることですか?」
「あなたにしか出来ないこと」
「それは」
「いつか、ルイズに本当のことを教えてあげてほしい」
ティファニアは目を見開いた。「そんな」と、慌てて手を振...
がさないとでも言うように、両手に強い力を込める。振りほど...
「こんなこと頼む資格がないのは分かってる。無責任だ、偽善...
いつか、ルイズに本当のことを教えてあげて。いつか彼女に、...
しには出来なかったことを、あなたが……」
タバサは瞬きもせずこちらを見つめ続ける。視線をそらすこ...
末に、きつく目を閉じて言った。
「約束は、出来ません」
「それでいい」
タバサがほっと息をつくように言って、手を離した。目を開...
かんでいた。
「きっとあなたは、今度こそ正しい道を選んでくれるはずだか...
何も言えないティファニアに深く頭を下げ、タバサはシルフ...
わらぬ、軽やかな跳躍だった。
「何もかも押し付けていくようで、本当にごめんなさい。もし...
ティファニアは顔を上げて問いかけた。
「じゃあ、最初から死ぬつもりで行くのではないんですね?」
「それは、間違った選択だから。また逃げることだから。あな...
後まで諦めずに頑張ってみる。ああ、それと」
タバサの腕が、小屋の中を指差した。
「あれは、あなたに預けておく。愚かな女の過ちの証として。...
に取って。逃げてしまいそうになったり、間違った道を選びそ...
え直して。間違った選択を、もう二度と積み重ねないように!」
そう言って、タバサは顔を上げた。
「ありがとう。あなたがかけてくれた言葉のおかげで、わたし...
る。間違った責任の取り方ではなく、正しい想いを抱いて」
その姿は、暗闇に隠されて、少しも見えないはずだった。
だがそのとき、ティファニアの目にははっきりと見えた。
真っ直ぐに夕闇の空を見つめるタバサの顔に、力強い笑みが...
べき方向を迷いなく見つめている。
その像が、脳裏に強く焼き付けられる。
そして、最後に声が響いた。
「わたしは行く。今度こそ、友達のために」
力強い羽ばたきと共に、タバサを乗せた竜が大きく空に舞い...
れそうになりながら、ティファニアは彼女たちが見えなくなっ...
くしていた。友人たちを見送るために。
543 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/12(火) 0...
一人で小屋に戻り、ランプに明りを灯す。テーブルの上で何...
それは、一振りのナイフだった。タバサが残していった唯一...
手に取り、眺めてみる。誰も切らなかったナイフだ。誰も切...
――いつか、ルイズに本当のことを――
(わたしに、出来るんだろうか)
あの雨の日のことを思い出すたび、ティファニアの体は今も...
ナイフをぎゅっと握り締めてみても、やはりそれは変わらな...
タバサもまた、キュルケと同じように、ティファニアの元に...
赤い髪の友人がずいぶんと世間を騒がせたのに対し、青い髪...
ひっそりと死んでいったものらしい。
実際には、彼女が本当に死んでしまったのかどうかも分から...
だが、邪竜が人里に下りて甚大な被害をもたらしたという噂...
リンガー男爵領が、そういった怪物の襲撃におびやかされるこ...
かなり時間が経って……全てが終わったあとに、ティファニア...
元王都や各都市、辺境の村々に至るまで、様々な場所を巡っ...
たが、「青い髪の騎士」のことを覚えている人間は、誰一人と...
ある村で会った老婆が、たった一人だけ、青い髪の騎士のこ...
その人とは、村外れの雪原で会ったらしい。深く傷ついてい...
そのとき、ほんのニ、三言だけ、彼女と言葉を交わしたらし...
「お姉ちゃんは、こんなところでボロボロになって、何をして...
苦しげで、何か思いつめるような雰囲気を纏っていた騎士の...
「わたしは、友達のために戦っているの」
「友達?」
「そう。大切な、友達のために」
そのとき、騎士の笑みがほんの少しだけ、自嘲めいたものに...
「嘘かもしれないけど、そう信じているの。だから、まだ立て...
それだけ言い残して、彼女は立ち上がった。服はボロボロで...
真っ直ぐに雪原の向こうを睨み据えていた。その方向へ、彼女...
ティファニアが友人に関して得られた、唯一の証言だった。
教えてくれた老婆は大層高齢だったが、そのときのことをは...
周囲の白さに溶け込むことを拒むような、青く長い髪がやけ...
士」と言われたとき、すぐに彼女のことを思い出したという。
ティファニアは老婆が騎士と会ったという村外れに赴き、雪...
だが結局、そこに青いものを見つけることは出来なかったの...
こうして二人目の友人も帰ることはなく、ティファニアの手...
彼女は何度もそのナイフを手に取り見つめ、深い葛藤の中に...
教えられないまま、ただ時だけが過ぎていった。
次に彼女のもとを友人が訪れたのは、タバサと別れてさらに...
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