ゼロの使い魔保管庫
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前 [[27-536]]不幸せな友人たち タバサ
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不幸せな友人たち ギーシュ
606 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
ガリアに消えたタバサとの約束を果たせぬまま、さらに五年...
東方から帰還して十五年も経つと、外界の状況も多かれ少な...
今、トリステインは激動の時代を迎えている。
世の中がひっくり返る、という言葉が、そのまま当てはまる...
アンリエッタ女王は以前から平民優遇の政策を推し進めてき...
べき、不正を働く貴族たちへの牽制であると捉えられてきた。
その認識を国民の多くが改めることになったのは、断頭台と...
落下する巨大な刃の重みによりスパンと軽やかに首を落とす...
貴族を餌食にしたらしい。それはみな、不正を働いて国家に害...
にも関わらず、平民は首が落ちるたびに熱狂的な歓声を上げた。
罪人に対する処罰というのは建前で、その実特定の貴族に対...
のが、ほとんど暗黙の了解になっているらしい。
特定の貴族というのがアンリエッタの政敵であることは、も...
立って王権に刃向かう者はいないが、裏ではかなり激烈な闘争...
数出ている……というのが専らの噂だった。
そういった根拠の薄い噂は別にしても、アンリエッタが本格...
にも明らかだった。対立派の貴族達もまた、秘密裏に連絡を取...
こういった情報は、シエスタを経由してティファニアの耳に...
都の状況など半ばどうでもいいことである。それによりこの地...
に影響が及ぶと言うのなら話は別だが、そうでない限りは何も...
しかし、女王排斥派とまで呼ばれるようになった貴族たちの...
無関心ではいられなくなった。
その人物の名は、ギーシュ・ド・グラモン。
十五年前に別れたきりの友人であり、今は史上最年少の元帥...
そんな彼が、常日頃から声高に貴族の名誉や権利を主張し、...
唱えているらしいのだ。
「あの方は一体何を考えてらっしゃるんでしょう。そんなこと...
したら、ずいぶん面倒なことになりますのに」
シエスタは不満げにそう言っていた。
ギーシュの考えていることは、もちろんティファニアにも分...
あったが、同時にずいぶん間抜けな人だったとも記憶している...
き、陰謀を練るのに熱中しているというのは、どうも想像でき...
(彼は、ルイズさんのことをすっかり忘れてしまったのかしら)
そうとしか思えなかった。十五年前、ルイズを取り巻く偽り...
力を申し出たりと、かなり協力的だった人間である。覚えてい...
とをするとは思えない。
十五年の月日が流れ、あのとき一緒にいたメンバーもそれぞ...
忙しさの中で、ルイズや才人のことが記憶の隅に忘れ去れて...
(もしかしたら、彼も罪の意識に耐えかねて、逃げているのか...
そんな風にも考えた。ギーシュには気弱で臆病な部分もあっ...
な権力闘争に没頭していった可能性もある。
王都から遠く離れたデルフリンガー男爵領にいる彼女には、...
結果から言うと、どちらも正しくなかった。
ティファニアが彼の真意を知ることができたのは、他ならぬ...
に得たからだった。
607 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
草を踏みしめ枯れ枝を踏み砕く音が聞こえてきたとき、ティ...
灯すための木材などを調達している最中だった。小屋から見て...
所で、しかも城がある方向から誰かの足音が聞こえてきたもの...
(まさか、ルイズさん? でも、シエスタさんが見張っている...
迷いながらも、一旦集めた枯れ枝を捨てて、木の影に隠れる...
はいかない。自分がここにいることが知れたら、頭のいいルイ...
気付いてしまうかもしれない。そうなるとまた記憶の改竄を行...
れは避けたかった。
隠れている内に、足音はだんだんと近づいてきた。早足だが...
間ではないらしい。そのとき、鬱蒼とした木々の向こうから、...
(あれは、ひょっとして)
胸が高鳴るのを感じながら待っていると、その人物はティフ...
ち止まった。
長い金髪の女性だった。羽織っているマントやその下に見え...
布地で仕立てられていることが分かる。明らかに高い身分の人...
見覚えがあった。
(もしも違ったら……ううん、間違いないわ)
ティファニアは意を決して、木の影から歩み出た。向こうも...
「……お久しぶりです、モンモランシーさん」
「……ティファニア、あなたなの?」
驚き、呆然とした彼女の目には、痛々しい涙の跡があった。
「何もお出しできなくて、すみません」
他の友人たちを迎え入れたときと同じことを言いながら、テ...
勧める。彼女は無言でそこに座った。
あれから、立ち話もなんだからとモンモランシーを誘って、...
その間、彼女はずっと何か思いつめた様子で黙り込んでいた...
しない。少々険を感じてしまうほどに勝気な顔立ちは以前と変...
は深い憂いの色がある。
「こちらにいらしていたなんて、知りませんでした」
彼女の沈んだ様子に戸惑いながらも、ティファニアは声をか...
「でしょうね。影武者まで仕立てて、念入りに身を隠してここ...
一瞬、声が詰まった。
「ルイズだって、わたしたちが何の連絡もなしに来たから、ず...
「わたしたち、って言うと、ギーシュさんもご一緒なんですね...
「ええ。夫婦だからね」
その言葉には驚かなかった。東方から帰還して程なく、ギー...
うことは、やはりシエスタから伝え聞いていた。幼い子供も三...
「夫婦のはずなんだけどね、一応」
そう付け加えた声音には、隠しきれない苦渋の色がある。そ...
ていると、モンモランシーは不意に頭痛を感じたように、広い...
「なのに、何の相談もなしに……本当に、もう」
ため息と共に、涙の粒が零れ落ちる。彼女は慌ててそれを拭...
「ごめんなさい。あの馬鹿のこともそうだけど、ルイズのこと...
ちゃって、自分でも気持ちの整理が上手くつけられないの」
「いえ、お気になさらないでください。ルイズさんと、会われ...
モンモランシーは頷いた。
「今しがた、会ってきたこと。楽しくお喋りしてたんだけど、...
出してきちゃったわ。あの子があんまり幸せそうに、サイトの...
モンモランシーの表情が苦しげに歪む。潤んだ瞳が痛みを堪...
「なんだか、夢を見ているような気がしたの。本当はあんなひ...
気に生きていて……そんなはずないのに、あの子の幸せそうな顔...
た。でも次の瞬間にはすぐ冷静さを取り戻していて、あの子の...
て……そしたら、とてもあの場所にはいられなかったわ」
「気持ちは、分かると思います」
「ありがとう」
憂鬱な口調でそう言ったきり、モンモランシーはまた押し黙...
る様子だった。
608 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
(やっぱり、あのことと関係があるのかしら)
女王に仇名す年若い元帥、という、王都でのギーシュの評判...
ひょっとしたらそのことで悩み、精神的に参ってしまってい...
のは躊躇われた。
「あいつね」
小さな呟きが聞こえた。
「あいつ、また一人で格好つけてるのよ。わたしの気持ちも考...
「どういうことですか?」
モンモランシーは首を振った。
「わたしの口からはとても言えないわ……話してる内に耐えられ...
バカ……一人で覚悟決めて、臆病者のくせに逃げ出す素振りも見...
また、彼女の頬を涙が伝った。
「本当に、馬鹿なんだから」
そのとき、不意に小屋の扉がノックされた。少々品に欠けた...
「どなたですか」
怪訝に思いながら声をかけると、一拍ほどの間を置いて驚い...
「やあ、ティファニアか。君の声は少しも変わらず美しいね」
鼓動が早くなる。声と口調から、扉の向こうにいるのがギー...
シーを見ると、彼女は素早く涙を拭い、椅子の上で背筋を伸ば...
だ。そういう風に体裁を取り繕うのは慣れているらしかった。
「不躾で申し訳ないが、入れてもらってもいいかね?」
ティファニアは迷った。モンモランシーの様子からして、ギ...
は予想がついたし、何よりも、ティファニア自身の心の準備が...
(ギーシュさんは、一体どんな風になっているんだろう)
扉の向こうから聞こえる声は、以前とあまり変わらないよう...
限り、彼が全く変わっていないとはとても思えない。変わって...
ても怖かった。
かと言って、返事もせずに立たせておくわけにはいかなかっ...
と言って彼を小屋の中に招き入れる。扉がゆっくりと開いて、...
金髪を丁寧に撫で付けた、伊達男という形容がよく似合う美...
二十代と言っても十分に通用するほど若々しく見える。背は昔...
彼の持つ男性的な魅力に一役買っている。
そんな風に、目の前の男は予想通り様変わりして見えた。し...
どことなく間抜けな悪戯っぽい微笑は昔のままであった。
彼はその表情のまま、大袈裟に両腕を広げてみせる。
「やあ、久しぶりだねティファニア。やはり君は以前と変わら...
な絹糸のごとき金髪に、どれほどの時を経ても全く衰えぬ美貌...
も言うべき……おや」
長ったらしい口上の途中で、彼は何かに気付いたように片眉...
向くと、椅子に座ってそっぽを向いているモンモランシーに行...
男の顔一杯に、嬉しそうな笑みが広がっていた。
「やあ、我が愛しい妻、モンモランシーじゃないかね! やっ...
突然出て行くものだから、僕がどれほど心配したか……無事で本...
「あのねあんた」
モンモランシーが、冷たい瞳でじろりと男を睨む。
「その愛しい妻の目の前で他の女口説いておいて、『どれほど...
「何を言うんだいモンモランシー、あんなのは所詮挨拶代わり...
愛しい女性のものだとも。つまりは君のことさ、愛しのモンモ...
盛る証として、さっきの十倍熱烈な賛美を君に捧げてもいい!」
「死ぬまでやってなさいよバカ」
にべもない返事に、男は大袈裟に肩を竦めてみせる。ティフ...
609 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
(ああ、やっぱり、この人はギーシュさんなんだ。笑っちゃう...
ふと、甘く懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。モンモランシー...
彼女の香水の香りもまた、十五年前と何ら変わっていない。
懐かしい声と香りに包まれて、彼女は一瞬、自分が十五年前...
今にキュルケやコルベール、タバサ、シエスタとルイズ、そ...
騒ぎが始まるのではないかと、半ば本気で期待しかけた。
「しかしまあ、なんだね」
ギーシュがどこか難癖つけるように呟いたので、ティファニ...
難しい顔をして、狭苦しい小屋の中を見回していた。
「この小屋は君のように美しい女性が一人暮らしをするのには...
それはそれで俗世から切り離された神秘的な趣がなくもないが...
ギーシュは不意に視線を下に落とした。ちょうど、ティファ...
「相変わらず見事な」
彼がそこまで言いかけたとき、後ろから椅子を蹴る音が聞こ...
しい足音と共に歩いてきたモンモランシーがギーシュの頬を思...
「せめて一分でいいから自分で言ったとおりの行動が取れない...
「いやしかしだねモンモランシー」
「うるさいバカ! そんなに喋りたいなら一人で喋ってりゃい...
丸っきり以前と変わらぬ口調で怒鳴りつけて、足音高く小屋...
慌てて外に出たが、モンモランシーは振り返る素振りすら見せ...
本当に、以前と変わらぬやり取りだ。久しぶりに、少しだけ...
(これで、小屋の中に戻ると、ギーシュさんが情けない顔で肩...
だが、その気分も長くは持たなかった。
小屋の中に戻ると、先程までの和やかな雰囲気は少しもなく...
何か思いつめたような雰囲気を纏っていたのだ。
立ちすくむティファニアの背後で、扉がばたりと閉まった。...
「すまなかったね」
ギーシュがため息混じりに言った。
「ああいう風にしないと、どうも気まずくなってしまうのでね…...
申し訳ない」
「いえそんな、謝らないでください。そんなの」
――全然、ギーシュさんらしくないです。
言いかけた言葉を、ティファニアは飲み込んだ。ギーシュの...
いほど憂いを帯びた表情が浮かんでいる。
テーブルを挟んで、ギーシュの向側に腰掛ける。こんな風に...
「さっき、ルイズに会ってきたんだが」
ギーシュはどこか苦味のある微笑を浮かべた。
「とても幸せそうだったね。王都にいるサイトが近況を手紙で...
たよ。彼は僕に協力して、兵を鍛えてくれているそうだ」
「すみません、シエスタさんと相談して、そういう内容の手紙...
「ああいや、責めているわけではないんだよ。むしろ感謝して...
ギーシュはじっとティファニアを見つめた。
「君の手紙のおかげでね、ほんの少しの間だけ、いい夢を見ら...
ギーシュが深々と頭を下げる。ティファニアは慌てて立ち上...
「やめてください、わたし、そんな風に」
「感謝される資格はない、かな?」
ティファニアははっとした。ギーシュの瞳が、上目遣いにこ...
「この小屋の中の様子からも、予想はついていたが」
顔を上げたギーシュの視線が、小屋の中を一巡りして、ティ...
「ティファニア、君はやはり、あのときのことを後悔して生き...
問いかけには答えず、俯き、座る。返事が必要だとは思わな...
610 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
「聞かせてもらいたいんだが」
ベッドの方に目を向けながら、ギーシュが目を細める。そこ...
と、タバサが残していったナイフが置いてあった。いつも、枕...
「あのときあの場所にいたメンバーの中で、ここに来たのは僕...
首を横に振ると、ギーシュはテーブルに肘を突いて、わずか...
「出来れば、話してくれないかな。彼女たちが、君に何を残し...
ティファニアは頷き、五年前と十年前の記憶、友人たちと交...
語った。ギーシュは黙って微笑んだまま、ときどき頷きながら...
語り終えたあとしばらくは、二人とも黙ったままだった。
「サイトの遺志、というがね」
不意に、ギーシュが言った。苦笑いめいたものが口元に浮か...
「僕はどうも、この言葉には違和感を覚えてしまうな」
「違和感、って言うと……?」
「ルイズに偽りの幸せの中で生きてもらうのが、本当にサイト...
ギーシュは淡々と語り出した。
「ルイズの幸せを守ることが才人の遺志だ、というがね。彼が...
も分からないんだよ。僕らが聞いたのは、『ルイズを、幸せに...
『ルイズを幸せにしてやってくれ』という頼みだったのかもし...
ズを幸せにしてやりたかった』という悔恨の言葉に過ぎなかっ...
たちはサイトの遺志を守っている』というのは、単なる自己欺...
ギーシュは目を瞑り、静かに断言した。
「僕らはただ僕らの意思で、この方がルイズのためになると判...
「では」
ティファニアは拳を握り締めた。
「では、やはりあなたも、ルイズさんの記憶を奪ったのは間違...
「少し違うな」
ギーシュは考え深げに顎を撫でた。
「僕は、選択することが結果に直結するとは考えてない。選択...
にも最悪にもならないんだ。重要なのは、選択した後にどれだ...
「努力、ですか」
「そう。その選択を、よりよい結果へと導くための努力さ。努...
つながり、最悪の選択が最上の結果に繋がることもあり得るだ...
彼は遠くを見るように目を細める。
「僕は、シエスタがルイズの記憶を消すことを提案したとき、...
ズを殺しても、ルイズの記憶を消しても、どちらにしても後悔...
はどちらの意見も支持できないまま、ルイズの記憶は消されて...
ギーシュはまた、そっと目を閉じる。
「だから、そのとき決意したんだ。どちらも選べなかったから...
択肢を選べなかったことを後悔するのも止めようと。ただひた...
く保たれるように努力しようと、決めたんだ。それが、何も選...
口元に柔和な微笑が浮かんだ。
「そして、今日、ルイズを見た。心の底から幸せそうな彼女を...
確かに嘘に塗れたものではあるが、彼女が感じている幸せは本...
言できない。どちらも選べない。僕は、今でも昔と少しも変わ...
自嘲めいた笑みは、すぐに決然とした表情に変わった。
「だからせめて、この幸せが外界の無粋な連中のせいで壊れて...
ティファニアは身を固くした。ついに、彼の真意を知るとき...
「ギーシュさん。それは、あなたが王都で権力闘争に没頭して...
単刀直入に問いかける。回りくどい言い回しは不要だと思っ...
はなく、「ああ、大いにあるよ」と前置いたあと、何でもない...
「僕は近々、女王陛下に不満を持つ者たちを秘密裏に集めて、...
し合われると思う?」
「分かりません」
「女王陛下を暗殺する計画さ」
611 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
ティファニアは目を見開く。ギーシュは人差し指を立てた。
「祖国を憂う愛国精神に溢れた貴族の集まりでね。念の入った...
もちろん、この救国会議メンバーによる血判状まで仕上がって...
あとの混乱状態で、いかに自分の権力を確保するかで一杯なは...
とっておきの悪戯の計画を打ち明けるように、にやりと笑う。
「実を言うと、その動きは優秀なアニエス近衛隊長に察知され...
一瞬何を言われているのか飲み込めなかったが、すぐにとん...
じゃあ」と慌てて言いかけると、ギーシュは愉快そうに頷いた。
「そう。君の考えるとおりさ。反乱を企てる貴族達はこれで一...
王陛下をその手にかけようとしたんだ。家柄も何も関係ない。...
「そんなことをしたら、あなたまで」
「その通りだ。僕はギロチン送りになるだろう。やれやれ、こ...
うことになるかと思うと、少々心が重くなるよ」
冗談めかした口調だったが、冗談でないことは明らかである...
なので、かえってティファニアの方がもどかしくなった。
「どうにかならないんですか。女王様と対立してる貴族を捕え...
「ない」
ギーシュは即答した。
「精一杯努力はしているんだが、不満を抱く貴族たちを抑える...
頭である僕が何か具体的な動きを起こさなければ、勝手気まま...
を企てたりする輩が出てくることだろう。そうなったらもうお...
だけで静めるのは不可能になる。だからこそ、今だ。今、待ち...
挙に叩かせる。そうすれば反乱の芽は摘まれ、あとは陛下が上...
は平和裏に幕を下ろし、最小限の反乱だけを経て、平民の世が...
起こらないはずだ。ルイズの幸せが壊されることもない。そう...
「約束?」
「こんな若造が元帥だなんて、おかしな話だとは思わなかった...
の思惑が実現するように命を賭けて協力する代わりに、こちら...
ギーシュはじっとティファニアを見つめた。
「分かるかい。これはルイズを守るためにはどうしても必要な...
たった一人で七万の大群に突撃したときのようにね」
ギーシュは懐かしむように目を細めた。
「ずっと、彼のようになりたいと思っていた。貴族よりも強く...
けそうもないが、ルイズの幸せを守る代役ぐらいは果たせそう...
そう言って苦笑する。
「サイトの遺志は分からない、なんて言ったばかりでなんだが...
彼女を守っただろうと思うからね。死んだ彼の分まで頑張らな...
ギーシュの声音に迷いはない。もう、とうに覚悟を決めてい...
だが、ティファニアには一つだけ納得しかねるものがあった。
「モンモランシーさんはどうするんですか。お子さんだってい...
彼女の涙を思い浮かべながら問うと、ギーシュは深く息を吐...
「モンモランシーはもう納得済みだよ……無理を言って納得して...
が死んだ後どうするかも、全て彼女に委ねてある。女王陛下に...
ように頼んであるからね。大人しく陛下に従って生きながらえ...
彼女の判断さ」
満足げで、誇らしげな口調だった。
「僕は、その選択にケチをつけるつもりはない。なに、彼女は...
明だ。きっと、選んだ選択肢が最上の結果に繋がるよう、努力...
それだけ言って、ギーシュは沈黙する。ティファニアは何も...
も言葉を重ねているはずだ。今さら、部外者の自分が口を挟め...
612 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
「ああそうだ」
不意に、ギーシュが指を鳴らした。
「忘れていたよ。君に贈り物があるんだ」
そう言って、どこに仕舞いこんでいたものか、小さな木箱を...
「開けてみてくれたまえ。きっと、気に入ってもらえると思う」
ティファニアは困惑しながらも木箱の蓋を開ける。中には、...
差し入れて取り出してみると、それは、青銅で作られた飾り物...
がら、息を飲むほどに緻密な作品である。
それは、十五年前、才人が死ぬ前の彼らを鮮明に象った置物...
シエスタと口喧嘩するルイズ。
それを笑って眺めているキュルケと、傍らで苦笑するコルベ...
興味なさげに本を読みつつ、視線はさり気なく騒ぎの方に向...
ティファニアはルイズとシエスタの喧嘩を止めようとおろお...
シーの横では、ギーシュが愉快そうに笑っている。
そして中心には、彼がいた。ルイズとシエスタに挟まれて、...
ティファニアは唇を噛んで、必死に涙を堪えた。
今彼女の手の中にあるのは、もう二度と戻ってこない風景だ...
けで、バラバラに砕け散ってしまった幸せ。
今は嘘に塗れた記憶が才人の代わりに居座り、歪な形で偽物...
「僕はね」
涙を堪え続けるティファニアを見つめて、ギーシュが言う。...
「あのルイズを見ていると、何もかも嘘のような気がしてくる...
も僕らは昔と変わらずに楽しく過ごしていると、そんな風に思...
ということを自覚しながらね。そう思わせてくれるぐらい、ル...
ギーシュがティファニアの傍らに膝を突き、俯く彼女の顔を...
「だから、いいじゃないか。君はよくやっているよ。そんな風...
ティファニアは青銅の置物をテーブルの上に置いた。急いで...
分の体を握り締める。その痛みがなければ、間違いなく涙を零...
しながら、ティファニアは口を開く。
「わたしには、そんなことを言ってもらう資格はないんです」
ギーシュはただ「そうか」と呟いたきり、後は何も言わなか...
613 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
小屋の周囲は、既に夕陽の光で赤く色づいていた。
こうして友人を送り出すのは、これでもう三度目になると、...
(でも、キュルケさんもタバサさんも、生きて帰ってくる望み...
だが、今回は違う。ここでギーシュを行かせてしまえば、間...
だというのに、少なくとも見かけだけは、ギーシュは全くの...
「さて、ではそろそろお暇させてもらうよ。町で待ってくれて...
待たせすぎてはいけないからね」
夕陽の中、向こうを向いているギーシュの背中が、昔と違っ...
んだ。彼だって、こんなことになりさえしなければ、ただの間...
に暮らしていけただろうに。
「本当はね」
不意に、ギーシュが肩越しに少しだけ振り返った。
「君のことも、助けられるなら助けようと思っていたんだ」
寂しげな苦笑が、横顔に浮かぶ。
「だが、思いあがりだったかな。やはり、サイトみたいには出...
ティファニアの胸に、大きな焦燥が生まれた。
(このまま、この人を行かせてしまっていいの? こんなに優...
のまま見送るなんて)
「さて、それじゃあ今日はありがとう。どうか、元気で暮らし...
ギーシュが一歩、二歩と歩き出す。ティファニアは思わず彼...
「ギーシュさん!」
「ん?」
夕暮れの光を背に浴びて、彼が怪訝そうに振り返る。何を言...
た。頭に浮かんだのは、モンモランシーの涙だった。
「あなたは、モンモランシーさんのこの後を、彼女自身の選択...
「ああ。それが、何か?」
面食らったようなギーシュの顔を見たとき、ティファニアは...
く分かった気がした。その想いを、彼に向かって投げかける。
「あなた自身はどう思っているんですか。彼女に生きて欲しい...
んでほしいんですか」
ギーシュは少しの間目を瞬いていたが、やがておかしそうに...
「なんだ、そんなことかい」
悪戯っぽく、片目を瞑る。
「そんなもの、生きていてほしいに決まっているじゃないか。...
重大すぎる美の損失だよ、君」
昔と変わらぬ、お調子者の表情。「そうですね」と言って、...
ことができた。
そして、二人は大きく手を振りながら別れた。
昔のままのギーシュの顔が夕闇にとけて見えなくなるまで、...
彼女がギーシュを見たのは、やはりこれが最後となった。
一月ほど後、王都にて大規模な反乱計画が事前に阻止され、...
されたという報が、彼女の耳にも届けられた。
この事件により、王権に対立できるほど有力で、なおかつ反...
トリステインは障害なく新たな時代に向かって突き進んでいく...
ギーシュ・ド・グラモンの妻モンモランシーは、その後女王...
を全て王家に返上した。
その後は市井の一未亡人として三人の子供を育て、様々な苦...
存命中、彼女は幾度も夫ギーシュ・ド・グラモンに対する不...
一度としてそれに反論することも、同意することもなかったと...
そうしてギーシュの真意は誰にも知られることなく、彼の名...
月が必要となった。
全てが明かされた後、彼らの墓は子孫たちの手によって旧グ...
自由の礎となった英雄の墓は、毎年、多くの人々の献花を受...
ギーシュがくれた置物を眺めるたび、ティファニアは痛みと...
今の幸せは、本来あるべき形とは全く違ってしまっているの...
だが同時に、それを全力で守ろうとした人たちがいたことも...
タバサとの約束を果たすことが出来ないまま、時はまた無常...
#br
続き [[28-43]]不幸せな友人たち アニエス
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不幸せな友人たち ギーシュ
606 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
ガリアに消えたタバサとの約束を果たせぬまま、さらに五年...
東方から帰還して十五年も経つと、外界の状況も多かれ少な...
今、トリステインは激動の時代を迎えている。
世の中がひっくり返る、という言葉が、そのまま当てはまる...
アンリエッタ女王は以前から平民優遇の政策を推し進めてき...
べき、不正を働く貴族たちへの牽制であると捉えられてきた。
その認識を国民の多くが改めることになったのは、断頭台と...
落下する巨大な刃の重みによりスパンと軽やかに首を落とす...
貴族を餌食にしたらしい。それはみな、不正を働いて国家に害...
にも関わらず、平民は首が落ちるたびに熱狂的な歓声を上げた。
罪人に対する処罰というのは建前で、その実特定の貴族に対...
のが、ほとんど暗黙の了解になっているらしい。
特定の貴族というのがアンリエッタの政敵であることは、も...
立って王権に刃向かう者はいないが、裏ではかなり激烈な闘争...
数出ている……というのが専らの噂だった。
そういった根拠の薄い噂は別にしても、アンリエッタが本格...
にも明らかだった。対立派の貴族達もまた、秘密裏に連絡を取...
こういった情報は、シエスタを経由してティファニアの耳に...
都の状況など半ばどうでもいいことである。それによりこの地...
に影響が及ぶと言うのなら話は別だが、そうでない限りは何も...
しかし、女王排斥派とまで呼ばれるようになった貴族たちの...
無関心ではいられなくなった。
その人物の名は、ギーシュ・ド・グラモン。
十五年前に別れたきりの友人であり、今は史上最年少の元帥...
そんな彼が、常日頃から声高に貴族の名誉や権利を主張し、...
唱えているらしいのだ。
「あの方は一体何を考えてらっしゃるんでしょう。そんなこと...
したら、ずいぶん面倒なことになりますのに」
シエスタは不満げにそう言っていた。
ギーシュの考えていることは、もちろんティファニアにも分...
あったが、同時にずいぶん間抜けな人だったとも記憶している...
き、陰謀を練るのに熱中しているというのは、どうも想像でき...
(彼は、ルイズさんのことをすっかり忘れてしまったのかしら)
そうとしか思えなかった。十五年前、ルイズを取り巻く偽り...
力を申し出たりと、かなり協力的だった人間である。覚えてい...
とをするとは思えない。
十五年の月日が流れ、あのとき一緒にいたメンバーもそれぞ...
忙しさの中で、ルイズや才人のことが記憶の隅に忘れ去れて...
(もしかしたら、彼も罪の意識に耐えかねて、逃げているのか...
そんな風にも考えた。ギーシュには気弱で臆病な部分もあっ...
な権力闘争に没頭していった可能性もある。
王都から遠く離れたデルフリンガー男爵領にいる彼女には、...
結果から言うと、どちらも正しくなかった。
ティファニアが彼の真意を知ることができたのは、他ならぬ...
に得たからだった。
607 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
草を踏みしめ枯れ枝を踏み砕く音が聞こえてきたとき、ティ...
灯すための木材などを調達している最中だった。小屋から見て...
所で、しかも城がある方向から誰かの足音が聞こえてきたもの...
(まさか、ルイズさん? でも、シエスタさんが見張っている...
迷いながらも、一旦集めた枯れ枝を捨てて、木の影に隠れる...
はいかない。自分がここにいることが知れたら、頭のいいルイ...
気付いてしまうかもしれない。そうなるとまた記憶の改竄を行...
れは避けたかった。
隠れている内に、足音はだんだんと近づいてきた。早足だが...
間ではないらしい。そのとき、鬱蒼とした木々の向こうから、...
(あれは、ひょっとして)
胸が高鳴るのを感じながら待っていると、その人物はティフ...
ち止まった。
長い金髪の女性だった。羽織っているマントやその下に見え...
布地で仕立てられていることが分かる。明らかに高い身分の人...
見覚えがあった。
(もしも違ったら……ううん、間違いないわ)
ティファニアは意を決して、木の影から歩み出た。向こうも...
「……お久しぶりです、モンモランシーさん」
「……ティファニア、あなたなの?」
驚き、呆然とした彼女の目には、痛々しい涙の跡があった。
「何もお出しできなくて、すみません」
他の友人たちを迎え入れたときと同じことを言いながら、テ...
勧める。彼女は無言でそこに座った。
あれから、立ち話もなんだからとモンモランシーを誘って、...
その間、彼女はずっと何か思いつめた様子で黙り込んでいた...
しない。少々険を感じてしまうほどに勝気な顔立ちは以前と変...
は深い憂いの色がある。
「こちらにいらしていたなんて、知りませんでした」
彼女の沈んだ様子に戸惑いながらも、ティファニアは声をか...
「でしょうね。影武者まで仕立てて、念入りに身を隠してここ...
一瞬、声が詰まった。
「ルイズだって、わたしたちが何の連絡もなしに来たから、ず...
「わたしたち、って言うと、ギーシュさんもご一緒なんですね...
「ええ。夫婦だからね」
その言葉には驚かなかった。東方から帰還して程なく、ギー...
うことは、やはりシエスタから伝え聞いていた。幼い子供も三...
「夫婦のはずなんだけどね、一応」
そう付け加えた声音には、隠しきれない苦渋の色がある。そ...
ていると、モンモランシーは不意に頭痛を感じたように、広い...
「なのに、何の相談もなしに……本当に、もう」
ため息と共に、涙の粒が零れ落ちる。彼女は慌ててそれを拭...
「ごめんなさい。あの馬鹿のこともそうだけど、ルイズのこと...
ちゃって、自分でも気持ちの整理が上手くつけられないの」
「いえ、お気になさらないでください。ルイズさんと、会われ...
モンモランシーは頷いた。
「今しがた、会ってきたこと。楽しくお喋りしてたんだけど、...
出してきちゃったわ。あの子があんまり幸せそうに、サイトの...
モンモランシーの表情が苦しげに歪む。潤んだ瞳が痛みを堪...
「なんだか、夢を見ているような気がしたの。本当はあんなひ...
気に生きていて……そんなはずないのに、あの子の幸せそうな顔...
た。でも次の瞬間にはすぐ冷静さを取り戻していて、あの子の...
て……そしたら、とてもあの場所にはいられなかったわ」
「気持ちは、分かると思います」
「ありがとう」
憂鬱な口調でそう言ったきり、モンモランシーはまた押し黙...
る様子だった。
608 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
(やっぱり、あのことと関係があるのかしら)
女王に仇名す年若い元帥、という、王都でのギーシュの評判...
ひょっとしたらそのことで悩み、精神的に参ってしまってい...
のは躊躇われた。
「あいつね」
小さな呟きが聞こえた。
「あいつ、また一人で格好つけてるのよ。わたしの気持ちも考...
「どういうことですか?」
モンモランシーは首を振った。
「わたしの口からはとても言えないわ……話してる内に耐えられ...
バカ……一人で覚悟決めて、臆病者のくせに逃げ出す素振りも見...
また、彼女の頬を涙が伝った。
「本当に、馬鹿なんだから」
そのとき、不意に小屋の扉がノックされた。少々品に欠けた...
「どなたですか」
怪訝に思いながら声をかけると、一拍ほどの間を置いて驚い...
「やあ、ティファニアか。君の声は少しも変わらず美しいね」
鼓動が早くなる。声と口調から、扉の向こうにいるのがギー...
シーを見ると、彼女は素早く涙を拭い、椅子の上で背筋を伸ば...
だ。そういう風に体裁を取り繕うのは慣れているらしかった。
「不躾で申し訳ないが、入れてもらってもいいかね?」
ティファニアは迷った。モンモランシーの様子からして、ギ...
は予想がついたし、何よりも、ティファニア自身の心の準備が...
(ギーシュさんは、一体どんな風になっているんだろう)
扉の向こうから聞こえる声は、以前とあまり変わらないよう...
限り、彼が全く変わっていないとはとても思えない。変わって...
ても怖かった。
かと言って、返事もせずに立たせておくわけにはいかなかっ...
と言って彼を小屋の中に招き入れる。扉がゆっくりと開いて、...
金髪を丁寧に撫で付けた、伊達男という形容がよく似合う美...
二十代と言っても十分に通用するほど若々しく見える。背は昔...
彼の持つ男性的な魅力に一役買っている。
そんな風に、目の前の男は予想通り様変わりして見えた。し...
どことなく間抜けな悪戯っぽい微笑は昔のままであった。
彼はその表情のまま、大袈裟に両腕を広げてみせる。
「やあ、久しぶりだねティファニア。やはり君は以前と変わら...
な絹糸のごとき金髪に、どれほどの時を経ても全く衰えぬ美貌...
も言うべき……おや」
長ったらしい口上の途中で、彼は何かに気付いたように片眉...
向くと、椅子に座ってそっぽを向いているモンモランシーに行...
男の顔一杯に、嬉しそうな笑みが広がっていた。
「やあ、我が愛しい妻、モンモランシーじゃないかね! やっ...
突然出て行くものだから、僕がどれほど心配したか……無事で本...
「あのねあんた」
モンモランシーが、冷たい瞳でじろりと男を睨む。
「その愛しい妻の目の前で他の女口説いておいて、『どれほど...
「何を言うんだいモンモランシー、あんなのは所詮挨拶代わり...
愛しい女性のものだとも。つまりは君のことさ、愛しのモンモ...
盛る証として、さっきの十倍熱烈な賛美を君に捧げてもいい!」
「死ぬまでやってなさいよバカ」
にべもない返事に、男は大袈裟に肩を竦めてみせる。ティフ...
609 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
(ああ、やっぱり、この人はギーシュさんなんだ。笑っちゃう...
ふと、甘く懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。モンモランシー...
彼女の香水の香りもまた、十五年前と何ら変わっていない。
懐かしい声と香りに包まれて、彼女は一瞬、自分が十五年前...
今にキュルケやコルベール、タバサ、シエスタとルイズ、そ...
騒ぎが始まるのではないかと、半ば本気で期待しかけた。
「しかしまあ、なんだね」
ギーシュがどこか難癖つけるように呟いたので、ティファニ...
難しい顔をして、狭苦しい小屋の中を見回していた。
「この小屋は君のように美しい女性が一人暮らしをするのには...
それはそれで俗世から切り離された神秘的な趣がなくもないが...
ギーシュは不意に視線を下に落とした。ちょうど、ティファ...
「相変わらず見事な」
彼がそこまで言いかけたとき、後ろから椅子を蹴る音が聞こ...
しい足音と共に歩いてきたモンモランシーがギーシュの頬を思...
「せめて一分でいいから自分で言ったとおりの行動が取れない...
「いやしかしだねモンモランシー」
「うるさいバカ! そんなに喋りたいなら一人で喋ってりゃい...
丸っきり以前と変わらぬ口調で怒鳴りつけて、足音高く小屋...
慌てて外に出たが、モンモランシーは振り返る素振りすら見せ...
本当に、以前と変わらぬやり取りだ。久しぶりに、少しだけ...
(これで、小屋の中に戻ると、ギーシュさんが情けない顔で肩...
だが、その気分も長くは持たなかった。
小屋の中に戻ると、先程までの和やかな雰囲気は少しもなく...
何か思いつめたような雰囲気を纏っていたのだ。
立ちすくむティファニアの背後で、扉がばたりと閉まった。...
「すまなかったね」
ギーシュがため息混じりに言った。
「ああいう風にしないと、どうも気まずくなってしまうのでね…...
申し訳ない」
「いえそんな、謝らないでください。そんなの」
――全然、ギーシュさんらしくないです。
言いかけた言葉を、ティファニアは飲み込んだ。ギーシュの...
いほど憂いを帯びた表情が浮かんでいる。
テーブルを挟んで、ギーシュの向側に腰掛ける。こんな風に...
「さっき、ルイズに会ってきたんだが」
ギーシュはどこか苦味のある微笑を浮かべた。
「とても幸せそうだったね。王都にいるサイトが近況を手紙で...
たよ。彼は僕に協力して、兵を鍛えてくれているそうだ」
「すみません、シエスタさんと相談して、そういう内容の手紙...
「ああいや、責めているわけではないんだよ。むしろ感謝して...
ギーシュはじっとティファニアを見つめた。
「君の手紙のおかげでね、ほんの少しの間だけ、いい夢を見ら...
ギーシュが深々と頭を下げる。ティファニアは慌てて立ち上...
「やめてください、わたし、そんな風に」
「感謝される資格はない、かな?」
ティファニアははっとした。ギーシュの瞳が、上目遣いにこ...
「この小屋の中の様子からも、予想はついていたが」
顔を上げたギーシュの視線が、小屋の中を一巡りして、ティ...
「ティファニア、君はやはり、あのときのことを後悔して生き...
問いかけには答えず、俯き、座る。返事が必要だとは思わな...
610 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
「聞かせてもらいたいんだが」
ベッドの方に目を向けながら、ギーシュが目を細める。そこ...
と、タバサが残していったナイフが置いてあった。いつも、枕...
「あのときあの場所にいたメンバーの中で、ここに来たのは僕...
首を横に振ると、ギーシュはテーブルに肘を突いて、わずか...
「出来れば、話してくれないかな。彼女たちが、君に何を残し...
ティファニアは頷き、五年前と十年前の記憶、友人たちと交...
語った。ギーシュは黙って微笑んだまま、ときどき頷きながら...
語り終えたあとしばらくは、二人とも黙ったままだった。
「サイトの遺志、というがね」
不意に、ギーシュが言った。苦笑いめいたものが口元に浮か...
「僕はどうも、この言葉には違和感を覚えてしまうな」
「違和感、って言うと……?」
「ルイズに偽りの幸せの中で生きてもらうのが、本当にサイト...
ギーシュは淡々と語り出した。
「ルイズの幸せを守ることが才人の遺志だ、というがね。彼が...
も分からないんだよ。僕らが聞いたのは、『ルイズを、幸せに...
『ルイズを幸せにしてやってくれ』という頼みだったのかもし...
ズを幸せにしてやりたかった』という悔恨の言葉に過ぎなかっ...
たちはサイトの遺志を守っている』というのは、単なる自己欺...
ギーシュは目を瞑り、静かに断言した。
「僕らはただ僕らの意思で、この方がルイズのためになると判...
「では」
ティファニアは拳を握り締めた。
「では、やはりあなたも、ルイズさんの記憶を奪ったのは間違...
「少し違うな」
ギーシュは考え深げに顎を撫でた。
「僕は、選択することが結果に直結するとは考えてない。選択...
にも最悪にもならないんだ。重要なのは、選択した後にどれだ...
「努力、ですか」
「そう。その選択を、よりよい結果へと導くための努力さ。努...
つながり、最悪の選択が最上の結果に繋がることもあり得るだ...
彼は遠くを見るように目を細める。
「僕は、シエスタがルイズの記憶を消すことを提案したとき、...
ズを殺しても、ルイズの記憶を消しても、どちらにしても後悔...
はどちらの意見も支持できないまま、ルイズの記憶は消されて...
ギーシュはまた、そっと目を閉じる。
「だから、そのとき決意したんだ。どちらも選べなかったから...
択肢を選べなかったことを後悔するのも止めようと。ただひた...
く保たれるように努力しようと、決めたんだ。それが、何も選...
口元に柔和な微笑が浮かんだ。
「そして、今日、ルイズを見た。心の底から幸せそうな彼女を...
確かに嘘に塗れたものではあるが、彼女が感じている幸せは本...
言できない。どちらも選べない。僕は、今でも昔と少しも変わ...
自嘲めいた笑みは、すぐに決然とした表情に変わった。
「だからせめて、この幸せが外界の無粋な連中のせいで壊れて...
ティファニアは身を固くした。ついに、彼の真意を知るとき...
「ギーシュさん。それは、あなたが王都で権力闘争に没頭して...
単刀直入に問いかける。回りくどい言い回しは不要だと思っ...
はなく、「ああ、大いにあるよ」と前置いたあと、何でもない...
「僕は近々、女王陛下に不満を持つ者たちを秘密裏に集めて、...
し合われると思う?」
「分かりません」
「女王陛下を暗殺する計画さ」
611 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
ティファニアは目を見開く。ギーシュは人差し指を立てた。
「祖国を憂う愛国精神に溢れた貴族の集まりでね。念の入った...
もちろん、この救国会議メンバーによる血判状まで仕上がって...
あとの混乱状態で、いかに自分の権力を確保するかで一杯なは...
とっておきの悪戯の計画を打ち明けるように、にやりと笑う。
「実を言うと、その動きは優秀なアニエス近衛隊長に察知され...
一瞬何を言われているのか飲み込めなかったが、すぐにとん...
じゃあ」と慌てて言いかけると、ギーシュは愉快そうに頷いた。
「そう。君の考えるとおりさ。反乱を企てる貴族達はこれで一...
王陛下をその手にかけようとしたんだ。家柄も何も関係ない。...
「そんなことをしたら、あなたまで」
「その通りだ。僕はギロチン送りになるだろう。やれやれ、こ...
うことになるかと思うと、少々心が重くなるよ」
冗談めかした口調だったが、冗談でないことは明らかである...
なので、かえってティファニアの方がもどかしくなった。
「どうにかならないんですか。女王様と対立してる貴族を捕え...
「ない」
ギーシュは即答した。
「精一杯努力はしているんだが、不満を抱く貴族たちを抑える...
頭である僕が何か具体的な動きを起こさなければ、勝手気まま...
を企てたりする輩が出てくることだろう。そうなったらもうお...
だけで静めるのは不可能になる。だからこそ、今だ。今、待ち...
挙に叩かせる。そうすれば反乱の芽は摘まれ、あとは陛下が上...
は平和裏に幕を下ろし、最小限の反乱だけを経て、平民の世が...
起こらないはずだ。ルイズの幸せが壊されることもない。そう...
「約束?」
「こんな若造が元帥だなんて、おかしな話だとは思わなかった...
の思惑が実現するように命を賭けて協力する代わりに、こちら...
ギーシュはじっとティファニアを見つめた。
「分かるかい。これはルイズを守るためにはどうしても必要な...
たった一人で七万の大群に突撃したときのようにね」
ギーシュは懐かしむように目を細めた。
「ずっと、彼のようになりたいと思っていた。貴族よりも強く...
けそうもないが、ルイズの幸せを守る代役ぐらいは果たせそう...
そう言って苦笑する。
「サイトの遺志は分からない、なんて言ったばかりでなんだが...
彼女を守っただろうと思うからね。死んだ彼の分まで頑張らな...
ギーシュの声音に迷いはない。もう、とうに覚悟を決めてい...
だが、ティファニアには一つだけ納得しかねるものがあった。
「モンモランシーさんはどうするんですか。お子さんだってい...
彼女の涙を思い浮かべながら問うと、ギーシュは深く息を吐...
「モンモランシーはもう納得済みだよ……無理を言って納得して...
が死んだ後どうするかも、全て彼女に委ねてある。女王陛下に...
ように頼んであるからね。大人しく陛下に従って生きながらえ...
彼女の判断さ」
満足げで、誇らしげな口調だった。
「僕は、その選択にケチをつけるつもりはない。なに、彼女は...
明だ。きっと、選んだ選択肢が最上の結果に繋がるよう、努力...
それだけ言って、ギーシュは沈黙する。ティファニアは何も...
も言葉を重ねているはずだ。今さら、部外者の自分が口を挟め...
612 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
「ああそうだ」
不意に、ギーシュが指を鳴らした。
「忘れていたよ。君に贈り物があるんだ」
そう言って、どこに仕舞いこんでいたものか、小さな木箱を...
「開けてみてくれたまえ。きっと、気に入ってもらえると思う」
ティファニアは困惑しながらも木箱の蓋を開ける。中には、...
差し入れて取り出してみると、それは、青銅で作られた飾り物...
がら、息を飲むほどに緻密な作品である。
それは、十五年前、才人が死ぬ前の彼らを鮮明に象った置物...
シエスタと口喧嘩するルイズ。
それを笑って眺めているキュルケと、傍らで苦笑するコルベ...
興味なさげに本を読みつつ、視線はさり気なく騒ぎの方に向...
ティファニアはルイズとシエスタの喧嘩を止めようとおろお...
シーの横では、ギーシュが愉快そうに笑っている。
そして中心には、彼がいた。ルイズとシエスタに挟まれて、...
ティファニアは唇を噛んで、必死に涙を堪えた。
今彼女の手の中にあるのは、もう二度と戻ってこない風景だ...
けで、バラバラに砕け散ってしまった幸せ。
今は嘘に塗れた記憶が才人の代わりに居座り、歪な形で偽物...
「僕はね」
涙を堪え続けるティファニアを見つめて、ギーシュが言う。...
「あのルイズを見ていると、何もかも嘘のような気がしてくる...
も僕らは昔と変わらずに楽しく過ごしていると、そんな風に思...
ということを自覚しながらね。そう思わせてくれるぐらい、ル...
ギーシュがティファニアの傍らに膝を突き、俯く彼女の顔を...
「だから、いいじゃないか。君はよくやっているよ。そんな風...
ティファニアは青銅の置物をテーブルの上に置いた。急いで...
分の体を握り締める。その痛みがなければ、間違いなく涙を零...
しながら、ティファニアは口を開く。
「わたしには、そんなことを言ってもらう資格はないんです」
ギーシュはただ「そうか」と呟いたきり、後は何も言わなか...
613 名前:不幸せな友人たち[sage] 投稿日:2008/02/13(水) 0...
小屋の周囲は、既に夕陽の光で赤く色づいていた。
こうして友人を送り出すのは、これでもう三度目になると、...
(でも、キュルケさんもタバサさんも、生きて帰ってくる望み...
だが、今回は違う。ここでギーシュを行かせてしまえば、間...
だというのに、少なくとも見かけだけは、ギーシュは全くの...
「さて、ではそろそろお暇させてもらうよ。町で待ってくれて...
待たせすぎてはいけないからね」
夕陽の中、向こうを向いているギーシュの背中が、昔と違っ...
んだ。彼だって、こんなことになりさえしなければ、ただの間...
に暮らしていけただろうに。
「本当はね」
不意に、ギーシュが肩越しに少しだけ振り返った。
「君のことも、助けられるなら助けようと思っていたんだ」
寂しげな苦笑が、横顔に浮かぶ。
「だが、思いあがりだったかな。やはり、サイトみたいには出...
ティファニアの胸に、大きな焦燥が生まれた。
(このまま、この人を行かせてしまっていいの? こんなに優...
のまま見送るなんて)
「さて、それじゃあ今日はありがとう。どうか、元気で暮らし...
ギーシュが一歩、二歩と歩き出す。ティファニアは思わず彼...
「ギーシュさん!」
「ん?」
夕暮れの光を背に浴びて、彼が怪訝そうに振り返る。何を言...
た。頭に浮かんだのは、モンモランシーの涙だった。
「あなたは、モンモランシーさんのこの後を、彼女自身の選択...
「ああ。それが、何か?」
面食らったようなギーシュの顔を見たとき、ティファニアは...
く分かった気がした。その想いを、彼に向かって投げかける。
「あなた自身はどう思っているんですか。彼女に生きて欲しい...
んでほしいんですか」
ギーシュは少しの間目を瞬いていたが、やがておかしそうに...
「なんだ、そんなことかい」
悪戯っぽく、片目を瞑る。
「そんなもの、生きていてほしいに決まっているじゃないか。...
重大すぎる美の損失だよ、君」
昔と変わらぬ、お調子者の表情。「そうですね」と言って、...
ことができた。
そして、二人は大きく手を振りながら別れた。
昔のままのギーシュの顔が夕闇にとけて見えなくなるまで、...
彼女がギーシュを見たのは、やはりこれが最後となった。
一月ほど後、王都にて大規模な反乱計画が事前に阻止され、...
されたという報が、彼女の耳にも届けられた。
この事件により、王権に対立できるほど有力で、なおかつ反...
トリステインは障害なく新たな時代に向かって突き進んでいく...
ギーシュ・ド・グラモンの妻モンモランシーは、その後女王...
を全て王家に返上した。
その後は市井の一未亡人として三人の子供を育て、様々な苦...
存命中、彼女は幾度も夫ギーシュ・ド・グラモンに対する不...
一度としてそれに反論することも、同意することもなかったと...
そうしてギーシュの真意は誰にも知られることなく、彼の名...
月が必要となった。
全てが明かされた後、彼らの墓は子孫たちの手によって旧グ...
自由の礎となった英雄の墓は、毎年、多くの人々の献花を受...
ギーシュがくれた置物を眺めるたび、ティファニアは痛みと...
今の幸せは、本来あるべき形とは全く違ってしまっているの...
だが同時に、それを全力で守ろうとした人たちがいたことも...
タバサとの約束を果たすことが出来ないまま、時はまた無常...
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