ゼロの使い魔保管庫
[
トップ
] [
新規
|
一覧
|
単語検索
|
最終更新
|
ヘルプ
]
開始行:
前 [[27-606]]不幸せな友人たち ギーシュ
#br
不幸せな友人たち アニエス
ギーシュ・ド・グラモンらが処刑されてからほとんど間を置...
それは同時に、貴族という特権階級の消滅をも意味していた...
現在領主として領地の運営に当たっている貴族は、各地区で...
アンリエッタ女王が、新たに誕生した国民議会に政権を譲渡...
これには「それは旧領地の領民の過半数から支持を得られた...
「サイトも手紙でそうしてくれって書いてたし、あの人がちゃ...
ルイズはそんな風に笑っていたそうだ。
アンリエッタに反抗的だったり、地位を利用して私腹を肥や...
手紙の中の才人は平和な世の中を飛び回り、各地で困ってい...
タバサとの約束は、未だに果たせていない。
何度か決意して城に接近したことはあるのだが、彼女の目の...
何をするのが正しいのかは、分かっているつもりだ。それで...
そうして何も出来ぬまま、世の中が大きく変わってからニ十...
もはや男爵ではなくなったルイズだったが、領民は未だに彼...
才人はアルビオンにおり、未だ戦争の傷が癒えぬ地域で、復...
ティファニアが彼女の小屋に予期せぬ来客を迎えたのは、そ...
(愛しいルイズ。俺は今、アルビオンの片隅にある寂れた小都...
ティファニアがテーブルに向かって偽物の手紙を書き進めて...
「……ではアン様、歓談の準備が整い次第、お迎えに上がります...
「ええ。遅れないようにね、アニエス」
ゆっくりとした足音が近づいてくる。ティファニアは慌てて...
(誰だろう? この小屋に用事……よね、きっと。他には何もな...
だが、先程の話し声は明らかに聞き覚えがない。いや、先に...
(どうしよう。誰が何の目的で来たのか分からないし、留守の...
ティファニアがそんなことまで考えたとき、予想通りドアが...
ある程度予想できたのはここまでである。
「入りますよ」
返事を待つどころか、そもそも了解を得るつもりすらない言...
場違いに豪華なドレスを身に纏っている。肩の辺りで切り揃...
(誰だろう)
困惑するティファニアの前で、その老女は無遠慮に小屋の中...
胸にもやもやとした感じを覚えながら、ティファニアは目の...
「あの、どちら様でしょうか」
「あら、ごめんなさいね」
全く謝意の感じられない声音だ。
「私、アンリエッタ・ド・トリステインと申します」
そう名乗ったあと、白い手袋をつけた手で口元を覆い隠して...
「ああごめんなさい、こんな奥深いところに住んでいるんです...
胸の中のもやもやが、完全な不快感に転じた。
「いえ、知っていますよ。トリステイン王国の女王、アンリエ...
苛立ちを声音に出したつもりはなかったが、目の前の老女の...
「残念ですが、私はもう女王ではありません。今ではアルビオ...
「それでは……」
アンさんでいいのだろうか、と一度考えたが、さすがに元女...
「アン様、でよろしいですか?」
「ええ、それで結構です」
アンリエッタは満足げに頷き、何かを待つように悠然と腕を...
「とりあえずこちらに掛けて下さい」
テーブルの前に置いてある椅子を手で示したが、アンリエッ...
黙って椅子を引くと、アンリエッタは無言で椅子に座る。白...
「ええと、それで」
話を切り出そうとすると、「その前に」とアンリエッタは眉...
「町からここまで歩き通しで、喉が渇いたのですけれど。それ...
「すみません、そういったものは置いていなくて……水でよろし...
アンリエッタは信じられないことを聞いたとでも言うように...
「いりません。水など飲むぐらいなら我慢した方が……」
言いかけて、何かに気付いたように視線を止める。じろじろ...
「ごめんなさい、あなた、大層貧しい生活を送ってらっしゃる...
侮蔑と嘲弄の意図が滲み出ている口調だった。ティファニア...
(なんて嫌な人なんだろう)
なんの躊躇もなくそう思う。基本的に臆病で、心の中ですら...
「それで、アン様は、どういったご用件でこちらに?」
早く帰ってくれないだろうか、と思いながらも、表面には出...
「別に、この小さな小屋に用があったわけではありませんよ。...
アンリエッタの乾いた唇が、大きくつり上がる。ティファニ...
「大事な親友、ですか」
「ええ。あなたもよくご存知でしょう? とうに死んでしまっ...
一語一語に強い力を込めながら、アンリエッタは言う。
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールのことですよ」
ティファニアの背筋が震えた。目の前の老女への嫌悪感が、...
アンリエッタは馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「でも、あの子ったらちょうど体調を崩しているとかで、お付...
憎憎しげに言ったあと、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「まあでも、仕方ないかもしれませんね。こんな辺鄙な山の中...
突然、アンリエッタは目を見開いた。椅子の上で体をくの字...
「来ないで!」
「でも」
「大丈夫、わたしは、大丈夫です」
苦しげに喘ぎながら、アンリエッタが言う。皺と染みが目立...
「そうよ、わたしは人の助けなんかいらない。そんなに弱って...
怨嗟のこもった呟きは、途中で聞き取れなくなった。
アンリエッタはしばらくしてようやく顔を上げると、取り出...
「ごめんなさい、お見苦しいところをお見せしましたわね」
「いえ。あの、どこかお体をお悪く」
「そんなことはありませんよ。気遣いは無用です」
ぴしゃりと断定しながらも、アンリエッタの息は荒い。よく...
濃い化粧で巧妙に隠されているため、今の今まで気付かなかっ...
(それにしても)
息を整えているアンリエッタを見ながら、ティファニアは思...
(この人は、本当にアンリエッタ女王陛下なんだろうか)
直接見るのはこれが初めてだったが、彼女もまたルイズを取...
その記憶を頼りに考えれば、彼女と自分はさほど年が離れて...
(もしかして、ここに来てから四十年だと思っていたのはわた...
ティファニアがそう疑ってしまうぐらい、目の前の女性は実...
かつては白百合と讃えられたというその美貌は、艶を失った...
視線に気付いたのか、アンリエッタがこちらを見て不愉快そ...
「なんですか、人の顔をじろじろと」
「いえ……ごめんなさい、なんでもありません」
「失礼な……全く」
アンリエッタはぶつぶつと何やら低い声で文句を言っていた...
「あら、これはなんですか?」
アンリエッタは、部屋の隅に置いてあった長櫃の中から、手...
「『愛しいあなたへ』……ああ、ルイズからのお手紙ね」
皺だらけの顔に皮肉げな冷笑が浮かんだ。もう一枚、先程テ...
「そう言えば、あなたがサイト殿の振りをして、ルイズに手紙...
「アルビオンの片隅、未だ戦争の傷跡が癒えない地区で、復興...
「ふうん、そうなのですか」
アンリエッタは小ばかにした様子で言うと、何か汚いものに...
「馬鹿なルイズ。サイト殿はもうとっくにこの世を去られてい...
アンリエッタは口元を手で隠し、意地悪げに目を細めた。
「私があの子のところに行ったら、きっと嬉しそうに愛しいサ...
いかにも名案を思いついたという風に、アンリエッタは手を...
「いっそのこと、今日私が本当のことを教えてあげようかしら」
ティファニアが思わず立ち上がりかけると、アンリエッタは...
「安心なさい、軽い冗談です。最愛の人の死も忘れるような愚...
そう言いつつも、アンリエッタはその思い付きが心底気に入...
「でも、本当に今教えてあげたら、あの子一体どんな顔するか...
ここにはいないルイズを嘲笑い続けるアンリエッタの顔は、...
(どうやったら、こんなにも下劣な人間になることができるの...
ふとアンリエッタがこちらを見て、問いかけてきた。
「ねえ、あなたもそう思うでしょう?」
醜い老女が一歩、こちらに近づいてくる。ティファニアは椅...
「なにが、ですか?」
「ルイズのこと。愚かで哀れなあの女。ねえ、なんて無意味な...
嬉しそうな笑みを張りつけたまま、アンリエッタの顔が小さ...
「そう思うでしょう? あの女の人生は無意味でしょう、哀れ...
あなただって、そう思うでしょう? だって、あの子の記憶を...
アンリエッタの瞳に、羨望の色が混じる。
「なんて素敵なのかしら。記憶を奪う魔法だなんて。ねえ、楽...
恍惚とした笑みを浮かべるアンリエッタの前で、ティファニ...
頭の奥に鈍い痛みがある。視界がやけに狭くなっていた。朦朧...
――ねえ、楽しかったでしょう?
(違う、わたしは、この人とは、違う)
心の中で叫んでみるが、疑念は振り払えない。
――あの女の人生は無意味でしょう、哀れでしょう、何の価値...
悪意に満ちた言葉は、しかしすんなりと胸に入り込んでくる。
そうなのではないか、と思っている自分が、心のどこかにい...
都合のいい幻想に抱かれたまま、偽りの幸せの中で生きてい...
(この人は、わたしだ。だって、この人が言っている通りのこ...
アンリエッタを見ていて感じる醜さは、そのまま己の醜さで...
吐き気を催す光景だった。だが、ティファニアは見つめ続けた。
(そうだ、忘れてはいけない。わたしは、これぐらいに邪悪で...
そのとき、不意にアンリエッタが笑いを収めた。ティファニ...
不気味なほど静かだった。笑いを収めたアンリエッタは、何...
(一体、どうしたんだろう)
困惑したが、それも少しの間だけだった。アンリエッタはま...
「それにしても、ここは本当に何もないのですね。あら、これ...
ティファニアの体が激しく震えた。アンリエッタが興味を示...
(やめて、それに触らないで! 汚さないで!)
アンリエッタが青銅の置物に手を伸ばしかけたとき、ティフ...
そうならなかったのは、非常にいいタイミングで扉がノック...
「どうぞ」
言うと同時に扉が開き、一人の女性が姿を現す。
「失礼。アン様、歓談の準備が整ったそうです」
その女性が、小屋の中に足を踏み入れながら言った。ぴしり...
アンリエッタは置物に伸ばしかけていた手を引っ込めて、鼻...
「遅かったわね、アニエス」
「申し訳ありません、シエスタ……メイドが頑固だったもので、...
「当たり前です。あなたが草を払わなければ、ドレスが汚れて...
アンリエッタはテーブルに置いていた白手袋を着けなおすと...
その後に続いて、アニエスも出て行く。
しばらくして、従者の方だけが小屋に戻ってきた。既に日が...
「すまないな。アン様はお一人でルイズに会われることをお望...
申し訳なさそうに言うアニエスに、ティファニアは椅子を勧...
「ごめんなさい、お茶も出せないんですけど」
「構わんさ。ああ、だが少し喉が渇いていてな。水ぐらいはも...
ゆったりと椅子に腰掛けながら、アニエスが言う。ティファ...
「ありがとう。本当にすまないな、突然やってきて」
器を傾けるアニエスを改めて見て、ティファニアは深い安堵...
やや堅苦しい外套に包まれた背筋は、ぴしりと伸びている。...
髪も取り立てて言うほど白くはなっておらず、染み一つない顔...
いきすぎなぐらい年老いていた主に比べて、元近衛隊長でも...
「さて、改めて……久しぶりだな、ティファニア」
気さくに言ったあと、何かに気付いたように苦笑する。
「と言っても、そちらにとってわたしは四十年前に少し会った...
「はい、もちろんです、アニエスさん」
ティファニアにとっては、才人やルイズと同じく、ほぼ初め...
「アニエスさんこそ、よくわたしのことを覚えてらっしゃいま...
「それはまあ、な。ハーフエルフというだけあってあのころと...
ティファニアの胸をちらりと見て言ったあとで、「それに」...
「ルイズのことで、シエスタと連絡を取り合っていたんだ。お...
アニエスはすっと立ち上がり、おもむろに右手を差し出した...
「わたしのことを、恨んではいないか?」
「どうしてですか?」
予期せぬ問いかけに驚くと、アニエスは短く答えた。
「グラモン卿のことさ」
「ギーシュさん……いえ、彼は自分の意志で行動していましたし...
実際、ギーシュのことを思うと少し複雑だったが、やはり恨...
「アン様のこと、すまなかったな。不快な思いをしただろう」
「ひょっとして、ずっと小屋の外で聞かれてたんですか?」
「いや。だが、何があったかは大体分かるさ」
唇の片端が皮肉っぽくつり上がった。
「誰にでもあんな態度なんだ、あの方は」
ここで先程どんなやり取りが交わされたのか、大体把握でき...
「昔はあそこまでひどくはなかったんだがな。せいぜい冷たい...
王政に対して抱いていた狂おしい怒りと憎しみが矛先を失くし...
アニエスはふと、何かに気付いたように苦笑して首筋をかい...
「すまんすまん、こんなことを言ってもお前には何のことだか...
そう言いながら、目を細くして小屋の中を見回す。
「お前もこの四十年間、一人の人間のために苦労を重ねてきた...
「いえ、わたしは、そんな」
ティファニアは迷った。自分が重ねてきたのは苦労などでは...
「なあ」
椅子をかすかに傾け、胸の上で手を組んだアニエスが、不意...
「アン様がどうして今頃になってこの土地を訪れたがったのか...
「いえ、わたしにはよく……」
「あの方は、もう長くはないんだ」
体をくの字に折って激しく咳き込むアンリエッタの姿が、テ...
「ではやはり、ご病気なのですか?」
「さあな……どこもかしこも悪いんじゃないだろうか。分からな...
そう言ったあとで、アニエスはくぐもった笑い声を漏らした。
「いや、医者だけではないか。私にすら、体を触られることだ...
アニエスの瞳に探るような色が浮かぶ。ティファニアは困惑...
「誰、と言われても……ルイズさんですか?」
アニエスは肩を揺すって笑った。
「まさか。ルイズに触られるのは、他の誰に触られるよりも嫌...
ティファニアは目を見開いた。一人の少年の笑顔が、頭の中...
「まさか、その人って」
アニエスは目を閉じ、深々と頷いた。
「そう、サイトだ。サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ。アル...
どことなく皮肉っぽい言い回しだ。ティファニアは困惑した。
「でも、どうしてですか? サイトは、女王様のことなんてあ...
「だからこそ、なおさらだろうな。そのわずかな繋がりに、あ...
アニエスは片目を開いて、静かにティファニアを見た。
「そんな男が、自分からは遠く離れたところで、知らない間に...
体が震えた。アンリエッタのルイズに対する激しい敵意の源...
「でも、それじゃあ」
混乱しながら、ティファニアは問いかけた。
「彼女はどうして、今さらルイズさんに会いたいと?」
「確かめたくなったんだろうさ」
「確かめる……何を?」
「自分という人間が、ルイズよりも勝っているということをだ」
アニエスは胸の上で手を組みかえながら言った。
「あの方はルイズにサイトの死を忘れさせ、偽りの幻想の中に...
「それじゃあ、やっぱり彼女は、ルイズさんに真実を教えるつ...
一瞬、あの老女を行かせたことを後悔しかける。だが、アニ...
「それはない。ありえない」
「どうしてそう言いきれるんですか?」
「ルイズが記憶を取り戻したら、サイトの最後の言葉も思い出...
アニエスは、どこかやりきれない様子で息をついた。
「あの方にとっては、期待していた通りの結果にはならんだろ...
「どういうことですか?」
「見ていれば分かる。どうせ、あの方は自分から息せき切らし...
アニエスは肩を竦めた。
「これで、あの方のことを少しは分かってもらえたと思うが」
探るような瞳がティファニアを見つめた。
「お前としては、どうだ? あの方のことを、どう思う?」
ティファニアは俯き、己の心を探った。アンリエッタの心情...
「悲しい人だと思います。自分の感情を制御できずに、周りに...
同時に、不思議な人だとも思った。彼女に対する感情は、短...
不快に思えたり、哀れに思えたり……ひょっとしたら、目の前の...
「でも、どうしてでしょう。どうして彼女は、そうまでサイト...
彼のことを忘れて、新たな愛情を見つけることは出来なかった...
「そうするには、サイトの与えてくれた希望があまりにも大き...
何かを思い出すように、アニエスは表情を緩めた。
「王政が幕を閉じ、あの方が晴れて自由の身になった朝のこと...
その日、アニエスが「陛下」と呼ばわると、彼女は不快そう...
『私はもう女王ではありません。今後は二度とそう呼ばないよ...
『ではなんとお呼びいたしましょうか』
アニエスが問うと、主は少しの間考えて、とても嬉しそうな...
『では、アンとお呼びなさい』
『アン様、ですか』
『ええ。それが一番好ましいわ』
そう答えた彼女の顔には、何かを懐かしむような、あるいは...
「何故彼女がアンと呼ばれたがったか、わたしはよく知ってい...
「どうしてですか?」
「彼女は一度、町娘に変装して、ある男と安宿でわずかな時間...
アニエスはどことなく憂鬱そうに目を細めた。
「遠い昔の話だ。その男はもうどこにもいない。ただ、アン様...
アニエスは軽く肩を竦めた。
「あまりあの方を軽蔑しないでほしい。せめて哀れみに留めて...
に全身全霊で愛してもらっていれば、ああはならなかったかも...
アニエスは肩越しに振り返る。その方向には、ルイズが暮ら...
「今日遠くからルイズを見て、わたしは改めてそう思った」
ティファニアが身を硬くしたのが分かったのか、アニエスは...
「最近、ルイズとは話していないのか?」
「ルイズさんは、わたしがここにいること自体知りませんから…...
「なるほどな。これで合点がいった」
「なにがですか」
アニエスは椅子の背にもたれながら、目を細めて小屋の中を...
「この狭苦しい小屋さ。最初見たとき、本当にこんなところで...
入ってみるとまるで監獄だ。そして、それは事実だったらしい」
視線がティファニアに戻ってきて、彼女を思いやり深く見据...
「なあティファニア。お前、強い罪悪感を持って生きてきたな...
その罰を受けるために生きているんだと、そう思って生きてき...
ティファニアはその視線から逃れるように俯いた。膝の上で...
「だがな、そんな必要はないと思うぞ」
驚いて顔を上げると、アニエスは穏やかな笑みを浮かべてい...
「わたしは今日、ルイズを見た。そして今日までずっと、アン...
口を開きかけたティファニアを、アニエスはやんわりと押し...
「別に、理屈としてどちらが正しいとか、人道的にどうだとい...
言い終えて、アニエスはぽつりと呟いた。
「それは、あの方とても同じだろうな」
と、突然小屋の扉がばたんと開き、険しい表情のアンリエッ...
「アニエス、帰りますよ」
出し抜けに言う。ティファニアには一瞥もくれない。
「おや、もうよろしいのですか? あれだけルイズとの歓談を...
「いい、もういいです。あんな馬鹿な女、どれだけ見ていたっ...
ティファニアへの辞去の挨拶もなしに、アンリエッタは荒々...
「と、いうわけだ。悪いが、お暇させてもらおう。あの方を一...
「一体、何があったんでしょう?」
戸口に立って、遠ざかるアンリエッタの背中を見ながら問う...
「大方予想はつく。ルイズがあまりにも幸せそうで、満ち足り...
アニエスの視線もまた、遠ざかっていく主の背中をとらえて...
「本当に、暖かくて優しい雰囲気を纏っていたからな、ルイズ...
遠目にもそれがわかるほどだったのだ。何か大きなものにずっ...
アニエスの瞳に哀れみの色が宿った。
「お気の毒な我が主。怒りも憎しみも熱を失い、唯一残されて...
淡々とした口調に、ティファイアは息を飲む。それに気付い...
「そんな顔をしないでくれ。私にとっては喜ばしいことさ。こ...
なんとも言えないティファニアに、アニエスは微笑みかけた。
「答えられんか。まあ今はいい。だがお前はいつかルイズに会...
そのとき、闇に落ちた森の中から、か細い怒鳴り声がかすか...
「アニエス、何をしているのですか! あなたが道を照らさな...
「申しわけありません、すぐに参ります!」
答えて、アニエスは外套の中からランプを取り出した。ニ、...
「ではな。楽しみにしているぞ」
そうして、彼女は何も残さず、主を追って闇の中に立ち去っ...
それから一ヶ月も経たない内に、アニエスからの手紙が届い...
「ティファニアへ。
昨日、アン様が亡くなった。病死だ。ルイズを見てご自身の...
安らかな死に様だった、とは言いがたい。ベッドに横たわっ...
彼女は死の直前、何かを探すように手を伸ばした。わたしが...
今、葬儀の準備の合間にこの手紙をしたためている。葬儀、...
少し、考える。彼女の人生は不幸なものだったのか、と。い...
だが、彼女は人生で一番満ち足りていた瞬間の思い出を抱い...
さて、我が主は逝ってしまったが、それを送るわたしもまた...
さらばだティファニア、我が友。お前がいつか、アン様と同...
文章の結びに、署名があった。迷いのない形のいい文字で、...
その後アニエスがどうなったのか、ティファニアは結局知ら...
後世、彼女本人ではなくアンリエッタ女王の足跡を辿った歴...
その手記は、アンリエッタ女王の真の姿を後世に伝える唯一...
アニエスとの再会を経て、ティファニアはタバサとの約束を...
だが、ティファニアは、ルイズよりも先に、彼女の一番近く...
#br
続き [[28-54]]不幸せな友人たち シエスタ
終了行:
前 [[27-606]]不幸せな友人たち ギーシュ
#br
不幸せな友人たち アニエス
ギーシュ・ド・グラモンらが処刑されてからほとんど間を置...
それは同時に、貴族という特権階級の消滅をも意味していた...
現在領主として領地の運営に当たっている貴族は、各地区で...
アンリエッタ女王が、新たに誕生した国民議会に政権を譲渡...
これには「それは旧領地の領民の過半数から支持を得られた...
「サイトも手紙でそうしてくれって書いてたし、あの人がちゃ...
ルイズはそんな風に笑っていたそうだ。
アンリエッタに反抗的だったり、地位を利用して私腹を肥や...
手紙の中の才人は平和な世の中を飛び回り、各地で困ってい...
タバサとの約束は、未だに果たせていない。
何度か決意して城に接近したことはあるのだが、彼女の目の...
何をするのが正しいのかは、分かっているつもりだ。それで...
そうして何も出来ぬまま、世の中が大きく変わってからニ十...
もはや男爵ではなくなったルイズだったが、領民は未だに彼...
才人はアルビオンにおり、未だ戦争の傷が癒えぬ地域で、復...
ティファニアが彼女の小屋に予期せぬ来客を迎えたのは、そ...
(愛しいルイズ。俺は今、アルビオンの片隅にある寂れた小都...
ティファニアがテーブルに向かって偽物の手紙を書き進めて...
「……ではアン様、歓談の準備が整い次第、お迎えに上がります...
「ええ。遅れないようにね、アニエス」
ゆっくりとした足音が近づいてくる。ティファニアは慌てて...
(誰だろう? この小屋に用事……よね、きっと。他には何もな...
だが、先程の話し声は明らかに聞き覚えがない。いや、先に...
(どうしよう。誰が何の目的で来たのか分からないし、留守の...
ティファニアがそんなことまで考えたとき、予想通りドアが...
ある程度予想できたのはここまでである。
「入りますよ」
返事を待つどころか、そもそも了解を得るつもりすらない言...
場違いに豪華なドレスを身に纏っている。肩の辺りで切り揃...
(誰だろう)
困惑するティファニアの前で、その老女は無遠慮に小屋の中...
胸にもやもやとした感じを覚えながら、ティファニアは目の...
「あの、どちら様でしょうか」
「あら、ごめんなさいね」
全く謝意の感じられない声音だ。
「私、アンリエッタ・ド・トリステインと申します」
そう名乗ったあと、白い手袋をつけた手で口元を覆い隠して...
「ああごめんなさい、こんな奥深いところに住んでいるんです...
胸の中のもやもやが、完全な不快感に転じた。
「いえ、知っていますよ。トリステイン王国の女王、アンリエ...
苛立ちを声音に出したつもりはなかったが、目の前の老女の...
「残念ですが、私はもう女王ではありません。今ではアルビオ...
「それでは……」
アンさんでいいのだろうか、と一度考えたが、さすがに元女...
「アン様、でよろしいですか?」
「ええ、それで結構です」
アンリエッタは満足げに頷き、何かを待つように悠然と腕を...
「とりあえずこちらに掛けて下さい」
テーブルの前に置いてある椅子を手で示したが、アンリエッ...
黙って椅子を引くと、アンリエッタは無言で椅子に座る。白...
「ええと、それで」
話を切り出そうとすると、「その前に」とアンリエッタは眉...
「町からここまで歩き通しで、喉が渇いたのですけれど。それ...
「すみません、そういったものは置いていなくて……水でよろし...
アンリエッタは信じられないことを聞いたとでも言うように...
「いりません。水など飲むぐらいなら我慢した方が……」
言いかけて、何かに気付いたように視線を止める。じろじろ...
「ごめんなさい、あなた、大層貧しい生活を送ってらっしゃる...
侮蔑と嘲弄の意図が滲み出ている口調だった。ティファニア...
(なんて嫌な人なんだろう)
なんの躊躇もなくそう思う。基本的に臆病で、心の中ですら...
「それで、アン様は、どういったご用件でこちらに?」
早く帰ってくれないだろうか、と思いながらも、表面には出...
「別に、この小さな小屋に用があったわけではありませんよ。...
アンリエッタの乾いた唇が、大きくつり上がる。ティファニ...
「大事な親友、ですか」
「ええ。あなたもよくご存知でしょう? とうに死んでしまっ...
一語一語に強い力を込めながら、アンリエッタは言う。
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールのことですよ」
ティファニアの背筋が震えた。目の前の老女への嫌悪感が、...
アンリエッタは馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「でも、あの子ったらちょうど体調を崩しているとかで、お付...
憎憎しげに言ったあと、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「まあでも、仕方ないかもしれませんね。こんな辺鄙な山の中...
突然、アンリエッタは目を見開いた。椅子の上で体をくの字...
「来ないで!」
「でも」
「大丈夫、わたしは、大丈夫です」
苦しげに喘ぎながら、アンリエッタが言う。皺と染みが目立...
「そうよ、わたしは人の助けなんかいらない。そんなに弱って...
怨嗟のこもった呟きは、途中で聞き取れなくなった。
アンリエッタはしばらくしてようやく顔を上げると、取り出...
「ごめんなさい、お見苦しいところをお見せしましたわね」
「いえ。あの、どこかお体をお悪く」
「そんなことはありませんよ。気遣いは無用です」
ぴしゃりと断定しながらも、アンリエッタの息は荒い。よく...
濃い化粧で巧妙に隠されているため、今の今まで気付かなかっ...
(それにしても)
息を整えているアンリエッタを見ながら、ティファニアは思...
(この人は、本当にアンリエッタ女王陛下なんだろうか)
直接見るのはこれが初めてだったが、彼女もまたルイズを取...
その記憶を頼りに考えれば、彼女と自分はさほど年が離れて...
(もしかして、ここに来てから四十年だと思っていたのはわた...
ティファニアがそう疑ってしまうぐらい、目の前の女性は実...
かつては白百合と讃えられたというその美貌は、艶を失った...
視線に気付いたのか、アンリエッタがこちらを見て不愉快そ...
「なんですか、人の顔をじろじろと」
「いえ……ごめんなさい、なんでもありません」
「失礼な……全く」
アンリエッタはぶつぶつと何やら低い声で文句を言っていた...
「あら、これはなんですか?」
アンリエッタは、部屋の隅に置いてあった長櫃の中から、手...
「『愛しいあなたへ』……ああ、ルイズからのお手紙ね」
皺だらけの顔に皮肉げな冷笑が浮かんだ。もう一枚、先程テ...
「そう言えば、あなたがサイト殿の振りをして、ルイズに手紙...
「アルビオンの片隅、未だ戦争の傷跡が癒えない地区で、復興...
「ふうん、そうなのですか」
アンリエッタは小ばかにした様子で言うと、何か汚いものに...
「馬鹿なルイズ。サイト殿はもうとっくにこの世を去られてい...
アンリエッタは口元を手で隠し、意地悪げに目を細めた。
「私があの子のところに行ったら、きっと嬉しそうに愛しいサ...
いかにも名案を思いついたという風に、アンリエッタは手を...
「いっそのこと、今日私が本当のことを教えてあげようかしら」
ティファニアが思わず立ち上がりかけると、アンリエッタは...
「安心なさい、軽い冗談です。最愛の人の死も忘れるような愚...
そう言いつつも、アンリエッタはその思い付きが心底気に入...
「でも、本当に今教えてあげたら、あの子一体どんな顔するか...
ここにはいないルイズを嘲笑い続けるアンリエッタの顔は、...
(どうやったら、こんなにも下劣な人間になることができるの...
ふとアンリエッタがこちらを見て、問いかけてきた。
「ねえ、あなたもそう思うでしょう?」
醜い老女が一歩、こちらに近づいてくる。ティファニアは椅...
「なにが、ですか?」
「ルイズのこと。愚かで哀れなあの女。ねえ、なんて無意味な...
嬉しそうな笑みを張りつけたまま、アンリエッタの顔が小さ...
「そう思うでしょう? あの女の人生は無意味でしょう、哀れ...
あなただって、そう思うでしょう? だって、あの子の記憶を...
アンリエッタの瞳に、羨望の色が混じる。
「なんて素敵なのかしら。記憶を奪う魔法だなんて。ねえ、楽...
恍惚とした笑みを浮かべるアンリエッタの前で、ティファニ...
頭の奥に鈍い痛みがある。視界がやけに狭くなっていた。朦朧...
――ねえ、楽しかったでしょう?
(違う、わたしは、この人とは、違う)
心の中で叫んでみるが、疑念は振り払えない。
――あの女の人生は無意味でしょう、哀れでしょう、何の価値...
悪意に満ちた言葉は、しかしすんなりと胸に入り込んでくる。
そうなのではないか、と思っている自分が、心のどこかにい...
都合のいい幻想に抱かれたまま、偽りの幸せの中で生きてい...
(この人は、わたしだ。だって、この人が言っている通りのこ...
アンリエッタを見ていて感じる醜さは、そのまま己の醜さで...
吐き気を催す光景だった。だが、ティファニアは見つめ続けた。
(そうだ、忘れてはいけない。わたしは、これぐらいに邪悪で...
そのとき、不意にアンリエッタが笑いを収めた。ティファニ...
不気味なほど静かだった。笑いを収めたアンリエッタは、何...
(一体、どうしたんだろう)
困惑したが、それも少しの間だけだった。アンリエッタはま...
「それにしても、ここは本当に何もないのですね。あら、これ...
ティファニアの体が激しく震えた。アンリエッタが興味を示...
(やめて、それに触らないで! 汚さないで!)
アンリエッタが青銅の置物に手を伸ばしかけたとき、ティフ...
そうならなかったのは、非常にいいタイミングで扉がノック...
「どうぞ」
言うと同時に扉が開き、一人の女性が姿を現す。
「失礼。アン様、歓談の準備が整ったそうです」
その女性が、小屋の中に足を踏み入れながら言った。ぴしり...
アンリエッタは置物に伸ばしかけていた手を引っ込めて、鼻...
「遅かったわね、アニエス」
「申し訳ありません、シエスタ……メイドが頑固だったもので、...
「当たり前です。あなたが草を払わなければ、ドレスが汚れて...
アンリエッタはテーブルに置いていた白手袋を着けなおすと...
その後に続いて、アニエスも出て行く。
しばらくして、従者の方だけが小屋に戻ってきた。既に日が...
「すまないな。アン様はお一人でルイズに会われることをお望...
申し訳なさそうに言うアニエスに、ティファニアは椅子を勧...
「ごめんなさい、お茶も出せないんですけど」
「構わんさ。ああ、だが少し喉が渇いていてな。水ぐらいはも...
ゆったりと椅子に腰掛けながら、アニエスが言う。ティファ...
「ありがとう。本当にすまないな、突然やってきて」
器を傾けるアニエスを改めて見て、ティファニアは深い安堵...
やや堅苦しい外套に包まれた背筋は、ぴしりと伸びている。...
髪も取り立てて言うほど白くはなっておらず、染み一つない顔...
いきすぎなぐらい年老いていた主に比べて、元近衛隊長でも...
「さて、改めて……久しぶりだな、ティファニア」
気さくに言ったあと、何かに気付いたように苦笑する。
「と言っても、そちらにとってわたしは四十年前に少し会った...
「はい、もちろんです、アニエスさん」
ティファニアにとっては、才人やルイズと同じく、ほぼ初め...
「アニエスさんこそ、よくわたしのことを覚えてらっしゃいま...
「それはまあ、な。ハーフエルフというだけあってあのころと...
ティファニアの胸をちらりと見て言ったあとで、「それに」...
「ルイズのことで、シエスタと連絡を取り合っていたんだ。お...
アニエスはすっと立ち上がり、おもむろに右手を差し出した...
「わたしのことを、恨んではいないか?」
「どうしてですか?」
予期せぬ問いかけに驚くと、アニエスは短く答えた。
「グラモン卿のことさ」
「ギーシュさん……いえ、彼は自分の意志で行動していましたし...
実際、ギーシュのことを思うと少し複雑だったが、やはり恨...
「アン様のこと、すまなかったな。不快な思いをしただろう」
「ひょっとして、ずっと小屋の外で聞かれてたんですか?」
「いや。だが、何があったかは大体分かるさ」
唇の片端が皮肉っぽくつり上がった。
「誰にでもあんな態度なんだ、あの方は」
ここで先程どんなやり取りが交わされたのか、大体把握でき...
「昔はあそこまでひどくはなかったんだがな。せいぜい冷たい...
王政に対して抱いていた狂おしい怒りと憎しみが矛先を失くし...
アニエスはふと、何かに気付いたように苦笑して首筋をかい...
「すまんすまん、こんなことを言ってもお前には何のことだか...
そう言いながら、目を細くして小屋の中を見回す。
「お前もこの四十年間、一人の人間のために苦労を重ねてきた...
「いえ、わたしは、そんな」
ティファニアは迷った。自分が重ねてきたのは苦労などでは...
「なあ」
椅子をかすかに傾け、胸の上で手を組んだアニエスが、不意...
「アン様がどうして今頃になってこの土地を訪れたがったのか...
「いえ、わたしにはよく……」
「あの方は、もう長くはないんだ」
体をくの字に折って激しく咳き込むアンリエッタの姿が、テ...
「ではやはり、ご病気なのですか?」
「さあな……どこもかしこも悪いんじゃないだろうか。分からな...
そう言ったあとで、アニエスはくぐもった笑い声を漏らした。
「いや、医者だけではないか。私にすら、体を触られることだ...
アニエスの瞳に探るような色が浮かぶ。ティファニアは困惑...
「誰、と言われても……ルイズさんですか?」
アニエスは肩を揺すって笑った。
「まさか。ルイズに触られるのは、他の誰に触られるよりも嫌...
ティファニアは目を見開いた。一人の少年の笑顔が、頭の中...
「まさか、その人って」
アニエスは目を閉じ、深々と頷いた。
「そう、サイトだ。サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ。アル...
どことなく皮肉っぽい言い回しだ。ティファニアは困惑した。
「でも、どうしてですか? サイトは、女王様のことなんてあ...
「だからこそ、なおさらだろうな。そのわずかな繋がりに、あ...
アニエスは片目を開いて、静かにティファニアを見た。
「そんな男が、自分からは遠く離れたところで、知らない間に...
体が震えた。アンリエッタのルイズに対する激しい敵意の源...
「でも、それじゃあ」
混乱しながら、ティファニアは問いかけた。
「彼女はどうして、今さらルイズさんに会いたいと?」
「確かめたくなったんだろうさ」
「確かめる……何を?」
「自分という人間が、ルイズよりも勝っているということをだ」
アニエスは胸の上で手を組みかえながら言った。
「あの方はルイズにサイトの死を忘れさせ、偽りの幻想の中に...
「それじゃあ、やっぱり彼女は、ルイズさんに真実を教えるつ...
一瞬、あの老女を行かせたことを後悔しかける。だが、アニ...
「それはない。ありえない」
「どうしてそう言いきれるんですか?」
「ルイズが記憶を取り戻したら、サイトの最後の言葉も思い出...
アニエスは、どこかやりきれない様子で息をついた。
「あの方にとっては、期待していた通りの結果にはならんだろ...
「どういうことですか?」
「見ていれば分かる。どうせ、あの方は自分から息せき切らし...
アニエスは肩を竦めた。
「これで、あの方のことを少しは分かってもらえたと思うが」
探るような瞳がティファニアを見つめた。
「お前としては、どうだ? あの方のことを、どう思う?」
ティファニアは俯き、己の心を探った。アンリエッタの心情...
「悲しい人だと思います。自分の感情を制御できずに、周りに...
同時に、不思議な人だとも思った。彼女に対する感情は、短...
不快に思えたり、哀れに思えたり……ひょっとしたら、目の前の...
「でも、どうしてでしょう。どうして彼女は、そうまでサイト...
彼のことを忘れて、新たな愛情を見つけることは出来なかった...
「そうするには、サイトの与えてくれた希望があまりにも大き...
何かを思い出すように、アニエスは表情を緩めた。
「王政が幕を閉じ、あの方が晴れて自由の身になった朝のこと...
その日、アニエスが「陛下」と呼ばわると、彼女は不快そう...
『私はもう女王ではありません。今後は二度とそう呼ばないよ...
『ではなんとお呼びいたしましょうか』
アニエスが問うと、主は少しの間考えて、とても嬉しそうな...
『では、アンとお呼びなさい』
『アン様、ですか』
『ええ。それが一番好ましいわ』
そう答えた彼女の顔には、何かを懐かしむような、あるいは...
「何故彼女がアンと呼ばれたがったか、わたしはよく知ってい...
「どうしてですか?」
「彼女は一度、町娘に変装して、ある男と安宿でわずかな時間...
アニエスはどことなく憂鬱そうに目を細めた。
「遠い昔の話だ。その男はもうどこにもいない。ただ、アン様...
アニエスは軽く肩を竦めた。
「あまりあの方を軽蔑しないでほしい。せめて哀れみに留めて...
に全身全霊で愛してもらっていれば、ああはならなかったかも...
アニエスは肩越しに振り返る。その方向には、ルイズが暮ら...
「今日遠くからルイズを見て、わたしは改めてそう思った」
ティファニアが身を硬くしたのが分かったのか、アニエスは...
「最近、ルイズとは話していないのか?」
「ルイズさんは、わたしがここにいること自体知りませんから…...
「なるほどな。これで合点がいった」
「なにがですか」
アニエスは椅子の背にもたれながら、目を細めて小屋の中を...
「この狭苦しい小屋さ。最初見たとき、本当にこんなところで...
入ってみるとまるで監獄だ。そして、それは事実だったらしい」
視線がティファニアに戻ってきて、彼女を思いやり深く見据...
「なあティファニア。お前、強い罪悪感を持って生きてきたな...
その罰を受けるために生きているんだと、そう思って生きてき...
ティファニアはその視線から逃れるように俯いた。膝の上で...
「だがな、そんな必要はないと思うぞ」
驚いて顔を上げると、アニエスは穏やかな笑みを浮かべてい...
「わたしは今日、ルイズを見た。そして今日までずっと、アン...
口を開きかけたティファニアを、アニエスはやんわりと押し...
「別に、理屈としてどちらが正しいとか、人道的にどうだとい...
言い終えて、アニエスはぽつりと呟いた。
「それは、あの方とても同じだろうな」
と、突然小屋の扉がばたんと開き、険しい表情のアンリエッ...
「アニエス、帰りますよ」
出し抜けに言う。ティファニアには一瞥もくれない。
「おや、もうよろしいのですか? あれだけルイズとの歓談を...
「いい、もういいです。あんな馬鹿な女、どれだけ見ていたっ...
ティファニアへの辞去の挨拶もなしに、アンリエッタは荒々...
「と、いうわけだ。悪いが、お暇させてもらおう。あの方を一...
「一体、何があったんでしょう?」
戸口に立って、遠ざかるアンリエッタの背中を見ながら問う...
「大方予想はつく。ルイズがあまりにも幸せそうで、満ち足り...
アニエスの視線もまた、遠ざかっていく主の背中をとらえて...
「本当に、暖かくて優しい雰囲気を纏っていたからな、ルイズ...
遠目にもそれがわかるほどだったのだ。何か大きなものにずっ...
アニエスの瞳に哀れみの色が宿った。
「お気の毒な我が主。怒りも憎しみも熱を失い、唯一残されて...
淡々とした口調に、ティファイアは息を飲む。それに気付い...
「そんな顔をしないでくれ。私にとっては喜ばしいことさ。こ...
なんとも言えないティファニアに、アニエスは微笑みかけた。
「答えられんか。まあ今はいい。だがお前はいつかルイズに会...
そのとき、闇に落ちた森の中から、か細い怒鳴り声がかすか...
「アニエス、何をしているのですか! あなたが道を照らさな...
「申しわけありません、すぐに参ります!」
答えて、アニエスは外套の中からランプを取り出した。ニ、...
「ではな。楽しみにしているぞ」
そうして、彼女は何も残さず、主を追って闇の中に立ち去っ...
それから一ヶ月も経たない内に、アニエスからの手紙が届い...
「ティファニアへ。
昨日、アン様が亡くなった。病死だ。ルイズを見てご自身の...
安らかな死に様だった、とは言いがたい。ベッドに横たわっ...
彼女は死の直前、何かを探すように手を伸ばした。わたしが...
今、葬儀の準備の合間にこの手紙をしたためている。葬儀、...
少し、考える。彼女の人生は不幸なものだったのか、と。い...
だが、彼女は人生で一番満ち足りていた瞬間の思い出を抱い...
さて、我が主は逝ってしまったが、それを送るわたしもまた...
さらばだティファニア、我が友。お前がいつか、アン様と同...
文章の結びに、署名があった。迷いのない形のいい文字で、...
その後アニエスがどうなったのか、ティファニアは結局知ら...
後世、彼女本人ではなくアンリエッタ女王の足跡を辿った歴...
その手記は、アンリエッタ女王の真の姿を後世に伝える唯一...
アニエスとの再会を経て、ティファニアはタバサとの約束を...
だが、ティファニアは、ルイズよりも先に、彼女の一番近く...
#br
続き [[28-54]]不幸せな友人たち シエスタ
ページ名: