ゼロの使い魔保管庫
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前 [[28-43]]不幸せな友人たち アニエス
#br
不幸せな友人たち シエスタ
アニエスとの再会から、十九年目の初冬のこと。
深夜、剣の城にいるジュリアンから、火急の報せが届いた。
彼の姉であるシエスタの命が、もうあとわずかだというので...
ついにこの日が来たか、と思いながら、ティファニアは手紙...
雪深い森の中を注意深く急ぎながら、五十九年という歳月に...
人が老いるには、十分すぎるほど長い時間だった。
「ああ、ティファニアさん。ようこそおいでくださいました」
ランプを片手に持って城の裏口のそばに立っていたジュリア...
「シエスタさんの容態は、どうなんですか?」
訊ねると、ジュリアンはわずかに目を伏せた。
「よくありません。おそらく、今夜には……」
声音は不思議なほど落ち着いていた。この地にやってきたと...
ティファニアは明りの灯る剣の城に目を移しながら訊ねた。
「ルイズさんは、まだ起きていらっしゃるのですか?」
「いえ。奥様も、あまり体調がよろしくありませんから。それ...
つまり、城の中でルイズと鉢合わせする危険はないというこ...
死の床にあるシエスタの心を、無意味に乱したくはなかった。
「では、行きましょう。姉の部屋に案内いたします」
裏口の扉を開け、ランプを持ったジュリアンが先に立って歩...
と、先を歩いていたジュリアンが、ある角を曲がりかけたと...
「どうしたんですか?」
小声で問いかけると、ジュリアンは「しっ」と人差し指を口...
「廊下の向こうから、奥様が歩いてきます」
ティファニアは息を飲んだ。起きて、話をするルイズが、こ...
「寝ていたはずでは……」
「お優しい奥様のことです、姉の容態が気にかかって、起きて...
「分かりました」
ティファニアが頷くと、ジュリアンは服についた雪を払って...
「おや奥様、お休みになられたはずでは」
「ああ、ジュリアン」
ティファニアの背筋に震えが走った。今のが、ルイズの声だ。
「いけませんよ、奥様だってそれ程健康とは言えないのですか...
「シエスタはわたしの大事な友達なのよ。サイトもいないし、...
目頭が痺れたように熱くなり、涙が零れそうになるのを、必...
ティファニアは今すぐ駆け出して、彼女の前に姿を現したい...
「いけません。これで奥様の体調が悪化したら、わたしが姉に...
「でも、わたしには分かるの。シエスタは今、死の淵にいるわ...
最後の言葉、という単語が、ティファニアの胸に突き刺さる...
「それなら、姉の容態が悪化したらお呼びいたしますから、ど...
「分かったわ。ごめんなさいね、あなただってシエスタのそば...
「いえ……さあ、お部屋までお送りいたします」
二つの落ち着いた足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。ティ...
二人が立ち去ってから少し時間を置いて、ティファニアは歩...
から、黙ってゆっくりと部屋のドアを開けた。
部屋に入ってみて、まず物の少なさに驚いた。小さなテーブ...
(ああ、そうか。ここは、わたしの小屋の中によく似ているん...
殺風景な部屋にティファニアが驚いていると、不意にか細く...
「ジュリアン?」
ティファニアは慌てて後ろ手にドアを閉めた。
「いえ、わたしです、ティファニアです」
声に答えながら、ベッドのそばに歩み寄る。
シエスタとは、この五十九年間連絡を絶やしたことはない。...
にも関わらず、ランプのおぼろげな明りに浮かび上がった彼...
かつては黒く艶やかだった髪は、すっかり白くなった上にと...
「ああ、ティファニアさん。お待ちしておりましたよ」
彼女は体を起こそうとしたらしく、かすかに顔をしかめた。...
「いえ、そのままで大丈夫ですから。ご無理をなさらないでく...
「すみませんね」
言葉は短く、苦しげだった。
「本当に、すみませんね、ティファニアさん」
「何がですか?」
「こんなことに、無駄に歳月を費やさせてしまって……わたしの...
ティファニアは驚いた。彼女の口から自分に対する謝罪を聞...
「いえ、恨んでなんかいません。わたしだって、自分でこの道...
キュルケやタバサ、ギーシュの顔が頭に思い浮かぶ。シエス...
「でも、わたしがあんな提案をしなければ、思いつきもしなか...
「それは……そうかも、しれませんけど」
「いいんですよ、あなたには何の罪もありません……悪いのは、...
「いえ。でも、声は聞きました」
「優しくて、暖かかったでしょう」
シエスタは満足げに息を吐いた。
「そして何より、彼女は今も幸せです。今だけでなく、この五...
ん。本当に感謝しています」
ティファニアには、なんと答えていいのか分からなかった。...
「でもねティファニアさん。本当は、わたしが一番幸せだった...
驚いてシエスタを見ると、皺だらけの顔に穏やかな微笑が浮...
「夢を見ているような気分でした。三日置きに梟が手紙を持っ...
たり、無事だったと分かって抱き合って喜んだり……真相を知っ...
そう言ってから、少し不思議そうに問いかける。
「ねえ、どうして、あんな手紙を書くことができたんですか?」
「分かりません」
ティファニアは正直に答えた。この五十九年間、手紙の文面...
「そう。ひょっとしたら、サイトさんの魂が、わたしたちに力...
それはあまりに都合が良すぎる解釈なのではないか、とティ...
「ごめんなさいね、あなた自身は、そんな風には考えられない...
すもの。きっと、わたしがしたことも許し、受け入れてくださ...
「そうかも、しれませんね」
ティファニアは迷いながらも頷いた。確かに、才人が自分達...
そんなティファニアを見上げていたシエスタが、不意に目を...
「ねえ、わたし、本当に夢を見ていたのではないのかしら?」
ティファニアが驚いて見返すと、シエスタもまた、食い入る...
「だって、あなたの姿、昔と少しも変わらないんだもの。わた...
も変わらずに笑っているんでしょう? ねえ、そうなんでしょ...
懇願するような問いかけに、ティファニアは一瞬頷きそうに...
「いいえ、夢なんかじゃありません。サイトはあの日死にまし...
永遠に終わらぬ罰を受けることになるでしょう。夢なんかじゃ...
一言一言、強く言葉を絞り出す。死の際にあって、シエスタ...
彼女がどんな思いを抱いていたとしても、罪は罪なのだ。実行...
シエスタはさほど傷ついたようには見えなかった。それどこ...
「そうですね、ありがとう、ティファニアさん。おかげでわた...
シエスタは目を見開き、口元に狂おしい笑みを張りつけたま...
「ああ、サイト、サイトさん」
愛しい人の名を呼ぶ彼女の声音は、気分が悪くなるほどに情...
「わたし、やりとげましたよ。あなたの残した言葉どおり、あ...
感極まった叫びの後、彼女の腕が力を失い、ゆっくりとベッ...
目を見開き口元に笑みを張りつけたまま、死に顔は虚ろだっ...
彼女は、今わの際に才人に会うことができたのだろうか。そ...
どちらとも、判断がつかなかった。
ティファニアの背後で、扉が開いた。ジュリアンが静かな足...
「姉は、逝きましたか」
「ええ」
短いやり取りのあと、ジュリアンはティファニアの隣に立っ...
「わたしにとっては、ただ優しい姉でした。その優しさを振り...
ティファニアは何も答えられなかった。わずかな沈黙のあと...
「あなたは、これからどうなさるのですか」
「どう、と言いますと」
「みんな、死んでしまいました。奥様を取り巻く嘘の周りにい...
その言葉を聞いて、ティファニアは自分が本当に一人になっ...
もう、誰もいない。残っているのは、この五十九年間、必死...
「分かりません」
またポケットのナイフを握りながら、ティファニアは答えた。
「分かりません」
ジュリアンは何も言わず、黙って姉の死に顔を見つめていた。
シエスタの葬儀は、ひっそりと行われたらしい。参列したの...
冬が過ぎ、春になった。この土地に来てから、ちょうど六十...
ティファニアは帽子を被って森から抜け出し、町へ出た。
彼女らがこの土地に来たころとは比べ物にならないほど、町...
人々の明るい笑い声が飛び交う中、ティファニアは一軒の店...
「とてもよくお似合いですよ」
店員が言う。ティファニアは硬い声で即答した。
「いいえ、全然似合っていません」
ティファニアの答えに困惑する店員に代金を払って、店を出...
片隅に立てられているシエスタの墓標の前で手を合わせたあと...
半年前、シエスタが死んで以降、ルイズの体調は日に日に悪...
(今日こそ、ルイズさんに会おう。彼女に真実を知らせるため...
町より高い場所に建つ剣の城を見上げながら、ティファニア...
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続き [[28-59]]不幸せな友人たち 再び、ティファニア
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不幸せな友人たち シエスタ
アニエスとの再会から、十九年目の初冬のこと。
深夜、剣の城にいるジュリアンから、火急の報せが届いた。
彼の姉であるシエスタの命が、もうあとわずかだというので...
ついにこの日が来たか、と思いながら、ティファニアは手紙...
雪深い森の中を注意深く急ぎながら、五十九年という歳月に...
人が老いるには、十分すぎるほど長い時間だった。
「ああ、ティファニアさん。ようこそおいでくださいました」
ランプを片手に持って城の裏口のそばに立っていたジュリア...
「シエスタさんの容態は、どうなんですか?」
訊ねると、ジュリアンはわずかに目を伏せた。
「よくありません。おそらく、今夜には……」
声音は不思議なほど落ち着いていた。この地にやってきたと...
ティファニアは明りの灯る剣の城に目を移しながら訊ねた。
「ルイズさんは、まだ起きていらっしゃるのですか?」
「いえ。奥様も、あまり体調がよろしくありませんから。それ...
つまり、城の中でルイズと鉢合わせする危険はないというこ...
死の床にあるシエスタの心を、無意味に乱したくはなかった。
「では、行きましょう。姉の部屋に案内いたします」
裏口の扉を開け、ランプを持ったジュリアンが先に立って歩...
と、先を歩いていたジュリアンが、ある角を曲がりかけたと...
「どうしたんですか?」
小声で問いかけると、ジュリアンは「しっ」と人差し指を口...
「廊下の向こうから、奥様が歩いてきます」
ティファニアは息を飲んだ。起きて、話をするルイズが、こ...
「寝ていたはずでは……」
「お優しい奥様のことです、姉の容態が気にかかって、起きて...
「分かりました」
ティファニアが頷くと、ジュリアンは服についた雪を払って...
「おや奥様、お休みになられたはずでは」
「ああ、ジュリアン」
ティファニアの背筋に震えが走った。今のが、ルイズの声だ。
「いけませんよ、奥様だってそれ程健康とは言えないのですか...
「シエスタはわたしの大事な友達なのよ。サイトもいないし、...
目頭が痺れたように熱くなり、涙が零れそうになるのを、必...
ティファニアは今すぐ駆け出して、彼女の前に姿を現したい...
「いけません。これで奥様の体調が悪化したら、わたしが姉に...
「でも、わたしには分かるの。シエスタは今、死の淵にいるわ...
最後の言葉、という単語が、ティファニアの胸に突き刺さる...
「それなら、姉の容態が悪化したらお呼びいたしますから、ど...
「分かったわ。ごめんなさいね、あなただってシエスタのそば...
「いえ……さあ、お部屋までお送りいたします」
二つの落ち着いた足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。ティ...
二人が立ち去ってから少し時間を置いて、ティファニアは歩...
から、黙ってゆっくりと部屋のドアを開けた。
部屋に入ってみて、まず物の少なさに驚いた。小さなテーブ...
(ああ、そうか。ここは、わたしの小屋の中によく似ているん...
殺風景な部屋にティファニアが驚いていると、不意にか細く...
「ジュリアン?」
ティファニアは慌てて後ろ手にドアを閉めた。
「いえ、わたしです、ティファニアです」
声に答えながら、ベッドのそばに歩み寄る。
シエスタとは、この五十九年間連絡を絶やしたことはない。...
にも関わらず、ランプのおぼろげな明りに浮かび上がった彼...
かつては黒く艶やかだった髪は、すっかり白くなった上にと...
「ああ、ティファニアさん。お待ちしておりましたよ」
彼女は体を起こそうとしたらしく、かすかに顔をしかめた。...
「いえ、そのままで大丈夫ですから。ご無理をなさらないでく...
「すみませんね」
言葉は短く、苦しげだった。
「本当に、すみませんね、ティファニアさん」
「何がですか?」
「こんなことに、無駄に歳月を費やさせてしまって……わたしの...
ティファニアは驚いた。彼女の口から自分に対する謝罪を聞...
「いえ、恨んでなんかいません。わたしだって、自分でこの道...
キュルケやタバサ、ギーシュの顔が頭に思い浮かぶ。シエス...
「でも、わたしがあんな提案をしなければ、思いつきもしなか...
「それは……そうかも、しれませんけど」
「いいんですよ、あなたには何の罪もありません……悪いのは、...
「いえ。でも、声は聞きました」
「優しくて、暖かかったでしょう」
シエスタは満足げに息を吐いた。
「そして何より、彼女は今も幸せです。今だけでなく、この五...
ん。本当に感謝しています」
ティファニアには、なんと答えていいのか分からなかった。...
「でもねティファニアさん。本当は、わたしが一番幸せだった...
驚いてシエスタを見ると、皺だらけの顔に穏やかな微笑が浮...
「夢を見ているような気分でした。三日置きに梟が手紙を持っ...
たり、無事だったと分かって抱き合って喜んだり……真相を知っ...
そう言ってから、少し不思議そうに問いかける。
「ねえ、どうして、あんな手紙を書くことができたんですか?」
「分かりません」
ティファニアは正直に答えた。この五十九年間、手紙の文面...
「そう。ひょっとしたら、サイトさんの魂が、わたしたちに力...
それはあまりに都合が良すぎる解釈なのではないか、とティ...
「ごめんなさいね、あなた自身は、そんな風には考えられない...
すもの。きっと、わたしがしたことも許し、受け入れてくださ...
「そうかも、しれませんね」
ティファニアは迷いながらも頷いた。確かに、才人が自分達...
そんなティファニアを見上げていたシエスタが、不意に目を...
「ねえ、わたし、本当に夢を見ていたのではないのかしら?」
ティファニアが驚いて見返すと、シエスタもまた、食い入る...
「だって、あなたの姿、昔と少しも変わらないんだもの。わた...
も変わらずに笑っているんでしょう? ねえ、そうなんでしょ...
懇願するような問いかけに、ティファニアは一瞬頷きそうに...
「いいえ、夢なんかじゃありません。サイトはあの日死にまし...
永遠に終わらぬ罰を受けることになるでしょう。夢なんかじゃ...
一言一言、強く言葉を絞り出す。死の際にあって、シエスタ...
彼女がどんな思いを抱いていたとしても、罪は罪なのだ。実行...
シエスタはさほど傷ついたようには見えなかった。それどこ...
「そうですね、ありがとう、ティファニアさん。おかげでわた...
シエスタは目を見開き、口元に狂おしい笑みを張りつけたま...
「ああ、サイト、サイトさん」
愛しい人の名を呼ぶ彼女の声音は、気分が悪くなるほどに情...
「わたし、やりとげましたよ。あなたの残した言葉どおり、あ...
感極まった叫びの後、彼女の腕が力を失い、ゆっくりとベッ...
目を見開き口元に笑みを張りつけたまま、死に顔は虚ろだっ...
彼女は、今わの際に才人に会うことができたのだろうか。そ...
どちらとも、判断がつかなかった。
ティファニアの背後で、扉が開いた。ジュリアンが静かな足...
「姉は、逝きましたか」
「ええ」
短いやり取りのあと、ジュリアンはティファニアの隣に立っ...
「わたしにとっては、ただ優しい姉でした。その優しさを振り...
ティファニアは何も答えられなかった。わずかな沈黙のあと...
「あなたは、これからどうなさるのですか」
「どう、と言いますと」
「みんな、死んでしまいました。奥様を取り巻く嘘の周りにい...
その言葉を聞いて、ティファニアは自分が本当に一人になっ...
もう、誰もいない。残っているのは、この五十九年間、必死...
「分かりません」
またポケットのナイフを握りながら、ティファニアは答えた。
「分かりません」
ジュリアンは何も言わず、黙って姉の死に顔を見つめていた。
シエスタの葬儀は、ひっそりと行われたらしい。参列したの...
冬が過ぎ、春になった。この土地に来てから、ちょうど六十...
ティファニアは帽子を被って森から抜け出し、町へ出た。
彼女らがこの土地に来たころとは比べ物にならないほど、町...
人々の明るい笑い声が飛び交う中、ティファニアは一軒の店...
「とてもよくお似合いですよ」
店員が言う。ティファニアは硬い声で即答した。
「いいえ、全然似合っていません」
ティファニアの答えに困惑する店員に代金を払って、店を出...
片隅に立てられているシエスタの墓標の前で手を合わせたあと...
半年前、シエスタが死んで以降、ルイズの体調は日に日に悪...
(今日こそ、ルイズさんに会おう。彼女に真実を知らせるため...
町より高い場所に建つ剣の城を見上げながら、ティファニア...
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