ゼロの使い魔保管庫
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Funny Bunny 1 [[205]]氏
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椅子を蹴る音が、部屋の中に大きく響き渡る。
「ちょっと、それ、どういう意味ですの!?」
ケティは丸テーブルに手を突きながら叫んだ。テーブルの周...
「落ち着いて、ケティ」
か細い声でぼそりと呟きながら、正面に座ったアメリィが静...
「そうそう。騒ぐほどのことじゃないって」
コルク栓つきの試験管を右手で絶え間なく振り続けながら、...
「怒ると将来皺が増えちゃいますよー?」
小さなやすりで丁寧に爪の形を整えながら、左に座ったエリ...
彼女らが魔法学院の二年生に進級して、まだ三ヶ月も経って...
三人の友人たちを順繰りに見回しながら、ケティは声を震わ...
「皆さん、一体何を考えてらっしゃるの」
腰に両手を当てて、怒鳴る。
「サイト様を追いかけるのは、もう止めるだなんて!」
「悪いとは思うけどさ」
コゼットは椅子の上で胡坐をかきながら、右手に持った試験...
「ちょっと、こっちの方が忙しくなってきてて」
「こっちの方って、その試験管ですか?」
「そ。新しい薬。思ったよりも時間がかかるみたいで、これず...
説明している間も、コゼットはずっと試験管を振り続けてい...
「どうしてそんな面倒な薬を調合なさってるんです?」
「理想の栄養剤を作ろうと思って、いろいろ試してるんだよ。...
「薬好きもここまで来ると立派ですねえ」
無邪気に感心するエリアの隣で、アメリィが少し俯きつつ、...
「でも、お風呂ぐらいは入ったほうがいいと思う」
「仕方ねーじゃん、これ放っておいたらどうなるか分かんない...
彼女が無遠慮に赤い髪を掻き回すと、盛大にフケが飛び散っ...
「もう三日も振り続けなんだけどねー。そろそろ出来上がって...
「三日ですって!? まさか、その間一睡もしてないんですの...
ケティが叫ぶと、コゼットは「そうだよー」とのんびり返事...
「コゼット、あなた、そんなことしていたらその内倒れますわ...
「大丈夫だよ。昔、薬の材料になる虫採取しに行ったとき、五...
「まさか、食事も取っていないんですの?」
「水は飲んでるから大丈夫だよ」
「その理屈が分かりませんわ」
溜息をつくケティの前で、コゼットは顔に疲労の色を滲ませ...
「心配すんなって、これが完成したらちゃんと寝るからさ。き...
「コゼっちは相変わらずワイルドですわー。とても貴族の娘と...
柔らかい銀髪に指を絡ませながら、エリアが小さく首を傾げ...
「ちゃんと眠らないと肌が荒れるわ」
「そんなんどうでもいいよ、あたしの肌がきれいになろうが荒...
素っ気なく返すコゼットに、アメリィはぼそぼそと小さな声...
「ううん。コゼットは、ちゃんとお洒落すれば綺麗になる」
「ですよねー。仕草が粗暴なのはともかく顔立ちは悪くありま...
エリアは細い顎に白い指を当てて、悪戯っぽく微笑んだ。
「なんだったらわたしがお化粧して差し上げましょうか? い...
「いらないよそんなの。どうせ森行って薬の材料採取してれば...
胡坐をかいた膝の上で頬杖をつきながら、コゼットは相変わ...
「化粧だったらアメリィにしてやんなよ。実は可愛いんだから」
「わたしはいい。ブスだから」
両手で包むようにティーカップを握りながら、アメリィが恥...
長く黒い前髪が顔にかかって、表情が見えなくなった。
「アメりんったら、ネガティヴ思考はダメですよー」
立ち上がったエリアがアメリィの背後に回りこみ、長い前髪...
「エリア、やめて」
「えー、でも、こんなに可愛いおめめなのに、隠したら勿体な...
「ちょっと、あなたたち」
ケティは声を張り上げて、騒ぎ始めた友人たちを黙らせた。
「まだ、わたしの質問に答えてもらっていないんですけれど」
「あー、サイト様の追っかけを止める件ですかー?」
間延びした口調で言いながら、エリアがちろっと舌を出す。
「ごめんなさいねー。わたし、ちょっとお友達が多くなりすぎ...
「友だちって、あなた」
妖精のように可愛らしい顔立ちの友人を見て、ケティは頬を...
「まさか、また増えたんですの?」
「あ」
乱れた前髪を元に戻していたアメリィが、何かに気付いたよ...
「エリア、首の後ろにキスマークがついてる」
「あら、本当ですか?」
さして動揺した風もなく、エリアがうなじの辺りの手を当て...
「いやだわ、ルイったら本当に独占欲が強いんだもの」
「ちょっと待て」
この話題が始まってから、初めてコゼットが試験管から目を...
「その名前、初めて聞いたぞ」
「あら?」
「ミシェルにパスカル、マクシム、ジャン、クロード……昨日ま...
「あらら、よく覚えてますねー、コゼっちったら。見かけに反...
「誤魔化すなっての」
コゼットは試験管を振るのを再開しながら、深々と溜息をつ...
「ったく。あんたって奴は、放っておいたら何人でも相手作る...
ぼやきながら、左手で赤い髪をかき乱す。またも飛び散るフ...
「友だちとして一応言っておくけど、くれぐれも修羅場になら...
「大丈夫ですよ」
人形のように愛らしい顔でにっこりと笑いながら、エリアは...
「皆さん、自由奔放な方々ばかりですから。わたしが他に何人...
「そういうのは自由じゃなくて、貞操観念が緩いとか適当すぎ...
「結構なことじゃありませんか。そのおかげで、わたしも危険...
エリアは小さな両手を一杯に広げて突き出し、コゼットに笑...
「避妊薬、くださいな」
「ほらよ」
仏頂面のコゼットが、左手をスカートのポケットに突っ込ん...
「ありがとうございます。コゼっちの薬は市販のより信用でき...
「おだてたって、あんたの生き方を褒めたりはしねえぞ」
「分かってますよ。お代は将来まとめてお支払いしますから」
「いらないって。あたしは単に、友だちが妊娠して学院を退学...
「あら、それはよかった。わたしたちの熱い友情に感謝しまし...
邪気のない口調で言いつつ、エリアは再びケティの方に向き...
「とにかく、そういうわけですので、わたし、もうサイトさま...
言葉では謝りつつも、あまり悪びれない軽い口調である。そ...
悔しさに歯軋りしたくなる気持ちを堪えて、ケティはアメリ...
「ごちそうさまでした」
「ちょっと、アメリィ」
声をかけると、アメリィはゆっくりとこちらに顔を向けた。...
「なに、ケティ」
「あなたは、どういった事情があってサイトさまの追っかけを...
「別に、理由なんて」
アメリィはケティの視線をおそれるように顔を伏せて、叱ら...
「わたしは元々、みんなが騒いでいたからそれに付き合ってい...
「じゃあ、みんなが止めると言ったから、自分も止めると仰る...
「うん」
すんなり頷くアメリィに、ケティは一瞬絶句してしまった。...
「ねえアメリィ、よく思い出してみて? サイトさまって、と...
「優しそうだとは思うけど、顔だったらギーシュさまの方が綺...
「そこで名前出されるのは微妙に嫌なんだけど」
口を挟んできたコゼットは無視して、ケティはなおも食い下...
「でもほら、あの空飛ぶ機械を操縦していらっしゃるところと...
「機械のことはよく分からないし、剣を振ってる人は乱暴に見...
「だけど」
「それに」
アメリィは今までより少しだけ大きな声でケティの話を遮る...
「わたしには、これがあればいいから」
白すぎて不健康にすら見える手を、そっと開く。中には小石...
「わあ、すごいですねアメりん。今までで一番大きな宝石です...
「うん。今朝、ようやく作れたの」
満足げに頷きながら、アメリィは手の中の宝石に顔を向けて...
「いいなあ。ねえアメリィ、今度わたしにも、何か宝石を作っ...
「うん。エリアだったら、指輪にしてもイヤリングにしても似...
仲睦まじく話す二人の横では、コゼットが相変わらず気難し...
なんだか急に自分が一人ぼっちになったような孤独感を覚え...
「劇薬」のコゼット、「貴石」のアメリィ、「妖風」のエリ...
収まりの悪い赤い髪と少しばかり目つきの悪い顔に、貴族と...
黒く長い髪で目元を隠し、いつも俯き加減に宝石を見つめて...
柔らかく細やかな銀髪と、持って生まれた妖精のように愛く...
どこにでもいるような栗色の髪に、決して不細工ではないが...
魔法の系統も性格も容姿もてんでばらばらだったが、彼女ら...
きも、エリアが男友だちを喜ばせるための服を買いに行くとき...
もちろん、ケティが上級生の男子に熱を上げているときなど...
シュヴァリエ、という称号が示すとおり、元々彼は貴族では...
そんな少年がシュヴァリエの位を授かったのは、少し前に終...
劣等生が召喚した変な使い魔、程度にしか認識されていなか...
ケティもそういう経緯で才人を慕うようになった少女たちの...
そんな風に才人のことで騒ぎ立てるケティに、友人たちは大...
それが、今日になって突然、口を揃えて「もうサイト様を追...
友人たち一人一人から理由を聞いた今となっても、ケティに...
「そんな顔すんなよ」
相変わらず試験管を振り続けながら、コゼットが苦笑する。
「別に、もうみんなで遊ぶの止めるってんじゃないんだからさ」
「そうですよケッちゃん。ただ、ちょっと忙しくなっちゃいそ...
エリアがケティの肩に手を置きながらなだめる。アメリィも...
「大丈夫。みんな、これからも変わらず友達だから」
「それはそうでしょうけど、でも」
ケティは食い下がりながらも、言葉に詰まった。胸に何かが...
「ねえ、ケティ」
不意に、コゼットが少し声の調子を落とした。驚いて彼女を...
「そもそもさ、あんた、あんまり本気じゃないでしょ」
「本気じゃない、と仰いますと?」
「決まってんでしょ? もちろん、サイトさまのこと」
どきりとした。横目でこちらを見るコゼットの瞳に、心の内...
ケティは腕を組んで無理に微笑んだ。
「何のことだか分かりませんわ。私、心の底からサイトさまの...
「その割には笑顔が引きつってますよー、ケッちゃん」
エリアがケティの肩越しに、顔を覗き込んで来る。テーブル...
「ケティ、ギーシュさまのときも似たような感じだった」
「ちょっと、アメリィ……!」
ケティは慌てて立ち上がる。アメリィが怯えたように顔を伏...
ギーシュというのは、彼女よりも一学年上の男子生徒である...
「あー、確かにそうだ、ギーシュさまのときもこんな感じだっ...
思い出したように、コゼットが二度頷いた。エリアがケティ...
「確か、あのときは偶然を装ってあの方のそばを通りすがった...
「そうそう、あたしら相手にギーシュさまの魅力を散々喋り捲...
「あの、あなたたち」
コゼットとエリアの思い出話を、ケティは無理矢理遮った。...
「出来れば、そのお話は止めていただきたいのですけど」
「なんでさ? いやー、あんときのケティは可愛かったねー」
「そうですねー。『どうしましょうどうしましょういやんいや...
「やめてくださいったら!」
ケティは拳を握り締めて怒鳴った。ギーシュとのこと……特に...
コゼットは「悪い悪い」と気楽に笑ったが、その瞳に浮かぶ...
「でもさ、今回だって、あのときと大して差があるとは思えな...
「そんなことありませんわ」
コゼットの視線から逃れるように少し顔を伏せながら、ケテ...
「確かに、あのときは皆さんの言うとおりだったかもしれませ...
わ、わたし」
「どう本気だっての?」
コゼットの目が茶化すように細められた。ケティは落ち着か...
「ギーシュさまのときは、何というか言われるままでしたけれ...
「攻め、と言いますと?」
エリアが不思議そうに言う。ケティは「ほら、あの」と手を...
「ビスケットとか、作って持って行きましたし」
「でもルイズさまに食べられちゃったじゃん」
ほとんど間を置かずに、コゼットが突っ込む。実際その通り...
「でも、でも」
それでも、ケティはなおも食い下がった。
「わたし、本気ですから。それにサイトさまも、今現在はお相...
「いや、明らかにあの怖いご主人様に惚れてるでしょ、あの人」
「ですよねー。あんなに酷い目に遭われても、おそばを離れな...
「心底愛してるのね」
友人たち三人が口を揃えて言う。いよいよ意地になって口を...
「あんた、口では本気とか言ってるけど、全然本気に見えない...
「どうしてですか」
「だって、サイトさまのところに行くとき、絶対他の連中と一...
痛いところを突かれて、ケティは声を詰まらせる。「そうで...
「ケッちゃん、サイトさまを慕ってる他の女の子たちを出し抜...
「だよな。そんなんじゃ、いつまで経っても『俺にキャーキャ...
「きっと、名前も覚えてもらってない」
口々に指摘され、ケティは何も言えなくなってしまった。黙...
「あ、悪い、言いすぎた」
コゼットが慌てて立ち上がり、ケティのそばに歩み寄ってき...
「ごめんなケティ、あんただって、あんたなりに努力してんの...
そう言われたとき、ケティの胸に言いようのない奇妙な感覚...
「でも、怒らないでほしいんだよ。あんたが美男子にキャーキ...
「他のことって、なんですか?」
「将来のことだよ」
胸の内の閉塞感が、さらに大きくなった。「将来」と繰り返...
「そ、将来のこと。あたしらももう二年生だしさ。学院卒業し...
「わたしは考える必要なんてありませんけど」
椅子に座ったエリアが、滑らかな銀髪を一房指で巻きながら...
「学院を卒業したら、領地に戻って婚約者と結婚することにな...
「あー、なんとか伯爵って、結構いい年したおっさんだっけか...
「ええ。学院に入ったのは、元々貴族の息女として恥ずかしく...
エリアは口許に手を添えた。
「その辺は思ったよりも簡単に達成できちゃいましたから。あ...
「お前ってホント自由だよな」
げんなりした口調でいうコゼットに、ケティはおそるおそる...
「コゼットは、ここを卒業した後の予定がおありですの?」
「まあ、一応ね。ちょっと迷ってるけど」
気難しげな顔で試験管を振り続けながら、コゼットが小さく...
「薬の研究続けるならアカデミーに進んだ方がいいんだろうけ...
「そういえば、コゼっちのお母様、ご病気なんですっけ」
エリアがいうと、コゼットは軽く肩をすくめた。
「そ。あたしが子供の頃に父様が死んじゃったから、執事に助...
「コゼっち見てると信じられませんね」
「余計なお世話だっての。ま、ともかく、早く母様のところに...
少し真面目な口調から一転して、コゼットはからかうように...
「アメリィ、あんたはどうすんの……って、聞かなくても大体分...
「ここで学んだ魔法を活かして、一生宝石を作り続けて暮らす...
どことなくうっとりしたように口許を緩ませて、アメリィが...
「死んだあと、たくさんの宝石と一緒にお墓に入るのが夢なの」
「あんたらしいよ、ホント」
からからと笑うコゼットのそばで、ケティは隠しようのない...
(もしも『ケティはどうするの』と聞かれたら、どう答えれば...
必死に考えるが、答えが出ない。コゼットやエリアが明る声...
幸いにも友人たちはほとんど時間を置かずに部屋を出て行っ...
憂鬱なティータイムから一時間も経っていない時刻、ケティ...
休日ということもあって、人影はまばらである。夏も近い時...
うには晴れなかった。
(将来……将来、か)
視線が落ちる。
(そんなに、遠い未来の話ではありませんのね)
だが、ケティは今まで、そのことについて深く考えたことが...
(わたしの将来なんて、分かりきってますもの)
ロッタ家は、そこそこ長い歴史を持ってはいるものの、取り...
外聞ばかり気にして、上の者には媚びへつらい、下の者には...
そんな二人から生まれたケティは、やはりあまり愉快なとこ...
(そうなると、当然、残された選択肢は結婚ということになる...
貴族の娘と生まれたからには、ほぼ間違いなく親が決めた相...
(お兄様たちがいらっしゃるから、家督を継ぐとかそういう重...
自分と違って優秀な兄、姉の姿を思い浮かべて、ケティは唇...
(みんなみたいに、稀有な才能でもあればよかったのに)
コゼットのような豊富な知識や強い意志、アメリィのような...
(そもそも、わたしは何も持っていない。家柄も取り立ててい...
そのとき、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。一瞬...
暗い物置の中で息を殺して待つこと、十数秒。先程の声の主...
「おお愛しいモンモランシー、どうか僕の言葉を聞き入れてく...
「うるさいわね。あんたの言葉なんかもう一生信用しないわよ」
ギーシュとモンモランシー。ケティの一学年上の先輩であり...
二人が廊下の向こうに消えたのを確認してから、ケティはそ...
(美しい方だわ。歩く姿も堂々としていて、わたしなんかとは...
溜息が出た。
(やっぱり、殿方が最後に選ぶのは、あんな風に何か輝くもの...
ケティはぎゅっと眉根を寄せて、踵を返した。二人とは別方...
胸に燻る想いを振り捨てようと足を速める中で、一つだけ、納...
先程、物置に隠れていたケティのすぐそばを通り過ぎた、ギ...
だが、彼の顔を思い出しても、ケティの胸にはさざ波一つ立...
(みんなの言うとおり、わたしはギーシュさまに恋なんてして...
取り立てて褒めるところもないような自分を選んでくれたのが...
苦笑いが浮かびそうになった。そうとも気付かずギーシュの...
(では)
もう一つ、心に疑問が浮かぶ。
(今わたしがあの方に抱いているこの想いは、一体なんなので...
そのとき、廊下の窓の向こうから大きな唸りが伝わってきて...
驚いて足を止め、窓に駆け寄って空を見る。絶え間ない唸りは...
(サイトさまだわ)
空を横切る鉄の翼を仰ぎ見て、ケティはそっと胸を押さえた...
(どこかに出かけていて、今帰っていらしたのね)
ケティの心臓が大きく脈打った。
(今すぐに向かえば、わたしが誰よりも早く、サイトさまをお...
その思いつきに突き動かされるように、ケティは寮の入り口...
息を切らしながらヴェストリの広場の一隅に着いたころには...
(多分、まだあの中にいらっしゃるはずよね)
ケティは乱れた息を整えつつ、手鏡を覗き込んで髪を直して...
扉のついていない格納庫の入り口にたどり着くと、ケティは...
(ああ、やっぱりいらっしゃった)
胸が高鳴った。才人はあの鉄の乗り物の中に座ったまま、大...
そうと分かっているのに、ケティは何故か足を動かすことが...
(一体どうしたの。行きなさい、ケティ。出て行って、笑顔で...
心の中で自分を叱咤してみるが、やはり足は竦んだように動...
(早くしないと、他の子たちもやってくるかもしれないのに)
そう思いながらも、ケティは自分の欺瞞に気がついていた。...
自分一人で彼の前へ出て行くなど、どうやったって出来るはず...
どれだけ想像しても、頭に思い浮かぶのは「何故この見知ら...
自分がどんな顔をして出て行き、どれだけ勇気を振り絞って...
そうやって彼女が迷っている内に、才人は鉄の翼の上に危な...
「おい、早く出てこいよ」
「うっさいわね、使い魔のくせにご主人様を急かすんじゃない...
ケティは息を飲んだ。てっきりあの乗り物に乗っているのは...
「ったく、狭苦しいったらないんだから」
「飛んでる最中ははしゃいでただろうが、お前」
「はしゃいでなんかいないわよ!」
癇癪を起こしたように叫びながら、小柄な人物が姿を現す。...
何もかもがケティとは正反対に思える彼女の名は、ルイズ・...
ケティにとってもっと重要なのは、彼女が使い魔才人の主人で...
「ほら、使い魔ならちゃんとご主人様を支える」
「へいへい、分かりましたよお嬢様」
才人がそっと手を差し出し、ルイズが上機嫌なすまし顔でそ...
才人という少年は、絵に描かれた王子様のように、ケティに...
(あの方はきっと、わたしの名前すら覚えてはいない)
二人から目をそらすように顔を伏せ、壁の縁を強く握り締め...
そのとき、背後からいくつもの騒がしい靴音が聞こえてきた...
(わたしも、あの子たちと全く変わらないの?)
何度も首を横に振り、ケティは駆け出した。格納庫の中では...
木々の隙間から木漏れ日が点々と落ちる道を、ケティは俯き...
先ほど、遠くから才人とルイズを見つめていることしか出来な...
(わたしはどこにも行けないし、何にもなれない)
胸中で呟いた言葉が、そのまま残ってさらに胸を重くする。...
少し迷いながらも、ケティは森の奥に向かって歩き続けた。...
こんな気持ちのまま学院に帰りたくはない。学院周辺に広がる...
がある。迷って帰れなくなるということはないはずだ。
(万が一迷ってしまっても、『フライ』の魔法で空に飛び上が...
そう考えながらも、今の自分では頭上を覆う木々の枝にぶつ...
前方の高い木々の向こうの空に、何かが尖ったものが突き出...
ケティは不思議に思いながら、前方に向かって歩き出した。...
(もしかして、野盗の隠れ家、とかではありませんよね?)
今まで読んだことのある物語の数々が、頭を過ぎっては消え...
だからこそ、不思議でならない。あれは一体いつの間にここ...
やがて、森の中の開けた一角が見えてきた。そのすぐ近くま...
丸みを帯びた塔のような建物だ。全体はいかにも硬そうな金属...
(これは一体なんなんでしょう?)
ここまで近寄ってみても、ケティはそれがなんなのか検討も...
「スペンダー、周囲に人影はないな?」
「イエス、キャプテン」
誠実そうな大人の男の声に、平坦で少しざらついた、奇妙な...
(見たことのない方だわ)
当然のことを心の中で再確認しつつ、ケティはその男をじっ...
そのたびに、あの妙にざらついた声が返ってくる。しかし、周...
(一体どこにいるのでしょう)
困惑しながら「塔」の周りに視線をさまよわせていたそのと...
(化け物!?)
未知の物体に対する根源的な恐怖に、悲鳴を上げて飛び上が...
「誰だ!?」
「助けて!」
男の叫びとケティの悲鳴が重なった。何かを考える余裕もな...
「君は……」
呆然と呟いたあと、男は困りきった苦い顔で頭を掻き、「塔...
「スペンダー、周囲に人影はないんじゃなかったのか」
「センサーの不調のようです、キャプテン」
詰問するような男の声に、しれっとした声が答える。答えた...
(どうしましょう)
ケティの体が小さく震え出した。足が竦んで動けない。先程...
「こんにちは……いや、はじめまして。何から話したものか」
そこまで言いかけたあと、男は不意に慌てた様子で問いかけ...
「すまない、お嬢さん。僕の言葉は分かるかな?」
何故そんなことを聞くのかはよく分からなかったが、男の雰...
「イエス、キャプテン」
ほっとした男の声に、例のざらついた声が生真面目に答える...
間近で見ると、男はやはり変わった格好をしている。ぴっち...
その男が、咳払いをしながら、ためらいがちに近づいてくる。
「すまなかったね、お嬢さん。周囲の様子を記録するために地...
男は深く頭を下げる。
「いえ、そんな。勝手に驚いたのはわたしの方ですし」
と、ほとんど考えもなしに言ってしまってから、ケティは自...
ケティは深く息を吸い、乱れた衣服の裾や髪を整えながら、...
「あなたは一体、どこのどちら様? この塔のような建物は一...
矢継ぎ早に質問する。我ながら不躾だとは思ったが、好奇心...
「このお方は偉大な大魔術師なのです、レディ」
「スペンダー?」
男が驚いたように「塔」の方を振り返る。ケティもまた驚き...
「まあ、大魔術師、ですか」
「いや、誤解しないでくれ、お嬢さん」
「そうです、大魔術師です」
男の焦った声を遮るように、平坦ながら得意げな声が頭上か...
「彼の名は、ジョン・ワイルダー。遥か西方よりこの地に旅し...
私はワイルダー様に仕えております、不可視の精霊スペンダー...
「そうだったのですか」
ケティは感嘆の声を上げた。なるほど、確かにそれほどの男...
ケティはそんな風に納得しかけていたが、目の前の男……ミス...
「スペンダー、これは一体何の遊びだ?」
「先ほど戻った飛行型観測ユニットが持ち帰った情報を分析い...
「自分で捏造と認めるんじゃない。全く……そもそも、お前のデ...
「遥か昔に流行したファンタジー小説の一群です、キャプテン...
「初耳だ」
「キャプテンに報告すると『不要だ、削除しろ』と言われるの...
「余計なお世話だ」
ワイルダーがうんざりしたようにかぶりを振る。ケティは困...
「うん、その、なんと説明したものか」
ワイルダーが困ったように頭を掻くと、またどこからかスペ...
「キャプテン、船体のチェックは滞りなく完了しております。...
言い終えると同時に、空気が抜けるような音がして、「塔」...
「仕方ないな」
ワイルダーは呟き、親しみのある笑顔を浮かべて、「塔」の...
「こちらへどうぞ、お嬢さん。大したもてなしはできないが、...
そう言って、先導するように歩き出す。ケティは少し迷った...
足を踏み入れた先は、丸い部屋になっていた。壁面も天井も...
ケティが完全に部屋の中に入るのと同時に、再び空気の抜け...
「そちらにどうぞ、お嬢さん」
部屋の中央に立ったワイルダーが手で目の前を示すと、そこ...
長い鉄の腕が二本伸びてきた。どこからか、スペンダーの平坦...
「コーヒーをどうぞ、キャプテン。レディは紅茶でよろしかっ...
「あ、はい。ありがとうございます」
細長い鉄の腕が、手に握った二つのカップをテーブルに置く...
ワイルダーは手元に置かれたカップから、見慣れない真っ黒...
ケティは好奇心を駆られた。
「あの、その真っ黒いのは、飲み物なのですか?」
「え? ああ、コーヒーのことかい?」
「コーヒー、ですか?」
「そうか、君が住んでいる地域では、飲まないんだね」
納得したように呟いたあと、ワイルダーは悪戯っぽい笑みを...
「試しに一口、飲んでみるかい?」
ケティはおそるおそるカップを受け取った。中に満たされた...
(大丈夫、この人だって飲んでいるんだから、毒ではないはず)
自分に言い聞かせながら、ケティは目を閉じてカップに口を...
「お嬢さんにはまだ苦すぎたようだね」
子供扱いされていると感じて、ケティは少しムッとした。カ...
「仮にも貴族の娘に対してそのような物言い、失礼なのではあ...
ワイルダーは苦笑しながら頭を掻いた。
「これは失礼。そう言えば、自己紹介するのを忘れていたね。...
そう言って、ワイルダーはテーブルの上で右手を差し出した...
「すまない、初対面の相手と握手する習慣はなかったかな?」
「いえ、分かりますけれど」
ケティもまた、慌てて自分の手を差し出す。ワイルダーがほ...
(やっぱり異邦人なんだわ)
改めて確認するのと同時に、俄然目の前の男に対して興味が...
「あなたは一体どこのどなた? 先程『船』と仰っていました...
「その前に」
ワイルダーは穏やかながらどこか面白がるような口調で、ケ...
「出来れば、君の名前をお聞かせ願いたいんだが」
頬が熱くなった。そう言えば、相手に聞くばかりで自分のこ...
ケティは慌てて座りなおすと、咳払いをして自己紹介した。
「失礼いたしました。私、ケティ・ド・ロッタと申します。ロ...
ワイルダーの目が子供のような輝きにきらめいた。上の方に...
「聞いたか、スペンダー」
「イエス、キャプテン。会話は全て録音されております」
「ああ、そうしてくれ。貴族に魔法、魔法学院か! 本当にフ...
感心したように何度も頷いたあと、ワイルダーは興味深げに...
「ということは、君は貴族の令嬢でお姫様ってことだ。そうい...
間近でまじまじと見つめられると、ケティの胸に恥じいるよ...
身じろぎしながら、ぼそぼそと答えを返す。
「いえ、お姫様だなんて……ロッタ家はそれほど身分の高い家柄...
「そうなのかい? まあ僕からすれば同じことさ。生まれてこ...
そう言ったあとで、少し気まずそうに頬を掻く。
「そういうわけだから、多少礼儀作法に欠けるのは許してもら...
「ええ、構いません。楽にしてください」
ワイルダーがほっと息を吐いた。
「やあ、良かった。テーブルマナーなんて求められたらどうし...
「だから少しは教養を身につけるべきだと、常日頃から申し上...
「うるさいぞスペンダー、宇宙の男にそんなものは不要だ」
拗ねたように唇を尖らせるワイルダーを見て、ケティはなん...
才人にどこか似ているからかもしれない。そう思ってみると、...
「さて、ケティ」
ワイルダーが膝の上で手を組んで、少し身を乗り出してくる...
「僕にいろいろと聞きたいあるようだね。なんでも、遠慮なく...
ケティは迷った。確かに聞きたいことはたくさんあったが、...
「無限に広がる大宇宙を駆ける、誇り高き男!」
誇らしげな叫びと共に、実物よりもいくぶんか美化されたワ...
「その名は、キャプテン・ワイルダー! 数多の惑星を飛び回...
声と共に、次々と絵が切り替わる。派手な爆発を背景に、見...
「進め、キャプテン・ワイルダー! その手に未来を勝ち取る...
最後にきらりと歯を光らせて笑うワイルダーの顔が大写しに...
「いかがでしたでしょうか。なおスタッフに関しましては、音...
「おい、スペンダー」
ワイルダーがうんざりした声で遮った。
「一体何の遊びだ、今のは」
「初めてお越しいただいたお客様にキャプテンのことを紹介す...
「当たり前だ。見ろ、ケティの顔を。すっかり動転しているじ...
名前を呼ばれて、ケティははっとしてワイルダーの方に向き...
「あの、今のは一体」
「イカれたAIの悪ふざけだ。気にしてくれなくていい。スペ...
「了解いたしました、キャプテン」
悪びれない声で答えて、スペンダーが黙り込む。「まったく...
「まあ、さっきのふざけたムービーも、ある程度正しくはある...
「あの」
ケティはためらいつつも、ワイルダーの話を遮った。
「なんだい、ケティ」
「いえ、先程仰った、宇宙だとか惑星だとかいった単語の意味...
「ああそうか、うっかりしていたな」
ワイルダーはぴしりと自分の額を叩いたあと、穏やかに笑っ...
「分かった、じゃあその辺りから説明しようか」
そして、ワイルダーはケティが今まで想像したことすらなか...
青い空の向こう、無限に広がる大宇宙。風も空気も上下左右...
「それでは、このハルケギニアも、そういった『星』の中の一...
「そういうことだね。この世界で信奉されているのが地動説か...
ワイルダーはケティの呆然とした表情を楽しむように言う。...
「この『塔』も、ロケットという名の船だと?」
「ああ。こいつは」
「恒星間移動すら可能な空間跳躍航法を実装した、最新式のブ...
スペンダーの声が会話に割り込んだ。
「人類史上最も効率的かつ高性能な超小型対消滅エンジンと、...
「スペンダー」
ケティにはさっぱり意味が分からない説明を捲し立てるスペ...
「僕はさっき、黙ってろと言ったはずだが」
「『しばらく』とも仰いました。その時間はもう終わったもの...
「分かった。じゃあ今度は、僕がいいと言うまで黙ってろ」
「了解しました、キャプテン」
またも生真面目な声で答えて、再度スペンダーが黙り込む。...
「おしゃべりな奴で、すまないね。だがまあ、やっぱり説明自...
「でも、こんなに大きなものが空から降りてきたら、いくら真...
「ああ、この船には光学迷彩……要は透明になれる機能があって...
ワイルダーは椅子の上で居住まいを正し、じっとケティを見...
「今の説明である程度推測できたかもしれないけれど、このロ...
「どうしてですか?」
「もちろん、混乱が起きるからさ。自然な文明発展に悪影響を...
未成熟な文明に過ぎた力を与えるわけにはいかない。本当なら...
前半はよく分からなかったが、後半の「禁じられている」と...
「つまり、あなたは今、規則を破ってしまっているのですね」
「まあ、そういうことになるかな」
「ごめんなさい、わたしのせいで」
身の縮むような思いを味わうケティに、ワイルダーは気楽に...
「いや、別に君のせいじゃないよ。どちらかと言うと油断して...
「でも」
「ただまあ」
ワイルダーは少し言いにくそうに切り出した。
「こちらの事情を分かってもらえたのなら、僕らのことは秘密...
「ええ、それはもちろんです。ロッタ家の家名に賭けてお約束...
「本当かい? ありがとう、すごく助かるよ」
安堵しきったワイルダーの声を聞くと、またもケティの中で...
「参考までにお聞きしたいのですけれど、もしもわたしが喋っ...
「そのときは、急いでこの星から出て行くだけさ」
ワイルダーは肩をすくめた。
「このロケットがなくなれば、誰も君の話を信じなくなるだろ...
「それもそうですわね」
ケティもまた、ほっと息をつく。喋れば誰かに害が及ぶよう...
「ああ、わたし、もう学院に帰らないと」
慌てて立ち上がると、ワイルダーが少し残念そうな顔で呟い...
「そうか、もう帰ってしまうのか。残念だな、君の話もいろい...
「え、わたしの話ですか?」
思いがけない言葉に、ケティの胸が高鳴る。ワイルダーは立...
「ああ。どうせ規則を破ってしまっているんだし、住人の口か...
話しながら、ワイルダーは壁の一角に歩み寄る。それを待っ...
「さて、それじゃさよならだ、ケティ」
低い階段の上に立ち、ワイルダーが眉を傾ける。
「送っていけなくて申し訳ないね。本当なら、君のような女の...
「いえ、大丈夫です。この森のことはよく知っていますし」
そう言ったあと、ケティは迷った。先程から、ある思いつき...
「あの、もし、よろしかったら、なんですけど」
散々悩みぬいた挙句に、ケティは思い切って切り出した。ワ...
目をしばたたく。
「なんだい、急に?」
「いえ……あの、もしよろしければ、またここに来てもいいでし...
「本当かい?」
ワイルダーの顔に喜びが広がる。彼は階段を駆け下りてきて...
「ありがとう、ケティ。もちろん大歓迎さ。楽しい話をたくさ...
上下に手を振るワイルダーを見て、ケティは恥じらい混じり...
「そんな、わたし、きっと大したことは話せませんわ」
「いやいや。僕にとって、未知の世界の話はなんだって心が躍...
ワイルダーは悪戯っぽく片目をつむった。
「君だけを特別に招待するわけだからね。必ず一人で来てくれ...
「わたしだけ、特別」
なんとも言いがたい感動が湧き起こる。今まで何も持ってい...
終了行:
Funny Bunny 1 [[205]]氏
#br
椅子を蹴る音が、部屋の中に大きく響き渡る。
「ちょっと、それ、どういう意味ですの!?」
ケティは丸テーブルに手を突きながら叫んだ。テーブルの周...
「落ち着いて、ケティ」
か細い声でぼそりと呟きながら、正面に座ったアメリィが静...
「そうそう。騒ぐほどのことじゃないって」
コルク栓つきの試験管を右手で絶え間なく振り続けながら、...
「怒ると将来皺が増えちゃいますよー?」
小さなやすりで丁寧に爪の形を整えながら、左に座ったエリ...
彼女らが魔法学院の二年生に進級して、まだ三ヶ月も経って...
三人の友人たちを順繰りに見回しながら、ケティは声を震わ...
「皆さん、一体何を考えてらっしゃるの」
腰に両手を当てて、怒鳴る。
「サイト様を追いかけるのは、もう止めるだなんて!」
「悪いとは思うけどさ」
コゼットは椅子の上で胡坐をかきながら、右手に持った試験...
「ちょっと、こっちの方が忙しくなってきてて」
「こっちの方って、その試験管ですか?」
「そ。新しい薬。思ったよりも時間がかかるみたいで、これず...
説明している間も、コゼットはずっと試験管を振り続けてい...
「どうしてそんな面倒な薬を調合なさってるんです?」
「理想の栄養剤を作ろうと思って、いろいろ試してるんだよ。...
「薬好きもここまで来ると立派ですねえ」
無邪気に感心するエリアの隣で、アメリィが少し俯きつつ、...
「でも、お風呂ぐらいは入ったほうがいいと思う」
「仕方ねーじゃん、これ放っておいたらどうなるか分かんない...
彼女が無遠慮に赤い髪を掻き回すと、盛大にフケが飛び散っ...
「もう三日も振り続けなんだけどねー。そろそろ出来上がって...
「三日ですって!? まさか、その間一睡もしてないんですの...
ケティが叫ぶと、コゼットは「そうだよー」とのんびり返事...
「コゼット、あなた、そんなことしていたらその内倒れますわ...
「大丈夫だよ。昔、薬の材料になる虫採取しに行ったとき、五...
「まさか、食事も取っていないんですの?」
「水は飲んでるから大丈夫だよ」
「その理屈が分かりませんわ」
溜息をつくケティの前で、コゼットは顔に疲労の色を滲ませ...
「心配すんなって、これが完成したらちゃんと寝るからさ。き...
「コゼっちは相変わらずワイルドですわー。とても貴族の娘と...
柔らかい銀髪に指を絡ませながら、エリアが小さく首を傾げ...
「ちゃんと眠らないと肌が荒れるわ」
「そんなんどうでもいいよ、あたしの肌がきれいになろうが荒...
素っ気なく返すコゼットに、アメリィはぼそぼそと小さな声...
「ううん。コゼットは、ちゃんとお洒落すれば綺麗になる」
「ですよねー。仕草が粗暴なのはともかく顔立ちは悪くありま...
エリアは細い顎に白い指を当てて、悪戯っぽく微笑んだ。
「なんだったらわたしがお化粧して差し上げましょうか? い...
「いらないよそんなの。どうせ森行って薬の材料採取してれば...
胡坐をかいた膝の上で頬杖をつきながら、コゼットは相変わ...
「化粧だったらアメリィにしてやんなよ。実は可愛いんだから」
「わたしはいい。ブスだから」
両手で包むようにティーカップを握りながら、アメリィが恥...
長く黒い前髪が顔にかかって、表情が見えなくなった。
「アメりんったら、ネガティヴ思考はダメですよー」
立ち上がったエリアがアメリィの背後に回りこみ、長い前髪...
「エリア、やめて」
「えー、でも、こんなに可愛いおめめなのに、隠したら勿体な...
「ちょっと、あなたたち」
ケティは声を張り上げて、騒ぎ始めた友人たちを黙らせた。
「まだ、わたしの質問に答えてもらっていないんですけれど」
「あー、サイト様の追っかけを止める件ですかー?」
間延びした口調で言いながら、エリアがちろっと舌を出す。
「ごめんなさいねー。わたし、ちょっとお友達が多くなりすぎ...
「友だちって、あなた」
妖精のように可愛らしい顔立ちの友人を見て、ケティは頬を...
「まさか、また増えたんですの?」
「あ」
乱れた前髪を元に戻していたアメリィが、何かに気付いたよ...
「エリア、首の後ろにキスマークがついてる」
「あら、本当ですか?」
さして動揺した風もなく、エリアがうなじの辺りの手を当て...
「いやだわ、ルイったら本当に独占欲が強いんだもの」
「ちょっと待て」
この話題が始まってから、初めてコゼットが試験管から目を...
「その名前、初めて聞いたぞ」
「あら?」
「ミシェルにパスカル、マクシム、ジャン、クロード……昨日ま...
「あらら、よく覚えてますねー、コゼっちったら。見かけに反...
「誤魔化すなっての」
コゼットは試験管を振るのを再開しながら、深々と溜息をつ...
「ったく。あんたって奴は、放っておいたら何人でも相手作る...
ぼやきながら、左手で赤い髪をかき乱す。またも飛び散るフ...
「友だちとして一応言っておくけど、くれぐれも修羅場になら...
「大丈夫ですよ」
人形のように愛らしい顔でにっこりと笑いながら、エリアは...
「皆さん、自由奔放な方々ばかりですから。わたしが他に何人...
「そういうのは自由じゃなくて、貞操観念が緩いとか適当すぎ...
「結構なことじゃありませんか。そのおかげで、わたしも危険...
エリアは小さな両手を一杯に広げて突き出し、コゼットに笑...
「避妊薬、くださいな」
「ほらよ」
仏頂面のコゼットが、左手をスカートのポケットに突っ込ん...
「ありがとうございます。コゼっちの薬は市販のより信用でき...
「おだてたって、あんたの生き方を褒めたりはしねえぞ」
「分かってますよ。お代は将来まとめてお支払いしますから」
「いらないって。あたしは単に、友だちが妊娠して学院を退学...
「あら、それはよかった。わたしたちの熱い友情に感謝しまし...
邪気のない口調で言いつつ、エリアは再びケティの方に向き...
「とにかく、そういうわけですので、わたし、もうサイトさま...
言葉では謝りつつも、あまり悪びれない軽い口調である。そ...
悔しさに歯軋りしたくなる気持ちを堪えて、ケティはアメリ...
「ごちそうさまでした」
「ちょっと、アメリィ」
声をかけると、アメリィはゆっくりとこちらに顔を向けた。...
「なに、ケティ」
「あなたは、どういった事情があってサイトさまの追っかけを...
「別に、理由なんて」
アメリィはケティの視線をおそれるように顔を伏せて、叱ら...
「わたしは元々、みんなが騒いでいたからそれに付き合ってい...
「じゃあ、みんなが止めると言ったから、自分も止めると仰る...
「うん」
すんなり頷くアメリィに、ケティは一瞬絶句してしまった。...
「ねえアメリィ、よく思い出してみて? サイトさまって、と...
「優しそうだとは思うけど、顔だったらギーシュさまの方が綺...
「そこで名前出されるのは微妙に嫌なんだけど」
口を挟んできたコゼットは無視して、ケティはなおも食い下...
「でもほら、あの空飛ぶ機械を操縦していらっしゃるところと...
「機械のことはよく分からないし、剣を振ってる人は乱暴に見...
「だけど」
「それに」
アメリィは今までより少しだけ大きな声でケティの話を遮る...
「わたしには、これがあればいいから」
白すぎて不健康にすら見える手を、そっと開く。中には小石...
「わあ、すごいですねアメりん。今までで一番大きな宝石です...
「うん。今朝、ようやく作れたの」
満足げに頷きながら、アメリィは手の中の宝石に顔を向けて...
「いいなあ。ねえアメリィ、今度わたしにも、何か宝石を作っ...
「うん。エリアだったら、指輪にしてもイヤリングにしても似...
仲睦まじく話す二人の横では、コゼットが相変わらず気難し...
なんだか急に自分が一人ぼっちになったような孤独感を覚え...
「劇薬」のコゼット、「貴石」のアメリィ、「妖風」のエリ...
収まりの悪い赤い髪と少しばかり目つきの悪い顔に、貴族と...
黒く長い髪で目元を隠し、いつも俯き加減に宝石を見つめて...
柔らかく細やかな銀髪と、持って生まれた妖精のように愛く...
どこにでもいるような栗色の髪に、決して不細工ではないが...
魔法の系統も性格も容姿もてんでばらばらだったが、彼女ら...
きも、エリアが男友だちを喜ばせるための服を買いに行くとき...
もちろん、ケティが上級生の男子に熱を上げているときなど...
シュヴァリエ、という称号が示すとおり、元々彼は貴族では...
そんな少年がシュヴァリエの位を授かったのは、少し前に終...
劣等生が召喚した変な使い魔、程度にしか認識されていなか...
ケティもそういう経緯で才人を慕うようになった少女たちの...
そんな風に才人のことで騒ぎ立てるケティに、友人たちは大...
それが、今日になって突然、口を揃えて「もうサイト様を追...
友人たち一人一人から理由を聞いた今となっても、ケティに...
「そんな顔すんなよ」
相変わらず試験管を振り続けながら、コゼットが苦笑する。
「別に、もうみんなで遊ぶの止めるってんじゃないんだからさ」
「そうですよケッちゃん。ただ、ちょっと忙しくなっちゃいそ...
エリアがケティの肩に手を置きながらなだめる。アメリィも...
「大丈夫。みんな、これからも変わらず友達だから」
「それはそうでしょうけど、でも」
ケティは食い下がりながらも、言葉に詰まった。胸に何かが...
「ねえ、ケティ」
不意に、コゼットが少し声の調子を落とした。驚いて彼女を...
「そもそもさ、あんた、あんまり本気じゃないでしょ」
「本気じゃない、と仰いますと?」
「決まってんでしょ? もちろん、サイトさまのこと」
どきりとした。横目でこちらを見るコゼットの瞳に、心の内...
ケティは腕を組んで無理に微笑んだ。
「何のことだか分かりませんわ。私、心の底からサイトさまの...
「その割には笑顔が引きつってますよー、ケッちゃん」
エリアがケティの肩越しに、顔を覗き込んで来る。テーブル...
「ケティ、ギーシュさまのときも似たような感じだった」
「ちょっと、アメリィ……!」
ケティは慌てて立ち上がる。アメリィが怯えたように顔を伏...
ギーシュというのは、彼女よりも一学年上の男子生徒である...
「あー、確かにそうだ、ギーシュさまのときもこんな感じだっ...
思い出したように、コゼットが二度頷いた。エリアがケティ...
「確か、あのときは偶然を装ってあの方のそばを通りすがった...
「そうそう、あたしら相手にギーシュさまの魅力を散々喋り捲...
「あの、あなたたち」
コゼットとエリアの思い出話を、ケティは無理矢理遮った。...
「出来れば、そのお話は止めていただきたいのですけど」
「なんでさ? いやー、あんときのケティは可愛かったねー」
「そうですねー。『どうしましょうどうしましょういやんいや...
「やめてくださいったら!」
ケティは拳を握り締めて怒鳴った。ギーシュとのこと……特に...
コゼットは「悪い悪い」と気楽に笑ったが、その瞳に浮かぶ...
「でもさ、今回だって、あのときと大して差があるとは思えな...
「そんなことありませんわ」
コゼットの視線から逃れるように少し顔を伏せながら、ケテ...
「確かに、あのときは皆さんの言うとおりだったかもしれませ...
わ、わたし」
「どう本気だっての?」
コゼットの目が茶化すように細められた。ケティは落ち着か...
「ギーシュさまのときは、何というか言われるままでしたけれ...
「攻め、と言いますと?」
エリアが不思議そうに言う。ケティは「ほら、あの」と手を...
「ビスケットとか、作って持って行きましたし」
「でもルイズさまに食べられちゃったじゃん」
ほとんど間を置かずに、コゼットが突っ込む。実際その通り...
「でも、でも」
それでも、ケティはなおも食い下がった。
「わたし、本気ですから。それにサイトさまも、今現在はお相...
「いや、明らかにあの怖いご主人様に惚れてるでしょ、あの人」
「ですよねー。あんなに酷い目に遭われても、おそばを離れな...
「心底愛してるのね」
友人たち三人が口を揃えて言う。いよいよ意地になって口を...
「あんた、口では本気とか言ってるけど、全然本気に見えない...
「どうしてですか」
「だって、サイトさまのところに行くとき、絶対他の連中と一...
痛いところを突かれて、ケティは声を詰まらせる。「そうで...
「ケッちゃん、サイトさまを慕ってる他の女の子たちを出し抜...
「だよな。そんなんじゃ、いつまで経っても『俺にキャーキャ...
「きっと、名前も覚えてもらってない」
口々に指摘され、ケティは何も言えなくなってしまった。黙...
「あ、悪い、言いすぎた」
コゼットが慌てて立ち上がり、ケティのそばに歩み寄ってき...
「ごめんなケティ、あんただって、あんたなりに努力してんの...
そう言われたとき、ケティの胸に言いようのない奇妙な感覚...
「でも、怒らないでほしいんだよ。あんたが美男子にキャーキ...
「他のことって、なんですか?」
「将来のことだよ」
胸の内の閉塞感が、さらに大きくなった。「将来」と繰り返...
「そ、将来のこと。あたしらももう二年生だしさ。学院卒業し...
「わたしは考える必要なんてありませんけど」
椅子に座ったエリアが、滑らかな銀髪を一房指で巻きながら...
「学院を卒業したら、領地に戻って婚約者と結婚することにな...
「あー、なんとか伯爵って、結構いい年したおっさんだっけか...
「ええ。学院に入ったのは、元々貴族の息女として恥ずかしく...
エリアは口許に手を添えた。
「その辺は思ったよりも簡単に達成できちゃいましたから。あ...
「お前ってホント自由だよな」
げんなりした口調でいうコゼットに、ケティはおそるおそる...
「コゼットは、ここを卒業した後の予定がおありですの?」
「まあ、一応ね。ちょっと迷ってるけど」
気難しげな顔で試験管を振り続けながら、コゼットが小さく...
「薬の研究続けるならアカデミーに進んだ方がいいんだろうけ...
「そういえば、コゼっちのお母様、ご病気なんですっけ」
エリアがいうと、コゼットは軽く肩をすくめた。
「そ。あたしが子供の頃に父様が死んじゃったから、執事に助...
「コゼっち見てると信じられませんね」
「余計なお世話だっての。ま、ともかく、早く母様のところに...
少し真面目な口調から一転して、コゼットはからかうように...
「アメリィ、あんたはどうすんの……って、聞かなくても大体分...
「ここで学んだ魔法を活かして、一生宝石を作り続けて暮らす...
どことなくうっとりしたように口許を緩ませて、アメリィが...
「死んだあと、たくさんの宝石と一緒にお墓に入るのが夢なの」
「あんたらしいよ、ホント」
からからと笑うコゼットのそばで、ケティは隠しようのない...
(もしも『ケティはどうするの』と聞かれたら、どう答えれば...
必死に考えるが、答えが出ない。コゼットやエリアが明る声...
幸いにも友人たちはほとんど時間を置かずに部屋を出て行っ...
憂鬱なティータイムから一時間も経っていない時刻、ケティ...
休日ということもあって、人影はまばらである。夏も近い時...
うには晴れなかった。
(将来……将来、か)
視線が落ちる。
(そんなに、遠い未来の話ではありませんのね)
だが、ケティは今まで、そのことについて深く考えたことが...
(わたしの将来なんて、分かりきってますもの)
ロッタ家は、そこそこ長い歴史を持ってはいるものの、取り...
外聞ばかり気にして、上の者には媚びへつらい、下の者には...
そんな二人から生まれたケティは、やはりあまり愉快なとこ...
(そうなると、当然、残された選択肢は結婚ということになる...
貴族の娘と生まれたからには、ほぼ間違いなく親が決めた相...
(お兄様たちがいらっしゃるから、家督を継ぐとかそういう重...
自分と違って優秀な兄、姉の姿を思い浮かべて、ケティは唇...
(みんなみたいに、稀有な才能でもあればよかったのに)
コゼットのような豊富な知識や強い意志、アメリィのような...
(そもそも、わたしは何も持っていない。家柄も取り立ててい...
そのとき、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。一瞬...
暗い物置の中で息を殺して待つこと、十数秒。先程の声の主...
「おお愛しいモンモランシー、どうか僕の言葉を聞き入れてく...
「うるさいわね。あんたの言葉なんかもう一生信用しないわよ」
ギーシュとモンモランシー。ケティの一学年上の先輩であり...
二人が廊下の向こうに消えたのを確認してから、ケティはそ...
(美しい方だわ。歩く姿も堂々としていて、わたしなんかとは...
溜息が出た。
(やっぱり、殿方が最後に選ぶのは、あんな風に何か輝くもの...
ケティはぎゅっと眉根を寄せて、踵を返した。二人とは別方...
胸に燻る想いを振り捨てようと足を速める中で、一つだけ、納...
先程、物置に隠れていたケティのすぐそばを通り過ぎた、ギ...
だが、彼の顔を思い出しても、ケティの胸にはさざ波一つ立...
(みんなの言うとおり、わたしはギーシュさまに恋なんてして...
取り立てて褒めるところもないような自分を選んでくれたのが...
苦笑いが浮かびそうになった。そうとも気付かずギーシュの...
(では)
もう一つ、心に疑問が浮かぶ。
(今わたしがあの方に抱いているこの想いは、一体なんなので...
そのとき、廊下の窓の向こうから大きな唸りが伝わってきて...
驚いて足を止め、窓に駆け寄って空を見る。絶え間ない唸りは...
(サイトさまだわ)
空を横切る鉄の翼を仰ぎ見て、ケティはそっと胸を押さえた...
(どこかに出かけていて、今帰っていらしたのね)
ケティの心臓が大きく脈打った。
(今すぐに向かえば、わたしが誰よりも早く、サイトさまをお...
その思いつきに突き動かされるように、ケティは寮の入り口...
息を切らしながらヴェストリの広場の一隅に着いたころには...
(多分、まだあの中にいらっしゃるはずよね)
ケティは乱れた息を整えつつ、手鏡を覗き込んで髪を直して...
扉のついていない格納庫の入り口にたどり着くと、ケティは...
(ああ、やっぱりいらっしゃった)
胸が高鳴った。才人はあの鉄の乗り物の中に座ったまま、大...
そうと分かっているのに、ケティは何故か足を動かすことが...
(一体どうしたの。行きなさい、ケティ。出て行って、笑顔で...
心の中で自分を叱咤してみるが、やはり足は竦んだように動...
(早くしないと、他の子たちもやってくるかもしれないのに)
そう思いながらも、ケティは自分の欺瞞に気がついていた。...
自分一人で彼の前へ出て行くなど、どうやったって出来るはず...
どれだけ想像しても、頭に思い浮かぶのは「何故この見知ら...
自分がどんな顔をして出て行き、どれだけ勇気を振り絞って...
そうやって彼女が迷っている内に、才人は鉄の翼の上に危な...
「おい、早く出てこいよ」
「うっさいわね、使い魔のくせにご主人様を急かすんじゃない...
ケティは息を飲んだ。てっきりあの乗り物に乗っているのは...
「ったく、狭苦しいったらないんだから」
「飛んでる最中ははしゃいでただろうが、お前」
「はしゃいでなんかいないわよ!」
癇癪を起こしたように叫びながら、小柄な人物が姿を現す。...
何もかもがケティとは正反対に思える彼女の名は、ルイズ・...
ケティにとってもっと重要なのは、彼女が使い魔才人の主人で...
「ほら、使い魔ならちゃんとご主人様を支える」
「へいへい、分かりましたよお嬢様」
才人がそっと手を差し出し、ルイズが上機嫌なすまし顔でそ...
才人という少年は、絵に描かれた王子様のように、ケティに...
(あの方はきっと、わたしの名前すら覚えてはいない)
二人から目をそらすように顔を伏せ、壁の縁を強く握り締め...
そのとき、背後からいくつもの騒がしい靴音が聞こえてきた...
(わたしも、あの子たちと全く変わらないの?)
何度も首を横に振り、ケティは駆け出した。格納庫の中では...
木々の隙間から木漏れ日が点々と落ちる道を、ケティは俯き...
先ほど、遠くから才人とルイズを見つめていることしか出来な...
(わたしはどこにも行けないし、何にもなれない)
胸中で呟いた言葉が、そのまま残ってさらに胸を重くする。...
少し迷いながらも、ケティは森の奥に向かって歩き続けた。...
こんな気持ちのまま学院に帰りたくはない。学院周辺に広がる...
がある。迷って帰れなくなるということはないはずだ。
(万が一迷ってしまっても、『フライ』の魔法で空に飛び上が...
そう考えながらも、今の自分では頭上を覆う木々の枝にぶつ...
前方の高い木々の向こうの空に、何かが尖ったものが突き出...
ケティは不思議に思いながら、前方に向かって歩き出した。...
(もしかして、野盗の隠れ家、とかではありませんよね?)
今まで読んだことのある物語の数々が、頭を過ぎっては消え...
だからこそ、不思議でならない。あれは一体いつの間にここ...
やがて、森の中の開けた一角が見えてきた。そのすぐ近くま...
丸みを帯びた塔のような建物だ。全体はいかにも硬そうな金属...
(これは一体なんなんでしょう?)
ここまで近寄ってみても、ケティはそれがなんなのか検討も...
「スペンダー、周囲に人影はないな?」
「イエス、キャプテン」
誠実そうな大人の男の声に、平坦で少しざらついた、奇妙な...
(見たことのない方だわ)
当然のことを心の中で再確認しつつ、ケティはその男をじっ...
そのたびに、あの妙にざらついた声が返ってくる。しかし、周...
(一体どこにいるのでしょう)
困惑しながら「塔」の周りに視線をさまよわせていたそのと...
(化け物!?)
未知の物体に対する根源的な恐怖に、悲鳴を上げて飛び上が...
「誰だ!?」
「助けて!」
男の叫びとケティの悲鳴が重なった。何かを考える余裕もな...
「君は……」
呆然と呟いたあと、男は困りきった苦い顔で頭を掻き、「塔...
「スペンダー、周囲に人影はないんじゃなかったのか」
「センサーの不調のようです、キャプテン」
詰問するような男の声に、しれっとした声が答える。答えた...
(どうしましょう)
ケティの体が小さく震え出した。足が竦んで動けない。先程...
「こんにちは……いや、はじめまして。何から話したものか」
そこまで言いかけたあと、男は不意に慌てた様子で問いかけ...
「すまない、お嬢さん。僕の言葉は分かるかな?」
何故そんなことを聞くのかはよく分からなかったが、男の雰...
「イエス、キャプテン」
ほっとした男の声に、例のざらついた声が生真面目に答える...
間近で見ると、男はやはり変わった格好をしている。ぴっち...
その男が、咳払いをしながら、ためらいがちに近づいてくる。
「すまなかったね、お嬢さん。周囲の様子を記録するために地...
男は深く頭を下げる。
「いえ、そんな。勝手に驚いたのはわたしの方ですし」
と、ほとんど考えもなしに言ってしまってから、ケティは自...
ケティは深く息を吸い、乱れた衣服の裾や髪を整えながら、...
「あなたは一体、どこのどちら様? この塔のような建物は一...
矢継ぎ早に質問する。我ながら不躾だとは思ったが、好奇心...
「このお方は偉大な大魔術師なのです、レディ」
「スペンダー?」
男が驚いたように「塔」の方を振り返る。ケティもまた驚き...
「まあ、大魔術師、ですか」
「いや、誤解しないでくれ、お嬢さん」
「そうです、大魔術師です」
男の焦った声を遮るように、平坦ながら得意げな声が頭上か...
「彼の名は、ジョン・ワイルダー。遥か西方よりこの地に旅し...
私はワイルダー様に仕えております、不可視の精霊スペンダー...
「そうだったのですか」
ケティは感嘆の声を上げた。なるほど、確かにそれほどの男...
ケティはそんな風に納得しかけていたが、目の前の男……ミス...
「スペンダー、これは一体何の遊びだ?」
「先ほど戻った飛行型観測ユニットが持ち帰った情報を分析い...
「自分で捏造と認めるんじゃない。全く……そもそも、お前のデ...
「遥か昔に流行したファンタジー小説の一群です、キャプテン...
「初耳だ」
「キャプテンに報告すると『不要だ、削除しろ』と言われるの...
「余計なお世話だ」
ワイルダーがうんざりしたようにかぶりを振る。ケティは困...
「うん、その、なんと説明したものか」
ワイルダーが困ったように頭を掻くと、またどこからかスペ...
「キャプテン、船体のチェックは滞りなく完了しております。...
言い終えると同時に、空気が抜けるような音がして、「塔」...
「仕方ないな」
ワイルダーは呟き、親しみのある笑顔を浮かべて、「塔」の...
「こちらへどうぞ、お嬢さん。大したもてなしはできないが、...
そう言って、先導するように歩き出す。ケティは少し迷った...
足を踏み入れた先は、丸い部屋になっていた。壁面も天井も...
ケティが完全に部屋の中に入るのと同時に、再び空気の抜け...
「そちらにどうぞ、お嬢さん」
部屋の中央に立ったワイルダーが手で目の前を示すと、そこ...
長い鉄の腕が二本伸びてきた。どこからか、スペンダーの平坦...
「コーヒーをどうぞ、キャプテン。レディは紅茶でよろしかっ...
「あ、はい。ありがとうございます」
細長い鉄の腕が、手に握った二つのカップをテーブルに置く...
ワイルダーは手元に置かれたカップから、見慣れない真っ黒...
ケティは好奇心を駆られた。
「あの、その真っ黒いのは、飲み物なのですか?」
「え? ああ、コーヒーのことかい?」
「コーヒー、ですか?」
「そうか、君が住んでいる地域では、飲まないんだね」
納得したように呟いたあと、ワイルダーは悪戯っぽい笑みを...
「試しに一口、飲んでみるかい?」
ケティはおそるおそるカップを受け取った。中に満たされた...
(大丈夫、この人だって飲んでいるんだから、毒ではないはず)
自分に言い聞かせながら、ケティは目を閉じてカップに口を...
「お嬢さんにはまだ苦すぎたようだね」
子供扱いされていると感じて、ケティは少しムッとした。カ...
「仮にも貴族の娘に対してそのような物言い、失礼なのではあ...
ワイルダーは苦笑しながら頭を掻いた。
「これは失礼。そう言えば、自己紹介するのを忘れていたね。...
そう言って、ワイルダーはテーブルの上で右手を差し出した...
「すまない、初対面の相手と握手する習慣はなかったかな?」
「いえ、分かりますけれど」
ケティもまた、慌てて自分の手を差し出す。ワイルダーがほ...
(やっぱり異邦人なんだわ)
改めて確認するのと同時に、俄然目の前の男に対して興味が...
「あなたは一体どこのどなた? 先程『船』と仰っていました...
「その前に」
ワイルダーは穏やかながらどこか面白がるような口調で、ケ...
「出来れば、君の名前をお聞かせ願いたいんだが」
頬が熱くなった。そう言えば、相手に聞くばかりで自分のこ...
ケティは慌てて座りなおすと、咳払いをして自己紹介した。
「失礼いたしました。私、ケティ・ド・ロッタと申します。ロ...
ワイルダーの目が子供のような輝きにきらめいた。上の方に...
「聞いたか、スペンダー」
「イエス、キャプテン。会話は全て録音されております」
「ああ、そうしてくれ。貴族に魔法、魔法学院か! 本当にフ...
感心したように何度も頷いたあと、ワイルダーは興味深げに...
「ということは、君は貴族の令嬢でお姫様ってことだ。そうい...
間近でまじまじと見つめられると、ケティの胸に恥じいるよ...
身じろぎしながら、ぼそぼそと答えを返す。
「いえ、お姫様だなんて……ロッタ家はそれほど身分の高い家柄...
「そうなのかい? まあ僕からすれば同じことさ。生まれてこ...
そう言ったあとで、少し気まずそうに頬を掻く。
「そういうわけだから、多少礼儀作法に欠けるのは許してもら...
「ええ、構いません。楽にしてください」
ワイルダーがほっと息を吐いた。
「やあ、良かった。テーブルマナーなんて求められたらどうし...
「だから少しは教養を身につけるべきだと、常日頃から申し上...
「うるさいぞスペンダー、宇宙の男にそんなものは不要だ」
拗ねたように唇を尖らせるワイルダーを見て、ケティはなん...
才人にどこか似ているからかもしれない。そう思ってみると、...
「さて、ケティ」
ワイルダーが膝の上で手を組んで、少し身を乗り出してくる...
「僕にいろいろと聞きたいあるようだね。なんでも、遠慮なく...
ケティは迷った。確かに聞きたいことはたくさんあったが、...
「無限に広がる大宇宙を駆ける、誇り高き男!」
誇らしげな叫びと共に、実物よりもいくぶんか美化されたワ...
「その名は、キャプテン・ワイルダー! 数多の惑星を飛び回...
声と共に、次々と絵が切り替わる。派手な爆発を背景に、見...
「進め、キャプテン・ワイルダー! その手に未来を勝ち取る...
最後にきらりと歯を光らせて笑うワイルダーの顔が大写しに...
「いかがでしたでしょうか。なおスタッフに関しましては、音...
「おい、スペンダー」
ワイルダーがうんざりした声で遮った。
「一体何の遊びだ、今のは」
「初めてお越しいただいたお客様にキャプテンのことを紹介す...
「当たり前だ。見ろ、ケティの顔を。すっかり動転しているじ...
名前を呼ばれて、ケティははっとしてワイルダーの方に向き...
「あの、今のは一体」
「イカれたAIの悪ふざけだ。気にしてくれなくていい。スペ...
「了解いたしました、キャプテン」
悪びれない声で答えて、スペンダーが黙り込む。「まったく...
「まあ、さっきのふざけたムービーも、ある程度正しくはある...
「あの」
ケティはためらいつつも、ワイルダーの話を遮った。
「なんだい、ケティ」
「いえ、先程仰った、宇宙だとか惑星だとかいった単語の意味...
「ああそうか、うっかりしていたな」
ワイルダーはぴしりと自分の額を叩いたあと、穏やかに笑っ...
「分かった、じゃあその辺りから説明しようか」
そして、ワイルダーはケティが今まで想像したことすらなか...
青い空の向こう、無限に広がる大宇宙。風も空気も上下左右...
「それでは、このハルケギニアも、そういった『星』の中の一...
「そういうことだね。この世界で信奉されているのが地動説か...
ワイルダーはケティの呆然とした表情を楽しむように言う。...
「この『塔』も、ロケットという名の船だと?」
「ああ。こいつは」
「恒星間移動すら可能な空間跳躍航法を実装した、最新式のブ...
スペンダーの声が会話に割り込んだ。
「人類史上最も効率的かつ高性能な超小型対消滅エンジンと、...
「スペンダー」
ケティにはさっぱり意味が分からない説明を捲し立てるスペ...
「僕はさっき、黙ってろと言ったはずだが」
「『しばらく』とも仰いました。その時間はもう終わったもの...
「分かった。じゃあ今度は、僕がいいと言うまで黙ってろ」
「了解しました、キャプテン」
またも生真面目な声で答えて、再度スペンダーが黙り込む。...
「おしゃべりな奴で、すまないね。だがまあ、やっぱり説明自...
「でも、こんなに大きなものが空から降りてきたら、いくら真...
「ああ、この船には光学迷彩……要は透明になれる機能があって...
ワイルダーは椅子の上で居住まいを正し、じっとケティを見...
「今の説明である程度推測できたかもしれないけれど、このロ...
「どうしてですか?」
「もちろん、混乱が起きるからさ。自然な文明発展に悪影響を...
未成熟な文明に過ぎた力を与えるわけにはいかない。本当なら...
前半はよく分からなかったが、後半の「禁じられている」と...
「つまり、あなたは今、規則を破ってしまっているのですね」
「まあ、そういうことになるかな」
「ごめんなさい、わたしのせいで」
身の縮むような思いを味わうケティに、ワイルダーは気楽に...
「いや、別に君のせいじゃないよ。どちらかと言うと油断して...
「でも」
「ただまあ」
ワイルダーは少し言いにくそうに切り出した。
「こちらの事情を分かってもらえたのなら、僕らのことは秘密...
「ええ、それはもちろんです。ロッタ家の家名に賭けてお約束...
「本当かい? ありがとう、すごく助かるよ」
安堵しきったワイルダーの声を聞くと、またもケティの中で...
「参考までにお聞きしたいのですけれど、もしもわたしが喋っ...
「そのときは、急いでこの星から出て行くだけさ」
ワイルダーは肩をすくめた。
「このロケットがなくなれば、誰も君の話を信じなくなるだろ...
「それもそうですわね」
ケティもまた、ほっと息をつく。喋れば誰かに害が及ぶよう...
「ああ、わたし、もう学院に帰らないと」
慌てて立ち上がると、ワイルダーが少し残念そうな顔で呟い...
「そうか、もう帰ってしまうのか。残念だな、君の話もいろい...
「え、わたしの話ですか?」
思いがけない言葉に、ケティの胸が高鳴る。ワイルダーは立...
「ああ。どうせ規則を破ってしまっているんだし、住人の口か...
話しながら、ワイルダーは壁の一角に歩み寄る。それを待っ...
「さて、それじゃさよならだ、ケティ」
低い階段の上に立ち、ワイルダーが眉を傾ける。
「送っていけなくて申し訳ないね。本当なら、君のような女の...
「いえ、大丈夫です。この森のことはよく知っていますし」
そう言ったあと、ケティは迷った。先程から、ある思いつき...
「あの、もし、よろしかったら、なんですけど」
散々悩みぬいた挙句に、ケティは思い切って切り出した。ワ...
目をしばたたく。
「なんだい、急に?」
「いえ……あの、もしよろしければ、またここに来てもいいでし...
「本当かい?」
ワイルダーの顔に喜びが広がる。彼は階段を駆け下りてきて...
「ありがとう、ケティ。もちろん大歓迎さ。楽しい話をたくさ...
上下に手を振るワイルダーを見て、ケティは恥じらい混じり...
「そんな、わたし、きっと大したことは話せませんわ」
「いやいや。僕にとって、未知の世界の話はなんだって心が躍...
ワイルダーは悪戯っぽく片目をつむった。
「君だけを特別に招待するわけだからね。必ず一人で来てくれ...
「わたしだけ、特別」
なんとも言いがたい感動が湧き起こる。今まで何も持ってい...
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