ゼロの使い魔保管庫
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Funny Bunny 2 [[205]]氏
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(特別な人間になれば、サイトさまとも少しはお近づきになれ...
わけの分からない理屈だと思いつつも、心は勝手に楽観的な...
「分かりました。ここに来るときは、必ず一人で来ますから」
「うん、そうしてくれ。いやあ、楽しみだなあ」
上機嫌に頷いているワイルダーを見ていると、ケティもまた...
思えば今日は彼に驚かされっぱなしだったから、最後に少し仕...
「それでは失礼いたします、ミスタ・ワイルダー」
ケティはスカートのポケットに入っていた自分の杖を取り出...
「こりゃ凄い! おいスペンダー、記録しているか? ……ああ...
「イエス、キャプテン。全て記録しております。驚くべき現象...
「ああ。これが魔法というものなんだなあ」
深く感動しているらしいワイルダーを見ながら、ケティは出...
「それではミスタ・ワイルダー、ごきげんよう。良い夢を」
「ああ、お休みケティ。次に君が来るのを楽しみに待っている...
大きく手を振るワイルダーに背を向けて、ケティは空に舞い...
(そう。あの船のことは、わたしだけの秘密)
胸中で呟きながら、ケティは今までにないほど軽やかに空を...
その日の夜、再び集まった友人たちと話している最中も、そ...
翌日以降、それまでの憂鬱さから一転して、ケティは楽しい...
とは言え、昼間の生活にはさして変化がない。相変わらずあ...
「なんかさ、ケティ、最近やけに楽しそうだよね」
「いえ、そんなことありませんよ。わたし、至って普通ですわ」
今はもう試験管を振るのを止めたコゼットが疑わしそうに言...
授業が終わると、ケティは人目を避けてこっそりと学院を抜...
「やあ、いらっしゃいケティ。待っていたよ」
ワイルダーはいつも、入り口の階段の上に立ち、両手を広げ...
彼の格好は毎日違うものになった。最初の日は魔法学院の教...
「ところで、その服はどうやって調達いたしましたの?」
「スペンダーが用意してくれるのさ」
「まあ、彼はそんなことも出来ますのね」
「イエス、ミス・ロッタ。ベッドメイクから調理、裁縫に至る...
平坦ながらもどこか得意げなスペンダーの声を聞いて笑いな...
それはそれとして、ケティの方でも、様々なことをワイルダ...
「観測ユニット、でしたっけ。最初の日にわたしが驚かされた...
「ああ、そうだ。今は外装をこの惑星の生き物のものに張り替...
そう言いながら、ワイルダーはその観測ユニットの内の一体...
だが傍目には本物にしか見えず、抱き上げたケティの臭いをふ...
「よく出来ていますのね」
「イエス、ミス・ロッタ。この通り精密な作業もお手の物、ア...
「調子に乗りすぎだぞ、スペンダー」
たしなめるワイルダーの声にくすりと笑いながら、ケティは...
対面に座ったワイルダーはあの黒い飲み物……コーヒーを飲んで...
「よくそんな苦い飲み物を平気で飲めますわね」
「苦みばしった大人の味さ。なに、君にもその内分かるように...
ワイルダーは何やら深みのある笑みを浮かべて、今日も美味...
空の向こうからやって来た旅人たちとの出会いから、もう二...
その日ケティは、コゼットの薬草採取に付き合って森に足を...
「コゼっち、あんまり奥に入りすぎると、学院に戻るのが遅く...
手鏡をしまいこみながら、エリアが不満げな声を上げる。コ...
「大丈夫だって、ちょっと薬草探すだけなんだからさ。でもこ...
ぼやくように言いながら、コゼットはどんどん森の奥に進ん...
「もう。最近この辺りではぐれワイバーンが目撃されたって話...
「大丈夫だって。そんなもん、出てきたって氷付けにしてやっ...
気安く請け負うコゼットは、止まる気配など微塵も見せない...
(このまま進んでいくと、あの広場まで着いてしまいそうなん...
その不安は的中し、コゼットはとうとう、あの広場に足を踏...
「ねえコゼット、早く戻りましょう。そろそろ日が落ちてきま...
「そんな心配すんなよ。いざとなったらフライで帰ればいいじ...
「それはそうですけど」
ケティは口ごもった。コゼットをこの広場から追い出すため...
(やっぱり、わたしだけ特別なんだわ)
周辺に生えている木の根元を探っているコゼットは、すぐそ...
「まあ、本当なんですかそれ」
「うん」
振り向くと、アメリィが恥ずかしそうに頷いているのが見え...
「それで、どうしたらいいのか、分からなくて」
「それはもちろん、ちゃんと答えてあげるべきですよ。嫌いで...
「うん。活発だけど優しくて、むしろ好感を持ってるぐらい」
「それはなによりです。帰ったら早速おめかししましょうね」
「でも、ちょっと怖い」
「大丈夫ですよ、アメりんはとっても可愛らしいお顔なんです...
「あの」
楽しげに話しこんでいる二人の間に、ケティは遠慮がちに割...
「お二人とも、何の話をなさってるんですの?」
「ああケッちゃん。実は、アメりんがですね」
とエリアが話し出したところで、「いってーっ!」という叫...
はっとして振り向くと、いつの間にか広場の中央付近に移動し...
(まずい……!)
あの辺りは、ワイルダーたちのロケットがあるはずの場所で...
り過ぎて、アメリィとエリアがコゼットに駆け寄る。
「どうしたの、コゼット」
「なにが痛いんですの、コゼっち。自分の存在?」
「ちげーよバカ! 今、何かに思いっきりぶつかったんだよ!」
「何かって、なんですか? 何もありませんけど」
不思議そうに周囲を見回すアメリィとエリアのそばで、コゼ...
「っかしーな。確かに、なんかスゲー硬いものに頭ぶつけたん...
コゼットが何もない空間に向かって怪訝そうに手を伸ばす。...
「なんでこんなとこにぃ!?」
悲鳴を上げるコゼットの前で、オーク鬼は再度咆哮を響かせ...
「コゼっち、氷づけにするんじゃなかったんですかー!?」
「アホ、んなこと言ってる場合か!」
「早く逃げないと」
三人は各々杖を取り出して口早に詠唱すると、ふわりと空に...
「ご友人方の後を追った方がいいのではないですか、ミス・ロ...
「……え?」
突然オーク鬼の口から吐き出された理性的な言葉に、一瞬ケ...
だが、すぐに正気を取り戻して、驚きと共に叫んだ。
「もしかして、スペンダー!?」
「しっ! 声が大きいですよ、ミス・ロッタ」
言われて、ケティは慌てて口を塞ぐ。だが、胸の動悸は治ま...
「もしかして、これも擬装した観測ユニットの内の一体、とか...
「さすがに聡明でいらっしゃいますね、ミス・ロッタ。そう、...
オーク鬼は涎を垂れ流しながら、口が裂けたような笑みを浮...
「さ、怪しまれない内に早くお行きなさい、ミス・ロッタ」
「ええ。ありがとう、スペンダー」
「いえ。ただ、出来るならばこんな物を秘密で作っていたこと...
「分かりましたわ」
スペンダーの平坦ながらも冗談めかした言葉に笑って頷きな...
木々の上まで飛んだとき、物凄い勢いで降下してきたコゼッ...
「大丈夫か、ケティ!? 怪我してないか、貞操は守られてい...
「興奮しすぎですわ、コゼット、言葉が意味不明になってます」
落ち着かせるように言うと、コゼットはようやく少し冷静さ...
厳しい顔つきでケティの体を上から下までじっくりと眺め、ほ...
「良かった、あの豚野郎にヤられちまったのかと思ったよ。可...
「コゼっち、その言葉はなんだかちょっとあやしいですわー」
ふざけ半分に身をくねらせながら、エリアも下りてくる。そ...
「こんなところにオーク鬼が出るなんて」
「どうしましょうねえ。学院の先生方に話したほうがいいんで...
ちょこんと首を傾げるエリアに、ケティはまたも焦った。そ...
幸いにも、その危惧は「ダメだ!」と叫んだコゼットによっ...
「この辺、結構穴場もあるんだぜ! 人が入るようになったら...
「コゼっちほどの薬草マニアなんて、それほどたくさんはいな...
エリアが苦笑する。
「でも、確かに話さないほうがいいかもしれませんね。変に騒...
「面倒なのは嫌」
アメリィもぼそりと同意する。コゼットが赤い髪を乱暴に掻...
「とは言えあんなのがいるんじゃ、しばらくは森に入らない方...
ケティはほっと胸を撫で下ろした。同時に、また少し嬉しく...
(あのオーク鬼が偽物だと知っているのも、やっぱりわたしだ...
先ほどのオーク鬼の恐ろしさ、醜さについて口々に語ってい...
だから、広場でアメリィとエリアが話していたことについて...
森で偽物のオーク鬼と遭遇した翌日、いつものようにワイル...
(なんでしょう?)
首を傾げながら、ケティは群集に近づいた。近づくにつれて...
「アメリィ!?」
叫び声が、群衆の上げた歓声にかき消される。その中心で、...
「幸せをおすそ分けーっ!」
先ほどの宝石が、アメリィの手から空に向かって高々と放り...
「皆さんも、わたしみたいに幸せになっちゃってくださーい!」
彼女が叫ぶたび、煌く宝石が次々と夕暮れの空に舞い踊る。...
ケティの知るアメリィは、内気で大人しい少女である。いつ...
その彼女が長い黒髪を勢いよく躍らせ、夕暮れの空に向かっ...
いその行動は、冷静に見るとかなり痛々しい。しかし、内から...
そのアメリィが、上空に浮いているケティに気付いて、にっ...
「ケティーッ!」
アメリィが叫ぶ。服に縫い付けられていた宝石の中でも一番...
「あなたも、怖がらないでーっ!」
力強い叫びが、ケティの胸に突き刺さる。呆然とする彼女の...
「一緒に頑張ろうね、ケティ!」
アメリィは楽しそうに叫んで、また宝石をばらまき始める。...
そうして日が完全に落ちかける頃、アメリィはようやく全て...
一礼した彼女を、群集の盛大な拍手が包み込む。その中から一...
「とても素敵だったよ、僕のアメリィ!」
「ありがとう、アルテュール! あなたが見守っていてくれた...
アメリィは台状に隆起した地面を蹴って空中に身を躍らせ、...
こうして、ケティには全くわけが分からないまま騒ぎは終わ...
「……で、なんで反省文書かされてんの、あたしたち」
「そりゃ、悪いことしたわけですから」
憮然とした表情で机に向かっているコゼットに、エリアが愉...
「あの薬、効きすぎ」
その髪の主、いつも以上に青白い顔で呟くアメリィもまた、...
あれから、まださほど時間は経っていない。だが、騒ぎを起...
「学院長を説得するのなんて楽勝ですよー。ちょっとこう、胸...
何故か同行したエリアは、そのときのことを実演しながら気...
今、四人がいるのはコゼットの部屋だ。とても年頃の少女の...
「やっぱ、シュヴルーズのババアを怪我させたのがまずかった...
「そもそもあんな騒ぎを起こしたこと自体、よくないことでし...
悔しそうなコゼットのぼやきに、ケティは呆れて溜息をつい...
アメリィがあんな風になってしまったのは、コゼットが作っ...
「いやー、栄養剤作ったつもりだったんだけど、体だけじゃな...
コゼットはそんな風に笑って誤魔化そうとしたが、罰からは...
だが、彼女以上にケティを驚かせたのは、アメリィが薬を飲...
「実は、ちょっと前に、アルテュールから求愛されていたの」
学院長室から帰ってきて、薬の効果もようやく消えたアメリ...
「わたし、ブスだし暗いし、彼に何かしてあげられるとは思え...
「そんな風にいつも通りのネガティヴ思考を繰り広げてたアメ...
「で、身も心もスゲー元気になったアメリィは、見事アルテュ...
「あの薬、効きすぎ」
アメリィは少し気持ち悪そうに口を押さえていたが、青白い...
「でもありがとう、コゼット。あれがなかったら、きっとアル...
「なに、いいってことさ。あたしの方も、自分の薬の程度がよ...
終わりの見えない反省文をだらだらと書き進めながら、それ...
「自分があんだけいい薬作れるってわかったからさ。なんか、...
「コゼっちったら、あれをいい薬と言い張るのは乱暴すぎます...
「いや、いい薬だ! なにせアメリィを幸せにしたんだしな。...
一人で勝手に盛り上がったあと、「……なんて、冗談は置いと...
「真面目な話、今回のことで本当に自信ついたんだよ、あたし...
「ああ、あれは大惨事でしたよね。ミセス・シュヴルーズ、泡...
「あの事件のせいで『劇薬』の二つ名がついた」
しみじみと当時を振り返るエリアとアメリィの声に、「しか...
「ついに、あたしはやり遂げたぞ! 挫折に次ぐ挫折の上にさ...
「何を?」
「学院を卒業したら、アカデミーとかには進まないで故郷に帰...
コゼットが椅子に片足を乗せながら断言する。豪快な動作で...
「どうしてそうなるんですの?」
「元々、母様の体を治すための薬を作るってのが目標だったか...
「でも、アカデミーに進んだほうがよりよい設備で研究が進め...
「そうかもしれないけど、やっぱり母様のそばについててあげ...
アカデミーなんかに進まなくても、あたしは十分にやれるって...
コゼットは歯を見せて力強く笑う。その笑顔が、なんだか妙...
「わたしも」
不意に、アメリィがいった。か細いが、芯の通った確かな声...
「わたしも、今回のことで、少しだけ前を向けた気がする。こ...
「かなり痛々しかったですけど」
「それでもいいの」
茶化すようなエリアの声に、アメリィは一生懸命な口調で答...
「頑張れば、きっと出来ることがあるって、分かったから。き...
アメリィの口許に微笑が浮かぶ。エリアがにっこり笑って、...
「じゃあもっと綺麗になりませんとね、アメりんは。とりあえ...
「エリア、お願いできる?」
「任せてください。アメりんの愛しいアルちゅーが欲情するぐ...
「アルちゅーってお前、そのあだ名はねーよ。酒飲みか」
即座にコゼットの突っ込みが入り、三人が楽しげに笑い合う...
「ねえ、ケッちゃん」
不意に、エリアが静かな声で呼びかけてきた。顔を上げると...
「わたしたちは、みんなこの先のことを決めましたよ」
アメリィの髪を弄りながら、エリアが気遣うような柔らかい...
「ケッちゃんは、どうするんですか?」
静かながらも鋭い問いかけに、ケティは答えられなかった。...
「分かりません。まだ」
ようやく絞り出した声のあまりの情けなさに、ケティはその...
エリアは「そうですか」とだけ呟き、また無言でアメリィの...
息苦しい夜が明けて、次の日は休日だった。ケティはその日...
(勘違い、していました)
胸中で呟き、溜息をつく。
結局のところ、ケティは何も変わっていないのだった。ワイ...
だが、実際には彼女自身は何も変わってはいないのだと、昨日...
自信に満ちたコゼットの笑顔、嬉しそうに細められたアメリ...
(ケッちゃんは、どうするんですか?)
「分かりません。まだ」
昨日の答えを、もう一度繰り返してみる。この言葉は嘘だ。...
ワイルダーたちに出会い、未知の世界をほんの少し垣間見た...
(ギーシュ様に捨てられたときも、こんな風に過去の自分が恥...
つまり、あのころから少しも成長していないということだっ...
(そう、せめて、あの人には笑顔で会わないと)
心に言い聞かせて顔を上げたとき、ふと、耳慣れない音が聞...
(巡回中の竜騎士……?)
それにしてはやけに羽音が近い気がする。頭上に目を向けた...
追い詰めた獲物を嬲って楽しもうとでも言うのか、黒い影は...
(ワイバーン……! どうしてこんなところに!?)
ワイバーンは獰猛に息を吐き出しながら地面すれすれを滞空...
一瞬、またスペンダーが凝った観測ユニットを作ったのでは...
「いや……!」
か細い悲鳴を絞り出しながら、ケティは尻餅を突いたままじ...
ケティの情けない姿を見て満足したのか、ワイバーンは見せ...
「いや……いや!」
木の幹に背中がぶつかり、退路は完全に断たれてしまった。
「助けて……助けて!」
無駄と知りつつも、ケティは全身の力を振り絞って絶叫した。
「助けて、サイトさま!」
叫ぶと同時に、信じられないことが起きた。森の奥から一条...
何が起きたのか全く分からないまま、呆然として怪物の死体...
(サイトさま?)
立ち上がることすらできず、激しい動悸を感じながら靴音の...
「無事か、ケティ!」
息を切らして駆けてきたのは、才人ではなくワイルダーだっ...
「大丈夫か、ケティ? 僕が分かるか?」
「……ミスタ・ワイルダー?」
「そうだ、僕だ。すまない、またセンサーが不調とかで、あの...
軽口を叩きつつも、ワイルダーは鋭い目で周囲を見回してい...
「どうやら、他にはいないようだな。君が無事で本当に良かっ...
「……あなたが、助けてくださったんですか?」
ようやくそれだけ聞いてから、ケティは不意に気がついた。...
「ああ、これはレーザーライフルだ。護身用として、ロケット...
「そうですか」
レーザーライフル、というのが何なのかはよく分からなかっ...
目を覚ましたとき最初に見えたのは、白く丸い天井だった。...
(ミスタ・ワイルダーのロケットの中……?)
ぼんやりそう考えると同時に、スペンダーの平坦な声が響い...
「キャプテン、ミス・ロッタがお目覚めになりました」
「おお、そうか。大丈夫かい、ケティ」
ワイルダーが心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。ケテ...
と答えながら体を起こした。まだ少し頭が痛かったが、動くの...
「本当に良かった。ケティが倒れたときは、ひどい怪我をした...
「脳の自己防衛機能が働いたものと考えられます。ミス・ロッ...
「ああ、そのようだな。いや、本当に良かった」
ワイルダーは心底安堵した様子で、ベッドのそばに置いてあ...
「すみません、お礼を申し上げるのを忘れていました。危ない...
「ああいや、気にしないでくれ。友達を助けるのは当然のこと...
手を振るワイルダーの声に、スペンダーの平坦な声が重なっ...
「キャプテンは、あなたが襲われているのをモニターで確認す...
「狙撃……つまり、ここからあのワイバーンを撃ったのですか?」
ケティは驚いた。正確には覚えていないが、ワイバーンに襲...
「ミスタ・ワイルダー。あなたは、銃の名人でしたのね」
「いや、別に、そんなことは」
ワイルダーは気まずげに言葉を濁す。謙遜しているというよ...
「ケティ、君に是非とも聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
ワイルダーは面白がるようににやにや笑いながら聞いてきた。
「サイト、というのは誰のことかな? 恋人かい?」
彼としては、ここでケティが真っ赤になるとか、そういう反...
しかし、その質問はただ彼女の胸を重くしただけだった。
(『助けて、サイトさま!』ですって?)
あのときの叫びの滑稽さに、ケティは自分で自分を嘲笑いた...
(こちらの名前すら覚えていないであろうあの方に、あんな場...
同時に、ケティは気がついてしまった。死の間際にあって、...
(本当に……馬鹿なわたし)
ベッドの上で膝を抱えて、ケティはとうとう泣き出してしま...
「いや、本当にすまなかった」
「キャプテンは最低の男です」
「まさか、君がそれほどまでに切ない恋心を抱いているとは思...
「キャプテンは人類史上最も劣った男です」
「配慮が足りなかった。どうか、許してほしい」
「キャプテンは全宇宙史上最も劣った最低の糞生命体です」
「決して君の……ってちょっと待て、お前にそこまで言われる筋...
「キャプテンは最低の男です」
しれっと平坦な声で繰り返すスペンダーに、ケティはつい笑...
そんなケティを見てかすかに息をつきながら、ワイルダーは...
「本当にごめんよ。君のあのときの叫びを聞いて、この惑星の...
「キャプテンのようなクズ男に乙女の切ない恋心が理解できる...
「分かった、お前は少し黙ってろ、スペンダー」
「了解しました、クズキャプテン」
「スペンダー!」
怒鳴るワイルダーに、ケティはまた笑ってしまう。彼もまた...
「ねえ、ミスタ・ワイルダー?」
「なんだい、ケティ」
「あなたも、恋をしたことがありますの?」
「キャプテンの乏しい人生経験に甘酸っぱさを求めるのは少々...
「黙ってろと言ったろ、スペンダー」
「拗ねますよ、キャプテン」
スペンダーが不服そうに黙り込んだあと、ワイルダーは無精...
「自分では久しく忘れていた感情だね、それは」
「そうなのですか。でもあなたはハンサムですし、相手には不...
「僕が? まさかな」
ワイルダーは肩をすくめた。
「人生で初めて書いたラブレターは、僕が好きだった女の子の...
次の日には教室の黒板に大々的に張り出されていたよ」
「そんな、ひどいわ」
「そうだね、ひどい話だと思う。だが、僕の情けない女性遍歴...
懐かしそうに話すワイルダーの口調は、内容の割にはひどく...
「でも、信じられませんわ。ミスタ・ワイルダーはこんなにた...
面白い冗談を聞いたとでも言うように、ワイルダーがぷっと...
「だけどねケティ。今の君と同じ年頃の僕を見たら、君だって...
「そんな」
「いや、紛れもない事実なんだよ、これは」
ワイルダーは、どこか遠くを見るような目をして、自分の過...
「僕は、ある貿易会社の社長として手広く商売してた親父の、...
『探検隊員募集!』なんてチラシを、そこかしこで見かけるよ...
滔々と語るワイルダーの声を、ケティは黙ったまま聞いてい...
「ごめん、元々は恋の話をしていたんだっけね。あー、まあ、...
「当然ですね」
「黙れスペンダー」
「了解キャプテン」
スペンダーが再度黙り込んだあと、ワイルダーはじっとケテ...
「でもね、ケティ。案外、思い切って踏み出してみるのも悪く...
ワイルダーは肩をすくめた。
「結局説教臭くなってしまったな。分かりきったことを延々と...
「いえ、わたしは」
その後に続ける言葉が見つからず、ケティは黙り込んでしま...
いつも通り、学院に帰り着いたのは夕暮れどきだった。寂し...
(分かりきったこと、か)
確かに、ワイルダーの言うとおりだ。自分から動かなければ...
(扉を叩く……わたしの場合は、サイトさまにこの想いを告げる...
それを想像すると、ただ憂鬱な感情だけが心に重く圧し掛か...
奇跡的に想いを伝えることが出来たとして、思い浮かぶのは...
『好きです、サイトさま!』
『ふーん。で、お前誰?』
もちろんこの想像があまりにも悲観的過ぎるのは分かってい...
(ダメですね、わたし。長所なんて一つもないくせに、こんな...
ケティがまたも根暗な感情の渦にはまり込みそうになったと...
「なにやってんの、こんなところで」
「さ」
――サイトさま。
という言葉は、もちろん声にはならなかった。ケティの目の...
ケティの胸の中で、心臓が狂ったように暴れ始める。手の平...
(落ち着くのよケティ。ありえないわこれは。誰かがアルヴィ...
自分でもわけの分からないことを頭の中で繰り返す内に、不...
「ケティ、でいいんだったよな」
「え?」
誰のことだろう、と数秒ほど悩んで、唐突に自分の名前だと...
「わ」
「わ?」
才人が眉をひそめる。ケティは一度息を飲み込んでから、わ...
「わた、わたしの名前、覚えていてくださったんですか?」
「え? あれ、間違ってる?」
「いえ、いえいえいえ、間違ってないです。私ケティ・ド・ロ...
「ああ、こりゃご丁寧にどうも。俺は」
「サイトさま! サイトさまですよね! もちろん覚えており...
「あ、ああ、そりゃどうも」
突然叫びだしたケティに驚いたのか、才人がベンチの上で若...
(サイトさまが! サイトさまが、わたしの名前を覚えていて...
幸福感で痺れたようになる頭に、さらに信じられない言葉が...
「確か、前にビスケットもってきてくれたよな。手作りの」
言って、才人は苦笑する。
「まあ、あんときはルイズに邪魔されて食えなかったけどさ」
「そ、そんなことまで、覚えててくださったんですか……!」
「そりゃ覚えてるよ。美味そうだったし。だからまあ」
才人は肩をすくめた。
「今、そこ通りかかったときに、なんか落ち込んでるみたいに...
それで声かけたんだけど」
申し訳なさそうに頭を掻く。
「よく考えりゃ、馴れ馴れしかったよな。ごめん」
「いえ、そんなことはありません!」
気がつくと、ケティは立ち上がって叫んでいた。ほとんど絶...
「わたし、凄く元気になりましたから! 本当、もう、今なら...
「そ、そうなのか。あー、まあ、そりゃ良かったな、うん」
才人は少々ぎこちないながらも笑みを浮かべて、立ち上がっ...
「まあ、よくわかんないけど元気になったのなら良かったよ。...
「はい、サイトさま!」
片手を上げて去りかける才人の背中を、ケティは浮き上がる...
(まさか、わたしなんかの名前を覚えていてくださるなんて……...
夢見心地のまま立ち尽くすケティの前から、才人の背中がゆ...
そのとき不意に、誰かが頭の中で問いかけてきた。
(それでいいの?)
ケティははっと我に返った。痺れるような幸福感も、楽しい...
(それでいいの? 名前を覚えてもらったから、それで満足?...
気がつけば、去り行く背中に向かって手を伸ばしていた。
「サイトさま!」
自分でも信じられないほど、大きな声が出た。才人が驚いた...
(ううん、もしも仮に、サイトさまが絵の中の王子様だったと...
わけの分からない想像が、頭の中を埋め尽くす。ケティは思...
「あの!」
「うん」
「あの」
「ああ」
「……あの」
「……なに?」
どんどん声が萎んでいくケティを前にして、才人が困惑した...
これじゃダメだ、とケティは思った。
(やっぱり、わたしには無理だったんだわ。「なんでもないで...
そう考えたとき、不意に足元で何かが光った。黄昏の光を照...
自信に満ちたコゼットの笑顔と、嬉しそうに細められたアメ...
「好きです!」
悲鳴のような叫び声。ぽかんと口を開けた才人の顔が見える...
「好きです、サイトさま! わたしなんかにこんなこと言われ...
ついに言葉が途切れた。言い尽くしたのだ。才人は最初こそ...
が、ケティが本気だと悟ってくれたのか、最後のほうは真剣な...
「そっか」
ぽつりと呟く。ケティは何も言えず、息も出来ないまま立ち...
「俺も、ちゃんとした返事もらえない辛さってのは知ってるか...
ケティは声も出せず、ただ震えながら頷くしかない。
そんな彼女の前で、才人はただ小さく、目を伏せた。
「ごめん。その気持ちは受け取れない」
ああ、やっぱり。溜息のような感情が、じわりと胸の中に広...
「ルイズさまのことが、好きだからですか」
聞いても傷つくだけだと分かってはいたが、聞かずにはいら...
「ああ、そうだ。だから、他の誰に、どんな風に言われたって...
「そうですか。そう、ですよね」
何かが胸からこみ上げてくる。ケティは拳を握り締めて、そ...
「真剣に応えてくださって、ありがとうございました! わた...
一方的に言い捨てて、ケティは夕闇の中へ駆け出した。才人...
もう夜の闇に覆われかけている森の中を夢中で駆け抜け、ケ...
「どうしたんだい、ケティ」
困惑したような、労わるような声が、頭上から降ってくる。...
「ケティ?」
「振られた」
嗚咽混じりの情けない声が、口から漏れ出した。
「振られたの、わたし」
それ以上は言葉にならず、ただ泣き叫ぶしかなかった。ワイ...
終了行:
Funny Bunny 2 [[205]]氏
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(特別な人間になれば、サイトさまとも少しはお近づきになれ...
わけの分からない理屈だと思いつつも、心は勝手に楽観的な...
「分かりました。ここに来るときは、必ず一人で来ますから」
「うん、そうしてくれ。いやあ、楽しみだなあ」
上機嫌に頷いているワイルダーを見ていると、ケティもまた...
思えば今日は彼に驚かされっぱなしだったから、最後に少し仕...
「それでは失礼いたします、ミスタ・ワイルダー」
ケティはスカートのポケットに入っていた自分の杖を取り出...
「こりゃ凄い! おいスペンダー、記録しているか? ……ああ...
「イエス、キャプテン。全て記録しております。驚くべき現象...
「ああ。これが魔法というものなんだなあ」
深く感動しているらしいワイルダーを見ながら、ケティは出...
「それではミスタ・ワイルダー、ごきげんよう。良い夢を」
「ああ、お休みケティ。次に君が来るのを楽しみに待っている...
大きく手を振るワイルダーに背を向けて、ケティは空に舞い...
(そう。あの船のことは、わたしだけの秘密)
胸中で呟きながら、ケティは今までにないほど軽やかに空を...
その日の夜、再び集まった友人たちと話している最中も、そ...
翌日以降、それまでの憂鬱さから一転して、ケティは楽しい...
とは言え、昼間の生活にはさして変化がない。相変わらずあ...
「なんかさ、ケティ、最近やけに楽しそうだよね」
「いえ、そんなことありませんよ。わたし、至って普通ですわ」
今はもう試験管を振るのを止めたコゼットが疑わしそうに言...
授業が終わると、ケティは人目を避けてこっそりと学院を抜...
「やあ、いらっしゃいケティ。待っていたよ」
ワイルダーはいつも、入り口の階段の上に立ち、両手を広げ...
彼の格好は毎日違うものになった。最初の日は魔法学院の教...
「ところで、その服はどうやって調達いたしましたの?」
「スペンダーが用意してくれるのさ」
「まあ、彼はそんなことも出来ますのね」
「イエス、ミス・ロッタ。ベッドメイクから調理、裁縫に至る...
平坦ながらもどこか得意げなスペンダーの声を聞いて笑いな...
それはそれとして、ケティの方でも、様々なことをワイルダ...
「観測ユニット、でしたっけ。最初の日にわたしが驚かされた...
「ああ、そうだ。今は外装をこの惑星の生き物のものに張り替...
そう言いながら、ワイルダーはその観測ユニットの内の一体...
だが傍目には本物にしか見えず、抱き上げたケティの臭いをふ...
「よく出来ていますのね」
「イエス、ミス・ロッタ。この通り精密な作業もお手の物、ア...
「調子に乗りすぎだぞ、スペンダー」
たしなめるワイルダーの声にくすりと笑いながら、ケティは...
対面に座ったワイルダーはあの黒い飲み物……コーヒーを飲んで...
「よくそんな苦い飲み物を平気で飲めますわね」
「苦みばしった大人の味さ。なに、君にもその内分かるように...
ワイルダーは何やら深みのある笑みを浮かべて、今日も美味...
空の向こうからやって来た旅人たちとの出会いから、もう二...
その日ケティは、コゼットの薬草採取に付き合って森に足を...
「コゼっち、あんまり奥に入りすぎると、学院に戻るのが遅く...
手鏡をしまいこみながら、エリアが不満げな声を上げる。コ...
「大丈夫だって、ちょっと薬草探すだけなんだからさ。でもこ...
ぼやくように言いながら、コゼットはどんどん森の奥に進ん...
「もう。最近この辺りではぐれワイバーンが目撃されたって話...
「大丈夫だって。そんなもん、出てきたって氷付けにしてやっ...
気安く請け負うコゼットは、止まる気配など微塵も見せない...
(このまま進んでいくと、あの広場まで着いてしまいそうなん...
その不安は的中し、コゼットはとうとう、あの広場に足を踏...
「ねえコゼット、早く戻りましょう。そろそろ日が落ちてきま...
「そんな心配すんなよ。いざとなったらフライで帰ればいいじ...
「それはそうですけど」
ケティは口ごもった。コゼットをこの広場から追い出すため...
(やっぱり、わたしだけ特別なんだわ)
周辺に生えている木の根元を探っているコゼットは、すぐそ...
「まあ、本当なんですかそれ」
「うん」
振り向くと、アメリィが恥ずかしそうに頷いているのが見え...
「それで、どうしたらいいのか、分からなくて」
「それはもちろん、ちゃんと答えてあげるべきですよ。嫌いで...
「うん。活発だけど優しくて、むしろ好感を持ってるぐらい」
「それはなによりです。帰ったら早速おめかししましょうね」
「でも、ちょっと怖い」
「大丈夫ですよ、アメりんはとっても可愛らしいお顔なんです...
「あの」
楽しげに話しこんでいる二人の間に、ケティは遠慮がちに割...
「お二人とも、何の話をなさってるんですの?」
「ああケッちゃん。実は、アメりんがですね」
とエリアが話し出したところで、「いってーっ!」という叫...
はっとして振り向くと、いつの間にか広場の中央付近に移動し...
(まずい……!)
あの辺りは、ワイルダーたちのロケットがあるはずの場所で...
り過ぎて、アメリィとエリアがコゼットに駆け寄る。
「どうしたの、コゼット」
「なにが痛いんですの、コゼっち。自分の存在?」
「ちげーよバカ! 今、何かに思いっきりぶつかったんだよ!」
「何かって、なんですか? 何もありませんけど」
不思議そうに周囲を見回すアメリィとエリアのそばで、コゼ...
「っかしーな。確かに、なんかスゲー硬いものに頭ぶつけたん...
コゼットが何もない空間に向かって怪訝そうに手を伸ばす。...
「なんでこんなとこにぃ!?」
悲鳴を上げるコゼットの前で、オーク鬼は再度咆哮を響かせ...
「コゼっち、氷づけにするんじゃなかったんですかー!?」
「アホ、んなこと言ってる場合か!」
「早く逃げないと」
三人は各々杖を取り出して口早に詠唱すると、ふわりと空に...
「ご友人方の後を追った方がいいのではないですか、ミス・ロ...
「……え?」
突然オーク鬼の口から吐き出された理性的な言葉に、一瞬ケ...
だが、すぐに正気を取り戻して、驚きと共に叫んだ。
「もしかして、スペンダー!?」
「しっ! 声が大きいですよ、ミス・ロッタ」
言われて、ケティは慌てて口を塞ぐ。だが、胸の動悸は治ま...
「もしかして、これも擬装した観測ユニットの内の一体、とか...
「さすがに聡明でいらっしゃいますね、ミス・ロッタ。そう、...
オーク鬼は涎を垂れ流しながら、口が裂けたような笑みを浮...
「さ、怪しまれない内に早くお行きなさい、ミス・ロッタ」
「ええ。ありがとう、スペンダー」
「いえ。ただ、出来るならばこんな物を秘密で作っていたこと...
「分かりましたわ」
スペンダーの平坦ながらも冗談めかした言葉に笑って頷きな...
木々の上まで飛んだとき、物凄い勢いで降下してきたコゼッ...
「大丈夫か、ケティ!? 怪我してないか、貞操は守られてい...
「興奮しすぎですわ、コゼット、言葉が意味不明になってます」
落ち着かせるように言うと、コゼットはようやく少し冷静さ...
厳しい顔つきでケティの体を上から下までじっくりと眺め、ほ...
「良かった、あの豚野郎にヤられちまったのかと思ったよ。可...
「コゼっち、その言葉はなんだかちょっとあやしいですわー」
ふざけ半分に身をくねらせながら、エリアも下りてくる。そ...
「こんなところにオーク鬼が出るなんて」
「どうしましょうねえ。学院の先生方に話したほうがいいんで...
ちょこんと首を傾げるエリアに、ケティはまたも焦った。そ...
幸いにも、その危惧は「ダメだ!」と叫んだコゼットによっ...
「この辺、結構穴場もあるんだぜ! 人が入るようになったら...
「コゼっちほどの薬草マニアなんて、それほどたくさんはいな...
エリアが苦笑する。
「でも、確かに話さないほうがいいかもしれませんね。変に騒...
「面倒なのは嫌」
アメリィもぼそりと同意する。コゼットが赤い髪を乱暴に掻...
「とは言えあんなのがいるんじゃ、しばらくは森に入らない方...
ケティはほっと胸を撫で下ろした。同時に、また少し嬉しく...
(あのオーク鬼が偽物だと知っているのも、やっぱりわたしだ...
先ほどのオーク鬼の恐ろしさ、醜さについて口々に語ってい...
だから、広場でアメリィとエリアが話していたことについて...
森で偽物のオーク鬼と遭遇した翌日、いつものようにワイル...
(なんでしょう?)
首を傾げながら、ケティは群集に近づいた。近づくにつれて...
「アメリィ!?」
叫び声が、群衆の上げた歓声にかき消される。その中心で、...
「幸せをおすそ分けーっ!」
先ほどの宝石が、アメリィの手から空に向かって高々と放り...
「皆さんも、わたしみたいに幸せになっちゃってくださーい!」
彼女が叫ぶたび、煌く宝石が次々と夕暮れの空に舞い踊る。...
ケティの知るアメリィは、内気で大人しい少女である。いつ...
その彼女が長い黒髪を勢いよく躍らせ、夕暮れの空に向かっ...
いその行動は、冷静に見るとかなり痛々しい。しかし、内から...
そのアメリィが、上空に浮いているケティに気付いて、にっ...
「ケティーッ!」
アメリィが叫ぶ。服に縫い付けられていた宝石の中でも一番...
「あなたも、怖がらないでーっ!」
力強い叫びが、ケティの胸に突き刺さる。呆然とする彼女の...
「一緒に頑張ろうね、ケティ!」
アメリィは楽しそうに叫んで、また宝石をばらまき始める。...
そうして日が完全に落ちかける頃、アメリィはようやく全て...
一礼した彼女を、群集の盛大な拍手が包み込む。その中から一...
「とても素敵だったよ、僕のアメリィ!」
「ありがとう、アルテュール! あなたが見守っていてくれた...
アメリィは台状に隆起した地面を蹴って空中に身を躍らせ、...
こうして、ケティには全くわけが分からないまま騒ぎは終わ...
「……で、なんで反省文書かされてんの、あたしたち」
「そりゃ、悪いことしたわけですから」
憮然とした表情で机に向かっているコゼットに、エリアが愉...
「あの薬、効きすぎ」
その髪の主、いつも以上に青白い顔で呟くアメリィもまた、...
あれから、まださほど時間は経っていない。だが、騒ぎを起...
「学院長を説得するのなんて楽勝ですよー。ちょっとこう、胸...
何故か同行したエリアは、そのときのことを実演しながら気...
今、四人がいるのはコゼットの部屋だ。とても年頃の少女の...
「やっぱ、シュヴルーズのババアを怪我させたのがまずかった...
「そもそもあんな騒ぎを起こしたこと自体、よくないことでし...
悔しそうなコゼットのぼやきに、ケティは呆れて溜息をつい...
アメリィがあんな風になってしまったのは、コゼットが作っ...
「いやー、栄養剤作ったつもりだったんだけど、体だけじゃな...
コゼットはそんな風に笑って誤魔化そうとしたが、罰からは...
だが、彼女以上にケティを驚かせたのは、アメリィが薬を飲...
「実は、ちょっと前に、アルテュールから求愛されていたの」
学院長室から帰ってきて、薬の効果もようやく消えたアメリ...
「わたし、ブスだし暗いし、彼に何かしてあげられるとは思え...
「そんな風にいつも通りのネガティヴ思考を繰り広げてたアメ...
「で、身も心もスゲー元気になったアメリィは、見事アルテュ...
「あの薬、効きすぎ」
アメリィは少し気持ち悪そうに口を押さえていたが、青白い...
「でもありがとう、コゼット。あれがなかったら、きっとアル...
「なに、いいってことさ。あたしの方も、自分の薬の程度がよ...
終わりの見えない反省文をだらだらと書き進めながら、それ...
「自分があんだけいい薬作れるってわかったからさ。なんか、...
「コゼっちったら、あれをいい薬と言い張るのは乱暴すぎます...
「いや、いい薬だ! なにせアメリィを幸せにしたんだしな。...
一人で勝手に盛り上がったあと、「……なんて、冗談は置いと...
「真面目な話、今回のことで本当に自信ついたんだよ、あたし...
「ああ、あれは大惨事でしたよね。ミセス・シュヴルーズ、泡...
「あの事件のせいで『劇薬』の二つ名がついた」
しみじみと当時を振り返るエリアとアメリィの声に、「しか...
「ついに、あたしはやり遂げたぞ! 挫折に次ぐ挫折の上にさ...
「何を?」
「学院を卒業したら、アカデミーとかには進まないで故郷に帰...
コゼットが椅子に片足を乗せながら断言する。豪快な動作で...
「どうしてそうなるんですの?」
「元々、母様の体を治すための薬を作るってのが目標だったか...
「でも、アカデミーに進んだほうがよりよい設備で研究が進め...
「そうかもしれないけど、やっぱり母様のそばについててあげ...
アカデミーなんかに進まなくても、あたしは十分にやれるって...
コゼットは歯を見せて力強く笑う。その笑顔が、なんだか妙...
「わたしも」
不意に、アメリィがいった。か細いが、芯の通った確かな声...
「わたしも、今回のことで、少しだけ前を向けた気がする。こ...
「かなり痛々しかったですけど」
「それでもいいの」
茶化すようなエリアの声に、アメリィは一生懸命な口調で答...
「頑張れば、きっと出来ることがあるって、分かったから。き...
アメリィの口許に微笑が浮かぶ。エリアがにっこり笑って、...
「じゃあもっと綺麗になりませんとね、アメりんは。とりあえ...
「エリア、お願いできる?」
「任せてください。アメりんの愛しいアルちゅーが欲情するぐ...
「アルちゅーってお前、そのあだ名はねーよ。酒飲みか」
即座にコゼットの突っ込みが入り、三人が楽しげに笑い合う...
「ねえ、ケッちゃん」
不意に、エリアが静かな声で呼びかけてきた。顔を上げると...
「わたしたちは、みんなこの先のことを決めましたよ」
アメリィの髪を弄りながら、エリアが気遣うような柔らかい...
「ケッちゃんは、どうするんですか?」
静かながらも鋭い問いかけに、ケティは答えられなかった。...
「分かりません。まだ」
ようやく絞り出した声のあまりの情けなさに、ケティはその...
エリアは「そうですか」とだけ呟き、また無言でアメリィの...
息苦しい夜が明けて、次の日は休日だった。ケティはその日...
(勘違い、していました)
胸中で呟き、溜息をつく。
結局のところ、ケティは何も変わっていないのだった。ワイ...
だが、実際には彼女自身は何も変わってはいないのだと、昨日...
自信に満ちたコゼットの笑顔、嬉しそうに細められたアメリ...
(ケッちゃんは、どうするんですか?)
「分かりません。まだ」
昨日の答えを、もう一度繰り返してみる。この言葉は嘘だ。...
ワイルダーたちに出会い、未知の世界をほんの少し垣間見た...
(ギーシュ様に捨てられたときも、こんな風に過去の自分が恥...
つまり、あのころから少しも成長していないということだっ...
(そう、せめて、あの人には笑顔で会わないと)
心に言い聞かせて顔を上げたとき、ふと、耳慣れない音が聞...
(巡回中の竜騎士……?)
それにしてはやけに羽音が近い気がする。頭上に目を向けた...
追い詰めた獲物を嬲って楽しもうとでも言うのか、黒い影は...
(ワイバーン……! どうしてこんなところに!?)
ワイバーンは獰猛に息を吐き出しながら地面すれすれを滞空...
一瞬、またスペンダーが凝った観測ユニットを作ったのでは...
「いや……!」
か細い悲鳴を絞り出しながら、ケティは尻餅を突いたままじ...
ケティの情けない姿を見て満足したのか、ワイバーンは見せ...
「いや……いや!」
木の幹に背中がぶつかり、退路は完全に断たれてしまった。
「助けて……助けて!」
無駄と知りつつも、ケティは全身の力を振り絞って絶叫した。
「助けて、サイトさま!」
叫ぶと同時に、信じられないことが起きた。森の奥から一条...
何が起きたのか全く分からないまま、呆然として怪物の死体...
(サイトさま?)
立ち上がることすらできず、激しい動悸を感じながら靴音の...
「無事か、ケティ!」
息を切らして駆けてきたのは、才人ではなくワイルダーだっ...
「大丈夫か、ケティ? 僕が分かるか?」
「……ミスタ・ワイルダー?」
「そうだ、僕だ。すまない、またセンサーが不調とかで、あの...
軽口を叩きつつも、ワイルダーは鋭い目で周囲を見回してい...
「どうやら、他にはいないようだな。君が無事で本当に良かっ...
「……あなたが、助けてくださったんですか?」
ようやくそれだけ聞いてから、ケティは不意に気がついた。...
「ああ、これはレーザーライフルだ。護身用として、ロケット...
「そうですか」
レーザーライフル、というのが何なのかはよく分からなかっ...
目を覚ましたとき最初に見えたのは、白く丸い天井だった。...
(ミスタ・ワイルダーのロケットの中……?)
ぼんやりそう考えると同時に、スペンダーの平坦な声が響い...
「キャプテン、ミス・ロッタがお目覚めになりました」
「おお、そうか。大丈夫かい、ケティ」
ワイルダーが心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。ケテ...
と答えながら体を起こした。まだ少し頭が痛かったが、動くの...
「本当に良かった。ケティが倒れたときは、ひどい怪我をした...
「脳の自己防衛機能が働いたものと考えられます。ミス・ロッ...
「ああ、そのようだな。いや、本当に良かった」
ワイルダーは心底安堵した様子で、ベッドのそばに置いてあ...
「すみません、お礼を申し上げるのを忘れていました。危ない...
「ああいや、気にしないでくれ。友達を助けるのは当然のこと...
手を振るワイルダーの声に、スペンダーの平坦な声が重なっ...
「キャプテンは、あなたが襲われているのをモニターで確認す...
「狙撃……つまり、ここからあのワイバーンを撃ったのですか?」
ケティは驚いた。正確には覚えていないが、ワイバーンに襲...
「ミスタ・ワイルダー。あなたは、銃の名人でしたのね」
「いや、別に、そんなことは」
ワイルダーは気まずげに言葉を濁す。謙遜しているというよ...
「ケティ、君に是非とも聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
ワイルダーは面白がるようににやにや笑いながら聞いてきた。
「サイト、というのは誰のことかな? 恋人かい?」
彼としては、ここでケティが真っ赤になるとか、そういう反...
しかし、その質問はただ彼女の胸を重くしただけだった。
(『助けて、サイトさま!』ですって?)
あのときの叫びの滑稽さに、ケティは自分で自分を嘲笑いた...
(こちらの名前すら覚えていないであろうあの方に、あんな場...
同時に、ケティは気がついてしまった。死の間際にあって、...
(本当に……馬鹿なわたし)
ベッドの上で膝を抱えて、ケティはとうとう泣き出してしま...
「いや、本当にすまなかった」
「キャプテンは最低の男です」
「まさか、君がそれほどまでに切ない恋心を抱いているとは思...
「キャプテンは人類史上最も劣った男です」
「配慮が足りなかった。どうか、許してほしい」
「キャプテンは全宇宙史上最も劣った最低の糞生命体です」
「決して君の……ってちょっと待て、お前にそこまで言われる筋...
「キャプテンは最低の男です」
しれっと平坦な声で繰り返すスペンダーに、ケティはつい笑...
そんなケティを見てかすかに息をつきながら、ワイルダーは...
「本当にごめんよ。君のあのときの叫びを聞いて、この惑星の...
「キャプテンのようなクズ男に乙女の切ない恋心が理解できる...
「分かった、お前は少し黙ってろ、スペンダー」
「了解しました、クズキャプテン」
「スペンダー!」
怒鳴るワイルダーに、ケティはまた笑ってしまう。彼もまた...
「ねえ、ミスタ・ワイルダー?」
「なんだい、ケティ」
「あなたも、恋をしたことがありますの?」
「キャプテンの乏しい人生経験に甘酸っぱさを求めるのは少々...
「黙ってろと言ったろ、スペンダー」
「拗ねますよ、キャプテン」
スペンダーが不服そうに黙り込んだあと、ワイルダーは無精...
「自分では久しく忘れていた感情だね、それは」
「そうなのですか。でもあなたはハンサムですし、相手には不...
「僕が? まさかな」
ワイルダーは肩をすくめた。
「人生で初めて書いたラブレターは、僕が好きだった女の子の...
次の日には教室の黒板に大々的に張り出されていたよ」
「そんな、ひどいわ」
「そうだね、ひどい話だと思う。だが、僕の情けない女性遍歴...
懐かしそうに話すワイルダーの口調は、内容の割にはひどく...
「でも、信じられませんわ。ミスタ・ワイルダーはこんなにた...
面白い冗談を聞いたとでも言うように、ワイルダーがぷっと...
「だけどねケティ。今の君と同じ年頃の僕を見たら、君だって...
「そんな」
「いや、紛れもない事実なんだよ、これは」
ワイルダーは、どこか遠くを見るような目をして、自分の過...
「僕は、ある貿易会社の社長として手広く商売してた親父の、...
『探検隊員募集!』なんてチラシを、そこかしこで見かけるよ...
滔々と語るワイルダーの声を、ケティは黙ったまま聞いてい...
「ごめん、元々は恋の話をしていたんだっけね。あー、まあ、...
「当然ですね」
「黙れスペンダー」
「了解キャプテン」
スペンダーが再度黙り込んだあと、ワイルダーはじっとケテ...
「でもね、ケティ。案外、思い切って踏み出してみるのも悪く...
ワイルダーは肩をすくめた。
「結局説教臭くなってしまったな。分かりきったことを延々と...
「いえ、わたしは」
その後に続ける言葉が見つからず、ケティは黙り込んでしま...
いつも通り、学院に帰り着いたのは夕暮れどきだった。寂し...
(分かりきったこと、か)
確かに、ワイルダーの言うとおりだ。自分から動かなければ...
(扉を叩く……わたしの場合は、サイトさまにこの想いを告げる...
それを想像すると、ただ憂鬱な感情だけが心に重く圧し掛か...
奇跡的に想いを伝えることが出来たとして、思い浮かぶのは...
『好きです、サイトさま!』
『ふーん。で、お前誰?』
もちろんこの想像があまりにも悲観的過ぎるのは分かってい...
(ダメですね、わたし。長所なんて一つもないくせに、こんな...
ケティがまたも根暗な感情の渦にはまり込みそうになったと...
「なにやってんの、こんなところで」
「さ」
――サイトさま。
という言葉は、もちろん声にはならなかった。ケティの目の...
ケティの胸の中で、心臓が狂ったように暴れ始める。手の平...
(落ち着くのよケティ。ありえないわこれは。誰かがアルヴィ...
自分でもわけの分からないことを頭の中で繰り返す内に、不...
「ケティ、でいいんだったよな」
「え?」
誰のことだろう、と数秒ほど悩んで、唐突に自分の名前だと...
「わ」
「わ?」
才人が眉をひそめる。ケティは一度息を飲み込んでから、わ...
「わた、わたしの名前、覚えていてくださったんですか?」
「え? あれ、間違ってる?」
「いえ、いえいえいえ、間違ってないです。私ケティ・ド・ロ...
「ああ、こりゃご丁寧にどうも。俺は」
「サイトさま! サイトさまですよね! もちろん覚えており...
「あ、ああ、そりゃどうも」
突然叫びだしたケティに驚いたのか、才人がベンチの上で若...
(サイトさまが! サイトさまが、わたしの名前を覚えていて...
幸福感で痺れたようになる頭に、さらに信じられない言葉が...
「確か、前にビスケットもってきてくれたよな。手作りの」
言って、才人は苦笑する。
「まあ、あんときはルイズに邪魔されて食えなかったけどさ」
「そ、そんなことまで、覚えててくださったんですか……!」
「そりゃ覚えてるよ。美味そうだったし。だからまあ」
才人は肩をすくめた。
「今、そこ通りかかったときに、なんか落ち込んでるみたいに...
それで声かけたんだけど」
申し訳なさそうに頭を掻く。
「よく考えりゃ、馴れ馴れしかったよな。ごめん」
「いえ、そんなことはありません!」
気がつくと、ケティは立ち上がって叫んでいた。ほとんど絶...
「わたし、凄く元気になりましたから! 本当、もう、今なら...
「そ、そうなのか。あー、まあ、そりゃ良かったな、うん」
才人は少々ぎこちないながらも笑みを浮かべて、立ち上がっ...
「まあ、よくわかんないけど元気になったのなら良かったよ。...
「はい、サイトさま!」
片手を上げて去りかける才人の背中を、ケティは浮き上がる...
(まさか、わたしなんかの名前を覚えていてくださるなんて……...
夢見心地のまま立ち尽くすケティの前から、才人の背中がゆ...
そのとき不意に、誰かが頭の中で問いかけてきた。
(それでいいの?)
ケティははっと我に返った。痺れるような幸福感も、楽しい...
(それでいいの? 名前を覚えてもらったから、それで満足?...
気がつけば、去り行く背中に向かって手を伸ばしていた。
「サイトさま!」
自分でも信じられないほど、大きな声が出た。才人が驚いた...
(ううん、もしも仮に、サイトさまが絵の中の王子様だったと...
わけの分からない想像が、頭の中を埋め尽くす。ケティは思...
「あの!」
「うん」
「あの」
「ああ」
「……あの」
「……なに?」
どんどん声が萎んでいくケティを前にして、才人が困惑した...
これじゃダメだ、とケティは思った。
(やっぱり、わたしには無理だったんだわ。「なんでもないで...
そう考えたとき、不意に足元で何かが光った。黄昏の光を照...
自信に満ちたコゼットの笑顔と、嬉しそうに細められたアメ...
「好きです!」
悲鳴のような叫び声。ぽかんと口を開けた才人の顔が見える...
「好きです、サイトさま! わたしなんかにこんなこと言われ...
ついに言葉が途切れた。言い尽くしたのだ。才人は最初こそ...
が、ケティが本気だと悟ってくれたのか、最後のほうは真剣な...
「そっか」
ぽつりと呟く。ケティは何も言えず、息も出来ないまま立ち...
「俺も、ちゃんとした返事もらえない辛さってのは知ってるか...
ケティは声も出せず、ただ震えながら頷くしかない。
そんな彼女の前で、才人はただ小さく、目を伏せた。
「ごめん。その気持ちは受け取れない」
ああ、やっぱり。溜息のような感情が、じわりと胸の中に広...
「ルイズさまのことが、好きだからですか」
聞いても傷つくだけだと分かってはいたが、聞かずにはいら...
「ああ、そうだ。だから、他の誰に、どんな風に言われたって...
「そうですか。そう、ですよね」
何かが胸からこみ上げてくる。ケティは拳を握り締めて、そ...
「真剣に応えてくださって、ありがとうございました! わた...
一方的に言い捨てて、ケティは夕闇の中へ駆け出した。才人...
もう夜の闇に覆われかけている森の中を夢中で駆け抜け、ケ...
「どうしたんだい、ケティ」
困惑したような、労わるような声が、頭上から降ってくる。...
「ケティ?」
「振られた」
嗚咽混じりの情けない声が、口から漏れ出した。
「振られたの、わたし」
それ以上は言葉にならず、ただ泣き叫ぶしかなかった。ワイ...
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