ゼロの使い魔保管庫
[
トップ
] [
新規
|
一覧
|
単語検索
|
最終更新
|
ヘルプ
]
開始行:
命の価値は せんたいさん
#br
※このSSは原作にほとんど準拠していません。オリ設定バリバ...
『原作汚すなカス』と思われる方は読まないほうが精神衛生上...
※あとえろぬきです。
#br
国境を越えるというのは、容易なことではない。
しかもそれが、正式な手段に則ったものではなく、違法に、そ...
さらに今、ガリアとトリステインの国境、ラグドリアン湖の周...
戦争をするわけでもないのに、この厳重な警戒は何ゆえか。
国境を警備する兵士達にその真相は知らされてはいない。
ただ、『外患罪を犯した大罪人が、国境を越えるかもしれない...
そう、彼らは『ガリアから逃げ出そうとしている外患誘致の大...
トリステイン王家にもその通達は成されており、彼らの行動を...
しかし真実は違う。
タバサ達一行を、たった四人を止める為に、彼らはガリア王の...
「…迂回しましょう」
すでに街道から外れた台地を平たく削っただけの側道で、一行...
四人はそろいの濃緑のマントとフードに頭からすっぽりと身を...
そこでタバサの出した結論は、街道を大きくはずれ、ラグドリ...
「待ってよ!」
タバサの指したルートに、異議を唱えるルイズ。
青い髪の少女が指したルートは。
鬱蒼としたアルデンの森を、街道も使わずに抜ける、危険極ま...
特にこの時期、アルデンの森の動物たちは活発に動く。もちろ...
グリフォン、マンティコア、レッサードラゴンなど、大型の動...
ルイズはそんな危険な道を通るくらいなら、ラグドリアン湖を...
「それに、サイトの力だってあるし」
言ってルイズは、同じように地図を囲む、自分と同じ境遇の少...
才人と、使い魔の契約を交わした二人の少女を。
彼女らは、才人に『使い魔の刻印』に口付けを受けることで、...
旅の途中、六千年の記憶を持つ剣は、二人の力についてこう語...
『ちっこい嬢ちゃんの力な、アレは多分絶対零度ってヤツだ』
『絶対零度…。あらゆるものが凍りつく温度…』
『現象のイミは知ってるみてえだな。まあ俺っちも見るのは初...
『でも。理論で存在が証明されただけで、実際には…』
『じゃあありゃ絶対零度以外のなんだってんだ?飛び掛ってき...
そしてシエスタの力。
『で、メイドの嬢ちゃんの力だが。ありゃ単純に肉体能力を限...
『え、でも。あの黒い炎みたいなのはなんなんですか?』
『たぶんな、ありゃ余った力で体の周りの慣性を制御してんだ...
『かんせい?』
『分かりやすく言うと、物の運動する力だ。物を投げたりする...
たぶんだが、嬢ちゃんの力で体を動かすと、体の方がもたね...
しかし。
二人の力を使うことに、タバサが反対した。
「それはだめ」
「どうして?」
「…サイトが、動けなくなる…」
この力には大きな問題がある。
発動後、その行使した力の補填のため、使い魔へ主人から精を...
それも、才人の腰が抜けそうになるほど大量に。
そのため、力を使ってしまうと三日は移動と、才人の戦闘への...
「な、なら私の力ならどう?」
言ってルイズは、自分のうなじに刻まれた、桃色の羽の刻印、...
まだ、ルイズは才人と融合したことはない。彼女の力は未知数...
「やめといたほうがいいぜー」
今度は才人の背中からデルフリンガーが反論する。
「どうしてよ!」
「この二人の『力』の質から考えるに、相棒と融合して使える...
そして嬢ちゃんの力は『虚無』だ。はっきり言うが、相棒と...
「それに、まだ問題があるんだ」
今度は才人が反論した。
「サイトまで…」
「飛竜部隊とやりあったりしたら、俺たちの居場所がばれちま...
せっかく、スキルニルを置いてきたっていうのに」
四人は出立の際、ラ・ヴァリエールに立ち寄っていた。
そしてそこで、自分達の分身をスキルニルで作り出し、置いて...
そのスキルニルの管理は、カトレアに任せてある。
すべての事情を了解した彼女は、快くその任を受けてくれた。
何故そんなことをしたのかといえば、これから命を狙う相手に...
ガリア王ジョゼフ一世に、自分達の存在を気取られてはならな...
ルイズはとりあえず納得したのか、引き下がる。
タバサは今一度目の前に広げられた世界地図の、ラグドリアン...
「アルデンの森を抜けて、ガリアに入る。しばらくは野宿にな...
「しょうがないわね…」
「まあ、なんとかなるでしょう」
最初は野宿について色々と文句を吐いていたルイズだったが、...
それに、使い魔として心の通じるようになったタバサの心を、...
タバサの内に渦巻いていたのは恐怖。
大切な人を、友達を、失う恐怖。
その友愛は、才人はおろかルイズやシエスタにも向けられてい...
…まあ、友達の頼みじゃしょうがないわね。
そう考え、ルイズは渋々、野宿を容認していた。
そしてその夜。
アルデンの森迎えた最初の夜に、ルイズは初めて野宿を後悔す...
バキバキバキっ!
耳障りな音をたて、樹齢百年近い樹木があっさりとなぎ倒され...
目標ではなく、特に興味もない木立に突っ込まされた苛立ちを...
ヒュイーーーーーーーーッ!
その雄叫びはとりもなおさず、ここが彼のテリトリーであるこ...
雄叫びと共に、高空から、グリフォンの巨大な前肢が振り下ろ...
目の前の、自分の縄張りを侵した愚かな小さな命を摘み取るべ...
しかし、その目論見は脆くも崩れ去る。
グリフォンの鋭い爪と全体重の乗った前肢による一撃を、才人...
落ち葉と下生えに固められている緑の大地を、グリフォンの右...
しかしそれでグリフォンの動きが止まる事はなく、第二関節ま...
「くっそ、寝かせてももらえねえのか!」
不幸なことに、一行の野宿に選んだ場所は、グリフォンのテリ...
幻獣の中でも特に縄張り意識の強いグリフォンが、その進入を...
四人の人間を、今宵の晩餐に決めたのは、四人が晩餐を終えて...
才人は剣を取ってグリフォンの前に立ちはだかり、タバサは魔...
グリフォンは爪の弾かれるやっかいな少女達はとりあえず置い...
バキン!
ヒュイィィーッ!?
才人の鋭い一撃が、引かれかけたグリフォンの右前肢を捉え、...
自らの武器の一つを破壊され、たじろぐグリフォン。
この人間は危険だ。
彼の中の本能がそう囁く。
しかし、幻獣としてのプライドが、この小さな命に屈すること...
「くっそ、まだだめかっ…!」
改めてデルフリンガーを構えなおし、前肢から血を流しながら...
しかし、次の瞬間。
「目を閉じて!」
バシンっ!
声と共に才人の背後の茂みから、鉄製の円筒が飛び出し、グリ...
キュイィーーーーっ!?
今までと違う、苦痛の篭った声がグリフォンの喉から滑り出る。
グリフォンの視神経を、閃光が焼いたのである。
声に気づいた才人たちは、慌てて目を閉じたため、被害はなか...
もろに光を目に入れたグリフォンはただではすまない。
苦痛に身をよじりながら、才人から離れていく。
一刻も早く、棲家に帰って、体勢を整えなければならない。
そうしてグリフォンは、才人たちの目の前から消えたのである。
「…助かりました。ありがとうございます」
才人はデルフリンガーを鞘に納めながら、背後の茂みに向かっ...
閃光を放った円筒が放たれたのがそこだったから。
そして、その茂みを掻き分け、現れたのは。
二十代後半であろう、妙齢の美女。
長いブルネットをポニーテールに纏め上げ、動きやすい茶褐色...
すこしそばかすの目立つその顔は、そばかすが気にならないほ...
その美しい顔を笑顔で満たし、美女は才人に言う。
「お礼なんかいいわよ。それより、君達なんでこんなとこに?」
それは才人こそ聞きたい言葉であったが、彼女の立ち居振る舞...
…どうしよ。正直に理由話したもんかなあ?
才人の心の疑問符に、青い髪の使い魔が心で応える。
…迷ったと伝えて。彼女が何者かは分からない。
才人は、その言葉に従う。
「道に迷って。とりあえずここで野宿を」
その言葉を聞いた美女の目が点になる。
「は?この森で野宿?やめたほうがいいわよ」
そして彼女は、いかにこの森が危険な場所か、四人に講釈を始...
曰く、今は繁殖期で、森の動物自体が騒いでいること。
曰く、このあたりは幻獣のテリトリーが多く、並の人間では生...
だから早く来た道を戻りなさい、と彼女は言う。
しかし。
その言葉に、タバサが応える。
「…私たちは、この森を抜けてガリアに行く必要がある」
その瞳に強い意志を宿して、タバサは美女を見つめる。
そして、彼女は。
ふーん、と言って細い顎に手をあて、宙を見つめて考える素振...
少しの間。
やがて考えがまとまったのか、彼女は才人たちに言った。
「なら今夜はこの奥にある、私の家で休んでいきなさい」
わけありか何かは知らないけど、せっかく助けた子に死なれち...
そして彼女はさらに付け加える。
「私の名前はクリスティナ。クリスでいいわ」
#br
一行が案内されたのは、森の一角、小川の脇に建てられた、丸...
その前には手入れの行き届いた菜園がある。
家の周囲の四方には、奇妙な札の貼られた背の低い針葉樹が植...
「それだけじゃないんだけどね」
札の貼られた木を見ていたタバサに、クリスが話しかける。
「この家の周囲には、一定間隔で獣避けの符が貼ってあるのよ。
おかげでウチにはやっかいな獣は寄ってこないってわけ」
獣は自ら厭な音のする方には向かっていかない。
それは野生で生きるための術である。『好奇心が猫を殺す』と...
しかし、その親切な説明にも、タバサの中の疑念が失せる事は...
…どうしたんだシャルロット?
その疑念を感じ取り、才人が心の声でタバサに呼びかける。
才人の心に疑念はない。当然だろう。クリスは才人たちを助け...
でも。
どうやってこのような所にこんな家を。どうやってこんな結界...
そして、どうしてこんな所に住んでいるのか。
タバサの疑念の尽きることはなかった。
しかしそれはあくまで仮定でしかない。
…なんでもない。少し不思議に思っただけ。
タバサはあえて疑念を覆い隠す。
今は、才人を休ませてあげたい。
もし可能性が現実になるとしたら、その時は自分から動けばい...
今日、二人のともだちを守っていた時のように。
「さ、入って入って。軽く飲むもの用意するわ」
入り口からクリスがそう呼びかけた。
一行は、彼女に誘われるまま家に入っていく。
「ああ、私殺し屋だから。
身を隠すのにここで暮らしてるの」
いきなりタバサの疑念は氷解した。
そして、クリスの言葉と同時に、一行に緊張が走る。
四人はほぼ同時に席を立った。
才人は背負ったデルフリンガーに手を伸ばし、タバサとルイズ...
しかしクリスは四人の行動など一切気にもかけず、手にしたカ...
そして言った。
「大丈夫よ、君達を殺したりしないわ。
だって依頼も来てないし、そうする理由もないし」
彼女の言葉の通り、クリスからは一切の殺気が感じられない。
暢気に紅茶をすすっている。
「でも、だからって殺し屋って名乗った人を信用しろってのは…」
構えを解かない才人に、クリスは反論する。
「あら。殺し屋って意外と信用第一なのよ?
依頼を受けない限り人は殺さないわ。まあ、依頼があったら...
さらりと物騒なことを言う。
その瞳に光る黒い光に、タバサは気付く。
タバサは杖を携えたまま席に戻る。
「…あなた、肉親を殺したのね」
タバサの言葉に、今度は才人が固まる。
…お、おいシャルロット!
心の声で才人は突っ込むが、タバサは怯まない。
この殺し屋がどういう人間なのか、知る必要があったから。
クリスは天井を眺め、少しの間んー、と唸っていたが。
すぐに視線をタバサに戻すと、明るい声で応えた。
「ええ。育ての親と、夫を殺したわ」
そして、彼女は堰を切ったように語りだす。
彼女は自分が、いつ、どこで生まれたのかも知らない。
物心ついたときには殺し屋の男に育てられていた。
その男は本当の親のようにクリスに接し、クリスに殺しのノウ...
そして、クリスの殺し屋としての初仕事が、殺し屋として数多...
育ての親を殺すことだった。
クリスはあっさりとそれをやってのけた。
殺し屋として大事なことは、依頼を確実にこなすこと。こなせ...
それが彼女に植えつけられた倫理だったから。
親を殺したクリスは、殺し屋としての人生を歩み始める。
そして、彼女は夫と出会う。
夫も殺し屋だった。それも、毒殺を得意とする陰険なタイプ。...
その夫との出会いも、やはり殺しの依頼だった。
しかしそれは、彼女の受けた依頼ではない。親と同じように、...
その男は街で見かけたクリスに、毒を盛ることに成功する。
食堂の給仕に痺れ薬入りの水を届けさせ、動けなくなったクリ...
そして、クリスは依頼主とその男に、想像を絶する陵辱を受け...
男の調合した薬で性感を数百倍にされ、何も考えられなくなる...
ほとんど意思を無くし、廃人になりかけたクリスに飽きた依頼...
彼女の第二の人生が始まったのは、そこからである。
彼は己の得意とする毒薬の知識で以って、死にかけていた彼女...
意外に彼に対する恨みはなかった。
彼は依頼に従っただけで、殺しの倫理には外れていない。
彼女は彼についていくことにした。
二人の生活はそれなりに上手くいっていた。二人で同じ依頼を...
そして、転機が訪れる。
彼女の下に、夫を殺せという依頼が入る。それは、かつて彼女...
またしても、恨みが彼女の人生に絡みつく。
彼女はその夜、ベッドの上で夫の胸に短剣を突き立てた。
そして、夫の遺品から、彼もクリスを殺せと依頼を受けていた...
その依頼主は、クリスの依頼主と同じ娘だった。
クリスの昔語りに、才人の喉がごくり、と鳴った。
とんでもない人生だ。そんな人生を、目の前の優しい瞳の女性...
「狂ってるわ…!」
それまで紅茶のカップを握り締めて震えていたルイズが、そう...
それは、才人もシエスタも感じていたことだった。
クリスの人生は、狂っている。
「かもね。私も時々なんだかね、って思うけど。でもさ」
クリスはそこで言葉を止め、つい、とカップの淵を指でなぞる。
「じゃあ、世界の正気は、誰が証明してくれるのかしら?」
自嘲気味に笑ってそう言う。
ルイズが言葉に詰まる。才人も、シエスタも、その言葉に反論...
タバサだけは知っていた。
『正しいこと』などこの世界には存在しないのだと。
「何が正しいのかなんて、議論しても始まらないわ。
必要なのは、そうする理由があるかどうか、だけ」
そして、もう一度紅茶に口を付ける。
どうにも気まずい空気の流れる中、紅茶を飲み干したクリスは...
「それじゃ、今夜はお開きにしましょ。
この居間の奥が物置になってるから。自由に使っていいわよ」
言って、すべての元凶は、手を振りながら居間から出て行った。
#br
とりあえず、物置にあった荷物を隅に避け、才人たちは四人が...
…本当に、大丈夫なのかしら。
ルイズの不安が心の声となって、四人の間で響く。
その声に応えたのは、タバサの声だった。
「大丈夫。彼女は信用していい」
タバサは、クリスの言動に信用に足るものを感じていた。
ただそれは、普通の人間としての信用ではなく…殺し屋としての...
『依頼がなければ』『命令がなければ』、相手を殺すことはな...
それは、殺し屋も…北花壇騎士も同じ。
彼女はプロだ。
その目に宿る狂気が、声に潜む昏さが、所作の一つ一つが、ク...
その彼女が、動機もなく、報酬もなく、人を殺すとは考えられ...
タバサはそう確信していた。
そう。自分も同じ場所にいた人間だから。
それを、声には出さずに感覚だけでその場にいる全員に伝える。
「…そういう生き方も、あるんですね」
まるで信じられない、という顔でシエスタがそう呟く。
いままで真っ当に人の道を歩んできた彼女にとって、そんな生...
そして才人は提案した。
「だとすると、彼女が依頼を受ける前に…ここを出たほうがいい...
明日の朝にはここを出る。そして森を突っ切るんだ」
反論する者は、いなかった。
森の朝は、朝日に反応した小虫を捕食する鳥の声で始まる。
羽を休めに枝に降りたその鳥を、猫科の肉食獣が捕食する。
盛大に原色の羽を撒き散らし、肉を貪る肉食獣を、大型の猿が...
一瞬で頚椎を叩き折り絶命させると、食い散らかされた鳥を添...
朝餉を始めた大型の猿はしかし、朝餉を終えることはなかった。
傷ついたグリフォンが、己の傷を癒すため、タンパク源として...
朝日と共に食物連鎖を始めたアルデンの森の奥。
結界に守られ、例外的に食物連鎖から外れた場所。
丸太で作られた家のドアが開き、中から長いブルネットの女が...
女は家の脇にある家庭菜園から、比較的大きく実った青い実を...
そして、そこに。
暢気な鳴き声を上げながら、一羽の鳩が菜園にやってくる。
食物連鎖を避けてきたのではない。
初めから、この鳩は、この家を目指してやってきた。
その足には、小さな足環が。
クリスは足元に下りて動かないその鳩を抱き上げ、足環から一...
クリスはそれを読み終えると、はぁ、と溜息をついた。
鳩は再び暢気な声をあげ、緑の天蓋から覗く青い空に消えてい...
「そうかぁ…せっかくのお客さんだったんだけどなぁ」
そして、青い実を一旦籠に入れると、少し離れた場所に自生し...
この花の花弁には、強烈な睡眠作用がある。大型の肉食獣です...
「その花をどうするつもり」
クリスの背後から声が聞こえた。
それは、聞こえるはずのない声。
きっと今頃寝ているだろう人物の声。
それでもクリスは慌てることはない。予想の想定外。しかし『...
殺すか、殺されるかの世界で生まれ、時を重ねたクリスにとっ...
花を持ったままクリスは笑顔で振り向く。そこには、彼女の予...
青い髪の少女が、杖を構え、完全な戦闘態勢で、家の入り口に...
「ちょっと、朝食に花を添えようと思って、ね」
「その花は眠り薬の原料。それで何をするつもり」
誤魔化そうとしたクリスだったが、タバサには通用しないよう...
タバサは、クリスを信用していた。
ただし、それは殺し屋としての信用。
依頼を受けない限りは、才人を狙うことはないという、裏の信...
だからこそ、タバサは常にクリスの動向には気を向けていた。
そして見た。クリスが、伝書鳩から書簡を受け取る様を。
「…今の鳩が、依頼…」
「そうよ。ガリア王から、各地にいる殺し屋へのね。
どうやって私の居場所を嗅ぎつけたかは知らないけど」
言って、クリスは手にした花をばら撒く。
タバサの視界に、赤い花で所々穴が生まれた。
そしてその穴から。
小さな、投擲用のナイフが数本、タバサに向かって投げられる。
タバサは呪文を唱えることなく、身体に向かってくる数本を、...
その間に、間合いを詰めたクリスがタバサに肉薄していた。そ...
大型の獲物を解体する時などにつかわれるそのナイフが、クリ...
タバサはバックステップでその一撃をかわす。
クリスは伸びきった状態から今度は後ろにステップを踏む。体...
逆にタバサは、軽く踏鞴を踏む。伸びきった状態からの二撃目...
打突の用意をしていたタバサは、呪文の用意が間に合わない。...
その一瞬の隙が、クリスに再度の攻撃のチャンスを産む。
一瞬動きを止めたタバサに、今度は右手で横薙ぎの一撃。
タバサはサイドステップでそれを避ける。
その瞬間。
タバサの目の前に、銀色の投げナイフが現れた。
クリスが、右の大型ナイフで薙いだ瞬間に、空いた左手のスナ...
さすがに狙いは適当で、致命傷を与える軌道ではなく、その軌...
しかし。ナイフの速度に対し、タバサの体は追従できない。
かわせる位置じゃない…!
硬直し、ナイフの着弾に備えるタバサ。
しかし、衝撃はいつまでたっても襲ってこなかった。
「悪ぃ、遅くなった」
タバサに刺さるはずだった投げナイフはデルフリンガーによっ...
タバサとクリスの間に、才人がデルフリンガーを構え、立つ。
「…いつの間に」
クリスは驚いていた。
タバサが大声を上げたわけでもないのに、いつの間にか才人が...
クリスは、才人とタバサの使い魔の『絆』の事を知らない。
タバサと使い魔の契約をした才人は、心の声で、離れていても...
その『絆』を使って、タバサは才人に、クリスに対する警告を...
そして、事のあらましも。
「そうか、あんたガリア王からの依頼を受けたってわけか」
「気持ち悪いわねあなた。どこまで知ってるのかしら」
油断なくナイフを構えなおし、クリスは才人との間合いを計る。
後ろに控えるメイジの少女よりも、クリスは才人を目標として...
魔法なら、発動する際にある程度距離を取ればなんとかなる。
しかし、剣士はそういうわけにはいかない。持久戦に持ち込も...
ならば先に。地の利のあるうちに、剣士の方を黙らせるのが上...
じりじりと間合いを計りあい、二人は菜園の中を巡る。
器用に才人を間に挟まれているために、タバサは中々手を出せ...
そして、才人の体に完全にクリスが隠れた瞬間。それは起こっ...
ばふん!
クリスは、足元にあった、粉末状になるまで粉砕した枯れ木を...
菜園の土に混ぜるため、準備しておいたものである。菜園の隅...
「うわっ!?」
いかに才人にガンダールヴの力があるとはいえ、一瞬で広がる...
目に粉末の一部が入り込み、たまらず才人は下がりながら目を...
その好機をクリスが逃すはずもない。
一瞬だけ、右横にステップすると。
才人の左側、斜め下。粉塵の向こう側から、腕を盾にされても...
しかし、ここでも情報の不足が勝敗を分けた。
…左下!今!
心に響く使い魔の声に応じて、才人はその場所を全力で、デル...
ざぐっ!
鋭い剣閃。響く鈍い音と、手に伝わる衝撃。
「ぎぁっ!」
獣のような声を上げ、大地に転がったのは。
クリスだった。
才人は目をぬぐい、状況を確認する。
目の前には大量の血溜まりと、その中に転がる人間の手と、そ...
そしてその奥に、右手と大量の血液を失い、青い顔でこちらを...
「…悪い、手加減できなかった…」
才人にクリスを殺すつもりはない。
自分を狙わなければ、彼女を助けるつもりだった。
クリスには、そんな少年の心が、手に取るように分かった。
…青い。
そして彼女の中の冷静な部分が、状況を分析する。
この失血では。そして、この状況では。
「…殺しなさい。ヒラガサイト」
「…できねえよ…」
「…ほっといても助からないわ。さあ早く」
「…できねえよ…」
「…しょうがないわね。全く」
才人は殺せなかった。
例え命を狙ってきた相手だとは言え、彼女は昨日、自分達を助...
そして何より。
彼女は生きている。生きている命を奪うことは、日本に生きて...
だが、現実は容赦なく動く。
クリスは、まだ動く左手で、腰の後ろにあった一本のナイフを...
その刃には、猛毒が塗ってある。
大型の肉食獣ですら、一刺しで毒殺できるほどの。
この毒を使って、獲物にトドメを刺すのが…彼女と、夫の、築き...
「待て、あんた一体」
慌てて才人は手を伸ばす。
しかし、零れ落ちた水は、杯には戻らない。
クリスは笑顔を才人に向けて、手にしたナイフで自らの心臓を...
そして心臓が貫かれるまでの間に、辞世の言葉を放つ。
「坊や。いい男に、なりなさいな」
毒が回る。胸と口と右腕から血を流し。
アルデンの森の暗殺者は、息絶えた。
一行は、クリスを弔うと、アルデンの森を後にする。
「俺が殺したのか」
落ち込んでいるような才人の言葉に、タバサは淡々と応えた。
「サイトは殺していない。殺せなかった」
そして続ける。
その場にいる、彼女のともだちにも向かって。
「覚えておいて。私たちが相手にしているのは、彼女みたいな...
狂気の中で、狂気を自覚して、狂気に従う人間。
狂った世界の、住人たち」
かつては自分も垣間見たその世界。
その世界に、愛する人を、ともだちを、踏み込ませるわけには...
だから。
ジョゼフを倒す。狂気の中心を、自分達を巻き込もうとする、...
殺すのを躊躇わないで。彼らは死ぬことを自覚している。
決意とともに、全員に心の声で伝える。
それはきっと、人を殺すことへの欺瞞にすぎないのだろう。
でも、そうしなければ自分の大切な人が壊される。
自分の愛した世界が、蹂躙される。
そう、私は自分の我侭で叔父を殺す。
それ以上でも、以下でもない。
決意を新たに、タバサはかつて幼少を過ごした、王都リュティ...
終了行:
命の価値は せんたいさん
#br
※このSSは原作にほとんど準拠していません。オリ設定バリバ...
『原作汚すなカス』と思われる方は読まないほうが精神衛生上...
※あとえろぬきです。
#br
国境を越えるというのは、容易なことではない。
しかもそれが、正式な手段に則ったものではなく、違法に、そ...
さらに今、ガリアとトリステインの国境、ラグドリアン湖の周...
戦争をするわけでもないのに、この厳重な警戒は何ゆえか。
国境を警備する兵士達にその真相は知らされてはいない。
ただ、『外患罪を犯した大罪人が、国境を越えるかもしれない...
そう、彼らは『ガリアから逃げ出そうとしている外患誘致の大...
トリステイン王家にもその通達は成されており、彼らの行動を...
しかし真実は違う。
タバサ達一行を、たった四人を止める為に、彼らはガリア王の...
「…迂回しましょう」
すでに街道から外れた台地を平たく削っただけの側道で、一行...
四人はそろいの濃緑のマントとフードに頭からすっぽりと身を...
そこでタバサの出した結論は、街道を大きくはずれ、ラグドリ...
「待ってよ!」
タバサの指したルートに、異議を唱えるルイズ。
青い髪の少女が指したルートは。
鬱蒼としたアルデンの森を、街道も使わずに抜ける、危険極ま...
特にこの時期、アルデンの森の動物たちは活発に動く。もちろ...
グリフォン、マンティコア、レッサードラゴンなど、大型の動...
ルイズはそんな危険な道を通るくらいなら、ラグドリアン湖を...
「それに、サイトの力だってあるし」
言ってルイズは、同じように地図を囲む、自分と同じ境遇の少...
才人と、使い魔の契約を交わした二人の少女を。
彼女らは、才人に『使い魔の刻印』に口付けを受けることで、...
旅の途中、六千年の記憶を持つ剣は、二人の力についてこう語...
『ちっこい嬢ちゃんの力な、アレは多分絶対零度ってヤツだ』
『絶対零度…。あらゆるものが凍りつく温度…』
『現象のイミは知ってるみてえだな。まあ俺っちも見るのは初...
『でも。理論で存在が証明されただけで、実際には…』
『じゃあありゃ絶対零度以外のなんだってんだ?飛び掛ってき...
そしてシエスタの力。
『で、メイドの嬢ちゃんの力だが。ありゃ単純に肉体能力を限...
『え、でも。あの黒い炎みたいなのはなんなんですか?』
『たぶんな、ありゃ余った力で体の周りの慣性を制御してんだ...
『かんせい?』
『分かりやすく言うと、物の運動する力だ。物を投げたりする...
たぶんだが、嬢ちゃんの力で体を動かすと、体の方がもたね...
しかし。
二人の力を使うことに、タバサが反対した。
「それはだめ」
「どうして?」
「…サイトが、動けなくなる…」
この力には大きな問題がある。
発動後、その行使した力の補填のため、使い魔へ主人から精を...
それも、才人の腰が抜けそうになるほど大量に。
そのため、力を使ってしまうと三日は移動と、才人の戦闘への...
「な、なら私の力ならどう?」
言ってルイズは、自分のうなじに刻まれた、桃色の羽の刻印、...
まだ、ルイズは才人と融合したことはない。彼女の力は未知数...
「やめといたほうがいいぜー」
今度は才人の背中からデルフリンガーが反論する。
「どうしてよ!」
「この二人の『力』の質から考えるに、相棒と融合して使える...
そして嬢ちゃんの力は『虚無』だ。はっきり言うが、相棒と...
「それに、まだ問題があるんだ」
今度は才人が反論した。
「サイトまで…」
「飛竜部隊とやりあったりしたら、俺たちの居場所がばれちま...
せっかく、スキルニルを置いてきたっていうのに」
四人は出立の際、ラ・ヴァリエールに立ち寄っていた。
そしてそこで、自分達の分身をスキルニルで作り出し、置いて...
そのスキルニルの管理は、カトレアに任せてある。
すべての事情を了解した彼女は、快くその任を受けてくれた。
何故そんなことをしたのかといえば、これから命を狙う相手に...
ガリア王ジョゼフ一世に、自分達の存在を気取られてはならな...
ルイズはとりあえず納得したのか、引き下がる。
タバサは今一度目の前に広げられた世界地図の、ラグドリアン...
「アルデンの森を抜けて、ガリアに入る。しばらくは野宿にな...
「しょうがないわね…」
「まあ、なんとかなるでしょう」
最初は野宿について色々と文句を吐いていたルイズだったが、...
それに、使い魔として心の通じるようになったタバサの心を、...
タバサの内に渦巻いていたのは恐怖。
大切な人を、友達を、失う恐怖。
その友愛は、才人はおろかルイズやシエスタにも向けられてい...
…まあ、友達の頼みじゃしょうがないわね。
そう考え、ルイズは渋々、野宿を容認していた。
そしてその夜。
アルデンの森迎えた最初の夜に、ルイズは初めて野宿を後悔す...
バキバキバキっ!
耳障りな音をたて、樹齢百年近い樹木があっさりとなぎ倒され...
目標ではなく、特に興味もない木立に突っ込まされた苛立ちを...
ヒュイーーーーーーーーッ!
その雄叫びはとりもなおさず、ここが彼のテリトリーであるこ...
雄叫びと共に、高空から、グリフォンの巨大な前肢が振り下ろ...
目の前の、自分の縄張りを侵した愚かな小さな命を摘み取るべ...
しかし、その目論見は脆くも崩れ去る。
グリフォンの鋭い爪と全体重の乗った前肢による一撃を、才人...
落ち葉と下生えに固められている緑の大地を、グリフォンの右...
しかしそれでグリフォンの動きが止まる事はなく、第二関節ま...
「くっそ、寝かせてももらえねえのか!」
不幸なことに、一行の野宿に選んだ場所は、グリフォンのテリ...
幻獣の中でも特に縄張り意識の強いグリフォンが、その進入を...
四人の人間を、今宵の晩餐に決めたのは、四人が晩餐を終えて...
才人は剣を取ってグリフォンの前に立ちはだかり、タバサは魔...
グリフォンは爪の弾かれるやっかいな少女達はとりあえず置い...
バキン!
ヒュイィィーッ!?
才人の鋭い一撃が、引かれかけたグリフォンの右前肢を捉え、...
自らの武器の一つを破壊され、たじろぐグリフォン。
この人間は危険だ。
彼の中の本能がそう囁く。
しかし、幻獣としてのプライドが、この小さな命に屈すること...
「くっそ、まだだめかっ…!」
改めてデルフリンガーを構えなおし、前肢から血を流しながら...
しかし、次の瞬間。
「目を閉じて!」
バシンっ!
声と共に才人の背後の茂みから、鉄製の円筒が飛び出し、グリ...
キュイィーーーーっ!?
今までと違う、苦痛の篭った声がグリフォンの喉から滑り出る。
グリフォンの視神経を、閃光が焼いたのである。
声に気づいた才人たちは、慌てて目を閉じたため、被害はなか...
もろに光を目に入れたグリフォンはただではすまない。
苦痛に身をよじりながら、才人から離れていく。
一刻も早く、棲家に帰って、体勢を整えなければならない。
そうしてグリフォンは、才人たちの目の前から消えたのである。
「…助かりました。ありがとうございます」
才人はデルフリンガーを鞘に納めながら、背後の茂みに向かっ...
閃光を放った円筒が放たれたのがそこだったから。
そして、その茂みを掻き分け、現れたのは。
二十代後半であろう、妙齢の美女。
長いブルネットをポニーテールに纏め上げ、動きやすい茶褐色...
すこしそばかすの目立つその顔は、そばかすが気にならないほ...
その美しい顔を笑顔で満たし、美女は才人に言う。
「お礼なんかいいわよ。それより、君達なんでこんなとこに?」
それは才人こそ聞きたい言葉であったが、彼女の立ち居振る舞...
…どうしよ。正直に理由話したもんかなあ?
才人の心の疑問符に、青い髪の使い魔が心で応える。
…迷ったと伝えて。彼女が何者かは分からない。
才人は、その言葉に従う。
「道に迷って。とりあえずここで野宿を」
その言葉を聞いた美女の目が点になる。
「は?この森で野宿?やめたほうがいいわよ」
そして彼女は、いかにこの森が危険な場所か、四人に講釈を始...
曰く、今は繁殖期で、森の動物自体が騒いでいること。
曰く、このあたりは幻獣のテリトリーが多く、並の人間では生...
だから早く来た道を戻りなさい、と彼女は言う。
しかし。
その言葉に、タバサが応える。
「…私たちは、この森を抜けてガリアに行く必要がある」
その瞳に強い意志を宿して、タバサは美女を見つめる。
そして、彼女は。
ふーん、と言って細い顎に手をあて、宙を見つめて考える素振...
少しの間。
やがて考えがまとまったのか、彼女は才人たちに言った。
「なら今夜はこの奥にある、私の家で休んでいきなさい」
わけありか何かは知らないけど、せっかく助けた子に死なれち...
そして彼女はさらに付け加える。
「私の名前はクリスティナ。クリスでいいわ」
#br
一行が案内されたのは、森の一角、小川の脇に建てられた、丸...
その前には手入れの行き届いた菜園がある。
家の周囲の四方には、奇妙な札の貼られた背の低い針葉樹が植...
「それだけじゃないんだけどね」
札の貼られた木を見ていたタバサに、クリスが話しかける。
「この家の周囲には、一定間隔で獣避けの符が貼ってあるのよ。
おかげでウチにはやっかいな獣は寄ってこないってわけ」
獣は自ら厭な音のする方には向かっていかない。
それは野生で生きるための術である。『好奇心が猫を殺す』と...
しかし、その親切な説明にも、タバサの中の疑念が失せる事は...
…どうしたんだシャルロット?
その疑念を感じ取り、才人が心の声でタバサに呼びかける。
才人の心に疑念はない。当然だろう。クリスは才人たちを助け...
でも。
どうやってこのような所にこんな家を。どうやってこんな結界...
そして、どうしてこんな所に住んでいるのか。
タバサの疑念の尽きることはなかった。
しかしそれはあくまで仮定でしかない。
…なんでもない。少し不思議に思っただけ。
タバサはあえて疑念を覆い隠す。
今は、才人を休ませてあげたい。
もし可能性が現実になるとしたら、その時は自分から動けばい...
今日、二人のともだちを守っていた時のように。
「さ、入って入って。軽く飲むもの用意するわ」
入り口からクリスがそう呼びかけた。
一行は、彼女に誘われるまま家に入っていく。
「ああ、私殺し屋だから。
身を隠すのにここで暮らしてるの」
いきなりタバサの疑念は氷解した。
そして、クリスの言葉と同時に、一行に緊張が走る。
四人はほぼ同時に席を立った。
才人は背負ったデルフリンガーに手を伸ばし、タバサとルイズ...
しかしクリスは四人の行動など一切気にもかけず、手にしたカ...
そして言った。
「大丈夫よ、君達を殺したりしないわ。
だって依頼も来てないし、そうする理由もないし」
彼女の言葉の通り、クリスからは一切の殺気が感じられない。
暢気に紅茶をすすっている。
「でも、だからって殺し屋って名乗った人を信用しろってのは…」
構えを解かない才人に、クリスは反論する。
「あら。殺し屋って意外と信用第一なのよ?
依頼を受けない限り人は殺さないわ。まあ、依頼があったら...
さらりと物騒なことを言う。
その瞳に光る黒い光に、タバサは気付く。
タバサは杖を携えたまま席に戻る。
「…あなた、肉親を殺したのね」
タバサの言葉に、今度は才人が固まる。
…お、おいシャルロット!
心の声で才人は突っ込むが、タバサは怯まない。
この殺し屋がどういう人間なのか、知る必要があったから。
クリスは天井を眺め、少しの間んー、と唸っていたが。
すぐに視線をタバサに戻すと、明るい声で応えた。
「ええ。育ての親と、夫を殺したわ」
そして、彼女は堰を切ったように語りだす。
彼女は自分が、いつ、どこで生まれたのかも知らない。
物心ついたときには殺し屋の男に育てられていた。
その男は本当の親のようにクリスに接し、クリスに殺しのノウ...
そして、クリスの殺し屋としての初仕事が、殺し屋として数多...
育ての親を殺すことだった。
クリスはあっさりとそれをやってのけた。
殺し屋として大事なことは、依頼を確実にこなすこと。こなせ...
それが彼女に植えつけられた倫理だったから。
親を殺したクリスは、殺し屋としての人生を歩み始める。
そして、彼女は夫と出会う。
夫も殺し屋だった。それも、毒殺を得意とする陰険なタイプ。...
その夫との出会いも、やはり殺しの依頼だった。
しかしそれは、彼女の受けた依頼ではない。親と同じように、...
その男は街で見かけたクリスに、毒を盛ることに成功する。
食堂の給仕に痺れ薬入りの水を届けさせ、動けなくなったクリ...
そして、クリスは依頼主とその男に、想像を絶する陵辱を受け...
男の調合した薬で性感を数百倍にされ、何も考えられなくなる...
ほとんど意思を無くし、廃人になりかけたクリスに飽きた依頼...
彼女の第二の人生が始まったのは、そこからである。
彼は己の得意とする毒薬の知識で以って、死にかけていた彼女...
意外に彼に対する恨みはなかった。
彼は依頼に従っただけで、殺しの倫理には外れていない。
彼女は彼についていくことにした。
二人の生活はそれなりに上手くいっていた。二人で同じ依頼を...
そして、転機が訪れる。
彼女の下に、夫を殺せという依頼が入る。それは、かつて彼女...
またしても、恨みが彼女の人生に絡みつく。
彼女はその夜、ベッドの上で夫の胸に短剣を突き立てた。
そして、夫の遺品から、彼もクリスを殺せと依頼を受けていた...
その依頼主は、クリスの依頼主と同じ娘だった。
クリスの昔語りに、才人の喉がごくり、と鳴った。
とんでもない人生だ。そんな人生を、目の前の優しい瞳の女性...
「狂ってるわ…!」
それまで紅茶のカップを握り締めて震えていたルイズが、そう...
それは、才人もシエスタも感じていたことだった。
クリスの人生は、狂っている。
「かもね。私も時々なんだかね、って思うけど。でもさ」
クリスはそこで言葉を止め、つい、とカップの淵を指でなぞる。
「じゃあ、世界の正気は、誰が証明してくれるのかしら?」
自嘲気味に笑ってそう言う。
ルイズが言葉に詰まる。才人も、シエスタも、その言葉に反論...
タバサだけは知っていた。
『正しいこと』などこの世界には存在しないのだと。
「何が正しいのかなんて、議論しても始まらないわ。
必要なのは、そうする理由があるかどうか、だけ」
そして、もう一度紅茶に口を付ける。
どうにも気まずい空気の流れる中、紅茶を飲み干したクリスは...
「それじゃ、今夜はお開きにしましょ。
この居間の奥が物置になってるから。自由に使っていいわよ」
言って、すべての元凶は、手を振りながら居間から出て行った。
#br
とりあえず、物置にあった荷物を隅に避け、才人たちは四人が...
…本当に、大丈夫なのかしら。
ルイズの不安が心の声となって、四人の間で響く。
その声に応えたのは、タバサの声だった。
「大丈夫。彼女は信用していい」
タバサは、クリスの言動に信用に足るものを感じていた。
ただそれは、普通の人間としての信用ではなく…殺し屋としての...
『依頼がなければ』『命令がなければ』、相手を殺すことはな...
それは、殺し屋も…北花壇騎士も同じ。
彼女はプロだ。
その目に宿る狂気が、声に潜む昏さが、所作の一つ一つが、ク...
その彼女が、動機もなく、報酬もなく、人を殺すとは考えられ...
タバサはそう確信していた。
そう。自分も同じ場所にいた人間だから。
それを、声には出さずに感覚だけでその場にいる全員に伝える。
「…そういう生き方も、あるんですね」
まるで信じられない、という顔でシエスタがそう呟く。
いままで真っ当に人の道を歩んできた彼女にとって、そんな生...
そして才人は提案した。
「だとすると、彼女が依頼を受ける前に…ここを出たほうがいい...
明日の朝にはここを出る。そして森を突っ切るんだ」
反論する者は、いなかった。
森の朝は、朝日に反応した小虫を捕食する鳥の声で始まる。
羽を休めに枝に降りたその鳥を、猫科の肉食獣が捕食する。
盛大に原色の羽を撒き散らし、肉を貪る肉食獣を、大型の猿が...
一瞬で頚椎を叩き折り絶命させると、食い散らかされた鳥を添...
朝餉を始めた大型の猿はしかし、朝餉を終えることはなかった。
傷ついたグリフォンが、己の傷を癒すため、タンパク源として...
朝日と共に食物連鎖を始めたアルデンの森の奥。
結界に守られ、例外的に食物連鎖から外れた場所。
丸太で作られた家のドアが開き、中から長いブルネットの女が...
女は家の脇にある家庭菜園から、比較的大きく実った青い実を...
そして、そこに。
暢気な鳴き声を上げながら、一羽の鳩が菜園にやってくる。
食物連鎖を避けてきたのではない。
初めから、この鳩は、この家を目指してやってきた。
その足には、小さな足環が。
クリスは足元に下りて動かないその鳩を抱き上げ、足環から一...
クリスはそれを読み終えると、はぁ、と溜息をついた。
鳩は再び暢気な声をあげ、緑の天蓋から覗く青い空に消えてい...
「そうかぁ…せっかくのお客さんだったんだけどなぁ」
そして、青い実を一旦籠に入れると、少し離れた場所に自生し...
この花の花弁には、強烈な睡眠作用がある。大型の肉食獣です...
「その花をどうするつもり」
クリスの背後から声が聞こえた。
それは、聞こえるはずのない声。
きっと今頃寝ているだろう人物の声。
それでもクリスは慌てることはない。予想の想定外。しかし『...
殺すか、殺されるかの世界で生まれ、時を重ねたクリスにとっ...
花を持ったままクリスは笑顔で振り向く。そこには、彼女の予...
青い髪の少女が、杖を構え、完全な戦闘態勢で、家の入り口に...
「ちょっと、朝食に花を添えようと思って、ね」
「その花は眠り薬の原料。それで何をするつもり」
誤魔化そうとしたクリスだったが、タバサには通用しないよう...
タバサは、クリスを信用していた。
ただし、それは殺し屋としての信用。
依頼を受けない限りは、才人を狙うことはないという、裏の信...
だからこそ、タバサは常にクリスの動向には気を向けていた。
そして見た。クリスが、伝書鳩から書簡を受け取る様を。
「…今の鳩が、依頼…」
「そうよ。ガリア王から、各地にいる殺し屋へのね。
どうやって私の居場所を嗅ぎつけたかは知らないけど」
言って、クリスは手にした花をばら撒く。
タバサの視界に、赤い花で所々穴が生まれた。
そしてその穴から。
小さな、投擲用のナイフが数本、タバサに向かって投げられる。
タバサは呪文を唱えることなく、身体に向かってくる数本を、...
その間に、間合いを詰めたクリスがタバサに肉薄していた。そ...
大型の獲物を解体する時などにつかわれるそのナイフが、クリ...
タバサはバックステップでその一撃をかわす。
クリスは伸びきった状態から今度は後ろにステップを踏む。体...
逆にタバサは、軽く踏鞴を踏む。伸びきった状態からの二撃目...
打突の用意をしていたタバサは、呪文の用意が間に合わない。...
その一瞬の隙が、クリスに再度の攻撃のチャンスを産む。
一瞬動きを止めたタバサに、今度は右手で横薙ぎの一撃。
タバサはサイドステップでそれを避ける。
その瞬間。
タバサの目の前に、銀色の投げナイフが現れた。
クリスが、右の大型ナイフで薙いだ瞬間に、空いた左手のスナ...
さすがに狙いは適当で、致命傷を与える軌道ではなく、その軌...
しかし。ナイフの速度に対し、タバサの体は追従できない。
かわせる位置じゃない…!
硬直し、ナイフの着弾に備えるタバサ。
しかし、衝撃はいつまでたっても襲ってこなかった。
「悪ぃ、遅くなった」
タバサに刺さるはずだった投げナイフはデルフリンガーによっ...
タバサとクリスの間に、才人がデルフリンガーを構え、立つ。
「…いつの間に」
クリスは驚いていた。
タバサが大声を上げたわけでもないのに、いつの間にか才人が...
クリスは、才人とタバサの使い魔の『絆』の事を知らない。
タバサと使い魔の契約をした才人は、心の声で、離れていても...
その『絆』を使って、タバサは才人に、クリスに対する警告を...
そして、事のあらましも。
「そうか、あんたガリア王からの依頼を受けたってわけか」
「気持ち悪いわねあなた。どこまで知ってるのかしら」
油断なくナイフを構えなおし、クリスは才人との間合いを計る。
後ろに控えるメイジの少女よりも、クリスは才人を目標として...
魔法なら、発動する際にある程度距離を取ればなんとかなる。
しかし、剣士はそういうわけにはいかない。持久戦に持ち込も...
ならば先に。地の利のあるうちに、剣士の方を黙らせるのが上...
じりじりと間合いを計りあい、二人は菜園の中を巡る。
器用に才人を間に挟まれているために、タバサは中々手を出せ...
そして、才人の体に完全にクリスが隠れた瞬間。それは起こっ...
ばふん!
クリスは、足元にあった、粉末状になるまで粉砕した枯れ木を...
菜園の土に混ぜるため、準備しておいたものである。菜園の隅...
「うわっ!?」
いかに才人にガンダールヴの力があるとはいえ、一瞬で広がる...
目に粉末の一部が入り込み、たまらず才人は下がりながら目を...
その好機をクリスが逃すはずもない。
一瞬だけ、右横にステップすると。
才人の左側、斜め下。粉塵の向こう側から、腕を盾にされても...
しかし、ここでも情報の不足が勝敗を分けた。
…左下!今!
心に響く使い魔の声に応じて、才人はその場所を全力で、デル...
ざぐっ!
鋭い剣閃。響く鈍い音と、手に伝わる衝撃。
「ぎぁっ!」
獣のような声を上げ、大地に転がったのは。
クリスだった。
才人は目をぬぐい、状況を確認する。
目の前には大量の血溜まりと、その中に転がる人間の手と、そ...
そしてその奥に、右手と大量の血液を失い、青い顔でこちらを...
「…悪い、手加減できなかった…」
才人にクリスを殺すつもりはない。
自分を狙わなければ、彼女を助けるつもりだった。
クリスには、そんな少年の心が、手に取るように分かった。
…青い。
そして彼女の中の冷静な部分が、状況を分析する。
この失血では。そして、この状況では。
「…殺しなさい。ヒラガサイト」
「…できねえよ…」
「…ほっといても助からないわ。さあ早く」
「…できねえよ…」
「…しょうがないわね。全く」
才人は殺せなかった。
例え命を狙ってきた相手だとは言え、彼女は昨日、自分達を助...
そして何より。
彼女は生きている。生きている命を奪うことは、日本に生きて...
だが、現実は容赦なく動く。
クリスは、まだ動く左手で、腰の後ろにあった一本のナイフを...
その刃には、猛毒が塗ってある。
大型の肉食獣ですら、一刺しで毒殺できるほどの。
この毒を使って、獲物にトドメを刺すのが…彼女と、夫の、築き...
「待て、あんた一体」
慌てて才人は手を伸ばす。
しかし、零れ落ちた水は、杯には戻らない。
クリスは笑顔を才人に向けて、手にしたナイフで自らの心臓を...
そして心臓が貫かれるまでの間に、辞世の言葉を放つ。
「坊や。いい男に、なりなさいな」
毒が回る。胸と口と右腕から血を流し。
アルデンの森の暗殺者は、息絶えた。
一行は、クリスを弔うと、アルデンの森を後にする。
「俺が殺したのか」
落ち込んでいるような才人の言葉に、タバサは淡々と応えた。
「サイトは殺していない。殺せなかった」
そして続ける。
その場にいる、彼女のともだちにも向かって。
「覚えておいて。私たちが相手にしているのは、彼女みたいな...
狂気の中で、狂気を自覚して、狂気に従う人間。
狂った世界の、住人たち」
かつては自分も垣間見たその世界。
その世界に、愛する人を、ともだちを、踏み込ませるわけには...
だから。
ジョゼフを倒す。狂気の中心を、自分達を巻き込もうとする、...
殺すのを躊躇わないで。彼らは死ぬことを自覚している。
決意とともに、全員に心の声で伝える。
それはきっと、人を殺すことへの欺瞞にすぎないのだろう。
でも、そうしなければ自分の大切な人が壊される。
自分の愛した世界が、蹂躙される。
そう、私は自分の我侭で叔父を殺す。
それ以上でも、以下でもない。
決意を新たに、タバサはかつて幼少を過ごした、王都リュティ...
ページ名: