ゼロの使い魔保管庫
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犬竜騒動 竜の子供 [[205]]氏
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『鉄の竜』の騒動から、また少しの時間が流れた。
幼き風韻竜シルフィードは、相変わらず楽しい日々を過ごし...
主であるタバサが祖国の命で任務に赴くときは同行してあれ...
いときは魔法学院の中で他の使い魔たちと遊んだり、グースカ...
そんなのんびりとした日々の中でも、シルフィードが格別楽...
りサイトと一緒に出かけることだった。先の一件以来、才人は...
『鉄の竜』にはほとんど乗らないでいる。遠出したいときは大...
たし、また、彼女が『一緒に出かけよう』という意志を伝える...
きも、よほど忙しくない限りは承諾してくれる。
才人と一緒に出かける、とは言っても、目的地が決まってい...
シルフィードが考えに考え抜いて選び抜いた『タバサおねーさ...
トコース』はもうほとんど踏破してしまっていたからだ。
だから、二人は気ままにフラフラと空の散歩を楽しんだ。面...
当に降りてみたりもするが、だからと言ってそこでなにをする...
に降りれば才人が器用に即席の釣竿を作って釣り糸を垂らし、...
が長い首を伸ばして果物や木の実を集めたりする。風の気持ち...
大抵二人ともうたた寝してしまい、帰りが遅くなって互いの主...
にルイズの怒り方はタバサの十倍はきつかったから、シルフィ...
申し訳ない気持ちになってしょんぼりしてしまう。
だが、そういう彼女を見つけると、才人は決まって笑いなが...
「気にすんなって。俺だって、たまにゃのんびり昼寝したいと...
度あそこいって一緒にサボろうぜ、な?」
と、悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。それだけでシルフィー...
また才人を乗せて空に舞い上がりたいという気持ちが湧きあが...
だが、あるとき、そんな日々に変化が訪れた。トリステイン...
勃発したのである。
シルフィードには詳しい事情は分からなかったし、主である...
入の態度を取っていたので、さして興味を抱くこともなかった...
くっついてこの戦争に参加することになったと聞いて、心中穏...
「大丈夫だよ、なんとかなるって」
出兵の前日、不安に耐え切れなくなって会いに行ったとき、...
(でも、もしかしたら帰れなくなるかもしれないわ)
シルフィードが不安な気持ちを表そうとして短く鳴くと、才...
をぽんぽんと叩いた。
「なに、ちゃんと帰って来るって。それより悪いな、しばらく...
ま、戦争が終わったら、また二人でどっか出かけようぜ」
そして、あの『鉄の竜』に乗って、才人は遠い空へと飛んで...
ルフィードはまた嫉妬に駆られたが、今度は前のように騒ぐこ...
オンの空域には絶対に近寄らないよう、タバサに厳命されてい...
そんなわけで、戦争が続いている間、シルフィードはずっと...
過ごすことになった。
「ねえねえお姉さま、戦争はいつ終わるの?」
「分からない」
そんな問答を、何度繰り返したことだろう。
その間にも、いろいろなことがあった。魔法学院が襲撃を受...
負ったり、彼を運ぶためにゲルマニアまで飛んだり。だが、そ...
も、シルフィードの胸からは、常に才人の身を案ずる気持ちが...
やがて待ちに待った終戦の日が来て、学徒兵として戦争に駆...
生徒達も、大半が無事に戻ってきた。だがその中に、シルフィ...
は見当たらなかった。
「ねえねえお姉さま、戦争終わったのに、どうしてサイトは帰...
「分からない」
タバサは静かな声でそう言ったきりだったが、いつもの無表...
んでいるように見えた。
そんなとき、シルフィードはある噂を耳にした。
『サイトは主人であるルイズを助けるために、一人敵に立ち向...
と。それを聞いたとき、シルフィードは生まれて初めて『喪...
わった。この間まで隣で笑っていた人が、もう永遠に戻っては...
実。頭では分かっていたつもりだったが、現実になってみると...
どに大きかった。
だから、シルフィードは無理にそれを否定した。
(嘘よ、嘘に決まってるのね! サイト、またシルフィと遊ん...
束したもの!)
才人は今までシルフィードに嘘などつかなかったし、約束を...
今度だって、その内ひょっこり帰って来る、と。
最初こそ半ば無理矢理そう信じていたシルフィードだったが...
ぎ、それでも彼の姿が見えないままだという現実を突きつけら...
気力も無くなってしまった。
(サイト、死んじゃったんだ)
ある雨の降る寂しい夜、森に作った小屋の中で寝そべりなが...
くその事実を受け入れた。
死、という概念は当然理解していたし、タバサの任務中に人...
あった。だが、近しい人の死、というものを体験したのは初め...
はるかに寿命が長く、また外敵などいないと言ってもいいほど...
生まれだったし、主であるタバサも、何度窮地に陥っても必ず...
間だ。だから、そもそも「親しい人が死んでしまう」というこ...
と、明確に意識したことすらなかった。自分の知らない人が死...
な人は絶対に死んだりしないと、勝手に思い込んでいた。
(でも、サイトはもう帰ってこない)
そう考えると、途端に涙が溢れてきて、胸がしくしくと痛ん...
な痛いのは嫌だ、と思った。
(仕方のないことなのね)
シルフィードは自分に言い聞かせた。
(そもそも、シルフィは人間よりもずっと寿命が長い風韻竜だ...
は当たり前だし、それがちょっと早くなっただけの話なんだわ...
泣いたりするようなことじゃないのよ。そう、きっとそう)
必死に言い聞かせているうちに涙は止まり、胸の痛みも少し...
(さあ、寝るの、寝るのよ。何も考えずに寝て、また明日から...
いいんだわ)
シルフィードは体を丸めて目を閉じ、ただ眠ろう、眠ろうと...
顔が浮かぶたびに必死に頭を振り、タバサとだっていつか別れ...
首をもたげるたびに意味もなく身じろぎした。結局、明け方ま...
苦しい想いを抱えたまま、シルフィードは朝を迎えた。こん...
て初めてだった。
(お姉さまのとこ行って、朝のご挨拶をしなくっちゃ)
別に毎朝そんなことをやっているわけではないが、今日ばか...
タバサのところへ行って、彼女がいつもどおり無表情で本を読...
重たい翼で無理矢理空に舞い上がったとき、シルフィードは...
ら何かが近づいてくるのに気がついた。
(あれは……?)
目を凝らすと、それが何頭かの竜であることが見て取れた。...
に大きな箱をぶら下げて飛んでいるのだ。
(竜籠なのね)
人間達……特に、身分の高い一部の人間が、空を往くのに使う...
かぐんぐん魔法学院の方に近づいてきて、ゆっくりと広場に下...
(誰が来たのかしら)
今はタバサのところへ行かなくてはならないというのに、何...
気にかかった。
(お姉さまにも関係のあることかもしれないし)
誰にでもなく心の中で言い訳しながら、シルフィードはよろ...
近づいて行った。
体のだるさは本当に酷いもので、シルフィードは広場の近く...
まった。だから地に降りてのそのそと歩いて行ったのだが、入...
した騒ぎになっていた。
「君は必ず生きていると信じていたよ!」
「あんた銅像作ってたじゃないの」
そんな会話がかすかに聞こえてくる。
(生きていると信じていた?)
その言葉を聞いたとき、シルフィードの胸の中に小さな希望...
(まさか、まさか……!)
急に体に力が戻ってきた。シルフィードは飛ぶのも忘れて必...
方へ向かっていく。
「うわ、なんだ、なんだ!?」
群集の外側にいた生徒の一人が、突進してくる竜の姿に驚き...
の生徒達もその声でシルフィードの接近に気がつき、結果的に...
その向こうに、あの少年の姿がある。
(ああ、サイト、サイトだ……!)
走るシルフィードの胸が、じんわりと熱くなる。ひょっとし...
うか、と疑ったとき、少年が気楽に笑って片手を上げた。
「ようシルフィード、久しぶり」
懐かしい声だった。
(サイト―――――ッ!)
人間の声で叫んでしまわなかったのは、タバサの躾の賜物と...
歓喜の涙を千切れさせながら力強く地を蹴ったシルフィード...
で突進し、
「ぐえっ……」
せっかく生還した才人が、帰ってきて早々また死にかける結...
「全く、危なっかしいったらありゃしないわ!」
ぷりぷりと怒るルイズの横で、シルフィードはしょんぼりと...
帰ってきた嬉しさのあまり、またやってしまったのである。
(シルフィはおドジさんなのね)
と、落ち込む彼女の首を、誰かの手が優しく叩く。顔を上げ...
がある。
「気にすんなよ。俺は嬉しかったぜ、お前があんな熱烈に迎え...
気楽でありながらも愛情に満ちた声音。もう二度と聞くこと...
たその声に、シルフィードはまたも視界を潤ませた。才人が本...
たくなって、何度も何度も彼の顔を舐め上げる。彼は「おい、...
しながらも、シルフィードの好きにさせてくれた。
(良かった。本当にサイトだ。サイト、ちゃんと帰ってきてく...
シルフィードはほっと息を吐いた。ただの風竜と身分を偽っ...
れていた才人がどうして無事に帰ってきたのか、詳しい事情を...
が、帰って来てくれただけで満足だった。
「しかしまあ、あれだね」
不意に、才人を囲んでいた生徒達の中から、からかうような...
「君は相変わらずモテるみたいじゃないかね、サイト?」
そう言ったのはギーシュで、端正な顔が意地悪げににやけて...
「帰ってきて早々女の子の熱烈な歓迎を受けるとはね! いや...
しい限りだよ」」
周囲の生徒達がどっと笑う。
「全くだな」
「いやー、お似合いだぜサイト」
「末永くお幸せにな、二匹……いやお二人さん」
シルフィードは最初こそ困惑して周囲を見回していたが、や...
れているのだということに気がついて、低く唸り声を上げた。
「ほらほら、怒んなよ、シルフィード」
吠えて威嚇してやろうと口を開けかけたシルフィードの頭を...
「気にすんなよ。俺はホントに嬉しかったんだからさ」
(うー、サイトがそう言うんなら)
シルフィードは、きゅう、と小さく鳴いて大人しく引き下が...
モランシーが、感心したように言った。
「本当によく懐いてるわねえ」
「使い魔同士気が合うってことじゃないのかね?」
ギーシュが肩を竦めると、才人が豪快に笑った。
「使い魔とかそんなん関係ねえよ。こいつって空飛ぶし気が利...
なんだぜ! 俺らってばもう親友だもんな、なーシルフィード...
(もちろんよ!)
同意するようにきゅいきゅい鳴いてまた才人の顔を一舐めす...
ちの表情が引きつった。
「おいおい」
「サイト、まさかお前マジで」
「それだけは止めとけよ。それだったらルイズの方がまだマシ...
「ちょっと、最後の台詞言ったの誰よ!?」
ルイズが怒鳴り、生徒達が悲鳴やら歓声やらを上げて散り散...
れを眺めていたが、やがてふと思い出したようにギーシュに問...
「そうだギーシュ、先生いるか? 俺、帰ってきた挨拶したい...
「先生? 誰のことだい?」
「コルベール先生だよ、コルベール先生」
その名前を聞いた途端、ギーシュとモンモランシーの顔が凍...
げに目をそらし、「なんだよ、どうしたんだよ」と才人に詰め...
シルフィードもまた、そんな才人を見ながら居心地の悪さを...
先の二人とは別種の感情である。
(うー、あのおハゲの先生なら、本当は生きてるのねー)
才人がいない間に、この魔法学院は賊に襲撃を受けている。...
教師が自ら杖を振るって敵を撃退したが、自身も致命傷を負っ...
と、ほとんどの者は認識している。
だが実際には、彼はシルフィードの背に乗せられて密かに運...
で療養中なのである。
それを知っているが故に、シルフィードはもどかしかった。...
を知らされた才人が呆然と立ち尽くしている。突然の悲報に声...
(ああ、サイト、かわいそうなのね)
だが、声が出せない以上、シルフィードには真実を伝える術...
しても、コルベールが生きていることは秘密にしておけとタバ...
ちらにしろ話せないのだが。
そうやってシルフィードが何も言えないまま話はどんどん進...
でいると思い込んだまま、彼の研究室に帰還の報告に行くこと...
室の中で、才人がどんな気持ちでいるのかと想像すると、シル...
(サイトも今、昨日のわたしみたいな気持ちを抱えているのか...
しばらく経って、才人は研究室から出てきた。肩を落とし、...
かせた顔の中で、唇が一文字に引き結ばれているのがやけに痛...
(サイト、大丈夫なのよ。あのおハゲの先生なら、すぐに帰っ...
シルフィードはそれを伝える代わりに才人の顔をぺろぺろと...
笑って、弱弱しく彼女の頭を撫でた。
「ありがとな、シルフィード。それとゴメン」
何かに必死に耐えるように、震える息を吐き出す。
「今日はちょっと、遊んでやれそうにねえや」
それだけ言い残して、才人は広場を立ち去った。付き添うよ...
いく。シルフィードは彼らを追うことも、引き止めることもで...
くその背中を見送るしかなかった。
その晩、シルフィードはまたも眠れぬ夜を過ごすこととなっ...
森の小屋で寝そべっていても、昼間の才人の小さな背中や痛...
なかなか眠れなかったのである。彼が今も喪失の痛みに苦しん...
ぐに飛んでいって真実を打ち明けたい衝動に駆られた。何度か...
だが、そのたびに、
(でもでも、お姉さまの言いつけがあるし)
と尻込みして、結局はまたその場に寝そべってしまうのであ...
(言いつけ、なんて)
そんな思いが、一瞬脳裏を掠めた。
(別に、サイトに喋っちゃったところで、凄い問題になるわけ...
るサイトのためだったら、お姉さまの言いつけを破っちゃって...
少し迷ったが、結局その選択肢を選ぶことは出来なかった。
(だって、お姉さまの言いつけなんだもの)
その言葉で胸のもやもやに無理矢理蓋をして、シルフィード...
(そうだわ。よく考えてみると、これはまたとないチャンスな...
今、才人は喪失の悲しみを嫌というほど味わっているはずだ...
ろうが、あんな我がまま娘に人を慰めることなど出来るはずが...
見ている)。となれば、ここに主のつけいる隙があるのではな...
(そうよ、これだわ! 悲しみに打ちひしがれるサイトに歩み...
情な少女が懸命にかける慰めの言葉に、いつしか身も心もほだ...
姉さまは実は生きていたおハゲの先生の命の恩人! うひょー...
と間違いなしなのね!)
自分の思いつきに興奮して、さっきとは別の意味で眠れなく...
(ああ、お姉さま早く帰ってこないかしら)
今日、タバサはガリア王国の使者から呼び出しがあったとか...
いない。シルフィードを残して行ったのは、才人と再会した使...
気遣いかもしれない。
と、そのとき、不意に小屋の扉が開いた。見上げると、冴え...
小柄な人影が立っている。
「おねーさま!」
シルフィードは歓喜の声を上げた。自分の名案を伝えようと...
るとは、これはずいぶん幸先が良さそうだ。
「おねーさま、あのね、わたし、おねーさまがサイトと仲良く...
シルフィードの言葉は尻すぼみになった。無言で立っている...
無表情だったが、その奥に深い苦渋の色が見え隠れしていた。
(なにか、悪いことがあったのね)
すぐにそう理解したが、自分から何があったのか聞くのは躊...
バサがこれほど苦悩するのだから、それはおそらくシルフィー...
ずである。
「命令が来た」
端的に話す声音は、やはりいつも以上に硬かった。
タバサはしばしの間、躊躇うように沈黙したあと、先ほど以...
「虚無の担い手であるルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを誘拐す...
搾り出すような声で、付け加える。
「誘拐に際し、使い魔が障害となるようならばこれを抹殺する...
ルイズ誘拐は、魔法学院の催し事の一つである双月の舞踏会...
ても、誘拐を決行するのはガリア王の側近であるミョズニトニ...
の役目は、誘拐に際して邪魔立てするであろうルイズの級友や...
ことであった。
極端に言ってしまえば、才人を殺すことが、次のタバサの任...
誘拐決行当日までの数日間、シルフィードは森の小屋に篭り...
かを延々と考え続けた。
才人と戦う、あるいは彼を殺すことなどしたくもないし、出...
バサを止めることもやはり出来ない。心を壊された母親を人質...
が「命令に従わない」という選択肢を選べる余地はないのだ。...
で」と頼むことは、「お母様の命を諦めて」と頼むことに等し...
ほど辛い役目を負わされているか、間近で見てきたシルフィー...
うはずも無かった。
そうして、日々はただ悪戯に過ぎ去っていく。シルフィード...
才人に警告することも、タバサを止めることもなく、ただ「ひ...
にかなって結局うまくいくのではないか」という、根拠もなに...
だけだった。
そして、舞踏会の夜がやってきた。
遠くの方から、優雅な音楽が聞こえてくる。華やかな舞踏会...
たタバサは、使い魔シルフィードと共にヴェストリの広場の隅...
情報が漏れていないのだから当り前の話だが、ルイズの誘拐...
かった。おそらく、今この学院の敷地内のどこかで、ジョゼフ...
ルンがルイズをさらうべく行動しているはずである。
シルフィードは不安に胸を押しつぶされそうになりながら、...
りと主の横顔とを交互に見つめていた。闇の中に佇むタバサの...
であり、そこには迷いや逡巡など欠片も浮かんでいない。
(お姉さま、やっぱりサイトと戦うおつもりなのかしら)
シルフィードはこのときに至ってもなお、主が何か他にいい...
を止めてくれるのではないかと密かに期待していた。
しかし、タバサの小さな唇が妙案を語りだすことはなかった。
「向こうは首尾よく進んでいるみたい」
夜空の闇に飛び立った巨大な黒い影を見上げながら、タバサ...
「わたしも行動を開始しなくてはいけない」
シルフィードはそれを聞いて身を硬くするのと同時に、違和...
「お姉さま、今、『わたしも』って」
わたしたちも、ではないのか、と口にしようとしたとき、タ...
魔に向きなおった。
「言い間違いじゃない。あなたは、来なくてもいい」
シルフィードは息を飲んだ。口を開けて反論しようとしたが...
らない。もどかしさに呻く彼女の頬に、タバサの小さな手が伸...
「あなたが彼と仲良しなのはよく知ってる」
主の手が、シルフィードの頬をそっと撫でた。いつもの無表...
確かな労わりと優しさが感じられる。
「だから、今回はわたしに従わなくてもいい。あなたの意思で...
しいと、自分がそうしたいと思うことをするの」
「お姉さま」
「わたしは彼を殺す」
静かな断言。
「ジョゼフを殺し、母様を救うその日まで、何があっても立ち...
それがわたしの意思」
どこか自分に言い聞かせるような口調でそう言ったあと、タ...
た。おそらくサイトがいるのであろう方向に向かってゆっくり...
は、振り向く気配が微塵にも感じられない。止めることも追う...
ドはその場でせわしなく身じろぎした。
(ああ、どうしよう、どうしたら……!)
何かないかと必死に周囲に目を走らせるが、何もない。そも...
物が自分の役に立ってくれるというのか。
それでも、シルフィードは何かを探さずにはいられなかった...
てくれる、何かを。
(お姉さまを裏切らずに、それでいてサイトと闘わなくても済...
この数日間何度も何度も頭の中で繰り返してきた言葉を、も...
い案は何も浮かばない。ただ悪戯に時間だけが過ぎてゆく。
(ダメ! こんなの、どっちも選べるはずがないわ)
大好きなタバサと大好きな才人。どちらかを選ぶということ...
ということだ。そんな残酷な二択を突き付けられたのは、生ま...
しつぶされそうなほどの凄まじい重圧を感じて、シルフィード...
(ああ、いっそのこと、お姉さまが『わたしに味方してサイト...
い』って命令してくれたら迷わずに済んだのに!)
苦しみの果てに一瞬頭を過ぎったその思考は、シルフィード...
悪感を湧き上がらせた。何かどろどろしたものが、体の内側に...
る。じっとしていられなくなり、彼女は大きく翼を広げて夜空...
ぶ風の中で地上を見下ろすと、煌びやかな舞踏会場から遠く離...
閃きが見えた。
(ああ、もう始まっている……!)
シルフィードは迷い、躊躇った。今ならまだ間に合う。今か...
止められるかもしれない。だが、そうしたところで戦う理由が...
から、結局は無意味なことだ。
(どうしたら、どうしたら)
その言葉だけがぐるぐると頭を巡る。また、先ほどと同じよ...
見回す。すると、夜の闇にまぎれて旋回している巨大な影が見...
配下、ミョズニトニルンの操る巨大なガーゴイルだ。
(あいつが一番悪い奴なのに)
そうと分かっているのに、タバサの母親を人質に取られてい...
きない。シルフィードは低く唸りながら、再び視線を眼下の戦...
白刃と氷刃とのつばぜり合いは、いまだに続いていた。タバ...
であり、相当な実力者だ。おそらく、互いに決定打となる一撃...
それでも、全力を尽くして戦っている以上は、いつか決着が...
ぬ。両方を救う方法など、もはやどこにも残されていない。
本当は、頭の隅でそのことを理解していた。それでも、シル...
道も選べずにいる。このまま何もせずただ成行きに任せるとい...
ることが分かっているにも関わらず、だ。そうなるぐらいなら...
して行って、ともかくこの場だけでも収めた方がいいのかもし...
お、動けない。
(選べない)
シルフィードはか細い鳴き声を漏らした。
(選べないよぅ)
涙で視界が滲み、束の間、地上の戦いが見えなくなる。こん...
ことにしてしまう方法はないものか。
(誰か、助けて……父様、母様……お姉さま、サイト……)
親しい人たちの姿が次々と思い浮かぶ。しかし、今、シルフ...
誰一人としていなかった。
そのとき、滲んだ視界の中で、一際大きな光が閃いた。かと...
くなる。白刃と氷刃の閃きが、地上から消え失せていた。
(終わったの?)
終わってしまった。
(どっちが)
シルフィードは小さく息を飲んだ。今、地上に降りれば、そ...
敗者が血を流して横たわっているはずだ。
(でも、わたしがなんともなってないってことは、きっとお姉...
……じゃあサイトが? ううん、お姉さまは負けたけど、まだ瀕...
けっていう可能性も)
様々な予想が浮かんでは消える。そのどれが正しいのか、確...
降りて、この目で勝負の結果を見ればいい。いや、単に、心の...
もいいのだ。そうすれば、どちらが死んだのか、はっきりする。
しかし、やはりシルフィードには出来なかった。ただ翼をは...
する。降りるどころか、この場所から動くことすらできそうに...
(もう、何もかも終わってしまったのに)
シルフィードは心の中で己の弱さを罵ったが、現実を直視し...
やっても消えてくれなかった。
――シルフィード
不意に、頭の中に声が響いた。シルフィードは驚き、咄嗟に...
ら、それが主と使い魔の間でなされる精神感応であることに気...
れてしまうほど、心の余裕がなくなっていたらしい。
(お姉さまの声が聞こえるってことは、サイトが……)
その事実にシルフィードが凍りついたとき、再び頭の中に声...
――どうしたの。早く降りてきて。
タバサの声には、珍しく若干の焦りが含まれていた。戦闘の...
だろうか。
主に呼ばれてもなお、シルフィードは躊躇した。才人の亡骸...
――早く。早くしないと、二人とも囲まれてしまう。
三度目の声が響き渡ったとき、シルフィードは違和感を覚え...
――二人、って。
――わたしとサイト。二人とも、生きてる。
タバサが簡潔に伝えてきたそのメッセージは、シルフィード...
した。爆発的に広がったその感情が、全身に溜まっていた恐怖...
し、翼を動かす原動力となる。
――すぐに行くのね、お姉さま!
シルフィードは矢のように体を伸ばし、地上に向かってまっ...
地上に降り立ったシルフィードを、タバサと才人が出迎えた...
の足で立っている。そのことがとても嬉しかった。
「乗って」
シルフィードに跨りながら、タバサが才人に向かって手を差...
脇腹を押さえながら少女の手を取る。肩越しに振り返って垣間...
く、瞳には燃え盛る炎のような怒りが宿っていた。その怒りが...
ように錯覚してしまい、シルフィードは小さく身を縮めそうに...
(ううん、今はそんなことしてる場合じゃない)
精神感応により、タバサから大方の事情は聞いていた。予定...
ルンを叩き潰す。そうなった経緯はよく分からなかったが、と...
いいということが分かれば、それで十分だった。
上空を旋回している巨大なガーゴイルが、すぐさま小型ガー...
きた。シルフィードはその群れをかいくぐり、ときに炎を吐き...
魔者を次々に叩き落とした。大事な人を殺されそうになった怒...
らを助けることも出来なかったことへの羞恥心のためか。とに...
ともないほどの気の昂りの命ずるまま、シルフィードは無我夢...
そうして気がついてみると、戦いはいつの間にか終わってい...
はなく巨大な船が見える。
――キュルケとミスタ・コルベールが乗ってる。助けにきてく...
タバサが短く説明してくれたが、シルフィードにとって、そ...
(サイトは―ー)
背中に、先ほどよりも一人分ほど増えた重みを感じた。ちら...
ると、才人とルイズが寄り添って自分の背に座っているのが見...
(良かった)
ほっと息をつきながら、シルフィードはゆっくりと地上に降...
ち三人が自分の背から降りたとき、異変に気がついた。
「サイト、サイト!」
誰かの泣き声が聞こえた。驚き、声の方に目を向けると、地...
で、ルイズが泣きじゃくっているのが見えた。
(どうしたの)
おそるおそる近づいて見ると、横たわった才人の脇腹から、...
一瞬、何も考えられなくなった。
「わたしの魔法による傷」
隣に立ったタバサが、小さく呟く。横顔はいつも通りの無表...
――サイト、大丈夫なの?
「すぐに水魔法の使い手が来るだろうから、死にはしない。大...
タバサは淡々とした声でそう答え、再びシルフィードの背に...
「飛んで」
――どこへ?
「ガリアへ。わたしはジョゼフを裏切った。母様を取り戻さな...
確かにその通りかもしれない、と思いながらも、シルフィー...
かった。タバサは大丈夫だと言ってくれたが、才人のことが気...
「大丈夫だから」
淡々とした声の中に確かな労わりを滲ませながら、タバサが...
「それに、ここにいたとしても、わたしたちにできることは何...
これもやはり、正しかった。
(サイト……)
もしも自分があのとき二人の間に割り込んでいたら、才人は...
かもしれない。シルフィードの胸がずきずきと痛んだ。
(サイト、ごめんね、サイト)
心の中で何度も謝りながら、シルフィードは罪悪感を抱えた...
に重かった。
ガリアへと向かう道中で、シルフィードはタバサにこういう...
もらった。
タバサに殺意の篭った氷の刃を飛ばされてもなお、才人はギ...
を躊躇ったという。彼が最後に決意を固めて飛びかかってきた...
たそうだ。避けられない、と。
「でも、次の瞬間、倒れていたのは彼だった」
「どうして」
「振るった剣を、彼が自分の意思でわざと外したから」
タバサは、溜息を吐くように言った。
「その瞬間、わたしを殺さなければ、逆に自分がやられるだけ...
のに」
息も絶え絶えの才人に、タバサが「どうしてわざと外したの...
たらしい。
――やっぱり、友達は殺せねえよなあ。
「きゅい、じゃあ、サイトは自分の命よりも、お姉さまの命を...
「そう」
タバサは何かを考えるような間を置いて、言った。
「わたしと彼が置かれた状況は酷似していた。お互い、大切な...
その人を助けたかった。わたしはそのためには他の人間を犠牲...
いたけど、彼は違った。自分が死んだらルイズを助ける人間が...
れでもわたしという」
タバサは一瞬、次の言葉を口にするのを躊躇ったようだった。
「わたしという友人を犠牲にしてもいいとは、考えなかった。...
づかされたの。本当は、わたしも彼のように行動したかったの...
能性が低くて無茶な選択肢だろうと、母様も友達も、みんな助...
にその道が困難だから、より簡単な方、楽な方を選んでいただ...
その声はいつもと変わらず淡々としていたが、彼女がこれだ...
しいので、シルフィードはそれだけ主が感銘を受けているのだ...
「だから、わたしは今までとは違う選択肢を選ぶ。もう、ジョ...
い。でも、母様のことも助けてみせる。絶対に」
その声音は、今までシルフィードが聞いてきた、タバサのど...
までと同じ、いやひょっとしたらそれ以上に強い意志を感じさ...
さのない、澄んだ声音だ。
タバサが選んだのは、間違いなく茨の道である。言うだけな...
げるのはほとんど不可能、夢物語だ。シルフィードがそう思う...
ちゃんと分かっているはずである。だからこそ、タバサは今ま...
たのだから。
(でも、お姉さまは自分の意思でその道を選んだんだわ)
シルフィードはちらりと、自分の背に跨っているタバサに目...
を見据えるその顔は、気高さを感じるほどに凛々しかった。
その主の姿と、二人が戦っているとき何も出来なかった、い...
姿とを比べて、シルフィードはたまらなく恥ずかしくなった。
今更ながら、やはりあのとき二人の間に割って入るべきだっ...
もっと本気で主を止めてみるべきだったのではないか、あるい...
のではないか、という思いが浮かんでくる。
本当は、頭の片隅にそういう案はあったのかもしれなかった...
ただけだと、タバサの言葉を聞いていて気づかされた。
(わたしと二人の違いはなんなんだろう。二人みたいに、一番...
ぶためには、どうしたらいいんだろう。どうしてわたしは、た...
ガリアの空へ向って飛びながら、竜の子供はずっとそのこと...
終了行:
犬竜騒動 竜の子供 [[205]]氏
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『鉄の竜』の騒動から、また少しの時間が流れた。
幼き風韻竜シルフィードは、相変わらず楽しい日々を過ごし...
主であるタバサが祖国の命で任務に赴くときは同行してあれ...
いときは魔法学院の中で他の使い魔たちと遊んだり、グースカ...
そんなのんびりとした日々の中でも、シルフィードが格別楽...
りサイトと一緒に出かけることだった。先の一件以来、才人は...
『鉄の竜』にはほとんど乗らないでいる。遠出したいときは大...
たし、また、彼女が『一緒に出かけよう』という意志を伝える...
きも、よほど忙しくない限りは承諾してくれる。
才人と一緒に出かける、とは言っても、目的地が決まってい...
シルフィードが考えに考え抜いて選び抜いた『タバサおねーさ...
トコース』はもうほとんど踏破してしまっていたからだ。
だから、二人は気ままにフラフラと空の散歩を楽しんだ。面...
当に降りてみたりもするが、だからと言ってそこでなにをする...
に降りれば才人が器用に即席の釣竿を作って釣り糸を垂らし、...
が長い首を伸ばして果物や木の実を集めたりする。風の気持ち...
大抵二人ともうたた寝してしまい、帰りが遅くなって互いの主...
にルイズの怒り方はタバサの十倍はきつかったから、シルフィ...
申し訳ない気持ちになってしょんぼりしてしまう。
だが、そういう彼女を見つけると、才人は決まって笑いなが...
「気にすんなって。俺だって、たまにゃのんびり昼寝したいと...
度あそこいって一緒にサボろうぜ、な?」
と、悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。それだけでシルフィー...
また才人を乗せて空に舞い上がりたいという気持ちが湧きあが...
だが、あるとき、そんな日々に変化が訪れた。トリステイン...
勃発したのである。
シルフィードには詳しい事情は分からなかったし、主である...
入の態度を取っていたので、さして興味を抱くこともなかった...
くっついてこの戦争に参加することになったと聞いて、心中穏...
「大丈夫だよ、なんとかなるって」
出兵の前日、不安に耐え切れなくなって会いに行ったとき、...
(でも、もしかしたら帰れなくなるかもしれないわ)
シルフィードが不安な気持ちを表そうとして短く鳴くと、才...
をぽんぽんと叩いた。
「なに、ちゃんと帰って来るって。それより悪いな、しばらく...
ま、戦争が終わったら、また二人でどっか出かけようぜ」
そして、あの『鉄の竜』に乗って、才人は遠い空へと飛んで...
ルフィードはまた嫉妬に駆られたが、今度は前のように騒ぐこ...
オンの空域には絶対に近寄らないよう、タバサに厳命されてい...
そんなわけで、戦争が続いている間、シルフィードはずっと...
過ごすことになった。
「ねえねえお姉さま、戦争はいつ終わるの?」
「分からない」
そんな問答を、何度繰り返したことだろう。
その間にも、いろいろなことがあった。魔法学院が襲撃を受...
負ったり、彼を運ぶためにゲルマニアまで飛んだり。だが、そ...
も、シルフィードの胸からは、常に才人の身を案ずる気持ちが...
やがて待ちに待った終戦の日が来て、学徒兵として戦争に駆...
生徒達も、大半が無事に戻ってきた。だがその中に、シルフィ...
は見当たらなかった。
「ねえねえお姉さま、戦争終わったのに、どうしてサイトは帰...
「分からない」
タバサは静かな声でそう言ったきりだったが、いつもの無表...
んでいるように見えた。
そんなとき、シルフィードはある噂を耳にした。
『サイトは主人であるルイズを助けるために、一人敵に立ち向...
と。それを聞いたとき、シルフィードは生まれて初めて『喪...
わった。この間まで隣で笑っていた人が、もう永遠に戻っては...
実。頭では分かっていたつもりだったが、現実になってみると...
どに大きかった。
だから、シルフィードは無理にそれを否定した。
(嘘よ、嘘に決まってるのね! サイト、またシルフィと遊ん...
束したもの!)
才人は今までシルフィードに嘘などつかなかったし、約束を...
今度だって、その内ひょっこり帰って来る、と。
最初こそ半ば無理矢理そう信じていたシルフィードだったが...
ぎ、それでも彼の姿が見えないままだという現実を突きつけら...
気力も無くなってしまった。
(サイト、死んじゃったんだ)
ある雨の降る寂しい夜、森に作った小屋の中で寝そべりなが...
くその事実を受け入れた。
死、という概念は当然理解していたし、タバサの任務中に人...
あった。だが、近しい人の死、というものを体験したのは初め...
はるかに寿命が長く、また外敵などいないと言ってもいいほど...
生まれだったし、主であるタバサも、何度窮地に陥っても必ず...
間だ。だから、そもそも「親しい人が死んでしまう」というこ...
と、明確に意識したことすらなかった。自分の知らない人が死...
な人は絶対に死んだりしないと、勝手に思い込んでいた。
(でも、サイトはもう帰ってこない)
そう考えると、途端に涙が溢れてきて、胸がしくしくと痛ん...
な痛いのは嫌だ、と思った。
(仕方のないことなのね)
シルフィードは自分に言い聞かせた。
(そもそも、シルフィは人間よりもずっと寿命が長い風韻竜だ...
は当たり前だし、それがちょっと早くなっただけの話なんだわ...
泣いたりするようなことじゃないのよ。そう、きっとそう)
必死に言い聞かせているうちに涙は止まり、胸の痛みも少し...
(さあ、寝るの、寝るのよ。何も考えずに寝て、また明日から...
いいんだわ)
シルフィードは体を丸めて目を閉じ、ただ眠ろう、眠ろうと...
顔が浮かぶたびに必死に頭を振り、タバサとだっていつか別れ...
首をもたげるたびに意味もなく身じろぎした。結局、明け方ま...
苦しい想いを抱えたまま、シルフィードは朝を迎えた。こん...
て初めてだった。
(お姉さまのとこ行って、朝のご挨拶をしなくっちゃ)
別に毎朝そんなことをやっているわけではないが、今日ばか...
タバサのところへ行って、彼女がいつもどおり無表情で本を読...
重たい翼で無理矢理空に舞い上がったとき、シルフィードは...
ら何かが近づいてくるのに気がついた。
(あれは……?)
目を凝らすと、それが何頭かの竜であることが見て取れた。...
に大きな箱をぶら下げて飛んでいるのだ。
(竜籠なのね)
人間達……特に、身分の高い一部の人間が、空を往くのに使う...
かぐんぐん魔法学院の方に近づいてきて、ゆっくりと広場に下...
(誰が来たのかしら)
今はタバサのところへ行かなくてはならないというのに、何...
気にかかった。
(お姉さまにも関係のあることかもしれないし)
誰にでもなく心の中で言い訳しながら、シルフィードはよろ...
近づいて行った。
体のだるさは本当に酷いもので、シルフィードは広場の近く...
まった。だから地に降りてのそのそと歩いて行ったのだが、入...
した騒ぎになっていた。
「君は必ず生きていると信じていたよ!」
「あんた銅像作ってたじゃないの」
そんな会話がかすかに聞こえてくる。
(生きていると信じていた?)
その言葉を聞いたとき、シルフィードの胸の中に小さな希望...
(まさか、まさか……!)
急に体に力が戻ってきた。シルフィードは飛ぶのも忘れて必...
方へ向かっていく。
「うわ、なんだ、なんだ!?」
群集の外側にいた生徒の一人が、突進してくる竜の姿に驚き...
の生徒達もその声でシルフィードの接近に気がつき、結果的に...
その向こうに、あの少年の姿がある。
(ああ、サイト、サイトだ……!)
走るシルフィードの胸が、じんわりと熱くなる。ひょっとし...
うか、と疑ったとき、少年が気楽に笑って片手を上げた。
「ようシルフィード、久しぶり」
懐かしい声だった。
(サイト―――――ッ!)
人間の声で叫んでしまわなかったのは、タバサの躾の賜物と...
歓喜の涙を千切れさせながら力強く地を蹴ったシルフィード...
で突進し、
「ぐえっ……」
せっかく生還した才人が、帰ってきて早々また死にかける結...
「全く、危なっかしいったらありゃしないわ!」
ぷりぷりと怒るルイズの横で、シルフィードはしょんぼりと...
帰ってきた嬉しさのあまり、またやってしまったのである。
(シルフィはおドジさんなのね)
と、落ち込む彼女の首を、誰かの手が優しく叩く。顔を上げ...
がある。
「気にすんなよ。俺は嬉しかったぜ、お前があんな熱烈に迎え...
気楽でありながらも愛情に満ちた声音。もう二度と聞くこと...
たその声に、シルフィードはまたも視界を潤ませた。才人が本...
たくなって、何度も何度も彼の顔を舐め上げる。彼は「おい、...
しながらも、シルフィードの好きにさせてくれた。
(良かった。本当にサイトだ。サイト、ちゃんと帰ってきてく...
シルフィードはほっと息を吐いた。ただの風竜と身分を偽っ...
れていた才人がどうして無事に帰ってきたのか、詳しい事情を...
が、帰って来てくれただけで満足だった。
「しかしまあ、あれだね」
不意に、才人を囲んでいた生徒達の中から、からかうような...
「君は相変わらずモテるみたいじゃないかね、サイト?」
そう言ったのはギーシュで、端正な顔が意地悪げににやけて...
「帰ってきて早々女の子の熱烈な歓迎を受けるとはね! いや...
しい限りだよ」」
周囲の生徒達がどっと笑う。
「全くだな」
「いやー、お似合いだぜサイト」
「末永くお幸せにな、二匹……いやお二人さん」
シルフィードは最初こそ困惑して周囲を見回していたが、や...
れているのだということに気がついて、低く唸り声を上げた。
「ほらほら、怒んなよ、シルフィード」
吠えて威嚇してやろうと口を開けかけたシルフィードの頭を...
「気にすんなよ。俺はホントに嬉しかったんだからさ」
(うー、サイトがそう言うんなら)
シルフィードは、きゅう、と小さく鳴いて大人しく引き下が...
モランシーが、感心したように言った。
「本当によく懐いてるわねえ」
「使い魔同士気が合うってことじゃないのかね?」
ギーシュが肩を竦めると、才人が豪快に笑った。
「使い魔とかそんなん関係ねえよ。こいつって空飛ぶし気が利...
なんだぜ! 俺らってばもう親友だもんな、なーシルフィード...
(もちろんよ!)
同意するようにきゅいきゅい鳴いてまた才人の顔を一舐めす...
ちの表情が引きつった。
「おいおい」
「サイト、まさかお前マジで」
「それだけは止めとけよ。それだったらルイズの方がまだマシ...
「ちょっと、最後の台詞言ったの誰よ!?」
ルイズが怒鳴り、生徒達が悲鳴やら歓声やらを上げて散り散...
れを眺めていたが、やがてふと思い出したようにギーシュに問...
「そうだギーシュ、先生いるか? 俺、帰ってきた挨拶したい...
「先生? 誰のことだい?」
「コルベール先生だよ、コルベール先生」
その名前を聞いた途端、ギーシュとモンモランシーの顔が凍...
げに目をそらし、「なんだよ、どうしたんだよ」と才人に詰め...
シルフィードもまた、そんな才人を見ながら居心地の悪さを...
先の二人とは別種の感情である。
(うー、あのおハゲの先生なら、本当は生きてるのねー)
才人がいない間に、この魔法学院は賊に襲撃を受けている。...
教師が自ら杖を振るって敵を撃退したが、自身も致命傷を負っ...
と、ほとんどの者は認識している。
だが実際には、彼はシルフィードの背に乗せられて密かに運...
で療養中なのである。
それを知っているが故に、シルフィードはもどかしかった。...
を知らされた才人が呆然と立ち尽くしている。突然の悲報に声...
(ああ、サイト、かわいそうなのね)
だが、声が出せない以上、シルフィードには真実を伝える術...
しても、コルベールが生きていることは秘密にしておけとタバ...
ちらにしろ話せないのだが。
そうやってシルフィードが何も言えないまま話はどんどん進...
でいると思い込んだまま、彼の研究室に帰還の報告に行くこと...
室の中で、才人がどんな気持ちでいるのかと想像すると、シル...
(サイトも今、昨日のわたしみたいな気持ちを抱えているのか...
しばらく経って、才人は研究室から出てきた。肩を落とし、...
かせた顔の中で、唇が一文字に引き結ばれているのがやけに痛...
(サイト、大丈夫なのよ。あのおハゲの先生なら、すぐに帰っ...
シルフィードはそれを伝える代わりに才人の顔をぺろぺろと...
笑って、弱弱しく彼女の頭を撫でた。
「ありがとな、シルフィード。それとゴメン」
何かに必死に耐えるように、震える息を吐き出す。
「今日はちょっと、遊んでやれそうにねえや」
それだけ言い残して、才人は広場を立ち去った。付き添うよ...
いく。シルフィードは彼らを追うことも、引き止めることもで...
くその背中を見送るしかなかった。
その晩、シルフィードはまたも眠れぬ夜を過ごすこととなっ...
森の小屋で寝そべっていても、昼間の才人の小さな背中や痛...
なかなか眠れなかったのである。彼が今も喪失の痛みに苦しん...
ぐに飛んでいって真実を打ち明けたい衝動に駆られた。何度か...
だが、そのたびに、
(でもでも、お姉さまの言いつけがあるし)
と尻込みして、結局はまたその場に寝そべってしまうのであ...
(言いつけ、なんて)
そんな思いが、一瞬脳裏を掠めた。
(別に、サイトに喋っちゃったところで、凄い問題になるわけ...
るサイトのためだったら、お姉さまの言いつけを破っちゃって...
少し迷ったが、結局その選択肢を選ぶことは出来なかった。
(だって、お姉さまの言いつけなんだもの)
その言葉で胸のもやもやに無理矢理蓋をして、シルフィード...
(そうだわ。よく考えてみると、これはまたとないチャンスな...
今、才人は喪失の悲しみを嫌というほど味わっているはずだ...
ろうが、あんな我がまま娘に人を慰めることなど出来るはずが...
見ている)。となれば、ここに主のつけいる隙があるのではな...
(そうよ、これだわ! 悲しみに打ちひしがれるサイトに歩み...
情な少女が懸命にかける慰めの言葉に、いつしか身も心もほだ...
姉さまは実は生きていたおハゲの先生の命の恩人! うひょー...
と間違いなしなのね!)
自分の思いつきに興奮して、さっきとは別の意味で眠れなく...
(ああ、お姉さま早く帰ってこないかしら)
今日、タバサはガリア王国の使者から呼び出しがあったとか...
いない。シルフィードを残して行ったのは、才人と再会した使...
気遣いかもしれない。
と、そのとき、不意に小屋の扉が開いた。見上げると、冴え...
小柄な人影が立っている。
「おねーさま!」
シルフィードは歓喜の声を上げた。自分の名案を伝えようと...
るとは、これはずいぶん幸先が良さそうだ。
「おねーさま、あのね、わたし、おねーさまがサイトと仲良く...
シルフィードの言葉は尻すぼみになった。無言で立っている...
無表情だったが、その奥に深い苦渋の色が見え隠れしていた。
(なにか、悪いことがあったのね)
すぐにそう理解したが、自分から何があったのか聞くのは躊...
バサがこれほど苦悩するのだから、それはおそらくシルフィー...
ずである。
「命令が来た」
端的に話す声音は、やはりいつも以上に硬かった。
タバサはしばしの間、躊躇うように沈黙したあと、先ほど以...
「虚無の担い手であるルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを誘拐す...
搾り出すような声で、付け加える。
「誘拐に際し、使い魔が障害となるようならばこれを抹殺する...
ルイズ誘拐は、魔法学院の催し事の一つである双月の舞踏会...
ても、誘拐を決行するのはガリア王の側近であるミョズニトニ...
の役目は、誘拐に際して邪魔立てするであろうルイズの級友や...
ことであった。
極端に言ってしまえば、才人を殺すことが、次のタバサの任...
誘拐決行当日までの数日間、シルフィードは森の小屋に篭り...
かを延々と考え続けた。
才人と戦う、あるいは彼を殺すことなどしたくもないし、出...
バサを止めることもやはり出来ない。心を壊された母親を人質...
が「命令に従わない」という選択肢を選べる余地はないのだ。...
で」と頼むことは、「お母様の命を諦めて」と頼むことに等し...
ほど辛い役目を負わされているか、間近で見てきたシルフィー...
うはずも無かった。
そうして、日々はただ悪戯に過ぎ去っていく。シルフィード...
才人に警告することも、タバサを止めることもなく、ただ「ひ...
にかなって結局うまくいくのではないか」という、根拠もなに...
だけだった。
そして、舞踏会の夜がやってきた。
遠くの方から、優雅な音楽が聞こえてくる。華やかな舞踏会...
たタバサは、使い魔シルフィードと共にヴェストリの広場の隅...
情報が漏れていないのだから当り前の話だが、ルイズの誘拐...
かった。おそらく、今この学院の敷地内のどこかで、ジョゼフ...
ルンがルイズをさらうべく行動しているはずである。
シルフィードは不安に胸を押しつぶされそうになりながら、...
りと主の横顔とを交互に見つめていた。闇の中に佇むタバサの...
であり、そこには迷いや逡巡など欠片も浮かんでいない。
(お姉さま、やっぱりサイトと戦うおつもりなのかしら)
シルフィードはこのときに至ってもなお、主が何か他にいい...
を止めてくれるのではないかと密かに期待していた。
しかし、タバサの小さな唇が妙案を語りだすことはなかった。
「向こうは首尾よく進んでいるみたい」
夜空の闇に飛び立った巨大な黒い影を見上げながら、タバサ...
「わたしも行動を開始しなくてはいけない」
シルフィードはそれを聞いて身を硬くするのと同時に、違和...
「お姉さま、今、『わたしも』って」
わたしたちも、ではないのか、と口にしようとしたとき、タ...
魔に向きなおった。
「言い間違いじゃない。あなたは、来なくてもいい」
シルフィードは息を飲んだ。口を開けて反論しようとしたが...
らない。もどかしさに呻く彼女の頬に、タバサの小さな手が伸...
「あなたが彼と仲良しなのはよく知ってる」
主の手が、シルフィードの頬をそっと撫でた。いつもの無表...
確かな労わりと優しさが感じられる。
「だから、今回はわたしに従わなくてもいい。あなたの意思で...
しいと、自分がそうしたいと思うことをするの」
「お姉さま」
「わたしは彼を殺す」
静かな断言。
「ジョゼフを殺し、母様を救うその日まで、何があっても立ち...
それがわたしの意思」
どこか自分に言い聞かせるような口調でそう言ったあと、タ...
た。おそらくサイトがいるのであろう方向に向かってゆっくり...
は、振り向く気配が微塵にも感じられない。止めることも追う...
ドはその場でせわしなく身じろぎした。
(ああ、どうしよう、どうしたら……!)
何かないかと必死に周囲に目を走らせるが、何もない。そも...
物が自分の役に立ってくれるというのか。
それでも、シルフィードは何かを探さずにはいられなかった...
てくれる、何かを。
(お姉さまを裏切らずに、それでいてサイトと闘わなくても済...
この数日間何度も何度も頭の中で繰り返してきた言葉を、も...
い案は何も浮かばない。ただ悪戯に時間だけが過ぎてゆく。
(ダメ! こんなの、どっちも選べるはずがないわ)
大好きなタバサと大好きな才人。どちらかを選ぶということ...
ということだ。そんな残酷な二択を突き付けられたのは、生ま...
しつぶされそうなほどの凄まじい重圧を感じて、シルフィード...
(ああ、いっそのこと、お姉さまが『わたしに味方してサイト...
い』って命令してくれたら迷わずに済んだのに!)
苦しみの果てに一瞬頭を過ぎったその思考は、シルフィード...
悪感を湧き上がらせた。何かどろどろしたものが、体の内側に...
る。じっとしていられなくなり、彼女は大きく翼を広げて夜空...
ぶ風の中で地上を見下ろすと、煌びやかな舞踏会場から遠く離...
閃きが見えた。
(ああ、もう始まっている……!)
シルフィードは迷い、躊躇った。今ならまだ間に合う。今か...
止められるかもしれない。だが、そうしたところで戦う理由が...
から、結局は無意味なことだ。
(どうしたら、どうしたら)
その言葉だけがぐるぐると頭を巡る。また、先ほどと同じよ...
見回す。すると、夜の闇にまぎれて旋回している巨大な影が見...
配下、ミョズニトニルンの操る巨大なガーゴイルだ。
(あいつが一番悪い奴なのに)
そうと分かっているのに、タバサの母親を人質に取られてい...
きない。シルフィードは低く唸りながら、再び視線を眼下の戦...
白刃と氷刃とのつばぜり合いは、いまだに続いていた。タバ...
であり、相当な実力者だ。おそらく、互いに決定打となる一撃...
それでも、全力を尽くして戦っている以上は、いつか決着が...
ぬ。両方を救う方法など、もはやどこにも残されていない。
本当は、頭の隅でそのことを理解していた。それでも、シル...
道も選べずにいる。このまま何もせずただ成行きに任せるとい...
ることが分かっているにも関わらず、だ。そうなるぐらいなら...
して行って、ともかくこの場だけでも収めた方がいいのかもし...
お、動けない。
(選べない)
シルフィードはか細い鳴き声を漏らした。
(選べないよぅ)
涙で視界が滲み、束の間、地上の戦いが見えなくなる。こん...
ことにしてしまう方法はないものか。
(誰か、助けて……父様、母様……お姉さま、サイト……)
親しい人たちの姿が次々と思い浮かぶ。しかし、今、シルフ...
誰一人としていなかった。
そのとき、滲んだ視界の中で、一際大きな光が閃いた。かと...
くなる。白刃と氷刃の閃きが、地上から消え失せていた。
(終わったの?)
終わってしまった。
(どっちが)
シルフィードは小さく息を飲んだ。今、地上に降りれば、そ...
敗者が血を流して横たわっているはずだ。
(でも、わたしがなんともなってないってことは、きっとお姉...
……じゃあサイトが? ううん、お姉さまは負けたけど、まだ瀕...
けっていう可能性も)
様々な予想が浮かんでは消える。そのどれが正しいのか、確...
降りて、この目で勝負の結果を見ればいい。いや、単に、心の...
もいいのだ。そうすれば、どちらが死んだのか、はっきりする。
しかし、やはりシルフィードには出来なかった。ただ翼をは...
する。降りるどころか、この場所から動くことすらできそうに...
(もう、何もかも終わってしまったのに)
シルフィードは心の中で己の弱さを罵ったが、現実を直視し...
やっても消えてくれなかった。
――シルフィード
不意に、頭の中に声が響いた。シルフィードは驚き、咄嗟に...
ら、それが主と使い魔の間でなされる精神感応であることに気...
れてしまうほど、心の余裕がなくなっていたらしい。
(お姉さまの声が聞こえるってことは、サイトが……)
その事実にシルフィードが凍りついたとき、再び頭の中に声...
――どうしたの。早く降りてきて。
タバサの声には、珍しく若干の焦りが含まれていた。戦闘の...
だろうか。
主に呼ばれてもなお、シルフィードは躊躇した。才人の亡骸...
――早く。早くしないと、二人とも囲まれてしまう。
三度目の声が響き渡ったとき、シルフィードは違和感を覚え...
――二人、って。
――わたしとサイト。二人とも、生きてる。
タバサが簡潔に伝えてきたそのメッセージは、シルフィード...
した。爆発的に広がったその感情が、全身に溜まっていた恐怖...
し、翼を動かす原動力となる。
――すぐに行くのね、お姉さま!
シルフィードは矢のように体を伸ばし、地上に向かってまっ...
地上に降り立ったシルフィードを、タバサと才人が出迎えた...
の足で立っている。そのことがとても嬉しかった。
「乗って」
シルフィードに跨りながら、タバサが才人に向かって手を差...
脇腹を押さえながら少女の手を取る。肩越しに振り返って垣間...
く、瞳には燃え盛る炎のような怒りが宿っていた。その怒りが...
ように錯覚してしまい、シルフィードは小さく身を縮めそうに...
(ううん、今はそんなことしてる場合じゃない)
精神感応により、タバサから大方の事情は聞いていた。予定...
ルンを叩き潰す。そうなった経緯はよく分からなかったが、と...
いいということが分かれば、それで十分だった。
上空を旋回している巨大なガーゴイルが、すぐさま小型ガー...
きた。シルフィードはその群れをかいくぐり、ときに炎を吐き...
魔者を次々に叩き落とした。大事な人を殺されそうになった怒...
らを助けることも出来なかったことへの羞恥心のためか。とに...
ともないほどの気の昂りの命ずるまま、シルフィードは無我夢...
そうして気がついてみると、戦いはいつの間にか終わってい...
はなく巨大な船が見える。
――キュルケとミスタ・コルベールが乗ってる。助けにきてく...
タバサが短く説明してくれたが、シルフィードにとって、そ...
(サイトは―ー)
背中に、先ほどよりも一人分ほど増えた重みを感じた。ちら...
ると、才人とルイズが寄り添って自分の背に座っているのが見...
(良かった)
ほっと息をつきながら、シルフィードはゆっくりと地上に降...
ち三人が自分の背から降りたとき、異変に気がついた。
「サイト、サイト!」
誰かの泣き声が聞こえた。驚き、声の方に目を向けると、地...
で、ルイズが泣きじゃくっているのが見えた。
(どうしたの)
おそるおそる近づいて見ると、横たわった才人の脇腹から、...
一瞬、何も考えられなくなった。
「わたしの魔法による傷」
隣に立ったタバサが、小さく呟く。横顔はいつも通りの無表...
――サイト、大丈夫なの?
「すぐに水魔法の使い手が来るだろうから、死にはしない。大...
タバサは淡々とした声でそう答え、再びシルフィードの背に...
「飛んで」
――どこへ?
「ガリアへ。わたしはジョゼフを裏切った。母様を取り戻さな...
確かにその通りかもしれない、と思いながらも、シルフィー...
かった。タバサは大丈夫だと言ってくれたが、才人のことが気...
「大丈夫だから」
淡々とした声の中に確かな労わりを滲ませながら、タバサが...
「それに、ここにいたとしても、わたしたちにできることは何...
これもやはり、正しかった。
(サイト……)
もしも自分があのとき二人の間に割り込んでいたら、才人は...
かもしれない。シルフィードの胸がずきずきと痛んだ。
(サイト、ごめんね、サイト)
心の中で何度も謝りながら、シルフィードは罪悪感を抱えた...
に重かった。
ガリアへと向かう道中で、シルフィードはタバサにこういう...
もらった。
タバサに殺意の篭った氷の刃を飛ばされてもなお、才人はギ...
を躊躇ったという。彼が最後に決意を固めて飛びかかってきた...
たそうだ。避けられない、と。
「でも、次の瞬間、倒れていたのは彼だった」
「どうして」
「振るった剣を、彼が自分の意思でわざと外したから」
タバサは、溜息を吐くように言った。
「その瞬間、わたしを殺さなければ、逆に自分がやられるだけ...
のに」
息も絶え絶えの才人に、タバサが「どうしてわざと外したの...
たらしい。
――やっぱり、友達は殺せねえよなあ。
「きゅい、じゃあ、サイトは自分の命よりも、お姉さまの命を...
「そう」
タバサは何かを考えるような間を置いて、言った。
「わたしと彼が置かれた状況は酷似していた。お互い、大切な...
その人を助けたかった。わたしはそのためには他の人間を犠牲...
いたけど、彼は違った。自分が死んだらルイズを助ける人間が...
れでもわたしという」
タバサは一瞬、次の言葉を口にするのを躊躇ったようだった。
「わたしという友人を犠牲にしてもいいとは、考えなかった。...
づかされたの。本当は、わたしも彼のように行動したかったの...
能性が低くて無茶な選択肢だろうと、母様も友達も、みんな助...
にその道が困難だから、より簡単な方、楽な方を選んでいただ...
その声はいつもと変わらず淡々としていたが、彼女がこれだ...
しいので、シルフィードはそれだけ主が感銘を受けているのだ...
「だから、わたしは今までとは違う選択肢を選ぶ。もう、ジョ...
い。でも、母様のことも助けてみせる。絶対に」
その声音は、今までシルフィードが聞いてきた、タバサのど...
までと同じ、いやひょっとしたらそれ以上に強い意志を感じさ...
さのない、澄んだ声音だ。
タバサが選んだのは、間違いなく茨の道である。言うだけな...
げるのはほとんど不可能、夢物語だ。シルフィードがそう思う...
ちゃんと分かっているはずである。だからこそ、タバサは今ま...
たのだから。
(でも、お姉さまは自分の意思でその道を選んだんだわ)
シルフィードはちらりと、自分の背に跨っているタバサに目...
を見据えるその顔は、気高さを感じるほどに凛々しかった。
その主の姿と、二人が戦っているとき何も出来なかった、い...
姿とを比べて、シルフィードはたまらなく恥ずかしくなった。
今更ながら、やはりあのとき二人の間に割って入るべきだっ...
もっと本気で主を止めてみるべきだったのではないか、あるい...
のではないか、という思いが浮かんでくる。
本当は、頭の片隅にそういう案はあったのかもしれなかった...
ただけだと、タバサの言葉を聞いていて気づかされた。
(わたしと二人の違いはなんなんだろう。二人みたいに、一番...
ぶためには、どうしたらいいんだろう。どうしてわたしは、た...
ガリアの空へ向って飛びながら、竜の子供はずっとそのこと...
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