ゼロの使い魔保管庫
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六十年目のゼロ なかどめ氏
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1.
木賃アパートの隙間から高い日差しが差し込む。紺碧の空に...
聳え立つ高層マンションと、荒川を渡った庭付き一戸建ての...
もう何ヶ月も日光の下に晒していない敷布団の上で、ドラッ...
今思えば、大学を出た、その時の選択が誤りだったのだろう...
鬱々とした思索ばかりが、亜熱帯の都市の隅に流れ、消えて...
三十冊ばかりを休み休み読みきり、しばし、かつて絶え間な...
今日は、やけに腹の虫が暴れまわっているようだ。剣山が突...
再び咳き込む。口の周りに塩の味を感じていると、次第に視...
しかし、すぐにやって来る筈だった、永遠の無意識は、永遠...
そして、体の横に誰かが立ち尽くしている気配がある。わず...
彼女の、年月に磨り減らされた桃色の紙が、私の頬にかかる...
「どうして……、遅すぎるわ……」
かつて見たことのある桃色ブロンドの髪に、骨と皮ばかりに...
「ああ……、遅すぎたんだ」
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴ...
小さくつぶやき、彼女はゆっくりと顔を近づけると、まるで...
次に目を覚ますと、天蓋の付いたベッドに横たえられ、汗の...
どこか若返ったように、体が軽い。いつからか巣くっていた...
立ち上がり、裸足のまま彼女の方へ踏み出す。やはり、体が...
「ご夫人……」
すやすやと寝息をたてていた彼女は、我に返ったように目を...
「よかった……、生きていてくれて……。まさか、ちい姉さまのた...
全身に感じた違和感。秘薬といったが、まさか、この人が?
「……あなたが?」
「ええ、あなたの体にあった、腫れ物を取り除くことができた...
窓の外の庭園を見つつ、彼女は小さく声を上げて笑う。
「だって、やっと召還できた使い魔さんと、すぐにお別れした...
「ご夫人……、あなたは……」
「あ、ええ、そうね……。申し遅れました。私、名をルイズ・フ...
小さな体で、うやうやしく一礼するルイズ。
「そうそう、私は、夫人ではありませんよ。だって、結婚なん...
「そうですか……。私は」
そこで、何度も読み返した小説の、そう……、自分と同じ名前...
「いえ、俺は、平賀才人。会いたかったです。ルイズ様」
かつて繰り返した、魔法と竜と、そして女の子の世界という...
だが、いかんせん、遅すぎた。体は萎え、頭には白いものば...
遠く双つの月を見上げる食卓にあって、彼女もまた、私と同...
「そう……、遅すぎた、のね」
口を開いたのは彼女、ルイズだった。私の知る彼女であるな...
「私も、必要もなしに、あなたを縛ってしまうようなことをし...
食卓を浅く見下ろし、彼女は言う。
「使い魔さん、あなたが、どんな場所から来た人かは知らない...
卓上に添えた左手に目をやると、そこにははっきりと、見た...
「ということは、やはり……」
「ええ。あなたは、私の使い魔。この無能な貴族が、初めての...
年老いた黒髪のメイドが、空いた皿を持ち去る。
使い魔になってほしい、いや、左手を見る限り、既にされて...
「ミス・ヴァリエール、こんな老いぼれで構わなければ、使い...
そう切り出した私を、ルイズは驚きをもって見つめる。
「ミス・ヴァリエール……ですか。そう呼ばれたのは、何十年ぶ...
「ええ。それと、私のことは、サイトと呼んでください。あの...
それから毎日、枕元に積まれていた緑色の文庫本を、彼女に...
例えば、ついに二回目の一年生を終えることができず、通っ...
「それで、最後に打ち込んだ秘薬の研究も、結局、ちい姉さま...
儚げに笑うルイズ。
最後まで小説を読みきったとき、私がそうであったように、...
共有する世界を得た私たちは、庭園の芝生の上で、彼女が小さ...
2.
客人が来るとルイズから知らされたのは、私がハルケギニア...
狭い屋敷に二頭立ての馬車が横付けされると、赤いサラマン...
ルイズは質素なドレスのまま貴婦人に近付き、抱擁を交わす。
「よくいらっしゃいました、ツェルプストー。こうやって会う...
「物腰が柔らかくなったものね、ゼロのルイズ。こんな狭い領...
しかしルイズは、旧友との抱擁を解こうとしない。
「それからもう、そのツェルプストーっていうのは止めにしま...
そういえば、ルイズがこのハルケギニアについて語ったとき...
キュルケはルイズの両肩を持って、まっすぐに立たせると、...
「それにしても、ゼロのままだったあなたが、まさかこの年に...
ツェルプストー夫人、いや、キュルケ夫人と呼ぶことにしよ...
「そ、そうね、有難くその言葉、受け取っておくわ。それにし...
小さな体で、よくも毒舌を吐けるものだ。元の世界では女性...
ところが、目を逸らしても彼女たちの間に争う言葉はいっこ...
「あなたも変わらないわねえ、ルイズ」
「キュルケだって、あなたはいつまでもあの頃のままよ」
「あら、私を名前なんかで呼んでいいの? 私は仇敵、ツェル...
「私はラ・フォンティーヌの人間よ。もう何十年も前に滅びた...
「あらあら、ご親切に。貴族のラ・フォンティーヌ様のご寛大...
そんな二人を見て、言葉には出さずとも笑顔を浮かべていた...
「この二人は、こんな感じなんですか?」
「ええ。ルイズ様、ミス・フォンティーヌと、ミセス・ツェル...
「そうですか、何十年も……」
私の生涯を思い返すにつけ、一人でも生涯の友人を持つこと...
友人の来客に、古ぼけたいつもの食卓も、命が吹き込まれた...
台所では、普段から小さな屋敷の全体を切り盛りしているシエ...
「それにしても、驚きました。サイトさんがヨシェナヴェを知...
とはシエスタの弁。
「もしかすると、サイトさんは、私の故郷に来られたことがあ...
「いや、それが、ないんだ」
そこで、シエスタを尻目に、ルイズに耳打ちする。
「なあルイズ、ヨシェナヴェ、って、どこかで聞いたことない...
「え、ええと。あ、もしかして」
「そうだ。もしあの通りだとすると、シエスタの故郷には……」
私とルイズは二人、秘密を共有しえた者同士、ほくそ笑むの...
その夜の食卓、私とシエスタを交え歓談する中、ルイズの言...
「ルイズ、あなた、どうしてあの子のことを?」
「どうしてって、昔の同級生よ。知っていて当然じゃない」
「違うわ。だってあなた、今確かに、シャルロットって言った...
そう、確かにルイズは言い放った。曰く、「あなたがあのシ...
「そう……。そうね。確かにタバサ、いえ、シャルロットと呼ん...
まるで過去の人間を、そう、この世にはもう存在しない人を...
「ちょっと待ってくれ。友人だった、って、彼女にいったい、...
「まってください、サイトさん、そのことは……」
普段ルイズが食事をしているときは、脇に立ったままのシエ...
「そうよサイト、そのことは、この国じゃ口にしてはいけない...
ルイズも、今までになく何かを恐れるように、私に本気の口...
しかしキュルケ夫人は、
「いいのよルイズ。サイトさんは、あなたの使い魔なのでしょ...
年をわきまえずふくれっ面をするルイズに、キュルケ夫人は...
「まあいいわ。そうね、タバサ、シャルロット様は、七万のエ...
「それは、本当なのか、ルイズ」
ルイズは答えない。もちろん私が持ち込んだ本の内容からし...
「最後に別れるとき、あの子は教えてくれたわ。それまで自分...
もちろん、私はタバサと面識はないし、なんら関係のない人...
「ねえサイト、あなた、泣いてるの?」
「え、いや、泣いてないさ」
「……嘘が下手ね、私の使い魔は……。でも、もしかしたらキュル...
そしてルイズも、そうなったかもしれない世界を、共通の人...
「ねえキュルケ」
「なに、ルイズ」
「シャルロット様、いえ、タバサの、お墓参りに行かない?」
3.
ルイズの突然の申し出を、キュルケは快諾してくれた。子供...
「それから、シエスタ、あなたもぜひ同行しなさい」
「ですがルイズ様、屋敷に誰か残らない訳には……」
「大丈夫よ。領地の管理は領民の議会が勝手にやってくれるだ...
しかしシエスタは首を縦に振らない。
「これは、なんっていうか……。主人とメイドとしてではなくて...
迷っていたようではあったが、結局、革のトランクに荷物を...
道中の小さな町で、一日目の宿を取る。ルイズはキュルケ夫...
それにしても驚いたのは、建物は石造りの古いものであるとは...
「それにしても、まさか電気があるなんてな」
ホテルのロビーにシエスタを見つけ、その感想を述べると、...
「ルイズ様に、召喚されたんですものね。サイトさんの故郷に...
「いや、あったさ。でも、こんな場所に、電気があるなんて、...
「それは、あんな山の中の田舎ですから。でも今度、領地の中...
発電所に、電気か。キュルケ夫人の旦那は鉄鋼会社の社長だ...
「ふーん。そういえばシエスタ、シエスタは、どうしてルイズ...
「え、どうして、といわれましても……。そうね、ルイズ様だけ...
「拾う?どうして。シエスタも、若い頃は綺麗だったろうに」
年齢を忘れたかのように、シエスタは頬を紅く染める。
「でも私、傷物にされてしまったんです。こんなこと、昔は口...
「そうか、シエスタも、いい友人を持てたんだなあ」
「友人なんて、そんな。ルイズ様はあくまで、私のご主人様で...
シエスタは小さく笑う。しかし、その後に付け加えた。
「ただ、ルイズ様とキュルケ様の言うように、リュティスの王...
あの書物に描写されたイザベラしか知らない私は、善政を敷...
さらに二日の道のりを経て、ようやくタルブの村に到着した...
「どうしてルイズ様とサイトさんがそのことを……。あれは、ア...
無理もない。私はもちろん、ルイズにしても、本来ならば知...
おそらく創建から百年を越え、木目が黒く浮き出た神社のよ...
「ゼロ戦、だ……」
とはいっても、軍事的知識のない私にとって、緑色の古い飛...
「神の左手、ガンダールヴ、か……」
もはや無用の長物である能力に、思わず溜息が漏れる。ただ...
旦那が金属に関わる仕事をしている位だから、この場違いな...
「海軍少尉、佐々木武雄、異界に眠る。」
「読めるんですか、サイトさん」
「俺の世界の字だ。ただ、俺が生まれる四十年も前の人物だけ...
両手を合わせ、先人に祈る。もう大きく変わってしまってい...
小さな馬車を繋げた格好の列車は、トリスタニアの中央駅を...
「あの四角い建物はなんだ?」
車窓に時々流れる、凹凸の少ない、まっさらな白い直方体を...
「え、ああ、あれは学校よ。二十年くらい前からかしら、平民...
鉄とコンクリートで作られた建築物。それは、元いた世界で...
4.
始祖の伝説を描いた、荘厳な装飾で飾られた駅――元いた世界...
「……あの子、こんな風になっちゃってねえ。何度リュティスに...
「っていうことは、この像のモデルは?」
キュルケ夫人が呟く。
「ええ。エルフに立ち向かった英雄。タバサ、いえ、シャルロ...
ところが輪をかけて驚かされたのは、駅馬車を捕まえて向か...
「さっきからずっと、塀ばっかり並んでるけど、これは?」
「お客さん、リュティスに来るのは初めてで?」
御者が問う。
「ええ」
「そうかい。これが、あんたがお参りしようとしている、シャ...
「これが?」
「はい。ちょうど、裏手から回り込む形になりまさあ。何しろ...
御者による観光案内はなおも続くが、その間、ルイズとキュ...
リュティス郊外の小高い丘に、その姿をたたえるシャルロッ...
さながら博物館のように、彼女の使った杖やマント、愛読し...
お参りを終え、観光客でごった返す、廟の前の広場に戻る。...
一段落着いて、投宿しようかと流しの馬車を捕まえにかかる...
「それじゃあ、タバサのお墓に向かいましょうか」
「どういうこと?お墓参りなら、今終わったばかりじゃない」
ルイズも不可解な顔をしている。
「分からないの?」
キュルケ夫人は声を細める。
「王が良く思わない人間を、本当にこんな廟に安置すると思っ...
キュルケ夫人が御者に指定した行き先は、ちょうどリュティ...
三十分は歩いただろうか、その更に片隅に、彼女の本当の亡...
膝ほどの高さの白い墓碑ひとつ、そこには、彼女の本当の名...
「私だって、あの子の本当の名前を刻んであげたかったわ」
墓石と同じ視線で、キュルケ夫人がタバサの身に手をかける。
「だけど、ガリアの王族に見つからないように、あの子の亡骸...
キュルケ夫人の両頬に、涙の筋が流れた。
「おねえさまのお墓にお参りするなんて、おばあさんたち、誰...
草を踏む音に、傍らにもう一つ、人影が増えていることに気...
「おばあさんとはよく言うものね? あなただって、いつかは...
キュルケ夫人が抗議の声を上げる先には、青く長い髪の、無...
「あなたは?」
ルイズが問う。
「おねえさま、いえ、シャルロット様の、墓守なのね! きゅ...
胸を張って宣言する少女。しかし……。
「あなた、この墓が誰のものか知っているだなんて、何者? ...
杖を向けようとするキュルケ夫人を、ルイズが押し留める。
「まずいわ。もし本当に王族の手先だったら……」
しかし少女は手出しをするでもなく、自身の言動に自ら慌て...
「あわわ……、まずいのね〜!このお墓がおねえさまのものだっ...
「キュルケさん、杖を収めて。見る限りじゃ、この子は悪い人...
私の呼びかけに、すごすごと杖を収めるキュルケ夫人。
「それで、あなたは、どうしてこのお墓について知っているっ...
「それは……、わたしがおねえさまのお友達だったからなのね!」
「友達? だってあなた、どう見ても、生きていたころのタバ...
ルイズとキュルケ夫人が顔を見合わせる。
「それは……。こ、このお墓の前に長くいると、怪しまれるのね...
彼女の言うことにも一理あると、案内されるがままに、共同...
「ちょっと、友達の風竜にアシになってもらうのね。ちょっと...
「風竜?」
今度は私も含め、三人が顔を見合わせていると、女の子は、...
どこかで知ったような……?怪訝な顔で乗り込もうとする私と...
「もしかして、シルフィード?」
我を忘れて風竜に駆け寄るキュルケ夫人。その両目には、タ...
「わかる? シルフィード? 私よ、キュルケ・アウグスタ・...
「ちょっとキュルケ、風竜の顔の前に出るなんて、危ないわよ...
「大丈夫よ、ルイズ。この子は、タバサの使い魔。あなたも、...
一瞬動きの止まったルイズも、はっと何かを思い出したかの...
「そう……。この子が……。主が死んでも、忘れずに近くにいる使...
そう、それはメイジにとって、涙なしには語れない姿。しか...
鬱蒼とした森の中に静かに降り立つと、シルフィードはきゅ...
「あなた、いったいどこへ行っていたの?」
「わ、わたしは別の風竜さんに乗せてきてもらったのね。こっ...
彼女に従うままに進むと、なるほど、農作業小屋のような、...
「しかし……、まるっきり廃墟じゃないか」
それだけではない、辺り一帯には生臭い匂いが漂う。それが...
小屋の中へと通されるが、中には簡素なテーブルと椅子があ...
「あなた、本当にここで暮らしてるの?」
ルイズも訝しげな様子である。
「そうなのね!シル……イルククゥは、シルフィードさんといっ...
「へえ、あなた、イルククゥっていうのね。でも、本当? 風...
「本当なのね!信じてほしいのね、キュルケさん」
「……わたし、あなたに名乗ったかしら」
「ところで、あなたの青い髪、まるで王族よ。もしかして、本...
不可解そうなキュルケ夫人をよそに、ルイズが会話を遮る。
「そ、そんなところなのね。おねえさまはおねえさまなのね」
「ふーん」
タバサの友人を招いて、ただそれだけではいけないと、イル...
「なあルイズ」
「なに、サイト?」
「どう思う?」
「どうって、たぶんこの子が、そうでしょうね。だけど……、秘...
しかし、イルククゥが食卓に並べた料理は、肉の丸焼きにハ...
「……、イルククゥ、あなた、普段こんなものばかり食べている...
一人事情を飲み込めていないキュルケ夫人ではあるが、私と...
「ところで」
そんな様子を見かねたのか、イルククゥが突然、口を開く。
「おねえさまのお友達を見込んで、お話があるのね」
「何を言ってるの? そんなこと、いくら私が貴族だからとい...
「そこをなんとか、シルフィ一生に一度のお願いなのね! こ...
「だけど、あなたのやろうとしていることは、下手をしなくて...
しかしキュルケ夫人は、自らの友人の現状に対して思うとこ...
「サイトも、いくらあなたが異世界人でも、これがどれだけ無...
イルククゥが提案したのは、こうだ。
タバサが誰にも顧みられず、無名の墓地に葬られているのは...
「無理に決まってるでしょう? あなたが無念なのはわかるけ...
ルイズの反応も当然だ。今なお王家の居城として機能してい...
「わかりました。協力するわ」
ところが、何を思ったか杖を掲げたのは、キュルケ老婦人で...
「あなたの言うことは正しいわ。タバサも、いい友達、いえ、...
「何を考えているの、キュルケ? 若い頃にもらった性病のせ...
するとキュルケ夫人はルイズをキッと目で捉え、
「あなた、貴族でしょう? 世の不条理を、道理に沿って正す...
「それは、そうかもしれないけれど」
「使い魔を召喚して、ついにゼロじゃなくなったって喜んだけ...
「サイト、なんとか言ってよ」
正直な心情からすれば、イルククゥの計画は、無謀どころか...
「なあルイズ」
「なによ、わかってくれるの?」
「ルイズは、いや、俺たちは、あの本のように、英雄になるこ...
「本気で言ってるの?」
「ああ、本気も本気さ。見る限り、もうメイジなんて時代遅れ...
一瞬の沈黙の後、ルイズはやれやれと首を振る。
「あきれたものね。サイト、あなたも、時代を間違えた英雄よ...
「おうよ!」
虚無だのガンダールヴだの、本当に俺たち二人が狂ったので...
「キュルケさんにルイズさん、それと……」
「サイトでいいよ」
「サイトさんも、ありがとうなのね! これでおねえさまも浮...
イルククゥは喜び勇んで、作戦の開始を告げた。
「それじゃあ、作戦通りにいくのね。わたしはシルフィードさ...
シルフィが再び、森の奥に消える。
「それにしても、まさかルイズ、あなたが伝説の虚無の使い手...
「信じたくなければ、信じなくてもいいのよ?」
「信じるわ。今更私に嘘をつく意味なんて、どこにもないでし...
「……それもそうね。できれば、もっと若い頃に、魔法が使える...
話しこんでいる二人を横目に、シルフィードが降り立つ。と...
「ところで、イルククゥはどこへ行ったの? まさか、私たち...
そういえば、私とルイズは、そのことは半ば織り込み済みと...
「あらら、行っちゃったわね」
やがてイルククゥが森の中から駆け出てくるも、キュルケ夫...
「あ、あなた、服はどうしたのよ! 服は!」
「まずったのね〜!」
そんな芝居をもう一度繰り返し、ようやく森の中から出てき...
「あなた、もしかして、いえ、確実に、シルフィードでしょう」
「な、なにを言っているのね! わたしはれっきとした人間な...
しかし私たち二人は、目を逸らし、沈黙することしかできな...
「シルフィード、頭の上に、飛び立つときに引っかかった葉っ...
思わず青い髪に手をやるシルフィード。
もはや、弁解の余地はなかった。
「さっき、自分のことをシルフィって言っていたときから、怪...
まさか最初から知っていたなんて、言えるはずもない。召喚...
5.
ヴェルサルテイル宮殿もまた、庭園や建築、美術を目当てと...
「いい、いくわよ、ルイズ」
「がんばれよ。失敗して爆発でもしたら、目もあてられないぞ」
「ええ。でも、あの本に載っていた通りの呪文で、本当に姿を...
王族の居住区に最も近い、遥拝場のようになった一角。キュ...
一瞬、風の流れが変わったように感じたが、辺りの様子に変...
「駄目、か」
爆発を起こし連行されるという最悪の事態こそ避けられたも...
「ちょっと、シルフィード、どうしたの!?」
キュルケ夫人の言葉にシルフィードを見る。すると、なんと...
「だ、大丈夫か、怪我は?」
「どうしたのね? シルフィはなんともないのね?」
「ちょっと待って、これって……」
ルイズがシルフィのいる方へ手を伸ばすと、腕の途中までが...
「これが……、イリュージョン……。やった……、やったわ、私、生...
「声が大きいぞ、それに、初めてじゃないさ。なにせ、俺がこ...
「そうね……。とにかく行きましょう! さ、みんな、早く」
ルイズを先頭に、俺たちは、誰もいない高天井の廊下の幻影...
「でもシルフィ、城の中は案内できるって言っていたけど、ど...
「おねえさまが生きていたころ、何度も来たことがあるのね。...
その言葉を信じ、何度も階段を上り下りする。要所要所でル...
そして、何回曲がったか忘れた頃、シルフィードが立ち止ま...
「ここ……、懐かしい……」
長い廊下の先に、油の輝く重い扉が沈黙している。
「何度もここを通ったのね。そのときは、従者だって、おねえ...
シルフィードは、一歩一歩を踏みしめるように、女王の居室...
無言のまま、扉を開け放つ。
シルフィードを先頭に、脇をルイズとキュルケ夫人が固める...
「統一王国女王イザベラ! その命、頂戴するのね!」
シルフィードの言葉に絶句したのは、私だけではない。ルイ...
「ちょっとあなた、まさか、そのつもりで……」
二人が合図するより早く、私はシルフィードを羽交い絞めに...
次の瞬間、窓に顔を覗かせていたのは、風竜へと変化したシ...
「おねえさまの仇、とらせてもらうのね!」
竜の姿のままイザベラに怒りをぶつけるシルフィードに、イ...
「そうかい……、伯父上に付く者が、まだいたとはね……。驚いた...
「また言ったのね! おねえさまはガーゴイルなんかじゃない...
「ああそうさ! あの子はガーゴイルなんかじゃなかった。で...
「何を言っているのね? 命乞いをしても無駄なのね」
「……シャルロットの使い魔、あんたとも、友達になれたかもし...
刹那、シルフィードのブレスがイザベラを襲う……、かと思っ...
「な、なにをするのね! シルフィのやることを、止めないで...
「あなたの行為はおかしいわ。相手は自分を殺せとまで言って...
「そうよ。タバサのたった一人残った従妹、あなたは殺して、...
キュルケ夫人も加勢する。
「止めるな。いいのさ。どこの貴族か知らないが、あたしのし...
「どうして、償うだなんて言えるのね? 従妹娘の悪行、シル...
「そりゃあ……、結局、シャルロット、あの子しかいなかったの...
リュティスの女王の頬に涙が流れる。
「シルフィード、やめましょう。あなたに、彼女が殺せるの?」
「キュルケさん……」
シルフィードは窓に前脚を掛けると、光とともに人間へと変...
枕に顔を埋めるイザベラに、シルフィードが近付く。
「なんだい? 殺すなら、早く殺しなよ」
「おねえさまと一緒なのね……」
シルフィードの口から出た言葉に、私たち三人が口をつぐむ。
「おねえさまも一人だったけど、イザベラも一人なのね」
「そうさ、あたしゃ一人さ。死ぬまで一人さ」
「……でも、おねえさまには、シルフィがいたのね。だから……、...
するとシルフィードはベッドに上り、イザベラの顔を胸に抱...
「な、なにをするんだい?」
「これで、イザベラは一人じゃないのね。おねえさまも、従妹...
呆気に取られる私たちを尻目に、イザベラは、声を高く上げ...
「シャルロットの墓? そんな、とっくの昔から、あの墳墓に...
「どういうことなのね!?」
「統一王国の諜報能力を甘く見てもらっちゃ困るよ。共同墓地...
シルフィードの立案した計画は、その本来の目的もさること...
「そ、そんな、シルフィはずっと、偽のお墓にお参りしていた...
「それじゃあ、タバサが本当はどうして死んだかってことは……」
キュルケ夫人の問いに、
「ああ。実はあたしは、もうすぐ息子に王位を譲って、隠居し...
「……イザベラ様、それは、本心からのお言葉で?」
「ん、ミセス・フォンティーヌだったかい」
「ミスですわ」
「うん、もう、貴族だの平民だのって時代は、古いものになり...
「そうなのか? ルイズ」
シエスタの言っていた、領民が電気を使って豊かに暮らして...
「……ええ。私が死んだら、領地は領民たちが治めるようになる...
「そういうことさ。まあせめて、このヴェルサルテイル宮殿は...
イザベラの高笑いがこだまする。
「ところで、キュルケとやら」
「なんでしょう? 女王陛下」
「……イザベラでいいよ。あんた、シャルロットの友人だったん...
「そうですわ」
「その……、なんだ。あたしの、友達になってやくれないだろう...
「友達ならシルフィがいるのね!」
「うるさい! 多いに越したことはないだろうが! それで、...
「このデコ娘は寂しいのね!」
「お前はうるさいんだよ!」
横に立つキュルケ夫人を見ると、目の焦点をイザベラに合わ...
「何を言い出すかと思ったら! いいわ! なにせタバサの従...
キュルケ夫人は一歩前に出ると、イザベラを抱きしめた。
「や、やめろ、恥ずかしい」
6.
イザベラ一世の退位と、それに伴うシャルル二世の即位が公...
屋敷の中は既にもぬけの殻と化している。その代わりに、や...
「いいんだな、ルイズ? この屋敷を領民に任せて?」
「いいの、決めたことだわ。それに、もう彼らは領民ではない...
ルイズが貴族の位を返上すると言い出したのは、リュティス...
「シエスタ、ごめんね。また帰ってきたら、タルブの村に寄る...
「いえ、いいんです。ルイズ様の決めたことですから。ルイズ...
「私は平民よ、ルイズでいいわ」
「はい。ルイズ、あなたと過ごしたこの四十年、本当に楽しか...
シエスタの顔を涙がつたう。ルイズは、シエスタに歩み寄る...
「それでは私も行きます。ルイズ、絶対に、タルブに来てね!...
私たちより一足先に、シエスタは乗合馬車で領地を去ってい...
「さて、私たちも行きましょうか」
「ああ」
フォンティーヌ領の館から町を繋ぐ街道には、燃料を満タン...
私とルイズは零戦に乗り込み、ゴーグルをかける。ガンダー...
沿道では、領民たちが手や旗を振っている。浮かび上がり上...
「さて、進路も東へとったし、あとは飛んでいくだけだ。なあ...
「いいの。なんていうか……、サイト、私たちができなかった冒...
「そうかい。なら、俺もルイズについていくさ」
既に機は統一王国を抜け、眼下にはゲルマニアの工業地帯が...
「なあルイズ」
「なに?」
「あと、何年生きれる?」
「サイトは?」
「短くて十年。長くて三十年ってとこかな」
「ふーん。私は……、わからないけど、オールド・オスマンはこ...
「あのジジイ、まだ生きてるのか!? でもそれじゃあ、どう...
「大丈夫よ。使い魔は寿命も長くなるっていうわ。それにサイ...
戯れにルイズが、小さな爆発を起こす。
「ちょっと、操縦中は勘弁してくれよ。でも俺、召喚されてか...
「……使い魔としてじゃなくてもいいわ」
「ん? なんか言ったか?」
「……なんにも」
「ま、いっか。まだまだ先は長いんだ。それじゃあ行こうぜ、...
「ええ!」
「目指すは東方!」
ゲルマニア上空、一閃の飛行機雲が、空に白く伸びた。
了
終了行:
六十年目のゼロ なかどめ氏
#br
1.
木賃アパートの隙間から高い日差しが差し込む。紺碧の空に...
聳え立つ高層マンションと、荒川を渡った庭付き一戸建ての...
もう何ヶ月も日光の下に晒していない敷布団の上で、ドラッ...
今思えば、大学を出た、その時の選択が誤りだったのだろう...
鬱々とした思索ばかりが、亜熱帯の都市の隅に流れ、消えて...
三十冊ばかりを休み休み読みきり、しばし、かつて絶え間な...
今日は、やけに腹の虫が暴れまわっているようだ。剣山が突...
再び咳き込む。口の周りに塩の味を感じていると、次第に視...
しかし、すぐにやって来る筈だった、永遠の無意識は、永遠...
そして、体の横に誰かが立ち尽くしている気配がある。わず...
彼女の、年月に磨り減らされた桃色の紙が、私の頬にかかる...
「どうして……、遅すぎるわ……」
かつて見たことのある桃色ブロンドの髪に、骨と皮ばかりに...
「ああ……、遅すぎたんだ」
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴ...
小さくつぶやき、彼女はゆっくりと顔を近づけると、まるで...
次に目を覚ますと、天蓋の付いたベッドに横たえられ、汗の...
どこか若返ったように、体が軽い。いつからか巣くっていた...
立ち上がり、裸足のまま彼女の方へ踏み出す。やはり、体が...
「ご夫人……」
すやすやと寝息をたてていた彼女は、我に返ったように目を...
「よかった……、生きていてくれて……。まさか、ちい姉さまのた...
全身に感じた違和感。秘薬といったが、まさか、この人が?
「……あなたが?」
「ええ、あなたの体にあった、腫れ物を取り除くことができた...
窓の外の庭園を見つつ、彼女は小さく声を上げて笑う。
「だって、やっと召還できた使い魔さんと、すぐにお別れした...
「ご夫人……、あなたは……」
「あ、ええ、そうね……。申し遅れました。私、名をルイズ・フ...
小さな体で、うやうやしく一礼するルイズ。
「そうそう、私は、夫人ではありませんよ。だって、結婚なん...
「そうですか……。私は」
そこで、何度も読み返した小説の、そう……、自分と同じ名前...
「いえ、俺は、平賀才人。会いたかったです。ルイズ様」
かつて繰り返した、魔法と竜と、そして女の子の世界という...
だが、いかんせん、遅すぎた。体は萎え、頭には白いものば...
遠く双つの月を見上げる食卓にあって、彼女もまた、私と同...
「そう……、遅すぎた、のね」
口を開いたのは彼女、ルイズだった。私の知る彼女であるな...
「私も、必要もなしに、あなたを縛ってしまうようなことをし...
食卓を浅く見下ろし、彼女は言う。
「使い魔さん、あなたが、どんな場所から来た人かは知らない...
卓上に添えた左手に目をやると、そこにははっきりと、見た...
「ということは、やはり……」
「ええ。あなたは、私の使い魔。この無能な貴族が、初めての...
年老いた黒髪のメイドが、空いた皿を持ち去る。
使い魔になってほしい、いや、左手を見る限り、既にされて...
「ミス・ヴァリエール、こんな老いぼれで構わなければ、使い...
そう切り出した私を、ルイズは驚きをもって見つめる。
「ミス・ヴァリエール……ですか。そう呼ばれたのは、何十年ぶ...
「ええ。それと、私のことは、サイトと呼んでください。あの...
それから毎日、枕元に積まれていた緑色の文庫本を、彼女に...
例えば、ついに二回目の一年生を終えることができず、通っ...
「それで、最後に打ち込んだ秘薬の研究も、結局、ちい姉さま...
儚げに笑うルイズ。
最後まで小説を読みきったとき、私がそうであったように、...
共有する世界を得た私たちは、庭園の芝生の上で、彼女が小さ...
2.
客人が来るとルイズから知らされたのは、私がハルケギニア...
狭い屋敷に二頭立ての馬車が横付けされると、赤いサラマン...
ルイズは質素なドレスのまま貴婦人に近付き、抱擁を交わす。
「よくいらっしゃいました、ツェルプストー。こうやって会う...
「物腰が柔らかくなったものね、ゼロのルイズ。こんな狭い領...
しかしルイズは、旧友との抱擁を解こうとしない。
「それからもう、そのツェルプストーっていうのは止めにしま...
そういえば、ルイズがこのハルケギニアについて語ったとき...
キュルケはルイズの両肩を持って、まっすぐに立たせると、...
「それにしても、ゼロのままだったあなたが、まさかこの年に...
ツェルプストー夫人、いや、キュルケ夫人と呼ぶことにしよ...
「そ、そうね、有難くその言葉、受け取っておくわ。それにし...
小さな体で、よくも毒舌を吐けるものだ。元の世界では女性...
ところが、目を逸らしても彼女たちの間に争う言葉はいっこ...
「あなたも変わらないわねえ、ルイズ」
「キュルケだって、あなたはいつまでもあの頃のままよ」
「あら、私を名前なんかで呼んでいいの? 私は仇敵、ツェル...
「私はラ・フォンティーヌの人間よ。もう何十年も前に滅びた...
「あらあら、ご親切に。貴族のラ・フォンティーヌ様のご寛大...
そんな二人を見て、言葉には出さずとも笑顔を浮かべていた...
「この二人は、こんな感じなんですか?」
「ええ。ルイズ様、ミス・フォンティーヌと、ミセス・ツェル...
「そうですか、何十年も……」
私の生涯を思い返すにつけ、一人でも生涯の友人を持つこと...
友人の来客に、古ぼけたいつもの食卓も、命が吹き込まれた...
台所では、普段から小さな屋敷の全体を切り盛りしているシエ...
「それにしても、驚きました。サイトさんがヨシェナヴェを知...
とはシエスタの弁。
「もしかすると、サイトさんは、私の故郷に来られたことがあ...
「いや、それが、ないんだ」
そこで、シエスタを尻目に、ルイズに耳打ちする。
「なあルイズ、ヨシェナヴェ、って、どこかで聞いたことない...
「え、ええと。あ、もしかして」
「そうだ。もしあの通りだとすると、シエスタの故郷には……」
私とルイズは二人、秘密を共有しえた者同士、ほくそ笑むの...
その夜の食卓、私とシエスタを交え歓談する中、ルイズの言...
「ルイズ、あなた、どうしてあの子のことを?」
「どうしてって、昔の同級生よ。知っていて当然じゃない」
「違うわ。だってあなた、今確かに、シャルロットって言った...
そう、確かにルイズは言い放った。曰く、「あなたがあのシ...
「そう……。そうね。確かにタバサ、いえ、シャルロットと呼ん...
まるで過去の人間を、そう、この世にはもう存在しない人を...
「ちょっと待ってくれ。友人だった、って、彼女にいったい、...
「まってください、サイトさん、そのことは……」
普段ルイズが食事をしているときは、脇に立ったままのシエ...
「そうよサイト、そのことは、この国じゃ口にしてはいけない...
ルイズも、今までになく何かを恐れるように、私に本気の口...
しかしキュルケ夫人は、
「いいのよルイズ。サイトさんは、あなたの使い魔なのでしょ...
年をわきまえずふくれっ面をするルイズに、キュルケ夫人は...
「まあいいわ。そうね、タバサ、シャルロット様は、七万のエ...
「それは、本当なのか、ルイズ」
ルイズは答えない。もちろん私が持ち込んだ本の内容からし...
「最後に別れるとき、あの子は教えてくれたわ。それまで自分...
もちろん、私はタバサと面識はないし、なんら関係のない人...
「ねえサイト、あなた、泣いてるの?」
「え、いや、泣いてないさ」
「……嘘が下手ね、私の使い魔は……。でも、もしかしたらキュル...
そしてルイズも、そうなったかもしれない世界を、共通の人...
「ねえキュルケ」
「なに、ルイズ」
「シャルロット様、いえ、タバサの、お墓参りに行かない?」
3.
ルイズの突然の申し出を、キュルケは快諾してくれた。子供...
「それから、シエスタ、あなたもぜひ同行しなさい」
「ですがルイズ様、屋敷に誰か残らない訳には……」
「大丈夫よ。領地の管理は領民の議会が勝手にやってくれるだ...
しかしシエスタは首を縦に振らない。
「これは、なんっていうか……。主人とメイドとしてではなくて...
迷っていたようではあったが、結局、革のトランクに荷物を...
道中の小さな町で、一日目の宿を取る。ルイズはキュルケ夫...
それにしても驚いたのは、建物は石造りの古いものであるとは...
「それにしても、まさか電気があるなんてな」
ホテルのロビーにシエスタを見つけ、その感想を述べると、...
「ルイズ様に、召喚されたんですものね。サイトさんの故郷に...
「いや、あったさ。でも、こんな場所に、電気があるなんて、...
「それは、あんな山の中の田舎ですから。でも今度、領地の中...
発電所に、電気か。キュルケ夫人の旦那は鉄鋼会社の社長だ...
「ふーん。そういえばシエスタ、シエスタは、どうしてルイズ...
「え、どうして、といわれましても……。そうね、ルイズ様だけ...
「拾う?どうして。シエスタも、若い頃は綺麗だったろうに」
年齢を忘れたかのように、シエスタは頬を紅く染める。
「でも私、傷物にされてしまったんです。こんなこと、昔は口...
「そうか、シエスタも、いい友人を持てたんだなあ」
「友人なんて、そんな。ルイズ様はあくまで、私のご主人様で...
シエスタは小さく笑う。しかし、その後に付け加えた。
「ただ、ルイズ様とキュルケ様の言うように、リュティスの王...
あの書物に描写されたイザベラしか知らない私は、善政を敷...
さらに二日の道のりを経て、ようやくタルブの村に到着した...
「どうしてルイズ様とサイトさんがそのことを……。あれは、ア...
無理もない。私はもちろん、ルイズにしても、本来ならば知...
おそらく創建から百年を越え、木目が黒く浮き出た神社のよ...
「ゼロ戦、だ……」
とはいっても、軍事的知識のない私にとって、緑色の古い飛...
「神の左手、ガンダールヴ、か……」
もはや無用の長物である能力に、思わず溜息が漏れる。ただ...
旦那が金属に関わる仕事をしている位だから、この場違いな...
「海軍少尉、佐々木武雄、異界に眠る。」
「読めるんですか、サイトさん」
「俺の世界の字だ。ただ、俺が生まれる四十年も前の人物だけ...
両手を合わせ、先人に祈る。もう大きく変わってしまってい...
小さな馬車を繋げた格好の列車は、トリスタニアの中央駅を...
「あの四角い建物はなんだ?」
車窓に時々流れる、凹凸の少ない、まっさらな白い直方体を...
「え、ああ、あれは学校よ。二十年くらい前からかしら、平民...
鉄とコンクリートで作られた建築物。それは、元いた世界で...
4.
始祖の伝説を描いた、荘厳な装飾で飾られた駅――元いた世界...
「……あの子、こんな風になっちゃってねえ。何度リュティスに...
「っていうことは、この像のモデルは?」
キュルケ夫人が呟く。
「ええ。エルフに立ち向かった英雄。タバサ、いえ、シャルロ...
ところが輪をかけて驚かされたのは、駅馬車を捕まえて向か...
「さっきからずっと、塀ばっかり並んでるけど、これは?」
「お客さん、リュティスに来るのは初めてで?」
御者が問う。
「ええ」
「そうかい。これが、あんたがお参りしようとしている、シャ...
「これが?」
「はい。ちょうど、裏手から回り込む形になりまさあ。何しろ...
御者による観光案内はなおも続くが、その間、ルイズとキュ...
リュティス郊外の小高い丘に、その姿をたたえるシャルロッ...
さながら博物館のように、彼女の使った杖やマント、愛読し...
お参りを終え、観光客でごった返す、廟の前の広場に戻る。...
一段落着いて、投宿しようかと流しの馬車を捕まえにかかる...
「それじゃあ、タバサのお墓に向かいましょうか」
「どういうこと?お墓参りなら、今終わったばかりじゃない」
ルイズも不可解な顔をしている。
「分からないの?」
キュルケ夫人は声を細める。
「王が良く思わない人間を、本当にこんな廟に安置すると思っ...
キュルケ夫人が御者に指定した行き先は、ちょうどリュティ...
三十分は歩いただろうか、その更に片隅に、彼女の本当の亡...
膝ほどの高さの白い墓碑ひとつ、そこには、彼女の本当の名...
「私だって、あの子の本当の名前を刻んであげたかったわ」
墓石と同じ視線で、キュルケ夫人がタバサの身に手をかける。
「だけど、ガリアの王族に見つからないように、あの子の亡骸...
キュルケ夫人の両頬に、涙の筋が流れた。
「おねえさまのお墓にお参りするなんて、おばあさんたち、誰...
草を踏む音に、傍らにもう一つ、人影が増えていることに気...
「おばあさんとはよく言うものね? あなただって、いつかは...
キュルケ夫人が抗議の声を上げる先には、青く長い髪の、無...
「あなたは?」
ルイズが問う。
「おねえさま、いえ、シャルロット様の、墓守なのね! きゅ...
胸を張って宣言する少女。しかし……。
「あなた、この墓が誰のものか知っているだなんて、何者? ...
杖を向けようとするキュルケ夫人を、ルイズが押し留める。
「まずいわ。もし本当に王族の手先だったら……」
しかし少女は手出しをするでもなく、自身の言動に自ら慌て...
「あわわ……、まずいのね〜!このお墓がおねえさまのものだっ...
「キュルケさん、杖を収めて。見る限りじゃ、この子は悪い人...
私の呼びかけに、すごすごと杖を収めるキュルケ夫人。
「それで、あなたは、どうしてこのお墓について知っているっ...
「それは……、わたしがおねえさまのお友達だったからなのね!」
「友達? だってあなた、どう見ても、生きていたころのタバ...
ルイズとキュルケ夫人が顔を見合わせる。
「それは……。こ、このお墓の前に長くいると、怪しまれるのね...
彼女の言うことにも一理あると、案内されるがままに、共同...
「ちょっと、友達の風竜にアシになってもらうのね。ちょっと...
「風竜?」
今度は私も含め、三人が顔を見合わせていると、女の子は、...
どこかで知ったような……?怪訝な顔で乗り込もうとする私と...
「もしかして、シルフィード?」
我を忘れて風竜に駆け寄るキュルケ夫人。その両目には、タ...
「わかる? シルフィード? 私よ、キュルケ・アウグスタ・...
「ちょっとキュルケ、風竜の顔の前に出るなんて、危ないわよ...
「大丈夫よ、ルイズ。この子は、タバサの使い魔。あなたも、...
一瞬動きの止まったルイズも、はっと何かを思い出したかの...
「そう……。この子が……。主が死んでも、忘れずに近くにいる使...
そう、それはメイジにとって、涙なしには語れない姿。しか...
鬱蒼とした森の中に静かに降り立つと、シルフィードはきゅ...
「あなた、いったいどこへ行っていたの?」
「わ、わたしは別の風竜さんに乗せてきてもらったのね。こっ...
彼女に従うままに進むと、なるほど、農作業小屋のような、...
「しかし……、まるっきり廃墟じゃないか」
それだけではない、辺り一帯には生臭い匂いが漂う。それが...
小屋の中へと通されるが、中には簡素なテーブルと椅子があ...
「あなた、本当にここで暮らしてるの?」
ルイズも訝しげな様子である。
「そうなのね!シル……イルククゥは、シルフィードさんといっ...
「へえ、あなた、イルククゥっていうのね。でも、本当? 風...
「本当なのね!信じてほしいのね、キュルケさん」
「……わたし、あなたに名乗ったかしら」
「ところで、あなたの青い髪、まるで王族よ。もしかして、本...
不可解そうなキュルケ夫人をよそに、ルイズが会話を遮る。
「そ、そんなところなのね。おねえさまはおねえさまなのね」
「ふーん」
タバサの友人を招いて、ただそれだけではいけないと、イル...
「なあルイズ」
「なに、サイト?」
「どう思う?」
「どうって、たぶんこの子が、そうでしょうね。だけど……、秘...
しかし、イルククゥが食卓に並べた料理は、肉の丸焼きにハ...
「……、イルククゥ、あなた、普段こんなものばかり食べている...
一人事情を飲み込めていないキュルケ夫人ではあるが、私と...
「ところで」
そんな様子を見かねたのか、イルククゥが突然、口を開く。
「おねえさまのお友達を見込んで、お話があるのね」
「何を言ってるの? そんなこと、いくら私が貴族だからとい...
「そこをなんとか、シルフィ一生に一度のお願いなのね! こ...
「だけど、あなたのやろうとしていることは、下手をしなくて...
しかしキュルケ夫人は、自らの友人の現状に対して思うとこ...
「サイトも、いくらあなたが異世界人でも、これがどれだけ無...
イルククゥが提案したのは、こうだ。
タバサが誰にも顧みられず、無名の墓地に葬られているのは...
「無理に決まってるでしょう? あなたが無念なのはわかるけ...
ルイズの反応も当然だ。今なお王家の居城として機能してい...
「わかりました。協力するわ」
ところが、何を思ったか杖を掲げたのは、キュルケ老婦人で...
「あなたの言うことは正しいわ。タバサも、いい友達、いえ、...
「何を考えているの、キュルケ? 若い頃にもらった性病のせ...
するとキュルケ夫人はルイズをキッと目で捉え、
「あなた、貴族でしょう? 世の不条理を、道理に沿って正す...
「それは、そうかもしれないけれど」
「使い魔を召喚して、ついにゼロじゃなくなったって喜んだけ...
「サイト、なんとか言ってよ」
正直な心情からすれば、イルククゥの計画は、無謀どころか...
「なあルイズ」
「なによ、わかってくれるの?」
「ルイズは、いや、俺たちは、あの本のように、英雄になるこ...
「本気で言ってるの?」
「ああ、本気も本気さ。見る限り、もうメイジなんて時代遅れ...
一瞬の沈黙の後、ルイズはやれやれと首を振る。
「あきれたものね。サイト、あなたも、時代を間違えた英雄よ...
「おうよ!」
虚無だのガンダールヴだの、本当に俺たち二人が狂ったので...
「キュルケさんにルイズさん、それと……」
「サイトでいいよ」
「サイトさんも、ありがとうなのね! これでおねえさまも浮...
イルククゥは喜び勇んで、作戦の開始を告げた。
「それじゃあ、作戦通りにいくのね。わたしはシルフィードさ...
シルフィが再び、森の奥に消える。
「それにしても、まさかルイズ、あなたが伝説の虚無の使い手...
「信じたくなければ、信じなくてもいいのよ?」
「信じるわ。今更私に嘘をつく意味なんて、どこにもないでし...
「……それもそうね。できれば、もっと若い頃に、魔法が使える...
話しこんでいる二人を横目に、シルフィードが降り立つ。と...
「ところで、イルククゥはどこへ行ったの? まさか、私たち...
そういえば、私とルイズは、そのことは半ば織り込み済みと...
「あらら、行っちゃったわね」
やがてイルククゥが森の中から駆け出てくるも、キュルケ夫...
「あ、あなた、服はどうしたのよ! 服は!」
「まずったのね〜!」
そんな芝居をもう一度繰り返し、ようやく森の中から出てき...
「あなた、もしかして、いえ、確実に、シルフィードでしょう」
「な、なにを言っているのね! わたしはれっきとした人間な...
しかし私たち二人は、目を逸らし、沈黙することしかできな...
「シルフィード、頭の上に、飛び立つときに引っかかった葉っ...
思わず青い髪に手をやるシルフィード。
もはや、弁解の余地はなかった。
「さっき、自分のことをシルフィって言っていたときから、怪...
まさか最初から知っていたなんて、言えるはずもない。召喚...
5.
ヴェルサルテイル宮殿もまた、庭園や建築、美術を目当てと...
「いい、いくわよ、ルイズ」
「がんばれよ。失敗して爆発でもしたら、目もあてられないぞ」
「ええ。でも、あの本に載っていた通りの呪文で、本当に姿を...
王族の居住区に最も近い、遥拝場のようになった一角。キュ...
一瞬、風の流れが変わったように感じたが、辺りの様子に変...
「駄目、か」
爆発を起こし連行されるという最悪の事態こそ避けられたも...
「ちょっと、シルフィード、どうしたの!?」
キュルケ夫人の言葉にシルフィードを見る。すると、なんと...
「だ、大丈夫か、怪我は?」
「どうしたのね? シルフィはなんともないのね?」
「ちょっと待って、これって……」
ルイズがシルフィのいる方へ手を伸ばすと、腕の途中までが...
「これが……、イリュージョン……。やった……、やったわ、私、生...
「声が大きいぞ、それに、初めてじゃないさ。なにせ、俺がこ...
「そうね……。とにかく行きましょう! さ、みんな、早く」
ルイズを先頭に、俺たちは、誰もいない高天井の廊下の幻影...
「でもシルフィ、城の中は案内できるって言っていたけど、ど...
「おねえさまが生きていたころ、何度も来たことがあるのね。...
その言葉を信じ、何度も階段を上り下りする。要所要所でル...
そして、何回曲がったか忘れた頃、シルフィードが立ち止ま...
「ここ……、懐かしい……」
長い廊下の先に、油の輝く重い扉が沈黙している。
「何度もここを通ったのね。そのときは、従者だって、おねえ...
シルフィードは、一歩一歩を踏みしめるように、女王の居室...
無言のまま、扉を開け放つ。
シルフィードを先頭に、脇をルイズとキュルケ夫人が固める...
「統一王国女王イザベラ! その命、頂戴するのね!」
シルフィードの言葉に絶句したのは、私だけではない。ルイ...
「ちょっとあなた、まさか、そのつもりで……」
二人が合図するより早く、私はシルフィードを羽交い絞めに...
次の瞬間、窓に顔を覗かせていたのは、風竜へと変化したシ...
「おねえさまの仇、とらせてもらうのね!」
竜の姿のままイザベラに怒りをぶつけるシルフィードに、イ...
「そうかい……、伯父上に付く者が、まだいたとはね……。驚いた...
「また言ったのね! おねえさまはガーゴイルなんかじゃない...
「ああそうさ! あの子はガーゴイルなんかじゃなかった。で...
「何を言っているのね? 命乞いをしても無駄なのね」
「……シャルロットの使い魔、あんたとも、友達になれたかもし...
刹那、シルフィードのブレスがイザベラを襲う……、かと思っ...
「な、なにをするのね! シルフィのやることを、止めないで...
「あなたの行為はおかしいわ。相手は自分を殺せとまで言って...
「そうよ。タバサのたった一人残った従妹、あなたは殺して、...
キュルケ夫人も加勢する。
「止めるな。いいのさ。どこの貴族か知らないが、あたしのし...
「どうして、償うだなんて言えるのね? 従妹娘の悪行、シル...
「そりゃあ……、結局、シャルロット、あの子しかいなかったの...
リュティスの女王の頬に涙が流れる。
「シルフィード、やめましょう。あなたに、彼女が殺せるの?」
「キュルケさん……」
シルフィードは窓に前脚を掛けると、光とともに人間へと変...
枕に顔を埋めるイザベラに、シルフィードが近付く。
「なんだい? 殺すなら、早く殺しなよ」
「おねえさまと一緒なのね……」
シルフィードの口から出た言葉に、私たち三人が口をつぐむ。
「おねえさまも一人だったけど、イザベラも一人なのね」
「そうさ、あたしゃ一人さ。死ぬまで一人さ」
「……でも、おねえさまには、シルフィがいたのね。だから……、...
するとシルフィードはベッドに上り、イザベラの顔を胸に抱...
「な、なにをするんだい?」
「これで、イザベラは一人じゃないのね。おねえさまも、従妹...
呆気に取られる私たちを尻目に、イザベラは、声を高く上げ...
「シャルロットの墓? そんな、とっくの昔から、あの墳墓に...
「どういうことなのね!?」
「統一王国の諜報能力を甘く見てもらっちゃ困るよ。共同墓地...
シルフィードの立案した計画は、その本来の目的もさること...
「そ、そんな、シルフィはずっと、偽のお墓にお参りしていた...
「それじゃあ、タバサが本当はどうして死んだかってことは……」
キュルケ夫人の問いに、
「ああ。実はあたしは、もうすぐ息子に王位を譲って、隠居し...
「……イザベラ様、それは、本心からのお言葉で?」
「ん、ミセス・フォンティーヌだったかい」
「ミスですわ」
「うん、もう、貴族だの平民だのって時代は、古いものになり...
「そうなのか? ルイズ」
シエスタの言っていた、領民が電気を使って豊かに暮らして...
「……ええ。私が死んだら、領地は領民たちが治めるようになる...
「そういうことさ。まあせめて、このヴェルサルテイル宮殿は...
イザベラの高笑いがこだまする。
「ところで、キュルケとやら」
「なんでしょう? 女王陛下」
「……イザベラでいいよ。あんた、シャルロットの友人だったん...
「そうですわ」
「その……、なんだ。あたしの、友達になってやくれないだろう...
「友達ならシルフィがいるのね!」
「うるさい! 多いに越したことはないだろうが! それで、...
「このデコ娘は寂しいのね!」
「お前はうるさいんだよ!」
横に立つキュルケ夫人を見ると、目の焦点をイザベラに合わ...
「何を言い出すかと思ったら! いいわ! なにせタバサの従...
キュルケ夫人は一歩前に出ると、イザベラを抱きしめた。
「や、やめろ、恥ずかしい」
6.
イザベラ一世の退位と、それに伴うシャルル二世の即位が公...
屋敷の中は既にもぬけの殻と化している。その代わりに、や...
「いいんだな、ルイズ? この屋敷を領民に任せて?」
「いいの、決めたことだわ。それに、もう彼らは領民ではない...
ルイズが貴族の位を返上すると言い出したのは、リュティス...
「シエスタ、ごめんね。また帰ってきたら、タルブの村に寄る...
「いえ、いいんです。ルイズ様の決めたことですから。ルイズ...
「私は平民よ、ルイズでいいわ」
「はい。ルイズ、あなたと過ごしたこの四十年、本当に楽しか...
シエスタの顔を涙がつたう。ルイズは、シエスタに歩み寄る...
「それでは私も行きます。ルイズ、絶対に、タルブに来てね!...
私たちより一足先に、シエスタは乗合馬車で領地を去ってい...
「さて、私たちも行きましょうか」
「ああ」
フォンティーヌ領の館から町を繋ぐ街道には、燃料を満タン...
私とルイズは零戦に乗り込み、ゴーグルをかける。ガンダー...
沿道では、領民たちが手や旗を振っている。浮かび上がり上...
「さて、進路も東へとったし、あとは飛んでいくだけだ。なあ...
「いいの。なんていうか……、サイト、私たちができなかった冒...
「そうかい。なら、俺もルイズについていくさ」
既に機は統一王国を抜け、眼下にはゲルマニアの工業地帯が...
「なあルイズ」
「なに?」
「あと、何年生きれる?」
「サイトは?」
「短くて十年。長くて三十年ってとこかな」
「ふーん。私は……、わからないけど、オールド・オスマンはこ...
「あのジジイ、まだ生きてるのか!? でもそれじゃあ、どう...
「大丈夫よ。使い魔は寿命も長くなるっていうわ。それにサイ...
戯れにルイズが、小さな爆発を起こす。
「ちょっと、操縦中は勘弁してくれよ。でも俺、召喚されてか...
「……使い魔としてじゃなくてもいいわ」
「ん? なんか言ったか?」
「……なんにも」
「ま、いっか。まだまだ先は長いんだ。それじゃあ行こうぜ、...
「ええ!」
「目指すは東方!」
ゲルマニア上空、一閃の飛行機雲が、空に白く伸びた。
了
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