ゼロの使い魔保管庫
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白い姫とワルツを〈二・水の国〉 (白い百合の下で4)
トリステインにおいてワインの乱が拡大しているとき、大河...
館の隣をながれる小川のほとりには、黄色い花と青々とした...
初夏のトリステインには珍しくもない田園地帯の風景だった...
その館の庭である。領主は鼻血をだらだら流しながらよろめ...
なぜならかれにとって、その息子以上に危険な敵はいなかっ...
兵たちがうろたえ騒ぐなか、領主へ向けられた長男の声が、...
その皮肉る声の調子といえば、初夏というのに、畜舎横のナ...
「お父上さまよ、幽閉してくれてありがとうよ。
おかげで貴重な青春を四年も浪費しちまったよ。時間を無駄...
その男の手甲には、父親つまり領主の鼻血がついている。
かれは館づきの白い礼拝堂のかたわらに立ち、美々しい騎士...
長男の眉の下からは、家内での対立のすえ次男をあとつぎに...
数年ぶりに甲冑をまとったはずなのに、幽閉中も鍛えていた...
上背のある長男が数歩、歩みよってくる。若々しい足取りに...
ともに鎧を着こみ、ともにこれまでほとんど使ったことのな...
(魔法を使えれば、この場でこいつをまた塔に叩きこ……いや、い...
領主は数十名の兵をあつめて出陣の用意をととのえ、いまま...
かれの弟は、地方領主の持ち物としてはめずらしい幻獣乗り...
だが弟が来るまえに、一生顔を見ないですむはずだったこの...
そしてあいさつがわりに庭で拳をあびたのだった。
「領主だからって、愚行をやろうとして意見をごり押ししたら...
かならず負けるときまった戦いを当主がはじめちゃいかんだ...
幽閉していた塔から長男をときはなった家臣たちは、その背...
鎧を着こんだ父子二人は、対峙し、にらみあった。
が、すぐに領主は骨のくだけた鼻をおさえて体を折り、せき...
それでも領主は、声を血でにごらせながら赤いつばを飛ばし...
「河川都市連合の平民どもは、わが領地を侵したのだ! 兵を...
すでにセリクール伯爵、バッス子爵らこの近隣の貴族たちは...
きさまを連れてきたそこの逆臣どもがなんと言おうとそれは...
「セリクール家もバッス家もこれで破滅するだろうよ。
あんたの言う合流ずみの貴族の軍は、あわせて今まだやっと...
俺ならぜったい出陣しない。死人の軍で重んじられるよりは...
「ば、馬鹿かきさまは、貴族とはさまざまな義務を負い、家門...
だいたい反乱軍をほうっておけば攻められないと思っている...
……もういい、いまさらきさまなどと話す意味はない。兵ども...
ふりむいて叫ぶ領主に、あわてて応えようとその手勢がうご...
長男の後ろにならんだ兵たちから、領主の手勢の兵にむけて...
ひるんだ領主側の兵が動きを止めた。
いつから工作されていたのか、いつのまにか家内が完全に分...
「そこが大まちがいだ。敵対の意思をしめさないかぎり、反乱...
決起した貴族勢力は徹底的に攻めつぶされているが、そっち...
いっぽうで、反乱勢のトップにいる商人どもは、そこらの領...
中立の家まで容赦なく攻めるような、金と時間と労力のむだ...
双方の兵のとりまくなか、長男は嘲笑をうかべて突きつける。
かれと、かれをかつぎだした家臣たちがとなえる出陣反対論...
「これまでを見るかぎり討伐軍を出した家は戦場で滅ぼされ、...
王政府との戦いをひかえたいま、やつらが求めてるのは足元...
だから、こっちはその意をくんでやって、静かにじっとして...
王政府支持を声高に叫ぶにしても、まだ篭城して王軍を待っ...
といっても大砲を相手どって篭城できる城館なんて、持って...
そうと知って、領主のこめかみに太い血管がうきあがった。
「反乱した平民どもに妥協するようなことを……恥を知れ、それ...
きさまの言うとおりになどすれば、王政府はわが家に悪感情...
「忠誠ねえ。それが今日わが家を救うかね? 王政府への弁明...
なあ父上、よく目をあけてものを見ろよ。トリステイン王政...
両者のまともな戦闘があったのは空のみだが、反乱軍は王政...
いくら待っても叔父上が来てないのを不思議に思わなかった...
長男のその言葉に、領主は目を見開き、いっしゅん激痛すら...
「なんだと? きさまラウルを……自分の叔父をどうした……?」
「残念ながら、かれは首の骨を折ってしまった。
頑迷な古い貴族だったとはいえ、ラウル叔父上のことは嫌い...
あんたのような奴に忠義をつらぬかなくてもよかったのにな」
「おまえ、に、肉親殺しにまで手を……ちがう、そんなことがで...
ラウルとその幻獣騎士隊はわが領地の誇りなのだぞ。きさま...
「数騎で追いかけはしたが俺が直接討ったわけじゃない、自滅...
魔法が使えないのを忘れたら危ない、とかれに忠告してやる...
この地では世界が変わったんだよ。戦い方をふくめ何もかも...
長男が命令すると、その兵たちがいくつかの道具を運んでき...
それを見て領主は眉をひそめる。それらの道具を持ってこさ...
拳銃や軽量のハルバードのような鉤型の武具と見えるものは...
疑問は、長男の言葉で氷解した。あるいは衝撃とともに砕か...
「空中戦、騎兵戦における反乱軍の戦術を真似してみた。本格...
おかげでどうにか叔父上の兵に勝てたよ。まあ、あっちが新...
いちばん役にたった道具はけっきょく拳銃かな。投げ網なん...
河川都市連合は、傭兵として竜乗りふくむ幻獣騎兵を雇いい...
この戦場となった一帯、すなわち大河流域の『魔法断絶圏』―...
一般的なトリステイン貴族の感性からすれば。
「いまや、新しい戦い方が空でも展開しているのだよ、父上。
魔法がないため風竜乗りは墜落を恐れる。それと風圧をいな...
むろん遠くからの精度ある魔法攻撃もできない。
そこで、たがいに至近に寄ってから戦う。たいてい勝負は竜...
竜で体当たりし、ブレスを吐く。
鉤状の長得物でひっかけたり、網をかぶせてあるていど自由...
基本的に、数騎で一騎をおいつめる。乗っている人間より、...
竜が死ななくてもいい。痛みで暴れて乗り手を落とせばそれ...
文字どおり野蛮なぶつかりあいだった。洗練された魔法技術...
だがこの「野蛮な戦術」で、数だけそろえたと見られていた...
いまとなっては、この地域の空で王家の百合紋を見ることは...
感心したように長男は幾度もうなずいた。
「まったく、反乱軍もいろいろ考えたものだ。王政府の空軍も...
話を戻すが、いまここら一帯でずばぬけて強い勢力は反乱軍...
臆病者だの日和見主義だの呼ばれようとも、俺たちみたいな...
時勢の見えないあんたじゃ家を滅ぼすだけだ、だから俺が代...
古く穏やかな世にかわって、新しい世がおとずれている。血...
それに適応していくのは、この息子のような下劣でも狡猾さ...
それでも領主は、歯ぎしりしつつ長男に罵声をあびせた。今...
「簒奪者!」
この国の大混乱のなかで個人的な復讐を達成したかれの長男―...
「違うだろ? 四年前、不当にあんたがとりあげた俺の生来の...
現在のところ、ワインの乱なるこの嵐は、小勢力にとってや...
とりあえず、隠居先として俺のいた塔にでも入ってもらおう...
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河口海域。
霧たちこめる早朝、暗い海は鳴動していた。黒い波のうえに...
トリステイン空海軍の戦列艦、『レドウタブール号』。甲板...
海上を自在にかけめぐる敵船から飛来する砲弾のため、この...
「ばかやろう船体を半端に回転させるな、やるなら反乱軍にき...
……いや、いや、そっちのほうだと弾が味方の艦に当たる……!...
「艦をもどせ、いまの揺れはあぶない、船底になにか当たって...
空にも注意しろ、船首のほうからまた敵の竜騎士が近づいて...
「火災が発生しました、火薬庫からは離れていますがバケツが...
至急人員をまわしてください!」
銃と砲の轟音に負けないため、水兵たちは大声で指示と報告...
彼らの声を聞きながら、『レドウタブール』号の艦長は霧の...
正面からしぶき混じりの風にあおられ、目を細める。
(やつらの艦は中型の武装商船がほとんどだ。乗っているのは貿...
にもかかわらず、なぜこうなった)
敗勢が濃いのは、信じられないことにこちら側だった。
彼の視線のさきでは、反乱を起こした河川都市連合軍の『水...
『水乞食』はこの大河河口沖で、王政府の艦隊を待ちうけて...
船団が縦ならびの行列となって海上につらなった、[縦陣]と...
その敵船団にぶつかったトリステイン空海軍艦隊は、突撃に...
各船が横にならんでへさきをそろえた「横陣」をくんで、敵...
だが、風石の助けなしでは、帆船艦隊は風上にまっすぐ向か...
そうなると各艦の足並みはそろわない。突撃前こそかろうじ...
連絡のための魔法なしで細かい連携がとれず、たがいの衝突...
風の抵抗をくらって、ばらばらに切り返しを行いつつのたの...
それでも、そのままであったならばどうにか接近して乱戦に...
……そうはならなかった。突撃をはばんだのは海中の大量の障...
河口沖合いである。流されてきた土砂が広範囲につもって急...
廃船に石をつめこんで沈めたものか、塔型の石柱あたりかは...
空海軍の突撃は鎖にせきとめられ、不運な数隻が底をやぶら...
総じて喫水の浅い敵艦隊は、こちらに比べて、海中の障害物...
敵も味方も、最初の陣形がくずれている点では同じだが、現...
「罠にひっかかって崩された」と「相手の失態に最大限につ...
いま、『レドウタブール』号はじめ何隻かの戦列艦は、密集...
海中で壁をつくっている障害物だか岩礁だかにおしつけられ...
なにしろ集中してくる敵の砲弾におびえながらも、まず味方...
しかし、彼らよりもっと笑えない状況にあるのは、密集の外...
糸のほつれた部分のように陣から離れてしまったところを、...
一隻あたりの大きさと砲門数、乗員数ではまさる空海軍の戦...
砲弾に帆を破られたり舵を壊されたりすれば海上で自由に動...
視界がよくないためはっきりとはわからないが、三十隻のト...
「なんたるざまを……」
この状況をじかに見るため甲板に出てきた艦長は、そのよう...
この『レドウタブール』号ほか周囲の艦は、このあいだのア...
それが。
「今になって平民の反乱などに手を焼くとは……」
「手を焼く!? たった今は殺されかかっておりますよ!
砲弾が平民と貴族を見分けますか!? 危険ですから下に戻っ...
艦長のぼやきに対し、間近でいささか以上に礼を失した怒鳴...
周囲に同じく青ざめた数名の士官を引きつれている。
艦長は怒鳴り返した。
「甲板で指揮する、信号がなにも届かんなら自分の目で見る!
ここでさえ視界はひどいが、船室にいるよりはるかにましだ...
「状況確認はわたしがします! とにかく下へ!」
「そっちこそ下にいろ、君にはわたしが指揮できなくなったと...
船尾甲板の船べりに砲弾が着弾した。その衝撃が彼らの言い...
木でできた船体の破片が飛びちって周囲の人体に刺さり、恐...
中央マストに上がっていた水兵が揺れで滑落し、甲板に背か...
とっさにうずくまっていた艦長と副長は、海戦の喧騒のなか...
「下層砲門を開け、もっと撃ちかえせ! 砲門はわれわれの艦...
「レドウタブール号の砲門はすでにすべて開かせております!
ですがごちゃごちゃと固まってもつれたこの艦隊の現状では...
「ちくしょうめ、やはりさっさと陣形をたてなおさねばどうに...
「魔法によるものならどんな信号も来ませんし、旗については...
さっき閣下が『信号が何も』とご自分で言われたでしょうに...
艦隊運動の信号や指示がすべて魔法であったわけではない。...
だが、天候と時刻によって視界は最悪であり……訓練してきた...
喧嘩しているかと思えるほどの剣幕で声をはりあげる二人の...
「向こうの多くの船は海上にしてはすばやく動きまわっていま...
船が小さく、喫水が浅いつくりということもあるのでしょう...
「当然だ、連中は日々ここいらの海域を船でかけめぐっていた...
船の喫水が浅いのだって、この辺りの海が遠浅なのに合わせ...
吐き捨ててからその人物が誰かに気づき、レドウタブール号...
「ああ、これはヘンリー卿……見苦しいところをお見せしました」
元アルビオン空軍の艦長であったサー・ヘンリー・ボーウッ...
そのまま、レドウタブール号の客分あつかいを受け、顧問と...
もと敵国人のかれに対し、トリステイン軍内に多少のわだか...
「ヘンリー卿、あなたならどうしますか、この状況で」
副長とおなじくやや落ち着きをえた艦長が、客将にアドバイ...
「この河口海域での戦闘は、こっちにとって地の利がなさすぎ...
連中はただでさえ船足が速いうえ、船の喫水が浅いのと海中...
さらに相手の艦隊は砲の数こそすくないですが、最新式の砲...
こちらは出ばなを完全にくじかれました。密集がほどけしだ...
つまり、逃げる。
ボーウッドの提言を聞いて、艦長の顔がレモンにかぶりつい...
副長のほうも似たり寄ったりだが、こちらは「やむをえない...
艦長は帽子をとって手のなかでくしゃっとつぶし、煮え切ら...
「そうだな……それが妥当であろうが……」
「閣下、平民の船団から逃げるというのは苦痛かもしれません...
いま残っている戦力がそっくり離脱できたなら、隊形をとと...
「そうです閣下、そもそも旗艦の首脳陣がこの戦闘を決定した...
完全な風上をとっている敵にむけて横列突撃! こんな愚策...
ここでとつぜん副長が、ボーウッドの意見に追随しはじめた。
説得というより、開きなおったように憤然と開戦判断をこき...
「き、きみ、言葉が少々過激にすぎやせんか……」
艦隊首脳部に腹のすえかねた態の副長と、それにややたじた...
「教科書どおりならこちらも緻密な一列縦陣で向かい合うべき...
そうしなかったのは通信が劣悪な状況のため、こまかく連携...
通例は大型船の数にまさる側が勝ちをおさめるのが海戦です...
トリステイン軍へのフォローを含めたボーウッドの分析に、...
帽子をもみつつ彼のついたため息は、砲煙まじりの潮風にた...
「いや……どうであれ、わが艦隊の首脳がミスを犯したのはもう...
では貴公のすすめにしたがって、機会がありしだい戦場から...
あまり遠くまで航行するのはまずい、われわれの後方につい...
「どこでもいいから、魔法断絶圏の外の海域を目指せばよいで...
ひとたび風石が使えるようになれば、それが尽きないかぎり...
反乱軍の船は、魔法断絶圏にふくまれた海域からけっして出...
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トリステイン宮廷でひらかれる騒乱評議会。
その席上における報告は、今日もまた出席者たちの心の安寧...
当初はさほど重くみられていなかった都市民の武装蜂起は、...
王宮の会議室で宰相マザリーニが読みあげている報告書は、...
「……以上が、レドウタブール号の艦長はじめ数艦からとりあえ...
こちらの被害はさんざんだ。主力の戦列艦にかぎっても、拿...
それほど大きな損傷がなく、ひきつづき使える戦列艦は十四...
序盤の被害がもっとも痛手だった。沈没四隻のうち三隻まで...
「中型の武装商船四十隻ばかりで出てきた敵の被害も、十隻く...
空海軍は追いかえされた。一言でいうと大敗だ」
マザリーニはやや乱暴に報告書の束を投げだした。
テーブルの向こう側にすわる財務卿のデムリが、渋い表情と...
(財務卿が言葉をうしなうのも無理からぬことだ。
大型艦の数にまさる側が勝つのが海戦の常識であったはずだ...
七十四門砲の戦列艦一隻がどれだけの値になるかを思うと、...
が、そんな場合ではない。
反乱地域からはさらに憂うべき知らせが届いていた。今度は...
「つぎは陸上での反乱軍の報告書だ。列席したおのおのにはぜ...
この規模の軍としては異常に速い。一日に十数リーグ、とき...
五千をかぞえる反乱軍は、王政府に見せつけるように大手を...
大河、河口周辺地域において水路を活用しつつ。「魔法断絶...
抵抗の意志をしめそうとする地元の領主たちはもちろんいた...
「魔法が無いうちは、地元貴族たちの正面からの抵抗は無駄だ...
各地で二、三百の兵を組織するのはいいが、連携した行動を...
忌々しかった。
マザリーニの当初の予想以上に、反乱軍――河川都市連合の「...
信じがたいことだが、同数で魔法なしという状況下において...
評議会の列席者たちも、反乱勃発当時の相手を見くびる態度...
「これまで反乱軍とぶつかった貴族側で、生きて逃げのびた兵...
兵力差があったとはいえ、勝ちつづける反乱軍は毎回ほとん...
貴族側をただ負かして追い散らすのではなく、たくみに包囲...
「ああ。つまり、指揮官の指示にあわせて臨機応変に陣形をか...
報告には、反乱軍は戦場でも足並みをそろえて行進できると...
「兵器においても、すくなくとも砲に関しては優良品を多数そ...
……あのあたりの都市は武器の市場でもありましたからねえ」
「諸君はなにをしている! 『反乱軍は意外に強固な武力をも...
このままむざむざと、魔法の使えぬ地域に取りのこされた領...
はやく助けに行かねば、王政府に向けられる不信の目はどん...
「わからん人だのう、怒って焦ってもそれこそどうにもなるま...
反乱軍は数千の兵をもって、数百規模の地元領主の軍を迅速...
われわれは数万とはいかなくとも、せめて反乱軍に倍する精...
「いや、あまり準備に時間をかけていてもまずいのでは? 反...
それよりこれ以上、後手にまわらないようにするべきです。
用意の終わった軍の先遣部隊をいますぐに発して、街道沿い...
今はまだ、反乱軍はおもに大河の東がわで騒いでいます。で...
「待て、反乱地域に倉庫がまだ手つかずで残されている? そ...
倉庫をおさえようと焦って小規模の部隊を出していったら、...
いっそ反乱地域にのこった倉庫は火をはなって焼いてしまえ...
「ばかをいいなさい、国内各地の倉庫に平時からたくわえてき...
単にけちっているわけではありません、現地でこれを一つ確...
焼いてしまうよりはまだ、地元の民に倉庫の中身を与えるほ...
「だから、それだけの物資を先に反乱軍に押さえられたら逆効...
お前みたいなやつの意見のせいでぐずぐずしているうちに、...
「だから早く、編成の終わった軍からすぐに進発させて要所を...
「だからそれは兵力の小出し投入という愚行だというのに! ...
つばの飛ばしあいじみた熱のはいった議論を聞きながしなが...
(……それにしても、河川都市連合の経済力はやはり馬鹿にならな...
これはトリステインの河川都市だけではないな、大河上流の...
そこらの貴族が勝てないのはあたりまえか)
いかに領主級の貴族が裕福でも、槍や銃をもった兵にくわえ...
国家つまり王政府と、ブリミル教会と、その陰でハルケギニ...
しかし平民が主体である都市は、前二者にくらべて取るにた...
これまでは貧しい下級貴族の集団でさえも、裕福な一部の平...
資金力の差という道理に反することができたのはすべて、魔...
その魔法が消えた。同時にメイジの戦士としての優越と威厳...
(この内戦では、金が戦争を決定する唯一の力になってしまった)
だというのに困ったことに、王政府の国庫は底がみえだして...
河川都市からの莫大な税収が絶えたのも、ゲルマニア方面と...
(やるのなら、やはり「最短」を心がけるしかないな)
マザリーニはあらためて自分のうちでそう確認せざるをえな...
順序でいえば、まず王都から発した王軍を、なんとか反乱地...
つぎに手にいれた水路を活用して物資を輸送しつつ、反乱勢...
反乱の中核都市トライェクトゥムを威圧するなりなんなりし...
最短距離を進軍し、可能な最短の期間で決着をつける。補給...
王道、というより常道だった。
そして単純明快すぎて、敵にも完全に読まれてしまうのが難...
(しかし、魔法および空路の使用不能、そしてこの苦しい財政と...
……王軍が進軍するだけで反乱勢が白旗をかかげ、演技でいい...
もちろん、それは都合のいい夢でしかないだろう。
テーブルに前かがみになり、あごの下で手を組み合わせて沈...
「……少人数で果敢な抵抗をつづけている貴族がいる? それは...
「先代のガヴローシュ侯爵、いまではガヴローシュ家の唯一の...
「ああ、あの隠居していた老人か。諸侯軍をひきいていて最初...
くわしいところを聞こうではないかね」
「単純な事情だ。復讐心が老公をかりたてている。
諸侯軍をひきいていた息子のガヴローシュ侯爵が殺され、侯...
そのあと、あの老人はわずかに残った家臣と領民兵をひきつ...
だが今のところ、反乱軍の神経をいらだたせる程度にしか成...
「やれやれ、やりきれんなあ。あのご隠居は、孫を溺愛するだ...
まったくやりきれない。耳をそばだてて話を聞きながら、マ...
こういう話は貴族たちの義憤をかきたて、軍事衝突以外の可...
陸戦のまえに対話のみでの早期講和という、内乱をおさめる...
ふと宰相は、上座のアンリエッタの様子をうかがった。
憔悴した表情でずっと沈黙している女王は、青い瞳にかげり...
感情のゆたかな彼女は痛ましさと怒り、それに女王としての...
(……今回の反乱はご自分に責任があると思っておられるのは知っ...
アンリエッタを気にかけながらも、マザリーニは立ちあがり...
「軍の小出しはしない。河川都市連合の鼻先にでていく王軍は...
市民軍――反乱勢のもつ野戦のための軍――を一刻もはやく消し...
泣きたいことに空海軍が失敗してしまった以上、王政府があ...
陸戦で完勝すれば逆転はかなう。
市民軍を完璧に打ち破ってしまえば、王軍は都市周辺の土地...
そして野戦のための市民軍がいったん消滅してしまえば、都...
「さいわいにして王軍の編成はあと数日で完了する。
そのあと、なによりも真っ先にぶつからねばならない壁があ...
王都から反乱地域につながる東への要路には、都市連合のひ...
テーブルにひろげた地図の、ある一点を杖でしめす。魔法断...
マザリーニは結論のため言葉を強めた。
「まずこの都市、ガンをどうにかすることを考えよう。門番に...
…………………………
………………
……
評議会の解散ののち。
王宮の廊下でマザリーニの数歩先をあゆむアンリエッタが、...
「財務卿から聞きました。ものの値段が急速に上がって、トリ...
「はい、陛下。
ゲルマニア方面との流通路が断たれ、ガリア方面の経路のみ...
緊急措置としてガリア方面での関税を大きく引きさげました...
「しかたがないわ。
どうにかパンの値だけでもおさえなくては……民を飢えさせて...
「しかり。飢えれば暴動が起こりやすくなります。王都での暴...
まあ当然ですが物価が上がったことで、市民の多くは今回の...
民のあつまるところにひそかに調査員を送りましたが『王家...
つかずはなれず歩きながら、女王と宰相は言葉をかわしてい...
いちばん重要な論議は、まずふたりきりで行われるのが常だ...
護衛としてつきしたがうアニエスはけっして口をはさまず、...
アンリエッタの口から憂わしげなぼやきがすべり出た。
「王政府がはじめた戦のように民草はおもっているのかしら……
まず武力をつかって罪のない人々に被害をふりまいたのは河...
貴族ははやく戦って河川都市を罰しろとせまり、平民はいま...
分裂した国論がまとまるのは、ぐずぐず軍を編成中の王政府...
その女王の愚痴をうけて、マザリーニの瞳がふいに冷たい理...
「陛下、その諸侯のことですが、反乱地域にのこった諸侯から...
決起した貴族が叩かれたあとは、反乱軍に目をつけられるこ...
その話になったとたん、アンリエッタの歩みがいっしゅん止...
「……しかたありませんわ。王政府のいまの体たらくでは、諸侯...
こちらの空海軍が勝っていれば、諸侯はよろこんで王政府ば...
わたくしたちが頼りないから、反乱軍の威勢をおそれて声を...
なにかが話題にのぼるのを怖れて逃げるかのように、女王は...
その背をじっとみつめて、マザリーニはふくみある口調で言...
「そうですな。恐怖なき徳は無力なり、と申しますから。
王軍が到着するまでは、あの地域にあってより強い恐怖――す...
ましてトリステイン貴族の筆頭家門ですら動かないとあれば...
言葉の最後をきいたとき、女王の動揺の気配はほかの二人に...
容赦というものを廃し、宰相は告げた。
「ラ・ヴァリエール家のことですぞ、陛下。今日はそれについ...
かの公爵の態度はただの領主としてはともかく、トリステイ...
「……無理もないのよ。
ラ・ヴァリエール公爵が動かないのは無理もないの」
苦しげにアンリエッタは、親友の父親への擁護を口にした。
「ラ・ヴァリエール領は反乱地域とゲルマニア国境にはさまれ...
魔法断絶圏に入ってしまったのは領地の半分だけれど、へた...
「まあ、それはそのとおりです。
反乱軍は狡猾ですな、当初からラ・ヴァリエール領にはあえ...
裏をかえせば、公爵には反乱軍にたいして兵をあげる直接の...
公爵にとっても願ったりでしょうかな。最後までわれ関せず...
「っ……」
「『わが領民は兵にださぬ。さきのレコンキスタとの戦はまだ...
下々の者たちや王宮の口さがない者は、そう言ってのけた人...
「枢機卿!」
アンリエッタは回廊の途中でついに振りむき、影に徹してい...
「反乱勢の手の者たちが街角にまぎれこんで王政府への中傷や...
そのあなたが、うわさ話を真に受けるのですか!」
「落ちついてください、陛下。そのまま信じているわけではあ...
ですが現状を考えるにあたって、頭ごなしにすべての可能性...
反乱軍に大河上空を制されてしまって通信に手間のかかる状...
ラ・ヴァリエール公爵がいつまでも沈黙しているのは、自領...
「いずれにせよ、彼の沈黙自体が王政府にとってはすでに問...
「先ほど言ったように『ラ・ヴァリエール家のような大貴族の...
王政府と各地の領主たちの間にはいまや、つけこまれてしま...
どのような心づもりにせよ公爵の態度は、反乱勢の意図を助...
女王はすぐには答えなかった。
ややあって歩きだし、すぐそこにあった部屋のドアノブに手...
とくに使われてはいないようだが、掃除のいきとどいた明る...
椅子にぐったり沈みこむように着席してから、ひそめた声で...
「あなたの言いたいことはわかっていますわ。ほんとうは、わ...
あなたはよくやってくれているのに、声を荒げたりしてすみ...
憂鬱そうに言い、それから彼女は敢然と顔をあげた。
「枢機卿、あなたの言うとおり、ラ・ヴァリエール公爵が今回...
かれは、反乱勢によって流されたあの情報、『この反乱は王...
けれどそれは誤解だし、それをわかってもらわなければ。わ...
そこまで言ってから、ふと宙をみつめ、亡羊とアンリエッタ...
「さいわいなことに、王政府とラ・ヴァリエール家の橋渡し役...
マザリーニはそれがだれか訊かなかった。訊くまでもなかっ...
大貴族ラ・ヴァリエール家の三女であり、女王の友人でもある...
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河川都市連合の盟主、トリステイン都市トライェクトゥム。
その市庁舎の大会議室。この都市をささえる者たちが、平民...
戦略を決定するための会議が進捗しているのだった。
知るかぎりの情報をもちよって真剣に議論をたたかわせ、怒...
多くの声による混沌のなかで、トリステイン王宮の〈騒乱評...
眠っているかのような半眼で座り、耳に入ってくる会話のす...
(振りかえってみれば、こんな遠くまでよく来たものだ)
かれはそこそこ余裕のある商家の四男だった。文字を覚える...
文庫本になって大量に出版されているならともかく、専門書...
そこで親は四男を修道院に入れてくれたのだった。
親からたっぷり喜捨をうけとった修道士たちは、雑用をつと...
法学、歴史、数学、論理学……あのころは古今の名著をむさぼ...
昼間の労役のため眠気はきつかった。かびとほこりに満ちた...
だがある日、「あいつ、法曹家でもめざす気だろうか。トリ...
もちろんそんなことは知っていたが、平民と貴族のあいだに...
以降、それを頭から完全においはらうことはできなくなった。
――貴族の子女しか通えない学院の図書室にある蔵書は、質量...
多数の本がある環境、または本を買う金。最低限のパン。勉...
(けれど、その壁自体を許せないのではなかったな……)
平民のなかでも裕福な家と貧しい家には差があるように、貴...
だが、努力をすれば壁を越えられるのならともかく、その壁...
トリステインで学問をこころざした平民の子は、どれだけ才...
そのようにできあがったこの世界の理を完全に理解したとき...
反乱を起こしたことにはいくつもの理由があった――けれど奥...
そこまで思いをいたしたときに、ベルナール・ギィは呼びか...
いつのまにか周囲の席は静まりかえり、かれの発言を期待す...
かれは立ち上がり、今日述べるつもりであったことを話しだ...
「王政府の力は大空にある」
その最初のひとことだけでは、列席者は何のことかよくわか...
かまわずベルナール・ギィは「軍事力という面で、かれらが...
そして、すぐさまその答えをだすかたちで、最初の言葉を説...
「それは魔法による直接の戦闘力の差だけではない。より広い...
多くの砲をつんだ空海軍の大船団をととのえ、空を自在に横...
平民も風石でうごく空のフネをあつかうことはできるが、メ...
いざとなれば風魔法である程度はフネを浮かせられる貴族と...
また風石は買わねばならない。帆をはるだけの水上航行なら...
したがって、重く、多少時間をかけてもかまわない商品は、...
「空路によって、彼らは大軍をすばやく戦場に集結させられる...
本来なら彼らはわれわれの軍を好きな場所で、好きなときに...
空からの砲撃で……陸に降りて攻撃してくるにしても、ずっと...
ところがいまや状況が変わっている」
諸君も知ってのことながら、と彼は述べた。
「ここら一帯の魔法断絶圏内において、風石の力を禁じられた...
つまり一度に運べる物資の量で、コストの安さで、なにより...
これらの条件においては水路をゆく船は、空路のそれには劣...
三十台近くもの荷馬車にわけて運ばねばならない量の物資を...
陸路で使われる馬や竜など輸送用の獣は、大量の食料を必要...
船は食べない。少なくとも水上をゆくかぎり動力を積む必要...
獣は夜をふくめ一日の半分以上の時間、休まねばならない。
船は条件がととのっていれば夜間さえも休みなく進める。
以上のさまざまな優位により、『水路』対『陸路』において...
「翼をうしなって水辺におちれば、猛禽でさえカワカマスに食...
壊れた堤防からながれこんで地をおおった水。都市を育てた...
これらの水は、やがて来る王軍をさえぎってわれわれを守る...
厳粛な面持ちでベルナール・ギィは宣言した。
過剰なほどに修飾された言葉を、かれの賛美歌をおもわせる...
だが、かれ本人はというと限りなく醒めていた。
(そうだ、わたしはここまで来た)
修道院長の推薦で、とある法務官の非公式な秘書をつとめた...
行政にもたずさわって平民からの支持をうけ、先の代表ラ・...
ラ・トゥールを王政府とあえて接近させることで都市民を焦...
いまでは都市連合のまとめ役となり、トリステイン王家に対...
(引きかえせるものか。わたしに退路はなくなっている)
失敗すれば、反逆者のための処刑台が用意されているだけだ。
王政府や貴族層の怒りの程度にもよるが、見せしめとして石...
もう、みずから選んだ血路をどこまでも進むほかない。
「各国の王は貴族をしたがえ、天空に達する力をもってハルケ...
それに一部なりと取って代わり、われわれは都市民のための...
そのためには、われわれは自分たちの力がどこにあるのかを...
それは水だ」
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数日後。王都からでて東へ行く街道。
日光さす午後の路上は、数リーグにわたって人馬でごったが...
一万名をこすトリステイン王軍である。先日トリスタニアで...
「隊長どの、またまともに歩けない兵が出ましたぜ」
大隊長がぽりぽり頭をかきつつギーシュのかたわらに歩み寄...
この男はニコラといい、以前の肩書きは『ド・ヴィヌイーユ...
現在は「新設軍」なる連隊の大隊長の一人であり、新設軍を...
なぜニコラが大隊長などになったかというと、ぽんと一個連...
今回の反乱鎮圧軍の総司令官となった父・グラモン元帥にた...
このくらいしてもいいはずだとギーシュは思っている。なぜ...
「腹痛だそうで。道ばたに捨てときますか」
ニコラの言葉に、ギーシュは馬上で頭をかかえた。
ここは王軍の行軍縦列の最後尾。
歩みののろい補給部隊の守備隊をまかされた(という名目で後...
戦意がないわけではないのだが、それでも体調をくずす者が...
グラモン元帥にひきいられて先をすすむ王軍本隊の傭兵たち...
「またかね? いや、犬猫じゃあるまいしそんなホイホイ捨て...
どうしても歩けそうにないなら、荷馬車の荷台に乗せてはこ...
「お言葉ですがね、荷馬車に乗せてやる新兵はさっきのやつで...
今んとこはほんとに緊張で駄目になったやつばかりですが、...
連中、名実ともに行軍のお荷物ですぜ」
渋い顔をするニコラに、ギーシュは嘆息しつつ擁護してみた。
「しょうがあるまい。まともな訓練期間は数月、これが最初の...
アルビオン戦役時、自分も二ヶ月即席の士官教育をうけただ...
が、そのギーシュを教導した本人のニコラは、肩をすくめて...
「そうそう、それですよ。この新設軍ときたら九割がたが民間...
女王陛下もなんでこんな役立たずの部隊を戦に出すんだか。
いままでどおり自分ら傭兵をあつめた軍でよかったでしょ、...
「そんなこと言ったってもう作っちゃった軍だし。肝心の戦で...
「そりゃ違いありませんやね。まあ、お偉いさんがたの決定に...
平民の志願者で構成されたこの新設軍に対するニコラの評価...
しかしニコラのこきおろす「新兵ばかりのヘボ連隊」をあず...
「ところで話は変わりますが」
「ん?」
「どっちの『隊長』でお呼びしましょうかね。近衛隊長と連隊...
前の戦争んときはぼっちゃんのことは中隊長どのって呼ばせ...
そういえば、自分を大隊長に引き立ててもらったことの礼が...
いやあ大隊長なんて普通なら貴族のかたがたの役回りなんで...
「きみの大隊長はいいんだが、ぼくが連隊長というのはねえ……...
そりゃあいずれ新設軍を任されるかもなんて話はされていた...
実をいうと彼にも、自分自身のいまの身分についてはよくわ...
グラモン元帥から希望されたということで、アンリエッタか...
が、立場だけみれば連隊長のそれなのである。自分の下に大...
いくら指揮権は無いにひとしく、いったん戦場に出れば総司...
「心配しなくとも、どうにかなりまさ。お父上の命令どおりに...
「うん……そうだな、なるようになるか。それに出世は出世だし。
うん、考えてみれば一軍を率いる若い将というのはじつに華...
とはいえ結局ポジティブ思考に向かうのは、ギーシュの長所...
「そうそう、ぼくの呼び方だったな。
とりあえず連隊長でも近衛隊長でもきみの好きなほうで呼べ...
……父上の前に出たとき、『近衛隊長どの』と呼ばれるのはち...
近衛隊長である彼の立場の重さは、本来なら元帥の地位にさ...
そうなると父親とは同格にちかくなってしまうのだが、そこ...
そこへきて新設軍を預けられたのは父親の口利きによるもの...
と、「なるほど。グラモン元帥はそういう心積もりですかい...
「なにがだ」
「この軍でさ。王軍というよりグラモン軍ですからな。隊長ど...
ただの身内びいきじゃありませんやね。右翼左翼をひきいる...
軍を総司令官の手足のようにうごかせるってえことです」
グラモン軍。その名称は的を得ていた。
ギーシュの一番上の兄は、グラモン領の兵およびその他の諸...
三番目の兄は、もともと王軍士官であり、父のいる本隊のう...
二番目の兄のみが、空海軍所属のためこの場にはいない。
王軍+諸侯軍。六個連隊の規模を持つこの鎮圧軍は、街道を...
「もちろんそれが大きいだろうけど。実のところ、王軍のどの...
ギーシュは肩をすくめた。
平民の反乱はハルケギニアにおいてきわめて珍しい。支配層...
したがってごくまれに起こる平民の反乱を片付けることなど...
簡単すぎるうえに弱いものいじめとあって、名誉とはみなさ...
だから貴族の武官たちは、鎮圧軍をひきいることに難色をし...
「今回は魔法が使えないから簡単とはいかない。じゅうぶん...
手柄をあげたところで、あとあと競争相手である同僚からは...
女王が命じれば否応もなかっただろうが、アンリエッタが業...
「……だからといって、引退したはずの父上が出てきて奏上しち...
『自分なら、王軍の将のだれにとっても競争相手とはみなさ...
「そりゃ元気なこってすねえ」
「アルビオン遠征に参加したかったって残念がった人だぞ【6...
若手がぐずるのを見かねてしびれを切らしたというより、あ...
「いいじゃないですか。とにかく戦なれしたお人が指揮をとる...
こういっちゃなんですが、引きうける人がいなくて隊長どの...
「……一割ぐらいならいいじゃないか。たった一割だと思えない...
「さらに三割ほどは金を受けとり次第とんずらしようという算...
自分もどんな苦境でも、最初の給料日まではと辛抱したもん...
「きみの給料、反乱が終わってから一括払いでいいかね」
「いやいや冗談です逃げやしませんでしたから」
戦にかかわる諸々のことについて話しあいつつ、あまり緊張...
街道の周囲の畑には大麦や豆などの春蒔きの作物がそだち、...
ほんの数日先には戦があるとは思えないほどの、のどかな光...
だが、かれらが進んでいく先にはまぎれもなく、最初の河川...
この行列はやがて、敵の野戦部隊との遭遇をかんがえた横隊...
マスケット銃兵と火縄銃兵の混成部隊、騎獣に幻獣をふくむ...
総勢、一万一千名。トリステイン王政府はごく短期間で、ど...
メイジが役に立たない戦であろうとも、この規模ならば市民...
激突は確実にせまりつつある。
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白い姫とワルツを〈二・水の国〉 (白い百合の下で4)
トリステインにおいてワインの乱が拡大しているとき、大河...
館の隣をながれる小川のほとりには、黄色い花と青々とした...
初夏のトリステインには珍しくもない田園地帯の風景だった...
その館の庭である。領主は鼻血をだらだら流しながらよろめ...
なぜならかれにとって、その息子以上に危険な敵はいなかっ...
兵たちがうろたえ騒ぐなか、領主へ向けられた長男の声が、...
その皮肉る声の調子といえば、初夏というのに、畜舎横のナ...
「お父上さまよ、幽閉してくれてありがとうよ。
おかげで貴重な青春を四年も浪費しちまったよ。時間を無駄...
その男の手甲には、父親つまり領主の鼻血がついている。
かれは館づきの白い礼拝堂のかたわらに立ち、美々しい騎士...
長男の眉の下からは、家内での対立のすえ次男をあとつぎに...
数年ぶりに甲冑をまとったはずなのに、幽閉中も鍛えていた...
上背のある長男が数歩、歩みよってくる。若々しい足取りに...
ともに鎧を着こみ、ともにこれまでほとんど使ったことのな...
(魔法を使えれば、この場でこいつをまた塔に叩きこ……いや、い...
領主は数十名の兵をあつめて出陣の用意をととのえ、いまま...
かれの弟は、地方領主の持ち物としてはめずらしい幻獣乗り...
だが弟が来るまえに、一生顔を見ないですむはずだったこの...
そしてあいさつがわりに庭で拳をあびたのだった。
「領主だからって、愚行をやろうとして意見をごり押ししたら...
かならず負けるときまった戦いを当主がはじめちゃいかんだ...
幽閉していた塔から長男をときはなった家臣たちは、その背...
鎧を着こんだ父子二人は、対峙し、にらみあった。
が、すぐに領主は骨のくだけた鼻をおさえて体を折り、せき...
それでも領主は、声を血でにごらせながら赤いつばを飛ばし...
「河川都市連合の平民どもは、わが領地を侵したのだ! 兵を...
すでにセリクール伯爵、バッス子爵らこの近隣の貴族たちは...
きさまを連れてきたそこの逆臣どもがなんと言おうとそれは...
「セリクール家もバッス家もこれで破滅するだろうよ。
あんたの言う合流ずみの貴族の軍は、あわせて今まだやっと...
俺ならぜったい出陣しない。死人の軍で重んじられるよりは...
「ば、馬鹿かきさまは、貴族とはさまざまな義務を負い、家門...
だいたい反乱軍をほうっておけば攻められないと思っている...
……もういい、いまさらきさまなどと話す意味はない。兵ども...
ふりむいて叫ぶ領主に、あわてて応えようとその手勢がうご...
長男の後ろにならんだ兵たちから、領主の手勢の兵にむけて...
ひるんだ領主側の兵が動きを止めた。
いつから工作されていたのか、いつのまにか家内が完全に分...
「そこが大まちがいだ。敵対の意思をしめさないかぎり、反乱...
決起した貴族勢力は徹底的に攻めつぶされているが、そっち...
いっぽうで、反乱勢のトップにいる商人どもは、そこらの領...
中立の家まで容赦なく攻めるような、金と時間と労力のむだ...
双方の兵のとりまくなか、長男は嘲笑をうかべて突きつける。
かれと、かれをかつぎだした家臣たちがとなえる出陣反対論...
「これまでを見るかぎり討伐軍を出した家は戦場で滅ぼされ、...
王政府との戦いをひかえたいま、やつらが求めてるのは足元...
だから、こっちはその意をくんでやって、静かにじっとして...
王政府支持を声高に叫ぶにしても、まだ篭城して王軍を待っ...
といっても大砲を相手どって篭城できる城館なんて、持って...
そうと知って、領主のこめかみに太い血管がうきあがった。
「反乱した平民どもに妥協するようなことを……恥を知れ、それ...
きさまの言うとおりになどすれば、王政府はわが家に悪感情...
「忠誠ねえ。それが今日わが家を救うかね? 王政府への弁明...
なあ父上、よく目をあけてものを見ろよ。トリステイン王政...
両者のまともな戦闘があったのは空のみだが、反乱軍は王政...
いくら待っても叔父上が来てないのを不思議に思わなかった...
長男のその言葉に、領主は目を見開き、いっしゅん激痛すら...
「なんだと? きさまラウルを……自分の叔父をどうした……?」
「残念ながら、かれは首の骨を折ってしまった。
頑迷な古い貴族だったとはいえ、ラウル叔父上のことは嫌い...
あんたのような奴に忠義をつらぬかなくてもよかったのにな」
「おまえ、に、肉親殺しにまで手を……ちがう、そんなことがで...
ラウルとその幻獣騎士隊はわが領地の誇りなのだぞ。きさま...
「数騎で追いかけはしたが俺が直接討ったわけじゃない、自滅...
魔法が使えないのを忘れたら危ない、とかれに忠告してやる...
この地では世界が変わったんだよ。戦い方をふくめ何もかも...
長男が命令すると、その兵たちがいくつかの道具を運んでき...
それを見て領主は眉をひそめる。それらの道具を持ってこさ...
拳銃や軽量のハルバードのような鉤型の武具と見えるものは...
疑問は、長男の言葉で氷解した。あるいは衝撃とともに砕か...
「空中戦、騎兵戦における反乱軍の戦術を真似してみた。本格...
おかげでどうにか叔父上の兵に勝てたよ。まあ、あっちが新...
いちばん役にたった道具はけっきょく拳銃かな。投げ網なん...
河川都市連合は、傭兵として竜乗りふくむ幻獣騎兵を雇いい...
この戦場となった一帯、すなわち大河流域の『魔法断絶圏』―...
一般的なトリステイン貴族の感性からすれば。
「いまや、新しい戦い方が空でも展開しているのだよ、父上。
魔法がないため風竜乗りは墜落を恐れる。それと風圧をいな...
むろん遠くからの精度ある魔法攻撃もできない。
そこで、たがいに至近に寄ってから戦う。たいてい勝負は竜...
竜で体当たりし、ブレスを吐く。
鉤状の長得物でひっかけたり、網をかぶせてあるていど自由...
基本的に、数騎で一騎をおいつめる。乗っている人間より、...
竜が死ななくてもいい。痛みで暴れて乗り手を落とせばそれ...
文字どおり野蛮なぶつかりあいだった。洗練された魔法技術...
だがこの「野蛮な戦術」で、数だけそろえたと見られていた...
いまとなっては、この地域の空で王家の百合紋を見ることは...
感心したように長男は幾度もうなずいた。
「まったく、反乱軍もいろいろ考えたものだ。王政府の空軍も...
話を戻すが、いまここら一帯でずばぬけて強い勢力は反乱軍...
臆病者だの日和見主義だの呼ばれようとも、俺たちみたいな...
時勢の見えないあんたじゃ家を滅ぼすだけだ、だから俺が代...
古く穏やかな世にかわって、新しい世がおとずれている。血...
それに適応していくのは、この息子のような下劣でも狡猾さ...
それでも領主は、歯ぎしりしつつ長男に罵声をあびせた。今...
「簒奪者!」
この国の大混乱のなかで個人的な復讐を達成したかれの長男―...
「違うだろ? 四年前、不当にあんたがとりあげた俺の生来の...
現在のところ、ワインの乱なるこの嵐は、小勢力にとってや...
とりあえず、隠居先として俺のいた塔にでも入ってもらおう...
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河口海域。
霧たちこめる早朝、暗い海は鳴動していた。黒い波のうえに...
トリステイン空海軍の戦列艦、『レドウタブール号』。甲板...
海上を自在にかけめぐる敵船から飛来する砲弾のため、この...
「ばかやろう船体を半端に回転させるな、やるなら反乱軍にき...
……いや、いや、そっちのほうだと弾が味方の艦に当たる……!...
「艦をもどせ、いまの揺れはあぶない、船底になにか当たって...
空にも注意しろ、船首のほうからまた敵の竜騎士が近づいて...
「火災が発生しました、火薬庫からは離れていますがバケツが...
至急人員をまわしてください!」
銃と砲の轟音に負けないため、水兵たちは大声で指示と報告...
彼らの声を聞きながら、『レドウタブール』号の艦長は霧の...
正面からしぶき混じりの風にあおられ、目を細める。
(やつらの艦は中型の武装商船がほとんどだ。乗っているのは貿...
にもかかわらず、なぜこうなった)
敗勢が濃いのは、信じられないことにこちら側だった。
彼の視線のさきでは、反乱を起こした河川都市連合軍の『水...
『水乞食』はこの大河河口沖で、王政府の艦隊を待ちうけて...
船団が縦ならびの行列となって海上につらなった、[縦陣]と...
その敵船団にぶつかったトリステイン空海軍艦隊は、突撃に...
各船が横にならんでへさきをそろえた「横陣」をくんで、敵...
だが、風石の助けなしでは、帆船艦隊は風上にまっすぐ向か...
そうなると各艦の足並みはそろわない。突撃前こそかろうじ...
連絡のための魔法なしで細かい連携がとれず、たがいの衝突...
風の抵抗をくらって、ばらばらに切り返しを行いつつのたの...
それでも、そのままであったならばどうにか接近して乱戦に...
……そうはならなかった。突撃をはばんだのは海中の大量の障...
河口沖合いである。流されてきた土砂が広範囲につもって急...
廃船に石をつめこんで沈めたものか、塔型の石柱あたりかは...
空海軍の突撃は鎖にせきとめられ、不運な数隻が底をやぶら...
総じて喫水の浅い敵艦隊は、こちらに比べて、海中の障害物...
敵も味方も、最初の陣形がくずれている点では同じだが、現...
「罠にひっかかって崩された」と「相手の失態に最大限につ...
いま、『レドウタブール』号はじめ何隻かの戦列艦は、密集...
海中で壁をつくっている障害物だか岩礁だかにおしつけられ...
なにしろ集中してくる敵の砲弾におびえながらも、まず味方...
しかし、彼らよりもっと笑えない状況にあるのは、密集の外...
糸のほつれた部分のように陣から離れてしまったところを、...
一隻あたりの大きさと砲門数、乗員数ではまさる空海軍の戦...
砲弾に帆を破られたり舵を壊されたりすれば海上で自由に動...
視界がよくないためはっきりとはわからないが、三十隻のト...
「なんたるざまを……」
この状況をじかに見るため甲板に出てきた艦長は、そのよう...
この『レドウタブール』号ほか周囲の艦は、このあいだのア...
それが。
「今になって平民の反乱などに手を焼くとは……」
「手を焼く!? たった今は殺されかかっておりますよ!
砲弾が平民と貴族を見分けますか!? 危険ですから下に戻っ...
艦長のぼやきに対し、間近でいささか以上に礼を失した怒鳴...
周囲に同じく青ざめた数名の士官を引きつれている。
艦長は怒鳴り返した。
「甲板で指揮する、信号がなにも届かんなら自分の目で見る!
ここでさえ視界はひどいが、船室にいるよりはるかにましだ...
「状況確認はわたしがします! とにかく下へ!」
「そっちこそ下にいろ、君にはわたしが指揮できなくなったと...
船尾甲板の船べりに砲弾が着弾した。その衝撃が彼らの言い...
木でできた船体の破片が飛びちって周囲の人体に刺さり、恐...
中央マストに上がっていた水兵が揺れで滑落し、甲板に背か...
とっさにうずくまっていた艦長と副長は、海戦の喧騒のなか...
「下層砲門を開け、もっと撃ちかえせ! 砲門はわれわれの艦...
「レドウタブール号の砲門はすでにすべて開かせております!
ですがごちゃごちゃと固まってもつれたこの艦隊の現状では...
「ちくしょうめ、やはりさっさと陣形をたてなおさねばどうに...
「魔法によるものならどんな信号も来ませんし、旗については...
さっき閣下が『信号が何も』とご自分で言われたでしょうに...
艦隊運動の信号や指示がすべて魔法であったわけではない。...
だが、天候と時刻によって視界は最悪であり……訓練してきた...
喧嘩しているかと思えるほどの剣幕で声をはりあげる二人の...
「向こうの多くの船は海上にしてはすばやく動きまわっていま...
船が小さく、喫水が浅いつくりということもあるのでしょう...
「当然だ、連中は日々ここいらの海域を船でかけめぐっていた...
船の喫水が浅いのだって、この辺りの海が遠浅なのに合わせ...
吐き捨ててからその人物が誰かに気づき、レドウタブール号...
「ああ、これはヘンリー卿……見苦しいところをお見せしました」
元アルビオン空軍の艦長であったサー・ヘンリー・ボーウッ...
そのまま、レドウタブール号の客分あつかいを受け、顧問と...
もと敵国人のかれに対し、トリステイン軍内に多少のわだか...
「ヘンリー卿、あなたならどうしますか、この状況で」
副長とおなじくやや落ち着きをえた艦長が、客将にアドバイ...
「この河口海域での戦闘は、こっちにとって地の利がなさすぎ...
連中はただでさえ船足が速いうえ、船の喫水が浅いのと海中...
さらに相手の艦隊は砲の数こそすくないですが、最新式の砲...
こちらは出ばなを完全にくじかれました。密集がほどけしだ...
つまり、逃げる。
ボーウッドの提言を聞いて、艦長の顔がレモンにかぶりつい...
副長のほうも似たり寄ったりだが、こちらは「やむをえない...
艦長は帽子をとって手のなかでくしゃっとつぶし、煮え切ら...
「そうだな……それが妥当であろうが……」
「閣下、平民の船団から逃げるというのは苦痛かもしれません...
いま残っている戦力がそっくり離脱できたなら、隊形をとと...
「そうです閣下、そもそも旗艦の首脳陣がこの戦闘を決定した...
完全な風上をとっている敵にむけて横列突撃! こんな愚策...
ここでとつぜん副長が、ボーウッドの意見に追随しはじめた。
説得というより、開きなおったように憤然と開戦判断をこき...
「き、きみ、言葉が少々過激にすぎやせんか……」
艦隊首脳部に腹のすえかねた態の副長と、それにややたじた...
「教科書どおりならこちらも緻密な一列縦陣で向かい合うべき...
そうしなかったのは通信が劣悪な状況のため、こまかく連携...
通例は大型船の数にまさる側が勝ちをおさめるのが海戦です...
トリステイン軍へのフォローを含めたボーウッドの分析に、...
帽子をもみつつ彼のついたため息は、砲煙まじりの潮風にた...
「いや……どうであれ、わが艦隊の首脳がミスを犯したのはもう...
では貴公のすすめにしたがって、機会がありしだい戦場から...
あまり遠くまで航行するのはまずい、われわれの後方につい...
「どこでもいいから、魔法断絶圏の外の海域を目指せばよいで...
ひとたび風石が使えるようになれば、それが尽きないかぎり...
反乱軍の船は、魔法断絶圏にふくまれた海域からけっして出...
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トリステイン宮廷でひらかれる騒乱評議会。
その席上における報告は、今日もまた出席者たちの心の安寧...
当初はさほど重くみられていなかった都市民の武装蜂起は、...
王宮の会議室で宰相マザリーニが読みあげている報告書は、...
「……以上が、レドウタブール号の艦長はじめ数艦からとりあえ...
こちらの被害はさんざんだ。主力の戦列艦にかぎっても、拿...
それほど大きな損傷がなく、ひきつづき使える戦列艦は十四...
序盤の被害がもっとも痛手だった。沈没四隻のうち三隻まで...
「中型の武装商船四十隻ばかりで出てきた敵の被害も、十隻く...
空海軍は追いかえされた。一言でいうと大敗だ」
マザリーニはやや乱暴に報告書の束を投げだした。
テーブルの向こう側にすわる財務卿のデムリが、渋い表情と...
(財務卿が言葉をうしなうのも無理からぬことだ。
大型艦の数にまさる側が勝つのが海戦の常識であったはずだ...
七十四門砲の戦列艦一隻がどれだけの値になるかを思うと、...
が、そんな場合ではない。
反乱地域からはさらに憂うべき知らせが届いていた。今度は...
「つぎは陸上での反乱軍の報告書だ。列席したおのおのにはぜ...
この規模の軍としては異常に速い。一日に十数リーグ、とき...
五千をかぞえる反乱軍は、王政府に見せつけるように大手を...
大河、河口周辺地域において水路を活用しつつ。「魔法断絶...
抵抗の意志をしめそうとする地元の領主たちはもちろんいた...
「魔法が無いうちは、地元貴族たちの正面からの抵抗は無駄だ...
各地で二、三百の兵を組織するのはいいが、連携した行動を...
忌々しかった。
マザリーニの当初の予想以上に、反乱軍――河川都市連合の「...
信じがたいことだが、同数で魔法なしという状況下において...
評議会の列席者たちも、反乱勃発当時の相手を見くびる態度...
「これまで反乱軍とぶつかった貴族側で、生きて逃げのびた兵...
兵力差があったとはいえ、勝ちつづける反乱軍は毎回ほとん...
貴族側をただ負かして追い散らすのではなく、たくみに包囲...
「ああ。つまり、指揮官の指示にあわせて臨機応変に陣形をか...
報告には、反乱軍は戦場でも足並みをそろえて行進できると...
「兵器においても、すくなくとも砲に関しては優良品を多数そ...
……あのあたりの都市は武器の市場でもありましたからねえ」
「諸君はなにをしている! 『反乱軍は意外に強固な武力をも...
このままむざむざと、魔法の使えぬ地域に取りのこされた領...
はやく助けに行かねば、王政府に向けられる不信の目はどん...
「わからん人だのう、怒って焦ってもそれこそどうにもなるま...
反乱軍は数千の兵をもって、数百規模の地元領主の軍を迅速...
われわれは数万とはいかなくとも、せめて反乱軍に倍する精...
「いや、あまり準備に時間をかけていてもまずいのでは? 反...
それよりこれ以上、後手にまわらないようにするべきです。
用意の終わった軍の先遣部隊をいますぐに発して、街道沿い...
今はまだ、反乱軍はおもに大河の東がわで騒いでいます。で...
「待て、反乱地域に倉庫がまだ手つかずで残されている? そ...
倉庫をおさえようと焦って小規模の部隊を出していったら、...
いっそ反乱地域にのこった倉庫は火をはなって焼いてしまえ...
「ばかをいいなさい、国内各地の倉庫に平時からたくわえてき...
単にけちっているわけではありません、現地でこれを一つ確...
焼いてしまうよりはまだ、地元の民に倉庫の中身を与えるほ...
「だから、それだけの物資を先に反乱軍に押さえられたら逆効...
お前みたいなやつの意見のせいでぐずぐずしているうちに、...
「だから早く、編成の終わった軍からすぐに進発させて要所を...
「だからそれは兵力の小出し投入という愚行だというのに! ...
つばの飛ばしあいじみた熱のはいった議論を聞きながしなが...
(……それにしても、河川都市連合の経済力はやはり馬鹿にならな...
これはトリステインの河川都市だけではないな、大河上流の...
そこらの貴族が勝てないのはあたりまえか)
いかに領主級の貴族が裕福でも、槍や銃をもった兵にくわえ...
国家つまり王政府と、ブリミル教会と、その陰でハルケギニ...
しかし平民が主体である都市は、前二者にくらべて取るにた...
これまでは貧しい下級貴族の集団でさえも、裕福な一部の平...
資金力の差という道理に反することができたのはすべて、魔...
その魔法が消えた。同時にメイジの戦士としての優越と威厳...
(この内戦では、金が戦争を決定する唯一の力になってしまった)
だというのに困ったことに、王政府の国庫は底がみえだして...
河川都市からの莫大な税収が絶えたのも、ゲルマニア方面と...
(やるのなら、やはり「最短」を心がけるしかないな)
マザリーニはあらためて自分のうちでそう確認せざるをえな...
順序でいえば、まず王都から発した王軍を、なんとか反乱地...
つぎに手にいれた水路を活用して物資を輸送しつつ、反乱勢...
反乱の中核都市トライェクトゥムを威圧するなりなんなりし...
最短距離を進軍し、可能な最短の期間で決着をつける。補給...
王道、というより常道だった。
そして単純明快すぎて、敵にも完全に読まれてしまうのが難...
(しかし、魔法および空路の使用不能、そしてこの苦しい財政と...
……王軍が進軍するだけで反乱勢が白旗をかかげ、演技でいい...
もちろん、それは都合のいい夢でしかないだろう。
テーブルに前かがみになり、あごの下で手を組み合わせて沈...
「……少人数で果敢な抵抗をつづけている貴族がいる? それは...
「先代のガヴローシュ侯爵、いまではガヴローシュ家の唯一の...
「ああ、あの隠居していた老人か。諸侯軍をひきいていて最初...
くわしいところを聞こうではないかね」
「単純な事情だ。復讐心が老公をかりたてている。
諸侯軍をひきいていた息子のガヴローシュ侯爵が殺され、侯...
そのあと、あの老人はわずかに残った家臣と領民兵をひきつ...
だが今のところ、反乱軍の神経をいらだたせる程度にしか成...
「やれやれ、やりきれんなあ。あのご隠居は、孫を溺愛するだ...
まったくやりきれない。耳をそばだてて話を聞きながら、マ...
こういう話は貴族たちの義憤をかきたて、軍事衝突以外の可...
陸戦のまえに対話のみでの早期講和という、内乱をおさめる...
ふと宰相は、上座のアンリエッタの様子をうかがった。
憔悴した表情でずっと沈黙している女王は、青い瞳にかげり...
感情のゆたかな彼女は痛ましさと怒り、それに女王としての...
(……今回の反乱はご自分に責任があると思っておられるのは知っ...
アンリエッタを気にかけながらも、マザリーニは立ちあがり...
「軍の小出しはしない。河川都市連合の鼻先にでていく王軍は...
市民軍――反乱勢のもつ野戦のための軍――を一刻もはやく消し...
泣きたいことに空海軍が失敗してしまった以上、王政府があ...
陸戦で完勝すれば逆転はかなう。
市民軍を完璧に打ち破ってしまえば、王軍は都市周辺の土地...
そして野戦のための市民軍がいったん消滅してしまえば、都...
「さいわいにして王軍の編成はあと数日で完了する。
そのあと、なによりも真っ先にぶつからねばならない壁があ...
王都から反乱地域につながる東への要路には、都市連合のひ...
テーブルにひろげた地図の、ある一点を杖でしめす。魔法断...
マザリーニは結論のため言葉を強めた。
「まずこの都市、ガンをどうにかすることを考えよう。門番に...
…………………………
………………
……
評議会の解散ののち。
王宮の廊下でマザリーニの数歩先をあゆむアンリエッタが、...
「財務卿から聞きました。ものの値段が急速に上がって、トリ...
「はい、陛下。
ゲルマニア方面との流通路が断たれ、ガリア方面の経路のみ...
緊急措置としてガリア方面での関税を大きく引きさげました...
「しかたがないわ。
どうにかパンの値だけでもおさえなくては……民を飢えさせて...
「しかり。飢えれば暴動が起こりやすくなります。王都での暴...
まあ当然ですが物価が上がったことで、市民の多くは今回の...
民のあつまるところにひそかに調査員を送りましたが『王家...
つかずはなれず歩きながら、女王と宰相は言葉をかわしてい...
いちばん重要な論議は、まずふたりきりで行われるのが常だ...
護衛としてつきしたがうアニエスはけっして口をはさまず、...
アンリエッタの口から憂わしげなぼやきがすべり出た。
「王政府がはじめた戦のように民草はおもっているのかしら……
まず武力をつかって罪のない人々に被害をふりまいたのは河...
貴族ははやく戦って河川都市を罰しろとせまり、平民はいま...
分裂した国論がまとまるのは、ぐずぐず軍を編成中の王政府...
その女王の愚痴をうけて、マザリーニの瞳がふいに冷たい理...
「陛下、その諸侯のことですが、反乱地域にのこった諸侯から...
決起した貴族が叩かれたあとは、反乱軍に目をつけられるこ...
その話になったとたん、アンリエッタの歩みがいっしゅん止...
「……しかたありませんわ。王政府のいまの体たらくでは、諸侯...
こちらの空海軍が勝っていれば、諸侯はよろこんで王政府ば...
わたくしたちが頼りないから、反乱軍の威勢をおそれて声を...
なにかが話題にのぼるのを怖れて逃げるかのように、女王は...
その背をじっとみつめて、マザリーニはふくみある口調で言...
「そうですな。恐怖なき徳は無力なり、と申しますから。
王軍が到着するまでは、あの地域にあってより強い恐怖――す...
ましてトリステイン貴族の筆頭家門ですら動かないとあれば...
言葉の最後をきいたとき、女王の動揺の気配はほかの二人に...
容赦というものを廃し、宰相は告げた。
「ラ・ヴァリエール家のことですぞ、陛下。今日はそれについ...
かの公爵の態度はただの領主としてはともかく、トリステイ...
「……無理もないのよ。
ラ・ヴァリエール公爵が動かないのは無理もないの」
苦しげにアンリエッタは、親友の父親への擁護を口にした。
「ラ・ヴァリエール領は反乱地域とゲルマニア国境にはさまれ...
魔法断絶圏に入ってしまったのは領地の半分だけれど、へた...
「まあ、それはそのとおりです。
反乱軍は狡猾ですな、当初からラ・ヴァリエール領にはあえ...
裏をかえせば、公爵には反乱軍にたいして兵をあげる直接の...
公爵にとっても願ったりでしょうかな。最後までわれ関せず...
「っ……」
「『わが領民は兵にださぬ。さきのレコンキスタとの戦はまだ...
下々の者たちや王宮の口さがない者は、そう言ってのけた人...
「枢機卿!」
アンリエッタは回廊の途中でついに振りむき、影に徹してい...
「反乱勢の手の者たちが街角にまぎれこんで王政府への中傷や...
そのあなたが、うわさ話を真に受けるのですか!」
「落ちついてください、陛下。そのまま信じているわけではあ...
ですが現状を考えるにあたって、頭ごなしにすべての可能性...
反乱軍に大河上空を制されてしまって通信に手間のかかる状...
ラ・ヴァリエール公爵がいつまでも沈黙しているのは、自領...
「いずれにせよ、彼の沈黙自体が王政府にとってはすでに問...
「先ほど言ったように『ラ・ヴァリエール家のような大貴族の...
王政府と各地の領主たちの間にはいまや、つけこまれてしま...
どのような心づもりにせよ公爵の態度は、反乱勢の意図を助...
女王はすぐには答えなかった。
ややあって歩きだし、すぐそこにあった部屋のドアノブに手...
とくに使われてはいないようだが、掃除のいきとどいた明る...
椅子にぐったり沈みこむように着席してから、ひそめた声で...
「あなたの言いたいことはわかっていますわ。ほんとうは、わ...
あなたはよくやってくれているのに、声を荒げたりしてすみ...
憂鬱そうに言い、それから彼女は敢然と顔をあげた。
「枢機卿、あなたの言うとおり、ラ・ヴァリエール公爵が今回...
かれは、反乱勢によって流されたあの情報、『この反乱は王...
けれどそれは誤解だし、それをわかってもらわなければ。わ...
そこまで言ってから、ふと宙をみつめ、亡羊とアンリエッタ...
「さいわいなことに、王政府とラ・ヴァリエール家の橋渡し役...
マザリーニはそれがだれか訊かなかった。訊くまでもなかっ...
大貴族ラ・ヴァリエール家の三女であり、女王の友人でもある...
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河川都市連合の盟主、トリステイン都市トライェクトゥム。
その市庁舎の大会議室。この都市をささえる者たちが、平民...
戦略を決定するための会議が進捗しているのだった。
知るかぎりの情報をもちよって真剣に議論をたたかわせ、怒...
多くの声による混沌のなかで、トリステイン王宮の〈騒乱評...
眠っているかのような半眼で座り、耳に入ってくる会話のす...
(振りかえってみれば、こんな遠くまでよく来たものだ)
かれはそこそこ余裕のある商家の四男だった。文字を覚える...
文庫本になって大量に出版されているならともかく、専門書...
そこで親は四男を修道院に入れてくれたのだった。
親からたっぷり喜捨をうけとった修道士たちは、雑用をつと...
法学、歴史、数学、論理学……あのころは古今の名著をむさぼ...
昼間の労役のため眠気はきつかった。かびとほこりに満ちた...
だがある日、「あいつ、法曹家でもめざす気だろうか。トリ...
もちろんそんなことは知っていたが、平民と貴族のあいだに...
以降、それを頭から完全においはらうことはできなくなった。
――貴族の子女しか通えない学院の図書室にある蔵書は、質量...
多数の本がある環境、または本を買う金。最低限のパン。勉...
(けれど、その壁自体を許せないのではなかったな……)
平民のなかでも裕福な家と貧しい家には差があるように、貴...
だが、努力をすれば壁を越えられるのならともかく、その壁...
トリステインで学問をこころざした平民の子は、どれだけ才...
そのようにできあがったこの世界の理を完全に理解したとき...
反乱を起こしたことにはいくつもの理由があった――けれど奥...
そこまで思いをいたしたときに、ベルナール・ギィは呼びか...
いつのまにか周囲の席は静まりかえり、かれの発言を期待す...
かれは立ち上がり、今日述べるつもりであったことを話しだ...
「王政府の力は大空にある」
その最初のひとことだけでは、列席者は何のことかよくわか...
かまわずベルナール・ギィは「軍事力という面で、かれらが...
そして、すぐさまその答えをだすかたちで、最初の言葉を説...
「それは魔法による直接の戦闘力の差だけではない。より広い...
多くの砲をつんだ空海軍の大船団をととのえ、空を自在に横...
平民も風石でうごく空のフネをあつかうことはできるが、メ...
いざとなれば風魔法である程度はフネを浮かせられる貴族と...
また風石は買わねばならない。帆をはるだけの水上航行なら...
したがって、重く、多少時間をかけてもかまわない商品は、...
「空路によって、彼らは大軍をすばやく戦場に集結させられる...
本来なら彼らはわれわれの軍を好きな場所で、好きなときに...
空からの砲撃で……陸に降りて攻撃してくるにしても、ずっと...
ところがいまや状況が変わっている」
諸君も知ってのことながら、と彼は述べた。
「ここら一帯の魔法断絶圏内において、風石の力を禁じられた...
つまり一度に運べる物資の量で、コストの安さで、なにより...
これらの条件においては水路をゆく船は、空路のそれには劣...
三十台近くもの荷馬車にわけて運ばねばならない量の物資を...
陸路で使われる馬や竜など輸送用の獣は、大量の食料を必要...
船は食べない。少なくとも水上をゆくかぎり動力を積む必要...
獣は夜をふくめ一日の半分以上の時間、休まねばならない。
船は条件がととのっていれば夜間さえも休みなく進める。
以上のさまざまな優位により、『水路』対『陸路』において...
「翼をうしなって水辺におちれば、猛禽でさえカワカマスに食...
壊れた堤防からながれこんで地をおおった水。都市を育てた...
これらの水は、やがて来る王軍をさえぎってわれわれを守る...
厳粛な面持ちでベルナール・ギィは宣言した。
過剰なほどに修飾された言葉を、かれの賛美歌をおもわせる...
だが、かれ本人はというと限りなく醒めていた。
(そうだ、わたしはここまで来た)
修道院長の推薦で、とある法務官の非公式な秘書をつとめた...
行政にもたずさわって平民からの支持をうけ、先の代表ラ・...
ラ・トゥールを王政府とあえて接近させることで都市民を焦...
いまでは都市連合のまとめ役となり、トリステイン王家に対...
(引きかえせるものか。わたしに退路はなくなっている)
失敗すれば、反逆者のための処刑台が用意されているだけだ。
王政府や貴族層の怒りの程度にもよるが、見せしめとして石...
もう、みずから選んだ血路をどこまでも進むほかない。
「各国の王は貴族をしたがえ、天空に達する力をもってハルケ...
それに一部なりと取って代わり、われわれは都市民のための...
そのためには、われわれは自分たちの力がどこにあるのかを...
それは水だ」
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数日後。王都からでて東へ行く街道。
日光さす午後の路上は、数リーグにわたって人馬でごったが...
一万名をこすトリステイン王軍である。先日トリスタニアで...
「隊長どの、またまともに歩けない兵が出ましたぜ」
大隊長がぽりぽり頭をかきつつギーシュのかたわらに歩み寄...
この男はニコラといい、以前の肩書きは『ド・ヴィヌイーユ...
現在は「新設軍」なる連隊の大隊長の一人であり、新設軍を...
なぜニコラが大隊長などになったかというと、ぽんと一個連...
今回の反乱鎮圧軍の総司令官となった父・グラモン元帥にた...
このくらいしてもいいはずだとギーシュは思っている。なぜ...
「腹痛だそうで。道ばたに捨てときますか」
ニコラの言葉に、ギーシュは馬上で頭をかかえた。
ここは王軍の行軍縦列の最後尾。
歩みののろい補給部隊の守備隊をまかされた(という名目で後...
戦意がないわけではないのだが、それでも体調をくずす者が...
グラモン元帥にひきいられて先をすすむ王軍本隊の傭兵たち...
「またかね? いや、犬猫じゃあるまいしそんなホイホイ捨て...
どうしても歩けそうにないなら、荷馬車の荷台に乗せてはこ...
「お言葉ですがね、荷馬車に乗せてやる新兵はさっきのやつで...
今んとこはほんとに緊張で駄目になったやつばかりですが、...
連中、名実ともに行軍のお荷物ですぜ」
渋い顔をするニコラに、ギーシュは嘆息しつつ擁護してみた。
「しょうがあるまい。まともな訓練期間は数月、これが最初の...
アルビオン戦役時、自分も二ヶ月即席の士官教育をうけただ...
が、そのギーシュを教導した本人のニコラは、肩をすくめて...
「そうそう、それですよ。この新設軍ときたら九割がたが民間...
女王陛下もなんでこんな役立たずの部隊を戦に出すんだか。
いままでどおり自分ら傭兵をあつめた軍でよかったでしょ、...
「そんなこと言ったってもう作っちゃった軍だし。肝心の戦で...
「そりゃ違いありませんやね。まあ、お偉いさんがたの決定に...
平民の志願者で構成されたこの新設軍に対するニコラの評価...
しかしニコラのこきおろす「新兵ばかりのヘボ連隊」をあず...
「ところで話は変わりますが」
「ん?」
「どっちの『隊長』でお呼びしましょうかね。近衛隊長と連隊...
前の戦争んときはぼっちゃんのことは中隊長どのって呼ばせ...
そういえば、自分を大隊長に引き立ててもらったことの礼が...
いやあ大隊長なんて普通なら貴族のかたがたの役回りなんで...
「きみの大隊長はいいんだが、ぼくが連隊長というのはねえ……...
そりゃあいずれ新設軍を任されるかもなんて話はされていた...
実をいうと彼にも、自分自身のいまの身分についてはよくわ...
グラモン元帥から希望されたということで、アンリエッタか...
が、立場だけみれば連隊長のそれなのである。自分の下に大...
いくら指揮権は無いにひとしく、いったん戦場に出れば総司...
「心配しなくとも、どうにかなりまさ。お父上の命令どおりに...
「うん……そうだな、なるようになるか。それに出世は出世だし。
うん、考えてみれば一軍を率いる若い将というのはじつに華...
とはいえ結局ポジティブ思考に向かうのは、ギーシュの長所...
「そうそう、ぼくの呼び方だったな。
とりあえず連隊長でも近衛隊長でもきみの好きなほうで呼べ...
……父上の前に出たとき、『近衛隊長どの』と呼ばれるのはち...
近衛隊長である彼の立場の重さは、本来なら元帥の地位にさ...
そうなると父親とは同格にちかくなってしまうのだが、そこ...
そこへきて新設軍を預けられたのは父親の口利きによるもの...
と、「なるほど。グラモン元帥はそういう心積もりですかい...
「なにがだ」
「この軍でさ。王軍というよりグラモン軍ですからな。隊長ど...
ただの身内びいきじゃありませんやね。右翼左翼をひきいる...
軍を総司令官の手足のようにうごかせるってえことです」
グラモン軍。その名称は的を得ていた。
ギーシュの一番上の兄は、グラモン領の兵およびその他の諸...
三番目の兄は、もともと王軍士官であり、父のいる本隊のう...
二番目の兄のみが、空海軍所属のためこの場にはいない。
王軍+諸侯軍。六個連隊の規模を持つこの鎮圧軍は、街道を...
「もちろんそれが大きいだろうけど。実のところ、王軍のどの...
ギーシュは肩をすくめた。
平民の反乱はハルケギニアにおいてきわめて珍しい。支配層...
したがってごくまれに起こる平民の反乱を片付けることなど...
簡単すぎるうえに弱いものいじめとあって、名誉とはみなさ...
だから貴族の武官たちは、鎮圧軍をひきいることに難色をし...
「今回は魔法が使えないから簡単とはいかない。じゅうぶん...
手柄をあげたところで、あとあと競争相手である同僚からは...
女王が命じれば否応もなかっただろうが、アンリエッタが業...
「……だからといって、引退したはずの父上が出てきて奏上しち...
『自分なら、王軍の将のだれにとっても競争相手とはみなさ...
「そりゃ元気なこってすねえ」
「アルビオン遠征に参加したかったって残念がった人だぞ【6...
若手がぐずるのを見かねてしびれを切らしたというより、あ...
「いいじゃないですか。とにかく戦なれしたお人が指揮をとる...
こういっちゃなんですが、引きうける人がいなくて隊長どの...
「……一割ぐらいならいいじゃないか。たった一割だと思えない...
「さらに三割ほどは金を受けとり次第とんずらしようという算...
自分もどんな苦境でも、最初の給料日まではと辛抱したもん...
「きみの給料、反乱が終わってから一括払いでいいかね」
「いやいや冗談です逃げやしませんでしたから」
戦にかかわる諸々のことについて話しあいつつ、あまり緊張...
街道の周囲の畑には大麦や豆などの春蒔きの作物がそだち、...
ほんの数日先には戦があるとは思えないほどの、のどかな光...
だが、かれらが進んでいく先にはまぎれもなく、最初の河川...
この行列はやがて、敵の野戦部隊との遭遇をかんがえた横隊...
マスケット銃兵と火縄銃兵の混成部隊、騎獣に幻獣をふくむ...
総勢、一万一千名。トリステイン王政府はごく短期間で、ど...
メイジが役に立たない戦であろうとも、この規模ならば市民...
激突は確実にせまりつつある。
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