ゼロの使い魔保管庫
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白い姫とワルツを〈三・発火〉
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(帰ろうかしら)
岩の館の大広間。右に左にゆらめく人影。紅緞子の垂れ幕と...
トリスタニアのとある一角にある大貴族の邸宅。奢りのつき...
会釈と談笑のあいまあいまに、アンリエッタはひっそりとた...
ピンクの華やかなドレスに身をつつんで出席し、ほかの客と...
一週間のうち、虚無の曜日とその次のユルの曜日は、国務顧...
エオーの曜日とオセルもしくはダエグの曜日が、財務顧問官...
マンの曜日が、新顧問官会議。
のこりの日には枢密顧問会議、また招聘した技術者や学者の...
緊急国事会議――今回は〈騒乱評議会〉と名づけられているが―...
それらの会議に出席する以前に、請願書や国王の押印が必要...
(嫌になってしまう。一昨日のぶんの書類はようやく夕方に片付...
いま帰って寝ずにやっても今夜じゅうには終わらないし……朝...
それさえもマザリーニやデムリはじめ大臣、官僚によりわけ...
反乱被害をうけた各地からの訴えをさばき、政府購入を調整...
いまのアンリエッタに休日などは無縁だった。
アルビオン遠征が終わった直後のような、いや、それを上回...
それもこれも反乱が起きたことに対して、アンリエッタが責...
ほんとうだったら、国務会議の大半は廷臣たちに丸投げして...
出席したところで、どうせまだ若く経験があさい女王である...
平和なときにアンリエッタが国務会議に出席していたのは、...
現に、これまでアンリエッタが王都を一時はなれたときでも...
それでも今回は休む気になれない。結果としてアンリエッタ...
しかし、けんめいに仕事をこなそうとする彼女でも、こうし...
(やっぱり退出させてもらいましょう)
アンリエッタはぐったりしつつ内心でそう決意した。
卓の上に並んだ山海の珍味も、洗練された機知あふれる会話...
たまった心身の疲労のため食欲はわかないし、いつ緊急の報...
ダンスは嫌いではないが、(悠長に踊っている時ではないのに...
招待された手前、社交辞令として顔見せていどに舞踏会に出...
が、退出を伝えるべく侍従を呼ぼうと歩きだしたアンリエッ...
「あ、姫さま……」
つぶやいた才人は、珍しく魔法学院の制服などを着ている。...
そのかたわらに立つルイズは、髪をバレッタにまとめていた...
ルイズの顔を見て、アンリエッタはとある理由で気まずさを...
それはお互いさまのようで、ラ・ヴァリエール公爵家の三女...
「おい、ルイズ」と連れに発言をうながす才人に視線を戻し...
どちらの動揺もおもてに出さないようつとめながら、アンリ...
「……あなたたちも出席していたのですね。ルイズ、よく似合っ...
「ええ、ありがとうございます、このパーティの主催者が父の...
“父”。
その単語が出たとき、ますます少女たちの間の雰囲気はぎこ...
狼狽ぎみで顔にありありと困惑を浮かべている才人も、なに...
…………………………
………………
……
帰るタイミングを逃した。
いつのまにかダンスの時間がはじまってしまっている。
女王は、ダンスを申しこんでくる希望者のひとりとやむなく...
ルイズと才人は、何か言い合いながら踊っている。
はた目に見ても才人はあらたまった場でのダンスに慣れてい...
手をつないでリードしてやり、才人の弁解を聞き流し、とき...
怒った顔でいてさえ、幸せそうなルイズの姿。
それを空虚に見やるアンリエッタの胸で、からからと想いの...
踊りを完璧にこなせるパートナーと組むよりも、楽しくダン...
なめらかなステップができなくてもいい。足を踏まれてもか...
風雅な会話でなくていい。飾らず、偽りのない態度を取れる...
立場を気にせず寄りそっていられれば――……
アンリエッタは首をふった。ダンスの相手がけげんな顔をす...
(やめましょう……むなしいのはもう嫌だわ。ルイズをうらやんで...
いつのまにか未練がましく才人を見つめてしまっていたのだ...
ルイズの使い魔であるあの黒髪の少年に、何度も迷惑をかけ...
そのため今も、してはならない期待をしてしまっていたのだ...
だがこのままひそかに見ていても、才人はたぶん気づいても...
いまあの二人の目に入っているのはお互いだけなのだろうか...
(この一曲が終わったら、今度こそ帰りましょう)
きっと、山積みの仕事と時が忘れさせてくれる。
ちろちろ燃える想いの火も、いずれは消えて灰と化し、記憶...
それを暗く望みながら、荘重な音楽に合わせてアンリエッタ...
けれど、物思いにただ沈むというわけにはいかなかった。
女王の憂愁の雰囲気は、目の前のダンスパートナーに気づか...
アンリエッタの相手をつとめているその青年貴族は、かれな...
「陛下、いかがしました? もしかしてご気分がすぐれません...
「え……いえ、そういうわけでは。お気になさらないで」
「そうですか……そうだ、新しい香水に興味はおありですか?
わが領地には広い猟場があってですね、そこに咲きほこる春...
気負いがあるのか、その貴族はなまなかなことでは引き下が...
ほかにもその猟地で巨大な獲物をしとめた話やら、群生する...
が、上の空のアンリエッタは「あら」「ええ」「ほんとうに...
ふだんなら社交の基本として、興味がうすい話でも笑みをう...
けれども今夜の彼女は疲れてぼんやりしていた。さらに傷心...
そういう理由でのアンリエッタの反応の鈍さに、その青年貴...
自分の話術で女王の興味をひけないことに誇りが傷ついたら...
「マントノン公の話はもう耳に入れておられますか、陛下」
「はい……?」
「ガリアとの国境沿いに領地をもつマントノン公爵ですよ。ほ...
よかった、この話はまだお知りでないようですね。すこし前...
トリステインの東側で反乱が起こっているこの機をのがすま...
領地が近い貴族同士が仲がいいとは限らない。告げ口する青...
ぽかんとしていたアンリエッタは、この話にかくされた重大...
「……その話、うかがわせていただけますか」
「たわいもないことですよ。さきに述べたように彼の領地内に...
街道をとおってガリア方面へ行き来する商人たちに、マント...
――マントノン公はティーカップなどの高級磁器の製造に手を...
――ですがかれが作れたものは、素人目に見ても二束三文のが...
――商人たちにとってもいい迷惑というものですね。あんなも...
青年貴族の話を聞きながら、アンリエッタの肩が震えた。
ひとつひとつ状況への理解が深まるたびに、胸中で火の粉が...
もともと豊かな穀倉地帯であるガリア方面からは、国境をこ...
空路の場合、船賃がかかるため、小規模の行商人ならば陸路...
そしていまは、トリステイン東部で起きた反乱のため、ゲル...
マントノン公爵は街道を通過する行商人を足どめし、あまっ...
この話が真実なら、公爵がやっていることは実質的に、関税...
(関税権は、王政府しか持ってはならないのに!
それに、そんなことをすれば、行商人たちがトリスタニアに...
街道を通るときに余計な出費を強いられるとなれば……商人た...
かれらとて利益を出さねばならないのだ。
それでも王都トリスタニアをはじめとして、トリステインの...
トリステインでもむろん穀物は作っているが、国産物の値は...
「ああ、それだけでなく、こんどは瓶詰めの聖水とやらまで売...
うつむいたアンリエッタの顔色に気づかず、青年貴族は得々...
「陛下にまず話そうとしたのはこの話ですよ。わが家はマント...
その水がまた傑作でして、数千年前に聖者が足を洗ったとい...
いやもう、強欲にもほどがあると、心ある者たちは眉をひそ...
その貴族はようやく女王の様子にただならぬものを感じ、笑...
アンリエッタはダンスのステップを打ち切り、立ちどまって...
ただならぬ雰囲気に気づいて周囲の視線が彼女に集中し、音...
静まりかえった大広間に、怒りをはらんだ女王の声が、つぶ...
「……パンをはじめ、トリスタニアで物の値がはねあがっている...
教えてくれてありがとうございました、わたくしは今夜はこ...
情報をもたらした貴族に礼を述べると、アンリエッタはくる...
あぜんと見ている客たちにかまわず、広間の入り口をめざす。
ハイヒールの足音高く、優美さを失わない程度に急ぎ足で。
あわてて寄ってきた侍従に「馬車を、それと銃士隊長を呼ん...
なにか落ち度があったのかとびくびくしつつ現れた城館の主...
夜会に出てよかった。早期のうちに処理しておくべき問題を...
(これは許せない。下劣すぎるわ)
大貴族が、立場を悪用して私欲をむさぼっているのである。...
嫌悪の情はもとより、国の理に照らしても見逃せるものでは...
灰色の石づくりの玄関をでて庭を歩き、鉄格子の門から街路...
けれどアンリエッタが馬車に乗りこむ前に、ハイヒールで石...
「姫さま、待ってください、姫さま!」
耳に入ったときはすでに、それが誰の声かわかっていた。一...
人目を気にせず走ったのか、ルイズは髪を乱して息を切らせ...
館前で明るく燃えるかがり火のわきで足をとめ、ひざに手を...
「は、話が……姫さま、話したいことがあったのです。宴が、終...
「……なにかしら?」
「お父さまは……ラ・ヴァリエール公爵は……世のわからずやたち...
ルイズは呼吸をととのえてから、背をまっすぐに伸ばした。...
「姫さま、父や母は……もしかしたら批判はしているかもしれま...
わたしは王政府の臣としてできることならなんでもします。...
アンリエッタは気がついた――王家とラ・ヴァリエール家の間...
自分のように。あるいは自分にもまして。
ふと共感がわきおこり、女王はルイズに歩み寄った。その手...
「ルイズ、わたくしもそう思っているわ。
あの方たちが誇り高い真の貴族であることはよく知っている...
女王は本当にそう思っている。
ラ・ヴァリエール家ならば、たとえば同じ公爵家とはいえ、...
にぎられた手にルイズは視線をおとした。それから強い決意...
「姫さま……じつは、希望したいことがあったのです。
ラ・ヴァリエール公家に使者を派遣すると聞きましたわ。
おねがいです。わたしをその使節のひとりにくわえて、実家...
「ルイズ」
「父さまたちと話します。こっちの事情を説明して、王政府に...
おねがいします。ラ・ヴァリエール家は不忠者だなんて、も...
「……ありがとう。本当はわたくしから、いずれあなたにそれを...
救われた表情でアンリエッタは感謝をのべた。
この話をなかなかルイズに切り出せず迷っていたのは、重圧...
けれど王都や学院で後ろ指をさされているよりは、ルイズの...
ルイズの後方、館の玄関口に、ほっとした様子で円柱に背を...
今はそちらのほうを見ないようにアンリエッタはつとめた。
…………………………
………………
……
館の前からすこし離れた街路樹の枝に、緑の小鳥がとまって...
それは見る。つるりとした黒塗りのガラス玉をおもわせる眼...
路上で手をとりあう少女たちの姿が映され、その人工の眼球...
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日は落ち、残照が空の雲を赤く染めていた。
執務室をたずねてきた男にうながされ、ベルナール・ギィは...
どこかの裏庭から逃げだしてきたニワトリを追いかける子供...
夕暮れどきの都市のなか、レンガで舗装された道が、二人の...
都市トライェクトゥムをかこむ防壁にくっついている、ひと...
その内部に築かれた地下への階段をおりる。鋲を打った冷た...
もとは武器倉庫ででもあったのだろうか、石の地下室はわり...
ベルナール・ギィが訪れたのは、みずからの都市の片隅であ...
だがこの場所で、その表情は冷然とひきしまり、瞳は油断と...
彼は実質上、河川都市連合の指導的地位にあり、トリステイ...
それにもかかわらず、彼はこの地下の石の広間にひそむ何か...
手燭を持つ同行者が、背後で虫一匹さえ這いだせないほどき...
しかし、そのささやかだが確かな手燭の光も、大きな地下室...
まるでカーテンをひいたかのように、巨大な赤い泡の膜が張...
ほんとうに暗い地下室だった。
ベルナール・ギィには、この不気味な泡の内部から血なまぐ...
遠く思いだす修道院の図書室も暗かったが、あれとは全くこ...
横手のぶあつい壁はじめじめしていた。壁の石組みの隙間か...
この砦のある城壁は、濠として川を活用しており、ここは地...
そして部屋内を満たすのは、むせかえるような血のにおい――
彼は横目でザミュエル・カーンを見た。手燭をかかげて彼を...
それも道理だ、とベルナール・ギィは考える。なぜならその...
この泡の障壁の向こうにあるものと同じ臭いが。
(そういえばあの娘は、この傭兵隊長を〈カラカル〉と呼んでい...
カラカルという名の獰猛な獣は、狼の眷属とも、大山猫の一...
ザミュエル・カーンについて言われていることを思い出して...
傭兵には悪評がつきものだが、この傭兵隊長には討ちとった...
泡が強く揺れた。
二人の男が黙って見つめる前で、泡の表面ににゅっと細い手...
手につづいて腕が、肩が現れ、そして頭と脚が……
出ようとしていた者が通過し終えても、泡は割れはしなかっ...
裸の少女の姿を惜しげもなくさらした〈黒い女王〉に、ザミ...
宙でそれをつかみ、濡れた白い裸にローブを羽織った彼女は...
「新鮮な生きた人間、できれば若い女がもっと必要だ。死刑囚...
ベルナール・ギィはトリステイン女王の外見を模した少女に...
「そう何人も簡単に融通できるものか。都市参事会は都市内の...
死刑囚とて本来は法にのっとって刑を執行されるべきなのだ...
「頭が固いな。公にならなければいいではないか。
目を転じてみろ。売春婦ならば街にあふれているぞ。そして...
「念を押させてもらうが、わたしの断りなく都市民になにかし...
ベルナール・ギィは細めた目を〈黒い女王〉にひた当てた。
その強い警告に対し、彼女はあっさりとひきさがった。
「しかたない。なら、都市民以外でこっちで適当に調達するさ...
まさかそれまで止めはしないだろうな」
「……ガヴローシュ侯爵の妻と娘を『素材』とやらにしたのはや...
今後はたとえ敵であろうとも、身分の高い者はけっして無意...
必要以上の敵意を買ってはならなかった。
けっしてこの少女に言ったことはないが、適当な時期がきた...
ただし、こっちに有利な条件での講和でなければならない。...
〈黒い女王〉が微笑む。
「それは残念。大貴族の女というのが好みなのだが。
ならば農民にしておこう。連中はたくさんいるから」
その言い方は、野ウサギの数について猟師が語るのと変わら...
ベルナール・ギィは嫌悪を顔にはっきり浮かべはしなかった...
この泡の内部にこもるとき彼女が何をしているか、彼は知ら...
ただこの地下室に運びこまれた囚人は、ひとりたりとも出て...
囚人の調達も生ごみを入れる手押し車も、どちらも彼が手配...
そしてこの幼いトリステイン女王の外見をした怪物は、本物...
たとえばこの泡だが、これは一種の結界のような役目をはた...
『解呪石〈ディスペルストーン〉』の働きによって大河流域は魔法断...
大気中に飛散した『解呪石』の目に見えないかけらを、泡の...
泡の結界は一枚ではなく、この奥にさらに何重も張られてい...
見透かすことはできないが、それでけっこうである。どんな...
「ところで会議の顔ぶれはだれだれなのだ」
〈黒い女王〉に唐突に訊かれて、ベルナール・ギィは一瞬み...
裏をさぐりかけてやめた。この程度のことなら隠しても意味...
「市参事会員をはじめ、いまだトライェクトゥムにとどまって...
「全員の忠誠は確認したのか? 誓約文書はあるか」
「各代表の名のサインと血判により、われわれ河川都市連合は...
これなら、おじけづいたどこかの都市がいまさらながらに無...
〈黒い女王〉はそれを聞くと「ふむ」と下唇に触れ、謎めい...
その沈黙に、ベルナール・ギィは長く付き合うつもりはなか...
だから彼は、言うべきことをさっさと口にした。
「ついに王軍が来る。こちらの倍となる一万余の兵をそろえて...
それも農民主体の諸侯軍とはわけがちがう。王軍を構成する...
「ほう。王軍はどんなふうに攻めてくるかな」
「冠水した土地をさけつつも、なるべく直進してくるだろう。
王政府は財政上の問題で、小細工する余裕がおそらくない。...
「ああ、それをわたしに止めさせようと?」
「まさか。王軍の相手は市民軍がする。王政府の空海軍は、『...
貴君に頼みたいことはむしろ、残ったそれ以外の道をつぶす...
「残ったそれ以外の道?」
おうむ返しの形の質問に、ベルナール・ギィは答えた。
「山地だ。ゲルマニアに近い山地のあたりを押さえられたくは...
ただ王政府も、それをやると軍事費がさらにかかるから多分...
予想に反し、王政府が大量の兵を大河の上流域に送りこんで...
そのまま川にそって下流まで攻めこまれずとも、たくみに大...
ゲルマニア側の都市が送りこんでくれるひそかな物資の流れ...
「幸いなことに、はやいうちならその戦略の芽をつぶせる。
現地の畑をだめにしてしまえば、王軍はたとえ上流域をとっ...
上流域は山がちの地形であり、大河の両岸は崖がつらなる。...
さらに山地では荷馬車も通りにくい。つまり補給を後方から...
だからこちらは先に上流域に兵をおくり、もともと平野にく...
ただ、その地の農民には残酷なことになるだろう。やっと山...
しかたない。ベルナール・ギィは思った。
山地の農民には飢えてもらうしかない。都市の命運をおびや...
それでもこういう任務に、市民軍を使う気はさらさらない。...
汚名をかぶったまま消えていくにふさわしい連中は、すでに...
「貴君の連れてきた傭兵隊にそれを任せたい。できれば、ゲル...
…………………………
………………
……
ベルナール・ギィが一人で去り、階段の足音の余響が消えて...
「いいのか、あの男はこちらを汚れ仕事に使いつぶそうとして...
傭兵隊長は、白く幼い裸身にタオルのみをはおった〈黒い女...
「これまでのところ、黒狼隊が食糧や弾薬の補充を求めて断ら...
だがあいつは、俺たちと契約文書をとりかわして正規の雇用...
少女は、傭兵隊長からすれば不可解に思える笑みを浮かべた。
「なんだ〈カラカル〉、おまえみたいなクズでもやっぱり安定...
残念ながらこの都市は、都市の民自身からなる『市民軍』と...
「おい、俺はいま忍耐心を試されているのか? 話がそれてい...
このままだと、王政府と都市連合のどっちが勝っても俺たち...
今でさえあの男は、あんたと俺をうとんじている。俺たちを...
「悲観的な未来予想だな。だが真に悲しむべきことに、お前の...
わたしだって、あいつに愛されていると思っていたわけじゃ...
〈黒い女王〉は傭兵隊長の予測を肯定した。
だったらこれからどうするのだと言いたげな〈カラカル〉に...
「たしかに技術屋、便利屋あつかいされるのは嫌気がさした。...
〈カラカル〉、とりあえずはもう一度だけ、望まれた役割を...
言ったとおり、傭兵どもにはいつでも出られる用意をさせて...
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二日後。トリスタニアちかくのとある人工池。
ただの池ではなかった。王政府御用達の、水空両用のフネの...
ラ・ロシェールなどの大型の港にくらべればとるに足りない...
なにしろ収容できるフネの数は小型船なら二、三隻、大型の...
それでもこのような発着場は必要とされていた。緊急時など...
いまも、間近に出帆をひかえた小型の快速艇が一隻、停泊し...
その甲板にたたずみながら、ルイズははるか東のかなたを見...
トリスタニアから東のラ・ヴァリエール領へ、これから空路...
まっすぐ進めば途中で反乱地域の上空に入ってしまうが、も...
航路を頭のなかにえがいてから、ふとルイズは髪をそよがす...
「先に帰った姉さまとおなじ航路だわね」
エレオノール・ド・ラ・ヴァリエールが王立魔法研究所を離...
傍のものがひきとめる間もないほどのあわただしい帰郷に、“...
(それがただの根も葉もない陰口ならどんなにましだったかしら。
最低の気分だわ、なんたって事実なんだから)
ルイズは先々週、姉が王都を出ていく前にひそかに自分を訪...
王宮まできたエレオノールは、ルイズの滞在している一室に...
姉はすぐ発てるようにした簡素な旅装で、椅子に座りもせず...
そのとき、むろんルイズは抗った。こんなときに無断で王都...
『陛下に……姫さまに申し訳がたたないではありませんか、姉さ...
『あんたがそんなことを気にしなくていいの! とにかく、お...
叱りつけられても、ルイズはあとに退かなかった。
彼女は幼いころの彼女ではなく、その心にいだく貴族として...
『いいえ、気にしないわけにはいきません! わたしはラ・ヴ...
……姉さまだってそうよ、お父さまだってそうでしょう? 国...
正面から逆らわれて、エレオノールは驚いたようだった。こ...
怒ろうとして思いなおしたらしく、すこしの沈黙のあとで姉...
『ちびルイズ、あなただって大貴族の一員なんだからわかるで...
『納得できませんわ! いまでさえラ・ヴァリエール家が宮廷...
帰るにしてもせめて姫さまに事情を話して、きちんと領地に...
『……それはしないわ。べつに帰郷のたびごとに直接、陛下の許...
長姉は苦渋の表情でかぶりをふった。
彼女はけっして言わなかったが、いまから思えば、父から来...
そこから先は堂々めぐりとなり、折り合いがつくどころでは...
エレオノールは最初こそ、彼女にはめずらしく温和にルイズ...
もともと高慢で激しやすい性格である。
『わたしが喜んでると思うの、ルイズ! ことあるごとにうし...
けれどね、もう一度だけ言うけど、お父さまが決めたことな...
大人が決めたことにあれこれ反発して危険に手をつっこもう...
黙ってわたしといっしょに帰ってきなさい!』
『いやです!』
『こ……この、頑固なちび!』
いつしかたがいに興奮して声が大きくなりすぎていた。
人がどんどん集まってくる気配にエレオノールははっとわれ...
引きずってでもつれて行こうとしたのだろうが、ルイズはつ...
その直後、戸口にアニエスがあらわれて一喝した。
『王宮内だぞ、なんの騒ぎだ!』
エレオノールは開け放された部屋の入り口に立った銃士隊長...
彼女は一度だけ顔をもどしてルイズを見た。ルイズが固まっ...
それからエレオノールはぐいと婦人用帽子を目深にかぶって...
戸口のアニエスは、すれちがうときに彼女を引き止めようと...
『……姉君の身柄を拘束しておいたほうがいいか?』
その問いに、ルイズは視線を落としたまま弱々しく首をふっ...
……――現在のアニエスの声が、ルイズを現実にひきもどした。
「フネが飛べなくなった空域を避けるとなると、やはり航路が...
いちおう同盟国だし、通行することをちゃんと伝えれば一隻...
ところで、サイト?」
「あ、はい」
ルイズと並んでぼうっと横に立っていた才人が、呼びかけら...
「辛気くさい顔をしてどうしたんだ」
それはルイズも気になっていたところだった。朝から少年は...
心配を覚えたルイズは、長姉のことはひとまず頭のすみに押...
「サイト。なにか気にかかる事でもあるの?」
「いや、とくにどうってわけじゃないんだけど……うーん……
アニエスさん、ルイズの護衛は俺でじゅうぶんじゃないんで...
「しかたあるまい、わたしは監視役もかねて付いているのだ。...
『使節団の代表をラ・ヴァリエール家の身内だけで構成する...
いちおうわたしも近衛の隊長だ、公爵の前にでるのに身分に...
「でも、姫さまの護衛のほうは」
「なるほど、無理もない心配だな。だが問題はあるまい、マン...
われわれ銃士隊はおそらく、戦場近くに派遣されて任務をこ...
そういうわけでよろしく頼むぞ」
そう言ってアニエスは、出港の用意をしている水夫たちをさ...
才人はその後ろ姿を黙然と見送っている。その才人を見てル...
「ふーん、あんたずっと姫さまのこと考えてたのね」
「え? ルイズ?」
きょとんと見てくる才人に背を向ける。
本来、アンリエッタが心配なのはルイズも同じである。傍か...
しかし、それはそれとして、才人がほかの少女のことを思案...
「静かだったと思ったら、そういうことなんだ」
これではただのやきもちだと自分でもうすうす感じながらも...
たぶん才人はむっとしてなにか言い返してくるだろう。喧嘩...
だがルイズの予測ははずれ、背後の才人から声がかかること...
才人は首をふった。
「そうじゃねえよ、怒ってない。
でも、いまはほんとに姫さまのことを考えてたわけじゃねえ...
要領をえないことをもごもごと口中でつぶやいてから、ルイ...
「なんだかわかんねえけど落ち着かない。ほんとにそれだけだ」
…………………………
………………
……
その頭上。
すみわたる青い空を背景に飛んできた緑の小鳥が、白い帆に...
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昼時、魔法学院のすぐ近くの草原だった。
使い魔召喚など野外授業にも使われる場所である。
野をつらぬく道路には、数人の廷臣たちと多くの護衛がなら...
そのまえで、馬車をひいていたユニコーンが足を休め、車輪...
なかから白よそおいの少女が下りてくる。
「お帰りなさい、陛下。マントノン公爵への説得はうまくいき...
マザリーニが、言葉ともに出迎えてきた。
言祝ぎに対して、アンリエッタはふわふわした肩掛けを脱い...
「説得などというものではありません。拍子抜けするくらいあ...
書簡で詰問したときにはのらりくらりと逃げようとしていた...
夜会から帰ってすぐ宰相にマントノン公爵のことを伝えよう...
むろんまず書簡で叱責した。街道を通行する商人にむりやり...
それに帰ってきた返事は、文面だけはぎょうぎょうしく敬語...
自分は公爵家の当主であり、トリステイン貴族でも高位にあ...
それ以外には、反省はもとより、なんの中身もない文だった。
その返事を見て、アンリエッタは怒りにかられたのだった。...
女王はみずからマントノン領を訪れることを決め、その日の...
彼女の姿を見たとたん、マントノン公はうろたえきって一も...
アンリエッタの後ろにつき従いながら、慇懃にマザリーニが...
「ふだん玉座から遠くはなれた自分の領地にいるときは大胆に...
ただ陛下、権威を利用するこうした手法はたしかに有効です...
「うまくやりますわ。それより、なぜ魔法学院で待ち合わせな...
アンリエッタの不機嫌の主因はそれだった。
枢機卿のよこした急使によって、マントノン領から王都に帰...
忙しいのである。無駄な手間をとらされたくはなかった。
「枢機卿、わざわざこちらへ呼んだのはなぜか説明していただ...
「それです、陛下」
主君のその質問を予期していた口ぶりでマザリーニは言った。
「しばし仕事から離れ、王都ではなくこちらに滞在してお休み...
そのあいだ、政務はわたしが責任をもちましょう」
息を呑み、アンリエッタは声を少し高めた。
「まってください、枢機卿。宮廷でも戦場でも臣下が駆け回っ...
「そうです、陛下にはご自愛いただきたい。これは侍従長ラ・ポ...
もちろん状況しだいです。心苦しいのですが、場合によって...
「それでいいのです、休みなどいりませぬ。いまは働いていた...
……魔法学院にとどまっているなど」
横をむいてトリステイン魔法学院の火の塔だか風の塔だかを...
血を流しているのは自分の王国なのだ。
それに、頭を休めれば、ルイズ主従のことを考えてしまう。...
戦ははやく終わらせたかったし、報われない想いはもう重か...
マザリーニが首を振った。
「臣の身にして不遜ではありますが、あとはわたしにお任せい...
「そんな、一方的すぎるわ。
反乱鎮圧はこれからが肝心だとあなたは言っていたではあり...
兵士たちが命をかけて戦うというときに、かれらに命令を出...
アンリエッタの抗議に、さらりと返ってきた答えは予想しな...
「ご心配なく、緒戦はすでに終わりました。人は一人も死にま...
女王はあっけにとられた顔でマザリーニを見た。
説明をうながされる前に、宰相は弟子に対し口を開いた。
「ガンは反乱を起こした河川都市連合から離脱して、王政府が...
これで、もっとも近い水路と倉庫にいたる道の安全は確保で...
「それは……吉報ですわ、とびきりの吉報ですけれど……
でも、あの、いきなりなぜ彼らはこっちについたのでしょう...
「戦は見える軍の力と、見えない政治の力の双方で戦います。...
「順序だてて、細部まで話してください」
「ガンの代表が死んでいたことが大きかった。
その男は、故ガヴローシュ侯がひきいていた最初の諸侯軍と...
指導者が急に消えたばかりの組織というのはそれだけでも混...
ガンの代表は、まとまった軍と戦うには少なすぎ、発見され...
おそらくその護衛はトライェクトゥムから提供されたものだ...
しかもその一団を発見し、彼を討ち取った諸侯軍の傭兵隊長...
最初から密約があったと考えてもおかしくはない。
「『都市連合内部で逆らってくる者が邪魔だ』というトライェ...
説明を切って息をつき、マザリーニは締めくくりに入った。
「あんのじょう、ガンの市当局は内紛に突入していました。都...
その情報がもたらされてすぐ、この枢機卿の名において使節...
約束とは、まず大逆の罪状を完全に赦免すること。
それからトライェクトゥムにかわってガンが都市連合の領袖...
甘い飴をちらつかせる一方で、マザリーニは武力と時間制限...
「昨日夕刻、都市ガンの市当局は城門をひらいて王政府に降り...
彼らは軍資金や糧秣の提供などで積極的に王軍に協力するで...
経緯の理解とともに、アンリエッタの心に喜びが追いついて...
表情をかがやかせ、少女は思わず枢機卿の首に腕をまわして...
自分の娘のような年若い主君に親愛の抱擁をうけて、マザリ...
「陛下がいない間の勝手な判断を、どうかお許しください。
彼らが動揺しているあいだに、機をのがさず迅速な手を打つ...
「だれが責めるというの、枢機卿、あなたは最高よ!」
そのまま宰相の手をとってダンスしかねないはしゃぎようの...
「じっさい難しいことではなかったのです。都市ガンは代表を...
そのうえ王軍の攻撃が真っ先に集中する以上、あの都市はど...
こちらはタイミングを見はからって、それをかれらに突きつ...
「いいえ、そうだとしても素晴らしいことですわ」
ひとりの犠牲者もなく一つの都市を降すことができた。それ...
それもただの無血勝利ではなく、いわば反乱都市に対する攻...
弟子が体を離すと、枢機卿は僧服のしわを軽くのばしながら...
「これは第一歩にすぎません。さらなる効果を引き出すために...
われわれの軍が進んでいくのに先んじて、まずは都市ガンの...
雌伏している諸侯の心にも火はついたことでしょう。
その火をさらに言葉であおり、炎と燃え上がらせましょう。...
「でも、そんなにうまくいくのですか?
魔法が使えなくなった地域の諸侯は、反乱軍に目をつけられ...
かれらには王家への協力要請を断る口実もありますし」
アンリエッタの心配はもっとものことだった。
魔法断絶圏外でも、“王家の私戦には協力しない。中立を保つ...
王家の私戦というのは河川都市連合が裏から宣伝しているこ...
マザリーニは首をふった。
「勢いというものをガン攻略でわれわれはつかみかけています...
戦わず沈黙していた諸侯のうち、今こそ王軍に呼応すべきで...
もともと王軍を待っていた者、または王政府に忠義を見せて...
野にちらばる諸侯は生きのびるために身を伏せていても、け...
トリステイン王政府が、繰り出した王軍の力をたしかな背景...
かれらを焚きつけ、ドミノを倒すように王政府になびかせる...
魔法断絶圏内の領主たちを一斉蜂起させることに成功すれば...
河川都市連合の市民軍は、突然そこかしこにひるがえる百合...
これまでの記録を見れば、市民軍はたしかに強い。散らばっ...
だが、いまは王軍が参戦しているのだ。市民軍が諸侯の旗す...
まして蜂起した諸侯すべてが、子や孫を殺されたガヴローシ...
「成功すれば、諸侯に手間どる反乱軍を、王軍が野で追いつめ...
河川都市連合は『水路を制した自分たちの軍に移動スピード...
そして会議でも言ったとおり、王軍が反乱勢の野戦のための...
ただこの戦い方のためには、どれだけ多くの諸侯を王政府の...
軍役免除税をはらっても兵の供出を拒むという貴族が続出す...
いま説かれた戦略は、なるべく広い地域にわたって地元諸侯...
(でも、こういった駆け引きなら、枢機卿のよく知った分野にな...
マザリーニは政治力で勝つつもりなのだ、ということがアン...
「わかりましたわ。あなたの手腕をたのんだほうがよさそうで...
でも……やはりそんな重要なときに、わたくしのみは動くなと...
「重ねて申しますが、休んでいただきたい。
申し上げにくいのですが、この反乱の前後の事情で陛下は『...
実務の面で、一時的に陛下ではなくわたしが前面に出ていた...
マントノン公のごとく明らかに国への害が大きい例なら罰し...
「……はい」
厳しく押さえつけるような言葉に、アンリエッタはしゅんと...
ただ、萎縮させられはしても、マザリーニに対する反発は湧...
もっともらしいことを言っていても、ほんとうはこの処置は...
…………………………
………………
……
女王と宰相のいる場所から数百メイルほどへだたった、魔法...
キュルケは長椅子の上で器用に寝返りをうった。
「ねえタバサ。二日も読み返してるけど、なんなのよそれ」
腹ばいにねそべりながら、暖炉の前に椅子をおいて座ってい...
タバサは誰かからの手紙を読んでいるのだった。
じっくりと読み、文章の終わりまでくるとまた上のほうから...
それにしても長かった。授業にも出ず、ずっと考えているよ...
ずいぶん煮詰まってるみたいね、と思いながらキュルケは軽...
「あんた、ルイズたちについていきたかったんじゃないの?」
才人のこともにおわせたつもりだったが、返答はなかった。
ただタバサがわずかに身じろぎしたのが見えただけである。...
それでも、キュルケには読みとれた。手紙の内容をではない...
キュルケは問いかけるのをやめにした。話さないものを無理...
またごろりと仰向けにもどり、話題を転じた。
「どうなるのかしらね。うちの国は大貴族の反乱、こっちは平...
でもトリステインにはあの枢機卿猊下がいるか。それなりの...
と、前ぶれなくタバサが手紙を火にくべた。
軽く目を見ひらいたキュルケのところに、ぽつりとタバサの...
「智者がかならず勝つなら」眼鏡にうつる火がちらちら踊っ...
ととのった小さな顔はいつもの無表情だったが、わずかに苦...
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「貴様らに給料は支払われない」
トリステイン東南部のゲルマニア国境に近い山地地帯、大河...
彼ら襲撃者たちは何艘もの小船で川をさかのぼり、上流域の...
マスケット銃や火縄銃、ピストル、短槍などで武装した服装...
ただ働きを通告された共和主義者の義勇兵たちは、周囲の状...
村の広場に密集して並ばされた二百人ほどの彼らを前にして...
「トライェクトゥムの市参事会からは徴発権を……まあ、黙認さ...
貴様らは飢えずにすむ。――きちんと任務を果たしているかぎ...
運がよければ、普通に給料を払われるだけの時よりずっと懐...
「任務?」
おうむがえしに聞いたのは、最前列にいる若者だった。
表情を完全に蒼白にして、視線を傭兵隊長だけにあて、周囲...
「任務だ。非常に簡単だ、要は『残すな』、それだけだ」
煙のにおいが傭兵隊長の背後からただよってくる。
わら束と薪と油で火をつけられた教会の鐘の音が、リンドン...
本物の叫び声も家々の中や物陰からひっきりなしに起こり、...
村中へ警告するつもりだったのか鐘楼に上って鐘を鳴らして...
黒狼隊の大半とそれ以外の傭兵は、村中に散って駆け回り、...
粉引き場と小麦貯蔵庫と各家庭から、荷馬車に食料を移して...
絶え間ない殴打の音と悲鳴ともに「村内に金貨や銀食器をも...
すでに嬉々として戸外に出て、奪った財貨や衣類を大きな布...
〈カラカル〉の横で、広場の隅の井戸に腰かけて本を開いて...
「『昔ガリアの人、大地に向けて、“この世の災厄のうち、はな...
“われこそ〈罪業〉”と一匹が名乗る。“殺人、強盗、もろもろ...
〈火災〉〈疫病〉それにつぐ。〈飢餓〉が追いつき、押しの...
ガリアの王はこれらの怪物のはびこるを知り、すぐさま兵を...
いわく“おお、汝こそわれらの領袖なり”と』」
古書をぱたんと閉じ、つぶやく。
「この説話は、現実の軍の歴史そのままだな。
ただ消費するだけの巨大な人間の群れが、物資や食料を吸い...
戦場や道端に打ち捨てられた死体は腐敗し、水を汚染し、疫...
略奪、放火は黙認される。敵に対しては推奨される。敵国都...
これが輸送にあたってフネの力を存分に引きだせず、また国...
彼女は石だたみの上にすっと立ち上がった。
「〈カラカル〉、時代を逆行させてこい。
おまえはこの連中を率いて、村々や町を食いつぶしつつ川下...
わたしはちょっと用事あって離れる。幻獣の騎兵を連れてい...
「なんだ、俺にこいつらの教育を押し付けるのか」
「とりあえず黒狼隊の一部、およびほかの傭兵どものすべてを...
おまえらと混じっているだけでも、素人どもの教育にはじゅ...
そもそも農民相手の働きにたいした訓練は必要ない、本能の...
「こいつらがおまえらに同化した時期をみはからって、残って...
せいぜい新兵に反乱をおこされて殺されないように注意しろ...
「いらん心配だ。
戦闘員以外はどうする。従軍商人はともかくとして、社会に...
「黙認していい。流浪する人間の数が増えたほうが、収奪の規...
「に、任務って……!」
かぼそい声が彼らの会話をさえぎった。二人は頭をめぐらせ...
共和主義者たちのうち、最前列の若い男が思い切ったように...
「任務の具体的な内容って、い……家や畑に放火したり、食べる...
答えはない。が、冷ややかな沈黙のなかに否定は感じられな...
何も言わない〈カラカル〉に向かい合って、若者は手に持た...
「お……俺も農家の出です……戦う気持ちに偽りはありませんが、...
家はまたつくれます、さいわいに冬じゃないから今すぐ命に...
それに、それに、――王軍が進駐できないようにするためだけ...
俺たちが武器を向けたいのは王の軍隊であって、そこらで普...
若者が一息に言い終えたとき、前に踏みこんだ〈カラカル〉...
一呼吸のうちの早業に、若者が反応する暇もなかった。血し...
抜き身のサーベルに血のりをべっとりつけて、傭兵隊長は横...
「隊の司法官は今はカールだったか。不服従の罪で裁判、一名...
同志の死をあまりに簡単に見せられ、恐怖に凍っている共和...
「命じられたことに余計な疑問をさしはさむ者、上官の命令に...
今並んでいるのはちょうど二個中隊規模だからして……とりあ...
〈カラカル〉のぼそぼそと事務的な声が、低いながらも無慈...
このとき、雰囲気を感じとった傭兵たちの多くが略奪狼藉の...
周囲の家々の窓や路地から銃をかまえ、包囲を見せつける形...
ほとんどが刃物か短槍しか持たされていない共和主義者たち...
反抗すればそれが虐殺に直結する状況では。
そばで行われている一幕を完全に無視して、〈黒い女王〉は...
常人ならば何メイルも離れてさえ、燃える教会のただならな...
燃えて崩れた正面扉、信じがたいほどの火の至近で彼女は立...
それから彼女は無造作に、本を火に投げこんだ。
「おまえらは、始祖ブリミルに唾を吐け」
教会に背を向けて兵たちに向きなおった少女の低い声は、諧...
火炎の黄金、赤、オレンジ、青――競演のように噴きあがる明...
飛びちる火の粉を浴びながら彼女は微笑する。その身にまと...
「邪悪のかぎりを尽くしてこい」
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王軍の行進する原野。
羊雲のちらばる晴天の下、街道を本物の羊たちが追いたてら...
変わっていることといえば、その羊群は長蛇の列をなす荷馬...
とりわけ大きな雄羊の一頭に、幼い男の子がしがみついて乗...
それを指さしてギーシュは文句をつけた。
「おい、ありゃなんだね。行軍だぞ、なんで急に羊や幼児が加...
けっして模範的な優等生ではない彼でも、この光景にはさす...
この新設軍で組織された輜重部隊を取りしきっているニコラ...
「いましがた、この近所の貴族が持ってきたんですよ。ほら、...
いいじゃないですか、羊の焼肉が食えますぜ。ニワトリもく...
それにしても増えたもんですな、すりよってくる領主が」
かれの言うとおり、近隣の貴族たちがぞくぞくと王軍に接近...
都市ガンが降伏し、王軍がその前を無傷で通過した日からで...
「いやあ、ガンの城壁に手間どらずにすんだのはありがてえ。
枢機卿猊下のおかげでさ。鳥の骨とか悪く呼ばれてますが、...
知恵者の采配ってのはときに一軍にまさりますな」
ニコラが急に上機嫌でマザリーニを褒めちぎりだしたのは焼...
時間も弾薬も人命ひとつもそこなうことなく最初の勝利をあ...
アンリエッタが印を押したマザリーニの回状を、王軍の進路...
そこで回状を持った騎兵が先発したのだったが、その日が終...
それらの代金は戦後に支払われるのだろう。それは最低限確...
いまではこの近辺の詳細な地形図および道案内までつけられ...
ただ、本隊は先へ行ってしまい、荷馬車隊とともにあるギー...
行軍速度はさらに落ちていた。
「いいのかね、これ。領主たちが積極的に協力してくれるのは...
この補給部隊、ますます足が落ちてるぞ。ただでさえ父上の...
「まあ今のうちならさほど気にしなくとも大丈夫でしょうぜ。...
本隊はちょっと行ったあたりで追いつくのを待ってるのが通...
「ちょっとか? だいぶ離されたようなんだが」
「お父上は街道のこの先にある倉庫をさっさとおさえときたい...
隊長どの、なにか懸念があるんで?」
「……あれだ、行軍で孤立してる補給部隊って敵に狙われやすい...
「いやいや大げさでさ。こんなヘボ部隊ですがいちおう護衛が...
で、本隊が先行してるったって、互いに孤立してるというほ...
だいいち、反乱軍はいまのところ王軍に近づくつもりはない...
微妙に心細げなギーシュを安心させようとしてか、ニコラは...
市民軍は、王軍に数で劣るのだから、原野での正面からのぶ...
王軍が市民軍を無視して反乱都市を包囲すれば、かれらは王...
王軍が本腰をいれて反乱軍をおいつめようとするなら、時間...
「つまり、持久戦にもちこむことが反乱軍の狙いじゃないで...
思いあたるところがあってギーシュもうなずく。
「そういえば父上も『反乱勢は時間をかせぐ策に出るかもしれ...
なんだ、じゃすぐに敵とまみえることもないわけか。しかし...
「そうですな。時間かせぎの意味ですか……金が尽きるのはどっ...
王軍の傭兵に払われてる給料が尽きるのを待つとか」
ニコラのさらりとした言葉のなかに底冷えのするものがある...
「給料?」
「戦争じゃときどきあるんですよ、払われるはずの給料がとど...
雇ってもらってなんですが、勘弁してほしいですよ。戦場で...
場合によっちゃ命にかかわります。ほんとに」
「え、そこまでのことか」
「飢え死にの危険ですよ。ずっとうしろのほう見えます? パ...
連中のおかげで兵は補給が足りないときも食いつなげますが...
そして、軍の公式な補給なんて、フネなしだとちょちょ切れ...
歴戦の傭兵は乾いた口調だった。
「お父上が倉庫の備蓄をはやく確保したがってるのも、しごく...
そんなわけですから、このまんまフネが使えず、金も払えな...
……なりふり構わなければ、また別のやりようもあるんですが...
そこまで言ってニコラは、引き気味に沈黙したギーシュの様...
「まあ、とにかく、逃げる反乱軍をどうやって追いつめるかが...
その点でも、なんとか地元の諸侯をもういちど動かそうとい...
諸侯の軍は、それだけ見れば役に立たない。兵も装備も弱い...
「あ、そうだな。かれらが反乱軍の足を止めてくれるだけでも...
金が尽きたばあいの話が深まらなかったことに、ギーシュは...
なにしろ、最終的にいきつくところは王軍による現地からの...
(だが、いつまでも考えないわけにはいくまいね。
もしずるずる時間がかかったあげくそんな事態になれば、や...
いま地元の領主や民から王政府によせられている好感は確実...
地元諸侯をあおりたてて利用し、河川都市連合の市民軍を追...
金が潤沢にあるうえ市民兵が主体の反乱勢は、くらべれば長...
(でもなあ。ほんとうに時間との勝負ってだけなのかな。都市の...
おかしなことに、敵の意図をそう結論してしまうのはどうし...
論理が納得できなかったわけではない。ただひどく気に入ら...
それがなぜなのか考えてみる前に、横からニコラのいぶかる...
「なんだありゃあ、いきなり来たぞ」
顔をあげたとき、ギーシュにも見えた。
街道を少しそれたところで、兵たちがざわめいて輪をつくっ...
どう見ても、大急ぎで飛んできた伝令だった。
馬を軽く走らせて、ギーシュは竜騎士の近くに寄った。
「やあご苦労。本隊のほうからかね」
ギーシュの挨拶に、その竜騎士は肩を上下させながら「はい...
かと思うと、わずかの間に呼吸をどうにか静め、彼は一息に...
「この先によこたわる水路にかかった橋ですが、グラモン元帥...
あなたがたの部隊と本隊は切りはなされた状態です。一刻も...
(あれ、いきなり雲行きがあやしいんだが)
竜騎士の報告に、ギーシュの心に不安がきざした。その横で...
「おいおい、どういうことだ。あんたらが見張ってたってえの...
軍への直接襲撃じゃないにしても、こりゃ見おとしたじゃす...
「いえ、それとわかる形で敵の部隊が接近してきたのならば見...
橋を破壊したやつは、土地の住民に偽装していたのです。本...
「おいおい、貴族同士の戦いじゃあるまいし『正々堂々』と戦...
ニコラがうなり声をあげて呪いの言葉を吐きすてた。とはい...
ギーシュは声をついうわずらせた。
「ど、どうしたものだろう、ニコラ軍そ……でなくて、大隊長。...
「そんなうろたえるこたありませんや、橋は工兵ですぐ復旧さ...
水路の向こう岸で待ってるだろうお父上の本隊と、すぐに合...
しかしなんだってこんなとこで橋を破壊しにきやがったんだ...
首をかしげるニコラに対し、竜騎士がもどかしそうに焦った...
「意図はそのままでしょう。この部隊と本隊を分断することで...
片眉をあげて、ニコラが竜騎士に言い返した。
「ですからね、たしかに分断されましたが、こんなとこで分断...
市民軍が近くにいるわけでもなし、分断されたっても一日あ...
竜騎士が強く首をふった。酸っぱいにおいのする汗が飛び散...
ギーシュはこのときはじめてまともに、かれの目を正面から...
疲労とそれをはるかに上まわる恐慌があった。「いいえ――い...
「敵の本隊も来ました、来たんです、もうすぐこちらの近くに...
逃げまわるどころか王軍めがけてまっしぐらに突き進んでき...
まちがいなく最初から会戦をいどむ気だったと思われます」
終了行:
白い姫とワルツを〈三・発火〉
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(帰ろうかしら)
岩の館の大広間。右に左にゆらめく人影。紅緞子の垂れ幕と...
トリスタニアのとある一角にある大貴族の邸宅。奢りのつき...
会釈と談笑のあいまあいまに、アンリエッタはひっそりとた...
ピンクの華やかなドレスに身をつつんで出席し、ほかの客と...
一週間のうち、虚無の曜日とその次のユルの曜日は、国務顧...
エオーの曜日とオセルもしくはダエグの曜日が、財務顧問官...
マンの曜日が、新顧問官会議。
のこりの日には枢密顧問会議、また招聘した技術者や学者の...
緊急国事会議――今回は〈騒乱評議会〉と名づけられているが―...
それらの会議に出席する以前に、請願書や国王の押印が必要...
(嫌になってしまう。一昨日のぶんの書類はようやく夕方に片付...
いま帰って寝ずにやっても今夜じゅうには終わらないし……朝...
それさえもマザリーニやデムリはじめ大臣、官僚によりわけ...
反乱被害をうけた各地からの訴えをさばき、政府購入を調整...
いまのアンリエッタに休日などは無縁だった。
アルビオン遠征が終わった直後のような、いや、それを上回...
それもこれも反乱が起きたことに対して、アンリエッタが責...
ほんとうだったら、国務会議の大半は廷臣たちに丸投げして...
出席したところで、どうせまだ若く経験があさい女王である...
平和なときにアンリエッタが国務会議に出席していたのは、...
現に、これまでアンリエッタが王都を一時はなれたときでも...
それでも今回は休む気になれない。結果としてアンリエッタ...
しかし、けんめいに仕事をこなそうとする彼女でも、こうし...
(やっぱり退出させてもらいましょう)
アンリエッタはぐったりしつつ内心でそう決意した。
卓の上に並んだ山海の珍味も、洗練された機知あふれる会話...
たまった心身の疲労のため食欲はわかないし、いつ緊急の報...
ダンスは嫌いではないが、(悠長に踊っている時ではないのに...
招待された手前、社交辞令として顔見せていどに舞踏会に出...
が、退出を伝えるべく侍従を呼ぼうと歩きだしたアンリエッ...
「あ、姫さま……」
つぶやいた才人は、珍しく魔法学院の制服などを着ている。...
そのかたわらに立つルイズは、髪をバレッタにまとめていた...
ルイズの顔を見て、アンリエッタはとある理由で気まずさを...
それはお互いさまのようで、ラ・ヴァリエール公爵家の三女...
「おい、ルイズ」と連れに発言をうながす才人に視線を戻し...
どちらの動揺もおもてに出さないようつとめながら、アンリ...
「……あなたたちも出席していたのですね。ルイズ、よく似合っ...
「ええ、ありがとうございます、このパーティの主催者が父の...
“父”。
その単語が出たとき、ますます少女たちの間の雰囲気はぎこ...
狼狽ぎみで顔にありありと困惑を浮かべている才人も、なに...
…………………………
………………
……
帰るタイミングを逃した。
いつのまにかダンスの時間がはじまってしまっている。
女王は、ダンスを申しこんでくる希望者のひとりとやむなく...
ルイズと才人は、何か言い合いながら踊っている。
はた目に見ても才人はあらたまった場でのダンスに慣れてい...
手をつないでリードしてやり、才人の弁解を聞き流し、とき...
怒った顔でいてさえ、幸せそうなルイズの姿。
それを空虚に見やるアンリエッタの胸で、からからと想いの...
踊りを完璧にこなせるパートナーと組むよりも、楽しくダン...
なめらかなステップができなくてもいい。足を踏まれてもか...
風雅な会話でなくていい。飾らず、偽りのない態度を取れる...
立場を気にせず寄りそっていられれば――……
アンリエッタは首をふった。ダンスの相手がけげんな顔をす...
(やめましょう……むなしいのはもう嫌だわ。ルイズをうらやんで...
いつのまにか未練がましく才人を見つめてしまっていたのだ...
ルイズの使い魔であるあの黒髪の少年に、何度も迷惑をかけ...
そのため今も、してはならない期待をしてしまっていたのだ...
だがこのままひそかに見ていても、才人はたぶん気づいても...
いまあの二人の目に入っているのはお互いだけなのだろうか...
(この一曲が終わったら、今度こそ帰りましょう)
きっと、山積みの仕事と時が忘れさせてくれる。
ちろちろ燃える想いの火も、いずれは消えて灰と化し、記憶...
それを暗く望みながら、荘重な音楽に合わせてアンリエッタ...
けれど、物思いにただ沈むというわけにはいかなかった。
女王の憂愁の雰囲気は、目の前のダンスパートナーに気づか...
アンリエッタの相手をつとめているその青年貴族は、かれな...
「陛下、いかがしました? もしかしてご気分がすぐれません...
「え……いえ、そういうわけでは。お気になさらないで」
「そうですか……そうだ、新しい香水に興味はおありですか?
わが領地には広い猟場があってですね、そこに咲きほこる春...
気負いがあるのか、その貴族はなまなかなことでは引き下が...
ほかにもその猟地で巨大な獲物をしとめた話やら、群生する...
が、上の空のアンリエッタは「あら」「ええ」「ほんとうに...
ふだんなら社交の基本として、興味がうすい話でも笑みをう...
けれども今夜の彼女は疲れてぼんやりしていた。さらに傷心...
そういう理由でのアンリエッタの反応の鈍さに、その青年貴...
自分の話術で女王の興味をひけないことに誇りが傷ついたら...
「マントノン公の話はもう耳に入れておられますか、陛下」
「はい……?」
「ガリアとの国境沿いに領地をもつマントノン公爵ですよ。ほ...
よかった、この話はまだお知りでないようですね。すこし前...
トリステインの東側で反乱が起こっているこの機をのがすま...
領地が近い貴族同士が仲がいいとは限らない。告げ口する青...
ぽかんとしていたアンリエッタは、この話にかくされた重大...
「……その話、うかがわせていただけますか」
「たわいもないことですよ。さきに述べたように彼の領地内に...
街道をとおってガリア方面へ行き来する商人たちに、マント...
――マントノン公はティーカップなどの高級磁器の製造に手を...
――ですがかれが作れたものは、素人目に見ても二束三文のが...
――商人たちにとってもいい迷惑というものですね。あんなも...
青年貴族の話を聞きながら、アンリエッタの肩が震えた。
ひとつひとつ状況への理解が深まるたびに、胸中で火の粉が...
もともと豊かな穀倉地帯であるガリア方面からは、国境をこ...
空路の場合、船賃がかかるため、小規模の行商人ならば陸路...
そしていまは、トリステイン東部で起きた反乱のため、ゲル...
マントノン公爵は街道を通過する行商人を足どめし、あまっ...
この話が真実なら、公爵がやっていることは実質的に、関税...
(関税権は、王政府しか持ってはならないのに!
それに、そんなことをすれば、行商人たちがトリスタニアに...
街道を通るときに余計な出費を強いられるとなれば……商人た...
かれらとて利益を出さねばならないのだ。
それでも王都トリスタニアをはじめとして、トリステインの...
トリステインでもむろん穀物は作っているが、国産物の値は...
「ああ、それだけでなく、こんどは瓶詰めの聖水とやらまで売...
うつむいたアンリエッタの顔色に気づかず、青年貴族は得々...
「陛下にまず話そうとしたのはこの話ですよ。わが家はマント...
その水がまた傑作でして、数千年前に聖者が足を洗ったとい...
いやもう、強欲にもほどがあると、心ある者たちは眉をひそ...
その貴族はようやく女王の様子にただならぬものを感じ、笑...
アンリエッタはダンスのステップを打ち切り、立ちどまって...
ただならぬ雰囲気に気づいて周囲の視線が彼女に集中し、音...
静まりかえった大広間に、怒りをはらんだ女王の声が、つぶ...
「……パンをはじめ、トリスタニアで物の値がはねあがっている...
教えてくれてありがとうございました、わたくしは今夜はこ...
情報をもたらした貴族に礼を述べると、アンリエッタはくる...
あぜんと見ている客たちにかまわず、広間の入り口をめざす。
ハイヒールの足音高く、優美さを失わない程度に急ぎ足で。
あわてて寄ってきた侍従に「馬車を、それと銃士隊長を呼ん...
なにか落ち度があったのかとびくびくしつつ現れた城館の主...
夜会に出てよかった。早期のうちに処理しておくべき問題を...
(これは許せない。下劣すぎるわ)
大貴族が、立場を悪用して私欲をむさぼっているのである。...
嫌悪の情はもとより、国の理に照らしても見逃せるものでは...
灰色の石づくりの玄関をでて庭を歩き、鉄格子の門から街路...
けれどアンリエッタが馬車に乗りこむ前に、ハイヒールで石...
「姫さま、待ってください、姫さま!」
耳に入ったときはすでに、それが誰の声かわかっていた。一...
人目を気にせず走ったのか、ルイズは髪を乱して息を切らせ...
館前で明るく燃えるかがり火のわきで足をとめ、ひざに手を...
「は、話が……姫さま、話したいことがあったのです。宴が、終...
「……なにかしら?」
「お父さまは……ラ・ヴァリエール公爵は……世のわからずやたち...
ルイズは呼吸をととのえてから、背をまっすぐに伸ばした。...
「姫さま、父や母は……もしかしたら批判はしているかもしれま...
わたしは王政府の臣としてできることならなんでもします。...
アンリエッタは気がついた――王家とラ・ヴァリエール家の間...
自分のように。あるいは自分にもまして。
ふと共感がわきおこり、女王はルイズに歩み寄った。その手...
「ルイズ、わたくしもそう思っているわ。
あの方たちが誇り高い真の貴族であることはよく知っている...
女王は本当にそう思っている。
ラ・ヴァリエール家ならば、たとえば同じ公爵家とはいえ、...
にぎられた手にルイズは視線をおとした。それから強い決意...
「姫さま……じつは、希望したいことがあったのです。
ラ・ヴァリエール公家に使者を派遣すると聞きましたわ。
おねがいです。わたしをその使節のひとりにくわえて、実家...
「ルイズ」
「父さまたちと話します。こっちの事情を説明して、王政府に...
おねがいします。ラ・ヴァリエール家は不忠者だなんて、も...
「……ありがとう。本当はわたくしから、いずれあなたにそれを...
救われた表情でアンリエッタは感謝をのべた。
この話をなかなかルイズに切り出せず迷っていたのは、重圧...
けれど王都や学院で後ろ指をさされているよりは、ルイズの...
ルイズの後方、館の玄関口に、ほっとした様子で円柱に背を...
今はそちらのほうを見ないようにアンリエッタはつとめた。
…………………………
………………
……
館の前からすこし離れた街路樹の枝に、緑の小鳥がとまって...
それは見る。つるりとした黒塗りのガラス玉をおもわせる眼...
路上で手をとりあう少女たちの姿が映され、その人工の眼球...
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
日は落ち、残照が空の雲を赤く染めていた。
執務室をたずねてきた男にうながされ、ベルナール・ギィは...
どこかの裏庭から逃げだしてきたニワトリを追いかける子供...
夕暮れどきの都市のなか、レンガで舗装された道が、二人の...
都市トライェクトゥムをかこむ防壁にくっついている、ひと...
その内部に築かれた地下への階段をおりる。鋲を打った冷た...
もとは武器倉庫ででもあったのだろうか、石の地下室はわり...
ベルナール・ギィが訪れたのは、みずからの都市の片隅であ...
だがこの場所で、その表情は冷然とひきしまり、瞳は油断と...
彼は実質上、河川都市連合の指導的地位にあり、トリステイ...
それにもかかわらず、彼はこの地下の石の広間にひそむ何か...
手燭を持つ同行者が、背後で虫一匹さえ這いだせないほどき...
しかし、そのささやかだが確かな手燭の光も、大きな地下室...
まるでカーテンをひいたかのように、巨大な赤い泡の膜が張...
ほんとうに暗い地下室だった。
ベルナール・ギィには、この不気味な泡の内部から血なまぐ...
遠く思いだす修道院の図書室も暗かったが、あれとは全くこ...
横手のぶあつい壁はじめじめしていた。壁の石組みの隙間か...
この砦のある城壁は、濠として川を活用しており、ここは地...
そして部屋内を満たすのは、むせかえるような血のにおい――
彼は横目でザミュエル・カーンを見た。手燭をかかげて彼を...
それも道理だ、とベルナール・ギィは考える。なぜならその...
この泡の障壁の向こうにあるものと同じ臭いが。
(そういえばあの娘は、この傭兵隊長を〈カラカル〉と呼んでい...
カラカルという名の獰猛な獣は、狼の眷属とも、大山猫の一...
ザミュエル・カーンについて言われていることを思い出して...
傭兵には悪評がつきものだが、この傭兵隊長には討ちとった...
泡が強く揺れた。
二人の男が黙って見つめる前で、泡の表面ににゅっと細い手...
手につづいて腕が、肩が現れ、そして頭と脚が……
出ようとしていた者が通過し終えても、泡は割れはしなかっ...
裸の少女の姿を惜しげもなくさらした〈黒い女王〉に、ザミ...
宙でそれをつかみ、濡れた白い裸にローブを羽織った彼女は...
「新鮮な生きた人間、できれば若い女がもっと必要だ。死刑囚...
ベルナール・ギィはトリステイン女王の外見を模した少女に...
「そう何人も簡単に融通できるものか。都市参事会は都市内の...
死刑囚とて本来は法にのっとって刑を執行されるべきなのだ...
「頭が固いな。公にならなければいいではないか。
目を転じてみろ。売春婦ならば街にあふれているぞ。そして...
「念を押させてもらうが、わたしの断りなく都市民になにかし...
ベルナール・ギィは細めた目を〈黒い女王〉にひた当てた。
その強い警告に対し、彼女はあっさりとひきさがった。
「しかたない。なら、都市民以外でこっちで適当に調達するさ...
まさかそれまで止めはしないだろうな」
「……ガヴローシュ侯爵の妻と娘を『素材』とやらにしたのはや...
今後はたとえ敵であろうとも、身分の高い者はけっして無意...
必要以上の敵意を買ってはならなかった。
けっしてこの少女に言ったことはないが、適当な時期がきた...
ただし、こっちに有利な条件での講和でなければならない。...
〈黒い女王〉が微笑む。
「それは残念。大貴族の女というのが好みなのだが。
ならば農民にしておこう。連中はたくさんいるから」
その言い方は、野ウサギの数について猟師が語るのと変わら...
ベルナール・ギィは嫌悪を顔にはっきり浮かべはしなかった...
この泡の内部にこもるとき彼女が何をしているか、彼は知ら...
ただこの地下室に運びこまれた囚人は、ひとりたりとも出て...
囚人の調達も生ごみを入れる手押し車も、どちらも彼が手配...
そしてこの幼いトリステイン女王の外見をした怪物は、本物...
たとえばこの泡だが、これは一種の結界のような役目をはた...
『解呪石〈ディスペルストーン〉』の働きによって大河流域は魔法断...
大気中に飛散した『解呪石』の目に見えないかけらを、泡の...
泡の結界は一枚ではなく、この奥にさらに何重も張られてい...
見透かすことはできないが、それでけっこうである。どんな...
「ところで会議の顔ぶれはだれだれなのだ」
〈黒い女王〉に唐突に訊かれて、ベルナール・ギィは一瞬み...
裏をさぐりかけてやめた。この程度のことなら隠しても意味...
「市参事会員をはじめ、いまだトライェクトゥムにとどまって...
「全員の忠誠は確認したのか? 誓約文書はあるか」
「各代表の名のサインと血判により、われわれ河川都市連合は...
これなら、おじけづいたどこかの都市がいまさらながらに無...
〈黒い女王〉はそれを聞くと「ふむ」と下唇に触れ、謎めい...
その沈黙に、ベルナール・ギィは長く付き合うつもりはなか...
だから彼は、言うべきことをさっさと口にした。
「ついに王軍が来る。こちらの倍となる一万余の兵をそろえて...
それも農民主体の諸侯軍とはわけがちがう。王軍を構成する...
「ほう。王軍はどんなふうに攻めてくるかな」
「冠水した土地をさけつつも、なるべく直進してくるだろう。
王政府は財政上の問題で、小細工する余裕がおそらくない。...
「ああ、それをわたしに止めさせようと?」
「まさか。王軍の相手は市民軍がする。王政府の空海軍は、『...
貴君に頼みたいことはむしろ、残ったそれ以外の道をつぶす...
「残ったそれ以外の道?」
おうむ返しの形の質問に、ベルナール・ギィは答えた。
「山地だ。ゲルマニアに近い山地のあたりを押さえられたくは...
ただ王政府も、それをやると軍事費がさらにかかるから多分...
予想に反し、王政府が大量の兵を大河の上流域に送りこんで...
そのまま川にそって下流まで攻めこまれずとも、たくみに大...
ゲルマニア側の都市が送りこんでくれるひそかな物資の流れ...
「幸いなことに、はやいうちならその戦略の芽をつぶせる。
現地の畑をだめにしてしまえば、王軍はたとえ上流域をとっ...
上流域は山がちの地形であり、大河の両岸は崖がつらなる。...
さらに山地では荷馬車も通りにくい。つまり補給を後方から...
だからこちらは先に上流域に兵をおくり、もともと平野にく...
ただ、その地の農民には残酷なことになるだろう。やっと山...
しかたない。ベルナール・ギィは思った。
山地の農民には飢えてもらうしかない。都市の命運をおびや...
それでもこういう任務に、市民軍を使う気はさらさらない。...
汚名をかぶったまま消えていくにふさわしい連中は、すでに...
「貴君の連れてきた傭兵隊にそれを任せたい。できれば、ゲル...
…………………………
………………
……
ベルナール・ギィが一人で去り、階段の足音の余響が消えて...
「いいのか、あの男はこちらを汚れ仕事に使いつぶそうとして...
傭兵隊長は、白く幼い裸身にタオルのみをはおった〈黒い女...
「これまでのところ、黒狼隊が食糧や弾薬の補充を求めて断ら...
だがあいつは、俺たちと契約文書をとりかわして正規の雇用...
少女は、傭兵隊長からすれば不可解に思える笑みを浮かべた。
「なんだ〈カラカル〉、おまえみたいなクズでもやっぱり安定...
残念ながらこの都市は、都市の民自身からなる『市民軍』と...
「おい、俺はいま忍耐心を試されているのか? 話がそれてい...
このままだと、王政府と都市連合のどっちが勝っても俺たち...
今でさえあの男は、あんたと俺をうとんじている。俺たちを...
「悲観的な未来予想だな。だが真に悲しむべきことに、お前の...
わたしだって、あいつに愛されていると思っていたわけじゃ...
〈黒い女王〉は傭兵隊長の予測を肯定した。
だったらこれからどうするのだと言いたげな〈カラカル〉に...
「たしかに技術屋、便利屋あつかいされるのは嫌気がさした。...
〈カラカル〉、とりあえずはもう一度だけ、望まれた役割を...
言ったとおり、傭兵どもにはいつでも出られる用意をさせて...
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二日後。トリスタニアちかくのとある人工池。
ただの池ではなかった。王政府御用達の、水空両用のフネの...
ラ・ロシェールなどの大型の港にくらべればとるに足りない...
なにしろ収容できるフネの数は小型船なら二、三隻、大型の...
それでもこのような発着場は必要とされていた。緊急時など...
いまも、間近に出帆をひかえた小型の快速艇が一隻、停泊し...
その甲板にたたずみながら、ルイズははるか東のかなたを見...
トリスタニアから東のラ・ヴァリエール領へ、これから空路...
まっすぐ進めば途中で反乱地域の上空に入ってしまうが、も...
航路を頭のなかにえがいてから、ふとルイズは髪をそよがす...
「先に帰った姉さまとおなじ航路だわね」
エレオノール・ド・ラ・ヴァリエールが王立魔法研究所を離...
傍のものがひきとめる間もないほどのあわただしい帰郷に、“...
(それがただの根も葉もない陰口ならどんなにましだったかしら。
最低の気分だわ、なんたって事実なんだから)
ルイズは先々週、姉が王都を出ていく前にひそかに自分を訪...
王宮まできたエレオノールは、ルイズの滞在している一室に...
姉はすぐ発てるようにした簡素な旅装で、椅子に座りもせず...
そのとき、むろんルイズは抗った。こんなときに無断で王都...
『陛下に……姫さまに申し訳がたたないではありませんか、姉さ...
『あんたがそんなことを気にしなくていいの! とにかく、お...
叱りつけられても、ルイズはあとに退かなかった。
彼女は幼いころの彼女ではなく、その心にいだく貴族として...
『いいえ、気にしないわけにはいきません! わたしはラ・ヴ...
……姉さまだってそうよ、お父さまだってそうでしょう? 国...
正面から逆らわれて、エレオノールは驚いたようだった。こ...
怒ろうとして思いなおしたらしく、すこしの沈黙のあとで姉...
『ちびルイズ、あなただって大貴族の一員なんだからわかるで...
『納得できませんわ! いまでさえラ・ヴァリエール家が宮廷...
帰るにしてもせめて姫さまに事情を話して、きちんと領地に...
『……それはしないわ。べつに帰郷のたびごとに直接、陛下の許...
長姉は苦渋の表情でかぶりをふった。
彼女はけっして言わなかったが、いまから思えば、父から来...
そこから先は堂々めぐりとなり、折り合いがつくどころでは...
エレオノールは最初こそ、彼女にはめずらしく温和にルイズ...
もともと高慢で激しやすい性格である。
『わたしが喜んでると思うの、ルイズ! ことあるごとにうし...
けれどね、もう一度だけ言うけど、お父さまが決めたことな...
大人が決めたことにあれこれ反発して危険に手をつっこもう...
黙ってわたしといっしょに帰ってきなさい!』
『いやです!』
『こ……この、頑固なちび!』
いつしかたがいに興奮して声が大きくなりすぎていた。
人がどんどん集まってくる気配にエレオノールははっとわれ...
引きずってでもつれて行こうとしたのだろうが、ルイズはつ...
その直後、戸口にアニエスがあらわれて一喝した。
『王宮内だぞ、なんの騒ぎだ!』
エレオノールは開け放された部屋の入り口に立った銃士隊長...
彼女は一度だけ顔をもどしてルイズを見た。ルイズが固まっ...
それからエレオノールはぐいと婦人用帽子を目深にかぶって...
戸口のアニエスは、すれちがうときに彼女を引き止めようと...
『……姉君の身柄を拘束しておいたほうがいいか?』
その問いに、ルイズは視線を落としたまま弱々しく首をふっ...
……――現在のアニエスの声が、ルイズを現実にひきもどした。
「フネが飛べなくなった空域を避けるとなると、やはり航路が...
いちおう同盟国だし、通行することをちゃんと伝えれば一隻...
ところで、サイト?」
「あ、はい」
ルイズと並んでぼうっと横に立っていた才人が、呼びかけら...
「辛気くさい顔をしてどうしたんだ」
それはルイズも気になっていたところだった。朝から少年は...
心配を覚えたルイズは、長姉のことはひとまず頭のすみに押...
「サイト。なにか気にかかる事でもあるの?」
「いや、とくにどうってわけじゃないんだけど……うーん……
アニエスさん、ルイズの護衛は俺でじゅうぶんじゃないんで...
「しかたあるまい、わたしは監視役もかねて付いているのだ。...
『使節団の代表をラ・ヴァリエール家の身内だけで構成する...
いちおうわたしも近衛の隊長だ、公爵の前にでるのに身分に...
「でも、姫さまの護衛のほうは」
「なるほど、無理もない心配だな。だが問題はあるまい、マン...
われわれ銃士隊はおそらく、戦場近くに派遣されて任務をこ...
そういうわけでよろしく頼むぞ」
そう言ってアニエスは、出港の用意をしている水夫たちをさ...
才人はその後ろ姿を黙然と見送っている。その才人を見てル...
「ふーん、あんたずっと姫さまのこと考えてたのね」
「え? ルイズ?」
きょとんと見てくる才人に背を向ける。
本来、アンリエッタが心配なのはルイズも同じである。傍か...
しかし、それはそれとして、才人がほかの少女のことを思案...
「静かだったと思ったら、そういうことなんだ」
これではただのやきもちだと自分でもうすうす感じながらも...
たぶん才人はむっとしてなにか言い返してくるだろう。喧嘩...
だがルイズの予測ははずれ、背後の才人から声がかかること...
才人は首をふった。
「そうじゃねえよ、怒ってない。
でも、いまはほんとに姫さまのことを考えてたわけじゃねえ...
要領をえないことをもごもごと口中でつぶやいてから、ルイ...
「なんだかわかんねえけど落ち着かない。ほんとにそれだけだ」
…………………………
………………
……
その頭上。
すみわたる青い空を背景に飛んできた緑の小鳥が、白い帆に...
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昼時、魔法学院のすぐ近くの草原だった。
使い魔召喚など野外授業にも使われる場所である。
野をつらぬく道路には、数人の廷臣たちと多くの護衛がなら...
そのまえで、馬車をひいていたユニコーンが足を休め、車輪...
なかから白よそおいの少女が下りてくる。
「お帰りなさい、陛下。マントノン公爵への説得はうまくいき...
マザリーニが、言葉ともに出迎えてきた。
言祝ぎに対して、アンリエッタはふわふわした肩掛けを脱い...
「説得などというものではありません。拍子抜けするくらいあ...
書簡で詰問したときにはのらりくらりと逃げようとしていた...
夜会から帰ってすぐ宰相にマントノン公爵のことを伝えよう...
むろんまず書簡で叱責した。街道を通行する商人にむりやり...
それに帰ってきた返事は、文面だけはぎょうぎょうしく敬語...
自分は公爵家の当主であり、トリステイン貴族でも高位にあ...
それ以外には、反省はもとより、なんの中身もない文だった。
その返事を見て、アンリエッタは怒りにかられたのだった。...
女王はみずからマントノン領を訪れることを決め、その日の...
彼女の姿を見たとたん、マントノン公はうろたえきって一も...
アンリエッタの後ろにつき従いながら、慇懃にマザリーニが...
「ふだん玉座から遠くはなれた自分の領地にいるときは大胆に...
ただ陛下、権威を利用するこうした手法はたしかに有効です...
「うまくやりますわ。それより、なぜ魔法学院で待ち合わせな...
アンリエッタの不機嫌の主因はそれだった。
枢機卿のよこした急使によって、マントノン領から王都に帰...
忙しいのである。無駄な手間をとらされたくはなかった。
「枢機卿、わざわざこちらへ呼んだのはなぜか説明していただ...
「それです、陛下」
主君のその質問を予期していた口ぶりでマザリーニは言った。
「しばし仕事から離れ、王都ではなくこちらに滞在してお休み...
そのあいだ、政務はわたしが責任をもちましょう」
息を呑み、アンリエッタは声を少し高めた。
「まってください、枢機卿。宮廷でも戦場でも臣下が駆け回っ...
「そうです、陛下にはご自愛いただきたい。これは侍従長ラ・ポ...
もちろん状況しだいです。心苦しいのですが、場合によって...
「それでいいのです、休みなどいりませぬ。いまは働いていた...
……魔法学院にとどまっているなど」
横をむいてトリステイン魔法学院の火の塔だか風の塔だかを...
血を流しているのは自分の王国なのだ。
それに、頭を休めれば、ルイズ主従のことを考えてしまう。...
戦ははやく終わらせたかったし、報われない想いはもう重か...
マザリーニが首を振った。
「臣の身にして不遜ではありますが、あとはわたしにお任せい...
「そんな、一方的すぎるわ。
反乱鎮圧はこれからが肝心だとあなたは言っていたではあり...
兵士たちが命をかけて戦うというときに、かれらに命令を出...
アンリエッタの抗議に、さらりと返ってきた答えは予想しな...
「ご心配なく、緒戦はすでに終わりました。人は一人も死にま...
女王はあっけにとられた顔でマザリーニを見た。
説明をうながされる前に、宰相は弟子に対し口を開いた。
「ガンは反乱を起こした河川都市連合から離脱して、王政府が...
これで、もっとも近い水路と倉庫にいたる道の安全は確保で...
「それは……吉報ですわ、とびきりの吉報ですけれど……
でも、あの、いきなりなぜ彼らはこっちについたのでしょう...
「戦は見える軍の力と、見えない政治の力の双方で戦います。...
「順序だてて、細部まで話してください」
「ガンの代表が死んでいたことが大きかった。
その男は、故ガヴローシュ侯がひきいていた最初の諸侯軍と...
指導者が急に消えたばかりの組織というのはそれだけでも混...
ガンの代表は、まとまった軍と戦うには少なすぎ、発見され...
おそらくその護衛はトライェクトゥムから提供されたものだ...
しかもその一団を発見し、彼を討ち取った諸侯軍の傭兵隊長...
最初から密約があったと考えてもおかしくはない。
「『都市連合内部で逆らってくる者が邪魔だ』というトライェ...
説明を切って息をつき、マザリーニは締めくくりに入った。
「あんのじょう、ガンの市当局は内紛に突入していました。都...
その情報がもたらされてすぐ、この枢機卿の名において使節...
約束とは、まず大逆の罪状を完全に赦免すること。
それからトライェクトゥムにかわってガンが都市連合の領袖...
甘い飴をちらつかせる一方で、マザリーニは武力と時間制限...
「昨日夕刻、都市ガンの市当局は城門をひらいて王政府に降り...
彼らは軍資金や糧秣の提供などで積極的に王軍に協力するで...
経緯の理解とともに、アンリエッタの心に喜びが追いついて...
表情をかがやかせ、少女は思わず枢機卿の首に腕をまわして...
自分の娘のような年若い主君に親愛の抱擁をうけて、マザリ...
「陛下がいない間の勝手な判断を、どうかお許しください。
彼らが動揺しているあいだに、機をのがさず迅速な手を打つ...
「だれが責めるというの、枢機卿、あなたは最高よ!」
そのまま宰相の手をとってダンスしかねないはしゃぎようの...
「じっさい難しいことではなかったのです。都市ガンは代表を...
そのうえ王軍の攻撃が真っ先に集中する以上、あの都市はど...
こちらはタイミングを見はからって、それをかれらに突きつ...
「いいえ、そうだとしても素晴らしいことですわ」
ひとりの犠牲者もなく一つの都市を降すことができた。それ...
それもただの無血勝利ではなく、いわば反乱都市に対する攻...
弟子が体を離すと、枢機卿は僧服のしわを軽くのばしながら...
「これは第一歩にすぎません。さらなる効果を引き出すために...
われわれの軍が進んでいくのに先んじて、まずは都市ガンの...
雌伏している諸侯の心にも火はついたことでしょう。
その火をさらに言葉であおり、炎と燃え上がらせましょう。...
「でも、そんなにうまくいくのですか?
魔法が使えなくなった地域の諸侯は、反乱軍に目をつけられ...
かれらには王家への協力要請を断る口実もありますし」
アンリエッタの心配はもっとものことだった。
魔法断絶圏外でも、“王家の私戦には協力しない。中立を保つ...
王家の私戦というのは河川都市連合が裏から宣伝しているこ...
マザリーニは首をふった。
「勢いというものをガン攻略でわれわれはつかみかけています...
戦わず沈黙していた諸侯のうち、今こそ王軍に呼応すべきで...
もともと王軍を待っていた者、または王政府に忠義を見せて...
野にちらばる諸侯は生きのびるために身を伏せていても、け...
トリステイン王政府が、繰り出した王軍の力をたしかな背景...
かれらを焚きつけ、ドミノを倒すように王政府になびかせる...
魔法断絶圏内の領主たちを一斉蜂起させることに成功すれば...
河川都市連合の市民軍は、突然そこかしこにひるがえる百合...
これまでの記録を見れば、市民軍はたしかに強い。散らばっ...
だが、いまは王軍が参戦しているのだ。市民軍が諸侯の旗す...
まして蜂起した諸侯すべてが、子や孫を殺されたガヴローシ...
「成功すれば、諸侯に手間どる反乱軍を、王軍が野で追いつめ...
河川都市連合は『水路を制した自分たちの軍に移動スピード...
そして会議でも言ったとおり、王軍が反乱勢の野戦のための...
ただこの戦い方のためには、どれだけ多くの諸侯を王政府の...
軍役免除税をはらっても兵の供出を拒むという貴族が続出す...
いま説かれた戦略は、なるべく広い地域にわたって地元諸侯...
(でも、こういった駆け引きなら、枢機卿のよく知った分野にな...
マザリーニは政治力で勝つつもりなのだ、ということがアン...
「わかりましたわ。あなたの手腕をたのんだほうがよさそうで...
でも……やはりそんな重要なときに、わたくしのみは動くなと...
「重ねて申しますが、休んでいただきたい。
申し上げにくいのですが、この反乱の前後の事情で陛下は『...
実務の面で、一時的に陛下ではなくわたしが前面に出ていた...
マントノン公のごとく明らかに国への害が大きい例なら罰し...
「……はい」
厳しく押さえつけるような言葉に、アンリエッタはしゅんと...
ただ、萎縮させられはしても、マザリーニに対する反発は湧...
もっともらしいことを言っていても、ほんとうはこの処置は...
…………………………
………………
……
女王と宰相のいる場所から数百メイルほどへだたった、魔法...
キュルケは長椅子の上で器用に寝返りをうった。
「ねえタバサ。二日も読み返してるけど、なんなのよそれ」
腹ばいにねそべりながら、暖炉の前に椅子をおいて座ってい...
タバサは誰かからの手紙を読んでいるのだった。
じっくりと読み、文章の終わりまでくるとまた上のほうから...
それにしても長かった。授業にも出ず、ずっと考えているよ...
ずいぶん煮詰まってるみたいね、と思いながらキュルケは軽...
「あんた、ルイズたちについていきたかったんじゃないの?」
才人のこともにおわせたつもりだったが、返答はなかった。
ただタバサがわずかに身じろぎしたのが見えただけである。...
それでも、キュルケには読みとれた。手紙の内容をではない...
キュルケは問いかけるのをやめにした。話さないものを無理...
またごろりと仰向けにもどり、話題を転じた。
「どうなるのかしらね。うちの国は大貴族の反乱、こっちは平...
でもトリステインにはあの枢機卿猊下がいるか。それなりの...
と、前ぶれなくタバサが手紙を火にくべた。
軽く目を見ひらいたキュルケのところに、ぽつりとタバサの...
「智者がかならず勝つなら」眼鏡にうつる火がちらちら踊っ...
ととのった小さな顔はいつもの無表情だったが、わずかに苦...
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「貴様らに給料は支払われない」
トリステイン東南部のゲルマニア国境に近い山地地帯、大河...
彼ら襲撃者たちは何艘もの小船で川をさかのぼり、上流域の...
マスケット銃や火縄銃、ピストル、短槍などで武装した服装...
ただ働きを通告された共和主義者の義勇兵たちは、周囲の状...
村の広場に密集して並ばされた二百人ほどの彼らを前にして...
「トライェクトゥムの市参事会からは徴発権を……まあ、黙認さ...
貴様らは飢えずにすむ。――きちんと任務を果たしているかぎ...
運がよければ、普通に給料を払われるだけの時よりずっと懐...
「任務?」
おうむがえしに聞いたのは、最前列にいる若者だった。
表情を完全に蒼白にして、視線を傭兵隊長だけにあて、周囲...
「任務だ。非常に簡単だ、要は『残すな』、それだけだ」
煙のにおいが傭兵隊長の背後からただよってくる。
わら束と薪と油で火をつけられた教会の鐘の音が、リンドン...
本物の叫び声も家々の中や物陰からひっきりなしに起こり、...
村中へ警告するつもりだったのか鐘楼に上って鐘を鳴らして...
黒狼隊の大半とそれ以外の傭兵は、村中に散って駆け回り、...
粉引き場と小麦貯蔵庫と各家庭から、荷馬車に食料を移して...
絶え間ない殴打の音と悲鳴ともに「村内に金貨や銀食器をも...
すでに嬉々として戸外に出て、奪った財貨や衣類を大きな布...
〈カラカル〉の横で、広場の隅の井戸に腰かけて本を開いて...
「『昔ガリアの人、大地に向けて、“この世の災厄のうち、はな...
“われこそ〈罪業〉”と一匹が名乗る。“殺人、強盗、もろもろ...
〈火災〉〈疫病〉それにつぐ。〈飢餓〉が追いつき、押しの...
ガリアの王はこれらの怪物のはびこるを知り、すぐさま兵を...
いわく“おお、汝こそわれらの領袖なり”と』」
古書をぱたんと閉じ、つぶやく。
「この説話は、現実の軍の歴史そのままだな。
ただ消費するだけの巨大な人間の群れが、物資や食料を吸い...
戦場や道端に打ち捨てられた死体は腐敗し、水を汚染し、疫...
略奪、放火は黙認される。敵に対しては推奨される。敵国都...
これが輸送にあたってフネの力を存分に引きだせず、また国...
彼女は石だたみの上にすっと立ち上がった。
「〈カラカル〉、時代を逆行させてこい。
おまえはこの連中を率いて、村々や町を食いつぶしつつ川下...
わたしはちょっと用事あって離れる。幻獣の騎兵を連れてい...
「なんだ、俺にこいつらの教育を押し付けるのか」
「とりあえず黒狼隊の一部、およびほかの傭兵どものすべてを...
おまえらと混じっているだけでも、素人どもの教育にはじゅ...
そもそも農民相手の働きにたいした訓練は必要ない、本能の...
「こいつらがおまえらに同化した時期をみはからって、残って...
せいぜい新兵に反乱をおこされて殺されないように注意しろ...
「いらん心配だ。
戦闘員以外はどうする。従軍商人はともかくとして、社会に...
「黙認していい。流浪する人間の数が増えたほうが、収奪の規...
「に、任務って……!」
かぼそい声が彼らの会話をさえぎった。二人は頭をめぐらせ...
共和主義者たちのうち、最前列の若い男が思い切ったように...
「任務の具体的な内容って、い……家や畑に放火したり、食べる...
答えはない。が、冷ややかな沈黙のなかに否定は感じられな...
何も言わない〈カラカル〉に向かい合って、若者は手に持た...
「お……俺も農家の出です……戦う気持ちに偽りはありませんが、...
家はまたつくれます、さいわいに冬じゃないから今すぐ命に...
それに、それに、――王軍が進駐できないようにするためだけ...
俺たちが武器を向けたいのは王の軍隊であって、そこらで普...
若者が一息に言い終えたとき、前に踏みこんだ〈カラカル〉...
一呼吸のうちの早業に、若者が反応する暇もなかった。血し...
抜き身のサーベルに血のりをべっとりつけて、傭兵隊長は横...
「隊の司法官は今はカールだったか。不服従の罪で裁判、一名...
同志の死をあまりに簡単に見せられ、恐怖に凍っている共和...
「命じられたことに余計な疑問をさしはさむ者、上官の命令に...
今並んでいるのはちょうど二個中隊規模だからして……とりあ...
〈カラカル〉のぼそぼそと事務的な声が、低いながらも無慈...
このとき、雰囲気を感じとった傭兵たちの多くが略奪狼藉の...
周囲の家々の窓や路地から銃をかまえ、包囲を見せつける形...
ほとんどが刃物か短槍しか持たされていない共和主義者たち...
反抗すればそれが虐殺に直結する状況では。
そばで行われている一幕を完全に無視して、〈黒い女王〉は...
常人ならば何メイルも離れてさえ、燃える教会のただならな...
燃えて崩れた正面扉、信じがたいほどの火の至近で彼女は立...
それから彼女は無造作に、本を火に投げこんだ。
「おまえらは、始祖ブリミルに唾を吐け」
教会に背を向けて兵たちに向きなおった少女の低い声は、諧...
火炎の黄金、赤、オレンジ、青――競演のように噴きあがる明...
飛びちる火の粉を浴びながら彼女は微笑する。その身にまと...
「邪悪のかぎりを尽くしてこい」
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王軍の行進する原野。
羊雲のちらばる晴天の下、街道を本物の羊たちが追いたてら...
変わっていることといえば、その羊群は長蛇の列をなす荷馬...
とりわけ大きな雄羊の一頭に、幼い男の子がしがみついて乗...
それを指さしてギーシュは文句をつけた。
「おい、ありゃなんだね。行軍だぞ、なんで急に羊や幼児が加...
けっして模範的な優等生ではない彼でも、この光景にはさす...
この新設軍で組織された輜重部隊を取りしきっているニコラ...
「いましがた、この近所の貴族が持ってきたんですよ。ほら、...
いいじゃないですか、羊の焼肉が食えますぜ。ニワトリもく...
それにしても増えたもんですな、すりよってくる領主が」
かれの言うとおり、近隣の貴族たちがぞくぞくと王軍に接近...
都市ガンが降伏し、王軍がその前を無傷で通過した日からで...
「いやあ、ガンの城壁に手間どらずにすんだのはありがてえ。
枢機卿猊下のおかげでさ。鳥の骨とか悪く呼ばれてますが、...
知恵者の采配ってのはときに一軍にまさりますな」
ニコラが急に上機嫌でマザリーニを褒めちぎりだしたのは焼...
時間も弾薬も人命ひとつもそこなうことなく最初の勝利をあ...
アンリエッタが印を押したマザリーニの回状を、王軍の進路...
そこで回状を持った騎兵が先発したのだったが、その日が終...
それらの代金は戦後に支払われるのだろう。それは最低限確...
いまではこの近辺の詳細な地形図および道案内までつけられ...
ただ、本隊は先へ行ってしまい、荷馬車隊とともにあるギー...
行軍速度はさらに落ちていた。
「いいのかね、これ。領主たちが積極的に協力してくれるのは...
この補給部隊、ますます足が落ちてるぞ。ただでさえ父上の...
「まあ今のうちならさほど気にしなくとも大丈夫でしょうぜ。...
本隊はちょっと行ったあたりで追いつくのを待ってるのが通...
「ちょっとか? だいぶ離されたようなんだが」
「お父上は街道のこの先にある倉庫をさっさとおさえときたい...
隊長どの、なにか懸念があるんで?」
「……あれだ、行軍で孤立してる補給部隊って敵に狙われやすい...
「いやいや大げさでさ。こんなヘボ部隊ですがいちおう護衛が...
で、本隊が先行してるったって、互いに孤立してるというほ...
だいいち、反乱軍はいまのところ王軍に近づくつもりはない...
微妙に心細げなギーシュを安心させようとしてか、ニコラは...
市民軍は、王軍に数で劣るのだから、原野での正面からのぶ...
王軍が市民軍を無視して反乱都市を包囲すれば、かれらは王...
王軍が本腰をいれて反乱軍をおいつめようとするなら、時間...
「つまり、持久戦にもちこむことが反乱軍の狙いじゃないで...
思いあたるところがあってギーシュもうなずく。
「そういえば父上も『反乱勢は時間をかせぐ策に出るかもしれ...
なんだ、じゃすぐに敵とまみえることもないわけか。しかし...
「そうですな。時間かせぎの意味ですか……金が尽きるのはどっ...
王軍の傭兵に払われてる給料が尽きるのを待つとか」
ニコラのさらりとした言葉のなかに底冷えのするものがある...
「給料?」
「戦争じゃときどきあるんですよ、払われるはずの給料がとど...
雇ってもらってなんですが、勘弁してほしいですよ。戦場で...
場合によっちゃ命にかかわります。ほんとに」
「え、そこまでのことか」
「飢え死にの危険ですよ。ずっとうしろのほう見えます? パ...
連中のおかげで兵は補給が足りないときも食いつなげますが...
そして、軍の公式な補給なんて、フネなしだとちょちょ切れ...
歴戦の傭兵は乾いた口調だった。
「お父上が倉庫の備蓄をはやく確保したがってるのも、しごく...
そんなわけですから、このまんまフネが使えず、金も払えな...
……なりふり構わなければ、また別のやりようもあるんですが...
そこまで言ってニコラは、引き気味に沈黙したギーシュの様...
「まあ、とにかく、逃げる反乱軍をどうやって追いつめるかが...
その点でも、なんとか地元の諸侯をもういちど動かそうとい...
諸侯の軍は、それだけ見れば役に立たない。兵も装備も弱い...
「あ、そうだな。かれらが反乱軍の足を止めてくれるだけでも...
金が尽きたばあいの話が深まらなかったことに、ギーシュは...
なにしろ、最終的にいきつくところは王軍による現地からの...
(だが、いつまでも考えないわけにはいくまいね。
もしずるずる時間がかかったあげくそんな事態になれば、や...
いま地元の領主や民から王政府によせられている好感は確実...
地元諸侯をあおりたてて利用し、河川都市連合の市民軍を追...
金が潤沢にあるうえ市民兵が主体の反乱勢は、くらべれば長...
(でもなあ。ほんとうに時間との勝負ってだけなのかな。都市の...
おかしなことに、敵の意図をそう結論してしまうのはどうし...
論理が納得できなかったわけではない。ただひどく気に入ら...
それがなぜなのか考えてみる前に、横からニコラのいぶかる...
「なんだありゃあ、いきなり来たぞ」
顔をあげたとき、ギーシュにも見えた。
街道を少しそれたところで、兵たちがざわめいて輪をつくっ...
どう見ても、大急ぎで飛んできた伝令だった。
馬を軽く走らせて、ギーシュは竜騎士の近くに寄った。
「やあご苦労。本隊のほうからかね」
ギーシュの挨拶に、その竜騎士は肩を上下させながら「はい...
かと思うと、わずかの間に呼吸をどうにか静め、彼は一息に...
「この先によこたわる水路にかかった橋ですが、グラモン元帥...
あなたがたの部隊と本隊は切りはなされた状態です。一刻も...
(あれ、いきなり雲行きがあやしいんだが)
竜騎士の報告に、ギーシュの心に不安がきざした。その横で...
「おいおい、どういうことだ。あんたらが見張ってたってえの...
軍への直接襲撃じゃないにしても、こりゃ見おとしたじゃす...
「いえ、それとわかる形で敵の部隊が接近してきたのならば見...
橋を破壊したやつは、土地の住民に偽装していたのです。本...
「おいおい、貴族同士の戦いじゃあるまいし『正々堂々』と戦...
ニコラがうなり声をあげて呪いの言葉を吐きすてた。とはい...
ギーシュは声をついうわずらせた。
「ど、どうしたものだろう、ニコラ軍そ……でなくて、大隊長。...
「そんなうろたえるこたありませんや、橋は工兵ですぐ復旧さ...
水路の向こう岸で待ってるだろうお父上の本隊と、すぐに合...
しかしなんだってこんなとこで橋を破壊しにきやがったんだ...
首をかしげるニコラに対し、竜騎士がもどかしそうに焦った...
「意図はそのままでしょう。この部隊と本隊を分断することで...
片眉をあげて、ニコラが竜騎士に言い返した。
「ですからね、たしかに分断されましたが、こんなとこで分断...
市民軍が近くにいるわけでもなし、分断されたっても一日あ...
竜騎士が強く首をふった。酸っぱいにおいのする汗が飛び散...
ギーシュはこのときはじめてまともに、かれの目を正面から...
疲労とそれをはるかに上まわる恐慌があった。「いいえ――い...
「敵の本隊も来ました、来たんです、もうすぐこちらの近くに...
逃げまわるどころか王軍めがけてまっしぐらに突き進んでき...
まちがいなく最初から会戦をいどむ気だったと思われます」
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