ゼロの使い魔保管庫
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492 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:23:30 ID:A...
風上。それは常に向かい風を避ける臆病者の名前である。
木剣の切っ先が風を切ってこちらに向かってくる。マリコル...
そんな彼の姿を見下ろして、正面の友人が呆れた声で文句を...
「おいマリコルヌ、そんなんじゃ訓練にならないって何度も言...
「それはそうだけどさ。そもそもなんでメイジである僕らが殴...
「それ今日だけで何度目だよ。文句ならサイトに言ってくれ」
言いつつ、友人は広場の向こうを指差す。
いま、ヴェストリの広場では新設された水精霊騎士隊の訓練...
副隊長である平賀才人の提案による、木剣を用いた肉弾戦闘...
水精霊騎士隊は才人以外の全員がメイジで構成されているた...
れをねじ伏せた。
「お前らな、そんなこと言っといて、戦場で魔法使えなくなっ...
れねーんだぜ。
魔法使えなかったから敵を逃がしました、じゃ話にならねー...
というのが、この訓練を提案した才人の主張だった。
そういう経緯で水精霊騎士隊の隊員たちがそれぞれ二人で向...
そもそも貴族というのは剣を手にすることなど考えもしない...
そんな人種がほとんど生まれて初めて剣を手にするのだ。ま...
提案者である才人がへっぴり腰で剣を振る隊員たちの間を怒...
もない。
当然ながら、隊員たちの間に疲労と不満の色が広がり始めて...
「そりゃ俺だってこんな訓練に意味があるのかどうかは疑問だ...
座り込んだままのマリコルヌに、友人が木剣の切っ先を突き...
「俺が剣振り下ろすたびにそんな風に尻餅突きやがって。ちょ...
「でもさ、殴り合いなんて。そもそも体型的に運動には向いて...
立ち上がりながら自己弁護する。友人の目が蔑むように細め...
「みっともない奴。そんなだから『風上』なんてあだ名をつけ...
「なんだと。訂正しろよ、風上っていうのは僕の要領のよさを...
唾を飛ばして反論するマリコルヌに、友人は馬鹿にしたよう...
「何が要領のよさだよ。いつも安全なところに逃げてるだけじ...
「違う、僕は」
マリコルヌの言葉は、遠くから聞こえてきた「ちょっと休憩...
「休憩だってよ。ちょうどいいや、豚小屋に引っ込んだらどう...
露骨な侮蔑でマリコルヌをせせら笑いながら、友人が他の隊...
マリコルヌは怒りと屈辱に体を震わせながら、しかし反論一...
493 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:24:42 ID:A...
「何やってんの、お前」
不意にかけられた声に顔を上げると、そこに不思議そうな顔...
「ちょっと休めよ。別にこれで終わりって訳じゃないんだしよ」
マリコルヌは気まずい思いで彼から顔をそらす。
「そんなに疲れてないから大丈夫だよ」
「逃げてばっかだったもんなあ、お前さん」
才人の背中で声がする。インテリジェンスソードのデルフリ...
水精霊騎士隊が創設されて以来すっかり隊のアドバイザーと...
デルフリンガーの言葉を聞いて、才人は片眉を上げる。
「本当かマリコルヌ。駄目だぜそんなんじゃ。魔法使えない状...
「そうならないように上手く立ち回るさ」
マリコルヌがぼそぼそと反論すると、才人は意外なほどに真...
「立ち向かわなきゃ、ダチや好きな女の子が死んじまうような...
「君は強いからそんなことが言えるんだ」
湧き上がる羞恥心を隠すように、マリコルヌは必死で怒鳴っ...
「僕みたいに魔法もそんなにうまくないし太ってて運動も苦手...
「あのなマリコルヌ」
と、呆れた声で反論しかけた才人が、ふとマリコルヌの後方...
何かと思って振り向くと、校舎の方から黄色い歓声を上げて...
手に手に様々な贈り物を持った女生徒の一群はもちろん一直...
マリコルヌはちょうど彼女らと才人の中間に立っていた。
「サイトさま、サイトさま」
「私クッキーを焼いたんですの」
「私はサイトさまのためにマントをご用意いたしました」
「サイトさまを讃えるための詩を」
「どうぞ受け取ってくださいませ」
「ちょっと、どきなさいよ豚」
「邪魔よデブ」
一団となって走ってきた女生徒は、その勢いのままマリコル...
しばらく無様に転がってようやく止まったマリコルヌは、無...
女生徒に囲まれた才人は、「参ったなあ」と困った顔をしな...
ふと周囲を見回すと、ギーシュやレイナールなど、他の隊員...
彼らの輪から外れて、マリコルヌはただ一人草まみれの薄汚...
何故だかどうしようもなく胸が痛み、マリコルヌは重いため...
そんなことをしている内に、どこからか走ってきたルイズが...
モンモランシーがギーシュを水で押し包んで窒息死させよう...
才人らを取り囲んでいた女生徒たちは悲鳴を上げて散りつつ...
マリコルヌは無言で踵を返し、逃げるようにヴェストリの広...
494 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:26:03 ID:A...
学院の周辺に広がる豊かな森の中を、マリコルヌは目的地も...
自分を取り囲む現実を思い返すたびに、やるせないため息を...
マリコルヌは立ち止まって空を見上げた。木々の枝の隙間に...
数ヶ月ほども前、マリコルヌは戦艦に乗ってあの空で戦って...
臆病な自分を変えるために、そう思って自ら志願して参加し...
しかし、現実には思っていた以上に臆病で無能だった自分を...
戦争自体も散々な結果に終わり、帰ってきてみれば残ってい...
現実なんて所詮こんなもんさと自分を誤魔化すことは出来な...
友人たちの中には、戦争で輝かしい戦果を上げて勲章までも...
友人に持て囃され、女の子たちに囲まれていた彼らの姿が頭...
だが、それは当然の結果なのだ。形は違えど、彼らはそれな...
そんな彼らと自分を比べると、どうしようもなくみじめな気...
(僕は、彼らとは違う)
マリコルヌは拳を握り締めた。
(戦闘になったら腰が抜けて立てないような臆病者の豚野郎。...
自己嫌悪に胸がつまり、勝手に涙が溢れてくる。
マリコルヌは乱暴に目許を拭って早足に歩き出した。向かう...
目的などない。ただひたすら無心に体を動かして、嫌なこと...
と、茂みに向かって一歩踏み出した足が、地面の草を踏み抜...
「へ」
間抜けな声が漏れると同時に、彼の体は落下する。
マリコルヌは悲鳴を上げる余裕すらなく斜面に叩きつけられ...
痛みに呻きながら立ち上がり上方を仰ぎ見ると、斜面から突...
どうやら、斜面から伸びていた葉の茂った大枝を、地面と間...
「怪我をしてないのは脂肪のおかげかな」
マリコルヌは自嘲しながら杖を取り出した。
理由はどうあれ「風上」とあだ名されるマリコルヌ、レビテ...
空を飛ぶたびに「豚もおだてりゃ空を飛ぶ」などと笑われて...
また少し憂鬱な気分になりながらも、マリコルヌは詠唱を開...
その途中で、ふと妙なことに気がついた。
何やら地面に羽根が落ちているのだ。珍しい赤い羽根だ。そ...
それは、元は白い羽根だったらしい。赤く見えたのはその羽...
口から出かけた悲鳴を、寸でのところで飲み込む。
(何を怯えてるんだ、僕は。鳥が落ちて怪我しただけの話じゃ...
爆発するように早くなっている心臓を押さえ、マリコルヌは...
多少冷静になってからよく見てみると、羽根は一枚だけでは...
数枚の羽根が、ある一定の方向へと向かって点々と落ちてい...
いずれにも血がべっとりとついていて、やはり赤い羽根のよ...
マリコルヌはごくりと唾を飲みこんだ。少し迷ってから、羽...
ただ怪我をした鳥がずるずると地面を這っていっただけだろ...
495 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:27:15 ID:A...
(何か危ないことがあったら、飛んで逃げればいいさ)
そんなことを考えながら、マリコルヌは赤い羽根を追って歩...
赤い羽根は森の奥へと続いており、下手をすれば草に隠れて...
そうして深い木立を抜けた先に切り立った岩壁があり、そこ...
天然の洞穴らしく、人の手が加わった形跡は見えない。羽根...
マリコルヌは杖を取り出して短く詠唱し、魔法の灯りを灯し...
無論、足取りは慎重である。危険なことがあったらすぐに逃...
洞穴の中は曲がりくねっており、入り口から差し込む日光は...
つまり、灯りがなければ完全な暗闇ということである。そん...
おっかなびっくり歩き続けていくつかの曲がり角を曲がった...
そこは、今までの道に比べると少し広い空間で、ちょっとし...
その奥、壁に背をつけて、見たことのない少女が座っていた。
恐怖に目を見開き、身を守るようにして肩を抱くその少女の...
マリコルヌは息をすることも忘れて少女を見つめていた。
頼りない灯りに浮かび上がる少女の姿は、まるで一枚の絵画...
(天使)
思わずそんな単語が頭に浮かんでしまうぐらい、マリコルヌ...
だが、そのとき生まれた不思議な静寂は数秒も持たなかった。
天使の少女が体を折り曲げて凄まじい悲鳴を上げたからだ。
閉ざされた洞窟の中ということもあってその悲鳴は耳をつん...
「ごめんなさい」
ほとんど反射的に謝ってしまってから、マリコルヌはふと気...
(怪我をしてるんじゃないか、あの子)
森の中からここまで続いていた羽根のことを思い出す。
羽根があの少女のものだったとしたら、べっとりと付着して...
血が乾ききっていなかったことから考えて、少女がこの洞穴...
となると、怪我も治っていない可能性が大きかった。
(どうしよう)
マリコルヌは焦った。怪我をした少女を放っておくことなど...
先程の悲鳴を思い出すと治療することにも躊躇いが生まれる。
そもそもにして、マリコルヌは女の子と話すのが苦手だった。
その上、彼女はあんなにも美しいのだ。前に出てしまって、...
だからと言ってこのまま帰るのも無理だ。となると、手は一...
(無言で治療して無言で帰ろう)
そう心を決めるのにもかなりの勇気が必要だった。
マリコルヌは一度深呼吸して、思い切って足を踏み出した。
496 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:28:09 ID:A...
彼が再度姿を現すと、またもや少女は悲鳴を上げた。一瞬躊...
マリコルヌが近づくごとに、少女の悲鳴は一段ずつ高くなっ...
少女はボロボロだった。体に纏っているのはほとんどボロき...
そこから突き出している長い手足も泥と血に塗れている。
やはり羽を怪我しているらしく、白い翼はところどころが赤...
恐怖と警戒に見開かれた目は真っ赤に充血し、顔も頬がこけ...
だが、それでもやはり彼女は美しい。足を踏み出すたびに、...
(こんなに可愛い女の子を、ボロボロのままにしてはおけない)
空回り気味の情熱を巻き込んで、彼女を癒したいという気持...
マリコルヌは可愛い女の子というものを愛していた。世界の...
その感情は、単なる少年的な欲望とは少しだけ違うものだっ...
遠くから見るだけで、近づくことすら叶わない神聖な存在。...
マリコルヌは、醜い自分とは正反対である美少女という生き...
そんな存在が今目の前で汚れきっているという現状を、放っ...
後ろが壁だということも忘れてマリコルヌから逃れようとし...
それを見て、少女は短い悲鳴と共に両手で頭を抱えた。
やはり自分は彼女に害を与える存在だと思われているらしい...
だが、今重要なのはそんなことではない。
マリコルヌは意識を集中して、慣れない水魔法の詠唱を続け...
苦労して唱えた水魔法は、ほんの少しだけ彼女の傷を癒した。
未だに頭を抱えて震えている少女のそばで、マリコルヌは淡...
その途中で、ようやくマリコルヌが自分の傷を癒しているこ...
視界の片隅で、少女がおそるおそる顔を上げたのが分かった。
しかしマリコルヌはあえてそちらを見ずに治療を続けた。
本当のことを言えば、自分が敵ではないことや彼女の傷を癒...
だが、少女を相手に上手く話せる自信はない。にっこり笑い...
だから、マリコルヌは魔法力の限界まで治療を施している間...
そうして、苦手な水魔法ながら、マリコルヌはなんとか少女...
とは言えほとんど血を止める程度が精一杯で、痛々しい傷跡...
それでも、痛みは大分軽くなっているはずだった。
これで自分の仕事は終わりだ。そう考えて、マリコルヌは無...
そのまま立ち去るつもりだった彼の服の裾を、誰かが引き留...
「待って」
高く澄んだ声が、静かに響き渡る。
驚いて振り向くと、少女がまだ少し不安げな瞳でこちらを見...
「ありがとう」
少女は少し頬を染めてそう言った。彼女の背中で傷だらけの...
マリコルヌは自分の顔が紅潮していくのを感じた。
497 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:30:10 ID:A...
最近、マリコルヌの様子がおかしい。
その噂は、水精霊騎士隊の中だけでなく、ほとんど学院全体...
事の起こりは、マリコルヌが肉弾戦闘の訓練をサボってどこ...
彼はその後どこへ行ったやら、訓練が終わる頃になってふら...
当然ながらレイナールは怒ったが、臆病なマリコルヌはその...
その日から、彼の行動はおかしくなった。
たびたび訓練をサボるのは上手くいかなくて嫌になったとい...
時間が空いているときはなんと図書館に閉じこもり、あの小...
一心不乱に魔法書のページを捲っているという。
では真面目な優等生になったのかというとそうでもなく、町...
極めつけは食事の後に厨房に現れることで、才人が知り合い...
「残り物をくれ」と食事を漁りに来ているのだそうだ。
「豚が冬のために溜め込んでるんじゃねーの」などと口の悪...
今日も今日とて姿が見えないマリコルヌのことを考えて、レ...
「本当に、彼は一体どうしてしまったんだろうな。このままで...
「心配するようなことでもないと思うけどな」
横に寝転んだ才人が言う。
「あいつは確かにどうしようもない変態ではあるけど、小心者...
「そうだな。何せ『風上』のマリコルヌだからな」
才人の隣でギーシュも頷く。レイナールは首を傾げた。
「『風上』って、マリコルヌのあだ名だろう。風魔法が得意っ...
メイジの二つ名というのは、基本的には周囲から呼ばれて定...
青銅のゴーレムを好んで扱うギーシュは「青銅」のギーシュ...
魔法が全く使えないルイズには「ゼロ」のルイズと、聞くだ...
いつ始まったのか知らないこの風習は今でも廃れることなく...
他人がつけるものであるから、例え不名誉なものでも大抵は...
「ゼロ」のルイズ辺りは本人にとっては最悪だが、他人にと...
そういう話から言って、「風上」のマリコルヌというのは特...
レイナールはそう考えたのだが、ギーシュはすまし顔で肩を...
498 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:30:59 ID:A...
「『風上』っていうのは、常に風上にいるような彼の姿を揶揄...
彼は姿こそ小太りでノロマに見えるが、実際にはなかなか要...
危なそうな場所には絶対に近づかないし、自分には出来なさ...
つまり、絶対に向かい風を受けないようにと、風が吹く前か...
風下になる場所にいなければ、向かい風に逆らって歩く必要...
その要領の良さがあって、今まで落第を免れていると言って...
「でも、その姿を臆病者と笑う者もいるって訳か」
「そういうことだ。まあ僕自身はそんな風には思わないがね。...
いかにもギーシュらしい一言に苦笑したあと、レイナールは...
マリコルヌの性格は今の会話で大体つかめたが、今回のこと...
(それにしては図書館で勉強していることに説明がつかないな)
いくら考えても答えは出ない。そのとき、他の隊員の声が聞...
「あいつさ、森の外れの小屋かなんかに平民の奴隷でも飼って...
顔を上げると、そこに体格のいい少年が立っていた。
数日前、肉弾戦闘の訓練でマリコルヌの相手をしていた少年...
「町で女物の服買ってたんだろ、あいつ」
「そう聞いてはいるが、彼には女装癖という困った性癖もある...
「それだけじゃ残飯漁りの理由にはならないだろ。それとも、...
さすがに無理のある想像である。レイナールは反論できずに...
だが、かと言ってこの少年の言うように、平民の奴隷を飼っ...
もちろんそれが事実ならば大問題ということもあるが、これ...
ここは隊長と副隊長に諫めてもらおうと振り返ると、
何故か才人とギーシュは顔をつき合わせて真剣な表情で頷き...
「あいつなら」
「やりかねんな」
「そうだろそうだろ」
先程の少年も加わって、三人は「マリコルヌの平民飼育日記...
さすがに本気で言っている訳ではないだろう。
だが、「あいつのことだからきっと幼女」「いやいや、案外...
「馬鹿、あいつの小遣いでそんな高い女が買えるかよ。俺た...
などという下品極まりない会話を聞くにつけ、この場にいる...
499 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:32:50 ID:A...
「マリコルヌ」
と、澄んだ声で呼ばれるたびに、マリコルヌは意味もなく心...
平静を装って「何だい」と答えると、壁を背に膝を抱えて座...
「あなた、最初わたしに『カザカミ』のマリコルヌって名乗っ...
「あだ名みたいなもんだよ。大したことじゃないから気にしな...
どもならないように気をつけて答えながら、マリコルヌは最...
そのあだ名に込められた意味は、彼自身もよく知っていたか...
マリコルヌは話題を変えるために、まだ不思議そうにしてい...
「ところで、今日のご飯はおいしかったかい」
「うん、とっても」
少女は笑顔で頷いた。マリコルヌはほっとすると同時に申し...
マリコルヌは、少女と知り合って数日目となる今日に至るま...
少女の傷を治すためであり、少女に食事を届けるためでもあ...
食事と言ってもマリコルヌに料理は作れないので、必然的に...
町に行って買うという手もない訳ではないが、それでは時間...
それで乞食の真似事をしている訳だが、恥じる気持ちはほと...
自分は今影で豚呼ばわりされているだろうが、それは以前と...
何よりも目の前の美少女のために食事を用意しているという...
捕われの姫君に心を奪われた、愚かで醜い牢番のような気持...
姫君を助ける騎士でなく、やっていることも結局は残り物を...
何とも情けない気分だったが、彼にはこれが精一杯だった。
本当ならなけなしの財産をはたいて有名な料理店に連れて行...
しかし、少女自身が「外に出たくないし、他の人を連れてき...
それを拒んだので、結局毎日洞穴通いすることになったので...
彼女は、怪我をしていた理由など、詳しい事情を話していな...
それでもマリコルヌは満足していた。
マリコルヌの灯した魔法の明かりに、ぼんやりと浮かび上が...
零れ落ちそうなほどに大きな瞳は晴れ上がった空のように青...
腰まで届く長い銀髪は触れ合うだけでかすかな音がしそうな...
折れそうなほど華奢な体つきは繊細で儚げな美しさを備えて...
彼女に似合うようにとマリコルヌが苦心して選んできた白い...
そして何よりも、その背には大きな翼がある。
今やすっかり血も拭われて元の真っ白な色を取り戻した翼は...
その純白の翼は、時折思い出したように小さく震え出す。マ...
こんなに美しい少女のために何かをすることができて、彼女...
それが、純粋に嬉しかったのだ。
500 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:34:01 ID:A...
「どうしたの、マリコルヌ」
声をかけられてはっとする。いつの間にやら、すっかり少女...
「いや、なんでもないよ」
「そう」
それっきり、会話が途絶えた。少女は抱えた膝の間に顔を埋...
マリコルヌのほうも何を話していいか分からずに途方に暮れ...
この日まで、彼らのやり取りは大体このパターンに終始して...
短いやり取りはいくらかあるのだが、あまり深い会話まで入...
(だけど、これじゃいけないよな)
マリコルヌはこっそりと息を吸い込んだ。
今日こそは、聞かなくてはならない。少女が何故こんなとこ...
これからどうしたいのか、何か自分に手伝えることはないの...
どう話しかけたものか数十秒も迷ってから、マリコルヌは緊...
「君は、どこから来たんだい」
少女が顔を上げる。無表情だった。マリコルヌは慌てて付け...
「いや、話したくないならいいんだけど」
「ううん。いいよ、別に」
少女はマリコルヌを安心させるように微笑んだ後、思い出す...
「わたしはね、空から来たの。うんと高いところから」
「アルビオンかい。ああ、あの空を飛んでる島のことだけど」
「ううん、あの島よりももっと遠くて、もっと高いところにあ...
「君の村の人たちは皆背中に羽があるのかい」
少女が小さく頷く。天使の村か、とマリコルヌは感動に胸を...
頭の中に、美しい山々とその上空を飛び回る天使たちの姿が...
「綺麗なところなんだろうね」
「うん、凄くいいところよ」
少女は嬉しそうに笑った。
晴れ渡った空の色をした瞳を輝かせて、楽しげに話し続ける。
「春は山一面に花が咲いて凄く綺麗だし、夏は少し熱いけどよ...
秋にはおいしい木の実や山菜が食べられるし、冬に雪を払い...
今こうやって遠くに来てみると、やっぱり村が一番いいって...
懐かしむような、あるいは恋焦がれるような口調に、ふと寂...
「帰りたいな」
その声音に強く胸を打たれ、マリコルヌはほとんど反射的に...
「帰れないのかい」
少女は驚いたようにマリコルヌを見たあとで、悲しげに首を...
「駄目よ。羽が傷ついているもの。
わたしたちの体は鳥よりもずっと飛びにくく出来ているの。...
つまり、マリコルヌの水魔法が不完全で、少女の傷が治りき...
マリコルヌの胸は悔しさで一杯になった。だが、同時にもう...
(このまま傷が治らなければ、彼女はずっと僕の傍にいてくれ...
それは、醜い独占欲。
マリコルヌは目を見開き、慌てて首を振ってその感情を振り...
おそるおそる少女の方を窺うと、地面を見つめて物思いに耽...
汚らしい感情が彼女に伝わっていないことに、マリコルヌは...
同時に、一瞬でもあんなことを考えてしまった自分がどうし...
(やっぱり、僕は「風上」のマリコルヌで、臆病者の薄汚い豚...
少女の寂しげな横顔を見つめながら、マリコルヌはある決意...
501 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:35:01 ID:A...
数人の男子生徒がぞろぞろと図書館に入ってきたのを見て、...
軽く頭を下げてその横を通りながら、才人はため息を吐く。
「もう放っておけない」
レイナールがそう言い出したのは、今日の訓練が始まろうか...
彼が放っておけないなどと言っていたのは当然ながらマリコ...
彼の奇行はここ数日でますます激しくなり、今や訓練してい...
このままでは真面目に訓練している者達に示しがつかない、...
「それに僕らがマリコルヌを放っている現状を、周りの連中が...
『水精霊騎士隊は豚を一匹飼っている』だぞ。このままじゃ...
「いいじゃねえか。王立魔法研究所からの依頼で初任務も来た...
「いいや、名だって大切だ。このことが女王陛下のお耳に入っ...
才人としてはそこまで大きな問題にはなるまいと考えている...
確かに、ここ数日のマリコルヌの行動は目に余るものがある。
変態仲間のデブとは言え一応友人と言う間柄、軽く忠告ぐら...
だが、そんな考えは当のマリコルヌを見て一変した。
マリコルヌは、図書館奥の机に座っていた。うず高く積まれ...
こちらに背を向けて一心不乱にページを捲っている。
話には聞いていたが、これほど真剣に本を読んでいるとは思...
「驚いたな」
才人の気持ちを代弁するように、隣のギーシュが呟いた。
「僕は彼とは長い付き合いだが、あんなマリコルヌは初めて見...
そんな二人の驚きなど関係なしに、レイナールはマリコルヌ...
「おい、マリコルヌ」
強い口調で言われて初めて気付いたらしく、マリコルヌがこ...
その顔もまた少し痩せこけているように見え、彼があまり寝...
マリコルヌは、そんな疲労の残る顔にかすかな微笑を浮かべ...
「やあ、皆揃ってどうしたんだい」
「どうしたんだい、じゃない」
レイナールが怒鳴り声を上げた。
「君は一体何を考えてるんだ、騎士隊の訓練どころか授業まで...
するとマリコルヌは少し申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「ごめん、他にやることがあったんだ」
「それはなんだ」
「言えない」
「ふざけるな」
再びレイナールが怒鳴る。マリコルヌの襟首を掴み上げてい...
「君にとっては何の得にもならないことなのかもしれないが、...
戦いには向いてないような奴もいるが、彼らだって一生懸命...
だが、一人不真面目な者がいるだけでそういう努力も全部無...
それとも、君は本当に自分の都合だけしか考えていないのか。
訓練が辛いからって逃げ続けるつもりか。そこが君の『風上...
502 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:35:33 ID:A...
レイナールの激しい追及を、マリコルヌはただ黙って聞いて...
「ごめん。でも、駄目なんだ。今は他にやることがある」
「それが何か、僕らには話せないと言うんだな」
マリコルヌはゆっくりと頷いた。レイナールを真っ直ぐに見...
レイナールもまた黙ってその視線を受け止め、「勝手にしろ...
沈黙と共に踵を返して歩いていくレイナールを追って、才人...
半ば外に身を出しかけたまま後ろを見ると、マリコルヌは相...
「で、結局どうするんだ」
外では先程と同席していた数人の少年たちが話し合っている...
中心はもちろんレイナールで、彼は不機嫌そうな表情で首を...
「知るか。どちらにしろ任務が来たんだ、あんな奴に構ってい...
「任務ったって、見回りみたいなものだろう」
「分からないぞ、連中が森に潜んでいる可能性は高いんだ。上...
「そう上手くいくかね」
「どちらにしろマリコルヌの力は必要ない。奴は奴で勝手にや...
口では厳しいことを言いながら、その口調は図書館に入る前...
どうやら騎士隊の分裂、というような事態は避けられそうだ...
「そうだ、何なら今日辺りマリコルヌを尾行してみようか」
一人の少年がふざけ半分にそう言ったので、才人もまたおど...
「止めとけよ。あいつも真剣だったみたいだしな。用が終わっ...
「でもさ」
「どうしても行くっていうんなら、この俺を倒してから行って...
もちろん冗談だったのだが、少年たちは何故か顔を青くして...
「俺ってそんなに凶暴だと思われてんのかな」と少し悩む才...
「しかし、妙だな」
「何が」
「マリコルヌが読んでいた本、あれは全部水魔法に関するもの...
「さあ、よくは分かんねえけど」
才人は軽く肩をすくめた。
「悪いことにはならんだろ。何となく、そんな気がするよ」
503 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:36:10 ID:A...
「よし、と。これで治療は終わりだ」
少女の翼から手を離し、マリコルヌは深い満足感と共に頷い...
ここ数日、他の全てのものを放り投げて水魔法の勉強に没頭...
少女の背の翼には、今やかすり傷一つついていない。文字通...
マリコルヌは、目を閉じて想像する。目の前にいる少女が、...
それを頭に思い浮かべるだけで、沸き立つような高揚感と、...
それらを噛み締めながら、マリコルヌは無理に笑顔を作った。
「さあ、これでもう飛べるはずだよ。外に出よう。君の村へ帰...
マリコルヌはそう促したが、少女は座り込んで俯いたまま動...
この場を動きたくない、という意思表示にも見える少女の様...
「どうしたんだい」
「わたし、行きたくないな」
少女はマリコルヌを上目遣いに見上げて、小さな声で言った...
「どうして。この間は帰りたいって言ってたじゃないか。それ...
「そうじゃない、そうじゃないんだけど」
少女は躊躇するようにマリコルヌから視線をそらす。彼女の...
少女が帰ることを拒む理由が、マリコルヌには少しも想像で...
傷はもうないはずだし、少女は帰りたがっているはずだ。だ...
少女は悩むマリコルヌを黙って見つめていたが、やがて立ち...
「分からない?」
マリコルヌをじっと見つめて、短く問いかけてくる。何か、...
その美しさに、マリコルヌは息を呑んだ。少女はそんなマリ...
「あなたが、好きなのよ」
少女の唇が囁いた言葉に、マリコルヌは全身を硬直させた。
「なんだって」
「恥ずかしいから何度も言わせないで。好きなの、あなたが」
少女は頬を赤らめて恥らうように言う。
「好きだから、離れたくないの。分かるでしょう」
「それはつまり、村に帰らずに僕と一緒に暮らしたいと、そう...
信じられない思いで問うと、少女ははにかむように頷いた。
「あなたがわたしの傷を治してくれたときから、ずっと好きだ...
マリコルヌは呆然とした。夢なんじゃないかと疑ってみるが...
どう反応していいか分からず、マリコルヌはとりあえず笑っ...
「冗談はよしなよ」
「冗談じゃないわ。本当に好きなの、あなたのことが」
「だって、僕はこんな風に太ってるし」
「少し丸いだけよ。むしろ愛嬌があって可愛いと思うわ」
女の子に可愛いなどと言われたのは初めてである。頭がくら...
「マリコルヌ」
少女が小さな声で囁き、マリコルヌの背中に手を回してきた。
そのまま、そっと顔を近づけてくる。何をする気なんだ、と...
(ああ、使い魔以外とキスする機会が僕にもやってくるなんて)
体が浮き上がるような幸福感に包まれながら、マリコルヌは...
504 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:37:10 ID:A...
そして、不意に気付く。
青空色の瞳に、翳りが見えた。いや、翳りどころか、濁りと...
(どうしてだろう)
徐々に冷静な思考が戻ってきた。
(なんだこの状況。どう考えてもおかしいじゃないか。どうし...
そんなことを考えている間にも、彼女の顔はどんどん近づい...
マリコルヌを魅了して止まない美貌が、吐息を感じ取れるほ...
頭の中で様々な思考が渦を巻く。欲望に素直に従おうとする...
(いいじゃないか。彼女が僕を好きだって言ったんだから)
誰かが頭の中でそう囁いた。一瞬その声に従いかけたマリコ...
少女の背中で、純白の翼が小さく震えていた。
マリコルヌは一瞬だけ目を瞑ったあと、黙って少女の体を押...
「マリコルヌ?」
少女が困惑したようにこちらを見る。マリコルヌは睨むよう...
「いけないよ、これじゃ」
「どうしたの、急に」
少女がぎこちない笑みを浮かべる。その瞳は、やはりどこか...
数日前、故郷のことを話していたときの眩しいほどの輝きが...
マリコルヌは無言で彼女の手をつかみ、洞穴の外へ向かって...
「さあ、行こう。君の村へ帰るんだ」
悲鳴を上げて、少女が手を振り解く。振り返ると、彼女は裏...
「どうして。マリコルヌ、わたしのことが嫌いなの」
「いや、好きだよ」
自分でも意外なほどにあっさりと、マリコルヌは言った。少...
「わたしも好きよ。だから」
「でも、行こう」
マリコルヌは手を差し出す。少女は怯えるようにその手を見...
彼女を追うようにマリコルヌが一歩踏み出すと、少女はとう...
「止めて! どうしてそんなこと言うの? わたしのことが好...
「駄目だよ。それじゃ、駄目なんだ」
「どうして」
少女が顔を上げてマリコルヌを見上げた。マリコルヌは、彼...
「君が本当は帰りたいと思ってるから」
少女の背中で、白い翼が小さく震える。少女はマリコルヌの...
「違うわ」
「違わないよ」
「わたしはあなたが好きなのよ」
「それは嘘だ。どうして君がそんな嘘をつくのかは分からない...
マリコルヌは、再び少女に手を差し出した。
「さあ、行こう。空を飛んで、君の村に帰るんだ」
その言葉を聞いた瞬間、少女は大きく目を見開き、腹の底か...
訳の分からないことを絶え間なく叫び、周囲にあったものを...
マリコルヌは、避けることもなく黙ってそれらを体に受けた。
彼女が食事に使った皿が額にぶつかり、フォークが頬をかす...
体力が尽きたのかそれとも気力が尽きたのか、少女はその内...
抱え込んだ膝に顔を埋めて、低い声ですすり泣き始める。
その背で、白い翼が小さく震えていた。
「また来るよ」
少女の弱弱しい姿に胸を切り裂かれるような痛みを感じなが...
505 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:38:12 ID:A...
鬱々とした気分で歩いて学院に帰り着いたとき、時刻は既に...
寮の門限はとっくの昔に過ぎている。だが、そんなことはど...
どうしたら彼女を助けることが出来るのか、何が彼女に帰る...
(ひょっとしたら、僕はもう彼女には関わらない方がいいんじ...
不意に、そんな考えが頭の隅から湧いてくる。
(もう彼女は僕のことなんか嫌いになっただろうし。それに、...
それは、弱気という名の甘美な誘惑だった。
(そうだよ、それがいい。どうせ僕じゃ何の役にも立てないん...
それに、自分はずっとそうやって生きてきたのだし。
そんなことを考えたとき、不意に暗闇から声が飛んできた。
「お悩みのようじゃのぉ」
微妙に聞き覚えのある声だ。驚いてそちらを見ると、寮を囲...
「何やってるんですか」
そう問うと、オールド・オスマンは無言で寮の方を指差して...
目を細めると、何か小さなものがある部屋の窓の近くを飛ん...
「小型のガーゴイルじゃよ。でな、あれが見た映像がこの水晶...
要するに高価な魔法具を使って覗きをやっているらしい。
なんてしょうもない人だろう、とマリコルヌはあきれ返って...
当の学院長はそんなことなど知らぬげな「ああ、もっと下じ...
こんな人相手にしても仕方がない、と踵を返しかけたマリコ...
「逃げるのかね」
何故か耳が痛い。振り返ると、オールド・オスマンがこちら...
「彼女がお主のことを好きだと言って、守って欲しいなどと言...
何故そのことを知っているのか、と問いかける気にはならな...
なんだかんだで魔法学院の学院長だ。何を知っていたって不...
今のマリコルヌにとっては、言葉の内容の方がはるかに重要...
「そうですね。僕も、彼女みたいな子が恋人になってくれて、...
あんな可愛い子に好かれるなんて、これを逃したらもう一生...
「では何故拒んだのだね」
「彼女が、本当は帰りたいと思っているからです」
マリコルヌの脳裏に、故郷のことを語る彼女の瞳が思い浮か...
無限に広がる空を映すように、眩しいほどに輝いていた青空...
「僕と一緒にいたいだなんて嘘だ。それが本当なら、あんな風...
彼女は帰りたいんですよ、帰りたくてたまらないんだ、自分...
でも、怖いから嘘をついている。何が怖いのかは分からない...
怖いから本当の気持ちをごまかして、安全なところへ逃げ込...
そんなんじゃ僕と同じじゃないか。いつも向かい風を避ける...
彼女は鳥なんだ。でも飛ばなかったら豚になってしまう。僕...
マリコルヌの心情の吐露を、オールド・オスマンはただ黙っ...
そうしてから、ふと思いついたように問うてくる。
506 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:39:08 ID:A...
「君は『風上』のマリコルヌというのだったな」
「そうですけど」
「向かい風を避けるために、常に『風上』を探す臆病者、か。
なるほど、なかなか似合いのあだ名じゃが、そんな君に一つ...
「なんですか」
「『風上』というのは、常に人が向かっていく先に存在してい...
マリコルヌは答えられなかった。
沈黙したままの彼を面白そうに見つめたあと、オールド・オ...
「そうそう」
言いつつ、何やら書類のようなものを取り出してみせる。
「これは君らの、えー、なんだったか。ああそうだ、水精霊騎...
あの騎士隊に下された命令書の写しなんじゃが」
何故急にそんなものを取り出したのかと不思議がるマリコル...
訝りながらそれを読み始めたマリコルヌは、その内容を把握...
「王立魔法研究所の一部門が、魔獣やら何やらを集めて非道な...
で、それがバレてその部署は取り潰しになったが、連中は素...
そのほとんどは事前に捕まえることができたが、一番貴重な...
要するに、騎士隊に実験動物の保護と研究員の捕縛命令が下...
そう言えば、最近学院の周辺を妙な連中がうろうろしとった...
学院に入ってくる気配はなかったから放っておいたんじゃが」
そこまで説明されるまでもなく、マリコルヌの頭の中で様々...
あの少女は、王立魔法研究所から逃げてきたのだ。
アルビオンよりも遠いところに住んでいた彼女が、何故トリ...
だが、とにかく王立魔法研究所に捕われていた彼女は、おそ...
しかしその途中で追っ手に撃たれたのか、それとも魔獣にや...
魔法学院周辺の森に落下したという訳だ。その後はマリコル...
(じゃあ、彼女は追っ手に見つかるのを恐れていたんだろうか)
それは、本人に会って確かめるしかないようだった。
「騎士隊の連中もまだ森の中で妙な連中と追いかけっこしてい...
全く、お主と言い奴らと言い、揃いも揃って門限破りとはい...
冗談めかしてそう言うオールド・オスマンに微笑みかけたあ...
風の流れに乗せて、寮の方まで声を飛ばす。
「女子の皆さん、ここでアルヴィーを使って覗きをしている人...
「ちょっ、おま」
オールド・オスマンが慌てて立ち上がる。しかし、時は既に...
寮の窓が一斉に開け放たれ、眩い光が周囲を照らし出す。オ...
「マリコルヌ、貴様」
「さっさと逃げたほうがいいですよ学院長。学院長がやったっ...
僕と皆の門限破りも大目に見てくださいね。あと、いろいろ...
そう言い捨てて、マリコルヌは森を目指して駆け出した。
507 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:39:45 ID:A...
いつもは静かな夜の森が、どこかざわついているように思え...
マリコルヌは周囲に誰かがいないかと最大限に気を配りなが...
まず真っ先に向かった先は少女が隠れていた洞穴だった。
しかしそこに少女の姿はなかった。争った形跡はなかったか...
そう信じて、マリコルヌは当てもなく森の中を駆け回る。幸...
広い森だし、研究所の所員も騎士隊の隊員もそれ程数は多く...
彼女もまだ見つかってはいないと信じたかった。暗い森の中...
数十分も走り回ったが、やはり彼女は見つからない。
焦り始めたマリコルヌは、不意に眩暈を感じて蹲った。
ここ数日の睡眠不足と疲労が重なったのだろう。だがここで...
そう思って身を起こしかけたとき、マリコルヌはふとあるも...
生い茂る草の合間に、何か白い物がある。
まさか、と思って明かりを近づけて、歓喜の声を上げそうに...
あの純白の羽根だった。彼女と出会ったあの日のように、そ...
マリコルヌは小走りに走り出した。草を踏みしめ枝を払いの...
そして、彼女を見つけた。正確には、茂みに隠れきれていな...
「君はあんまりかくれんぼに向いてないみたいだね」
冗談めかしてそう言うと、白い翼がびくりと震えた。彼女が...
「あの日みたいに悲鳴を上げるのはなしだよ」
「マリコルヌ」
歓声を上げて、彼女が飛びついてきた。押し付けられた肢体...
「良かった、もう来てくれないかと思った」
少女は安堵の涙を流しながら、事情を説明し始めた。
マリコルヌが去ってからしばらくして、ふと洞穴の外に人の...
何となく嫌な予感がして入り口の方に行ってみると、見覚え...
彼らがこちらに気付かずに行ってしまったあと、彼女も同じ...
「でももう安心ね。わたしを守ってくれるんでしょう、マリコ...
その言葉に、マリコルヌは曖昧な笑いを返した。
ふと見ると、少女の背中の翼が小さく震えていた。
マリコルヌは数刻前と同じように、黙って手を差し出した。
「さあ行こう。空を飛んで、君の村に帰るんだ」
少女は驚いたように目を見開いたあと、何かを恐れるように...
「わたしを守ってくれないの」
「僕じゃそれは無理なんだ。だから他にできることをするよ。...
マリコルヌは少女を促す。少女は躊躇うようにマリコルヌの...
マリコルヌは黙ってその手を握り返す。手の平に、柔らかく...
そのとき、不意に後方で「いたぞ」という叫び声が響き渡っ...
振り返ることもなく、マリコルヌは少女の手を引いて走り出...
508 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:40:26 ID:A...
白み始めた空の下、マリコルヌと少女は無我夢中で森の中を...
幸いにも、追っ手はさほど多くないようだった。
遠くから爆音のようなものが聞こえてくることから察するに...
マリコルヌは少女の手を引いて駆け続けた。どこをどう走っ...
その内木々の隙間が大きく開いて、朝日が帯になって差し込...
少女と顔を見合わせて、一気に走り出す。その先が学院なら...
しかし、その期待は見事に裏切られた。抜け出した先には、...
開けた場所である。少し行くと地面が途切れていて、下を覗...
どうやら、魔法学院とは反対の側に出てきてしまったらしい。
横を見ても道はなかった。後ろの森からは研究員、前には絶...
「そんな、ここまで来て」
少女が絶望的な声を発して地に膝を突く。
しかし、マリコルヌは別のことを考えていた。
(これは、むしろチャンスかもしれない)
朝日に輝く空を見上げる。鳥が一羽、高いところを飛んでい...
ここは魔法学院とさほど変わらない高さだから、それほど強...
(いや、期待する必要なんかないんだ)
マリコルヌは決心を固めた。座り込んでいる少女の前に膝を...
「さあ、飛ぶんだ」
少女が目を見開いた。マリコルヌは彼女の視線を導くように...
「時間がない。もうあと少しで連中はここに来てしまう。君は...
「マリコルヌはどうするの」
「どうにかするよ。さ、早く」
マリコルヌは少女の手を引っ張って無理矢理立たせると、崖...
「さあ、飛ぶんだ」
空を指差す。少女は零れそうなほどに目を見開いて、しばら...
背中の翼が小さく震え出す。徐々に少女は息を荒げ始めた。...
少女はとうとう泣きながらその場に蹲ってしまった。
「どうしたんだ」
「怖いのよ」
出し抜けに、少女が叫んだ。蹲ったまま肩を抱き、嗚咽混じ...
「翼を撃たれて森に落ちたあの日から、飛ぶのが怖くなったの。
ぐんぐん地面が近づいてきて、このまま死ぬんじゃないかっ...
あのときのことを思い出すと、体が震えて止まらなくなるの。
こんなんじゃ、飛ぶのなんてもう無理だよ」
泣き続ける少女を、マリコルヌは黙って見下ろした。
「そうか、それであんなに帰るのを嫌がってたんだね」
少女が小さく頷く。マリコルヌはため息を吐いた。
「ごめんよ、気付いてあげられなくて。でもそうか、やっぱり...
妙に清々しい気分で、マリコルヌは笑い出した。少女が目に...
「どうしたの」
509 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:44:34 ID:A...
「うん、いやね。やっぱり、僕のことが好きだっていうのは嘘...
少女は目を見開いた。一瞬反論するように口を開きかけて、...
「ごめんなさい」
マリコルヌは苦笑した。
「いいよ。怒ってる訳じゃないんだ。でも、一つ教えてほしい...
「だって」
少女は一瞬口ごもった後、申し訳なさそうに言った。
「そうしないと、わたしから離れていくと思ったから。飛べな...
わたしはきっと死んでしまうと思って、だから」
「だから、あんなこと言って僕に守ってもらおうとしたんだ」
少女は小さく頷いた。マリコルヌは苦笑する。
「君は一つ勘違いしてるよ。僕は豚なんだ」
「え」
「豚が鳥を守れる訳がないだろう。犬ならともかくさ」
「何を言ってるの」
困惑する少女に「なんでもないよ」と笑いかけて、マリコル...
「さあ、飛ぶんだ。飛んで、君の村へ帰るんだ」
「でも」
「大丈夫」
マリコルヌは少女の後ろに回りこんだ。杖を取り出し、詠唱...
「僕の名前をお忘れかい? 僕は『風上』のマリコルヌ。僕の...
君が翼を広げる限り、いつだって追い風を吹かせてみせる!」
魔法を解き放つ。座り込んだ少女の周りで、優しい風が渦を...
少女が小さく声を漏らした。そんな少女の周囲を風が駆け巡...
少女の背中の翼が小さく震え出す。マリコルヌは目を細めて...
この純白の翼は、恐怖ではなく、渇望によって震えていたの...
(そう、あの翼は、いつだって空を飛びたいと言って震えてい...
マリコルヌは詠唱を再開した。それに合わせて、少女もゆっ...
後ろから叫び声が聞こえる。マリコルヌは叫んだ。
「さあ、行くんだ」
「でも」
少女が躊躇うように振り返る。マリコルヌは笑った。
「僕のことは気にしなくていい。ただ前だけを見ていればいい。
でも、最後に一つだけ。僕は本当に、君のことが好きだった...
わたしも、という声は聞こえてこない。
渦巻く風の中、少女は申し訳なさそうな、あるいは困ったよ...
少女が大きく翼を広げる。純白の翼と銀色の髪、マリコルヌ...
遠い山々から顔を覗かせている朝日に照らされて、少女は一...
「飛べ」
少女がおそるおそる一歩目を踏み出す。
「飛べ」
二歩目は大きく、力強く。
「飛べ!」
三歩目で思い切り地を蹴った。
少女の体が追い風に舞い上がる。久しぶりの飛翔のためか数...
その度に周囲の風が少女の体を立ち直らせた。
510 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:46:19 ID:A...
後方で悲鳴が上がる。銃や杖を構える音も聞こえてきた。マ...
「僕のいる場所はいつだって『風上』だ。君たちには向かい風...
後方の研究員に向けて、突風が吹き付けた。発射された弾丸...
前方と後方、それぞれに違う風を、絶え間なく送り続ける。
脳が焼ききれるのではないかと思うぐらいに頭が熱くなって...
飛びそうになる意識の中、マリコルヌは一心に少女の背中を...
そのとき、不意に腹の辺りが熱くなった。ちらりと見ると、...
どうやら、研究員たちは狙いをマリコルヌに切り替えたらし...
突風を突き破って襲い来る攻撃に、マリコルヌはとうとう膝...
そのとき、少女が空の上で一瞬振り向きかけた。マリコルヌ...
「振り返るなぁ! 大丈夫だ、風はいつだって君の味方だ! ...
その願いが伝わったのか、少女は完全に迷いを振り切ったよ...
速い。鳥だってこんなに速くは飛べないだろうと思わせるよ...
マリコルヌは目を細めた。蒼穹の空に、白い翼が吸い込まれ...
そして、限界が来た。手から力が抜け、杖が地面に落ちる。...
後方から人が近づいてくる音がする。数人の人間が崖の縁に...
(馬鹿め、ここから魔法が届くものか)
研究員たちの悪あがきを、マリコルヌは地に倒れたままでせ...
その内、研究員たちの興味はマリコルヌに移ったらしい。全...
(豚一匹料理するのにずいぶんと集まったもんじゃないか)
マリコルヌは途切れそうになる意識の中、満足感に満ちた微...
自分はこのまま死ぬのかもしれない。そう思ったとき、ふと...
自分を取り囲んでいる研究員のさらに向こう、森の中に見覚...
その中の一人、黒髪の少年が笑顔で呼びかけてきた。
「おっさんたちよ」
研究員たちが驚いたように振り返る。黒髪の少年が背中の剣...
「俺らのダチになにしてくれちゃってんの」
そこから先は一方的な展開だった。
才人を筆頭に水精霊騎士隊がなだれ込んできて、研究員たち...
敵を殺してはいけないこの状況で、皮肉にもあの肉弾戦闘訓...
(ああ、サイト。やっぱり君は犬なんだなあ)
噛み付くような勢いで暴れまわる黒髪の友人を見つめながら...
(僕が君のようだったら、彼女を守るのも悪くはなかったんだ...
誰かがマリコルヌを助け起こす。彼の意識はそこで途切れた。
少女は、休むことなくただ前だけを目指して飛び続けていた。
マリコルヌが吹かせてくれた追い風は、とうの昔に止んでい...
それでも、胸に不安はない。今なら、背中の翼を広げてどこ...
そして、ふと思い出す。彼の名前。最初は意味が分からなか...
(嘘をついてごめんなさい。背中を押してくれてありがとう)
少女は顔を上げた。強い向かい風が吹き付けてくる。だが、...
向かい風の先はいつだって風上なのだ。風上には彼がいる。...
少女は向かい風に負けないように、大声で叫んだ。
「本当にありがとう! 絶対に忘れないわ、『風神(カザカミ...
511 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:46:57 ID:A...
隣に座ったレイナールが重いため息を吐き出すのを、才人は...
「おい、お前それ何度目だよ」
「放っておいてくれ。僕らがなんて呼ばれてるか知ってるか」
「泥精霊騎士隊だったっけか。いや俺らにはお似合いなんじゃ...
「ちっとも良くない。こういうのはイメージが大事なんだ。あ...
案外大げさな奴だよなあ、と思いながら、才人は一つ欠伸を...
あの森での追いかけっこから、既に三日ほどの時間が経過し...
一応お手柄だったということで、騎士隊の訓練は今日まで休...
学院の方も休みなので、今頃騎士隊の面々は思い思いに休暇...
その証拠に、ここヴェストリの広場にもほとんど人影がない。
「っつーか休めよなお前も」
「いや、そうはいかない。今度こそ評判を上げる計画を練らな...
何やらぶつぶつと呟きながら紙に書きつけているレイナール...
「そういや、今回一番のお手柄はマリコルヌなんだって」
「ああ。貴重な実験動物、なんて言い方は失礼だろうが、翼人...
「天使なんてのが、本当にいるとはねえ」
「いや、彼らは天使なんかじゃないよ。あくまで翼の生えた人...
「でもそう思わなかった連中がいた訳で、今回の騒ぎになった...
「まあ、彼らは滅多に人前に出てこないから、もっと詳しく彼...
エルフと同じような強大な力を持ってる可能性もある。敵対...
「なるほどねえ。ま、何にしてもこれで少しはマリコルヌの人...
才人が言いかけたとき、不意に寮の方から女生徒の悲鳴が聞...
驚いて後ろを見ると、何やらカラフルな色彩の丸いものが物...
「って、あれマリコルヌじゃねえか」
「何をやってるんだ」
顔を見合わせる二人の横を、マリコルヌが走りぬける。彼が...
それは、服だった。女生徒の服やら下着やらを体中にくくり...
「なんだありゃ」
「あ、サイト」
追いかけてきた女生徒の中から、ルイズが飛び出してきて才...
「ちょうどいいわ、あんた、あれ捕まえなさい」
「あれって、マリコルヌか」
「そう、あの豚。何したと思う、あいつ」
「下着ドロ」
「正解。分かったらとっとと捕まえてくる」
ルイズが才人の尻を蹴っ飛ばす。才人は「相変わらず人使い...
彼は白目を剥いて倒れていた。今度モンモランシーに胃薬を...
512 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:48:07 ID:A...
マリコルヌはすぐに捕まって女生徒にタコ殴りにされた。
それでも学院長の指示でやったと自白したことで一応その場...
「怪我治りかけのくせに、何やってんの、お前は」
「やっぱり僕にはこういうのがお似合いなんだよ。いやあいい...
「アホ」
才人は軽く笑ってマリコルヌの頭を小突く。マリコルヌも照...
二人は今、あの事件の最後の舞台となった崖に来ていた。
見上げる空はあの日のように晴れ渡っていて、やはり高いと...
「彼女はちゃんと帰れたのかな」
「大丈夫だろ。お前が風を吹かせてやったんだからさ」
「でも僕は途中で力尽きてしまったんだ。心配だな。いや、大...
マリコルヌは崖の縁に立って空を見上げていた。後ろに立つ...
「だってさ、彼女は結局僕のことが好きじゃなかったんだ。っ...
彼女は一人でも大丈夫だったってことになる」
「いや、その理屈はおかしい」
才人が一応突っ込んでやると、マリコルヌは少し笑ったあと...
「サイト。僕はさ、振られたんだよね」
「そうだな」
「残念だなあ。本当に好きだったんだ。一応いいとこまではい...
「そうだな」
「実を言うと凄く後悔してるんだよ。あのとき素直に彼女とキ...
「それは嘘だな」
才人はマリコルヌの横に並んだ。彼の顔は見ない。ただ、青...
「お前は確かに振られたよ。心底惚れてた女にさ。でも、後悔...
「どうしてそう思うんだい」
「だって、いい顔してるもんよ、お前」
追い風が吹いて、涙をさらっていった。
風上。それは友のために追い風を吹かす勇者の名前である。
513 名前:205[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:50:17 ID:Ak...
以上ですっつーか異常ですっつーか。
元々は「風上ってなんなんだよ訳わかんねーよ」という疑問か...
でも正直、萌えとかエロとかグロとか書いてるよりこういう話...
大丈夫、俺は浮いてない、ちゃんと馴染んでる、俺は浮いてな...
まあそんな訳でまた次回。
ちょっと休むつもりなんで次の投稿はかなり後になるかもしれ...
終了行:
492 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:23:30 ID:A...
風上。それは常に向かい風を避ける臆病者の名前である。
木剣の切っ先が風を切ってこちらに向かってくる。マリコル...
そんな彼の姿を見下ろして、正面の友人が呆れた声で文句を...
「おいマリコルヌ、そんなんじゃ訓練にならないって何度も言...
「それはそうだけどさ。そもそもなんでメイジである僕らが殴...
「それ今日だけで何度目だよ。文句ならサイトに言ってくれ」
言いつつ、友人は広場の向こうを指差す。
いま、ヴェストリの広場では新設された水精霊騎士隊の訓練...
副隊長である平賀才人の提案による、木剣を用いた肉弾戦闘...
水精霊騎士隊は才人以外の全員がメイジで構成されているた...
れをねじ伏せた。
「お前らな、そんなこと言っといて、戦場で魔法使えなくなっ...
れねーんだぜ。
魔法使えなかったから敵を逃がしました、じゃ話にならねー...
というのが、この訓練を提案した才人の主張だった。
そういう経緯で水精霊騎士隊の隊員たちがそれぞれ二人で向...
そもそも貴族というのは剣を手にすることなど考えもしない...
そんな人種がほとんど生まれて初めて剣を手にするのだ。ま...
提案者である才人がへっぴり腰で剣を振る隊員たちの間を怒...
もない。
当然ながら、隊員たちの間に疲労と不満の色が広がり始めて...
「そりゃ俺だってこんな訓練に意味があるのかどうかは疑問だ...
座り込んだままのマリコルヌに、友人が木剣の切っ先を突き...
「俺が剣振り下ろすたびにそんな風に尻餅突きやがって。ちょ...
「でもさ、殴り合いなんて。そもそも体型的に運動には向いて...
立ち上がりながら自己弁護する。友人の目が蔑むように細め...
「みっともない奴。そんなだから『風上』なんてあだ名をつけ...
「なんだと。訂正しろよ、風上っていうのは僕の要領のよさを...
唾を飛ばして反論するマリコルヌに、友人は馬鹿にしたよう...
「何が要領のよさだよ。いつも安全なところに逃げてるだけじ...
「違う、僕は」
マリコルヌの言葉は、遠くから聞こえてきた「ちょっと休憩...
「休憩だってよ。ちょうどいいや、豚小屋に引っ込んだらどう...
露骨な侮蔑でマリコルヌをせせら笑いながら、友人が他の隊...
マリコルヌは怒りと屈辱に体を震わせながら、しかし反論一...
493 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:24:42 ID:A...
「何やってんの、お前」
不意にかけられた声に顔を上げると、そこに不思議そうな顔...
「ちょっと休めよ。別にこれで終わりって訳じゃないんだしよ」
マリコルヌは気まずい思いで彼から顔をそらす。
「そんなに疲れてないから大丈夫だよ」
「逃げてばっかだったもんなあ、お前さん」
才人の背中で声がする。インテリジェンスソードのデルフリ...
水精霊騎士隊が創設されて以来すっかり隊のアドバイザーと...
デルフリンガーの言葉を聞いて、才人は片眉を上げる。
「本当かマリコルヌ。駄目だぜそんなんじゃ。魔法使えない状...
「そうならないように上手く立ち回るさ」
マリコルヌがぼそぼそと反論すると、才人は意外なほどに真...
「立ち向かわなきゃ、ダチや好きな女の子が死んじまうような...
「君は強いからそんなことが言えるんだ」
湧き上がる羞恥心を隠すように、マリコルヌは必死で怒鳴っ...
「僕みたいに魔法もそんなにうまくないし太ってて運動も苦手...
「あのなマリコルヌ」
と、呆れた声で反論しかけた才人が、ふとマリコルヌの後方...
何かと思って振り向くと、校舎の方から黄色い歓声を上げて...
手に手に様々な贈り物を持った女生徒の一群はもちろん一直...
マリコルヌはちょうど彼女らと才人の中間に立っていた。
「サイトさま、サイトさま」
「私クッキーを焼いたんですの」
「私はサイトさまのためにマントをご用意いたしました」
「サイトさまを讃えるための詩を」
「どうぞ受け取ってくださいませ」
「ちょっと、どきなさいよ豚」
「邪魔よデブ」
一団となって走ってきた女生徒は、その勢いのままマリコル...
しばらく無様に転がってようやく止まったマリコルヌは、無...
女生徒に囲まれた才人は、「参ったなあ」と困った顔をしな...
ふと周囲を見回すと、ギーシュやレイナールなど、他の隊員...
彼らの輪から外れて、マリコルヌはただ一人草まみれの薄汚...
何故だかどうしようもなく胸が痛み、マリコルヌは重いため...
そんなことをしている内に、どこからか走ってきたルイズが...
モンモランシーがギーシュを水で押し包んで窒息死させよう...
才人らを取り囲んでいた女生徒たちは悲鳴を上げて散りつつ...
マリコルヌは無言で踵を返し、逃げるようにヴェストリの広...
494 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:26:03 ID:A...
学院の周辺に広がる豊かな森の中を、マリコルヌは目的地も...
自分を取り囲む現実を思い返すたびに、やるせないため息を...
マリコルヌは立ち止まって空を見上げた。木々の枝の隙間に...
数ヶ月ほども前、マリコルヌは戦艦に乗ってあの空で戦って...
臆病な自分を変えるために、そう思って自ら志願して参加し...
しかし、現実には思っていた以上に臆病で無能だった自分を...
戦争自体も散々な結果に終わり、帰ってきてみれば残ってい...
現実なんて所詮こんなもんさと自分を誤魔化すことは出来な...
友人たちの中には、戦争で輝かしい戦果を上げて勲章までも...
友人に持て囃され、女の子たちに囲まれていた彼らの姿が頭...
だが、それは当然の結果なのだ。形は違えど、彼らはそれな...
そんな彼らと自分を比べると、どうしようもなくみじめな気...
(僕は、彼らとは違う)
マリコルヌは拳を握り締めた。
(戦闘になったら腰が抜けて立てないような臆病者の豚野郎。...
自己嫌悪に胸がつまり、勝手に涙が溢れてくる。
マリコルヌは乱暴に目許を拭って早足に歩き出した。向かう...
目的などない。ただひたすら無心に体を動かして、嫌なこと...
と、茂みに向かって一歩踏み出した足が、地面の草を踏み抜...
「へ」
間抜けな声が漏れると同時に、彼の体は落下する。
マリコルヌは悲鳴を上げる余裕すらなく斜面に叩きつけられ...
痛みに呻きながら立ち上がり上方を仰ぎ見ると、斜面から突...
どうやら、斜面から伸びていた葉の茂った大枝を、地面と間...
「怪我をしてないのは脂肪のおかげかな」
マリコルヌは自嘲しながら杖を取り出した。
理由はどうあれ「風上」とあだ名されるマリコルヌ、レビテ...
空を飛ぶたびに「豚もおだてりゃ空を飛ぶ」などと笑われて...
また少し憂鬱な気分になりながらも、マリコルヌは詠唱を開...
その途中で、ふと妙なことに気がついた。
何やら地面に羽根が落ちているのだ。珍しい赤い羽根だ。そ...
それは、元は白い羽根だったらしい。赤く見えたのはその羽...
口から出かけた悲鳴を、寸でのところで飲み込む。
(何を怯えてるんだ、僕は。鳥が落ちて怪我しただけの話じゃ...
爆発するように早くなっている心臓を押さえ、マリコルヌは...
多少冷静になってからよく見てみると、羽根は一枚だけでは...
数枚の羽根が、ある一定の方向へと向かって点々と落ちてい...
いずれにも血がべっとりとついていて、やはり赤い羽根のよ...
マリコルヌはごくりと唾を飲みこんだ。少し迷ってから、羽...
ただ怪我をした鳥がずるずると地面を這っていっただけだろ...
495 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:27:15 ID:A...
(何か危ないことがあったら、飛んで逃げればいいさ)
そんなことを考えながら、マリコルヌは赤い羽根を追って歩...
赤い羽根は森の奥へと続いており、下手をすれば草に隠れて...
そうして深い木立を抜けた先に切り立った岩壁があり、そこ...
天然の洞穴らしく、人の手が加わった形跡は見えない。羽根...
マリコルヌは杖を取り出して短く詠唱し、魔法の灯りを灯し...
無論、足取りは慎重である。危険なことがあったらすぐに逃...
洞穴の中は曲がりくねっており、入り口から差し込む日光は...
つまり、灯りがなければ完全な暗闇ということである。そん...
おっかなびっくり歩き続けていくつかの曲がり角を曲がった...
そこは、今までの道に比べると少し広い空間で、ちょっとし...
その奥、壁に背をつけて、見たことのない少女が座っていた。
恐怖に目を見開き、身を守るようにして肩を抱くその少女の...
マリコルヌは息をすることも忘れて少女を見つめていた。
頼りない灯りに浮かび上がる少女の姿は、まるで一枚の絵画...
(天使)
思わずそんな単語が頭に浮かんでしまうぐらい、マリコルヌ...
だが、そのとき生まれた不思議な静寂は数秒も持たなかった。
天使の少女が体を折り曲げて凄まじい悲鳴を上げたからだ。
閉ざされた洞窟の中ということもあってその悲鳴は耳をつん...
「ごめんなさい」
ほとんど反射的に謝ってしまってから、マリコルヌはふと気...
(怪我をしてるんじゃないか、あの子)
森の中からここまで続いていた羽根のことを思い出す。
羽根があの少女のものだったとしたら、べっとりと付着して...
血が乾ききっていなかったことから考えて、少女がこの洞穴...
となると、怪我も治っていない可能性が大きかった。
(どうしよう)
マリコルヌは焦った。怪我をした少女を放っておくことなど...
先程の悲鳴を思い出すと治療することにも躊躇いが生まれる。
そもそもにして、マリコルヌは女の子と話すのが苦手だった。
その上、彼女はあんなにも美しいのだ。前に出てしまって、...
だからと言ってこのまま帰るのも無理だ。となると、手は一...
(無言で治療して無言で帰ろう)
そう心を決めるのにもかなりの勇気が必要だった。
マリコルヌは一度深呼吸して、思い切って足を踏み出した。
496 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:28:09 ID:A...
彼が再度姿を現すと、またもや少女は悲鳴を上げた。一瞬躊...
マリコルヌが近づくごとに、少女の悲鳴は一段ずつ高くなっ...
少女はボロボロだった。体に纏っているのはほとんどボロき...
そこから突き出している長い手足も泥と血に塗れている。
やはり羽を怪我しているらしく、白い翼はところどころが赤...
恐怖と警戒に見開かれた目は真っ赤に充血し、顔も頬がこけ...
だが、それでもやはり彼女は美しい。足を踏み出すたびに、...
(こんなに可愛い女の子を、ボロボロのままにしてはおけない)
空回り気味の情熱を巻き込んで、彼女を癒したいという気持...
マリコルヌは可愛い女の子というものを愛していた。世界の...
その感情は、単なる少年的な欲望とは少しだけ違うものだっ...
遠くから見るだけで、近づくことすら叶わない神聖な存在。...
マリコルヌは、醜い自分とは正反対である美少女という生き...
そんな存在が今目の前で汚れきっているという現状を、放っ...
後ろが壁だということも忘れてマリコルヌから逃れようとし...
それを見て、少女は短い悲鳴と共に両手で頭を抱えた。
やはり自分は彼女に害を与える存在だと思われているらしい...
だが、今重要なのはそんなことではない。
マリコルヌは意識を集中して、慣れない水魔法の詠唱を続け...
苦労して唱えた水魔法は、ほんの少しだけ彼女の傷を癒した。
未だに頭を抱えて震えている少女のそばで、マリコルヌは淡...
その途中で、ようやくマリコルヌが自分の傷を癒しているこ...
視界の片隅で、少女がおそるおそる顔を上げたのが分かった。
しかしマリコルヌはあえてそちらを見ずに治療を続けた。
本当のことを言えば、自分が敵ではないことや彼女の傷を癒...
だが、少女を相手に上手く話せる自信はない。にっこり笑い...
だから、マリコルヌは魔法力の限界まで治療を施している間...
そうして、苦手な水魔法ながら、マリコルヌはなんとか少女...
とは言えほとんど血を止める程度が精一杯で、痛々しい傷跡...
それでも、痛みは大分軽くなっているはずだった。
これで自分の仕事は終わりだ。そう考えて、マリコルヌは無...
そのまま立ち去るつもりだった彼の服の裾を、誰かが引き留...
「待って」
高く澄んだ声が、静かに響き渡る。
驚いて振り向くと、少女がまだ少し不安げな瞳でこちらを見...
「ありがとう」
少女は少し頬を染めてそう言った。彼女の背中で傷だらけの...
マリコルヌは自分の顔が紅潮していくのを感じた。
497 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:30:10 ID:A...
最近、マリコルヌの様子がおかしい。
その噂は、水精霊騎士隊の中だけでなく、ほとんど学院全体...
事の起こりは、マリコルヌが肉弾戦闘の訓練をサボってどこ...
彼はその後どこへ行ったやら、訓練が終わる頃になってふら...
当然ながらレイナールは怒ったが、臆病なマリコルヌはその...
その日から、彼の行動はおかしくなった。
たびたび訓練をサボるのは上手くいかなくて嫌になったとい...
時間が空いているときはなんと図書館に閉じこもり、あの小...
一心不乱に魔法書のページを捲っているという。
では真面目な優等生になったのかというとそうでもなく、町...
極めつけは食事の後に厨房に現れることで、才人が知り合い...
「残り物をくれ」と食事を漁りに来ているのだそうだ。
「豚が冬のために溜め込んでるんじゃねーの」などと口の悪...
今日も今日とて姿が見えないマリコルヌのことを考えて、レ...
「本当に、彼は一体どうしてしまったんだろうな。このままで...
「心配するようなことでもないと思うけどな」
横に寝転んだ才人が言う。
「あいつは確かにどうしようもない変態ではあるけど、小心者...
「そうだな。何せ『風上』のマリコルヌだからな」
才人の隣でギーシュも頷く。レイナールは首を傾げた。
「『風上』って、マリコルヌのあだ名だろう。風魔法が得意っ...
メイジの二つ名というのは、基本的には周囲から呼ばれて定...
青銅のゴーレムを好んで扱うギーシュは「青銅」のギーシュ...
魔法が全く使えないルイズには「ゼロ」のルイズと、聞くだ...
いつ始まったのか知らないこの風習は今でも廃れることなく...
他人がつけるものであるから、例え不名誉なものでも大抵は...
「ゼロ」のルイズ辺りは本人にとっては最悪だが、他人にと...
そういう話から言って、「風上」のマリコルヌというのは特...
レイナールはそう考えたのだが、ギーシュはすまし顔で肩を...
498 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:30:59 ID:A...
「『風上』っていうのは、常に風上にいるような彼の姿を揶揄...
彼は姿こそ小太りでノロマに見えるが、実際にはなかなか要...
危なそうな場所には絶対に近づかないし、自分には出来なさ...
つまり、絶対に向かい風を受けないようにと、風が吹く前か...
風下になる場所にいなければ、向かい風に逆らって歩く必要...
その要領の良さがあって、今まで落第を免れていると言って...
「でも、その姿を臆病者と笑う者もいるって訳か」
「そういうことだ。まあ僕自身はそんな風には思わないがね。...
いかにもギーシュらしい一言に苦笑したあと、レイナールは...
マリコルヌの性格は今の会話で大体つかめたが、今回のこと...
(それにしては図書館で勉強していることに説明がつかないな)
いくら考えても答えは出ない。そのとき、他の隊員の声が聞...
「あいつさ、森の外れの小屋かなんかに平民の奴隷でも飼って...
顔を上げると、そこに体格のいい少年が立っていた。
数日前、肉弾戦闘の訓練でマリコルヌの相手をしていた少年...
「町で女物の服買ってたんだろ、あいつ」
「そう聞いてはいるが、彼には女装癖という困った性癖もある...
「それだけじゃ残飯漁りの理由にはならないだろ。それとも、...
さすがに無理のある想像である。レイナールは反論できずに...
だが、かと言ってこの少年の言うように、平民の奴隷を飼っ...
もちろんそれが事実ならば大問題ということもあるが、これ...
ここは隊長と副隊長に諫めてもらおうと振り返ると、
何故か才人とギーシュは顔をつき合わせて真剣な表情で頷き...
「あいつなら」
「やりかねんな」
「そうだろそうだろ」
先程の少年も加わって、三人は「マリコルヌの平民飼育日記...
さすがに本気で言っている訳ではないだろう。
だが、「あいつのことだからきっと幼女」「いやいや、案外...
「馬鹿、あいつの小遣いでそんな高い女が買えるかよ。俺た...
などという下品極まりない会話を聞くにつけ、この場にいる...
499 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:32:50 ID:A...
「マリコルヌ」
と、澄んだ声で呼ばれるたびに、マリコルヌは意味もなく心...
平静を装って「何だい」と答えると、壁を背に膝を抱えて座...
「あなた、最初わたしに『カザカミ』のマリコルヌって名乗っ...
「あだ名みたいなもんだよ。大したことじゃないから気にしな...
どもならないように気をつけて答えながら、マリコルヌは最...
そのあだ名に込められた意味は、彼自身もよく知っていたか...
マリコルヌは話題を変えるために、まだ不思議そうにしてい...
「ところで、今日のご飯はおいしかったかい」
「うん、とっても」
少女は笑顔で頷いた。マリコルヌはほっとすると同時に申し...
マリコルヌは、少女と知り合って数日目となる今日に至るま...
少女の傷を治すためであり、少女に食事を届けるためでもあ...
食事と言ってもマリコルヌに料理は作れないので、必然的に...
町に行って買うという手もない訳ではないが、それでは時間...
それで乞食の真似事をしている訳だが、恥じる気持ちはほと...
自分は今影で豚呼ばわりされているだろうが、それは以前と...
何よりも目の前の美少女のために食事を用意しているという...
捕われの姫君に心を奪われた、愚かで醜い牢番のような気持...
姫君を助ける騎士でなく、やっていることも結局は残り物を...
何とも情けない気分だったが、彼にはこれが精一杯だった。
本当ならなけなしの財産をはたいて有名な料理店に連れて行...
しかし、少女自身が「外に出たくないし、他の人を連れてき...
それを拒んだので、結局毎日洞穴通いすることになったので...
彼女は、怪我をしていた理由など、詳しい事情を話していな...
それでもマリコルヌは満足していた。
マリコルヌの灯した魔法の明かりに、ぼんやりと浮かび上が...
零れ落ちそうなほどに大きな瞳は晴れ上がった空のように青...
腰まで届く長い銀髪は触れ合うだけでかすかな音がしそうな...
折れそうなほど華奢な体つきは繊細で儚げな美しさを備えて...
彼女に似合うようにとマリコルヌが苦心して選んできた白い...
そして何よりも、その背には大きな翼がある。
今やすっかり血も拭われて元の真っ白な色を取り戻した翼は...
その純白の翼は、時折思い出したように小さく震え出す。マ...
こんなに美しい少女のために何かをすることができて、彼女...
それが、純粋に嬉しかったのだ。
500 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:34:01 ID:A...
「どうしたの、マリコルヌ」
声をかけられてはっとする。いつの間にやら、すっかり少女...
「いや、なんでもないよ」
「そう」
それっきり、会話が途絶えた。少女は抱えた膝の間に顔を埋...
マリコルヌのほうも何を話していいか分からずに途方に暮れ...
この日まで、彼らのやり取りは大体このパターンに終始して...
短いやり取りはいくらかあるのだが、あまり深い会話まで入...
(だけど、これじゃいけないよな)
マリコルヌはこっそりと息を吸い込んだ。
今日こそは、聞かなくてはならない。少女が何故こんなとこ...
これからどうしたいのか、何か自分に手伝えることはないの...
どう話しかけたものか数十秒も迷ってから、マリコルヌは緊...
「君は、どこから来たんだい」
少女が顔を上げる。無表情だった。マリコルヌは慌てて付け...
「いや、話したくないならいいんだけど」
「ううん。いいよ、別に」
少女はマリコルヌを安心させるように微笑んだ後、思い出す...
「わたしはね、空から来たの。うんと高いところから」
「アルビオンかい。ああ、あの空を飛んでる島のことだけど」
「ううん、あの島よりももっと遠くて、もっと高いところにあ...
「君の村の人たちは皆背中に羽があるのかい」
少女が小さく頷く。天使の村か、とマリコルヌは感動に胸を...
頭の中に、美しい山々とその上空を飛び回る天使たちの姿が...
「綺麗なところなんだろうね」
「うん、凄くいいところよ」
少女は嬉しそうに笑った。
晴れ渡った空の色をした瞳を輝かせて、楽しげに話し続ける。
「春は山一面に花が咲いて凄く綺麗だし、夏は少し熱いけどよ...
秋にはおいしい木の実や山菜が食べられるし、冬に雪を払い...
今こうやって遠くに来てみると、やっぱり村が一番いいって...
懐かしむような、あるいは恋焦がれるような口調に、ふと寂...
「帰りたいな」
その声音に強く胸を打たれ、マリコルヌはほとんど反射的に...
「帰れないのかい」
少女は驚いたようにマリコルヌを見たあとで、悲しげに首を...
「駄目よ。羽が傷ついているもの。
わたしたちの体は鳥よりもずっと飛びにくく出来ているの。...
つまり、マリコルヌの水魔法が不完全で、少女の傷が治りき...
マリコルヌの胸は悔しさで一杯になった。だが、同時にもう...
(このまま傷が治らなければ、彼女はずっと僕の傍にいてくれ...
それは、醜い独占欲。
マリコルヌは目を見開き、慌てて首を振ってその感情を振り...
おそるおそる少女の方を窺うと、地面を見つめて物思いに耽...
汚らしい感情が彼女に伝わっていないことに、マリコルヌは...
同時に、一瞬でもあんなことを考えてしまった自分がどうし...
(やっぱり、僕は「風上」のマリコルヌで、臆病者の薄汚い豚...
少女の寂しげな横顔を見つめながら、マリコルヌはある決意...
501 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:35:01 ID:A...
数人の男子生徒がぞろぞろと図書館に入ってきたのを見て、...
軽く頭を下げてその横を通りながら、才人はため息を吐く。
「もう放っておけない」
レイナールがそう言い出したのは、今日の訓練が始まろうか...
彼が放っておけないなどと言っていたのは当然ながらマリコ...
彼の奇行はここ数日でますます激しくなり、今や訓練してい...
このままでは真面目に訓練している者達に示しがつかない、...
「それに僕らがマリコルヌを放っている現状を、周りの連中が...
『水精霊騎士隊は豚を一匹飼っている』だぞ。このままじゃ...
「いいじゃねえか。王立魔法研究所からの依頼で初任務も来た...
「いいや、名だって大切だ。このことが女王陛下のお耳に入っ...
才人としてはそこまで大きな問題にはなるまいと考えている...
確かに、ここ数日のマリコルヌの行動は目に余るものがある。
変態仲間のデブとは言え一応友人と言う間柄、軽く忠告ぐら...
だが、そんな考えは当のマリコルヌを見て一変した。
マリコルヌは、図書館奥の机に座っていた。うず高く積まれ...
こちらに背を向けて一心不乱にページを捲っている。
話には聞いていたが、これほど真剣に本を読んでいるとは思...
「驚いたな」
才人の気持ちを代弁するように、隣のギーシュが呟いた。
「僕は彼とは長い付き合いだが、あんなマリコルヌは初めて見...
そんな二人の驚きなど関係なしに、レイナールはマリコルヌ...
「おい、マリコルヌ」
強い口調で言われて初めて気付いたらしく、マリコルヌがこ...
その顔もまた少し痩せこけているように見え、彼があまり寝...
マリコルヌは、そんな疲労の残る顔にかすかな微笑を浮かべ...
「やあ、皆揃ってどうしたんだい」
「どうしたんだい、じゃない」
レイナールが怒鳴り声を上げた。
「君は一体何を考えてるんだ、騎士隊の訓練どころか授業まで...
するとマリコルヌは少し申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「ごめん、他にやることがあったんだ」
「それはなんだ」
「言えない」
「ふざけるな」
再びレイナールが怒鳴る。マリコルヌの襟首を掴み上げてい...
「君にとっては何の得にもならないことなのかもしれないが、...
戦いには向いてないような奴もいるが、彼らだって一生懸命...
だが、一人不真面目な者がいるだけでそういう努力も全部無...
それとも、君は本当に自分の都合だけしか考えていないのか。
訓練が辛いからって逃げ続けるつもりか。そこが君の『風上...
502 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:35:33 ID:A...
レイナールの激しい追及を、マリコルヌはただ黙って聞いて...
「ごめん。でも、駄目なんだ。今は他にやることがある」
「それが何か、僕らには話せないと言うんだな」
マリコルヌはゆっくりと頷いた。レイナールを真っ直ぐに見...
レイナールもまた黙ってその視線を受け止め、「勝手にしろ...
沈黙と共に踵を返して歩いていくレイナールを追って、才人...
半ば外に身を出しかけたまま後ろを見ると、マリコルヌは相...
「で、結局どうするんだ」
外では先程と同席していた数人の少年たちが話し合っている...
中心はもちろんレイナールで、彼は不機嫌そうな表情で首を...
「知るか。どちらにしろ任務が来たんだ、あんな奴に構ってい...
「任務ったって、見回りみたいなものだろう」
「分からないぞ、連中が森に潜んでいる可能性は高いんだ。上...
「そう上手くいくかね」
「どちらにしろマリコルヌの力は必要ない。奴は奴で勝手にや...
口では厳しいことを言いながら、その口調は図書館に入る前...
どうやら騎士隊の分裂、というような事態は避けられそうだ...
「そうだ、何なら今日辺りマリコルヌを尾行してみようか」
一人の少年がふざけ半分にそう言ったので、才人もまたおど...
「止めとけよ。あいつも真剣だったみたいだしな。用が終わっ...
「でもさ」
「どうしても行くっていうんなら、この俺を倒してから行って...
もちろん冗談だったのだが、少年たちは何故か顔を青くして...
「俺ってそんなに凶暴だと思われてんのかな」と少し悩む才...
「しかし、妙だな」
「何が」
「マリコルヌが読んでいた本、あれは全部水魔法に関するもの...
「さあ、よくは分かんねえけど」
才人は軽く肩をすくめた。
「悪いことにはならんだろ。何となく、そんな気がするよ」
503 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:36:10 ID:A...
「よし、と。これで治療は終わりだ」
少女の翼から手を離し、マリコルヌは深い満足感と共に頷い...
ここ数日、他の全てのものを放り投げて水魔法の勉強に没頭...
少女の背の翼には、今やかすり傷一つついていない。文字通...
マリコルヌは、目を閉じて想像する。目の前にいる少女が、...
それを頭に思い浮かべるだけで、沸き立つような高揚感と、...
それらを噛み締めながら、マリコルヌは無理に笑顔を作った。
「さあ、これでもう飛べるはずだよ。外に出よう。君の村へ帰...
マリコルヌはそう促したが、少女は座り込んで俯いたまま動...
この場を動きたくない、という意思表示にも見える少女の様...
「どうしたんだい」
「わたし、行きたくないな」
少女はマリコルヌを上目遣いに見上げて、小さな声で言った...
「どうして。この間は帰りたいって言ってたじゃないか。それ...
「そうじゃない、そうじゃないんだけど」
少女は躊躇するようにマリコルヌから視線をそらす。彼女の...
少女が帰ることを拒む理由が、マリコルヌには少しも想像で...
傷はもうないはずだし、少女は帰りたがっているはずだ。だ...
少女は悩むマリコルヌを黙って見つめていたが、やがて立ち...
「分からない?」
マリコルヌをじっと見つめて、短く問いかけてくる。何か、...
その美しさに、マリコルヌは息を呑んだ。少女はそんなマリ...
「あなたが、好きなのよ」
少女の唇が囁いた言葉に、マリコルヌは全身を硬直させた。
「なんだって」
「恥ずかしいから何度も言わせないで。好きなの、あなたが」
少女は頬を赤らめて恥らうように言う。
「好きだから、離れたくないの。分かるでしょう」
「それはつまり、村に帰らずに僕と一緒に暮らしたいと、そう...
信じられない思いで問うと、少女ははにかむように頷いた。
「あなたがわたしの傷を治してくれたときから、ずっと好きだ...
マリコルヌは呆然とした。夢なんじゃないかと疑ってみるが...
どう反応していいか分からず、マリコルヌはとりあえず笑っ...
「冗談はよしなよ」
「冗談じゃないわ。本当に好きなの、あなたのことが」
「だって、僕はこんな風に太ってるし」
「少し丸いだけよ。むしろ愛嬌があって可愛いと思うわ」
女の子に可愛いなどと言われたのは初めてである。頭がくら...
「マリコルヌ」
少女が小さな声で囁き、マリコルヌの背中に手を回してきた。
そのまま、そっと顔を近づけてくる。何をする気なんだ、と...
(ああ、使い魔以外とキスする機会が僕にもやってくるなんて)
体が浮き上がるような幸福感に包まれながら、マリコルヌは...
504 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:37:10 ID:A...
そして、不意に気付く。
青空色の瞳に、翳りが見えた。いや、翳りどころか、濁りと...
(どうしてだろう)
徐々に冷静な思考が戻ってきた。
(なんだこの状況。どう考えてもおかしいじゃないか。どうし...
そんなことを考えている間にも、彼女の顔はどんどん近づい...
マリコルヌを魅了して止まない美貌が、吐息を感じ取れるほ...
頭の中で様々な思考が渦を巻く。欲望に素直に従おうとする...
(いいじゃないか。彼女が僕を好きだって言ったんだから)
誰かが頭の中でそう囁いた。一瞬その声に従いかけたマリコ...
少女の背中で、純白の翼が小さく震えていた。
マリコルヌは一瞬だけ目を瞑ったあと、黙って少女の体を押...
「マリコルヌ?」
少女が困惑したようにこちらを見る。マリコルヌは睨むよう...
「いけないよ、これじゃ」
「どうしたの、急に」
少女がぎこちない笑みを浮かべる。その瞳は、やはりどこか...
数日前、故郷のことを話していたときの眩しいほどの輝きが...
マリコルヌは無言で彼女の手をつかみ、洞穴の外へ向かって...
「さあ、行こう。君の村へ帰るんだ」
悲鳴を上げて、少女が手を振り解く。振り返ると、彼女は裏...
「どうして。マリコルヌ、わたしのことが嫌いなの」
「いや、好きだよ」
自分でも意外なほどにあっさりと、マリコルヌは言った。少...
「わたしも好きよ。だから」
「でも、行こう」
マリコルヌは手を差し出す。少女は怯えるようにその手を見...
彼女を追うようにマリコルヌが一歩踏み出すと、少女はとう...
「止めて! どうしてそんなこと言うの? わたしのことが好...
「駄目だよ。それじゃ、駄目なんだ」
「どうして」
少女が顔を上げてマリコルヌを見上げた。マリコルヌは、彼...
「君が本当は帰りたいと思ってるから」
少女の背中で、白い翼が小さく震える。少女はマリコルヌの...
「違うわ」
「違わないよ」
「わたしはあなたが好きなのよ」
「それは嘘だ。どうして君がそんな嘘をつくのかは分からない...
マリコルヌは、再び少女に手を差し出した。
「さあ、行こう。空を飛んで、君の村に帰るんだ」
その言葉を聞いた瞬間、少女は大きく目を見開き、腹の底か...
訳の分からないことを絶え間なく叫び、周囲にあったものを...
マリコルヌは、避けることもなく黙ってそれらを体に受けた。
彼女が食事に使った皿が額にぶつかり、フォークが頬をかす...
体力が尽きたのかそれとも気力が尽きたのか、少女はその内...
抱え込んだ膝に顔を埋めて、低い声ですすり泣き始める。
その背で、白い翼が小さく震えていた。
「また来るよ」
少女の弱弱しい姿に胸を切り裂かれるような痛みを感じなが...
505 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:38:12 ID:A...
鬱々とした気分で歩いて学院に帰り着いたとき、時刻は既に...
寮の門限はとっくの昔に過ぎている。だが、そんなことはど...
どうしたら彼女を助けることが出来るのか、何が彼女に帰る...
(ひょっとしたら、僕はもう彼女には関わらない方がいいんじ...
不意に、そんな考えが頭の隅から湧いてくる。
(もう彼女は僕のことなんか嫌いになっただろうし。それに、...
それは、弱気という名の甘美な誘惑だった。
(そうだよ、それがいい。どうせ僕じゃ何の役にも立てないん...
それに、自分はずっとそうやって生きてきたのだし。
そんなことを考えたとき、不意に暗闇から声が飛んできた。
「お悩みのようじゃのぉ」
微妙に聞き覚えのある声だ。驚いてそちらを見ると、寮を囲...
「何やってるんですか」
そう問うと、オールド・オスマンは無言で寮の方を指差して...
目を細めると、何か小さなものがある部屋の窓の近くを飛ん...
「小型のガーゴイルじゃよ。でな、あれが見た映像がこの水晶...
要するに高価な魔法具を使って覗きをやっているらしい。
なんてしょうもない人だろう、とマリコルヌはあきれ返って...
当の学院長はそんなことなど知らぬげな「ああ、もっと下じ...
こんな人相手にしても仕方がない、と踵を返しかけたマリコ...
「逃げるのかね」
何故か耳が痛い。振り返ると、オールド・オスマンがこちら...
「彼女がお主のことを好きだと言って、守って欲しいなどと言...
何故そのことを知っているのか、と問いかける気にはならな...
なんだかんだで魔法学院の学院長だ。何を知っていたって不...
今のマリコルヌにとっては、言葉の内容の方がはるかに重要...
「そうですね。僕も、彼女みたいな子が恋人になってくれて、...
あんな可愛い子に好かれるなんて、これを逃したらもう一生...
「では何故拒んだのだね」
「彼女が、本当は帰りたいと思っているからです」
マリコルヌの脳裏に、故郷のことを語る彼女の瞳が思い浮か...
無限に広がる空を映すように、眩しいほどに輝いていた青空...
「僕と一緒にいたいだなんて嘘だ。それが本当なら、あんな風...
彼女は帰りたいんですよ、帰りたくてたまらないんだ、自分...
でも、怖いから嘘をついている。何が怖いのかは分からない...
怖いから本当の気持ちをごまかして、安全なところへ逃げ込...
そんなんじゃ僕と同じじゃないか。いつも向かい風を避ける...
彼女は鳥なんだ。でも飛ばなかったら豚になってしまう。僕...
マリコルヌの心情の吐露を、オールド・オスマンはただ黙っ...
そうしてから、ふと思いついたように問うてくる。
506 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:39:08 ID:A...
「君は『風上』のマリコルヌというのだったな」
「そうですけど」
「向かい風を避けるために、常に『風上』を探す臆病者、か。
なるほど、なかなか似合いのあだ名じゃが、そんな君に一つ...
「なんですか」
「『風上』というのは、常に人が向かっていく先に存在してい...
マリコルヌは答えられなかった。
沈黙したままの彼を面白そうに見つめたあと、オールド・オ...
「そうそう」
言いつつ、何やら書類のようなものを取り出してみせる。
「これは君らの、えー、なんだったか。ああそうだ、水精霊騎...
あの騎士隊に下された命令書の写しなんじゃが」
何故急にそんなものを取り出したのかと不思議がるマリコル...
訝りながらそれを読み始めたマリコルヌは、その内容を把握...
「王立魔法研究所の一部門が、魔獣やら何やらを集めて非道な...
で、それがバレてその部署は取り潰しになったが、連中は素...
そのほとんどは事前に捕まえることができたが、一番貴重な...
要するに、騎士隊に実験動物の保護と研究員の捕縛命令が下...
そう言えば、最近学院の周辺を妙な連中がうろうろしとった...
学院に入ってくる気配はなかったから放っておいたんじゃが」
そこまで説明されるまでもなく、マリコルヌの頭の中で様々...
あの少女は、王立魔法研究所から逃げてきたのだ。
アルビオンよりも遠いところに住んでいた彼女が、何故トリ...
だが、とにかく王立魔法研究所に捕われていた彼女は、おそ...
しかしその途中で追っ手に撃たれたのか、それとも魔獣にや...
魔法学院周辺の森に落下したという訳だ。その後はマリコル...
(じゃあ、彼女は追っ手に見つかるのを恐れていたんだろうか)
それは、本人に会って確かめるしかないようだった。
「騎士隊の連中もまだ森の中で妙な連中と追いかけっこしてい...
全く、お主と言い奴らと言い、揃いも揃って門限破りとはい...
冗談めかしてそう言うオールド・オスマンに微笑みかけたあ...
風の流れに乗せて、寮の方まで声を飛ばす。
「女子の皆さん、ここでアルヴィーを使って覗きをしている人...
「ちょっ、おま」
オールド・オスマンが慌てて立ち上がる。しかし、時は既に...
寮の窓が一斉に開け放たれ、眩い光が周囲を照らし出す。オ...
「マリコルヌ、貴様」
「さっさと逃げたほうがいいですよ学院長。学院長がやったっ...
僕と皆の門限破りも大目に見てくださいね。あと、いろいろ...
そう言い捨てて、マリコルヌは森を目指して駆け出した。
507 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:39:45 ID:A...
いつもは静かな夜の森が、どこかざわついているように思え...
マリコルヌは周囲に誰かがいないかと最大限に気を配りなが...
まず真っ先に向かった先は少女が隠れていた洞穴だった。
しかしそこに少女の姿はなかった。争った形跡はなかったか...
そう信じて、マリコルヌは当てもなく森の中を駆け回る。幸...
広い森だし、研究所の所員も騎士隊の隊員もそれ程数は多く...
彼女もまだ見つかってはいないと信じたかった。暗い森の中...
数十分も走り回ったが、やはり彼女は見つからない。
焦り始めたマリコルヌは、不意に眩暈を感じて蹲った。
ここ数日の睡眠不足と疲労が重なったのだろう。だがここで...
そう思って身を起こしかけたとき、マリコルヌはふとあるも...
生い茂る草の合間に、何か白い物がある。
まさか、と思って明かりを近づけて、歓喜の声を上げそうに...
あの純白の羽根だった。彼女と出会ったあの日のように、そ...
マリコルヌは小走りに走り出した。草を踏みしめ枝を払いの...
そして、彼女を見つけた。正確には、茂みに隠れきれていな...
「君はあんまりかくれんぼに向いてないみたいだね」
冗談めかしてそう言うと、白い翼がびくりと震えた。彼女が...
「あの日みたいに悲鳴を上げるのはなしだよ」
「マリコルヌ」
歓声を上げて、彼女が飛びついてきた。押し付けられた肢体...
「良かった、もう来てくれないかと思った」
少女は安堵の涙を流しながら、事情を説明し始めた。
マリコルヌが去ってからしばらくして、ふと洞穴の外に人の...
何となく嫌な予感がして入り口の方に行ってみると、見覚え...
彼らがこちらに気付かずに行ってしまったあと、彼女も同じ...
「でももう安心ね。わたしを守ってくれるんでしょう、マリコ...
その言葉に、マリコルヌは曖昧な笑いを返した。
ふと見ると、少女の背中の翼が小さく震えていた。
マリコルヌは数刻前と同じように、黙って手を差し出した。
「さあ行こう。空を飛んで、君の村に帰るんだ」
少女は驚いたように目を見開いたあと、何かを恐れるように...
「わたしを守ってくれないの」
「僕じゃそれは無理なんだ。だから他にできることをするよ。...
マリコルヌは少女を促す。少女は躊躇うようにマリコルヌの...
マリコルヌは黙ってその手を握り返す。手の平に、柔らかく...
そのとき、不意に後方で「いたぞ」という叫び声が響き渡っ...
振り返ることもなく、マリコルヌは少女の手を引いて走り出...
508 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:40:26 ID:A...
白み始めた空の下、マリコルヌと少女は無我夢中で森の中を...
幸いにも、追っ手はさほど多くないようだった。
遠くから爆音のようなものが聞こえてくることから察するに...
マリコルヌは少女の手を引いて駆け続けた。どこをどう走っ...
その内木々の隙間が大きく開いて、朝日が帯になって差し込...
少女と顔を見合わせて、一気に走り出す。その先が学院なら...
しかし、その期待は見事に裏切られた。抜け出した先には、...
開けた場所である。少し行くと地面が途切れていて、下を覗...
どうやら、魔法学院とは反対の側に出てきてしまったらしい。
横を見ても道はなかった。後ろの森からは研究員、前には絶...
「そんな、ここまで来て」
少女が絶望的な声を発して地に膝を突く。
しかし、マリコルヌは別のことを考えていた。
(これは、むしろチャンスかもしれない)
朝日に輝く空を見上げる。鳥が一羽、高いところを飛んでい...
ここは魔法学院とさほど変わらない高さだから、それほど強...
(いや、期待する必要なんかないんだ)
マリコルヌは決心を固めた。座り込んでいる少女の前に膝を...
「さあ、飛ぶんだ」
少女が目を見開いた。マリコルヌは彼女の視線を導くように...
「時間がない。もうあと少しで連中はここに来てしまう。君は...
「マリコルヌはどうするの」
「どうにかするよ。さ、早く」
マリコルヌは少女の手を引っ張って無理矢理立たせると、崖...
「さあ、飛ぶんだ」
空を指差す。少女は零れそうなほどに目を見開いて、しばら...
背中の翼が小さく震え出す。徐々に少女は息を荒げ始めた。...
少女はとうとう泣きながらその場に蹲ってしまった。
「どうしたんだ」
「怖いのよ」
出し抜けに、少女が叫んだ。蹲ったまま肩を抱き、嗚咽混じ...
「翼を撃たれて森に落ちたあの日から、飛ぶのが怖くなったの。
ぐんぐん地面が近づいてきて、このまま死ぬんじゃないかっ...
あのときのことを思い出すと、体が震えて止まらなくなるの。
こんなんじゃ、飛ぶのなんてもう無理だよ」
泣き続ける少女を、マリコルヌは黙って見下ろした。
「そうか、それであんなに帰るのを嫌がってたんだね」
少女が小さく頷く。マリコルヌはため息を吐いた。
「ごめんよ、気付いてあげられなくて。でもそうか、やっぱり...
妙に清々しい気分で、マリコルヌは笑い出した。少女が目に...
「どうしたの」
509 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:44:34 ID:A...
「うん、いやね。やっぱり、僕のことが好きだっていうのは嘘...
少女は目を見開いた。一瞬反論するように口を開きかけて、...
「ごめんなさい」
マリコルヌは苦笑した。
「いいよ。怒ってる訳じゃないんだ。でも、一つ教えてほしい...
「だって」
少女は一瞬口ごもった後、申し訳なさそうに言った。
「そうしないと、わたしから離れていくと思ったから。飛べな...
わたしはきっと死んでしまうと思って、だから」
「だから、あんなこと言って僕に守ってもらおうとしたんだ」
少女は小さく頷いた。マリコルヌは苦笑する。
「君は一つ勘違いしてるよ。僕は豚なんだ」
「え」
「豚が鳥を守れる訳がないだろう。犬ならともかくさ」
「何を言ってるの」
困惑する少女に「なんでもないよ」と笑いかけて、マリコル...
「さあ、飛ぶんだ。飛んで、君の村へ帰るんだ」
「でも」
「大丈夫」
マリコルヌは少女の後ろに回りこんだ。杖を取り出し、詠唱...
「僕の名前をお忘れかい? 僕は『風上』のマリコルヌ。僕の...
君が翼を広げる限り、いつだって追い風を吹かせてみせる!」
魔法を解き放つ。座り込んだ少女の周りで、優しい風が渦を...
少女が小さく声を漏らした。そんな少女の周囲を風が駆け巡...
少女の背中の翼が小さく震え出す。マリコルヌは目を細めて...
この純白の翼は、恐怖ではなく、渇望によって震えていたの...
(そう、あの翼は、いつだって空を飛びたいと言って震えてい...
マリコルヌは詠唱を再開した。それに合わせて、少女もゆっ...
後ろから叫び声が聞こえる。マリコルヌは叫んだ。
「さあ、行くんだ」
「でも」
少女が躊躇うように振り返る。マリコルヌは笑った。
「僕のことは気にしなくていい。ただ前だけを見ていればいい。
でも、最後に一つだけ。僕は本当に、君のことが好きだった...
わたしも、という声は聞こえてこない。
渦巻く風の中、少女は申し訳なさそうな、あるいは困ったよ...
少女が大きく翼を広げる。純白の翼と銀色の髪、マリコルヌ...
遠い山々から顔を覗かせている朝日に照らされて、少女は一...
「飛べ」
少女がおそるおそる一歩目を踏み出す。
「飛べ」
二歩目は大きく、力強く。
「飛べ!」
三歩目で思い切り地を蹴った。
少女の体が追い風に舞い上がる。久しぶりの飛翔のためか数...
その度に周囲の風が少女の体を立ち直らせた。
510 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:46:19 ID:A...
後方で悲鳴が上がる。銃や杖を構える音も聞こえてきた。マ...
「僕のいる場所はいつだって『風上』だ。君たちには向かい風...
後方の研究員に向けて、突風が吹き付けた。発射された弾丸...
前方と後方、それぞれに違う風を、絶え間なく送り続ける。
脳が焼ききれるのではないかと思うぐらいに頭が熱くなって...
飛びそうになる意識の中、マリコルヌは一心に少女の背中を...
そのとき、不意に腹の辺りが熱くなった。ちらりと見ると、...
どうやら、研究員たちは狙いをマリコルヌに切り替えたらし...
突風を突き破って襲い来る攻撃に、マリコルヌはとうとう膝...
そのとき、少女が空の上で一瞬振り向きかけた。マリコルヌ...
「振り返るなぁ! 大丈夫だ、風はいつだって君の味方だ! ...
その願いが伝わったのか、少女は完全に迷いを振り切ったよ...
速い。鳥だってこんなに速くは飛べないだろうと思わせるよ...
マリコルヌは目を細めた。蒼穹の空に、白い翼が吸い込まれ...
そして、限界が来た。手から力が抜け、杖が地面に落ちる。...
後方から人が近づいてくる音がする。数人の人間が崖の縁に...
(馬鹿め、ここから魔法が届くものか)
研究員たちの悪あがきを、マリコルヌは地に倒れたままでせ...
その内、研究員たちの興味はマリコルヌに移ったらしい。全...
(豚一匹料理するのにずいぶんと集まったもんじゃないか)
マリコルヌは途切れそうになる意識の中、満足感に満ちた微...
自分はこのまま死ぬのかもしれない。そう思ったとき、ふと...
自分を取り囲んでいる研究員のさらに向こう、森の中に見覚...
その中の一人、黒髪の少年が笑顔で呼びかけてきた。
「おっさんたちよ」
研究員たちが驚いたように振り返る。黒髪の少年が背中の剣...
「俺らのダチになにしてくれちゃってんの」
そこから先は一方的な展開だった。
才人を筆頭に水精霊騎士隊がなだれ込んできて、研究員たち...
敵を殺してはいけないこの状況で、皮肉にもあの肉弾戦闘訓...
(ああ、サイト。やっぱり君は犬なんだなあ)
噛み付くような勢いで暴れまわる黒髪の友人を見つめながら...
(僕が君のようだったら、彼女を守るのも悪くはなかったんだ...
誰かがマリコルヌを助け起こす。彼の意識はそこで途切れた。
少女は、休むことなくただ前だけを目指して飛び続けていた。
マリコルヌが吹かせてくれた追い風は、とうの昔に止んでい...
それでも、胸に不安はない。今なら、背中の翼を広げてどこ...
そして、ふと思い出す。彼の名前。最初は意味が分からなか...
(嘘をついてごめんなさい。背中を押してくれてありがとう)
少女は顔を上げた。強い向かい風が吹き付けてくる。だが、...
向かい風の先はいつだって風上なのだ。風上には彼がいる。...
少女は向かい風に負けないように、大声で叫んだ。
「本当にありがとう! 絶対に忘れないわ、『風神(カザカミ...
511 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:46:57 ID:A...
隣に座ったレイナールが重いため息を吐き出すのを、才人は...
「おい、お前それ何度目だよ」
「放っておいてくれ。僕らがなんて呼ばれてるか知ってるか」
「泥精霊騎士隊だったっけか。いや俺らにはお似合いなんじゃ...
「ちっとも良くない。こういうのはイメージが大事なんだ。あ...
案外大げさな奴だよなあ、と思いながら、才人は一つ欠伸を...
あの森での追いかけっこから、既に三日ほどの時間が経過し...
一応お手柄だったということで、騎士隊の訓練は今日まで休...
学院の方も休みなので、今頃騎士隊の面々は思い思いに休暇...
その証拠に、ここヴェストリの広場にもほとんど人影がない。
「っつーか休めよなお前も」
「いや、そうはいかない。今度こそ評判を上げる計画を練らな...
何やらぶつぶつと呟きながら紙に書きつけているレイナール...
「そういや、今回一番のお手柄はマリコルヌなんだって」
「ああ。貴重な実験動物、なんて言い方は失礼だろうが、翼人...
「天使なんてのが、本当にいるとはねえ」
「いや、彼らは天使なんかじゃないよ。あくまで翼の生えた人...
「でもそう思わなかった連中がいた訳で、今回の騒ぎになった...
「まあ、彼らは滅多に人前に出てこないから、もっと詳しく彼...
エルフと同じような強大な力を持ってる可能性もある。敵対...
「なるほどねえ。ま、何にしてもこれで少しはマリコルヌの人...
才人が言いかけたとき、不意に寮の方から女生徒の悲鳴が聞...
驚いて後ろを見ると、何やらカラフルな色彩の丸いものが物...
「って、あれマリコルヌじゃねえか」
「何をやってるんだ」
顔を見合わせる二人の横を、マリコルヌが走りぬける。彼が...
それは、服だった。女生徒の服やら下着やらを体中にくくり...
「なんだありゃ」
「あ、サイト」
追いかけてきた女生徒の中から、ルイズが飛び出してきて才...
「ちょうどいいわ、あんた、あれ捕まえなさい」
「あれって、マリコルヌか」
「そう、あの豚。何したと思う、あいつ」
「下着ドロ」
「正解。分かったらとっとと捕まえてくる」
ルイズが才人の尻を蹴っ飛ばす。才人は「相変わらず人使い...
彼は白目を剥いて倒れていた。今度モンモランシーに胃薬を...
512 名前:風神[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:48:07 ID:A...
マリコルヌはすぐに捕まって女生徒にタコ殴りにされた。
それでも学院長の指示でやったと自白したことで一応その場...
「怪我治りかけのくせに、何やってんの、お前は」
「やっぱり僕にはこういうのがお似合いなんだよ。いやあいい...
「アホ」
才人は軽く笑ってマリコルヌの頭を小突く。マリコルヌも照...
二人は今、あの事件の最後の舞台となった崖に来ていた。
見上げる空はあの日のように晴れ渡っていて、やはり高いと...
「彼女はちゃんと帰れたのかな」
「大丈夫だろ。お前が風を吹かせてやったんだからさ」
「でも僕は途中で力尽きてしまったんだ。心配だな。いや、大...
マリコルヌは崖の縁に立って空を見上げていた。後ろに立つ...
「だってさ、彼女は結局僕のことが好きじゃなかったんだ。っ...
彼女は一人でも大丈夫だったってことになる」
「いや、その理屈はおかしい」
才人が一応突っ込んでやると、マリコルヌは少し笑ったあと...
「サイト。僕はさ、振られたんだよね」
「そうだな」
「残念だなあ。本当に好きだったんだ。一応いいとこまではい...
「そうだな」
「実を言うと凄く後悔してるんだよ。あのとき素直に彼女とキ...
「それは嘘だな」
才人はマリコルヌの横に並んだ。彼の顔は見ない。ただ、青...
「お前は確かに振られたよ。心底惚れてた女にさ。でも、後悔...
「どうしてそう思うんだい」
「だって、いい顔してるもんよ、お前」
追い風が吹いて、涙をさらっていった。
風上。それは友のために追い風を吹かす勇者の名前である。
513 名前:205[sage] 投稿日:2006/12/03(日) 04:50:17 ID:Ak...
以上ですっつーか異常ですっつーか。
元々は「風上ってなんなんだよ訳わかんねーよ」という疑問か...
でも正直、萌えとかエロとかグロとか書いてるよりこういう話...
大丈夫、俺は浮いてない、ちゃんと馴染んでる、俺は浮いてな...
まあそんな訳でまた次回。
ちょっと休むつもりなんで次の投稿はかなり後になるかもしれ...
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