ゼロの使い魔保管庫
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**ゼロの飼い犬17 真夏の雪風 ...
■1
「ちょっとサイトくん、いいかしら?」
日が変わるまで開いている『魅惑の妖精亭』のクローズの仕...
さぁ何か食べてから寝るかと大きな伸びをした夜明け前。
未だに慣れない鳥肌が立つような野太い猫撫で声で呼び止めら...
「スカロン店長。なんですか?」
声の方に振り向くと、これまた慣れない、派手で露出の多い...
筋肉質の体がはち切れそうになってる男性。俺の雇い主のスカ...
「明日……、うぅん、もう今日ね。今日、サイトくんに呼び出し...
店長はウィンクしながら片指を立て、にっこり笑ってそう答...
明日はラーグの曜日で、このお店の定休日になっている。
「呼び出し? 誰からですか?」
「それがね、昨晩の営業中にタバサちゃんが来てね、
サイトくんに予定が無いなら、待ち合わせの伝言を伝えて欲し...
「タバサが?」
タバサといえば、数日前にキュルケやギーシュ、モンモラン...
この妖精亭までやってきた。あの時はキュルケのせいで酷い目...
「以前のお礼と、この前のお詫びがしたいって言ってたわよ」
「まだそんなこと気にしてたのか……、俺に直接言ってくれれば...
「そしたら多分遠慮されるからだって。あの子、サイトくんの...
くすくす笑う店長。タバサめ、そんなことまで計算して店長...
「今日のお昼の11時に、チクトンネ街の中央広場の噴水で待...
明日の夜はお店の定休日だから、帰るのが遅くなっても構わな...
「わかりました。行ってみます」
「確かに伝えたわよ〜。それじゃ、お・や・す・み! 楽しん...
店長は俺に投げキッスをすると、腰をふりふり厨房から出て...
タバサから、お礼の呼び出し。未だにそこまで恩を感じてく...
しまいつつ、どんなことをしてくれるのかとちょっと楽しみに...
そうと決まったら、遅刻しないようにさっさと寝ておこう、...
「サイト」
「うぉっ!?」
戸を開いたすぐ前にルイズが居て、思わず後ずさりしてしま...
「何よその反応、失礼ね。ちょっと声が聞こえたけど、店長と...
「え? あー、うん、ちょっとね。店長に頼まれて、明日の昼...
つい、そんな嘘をついてしまった。女の子と待ち合わせする...
何をされるかわかったもんじゃない。
「あんた一人で?」
「あ、ああ」
じっと俺の顔を見つめるルイズ。何か不自然だったかな。正...
わたしも行く、なんて言われたらどうしよ。いや、別にルイズ...
「……わかった。じゃ、早く寝ましょ」
あれこれ考えているうちに、ルイズはふっと身体から力を抜...
屋根裏部屋へ向かってしまう。何となく拍子抜けしてしまいな...
女子寮のルイズの部屋にあるのより小さいベッドに、二人で...
あまり寝心地が良いとは言えないけど、仕事で疲れてるおか...
もう重たくなっている瞼を薄く開いて、俺の手を枕にしてい...
こちらを向いて猫みたいに身体を丸くし、早くもすやすやと規...
遅ればせながら状況を説明すると、今は学院が夏休みになっ...
ルイズは姫さまからの要請によって、平民の暮らしの中にと...
世間の情報収集をする任務を任せられた。
その後、色々あって俺たちは『魅惑の妖精亭』という酒場で...
客から巷の噂や世評を聞き出すという仕事をすることになった...
平民に混じって給仕や水商売紛いの仕事をさせられることや、
住み込みという形であてがわれた粗末な屋根裏部屋に最初は不...
ルイズだが、今では結構順応して、それなりにまともに生活し...
会ったばかりの時よりもずっと融通が利くようになったな、...
ちょっと嬉しくなる一方、俺には少し気になることがあった。
さっき廊下で顔を合わせた時もそうだったけど、少しルイズ...
ちょっとしたことで殴ったり蹴ったり、俺の金を使い込んだ...
難癖付けてきたりという表面的な横暴さは全く変わってない。
けれど、もっと深いところで俺に壁を作ってるというか、遠...
その原因は……、まぁ、大体検討はつく。俺が惚れ薬を飲んで...
あれ以来、ルイズには”マッサージ”も頼まれないし、必要以...
そのわりには一緒のベッドで寝て、腕枕なんかもしちゃってる...
惚れ薬の時の一件は何というか、俺たちの間でタブーみたいに...
「(良いことなのか、悪いことなのか……)」
わからない。けど、変に気まずいままでいるよりは、無かっ...
マシかもしれない。今はそれどころじゃないほど毎日慌ただし...
鈍くなった頭の隅でそう結論付けると、傍らにルイズの体温...
■2
「上手いこと、貴族の娘っ子を起こさずに出られたじゃねぇか」
「あぁ、おかげさまでね」
夜型生活が続いてるおかげで、こんな時間から出歩くことは...
デルフを携えてチクトンネ街を歩く。トリスタニアの中心地だ...
大通りは人混みでごった返し、剣と喋ってる通行人がいても大...
中央広場に到着し噴水の所に目をやると、待ち合わせをして...
妙に目立つ大きな杖がまず目に入った。その傍らには、噴水の...
いつものように黙々と本のページをめくっている小さなマント...
「あ、いたいた。おーい、タバサ!」
手を振って駆け寄ると、タバサはすぐに顔を上げ、本を閉じ...
「わり、待ったか?」
「いいえ。わたしこそ、たまの休日に呼び出したりしてごめん...
聞くと、タバサは僅かに申し訳なさそうな色を見せて答えた...
「え? まぁ、どうせ休みっていってもやることなんか無いし」
「それなら良かった」
今度は、安心したように表情を和らげるタバサ。他の人に比...
そのいつもよりずっとくだけた様子に、思わずどきっと胸が高...
「それで、今日はお礼をしてくれるんだっけ?
前にも言ったけど、そんな大した事なんてしてくれなくても構...
「わたしの気持ちの問題もあるから、受け取って欲しい」
念を押すと、タバサは俺の目をじっと見つめてそう返した。...
純粋に恩返しがしたいのがよくわかる瞳。そこまで言われたら...
「そ、そっか。それじゃ、有り難く好意は受け取るけど……、ど...
「その前に。お昼はもう済ませた?」
タバサは質問に答えずに、そんなことを聞いてきた。
俺が首を横に振ると、彼女は「丁度良かった」と頷き、街中へ...
タバサと共に歩いてやってきたのは、半地下のような所にあ...
昼間は食事やデザートを出すレストランになっているらしく、...
他の食事所とは少し毛色が違う所として、メニューとは別に...
店先に貼られているのが目についた。タバサはそのポスターを...
「んー? イーヴァルディの……、何だろ。劇場の宣伝か?」
劇のタイトルらしく大きく書かれている文字は、『イーヴァ...
前にタバサから少し文字を教わったおかげだ。
「『イーヴァルディの用心棒』。このお店のステージで、旅の...
なるほど。よく見ると、11時30分から昼の公演、となっ...
「評判が良いと聞いた。食事をしながら観られるのだけど……、...
「ううん、面白そうじゃん。入ろうぜ」
答えると、タバサはこくりと頷いた。
連れだって半地下への階段を降りた先は、思ったよりも広く...
フロアの広さは『魅惑の妖精亭』と同じくらい。大きく異な...
小芝居や歌の公演に使えるステージが、各々のテーブルから見...
「いらっしゃいませ。お二人でしょうか?」
「はい。劇を観たいのだけど、良い席は空いてる?」
落ち着いた様子でウェイターに応じるタバサ。少し早めの時...
ステージのすぐ近くにあるテーブルにつくことができた。
メニューを受け取ったタバサはそれを軽く一瞥すると、俺に見...
「あれから、字の勉強はしてる?」
タバサは向かいに座った俺の方へ軽く身を乗り出し、そんな...
「うーん、あんまりやってないかな……」
急に聞かれて、曖昧な返事を返す。実は、ルイズの詩作の手...
タバサには何度か字の読み方を教えてもらっていた。おかげで...
多少は読めるようになっていたけど、夏休みに入ってからは本...
「続けることが大事なのに。じゃあ、そのメニュー、上から読...
「ん。えーと、『日替わりランチセット。ユルの曜日……、キノ...
「『キノコとエピナル草のクリームパスタ』」
軽く家庭教師みたいなことをしてもらいながら、今日の日替...
ホットサンドイッチのセットを二人前注文する。ほどなくして...
二人で囓っているうちに、ステージの上に簡素な書き割りが備...
「お、始まるみたいだ」
一つめのサンドイッチを飲み込んでタバサに言うと、彼女は...
旅装束と長剣を身につけたなかなか男前な役者と、ふりふり...
纏ったお嬢様風の可愛らしい女性。メイド服をかっちり着込ん...
舞台に並び、三者三様の恰好で礼をする。
それに合わせて、店内から拍手が響いた。いつの間にか、テ...
お客さんが座っている。タバサも小さく手を打っているので、...
三人の役者さんはいったん舞台袖に引っ込み、『イーヴァル...
■3
ロ 口 □
『イーヴァルディの用心棒』は、その名の通り、イーヴァル...
小さな冒険譚のひとつという設定のお話だった。
といっても、このお話ではイーヴァルディは狂言回しのよう...
主役はどちらかというとお嬢様とメイドの方。物語の冒頭も、...
とある国のとある地方貴族の家に育ったお嬢様。彼女は名の...
関わらず、魔法がからっきし苦手であった。そのため家族から...
裏返しから、すぐに周りに当たり散らす、我が侭で根性曲がり...
そんな彼女の扱いに困った両親は、娘をさっさと嫁に出して...
会ったこともない男と強制的に結婚させられることを嫌がった...
家出して、独力で何らかの手柄を立てることで自分の才能を両...
無理な婚姻を考え直させようと思ったのである。
お嬢様のそんな暴走に付き合わされたのが、彼女の家で働く...
お嬢様と乳母姉妹であり、幼なじみでもあるそのメイドは、例...
幼なじみであるお嬢様の願いを無下にすることなどできない。
一人で家を出る勇気が無いお嬢様の気持ちに気付いたことも...
ほとんど保護者のような役割で、お嬢様の家出の片棒を担がさ...
冒頭、どこぞの街道を行くお嬢様とメイドの会話で以上の舞...
賑やかな街についたお嬢様とメイドの二人だったが、メイドが...
お嬢様は行商人から胡散臭い宝の地図を購入してしまう。
こんなのアテになりませんよと内心で嘆息するメイドを尻目...
発見した気分。その隠し場所が魔物巣くう山奥の洞窟だと知る...
そんな折、ガラの悪い男といざこざを起こしてしまったお嬢...
大柄なならず者を軽くあしらったその青年こそ、旅の勇者イー...
その名前は隠すイーヴァルディだったが、お嬢様は彼を半ば...
元来お人好しなイーヴァルディは、お嬢様の傍若無人っぷりと...
メイドの懇願もあって三人揃って財宝探しの冒険をすることに...
このお芝居、ここからが面白かった。体裁こそイーヴァルデ...
その実、お嬢様とメイドにイーヴァルディを加えた三人の掛け...
コメディや寸劇のような思わず吹き出してしまうお笑い要素が...
舞台装置は極めて簡素で、小道具すら省略してパントマイム...
舞台の上に立つのはたった三人の役者さんなのに、その素人目...
ことによると大がかりな劇場演劇以上に観る者をのめり込ませ...
優しくてお人好しだけれど剣の腕が抜群で、いざというとき...
まずメイドが惚れ込んでしまう。彼女は事あるごとにイーヴァ...
時にはその魅力的な身体まで使ってモーションをかける。
ところが、お嬢様の方もイーヴァルディを憎からず思ってい...
気に入らない様子。はっきりした態度には出さないまでも、二...
肝心のイーヴァルディといえば、色恋沙汰には全くの鈍感で...
わざとやってるんじゃないかとすら思える絶妙さでメイドの...
お嬢様のさりげないアプローチを華麗にスルーする。
話が進むに連れて、お嬢様の暴走が過激になったりメイドの...
テンポの良い展開に引き込まれてこちらも笑ったりニヤけたり...
一歩間違えれば悪ノリになってしまう寸劇の合間に、自分を...
彼女なりに努力しているお嬢様の真剣さや、そのお嬢様の幸せ...
そして、そんな二人の関係を理解した上で、引き受けた用心...
見守ってあげようとしているイーヴァルディの優しさなどが少...
■4
そして、一行の旅が目的の場所に近付くと、彼らの中に一抹...
宝探しを目的とした旅であるのに、三人はこの旅そのものを...
ずっとこの三人で居続けたいとも思ってしまうのである。
けれど、そんなことは叶わない。三人で暗黙の内に生まれた...
一行は旅の終着点として、財宝が眠るとされる洞窟に踏み入る。
ここから先のクライマックスは、それまでのコメディ色とは...
洞窟の中、長年のカンによってイーヴァルディは隠し通路を...
その先には数々の罠が待ちかまえており、これだけ厳重な警戒...
残っているということは、財宝は本当に存在するのかもしれな...
果たして、財宝を秘めた宝箱は見つかった。しかし、イーヴ...
舞い上がってしまっていたお嬢様は、不用意に宝を手にとって...
崩れ落ちる床。何とか三人とも命は取り留めたが、お嬢様と...
そんな中、洞窟に巣くうオオカミに囲まれる三人。例えイー...
無数の敵から動けない二人を守り通すことなど不可能に近い。
そこで、メイドは言う。わたしを置いて、お嬢様を背負って...
お嬢様は宝を持ち帰って、両親に自分の力を示して、幸せに...
それを聞いたお嬢様は、歩くこともままならない足でゆっく...
わたしは貴族よ。これくらいのオオカミなんて、軽く片付け...
今まで満足に使えたことがない魔法を唱えるべく、杖を振り...
二人の瞳が、イーヴァルディに向けられる。自分を置いて、...
イーヴァルディは何故か満足げに頷くと、大きく息をのんで―...
二人を両の小脇に抱え上げ、オオカミの群れの中へと突っ込...
無茶だ、有り得ない、と当惑する二人を無視して、イーヴァ...
得意の剣も使うことができず、襲い来るオオカミを撃退するこ...
その足に背中に、はオオカミの牙や爪が次々に突き刺さる。
けれども、まさしく勇者の力を発揮したがごとく、イーヴァ...
ついに、洞窟を出る。しかしさすがにイーヴァルディも満身...
彼が左に抱えたメイドの喉笛へと、オオカミの一匹が襲いか...
避けきれない、絶体絶命の刹那……、オオカミは、突如の烈風...
お嬢様が、初めて魔法を成功させたのである。イーヴァルデ...
心打たれたお嬢様は、自分の幼なじみであり、無二の親友であ...
ようやくその才能を開花させることができたのだった。
傷を癒し終わり、別れの時がやってきた。手に入れた財宝は...
無かったけれど、お嬢様は財宝よりも大事な物を手に入れるこ...
それは貴族にとって、魔法を使えるようになったことよりも、...
お嬢様は、自分と旅を共にしてくれた用心棒に、自分の領地...
胸の奥に飲み込んで堪える。彼もまた、もっと大事な使命を持...
だからお嬢様は、隣にいる掛け替えのない幼なじみのメイド...
近くを訪れる機会があったら遠慮せずわたしの家に寄りなさい...
そして笑って手を振り、イーヴァルディは用心棒の契約を終...
彼の背中を見送った後、お嬢様とメイドの二人も、自らの領...
ロ 口 □
■5
「いやー、面白かった!」
レストランを出て、午後の日差しを仰ぎながら一言。笑いあ...
ちょっとしんみりありの、非常に満足できるお芝居だった。つ...
注文もしすぎてしまったし、劇の終了後にはチップを弾んだ上...
「こんな穴場みたいな場所での劇、よく知ってたな、タバサ」
笑って後ろのタバサを振り向くと、タバサも心なしか満足げ...
「評判を耳にしてたから。それに、あなたはこういうのを好み...
「ベストチョイスだぜタバサ。高尚すぎたり小難しいかたった...
こう、気分が良くなれる話の方が俺に合ってるよ、ありがとな...
「わたしも、楽しめた」
俺の好みまで考えて、この劇を紹介してくれたのか。
嬉しくなって、思わずタバサの頭を撫でてしまう。こういう形...
「あぁ、確かに面白い劇だったぜ。色んな意味でな」
タバサには聞こえないくらいの小声で背中のデルフがそう言...
なんか妙に機嫌が良いみたいだけど、色んな意味でってどうい...
「あの小劇団は、良く知られている物語を題材に、娯楽として...
演劇にするのをスタイルにしている。頭の固い貴族には受けに...
演技も演出も工夫されているし、根強いファンはいっぱいいる...
なるほど、だからあんな目立たない場所で公演してても、拍...
「そっか。良いもの紹介してくれてサンキュな。また機会があ...
タバサの小さな頭を、もう一度なでなで。なんとなく、可愛...
プレゼントを工夫してくれたみたいな感じで、妙に嬉しくなっ...
「……また、一緒に?」
「ああ。駄目か?」
聞くと、タバサはふるふる首を横に振った。うん、と満足し...
「タバサの恩返し、嬉しかったぜ。せっかくだし、まだどこか...
通りを並んで歩きながら、タバサにそう言うと、
「まだ、お礼は済んでない。これからが本番」
そんなことを言い返された。
「これからが、って……」
あんまり色んな事してもらっちゃっても、逆にこっちの方が...
そう思っていると、タバサは俺のパーカーの袖をくいっと軽...
「あそこ」と指した先は、大きな店構えの本屋。タバサに連れ...
本棚の間をするすると歩くタバサについていくと、彼女は棚...
タイトルは……、俺でも読める。『イーヴァルディの勇者 物語...
「これ、今のあなたなら大体読めると思う。わからないところ...
字の勉強に使って。さっき観た、『イーヴァルディの用心棒』...
そう言って、タバサはその本をカウンターに持って行こうす...
「えっと、いいのか? このせか……、ここの本って、高いんじ...
「気兼ねするなら、わたしが買って、あなたに貸すっていう形...
あっさり言い切って、タバサはお金を払ってしまう。そう言...
断るわけにもいかない。ありがたく好意を受け取ることにした。
「本をプレゼントしてくれるのが本番か? ありがとな」
「いいえ。まだある」
「ええ!? さすがに、お礼のしすぎじゃないか?」
「次が本命」
本屋を出た後、タバサはまだ俺を案内する予定があるらしか...
恐縮してしまいつつも、俺を連れまわすタバサは何だか気持...
こっちもウキウキした気分になってくる。タバサとこんな風に...
少し前までは想像もしなかったことだ。
■6
足取りも軽くトリステインの城下を通り抜け、ブルドンネ街...
いつの間にか裏路地の方に入っていき、なんとなく既視感の...
一軒の武器屋の前でタバサは歩みを止めた。そっか、同じ店で...
ルイズがデルフを買ってくれた場所の近くだ。
タバサは俺がついてきているのを確認すると、武器屋のドア...
「いらっしゃい。……あぁ、お嬢ちゃんか」
「頼んでおいた物は出来てる?」
中にいたのは、デルフを売ってた店の店主よりも年配だけれ...
気のよさそうな老人だった。タバサの顔を見ると、白髭を蓄え...
「何か頼んでたのか?」
「簡単な加工だよ。使うのはそこの彼かい?」
俺がタバサに聞くと、店主の爺さんが代わりに答えた。外見...
しっかりした足取りで戸棚に向かうと、そこに置いてあった革...
「少し、上着を捲って」
タバサは俺にそう言ってきた。店主のお爺さんも同意見な様...
言われた通りにしてみる。お爺さんは俺の腰……、いや、ジーン...
感心したように頷いた。
「うむ、言われたとおりだね。ちょっと手直しするだえけで使...
「タバサ、どういうこと?」
薄々検討はついていたけど、一応質問する。爺さんが持って...
革で出来たホルスターだった。ホルスターといっても、拳銃を...
「ナイフを贈ろうと思って」
そう、小型の刃物を腰に下げておくためのものだった。タバ...
あらかじめ目をつけたおいたらしい一本のナイフをとってきて...
「ナイフって、そりゃいくらなんでも高価すぎないか? 悪い...
それを受け取った瞬間、左手のルーンが反応した。20セン...
鋭く研ぎ澄まされており、作業にも格闘戦にも十二分な性能を...
持っただけで感じ取れる。このナイフ、良い物だ。飾りや玩具...
「……あなたが、身を守れるために」
乗り気じゃない俺の目をじっと見て、タバサはそう言った。
「『月の涙』の時も、この前わたし達があなたのお店に行った...
あなたが武器をもう一つ常備していれば、状況がもっと楽にな...
今後も、剣が使えない状況はあるはず。お守りだと思っても良...
その言葉に、今までの『お礼』とは明らかに異なる色を感じ...
してくれたのは、恩返しとして俺を楽しませてくれるためのも...
今度のは違う。俺に必要な物を、俺に欠けている物を考えて補...
俺がタバサを守って、助けたことに対するお礼であるのなら...
”お返し”ということなのだろうか。
「いいじゃねぇか、メイジの娘っ子の言うことももっともだぜ...
「あ、ああ……」
デルフの言葉につい頷いてしまった所で、ホルスターの手直...
俺のジーンズのベルトにそれを備え付けてくれる。ここにナイ...
パーカーの裾が長いおかげで、いわゆる隠し武器のように携帯...
「ん、よく見たらその剣、春先まで赤鼻の店に並んでた剣か。
てことは、この彼がその『使い手』って事かい」
「おーよ。良く覚えてくれてたね爺さん。こいつが俺の相棒さ」
喋ったのを聞いて気付いたのか、店主の爺さんは目を丸くす...
そういえば、デルフを買った店の店長、赤い鼻してたっけ。デ...
他の店の店長にまで『使い手』以外には使わせないみたいなこ...
「ふむ……」
「な、何ですか?」
今度は俺の顔や体を見回す爺さん。俺の腰にホルスターがし...
「いや。大事に使ってやんな。その剣も、このナイフも」
満足げに息をつき、ポン、と俺の肩を叩いた。
■7
その後も、タバサと一緒にトリスタニアの街中を歩き回った。
さきほどタバサが言ったとおり、俺へのお礼の本命はナイフを...
特にこれといった目的地は定めないまま、市場を見て回ったり...
ルイズや妖精亭の人へのおみやげを買ったりしているうちに、...
一日、タバサと一緒に色んな所をまわって、彼女は今まで思...
ずっと感情豊かな子だということに気付いた。
表情や仕草の微妙な変化を悟れるようになったというのもあ...
俺とタバサが知り合ったばかりの頃よりも、彼女は自分の気持...
くれるように変わってきている気がする。
タバサ自身に心境の変化があったのか、それとも俺に多少は...
どちらにせよ、嬉しいと思う。だって、今のタバサと一緒に出...
思えるのだから。もっと彼女の色んな姿を見てみたいって思う...
けど、お昼に見た『イーヴァルディの用心棒』の劇じゃない...
夜の帳が降りた頃、俺たちの足は自然と街の中心地へ向かっ...
二人で待ち合わせた、チクトンネ街の中央広場でお別れする...
噴水前に着く。日本みたいに街灯が充実しているわけではな...
そこでは昼間と同様、待ち合わせをしているらしい人がちらほ...
待ち人と会えたらしい男女の二人連れが、腕を組んで身を寄...
昼と違うのは、この時間に待ち合わせた後は、男女の……、大...
それを意識した途端に罪悪感のようなものが湧き上がってき...
居ることが、とても後ろめたい、禁忌を犯している気分になっ...
「えっと……、タバサ」
名残惜しいと思っている自分がいることにも気付きながら、...
ここでさよならしよう、と続けようと思った矢先、タバサが俺...
いつのまにか俺と一緒にいる時の、タバサの癖みたいになって...
「……夕食も、ご馳走する。わたしの泊まる宿の一階が、レスト...
タバサらしくない、今思いついたことをすぐ言葉にしたよう...
けど、月明かりにきらめく青い瞳に見つめられて、断ることな...
気付けば、俺とタバサの並んで歩く距離は、ともすれば肩が...
周りにいる、人目をはばからないカップルと同じとは言わない...
今日の昼間に会ったばかりの時よりも、明らかにずっと近くな...
繁華街を通り、タバサが予約しているらしい宿に着く。スカ...
『魅惑の妖精亭』よりもずっと高級感のある建物で、一階の店...
貴族やお金持ちがディナーを楽しむレストランといった店構え...
上の宿に部屋をとっていたタバサは、名乗るとすぐに店奥の...
出された料理は学院の夕食と同じくらい豪華なもので、久し...
タバサと一緒に舌鼓を打つ(でも、マルトー親父さんの料理の...
食後に出された甘口のワインを少しずつ飲んでいると、店の...
「雨」
「ああ、そうだな」
何か白々しいように思えるやりとりの後、雨音はすぐに大き...
水気を含んだ慌てた足音や軒先を打つ太鼓のような響きが聞...
土砂降りであることが容易に想像できる。どうしよう、もっと...
タバサの様子を伺うと、目があった。微かに上気した頬で、...
アルコールのせい……、だよな? 俺の顔まで熱くなってるの...
何だか気まずくなって、手に持っていたグラスのワインを一気...
ふう、と一息つくと、タバサのグラスも空になっていた。
■8
「……部屋に、来る?」
次いでタバサが言ってきたことに、俺は危うくむせそうにな...
とんでもないことをさらりと言ったタバサは、いつもと同じ、...
何だ? また『月の涙』の時みたいな冗談か? どう反応し...
「雨が止むまで。……それに、話したいことがある」
タバサはそう言い、ちらりと周りのテーブルのお客さんを一...
人目があると話しにくいことなのか。タバサの様子は、いたっ...
「……ん。お邪魔するよ」
俺が想像してしまったような、やましい意図は無さそうだ。
俺が返答すると、タバサは小さく頷いて席を立った。
レストランの上階、タバサのとった部屋に案内される。タバ...
妖精亭の屋根裏部屋とは比べるのも失礼なくらい立派な部屋が...
椅子をすすめられ、そこに座り込むと、タバサは立ったまま...
「トリステインが、アルビオンへの本格的な侵攻作戦を進めて...
いきなり本題、といった口調。一瞬呆気にとられてしまった...
「……街の人とかは、そんな事を言ってるけど。ルイズも否定は...
風評を集める仕事のために、わざわざ酒場で仕事をしている...
ある程度の世相くらいは耳に入ってくる。けれど、
「でも、なんでタバサが俺にそんなこと?」
「あなたの主人……、ルイズは、戦争に従軍するつもりでいるら...
そして、王宮も彼女の力を想定に入れた上で計画を進めている」
「え……?」
今度こそ、驚かされた。なぜ彼女がそんなことを知ってるん...
「な、なんでだよ。だって、ルイズは」
「彼女がただの『ゼロのルイズ』じゃないことくらいわかる。
もちろん、あなたがただの使い魔じゃないことも」
う……、相手は他ならぬ、あの聡いタバサだった。隠し通せる...
「ルイズやあなたが、並みのメイジを凌駕する力を持っている...
これまでもその力で、何度も成果を挙げ、危機を乗り越えたこ...
タバサはそこまで言って、小さく息をつき。
「……けれど、戦争なら、死ぬかもしれない」
静かなその台詞の後、雨音だけが俺たちのまわりを支配した。
ゆらめくランプの灯りの向こうで、タバサがじっと俺を見てい...
いや、違う。今ならわかる。タバサの姿から、焦りや、不安...
微かに滲み出ているのが見て取れる。まるで、『月の涙』の時...
「――だ、大丈夫だよ。そう簡単に死んだりしない」
「なぜ?」
努めて明るい調子でやっと口を開いた俺に対し、タバサは責...
「なぜ、って……」
「死にたくないと思っても、死ぬわけがないと思っても、死ぬ...
今まで死の危機を何度も乗り越えられた。だから次も大丈夫、...
だからこそ次には死ぬかもしれない」
「……死は、思っているよりもずっと身近にある」
そう言ったタバサの表情は、いつのまにか明確な悲壮の色に...
今まで、なるべく考えないようにしていたことだ。俺はこの...
何度も『危うく死にそうな目』にあった。一歩間違えば簡単に...
そして、同じような危機に直面したら、その時も助かる保証...
今のタバサの言葉は、そんな俺を心配しているからというだ...
俺だけに対して放たれた台詞じゃない。タバサは、実際に知...
死が身近にあることを。今自分が生きていられることですら、...
そして、彼女もまた、戦争と同等以上に危険な目に、今後も...
だから、あえて今、俺にこんなことを言っているんだ。
「あなたは、わたしを守ってくれた。けれど、わたしがあなた...
タバサは遠慮がちに、こちらへ歩いてきた。誘われるように...
「……それでも、あなたに死んでほしくない」
タバサは瞳を伏せ、絞り出すようにそう言った。
理屈も何もない、そのために協力できるわけでもない、
それを言ったからといって、何かが変わるわけでもない、ただ...
けど、今の瞬間わかった。タバサは、その一言が言いたいた...
わざわざ俺を呼び出して、こんな時間、二人きりになるまで連...
言葉にするのは簡単だけど、ことタバサが俺に伝えるには、...
胸の奥から、言葉じゃ言い表せないものがこみ上げてくる。
そんな気持ちを伝えてくれた彼女に、何かを返してやりたく...
けど、何も出来ない。今、何をしたって、彼女へのお返しに...
その気持ちに応えるなら、『俺が死なない』以外の応え方な...
「……タバサ」
俺はそう言って、目の前のタバサの手をとった。小さい、本...
細くて白い手が、俺の手に包まれて温もりを伝えてくる。
「俺も、タバサとまた一緒に芝居を観に行ったりしたい。一緒...
本を紹介してもらったり、字を教えてもらったり、街を見て回...
タバサの方も、俺の手をきゅっと掴んできた。
「だからタバサも、な?」
明確な言葉は使わず、最後にそう言って、俺はタバサに笑い...
タバサは表情をふっと和らげて、力強く頷いて返してくれた。
■9
∞ ∞ ∞
「きゅい! どうしてあっさり帰しちゃったの! 勿体ないの...
お泊まりは? キセージジツは? 一夜のアヤマチはー? シ...
「自分でも理解できてない言葉を使わないで」
翌朝、トリスタニアを発ち、学院へと至る道すがら。
シルフィがわたしを背に乗せながら、好き勝手なことをわめき...
彼女の言うとおり、深夜になる前に、雨が小降りになったの...
彼は下宿している店へと帰っていった。
「だってだーって! 聞き耳立ててたらおねえさま、せっかく...
やれ戦争だのやれ死ぬだの、くっらーい事ばっかりのたまって...
ドン引きなのね、せっかく盛り上がってたかもしれない気分も...
「別に何も盛り上がってない」
「だったらおねえさまが盛り上げるのです! シルフィは聞き...
義理堅いから、一度やることやっちゃえばちゃんと責任とって...
「誰から聞いたの」
「キュルケなのね。ゼロでピンクの子と話してた。ところで”や...
どこから突っ込んでいいのかわからない。わたしは小さくた...
開いた本へと視線を落とす。けれど、中身はなかなか頭に入っ...
「でも、サイトの方からまたデートしようって言わせたのは素...
次はこんな煮え切らない結果にしちゃ駄目よ、おねえさま」
デート。その言葉に、ぴくりと肩が震えた。わたしはそんな...
わたしも彼もそんな言葉は一度も使わなかった。 けど、彼は...
昨日のこと、そして、また一緒に出かけようって行ってくれた...
袖が触れ合うような距離で歩いたこと。何でもないお店を巡...
感じることがまったく違ったこと。彼が笑顔を見せてくれるの...
もし、もし。彼の方も、わたしと同じように感じてくれたな...
そこに生まれた気持ちが、『デート』って言われているものな...
目を閉じ、小さく首を振る。そんなの、どうあっても関係な...
わたしがしたかったのは”お礼”をすること。彼を守ってくれる...
それだけのはず。それ以上の意味なんて求めない。
……でも、その後の。宿の部屋に呼んで、あんなことを言った...
あの言葉には、実質的には何の意味もない。サイトの助けに...
むしろ不安を煽るだけの結果になるかもしれなかった。
それでも言わずにいられなかったのは……、わたしだ。わたし...
わたしの気持ちに、整理をつけるためだった。彼のためだな...
「いいこと? おねえさま。夏休み中にはもう無理かもしれな...
もっと積極的にアプローチするのね。シルフィの見立てでは、...
「そんなことしない」
「なんでなのね!?」
一言で切り捨てたわたしの言葉に、シルフィが驚愕する。
「ねぇねぇ! なんでなの! サイトが戦争に行くっていって...
おねえさま、サイトのこと好きって認めたんじゃないの? 違...
「……どちらでも、同じこと」
「?? シルフィにはわかんないのねー! きゅい!」
空中でじたばた暴れ始めたシルフィを放っておいて、今は遥...
トリステインの城下町を振り返る。
わたしの気持ちは、関係ない。わたしがするべきことを優先...
もしも、仮に。全てが終わって、全てが解決したときに。
それでも、彼が誰の物にもなっていなかったなら、もしかした...
小さく、自嘲の笑みが浮かぶのがわかった。そんな、有り得...
ちょっとした寂しさを胸の奥に押し込んで、わたしは『雪風...
燦々と照りつける、強すぎるくらいの真夏の日差しが、なぜか...
つづく
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**ゼロの飼い犬17 真夏の雪風 ...
■1
「ちょっとサイトくん、いいかしら?」
日が変わるまで開いている『魅惑の妖精亭』のクローズの仕...
さぁ何か食べてから寝るかと大きな伸びをした夜明け前。
未だに慣れない鳥肌が立つような野太い猫撫で声で呼び止めら...
「スカロン店長。なんですか?」
声の方に振り向くと、これまた慣れない、派手で露出の多い...
筋肉質の体がはち切れそうになってる男性。俺の雇い主のスカ...
「明日……、うぅん、もう今日ね。今日、サイトくんに呼び出し...
店長はウィンクしながら片指を立て、にっこり笑ってそう答...
明日はラーグの曜日で、このお店の定休日になっている。
「呼び出し? 誰からですか?」
「それがね、昨晩の営業中にタバサちゃんが来てね、
サイトくんに予定が無いなら、待ち合わせの伝言を伝えて欲し...
「タバサが?」
タバサといえば、数日前にキュルケやギーシュ、モンモラン...
この妖精亭までやってきた。あの時はキュルケのせいで酷い目...
「以前のお礼と、この前のお詫びがしたいって言ってたわよ」
「まだそんなこと気にしてたのか……、俺に直接言ってくれれば...
「そしたら多分遠慮されるからだって。あの子、サイトくんの...
くすくす笑う店長。タバサめ、そんなことまで計算して店長...
「今日のお昼の11時に、チクトンネ街の中央広場の噴水で待...
明日の夜はお店の定休日だから、帰るのが遅くなっても構わな...
「わかりました。行ってみます」
「確かに伝えたわよ〜。それじゃ、お・や・す・み! 楽しん...
店長は俺に投げキッスをすると、腰をふりふり厨房から出て...
タバサから、お礼の呼び出し。未だにそこまで恩を感じてく...
しまいつつ、どんなことをしてくれるのかとちょっと楽しみに...
そうと決まったら、遅刻しないようにさっさと寝ておこう、...
「サイト」
「うぉっ!?」
戸を開いたすぐ前にルイズが居て、思わず後ずさりしてしま...
「何よその反応、失礼ね。ちょっと声が聞こえたけど、店長と...
「え? あー、うん、ちょっとね。店長に頼まれて、明日の昼...
つい、そんな嘘をついてしまった。女の子と待ち合わせする...
何をされるかわかったもんじゃない。
「あんた一人で?」
「あ、ああ」
じっと俺の顔を見つめるルイズ。何か不自然だったかな。正...
わたしも行く、なんて言われたらどうしよ。いや、別にルイズ...
「……わかった。じゃ、早く寝ましょ」
あれこれ考えているうちに、ルイズはふっと身体から力を抜...
屋根裏部屋へ向かってしまう。何となく拍子抜けしてしまいな...
女子寮のルイズの部屋にあるのより小さいベッドに、二人で...
あまり寝心地が良いとは言えないけど、仕事で疲れてるおか...
もう重たくなっている瞼を薄く開いて、俺の手を枕にしてい...
こちらを向いて猫みたいに身体を丸くし、早くもすやすやと規...
遅ればせながら状況を説明すると、今は学院が夏休みになっ...
ルイズは姫さまからの要請によって、平民の暮らしの中にと...
世間の情報収集をする任務を任せられた。
その後、色々あって俺たちは『魅惑の妖精亭』という酒場で...
客から巷の噂や世評を聞き出すという仕事をすることになった...
平民に混じって給仕や水商売紛いの仕事をさせられることや、
住み込みという形であてがわれた粗末な屋根裏部屋に最初は不...
ルイズだが、今では結構順応して、それなりにまともに生活し...
会ったばかりの時よりもずっと融通が利くようになったな、...
ちょっと嬉しくなる一方、俺には少し気になることがあった。
さっき廊下で顔を合わせた時もそうだったけど、少しルイズ...
ちょっとしたことで殴ったり蹴ったり、俺の金を使い込んだ...
難癖付けてきたりという表面的な横暴さは全く変わってない。
けれど、もっと深いところで俺に壁を作ってるというか、遠...
その原因は……、まぁ、大体検討はつく。俺が惚れ薬を飲んで...
あれ以来、ルイズには”マッサージ”も頼まれないし、必要以...
そのわりには一緒のベッドで寝て、腕枕なんかもしちゃってる...
惚れ薬の時の一件は何というか、俺たちの間でタブーみたいに...
「(良いことなのか、悪いことなのか……)」
わからない。けど、変に気まずいままでいるよりは、無かっ...
マシかもしれない。今はそれどころじゃないほど毎日慌ただし...
鈍くなった頭の隅でそう結論付けると、傍らにルイズの体温...
■2
「上手いこと、貴族の娘っ子を起こさずに出られたじゃねぇか」
「あぁ、おかげさまでね」
夜型生活が続いてるおかげで、こんな時間から出歩くことは...
デルフを携えてチクトンネ街を歩く。トリスタニアの中心地だ...
大通りは人混みでごった返し、剣と喋ってる通行人がいても大...
中央広場に到着し噴水の所に目をやると、待ち合わせをして...
妙に目立つ大きな杖がまず目に入った。その傍らには、噴水の...
いつものように黙々と本のページをめくっている小さなマント...
「あ、いたいた。おーい、タバサ!」
手を振って駆け寄ると、タバサはすぐに顔を上げ、本を閉じ...
「わり、待ったか?」
「いいえ。わたしこそ、たまの休日に呼び出したりしてごめん...
聞くと、タバサは僅かに申し訳なさそうな色を見せて答えた...
「え? まぁ、どうせ休みっていってもやることなんか無いし」
「それなら良かった」
今度は、安心したように表情を和らげるタバサ。他の人に比...
そのいつもよりずっとくだけた様子に、思わずどきっと胸が高...
「それで、今日はお礼をしてくれるんだっけ?
前にも言ったけど、そんな大した事なんてしてくれなくても構...
「わたしの気持ちの問題もあるから、受け取って欲しい」
念を押すと、タバサは俺の目をじっと見つめてそう返した。...
純粋に恩返しがしたいのがよくわかる瞳。そこまで言われたら...
「そ、そっか。それじゃ、有り難く好意は受け取るけど……、ど...
「その前に。お昼はもう済ませた?」
タバサは質問に答えずに、そんなことを聞いてきた。
俺が首を横に振ると、彼女は「丁度良かった」と頷き、街中へ...
タバサと共に歩いてやってきたのは、半地下のような所にあ...
昼間は食事やデザートを出すレストランになっているらしく、...
他の食事所とは少し毛色が違う所として、メニューとは別に...
店先に貼られているのが目についた。タバサはそのポスターを...
「んー? イーヴァルディの……、何だろ。劇場の宣伝か?」
劇のタイトルらしく大きく書かれている文字は、『イーヴァ...
前にタバサから少し文字を教わったおかげだ。
「『イーヴァルディの用心棒』。このお店のステージで、旅の...
なるほど。よく見ると、11時30分から昼の公演、となっ...
「評判が良いと聞いた。食事をしながら観られるのだけど……、...
「ううん、面白そうじゃん。入ろうぜ」
答えると、タバサはこくりと頷いた。
連れだって半地下への階段を降りた先は、思ったよりも広く...
フロアの広さは『魅惑の妖精亭』と同じくらい。大きく異な...
小芝居や歌の公演に使えるステージが、各々のテーブルから見...
「いらっしゃいませ。お二人でしょうか?」
「はい。劇を観たいのだけど、良い席は空いてる?」
落ち着いた様子でウェイターに応じるタバサ。少し早めの時...
ステージのすぐ近くにあるテーブルにつくことができた。
メニューを受け取ったタバサはそれを軽く一瞥すると、俺に見...
「あれから、字の勉強はしてる?」
タバサは向かいに座った俺の方へ軽く身を乗り出し、そんな...
「うーん、あんまりやってないかな……」
急に聞かれて、曖昧な返事を返す。実は、ルイズの詩作の手...
タバサには何度か字の読み方を教えてもらっていた。おかげで...
多少は読めるようになっていたけど、夏休みに入ってからは本...
「続けることが大事なのに。じゃあ、そのメニュー、上から読...
「ん。えーと、『日替わりランチセット。ユルの曜日……、キノ...
「『キノコとエピナル草のクリームパスタ』」
軽く家庭教師みたいなことをしてもらいながら、今日の日替...
ホットサンドイッチのセットを二人前注文する。ほどなくして...
二人で囓っているうちに、ステージの上に簡素な書き割りが備...
「お、始まるみたいだ」
一つめのサンドイッチを飲み込んでタバサに言うと、彼女は...
旅装束と長剣を身につけたなかなか男前な役者と、ふりふり...
纏ったお嬢様風の可愛らしい女性。メイド服をかっちり着込ん...
舞台に並び、三者三様の恰好で礼をする。
それに合わせて、店内から拍手が響いた。いつの間にか、テ...
お客さんが座っている。タバサも小さく手を打っているので、...
三人の役者さんはいったん舞台袖に引っ込み、『イーヴァル...
■3
ロ 口 □
『イーヴァルディの用心棒』は、その名の通り、イーヴァル...
小さな冒険譚のひとつという設定のお話だった。
といっても、このお話ではイーヴァルディは狂言回しのよう...
主役はどちらかというとお嬢様とメイドの方。物語の冒頭も、...
とある国のとある地方貴族の家に育ったお嬢様。彼女は名の...
関わらず、魔法がからっきし苦手であった。そのため家族から...
裏返しから、すぐに周りに当たり散らす、我が侭で根性曲がり...
そんな彼女の扱いに困った両親は、娘をさっさと嫁に出して...
会ったこともない男と強制的に結婚させられることを嫌がった...
家出して、独力で何らかの手柄を立てることで自分の才能を両...
無理な婚姻を考え直させようと思ったのである。
お嬢様のそんな暴走に付き合わされたのが、彼女の家で働く...
お嬢様と乳母姉妹であり、幼なじみでもあるそのメイドは、例...
幼なじみであるお嬢様の願いを無下にすることなどできない。
一人で家を出る勇気が無いお嬢様の気持ちに気付いたことも...
ほとんど保護者のような役割で、お嬢様の家出の片棒を担がさ...
冒頭、どこぞの街道を行くお嬢様とメイドの会話で以上の舞...
賑やかな街についたお嬢様とメイドの二人だったが、メイドが...
お嬢様は行商人から胡散臭い宝の地図を購入してしまう。
こんなのアテになりませんよと内心で嘆息するメイドを尻目...
発見した気分。その隠し場所が魔物巣くう山奥の洞窟だと知る...
そんな折、ガラの悪い男といざこざを起こしてしまったお嬢...
大柄なならず者を軽くあしらったその青年こそ、旅の勇者イー...
その名前は隠すイーヴァルディだったが、お嬢様は彼を半ば...
元来お人好しなイーヴァルディは、お嬢様の傍若無人っぷりと...
メイドの懇願もあって三人揃って財宝探しの冒険をすることに...
このお芝居、ここからが面白かった。体裁こそイーヴァルデ...
その実、お嬢様とメイドにイーヴァルディを加えた三人の掛け...
コメディや寸劇のような思わず吹き出してしまうお笑い要素が...
舞台装置は極めて簡素で、小道具すら省略してパントマイム...
舞台の上に立つのはたった三人の役者さんなのに、その素人目...
ことによると大がかりな劇場演劇以上に観る者をのめり込ませ...
優しくてお人好しだけれど剣の腕が抜群で、いざというとき...
まずメイドが惚れ込んでしまう。彼女は事あるごとにイーヴァ...
時にはその魅力的な身体まで使ってモーションをかける。
ところが、お嬢様の方もイーヴァルディを憎からず思ってい...
気に入らない様子。はっきりした態度には出さないまでも、二...
肝心のイーヴァルディといえば、色恋沙汰には全くの鈍感で...
わざとやってるんじゃないかとすら思える絶妙さでメイドの...
お嬢様のさりげないアプローチを華麗にスルーする。
話が進むに連れて、お嬢様の暴走が過激になったりメイドの...
テンポの良い展開に引き込まれてこちらも笑ったりニヤけたり...
一歩間違えれば悪ノリになってしまう寸劇の合間に、自分を...
彼女なりに努力しているお嬢様の真剣さや、そのお嬢様の幸せ...
そして、そんな二人の関係を理解した上で、引き受けた用心...
見守ってあげようとしているイーヴァルディの優しさなどが少...
■4
そして、一行の旅が目的の場所に近付くと、彼らの中に一抹...
宝探しを目的とした旅であるのに、三人はこの旅そのものを...
ずっとこの三人で居続けたいとも思ってしまうのである。
けれど、そんなことは叶わない。三人で暗黙の内に生まれた...
一行は旅の終着点として、財宝が眠るとされる洞窟に踏み入る。
ここから先のクライマックスは、それまでのコメディ色とは...
洞窟の中、長年のカンによってイーヴァルディは隠し通路を...
その先には数々の罠が待ちかまえており、これだけ厳重な警戒...
残っているということは、財宝は本当に存在するのかもしれな...
果たして、財宝を秘めた宝箱は見つかった。しかし、イーヴ...
舞い上がってしまっていたお嬢様は、不用意に宝を手にとって...
崩れ落ちる床。何とか三人とも命は取り留めたが、お嬢様と...
そんな中、洞窟に巣くうオオカミに囲まれる三人。例えイー...
無数の敵から動けない二人を守り通すことなど不可能に近い。
そこで、メイドは言う。わたしを置いて、お嬢様を背負って...
お嬢様は宝を持ち帰って、両親に自分の力を示して、幸せに...
それを聞いたお嬢様は、歩くこともままならない足でゆっく...
わたしは貴族よ。これくらいのオオカミなんて、軽く片付け...
今まで満足に使えたことがない魔法を唱えるべく、杖を振り...
二人の瞳が、イーヴァルディに向けられる。自分を置いて、...
イーヴァルディは何故か満足げに頷くと、大きく息をのんで―...
二人を両の小脇に抱え上げ、オオカミの群れの中へと突っ込...
無茶だ、有り得ない、と当惑する二人を無視して、イーヴァ...
得意の剣も使うことができず、襲い来るオオカミを撃退するこ...
その足に背中に、はオオカミの牙や爪が次々に突き刺さる。
けれども、まさしく勇者の力を発揮したがごとく、イーヴァ...
ついに、洞窟を出る。しかしさすがにイーヴァルディも満身...
彼が左に抱えたメイドの喉笛へと、オオカミの一匹が襲いか...
避けきれない、絶体絶命の刹那……、オオカミは、突如の烈風...
お嬢様が、初めて魔法を成功させたのである。イーヴァルデ...
心打たれたお嬢様は、自分の幼なじみであり、無二の親友であ...
ようやくその才能を開花させることができたのだった。
傷を癒し終わり、別れの時がやってきた。手に入れた財宝は...
無かったけれど、お嬢様は財宝よりも大事な物を手に入れるこ...
それは貴族にとって、魔法を使えるようになったことよりも、...
お嬢様は、自分と旅を共にしてくれた用心棒に、自分の領地...
胸の奥に飲み込んで堪える。彼もまた、もっと大事な使命を持...
だからお嬢様は、隣にいる掛け替えのない幼なじみのメイド...
近くを訪れる機会があったら遠慮せずわたしの家に寄りなさい...
そして笑って手を振り、イーヴァルディは用心棒の契約を終...
彼の背中を見送った後、お嬢様とメイドの二人も、自らの領...
ロ 口 □
■5
「いやー、面白かった!」
レストランを出て、午後の日差しを仰ぎながら一言。笑いあ...
ちょっとしんみりありの、非常に満足できるお芝居だった。つ...
注文もしすぎてしまったし、劇の終了後にはチップを弾んだ上...
「こんな穴場みたいな場所での劇、よく知ってたな、タバサ」
笑って後ろのタバサを振り向くと、タバサも心なしか満足げ...
「評判を耳にしてたから。それに、あなたはこういうのを好み...
「ベストチョイスだぜタバサ。高尚すぎたり小難しいかたった...
こう、気分が良くなれる話の方が俺に合ってるよ、ありがとな...
「わたしも、楽しめた」
俺の好みまで考えて、この劇を紹介してくれたのか。
嬉しくなって、思わずタバサの頭を撫でてしまう。こういう形...
「あぁ、確かに面白い劇だったぜ。色んな意味でな」
タバサには聞こえないくらいの小声で背中のデルフがそう言...
なんか妙に機嫌が良いみたいだけど、色んな意味でってどうい...
「あの小劇団は、良く知られている物語を題材に、娯楽として...
演劇にするのをスタイルにしている。頭の固い貴族には受けに...
演技も演出も工夫されているし、根強いファンはいっぱいいる...
なるほど、だからあんな目立たない場所で公演してても、拍...
「そっか。良いもの紹介してくれてサンキュな。また機会があ...
タバサの小さな頭を、もう一度なでなで。なんとなく、可愛...
プレゼントを工夫してくれたみたいな感じで、妙に嬉しくなっ...
「……また、一緒に?」
「ああ。駄目か?」
聞くと、タバサはふるふる首を横に振った。うん、と満足し...
「タバサの恩返し、嬉しかったぜ。せっかくだし、まだどこか...
通りを並んで歩きながら、タバサにそう言うと、
「まだ、お礼は済んでない。これからが本番」
そんなことを言い返された。
「これからが、って……」
あんまり色んな事してもらっちゃっても、逆にこっちの方が...
そう思っていると、タバサは俺のパーカーの袖をくいっと軽...
「あそこ」と指した先は、大きな店構えの本屋。タバサに連れ...
本棚の間をするすると歩くタバサについていくと、彼女は棚...
タイトルは……、俺でも読める。『イーヴァルディの勇者 物語...
「これ、今のあなたなら大体読めると思う。わからないところ...
字の勉強に使って。さっき観た、『イーヴァルディの用心棒』...
そう言って、タバサはその本をカウンターに持って行こうす...
「えっと、いいのか? このせか……、ここの本って、高いんじ...
「気兼ねするなら、わたしが買って、あなたに貸すっていう形...
あっさり言い切って、タバサはお金を払ってしまう。そう言...
断るわけにもいかない。ありがたく好意を受け取ることにした。
「本をプレゼントしてくれるのが本番か? ありがとな」
「いいえ。まだある」
「ええ!? さすがに、お礼のしすぎじゃないか?」
「次が本命」
本屋を出た後、タバサはまだ俺を案内する予定があるらしか...
恐縮してしまいつつも、俺を連れまわすタバサは何だか気持...
こっちもウキウキした気分になってくる。タバサとこんな風に...
少し前までは想像もしなかったことだ。
■6
足取りも軽くトリステインの城下を通り抜け、ブルドンネ街...
いつの間にか裏路地の方に入っていき、なんとなく既視感の...
一軒の武器屋の前でタバサは歩みを止めた。そっか、同じ店で...
ルイズがデルフを買ってくれた場所の近くだ。
タバサは俺がついてきているのを確認すると、武器屋のドア...
「いらっしゃい。……あぁ、お嬢ちゃんか」
「頼んでおいた物は出来てる?」
中にいたのは、デルフを売ってた店の店主よりも年配だけれ...
気のよさそうな老人だった。タバサの顔を見ると、白髭を蓄え...
「何か頼んでたのか?」
「簡単な加工だよ。使うのはそこの彼かい?」
俺がタバサに聞くと、店主の爺さんが代わりに答えた。外見...
しっかりした足取りで戸棚に向かうと、そこに置いてあった革...
「少し、上着を捲って」
タバサは俺にそう言ってきた。店主のお爺さんも同意見な様...
言われた通りにしてみる。お爺さんは俺の腰……、いや、ジーン...
感心したように頷いた。
「うむ、言われたとおりだね。ちょっと手直しするだえけで使...
「タバサ、どういうこと?」
薄々検討はついていたけど、一応質問する。爺さんが持って...
革で出来たホルスターだった。ホルスターといっても、拳銃を...
「ナイフを贈ろうと思って」
そう、小型の刃物を腰に下げておくためのものだった。タバ...
あらかじめ目をつけたおいたらしい一本のナイフをとってきて...
「ナイフって、そりゃいくらなんでも高価すぎないか? 悪い...
それを受け取った瞬間、左手のルーンが反応した。20セン...
鋭く研ぎ澄まされており、作業にも格闘戦にも十二分な性能を...
持っただけで感じ取れる。このナイフ、良い物だ。飾りや玩具...
「……あなたが、身を守れるために」
乗り気じゃない俺の目をじっと見て、タバサはそう言った。
「『月の涙』の時も、この前わたし達があなたのお店に行った...
あなたが武器をもう一つ常備していれば、状況がもっと楽にな...
今後も、剣が使えない状況はあるはず。お守りだと思っても良...
その言葉に、今までの『お礼』とは明らかに異なる色を感じ...
してくれたのは、恩返しとして俺を楽しませてくれるためのも...
今度のは違う。俺に必要な物を、俺に欠けている物を考えて補...
俺がタバサを守って、助けたことに対するお礼であるのなら...
”お返し”ということなのだろうか。
「いいじゃねぇか、メイジの娘っ子の言うことももっともだぜ...
「あ、ああ……」
デルフの言葉につい頷いてしまった所で、ホルスターの手直...
俺のジーンズのベルトにそれを備え付けてくれる。ここにナイ...
パーカーの裾が長いおかげで、いわゆる隠し武器のように携帯...
「ん、よく見たらその剣、春先まで赤鼻の店に並んでた剣か。
てことは、この彼がその『使い手』って事かい」
「おーよ。良く覚えてくれてたね爺さん。こいつが俺の相棒さ」
喋ったのを聞いて気付いたのか、店主の爺さんは目を丸くす...
そういえば、デルフを買った店の店長、赤い鼻してたっけ。デ...
他の店の店長にまで『使い手』以外には使わせないみたいなこ...
「ふむ……」
「な、何ですか?」
今度は俺の顔や体を見回す爺さん。俺の腰にホルスターがし...
「いや。大事に使ってやんな。その剣も、このナイフも」
満足げに息をつき、ポン、と俺の肩を叩いた。
■7
その後も、タバサと一緒にトリスタニアの街中を歩き回った。
さきほどタバサが言ったとおり、俺へのお礼の本命はナイフを...
特にこれといった目的地は定めないまま、市場を見て回ったり...
ルイズや妖精亭の人へのおみやげを買ったりしているうちに、...
一日、タバサと一緒に色んな所をまわって、彼女は今まで思...
ずっと感情豊かな子だということに気付いた。
表情や仕草の微妙な変化を悟れるようになったというのもあ...
俺とタバサが知り合ったばかりの頃よりも、彼女は自分の気持...
くれるように変わってきている気がする。
タバサ自身に心境の変化があったのか、それとも俺に多少は...
どちらにせよ、嬉しいと思う。だって、今のタバサと一緒に出...
思えるのだから。もっと彼女の色んな姿を見てみたいって思う...
けど、お昼に見た『イーヴァルディの用心棒』の劇じゃない...
夜の帳が降りた頃、俺たちの足は自然と街の中心地へ向かっ...
二人で待ち合わせた、チクトンネ街の中央広場でお別れする...
噴水前に着く。日本みたいに街灯が充実しているわけではな...
そこでは昼間と同様、待ち合わせをしているらしい人がちらほ...
待ち人と会えたらしい男女の二人連れが、腕を組んで身を寄...
昼と違うのは、この時間に待ち合わせた後は、男女の……、大...
それを意識した途端に罪悪感のようなものが湧き上がってき...
居ることが、とても後ろめたい、禁忌を犯している気分になっ...
「えっと……、タバサ」
名残惜しいと思っている自分がいることにも気付きながら、...
ここでさよならしよう、と続けようと思った矢先、タバサが俺...
いつのまにか俺と一緒にいる時の、タバサの癖みたいになって...
「……夕食も、ご馳走する。わたしの泊まる宿の一階が、レスト...
タバサらしくない、今思いついたことをすぐ言葉にしたよう...
けど、月明かりにきらめく青い瞳に見つめられて、断ることな...
気付けば、俺とタバサの並んで歩く距離は、ともすれば肩が...
周りにいる、人目をはばからないカップルと同じとは言わない...
今日の昼間に会ったばかりの時よりも、明らかにずっと近くな...
繁華街を通り、タバサが予約しているらしい宿に着く。スカ...
『魅惑の妖精亭』よりもずっと高級感のある建物で、一階の店...
貴族やお金持ちがディナーを楽しむレストランといった店構え...
上の宿に部屋をとっていたタバサは、名乗るとすぐに店奥の...
出された料理は学院の夕食と同じくらい豪華なもので、久し...
タバサと一緒に舌鼓を打つ(でも、マルトー親父さんの料理の...
食後に出された甘口のワインを少しずつ飲んでいると、店の...
「雨」
「ああ、そうだな」
何か白々しいように思えるやりとりの後、雨音はすぐに大き...
水気を含んだ慌てた足音や軒先を打つ太鼓のような響きが聞...
土砂降りであることが容易に想像できる。どうしよう、もっと...
タバサの様子を伺うと、目があった。微かに上気した頬で、...
アルコールのせい……、だよな? 俺の顔まで熱くなってるの...
何だか気まずくなって、手に持っていたグラスのワインを一気...
ふう、と一息つくと、タバサのグラスも空になっていた。
■8
「……部屋に、来る?」
次いでタバサが言ってきたことに、俺は危うくむせそうにな...
とんでもないことをさらりと言ったタバサは、いつもと同じ、...
何だ? また『月の涙』の時みたいな冗談か? どう反応し...
「雨が止むまで。……それに、話したいことがある」
タバサはそう言い、ちらりと周りのテーブルのお客さんを一...
人目があると話しにくいことなのか。タバサの様子は、いたっ...
「……ん。お邪魔するよ」
俺が想像してしまったような、やましい意図は無さそうだ。
俺が返答すると、タバサは小さく頷いて席を立った。
レストランの上階、タバサのとった部屋に案内される。タバ...
妖精亭の屋根裏部屋とは比べるのも失礼なくらい立派な部屋が...
椅子をすすめられ、そこに座り込むと、タバサは立ったまま...
「トリステインが、アルビオンへの本格的な侵攻作戦を進めて...
いきなり本題、といった口調。一瞬呆気にとられてしまった...
「……街の人とかは、そんな事を言ってるけど。ルイズも否定は...
風評を集める仕事のために、わざわざ酒場で仕事をしている...
ある程度の世相くらいは耳に入ってくる。けれど、
「でも、なんでタバサが俺にそんなこと?」
「あなたの主人……、ルイズは、戦争に従軍するつもりでいるら...
そして、王宮も彼女の力を想定に入れた上で計画を進めている」
「え……?」
今度こそ、驚かされた。なぜ彼女がそんなことを知ってるん...
「な、なんでだよ。だって、ルイズは」
「彼女がただの『ゼロのルイズ』じゃないことくらいわかる。
もちろん、あなたがただの使い魔じゃないことも」
う……、相手は他ならぬ、あの聡いタバサだった。隠し通せる...
「ルイズやあなたが、並みのメイジを凌駕する力を持っている...
これまでもその力で、何度も成果を挙げ、危機を乗り越えたこ...
タバサはそこまで言って、小さく息をつき。
「……けれど、戦争なら、死ぬかもしれない」
静かなその台詞の後、雨音だけが俺たちのまわりを支配した。
ゆらめくランプの灯りの向こうで、タバサがじっと俺を見てい...
いや、違う。今ならわかる。タバサの姿から、焦りや、不安...
微かに滲み出ているのが見て取れる。まるで、『月の涙』の時...
「――だ、大丈夫だよ。そう簡単に死んだりしない」
「なぜ?」
努めて明るい調子でやっと口を開いた俺に対し、タバサは責...
「なぜ、って……」
「死にたくないと思っても、死ぬわけがないと思っても、死ぬ...
今まで死の危機を何度も乗り越えられた。だから次も大丈夫、...
だからこそ次には死ぬかもしれない」
「……死は、思っているよりもずっと身近にある」
そう言ったタバサの表情は、いつのまにか明確な悲壮の色に...
今まで、なるべく考えないようにしていたことだ。俺はこの...
何度も『危うく死にそうな目』にあった。一歩間違えば簡単に...
そして、同じような危機に直面したら、その時も助かる保証...
今のタバサの言葉は、そんな俺を心配しているからというだ...
俺だけに対して放たれた台詞じゃない。タバサは、実際に知...
死が身近にあることを。今自分が生きていられることですら、...
そして、彼女もまた、戦争と同等以上に危険な目に、今後も...
だから、あえて今、俺にこんなことを言っているんだ。
「あなたは、わたしを守ってくれた。けれど、わたしがあなた...
タバサは遠慮がちに、こちらへ歩いてきた。誘われるように...
「……それでも、あなたに死んでほしくない」
タバサは瞳を伏せ、絞り出すようにそう言った。
理屈も何もない、そのために協力できるわけでもない、
それを言ったからといって、何かが変わるわけでもない、ただ...
けど、今の瞬間わかった。タバサは、その一言が言いたいた...
わざわざ俺を呼び出して、こんな時間、二人きりになるまで連...
言葉にするのは簡単だけど、ことタバサが俺に伝えるには、...
胸の奥から、言葉じゃ言い表せないものがこみ上げてくる。
そんな気持ちを伝えてくれた彼女に、何かを返してやりたく...
けど、何も出来ない。今、何をしたって、彼女へのお返しに...
その気持ちに応えるなら、『俺が死なない』以外の応え方な...
「……タバサ」
俺はそう言って、目の前のタバサの手をとった。小さい、本...
細くて白い手が、俺の手に包まれて温もりを伝えてくる。
「俺も、タバサとまた一緒に芝居を観に行ったりしたい。一緒...
本を紹介してもらったり、字を教えてもらったり、街を見て回...
タバサの方も、俺の手をきゅっと掴んできた。
「だからタバサも、な?」
明確な言葉は使わず、最後にそう言って、俺はタバサに笑い...
タバサは表情をふっと和らげて、力強く頷いて返してくれた。
■9
∞ ∞ ∞
「きゅい! どうしてあっさり帰しちゃったの! 勿体ないの...
お泊まりは? キセージジツは? 一夜のアヤマチはー? シ...
「自分でも理解できてない言葉を使わないで」
翌朝、トリスタニアを発ち、学院へと至る道すがら。
シルフィがわたしを背に乗せながら、好き勝手なことをわめき...
彼女の言うとおり、深夜になる前に、雨が小降りになったの...
彼は下宿している店へと帰っていった。
「だってだーって! 聞き耳立ててたらおねえさま、せっかく...
やれ戦争だのやれ死ぬだの、くっらーい事ばっかりのたまって...
ドン引きなのね、せっかく盛り上がってたかもしれない気分も...
「別に何も盛り上がってない」
「だったらおねえさまが盛り上げるのです! シルフィは聞き...
義理堅いから、一度やることやっちゃえばちゃんと責任とって...
「誰から聞いたの」
「キュルケなのね。ゼロでピンクの子と話してた。ところで”や...
どこから突っ込んでいいのかわからない。わたしは小さくた...
開いた本へと視線を落とす。けれど、中身はなかなか頭に入っ...
「でも、サイトの方からまたデートしようって言わせたのは素...
次はこんな煮え切らない結果にしちゃ駄目よ、おねえさま」
デート。その言葉に、ぴくりと肩が震えた。わたしはそんな...
わたしも彼もそんな言葉は一度も使わなかった。 けど、彼は...
昨日のこと、そして、また一緒に出かけようって行ってくれた...
袖が触れ合うような距離で歩いたこと。何でもないお店を巡...
感じることがまったく違ったこと。彼が笑顔を見せてくれるの...
もし、もし。彼の方も、わたしと同じように感じてくれたな...
そこに生まれた気持ちが、『デート』って言われているものな...
目を閉じ、小さく首を振る。そんなの、どうあっても関係な...
わたしがしたかったのは”お礼”をすること。彼を守ってくれる...
それだけのはず。それ以上の意味なんて求めない。
……でも、その後の。宿の部屋に呼んで、あんなことを言った...
あの言葉には、実質的には何の意味もない。サイトの助けに...
むしろ不安を煽るだけの結果になるかもしれなかった。
それでも言わずにいられなかったのは……、わたしだ。わたし...
わたしの気持ちに、整理をつけるためだった。彼のためだな...
「いいこと? おねえさま。夏休み中にはもう無理かもしれな...
もっと積極的にアプローチするのね。シルフィの見立てでは、...
「そんなことしない」
「なんでなのね!?」
一言で切り捨てたわたしの言葉に、シルフィが驚愕する。
「ねぇねぇ! なんでなの! サイトが戦争に行くっていって...
おねえさま、サイトのこと好きって認めたんじゃないの? 違...
「……どちらでも、同じこと」
「?? シルフィにはわかんないのねー! きゅい!」
空中でじたばた暴れ始めたシルフィを放っておいて、今は遥...
トリステインの城下町を振り返る。
わたしの気持ちは、関係ない。わたしがするべきことを優先...
もしも、仮に。全てが終わって、全てが解決したときに。
それでも、彼が誰の物にもなっていなかったなら、もしかした...
小さく、自嘲の笑みが浮かぶのがわかった。そんな、有り得...
ちょっとした寂しさを胸の奥に押し込んで、わたしは『雪風...
燦々と照りつける、強すぎるくらいの真夏の日差しが、なぜか...
つづく
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