ゼロの使い魔保管庫
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開始行:
貴族社会において、平民が貴族の屋敷で暮らす方法がいくつか...
ひとつは功績を上げ成り上がり、末端の一貴族として名を連ね...
ひとつは妾として貴族の寵愛を受け、屋敷に囲われる事。
そしてもう一つ、最もポピュラーなものとして挙げられる方法...
このクルデンホルフ公国大公邸でも、そうして雇われて働いて...
その中に、タニアはいた。
アルビオンの小村出身で、孤児であり身寄りのない少女が、大...
トリステイン魔法学院で学んでいた、クルデンホルフ大公姫、...
もちろん大公姫直属のメイドなので収入はそんじょそこらの商...
他の平民たちから見れば輝かしいシンデレラ・ストーリーとい...
今でも時々夢に見る。
それは、午後の風の心地よい魔法学院の中庭。
卒業式の済んだ後、タニアは洗濯物を取り込んでいる最中、ベ...
『あっ、あのっ、タニアさんっ』
今にも泣き出しそうな顔。普段の高慢ちきな顔からは想像もつ...
『お?なんだベアちゃん。お別れの挨拶でもしにきたか。大変...
『わっ、私っ、あなたやお姉さまと出会えて、とても幸せでし...
それが彼女の言いたいことではないことは、タニアにはわかっ...
言った後、スカートの裾を指先でつまんでいる。彼女が隠し事...
『おー、なんだなんだ?目ぇウルウルさせちゃってまあ。もう...
『い、いえ、そうじゃなくて、あのっ』
『用件早く言いなよ。私だってヒマじゃないんだしさ』
言いにくそうにしているベアトリスの後を、タニアは押してや...
『わ、私のっ、メイドになってくださいましっ!』
『ほえ?』
そして突き出された書類には、とんでもない額の年俸と、もし...
計算高いタニアはそれを承諾し。
以来五年間、タニアはクルデンホルフ大公家で、メイドとして...
タニアの朝は早い。
日が昇る前に起きださないと、とんでもないことになるからだ。
「ふふ。起きてくださいまし、お・ね・ぼ・う・さ・ん♪」
ふぅっ。
「うわひゃぁぅっ!?」
まだ真っ暗なタニアの個室。
毛布を跳ね上げ、タニアは飛び起きた。
寝ている最中いきなり耳にあっつぅい吐息を吹きかけられれば...
「いきなり何すんだベアちゃんっ!!」
寝ているタニアの耳に熱いため息を吹きかけたのは。
豪奢なドレスに身を包んだ、金髪のツインテールの、妙齢の美...
ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ。
タニアの直接の雇い主にして、長年付き添ってきた友人。
だったが、最近、ちょぉっとその立場が変わりつつある。
「あんまり可愛い寝顔だったから。つい♪」
「『つい♪』じゃねー!この変態!つーか今何時だと思ってんだ...
タニアの言うとおり部屋は真っ暗で、まだ夜明け前の体だった。
しかし。
「あら。もうとっくに日は昇っていましてよ」
いつの間にかベアトリスが手にしていた杖を振るうと。
ぱきぱきぱきん、と音をたて、鎧戸が魔法の力で開いていく。
そこから指す日の光。
空は見事に晴れ渡り、朝日は既に昇りきっていた。
ベアトリスは知っていた。
タニアが、窓から指す日の光や、鶏の鳴き声を合図に起きてい...
だから、彼女の部屋の窓を締め切り、外壁に『サイレンス』を...
当然こんな時間まで寝ていてはメイドの仕事は勤まらない。
主人より早く起きだし、一日の準備をするのが、タニアの朝の...
「やりやがったなベアちゃん…!」
もちろんタニアには犯人の目星はついていた。
目の前の雇い主がこれをやったのである。
証拠はもちろん、動機もある。
ベアトリスがこういうことをする理由。それは。
「ほらほら急いで。大遅刻ですわよー♪」
「言われなくても!」
慌てて寝巻きのままベッドから飛び降り、箪笥からメイド服一...
真後ろで期待満面でわくわくしているベアトリスに、タニアは...
「いつまでそこにいんのよ」
「やん♪そんな遠慮なさらず、ぱぱーっとお着替えになって。
いえむしろゆっくりじっくりねっとりと…♪」
「出てけっつってんだこの変態!」
叫んでタニアはベアトリスの尻を蹴っ飛ばした。
そんなベアトリスがタニアを寝坊させた理由、それは。
もちろんタニアの寝起きを襲うためである。
ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ。
クルデンホルフ大公姫にして、社交界では『月光蝶』の二つ名...
当年とって二十二になる彼女は、未だに未婚である。
その最大の理由。それは。
彼女には愛する人がいるのである。
それは、大貴族の子弟でも、無敵の騎士でも、平民出の英雄で...
こともあろうに、彼女の愛しているのは一人の『女性』。
それも、平民出の、孤児の、アルビオンの片田舎出身の、ブル...
常に彼女の傍らにいる、一人のメイドを、彼女は愛していたの...
そして、この年になっても結婚をしない娘を心配し、クルデン...
が、しかし。
朝食の席で、主人の今日の予定を、傍仕えのメイドが読み上げ...
「ご主人様。ギム・ナンガ伯爵長兄、アルフレド様が本日もお...
「あら。暇なんですか?あの人」
焼きたてのクロワッサンを頬張った後、ベアトリスはそっけな...
タニアの目が半眼になる。
クルデンホルフ公国どころか、トリステインでベアトリス大公...
「…てかあんたの婚約者だろう。ちょっとは構ってやれよ」
そして、そんな彼女にタメ口を聞いて無事でいられるのもタニ...
「まあ男性として素敵な方ですわね。将来の伯爵様ですしなに...
「そーね。行き後れのアンタがすがれる最後の藁だ。全力で掴...
「そうねえ。タニアさんが私の愛を受け入れてくれたら考えて...
「いっぺん氏ねこの変態」
にっこり笑顔でどぎつい侮蔑の言葉を吐くタニア。
そしてはっとなる。
しまった!と思った時には遅かった。
はっとして傍らの主人を見下ろすと。
朱に染まった頬で、期待に満ちたまなざしで己がメイドを見上...
それはまるで。
尻尾を振り、餌をねだる仔犬のよう。
「あ、あの、今の、おかわりよろしいかしら?」
指をぴん、と立てておかわりを要求するベアトリス。
彼女の要求するそれは、焼きたてのクロワッサンではない。
タニアからの、自分に対する再度の侮蔑の言葉を要求している...
最初は、侮蔑の言葉に普通の反応を返していたベアトリスだっ...
いつしか、侮蔑の言葉をかけるたび、身をよじって紅い顔をす...
そしてそのうち、あからさまに侮蔑の言葉を悦ぶようになって...
タニアと共に暮らし、調教を受けるうちに、ベアトリスは『目...
ここに、興味深いレポートがある。
『タニア女史の発声に拠る、快楽衝動の発起について』。
通称『蹴られたい教会』の著したその研究レポートには、彼女...
ベアトリスは長い時間をタニアと暮らすうち、その声に犯され...
もともとそのケはあったのであるが。
まあそれはともかく、主人のそんなたわけた要求に素直に応じ...
「…ほれ、おかわりだ」
そっけない振りで、ベアトリスの目の前のパン皿に、手にした...
そのクロワッサンを見たベアトリスは、きゅ〜ん、とでも啼き...
そして急にぱぁっ、と明るい顔つきになって、ぱん、と手を叩...
「なるほど!これって最近流行の『放置プレイ』ってやつです...
「朝からトばしすぎだこの変態っ!」
ごっすん、と勢いよく振り下ろしたタニアの拳が、ベアトリス...
不意の一撃に完全に気を失うベアトリス。
もちろん大公姫殿下にそんなことをして無事でいられるのはタ...
もちろんその後しかたなく介抱して『もう一回』をせがまれる...
来客を待たせるのは無礼に値するので、タニアは仕方なく主人...
ベアトリスが今この屋敷にいないからだ。
ベアトリスは『タニアさんがいじってくれないから会う気にな...
変態であることを除けばベアトリスは非常に優秀な領主で、領...
領民たちからの言葉にも真摯に耳を傾け、必要ならばすぐに手...
そして、タニアは、この館で、ベアトリスの代わりの接客を許...
もちろんベアトリスが周囲に『私がいない時は、タニアさんに...
そして今日も、タニアは足しげくベアトリスの元へ通ってくる...
『今日も』。そう、『今日も』である。
ベアトリスが優男の婚約者の相手をしたのは最初の二回だけで...
「まったく。誰の婚約者なんだってぇの」
ぶつくさ言いながら、ワゴンにてきぱきと応接用のティーセッ...
ベアトリスの婚約者、アルフレドをもてなすための準備である。
応接間につく頃ちょうど葉が蒸しあがるよう蒸し器に熱湯を注...
厨房から応接間は比較的近いのですぐに到着する。
すると、内側から勝手に扉が開いた。
扉を開けたのは。
金髪碧眼の優男、伯爵長兄アルフレド。
「あ、いらっしゃいタニアさん」
どちらがもてなす側なのか、アルフレドはそう言ってにっこり...
彼もまた、タニアに対して貴族風を吹かせない。
その原因となったのが、彼の婚約者であるベアトリス。
クルデンホルフ公国を訪れていた彼の前で、目の前で転んだ平...
元々貴族、平民の垣根を嫌っていた彼はそれを機に、平民に対...
それはタニアとて例外ではない。
しかし、タニアはクルデンホルフ大公家に仕える一介のメイド...
「申し訳ありませんアルフレド様。お手を煩わせてしまって」
きちんと貴族に対する礼を通し、ワゴンを応接間に入れる。
そしてワゴンを固定すると、即座にアルフレドのために椅子を...
「どうぞ」
「ありがとうございます」
彼が席に着いたのを確認すると、ワゴンへ戻りタニアはお茶の...
そして、お茶の準備がてら、主人の非礼をアルフレドに詫びる。
「すいません、ウチのバ…主人、今日もその、仕事で」
思わず『ウチのバカ』と言いそうになり、慌てて言い直す。
しかしアルフレドは笑顔で。
「いいえ構いません。姫殿下も忙しいのでしょう」
いいひとだなあ、とタニアは思う。
これだけいい性格で平民に対しても分け隔てなく、しかも伯爵...
正直自分が貴族だったら問答無用で落としにかかっている。
実際、貴族の子女の間でもアルフレドの人気は高く、クルデン...
そんなアルフレドが、どうして逢えもしない婚約者の下へ足し...
タニアは淹れた紅茶と自ずから焼いたスコーンを、アルフレド...
スコーンとジャムの乗った皿を手渡したとき、それは起こった。
皿を受け取ろうと手を出したアルフレドの指と、タニアの指が...
「あ」
「あっ、す、すいません!」
謝って手を引っ込めたのはアルフレドのほう。
タニアはそのままスコーンの皿を置き、何事もなかったかのよ...
「お口に合えばよろしいのですが」
定型の言葉を口にしたタニアに。
「は、はひ!あ、合います!」
真っ赤になって応えるアルフレド。
アルェ?
タニアのアンテナにビビビ、と妙な電波が受信される。
このアルフレドの態度。まさか。
そしてその疑問は、即座に解明される。
「あっ、あのっ、タニアさんっ!」
興奮に紅く染まった頬。潤んだ瞳。
ああ、男の人も告白するときってあんま変わんないんだよなぁ...
アルフレドの手が椅子の脇に置いてあった真っ赤なバラの花束...
しまった。もっと早く気づくべきだった。
この貴族のぼんぼんは、二回しか逢ってないあの変態に逢いに...
真っ赤な顔で真っ赤なバラの花束を構えるアルフレド。
そして。
「あのっ、そのですねっ、た、タニアさんっ!」
「は、はひ!」
真剣な声で詰め寄ってこられるとタニアだって緊張する。
全身全霊で身構え、思わず私もこれで玉の輿かしらなんて余計...
「ぼ、僕も踏んでくださいっ!」
世界が凍りついた。
それから半年もしない間に、ベアトリスはアルフレドと結婚す...
クルデンホルフ大公は非常に喜び、贅の限りを尽くした盛大な...
そして、クルデンホルフ公国は永い繁栄を迎えることになるの...
歴史の裏で、主人とその婿を踏み続ける羽目になった、悲劇の...
「変態の一番タチの悪いところってね、自分の趣味を隠すのが...
〜fin
終了行:
貴族社会において、平民が貴族の屋敷で暮らす方法がいくつか...
ひとつは功績を上げ成り上がり、末端の一貴族として名を連ね...
ひとつは妾として貴族の寵愛を受け、屋敷に囲われる事。
そしてもう一つ、最もポピュラーなものとして挙げられる方法...
このクルデンホルフ公国大公邸でも、そうして雇われて働いて...
その中に、タニアはいた。
アルビオンの小村出身で、孤児であり身寄りのない少女が、大...
トリステイン魔法学院で学んでいた、クルデンホルフ大公姫、...
もちろん大公姫直属のメイドなので収入はそんじょそこらの商...
他の平民たちから見れば輝かしいシンデレラ・ストーリーとい...
今でも時々夢に見る。
それは、午後の風の心地よい魔法学院の中庭。
卒業式の済んだ後、タニアは洗濯物を取り込んでいる最中、ベ...
『あっ、あのっ、タニアさんっ』
今にも泣き出しそうな顔。普段の高慢ちきな顔からは想像もつ...
『お?なんだベアちゃん。お別れの挨拶でもしにきたか。大変...
『わっ、私っ、あなたやお姉さまと出会えて、とても幸せでし...
それが彼女の言いたいことではないことは、タニアにはわかっ...
言った後、スカートの裾を指先でつまんでいる。彼女が隠し事...
『おー、なんだなんだ?目ぇウルウルさせちゃってまあ。もう...
『い、いえ、そうじゃなくて、あのっ』
『用件早く言いなよ。私だってヒマじゃないんだしさ』
言いにくそうにしているベアトリスの後を、タニアは押してや...
『わ、私のっ、メイドになってくださいましっ!』
『ほえ?』
そして突き出された書類には、とんでもない額の年俸と、もし...
計算高いタニアはそれを承諾し。
以来五年間、タニアはクルデンホルフ大公家で、メイドとして...
タニアの朝は早い。
日が昇る前に起きださないと、とんでもないことになるからだ。
「ふふ。起きてくださいまし、お・ね・ぼ・う・さ・ん♪」
ふぅっ。
「うわひゃぁぅっ!?」
まだ真っ暗なタニアの個室。
毛布を跳ね上げ、タニアは飛び起きた。
寝ている最中いきなり耳にあっつぅい吐息を吹きかけられれば...
「いきなり何すんだベアちゃんっ!!」
寝ているタニアの耳に熱いため息を吹きかけたのは。
豪奢なドレスに身を包んだ、金髪のツインテールの、妙齢の美...
ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ。
タニアの直接の雇い主にして、長年付き添ってきた友人。
だったが、最近、ちょぉっとその立場が変わりつつある。
「あんまり可愛い寝顔だったから。つい♪」
「『つい♪』じゃねー!この変態!つーか今何時だと思ってんだ...
タニアの言うとおり部屋は真っ暗で、まだ夜明け前の体だった。
しかし。
「あら。もうとっくに日は昇っていましてよ」
いつの間にかベアトリスが手にしていた杖を振るうと。
ぱきぱきぱきん、と音をたて、鎧戸が魔法の力で開いていく。
そこから指す日の光。
空は見事に晴れ渡り、朝日は既に昇りきっていた。
ベアトリスは知っていた。
タニアが、窓から指す日の光や、鶏の鳴き声を合図に起きてい...
だから、彼女の部屋の窓を締め切り、外壁に『サイレンス』を...
当然こんな時間まで寝ていてはメイドの仕事は勤まらない。
主人より早く起きだし、一日の準備をするのが、タニアの朝の...
「やりやがったなベアちゃん…!」
もちろんタニアには犯人の目星はついていた。
目の前の雇い主がこれをやったのである。
証拠はもちろん、動機もある。
ベアトリスがこういうことをする理由。それは。
「ほらほら急いで。大遅刻ですわよー♪」
「言われなくても!」
慌てて寝巻きのままベッドから飛び降り、箪笥からメイド服一...
真後ろで期待満面でわくわくしているベアトリスに、タニアは...
「いつまでそこにいんのよ」
「やん♪そんな遠慮なさらず、ぱぱーっとお着替えになって。
いえむしろゆっくりじっくりねっとりと…♪」
「出てけっつってんだこの変態!」
叫んでタニアはベアトリスの尻を蹴っ飛ばした。
そんなベアトリスがタニアを寝坊させた理由、それは。
もちろんタニアの寝起きを襲うためである。
ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ。
クルデンホルフ大公姫にして、社交界では『月光蝶』の二つ名...
当年とって二十二になる彼女は、未だに未婚である。
その最大の理由。それは。
彼女には愛する人がいるのである。
それは、大貴族の子弟でも、無敵の騎士でも、平民出の英雄で...
こともあろうに、彼女の愛しているのは一人の『女性』。
それも、平民出の、孤児の、アルビオンの片田舎出身の、ブル...
常に彼女の傍らにいる、一人のメイドを、彼女は愛していたの...
そして、この年になっても結婚をしない娘を心配し、クルデン...
が、しかし。
朝食の席で、主人の今日の予定を、傍仕えのメイドが読み上げ...
「ご主人様。ギム・ナンガ伯爵長兄、アルフレド様が本日もお...
「あら。暇なんですか?あの人」
焼きたてのクロワッサンを頬張った後、ベアトリスはそっけな...
タニアの目が半眼になる。
クルデンホルフ公国どころか、トリステインでベアトリス大公...
「…てかあんたの婚約者だろう。ちょっとは構ってやれよ」
そして、そんな彼女にタメ口を聞いて無事でいられるのもタニ...
「まあ男性として素敵な方ですわね。将来の伯爵様ですしなに...
「そーね。行き後れのアンタがすがれる最後の藁だ。全力で掴...
「そうねえ。タニアさんが私の愛を受け入れてくれたら考えて...
「いっぺん氏ねこの変態」
にっこり笑顔でどぎつい侮蔑の言葉を吐くタニア。
そしてはっとなる。
しまった!と思った時には遅かった。
はっとして傍らの主人を見下ろすと。
朱に染まった頬で、期待に満ちたまなざしで己がメイドを見上...
それはまるで。
尻尾を振り、餌をねだる仔犬のよう。
「あ、あの、今の、おかわりよろしいかしら?」
指をぴん、と立てておかわりを要求するベアトリス。
彼女の要求するそれは、焼きたてのクロワッサンではない。
タニアからの、自分に対する再度の侮蔑の言葉を要求している...
最初は、侮蔑の言葉に普通の反応を返していたベアトリスだっ...
いつしか、侮蔑の言葉をかけるたび、身をよじって紅い顔をす...
そしてそのうち、あからさまに侮蔑の言葉を悦ぶようになって...
タニアと共に暮らし、調教を受けるうちに、ベアトリスは『目...
ここに、興味深いレポートがある。
『タニア女史の発声に拠る、快楽衝動の発起について』。
通称『蹴られたい教会』の著したその研究レポートには、彼女...
ベアトリスは長い時間をタニアと暮らすうち、その声に犯され...
もともとそのケはあったのであるが。
まあそれはともかく、主人のそんなたわけた要求に素直に応じ...
「…ほれ、おかわりだ」
そっけない振りで、ベアトリスの目の前のパン皿に、手にした...
そのクロワッサンを見たベアトリスは、きゅ〜ん、とでも啼き...
そして急にぱぁっ、と明るい顔つきになって、ぱん、と手を叩...
「なるほど!これって最近流行の『放置プレイ』ってやつです...
「朝からトばしすぎだこの変態っ!」
ごっすん、と勢いよく振り下ろしたタニアの拳が、ベアトリス...
不意の一撃に完全に気を失うベアトリス。
もちろん大公姫殿下にそんなことをして無事でいられるのはタ...
もちろんその後しかたなく介抱して『もう一回』をせがまれる...
来客を待たせるのは無礼に値するので、タニアは仕方なく主人...
ベアトリスが今この屋敷にいないからだ。
ベアトリスは『タニアさんがいじってくれないから会う気にな...
変態であることを除けばベアトリスは非常に優秀な領主で、領...
領民たちからの言葉にも真摯に耳を傾け、必要ならばすぐに手...
そして、タニアは、この館で、ベアトリスの代わりの接客を許...
もちろんベアトリスが周囲に『私がいない時は、タニアさんに...
そして今日も、タニアは足しげくベアトリスの元へ通ってくる...
『今日も』。そう、『今日も』である。
ベアトリスが優男の婚約者の相手をしたのは最初の二回だけで...
「まったく。誰の婚約者なんだってぇの」
ぶつくさ言いながら、ワゴンにてきぱきと応接用のティーセッ...
ベアトリスの婚約者、アルフレドをもてなすための準備である。
応接間につく頃ちょうど葉が蒸しあがるよう蒸し器に熱湯を注...
厨房から応接間は比較的近いのですぐに到着する。
すると、内側から勝手に扉が開いた。
扉を開けたのは。
金髪碧眼の優男、伯爵長兄アルフレド。
「あ、いらっしゃいタニアさん」
どちらがもてなす側なのか、アルフレドはそう言ってにっこり...
彼もまた、タニアに対して貴族風を吹かせない。
その原因となったのが、彼の婚約者であるベアトリス。
クルデンホルフ公国を訪れていた彼の前で、目の前で転んだ平...
元々貴族、平民の垣根を嫌っていた彼はそれを機に、平民に対...
それはタニアとて例外ではない。
しかし、タニアはクルデンホルフ大公家に仕える一介のメイド...
「申し訳ありませんアルフレド様。お手を煩わせてしまって」
きちんと貴族に対する礼を通し、ワゴンを応接間に入れる。
そしてワゴンを固定すると、即座にアルフレドのために椅子を...
「どうぞ」
「ありがとうございます」
彼が席に着いたのを確認すると、ワゴンへ戻りタニアはお茶の...
そして、お茶の準備がてら、主人の非礼をアルフレドに詫びる。
「すいません、ウチのバ…主人、今日もその、仕事で」
思わず『ウチのバカ』と言いそうになり、慌てて言い直す。
しかしアルフレドは笑顔で。
「いいえ構いません。姫殿下も忙しいのでしょう」
いいひとだなあ、とタニアは思う。
これだけいい性格で平民に対しても分け隔てなく、しかも伯爵...
正直自分が貴族だったら問答無用で落としにかかっている。
実際、貴族の子女の間でもアルフレドの人気は高く、クルデン...
そんなアルフレドが、どうして逢えもしない婚約者の下へ足し...
タニアは淹れた紅茶と自ずから焼いたスコーンを、アルフレド...
スコーンとジャムの乗った皿を手渡したとき、それは起こった。
皿を受け取ろうと手を出したアルフレドの指と、タニアの指が...
「あ」
「あっ、す、すいません!」
謝って手を引っ込めたのはアルフレドのほう。
タニアはそのままスコーンの皿を置き、何事もなかったかのよ...
「お口に合えばよろしいのですが」
定型の言葉を口にしたタニアに。
「は、はひ!あ、合います!」
真っ赤になって応えるアルフレド。
アルェ?
タニアのアンテナにビビビ、と妙な電波が受信される。
このアルフレドの態度。まさか。
そしてその疑問は、即座に解明される。
「あっ、あのっ、タニアさんっ!」
興奮に紅く染まった頬。潤んだ瞳。
ああ、男の人も告白するときってあんま変わんないんだよなぁ...
アルフレドの手が椅子の脇に置いてあった真っ赤なバラの花束...
しまった。もっと早く気づくべきだった。
この貴族のぼんぼんは、二回しか逢ってないあの変態に逢いに...
真っ赤な顔で真っ赤なバラの花束を構えるアルフレド。
そして。
「あのっ、そのですねっ、た、タニアさんっ!」
「は、はひ!」
真剣な声で詰め寄ってこられるとタニアだって緊張する。
全身全霊で身構え、思わず私もこれで玉の輿かしらなんて余計...
「ぼ、僕も踏んでくださいっ!」
世界が凍りついた。
それから半年もしない間に、ベアトリスはアルフレドと結婚す...
クルデンホルフ大公は非常に喜び、贅の限りを尽くした盛大な...
そして、クルデンホルフ公国は永い繁栄を迎えることになるの...
歴史の裏で、主人とその婿を踏み続ける羽目になった、悲劇の...
「変態の一番タチの悪いところってね、自分の趣味を隠すのが...
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