ゼロの使い魔保管庫
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103 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:16:1...
あるよく晴れた昼下がりのこと。一人広場をぶらぶらしてい...
なんだろう、と思い、耳をすまして声の方向に歩いていく。...
修行で培った力を無駄に発揮しつつ、才人は足音一つ立てず...
まず見えたのは、薄い青色の頭だった。これはタバサだな、...
ということは木陰で本でも読んでいたのかと思って、才人は...
タバサの細い手が伸ばされている先は、どう見ても自分の胸...
後ろから見るだけではよく分からないが、一方の手で服の布...
もう一方の手を下着の中に突っ込んで、己の陰部を弄ってい...
木の葉のせせらぎのようなかすかな喘ぎ声を漏らして、タバ...
(ちょ、おま、待てよ。なんでこんなところで)
慌てる才人だったが、タバサが気付いた様子はない。
こんなことなら忍び足など使うんじゃなかった、と才人は後...
この光景を見てから何気ない顔で挨拶するなどという真似は...
だからと言って、立ち去ることもできなかった。
こんな風に集中力を欠いている状態では足音を立てないよう...
それ以上に乱れきったタバサの姿があまりにも刺激的で目を...
そして何より、股間の暴れん坊将軍が凄いことになっている...
(えーい、気持ちは分かるが静まれマイサン)
だが、才人の必死さとは裏腹に、股間の聞かん坊はますます...
それと同時に、タバサの喘ぎ声も徐々にはっきりとしたもの...
今では、荒い吐息に混じって切ないかすれ声がはっきりと聞...
そして、タバサは一際激しい声を漏らしたかと思うと、一瞬...
(こ、これ、イッたってやつだよな?)
誰に確認するでもなく、胸の内に問いかけてみる。さすがに...
(いいもん見せてもらいました、と言っとくべきなのか)
複雑な思いに捕われながら、才人はそっとその場を後にしよ...
今ならそこそこ冷静だし、タバサもまだ自慰の余韻でぼんや...
だが、その目論見は、一瞬後に響いた小枝の割れる音でもろ...
104 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:17:0...
「だれ」
今まで一度も聞いたことのない、悲鳴のような声を上げて、...
「あなたは」
「よ、よう」
才人は顔をひきつらせながら片手を上げて挨拶した。それ以...
タバサはいつもの無表情が嘘のように、呆然と目を見開いて...
「それじゃ」
いたたまれなくなった才人はまたも片手を上げて去ろうとし...
「待って」
低い声音である。だが、いつものような淡々とした口調では...
「なにかな」
「見てたの」
短く、端的な問いかけ。さすがに、「何を」などと言ってす...
(ああ、終わったな俺の人生。このタバサって奴もキレたらか...
一体何されるんだ。つららで串刺しか、それとも裸で氷付け...
絶望的な想像を抱きつつ、才人はやぶれかぶれで土下座した。
「ごめん、覗くつもりじゃなかったんだ。このことは誰にも言...
必死に叫びながら、頭を地面にこすりつける。しかし、返事...
まさかどう料理するか考えているのか、とおそるおそる顔を...
タバサが、あのいつも無表情な顔を痛々しく歪ませていたの...
呆然とする才人の前で、タバサはそのまま泣き出してしまっ...
激しくしゃくりあげるタバサを放り出して逃げる訳にもいか...
105 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:17:4...
「ごめん」
十分ほどしてようやく落ち着いたタバサが、最初に言った言...
二人は今、先ほどの木の根元に並んで腰掛けていた。もちろ...
「いや、謝るのは俺の方だって」
どう答えていいか分からず、才人はとりあえずそう言ってい...
タバサはそれ以上何も言わなかった。才人は居心地の悪さを...
「あの」
何か、決心したような声だった。才人が思わず振り向くと、...
「本当に、黙っててくれる」
「ああ、そりゃもちろん」
才人は間を置かずに頷いた。そもそも、誰かに話したところ...
それに、と才人は心の中で呟きながら、安心させるようにタ...
「誰だって隠しておきたいことぐらいあるし、ああいうことし...
あんま大きい声じゃ言えねえけど、俺だって結構するし」
よし、完璧。才人は心の中で自分に声援を送った。
お前がしたことは別に恥ずかしいことじゃないと説得しつつ...
ひょっとしたらタバサに軽蔑されるかもしれないという恐れ...
(どうせモグラだしな俺)
と、一応罵倒に備えて心の中で予防線を張っておく辺りが才...
そんな才人の笑顔を、タバサはいつもの無表情に赤みをプラ...
だが、やがて何かを決意したようにわずかに口元を引き締め...
才人はまたもぎょっとする。今日はなんだかぎょっとしてば...
「ちょっと、早まるなお前」
「なにが」
タバサが驚いたように目を見開く。才人は軽く咳払いして、
「いいか」
とタバサの両肩をつかみ、彼女の青い瞳を覗き込んで言い聞...
「いくら男にああいう場面を見られて恥ずかしいとは言え、自...
俺は別に『黙っててやるからお前の体を寄越せ』とか言って...
必死に説得する才人を、タバサは珍しくきょとんとした顔で...
「わたしもそういうこと言いたいんじゃない」
「あれ、違ったのか」
「ただ、見て欲しかっただけ」
「ばっ、何言ってんのお前、俺が紳士的な男だったからいいも...
「いいから、見て」
自分でもよく分からない弁解をする才人にもう一度微笑みか...
「きゃっ」
何故か乙女チックな悲鳴を上げて、才人は手で顔を覆う。し...
106 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:18:3...
「あれ」
才人は顔から手を外して、目を瞬いた。
タバサはブラウスを完全に脱ぎ去ってはいなかった。ただ、...
しかし、一瞬がっかりしかけた才人は、タバサの背中を見直...
服を着ていても小柄なタバサは、脱いでもやっぱり小柄だっ...
だが、その可愛らしい背中に、一目でそうと分かる異物が埋...
それは、指先でつまめるほど小さな宝玉だった。だが、少し...
ガラス玉とは明らかに違う滑らかな表面を持つその宝玉は、...
「これ、何だよお前」
才人呆然としたまま呟いた。才人に背中を向けたまま、タバ...
「マジックアイテム」
「魔法で作られた道具ってやつか」
「そう。その宝玉から、首に向かって筋が浮いているのが分か...
才人はタバサの背に顔を近づけた。宝玉は彼女の肩甲骨の間...
確かに宝玉から首にかけて、白い肌が薄らと細長く浮き上が...
その気色悪さに、才人は吐き気のようなむかつきを覚えた。
「なあ、これもしかして」
「そう。首を通って、わたしの頭の中まで伸びている」
淡々と言ったあと、タバサは服を着直した。それから、才人...
「これが、わたしがああいうことをしていた原因」
わずかに頬が赤い。ああいうこと、というのが何なのかは言...
「ときどき、性欲が高まってどうしようもなくなる」
「誰が、何のためにそんなこと」
心底疑問に思って聞いたが、タバサは首を振った。
「それは言えない」
「どうして」
「どうしても」
その声はいつものように淡々としていたが、いつも以上に他...
だが、あんなことを聞いてしまって放っておける才人ではな...
「そんなこと言わずにさ。誰かに脅されてるのか」
タバサは一瞬鋭く息を吸い込んだあと、首を横に振る。あく...
才人は苛立ちまぎれに頭を掻き毟りながら問う。
「別に、俺に助けてほしいとかじゃないんだな」
タバサは首を縦に振る。才人の苛立ちはますます強くなった。
107 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:19:4...
「じゃあなんでそんな秘密を話したんだよ」
するとタバサはわずかに顔を伏せ、目をそらしながら小さく...
「誤解、されたくなかったから」
「誤解って」
「わたし、本当はあんなことしない」
それは小さな呟きのような声だったが、才人の耳にはしっか...
頬を染めて返事を待っているタバサをまじまじと見下ろしな...
「つまり、なにか。俺に、エッチな子だと思われたくなかった...
「そういうの、はっきり言わないで」
もうタバサは耳まで真っ赤である。才人は慌てて手を振った。
「わ、悪い。いや、だけど思ってないよそんなの。さっきも言...
「本当」
タバサは少し縋るような視線で才人を見上げてくる。元々女...
「本当だって。タバサは全然、いやらしくもなんともない」
「良かった」
タバサの口元に微笑が浮かぶ。才人はほっと胸を撫で下ろし...
「なあタバサ、何で俺に誤解されるのがそんなに嫌だったわけ」
別段、それ程タバサと親しい訳でもない才人である。
そういう人間の誤解を解くために、わざわざ素肌まで晒して...
するとタバサは、びしりと才人を指差して、一言。
「いい人」
簡潔な表現に、才人は何故だかむずがゆいような気恥ずかし...
こういうストレートな褒め言葉にはどうも慣れがない。
相手が、普段あまり喋れないタバサであればなおさらである。
「いや、俺は別にいい人じゃないって」
タバサも負けずに言い直す。
「すごくいい人」
才人の顔面はいよいよ沸騰しかねんばかりに熱くなってきた。
悶えて転げ回りたいような気恥ずかしさを隠すように、才人...
「違うってばもう。今だってタバサを食べちゃいたい欲望で脳...
言ってしまってから、何を言ってんだ俺はと内心焦る。
脳が熱くなりすぎて普段なら絶対言えないような下ネタを言...
しかし、どう弁解するかと焦る才人とは逆に、タバサは悪戯...
「さっき『俺が紳士的な男だったから』って言ってた」
的確な突っ込みである。才人は言葉に詰まった。そんな才人...
(ちくしょー、こんな子供にいいように遊ばれてるぞ俺)
内心少々悔しかったが、そんな感情はすぐに消えてしまった。
いつの間にか、才人はタバサに見惚れてしまっていたのだ。...
それは、今まで才人が想像したことすらなかった、子供らし...
黙りこんでしまった才人を不思議に思ったのか、タバサはふ...
「どうしたの」
「ああ、いや。お前、そんな風に笑えるんだな」
才人にとっては何気ない言葉だったが、それを聞いたタバサ...
108 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:20:1...
あの後すぐに別れる気分にはなれず、結局二人はまた木の根...
二人の距離は、先ほどよりもずいぶん近くなっていた。かと...
少し無理すれば手を繋げる距離だな、と才人は何となく思っ...
「なあ」
呼びかけると、タバサはこちらを見て「なに」と言うように...
「タバサってさ、本名なのか」
前に、誰かが「タバサというのは変わった名前だ」という内...
タバサは首を振った。
「そうなんだ。本当の名前は、なんて言うんだ」
聞いてはいけないことかもしれない、と思いつつも、才人は...
何故か、目の前の小さな女の子のことを、少しでも多く知り...
タバサは目を伏せて少し躊躇う様子を見せたが、やがて口元...
「シャルロット」
シャルロットか、と、才人はタバサの本名を口の中で転がし...
才人は頬を赤くして横目でこちらの反応を窺っているタバサ...
「可愛い名前だな」
タバサの顔がぱっと輝いた。
「うん。わたしも、好き」
「シャルロット」
「なに」
二人は小さく笑いあう。ふと、才人は何気なく聞いた。
「誰がつけてくれたんだ。お母さんか」
「そう。母様がつけてくださった、大切な名前」
先ほどまで嬉しそうだったタバサの表情が、また暗いものに...
聞いてはいけないことだったか、と才人は内心後悔しながら...
「ところで、何でお前いっつもあんな無表情なんだ」
そう言うと、タバサは何を聞かれたのか分からないような表...
「ほら、お前、あんな風に笑えるじゃん。いっつも無表情でい...
いろんな表情を見せた方が、その、か、可愛いと思うしさ」
さすがに、意識しながらストレートに可愛いなどとは言えず、
才人はどもりながら何とか言い切った。
そんな才人をじっと見つめて、タバサは透けるような淡い微...
「ありがとう」
そう言ったタバサの表情は、いつもの無表情よりは断然魅力...
だが、才人には何故か、今のタバサの微笑がとても痛ましく...
110 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:21:1...
「でも、ダメ」
タバサは首を振った。
「今は、楽しいの、ダメ」
タバサがそう言う理由を、才人はあえて聞かなかった。
単なる顔見知り程度でしかない自分に教えてくれるほど軽い...
そして、その想像がおそらく事実であろうことに、才人は深...
「それに、いつも無表情でいた方が都合がいい」
才人の苦悩を理解したのか、どこか冗談めかした口調で、タ...
その好意に感謝しながら、才人も微笑を作って聞き返す。
「どうして」
「いつも無表情を保つ訓練をしておけば、ああいう状態になっ...
そう言って悪戯っぽく笑うタバサの表情に、才人は彼女の素...
本当は、こんな風に冗談を言って笑うのが好きな、明るい女...
そんな女の子が、どこかの卑劣漢のせいで笑うことすらでき...
「なるほど、そりゃいい考えだ。お利口さんだな、シャルロッ...
内心の怒りを無理矢理押さえ込みながら、才人は無理に笑っ...
「うん」
タバサもまた、にっこりと笑ってみせる。
才人はタバサを思い切り抱きしめてやりたい衝動に駆られた。
そんなことをする権利は自分にはない。しかし、胸に溢れる...
才人は仕方なく、手を伸ばしてタバサの頭を軽く撫でた。
タバサは一瞬目を見開いたあと、困ったように才人を見上げ...
「嫌か」
問うと、タバサは才人の手の下で小さく首を振る。
「嫌じゃない」
「じゃあ、しばらくこうさせといてくれよ」
タバサは小さく頷いてくれた。才人は目に浮かんでくる涙を...
111 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:21:5...
「ありがとな、シャルロット」
タバサはまたにっこりと笑う。幼いとすら表現できる、あど...
才人はいよいよ涙を堪えることができなくなり、それを誤魔...
タバサは困ったような視線を送ってきた。
「ちょっと乱暴」
「我慢しろ。これが男の愛情ってもんだ」
「変」
「大人になれば分かる」
無茶苦茶な言い草だと、自分でも思う。
それでも、タバサは楽しそうに笑ってくれる。それならいく...
しかし、今は何も浮かばなかった。だから才人は、ただ黙っ...
「お兄ちゃん」
突然、タバサが甘えるような声で言った。
妙な慨視感に襲われ、才人は思わず目を見開いてタバサを凝...
するとタバサは、また悪戯っぽい笑みを浮かべて問いかけて...
「びっくりした」
「ああ。なんだよ突然」
「別に。ただ、お兄ちゃんがいたらこういうのかって」
はにかむように首を傾げながら、タバサが聞いてくる。
「迷惑」
「いや、全然。何なら本物のお兄ちゃんにだってなってやるぜ」
「嬉しい。お兄ちゃん」
冗談めかした声で、タバサが言う。
もちろん、本気で言っている訳ではあるまい。
だが、こうやって気楽に冗談が言える状況を、タバサが楽し...
それならお兄ちゃんだろうが召使いだろうがやってやる、と...
112 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:22:4...
やがて、天高く燦々と輝いていた太陽が半分以上地平線の向...
才人とタバサは、ただ黙って夕焼けを眺めていた。
二人の距離は、ほぼ完全にゼロになっていた。才人はいつし...
タバサも特に何も言わずに、黙って才人に抱きしめられてい...
才人としてはいつまでもこうしてタバサを抱きしめていてや...
「シャルロット」
才人は、胸の中でじっとしているタバサに優しく囁きかけた。
「ほら、そろそろ戻らないと、叱られるぜ」
しかし、タバサは答えない。
まさか眠ってしまったのか、と思ってタバサの顔を覗き込ん...
「お兄ちゃん」
タバサが、潤んだ目でこちらを見上げていた。
頬がはっきり分かるほど上気し、息も荒くなっている。よく...
(まさか、例の宝玉が)
才人は歯噛みした。これほどまでに短い間隔で、性衝動が襲...
(糞野郎め)
才人は、この世界のどこかにいるのであろう悪漢に、心の中...
だが、今はそれよりも目の前のタバサのことが気にかかる。
才人は、タバサに刺激を与えないように小さな声で呼びかけ...
「大丈夫か、シャルロット」
「ダメ、離れて」
手を突っ張って体を離そうとするタバサを、才人は反射的に...
「離して。このままじゃ、迷惑かける」
目を潤ませながら必死に懇願するタバサを、才人は冗談めか...
「馬鹿、俺はお前のお兄ちゃんなんだろ。迷惑とか、気にする...
「でも」
「頑張れ、シャルロット。そんなくだらねえ物に負けるな。俺...
タバサの性欲を昂ぶらせている宝玉を外すことは、門外漢の...
だからせめて、自分の欲望に抗おうとするタバサの助けにな...
タバサは病的なまでに赤くなった顔で才人を見つめ、小さく...
「うん、頑張る」
そう宣言したものの、タバサの顔の赤みはさらに増し、吐息...
どうすることもできない自分の無力さに苛立ちながら、才人...
性衝動をこらえるためだろうか、タバサが絶え間なく擦り合...
夕日を照り返す透明な液体が筋を描いて流れ落ちていた。
才人は音がするほど強く歯を噛み締める。
おそらく、タバサの体を襲っている衝動はほとんど暴力的と...
タバサはそんなものに抗おうとしているのだ。
だが、そんなものに勝てる人間がどこにいるというのか。
「お兄ちゃん」
甘い声で呼びかけられてタバサの顔を見た才人は、思わず目...
タバサの顔が真っ赤に染まり、その青い瞳からはほとんど完...
虚ろな瞳でこちらを見つめるタバサの口元はだらしなく半開...
小さな唇の隙間から垂れ下がった舌からは、絶え間なく唾液...
「お兄ちゃん、我慢できないよう」
媚を売るような切ない甘え声で呟きながら、タバサはほとん...
とても見ていられない、と才人は思った。
(ルイズ、ごめん)
許されぬことと知りつつ、心の中で主に詫びる。才人は無理...
「よく頑張ったな、シャルロット」
「本当」
「ああ、偉いぞ、シャルロット」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
嬉しそうな顔で、自分の胸に頬をこすりつけてくるタバサの...
「来い。お兄ちゃんが、満足するまでお前を受け止めてやる」
それを聞くや否や、もはや止めるものもなく、タバサは背中...
307 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 00:59:5...
タバサは才人の首に両腕を回し、自分の唇を才人の唇に押し...
経験則から言って舌をいれてくるものかと思っていたが、違...
タバサは才人の上唇と下唇に、交互に吸い付いてきたのであ...
この世界に来てから幸福にも数度違う女の子を相手にしてキ...
まるで赤子が母親の乳房に吸い付くように、タバサは才人の...
最初こそ、
(せめて俺がリードしてやらなきゃ)
などと思っていた才人だったが、この予想外の攻め手に圧倒...
思う存分才人の唇を味わったらしいタバサは、才人の頭がま...
これも、才人が以前経験したディープキスとは似て非なるも...
タバサは最初才人の反応を窺うように、彼の舌先と自分の舌...
それによって、まだ才人の準備が十分にできていないと悟っ...
さらに、タバサの舌は才人の前歯の裏や口蓋を這いうねるよ...
タバサの舌使いはここでも絶妙だった。ただ舌同士を絡める...
予想以上のテクニックに、才人は既に悶絶寸前であった。無...
(これじゃ、立場が逆じゃねえか)
才人とて男である。性交では男が女をリードすべきだという...
しかし、これでは優位に立つどころか反撃することすらまま...
そうして、キスだけで才人が意識を失いかけたとき、タバサ...
二人の唇に涎の橋がかかり、沈みかけた夕日を浴びて鈍く輝...
口を半開きにしたまま荒い呼吸をする才人の、涙で滲んだ視...
間近で見るとさらに幼さが増したように思えるその顔は、そ...
「お兄ちゃん」
優しく囁きかけながら、タバサは才人の頬に手を伸ばす。ま...
308 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:00:5...
「かわいい」
お気に入りのぬいぐるみを抱きしめるように、タバサは全身...
「わたしのものにする」
どこかで聞いた台詞だなあ、と才人はぼんやり思った。どこ...
だが、そのときの口調と、今のタバサの口調はまるで違って...
先ほどのタバサの声音は、嗜虐的でもなければ悪戯っぽいも...
もっと真剣で、聞く者の胸に痛みをもたらすような切実な声...
ふと、タバサは才人の胸から顔を離すと、何かを恐れるよう...
「お兄ちゃん、わたしのこと、見える」
何を言われているのか、一瞬理解できなかった。才人は困惑...
「何言ってんだ、可愛いシャルロットのことが見えない訳ない...
冗談めかしてそう答えたが、タバサは唇を噛み締めて俯いて...
「母様、わたしのこと見えなくなっちゃった」
しゃくり上げながらそう言うタバサの顔は、まだ興奮に赤ら...
才人の胸に抱きついている内に、性衝動以外の感情が胸の内...
タバサはいつしか大きな瞳からとめどなく涙を流して泣きじ...
「話しかけても答えてくれない。前みたいに笑ってくれない。...
時折声を詰まらせるタバサの姿は、目をそらしてしまいたく...
「母様、わたしを置いてどこかにいっちゃった」
才人はどうすることもできずに、ただ眉根を寄せてタバサの...
(ああ、この子は迷子になっちまったんだな)
才人は心の中でそう呟いた。同時に、ずっと昔の思い出が蘇...
それは、家からずっと離れたところに出かけた際、両親とは...
見知らぬ風景、見知らぬ人々。
誰かに声をかけることもできず、誰かが話しかけてくれるこ...
もしもこのまま両親に置いていかれたらどうしようと、ただ...
あのとき、両親は必死に探し回って、何とか才人を見つけ出...
だが、タバサの場合は違ったのだ。事情を知らない才人にも...
タバサの低い慟哭が、才人の胸を静かに、だが強く揺さぶる。
309 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:01:4...
「シャルロット」
はっきりとした呼びかけに、タバサが顔を上げる。その涙に...
「大丈夫だ」
途切れ途切れの震えるような息遣いと、小さく弾んでいるタ...
「俺がそばにいてやる。ずっと見ててやるからな」
それは、単なる口約束に過ぎなかった。その言葉どおりにで...
だが、それでも言ってやりたかった。
誰にも思いを吐き出せずにずっと泣き続けてきた女の子のた...
「本当」
躊躇うように、あるいは縋るように、タバサが問いかけてく...
「本当に、ずっと見ていてくれる」
「ああ」
「わたしのこと、忘れないでいてくれる」
「ああ」
「わたしのこと、置いていかない」
「ああ」
「わたしのこと、わたしのこと」
それ以上は何も言えずに、タバサは才人の胸に顔を埋めてま...
才人は、黙ってタバサの頭を撫で続けていた。
だが、しばらくそうしている内に、タバサの体に変化が起き...
そのとき、タバサはすでに泣き止んでいた。その代わりにま...
(やっぱり、まだ収まってなかったのか)
才人は心の中で舌打ちする。タバサだって、本来こんなこと...
(一人きりで泣いてる女の子を、こんな卑劣な手で苦しめやが...
全身に怒りを滾らせる才人の前で、タバサは徐々に気分を昂...
いつの間にか才人の太股に跨り、股をこすりつけるように小...
「お兄ちゃん」
「なんだ、シャルロット」
荒れ狂う内心を無理に抑えつけて、才人は微笑みながら問い...
タバサは才人にも分かるぐらいはっきりと、ほんの一瞬だけ...
そのとき、顔をそらしたタバサの瞳に過ぎった様々な感情の...
一つは欲望だった。一つは躊躇だった。一つは憧れであり、...
一秒にも満たないわずかな時間に、タバサの瞳の中で感情と...
タバサが理性的な性格なのは、元々あまり彼女と親しくはな...
数年もの間、鉄の意志で自分自身の感情と、卑劣な罠によっ...
310 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:03:0...
しかし、このとき勝ったのは感情の方だったらしい。
「お兄ちゃん」
タバサは、一粒の涙を零しながら才人を見上げてきた。
「証拠を刻んでほしい」
そのときのタバサの表情を見て、才人は理解した。
「お兄ちゃんがずっとわたしを忘れないでいてくれるっていう...
この子がそんなことを言ったのは、決して欲情に負けてしま...
一瞬だけ、才人は目を瞑った。
(ルイズ)
大好きなご主人様の顔が、才人の脳裏を過ぎる。
本当なら、拒絶するべきなのかもしれない。今から才人とタ...
だが、才人にはどうしても出来なかった。
数年に渡る一人ぼっちの彷徨の果てに、ようやく安堵できる...
才人は覚悟を決めて目を見開いた。視界に、不安げな表情で...
(たとえ罵られても、軽蔑されても、憎まれても。いや、殺さ...
覚悟は決意に収束し、全ての躊躇を消し飛ばした。
(俺は、シャルロットの全部を受け止めてやりたい)
血を吐くような思いと共に、才人はタバサに笑いかけた。
「分かった。証拠、刻んでやるよ」
タバサの顔に、泣き笑いが浮かんだ。
「お兄ちゃん」
短く叫びながら、タバサは再び才人の唇に自分の唇を押し付...
それから先のことは、あまりよく覚えていない。わずかな時...
二人は周囲が闇に落ちるまで、獣のように交じり合った。
才人としてはせめて妊娠の危険性を排除したかったが、タバ...
才人が上になることもあったし、その逆もあった。獣のよう...
タバサの気がようやく落ち着いたのは、もうすぐ学院寮の門...
311 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:03:5...
夕暮れどきに並んで話したときと同じように、二人は木に背...
言葉は、ない。
タバサはあの濃密な時間が終わってからずっと、どこか呆然...
だから、静かな夜の闇の中、ただ黙って彼女の言葉を待って...
不意に、静寂の中に音が生まれた。才人は黙って傍らを見る。
それは、俯いたタバサが小さな嗚咽を漏らす音だった。
「ごめんなさい」
激しい後悔と自己嫌悪に染まった声を、タバサは無理矢理絞...
「シャルロットは悪くねえよ」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいって。こんな可愛い子抱けて、むしろ幸せだ...
そんな冗談しか言えない自分に、どうしようもなく腹が立つ...
「わたし、知ってた」
「何をだ」
「お兄ちゃんが」
そう言いかけて、タバサは一度口を噤んで言い直した。
「才人が、誰を愛してるか」
また冗談を言おうとして、失敗した。それは本当のことだっ...
「知ってたのに、わたし、あんなこと」
タバサは圧迫するように頭をかかえる。小さな手の下で、柔...
さすがに見ていられなくなり、才人はタバサの右手をつかん...
「そりゃ違うよシャルロット、お前は悪くない」
「わたしが欲望に負けたから」
「止めろ、自分を責めるな」
「全部ぶち壊しになった」
「そんなことないって」
才人の必死の説得にも、タバサは耳を貸さなかった。ただ、...
そうしている内に、遠くの方から鐘が打ち鳴らされる音が響...
312 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:04:5...
「門限の鐘」
呆然とした声で呟きながら、タバサがフラフラと立ち上がる...
「触らないで」
突然、タバサが叫び声を上げた。激しい拒絶に、才人は思わ...
「才人」
闇の向こうで、タバサが振り返る。
「ありがとう」
(ああ)
才人は心の中でため息を吐いた。
「今日のことは、全部忘れて」
(遠い)
二人の間に立ちふさがる闇が、密度を増したように感じる。
(なんて、遠いんだろう)
どんなに必死に手を伸ばしても、弾かれてしまいそうなほど...
「黙っていれば、きっと秘密にできる」
いつもの淡々とした口調を取り繕って話すタバサの顔すらも...
「明日からは、また何でもない二人に戻る」
堪えきれなかったのか、後半はほとんど涙声になってしまっ...
「さよなら」
必死に感情を押し殺した声で言い残して、タバサは駆け足で...
闇に押しつぶされてしまいそうなほどに小さく、頼りない背...
引き留めることも追いかけることも出来ずに、才人はただた...
「ちくしょう」
タバサの姿が完全に見えなくなった瞬間、胸に湧き上がって...
313 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:06:2...
「なるほどなあ。そんなことがねえ」
いつもの気楽な口調で、デルフリンガーが言う。
あの後、才人は最初にタバサと話していた時点で木陰に放置...
本当はタバサと交わったことは伏せておきたかったが、細部...
「いやあ、さすが相棒だ。よっ、この色男」
デルフリンガーは茶化すような口調で言ったが、才人はにこ...
ただ、じっとデルフリンガーの刃を見つめながら問うた。
「デルフ、聞きたいことがあるんだ」
「いやあ、俺としてはあのちっこい嬢ちゃんとの情事をもっと...
「デルフ」
「なんだね」
どうにも気乗りのしなさそうな口調で、デルフリンガーが問...
「シャルロットの体に埋まってる宝玉のことなんだけどさ」
「ああ。下品なマジックアイテムもあったもんだよなあ。それ...
「あれ、ルイズの魔法で解除できないのか」
「どうだろうね」
とぼけるような口調だった。こいつは知ってて隠してやがる...
「教えてくれ、頼む」
デルフリンガーはしばらく答えなかったが、やがて観念した...
「難しいと思うね」
「どうして」
「実際見てないからよく分からんけど、それ体に直接埋まって...
「ああ」
「そういうもんは、何ていうか無理矢理引き剥がすの難しいん...
「シャルロットが狂っちまうかもしれないのか」
「そういう危険性もあるだろうねえ」
才人は唇を噛んだ。もしも可能なら、ルイズに頼むつもりだ...
「それに、これに関わるのはあんまお勧めできないね俺としち...
「なんでだよ」
デルフリンガーは一瞬間を置いてから、苦々しげな声で続け...
「どうも、先住魔法の臭いがすんだよ」
「先住魔法」
才人は鸚鵡返しに呟いた。その言葉には、あまりいい思い出...
強く優しい男だったウェールズ王子を、呪われたゾンビとし...
314 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:07:1...
「こりゃ完全に俺の勧なんだけど、あんときのと今回の、多分...
「つまり」
「ミョズニトニルン」
才人は息を飲んだ。
ガンダールヴである自分と同じ、ゼロの使い魔。
神の頭脳、ミョズニトニルン。
「懐かしき先住魔法の連発だ。そう考えるのが一番合理的だわ...
「要するに、今回は他の虚無と対決する可能性があるってこと...
「そういうことだねえ」
気楽な口調で答えるデルフリンガーを前に、才人は数秒黙考...
「デルフ」
「なんとなく嫌な予感がすんだけど、なんだね」
「マジックアイテムってのは、術者から魔力を供給されて動く...
「そうだよ」
「なら、ミョズニトニルンを倒せば、シャルロットの体に埋ま...
確認するような問いかけに、デルフリンガーは数秒沈黙を保...
「そうなんだな」
「そうだよ」
観念したような声で、デルフリンガーが答えた。
「少なくとも、ディスペル・マジックで無理矢理引き剥がすよ...
「そうか」
「あのなあ相棒。俺はお前さんの考え方はかなり理解してるつ...
才人は、デルフリンガーの刃にじっと目をこらす。自分の鏡...
「俺はよく知ってんだ、その目」
ため息のような声だった。
「そりゃ人殺しの目だぜ、相棒」
(ああ、そうさ)
今まで一度も抱いたことのなかった感情が、凄まじい勢いで...
(あの一人ぼっちの女の子を助け出すためなら)
濁流のように激しいその流れは、一つの決意となって収束す...
(俺は、この世界で殺人者にだってなってやる)
そうして透徹された殺意は、他のどんな感情よりも冷たく、...
416 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:30:0...
背後から聞こえてくるルイズの寝息が規則的なものになった...
「ルイズ」
声の大きさを少しずつ大きくして、二度、三度。反応はない。
ルイズが間違いなく眠っていると判断して、才人はそっとベ...
(今日は離しててくれてよかったな)
才人は心の中でほっと息を吐く。
アルビオンから帰還して以来、ルイズは夜寝るとき必ず才人...
また才人がどこかに行ってしまわないかと不安なのだろう。
だが、今日は違った。服をつかむどころか、少し距離を置き...
(まあ仕方ないか、かなり怒ってたし)
タバサと別れて部屋に戻ってきた才人を、ルイズは激しく怒...
門限を過ぎてもなお連絡一つ寄越さなかった才人にご立腹だ...
実際悪いのはこちらだったし、タバサとあんなことをした後...
才人は足音を立てないように注意しながら、部屋の壁に立て...
静かに鞘から引き抜くと、剣はやたらと陽気な声で喋り出し...
「よう相棒、元気してた」
「馬鹿、大声出すな」
自分も十分に大きな声で怒鳴りつけてから、才人はおそるお...
ベッドの上のルイズは、声に反応したように寝返りをうって...
月明かりに青白く照らされた寝顔は、今も健やかな寝息を立...
才人はほっと息を吐いた。
「良かった、起きてない」
一瞬間を置いて、デルフリンガーが答えた。
「みてえだね」
「っつーかお前、俺が鞘から抜くたびに大げさに反応すんの止...
「だってモテモテの相棒に構ってもらえなくてデルフ寂しかっ...
才人が無言で鞘に押し込もうとすると、デルフリンガーは慌...
「待て待て待て、冗談だよ冗談」
「一瞬本気で捨てようかと思ったぜ」
「いやん。相棒ったらいけず」
「えーと、剣ってのは何度ぐらいで溶けるんだっけかな」
「ごめん、マジごめん。だからさり気なく微熱のねーちゃんの...
「ったく。今はお前の冗談聞きたい気分じゃないんだよ」
417 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:32:2...
無意味な疲れを感じつつ、才人はデルフリンガーを完全に鞘...
月明かりを浴びて、刃が青く輝いている。その冷たい光に、...
「なあ、相棒よ」
デルフリンガーが、どことなく気まずそうな声で言う。才人...
「なんだ」
「マジでやるつもりなのかい」
「やらなきゃいけないならな」
才人は淡々とした口調で答えを返す。しかし、その実内心で...
タバサに対する仕打ちを考えれば、相手は最低の人間だ。犬...
だから、殺せるはずだと。躊躇いなどないはずだと。
そう心に言い聞かせるのだが、やはり恐れにも似た感情が消...
(ちくしょう、なんで)
才人は苛立ちまぎれに舌打ちする。デルフリンガーはそれを...
ただ、苦悩する才人の内心を推し量るかのように、似合わぬ...
目を瞑り眉根を寄せ、才人は何度も何度も心に「俺はミョズ...
しかし、どれだけ繰り返しても、心の隅に引っかかっている...
才人は肩を落とした。剣の腹に軽く頭を当て、刀身に映る自...
その瞳からは、つい数時間ほど前に人を殺すことを決意した...
(別に、怒りが消えた訳じゃないんだけどな)
時間が経って、幾分か気が落ち着いてきたせいだろうか。怒...
そのせいだろう。「本気でぶちのめしてやる」とは思えても...
何とかして殺意を回復しなければ、と思い、才人は再度目を...
頭の中に、殺すべき相手の姿を思い浮かべる。黒いローブに...
顔はフードで見えなかったが、口元に終始薄気味の悪い微笑...
「得体の知れない奴だったな」
才人は、さらに深く思い出す。少し前、サウスゴータ付近の...
「シェフィールド、だったっけか」
「本名じゃないらしいがね」
「俺がガンダールヴ、あいつがミョズニトニルン」
「伝説の使い魔同士のガチンコバトルって訳だね。わーい、楽...
あからさまに茶化しているデルフリンガーの口調に、才人は...
「おいデルフ、お前なんだって今回はそんなに反対すんのよ」
「相棒よ」
不意に、デルフの声が低くなった。
「こりゃ俺の見立てだがね」
「なんだよ」
前よりは幾分か真剣な声音に、才人は少したじろいだ。
418 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:33:1...
デルフリンガーは、意志を持った剣として存在してきた長い...
「お前さん、このまんまだとまた死んじまうね」
才人は目を見開いた。「まあ冗談だけど」などとデルフリン...
「なんでだよ」
黙っているのに耐えられなくなり、才人は何とか声を絞り出...
「やってみなきゃ分かんねえだろそんなの。前と違って、今の...
「そんなもんは問題にならん」
デルフリンガーの言葉は実に断定的だった。まるで、分かり...
その声によって、自分の未来が決定されたかのような錯覚す...
「相棒。隊長さんの言葉、覚えてるか」
不意に、デルフリンガーが訊いてきた。隊長、と言われてす...
「実戦では、負けると思った方が負ける。結局のところ、技も...
思い出させるように、デルフリンガーが言う。確かにそんな...
デルフリンガーは、一語一語を強調した、言い聞かせるよう...
「それと同じことだよ。相棒の心には、まだ人を殺すことへの...
「だから」
「今まではそれでも良かった。ガンダールヴの力を得た相棒に...
まずいねえからな。手加減して、殺さないように戦うことだ...
ミョズニトニルンだ。性質が違うとは言え、相手も同じゼロ...
奴は何でだか相棒にかなりの敵意を持ってるみてえだからな...
「あらゆる手って」
「ミョズニトニルン。ありとあらゆるマジックアイテムを使い...
詩でも読み上げるような調子で言ったあと、デルフリンガー...
「ちっこい嬢ちゃんに使われたのも、相当えげつねえもんらし...
相棒が想像もつかねえほど胸糞の悪い効果を持ってるマジッ...
相手は、そういうものをほぼ無制限で使える」
「俺だってありとあらゆる武器を使いこなせるんだろ」
「力だけじゃ、知恵には勝てんよ。それに、さっき言った問題...
相手を殺すことに躊躇いがある奴とない奴と、どっちの攻撃...
結局のところ、ただそれだけの話なのだった。
決定的に、殺意が足りない。
無論、殺す気満々で戦ったところで、勝てるとは限らないの...
419 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:34:1...
「でもよ」
才人は喉に詰まったものを無理に吐き出すような口調で言っ...
「だからって、放ってはおけねえよ。勝ち目がなかろうが殺意...
俺はあんな風に弄ばれてるシャルロットを放っておけない。...
才人の言葉をただ黙って聞いていたデルフリンガーは、やが...
「言っても聞かねえんだもんな」
「馬鹿だからな」
才人は頭を掻きながら苦笑した。
「違えねえや」
デルフリンガーもまた笑い声で答える。
ようやくデルフリンガーの雰囲気が元の調子に戻ってきて、...
「相棒よ」
不意に、デルフリンガーは再び声を低くして言った。
今度は、先ほどのような言い聞かせる口調ではなく、ただ真...
「前にも言ったが、俺はお前さんの妙にまっすぐなところが好...
「ああ」
「だから、出来る限り長生きしてもらいてえのさ。
俺から見りゃ相棒と過ごす時間は一瞬だが、楽しい時間って...
「そうだな」
「いいか。躊躇うなよ、相棒。今回ばっかりは、敵に情けをか...
断定的な言葉を、才人はただ黙って聞いていた。
デルフリンガーの言っていることが真実であるのは、才人に...
「ああ。安心しろ、俺は躊躇わねえよ」
何も答えない剣の刀身を青白い月明かりにかざし、才人は己...
「そうさ。相手は、あんな小さな女の子にひどいことした糞野...
言いかけて、才人は首を振った。死んだ方がという言い方は...
だが、正しい言葉を吐き出すために、才人は何度か息を吸い...
「殺した方が、世の中のためになるってもんだ」
デルフリンガー以外誰も聞いている者などいないというのに...
そして、このときになってようやく理解できた。
結局のところ、たとえどんな理由があろうとも、現実に自分...
(でも、それじゃミョズニトニルンを殺せない。シャルロット...
しばらくの間、才人は唇を噛み締めて、窓から差し込む淡い...
静寂の中、様々な思いが胸中を掠めていく。
怒りは、ある。あの瞬間感じた怒りは、今もまだ心の中で燃...
だが、心の中にある躊躇いや迷い、あるいは恐れを全て忘れ...
「くそっ」
小さく吐き捨てて、才人は剣を下ろした。
420 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:34:4...
憂鬱な気分で肩を落とし、鞘にデルフリンガーを収めようと...
「焦るなよ、相棒。今はミョズニトニルンの居場所だって分か...
「そりゃそうだけど」
「ちょいと散歩でもしてきたらどうだね。気分転換にはならあ...
才人は、肩越しに振り返って窓の外を見た。満天の星空に浮...
確かに、散歩をするのにはちょうどいい夜かもしれない。
「そうだな。ちょっと、歩いてくるかな」
「そうしなよ。ああ、俺はこのまま置いてってくれや。
間違って嬢ちゃんが起きちまったら、散歩行っただけだって...
それもそうか、と思って、才人はベッドの上のルイズに目を...
愛しいご主人様は、先ほどと全く変わらない穏やかな寝顔を...
アルビオンから戻ってきたあとにギーシュやモンモランシー...
才人が死んだと思い込んでいたルイズはほとんど死人のよう...
再会した直後以外は、才人に対してそんな素振りなど微塵も...
しかし、夜寝るときに才人の服の端を強く掴んだり、時折才...
彼女が不安に思っている印は確かにあるのだ。
「ごめんなルイズ。お前を不安にさせたい訳じゃないんだけど」
才人はベッドの傍に立ち、ルイズの頬を軽く撫でた。
かすかな震えが手の平に伝わってきて、どうしようもない愛...
今日のことで、タバサのことを何とかしてやりたいと思った...
だが、やはり自分が好きなのはルイズなのだと、才人は改め...
(ルイズを巻き込む訳にはいかない)
不意に、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
(ミョズニトニルンやら、そいつの主人の虚無やら、下手した...
仮にどこか遠くに出かけることになっても、ルイズは連れて...
そんなことを考えながら、才人は部屋を後にした。
421 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:35:5...
「さて、そろそろ狸寝入りは止めにしたらどうかね」
才人が出て行ってしばらく経ったころ、不意にルイズの部屋...
しばらくして何の反応もないことを知ると、声色を変えてこ...
「才人ったらわたしに隠れて何話してるのかしら。また他の女...
もう、わたし、こんなに才人のこと好きなのに。わたしだけ...
気色の悪い声音でルイズの真似をするデルフリンガーにとう...
「ええそうよ起きてますよ、起きてて悪い」
「別に悪かないよ」
瞬時に口調を戻して、デルフリンガーが答える。
この剣、絶対いつか売り飛ばしてやるなどと考えながら、ル...
「で、一体あの馬鹿犬今度はどんな馬鹿なこと考えてる訳。
ホントにもう、帰ってくるなり余計なことに首突っ込んで、...
「そんな馬鹿な才人がわたし大好きなの」
「吹き飛ばすわよ」
「いやごめんなさいマジで勘弁してください」
速攻で平謝りしたあと、デルフリンガーは苦笑混じりに言っ...
「そんな心配するこたねえよ」
「わたしが起きてること知っておきながらあんな深刻な話しと...
「いやだから俺を脅すためだけに祈祷書開くのは止めてってば」
大きく息を吐きながら祈祷書を閉じ、ルイズはイライラと唇...
「とりあえず、事情を説明しなさい。ミョズニトニルンがどう...
「いや、関係ないよ」
「あんたね、ふざけてると」
「真面目だよ、俺は」
言葉どおり、デルフリンガーは急に真面目な口調になった。...
「悪いことは言わねえ、今回ばっかりは相棒のことを放ってお...
「なんで、使い魔のことで主人が遠慮しなきゃ」
「相棒が苦しむぜ」
端的な言葉に気勢を削がれて、ルイズは口を噤んだ。それ以...
あちこちに視線をさまよわせたあと、ルイズは躊躇いがちに...
「ねえ、ボロ剣」
「なんだね」
「あの馬鹿、またわたしに黙って死んじゃうようなことしてる...
溜まっていた疑念を口にすると、胸に垂れ込めていた不安は...
422 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:36:4...
脳裏に、数ヶ月前の光景が蘇る。
残酷な命令。
二人だけの結婚式。
霞んでいく微笑。
目を覚ますと、才人はどこにもいない。
あのときの恐怖が再び蘇ってきて、ルイズの全身を大きく震...
心胆を凍らせるようなその悪寒に、ルイズは自分の肩を抱き...
「不安になるのは分かるがね」
デルフリンガーが、幾分か優しい口調で語りかけてきた。
「相棒はもう死なねえさ。お前さん一人、残したままじゃな」
「どこにそんな根拠が」
「あれで馬鹿がつくほど真っ直ぐな相棒だぜ。
七万の軍隊に突っ込んでいっても、最後は好きな女のところ...
好きな女、という言葉は、ルイズの胸に暖かい何かをもたら...
小さな胸を重くしていた不安を、少しだけ軽くしてくれるよ...
その暖かさに少しだけ胸を高鳴らせながら、しかしルイズは...
「どうだか。さっきの話聞いてると、また他の女の子絡みの問...
「まあね」
「やっぱり。なによ、好きだとか何とか言っておいて、他の女...
「分かりやすく嫉妬するようになったもんだねお前さんも」
感心したような言葉に、ルイズの顔面が熱くなった。その熱...
「嫉妬なんかしてない」
「面倒くさいからもうそれでいいけどさ」
呆れたようにため息を吐いてから、デルフリンガーは諭すよ...
「だけどさ、そういうのを含めて、一度だけ相棒を全面的に信...
「どういう意味よ」
「さっきも言っただろ。相棒は何やってたって、最後は好きな...
そういう男だ。そんな男が惚れた、ただ一人の女なんだぜ、...
揺るぎない確信の込められた言葉だった。何となく気恥ずか...
それから、ちらりと上目遣いにデルフリンガーを見ながら、...
423 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:37:5...
「つまり、他の女の子にデレデレしてても、最後はわたしのと...
「そうそう。結局のところお前さんが一番だからね相棒は」
「本当にそうなの」
「見てりゃ分かりそうなもんだがね」
「見てて信用できないから言ってんでしょ。あの馬鹿ときたら...
「相棒は単にいい奴なのさ。女に迫られても強く拒絶できない...
「何よその都合のいい言い訳は」
「そんぐらいの優しさがなきゃ、とっくにお前さんに愛想尽か...
確かにそうかも、と一瞬納得しかけて、ルイズは慌てて首を...
「ま、相棒がお前さんに愛想尽かさないのは、別に優しいって...
「じゃあなによ」
「お前さんのことが好きだからさ」
結局そこに行き着くんだから、とルイズはため息を吐いた。
(信用する、か)
ふと、その言葉が頭に浮かび、心がぐらついた。
(確かに、わたし、あいつのことちゃんと信用したことって、...
デルフリンガーの言葉ではないが、七万の軍勢に突撃しても...
信じてやってもいいかもしれないと、思わないでもない。
(だけど)
ルイズの目元が引きつった。
(それと他の女とイチャついてるのとは話が別よ。そりゃ確か...
だからってこれからもどんどん浮気しなさいなんて言える訳...
ルイズの苛立ちを見透かしたかのように、不意にデルフリン...
「ほらあれだ、ここらでご主人様の余裕ってもんを見せつけて...
急に予想もしていなかったことを言われ、ルイズは眉をひそ...
「誰によ」
「競争相手に決まってんだろ。特にあのメイドとかな」
メイド、という単語を聞いたルイズの脳裏に、一瞬にして意...
顔をしかめるルイズに、デルフリンガーはなおも言った。
424 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:39:3...
「『あんたがどんなに誘惑したって、才人の心はもうわたしの...
笑いながら言ってやったらどうかね。それで相手が何言って...
その提案は、実に巧みにルイズのプライドをくすぐってきた...
「で、ムキになってなおも相棒との情事をぶちまける相手を、...
『哀れな女ね、遊ばれてるとも知らないで』と。カーッ、こ...
実際にそんな風に振舞ったとき、あのメイドがどんな顔で悔...
それを想像するだけで、ルイズの胸に心地よい満足感と優越...
ルイズは口元がひきつるのをこらえつつ、努めて澄ました顔...
「そうね。あの犬も少しは忠誠心って物が分かってきたみたい...
「あー、そう」
「でも」
不意に、また不安が胸に垂れ込めてくる。ルイズは念を押す...
「本当に大丈夫なんでしょうね」
「心配すんなって。少なくとも、お前さんに黙ってどっか行っ...
デルフリンガーの口調はあくまでも頼もしい。ルイズはため...
「結局事情もよく分かんないし」
「時期が来たら、相棒本人の口から直接聞かせてくれるだろう...
その言葉に完全に満足した訳ではなかったが、どちらにしろ...
問い詰めるとしても、彼が戻ってきてからにしなくてはなら...
ルイズが再び布団に潜り込んだとき、出し抜けにデルフが言...
「なあお嬢ちゃん」
「なによ」
「これから何があっても、これだけは忘れんじゃねえぜ。相棒...
「しつこいわよあんた」
怒った口調で言いながら、ルイズは目を閉じる。そして、ふ...
(才人は、わたしのことが好き。他の誰よりも、わたしのこと...
何度も何度も繰り返している内に、自然と口元に微笑が浮か...
ルイズは暖かい気持ちを抱きしめたまま、安らかな眠りに落...
425 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:49:4...
しばらく経って、ルイズが完全に寝てしまったことを確認し...
「まあ、お前さんが実際にそんな風に振舞えるかどうかは全く...
もちろん、ルイズは聞いていない。今も微妙ににやけた顔で...
「やれやれだねえ。さて相棒、これでお前さんの愛しいご主人...
相棒の気持ちを汲んでやった俺ってばなんて頭のよくて気が...
さすが伝説の剣だ。いよっ、男前」
デルフリンガーは不意に押し黙った。一人で騒いでも空しい...
「とは言え」
ぼやくように、言う。
「本当ならご主人様の虚無も当てにした方がいいと思うんだが...
このまんまじゃマジで相棒一人でミョズニトニルンとぶつか...
下手すりゃもう一人の虚無の使い手とも戦うことになるしな...
そんでもって、相棒はまだ心に迷いがあると」
一人でぶつぶつと状況分析したあと、デルフリンガーは大げ...
「うわあ、こりゃダメだ、負ける要素しか思い浮かばねえよ相...
あー嫌だ、今のミョズニトニルンってかなり底意地の悪そう...
相棒が死んじまったら俺マジで溶鉱炉行きなんじゃない、ね...
もちろん、答える者はいない。分かっていて一人で騒いでい...
「お前さんの性格じゃ難しいだろうが、何とか覚悟決めてくれ...
俺たちの命運はそれにかかってんだからさ」
そんな風に一人で格好つけてみても、やはり空しいだけだっ...
582 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:12:5...
幼い頃のタバサは、今のように四六時中本ばかり読んでいる...
確かに本を読むのは楽しかったが、生来快活で明るい性格だ...
領地内にある森で走り回ったり、湖で泳いだりする方が好き...
それが今のようになってしまった一番の原因は、言うまでも...
物語や魔法学の本に没頭していると、一時期とは言え辛い現...
彼女がまだ十代半ばの、しかも元々外向的な少女であったこ...
だが、そうでもしないと気が狂ってしまいそうなほどに、彼...
そうやって年を重ねるにつれて、タバサはますます本の世界...
休日である虚無の曜日ともなると、一日中誰とも会わずに自...
普段も人に話しかけられるのを拒むかのように、常に冷めた...
その内、他人と話すことも億劫に感じるようになった。
自分と違って何の苦労もせずに日々を過ごしている同級生た...
抑え切れない嫉妬ややり場のない怒りが胸に湧き起こってき...
何故かそういうことを感じさせないキュルケと出会うまで、
タバサは周囲の人間に喋れないのではないかと誤解されるぐ...
そんな彼女の自室は、当然ながら本で埋もれている。入り口...
常に紙とインクの匂いに満たされているこの部屋が、今とな...
授業がないときは大抵部屋に閉じこもり、夜寝る直前まで本...
本を読んでいないと、どうにもならないことを延々と考え続...
だから、タバサが起きている間、この部屋からページを手繰...
しかし、その夜は違っていた。
ページを手繰る音の代わりに、押し殺されて掠れきった、切...
もちろん、出所は主であるタバサのベッドだった。寝台に敷...
583 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:14:0...
(もう、止めなきゃ)
陰部と乳房を手で弄りながら、タバサはぼんやりとした頭で...
既に、この夜だけで数回ほど絶頂を迎えている。にも関わら...
いつもならば、背に埋め込まれた宝玉の効果で性欲が昂ぶる...
異常ではあったが、不思議なことではなかった。
タバサには、その理由が分かっていたからだ。
(お兄ちゃん)
涙に潤んで熱くなった目を閉じれば、目蓋の裏に一人の少年...
黒髪に黒い瞳のその少年は、お世辞にも美形とは言いがたか...
どちらかと言えば三枚目という表現の方が似合うし、主人に...
だが、そんな格好の悪い少年こそが、タバサがどうしても自...
タバサは既に固く尖って上向いている乳首を左手の指でゆっ...
どういう風にすればより強い快感を得ることが出来るのかは...
数年前に背中に宝玉を植えつけられて以来、ほとんど毎日欠...
しかし、タバサが長時間自慰に耽ったことはほとんどなかっ...
普段なら、この行為はタバサにとって無理矢理高められた性...
さらに、同年代の少女たちの中でこういう行為をしているの...
タバサはより強い快感を求める本能を理性で無理矢理抑えつ...
少し前までならば、それも苦にはならなかったのである。
だが、最近は違った。
(お兄ちゃん)
タバサの理性を撥ね退けて、想像は勝手に広がっていく。
彼と話がしたい。彼に頭を撫でられたい。彼に抱きしめても...
イメージが次々と頭の奥から溢れ出して、暗闇を埋め尽くす。
ゆっくりと陰核を擦っていた指先の動きを、背筋を震わせる...
全身が火照り、意識が白濁に飲み込まれていく。タバサは意...
絶頂の余韻は静かに引いていき、後に残ったのはシーツと下...
タバサは仰向けに横たわったまま、目を腕で覆って泣き出し...
(誰だって隠しておきたいことぐらいあるし、ああいうことし...
彼の声が脳裏に蘇り、吐息を零させるような甘い感情が胸を...
その言葉に慰めを見出している自分が、また腹立たしかった。
584 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:15:0...
いつの頃から才人についてあんなことを願い、想像するよう...
土くれのフーケが起こした事件のときからだったかもしれな...
気がつくと、彼の姿を目で追っている自分がいた。
気がつくと、自慰のときに彼に抱かれることばかり考えてい...
しかし、その願いが叶わないものであることは、自分でもよ...
彼がルイズのことを心の底から好いているのは端から見てい...
なによりも、日常的にこんなことをしていると知ったら、彼...
そうやって諦めていられればよかった。
そうすれば、いつも取り繕っている無表情の下に、彼に抱か...
だが、今日の昼間、外を歩いているときに不意に性衝動が襲...
部屋に戻ることも出来ずに仕方なく隠れて自慰をしていたの...
いや、その時点でも、まだ取り返しはついたのかもしれない。
彼が他人の秘密を言いふらすような人間でないことは、よく...
だから、いつものような無表情を作って、淡々と口止めして...
実際、そうしようともした。
だが、土下座して詫びる彼を見下ろしている内に、無表情を...
この後、彼が自分を見るたびに嫌悪感の入り混じった軽蔑の...
胸が締め付けられたように痛み、堪えようもない涙が目から...
そんなタバサに、彼は黙っていてくれるとを約束してくれた。
それだけでなく、「お前がやっているのは別におかしなこと...
その言葉が本当だとは、とても思えなかった。
いや、それが優しい嘘だと思ったからこそ、タバサの胸はは...
そこでお礼だけ言って去るべきだったのだ。それが、最後の...
しかしタバサは、理性ではそう考えながらも、誤解を解きた...
自分が最初から淫乱な女だったと思われたくない、と。
その願望をどうしても抑えることが出来ずに、背中の宝玉の...
そうやって自然に彼と話しているのがあまりにも嬉しくて、...
その結果が、あれだ。
自分がいやらしい欲望に負けてしまったせいで、全てが台無...
そして、その罪悪感に苛まれながら、まだこんなことをして...
つくづく、自分が嫌になる。
585 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:15:4...
(馬鹿なシャルロット)
タバサは心の中で自分を嘲笑った。
(お前の好きな男の人にはね、もう愛している人がいるのよ)
脳裏に、二人の人間の姿が浮かぶ。
一人は自分が好きな黒髪の少年で、もう一人は、その少年が...
桃色がかったブロンドの少女と黒髪の少年が並んでいるとこ...
今はただひたすら、その痛みに耐えていたかった。
それが、絶対にしてはならないことをしてしまった自分に対...
そのとき、タバサはふと、視界の隅で窓ガラスが揺れている...
何かと思って目を向けると、誰かが外から窓を叩いている。
声が外に漏れないようにと、部屋の周囲に音を遮断するサイ...
そしてタバサは、窓を叩いている人物が誰かを知って、目を...
それは、タバサが心を乱す根本の原因になっている人物、平...
(ここ、五階なのに)
混乱しながらも、こんなところから落ちては大変だと思い、...
才人は窓枠に片手でぶら下がり、もう一方の手で窓を叩いて...
(どうしてそんなところにいるの。落ちたらどうするの)
そんな風に怒鳴ったつもりだったのだが、サイレントの範囲...
こんな面倒なものをかけたのは一体誰だと憤慨しつつ、タバ...
そして、まだそっぽを向いたままの才人に向かって叫んだ。
「どうしてそんなところにいるの」
「いや、多分正面から行ってもいれてくれなさそうだなと思っ...
才人は顔を背けたまま答える。つまり、こちらから登場すれ...
(ずるい)
タバサは唇を噛んだ。実際、いつまでも才人をそのままにし...
「分かった。早く入って」
タバサは才人の腕を取って部屋の中に引き入れようとしたが...
「いや、ちょっと待ってくれよお前」
「なにが」
両腕で才人の右手を引っ張っていたタバサは、苛立ちながら...
「お前、服」
言われて初めて、タバサは自分がほとんど裸に近い状態であ...
小さな悲鳴を上げて両手で胸と股を隠すと、才人もまた悲鳴...
「大丈夫」
大事な部分を隠したままタバサが問いかけると、才人は顔を...
「とりあえず、服着てくれ」
タバサは顔から火が出る思いで部屋の中に引っ込んだ。
586 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:16:2...
夜着を着直したタバサが、才人を部屋に招き入れて数分。
ベッドの傍に椅子を持ってきて座った才人は、どうにも居心...
キュルケから、大方の事情は聞き出していた。
タバサがガリアの王弟の娘であること。
その王弟、つまりタバサの父親は、政争に巻き込まれて命を...
さらに、たった一人の肉親となってしまったタバサの母親で...
そういった事実を再確認するように心の中に並べていると、...
(許せねえ)
眉根を寄せ、膝に置いた拳を握り締める。
タバサを助けてやりたいという思いは、才人の中でますます...
今まで聞いた話をまとめてみると、おそらくミョズニトニル...
あんな宝玉を背中に埋め込まれているぐらいだから、タバサ...
ならば、敵の居場所も知っているに違いない。
そういった諸々をタバサから直接聞き出すために、才人はこ...
だが、いざこうしてタバサと向き合ってみると、どう話を切...
(ひょっとしたら、宝玉埋め込まれたときにひどいことされた...
それに、両親のこととかだってあまり思い出したくはないだ...
タバサの心を大切にしてやりたいと思えば思うほどに、何か...
そのタバサは、シーツの乱れたベッドに座って俯いている。...
(タイミング、悪かったなあ)
才人は心の中で後悔のため息を吐く。寝ているかもしれない...
タバサが何も言わないのは、そのことを恥ずかしがっている...
才人がそんな風に考えたとき、不意にタバサが口を開いた。
「ごめんなさい」
出てきた言葉がいきなりこれである。才人は困惑して聞き返...
「何で謝るの」
「だって」
タバサは泣きそうな声で続けた。
「サイト、部屋を追い出されたんでしょう」
才人は目を剥いた。何がどうなったらそんな話になるのか。
「さっき、わたしがあんなことして、それをルイズに見られた...
「いや、あの、シャルロット」
「これでサイトがルイズに嫌われたら、わたし、わたし」
後悔と自己嫌悪に満ちた言葉を吐き出しながら、タバサは泣...
才人は慌てて立ち上がり、シャルロットの隣に腰掛けると、...
「違うよ、そんなことにはなってない」
「嘘」
「本当だって」
「でもサイト、怒ってた。怖い顔で、拳を握り締めて」
瞳に涙を滲ませて、タバサが言う。
要するに、タバサが喋らなかったのは、才人が自分のせいで...
そのことを怒っているからだと思っていたかららしい。
587 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:16:5...
才人はタバサに笑いかけた。
「そりゃ勘違いだ。本当に、見られてはいないよ」
「でも」
タバサが涙に濡れた顔を上げる。ここまで言っても、まだ自...
(なんで)
才人はやりきれない思いで奥歯を噛み締める。
(なんでそんなに、自分を責めるんだ)
仮に本当にあの場をルイズに見られて部屋から追い出されて...
タバサがあんな風になってしまったのは背中に埋め込まれた...
だから、タバサには何の責任もない。むしろ、被害者と言っ...
「本当に違うんだって」
才人は必死の思いでそう言った。どう言ったら納得してくれ...
「ルイズに見られたなんてことはない。大体そうなったら、俺...
そう言うと、タバサは顎に手をやって「そうかも」と呟いた...
「よかった」
そう言って、タバサはようやく笑顔を見せてくれた。
それは、いつもの冷たい無表情とは比べ物にならないほど年...
(笑えばこんなに可愛い子なのに)
才人の胸に苦い痛みが広がっていく。
(それに、凄くいい子じゃないか)
王弟の娘と言えば、下手をすればルイズよりも格が高い大貴...
さらに、今までは無口に無表情だったから冷たい奴だと思い...
タバサはキュルケの無茶な要求にもちゃんと応えてやってい...
友達思いと言えば、さっきあそこまで才人に対して責任を感...
そして、今目の前にある、屈託のない笑顔。
それら全てが、タバサが幸せな環境で育ってきたことの証で...
そんな少女が、今や両親からも引き離されて、一人卑劣な仕...
(やっぱり、この子をこのままにしておく訳にはいかねえ。た...
才人は心の中で決意を固めると、ベッドに腰掛けたまま体の...
「シャルロット」
「なに」
きょとんとした顔で、タバサが問い返してくる。才人は彼女...
「俺は確かに怒ってたけど、あれはお前に対して怒ってたんじ...
才人が何か重要な話をしようとしていることに気付いたらし...
「俺の怒りは、お前の敵に対して向けられているんだ」
「わたしの、敵」
タバサの顔が強張る。才人は頷いた。
「そうだよ、シャルロット。いや」
才人は一度言葉を切って大きく息を吸い込み、力を込めて彼...
「シャルロット・エレーヌ・オルレアン」
588 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:17:3...
タバサの瞳が一度大きく見開かれ、それからゆっくりと元の...
「キュルケ」
いつもの無表情で、一言、そう問いかけてくる。才人は頷い...
「ああ。だけど、キュルケを責めないでやってくれ。俺が無理...
タバサは小さく首を振る。
「キュルケが話したなら、きっとサイトを信用したってことだ...
それから俯いて何事かを考え始めたタバサに、才人はぐっと...
「シャルロット。俺に、お前の敵のことを教えてくれ」
それだけで、十分意図が伝わったのだろう。タバサはゆっく...
「どうして」
「そいつらの手から、お前を救い出す」
タバサは首を振った。
「無理」
「できるさ」
「できない」
「やってやる」
二人はしばらく無言で睨みあった。タバサは絶対に教えない...
数分ほども経って、最初に折れたのはタバサの方だった。た...
「分かった」
「教えてくれるのか」
自分を頼る気になってくれたのかと、才人は喜びに顔を輝か...
「教えないと分からないみたいだから」
「信用ねえなあ」
才人は笑ったが、タバサは顔を彼の方に向け、真剣な口調で...
「違う。サイトが強いのは、わたしもよく知ってる」
「ああ」
「だけど、無理」
「どうして」
「あの女は」
そう言った拍子に何かを思い出したのか、タバサは一度唇を...
「あの女は、異質」
「どういう意味なんだ」
あの女、という単語にミョズニトニルンの影を見ながら、才...
「聞けば分かる」
それだけ言うと、タバサは目を細くして、静かな声で自分の...
589 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:19:0...
タバサの両親は、才人の想像どおりとても優しい人たちだっ...
父親が王家の血筋に連なる大貴族だったこともあって、ほと...
それでも彼らは自分たちの少ない自由時間をほとんど全てタ...
タバサは幼いころそれほど寂しさを感じたことはなかったそ...
その、幸福に満ち足りた幼年時代は、ある日突然終わりを告...
前王没後間もない頃に開催された狩猟会に出席したタバサの...
「妙な話だった」
タバサはかすかに眉根を寄せながら言う。
「あの狩猟会に、父様は信頼していた家来を数人連れて参加し...
その上、何故か調査もすぐに打ち切られてしまったという。
毒矢を撃ったという平民が一人捕縛されてろくに尋問すらさ...
こうして、ガリア王国は有力な王位継承者の一人を失った。
王位は、今や前王の遺児の中で唯一人の生き残りとなった、...
タバサと母親は、その当時オルレアン公を失った悲しみに捕...
何よりも、タバサの母は娘であるタバサに害が及ぶことを恐...
「なのに」
タバサの眉間の皺が深くなった。ベッドの上に置かれた拳が...
「あいつは、母様を」
絞り出すようにして吐き出された言葉に、才人は違和感を覚...
さらに話に意識を集中する才人の前で、タバサは感情を押し...
貴族たちの卑劣な策略により、タバサは母親すらも失って一...
使用人たちも不思議なほどあっさりと去っていき、昔は使用...
幼いタバサと、精神を病んだ母親と、彼女を守る老僕一人が...
今や娘のことすら分からなくなってしまった母親の隣で、タ...
愛しい人を理不尽な理由で奪われた人間は、その精神的苦痛...
タバサも、その例に漏れなかった。
彼女は事件から間もないころ、単身宮廷に赴いて現王家への...
無論、その真の目的は、宮廷に潜り込み、一連の事件の黒幕...
590 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:21:2...
「だけど、現実は甘くなかった」
タバサは深く息を吐き出す。
「わたしはジョゼフ派の貴族たちに警戒されて、面倒な任務ば...
そして、宮廷に潜り込むどころか、厄介払いとばかりに他国...
そう語り終えた後に、タバサは才人の瞳をじっと覗き込んで...
「分かったでしょう。わたしの敵は、ガリアの中枢に居座るた...
サイト一人に協力してもらってもどうにもならない」
突き放すような冷淡な口調だった。
だが、その言葉を額面どおりに受け取るには、今の才人はタ...
「だから」
「だから、わたしのことは放っておいてほしい、か」
タバサの声を遮って、才人が言葉を継ぐ。
「あのなシャルロット、そんな事情知っちまった上で知らん振...
「そんなの知らない」
「なら今知っとけ。それとお前、まだ俺に迷惑かけるとか思っ...
「思ってない」
「いーや、思ってるね。お前がそういう奴だっての、今日だけ...
鼻先に指を突きつけてそう言ってやると、タバサはわずかに...
「なあシャルロット。俺はこの世界に来て、何でだかガンダー...
最初は訳が分かんなかったけど、最近になってようやっと分...
これは、誰かの力になりたいっていう、俺の意志を助けてく...
左手のルーンを頭上にかざし、才人は目を細めた。
「俺は、お前を助けてやりたいって思う。力のあるなしに関係...
だから、これは俺が勝手に思ってることなんだ。迷惑だとか...
気楽な調子の言葉を、タバサは俯いて聞いていた。やがて、...
「自分勝手」
拗ねたような声。
「おう。こういうことならいくらだって自己中になるぜ、俺は」
才人は唇をひん曲げて笑う。
「空気読めない人」
恨みがましい声に、少しだけ涙が混じっている。
「ルイズほどじゃないね」
それに気付かない振りをして、才人は冗談っぽく肩をすくめ...
「人の気持ちも知らないで」
押し殺したような声で言い、タバサは俯いたまま唇を噛み締...
「それは違うよ、シャルロット。俺はお前の本当の気持ちが分...
591 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:22:2...
タバサの肩の震えが、手の平を通じて伝わってくる。
「本当は苦しいんだろ。悔しいんだろ。今すぐにでも、両親の...
俺は剣を振るうことしかできないけど、そうやってシャルロ...
お前一人じゃ無理でも、二人なら何か方法があるかもしれな...
「止めて」
タバサは才人の肩を振り払って叫んだ。感情を露わにした、...
タバサはベッドから立ち上がり、才人に背を向けた。部屋の...
才人も慌てて立ち上がりかけたが、タバサは部屋の真ん中辺...
こちらに背を向けたまま、タバサは消え入りそうな声で言っ...
「わたしも、考えたことある。この人が一緒に戦ってくれたら...
「そうだろ。だったら」
「でも駄目」
才人の声を遮ったタバサの拳は、真っ白になるほど強く握り...
「たった二人でどうにかできるほど、あいつは生易しい相手じ...
最初から負けると分かってる無謀な戦いに、友達を巻き込む...
タバサの背中が小さく震え出す。才人は、心の中でため息を...
(ああ、やっぱりこの子は、そういう覚悟で戦い続けてきたん...
父親を殺され、母親を狂わされ、ただ復讐だけに縋って生き...
死んでも構わない。たとえ差し違えてでも仇を討ってみせる...
才人は静かに立ち上がり、小さく震えるタバサの肩を後ろか...
今は、そうするのが一番いい行動に思えた。タバサも抵抗せ...
二人はしばらく、そうやって無言で立ち尽くしていた。
腕の中のタバサの体はまだ少し硬いままだ。抱擁はともかく...
だが、もしもここでタバサを助けなければ、一体どうなるだ...
これからも、ほとんど見返りが期待できない危険な任務を無...
家に帰っても迎えてくれる家族はおらず、仮に復讐が果たせ...
そんな、何の喜びもない生活を、こんな小さな体で何年も続...
(駄目だ。それだけは、絶対に駄目だ)
タバサを抱きしめる両腕に力を込め、才人は強く強く目を瞑...
あと一つだけ、やれることがある。
タバサ自身の口から本当の気持ちを聞き出せるかもしれない...
(だけど、それは確実にこの子を傷つけちまう。俺にそんな権...
迷ったのは、たった数瞬の間だけだった。
この部屋の窓を叩いたときから、既に覚悟は決まっていたの...
「シャルロット」
心の悲鳴を敢えて無視しながら、才人は努めて平坦な口調で...
「まだ一つだけ、俺に聞かせてくれてないことがあるよな」
彼女自身もその問いを恐れていたのだろう。腕の中のタバサ...
才人は逃がさないと宣言するかのように、タバサの体をさら...
「お前が異質だと言った、女のこと」
そして、躊躇いを振り切れるように、一息で言った。
「その宝玉を埋め込まれたときのことを」
592 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:23:0...
タバサから過去の事情を聞いていく中で、才人は何度か彼女...
タバサの母親を狂わせた毒は、ジョゼフ派の貴族が仕込んだ...
その黒幕が誰だか、キュルケはもちろん、彼女に打ち明けて...
だが、タバサはそのことを説明したとき、「あいつ」と言っ...
「あの女」ではないから、ミョズニトニルンのことではある...
「あいつ」とは、おそらくミョズニトニルンの主のことだ。
タバサは、一連の事件の黒幕が誰なのか、知っているのだ。
その人物こそが虚無の使い手であり、才人が倒すべき相手で...
そして、その人物の正体をタバサが初めて知ったのは、ミョ...
才人がどういう意図でその質問をしたのか、頭のいいタバサ...
彼女はしばらくの間躊躇うように沈黙を保っていたが、やが...
「母様があんなことになってから、一ヶ月ぐらい経ったころ」
その声音があまりにも苦痛に満ちていたため、才人は「やっ...
しかし、結局止めなかった。ここで全てを聞いておかなけれ...
新王に忠誠を誓うためという名目で宮廷に登城したタバサは...
このとき儀式を見ていたのは、当然ながら皆ジョゼフ派の貴...
彼らが皆一様に浮かべている薄ら笑いに怒りと屈辱を覚えな...
「真っ黒なローブで体を隠した、不気味な女だった」
タバサがそう言うのを聞いて、才人は確信した。やはり、彼...
突然の闖入者に驚いたのは、何故かタバサ一人だけだった。
他の貴族たちは、その女が明らかに儀式の邪魔であることを...
「おお、どうしたのだ、余のミューズ」
王座に座った無能王が、嬉しそうに呼びかけるのを聞いて、...
だが、やはり儀式の邪魔であるのに変わりはない。
それとも、この王は自分の都合で公の儀式を中断してもよい...
あれこれと考えるタバサに、女はゆっくりと近づいてきた。
そのとき、背筋に震えが走ったのを、タバサは今でも覚えて...
593 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:24:1...
女は口元に薄い笑みを、瞳に嗜虐的な色を浮かべて数秒もタ...
「シャルロットお嬢様は、ジョゼフ様に心からの忠誠を誓うと...
しかし、陛下の側近である身としては、その言葉が偽りでな...
「おおなるほど、確かにそれはいい考えだ。しかしどうするの...
話が予期せぬ方向に転がっていくことにタバサは困惑したが...
「それでは、少し背中を見せて頂けますか、シャルロットお嬢...
だから、黒ローブの女がそう言い出したときも、素直に従う...
多くの人が見ている中で礼服の背中をはだけるのは、さすが...
しかし、これも復讐のためだと覚悟を決めて服を下ろした瞬...
焼きごてでも押し付けられたのかと想像したが、違った。
痛みは一瞬後には止み、代わりにそれまで感じたことのなか...
「それが、この宝玉が効果を発揮した、最初の瞬間」
タバサは震える声でそう言う。その後どうなったのかは、い...
昂ぶる性衝動に耐え切れなくなったタバサは、王座の間から...
しかし、ジョゼフはそんなタバサを楽しげに見下ろして「ま...
そのくせ、一向に儀式を再開しようとしなかった。
ただ、虫をいたぶる子供のような目つきで、苦しむタバサを...
そうして十数分経ったころ、ほとんど暴力のようなレベルに...
遠いところから聞こえてくる観衆の嘲笑、手を叩いて喜ぶジ...
意識が白濁に飲み込まれようとする中、タバサは必死に自分...
「それで」
もうこんな話は終わりにしたいという内心の欲求を無理矢理...
「その後、どうなったんだ」
最低な問いに、吐き気が出そうだった。そんなこと、いちい...
だが、返ってきた答えは才人の予想を遥かに超えるほど胸糞...
「どうもされなかった」
「どういうことだよ」
意味が分からずに才人が問い返すと、タバサはいよいよ耐え...
594 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:25:0...
公の儀式の最中に、それも王座の間で痴態を演じたとして、...
こうやって自分を処刑するつもりだったのかと、タバサはそ...
しかし、いつまで経っても判決は下らず、ただ悪戯に時だけ...
その間も宝玉は効果を発揮し続け、タバサは日に数度ほど、...
「そのタイミングを見計らうように、あいつはいつも数人の家...
才人の背筋を悪寒が這い回った。そんな状態のタバサの前に...
快楽への誘惑に必死で耐えているタバサを、ジョゼフは上機...
そして、看守に命じて鍵を開けさせ、連れてきた男たちを全...
「わたしは、そのたびに、耐えられなくなって、その男たちに」
「もういい」
しゃくりあげながら告白を続けるタバサの声を、才人は大声...
腕の中で、タバサが一際大きく体を震わせた。
そんな彼女の体を、才人は力を込めて抱きしめる。
「辛かったな」
タバサは返事をしない。
「よく頑張った」
固く閉じられた唇の隙間から、押し殺された小さな声が漏れ...
「もう、我慢してなくていいんだぞ」
大声で泣き出しそうになるのを必死で堪えているようだった。
「本当のことを言えよ、シャルロット」
タバサの頭を撫でてやりながら、才人は言う。
「お前は頭のいい子だ。さっき話してたときだって、『あいつ...
お前が黒幕について知ってるって、俺が気付いちまうことは...
にも関わらず、タバサは「あいつ」という言葉を使ったのだ。
果たして、それが意識的なものだったのか無意識的なものだ...
重要なのは、ただ一つの真実だけだ。
「シャルロット」
才人はタバサの両肩をつかみ、彼女の体をこちらに向かせた。
激しくしゃくりあげながら、それでも泣き声だけは漏らさず...
その痛々しい姿を見ていると、才人自身の目にも涙が溢れて...
「もういいんだ、シャルロット」
涙で声を詰まらせながら、才人は必死にシャルロットに呼び...
「無理するな。一人で背負い込むな。本当は苦しいんだろ。助...
頼むから、俺にお前のこと助けさせてくれよ。お前がそうや...
タバサはゆっくりと面を上げた。小さな可愛らしい顔は真っ...
595 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:25:4...
「シャルロット」
もう一度、強く呼びかける。
タバサの唇が、戦慄きながら少しずつ開いていく。才人は無...
「そうだ、言え、言っちまえ。苦しいことも辛いことも、全部...
タバサは数回口を開いたり閉じたりした。その間、喉に引っ...
「苦しい」
ぐしゃぐしゃに顔を歪ませながら、タバサはようやくその言...
「苦しいよ」
「そうか、苦しいか。それだけか」
才人はタバサの両肩に手を置いて、ゆっくりと問いかける。
タバサはとめどなく涙を流し、しゃくりあげながら、苦しそ...
「辛い」
タバサが才人の腰に手を回してきた。
「痛い」
タバサが才人の胸に顔を埋めた。
「寂しい」
タバサは才人の顔を見上げて、消え入りそうなほどにか細い...
「お兄ちゃん」
「なんだ」
二人は、涙を流し続けたまま数秒も見詰め合った。
涙に滲む視界の中で、タバサがぎゅっと目を瞑った。
目の端に残っていた涙の粒が、押し出されるようにしてタバ...
そして、タバサの小さな唇が、ついにその言葉を紡ぎ出した。
「助けて」
才人は大きく息を吸い込みながら、タバサの小さな体を抱き...
全身にタバサの震えが伝わってくるのを感じながら、力強く...
「分かった」
力を失ったタバサの体が床に落ちないように抱きとめながら...
(こんな)
泣きじゃくるタバサの声が、鼓膜を静かに震わせている。
(こんなひどいことが、許されていいはずがねえ)
才人はタバサを抱きとめる両腕に力を込めながら、窓の向こ...
(ミョズニルトルン、無能王ジョゼフ)
その名前を思い浮かべるだけで、心の中に嵐が吹き荒れるよ...
(必ず殺してやる。俺がこの手で殺してやるぞ)
部屋に差し込む薄明かりの中、タバサの泣き声だけがしばら...
596 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:26:2...
(さて、相棒はどこまで行ったのかね)
明け方になっても戻らない才人を、デルフリンガーは少しだ...
さすがにこのまま戻らないということはないだろうが、一体...
(もうすぐこの娘ッ子も目を覚ますんだ。そのときお前さんが...
そしてまた自分は溶かされそうになるわけだ、とデルフリン...
そのとき、不意に部屋のドアが静かに開かれた。
「おい遅いよ相」
少し嫌味な口調で才人を出迎えかけたデルフリンガーは、途...
部屋の外に佇む才人の様子は、昨夜出かけたときとはまるで...
黒い瞳は獣のようにぎらぎらと輝き、眉間には傷のように深...
拳は今にも人に殴りかかりそうなほどに強く握り締められて...
強張った全身からは、陽炎が立ち昇っているかのような錯覚...
何も言えなくなってしまったデルフリンガーに、才人はゆっ...
そして、朝焼けの光を浴びて輝く刀身を見下ろしながら、怒...
「デルフ」
「なんだね」
「俺は決めた」
「何を」
「ミョズニルトルンとジョゼフを、殺す」
一語一語に呪詛が込められているようなその声に、もはや迷...
デルフリンガーは、驚嘆と共に理解した。
平賀才人は、剣になったのだ。
躊躇も容赦も迷いもなく、ただ敵を斬るためにだけ存在する...
怒りの槌で鍛えられたその刃に、断てぬものなど存在しない。
(こりゃ、マジでいけるかもしれねえな)
人ならぬデルフリンガーの身が、戦慄に大きく打ち震えた。
223 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:40:0...
真の意味で始業の鐘を聞くのは実に久方ぶりだと、『疾風』...
ヴェストリの広場に居並ぶ生徒たちを見回しながら、重々し...
「では授業を始める」
この台詞を口にするのも、やはり久しぶりだ。当然である。
ギトーは教師という職業にありながら、つい先日まで戦争に...
アルビオンとの戦争が終わって駆りだされていた男子生徒た...
ギトーの受け持っている風魔法の講義も、そんな授業の中の...
(よく生きていられたものだ)
ギトーはふと思う。
彼は、戦争の終盤突如として反乱が起きた際、最初に吹き飛...
飛び交う銃弾を風魔法の結界で逸らしながら、命からがら生...
日頃から風系統こそ最強だと標榜している彼ではあったが、...
(幸運だったな)
しみじみと思ったあと、ふと広場の向こうに聳え立つ火の塔...
その根元の辺りに、今にも崩れそうな掘っ立て小屋のような...
今は亡き、コルベールの研究室であった。
(戦争に参加した私が生きていて、ミスタ・コルベールが死ん...
内心でため息を吐く。
コルベールは、アルビオンとの戦争中に手薄になった魔法学...
昔から間抜けな奴だとコルベールを笑っていたギトーだった...
前までは気難しいと恐れられていたが、今なら亡きコルベー...
ギトーはふと我に返った。最初の一言を言ったきり何も言わ...
ギトーは気を取り直して一つ咳払いをして、自分の後ろに立...
「これは訓練用の藁人形だ。本日は、この人形に向かって風魔...
学院の倉庫の奥から引っ張り出してきた人形を見て、ギトー...
訓練内容は地面に突き立てられたこの藁人形に、一定以上離...
風魔法が得意な者ならば鼻歌混じりに達成できる簡単な訓練...
うまく風が出せても藁人形に当たる前に拡散してしまったり、
当たっても威力が弱すぎて藁人形を倒せなかったり、見当違...
(懐かしいな)
ギトーは思い出す。
ずっと昔、魔法学院に入りたててでまだ上手く魔法が使えな...
夕暮れになって他のクラスメイトが全員帰ってしまう時刻に...
自信を喪失するギトーに、担当の教師はずっと付き添ってい...
そして、ゆっくりとした口調で、風系統の特徴について詳し...
その教師への憧れが、ギトーが教師になった理由の大半を占...
(だが、私は慢心してそれを忘れていた。愚かなことだ)
コルベールの死に様を聞いて、ギトーは深く内省したのであ...
そして、出来の悪い生徒でもついてこれるような授業をしよ...
(確か、このクラスには特別出来の悪い生徒が一人いたはずだ...
ギトーは立ち並ぶ生徒たちの列を見回し、桃色がかったブロ...
『ゼロ』のルイズである。非常な努力家という評判に反して...
224 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:40:5...
(よし、今日はとことん彼女に付き合ってやろう。そして初歩...
ギトーの胸の奥に、静かな情熱が蘇りつつあった。早口に説...
「さて、まず誰か一人にやってもらおうか」
口ではそう言いつつ、まずはルイズの実力を見てやろうと決...
しかしそれよりも早く、列の中から一本の腕が上がる。見る...
もちろんルイズではない。ギトーの記憶が確かならば、タバ...
ドットメイジという触れ込みのくせに、ラインメイジよりも...
(確か、彼女は風魔法が得意だったはずだが)
思わぬ事態に、ギトーは顔をしかめかけた。しかし、すぐに...
(先に、風魔法を得意とする者に手本を見せてもらった方がい...
それに、もしも皆の前に立ったルイズが失敗してしまったら...
ギトーはルイズに向けかけた指先を、タバサに向け直した。
「よし、ではお前がやってみろ。タバサだったな」
タバサは一つ頷いて、無言のまま足早にクラスメイトたちの...
「その辺りで止まれ。そこから藁人形に向かって好きな風魔法...
ギトーが言いかけたとき、不意にタバサが顔を上げた。その...
前まであまり生徒に興味を抱かなかったギトーだから、タバ...
そんな彼ですらも、今のタバサには違和感を持った。
確かに同世代の少女と比べて表情の変化に乏しい娘ではあっ...
そんな、殺気すら感じさせる瞳で眼鏡の奥から見据えられて...
「では、私が手を振り下ろしたら撃て」
いいから早くしろと言わんばかりに、タバサが小さく頷く。...
その瞬間、凄まじい突風が広場に吹き荒れた。
あまりの風圧に目を閉じそうになりながら、ギトーはかろう...
ほとんどの生徒が風に吹き飛ばされるかしゃがみ込むかして...
嵐と表現してもいいほどの勢いで渦巻く風の中心は、ギトー...
竜巻のように渦を巻く風の中で、藁人形が次々と舞い上げら...
よく見ると、後ろに寝かせてあった予備の藁人形まで巻き込...
呆然とするギトーの前で風はじょじょに収まっていき、広場...
後に残ったのはこわごわと立ち上がって周囲を見回す生徒た...
口を半開きにして何も言えないでいるギトーに、タバサは小...
「人形はこれで全部」
実際そのとおりなので、頷くしかない。するとタバサは「じ...
確かにそのとおりだと言わんばかりに、他の生徒たちも歓声...
その瞬間ようやく我に返って、ギトーは慌てて手を伸ばした。
「こら待てお前たち、まだ授業は終わっては」
しかし、そう言った頃には生徒たちは既に広場から出て行っ...
ギトーは歯軋りしながら地団太を踏んだ。
「人が折角やる気になっているのに、可愛くない奴等め」
恨みをこめてそう呟いたとき、ギトーはふと気がついた。ま...
小太りな生徒だ。途方に暮れた表情で周囲を見回している。
「お前は確か、かぜっぴきのマリコルヌだったか」
「風上ですミスタ・ギトー」
鼻息も荒く抗議するマリコルヌに、ギトーは笑顔で歩み寄っ...
「そうか、風上のマリコルヌか。お前はやる気があるな。皆が...
「いえ、ただ逃げるタイミングを逃しただけで」
「そんなにやる気があるお前を見込んで特別に個人授業をして...
「いえいえ私もここまでで」
「逃げるなよ」
つかまれた肩を思い切り握り締められて、マリコルヌは悲鳴...
225 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:41:2...
「なんか前より間抜けになってたわねえ、あの先生」
完全に逃げおおせたと判断して、キュルケはほっと息を吐い...
少し足を速めてタバサの隣に並びながら、キュルケは含み笑...
「まさか、あなたがあんな愉快なことやらかしてくれるなんて...
そんな風に話しかけるのだが、タバサは返事もしなければこ...
返事がないのはいつものことだが、歩く速さを合わせようと...
それどころか、タバサはますます足を速め、まるでこちらか...
「ねえ、どうしたのよタバサ」
「ついてこないで」
足を止めないまま、タバサが冷たい声で言ってくる。こうも...
「どうしたの急に」
「話した」
「なに」
「サイトに話した」
それだけで説明が終わったと言わんばかりに、タバサは早足...
立ち止まって小さな背中を見送りながら、キュルケは顎に手...
「つまり、サイトに事情をばらしちゃったから怒ってると、こ...
まるでこちらから逃げるように去っていくタバサを見て、キ...
「分かりにくいようでいて分かりやすい嘘を吐くわねあの子も」
タバサの怒りの表現方法をよく知っているキュルケは、少し...
「避けられてる、か。今回は本気で仲間にいれてくれないつも...
キュルケとしては無理にでも仲間に入りたいところだが、今...
やはり自分に出来る形で助けになるしかないか、と考えたと...
金髪の美男子ながらどこか間抜けで親しみやすい雰囲気を漂...
いかにも高慢そうで刺々しい顔立ちの中に、繊細な優しさを...
ギーシュとモンモランシーである。最近、前にも増して距離...
何やら夢中で捲くし立てているギーシュ、それを澄まし顔で...
いつもどおりの二人の姿をしばらくじっと眺めていたキュル...
226 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:43:1...
出発はタバサが才人に助けを求めた日から数えて、ちょうど...
目的地はガリア王城、ヴェルサルテイル宮殿である。
王を暗殺するのが目的である以上当然ながら他の人間に知ら...
故に、タバサの使い魔であるウインドドラゴンのシルフィー...
移動方法は、徒歩である。と言ってもタバサと並んでトコト...
故に、ルーンを光らせっぱなしにした才人が、タバサを抱き...
途中いくつかある関所も避けねばならないため、ほとんど人...
ルートはタバサが調べてくれた。彼女が溜め込んだ膨大な知...
こうして、計画は順調に練り上げられていった。
才人は剣の訓練や持久力向上に精を出し、タバサは極力精神...
ルイズやシエスタに最近の行動について問い詰められはしな...
ルイズの方は特に不審がるような様子も見せずにいつもどお...
タバサのほうもうまくキュルケを誤魔化したと言っていたし...
そうして拍子抜けするほど順調に、何事もなく一ヶ月間が経...
木の幹にもたれかかって俯きがちに座っているタバサの青い...
空は雲一つない晴天で、銀に瞬く星が全天を覆っていた。
木にもたれかかったまま目を細めてそれを見上げながら、才...
「明日だな」
視界の隅で、タバサが小さく頷いた。
この一ヶ月間、二人は毎晩こうして密会していた。ガリア王...
タバサ自身、こうなる前からそのための計画を考えてきては...
だからこそ、たった一ヶ月で十分準備を整えることができた...
相手からの妨害や予想外の問題が全くないと仮定すれば、往...
当たり前の話だが、馬車で街道を進んだりシルフィードで飛...
それでも普通に街道を歩いていくよりはかなり速いのだ。そ...
道筋はタバサが綿密に調べ上げているため、こちらもほとん...
食事などはかなり制限されることになるだろうが、これは致...
保存の効く携帯食などを、出来る限り袋に詰め込んで才人の...
準備は万端である。後は、ヴェルサルテイルに辿りついた後...
タバサ自身もそのことに思いを馳せているのだろう。二人は...
227 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:44:0...
「お兄ちゃん」
膝を抱え込んで目を伏せたまま、タバサが小さく呼びかけて...
「なんだ」
「本当に、いいの」
才人は苦笑しながら、タバサと同じように木に背を預けて腰...
「いいんだよ」
タバサは何も言わず、眉間に皺を寄せて唇を噛む。
今更、止めようなどと考えている訳ではあるまい。躊躇いが...
タバサとて、ずっと心に秘めて研ぎ澄ましてきた怨讐の刃を...
どんなに強い自制心を持っていようとも、敵を切らずに元の...
それでも、才人を巻き込んでしまったという負い目は消えな...
様々な感情がタバサの横顔に浮かんでは消えていくのをじっ...
タバサはまだ十五歳のはずである。自分はまだまだガキだと...
芸能人に夢中になったり、ちょっと背伸びして化粧を始めて...
それが、才人が知っているその年頃の少女の普通の姿だった。
この世界でだってそういうことにさして違いはあるまい。そ...
だというのに、何故こんなところでこんな風に苦しそうな顔...
(早く、何の悩みもなく笑えるようにしてやりてえな)
見ていられずにふと頭上に目を移したとき、視界に映ったの...
そういえば、一ヶ月前もこんな風に夜空を見上げたものだ。...
「シャルロット。空、見てみろよ」
そんな気分ではないかもしれないと危惧しながら言った台詞...
タバサはゆっくりと星空を見上げて、口元に淡い微笑を浮か...
「きれい」
小さな呟きを聞いて、才人の胸が不意にじんわりと温かくな...
タバサが安らいだ表情を見せたのは、実に久しぶりのことだ...
少なくとも、この一ヶ月はいつ見ても思いつめたような深刻...
不安や苦悩から少しでも意識をそらしてやろうと思い、才人...
「なあ、こっちの星座ってどうなってんの」
闇雲に腕を振り回して、次々と適当に星を指差す。
「あれはオリオン座か。ああ、あれは小熊座じゃないのかな」
タバサがおかしそうに微笑んだ。
「そんなの初めて聞いた」
「あ、やっぱこっちだと違うのか」
タバサはスカートを手で払いながら立ち上がり、おもむろに...
「あれが始祖座、あっちは蛙座。あれは風竜座で、隣が火蜥蜴...
言いながら次々といくつかの星を囲んでみせるのだが、もち...
「どれとどれが、なんだって」
混乱する才人の顔をじっと見つめていたタバサは、やがて小...
「嘘」
「あ、騙したなこの野郎」
頭を軽く小突いてやると、タバサは小さく笑ってから懐かし...
「わたしも騙された」
「誰に」
「父様」
才人は目を見張った。タバサの微笑の向こうに、今よりもも...
いつも忙しい父親がこっそりと連れ出してくれた夜の森。無...
悪戯っぽく笑いながら嘘の星座を教える父と、罪のない嘘に...
そして父親は小さな娘を肩車してやり、少しでも星がよく見...
はしゃいだ娘は一生懸命に手を伸ばし、届くはずもないのに...
世界の違いなど関係なく、どこにでもいそうな親子。今はも...
228 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:44:3...
才人が無意識に拳を握り締めたとき、不意にタバサが小さな...
「どうした」
慌てて駆け寄ろうとする才人を、タバサは手の平で制する。
顔がかすかに赤らんでいた。宝玉の効果が今発現したのに違...
どうしてやることもできず、才人はタバサが少しずつ離れて...
「それじゃ明日、夜明け前に」
「大丈夫か」
「平気。部屋までなら持つ」
たまらずに声をかけた才人に、タバサは闇の中で小さく頭を...
「おやすみなさい」
「おやすみ」
タバサはフライの魔法を唱えて、自分の部屋の窓に直接飛ん...
彼女の姿が完全に見えなくなったあと、才人はおもむろに背...
「いよう相棒、もうお邪魔じゃないかい俺」
いつもどおりのとぼけた声を上げるデルフリンガーには答え...
少し開けた場所で屈み、地面に落ちている小枝を拾い上げる...
「デルフ」
「なんだね」
「ガンダールヴの強さは、心の震えで決まる。そうだったよな」
「そうだよ」
「なら、いけるな」
才人はゆっくりと小枝を放り上げる。そしてそれが一番高く...
左手のルーンの輝きが闇の中に眩い軌跡を描く。小枝は一瞬...
「今なら、負ける気がしねえ」
「そりゃま、肉弾戦で相棒に勝てる奴はいねえだろうよ」
デルフリンガーはため息をつくように言った。
「そうそう相棒、一つ忘れてないかい。いや、あえて目をそら...
「なんだよ」
「明日出発だってのに、未だにご主人様に何も言ってねえじゃ...
才人は言葉に詰まった。どうにも切り出すことができずまた...
「また黙って行く気かね」
「そうなっちまうかな」
「傷つくだろうなああの娘っ子。使い魔が何も言わずに他の女...
「おいおい、嫌なこと言わないでくれよ」
「俺は事実を話してるつもりなんだがね」
才人は肩を落とした。
「そりゃ、こういうのがあまり良くないことだってぐらい、俺...
ルイズに話したら『あたしもついていく』とか言い出しかね...
そう言い訳しつつも脳裏に浮かぶルイズの泣き顔に、才人の...
「そうだな。やっぱ、話さねえとな」
打ち明けたときのルイズの反応を想像すると、いろいろな意...
229 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:45:1...
閉じた目蓋の向こうに夜明けの薄明かりを感じて、才人はた...
すぐ目の前に、穏やかな寝息を立てているルイズの背中が見...
結局、事情を話せずじまいで夜が明けてしまった。
「俺って駄目な奴だな」
小さく自嘲しながら、ルイズを起こさないようにそっとベッ...
壁に立てかけてあるデルフリンガーを手に取り、何気なく周...
才人が荷物を準備してはルイズに疑われるので、旅装は全て...
だから、才人がやるべきことはあと一つだけだ。
ルイズの学習机からメモ用の紙を取り出し、机の上に置く。
インク瓶の蓋を開けて羽ペンを浸し、短くメッセージを残す。
「怒るだろうなあ、ルイズ」
だが、仕方のないことである。
そもそも、事情を打ち明けようが打ち明けまいが、他の女の...
そんな風に考えても、やはり罪悪感は消えてくれない。
「ごめんな、ルイズ」
消えない罪悪感を抱えたまま、才人は静かに部屋を抜け出し...
昨夜の晴天が嘘のように、空はどんよりとした雲に覆われて...
いつものこの時刻と比べるとかなり暗い上、冷たい霧に覆わ...
数分ほど霧をかき分けて、才人はようやくタバサを発見した。
タバサは、いつだったかアンリエッタの馬車を出迎えた正門...
足元にはぱんぱんに膨らんだ大きな袋が置いてあった。旅の...
「悪い、遅くなった」
タバサは小さく首を振る。才人は正門の隣にある詰め所をち...
「当直の先生はいないのか」
「いない。多分、さぼり」
相変わらず警備がずさんだな、と才人は顔をしかめる。こん...
同時に、不安になった。こんなところにルイズを一人で置い...
何せ虚無の使い手である。自分がいない間にガリア王が放っ...
今更その可能性に気がついて、才人は後悔した。
せめてアニエスに連絡を取るなりキュルケに事情を全て打ち...
「どうしたの」
タバサの問いかけに、才人は首を振った。
こうなったら仕方がない。出来る限り早く事を終わらせて、...
才人はタバサの足元の袋を持ち上げようとして、顔をしかめ...
「予想より重いなこれ」
「出来る限り軽くしたけど、それが限界。ここまでもフライで...
さすがに移動中ずっと魔法を唱えさせることはできないので...
こりゃ思った以上に重労働だ、とため息をつきながら才人が...
230 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:46:0...
「やっぱりこうなったわね」
才人は硬直した。聞き覚えのある声である。聞き覚えのあり...
まさか、と思って恐る恐る振り返ると、予想どおり小柄な人...
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールその人である。怒りに柳眉を...
久々のご主人様のお怒りに、才人は腰を抜かした。最近大人...
ミョズニトニルンとガリア王をまとめて一人で相手にする方...
恐怖に震える才人に、ルイズはゆっくりと歩み寄ってくる。...
「どどどどど」
「何が言いたいのかしら。はっきり言いなさい、この馬鹿犬」
「どうしてルイズがこんなところに」
「どうして。今どうしてって言ったのかしらサイトったら」
ルイズは顔を歪ませた。笑ったつもりらしいが、口元が引き...
「それはわたしが聞きたいわねサイト。どうしてあんた、この...
不思議だわサイト。不思議すぎて頭が混乱して、思わずエク...
「やめてくださいお願いしますご主人様」
サイトは悲鳴を上げて土下座した。タバサが無言で、才人の...
「あれま、やっぱりこうなったか」
鞘から抜かれた瞬間、デルフリンガーは呆れたように言った...
「おいデルフ、一体どうなってるんだよ。やっぱりってことは...
「そりゃ知ってたよ。この一ヶ月間、貴族の娘っ子がずーっと...
才人はルイズを見上げた。図星だったらしく、ルイズの顔に...
「あんたってば、このわたしがいつ事情を説明するかと待って...
「いや、それは」
「おまけに何これ」
そう言って、ルイズは怒りに震えながら腕を突き出す。その...
「『ちょっと出かけてくる。必ず戻るから心配しないでくれ』...
ええ、ええ、心配しませんとも。ご主人様に一言の断りもな...
喋ってる内にルイズの怒りのボルテージがぐんぐん上昇して...
背中からどす黒いオーラを立ち上らせて爆発寸前のルイズが...
「その辺にしときなさいよ」
またも、聞き覚えのある声だった。今度はタバサが驚きに目...
キュルケだった。口に手を当てて大欠伸をしながら、気だる...
だが、歩み出てきたのはキュルケだけではなかった。
「そうですよ。ミス・ヴァリエールはもっとサイトさんの気持...
少し怒った口調で言うのは、手に何かの包みを持ったシエス...
「まあ、いつもどおりと言えばいつもどおりで安心するがね」
肩を竦めるのは、手に白銀色の薔薇を持ったギーシュ。
「ホント、いつまで経っても進歩がないわよねえ、あんたたち...
呆れた声で言うのは、目の下に隈を作ったモンモランシーだ。
霧の中から新たに歩み出てきた四人は、ルイズの近くに並ん...
231 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:47:0...
予想もしなかった事態に、才人はもちろんのことタバサも呆...
それを見て、キュルケが吹き出した。
「そうそう、その顔よその顔。その顔が見たくてこの一ヶ月間...
「少々趣味が悪いとは思うがね」
ギーシュが苦笑する。その辺りでようやく立ち直った才人は...
「お前ら、なんで」
「気持ちは分からなくはないけど、静かにした方がいいわよ」
モンモランシーが本塔の方をちらりと見ながら、唇に指を当...
「ここまできてわたしたち以外にばれたら、それこそ台無しで...
才人は慌てて自分の口を手で塞ぐ。しかし、やはり驚きは消...
「誰にも言ってないのに」
「浮気しちゃいけないタイプよねサイトって。嘘が下手だもの」
キュルケがからかうように笑いながら、何気なく杖を振った。
「風魔法って便利よねー。空気の流れをコントロールすれば、...
要するに、この一ヶ月夜中に密会していた才人とタバサの会...
振り返ると、タバサが珍しく動揺した様子で目を見開いてい...
「気付かなかった」
「気をつけてやったもの。さ、種明かしはここまでにしておき...
キュルケの台詞に危機感を覚え、才人は慌てて手を振った。
「いや、駄目だ。今回ばっかりはお前らを連れて行く訳には」
「勘違いしないの。誰もついていくなんて言ってないでしょう」
才人の唇に指を押し当てて、キュルケは悪戯っぽく微笑んだ。
「わたしたちは、ただ贈り物を渡しにきただけよ」
「贈り物だって」
「そ。餞別ってやつよ」
キュルケがそう言ったとき、待ちかねたような勢いでシエス...
シエスタは才人の目の前で立ち止まると、正面から顔を覗き...
「サイトさん」
その瞳が潤んでいるのを見て、才人は危機感を抱く。ある意...
才人に対する愛情表現が素直な分、どんなに止めてもついて...
しかし、何とか思いとどまらせようと才人が口を開くよりも...
「何も言わないでください。大丈夫です、わたしも止めるつも...
「そうなのか」
少し驚いて言うと、シエスタは罰の悪そうな表情でちらりと...
「最初に事情を聞いたときはそうしようと思ったんですけど、...
「ルイズに。何を」
「『あんたはサイトを信用してないの』って。『七万の大軍に...
今回だって絶対に戻ってくるわ。少しは信用してあげたらど...
ルイズの口真似をしたあと、シエスタは悔しげに唇を噛み締...
「前はそういうことを言うのはわたしの方だったはずなんです...
その表情の歪み具合は、悔しいどころかほとんど恨みがまし...
才人の方はシエスタの表情に恐れ入るよりも、ルイズがそこ...
しかし、数秒感動したあと、ふと疑問に思う。
(あれ、でもさっきは凄い勢いで怒ってなかったか)
ルイズの方を見ると、彼女は赤い顔でそっぽを向いている。...
不思議に思った才人が首を傾げたとき、デルフリンガーが口...
「おい、お前なんか知ってんだろデルフ」
「さて、何の話だかね」
232 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:48:3...
二人の会話を横目に、シエスタはタバサの足元に置いてある...
その表情のあまりの真剣さに、才人もタバサも何も言わずに...
「ひどいです」
突然、シエスタが金切り声を上げた。その場の全員が反射的...
「ちょ、シエスタ、もうちょい静かに」
「ミス・タバサ」
才人が止めるのを尻目に、シエスタはタバサに食ってかかる。
ほとんど顔を突きつけるような勢いのシエスタに、さすがの...
「なに」
「これはなんですか」
シエスタは袋の中身を示してみせる。タバサは目だけでちら...
「携帯食料と、水」
「サイトさんに何日間もこんなものばっかり食べさせるつもり...
「シエスタ、何もそんなに怒ら」
「サイトさんは黙っててください」
「ごめんなさい」
シエスタに怒鳴られた才人と食って掛かられたタバサが、同...
シエスタは「ホントにもう」と怒ったように呟きながら、次...
貴族であるタバサにああも激しく食って掛かるとは、さすが...
呆然とする才人の肩を、誰かが叩いた。振り向くと、からか...
「君もなかなかやるじゃないか」
「そういう言い方はよせよ」
「照れるなよ。僕から見てもなかなかの色男ぶりだよ」
「お前から見てってのがなんか嫌だな」
「つれないなあ。まあいい。それより、僕からも餞別があるん...
ギーシュはさっきから手に持っていた白銀色の薔薇を差し出...
「俺には男に口説かれて喜ぶ趣味はないぞ」
「僕も男を口説く趣味はない。ついでに言うと、どうしても口...
「嫌味が餞別かよ」
「違うよ。いいからこの薔薇を受け取りたまえ」
今ひとつギーシュの意図がつかめないまま、才人は渋々白銀...
その瞬間、予想外のことが起きた。武器として作られたもの...
「これ、武器なのか」
「ご名答」
驚く才人に、ギーシュは悪戯っぽく笑ってみせる。才人は手...
「確かに薔薇だから棘棘がついてるけど。まさかこれ投げつけ...
「違うよ。薔薇の外見をしているのは、何と言うか僕の趣味さ」
「お前の趣味はロクなもんじゃないな」
「ひどいなあ。それより、使い方を教えるよ。いや、教えなく...
そう言われたとき、才人の頭の中にその薔薇の使い方が流れ...
「念じればいいのか」
「そう。たとえば、槍になれという風にね」
「こうか」
言われたとおりにすると、手の中の白銀色の薔薇がスライム...
驚く才人の前で白銀色の塊は真っ直ぐ長く伸び、念じたとお...
鋭い穂や長い柄には、凝った意匠などは少しもない。だがそ...
手の平に伝わる冷たい触感は明らかに金属のそれなのだが、...
突然手の中に現れた槍を呆然と見つめる才人を満足げに眺め...
233 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:49:1...
「神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣...
突然聞き覚えのある詩が出てきて驚く才人に、ギーシュは肩...
「どうだい。君にぴったりの武器だと思うのだがね」
「こんなもん、一体どこから持ってきたんだ」
ギーシュは片目を瞑って人差し指を立てる。
「持ってきたんじゃない。作ったのさ。いや、正確には作らせ...
こんなにたくさんの貴族の家名を並べ立てたのは、この僕で...
要するに、名門貴族のコネを使ってゴリ押ししたらしい。さ...
「そんな顔をしないでくれたまえ。全ては君のためにやったこ...
「嘘吐け。貧乏だろお前ら」
「僕らじゃない。キュルケが払ったんだ」
「キュルケが」
才人が見ると、キュルケは悪戯っぽくウインクして小さく片...
「過去に男たちからもらった宝石やら服やらを、全部売り払っ...
「なんでだよ」
「材料を持っていったからさ」
材料、と言われて、才人はまた手の中の槍に目を戻す。薔薇...
塗装してある訳でなく、初めからそういう色をしているらし...
「魔銀だよ」
ギーシュの話によると、魔銀というのはメイジの錬金でしか...
銀を最も多く含むその金属は、錬金する際に貴重な触媒が多...
組成が複雑でかなり高等な技術を持つメイジにしか練成でき...
得がたいだけにその用途は多種多様で、特に魔法を内部に固...
「それにも魔法がかけてあってね、頭で念じるだけで様々な形...
「長槍、短槍、短剣、鞭、球。それと、薔薇か」
頭の中に浮かぶ知識を口に出して呟きながら、才人は顔をし...
「薔薇はいらねえだろ」
「僕の趣味だよ。薔薇は最も美しい花だからね」
「相変わらずだなお前も」
「メイジならばもっと自由自在に形を変えられるが、今回は魔...
それでも長短硬軟自由自在だから、アイデア次第でいろいろ...
才人は試しに槍を伸ばしたり、逆に短くしたり、鞭にしてし...
「剣にはならねえんだな」
「左手の大剣はもうあるじゃないか」
「それとも俺じゃご不満かい、相棒」
デルフリンガーが少し拗ねたような声で言ったので、才人と...
そして、才人はふと気がつく。ギーシュの説明によると、こ...
「なあ、こいつの材料になった魔銀は誰が作ったんだ」
そういうことができそうな人物は、才人の知る限り一人しか...
「ひょっとしてコルベール先生か。でもあの人今はまだ帰って...
そう言われたとき、ギーシュは一瞬目を伏せた。そして、笑...
「いや、違う。先生の研究室は勝手に使わせてもらったけどね」
「おいおい、勝手に弄繰り回したら怒るぜ、先生」
コルベールが禿げ上がった頭を真っ赤にして怒るのを想像し...
ギーシュは何故か少しだけ悲しそうに目を細めた。
「そうだね。だが時間がなかったし、そういう器材はあの人の...
「まあ、何があるんだか分かったもんじゃないからな、あそこ」
「それに、才人のためだって言えば許してくれるはずだよ」
それもそうか、と頷いてから、才人は首を傾げる。
「でも、先生じゃないなら一体誰が」
234 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:50:1...
するとギーシュは、誇らしげに胸を張った。
「僕さ」
「お前が?」
才人は目を剥くほどに仰天した。それから、じろじろとギー...
「嘘だろ」
「ひどい奴だな君は」
「だって、確かドットとかいう最下級のメイジなんだろお前」
友人に向かってこの言い草はひどいと自分でも思うが、事実...
するとギーシュは少しだけ自嘲的な笑みを浮かべてみせた。
「そうだ。だから僕も、自分にはきっと出来ないと最初は思っ...
「そうだろうな」
「だがね、君がまた命を賭けて危険な場所に赴こうとしている...
僕にも何か出来ることはないかってね。それで、先生の研究...
「ああ、先生の研究室にもあったのか、あれ」
「虚無やガンダールヴの事を、随分熱心に研究していたらしい...
君のために武器を作ってやるのが、僕に出来る中で一番いい...
ギーシュは肩を竦める。
「それから先は授業もさぼって来る日も来る日も錬金の日々さ。
自分には出来ないんじゃないかと何度も疑いつつ、寝る間も...
正直、ここまで何かに夢中になったのは初めてだよ。それも...
そして、二週間ほど前に、ようやく手の平に握れる程度の魔...
そのときのことを思い出すように、ギーシュは微笑を浮かべ...
「自分にそんなことが出来るだなんて、その瞬間まで信じられ...
だが、僕は確かにやり遂げて、どうにか君にその槍を届ける...
実を言うと、自分でも未だに信じられないんだがね。
だけど、一度作り方が分かれば、集中さえすれば一日に微量...
ギーシュの言葉に反して、才人は妙に納得していた。
ギーシュだって、名門と名高いらしいグラモン家の息子なの...
今までは女の尻を追い掛け回してばかりで埋もれていた才能...
アニエスとの修行を経て素のままでも少しは強くなれた才人...
才人は左手でギーシュの肩を叩き、笑った。
「すげえじゃん、お前」
「いや、なに」
ギーシュは照れ笑いを浮かべたあとで不意に真顔になった。
「君に比べれば大したことはないさ。また死ぬかもしれない大...
その口ぶりからするとあまり詳しく事情を聞いてはいないら...
だというのに、授業をサボって連日徹夜してまで才人のため...
じんわりと目頭が熱くなってくると同時に、才人は少し心配...
235 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:51:3...
「大丈夫なのか」
「何がだね」
「俺とシャ、いやタバサがやろうとしてることはさ、何ていう...
もしも失敗したり、あるいは成功しても犯行が明るみに出た...
しかしギーシュは笑って首を振ってみせた。
「大丈夫だよ。僕らはただ、『所用で出かけるタバサの護衛』...
お節介にも武器なんかを贈ってやっただけなんだ。後で君が...
『な、なんだってー、ちくしょう、あの使い魔に騙された』...
「いや、そんなので済ませられる問題じゃ」
「それにな、サイト」
ギーシュは才人の肩に手を置いて、笑みを浮かべた。
それは、自分のしたことの正しさを確信している者だけが浮...
「君はいい男だ。いい男のすることに、間違いはない」
揺るぎや迷いなど微塵も感じさせずに、ギーシュははっきり...
その言葉は才人の胸を重く、そして何よりも熱く揺さぶった。
才人はギーシュのくれた槍を強く握り締め、水平に掲げた。
「分かった。ありがとうよ。遠慮なく使わせてもらうぜ」
「ああ。是非とも役に立ててくれ」
ギーシュは笑って言ったあと、おもむろに懐から何かを取り...
何かと思って覗いてみると、それは白い毛の縁飾りがついた...
「なんだそれ」
「杖付白毛精霊勲章さ。戦争のとき、シティオブサウスゴータ...
「へえ、すげえな」
勲章をもらうというのが名誉なことだというぐらいは、才人...
だから素直に賞賛したのだが、何故かギーシュは自嘲気味な...
「最近、これを見ていると恥ずかしくなってくるんだ」
「なんでだよ」
「君にだから話すが、僕は戦争中ほとんど突っ立っていただけ...
オーク鬼の群れを見ただけでパニックを起こしそうになった...
自嘲気味にそう言ってから、ギーシュはじっと勲章を見つめ...
「僕は、この勲章に見合うような立派な人間じゃないんだよ」
彼らしからぬ真摯な表情に、才人は戸惑いながらも苦笑する。
「まあ、そりゃ仕方ないだろ。軍人としての訓練なんかまとも...
「でも君は七万の大軍に突撃したそうじゃないか。臆病な僕に...
「俺だって好きでやった訳じゃないぞ」
「それでも君はやってのけた。正直、憧れるよ。僕も君のよう...
ギーシュの言葉は女を口説くときと同様、照れというものが...
そのストレートな賞賛に才人の方が照れていると、ギーシュ...
「死ぬなよ、サイト。僕はもう二度と、友人を失う悲しみなん...
才人もまた真っ直ぐにギーシュの瞳を見つめ返し、生還を約...
236 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:52:3...
才人がギーシュから槍を託されている横で、タバサもまたモ...
「香水じゃないわよ」
冗談めかしてそう言ったあと、モンモランシーは瓶の一つを...
「これはね、秘薬よ。治癒魔法を使うときに役に立ってくれる...
タバサは頷いた。彼女自身は風系統の魔法を得意とするメイ...
普通に使えば水魔法を得意とするモンモランシーに及ぶべく...
モンモランシーは欠伸をして目を擦った。
「全く、そんな量の秘薬調合するのは大変だったわよ。出来る...
この一ヶ月間必死に材料探し回って睡眠時間削ってまで作っ...
おかげで、ご覧のとおり肌は荒れるは髪はぱさぱさになるわ」
自分でそう言っているとおり、モンモランシーの目は充血し...
少し頬がこけたようにも見え、傍目にも少し顔色が悪い。
だが、その表情はどことなく晴れやかで、達成感に満ちてい...
タバサは自分の手に納まった、小さな瓶をじっと見つめた。...
「どうして」
「なに」
「どうして、ここまでしてくれるの」
不思議に思い、モンモランシーの顔を見上げて問う。モンモ...
「別に、あなたのためじゃないわ。ただ、わたしはもう人が傷...
その言葉の意味は、タバサにもよく分かった。
魔法学院が襲撃された日、コルベールを助けられなかったこ...
「それにね」
と、モンモランシーは不意に軽くかがみこむと、タバサの瞳...
タバサはいつもどおりの無表情を作って、モンモランシーの...
にも関わらず、モンモランシーは何故か寂しげな微笑を浮か...
「やっぱり。あなたの目、なんだかとても悲しそうだわ。どう...
モンモランシーはタバサの肩に手を置き、普段とは打って変...
「あなたたちが何をしようとしているのかはよく分からないけ...
あなたの悲しみを癒す手助けが出来るなら、これほど嬉しい...
でも、無理はしないこと。あなたたちが死ぬと悲しむ人がい...
優しい声音は、渇いた喉を潤す冷たい水のように、じわりと...
なんと言っていいか分からずに俯いてしまうタバサに微笑み...
そして、自分をほったらしてギーシュと話している才人に苛...
237 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:53:2...
そのとき、キュルケがタバサの前に歩いてきた。タバサはま...
一ヶ月ほど前、キュルケを遠ざけるためにあえて拒絶して以...
あの選択が間違っていたとは思っていないが、さすがのタバ...
そうやって黙っていると、キュルケが不意に呟くような声で...
「いよいよ、出発って訳ね」
タバサは小さく頷く。まだ、キュルケの顔が見れなかった。
「結局、わたしには少しも話してくれなかったわね。まあ、風...
ああそうそう、ギーシュたちにはあなたのお家のこととか今...
そういう詳しいところまでは話してないから、安心してね」
普段と何も変わらない調子で苦笑混じりに言うキュルケに、...
ちらりとキュルケの顔を見上げて、短く問う。
「怒ってる」
キュルケは数秒無言だったが、やがてため息混じりに言って...
「タバサ」
タバサが顔を上げた途端、キュルケが両頬をつねってきた。
「怒ってるに決まってるでしょうが」
そのまま好き勝手にタバサの頬を引っ張りまわして、終わり...
かなり力を込めて引っ張りまわされたので、両頬がひりひり...
「痛い」
「わたしの心の痛みだと思ってちょうだい。ま、これでおあい...
陽気に笑いながら、キュルケはタバサの頭を撫でる。タバサ...
キュルケは、そんなタバサを何故か眩しそうに目を細めて見...
「なんだか少しだけ表情が豊かになったみたいね、あなた。恋...
ずばりと言い当てられて、タバサはまだギーシュと話してい...
それを目ざとく見つけて、キュルケはからかうような口調で...
「サイトったら悪い男よね。いつの間にやらタバサまで虜にし...
「そんなのじゃ、ない」
タバサは自分でも分かるほどに歯切れ悪く反論する。キュル...
「お兄ちゃん、だっけ」
タバサの顔が急に熱くなった。
盗み聞きされていたということは、当然ながら才人をお兄ち...
さすがに無表情を保っていられずに、それでも何とか反論し...
しかし、頭が熱くなりすぎていてまともな言葉が浮かんでこ...
キュルケはしばらく堪えていたが、やがて耐え切れなくなっ...
「ああもう、最高。本当に表情豊かになったわ、あなた。サイ...
キュルケがいちいち才人を引き合いに出してからかうので、...
「キュルケ、嫌い」
そっぽを向いてそう言ってやるが、その動作すらもキュルケ...
彼女はしばらくの間タバサの肩を叩いて笑っていたが、ふと...
238 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:54:2...
「お兄ちゃん、でいいの」
タバサは驚きに目を見開いて、キュルケに顔を向ける。
キュルケは、先程まで馬鹿笑いしていたのが嘘のような、優...
「お兄ちゃんって呼び方、サイトにこれ以上心を惹かれないよ...
タバサは、今は少し離れたところでルイズと話している才人...
「サイトは、ルイズのことが好きだから」
「ずいぶん物分りがいいのね。わたしの故郷じゃ、恋は奪うも...
「生涯の伴侶は一人だけ。父様は母様を愛してた。母様もそう」
仲睦まじい夫婦の姿を思い出し、タバサはそっと目を閉じた。
「愛し合う二人の間に割って入るのは、駄目」
「あの二人はまだ愛し合うって段階までいってないと思うけど」
「まだ素直になれないだけ。二人とも、心の底からお互いを大...
タバサは目を開けて、無理に微笑を作った。
「だから、いい」
キュルケは無言でタバサを抱きしめる。そして、服越しに背...
「ごめんね、気付けなくて。友達失格だわ、わたし」
「そんなことない。隠してたから、気付けないの当たり前」
「ありがとう。わたしも出来る限りサポートさせてもらうつも...
キュルケはそう言ったが、旅に直接ついてくる気はないだろ...
タバサが首を傾げたとき、荷物の袋を漁っていたシエスタが...
「ミス・タバサ。兎の皮を剥いだり鳥を焼いたり、できますか」
突然の質問だったが、タバサは動じずに頷いた。
彼女とて、王家から理不尽なほどに厳しい任務を命ぜられ、...
貴族の娘だからといって、自分の食事も用意できないような...
シエスタは胸に手を当ててほっと息を吐いた。
「それなら大丈夫ですね。サイトさんなら罠なんかなくても手...
荷物から、携帯食料はほんの少しだけ残して抜いておきます...
「あ、それならついでにこれいれておいてくれる」
言いつつ、キュルケは腰に下げていた袋の中から、奇妙な装...
円筒形の装置である。キュルケは使い方を説明するように、...
「ここから雨水や川の水なんかをいれて、下の部分に火をつけ...
そうすれば、下からゴミとかが排出されて、ちゃんと飲める...
要するに魔法を用いた小型の蒸留装置らしい。シエスタが目...
「便利なものがあるんですねえ」
「コルベール先生の研究室に、こういうのの設計図がたくさん...
ま、慣れない作業でやたらと時間喰っちゃったんだけどね」
欠伸をしながら、キュルケはシエスタに装置を放り渡す。
「水の浄化自体は水魔法でも出来るけど、出来る限り精神力は...
確かにその通りである。タバサは頷いて、キュルケとシエス...
「二人とも、ありがとう」
そのタバサを見たシエスタが、「まあ」と口に手を当てて呆...
タバサは唐突にそんなことをされて驚いたが、とりあえず何...
が、その内シエスタの豊かな胸に圧迫されて息が苦しくなっ...
じたばたしていると、キュルケが苦笑混じりにシエスタを嗜...
「こらこら、タバサが苦しいって言ってるわよ」
「あ、ごめんなさい」
謝りながら、シエスタが体を離す。
「とにかく、いろいろと旅のお手伝いをさせてもらいますから...
顔を赤くしてそう言うシエスタに、タバサは困惑しながら頷...
何故急に抱きしめられたのかは、結局分からずじまいだった。
239 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:55:1...
「全くあんたって使い魔は、ご主人様に事情を説明しないまん...
「いや、別にさっきまでは馬鹿話してた訳じゃ」
「黙りなさい」
「はい」
ギーシュとの話が終わるや否や、ルイズは有無を言わさずに...
そして、才人を無理矢理地べたに正座させて説教タイムの開...
「それで」
と、ルイズは不意に顔を曇らせた。
「結局、あんたはどこに何をしに行くのかしら。ミョズニトニ...
他の虚無の担い手とも対峙することになるかもしれないんで...
その口ぶりからして、ルイズは少なくともギーシュより詳し...
どちらにしても、ちゃんと全てを打ち明けなければルイズは...
ガリア王ジョゼフがミョズニトニルンの主人であり、虚無の...
ジョゼフがタバサの両親の仇であり、彼を殺さない限りタバ...
そういった事情を知り、タバサを救うためにガリア王ジョゼ...
さすがにタバサがどういう種類の責め苦を味わっているのか...
「もちろん、お前に迷惑をかけるつもりはない。どんなことに...
だから、許せないかもしれないけど、それでも黙って俺を行...
話をそう締めくくって、才人は頭を下げた。ルイズはしばら...
「サイト。今から一つだけ質問をするわ。正直に答えなさい」
「なんだ」
「あんたが一国の王を暗殺しようとしてまであの子を助けたい...
予想外の質問に、才人は驚いて顔を上げた。
ルイズは黙ったまま、真剣な目で才人を見つめている。
才人は首を振った。
「それは違う。何度も言ってるけど、俺が好きのはお前だけだ...
ストレートにそう言ってやると、ルイズは顔を赤くして目を...
「じゃあなんでご主人様ほっぽりだしてまで行こうとしてるの...
「放っておけないからだよ。単純にそれだけだ。
それともお前、凄く苦しんでる女の子を放っておくようなロ...
「じゃああんた、逆に聞くけど」
と、ルイズはじろりと才人を睨みつけた。
「たとえばわたしがあの子と同じぐらい苦しんでて、どちらか...
それは凄まじく意地の悪い質問だった。
タバサを助けるとは答えられないが、かと言ってルイズを助...
才人が苦悩していると、ルイズは呆れたようにため息をつい...
「全くあんたって奴は、そうやって誰にでもいい顔するんだか...
「そう言うけどさ。あ、そうだ、すっごい頑張って二人とも助...
「はいはい。とってもあんたらしい答えだと思うわ」
「とっても」の部分にやたらと力を込めつつ、ルイズが嫌味...
こんなつもりじゃなかったんだけどなあ、と才人は内心ため...
出発前にご主人様の機嫌を損ねたまま暗澹たる思いで旅立た...
240 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:56:3...
そのとき、急にルイズが笑い出した。
「なんてね。安心しなさい。別に怒っちゃいないわ」
予想もしないルイズの変化に、才人は目を瞬いた。
そんな才人を数秒ほども楽しそうに見つめたあと、ルイズは...
「サイト」
「なんだ」
「あんた、さっき言ったわね。お前に迷惑はかけないって」
「ああ。安心しろ、たとえ拷問されたって絶対にお前の名前は」
言いかけた才人を、ルイズは手で制した。
「逆よ。才人、隠す必要なんてどこにもないわ」
「なんだって」
才人は目を剥いた。ルイズは腰に両手を当てて胸を張った。
「誰かに尋ねられたら、堂々と自分はルイズ・ド・ラ・ヴァリ...
「いやお前、さすがにそれは」
「気にすることないわ。ひどい男じゃない、無能王ジョゼフは。
そんな奴が王なんてやってたら絶対によくないことが起きる...
大丈夫、自信を持ちなさい。あんたは正しいことをしようと...
もしもあんたのために処刑されることになったとしても、わ...
それどころか、立派な使い魔を持ったっていう誇りを抱いて...
ルイズは力強い瞳で才人を見据えながら、一片の迷いもなく...
才人の胸に不思議な感情が溢れ出した。愛しさとはまた別種...
その感情の正体を計りかねる才人の前で、ルイズは不意に力...
後に残ったのは不安と危惧に押しつぶされそうな、か弱い少...
「でも、一つだけ約束して」
「なんだ」
「絶対に帰ってくること。ご主人様を置いて死ぬなんて、今度...
薄らと目を潤ませて、ルイズは気丈にそう言った。
それは、直前までの台詞から考えると、明らかに矛盾した言...
理性と感情、それぞれの要求。だが、完全に本音を吐き出し...
不意に体の奥底から湧き上がった衝動に駆られ、気付くと才...
「ルイズ。俺がタバサを助けようと思ったのは、あいつが苦し...
「他にどんな理由があるのよ」
困惑交じりの声に、才人は目を瞑りながら囁き返す。
「お前のこと、凄いって思うからだ。誇りに思うからだよ。
そんな凄いご主人様の使い魔なんだ。俺自身も、出来る限り...
そういう気持ちが嘘になるような真似だけは絶対にしたくな...
才人の胸の中で鼻をすすり上げながら、ルイズは笑った。
「馬鹿。あんた、前はあんなに名誉のために死ぬのはくだらな...
「そりゃ今だって変わらないよ。俺は名誉のために死ぬんじゃ...
大丈夫だ。絶対にここに帰ってくる。約束するよ。お前一人...
「本当」
胸の中のルイズが、不安げな表情で才人の顔を見上げてくる...
「本当だよ。何なら、指きりしたっていい」
「指きりってなに」
不思議そうに聞いてくるルイズの体を一旦離し、才人は右手...
241 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:57:1...
「こうやって、お互いの小指をからめるんだ。俺の故郷で、絶...
言いつつ、才人は強引にルイズの手を引き寄せて、自分の小...
そして、今や懐かしさすら感じる文句を口にしながら、小さ...
「指きりげんまん、嘘吐いたら針千本飲〜ます、指切った」
言い切って指を離そうとしたが、何故かルイズは顔を赤くし...
「いや違うよルイズ」
「え、なにが」
「これ、最後に指切ったって言ったら指を離すんだよ。それで...
「あ、そうなんだ」
眉尻を下げながら、ルイズが名残惜しそうに指を離す。才人...
「よし、これで大丈夫だ。俺は絶対生きて帰ってくるからな」
「うん」
それでもまだ多少不安げな顔をしていたルイズは、不意に何...
それから顔を赤くしてもじもじと歯切れ悪く言い出した。
「あのね、サイト」
「どうした」
「さっきの、あんたの故郷での約束の印なんでしょ」
「そうだけど」
「じゃあ、今度はわたしの故郷での約束の印、してくれる」
「ああ、いいけど。どんなのなんだ」
するとルイズは無言で目を瞑り、唇を突き出した。あまりの...
「なにやってるの、早くして」
焦れたように、ルイズが言ってくる。才人はぎくしゃくした...
「あのご主人様。ホントによろしいんでございますか」
「勘違いしないでくださる。あくまで約束の印なんであって、...
何故かお互いに変な敬語になっている。
明らかに雰囲気がおかしいことに気付きつつも、才人はほと...
甘い匂いと感触が唇に伝わってくる。この異世界に最初に来...
とは言え約束の印であるから長い間味わっている訳にもいか...
「ご主人様。終わりましてございまする」
「そうですか。それはいい塩梅でございましたね」
意味不明な会話をしつつ、二人は互いに目を逸らしあったま...
その沈黙を破ったのは才人でもなければルイズでもなかった。
「ふーん」
嫌味ったらしい声でそう言う、剣。それを聞いて、ルイズは...
「ちょっと、サイト」
「え、なに」
「そのボロ剣に話があるの。ちょっとそれ置いてあっち行って...
「いいけど、いったいなに」
「いいから早く行く」
歯を剥いて怒鳴るルイズに気圧されて、才人はデルフリンガ...
242 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:58:0...
未だに袋の中を整理しているシエスタに向かって駆けていく...
さっきの一言以降、デルフリンガーは何も言ってこない。
その沈黙がまた嫌味ったらしく思えて、ルイズは顔を引きつ...
「ねえちょっとボロ剣。何か言いなさいよ。それとも溶かされ...
「いやいや、別に他意があって黙ってた訳じゃねえよお嬢様」
デルフリンガーの口調は露骨にこちらをからかっているもの...
人間ならば間違いなくにやにや笑いを浮かべているであろう...
「いやあ、長生きはしてみるもんだね。まさか数千年も生きて...
約束の印がキスか。いやあ、俺が知らない間にハルケギニア...
男同士の約束とかのときはどうなんのかねこの場合。いやん...
ルイズは無言で始祖の祈祷書を開いた。
「いやだからマジ止めてちょうだいよそれは。何でも力で解決...
「あんたがいちいち嫌味を言うのが悪いんでしょうが」
怒鳴りつけてから剣を地面に放り投げる。デルフは「いてっ...
「もうちょっと優しく扱ってよ。年寄りは大事にするもんだぜ...
「都合のいいときだけ年寄りぶらないで」
「カーッ、聞いたかい今の台詞。鬼嫁。鬼嫁があたしをいじめ...
このボロ剣の言うことをいちいち真に受けていたら身が持た...
ルイズはため息を吐いて、尚も何かを喚き続けているデルフ...
「しかし、相変わらず素直じゃないねえ」
不意に声の調子を変えて、デルフリンガーが言ってきた。
「キスしてほしいんならそう言えばいいじゃないの。相棒なら...
「別にキスしてもらいたかった訳じゃないわよ」
「ふーん」
「あれはね、別にハルケギニア全土の風習じゃないの。わたし...
「ふーん」
「だから、約束の印以外の意味は全くないの。全部あんたの勘...
「ふーん」
明らかに信用していない。とは言え、自分でもさすがに下手...
「そうか、俺の勘違いか」
「そうよ、勘違いよ」
「でも嬢ちゃん、いいのかい」
「何がよ」
「相棒も勘違いしたまんまだぜ」
「それがどうしたの」
「その状態で、あのメイドに『約束してください』なんて言わ...
ルイズはデルフリンガーをほっぽり出したまま全速力で駆け...
243 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:58:4...
そうして、三十分もする頃には準備は全て整っていた。
正門の前に立った才人とタバサを、ルイズたち五人が正門の...
才人の背中にくくりつけられた袋は最初よりもずっと軽くな...
「いやあ、それにしても気付かなかった。そうだよな、森とか...
「盲点」
才人の言葉にタバサが頷く。そんな二人を見て、キュルケが...
「なんか、心配になるわね。遊びに行く子供を送り出す母親の...
「おいおい、そりゃひでえよ。最低限迷子にはならないつもり...
言いつつ、才人は右手に持った槍に向かって「球になれ」と...
槍は瞬時に小さくなり、才人の手の平に収まるサイズの球に...
この状態でも武器として認識されるらしく、左手のルーンは...
「確かに、この状態ならこのまま走っても大した問題にはなら...
「というより、君はまさか剣を握ったまま走っていくつもりだ...
ギーシュが呆れたように言う。才人は大真面目に頷いた。
「そのつもりだったけど」
「準備がいいようで全然良くないじゃないの」
「全くそのとおりだな」
モンモランシーの台詞に、才人とタバサは顔を見合わせて苦...
確かに敵を倒すということにだけ捕われすぎて、細かい点を...
それを指摘しフォローしてくれる友人たちがいたのは、実に...
「サイトさん」
シエスタが目を潤ませて歩み出てきた。手には最初現れたと...
「本当に、行っちゃうんですね」
「ああ。大丈夫、絶対戻ってくるよ」
「はい。わたし、信じてますから。これ持っていってください」
そう言って、シエスタは包みを差し出してくる。
「お弁当です。今日の分だけですけど、一生懸命作りました。
しばらくは味気ない食事ばっかりになるでしょうから、せめ...
「ああ、ありがとう。そうだよな、シエスタの料理もしばらく...
まだ温かさを保っている包みを見下ろしながらそう言うと、...
「え、ちょっと、シエスタ。いきなりどうしたんだよ」
慌てて才人がなだめにかかると、シエスタはしゃくりあげな...
「皆さん凄い品物でサイトさんのお役に立ってるのに、わたし...
何ともいじらしい言葉である。才人の目頭もじんと熱くなっ...
「そんなことないよ。旅の準備だっていろいろと整えくれたし...
「本当ですか」
「本当だって。ああでもさ、欲を言えば、見送りは笑顔でして...
シエスタはようやく涙を拭い、赤い顔で「はい」と笑ってく...
244 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:59:1...
そのとき、モンモランシーが気遣わしげに本塔の方を振り返...
「そろそろ行かないと、誰かに見られるかもしれないわ」
「ああ、そうだな。ちょっと名残惜しいけど、出発するか」
才人は傍らのタバサを見やる。タバサは小さく頷き返してき...
そして、才人は改めて正門の向こうにいる五人の顔を見回し...
「皆、本当にありがとう。正直、皆がきてくれなきゃ、こんな...
五人は、それぞれに違った表情を浮かべて答えを返してきた。
「気にしないの。こっちだって好きでやってるんだしね」
穏やかな微笑を浮かべるキュルケ。
「そうだ。僕らは友人なんだからね」
目を細めて笑うギーシュ。
「そんなことより、元気で帰ってきなさいよね」
澄まし顔で片目を瞑るモンモランシー。
「わたし、信じてますから」
胸に両手を置き、強い瞳でこちらを見つめるシエスタ。
「いいから、さっさと行ってさっさと帰ってきなさいよ」
うつむき加減で唇を尖らせるルイズ。
才人はもう一度だけ全員の顔を見回した。出来る限り、今の...
そのとき、魔法学院内から重々しい鐘の音が聞こえてきた。
起床の鐘。一日の始まりの合図である。
「それじゃあ、行ってくる。必ず二人で帰ってくるよ。約束だ」
そう言い残して、才人は踵を返した。タバサも無言で五人に...
行く手で、厚い雲の切れ間から淡い朝日が差し込んできてい...
鳴り響く鐘の音の中、才人とタバサの背中が少しずつ遠ざか...
(ああ)
ルイズは心の中で小さな吐息を零した。
数ヶ月前、意識を失う直前に見た淡い微笑と、今小さくなっ...
このまま行かせていいのか。あのときと同じように、もう戻...
胸が不安に押しつぶされそうになる。本当は行ってほしくな...
それでも、止めることなどできない。
誇りと決意を抱いて旅立とうとしている大切な人を、自分の...
しかしどんなに理性で打ち消そうとしても、心を埋め尽くす...
才人の背中はどんどん遠ざかっていく。あともう少しで、完...
そのとき、誰かがルイズの背中を押した。
それはキュルケだったかもしれないし、モンモランシーだっ...
鳴り響く鐘を背に、ルイズは弾かれたように駆け出していた。
「サイト」
涙混じりの声で後方から呼びかけられて、才人は驚きと共に...
ルイズが走ってくる。風に涙を千切らせながら、真っ直ぐに。
自分に向かって飛び込んでくる小柄な体を、才人は危なげな...
「どうした、ルイズ」
ルイズは才人の胸に顔を埋めたまま激しく泣きじゃくってい...
「絶対帰ってきてね。わたし、ひとりぼっちはもういや」
珍しく素直に自分の願いを表現するルイズを、才人は強く抱...
「ああ。必ずだ」
245 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:59:5...
タバサと才人が去っていった方向をじっと見つめたまま、五...
「それにしても」
不意に、シエスタが苦笑混じりに呟く。
「ミス・タバサって、あんなに可愛らしいお方だったんですね...
頬に手を添えて、シエスタは悩ましげなため息をついた。隣...
「ホント。わたしも真っ直ぐ見上げられたときに、思わず胸が...
「ま、当然ね。わたしの親友だもの」
何故か誇らしげに胸を張ったあと、キュルケは「さて」と両...
「そろそろ戻りましょう。わたしたちが見られて不審がられて...
「そうだな。部屋に戻ってゆっくり休むとしよう」
体をほぐすように伸びをしながら、ギーシュが言う。モンモ...
「あんた、授業はどうすんのよ」
「いいじゃないか。どうせ今日はミスタ・ギトーの授業だけだ。
彼は最近何故かマリコルヌの指導に熱心で、他の生徒の扱い...
「確かにね。一体何があったのかしらあの人」
「何なら一つのベッドで眠ろうじゃないかモンモラ」
「さて、帰りますか」
ギーシュの口説き文句を軽く受け流しつつ、モンモランシー...
未だに才人が去っていた方向をみたまま瞳を潤ませているル...
「さあ、わたしたちも戻りましょう、ミス・ヴァリエール」
小さく頷きつつも、ルイズは歩き出そうとしない。シエスタ...
「もう、どうしたんですかミス・ヴァリエール。サイトさんは...
ルイズはまた頷いたが、やはり歩き出す気配はない。
シエスタはその様子を見て眉をひそめていたが、やがて口に...
「まあいいですけどね。そこに突っ立ってぼうっとしてくれて...
不健康にげっそりやつれたミス・ヴァリエールと、健康的な...
そう言った瞬間、ルイズは柳眉を逆立てて大きく足音を立て...
その背中を見送りながら、シエスタはおかしそうに笑う。
「ホント、分かりやすい人ですね」
「あなたも言うようになったわねえ」
呆れ半分にキュルケが言うと、シエスタははにかんだように...
「それでは、わたしも失礼しますね」
頷くキュルケにもう一度礼をして、シエスタもゆっくりと本...
雲と霧を払いながら地上に降りてくる薄い陽光の中で、キュ...
才人とタバサの姿は、もうとっくの昔に見えなくなっている...
「今度会うときは、わたしにもシャルロットと呼ばせてもらい...
246 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 13:00:5...
その日の朝早く着替えを終えたばかりのアンリエッタの寝室...
アンリエッタは女王付きの侍女を下がらせて、アニエスを部...
アニエスはアンリエッタの自戒のためにすっかり殺風景にな...
「このような時刻にお目通りを願った無礼をお許しください。...
「いいのです、わたくしの隊長どの。あなたが礼儀に目を瞑っ...
よほど深刻な事態なのでしょう。報告をお願いします」
アニエスは一つ頷き、魔法学院を監視していた銃士隊員から...
先の戦争中に襲撃されて以来、魔法学院周辺で数名の銃士隊...
再び魔法学院が狙われることを恐れたアンリエッタが秘密裏...
学院長のオールド・オスマンの許可は取ってあるものの、他...
「ルイズの使い魔さんが、女生徒の一人と共にどこかへ旅立っ...
「はい。途中で森に入ってしまい、その上ガンダールヴの力で...
「一緒にいた女生徒というのは」
「シャルロット・ド・ラ・オルレアン」
アンリエッタは目を見張った。
「確か、ガリアの今は亡き王弟殿下のご息女でしたね」
思い出すように呟く。タバサと名乗っている少女の素性はと...
政争争いに敗れたとは言え、仮にも王族である娘がトリステ...
これで何の関心も払われない方が不思議というものであった。
「一体、何のために」
「分かりませぬ。ただ、平賀才人は明らかに旅姿だったという...
「ガリア王家から何か任務が伝えられたのかしら。でも、それ...
アンリエッタは親指の爪を噛みながら数秒黙考した。
「ガンダールヴの神速で移動している二人を発見するのは、ま...
「はい。明らかに人目を避ける様子でした」
「それでは、様子を見るしかありませんね。ひょっとしたら、...
彼の無能王に何かただならぬものを感じたアンリエッタは、...
だが、今になっても目立った成果は上がっていない。無能王...
彼の考えを探るために、今は藁にでもすがりたい心境であっ...
「それと、もう一つ」
アニエスは懐から泥に塗れた人形のようなものを取り出した...
自身も優秀なメイジであるアンリエッタには、その人形の正...
「アルヴィーですね。あまり複雑なつくりではないようですが」
魔法の力で動く操り人形である。アニエスは頷いて、慎重な...
「数日前、魔法学院周辺の森で、土から顔を出しているのを銃...
「そうですか。それでは、魔法学院の誰かが失敗作を廃棄した...
「それならば良かったのですが」
アニエスは眉をひそめてアルヴィーを見つめた。
「これと同一の人形が、他にも数体発見されております。それ...
「つまり、どういうことなのですか」
「それらは全て、魔法学院の方角を向いて埋められていたので...
アンリエッタは目を見開いた。アニエスは淡々と説明を続け...
247 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 13:01:5...
「魔法研究所に調査を依頼したところ、魔法が発動すれば成人...
おそらく、少なく見積もっても同じ人形が数百は埋められて...
術者が魔法を発動させれば、これらの人形が一斉に魔法学院...
それほど多くの人形を、一度に操れる者は一人しか存在しま...
アニエスがアルビオンで才人とミョズニトニルンの戦いに巻...
トリステイン王国でも密かに虚無の情報が集められていた。
アニエスは才人やルイズからも情報を得ており、その使い魔...
「狙いはやはり」
「ええ。虚無の担い手、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールと見て...
「人形を全て発見して取り除くことはできないのですか」
「発見できたものは、全て土から顔を出した状態で埋まってお...
ですが、本来ならばもっと深いところまで潜行するような仕...
「つまり、事前に駆除することは不可能なのですね」
「残念ながら」
つまり、ミョズニトニルンは自分の意思次第で数百、ひょっ...
それも、今すぐにでも。
「ルイズを他の場所に避難させるのは」
「護送中に大量のアルヴィーに包囲されては手の打ちようがあ...
「どうしたら良いのでしょう」
アンリエッタは女王であるが、軍事のことは専門外である。...
「私にお任せください、女王陛下」
「どうするつもりなのですか」
「簡単なことです。護送が不可能ならば、魔法学院に立てこも...
一度この人形を無理矢理発動させてみましたが、単体の実力...
また強度もさほど高くはなく、剣や銃でも撃破は可能。一定...
つまり、平民にも十分に対処可能な相手ということです」
「しかし、あなたの銃士隊だけでは数が足りないでしょう」
「ええ。ですから、職にあぶれた傭兵たちを連れていきます」
アニエスは肩をすくめた。
「アルビオンとの戦争が終わって、仕事のなくなった傭兵たち...
奴等を統制しつつ職を与えてやるのに、これほどいい機会は...
魔法学院の警護ですから、多少は良識のある者たちを選ぶ必...
それと、戦争が早期に終結したために大量に余っている銃と...
魔法学院に務めている平民たちでも、訓練すれば少しは戦力...
有事の際には学院の生徒にも手伝ってもらうことにしましょ...
すらすらと説明するアニエスに、アンリエッタは深い信頼を...
「あなたに全てお任せします、わたくしの隊長どの。すぐに書...
わたくしの大切な友人と、わが国の未来の財産である学生た...
「この命に代えましても」
アニエスは立ち上がって一礼し、寝室を退室しかけた。その...
248 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 13:07:0...
「アニエス。本当に、敵は来るのでしょうか」
アニエスは振り返り、きびきびと答える。
「間違いなく。ガリアの王弟殿下のご息女及び虚無の使い魔の...
とても偶然とは思えませぬ。おそらく敵は何らかの手段で使...
その隙を突いてルイズ嬢を亡き者にしようと企てたのでしょ...
ですがご安心ください。非才なれども戦火を潜り抜けたこの...
アニエスが退室した後静まり返った部屋の中で、アンリエッ...
時代は動乱期を迎え、空気にすら硝煙の匂いが混じっている...
ウェールズ、ルイズ、シャルロット、そして自分。何故こん...
平和な時代に生まれれば、皆が何の不安もなく笑っていられ...
(今は自分の運命を嘆くときではないか。今も生きている友人...
アンリエッタは弱気になりかける自分を奮い立たせると、執...
(さて、陛下の手前大丈夫だと断言したが、これはなかなか厄...
一人廊下を歩きながら、アニエスは頭の中で目まぐるしく考...
立てこもって防衛を行うと言っても、魔法学院は元来軍事用...
防壁の建造は学院にいるメイジたちにやらせればそれ程時間...
自分の銃士隊は大丈夫だ。だが、傭兵の登用は慎重に行う必...
金のために働く連中である。それが困難な戦闘であると分か...
下手をすれば、彼らの逃亡で全軍の崩壊を招く危機すらある...
その光景を想像するのは、あまり気分のいいものではない。
それに何より、平民や学院の生徒たちを一応戦える程度に鍛...
(それ程時間はかけられんか)
それでも、無理だと投げ出すことは絶対に出来ない。アニエ...
この日、特に戦争中魔法学院の学徒兵と良好な関係を築いて...
命令内容は、「対メイジ用の新戦術の試験を魔法学院にて執...
少々奇妙な命令であったが、職にあぶれていた多くの傭兵た...
それ程遠くない未来に、想像を絶するほどの激戦が待ち受け...
444 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/28(木) 00:06:5...
「ほう。では、アルヴィーの配置は完了したのだな」
「はい、ジョゼフさま。あのお人形とガンダールヴがこちらに...
ジョゼフさまのご命令あらば、今すぐにでも魔法学院を包囲...
王座の正面、少し離れた場所に跪くミョズニトニルンの報告...
まだ深夜と表現してもいい時刻である。昼は多くの貴族や使...
そんな中、宮殿の最奥である王座の間にだけは明かりが灯さ...
繊細な意匠が施された王座の間の壁際には、鈍く光る鋼の鎧...
一見しただけでは分からないが、彼らは皆人間ではない。兵...
必要ないと言って笑うジョゼフを説得し、ミョズニトニルン...
ジョセフを王位につけて傀儡にしようとした貴族たちはとも...
今は亡き王弟オルレアン公を信奉している反ジョゼフ派の貴...
本当ならそんな連中は今すぐにでも無力化したいし、ミョズ...
だが、そういうミョズニトニルンの進言を、ジョゼフはどう...
この夜もそうであった。ジョゼフは、今すぐ魔法学院を落と...
「それはならん」
「何故ですか」
驚きに目を見開きながら、ミョズニトニルンは顔を上げる。...
「トリステインにも何やら動きがあるのであろう」
美髯をしごきながら、ジョゼフが問う。ミョズニトニルンは...
「銃士隊や一部の部隊に召集がかかっているようです。戦争で...
「ということは、こちらが魔法学院を包囲しようとしているこ...
「はい。魔法学院に軍を集結させ、防衛に当たらせるものと推...
息巻くミョズニトニルンに、ジョゼフは首を振ってみせる。
「それはならんと言っておるのだ、余のミューズよ」
「しかし」
「それではつまらん」
ジョゼフは子供のように唇を尖らせた。
「温室育ちのひよっこメイジと所詮は戦を知らぬ教師、魔法ど...
こんな連中に万を超えるアルヴィーを差し向けたとて、結果...
どうせなら徹底的に抵抗してもらって、派手な戦を見物した...
「つまり、相手の体制が整うまでは手を出すなと仰るのですか」
445 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/28(木) 00:07:2...
「そうだ。怯える兎などを狩ったところでつまらぬだけだ。奴...
不意に、ジョゼフの口角が大きく吊りあげられた。面立ちが...
「ありったけの力を持って、その牙をへし折ってやるのだ。健...
徹底的に追いたて、嬲り、一片の慈悲すら与えずに叩き潰す...
ミョズニトニルンは一応頷いてから、しかしなおも食い下が...
「ですが、ジョゼフさま。学院には虚無の担い手がいるのです」
「それがどうした。使い魔と引き離された虚無にどれだけのこ...
おおそうだ、いいことを思いついたぞ余のミューズ。この宮...
己の主が陵辱されるところを見せ付けてやるというのはどう...
自分の思いつきに手を叩いて喜ぶジョゼフに、ミョズニトニ...
ジョゼフには、オルレアン公の娘とガンダールヴが、この宮...
あちらの行動は常時監視しているのだ。どんなに人目を避け...
だから、ミョズニトニルンとしてはこの宮殿にたどり着く前...
無論、武器しか扱えぬガンダールヴと、優秀ではあるが所詮...
だが、万一の可能性を考慮すれば、ジョゼフと敵を直接対峙...
ほぼ無制限に魔法具を扱えるとは言っても、ミョズニトニル...
ガンダールヴが捨て身でジョゼフを狙ったりすれば、果たし...
「恐れながら、ジョゼフさま」
「ミューズ」
なおも食い下がろうとするミョズニトニルンを、ジョゼフは...
その顔には、今も先程と変わらぬ微笑が浮かんでいる。だが...
主の機嫌を損ねてしまったと気付き、ミョズニトニルンは慌...
「どうかお許しください、ジョゼフさま」
震える声で懇願するミョズニトニルンに、ジョゼフは薄ら笑...
「ならぬ。お前は主である余に口答えしたのだ。罰を与えねば...
ジョゼフは軽く顎を上げて言った。
「服を脱げ」
ミョズニトニルンは肺の奥から熱っぽい息を吐き出した。ロ...
わずかに顔を上げてそっと上目遣いに見上げると、ジョゼフ...
446 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/28(木) 00:08:0...
「どうした、早くせぬか」
ミョズニトニルンは大きく息を吸いながら立ち上がり、震え...
目を瞑ったまま、一枚一枚服を剥ぎ取っていく。
そうして靴まで脱ぎ捨てて裸になったミョズニトニルンだっ...
「手を下げろ」
容赦のない声で、ジョセフが端的に言う。ミョズニトニルン...
白い肌が夜気に晒され、形のいい乳房が小さく震える。
ミョズニトニルンの他にこの場にいるのは、彼女の主と命持...
それでも、広い王座の間に隠すものもなく裸で立たされては...
「来い」
ジョゼフの命令に従って、ミョズニトニルンはゆっくりと歩...
一歩一歩と足を進めるたび、冷たい夜気が周囲を流れていく...
そうして王座のすぐ手前まで辿りついたミョズニトニルンを...
ただ見られているだけだというのに、まるで撫で回されてい...
体の表面をジョゼフの視線がなぞるにつれて、ミョズニトニ...
あまりの熱に頭がとろけたようにぼんやりしはじめたとき、...
「座れ」
素直に頷いて、ミョズニトニルンはジョゼフの体にしなだれ...
「ジョゼフさま、ジョゼフさま」
体を包む熱狂に任せて主の名を呼びながら、彼のたくましい...
そのまま幾度か口付けすると、ジョゼフは呆れた口調で言っ...
「これ、はしたないではないか余のミューズよ。これでは盛り...
ジョゼフは自分の膝の上に収まっているミョズニトニルンの...
「ああ、申し訳ありませんジョゼフさま。どうか淫乱な私にお...
「おお情けない。そんな様で神の頭脳などと名乗ろうとはな。...
ジョゼフはゆっくりとミョズニトニルンの股に手を滑り込ま...
「おおミューズよ、心底まで淫らなのだな余の使い魔よ。この...
大げさな形容で言葉を飾り立てながら、ジョゼフはミョズニ...
彼の手は実に的確にミョズニトニルンの弱い部分を刺激し、...
空を飛ぶような高揚感に身を委ねるミョズニトニルンの耳元...
「余のミューズよ、お前は以前言っていたな。自分こそが四の...
混濁する意識を懸命に繋ぎとめながら、ミョズニトニルンは...
ジョゼフが、ミョズニトニルンの額に刻まれたルーンに口づ...
「それを証明してみせよ、余のミューズよ。それほどの力でな...
主の声を遠くに聞きながら、ミョズニトニルンは幾度も大き...
86 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/10/16(月) 23:07:51...
疲労に重くなった体を地面に投げ出したまま、才人は頭上に...
朝から夕方まで一日中走り通しである。ガンダールヴの力が...
才人は今、トリステインとガリアの間に横たわる広大な山脈...
ガリア王都に至るまで十日ほど、ほとんど人が踏み入らない...
春先ということもあって、道とも言えぬ道は歩くことすら困...
そんな中を、才人は重い荷物とタバサの体を抱えて走ってき...
暗くなる前に野営の準備をするべきだというタバサの勧めに...
それでもかろうじて兎を二羽捕まえて、今に至る。タバサは...
「生きてるかい、相棒」
デルフリンガーが声をかけてくる。才人は「なんとかな」と...
「ここまでしんどいとは思ってなかった」
「ほとんど休んでねえからね。俺の見たところじゃ馬より長く...
「明日はもうちょっと休みいれながら行こう」
げんなりしながらそう言って、才人は周囲を見回した。
山の中らしく、周囲は見渡す限り木々に覆われていた。そん...
タバサの準備はこういった面でも完璧だった。
一見すると、この場所の周囲には障害物など何もないように...
これは以前ギーシュが才人の銅像を隠しておくために用いた...
周囲の景色に合わせて模様を変化させる布だった。つまり、こ...
さらに、狼や熊などの獣が嫌がる臭いを発する香を微風に乗...
頭上には弱い風の結界が張ってあり、雨を防ぎ焚き火の煙を...
タバサによるとこれらは全てドットレベルの魔法らしく、一...
「全く、シャルロットは準備がいいよ」
焚き火を見ながら才人が呟くと、デルフリンガーがからかう...
「どっちかっつーと相棒が何も考えてないだけだけどね」
「うるせえ、今回の俺は肉体労働専門なんだよ」
才人がそう言い訳したとき、不意に景色の一角が揺らいだ。...
「どこ行ってたんだ」
起き上がって迎える元気もなく、寝転がったまま才人が訊く...
籠の縁から、様々な種類の山菜が顔を覗かせていた。
87 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/10/16(月) 23:10:06...
「今夜のご飯」
才人は感嘆の息を吐いた。
「すげえなシャルロット、食べられる草の種類とかまで知って...
さすがに読書家は違う、と感心する才人に、タバサは黙って...
慌ててそれを受け取った才人が紙面に目をやると、そこには...
「シエスタからの贈り物」
「シエスタから、か」
紙束を一枚一枚めくりあげながら、才人は微笑を浮かべた。
山中を踏破すると聞いて、才人の健康状態を心配したのだろ...
精密な図とその脇にびっしり書き込まれた解説文から、シエ...
最後の紙には「ヨシェナヴェ」のレシピらしき物が書いてあ...
その隅にはデフォルメされたシエスタが人差し指を立ててウ...
「『疲れててもちゃんと食べなきゃ駄目ですよ、サイトさん』...
「やれやれ、お見通しって訳か」
シエスタのこだわりに才人が苦笑しているのを横目に、タバ...
荷物袋に詰め込まれていた小型の鍋を取り出し、材料を準備...
「手伝おうか」
才人はそう申し出たが、タバサは首を振った。
「休んでて」
こういう場面で女の子だけ働かせるのは何とも居心地の悪い...
任務の途上で野宿することも多かったのだろう、タバサはこ...
あっという間に兎の肉と山菜が詰まった鍋が用意され、焚き...
鍋が煮立つくぐもった音と共に食欲をそそる匂いが漂い始め...
走り通しで力が空になった体はほとんど暴力的な勢いで食物...
「ごちそうさまでした」
空になった器を置いて、才人は地面に寝転がった。そうして...
あまりに腹が減っていたために、自分一人だけで食べてしま...
「悪い、俺一人でほとんど食っちまったな」
「いい。あんまりお腹空いてないから」
かすかな微笑を浮かべて、タバサが答える。才人はほっと息...
「駄目だぞちゃんと食わないと。そんなんじゃ育ちが悪くてル...
そこまで言って、才人は口を噤んでこわごわ周囲を見回した...
88 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/10/16(月) 23:11:21...
「どうしたの」
「いや、あいつのことだからどこかで監視してるんじゃないか...
何となくありえなくもないような気がして才人が周囲を見回...
「お兄ちゃん」
「なんだ」
振り向くと、目が合った。タバサは、眼鏡の奥の瞳に真剣な...
「訊いてもいい」
「ああ」
タバサの雰囲気に押され、才人は居住まいを正した。タバサ...
「ルイズのどこが好きなの」
直球である。予想もしなかった質問に、才人の思考が一瞬停...
「いきなり何だよ」と笑い飛ばそうとして、失敗した。タバ...
「えっと」
誤魔化すように顔を背けて頬を掻きながら、才人は横目でタ...
こういうときいつも茶化してくるデルフリンガーは、何故か...
(この野郎、楽しんでやがるな)
後で岩にぶつけてやる、と固く心に誓いながら、才人はタバ...
「ルイズのどこが好きか、か」
タバサは無言で頷いた。才人がルイズを好いていることには...
まあ事実なのだから今更隠すこともないな、と思いつつ、才...
(どこが、ねえ)
唐突に、しかも他人にそんなことを訊かれて、才人は数秒ほ...
ルイズのことが好きだというのは才人の中では既に分かりき...
しかし、折角だからこの機にルイズの魅力を再確認するのも...
「ルイズな。こうやって改めて思い返してみるとさ、あの女っ...
我がまま、高慢ちき、人使い荒い、すぐに勘違いする、んで...
雰囲気読めない、ヒス持ち、人の切ない部分を実に乱暴に扱...
貧乳だし、という言葉を、才人は口から出る寸前で飲み込ん...
そのタバサはと言うと、好きなくせに欠点ばかりが口を突い...
「でもなあ」
才人は苦笑しながら頭を掻く。
89 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/10/16(月) 23:12:01...
「そんな奴なのに、何でだか惹かれちまうんだよな」
「どうして」
タバサが少し強い口調で訊いてくる。どうしてもその部分が...
前より親しくなったとは言え、あくまでも他人でしかない男...
(まあ、女の子ったらコイバナ大好きな生き物だしな)
そうやって自分を納得させてから、才人は目を閉じてルイズ...
見慣れた澄まし顔に、見慣れた怒り顔。ほとんど見たことが...
今まで幾度も目にしてきたルイズの多彩な表情が、次々に浮...
「顔が可愛いとか、そういうのももちろん否定はしねえ。たま...
才人の目蓋の裏に、今まで以上に鮮明に浮かぶ像がある。
それは、ルイズの背中だった。
堂々と胸を張って、目の前の困難から目をそらすことなく、...
そんなルイズの姿を思い浮かべるだけで、才人の胸に熱い何...
(ああ、これなんだな)
その思いを噛み締めながら、才人はゆっくりと頷いた。
「ルイズは、魔法が使えない。よくそのことを馬鹿にされてる...
公爵家なんてお偉いさんの娘なんだ、魔法なんか使えなくた...
だけど、ルイズはそうしなかった。ヤケを起こして投げ出し...
何度やってもどれだけ頑張っても魔法が出来ないって現実に...
正直、凄いって思うよ。ここまで一途に頑張れる奴を、俺は...
そこに、何者にも侵しがたい誇りのようなものを感じたのだ...
「まあ結局、俺はルイズの誇り高いところが好きなんだってこ...
そうまとめた後で、才人は苦笑した。
「って、さっき高慢ちきだとか何とか言っといてこの結論じゃ...
「そんなことない」
タバサはゆっくりと首を振る。才人は笑った。
「そうか」
「うん。よく分かった」
タバサは静かに目を閉じ、どこか寂しげにも感じられる微笑...
「すごくよく、分かった」
214 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:22:0...
小さな音を立てて飛び爆ぜる火の粉が、才人と自分の間で舞...
その光景を、タバサはただ静かに見つめていた。
ルイズへの思いを語ったあとほどなくして、才人は深い眠り...
一日中走り通しで溜まった疲労のためだろう、今はわずかな...
揺らぐ焚き火の向こうに見え隠れする才人の寝顔を見みつめ...
(ごめんなさい)
心の中で謝罪し、タバサは抱え込んだ膝の間に顔を埋めた。
自分はなんて馬鹿なことをしているんだろう、という思いが...
国王暗殺などという途方もなく無謀な企てに、赤の他人を巻...
失敗すればもちろんのこと、成功したとしてもその後どうな...
自分が暗殺を企てたのだということが知れようものなら、協...
たとえどれ程位の高い大貴族であろうとも、一国の国王暗殺...
それを知りつつも、タバサは友人たちに頼ってしまっている...
他人を巻き込んではいけないと、頭では理解しつている。
しかし、もう耐えられないと感じていたのも事実だった。
自分の背に埋め込まれた宝玉は、昼夜問わず体を芯から疼か...
そのタイミングは不規則で、予測することなど到底不可能だ。
だからタバサは、誰と一緒にいるときでも、常に気を張って...
二十四時間絶えることなく拷問にさらされているようなもの...
仮面のような無表情の下で、タバサの精神は徐々に磨り減ら...
この悪夢のような日常から一刻も早く逃れたいと、体と心が...
その苦痛に拍車をかけたのが、故郷から時折届く手紙だった。
心を狂わされ、今は屋敷に閉じ込められている母の近況を知...
いいことなど書いてあろうはずもないが、最近はそれがさら...
一年ほど前から、タバサの母親はロクに食事も取らないよう...
手紙には、徐々に痩せ細り衰弱していく母の様子が刻々と記...
おそらく、母はもう長くはないのだろう。その事実が、タバ...
せめて母が死んでしまう前に、復讐を果たさなければならな...
そんな風に急いでいたからこそ、巻き込んでしまうと知りつ...
215 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:22:5...
(それだけじゃない)
タバサは焚き火の向こうの才人の寝顔に目を移す。
今は疲れ果てて眠り込んでいる少年の顔を見ていると、どう...
この胸の高鳴りこそが、自分がこうして愚かな行動ばかりし...
だから、差し伸べられた手を振り払うことができなかった。
他の誰でもない、この人にこそ助けてもらいたいと、願って...
(本当に、馬鹿なわたし)
自虐的な感情が暴れ出してどうにもならなくなり、タバサは...
特に意味のある行為ではない。だが、何かしていないと気が...
そんなことをしていたとき、タバサはふと袋の底に妙な物を...
薄汚れた布に包まれた、固い物体である。
出発の際シエスタが余分な物を取り除いてしまったはずなの...
タバサは不思議に思いながら、その物体を手にとって布を取...
それには一枚手紙が添付されていて、そこには見覚えのある...
「あなたの呪いを解くには至りませんが、あなたの心を守る最...
こんな形でしか手助けができない無力なわたしを許してくだ...
親愛なるタバサへ。キュルケ・フォン・ツェルプストー」
タバサはキュルケの贈り物を複雑な心情と共に見つめた。
親友の心遣いを有難いと思うと同時に、申し訳なくも感じて...
贈り物をそっと懐に収めて、タバサはこみ上げてくる自己嫌...
(わたしは、こんなことをしてもらえるような人間じゃないの...
そうしてタバサがため息を吐き出したとき、不意にのんびり...
「悩んでるねえ」
思わず顔を上げる。声は才人の方から聞こえたが、もちろん...
「俺だよ、デルフだよ」
「知ってる」
一応そう答えてから、タバサはわずかに顔をしかめた。
ずっと黙っていたせいで、この剣のことをすっかり忘れてし...
デルフリンガーは今まで喋らなかったのが嘘だったかのよう...
216 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:23:5...
「いいねえ、青春だねえ」
「何の話」
「相棒に惚れてんだろ、嬢ちゃんよう」
「だから、なに」
否定するのは無駄だと思ったので、止めておいた。デルフリ...
「こりゃ驚いた、相棒のご主人様とはえらく反応が違うねえ。...
「知ってる」
出来る限り素っ気なく答える。自分であれこれと思い悩んで...
そんなタバサの思いを知ってか知らずか、デルフリンガーは...
「まあなんだな、悩むのはそういう年相応の問題だけにとどめ...
その様子じゃまだ迷ってるんだろ。相棒や他の連中を自分の...
まさに先程考えていたことを正確に言い当てられ、タバサは...
「そりゃ分かるさ、嬢ちゃんの表情見てりゃね。
昼間相棒に抱えられてたときだって、ずっと同じことばっか...
「巻き込んでしまったのは、事実だから」
「そりゃ違うよ。あの連中は巻き込まれたんじゃなくて、自分...
「それを拒まずに受け入れたのは、わたし」
「拒むことなんかできやしなかっただろ。強引だからね、相棒...
「でも」
「いいんだって。皆、好きでやってることなんだからよ。嬢ち...
デルフリンガーの声はあくまでも陽気で、ついその優しさに...
「どうして、皆こんなに優しいの」
それは罪悪感の発露とでも言うべき、ほとんど独り言に等し...
「さて、何でだと思うね」
そう言われて、タバサはちらりと才人の寝顔を見た。
「きっと、お兄ちゃんのため」
「相棒のため、かい」
「そう。お兄ちゃんがいい人だから、皆心配してる。わたしは...
「いいや、それだけじゃないね」
力強い否定の言葉に、俯きかけたタバサは思わず顔を上げる。
「確かに相棒がいい奴だってのもあるだろうが、あの連中が手...
「他に、どんな理由が」
「決まってんだろ。あんただよ、嬢ちゃん」
予想だにしない答えだった。驚くタバサに、デルフリンガー...
217 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:25:1...
「嬢ちゃんだっていい奴だよ。俺はずーっと相棒にくっついて...
嬢ちゃんが他人のことを考えて動いてるってことだって、ち...
「そんなことない、わたしは」
「土くれのフーケ捕まえようとしたとき、微熱のねーちゃんや...
アルビオンに行ったときだって、自分には大して得もねえの...
宝探しにも付き合ったし、水の精霊退治しろって任務でも、...
どうだい、こんだけ並べりゃちょっとは自分がお人よしだっ...
淡々と過去の事実を並べ立てるデルフリンガーの言葉に、タ...
確かに、客観的に見れば自分には特に利益もない選択ばかり...
かと言って自分は善人だなどと認める気にもなれず、タバサ...
デルフリンガーが口もないのに吹き出した。
「そんなに真面目に考えんなよ。とにかくだ、相棒もあの連中...
嬢ちゃんがいい奴だから、出来る限り助けてやりたいと思っ...
そう言ってから、デルフリンガーは少し真面目な口調で続け...
「それに何より、嬢ちゃんがいい奴じゃなかったら、あの連中...
そうしなかったってことは、結局のところ信頼されてるって...
『あいつのすることだから、きっと間違ってはいないだろう...
反論を重ねようとして、タバサはついに諦めた。
この剣は何を言ったって自分の論を翻したりはしないだろう...
何よりもタバサ自身、デルフの言葉を聞いて胸の奥が熱くな...
(嬉しい)
タバサはそっと胸を押さえた。心臓が静かに、だが力強く脈...
目蓋を閉じる。鼓動の高まりと共に、友人たちの顔が次々と...
その一つ一つが自分の体を温めてくれるように思えて、自然...
目蓋を開くと、疲れ果てて眠り込んでいる才人の姿が目に映...
(巻き込んでしまってごめんなさい。助けてくれてありがとう)
相反する二つの言葉を内心で呟きながら、タバサは目を細め...
今更どう後悔しようが、ここまで来てしまったのは事実なの...
こうなったら、後は少しでもいい結果に終わるように死力を...
それに、目の前で眠っている少年を見ていると、不思議な心...
どう考えても不可能に思えるこの企ても、彼と一緒ならば成...
(お兄ちゃんと一緒なら)
才人の姿を見つめながら、タバサは微笑を浮かべた。
そのとき、不意に背中が不自然に震え始めた。
218 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:26:0...
タバサは目を見開く。驚く暇もなく震えが全身に広がり、疼...
背中に埋め込まれた宝玉による、唐突な性衝動の昂ぶり。だ...
タバサはうめき声を漏らしながら身をよじる。全身が火照り...
ほとんど反射的に股に手を差し入れると、もう秘所から大量...
意識が混濁し、視界が歪む。タバサは半開きになった唇の隙...
(繋がりたい)
唾を飲み干し、ふらふらと才人に近寄る。デルフリンガーが...
タバサは才人のそばに座り込み、彼の寝顔をじっと眺めなが...
指先が弱い部分に触れるたびに、背筋に言いようのない快感...
(お兄ちゃん、お兄ちゃん)
夢中で体を弄り、タバサはすぐに一度絶頂に達した。
しかし性衝動は治まるどころかますます昂ぶっていく。もう...
(犯せ)
タバサの脳裏に、一ヶ月ほど前の光景が浮かび上がった。
暮れゆく空の下、魔法学院の敷地の片隅で獣のようにまぐわ...
(犯せ)
あのときタバサは、一人で体を弄るだけでは絶対に味わえな...
(もう一度、あのときみたいに)
自然と口元に笑みが浮かぶ。タバサは己の欲望の命ずるまま...
あともう少しで才人の顔に指先が触れようというとき、タバ...
交わったときの光景を消し飛ばすほどの強さで、あるものが...
それは、先程ルイズのことを語っていたときの才人の横顔だ...
嬉しそうな、あるいは誇らしげな表情を浮かべながら、愛す...
タバサは砕けるほどの強さで歯を噛み締めながら、半ば無理...
その手が、キュルケからの贈り物を思い切り握り締めた。
すると、タバサの意志を完全に奪い去るほどの勢いで暴れ狂...
荒い息を吐きながら、タバサは才人を見つめた。
まだ、彼を求めるように全身が昂ぶっている。性衝動は未だ...
才人の体に抗い難い誘惑を感じながらも、タバサは無理に体...
少し彼から離れて、一人でこの体の昂ぶりを治めなければな...
歩いていると、瞳の奥から勝手に涙が溢れ出してきた。
性欲を満たすことができなかったという、単なる欲求不満に...
どうしようもなく、胸が痛むのだ。締め付けられるように、...
(大丈夫)
涙を拭う余裕もなく、ずるずると足を動かしながら、タバサ...
(きっと、全部この宝玉のせい。体が疼くのも、心が痛むのも...
だから、わたしは大丈夫。この宝玉さえなくなれば、この痛...
小さく嗚咽を漏らしながら、タバサは森の方に向かって歩い...
「残念だな嬢ちゃん、俺には魔法は効かんのさ」
タバサの背中が完全に見えなくなったことを確認してから、...
喋る者が一人もいなくなり、野営場所には焚き火が爆ぜる音...
「あー」
その沈黙を持て余すように、デルフリンガーはため息を吐く。
「なんてーのかな。俺としてはこういう根暗な旅もそこそこに...
誰も聞くことのない声が、淡々と夜の山に響き渡る。
「こりゃダメだね。なんてーか、割と真面目に気に入らねえや」
デルフリンガーは武者震いするようにかすかに刀身を震わせ...
「ちっとばかり真剣になってみるかねえ。いやあんま変わんね...
309 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:02:1...
澄み切った青い空を見上げて、シエスタは一つため息を吐い...
授業中という時間帯もあってか、ヴェストリの広場に人の姿...
短い休憩を与えられて広場の隅のベンチに座っているのだが...
頭に思い浮かぶのは、愛しい黒髪の少年のことばかり。
(サイトさん)
小さく胸が痛む。後悔という名の小さな棘は、未だにシエス...
才人とタバサを送り出してから、もう二日も経ってしまった。
今回彼らが何をしにどこへ行ったのか、シエスタは何も聞い...
ただ、協力を頼んできたキュルケが「絶対に誰にも喋らない...
少なくとも単なる小旅行に出かけた訳ではないようだった。
だから、今頃どこにいるんだろう、とか危険な目に遭ってい...
一向に答えは出ない。出るはずもない。
(わたしの今回の役目は、ただ黙っていること、ですもんね)
シエスタはもう一度ため息を吐いた。
一ヶ月間ほど出来る限り才人を避けるように、と言われた以...
それでも彼女自身の意地で一日目のお弁当を拵え、
自分が知る限り山菜や食べられる草などのリストを作り上げ...
(結局、わたしがサイトさんのために出来ることは何もない)
大きな無力感が胸を痛む。勝手に涙がこみ上げてきて、シエ...
(駄目だわ、こんなことじゃ。笑顔で出迎えるって、サイトさ...
涙を拭って、無理に笑顔を作る。そうすると、ほんの少しだ...
そろそろ休憩時間も終わる時刻である。ベンチから腰を上げ...
少年が一人、何気ない足取りで歩いていく。あまり見ない服...
「サイトさん」
シエスタは叫びながら立ち上がり、才人に向かって駆け出し...
才人はこちらに気付く様子もなく、校舎の影に消える。
シエスタもその後を追ったが、校舎の角の向こうに飛び込ん...
シエスタは困惑して周囲を見回す。隠れられるような場所も...
(見間違い、かな。ううん、確かにあれはサイトさんだった)
シエスタは大きく息を吐く。
もしかしたら、才人会いたさに幻覚を見たのかもしれない。
だとしたら自分も相当参っているな、とシエスタは自嘲の笑...
310 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:03:0...
夜、その日の仕事が終わって自室に帰ろうとしていたシエス...
連れ立って広場を歩いてきたキュルケとモンモランシーに呼...
二人とも魔法学院の制服姿だったが、モンモランシーは何や...
本来なら貴族に呼び止められたりしたら「何か気に入らない...
この二人ならば顔見知りだから、あまり緊張することもない。
二人は少し難しそうな顔をして「とにかくついてきて」とシ...
寮の中に入って少し歩き、辿りついた先は見慣れた場所だっ...
「ミス・ヴァリエールの部屋じゃないですか」
どうしてこんなところに、と問うよりも早く、キュルケが扉...
「ルイズ、入るわよ」
返事を待つこともなく、キュルケはアンロックの魔法で勝手...
モンモランシーも躊躇なく後に続き、シエスタ自身も若干迷...
才人が旅立って以来、この部屋の住人はルイズ一人になって...
部屋の中はしんと静まり返っていた。
窓から月明かりが差し込んでいるとはいえ、ランプすら灯さ...
キュルケが慣れた様子でルイズの机に近づき、その上にあっ...
部屋がぼんやりとした光に照らされ、同時にどこかから甘い...
シエスタは息を呑んだ。
ルイズがいた。ベッドの上で布団を被って蹲っている。
しかし、彼女は二日前とは比べ物にならないぐらいひどい状...
吊りあがった目は真っ赤に充血してギラギラした光を放って...
その周囲に出来た隈は彼女がろくに寝ていないことを如実に...
(どうして)
シエスタは声も出せず、ただルイズを見つめることしか出来...
ルイズがこんな風になってしまう理由など、一つしかない。...
だが、今回は前と違って才人が死んでしまったという訳では...
シエスタ自身彼の不在には気落ちしていたが、それはあくま...
何をどうしたら今のルイズのように追い詰められてしまうの...
とにかく、こんな状態のルイズを放っておくわけにはいかな...
シエスタはベッドに駆け寄ると、布団越しにルイズの肩に手...
「ミス・ヴァリエール、大丈夫ですか」
「別に、なんでもない」
ルイズはかすれた声でそう答えた。
間近で見ると唇も乾ききって荒れているのが分かり、さらに...
シエスタはルイズの隣に腰掛けると、彼女の背中に手をやり...
「一体どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
「うるさいわね、なんでもないったら」
疲れきった声でそう言ったきり、ルイズは目を見開いたまま...
いつもならもうシエスタの手など振り払っている頃である。...
「見ての通り、この子ったらあれから少しも寝てないみたいな...
今日の授業中なんて、いつ倒れるかと心配になったぐらいよ」
キュルケが呆れたように言う。
確かに、今のルイズの様子は尋常ではない。このまま放って...
「だけど、この子ったら少しも事情話さなくて」
キュルケが肩をすくめる。そういう訳で自分が連れてこられ...
「ね、ミス・ヴァリエール。何か悩み事があるなら、私に話し...
お話し相手ぐらいにならなれると思いますから」
しかしルイズは唇を引き結んだまま何も話そうとしない。
これではどんなに話しかけても無駄なのではないだろうか。
シエスタは困惑してキュルケの方を見る。そこで、おかしな...
部屋に入ってから一言も発していなかったモンモランシーが...
遠目に見るとそれは香炉のようで、ランプを灯すと同時に漂...
一体何のつもりなのかと問いかけようとしたとき、不意にシ...
驚いて隣を見ると、先程まで厳しい顔をしていたルイズが、...
311 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:03:5...
「急にどうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
慌てて問いかけるが、ルイズは小さくしゃくり上げるばかり...
「凄い効き目ね」
キュルケが呟いた。はっとしてそちらを見ると、キュルケは...
「違うわよ。これの効果が凄いんじゃなくて、ルイズがもう立...
困惑するシエスタの視線に気付いたのか、モンモランシーは...
「そんなに驚くようなことじゃないわ。ちょっと、心を落ち着...
「水魔法のお香なんでしょ」
キュルケの呟きに、モンモランシーは肩をすくめた。
「言うほど強いものじゃないわ。でも疲れきった人になら十分...
張り詰めていた精神が落ち着いて、素直に気持ちを現せるよ...
そう説明してから、「さてと」と言ってモンモランシーは背...
「あとはあなたに任せるわね」
「え、でも」
「わたしたちがいたら、話しにくいことがあるんじゃないかし...
キュルケもまた、悪戯っぽく片目を瞑って入り口に足を向け...
「そのお香、多分明日の朝ぐらいまでなら持つと思うから」
「しっかり慰めてあげなさいな。それじゃお休みなさい、お二...
それだけ言い残して、モンモランシーとキュルケは部屋を出...
途端に静かになった部屋に、ルイズがしゃくり上げる音だけ...
シエスタは迷いながらも微笑を浮かべ、ルイズの背中をさす...
「さ、ミス・ヴァリエール。まずは眠りましょう。このままだ...
だが、ルイズは首を振った。鼻を啜り上げながら、かすれた...
「寝るの、やだ」
「どうしてですか」
急かす調子にならないように、シエスタはゆっくりと問いか...
ルイズは真っ赤に充血した目から止め処なく涙を流しながら...
312 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:04:2...
夢を、見るのだという。
その夢の中で、ルイズはそんなに遠くない過去の風景を見て...
アルビオンから撤退するトリステイン軍。その殿を命ぜられ...
本来なら、ルイズの意識はそこで途切れている。だというの...
「サイトがね、怖い怖いって震えながら、でもたくさんの兵隊...
わたしはそれを後ろで見ていて、止めて、行かないでって叫...
サイトは剣を抜いてたくさんの兵隊を倒すんだけど、兵隊た...
足を斬られて、手を焼かれて、それでもサイトは止まらない...
兵隊たちの指揮官を倒せば敵を足止めできて、それでわたし...
わたしのことはいいから逃げてって、一生懸命叫んで、サイ...
どんどん傷が増えてどんどん血が出て、それでもサイトは止...
だけど、兵隊たちの指揮官まで後一歩っていうところで、サ...
何かに憑かれたように夢中でそこまで喋りとおしたあと、ル...
シエスタは黙ってルイズの背中を擦ってやりながら、囁くよ...
「それで、また才人さんが死んじゃうんじゃないかって思って...
「違うの。ううん、それもあるけど、でも違うの。サイトがあ...
わたしが皆に認めてもらいたいなんて思ったから、サイトは...
全部わたしのせいなの。わたしのせいでサイトが死んじゃう...
ルイズは両手で顔を覆い、声を上げて泣き出した。手と手の...
しかしシエスタは耳を塞がず、ただじっとその泣き声に耳を...
「そうですね。確かに、その通りかもしれませんね」
ルイズの泣き声が更に大きくなる。シエスタはその泣き声を...
ゆっくりと両手を伸ばし、ルイズの頬を優しく包み込む。泣...
「でも、大丈夫ですよ」
ルイズが小さく息を呑む。シエスタは笑って続けた。
「サイトさんは、絶対に死にません。今度もちゃんと無事で帰...
「そんなの分からないわ」
「いいえ、わたしには分かります。サイトさんは絶対に死にま...
「どうしてそんなにはっきりと言えるの。もっと怖いことが起...
「それでもです。サイトさんは何があったって、どんなに危険...
「どうして」
「だって」
シエスタはそこまで言って躊躇った。目蓋を閉じ、眉根を寄...
今から言おうとしていることは、間違いなく事実だ。変えよ...
だからこそ、口に出してしまえばきっと自分の心は深く傷つ...
(それでも、ちゃんと認めなくちゃならないんだわ、わたしは)
シエスタは細く、そして深く息を吸い込んだ。
堂々と胸を張り、力強く顔を上げる。目蓋を押し上げ視線は...
シエスタは切り裂かれるような胸の痛みに耐えながら、全身...
「サイトさんは、ミス・ヴァリエールのことを愛しているんで...
313 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:05:3...
ルイズの目が大きく見開かれた。シエスタは笑みが崩れてし...
胸の奥で、様々な感情が荒れ狂っていた。
怒りもある。悲しさもある。悔しさもある。寂しさもある。...
ありとあらゆる感情が、笑みを形作る唇を無理矢理こじ開け...
だが、決してそうはならない。穏やかな深い笑みは、決して...
嵐のように渦巻く冷たい感情の中に、一つだけ温かい何かが...
それが何なのかは分からない。だが、その何かが今の自分を...
(サイトさんはミス・ヴァリエールのことを愛している。
わたしはサイトさんの気持ちを大切にしてあげたい。
だからサイトさんが愛するミス・ヴァリエールを助けてみせ...
だって、わたしはサイトさんのことを愛しているから)
その瞬間、荒れ狂っていた感情がほんの少しだけ静かになっ...
まだ胸は痛む。しかし、言葉を紡げなくなるほどには痛くな...
シエスタは目を見開いたまま固まっているルイズに、繰り返...
「大丈夫です。サイトさんは必ず帰ってきます。ミス・ヴァリ...
愛している人を一人残して死んでしまうような人じゃありま...
本当はあなただって分かっているんでしょう。サイトさんが...
ルイズの顔が崩れ始めた。
笑っていいのか泣いていいのか分からないような、複雑な表...
「でも」
戦慄く唇が、震える声を紡ぎ出す。
「わたしは、そんな風に思ってもらえるような人間じゃない」
ルイズの瞳から、涙が一筋零れ落ちた。
「サイトにたくさんひどいことしたの。サイトにたくさん痛い...
それなのに、ごめんなさいもありがとうも一度だって言った...
そんなわたしに、サイトの気持ちを受け入れる資格なんてあ...
固く閉じられたルイズの目から、次々に涙の筋が零れ落ちる。
その全てを受け止めるように、シエスタは強くルイズを抱き...
「大丈夫、きっと、全部笑って許してくれますよ」
「だけど、わたしは」
「だから涙を拭きましょう。だから明るく笑いましょう。
才人さんが帰って来たとき、ごめんなさいって言えるように...
ルイズは何も言わなかった。
ただ、涙を拭うように、あるいは泣き声をかみ殺すように、...
シエスタは穏やかな笑みを浮かべたまま、しばらくそうやっ...
ルイズはやはり何も言わなかったが、シエスタの胸の中で、...
314 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:07:4...
泣きはらしたルイズの顔を、窓から差し込む月明かりが仄か...
ベッドの中、ルイズの隣に横たわりながら、シエスタは複雑...
(この子は、とても弱い。一人ぼっちでいた時間が長すぎたせ...
自分を愛してくれる人を求める気持ちが、ルイズは人一倍強...
そんなルイズが一度才人と死に別れ、やっと会えたと思った...
(可哀想なミス・ヴァリエール)
シエスタは手を伸ばし、そっとルイズの髪を撫でる。
一人では生きていけない、か弱い少女。
だが、そんなルイズも、才人のために頑張ろうとしているの...
出来る限り才人の気持ちに応えよう、彼の気持ちを大事にし...
だからこそ、不安に押しつぶされそうになりながらも才人を...
夜眠れないほどの恐怖を感じながら、それでも泣き言を言わ...
(わたしはこの子を支えてあげたい)
シエスタは手を伸ばして、ルイズの小さな体をそっと抱きし...
(強くなりたいと、愛する人の思いを受け止めたいと思ってい...
もちろん、シエスタ自身才人のことを諦めるつもりはない。
だが、今は一度だけその気持ちを胸にしまってもいいと思っ...
せめて、ルイズが何の気兼ねもなく自分の気持ちを素直に表...
シエスタが決意を新たにしたそのとき、不意にルイズが小さ...
「あ、ごめんなさい、起こしちゃいましたか」
慌ててそう言ったが、何故かルイズは何も答えず、目を細め...
どこを見ているのだろう、と不思議に思ってその視線を追う...
「あの、ミス・ヴァリエール」
「おっきい」
何が、と問う暇もなく、ルイズは素早く腕を伸ばした。避け...
「ちょ」
「おっきい」
またも呻くように言いながら、ルイズはやたらと真剣な目つ...
混乱するシエスタの耳に、その声はやたらと大きく響いた。
「いいなあ」
溢れんばかりの羨望が込められた、怨嗟の声である。シエス...
もちろん声の出所はルイズで、相も変わらずやたらと真剣な...
「いいなあ。おっきいおっぱい、いいなあ」
(え、ちょ、なんなんですかこの状況)
混乱するシエスタを横目に、ルイズはそれからたっぷり数秒...
「ねえシエスタ」
「え」
「どうすればこんなにおっきくなるの」
「どうすればって」
「なんてわたしの胸はこんなにちっちゃいの」
「いえ、そんなことは」
「うそつき。だってシエスタ前言ったもん、控えめに言って板...
そんなこと言ったかなあ、と首を傾げるも、長く考えている...
ルイズが今まで以上の勢いでシエスタの胸をこねくり回し始...
「ちょ、ミス・ヴァリエール、痛い、痛いですってば」
「いいなあ、ねえシエスタ、わたしにもちょっとちょうだい。...
ほとんど半狂乱で叫ぶルイズに、シエスタは泣きそうになる。
揺れる視界の片隅に、床に置かれた香炉が映る。
(ミス・モンモランシ)
シエスタはルイズに胸を弄ばれながら、内心で絶叫した。
(この香、十分に効き目が強いんじゃあないでしょうか)
しかしその問いに答えるものはなく、シエスタは明け方まで...
終了行:
103 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:16:1...
あるよく晴れた昼下がりのこと。一人広場をぶらぶらしてい...
なんだろう、と思い、耳をすまして声の方向に歩いていく。...
修行で培った力を無駄に発揮しつつ、才人は足音一つ立てず...
まず見えたのは、薄い青色の頭だった。これはタバサだな、...
ということは木陰で本でも読んでいたのかと思って、才人は...
タバサの細い手が伸ばされている先は、どう見ても自分の胸...
後ろから見るだけではよく分からないが、一方の手で服の布...
もう一方の手を下着の中に突っ込んで、己の陰部を弄ってい...
木の葉のせせらぎのようなかすかな喘ぎ声を漏らして、タバ...
(ちょ、おま、待てよ。なんでこんなところで)
慌てる才人だったが、タバサが気付いた様子はない。
こんなことなら忍び足など使うんじゃなかった、と才人は後...
この光景を見てから何気ない顔で挨拶するなどという真似は...
だからと言って、立ち去ることもできなかった。
こんな風に集中力を欠いている状態では足音を立てないよう...
それ以上に乱れきったタバサの姿があまりにも刺激的で目を...
そして何より、股間の暴れん坊将軍が凄いことになっている...
(えーい、気持ちは分かるが静まれマイサン)
だが、才人の必死さとは裏腹に、股間の聞かん坊はますます...
それと同時に、タバサの喘ぎ声も徐々にはっきりとしたもの...
今では、荒い吐息に混じって切ないかすれ声がはっきりと聞...
そして、タバサは一際激しい声を漏らしたかと思うと、一瞬...
(こ、これ、イッたってやつだよな?)
誰に確認するでもなく、胸の内に問いかけてみる。さすがに...
(いいもん見せてもらいました、と言っとくべきなのか)
複雑な思いに捕われながら、才人はそっとその場を後にしよ...
今ならそこそこ冷静だし、タバサもまだ自慰の余韻でぼんや...
だが、その目論見は、一瞬後に響いた小枝の割れる音でもろ...
104 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:17:0...
「だれ」
今まで一度も聞いたことのない、悲鳴のような声を上げて、...
「あなたは」
「よ、よう」
才人は顔をひきつらせながら片手を上げて挨拶した。それ以...
タバサはいつもの無表情が嘘のように、呆然と目を見開いて...
「それじゃ」
いたたまれなくなった才人はまたも片手を上げて去ろうとし...
「待って」
低い声音である。だが、いつものような淡々とした口調では...
「なにかな」
「見てたの」
短く、端的な問いかけ。さすがに、「何を」などと言ってす...
(ああ、終わったな俺の人生。このタバサって奴もキレたらか...
一体何されるんだ。つららで串刺しか、それとも裸で氷付け...
絶望的な想像を抱きつつ、才人はやぶれかぶれで土下座した。
「ごめん、覗くつもりじゃなかったんだ。このことは誰にも言...
必死に叫びながら、頭を地面にこすりつける。しかし、返事...
まさかどう料理するか考えているのか、とおそるおそる顔を...
タバサが、あのいつも無表情な顔を痛々しく歪ませていたの...
呆然とする才人の前で、タバサはそのまま泣き出してしまっ...
激しくしゃくりあげるタバサを放り出して逃げる訳にもいか...
105 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:17:4...
「ごめん」
十分ほどしてようやく落ち着いたタバサが、最初に言った言...
二人は今、先ほどの木の根元に並んで腰掛けていた。もちろ...
「いや、謝るのは俺の方だって」
どう答えていいか分からず、才人はとりあえずそう言ってい...
タバサはそれ以上何も言わなかった。才人は居心地の悪さを...
「あの」
何か、決心したような声だった。才人が思わず振り向くと、...
「本当に、黙っててくれる」
「ああ、そりゃもちろん」
才人は間を置かずに頷いた。そもそも、誰かに話したところ...
それに、と才人は心の中で呟きながら、安心させるようにタ...
「誰だって隠しておきたいことぐらいあるし、ああいうことし...
あんま大きい声じゃ言えねえけど、俺だって結構するし」
よし、完璧。才人は心の中で自分に声援を送った。
お前がしたことは別に恥ずかしいことじゃないと説得しつつ...
ひょっとしたらタバサに軽蔑されるかもしれないという恐れ...
(どうせモグラだしな俺)
と、一応罵倒に備えて心の中で予防線を張っておく辺りが才...
そんな才人の笑顔を、タバサはいつもの無表情に赤みをプラ...
だが、やがて何かを決意したようにわずかに口元を引き締め...
才人はまたもぎょっとする。今日はなんだかぎょっとしてば...
「ちょっと、早まるなお前」
「なにが」
タバサが驚いたように目を見開く。才人は軽く咳払いして、
「いいか」
とタバサの両肩をつかみ、彼女の青い瞳を覗き込んで言い聞...
「いくら男にああいう場面を見られて恥ずかしいとは言え、自...
俺は別に『黙っててやるからお前の体を寄越せ』とか言って...
必死に説得する才人を、タバサは珍しくきょとんとした顔で...
「わたしもそういうこと言いたいんじゃない」
「あれ、違ったのか」
「ただ、見て欲しかっただけ」
「ばっ、何言ってんのお前、俺が紳士的な男だったからいいも...
「いいから、見て」
自分でもよく分からない弁解をする才人にもう一度微笑みか...
「きゃっ」
何故か乙女チックな悲鳴を上げて、才人は手で顔を覆う。し...
106 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:18:3...
「あれ」
才人は顔から手を外して、目を瞬いた。
タバサはブラウスを完全に脱ぎ去ってはいなかった。ただ、...
しかし、一瞬がっかりしかけた才人は、タバサの背中を見直...
服を着ていても小柄なタバサは、脱いでもやっぱり小柄だっ...
だが、その可愛らしい背中に、一目でそうと分かる異物が埋...
それは、指先でつまめるほど小さな宝玉だった。だが、少し...
ガラス玉とは明らかに違う滑らかな表面を持つその宝玉は、...
「これ、何だよお前」
才人呆然としたまま呟いた。才人に背中を向けたまま、タバ...
「マジックアイテム」
「魔法で作られた道具ってやつか」
「そう。その宝玉から、首に向かって筋が浮いているのが分か...
才人はタバサの背に顔を近づけた。宝玉は彼女の肩甲骨の間...
確かに宝玉から首にかけて、白い肌が薄らと細長く浮き上が...
その気色悪さに、才人は吐き気のようなむかつきを覚えた。
「なあ、これもしかして」
「そう。首を通って、わたしの頭の中まで伸びている」
淡々と言ったあと、タバサは服を着直した。それから、才人...
「これが、わたしがああいうことをしていた原因」
わずかに頬が赤い。ああいうこと、というのが何なのかは言...
「ときどき、性欲が高まってどうしようもなくなる」
「誰が、何のためにそんなこと」
心底疑問に思って聞いたが、タバサは首を振った。
「それは言えない」
「どうして」
「どうしても」
その声はいつものように淡々としていたが、いつも以上に他...
だが、あんなことを聞いてしまって放っておける才人ではな...
「そんなこと言わずにさ。誰かに脅されてるのか」
タバサは一瞬鋭く息を吸い込んだあと、首を横に振る。あく...
才人は苛立ちまぎれに頭を掻き毟りながら問う。
「別に、俺に助けてほしいとかじゃないんだな」
タバサは首を縦に振る。才人の苛立ちはますます強くなった。
107 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:19:4...
「じゃあなんでそんな秘密を話したんだよ」
するとタバサはわずかに顔を伏せ、目をそらしながら小さく...
「誤解、されたくなかったから」
「誤解って」
「わたし、本当はあんなことしない」
それは小さな呟きのような声だったが、才人の耳にはしっか...
頬を染めて返事を待っているタバサをまじまじと見下ろしな...
「つまり、なにか。俺に、エッチな子だと思われたくなかった...
「そういうの、はっきり言わないで」
もうタバサは耳まで真っ赤である。才人は慌てて手を振った。
「わ、悪い。いや、だけど思ってないよそんなの。さっきも言...
「本当」
タバサは少し縋るような視線で才人を見上げてくる。元々女...
「本当だって。タバサは全然、いやらしくもなんともない」
「良かった」
タバサの口元に微笑が浮かぶ。才人はほっと胸を撫で下ろし...
「なあタバサ、何で俺に誤解されるのがそんなに嫌だったわけ」
別段、それ程タバサと親しい訳でもない才人である。
そういう人間の誤解を解くために、わざわざ素肌まで晒して...
するとタバサは、びしりと才人を指差して、一言。
「いい人」
簡潔な表現に、才人は何故だかむずがゆいような気恥ずかし...
こういうストレートな褒め言葉にはどうも慣れがない。
相手が、普段あまり喋れないタバサであればなおさらである。
「いや、俺は別にいい人じゃないって」
タバサも負けずに言い直す。
「すごくいい人」
才人の顔面はいよいよ沸騰しかねんばかりに熱くなってきた。
悶えて転げ回りたいような気恥ずかしさを隠すように、才人...
「違うってばもう。今だってタバサを食べちゃいたい欲望で脳...
言ってしまってから、何を言ってんだ俺はと内心焦る。
脳が熱くなりすぎて普段なら絶対言えないような下ネタを言...
しかし、どう弁解するかと焦る才人とは逆に、タバサは悪戯...
「さっき『俺が紳士的な男だったから』って言ってた」
的確な突っ込みである。才人は言葉に詰まった。そんな才人...
(ちくしょー、こんな子供にいいように遊ばれてるぞ俺)
内心少々悔しかったが、そんな感情はすぐに消えてしまった。
いつの間にか、才人はタバサに見惚れてしまっていたのだ。...
それは、今まで才人が想像したことすらなかった、子供らし...
黙りこんでしまった才人を不思議に思ったのか、タバサはふ...
「どうしたの」
「ああ、いや。お前、そんな風に笑えるんだな」
才人にとっては何気ない言葉だったが、それを聞いたタバサ...
108 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:20:1...
あの後すぐに別れる気分にはなれず、結局二人はまた木の根...
二人の距離は、先ほどよりもずいぶん近くなっていた。かと...
少し無理すれば手を繋げる距離だな、と才人は何となく思っ...
「なあ」
呼びかけると、タバサはこちらを見て「なに」と言うように...
「タバサってさ、本名なのか」
前に、誰かが「タバサというのは変わった名前だ」という内...
タバサは首を振った。
「そうなんだ。本当の名前は、なんて言うんだ」
聞いてはいけないことかもしれない、と思いつつも、才人は...
何故か、目の前の小さな女の子のことを、少しでも多く知り...
タバサは目を伏せて少し躊躇う様子を見せたが、やがて口元...
「シャルロット」
シャルロットか、と、才人はタバサの本名を口の中で転がし...
才人は頬を赤くして横目でこちらの反応を窺っているタバサ...
「可愛い名前だな」
タバサの顔がぱっと輝いた。
「うん。わたしも、好き」
「シャルロット」
「なに」
二人は小さく笑いあう。ふと、才人は何気なく聞いた。
「誰がつけてくれたんだ。お母さんか」
「そう。母様がつけてくださった、大切な名前」
先ほどまで嬉しそうだったタバサの表情が、また暗いものに...
聞いてはいけないことだったか、と才人は内心後悔しながら...
「ところで、何でお前いっつもあんな無表情なんだ」
そう言うと、タバサは何を聞かれたのか分からないような表...
「ほら、お前、あんな風に笑えるじゃん。いっつも無表情でい...
いろんな表情を見せた方が、その、か、可愛いと思うしさ」
さすがに、意識しながらストレートに可愛いなどとは言えず、
才人はどもりながら何とか言い切った。
そんな才人をじっと見つめて、タバサは透けるような淡い微...
「ありがとう」
そう言ったタバサの表情は、いつもの無表情よりは断然魅力...
だが、才人には何故か、今のタバサの微笑がとても痛ましく...
110 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:21:1...
「でも、ダメ」
タバサは首を振った。
「今は、楽しいの、ダメ」
タバサがそう言う理由を、才人はあえて聞かなかった。
単なる顔見知り程度でしかない自分に教えてくれるほど軽い...
そして、その想像がおそらく事実であろうことに、才人は深...
「それに、いつも無表情でいた方が都合がいい」
才人の苦悩を理解したのか、どこか冗談めかした口調で、タ...
その好意に感謝しながら、才人も微笑を作って聞き返す。
「どうして」
「いつも無表情を保つ訓練をしておけば、ああいう状態になっ...
そう言って悪戯っぽく笑うタバサの表情に、才人は彼女の素...
本当は、こんな風に冗談を言って笑うのが好きな、明るい女...
そんな女の子が、どこかの卑劣漢のせいで笑うことすらでき...
「なるほど、そりゃいい考えだ。お利口さんだな、シャルロッ...
内心の怒りを無理矢理押さえ込みながら、才人は無理に笑っ...
「うん」
タバサもまた、にっこりと笑ってみせる。
才人はタバサを思い切り抱きしめてやりたい衝動に駆られた。
そんなことをする権利は自分にはない。しかし、胸に溢れる...
才人は仕方なく、手を伸ばしてタバサの頭を軽く撫でた。
タバサは一瞬目を見開いたあと、困ったように才人を見上げ...
「嫌か」
問うと、タバサは才人の手の下で小さく首を振る。
「嫌じゃない」
「じゃあ、しばらくこうさせといてくれよ」
タバサは小さく頷いてくれた。才人は目に浮かんでくる涙を...
111 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:21:5...
「ありがとな、シャルロット」
タバサはまたにっこりと笑う。幼いとすら表現できる、あど...
才人はいよいよ涙を堪えることができなくなり、それを誤魔...
タバサは困ったような視線を送ってきた。
「ちょっと乱暴」
「我慢しろ。これが男の愛情ってもんだ」
「変」
「大人になれば分かる」
無茶苦茶な言い草だと、自分でも思う。
それでも、タバサは楽しそうに笑ってくれる。それならいく...
しかし、今は何も浮かばなかった。だから才人は、ただ黙っ...
「お兄ちゃん」
突然、タバサが甘えるような声で言った。
妙な慨視感に襲われ、才人は思わず目を見開いてタバサを凝...
するとタバサは、また悪戯っぽい笑みを浮かべて問いかけて...
「びっくりした」
「ああ。なんだよ突然」
「別に。ただ、お兄ちゃんがいたらこういうのかって」
はにかむように首を傾げながら、タバサが聞いてくる。
「迷惑」
「いや、全然。何なら本物のお兄ちゃんにだってなってやるぜ」
「嬉しい。お兄ちゃん」
冗談めかした声で、タバサが言う。
もちろん、本気で言っている訳ではあるまい。
だが、こうやって気楽に冗談が言える状況を、タバサが楽し...
それならお兄ちゃんだろうが召使いだろうがやってやる、と...
112 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/24(木) 01:22:4...
やがて、天高く燦々と輝いていた太陽が半分以上地平線の向...
才人とタバサは、ただ黙って夕焼けを眺めていた。
二人の距離は、ほぼ完全にゼロになっていた。才人はいつし...
タバサも特に何も言わずに、黙って才人に抱きしめられてい...
才人としてはいつまでもこうしてタバサを抱きしめていてや...
「シャルロット」
才人は、胸の中でじっとしているタバサに優しく囁きかけた。
「ほら、そろそろ戻らないと、叱られるぜ」
しかし、タバサは答えない。
まさか眠ってしまったのか、と思ってタバサの顔を覗き込ん...
「お兄ちゃん」
タバサが、潤んだ目でこちらを見上げていた。
頬がはっきり分かるほど上気し、息も荒くなっている。よく...
(まさか、例の宝玉が)
才人は歯噛みした。これほどまでに短い間隔で、性衝動が襲...
(糞野郎め)
才人は、この世界のどこかにいるのであろう悪漢に、心の中...
だが、今はそれよりも目の前のタバサのことが気にかかる。
才人は、タバサに刺激を与えないように小さな声で呼びかけ...
「大丈夫か、シャルロット」
「ダメ、離れて」
手を突っ張って体を離そうとするタバサを、才人は反射的に...
「離して。このままじゃ、迷惑かける」
目を潤ませながら必死に懇願するタバサを、才人は冗談めか...
「馬鹿、俺はお前のお兄ちゃんなんだろ。迷惑とか、気にする...
「でも」
「頑張れ、シャルロット。そんなくだらねえ物に負けるな。俺...
タバサの性欲を昂ぶらせている宝玉を外すことは、門外漢の...
だからせめて、自分の欲望に抗おうとするタバサの助けにな...
タバサは病的なまでに赤くなった顔で才人を見つめ、小さく...
「うん、頑張る」
そう宣言したものの、タバサの顔の赤みはさらに増し、吐息...
どうすることもできない自分の無力さに苛立ちながら、才人...
性衝動をこらえるためだろうか、タバサが絶え間なく擦り合...
夕日を照り返す透明な液体が筋を描いて流れ落ちていた。
才人は音がするほど強く歯を噛み締める。
おそらく、タバサの体を襲っている衝動はほとんど暴力的と...
タバサはそんなものに抗おうとしているのだ。
だが、そんなものに勝てる人間がどこにいるというのか。
「お兄ちゃん」
甘い声で呼びかけられてタバサの顔を見た才人は、思わず目...
タバサの顔が真っ赤に染まり、その青い瞳からはほとんど完...
虚ろな瞳でこちらを見つめるタバサの口元はだらしなく半開...
小さな唇の隙間から垂れ下がった舌からは、絶え間なく唾液...
「お兄ちゃん、我慢できないよう」
媚を売るような切ない甘え声で呟きながら、タバサはほとん...
とても見ていられない、と才人は思った。
(ルイズ、ごめん)
許されぬことと知りつつ、心の中で主に詫びる。才人は無理...
「よく頑張ったな、シャルロット」
「本当」
「ああ、偉いぞ、シャルロット」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
嬉しそうな顔で、自分の胸に頬をこすりつけてくるタバサの...
「来い。お兄ちゃんが、満足するまでお前を受け止めてやる」
それを聞くや否や、もはや止めるものもなく、タバサは背中...
307 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 00:59:5...
タバサは才人の首に両腕を回し、自分の唇を才人の唇に押し...
経験則から言って舌をいれてくるものかと思っていたが、違...
タバサは才人の上唇と下唇に、交互に吸い付いてきたのであ...
この世界に来てから幸福にも数度違う女の子を相手にしてキ...
まるで赤子が母親の乳房に吸い付くように、タバサは才人の...
最初こそ、
(せめて俺がリードしてやらなきゃ)
などと思っていた才人だったが、この予想外の攻め手に圧倒...
思う存分才人の唇を味わったらしいタバサは、才人の頭がま...
これも、才人が以前経験したディープキスとは似て非なるも...
タバサは最初才人の反応を窺うように、彼の舌先と自分の舌...
それによって、まだ才人の準備が十分にできていないと悟っ...
さらに、タバサの舌は才人の前歯の裏や口蓋を這いうねるよ...
タバサの舌使いはここでも絶妙だった。ただ舌同士を絡める...
予想以上のテクニックに、才人は既に悶絶寸前であった。無...
(これじゃ、立場が逆じゃねえか)
才人とて男である。性交では男が女をリードすべきだという...
しかし、これでは優位に立つどころか反撃することすらまま...
そうして、キスだけで才人が意識を失いかけたとき、タバサ...
二人の唇に涎の橋がかかり、沈みかけた夕日を浴びて鈍く輝...
口を半開きにしたまま荒い呼吸をする才人の、涙で滲んだ視...
間近で見るとさらに幼さが増したように思えるその顔は、そ...
「お兄ちゃん」
優しく囁きかけながら、タバサは才人の頬に手を伸ばす。ま...
308 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:00:5...
「かわいい」
お気に入りのぬいぐるみを抱きしめるように、タバサは全身...
「わたしのものにする」
どこかで聞いた台詞だなあ、と才人はぼんやり思った。どこ...
だが、そのときの口調と、今のタバサの口調はまるで違って...
先ほどのタバサの声音は、嗜虐的でもなければ悪戯っぽいも...
もっと真剣で、聞く者の胸に痛みをもたらすような切実な声...
ふと、タバサは才人の胸から顔を離すと、何かを恐れるよう...
「お兄ちゃん、わたしのこと、見える」
何を言われているのか、一瞬理解できなかった。才人は困惑...
「何言ってんだ、可愛いシャルロットのことが見えない訳ない...
冗談めかしてそう答えたが、タバサは唇を噛み締めて俯いて...
「母様、わたしのこと見えなくなっちゃった」
しゃくり上げながらそう言うタバサの顔は、まだ興奮に赤ら...
才人の胸に抱きついている内に、性衝動以外の感情が胸の内...
タバサはいつしか大きな瞳からとめどなく涙を流して泣きじ...
「話しかけても答えてくれない。前みたいに笑ってくれない。...
時折声を詰まらせるタバサの姿は、目をそらしてしまいたく...
「母様、わたしを置いてどこかにいっちゃった」
才人はどうすることもできずに、ただ眉根を寄せてタバサの...
(ああ、この子は迷子になっちまったんだな)
才人は心の中でそう呟いた。同時に、ずっと昔の思い出が蘇...
それは、家からずっと離れたところに出かけた際、両親とは...
見知らぬ風景、見知らぬ人々。
誰かに声をかけることもできず、誰かが話しかけてくれるこ...
もしもこのまま両親に置いていかれたらどうしようと、ただ...
あのとき、両親は必死に探し回って、何とか才人を見つけ出...
だが、タバサの場合は違ったのだ。事情を知らない才人にも...
タバサの低い慟哭が、才人の胸を静かに、だが強く揺さぶる。
309 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:01:4...
「シャルロット」
はっきりとした呼びかけに、タバサが顔を上げる。その涙に...
「大丈夫だ」
途切れ途切れの震えるような息遣いと、小さく弾んでいるタ...
「俺がそばにいてやる。ずっと見ててやるからな」
それは、単なる口約束に過ぎなかった。その言葉どおりにで...
だが、それでも言ってやりたかった。
誰にも思いを吐き出せずにずっと泣き続けてきた女の子のた...
「本当」
躊躇うように、あるいは縋るように、タバサが問いかけてく...
「本当に、ずっと見ていてくれる」
「ああ」
「わたしのこと、忘れないでいてくれる」
「ああ」
「わたしのこと、置いていかない」
「ああ」
「わたしのこと、わたしのこと」
それ以上は何も言えずに、タバサは才人の胸に顔を埋めてま...
才人は、黙ってタバサの頭を撫で続けていた。
だが、しばらくそうしている内に、タバサの体に変化が起き...
そのとき、タバサはすでに泣き止んでいた。その代わりにま...
(やっぱり、まだ収まってなかったのか)
才人は心の中で舌打ちする。タバサだって、本来こんなこと...
(一人きりで泣いてる女の子を、こんな卑劣な手で苦しめやが...
全身に怒りを滾らせる才人の前で、タバサは徐々に気分を昂...
いつの間にか才人の太股に跨り、股をこすりつけるように小...
「お兄ちゃん」
「なんだ、シャルロット」
荒れ狂う内心を無理に抑えつけて、才人は微笑みながら問い...
タバサは才人にも分かるぐらいはっきりと、ほんの一瞬だけ...
そのとき、顔をそらしたタバサの瞳に過ぎった様々な感情の...
一つは欲望だった。一つは躊躇だった。一つは憧れであり、...
一秒にも満たないわずかな時間に、タバサの瞳の中で感情と...
タバサが理性的な性格なのは、元々あまり彼女と親しくはな...
数年もの間、鉄の意志で自分自身の感情と、卑劣な罠によっ...
310 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:03:0...
しかし、このとき勝ったのは感情の方だったらしい。
「お兄ちゃん」
タバサは、一粒の涙を零しながら才人を見上げてきた。
「証拠を刻んでほしい」
そのときのタバサの表情を見て、才人は理解した。
「お兄ちゃんがずっとわたしを忘れないでいてくれるっていう...
この子がそんなことを言ったのは、決して欲情に負けてしま...
一瞬だけ、才人は目を瞑った。
(ルイズ)
大好きなご主人様の顔が、才人の脳裏を過ぎる。
本当なら、拒絶するべきなのかもしれない。今から才人とタ...
だが、才人にはどうしても出来なかった。
数年に渡る一人ぼっちの彷徨の果てに、ようやく安堵できる...
才人は覚悟を決めて目を見開いた。視界に、不安げな表情で...
(たとえ罵られても、軽蔑されても、憎まれても。いや、殺さ...
覚悟は決意に収束し、全ての躊躇を消し飛ばした。
(俺は、シャルロットの全部を受け止めてやりたい)
血を吐くような思いと共に、才人はタバサに笑いかけた。
「分かった。証拠、刻んでやるよ」
タバサの顔に、泣き笑いが浮かんだ。
「お兄ちゃん」
短く叫びながら、タバサは再び才人の唇に自分の唇を押し付...
それから先のことは、あまりよく覚えていない。わずかな時...
二人は周囲が闇に落ちるまで、獣のように交じり合った。
才人としてはせめて妊娠の危険性を排除したかったが、タバ...
才人が上になることもあったし、その逆もあった。獣のよう...
タバサの気がようやく落ち着いたのは、もうすぐ学院寮の門...
311 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:03:5...
夕暮れどきに並んで話したときと同じように、二人は木に背...
言葉は、ない。
タバサはあの濃密な時間が終わってからずっと、どこか呆然...
だから、静かな夜の闇の中、ただ黙って彼女の言葉を待って...
不意に、静寂の中に音が生まれた。才人は黙って傍らを見る。
それは、俯いたタバサが小さな嗚咽を漏らす音だった。
「ごめんなさい」
激しい後悔と自己嫌悪に染まった声を、タバサは無理矢理絞...
「シャルロットは悪くねえよ」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいって。こんな可愛い子抱けて、むしろ幸せだ...
そんな冗談しか言えない自分に、どうしようもなく腹が立つ...
「わたし、知ってた」
「何をだ」
「お兄ちゃんが」
そう言いかけて、タバサは一度口を噤んで言い直した。
「才人が、誰を愛してるか」
また冗談を言おうとして、失敗した。それは本当のことだっ...
「知ってたのに、わたし、あんなこと」
タバサは圧迫するように頭をかかえる。小さな手の下で、柔...
さすがに見ていられなくなり、才人はタバサの右手をつかん...
「そりゃ違うよシャルロット、お前は悪くない」
「わたしが欲望に負けたから」
「止めろ、自分を責めるな」
「全部ぶち壊しになった」
「そんなことないって」
才人の必死の説得にも、タバサは耳を貸さなかった。ただ、...
そうしている内に、遠くの方から鐘が打ち鳴らされる音が響...
312 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:04:5...
「門限の鐘」
呆然とした声で呟きながら、タバサがフラフラと立ち上がる...
「触らないで」
突然、タバサが叫び声を上げた。激しい拒絶に、才人は思わ...
「才人」
闇の向こうで、タバサが振り返る。
「ありがとう」
(ああ)
才人は心の中でため息を吐いた。
「今日のことは、全部忘れて」
(遠い)
二人の間に立ちふさがる闇が、密度を増したように感じる。
(なんて、遠いんだろう)
どんなに必死に手を伸ばしても、弾かれてしまいそうなほど...
「黙っていれば、きっと秘密にできる」
いつもの淡々とした口調を取り繕って話すタバサの顔すらも...
「明日からは、また何でもない二人に戻る」
堪えきれなかったのか、後半はほとんど涙声になってしまっ...
「さよなら」
必死に感情を押し殺した声で言い残して、タバサは駆け足で...
闇に押しつぶされてしまいそうなほどに小さく、頼りない背...
引き留めることも追いかけることも出来ずに、才人はただた...
「ちくしょう」
タバサの姿が完全に見えなくなった瞬間、胸に湧き上がって...
313 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:06:2...
「なるほどなあ。そんなことがねえ」
いつもの気楽な口調で、デルフリンガーが言う。
あの後、才人は最初にタバサと話していた時点で木陰に放置...
本当はタバサと交わったことは伏せておきたかったが、細部...
「いやあ、さすが相棒だ。よっ、この色男」
デルフリンガーは茶化すような口調で言ったが、才人はにこ...
ただ、じっとデルフリンガーの刃を見つめながら問うた。
「デルフ、聞きたいことがあるんだ」
「いやあ、俺としてはあのちっこい嬢ちゃんとの情事をもっと...
「デルフ」
「なんだね」
どうにも気乗りのしなさそうな口調で、デルフリンガーが問...
「シャルロットの体に埋まってる宝玉のことなんだけどさ」
「ああ。下品なマジックアイテムもあったもんだよなあ。それ...
「あれ、ルイズの魔法で解除できないのか」
「どうだろうね」
とぼけるような口調だった。こいつは知ってて隠してやがる...
「教えてくれ、頼む」
デルフリンガーはしばらく答えなかったが、やがて観念した...
「難しいと思うね」
「どうして」
「実際見てないからよく分からんけど、それ体に直接埋まって...
「ああ」
「そういうもんは、何ていうか無理矢理引き剥がすの難しいん...
「シャルロットが狂っちまうかもしれないのか」
「そういう危険性もあるだろうねえ」
才人は唇を噛んだ。もしも可能なら、ルイズに頼むつもりだ...
「それに、これに関わるのはあんまお勧めできないね俺としち...
「なんでだよ」
デルフリンガーは一瞬間を置いてから、苦々しげな声で続け...
「どうも、先住魔法の臭いがすんだよ」
「先住魔法」
才人は鸚鵡返しに呟いた。その言葉には、あまりいい思い出...
強く優しい男だったウェールズ王子を、呪われたゾンビとし...
314 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/29(火) 01:07:1...
「こりゃ完全に俺の勧なんだけど、あんときのと今回の、多分...
「つまり」
「ミョズニトニルン」
才人は息を飲んだ。
ガンダールヴである自分と同じ、ゼロの使い魔。
神の頭脳、ミョズニトニルン。
「懐かしき先住魔法の連発だ。そう考えるのが一番合理的だわ...
「要するに、今回は他の虚無と対決する可能性があるってこと...
「そういうことだねえ」
気楽な口調で答えるデルフリンガーを前に、才人は数秒黙考...
「デルフ」
「なんとなく嫌な予感がすんだけど、なんだね」
「マジックアイテムってのは、術者から魔力を供給されて動く...
「そうだよ」
「なら、ミョズニトニルンを倒せば、シャルロットの体に埋ま...
確認するような問いかけに、デルフリンガーは数秒沈黙を保...
「そうなんだな」
「そうだよ」
観念したような声で、デルフリンガーが答えた。
「少なくとも、ディスペル・マジックで無理矢理引き剥がすよ...
「そうか」
「あのなあ相棒。俺はお前さんの考え方はかなり理解してるつ...
才人は、デルフリンガーの刃にじっと目をこらす。自分の鏡...
「俺はよく知ってんだ、その目」
ため息のような声だった。
「そりゃ人殺しの目だぜ、相棒」
(ああ、そうさ)
今まで一度も抱いたことのなかった感情が、凄まじい勢いで...
(あの一人ぼっちの女の子を助け出すためなら)
濁流のように激しいその流れは、一つの決意となって収束す...
(俺は、この世界で殺人者にだってなってやる)
そうして透徹された殺意は、他のどんな感情よりも冷たく、...
416 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:30:0...
背後から聞こえてくるルイズの寝息が規則的なものになった...
「ルイズ」
声の大きさを少しずつ大きくして、二度、三度。反応はない。
ルイズが間違いなく眠っていると判断して、才人はそっとベ...
(今日は離しててくれてよかったな)
才人は心の中でほっと息を吐く。
アルビオンから帰還して以来、ルイズは夜寝るとき必ず才人...
また才人がどこかに行ってしまわないかと不安なのだろう。
だが、今日は違った。服をつかむどころか、少し距離を置き...
(まあ仕方ないか、かなり怒ってたし)
タバサと別れて部屋に戻ってきた才人を、ルイズは激しく怒...
門限を過ぎてもなお連絡一つ寄越さなかった才人にご立腹だ...
実際悪いのはこちらだったし、タバサとあんなことをした後...
才人は足音を立てないように注意しながら、部屋の壁に立て...
静かに鞘から引き抜くと、剣はやたらと陽気な声で喋り出し...
「よう相棒、元気してた」
「馬鹿、大声出すな」
自分も十分に大きな声で怒鳴りつけてから、才人はおそるお...
ベッドの上のルイズは、声に反応したように寝返りをうって...
月明かりに青白く照らされた寝顔は、今も健やかな寝息を立...
才人はほっと息を吐いた。
「良かった、起きてない」
一瞬間を置いて、デルフリンガーが答えた。
「みてえだね」
「っつーかお前、俺が鞘から抜くたびに大げさに反応すんの止...
「だってモテモテの相棒に構ってもらえなくてデルフ寂しかっ...
才人が無言で鞘に押し込もうとすると、デルフリンガーは慌...
「待て待て待て、冗談だよ冗談」
「一瞬本気で捨てようかと思ったぜ」
「いやん。相棒ったらいけず」
「えーと、剣ってのは何度ぐらいで溶けるんだっけかな」
「ごめん、マジごめん。だからさり気なく微熱のねーちゃんの...
「ったく。今はお前の冗談聞きたい気分じゃないんだよ」
417 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:32:2...
無意味な疲れを感じつつ、才人はデルフリンガーを完全に鞘...
月明かりを浴びて、刃が青く輝いている。その冷たい光に、...
「なあ、相棒よ」
デルフリンガーが、どことなく気まずそうな声で言う。才人...
「なんだ」
「マジでやるつもりなのかい」
「やらなきゃいけないならな」
才人は淡々とした口調で答えを返す。しかし、その実内心で...
タバサに対する仕打ちを考えれば、相手は最低の人間だ。犬...
だから、殺せるはずだと。躊躇いなどないはずだと。
そう心に言い聞かせるのだが、やはり恐れにも似た感情が消...
(ちくしょう、なんで)
才人は苛立ちまぎれに舌打ちする。デルフリンガーはそれを...
ただ、苦悩する才人の内心を推し量るかのように、似合わぬ...
目を瞑り眉根を寄せ、才人は何度も何度も心に「俺はミョズ...
しかし、どれだけ繰り返しても、心の隅に引っかかっている...
才人は肩を落とした。剣の腹に軽く頭を当て、刀身に映る自...
その瞳からは、つい数時間ほど前に人を殺すことを決意した...
(別に、怒りが消えた訳じゃないんだけどな)
時間が経って、幾分か気が落ち着いてきたせいだろうか。怒...
そのせいだろう。「本気でぶちのめしてやる」とは思えても...
何とかして殺意を回復しなければ、と思い、才人は再度目を...
頭の中に、殺すべき相手の姿を思い浮かべる。黒いローブに...
顔はフードで見えなかったが、口元に終始薄気味の悪い微笑...
「得体の知れない奴だったな」
才人は、さらに深く思い出す。少し前、サウスゴータ付近の...
「シェフィールド、だったっけか」
「本名じゃないらしいがね」
「俺がガンダールヴ、あいつがミョズニトニルン」
「伝説の使い魔同士のガチンコバトルって訳だね。わーい、楽...
あからさまに茶化しているデルフリンガーの口調に、才人は...
「おいデルフ、お前なんだって今回はそんなに反対すんのよ」
「相棒よ」
不意に、デルフの声が低くなった。
「こりゃ俺の見立てだがね」
「なんだよ」
前よりは幾分か真剣な声音に、才人は少したじろいだ。
418 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:33:1...
デルフリンガーは、意志を持った剣として存在してきた長い...
「お前さん、このまんまだとまた死んじまうね」
才人は目を見開いた。「まあ冗談だけど」などとデルフリン...
「なんでだよ」
黙っているのに耐えられなくなり、才人は何とか声を絞り出...
「やってみなきゃ分かんねえだろそんなの。前と違って、今の...
「そんなもんは問題にならん」
デルフリンガーの言葉は実に断定的だった。まるで、分かり...
その声によって、自分の未来が決定されたかのような錯覚す...
「相棒。隊長さんの言葉、覚えてるか」
不意に、デルフリンガーが訊いてきた。隊長、と言われてす...
「実戦では、負けると思った方が負ける。結局のところ、技も...
思い出させるように、デルフリンガーが言う。確かにそんな...
デルフリンガーは、一語一語を強調した、言い聞かせるよう...
「それと同じことだよ。相棒の心には、まだ人を殺すことへの...
「だから」
「今まではそれでも良かった。ガンダールヴの力を得た相棒に...
まずいねえからな。手加減して、殺さないように戦うことだ...
ミョズニトニルンだ。性質が違うとは言え、相手も同じゼロ...
奴は何でだか相棒にかなりの敵意を持ってるみてえだからな...
「あらゆる手って」
「ミョズニトニルン。ありとあらゆるマジックアイテムを使い...
詩でも読み上げるような調子で言ったあと、デルフリンガー...
「ちっこい嬢ちゃんに使われたのも、相当えげつねえもんらし...
相棒が想像もつかねえほど胸糞の悪い効果を持ってるマジッ...
相手は、そういうものをほぼ無制限で使える」
「俺だってありとあらゆる武器を使いこなせるんだろ」
「力だけじゃ、知恵には勝てんよ。それに、さっき言った問題...
相手を殺すことに躊躇いがある奴とない奴と、どっちの攻撃...
結局のところ、ただそれだけの話なのだった。
決定的に、殺意が足りない。
無論、殺す気満々で戦ったところで、勝てるとは限らないの...
419 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:34:1...
「でもよ」
才人は喉に詰まったものを無理に吐き出すような口調で言っ...
「だからって、放ってはおけねえよ。勝ち目がなかろうが殺意...
俺はあんな風に弄ばれてるシャルロットを放っておけない。...
才人の言葉をただ黙って聞いていたデルフリンガーは、やが...
「言っても聞かねえんだもんな」
「馬鹿だからな」
才人は頭を掻きながら苦笑した。
「違えねえや」
デルフリンガーもまた笑い声で答える。
ようやくデルフリンガーの雰囲気が元の調子に戻ってきて、...
「相棒よ」
不意に、デルフリンガーは再び声を低くして言った。
今度は、先ほどのような言い聞かせる口調ではなく、ただ真...
「前にも言ったが、俺はお前さんの妙にまっすぐなところが好...
「ああ」
「だから、出来る限り長生きしてもらいてえのさ。
俺から見りゃ相棒と過ごす時間は一瞬だが、楽しい時間って...
「そうだな」
「いいか。躊躇うなよ、相棒。今回ばっかりは、敵に情けをか...
断定的な言葉を、才人はただ黙って聞いていた。
デルフリンガーの言っていることが真実であるのは、才人に...
「ああ。安心しろ、俺は躊躇わねえよ」
何も答えない剣の刀身を青白い月明かりにかざし、才人は己...
「そうさ。相手は、あんな小さな女の子にひどいことした糞野...
言いかけて、才人は首を振った。死んだ方がという言い方は...
だが、正しい言葉を吐き出すために、才人は何度か息を吸い...
「殺した方が、世の中のためになるってもんだ」
デルフリンガー以外誰も聞いている者などいないというのに...
そして、このときになってようやく理解できた。
結局のところ、たとえどんな理由があろうとも、現実に自分...
(でも、それじゃミョズニトニルンを殺せない。シャルロット...
しばらくの間、才人は唇を噛み締めて、窓から差し込む淡い...
静寂の中、様々な思いが胸中を掠めていく。
怒りは、ある。あの瞬間感じた怒りは、今もまだ心の中で燃...
だが、心の中にある躊躇いや迷い、あるいは恐れを全て忘れ...
「くそっ」
小さく吐き捨てて、才人は剣を下ろした。
420 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:34:4...
憂鬱な気分で肩を落とし、鞘にデルフリンガーを収めようと...
「焦るなよ、相棒。今はミョズニトニルンの居場所だって分か...
「そりゃそうだけど」
「ちょいと散歩でもしてきたらどうだね。気分転換にはならあ...
才人は、肩越しに振り返って窓の外を見た。満天の星空に浮...
確かに、散歩をするのにはちょうどいい夜かもしれない。
「そうだな。ちょっと、歩いてくるかな」
「そうしなよ。ああ、俺はこのまま置いてってくれや。
間違って嬢ちゃんが起きちまったら、散歩行っただけだって...
それもそうか、と思って、才人はベッドの上のルイズに目を...
愛しいご主人様は、先ほどと全く変わらない穏やかな寝顔を...
アルビオンから戻ってきたあとにギーシュやモンモランシー...
才人が死んだと思い込んでいたルイズはほとんど死人のよう...
再会した直後以外は、才人に対してそんな素振りなど微塵も...
しかし、夜寝るときに才人の服の端を強く掴んだり、時折才...
彼女が不安に思っている印は確かにあるのだ。
「ごめんなルイズ。お前を不安にさせたい訳じゃないんだけど」
才人はベッドの傍に立ち、ルイズの頬を軽く撫でた。
かすかな震えが手の平に伝わってきて、どうしようもない愛...
今日のことで、タバサのことを何とかしてやりたいと思った...
だが、やはり自分が好きなのはルイズなのだと、才人は改め...
(ルイズを巻き込む訳にはいかない)
不意に、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
(ミョズニトニルンやら、そいつの主人の虚無やら、下手した...
仮にどこか遠くに出かけることになっても、ルイズは連れて...
そんなことを考えながら、才人は部屋を後にした。
421 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:35:5...
「さて、そろそろ狸寝入りは止めにしたらどうかね」
才人が出て行ってしばらく経ったころ、不意にルイズの部屋...
しばらくして何の反応もないことを知ると、声色を変えてこ...
「才人ったらわたしに隠れて何話してるのかしら。また他の女...
もう、わたし、こんなに才人のこと好きなのに。わたしだけ...
気色の悪い声音でルイズの真似をするデルフリンガーにとう...
「ええそうよ起きてますよ、起きてて悪い」
「別に悪かないよ」
瞬時に口調を戻して、デルフリンガーが答える。
この剣、絶対いつか売り飛ばしてやるなどと考えながら、ル...
「で、一体あの馬鹿犬今度はどんな馬鹿なこと考えてる訳。
ホントにもう、帰ってくるなり余計なことに首突っ込んで、...
「そんな馬鹿な才人がわたし大好きなの」
「吹き飛ばすわよ」
「いやごめんなさいマジで勘弁してください」
速攻で平謝りしたあと、デルフリンガーは苦笑混じりに言っ...
「そんな心配するこたねえよ」
「わたしが起きてること知っておきながらあんな深刻な話しと...
「いやだから俺を脅すためだけに祈祷書開くのは止めてってば」
大きく息を吐きながら祈祷書を閉じ、ルイズはイライラと唇...
「とりあえず、事情を説明しなさい。ミョズニトニルンがどう...
「いや、関係ないよ」
「あんたね、ふざけてると」
「真面目だよ、俺は」
言葉どおり、デルフリンガーは急に真面目な口調になった。...
「悪いことは言わねえ、今回ばっかりは相棒のことを放ってお...
「なんで、使い魔のことで主人が遠慮しなきゃ」
「相棒が苦しむぜ」
端的な言葉に気勢を削がれて、ルイズは口を噤んだ。それ以...
あちこちに視線をさまよわせたあと、ルイズは躊躇いがちに...
「ねえ、ボロ剣」
「なんだね」
「あの馬鹿、またわたしに黙って死んじゃうようなことしてる...
溜まっていた疑念を口にすると、胸に垂れ込めていた不安は...
422 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:36:4...
脳裏に、数ヶ月前の光景が蘇る。
残酷な命令。
二人だけの結婚式。
霞んでいく微笑。
目を覚ますと、才人はどこにもいない。
あのときの恐怖が再び蘇ってきて、ルイズの全身を大きく震...
心胆を凍らせるようなその悪寒に、ルイズは自分の肩を抱き...
「不安になるのは分かるがね」
デルフリンガーが、幾分か優しい口調で語りかけてきた。
「相棒はもう死なねえさ。お前さん一人、残したままじゃな」
「どこにそんな根拠が」
「あれで馬鹿がつくほど真っ直ぐな相棒だぜ。
七万の軍隊に突っ込んでいっても、最後は好きな女のところ...
好きな女、という言葉は、ルイズの胸に暖かい何かをもたら...
小さな胸を重くしていた不安を、少しだけ軽くしてくれるよ...
その暖かさに少しだけ胸を高鳴らせながら、しかしルイズは...
「どうだか。さっきの話聞いてると、また他の女の子絡みの問...
「まあね」
「やっぱり。なによ、好きだとか何とか言っておいて、他の女...
「分かりやすく嫉妬するようになったもんだねお前さんも」
感心したような言葉に、ルイズの顔面が熱くなった。その熱...
「嫉妬なんかしてない」
「面倒くさいからもうそれでいいけどさ」
呆れたようにため息を吐いてから、デルフリンガーは諭すよ...
「だけどさ、そういうのを含めて、一度だけ相棒を全面的に信...
「どういう意味よ」
「さっきも言っただろ。相棒は何やってたって、最後は好きな...
そういう男だ。そんな男が惚れた、ただ一人の女なんだぜ、...
揺るぎない確信の込められた言葉だった。何となく気恥ずか...
それから、ちらりと上目遣いにデルフリンガーを見ながら、...
423 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:37:5...
「つまり、他の女の子にデレデレしてても、最後はわたしのと...
「そうそう。結局のところお前さんが一番だからね相棒は」
「本当にそうなの」
「見てりゃ分かりそうなもんだがね」
「見てて信用できないから言ってんでしょ。あの馬鹿ときたら...
「相棒は単にいい奴なのさ。女に迫られても強く拒絶できない...
「何よその都合のいい言い訳は」
「そんぐらいの優しさがなきゃ、とっくにお前さんに愛想尽か...
確かにそうかも、と一瞬納得しかけて、ルイズは慌てて首を...
「ま、相棒がお前さんに愛想尽かさないのは、別に優しいって...
「じゃあなによ」
「お前さんのことが好きだからさ」
結局そこに行き着くんだから、とルイズはため息を吐いた。
(信用する、か)
ふと、その言葉が頭に浮かび、心がぐらついた。
(確かに、わたし、あいつのことちゃんと信用したことって、...
デルフリンガーの言葉ではないが、七万の軍勢に突撃しても...
信じてやってもいいかもしれないと、思わないでもない。
(だけど)
ルイズの目元が引きつった。
(それと他の女とイチャついてるのとは話が別よ。そりゃ確か...
だからってこれからもどんどん浮気しなさいなんて言える訳...
ルイズの苛立ちを見透かしたかのように、不意にデルフリン...
「ほらあれだ、ここらでご主人様の余裕ってもんを見せつけて...
急に予想もしていなかったことを言われ、ルイズは眉をひそ...
「誰によ」
「競争相手に決まってんだろ。特にあのメイドとかな」
メイド、という単語を聞いたルイズの脳裏に、一瞬にして意...
顔をしかめるルイズに、デルフリンガーはなおも言った。
424 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:39:3...
「『あんたがどんなに誘惑したって、才人の心はもうわたしの...
笑いながら言ってやったらどうかね。それで相手が何言って...
その提案は、実に巧みにルイズのプライドをくすぐってきた...
「で、ムキになってなおも相棒との情事をぶちまける相手を、...
『哀れな女ね、遊ばれてるとも知らないで』と。カーッ、こ...
実際にそんな風に振舞ったとき、あのメイドがどんな顔で悔...
それを想像するだけで、ルイズの胸に心地よい満足感と優越...
ルイズは口元がひきつるのをこらえつつ、努めて澄ました顔...
「そうね。あの犬も少しは忠誠心って物が分かってきたみたい...
「あー、そう」
「でも」
不意に、また不安が胸に垂れ込めてくる。ルイズは念を押す...
「本当に大丈夫なんでしょうね」
「心配すんなって。少なくとも、お前さんに黙ってどっか行っ...
デルフリンガーの口調はあくまでも頼もしい。ルイズはため...
「結局事情もよく分かんないし」
「時期が来たら、相棒本人の口から直接聞かせてくれるだろう...
その言葉に完全に満足した訳ではなかったが、どちらにしろ...
問い詰めるとしても、彼が戻ってきてからにしなくてはなら...
ルイズが再び布団に潜り込んだとき、出し抜けにデルフが言...
「なあお嬢ちゃん」
「なによ」
「これから何があっても、これだけは忘れんじゃねえぜ。相棒...
「しつこいわよあんた」
怒った口調で言いながら、ルイズは目を閉じる。そして、ふ...
(才人は、わたしのことが好き。他の誰よりも、わたしのこと...
何度も何度も繰り返している内に、自然と口元に微笑が浮か...
ルイズは暖かい気持ちを抱きしめたまま、安らかな眠りに落...
425 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/08/31(木) 23:49:4...
しばらく経って、ルイズが完全に寝てしまったことを確認し...
「まあ、お前さんが実際にそんな風に振舞えるかどうかは全く...
もちろん、ルイズは聞いていない。今も微妙ににやけた顔で...
「やれやれだねえ。さて相棒、これでお前さんの愛しいご主人...
相棒の気持ちを汲んでやった俺ってばなんて頭のよくて気が...
さすが伝説の剣だ。いよっ、男前」
デルフリンガーは不意に押し黙った。一人で騒いでも空しい...
「とは言え」
ぼやくように、言う。
「本当ならご主人様の虚無も当てにした方がいいと思うんだが...
このまんまじゃマジで相棒一人でミョズニトニルンとぶつか...
下手すりゃもう一人の虚無の使い手とも戦うことになるしな...
そんでもって、相棒はまだ心に迷いがあると」
一人でぶつぶつと状況分析したあと、デルフリンガーは大げ...
「うわあ、こりゃダメだ、負ける要素しか思い浮かばねえよ相...
あー嫌だ、今のミョズニトニルンってかなり底意地の悪そう...
相棒が死んじまったら俺マジで溶鉱炉行きなんじゃない、ね...
もちろん、答える者はいない。分かっていて一人で騒いでい...
「お前さんの性格じゃ難しいだろうが、何とか覚悟決めてくれ...
俺たちの命運はそれにかかってんだからさ」
そんな風に一人で格好つけてみても、やはり空しいだけだっ...
582 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:12:5...
幼い頃のタバサは、今のように四六時中本ばかり読んでいる...
確かに本を読むのは楽しかったが、生来快活で明るい性格だ...
領地内にある森で走り回ったり、湖で泳いだりする方が好き...
それが今のようになってしまった一番の原因は、言うまでも...
物語や魔法学の本に没頭していると、一時期とは言え辛い現...
彼女がまだ十代半ばの、しかも元々外向的な少女であったこ...
だが、そうでもしないと気が狂ってしまいそうなほどに、彼...
そうやって年を重ねるにつれて、タバサはますます本の世界...
休日である虚無の曜日ともなると、一日中誰とも会わずに自...
普段も人に話しかけられるのを拒むかのように、常に冷めた...
その内、他人と話すことも億劫に感じるようになった。
自分と違って何の苦労もせずに日々を過ごしている同級生た...
抑え切れない嫉妬ややり場のない怒りが胸に湧き起こってき...
何故かそういうことを感じさせないキュルケと出会うまで、
タバサは周囲の人間に喋れないのではないかと誤解されるぐ...
そんな彼女の自室は、当然ながら本で埋もれている。入り口...
常に紙とインクの匂いに満たされているこの部屋が、今とな...
授業がないときは大抵部屋に閉じこもり、夜寝る直前まで本...
本を読んでいないと、どうにもならないことを延々と考え続...
だから、タバサが起きている間、この部屋からページを手繰...
しかし、その夜は違っていた。
ページを手繰る音の代わりに、押し殺されて掠れきった、切...
もちろん、出所は主であるタバサのベッドだった。寝台に敷...
583 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:14:0...
(もう、止めなきゃ)
陰部と乳房を手で弄りながら、タバサはぼんやりとした頭で...
既に、この夜だけで数回ほど絶頂を迎えている。にも関わら...
いつもならば、背に埋め込まれた宝玉の効果で性欲が昂ぶる...
異常ではあったが、不思議なことではなかった。
タバサには、その理由が分かっていたからだ。
(お兄ちゃん)
涙に潤んで熱くなった目を閉じれば、目蓋の裏に一人の少年...
黒髪に黒い瞳のその少年は、お世辞にも美形とは言いがたか...
どちらかと言えば三枚目という表現の方が似合うし、主人に...
だが、そんな格好の悪い少年こそが、タバサがどうしても自...
タバサは既に固く尖って上向いている乳首を左手の指でゆっ...
どういう風にすればより強い快感を得ることが出来るのかは...
数年前に背中に宝玉を植えつけられて以来、ほとんど毎日欠...
しかし、タバサが長時間自慰に耽ったことはほとんどなかっ...
普段なら、この行為はタバサにとって無理矢理高められた性...
さらに、同年代の少女たちの中でこういう行為をしているの...
タバサはより強い快感を求める本能を理性で無理矢理抑えつ...
少し前までならば、それも苦にはならなかったのである。
だが、最近は違った。
(お兄ちゃん)
タバサの理性を撥ね退けて、想像は勝手に広がっていく。
彼と話がしたい。彼に頭を撫でられたい。彼に抱きしめても...
イメージが次々と頭の奥から溢れ出して、暗闇を埋め尽くす。
ゆっくりと陰核を擦っていた指先の動きを、背筋を震わせる...
全身が火照り、意識が白濁に飲み込まれていく。タバサは意...
絶頂の余韻は静かに引いていき、後に残ったのはシーツと下...
タバサは仰向けに横たわったまま、目を腕で覆って泣き出し...
(誰だって隠しておきたいことぐらいあるし、ああいうことし...
彼の声が脳裏に蘇り、吐息を零させるような甘い感情が胸を...
その言葉に慰めを見出している自分が、また腹立たしかった。
584 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:15:0...
いつの頃から才人についてあんなことを願い、想像するよう...
土くれのフーケが起こした事件のときからだったかもしれな...
気がつくと、彼の姿を目で追っている自分がいた。
気がつくと、自慰のときに彼に抱かれることばかり考えてい...
しかし、その願いが叶わないものであることは、自分でもよ...
彼がルイズのことを心の底から好いているのは端から見てい...
なによりも、日常的にこんなことをしていると知ったら、彼...
そうやって諦めていられればよかった。
そうすれば、いつも取り繕っている無表情の下に、彼に抱か...
だが、今日の昼間、外を歩いているときに不意に性衝動が襲...
部屋に戻ることも出来ずに仕方なく隠れて自慰をしていたの...
いや、その時点でも、まだ取り返しはついたのかもしれない。
彼が他人の秘密を言いふらすような人間でないことは、よく...
だから、いつものような無表情を作って、淡々と口止めして...
実際、そうしようともした。
だが、土下座して詫びる彼を見下ろしている内に、無表情を...
この後、彼が自分を見るたびに嫌悪感の入り混じった軽蔑の...
胸が締め付けられたように痛み、堪えようもない涙が目から...
そんなタバサに、彼は黙っていてくれるとを約束してくれた。
それだけでなく、「お前がやっているのは別におかしなこと...
その言葉が本当だとは、とても思えなかった。
いや、それが優しい嘘だと思ったからこそ、タバサの胸はは...
そこでお礼だけ言って去るべきだったのだ。それが、最後の...
しかしタバサは、理性ではそう考えながらも、誤解を解きた...
自分が最初から淫乱な女だったと思われたくない、と。
その願望をどうしても抑えることが出来ずに、背中の宝玉の...
そうやって自然に彼と話しているのがあまりにも嬉しくて、...
その結果が、あれだ。
自分がいやらしい欲望に負けてしまったせいで、全てが台無...
そして、その罪悪感に苛まれながら、まだこんなことをして...
つくづく、自分が嫌になる。
585 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:15:4...
(馬鹿なシャルロット)
タバサは心の中で自分を嘲笑った。
(お前の好きな男の人にはね、もう愛している人がいるのよ)
脳裏に、二人の人間の姿が浮かぶ。
一人は自分が好きな黒髪の少年で、もう一人は、その少年が...
桃色がかったブロンドの少女と黒髪の少年が並んでいるとこ...
今はただひたすら、その痛みに耐えていたかった。
それが、絶対にしてはならないことをしてしまった自分に対...
そのとき、タバサはふと、視界の隅で窓ガラスが揺れている...
何かと思って目を向けると、誰かが外から窓を叩いている。
声が外に漏れないようにと、部屋の周囲に音を遮断するサイ...
そしてタバサは、窓を叩いている人物が誰かを知って、目を...
それは、タバサが心を乱す根本の原因になっている人物、平...
(ここ、五階なのに)
混乱しながらも、こんなところから落ちては大変だと思い、...
才人は窓枠に片手でぶら下がり、もう一方の手で窓を叩いて...
(どうしてそんなところにいるの。落ちたらどうするの)
そんな風に怒鳴ったつもりだったのだが、サイレントの範囲...
こんな面倒なものをかけたのは一体誰だと憤慨しつつ、タバ...
そして、まだそっぽを向いたままの才人に向かって叫んだ。
「どうしてそんなところにいるの」
「いや、多分正面から行ってもいれてくれなさそうだなと思っ...
才人は顔を背けたまま答える。つまり、こちらから登場すれ...
(ずるい)
タバサは唇を噛んだ。実際、いつまでも才人をそのままにし...
「分かった。早く入って」
タバサは才人の腕を取って部屋の中に引き入れようとしたが...
「いや、ちょっと待ってくれよお前」
「なにが」
両腕で才人の右手を引っ張っていたタバサは、苛立ちながら...
「お前、服」
言われて初めて、タバサは自分がほとんど裸に近い状態であ...
小さな悲鳴を上げて両手で胸と股を隠すと、才人もまた悲鳴...
「大丈夫」
大事な部分を隠したままタバサが問いかけると、才人は顔を...
「とりあえず、服着てくれ」
タバサは顔から火が出る思いで部屋の中に引っ込んだ。
586 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:16:2...
夜着を着直したタバサが、才人を部屋に招き入れて数分。
ベッドの傍に椅子を持ってきて座った才人は、どうにも居心...
キュルケから、大方の事情は聞き出していた。
タバサがガリアの王弟の娘であること。
その王弟、つまりタバサの父親は、政争に巻き込まれて命を...
さらに、たった一人の肉親となってしまったタバサの母親で...
そういった事実を再確認するように心の中に並べていると、...
(許せねえ)
眉根を寄せ、膝に置いた拳を握り締める。
タバサを助けてやりたいという思いは、才人の中でますます...
今まで聞いた話をまとめてみると、おそらくミョズニトニル...
あんな宝玉を背中に埋め込まれているぐらいだから、タバサ...
ならば、敵の居場所も知っているに違いない。
そういった諸々をタバサから直接聞き出すために、才人はこ...
だが、いざこうしてタバサと向き合ってみると、どう話を切...
(ひょっとしたら、宝玉埋め込まれたときにひどいことされた...
それに、両親のこととかだってあまり思い出したくはないだ...
タバサの心を大切にしてやりたいと思えば思うほどに、何か...
そのタバサは、シーツの乱れたベッドに座って俯いている。...
(タイミング、悪かったなあ)
才人は心の中で後悔のため息を吐く。寝ているかもしれない...
タバサが何も言わないのは、そのことを恥ずかしがっている...
才人がそんな風に考えたとき、不意にタバサが口を開いた。
「ごめんなさい」
出てきた言葉がいきなりこれである。才人は困惑して聞き返...
「何で謝るの」
「だって」
タバサは泣きそうな声で続けた。
「サイト、部屋を追い出されたんでしょう」
才人は目を剥いた。何がどうなったらそんな話になるのか。
「さっき、わたしがあんなことして、それをルイズに見られた...
「いや、あの、シャルロット」
「これでサイトがルイズに嫌われたら、わたし、わたし」
後悔と自己嫌悪に満ちた言葉を吐き出しながら、タバサは泣...
才人は慌てて立ち上がり、シャルロットの隣に腰掛けると、...
「違うよ、そんなことにはなってない」
「嘘」
「本当だって」
「でもサイト、怒ってた。怖い顔で、拳を握り締めて」
瞳に涙を滲ませて、タバサが言う。
要するに、タバサが喋らなかったのは、才人が自分のせいで...
そのことを怒っているからだと思っていたかららしい。
587 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:16:5...
才人はタバサに笑いかけた。
「そりゃ勘違いだ。本当に、見られてはいないよ」
「でも」
タバサが涙に濡れた顔を上げる。ここまで言っても、まだ自...
(なんで)
才人はやりきれない思いで奥歯を噛み締める。
(なんでそんなに、自分を責めるんだ)
仮に本当にあの場をルイズに見られて部屋から追い出されて...
タバサがあんな風になってしまったのは背中に埋め込まれた...
だから、タバサには何の責任もない。むしろ、被害者と言っ...
「本当に違うんだって」
才人は必死の思いでそう言った。どう言ったら納得してくれ...
「ルイズに見られたなんてことはない。大体そうなったら、俺...
そう言うと、タバサは顎に手をやって「そうかも」と呟いた...
「よかった」
そう言って、タバサはようやく笑顔を見せてくれた。
それは、いつもの冷たい無表情とは比べ物にならないほど年...
(笑えばこんなに可愛い子なのに)
才人の胸に苦い痛みが広がっていく。
(それに、凄くいい子じゃないか)
王弟の娘と言えば、下手をすればルイズよりも格が高い大貴...
さらに、今までは無口に無表情だったから冷たい奴だと思い...
タバサはキュルケの無茶な要求にもちゃんと応えてやってい...
友達思いと言えば、さっきあそこまで才人に対して責任を感...
そして、今目の前にある、屈託のない笑顔。
それら全てが、タバサが幸せな環境で育ってきたことの証で...
そんな少女が、今や両親からも引き離されて、一人卑劣な仕...
(やっぱり、この子をこのままにしておく訳にはいかねえ。た...
才人は心の中で決意を固めると、ベッドに腰掛けたまま体の...
「シャルロット」
「なに」
きょとんとした顔で、タバサが問い返してくる。才人は彼女...
「俺は確かに怒ってたけど、あれはお前に対して怒ってたんじ...
才人が何か重要な話をしようとしていることに気付いたらし...
「俺の怒りは、お前の敵に対して向けられているんだ」
「わたしの、敵」
タバサの顔が強張る。才人は頷いた。
「そうだよ、シャルロット。いや」
才人は一度言葉を切って大きく息を吸い込み、力を込めて彼...
「シャルロット・エレーヌ・オルレアン」
588 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:17:3...
タバサの瞳が一度大きく見開かれ、それからゆっくりと元の...
「キュルケ」
いつもの無表情で、一言、そう問いかけてくる。才人は頷い...
「ああ。だけど、キュルケを責めないでやってくれ。俺が無理...
タバサは小さく首を振る。
「キュルケが話したなら、きっとサイトを信用したってことだ...
それから俯いて何事かを考え始めたタバサに、才人はぐっと...
「シャルロット。俺に、お前の敵のことを教えてくれ」
それだけで、十分意図が伝わったのだろう。タバサはゆっく...
「どうして」
「そいつらの手から、お前を救い出す」
タバサは首を振った。
「無理」
「できるさ」
「できない」
「やってやる」
二人はしばらく無言で睨みあった。タバサは絶対に教えない...
数分ほども経って、最初に折れたのはタバサの方だった。た...
「分かった」
「教えてくれるのか」
自分を頼る気になってくれたのかと、才人は喜びに顔を輝か...
「教えないと分からないみたいだから」
「信用ねえなあ」
才人は笑ったが、タバサは顔を彼の方に向け、真剣な口調で...
「違う。サイトが強いのは、わたしもよく知ってる」
「ああ」
「だけど、無理」
「どうして」
「あの女は」
そう言った拍子に何かを思い出したのか、タバサは一度唇を...
「あの女は、異質」
「どういう意味なんだ」
あの女、という単語にミョズニトニルンの影を見ながら、才...
「聞けば分かる」
それだけ言うと、タバサは目を細くして、静かな声で自分の...
589 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:19:0...
タバサの両親は、才人の想像どおりとても優しい人たちだっ...
父親が王家の血筋に連なる大貴族だったこともあって、ほと...
それでも彼らは自分たちの少ない自由時間をほとんど全てタ...
タバサは幼いころそれほど寂しさを感じたことはなかったそ...
その、幸福に満ち足りた幼年時代は、ある日突然終わりを告...
前王没後間もない頃に開催された狩猟会に出席したタバサの...
「妙な話だった」
タバサはかすかに眉根を寄せながら言う。
「あの狩猟会に、父様は信頼していた家来を数人連れて参加し...
その上、何故か調査もすぐに打ち切られてしまったという。
毒矢を撃ったという平民が一人捕縛されてろくに尋問すらさ...
こうして、ガリア王国は有力な王位継承者の一人を失った。
王位は、今や前王の遺児の中で唯一人の生き残りとなった、...
タバサと母親は、その当時オルレアン公を失った悲しみに捕...
何よりも、タバサの母は娘であるタバサに害が及ぶことを恐...
「なのに」
タバサの眉間の皺が深くなった。ベッドの上に置かれた拳が...
「あいつは、母様を」
絞り出すようにして吐き出された言葉に、才人は違和感を覚...
さらに話に意識を集中する才人の前で、タバサは感情を押し...
貴族たちの卑劣な策略により、タバサは母親すらも失って一...
使用人たちも不思議なほどあっさりと去っていき、昔は使用...
幼いタバサと、精神を病んだ母親と、彼女を守る老僕一人が...
今や娘のことすら分からなくなってしまった母親の隣で、タ...
愛しい人を理不尽な理由で奪われた人間は、その精神的苦痛...
タバサも、その例に漏れなかった。
彼女は事件から間もないころ、単身宮廷に赴いて現王家への...
無論、その真の目的は、宮廷に潜り込み、一連の事件の黒幕...
590 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:21:2...
「だけど、現実は甘くなかった」
タバサは深く息を吐き出す。
「わたしはジョゼフ派の貴族たちに警戒されて、面倒な任務ば...
そして、宮廷に潜り込むどころか、厄介払いとばかりに他国...
そう語り終えた後に、タバサは才人の瞳をじっと覗き込んで...
「分かったでしょう。わたしの敵は、ガリアの中枢に居座るた...
サイト一人に協力してもらってもどうにもならない」
突き放すような冷淡な口調だった。
だが、その言葉を額面どおりに受け取るには、今の才人はタ...
「だから」
「だから、わたしのことは放っておいてほしい、か」
タバサの声を遮って、才人が言葉を継ぐ。
「あのなシャルロット、そんな事情知っちまった上で知らん振...
「そんなの知らない」
「なら今知っとけ。それとお前、まだ俺に迷惑かけるとか思っ...
「思ってない」
「いーや、思ってるね。お前がそういう奴だっての、今日だけ...
鼻先に指を突きつけてそう言ってやると、タバサはわずかに...
「なあシャルロット。俺はこの世界に来て、何でだかガンダー...
最初は訳が分かんなかったけど、最近になってようやっと分...
これは、誰かの力になりたいっていう、俺の意志を助けてく...
左手のルーンを頭上にかざし、才人は目を細めた。
「俺は、お前を助けてやりたいって思う。力のあるなしに関係...
だから、これは俺が勝手に思ってることなんだ。迷惑だとか...
気楽な調子の言葉を、タバサは俯いて聞いていた。やがて、...
「自分勝手」
拗ねたような声。
「おう。こういうことならいくらだって自己中になるぜ、俺は」
才人は唇をひん曲げて笑う。
「空気読めない人」
恨みがましい声に、少しだけ涙が混じっている。
「ルイズほどじゃないね」
それに気付かない振りをして、才人は冗談っぽく肩をすくめ...
「人の気持ちも知らないで」
押し殺したような声で言い、タバサは俯いたまま唇を噛み締...
「それは違うよ、シャルロット。俺はお前の本当の気持ちが分...
591 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:22:2...
タバサの肩の震えが、手の平を通じて伝わってくる。
「本当は苦しいんだろ。悔しいんだろ。今すぐにでも、両親の...
俺は剣を振るうことしかできないけど、そうやってシャルロ...
お前一人じゃ無理でも、二人なら何か方法があるかもしれな...
「止めて」
タバサは才人の肩を振り払って叫んだ。感情を露わにした、...
タバサはベッドから立ち上がり、才人に背を向けた。部屋の...
才人も慌てて立ち上がりかけたが、タバサは部屋の真ん中辺...
こちらに背を向けたまま、タバサは消え入りそうな声で言っ...
「わたしも、考えたことある。この人が一緒に戦ってくれたら...
「そうだろ。だったら」
「でも駄目」
才人の声を遮ったタバサの拳は、真っ白になるほど強く握り...
「たった二人でどうにかできるほど、あいつは生易しい相手じ...
最初から負けると分かってる無謀な戦いに、友達を巻き込む...
タバサの背中が小さく震え出す。才人は、心の中でため息を...
(ああ、やっぱりこの子は、そういう覚悟で戦い続けてきたん...
父親を殺され、母親を狂わされ、ただ復讐だけに縋って生き...
死んでも構わない。たとえ差し違えてでも仇を討ってみせる...
才人は静かに立ち上がり、小さく震えるタバサの肩を後ろか...
今は、そうするのが一番いい行動に思えた。タバサも抵抗せ...
二人はしばらく、そうやって無言で立ち尽くしていた。
腕の中のタバサの体はまだ少し硬いままだ。抱擁はともかく...
だが、もしもここでタバサを助けなければ、一体どうなるだ...
これからも、ほとんど見返りが期待できない危険な任務を無...
家に帰っても迎えてくれる家族はおらず、仮に復讐が果たせ...
そんな、何の喜びもない生活を、こんな小さな体で何年も続...
(駄目だ。それだけは、絶対に駄目だ)
タバサを抱きしめる両腕に力を込め、才人は強く強く目を瞑...
あと一つだけ、やれることがある。
タバサ自身の口から本当の気持ちを聞き出せるかもしれない...
(だけど、それは確実にこの子を傷つけちまう。俺にそんな権...
迷ったのは、たった数瞬の間だけだった。
この部屋の窓を叩いたときから、既に覚悟は決まっていたの...
「シャルロット」
心の悲鳴を敢えて無視しながら、才人は努めて平坦な口調で...
「まだ一つだけ、俺に聞かせてくれてないことがあるよな」
彼女自身もその問いを恐れていたのだろう。腕の中のタバサ...
才人は逃がさないと宣言するかのように、タバサの体をさら...
「お前が異質だと言った、女のこと」
そして、躊躇いを振り切れるように、一息で言った。
「その宝玉を埋め込まれたときのことを」
592 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:23:0...
タバサから過去の事情を聞いていく中で、才人は何度か彼女...
タバサの母親を狂わせた毒は、ジョゼフ派の貴族が仕込んだ...
その黒幕が誰だか、キュルケはもちろん、彼女に打ち明けて...
だが、タバサはそのことを説明したとき、「あいつ」と言っ...
「あの女」ではないから、ミョズニトニルンのことではある...
「あいつ」とは、おそらくミョズニトニルンの主のことだ。
タバサは、一連の事件の黒幕が誰なのか、知っているのだ。
その人物こそが虚無の使い手であり、才人が倒すべき相手で...
そして、その人物の正体をタバサが初めて知ったのは、ミョ...
才人がどういう意図でその質問をしたのか、頭のいいタバサ...
彼女はしばらくの間躊躇うように沈黙を保っていたが、やが...
「母様があんなことになってから、一ヶ月ぐらい経ったころ」
その声音があまりにも苦痛に満ちていたため、才人は「やっ...
しかし、結局止めなかった。ここで全てを聞いておかなけれ...
新王に忠誠を誓うためという名目で宮廷に登城したタバサは...
このとき儀式を見ていたのは、当然ながら皆ジョゼフ派の貴...
彼らが皆一様に浮かべている薄ら笑いに怒りと屈辱を覚えな...
「真っ黒なローブで体を隠した、不気味な女だった」
タバサがそう言うのを聞いて、才人は確信した。やはり、彼...
突然の闖入者に驚いたのは、何故かタバサ一人だけだった。
他の貴族たちは、その女が明らかに儀式の邪魔であることを...
「おお、どうしたのだ、余のミューズ」
王座に座った無能王が、嬉しそうに呼びかけるのを聞いて、...
だが、やはり儀式の邪魔であるのに変わりはない。
それとも、この王は自分の都合で公の儀式を中断してもよい...
あれこれと考えるタバサに、女はゆっくりと近づいてきた。
そのとき、背筋に震えが走ったのを、タバサは今でも覚えて...
593 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:24:1...
女は口元に薄い笑みを、瞳に嗜虐的な色を浮かべて数秒もタ...
「シャルロットお嬢様は、ジョゼフ様に心からの忠誠を誓うと...
しかし、陛下の側近である身としては、その言葉が偽りでな...
「おおなるほど、確かにそれはいい考えだ。しかしどうするの...
話が予期せぬ方向に転がっていくことにタバサは困惑したが...
「それでは、少し背中を見せて頂けますか、シャルロットお嬢...
だから、黒ローブの女がそう言い出したときも、素直に従う...
多くの人が見ている中で礼服の背中をはだけるのは、さすが...
しかし、これも復讐のためだと覚悟を決めて服を下ろした瞬...
焼きごてでも押し付けられたのかと想像したが、違った。
痛みは一瞬後には止み、代わりにそれまで感じたことのなか...
「それが、この宝玉が効果を発揮した、最初の瞬間」
タバサは震える声でそう言う。その後どうなったのかは、い...
昂ぶる性衝動に耐え切れなくなったタバサは、王座の間から...
しかし、ジョゼフはそんなタバサを楽しげに見下ろして「ま...
そのくせ、一向に儀式を再開しようとしなかった。
ただ、虫をいたぶる子供のような目つきで、苦しむタバサを...
そうして十数分経ったころ、ほとんど暴力のようなレベルに...
遠いところから聞こえてくる観衆の嘲笑、手を叩いて喜ぶジ...
意識が白濁に飲み込まれようとする中、タバサは必死に自分...
「それで」
もうこんな話は終わりにしたいという内心の欲求を無理矢理...
「その後、どうなったんだ」
最低な問いに、吐き気が出そうだった。そんなこと、いちい...
だが、返ってきた答えは才人の予想を遥かに超えるほど胸糞...
「どうもされなかった」
「どういうことだよ」
意味が分からずに才人が問い返すと、タバサはいよいよ耐え...
594 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:25:0...
公の儀式の最中に、それも王座の間で痴態を演じたとして、...
こうやって自分を処刑するつもりだったのかと、タバサはそ...
しかし、いつまで経っても判決は下らず、ただ悪戯に時だけ...
その間も宝玉は効果を発揮し続け、タバサは日に数度ほど、...
「そのタイミングを見計らうように、あいつはいつも数人の家...
才人の背筋を悪寒が這い回った。そんな状態のタバサの前に...
快楽への誘惑に必死で耐えているタバサを、ジョゼフは上機...
そして、看守に命じて鍵を開けさせ、連れてきた男たちを全...
「わたしは、そのたびに、耐えられなくなって、その男たちに」
「もういい」
しゃくりあげながら告白を続けるタバサの声を、才人は大声...
腕の中で、タバサが一際大きく体を震わせた。
そんな彼女の体を、才人は力を込めて抱きしめる。
「辛かったな」
タバサは返事をしない。
「よく頑張った」
固く閉じられた唇の隙間から、押し殺された小さな声が漏れ...
「もう、我慢してなくていいんだぞ」
大声で泣き出しそうになるのを必死で堪えているようだった。
「本当のことを言えよ、シャルロット」
タバサの頭を撫でてやりながら、才人は言う。
「お前は頭のいい子だ。さっき話してたときだって、『あいつ...
お前が黒幕について知ってるって、俺が気付いちまうことは...
にも関わらず、タバサは「あいつ」という言葉を使ったのだ。
果たして、それが意識的なものだったのか無意識的なものだ...
重要なのは、ただ一つの真実だけだ。
「シャルロット」
才人はタバサの両肩をつかみ、彼女の体をこちらに向かせた。
激しくしゃくりあげながら、それでも泣き声だけは漏らさず...
その痛々しい姿を見ていると、才人自身の目にも涙が溢れて...
「もういいんだ、シャルロット」
涙で声を詰まらせながら、才人は必死にシャルロットに呼び...
「無理するな。一人で背負い込むな。本当は苦しいんだろ。助...
頼むから、俺にお前のこと助けさせてくれよ。お前がそうや...
タバサはゆっくりと面を上げた。小さな可愛らしい顔は真っ...
595 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:25:4...
「シャルロット」
もう一度、強く呼びかける。
タバサの唇が、戦慄きながら少しずつ開いていく。才人は無...
「そうだ、言え、言っちまえ。苦しいことも辛いことも、全部...
タバサは数回口を開いたり閉じたりした。その間、喉に引っ...
「苦しい」
ぐしゃぐしゃに顔を歪ませながら、タバサはようやくその言...
「苦しいよ」
「そうか、苦しいか。それだけか」
才人はタバサの両肩に手を置いて、ゆっくりと問いかける。
タバサはとめどなく涙を流し、しゃくりあげながら、苦しそ...
「辛い」
タバサが才人の腰に手を回してきた。
「痛い」
タバサが才人の胸に顔を埋めた。
「寂しい」
タバサは才人の顔を見上げて、消え入りそうなほどにか細い...
「お兄ちゃん」
「なんだ」
二人は、涙を流し続けたまま数秒も見詰め合った。
涙に滲む視界の中で、タバサがぎゅっと目を瞑った。
目の端に残っていた涙の粒が、押し出されるようにしてタバ...
そして、タバサの小さな唇が、ついにその言葉を紡ぎ出した。
「助けて」
才人は大きく息を吸い込みながら、タバサの小さな体を抱き...
全身にタバサの震えが伝わってくるのを感じながら、力強く...
「分かった」
力を失ったタバサの体が床に落ちないように抱きとめながら...
(こんな)
泣きじゃくるタバサの声が、鼓膜を静かに震わせている。
(こんなひどいことが、許されていいはずがねえ)
才人はタバサを抱きとめる両腕に力を込めながら、窓の向こ...
(ミョズニルトルン、無能王ジョゼフ)
その名前を思い浮かべるだけで、心の中に嵐が吹き荒れるよ...
(必ず殺してやる。俺がこの手で殺してやるぞ)
部屋に差し込む薄明かりの中、タバサの泣き声だけがしばら...
596 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/05(火) 02:26:2...
(さて、相棒はどこまで行ったのかね)
明け方になっても戻らない才人を、デルフリンガーは少しだ...
さすがにこのまま戻らないということはないだろうが、一体...
(もうすぐこの娘ッ子も目を覚ますんだ。そのときお前さんが...
そしてまた自分は溶かされそうになるわけだ、とデルフリン...
そのとき、不意に部屋のドアが静かに開かれた。
「おい遅いよ相」
少し嫌味な口調で才人を出迎えかけたデルフリンガーは、途...
部屋の外に佇む才人の様子は、昨夜出かけたときとはまるで...
黒い瞳は獣のようにぎらぎらと輝き、眉間には傷のように深...
拳は今にも人に殴りかかりそうなほどに強く握り締められて...
強張った全身からは、陽炎が立ち昇っているかのような錯覚...
何も言えなくなってしまったデルフリンガーに、才人はゆっ...
そして、朝焼けの光を浴びて輝く刀身を見下ろしながら、怒...
「デルフ」
「なんだね」
「俺は決めた」
「何を」
「ミョズニルトルンとジョゼフを、殺す」
一語一語に呪詛が込められているようなその声に、もはや迷...
デルフリンガーは、驚嘆と共に理解した。
平賀才人は、剣になったのだ。
躊躇も容赦も迷いもなく、ただ敵を斬るためにだけ存在する...
怒りの槌で鍛えられたその刃に、断てぬものなど存在しない。
(こりゃ、マジでいけるかもしれねえな)
人ならぬデルフリンガーの身が、戦慄に大きく打ち震えた。
223 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:40:0...
真の意味で始業の鐘を聞くのは実に久方ぶりだと、『疾風』...
ヴェストリの広場に居並ぶ生徒たちを見回しながら、重々し...
「では授業を始める」
この台詞を口にするのも、やはり久しぶりだ。当然である。
ギトーは教師という職業にありながら、つい先日まで戦争に...
アルビオンとの戦争が終わって駆りだされていた男子生徒た...
ギトーの受け持っている風魔法の講義も、そんな授業の中の...
(よく生きていられたものだ)
ギトーはふと思う。
彼は、戦争の終盤突如として反乱が起きた際、最初に吹き飛...
飛び交う銃弾を風魔法の結界で逸らしながら、命からがら生...
日頃から風系統こそ最強だと標榜している彼ではあったが、...
(幸運だったな)
しみじみと思ったあと、ふと広場の向こうに聳え立つ火の塔...
その根元の辺りに、今にも崩れそうな掘っ立て小屋のような...
今は亡き、コルベールの研究室であった。
(戦争に参加した私が生きていて、ミスタ・コルベールが死ん...
内心でため息を吐く。
コルベールは、アルビオンとの戦争中に手薄になった魔法学...
昔から間抜けな奴だとコルベールを笑っていたギトーだった...
前までは気難しいと恐れられていたが、今なら亡きコルベー...
ギトーはふと我に返った。最初の一言を言ったきり何も言わ...
ギトーは気を取り直して一つ咳払いをして、自分の後ろに立...
「これは訓練用の藁人形だ。本日は、この人形に向かって風魔...
学院の倉庫の奥から引っ張り出してきた人形を見て、ギトー...
訓練内容は地面に突き立てられたこの藁人形に、一定以上離...
風魔法が得意な者ならば鼻歌混じりに達成できる簡単な訓練...
うまく風が出せても藁人形に当たる前に拡散してしまったり、
当たっても威力が弱すぎて藁人形を倒せなかったり、見当違...
(懐かしいな)
ギトーは思い出す。
ずっと昔、魔法学院に入りたててでまだ上手く魔法が使えな...
夕暮れになって他のクラスメイトが全員帰ってしまう時刻に...
自信を喪失するギトーに、担当の教師はずっと付き添ってい...
そして、ゆっくりとした口調で、風系統の特徴について詳し...
その教師への憧れが、ギトーが教師になった理由の大半を占...
(だが、私は慢心してそれを忘れていた。愚かなことだ)
コルベールの死に様を聞いて、ギトーは深く内省したのであ...
そして、出来の悪い生徒でもついてこれるような授業をしよ...
(確か、このクラスには特別出来の悪い生徒が一人いたはずだ...
ギトーは立ち並ぶ生徒たちの列を見回し、桃色がかったブロ...
『ゼロ』のルイズである。非常な努力家という評判に反して...
224 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:40:5...
(よし、今日はとことん彼女に付き合ってやろう。そして初歩...
ギトーの胸の奥に、静かな情熱が蘇りつつあった。早口に説...
「さて、まず誰か一人にやってもらおうか」
口ではそう言いつつ、まずはルイズの実力を見てやろうと決...
しかしそれよりも早く、列の中から一本の腕が上がる。見る...
もちろんルイズではない。ギトーの記憶が確かならば、タバ...
ドットメイジという触れ込みのくせに、ラインメイジよりも...
(確か、彼女は風魔法が得意だったはずだが)
思わぬ事態に、ギトーは顔をしかめかけた。しかし、すぐに...
(先に、風魔法を得意とする者に手本を見せてもらった方がい...
それに、もしも皆の前に立ったルイズが失敗してしまったら...
ギトーはルイズに向けかけた指先を、タバサに向け直した。
「よし、ではお前がやってみろ。タバサだったな」
タバサは一つ頷いて、無言のまま足早にクラスメイトたちの...
「その辺りで止まれ。そこから藁人形に向かって好きな風魔法...
ギトーが言いかけたとき、不意にタバサが顔を上げた。その...
前まであまり生徒に興味を抱かなかったギトーだから、タバ...
そんな彼ですらも、今のタバサには違和感を持った。
確かに同世代の少女と比べて表情の変化に乏しい娘ではあっ...
そんな、殺気すら感じさせる瞳で眼鏡の奥から見据えられて...
「では、私が手を振り下ろしたら撃て」
いいから早くしろと言わんばかりに、タバサが小さく頷く。...
その瞬間、凄まじい突風が広場に吹き荒れた。
あまりの風圧に目を閉じそうになりながら、ギトーはかろう...
ほとんどの生徒が風に吹き飛ばされるかしゃがみ込むかして...
嵐と表現してもいいほどの勢いで渦巻く風の中心は、ギトー...
竜巻のように渦を巻く風の中で、藁人形が次々と舞い上げら...
よく見ると、後ろに寝かせてあった予備の藁人形まで巻き込...
呆然とするギトーの前で風はじょじょに収まっていき、広場...
後に残ったのはこわごわと立ち上がって周囲を見回す生徒た...
口を半開きにして何も言えないでいるギトーに、タバサは小...
「人形はこれで全部」
実際そのとおりなので、頷くしかない。するとタバサは「じ...
確かにそのとおりだと言わんばかりに、他の生徒たちも歓声...
その瞬間ようやく我に返って、ギトーは慌てて手を伸ばした。
「こら待てお前たち、まだ授業は終わっては」
しかし、そう言った頃には生徒たちは既に広場から出て行っ...
ギトーは歯軋りしながら地団太を踏んだ。
「人が折角やる気になっているのに、可愛くない奴等め」
恨みをこめてそう呟いたとき、ギトーはふと気がついた。ま...
小太りな生徒だ。途方に暮れた表情で周囲を見回している。
「お前は確か、かぜっぴきのマリコルヌだったか」
「風上ですミスタ・ギトー」
鼻息も荒く抗議するマリコルヌに、ギトーは笑顔で歩み寄っ...
「そうか、風上のマリコルヌか。お前はやる気があるな。皆が...
「いえ、ただ逃げるタイミングを逃しただけで」
「そんなにやる気があるお前を見込んで特別に個人授業をして...
「いえいえ私もここまでで」
「逃げるなよ」
つかまれた肩を思い切り握り締められて、マリコルヌは悲鳴...
225 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:41:2...
「なんか前より間抜けになってたわねえ、あの先生」
完全に逃げおおせたと判断して、キュルケはほっと息を吐い...
少し足を速めてタバサの隣に並びながら、キュルケは含み笑...
「まさか、あなたがあんな愉快なことやらかしてくれるなんて...
そんな風に話しかけるのだが、タバサは返事もしなければこ...
返事がないのはいつものことだが、歩く速さを合わせようと...
それどころか、タバサはますます足を速め、まるでこちらか...
「ねえ、どうしたのよタバサ」
「ついてこないで」
足を止めないまま、タバサが冷たい声で言ってくる。こうも...
「どうしたの急に」
「話した」
「なに」
「サイトに話した」
それだけで説明が終わったと言わんばかりに、タバサは早足...
立ち止まって小さな背中を見送りながら、キュルケは顎に手...
「つまり、サイトに事情をばらしちゃったから怒ってると、こ...
まるでこちらから逃げるように去っていくタバサを見て、キ...
「分かりにくいようでいて分かりやすい嘘を吐くわねあの子も」
タバサの怒りの表現方法をよく知っているキュルケは、少し...
「避けられてる、か。今回は本気で仲間にいれてくれないつも...
キュルケとしては無理にでも仲間に入りたいところだが、今...
やはり自分に出来る形で助けになるしかないか、と考えたと...
金髪の美男子ながらどこか間抜けで親しみやすい雰囲気を漂...
いかにも高慢そうで刺々しい顔立ちの中に、繊細な優しさを...
ギーシュとモンモランシーである。最近、前にも増して距離...
何やら夢中で捲くし立てているギーシュ、それを澄まし顔で...
いつもどおりの二人の姿をしばらくじっと眺めていたキュル...
226 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:43:1...
出発はタバサが才人に助けを求めた日から数えて、ちょうど...
目的地はガリア王城、ヴェルサルテイル宮殿である。
王を暗殺するのが目的である以上当然ながら他の人間に知ら...
故に、タバサの使い魔であるウインドドラゴンのシルフィー...
移動方法は、徒歩である。と言ってもタバサと並んでトコト...
故に、ルーンを光らせっぱなしにした才人が、タバサを抱き...
途中いくつかある関所も避けねばならないため、ほとんど人...
ルートはタバサが調べてくれた。彼女が溜め込んだ膨大な知...
こうして、計画は順調に練り上げられていった。
才人は剣の訓練や持久力向上に精を出し、タバサは極力精神...
ルイズやシエスタに最近の行動について問い詰められはしな...
ルイズの方は特に不審がるような様子も見せずにいつもどお...
タバサのほうもうまくキュルケを誤魔化したと言っていたし...
そうして拍子抜けするほど順調に、何事もなく一ヶ月間が経...
木の幹にもたれかかって俯きがちに座っているタバサの青い...
空は雲一つない晴天で、銀に瞬く星が全天を覆っていた。
木にもたれかかったまま目を細めてそれを見上げながら、才...
「明日だな」
視界の隅で、タバサが小さく頷いた。
この一ヶ月間、二人は毎晩こうして密会していた。ガリア王...
タバサ自身、こうなる前からそのための計画を考えてきては...
だからこそ、たった一ヶ月で十分準備を整えることができた...
相手からの妨害や予想外の問題が全くないと仮定すれば、往...
当たり前の話だが、馬車で街道を進んだりシルフィードで飛...
それでも普通に街道を歩いていくよりはかなり速いのだ。そ...
道筋はタバサが綿密に調べ上げているため、こちらもほとん...
食事などはかなり制限されることになるだろうが、これは致...
保存の効く携帯食などを、出来る限り袋に詰め込んで才人の...
準備は万端である。後は、ヴェルサルテイルに辿りついた後...
タバサ自身もそのことに思いを馳せているのだろう。二人は...
227 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:44:0...
「お兄ちゃん」
膝を抱え込んで目を伏せたまま、タバサが小さく呼びかけて...
「なんだ」
「本当に、いいの」
才人は苦笑しながら、タバサと同じように木に背を預けて腰...
「いいんだよ」
タバサは何も言わず、眉間に皺を寄せて唇を噛む。
今更、止めようなどと考えている訳ではあるまい。躊躇いが...
タバサとて、ずっと心に秘めて研ぎ澄ましてきた怨讐の刃を...
どんなに強い自制心を持っていようとも、敵を切らずに元の...
それでも、才人を巻き込んでしまったという負い目は消えな...
様々な感情がタバサの横顔に浮かんでは消えていくのをじっ...
タバサはまだ十五歳のはずである。自分はまだまだガキだと...
芸能人に夢中になったり、ちょっと背伸びして化粧を始めて...
それが、才人が知っているその年頃の少女の普通の姿だった。
この世界でだってそういうことにさして違いはあるまい。そ...
だというのに、何故こんなところでこんな風に苦しそうな顔...
(早く、何の悩みもなく笑えるようにしてやりてえな)
見ていられずにふと頭上に目を移したとき、視界に映ったの...
そういえば、一ヶ月前もこんな風に夜空を見上げたものだ。...
「シャルロット。空、見てみろよ」
そんな気分ではないかもしれないと危惧しながら言った台詞...
タバサはゆっくりと星空を見上げて、口元に淡い微笑を浮か...
「きれい」
小さな呟きを聞いて、才人の胸が不意にじんわりと温かくな...
タバサが安らいだ表情を見せたのは、実に久しぶりのことだ...
少なくとも、この一ヶ月はいつ見ても思いつめたような深刻...
不安や苦悩から少しでも意識をそらしてやろうと思い、才人...
「なあ、こっちの星座ってどうなってんの」
闇雲に腕を振り回して、次々と適当に星を指差す。
「あれはオリオン座か。ああ、あれは小熊座じゃないのかな」
タバサがおかしそうに微笑んだ。
「そんなの初めて聞いた」
「あ、やっぱこっちだと違うのか」
タバサはスカートを手で払いながら立ち上がり、おもむろに...
「あれが始祖座、あっちは蛙座。あれは風竜座で、隣が火蜥蜴...
言いながら次々といくつかの星を囲んでみせるのだが、もち...
「どれとどれが、なんだって」
混乱する才人の顔をじっと見つめていたタバサは、やがて小...
「嘘」
「あ、騙したなこの野郎」
頭を軽く小突いてやると、タバサは小さく笑ってから懐かし...
「わたしも騙された」
「誰に」
「父様」
才人は目を見張った。タバサの微笑の向こうに、今よりもも...
いつも忙しい父親がこっそりと連れ出してくれた夜の森。無...
悪戯っぽく笑いながら嘘の星座を教える父と、罪のない嘘に...
そして父親は小さな娘を肩車してやり、少しでも星がよく見...
はしゃいだ娘は一生懸命に手を伸ばし、届くはずもないのに...
世界の違いなど関係なく、どこにでもいそうな親子。今はも...
228 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:44:3...
才人が無意識に拳を握り締めたとき、不意にタバサが小さな...
「どうした」
慌てて駆け寄ろうとする才人を、タバサは手の平で制する。
顔がかすかに赤らんでいた。宝玉の効果が今発現したのに違...
どうしてやることもできず、才人はタバサが少しずつ離れて...
「それじゃ明日、夜明け前に」
「大丈夫か」
「平気。部屋までなら持つ」
たまらずに声をかけた才人に、タバサは闇の中で小さく頭を...
「おやすみなさい」
「おやすみ」
タバサはフライの魔法を唱えて、自分の部屋の窓に直接飛ん...
彼女の姿が完全に見えなくなったあと、才人はおもむろに背...
「いよう相棒、もうお邪魔じゃないかい俺」
いつもどおりのとぼけた声を上げるデルフリンガーには答え...
少し開けた場所で屈み、地面に落ちている小枝を拾い上げる...
「デルフ」
「なんだね」
「ガンダールヴの強さは、心の震えで決まる。そうだったよな」
「そうだよ」
「なら、いけるな」
才人はゆっくりと小枝を放り上げる。そしてそれが一番高く...
左手のルーンの輝きが闇の中に眩い軌跡を描く。小枝は一瞬...
「今なら、負ける気がしねえ」
「そりゃま、肉弾戦で相棒に勝てる奴はいねえだろうよ」
デルフリンガーはため息をつくように言った。
「そうそう相棒、一つ忘れてないかい。いや、あえて目をそら...
「なんだよ」
「明日出発だってのに、未だにご主人様に何も言ってねえじゃ...
才人は言葉に詰まった。どうにも切り出すことができずまた...
「また黙って行く気かね」
「そうなっちまうかな」
「傷つくだろうなああの娘っ子。使い魔が何も言わずに他の女...
「おいおい、嫌なこと言わないでくれよ」
「俺は事実を話してるつもりなんだがね」
才人は肩を落とした。
「そりゃ、こういうのがあまり良くないことだってぐらい、俺...
ルイズに話したら『あたしもついていく』とか言い出しかね...
そう言い訳しつつも脳裏に浮かぶルイズの泣き顔に、才人の...
「そうだな。やっぱ、話さねえとな」
打ち明けたときのルイズの反応を想像すると、いろいろな意...
229 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:45:1...
閉じた目蓋の向こうに夜明けの薄明かりを感じて、才人はた...
すぐ目の前に、穏やかな寝息を立てているルイズの背中が見...
結局、事情を話せずじまいで夜が明けてしまった。
「俺って駄目な奴だな」
小さく自嘲しながら、ルイズを起こさないようにそっとベッ...
壁に立てかけてあるデルフリンガーを手に取り、何気なく周...
才人が荷物を準備してはルイズに疑われるので、旅装は全て...
だから、才人がやるべきことはあと一つだけだ。
ルイズの学習机からメモ用の紙を取り出し、机の上に置く。
インク瓶の蓋を開けて羽ペンを浸し、短くメッセージを残す。
「怒るだろうなあ、ルイズ」
だが、仕方のないことである。
そもそも、事情を打ち明けようが打ち明けまいが、他の女の...
そんな風に考えても、やはり罪悪感は消えてくれない。
「ごめんな、ルイズ」
消えない罪悪感を抱えたまま、才人は静かに部屋を抜け出し...
昨夜の晴天が嘘のように、空はどんよりとした雲に覆われて...
いつものこの時刻と比べるとかなり暗い上、冷たい霧に覆わ...
数分ほど霧をかき分けて、才人はようやくタバサを発見した。
タバサは、いつだったかアンリエッタの馬車を出迎えた正門...
足元にはぱんぱんに膨らんだ大きな袋が置いてあった。旅の...
「悪い、遅くなった」
タバサは小さく首を振る。才人は正門の隣にある詰め所をち...
「当直の先生はいないのか」
「いない。多分、さぼり」
相変わらず警備がずさんだな、と才人は顔をしかめる。こん...
同時に、不安になった。こんなところにルイズを一人で置い...
何せ虚無の使い手である。自分がいない間にガリア王が放っ...
今更その可能性に気がついて、才人は後悔した。
せめてアニエスに連絡を取るなりキュルケに事情を全て打ち...
「どうしたの」
タバサの問いかけに、才人は首を振った。
こうなったら仕方がない。出来る限り早く事を終わらせて、...
才人はタバサの足元の袋を持ち上げようとして、顔をしかめ...
「予想より重いなこれ」
「出来る限り軽くしたけど、それが限界。ここまでもフライで...
さすがに移動中ずっと魔法を唱えさせることはできないので...
こりゃ思った以上に重労働だ、とため息をつきながら才人が...
230 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:46:0...
「やっぱりこうなったわね」
才人は硬直した。聞き覚えのある声である。聞き覚えのあり...
まさか、と思って恐る恐る振り返ると、予想どおり小柄な人...
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールその人である。怒りに柳眉を...
久々のご主人様のお怒りに、才人は腰を抜かした。最近大人...
ミョズニトニルンとガリア王をまとめて一人で相手にする方...
恐怖に震える才人に、ルイズはゆっくりと歩み寄ってくる。...
「どどどどど」
「何が言いたいのかしら。はっきり言いなさい、この馬鹿犬」
「どうしてルイズがこんなところに」
「どうして。今どうしてって言ったのかしらサイトったら」
ルイズは顔を歪ませた。笑ったつもりらしいが、口元が引き...
「それはわたしが聞きたいわねサイト。どうしてあんた、この...
不思議だわサイト。不思議すぎて頭が混乱して、思わずエク...
「やめてくださいお願いしますご主人様」
サイトは悲鳴を上げて土下座した。タバサが無言で、才人の...
「あれま、やっぱりこうなったか」
鞘から抜かれた瞬間、デルフリンガーは呆れたように言った...
「おいデルフ、一体どうなってるんだよ。やっぱりってことは...
「そりゃ知ってたよ。この一ヶ月間、貴族の娘っ子がずーっと...
才人はルイズを見上げた。図星だったらしく、ルイズの顔に...
「あんたってば、このわたしがいつ事情を説明するかと待って...
「いや、それは」
「おまけに何これ」
そう言って、ルイズは怒りに震えながら腕を突き出す。その...
「『ちょっと出かけてくる。必ず戻るから心配しないでくれ』...
ええ、ええ、心配しませんとも。ご主人様に一言の断りもな...
喋ってる内にルイズの怒りのボルテージがぐんぐん上昇して...
背中からどす黒いオーラを立ち上らせて爆発寸前のルイズが...
「その辺にしときなさいよ」
またも、聞き覚えのある声だった。今度はタバサが驚きに目...
キュルケだった。口に手を当てて大欠伸をしながら、気だる...
だが、歩み出てきたのはキュルケだけではなかった。
「そうですよ。ミス・ヴァリエールはもっとサイトさんの気持...
少し怒った口調で言うのは、手に何かの包みを持ったシエス...
「まあ、いつもどおりと言えばいつもどおりで安心するがね」
肩を竦めるのは、手に白銀色の薔薇を持ったギーシュ。
「ホント、いつまで経っても進歩がないわよねえ、あんたたち...
呆れた声で言うのは、目の下に隈を作ったモンモランシーだ。
霧の中から新たに歩み出てきた四人は、ルイズの近くに並ん...
231 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:47:0...
予想もしなかった事態に、才人はもちろんのことタバサも呆...
それを見て、キュルケが吹き出した。
「そうそう、その顔よその顔。その顔が見たくてこの一ヶ月間...
「少々趣味が悪いとは思うがね」
ギーシュが苦笑する。その辺りでようやく立ち直った才人は...
「お前ら、なんで」
「気持ちは分からなくはないけど、静かにした方がいいわよ」
モンモランシーが本塔の方をちらりと見ながら、唇に指を当...
「ここまできてわたしたち以外にばれたら、それこそ台無しで...
才人は慌てて自分の口を手で塞ぐ。しかし、やはり驚きは消...
「誰にも言ってないのに」
「浮気しちゃいけないタイプよねサイトって。嘘が下手だもの」
キュルケがからかうように笑いながら、何気なく杖を振った。
「風魔法って便利よねー。空気の流れをコントロールすれば、...
要するに、この一ヶ月夜中に密会していた才人とタバサの会...
振り返ると、タバサが珍しく動揺した様子で目を見開いてい...
「気付かなかった」
「気をつけてやったもの。さ、種明かしはここまでにしておき...
キュルケの台詞に危機感を覚え、才人は慌てて手を振った。
「いや、駄目だ。今回ばっかりはお前らを連れて行く訳には」
「勘違いしないの。誰もついていくなんて言ってないでしょう」
才人の唇に指を押し当てて、キュルケは悪戯っぽく微笑んだ。
「わたしたちは、ただ贈り物を渡しにきただけよ」
「贈り物だって」
「そ。餞別ってやつよ」
キュルケがそう言ったとき、待ちかねたような勢いでシエス...
シエスタは才人の目の前で立ち止まると、正面から顔を覗き...
「サイトさん」
その瞳が潤んでいるのを見て、才人は危機感を抱く。ある意...
才人に対する愛情表現が素直な分、どんなに止めてもついて...
しかし、何とか思いとどまらせようと才人が口を開くよりも...
「何も言わないでください。大丈夫です、わたしも止めるつも...
「そうなのか」
少し驚いて言うと、シエスタは罰の悪そうな表情でちらりと...
「最初に事情を聞いたときはそうしようと思ったんですけど、...
「ルイズに。何を」
「『あんたはサイトを信用してないの』って。『七万の大軍に...
今回だって絶対に戻ってくるわ。少しは信用してあげたらど...
ルイズの口真似をしたあと、シエスタは悔しげに唇を噛み締...
「前はそういうことを言うのはわたしの方だったはずなんです...
その表情の歪み具合は、悔しいどころかほとんど恨みがまし...
才人の方はシエスタの表情に恐れ入るよりも、ルイズがそこ...
しかし、数秒感動したあと、ふと疑問に思う。
(あれ、でもさっきは凄い勢いで怒ってなかったか)
ルイズの方を見ると、彼女は赤い顔でそっぽを向いている。...
不思議に思った才人が首を傾げたとき、デルフリンガーが口...
「おい、お前なんか知ってんだろデルフ」
「さて、何の話だかね」
232 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:48:3...
二人の会話を横目に、シエスタはタバサの足元に置いてある...
その表情のあまりの真剣さに、才人もタバサも何も言わずに...
「ひどいです」
突然、シエスタが金切り声を上げた。その場の全員が反射的...
「ちょ、シエスタ、もうちょい静かに」
「ミス・タバサ」
才人が止めるのを尻目に、シエスタはタバサに食ってかかる。
ほとんど顔を突きつけるような勢いのシエスタに、さすがの...
「なに」
「これはなんですか」
シエスタは袋の中身を示してみせる。タバサは目だけでちら...
「携帯食料と、水」
「サイトさんに何日間もこんなものばっかり食べさせるつもり...
「シエスタ、何もそんなに怒ら」
「サイトさんは黙っててください」
「ごめんなさい」
シエスタに怒鳴られた才人と食って掛かられたタバサが、同...
シエスタは「ホントにもう」と怒ったように呟きながら、次...
貴族であるタバサにああも激しく食って掛かるとは、さすが...
呆然とする才人の肩を、誰かが叩いた。振り向くと、からか...
「君もなかなかやるじゃないか」
「そういう言い方はよせよ」
「照れるなよ。僕から見てもなかなかの色男ぶりだよ」
「お前から見てってのがなんか嫌だな」
「つれないなあ。まあいい。それより、僕からも餞別があるん...
ギーシュはさっきから手に持っていた白銀色の薔薇を差し出...
「俺には男に口説かれて喜ぶ趣味はないぞ」
「僕も男を口説く趣味はない。ついでに言うと、どうしても口...
「嫌味が餞別かよ」
「違うよ。いいからこの薔薇を受け取りたまえ」
今ひとつギーシュの意図がつかめないまま、才人は渋々白銀...
その瞬間、予想外のことが起きた。武器として作られたもの...
「これ、武器なのか」
「ご名答」
驚く才人に、ギーシュは悪戯っぽく笑ってみせる。才人は手...
「確かに薔薇だから棘棘がついてるけど。まさかこれ投げつけ...
「違うよ。薔薇の外見をしているのは、何と言うか僕の趣味さ」
「お前の趣味はロクなもんじゃないな」
「ひどいなあ。それより、使い方を教えるよ。いや、教えなく...
そう言われたとき、才人の頭の中にその薔薇の使い方が流れ...
「念じればいいのか」
「そう。たとえば、槍になれという風にね」
「こうか」
言われたとおりにすると、手の中の白銀色の薔薇がスライム...
驚く才人の前で白銀色の塊は真っ直ぐ長く伸び、念じたとお...
鋭い穂や長い柄には、凝った意匠などは少しもない。だがそ...
手の平に伝わる冷たい触感は明らかに金属のそれなのだが、...
突然手の中に現れた槍を呆然と見つめる才人を満足げに眺め...
233 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:49:1...
「神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣...
突然聞き覚えのある詩が出てきて驚く才人に、ギーシュは肩...
「どうだい。君にぴったりの武器だと思うのだがね」
「こんなもん、一体どこから持ってきたんだ」
ギーシュは片目を瞑って人差し指を立てる。
「持ってきたんじゃない。作ったのさ。いや、正確には作らせ...
こんなにたくさんの貴族の家名を並べ立てたのは、この僕で...
要するに、名門貴族のコネを使ってゴリ押ししたらしい。さ...
「そんな顔をしないでくれたまえ。全ては君のためにやったこ...
「嘘吐け。貧乏だろお前ら」
「僕らじゃない。キュルケが払ったんだ」
「キュルケが」
才人が見ると、キュルケは悪戯っぽくウインクして小さく片...
「過去に男たちからもらった宝石やら服やらを、全部売り払っ...
「なんでだよ」
「材料を持っていったからさ」
材料、と言われて、才人はまた手の中の槍に目を戻す。薔薇...
塗装してある訳でなく、初めからそういう色をしているらし...
「魔銀だよ」
ギーシュの話によると、魔銀というのはメイジの錬金でしか...
銀を最も多く含むその金属は、錬金する際に貴重な触媒が多...
組成が複雑でかなり高等な技術を持つメイジにしか練成でき...
得がたいだけにその用途は多種多様で、特に魔法を内部に固...
「それにも魔法がかけてあってね、頭で念じるだけで様々な形...
「長槍、短槍、短剣、鞭、球。それと、薔薇か」
頭の中に浮かぶ知識を口に出して呟きながら、才人は顔をし...
「薔薇はいらねえだろ」
「僕の趣味だよ。薔薇は最も美しい花だからね」
「相変わらずだなお前も」
「メイジならばもっと自由自在に形を変えられるが、今回は魔...
それでも長短硬軟自由自在だから、アイデア次第でいろいろ...
才人は試しに槍を伸ばしたり、逆に短くしたり、鞭にしてし...
「剣にはならねえんだな」
「左手の大剣はもうあるじゃないか」
「それとも俺じゃご不満かい、相棒」
デルフリンガーが少し拗ねたような声で言ったので、才人と...
そして、才人はふと気がつく。ギーシュの説明によると、こ...
「なあ、こいつの材料になった魔銀は誰が作ったんだ」
そういうことができそうな人物は、才人の知る限り一人しか...
「ひょっとしてコルベール先生か。でもあの人今はまだ帰って...
そう言われたとき、ギーシュは一瞬目を伏せた。そして、笑...
「いや、違う。先生の研究室は勝手に使わせてもらったけどね」
「おいおい、勝手に弄繰り回したら怒るぜ、先生」
コルベールが禿げ上がった頭を真っ赤にして怒るのを想像し...
ギーシュは何故か少しだけ悲しそうに目を細めた。
「そうだね。だが時間がなかったし、そういう器材はあの人の...
「まあ、何があるんだか分かったもんじゃないからな、あそこ」
「それに、才人のためだって言えば許してくれるはずだよ」
それもそうか、と頷いてから、才人は首を傾げる。
「でも、先生じゃないなら一体誰が」
234 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:50:1...
するとギーシュは、誇らしげに胸を張った。
「僕さ」
「お前が?」
才人は目を剥くほどに仰天した。それから、じろじろとギー...
「嘘だろ」
「ひどい奴だな君は」
「だって、確かドットとかいう最下級のメイジなんだろお前」
友人に向かってこの言い草はひどいと自分でも思うが、事実...
するとギーシュは少しだけ自嘲的な笑みを浮かべてみせた。
「そうだ。だから僕も、自分にはきっと出来ないと最初は思っ...
「そうだろうな」
「だがね、君がまた命を賭けて危険な場所に赴こうとしている...
僕にも何か出来ることはないかってね。それで、先生の研究...
「ああ、先生の研究室にもあったのか、あれ」
「虚無やガンダールヴの事を、随分熱心に研究していたらしい...
君のために武器を作ってやるのが、僕に出来る中で一番いい...
ギーシュは肩を竦める。
「それから先は授業もさぼって来る日も来る日も錬金の日々さ。
自分には出来ないんじゃないかと何度も疑いつつ、寝る間も...
正直、ここまで何かに夢中になったのは初めてだよ。それも...
そして、二週間ほど前に、ようやく手の平に握れる程度の魔...
そのときのことを思い出すように、ギーシュは微笑を浮かべ...
「自分にそんなことが出来るだなんて、その瞬間まで信じられ...
だが、僕は確かにやり遂げて、どうにか君にその槍を届ける...
実を言うと、自分でも未だに信じられないんだがね。
だけど、一度作り方が分かれば、集中さえすれば一日に微量...
ギーシュの言葉に反して、才人は妙に納得していた。
ギーシュだって、名門と名高いらしいグラモン家の息子なの...
今までは女の尻を追い掛け回してばかりで埋もれていた才能...
アニエスとの修行を経て素のままでも少しは強くなれた才人...
才人は左手でギーシュの肩を叩き、笑った。
「すげえじゃん、お前」
「いや、なに」
ギーシュは照れ笑いを浮かべたあとで不意に真顔になった。
「君に比べれば大したことはないさ。また死ぬかもしれない大...
その口ぶりからするとあまり詳しく事情を聞いてはいないら...
だというのに、授業をサボって連日徹夜してまで才人のため...
じんわりと目頭が熱くなってくると同時に、才人は少し心配...
235 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:51:3...
「大丈夫なのか」
「何がだね」
「俺とシャ、いやタバサがやろうとしてることはさ、何ていう...
もしも失敗したり、あるいは成功しても犯行が明るみに出た...
しかしギーシュは笑って首を振ってみせた。
「大丈夫だよ。僕らはただ、『所用で出かけるタバサの護衛』...
お節介にも武器なんかを贈ってやっただけなんだ。後で君が...
『な、なんだってー、ちくしょう、あの使い魔に騙された』...
「いや、そんなので済ませられる問題じゃ」
「それにな、サイト」
ギーシュは才人の肩に手を置いて、笑みを浮かべた。
それは、自分のしたことの正しさを確信している者だけが浮...
「君はいい男だ。いい男のすることに、間違いはない」
揺るぎや迷いなど微塵も感じさせずに、ギーシュははっきり...
その言葉は才人の胸を重く、そして何よりも熱く揺さぶった。
才人はギーシュのくれた槍を強く握り締め、水平に掲げた。
「分かった。ありがとうよ。遠慮なく使わせてもらうぜ」
「ああ。是非とも役に立ててくれ」
ギーシュは笑って言ったあと、おもむろに懐から何かを取り...
何かと思って覗いてみると、それは白い毛の縁飾りがついた...
「なんだそれ」
「杖付白毛精霊勲章さ。戦争のとき、シティオブサウスゴータ...
「へえ、すげえな」
勲章をもらうというのが名誉なことだというぐらいは、才人...
だから素直に賞賛したのだが、何故かギーシュは自嘲気味な...
「最近、これを見ていると恥ずかしくなってくるんだ」
「なんでだよ」
「君にだから話すが、僕は戦争中ほとんど突っ立っていただけ...
オーク鬼の群れを見ただけでパニックを起こしそうになった...
自嘲気味にそう言ってから、ギーシュはじっと勲章を見つめ...
「僕は、この勲章に見合うような立派な人間じゃないんだよ」
彼らしからぬ真摯な表情に、才人は戸惑いながらも苦笑する。
「まあ、そりゃ仕方ないだろ。軍人としての訓練なんかまとも...
「でも君は七万の大軍に突撃したそうじゃないか。臆病な僕に...
「俺だって好きでやった訳じゃないぞ」
「それでも君はやってのけた。正直、憧れるよ。僕も君のよう...
ギーシュの言葉は女を口説くときと同様、照れというものが...
そのストレートな賞賛に才人の方が照れていると、ギーシュ...
「死ぬなよ、サイト。僕はもう二度と、友人を失う悲しみなん...
才人もまた真っ直ぐにギーシュの瞳を見つめ返し、生還を約...
236 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:52:3...
才人がギーシュから槍を託されている横で、タバサもまたモ...
「香水じゃないわよ」
冗談めかしてそう言ったあと、モンモランシーは瓶の一つを...
「これはね、秘薬よ。治癒魔法を使うときに役に立ってくれる...
タバサは頷いた。彼女自身は風系統の魔法を得意とするメイ...
普通に使えば水魔法を得意とするモンモランシーに及ぶべく...
モンモランシーは欠伸をして目を擦った。
「全く、そんな量の秘薬調合するのは大変だったわよ。出来る...
この一ヶ月間必死に材料探し回って睡眠時間削ってまで作っ...
おかげで、ご覧のとおり肌は荒れるは髪はぱさぱさになるわ」
自分でそう言っているとおり、モンモランシーの目は充血し...
少し頬がこけたようにも見え、傍目にも少し顔色が悪い。
だが、その表情はどことなく晴れやかで、達成感に満ちてい...
タバサは自分の手に納まった、小さな瓶をじっと見つめた。...
「どうして」
「なに」
「どうして、ここまでしてくれるの」
不思議に思い、モンモランシーの顔を見上げて問う。モンモ...
「別に、あなたのためじゃないわ。ただ、わたしはもう人が傷...
その言葉の意味は、タバサにもよく分かった。
魔法学院が襲撃された日、コルベールを助けられなかったこ...
「それにね」
と、モンモランシーは不意に軽くかがみこむと、タバサの瞳...
タバサはいつもどおりの無表情を作って、モンモランシーの...
にも関わらず、モンモランシーは何故か寂しげな微笑を浮か...
「やっぱり。あなたの目、なんだかとても悲しそうだわ。どう...
モンモランシーはタバサの肩に手を置き、普段とは打って変...
「あなたたちが何をしようとしているのかはよく分からないけ...
あなたの悲しみを癒す手助けが出来るなら、これほど嬉しい...
でも、無理はしないこと。あなたたちが死ぬと悲しむ人がい...
優しい声音は、渇いた喉を潤す冷たい水のように、じわりと...
なんと言っていいか分からずに俯いてしまうタバサに微笑み...
そして、自分をほったらしてギーシュと話している才人に苛...
237 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:53:2...
そのとき、キュルケがタバサの前に歩いてきた。タバサはま...
一ヶ月ほど前、キュルケを遠ざけるためにあえて拒絶して以...
あの選択が間違っていたとは思っていないが、さすがのタバ...
そうやって黙っていると、キュルケが不意に呟くような声で...
「いよいよ、出発って訳ね」
タバサは小さく頷く。まだ、キュルケの顔が見れなかった。
「結局、わたしには少しも話してくれなかったわね。まあ、風...
ああそうそう、ギーシュたちにはあなたのお家のこととか今...
そういう詳しいところまでは話してないから、安心してね」
普段と何も変わらない調子で苦笑混じりに言うキュルケに、...
ちらりとキュルケの顔を見上げて、短く問う。
「怒ってる」
キュルケは数秒無言だったが、やがてため息混じりに言って...
「タバサ」
タバサが顔を上げた途端、キュルケが両頬をつねってきた。
「怒ってるに決まってるでしょうが」
そのまま好き勝手にタバサの頬を引っ張りまわして、終わり...
かなり力を込めて引っ張りまわされたので、両頬がひりひり...
「痛い」
「わたしの心の痛みだと思ってちょうだい。ま、これでおあい...
陽気に笑いながら、キュルケはタバサの頭を撫でる。タバサ...
キュルケは、そんなタバサを何故か眩しそうに目を細めて見...
「なんだか少しだけ表情が豊かになったみたいね、あなた。恋...
ずばりと言い当てられて、タバサはまだギーシュと話してい...
それを目ざとく見つけて、キュルケはからかうような口調で...
「サイトったら悪い男よね。いつの間にやらタバサまで虜にし...
「そんなのじゃ、ない」
タバサは自分でも分かるほどに歯切れ悪く反論する。キュル...
「お兄ちゃん、だっけ」
タバサの顔が急に熱くなった。
盗み聞きされていたということは、当然ながら才人をお兄ち...
さすがに無表情を保っていられずに、それでも何とか反論し...
しかし、頭が熱くなりすぎていてまともな言葉が浮かんでこ...
キュルケはしばらく堪えていたが、やがて耐え切れなくなっ...
「ああもう、最高。本当に表情豊かになったわ、あなた。サイ...
キュルケがいちいち才人を引き合いに出してからかうので、...
「キュルケ、嫌い」
そっぽを向いてそう言ってやるが、その動作すらもキュルケ...
彼女はしばらくの間タバサの肩を叩いて笑っていたが、ふと...
238 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:54:2...
「お兄ちゃん、でいいの」
タバサは驚きに目を見開いて、キュルケに顔を向ける。
キュルケは、先程まで馬鹿笑いしていたのが嘘のような、優...
「お兄ちゃんって呼び方、サイトにこれ以上心を惹かれないよ...
タバサは、今は少し離れたところでルイズと話している才人...
「サイトは、ルイズのことが好きだから」
「ずいぶん物分りがいいのね。わたしの故郷じゃ、恋は奪うも...
「生涯の伴侶は一人だけ。父様は母様を愛してた。母様もそう」
仲睦まじい夫婦の姿を思い出し、タバサはそっと目を閉じた。
「愛し合う二人の間に割って入るのは、駄目」
「あの二人はまだ愛し合うって段階までいってないと思うけど」
「まだ素直になれないだけ。二人とも、心の底からお互いを大...
タバサは目を開けて、無理に微笑を作った。
「だから、いい」
キュルケは無言でタバサを抱きしめる。そして、服越しに背...
「ごめんね、気付けなくて。友達失格だわ、わたし」
「そんなことない。隠してたから、気付けないの当たり前」
「ありがとう。わたしも出来る限りサポートさせてもらうつも...
キュルケはそう言ったが、旅に直接ついてくる気はないだろ...
タバサが首を傾げたとき、荷物の袋を漁っていたシエスタが...
「ミス・タバサ。兎の皮を剥いだり鳥を焼いたり、できますか」
突然の質問だったが、タバサは動じずに頷いた。
彼女とて、王家から理不尽なほどに厳しい任務を命ぜられ、...
貴族の娘だからといって、自分の食事も用意できないような...
シエスタは胸に手を当ててほっと息を吐いた。
「それなら大丈夫ですね。サイトさんなら罠なんかなくても手...
荷物から、携帯食料はほんの少しだけ残して抜いておきます...
「あ、それならついでにこれいれておいてくれる」
言いつつ、キュルケは腰に下げていた袋の中から、奇妙な装...
円筒形の装置である。キュルケは使い方を説明するように、...
「ここから雨水や川の水なんかをいれて、下の部分に火をつけ...
そうすれば、下からゴミとかが排出されて、ちゃんと飲める...
要するに魔法を用いた小型の蒸留装置らしい。シエスタが目...
「便利なものがあるんですねえ」
「コルベール先生の研究室に、こういうのの設計図がたくさん...
ま、慣れない作業でやたらと時間喰っちゃったんだけどね」
欠伸をしながら、キュルケはシエスタに装置を放り渡す。
「水の浄化自体は水魔法でも出来るけど、出来る限り精神力は...
確かにその通りである。タバサは頷いて、キュルケとシエス...
「二人とも、ありがとう」
そのタバサを見たシエスタが、「まあ」と口に手を当てて呆...
タバサは唐突にそんなことをされて驚いたが、とりあえず何...
が、その内シエスタの豊かな胸に圧迫されて息が苦しくなっ...
じたばたしていると、キュルケが苦笑混じりにシエスタを嗜...
「こらこら、タバサが苦しいって言ってるわよ」
「あ、ごめんなさい」
謝りながら、シエスタが体を離す。
「とにかく、いろいろと旅のお手伝いをさせてもらいますから...
顔を赤くしてそう言うシエスタに、タバサは困惑しながら頷...
何故急に抱きしめられたのかは、結局分からずじまいだった。
239 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:55:1...
「全くあんたって使い魔は、ご主人様に事情を説明しないまん...
「いや、別にさっきまでは馬鹿話してた訳じゃ」
「黙りなさい」
「はい」
ギーシュとの話が終わるや否や、ルイズは有無を言わさずに...
そして、才人を無理矢理地べたに正座させて説教タイムの開...
「それで」
と、ルイズは不意に顔を曇らせた。
「結局、あんたはどこに何をしに行くのかしら。ミョズニトニ...
他の虚無の担い手とも対峙することになるかもしれないんで...
その口ぶりからして、ルイズは少なくともギーシュより詳し...
どちらにしても、ちゃんと全てを打ち明けなければルイズは...
ガリア王ジョゼフがミョズニトニルンの主人であり、虚無の...
ジョゼフがタバサの両親の仇であり、彼を殺さない限りタバ...
そういった事情を知り、タバサを救うためにガリア王ジョゼ...
さすがにタバサがどういう種類の責め苦を味わっているのか...
「もちろん、お前に迷惑をかけるつもりはない。どんなことに...
だから、許せないかもしれないけど、それでも黙って俺を行...
話をそう締めくくって、才人は頭を下げた。ルイズはしばら...
「サイト。今から一つだけ質問をするわ。正直に答えなさい」
「なんだ」
「あんたが一国の王を暗殺しようとしてまであの子を助けたい...
予想外の質問に、才人は驚いて顔を上げた。
ルイズは黙ったまま、真剣な目で才人を見つめている。
才人は首を振った。
「それは違う。何度も言ってるけど、俺が好きのはお前だけだ...
ストレートにそう言ってやると、ルイズは顔を赤くして目を...
「じゃあなんでご主人様ほっぽりだしてまで行こうとしてるの...
「放っておけないからだよ。単純にそれだけだ。
それともお前、凄く苦しんでる女の子を放っておくようなロ...
「じゃああんた、逆に聞くけど」
と、ルイズはじろりと才人を睨みつけた。
「たとえばわたしがあの子と同じぐらい苦しんでて、どちらか...
それは凄まじく意地の悪い質問だった。
タバサを助けるとは答えられないが、かと言ってルイズを助...
才人が苦悩していると、ルイズは呆れたようにため息をつい...
「全くあんたって奴は、そうやって誰にでもいい顔するんだか...
「そう言うけどさ。あ、そうだ、すっごい頑張って二人とも助...
「はいはい。とってもあんたらしい答えだと思うわ」
「とっても」の部分にやたらと力を込めつつ、ルイズが嫌味...
こんなつもりじゃなかったんだけどなあ、と才人は内心ため...
出発前にご主人様の機嫌を損ねたまま暗澹たる思いで旅立た...
240 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:56:3...
そのとき、急にルイズが笑い出した。
「なんてね。安心しなさい。別に怒っちゃいないわ」
予想もしないルイズの変化に、才人は目を瞬いた。
そんな才人を数秒ほども楽しそうに見つめたあと、ルイズは...
「サイト」
「なんだ」
「あんた、さっき言ったわね。お前に迷惑はかけないって」
「ああ。安心しろ、たとえ拷問されたって絶対にお前の名前は」
言いかけた才人を、ルイズは手で制した。
「逆よ。才人、隠す必要なんてどこにもないわ」
「なんだって」
才人は目を剥いた。ルイズは腰に両手を当てて胸を張った。
「誰かに尋ねられたら、堂々と自分はルイズ・ド・ラ・ヴァリ...
「いやお前、さすがにそれは」
「気にすることないわ。ひどい男じゃない、無能王ジョゼフは。
そんな奴が王なんてやってたら絶対によくないことが起きる...
大丈夫、自信を持ちなさい。あんたは正しいことをしようと...
もしもあんたのために処刑されることになったとしても、わ...
それどころか、立派な使い魔を持ったっていう誇りを抱いて...
ルイズは力強い瞳で才人を見据えながら、一片の迷いもなく...
才人の胸に不思議な感情が溢れ出した。愛しさとはまた別種...
その感情の正体を計りかねる才人の前で、ルイズは不意に力...
後に残ったのは不安と危惧に押しつぶされそうな、か弱い少...
「でも、一つだけ約束して」
「なんだ」
「絶対に帰ってくること。ご主人様を置いて死ぬなんて、今度...
薄らと目を潤ませて、ルイズは気丈にそう言った。
それは、直前までの台詞から考えると、明らかに矛盾した言...
理性と感情、それぞれの要求。だが、完全に本音を吐き出し...
不意に体の奥底から湧き上がった衝動に駆られ、気付くと才...
「ルイズ。俺がタバサを助けようと思ったのは、あいつが苦し...
「他にどんな理由があるのよ」
困惑交じりの声に、才人は目を瞑りながら囁き返す。
「お前のこと、凄いって思うからだ。誇りに思うからだよ。
そんな凄いご主人様の使い魔なんだ。俺自身も、出来る限り...
そういう気持ちが嘘になるような真似だけは絶対にしたくな...
才人の胸の中で鼻をすすり上げながら、ルイズは笑った。
「馬鹿。あんた、前はあんなに名誉のために死ぬのはくだらな...
「そりゃ今だって変わらないよ。俺は名誉のために死ぬんじゃ...
大丈夫だ。絶対にここに帰ってくる。約束するよ。お前一人...
「本当」
胸の中のルイズが、不安げな表情で才人の顔を見上げてくる...
「本当だよ。何なら、指きりしたっていい」
「指きりってなに」
不思議そうに聞いてくるルイズの体を一旦離し、才人は右手...
241 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:57:1...
「こうやって、お互いの小指をからめるんだ。俺の故郷で、絶...
言いつつ、才人は強引にルイズの手を引き寄せて、自分の小...
そして、今や懐かしさすら感じる文句を口にしながら、小さ...
「指きりげんまん、嘘吐いたら針千本飲〜ます、指切った」
言い切って指を離そうとしたが、何故かルイズは顔を赤くし...
「いや違うよルイズ」
「え、なにが」
「これ、最後に指切ったって言ったら指を離すんだよ。それで...
「あ、そうなんだ」
眉尻を下げながら、ルイズが名残惜しそうに指を離す。才人...
「よし、これで大丈夫だ。俺は絶対生きて帰ってくるからな」
「うん」
それでもまだ多少不安げな顔をしていたルイズは、不意に何...
それから顔を赤くしてもじもじと歯切れ悪く言い出した。
「あのね、サイト」
「どうした」
「さっきの、あんたの故郷での約束の印なんでしょ」
「そうだけど」
「じゃあ、今度はわたしの故郷での約束の印、してくれる」
「ああ、いいけど。どんなのなんだ」
するとルイズは無言で目を瞑り、唇を突き出した。あまりの...
「なにやってるの、早くして」
焦れたように、ルイズが言ってくる。才人はぎくしゃくした...
「あのご主人様。ホントによろしいんでございますか」
「勘違いしないでくださる。あくまで約束の印なんであって、...
何故かお互いに変な敬語になっている。
明らかに雰囲気がおかしいことに気付きつつも、才人はほと...
甘い匂いと感触が唇に伝わってくる。この異世界に最初に来...
とは言え約束の印であるから長い間味わっている訳にもいか...
「ご主人様。終わりましてございまする」
「そうですか。それはいい塩梅でございましたね」
意味不明な会話をしつつ、二人は互いに目を逸らしあったま...
その沈黙を破ったのは才人でもなければルイズでもなかった。
「ふーん」
嫌味ったらしい声でそう言う、剣。それを聞いて、ルイズは...
「ちょっと、サイト」
「え、なに」
「そのボロ剣に話があるの。ちょっとそれ置いてあっち行って...
「いいけど、いったいなに」
「いいから早く行く」
歯を剥いて怒鳴るルイズに気圧されて、才人はデルフリンガ...
242 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:58:0...
未だに袋の中を整理しているシエスタに向かって駆けていく...
さっきの一言以降、デルフリンガーは何も言ってこない。
その沈黙がまた嫌味ったらしく思えて、ルイズは顔を引きつ...
「ねえちょっとボロ剣。何か言いなさいよ。それとも溶かされ...
「いやいや、別に他意があって黙ってた訳じゃねえよお嬢様」
デルフリンガーの口調は露骨にこちらをからかっているもの...
人間ならば間違いなくにやにや笑いを浮かべているであろう...
「いやあ、長生きはしてみるもんだね。まさか数千年も生きて...
約束の印がキスか。いやあ、俺が知らない間にハルケギニア...
男同士の約束とかのときはどうなんのかねこの場合。いやん...
ルイズは無言で始祖の祈祷書を開いた。
「いやだからマジ止めてちょうだいよそれは。何でも力で解決...
「あんたがいちいち嫌味を言うのが悪いんでしょうが」
怒鳴りつけてから剣を地面に放り投げる。デルフは「いてっ...
「もうちょっと優しく扱ってよ。年寄りは大事にするもんだぜ...
「都合のいいときだけ年寄りぶらないで」
「カーッ、聞いたかい今の台詞。鬼嫁。鬼嫁があたしをいじめ...
このボロ剣の言うことをいちいち真に受けていたら身が持た...
ルイズはため息を吐いて、尚も何かを喚き続けているデルフ...
「しかし、相変わらず素直じゃないねえ」
不意に声の調子を変えて、デルフリンガーが言ってきた。
「キスしてほしいんならそう言えばいいじゃないの。相棒なら...
「別にキスしてもらいたかった訳じゃないわよ」
「ふーん」
「あれはね、別にハルケギニア全土の風習じゃないの。わたし...
「ふーん」
「だから、約束の印以外の意味は全くないの。全部あんたの勘...
「ふーん」
明らかに信用していない。とは言え、自分でもさすがに下手...
「そうか、俺の勘違いか」
「そうよ、勘違いよ」
「でも嬢ちゃん、いいのかい」
「何がよ」
「相棒も勘違いしたまんまだぜ」
「それがどうしたの」
「その状態で、あのメイドに『約束してください』なんて言わ...
ルイズはデルフリンガーをほっぽり出したまま全速力で駆け...
243 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:58:4...
そうして、三十分もする頃には準備は全て整っていた。
正門の前に立った才人とタバサを、ルイズたち五人が正門の...
才人の背中にくくりつけられた袋は最初よりもずっと軽くな...
「いやあ、それにしても気付かなかった。そうだよな、森とか...
「盲点」
才人の言葉にタバサが頷く。そんな二人を見て、キュルケが...
「なんか、心配になるわね。遊びに行く子供を送り出す母親の...
「おいおい、そりゃひでえよ。最低限迷子にはならないつもり...
言いつつ、才人は右手に持った槍に向かって「球になれ」と...
槍は瞬時に小さくなり、才人の手の平に収まるサイズの球に...
この状態でも武器として認識されるらしく、左手のルーンは...
「確かに、この状態ならこのまま走っても大した問題にはなら...
「というより、君はまさか剣を握ったまま走っていくつもりだ...
ギーシュが呆れたように言う。才人は大真面目に頷いた。
「そのつもりだったけど」
「準備がいいようで全然良くないじゃないの」
「全くそのとおりだな」
モンモランシーの台詞に、才人とタバサは顔を見合わせて苦...
確かに敵を倒すということにだけ捕われすぎて、細かい点を...
それを指摘しフォローしてくれる友人たちがいたのは、実に...
「サイトさん」
シエスタが目を潤ませて歩み出てきた。手には最初現れたと...
「本当に、行っちゃうんですね」
「ああ。大丈夫、絶対戻ってくるよ」
「はい。わたし、信じてますから。これ持っていってください」
そう言って、シエスタは包みを差し出してくる。
「お弁当です。今日の分だけですけど、一生懸命作りました。
しばらくは味気ない食事ばっかりになるでしょうから、せめ...
「ああ、ありがとう。そうだよな、シエスタの料理もしばらく...
まだ温かさを保っている包みを見下ろしながらそう言うと、...
「え、ちょっと、シエスタ。いきなりどうしたんだよ」
慌てて才人がなだめにかかると、シエスタはしゃくりあげな...
「皆さん凄い品物でサイトさんのお役に立ってるのに、わたし...
何ともいじらしい言葉である。才人の目頭もじんと熱くなっ...
「そんなことないよ。旅の準備だっていろいろと整えくれたし...
「本当ですか」
「本当だって。ああでもさ、欲を言えば、見送りは笑顔でして...
シエスタはようやく涙を拭い、赤い顔で「はい」と笑ってく...
244 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:59:1...
そのとき、モンモランシーが気遣わしげに本塔の方を振り返...
「そろそろ行かないと、誰かに見られるかもしれないわ」
「ああ、そうだな。ちょっと名残惜しいけど、出発するか」
才人は傍らのタバサを見やる。タバサは小さく頷き返してき...
そして、才人は改めて正門の向こうにいる五人の顔を見回し...
「皆、本当にありがとう。正直、皆がきてくれなきゃ、こんな...
五人は、それぞれに違った表情を浮かべて答えを返してきた。
「気にしないの。こっちだって好きでやってるんだしね」
穏やかな微笑を浮かべるキュルケ。
「そうだ。僕らは友人なんだからね」
目を細めて笑うギーシュ。
「そんなことより、元気で帰ってきなさいよね」
澄まし顔で片目を瞑るモンモランシー。
「わたし、信じてますから」
胸に両手を置き、強い瞳でこちらを見つめるシエスタ。
「いいから、さっさと行ってさっさと帰ってきなさいよ」
うつむき加減で唇を尖らせるルイズ。
才人はもう一度だけ全員の顔を見回した。出来る限り、今の...
そのとき、魔法学院内から重々しい鐘の音が聞こえてきた。
起床の鐘。一日の始まりの合図である。
「それじゃあ、行ってくる。必ず二人で帰ってくるよ。約束だ」
そう言い残して、才人は踵を返した。タバサも無言で五人に...
行く手で、厚い雲の切れ間から淡い朝日が差し込んできてい...
鳴り響く鐘の音の中、才人とタバサの背中が少しずつ遠ざか...
(ああ)
ルイズは心の中で小さな吐息を零した。
数ヶ月前、意識を失う直前に見た淡い微笑と、今小さくなっ...
このまま行かせていいのか。あのときと同じように、もう戻...
胸が不安に押しつぶされそうになる。本当は行ってほしくな...
それでも、止めることなどできない。
誇りと決意を抱いて旅立とうとしている大切な人を、自分の...
しかしどんなに理性で打ち消そうとしても、心を埋め尽くす...
才人の背中はどんどん遠ざかっていく。あともう少しで、完...
そのとき、誰かがルイズの背中を押した。
それはキュルケだったかもしれないし、モンモランシーだっ...
鳴り響く鐘を背に、ルイズは弾かれたように駆け出していた。
「サイト」
涙混じりの声で後方から呼びかけられて、才人は驚きと共に...
ルイズが走ってくる。風に涙を千切らせながら、真っ直ぐに。
自分に向かって飛び込んでくる小柄な体を、才人は危なげな...
「どうした、ルイズ」
ルイズは才人の胸に顔を埋めたまま激しく泣きじゃくってい...
「絶対帰ってきてね。わたし、ひとりぼっちはもういや」
珍しく素直に自分の願いを表現するルイズを、才人は強く抱...
「ああ。必ずだ」
245 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 12:59:5...
タバサと才人が去っていった方向をじっと見つめたまま、五...
「それにしても」
不意に、シエスタが苦笑混じりに呟く。
「ミス・タバサって、あんなに可愛らしいお方だったんですね...
頬に手を添えて、シエスタは悩ましげなため息をついた。隣...
「ホント。わたしも真っ直ぐ見上げられたときに、思わず胸が...
「ま、当然ね。わたしの親友だもの」
何故か誇らしげに胸を張ったあと、キュルケは「さて」と両...
「そろそろ戻りましょう。わたしたちが見られて不審がられて...
「そうだな。部屋に戻ってゆっくり休むとしよう」
体をほぐすように伸びをしながら、ギーシュが言う。モンモ...
「あんた、授業はどうすんのよ」
「いいじゃないか。どうせ今日はミスタ・ギトーの授業だけだ。
彼は最近何故かマリコルヌの指導に熱心で、他の生徒の扱い...
「確かにね。一体何があったのかしらあの人」
「何なら一つのベッドで眠ろうじゃないかモンモラ」
「さて、帰りますか」
ギーシュの口説き文句を軽く受け流しつつ、モンモランシー...
未だに才人が去っていた方向をみたまま瞳を潤ませているル...
「さあ、わたしたちも戻りましょう、ミス・ヴァリエール」
小さく頷きつつも、ルイズは歩き出そうとしない。シエスタ...
「もう、どうしたんですかミス・ヴァリエール。サイトさんは...
ルイズはまた頷いたが、やはり歩き出す気配はない。
シエスタはその様子を見て眉をひそめていたが、やがて口に...
「まあいいですけどね。そこに突っ立ってぼうっとしてくれて...
不健康にげっそりやつれたミス・ヴァリエールと、健康的な...
そう言った瞬間、ルイズは柳眉を逆立てて大きく足音を立て...
その背中を見送りながら、シエスタはおかしそうに笑う。
「ホント、分かりやすい人ですね」
「あなたも言うようになったわねえ」
呆れ半分にキュルケが言うと、シエスタははにかんだように...
「それでは、わたしも失礼しますね」
頷くキュルケにもう一度礼をして、シエスタもゆっくりと本...
雲と霧を払いながら地上に降りてくる薄い陽光の中で、キュ...
才人とタバサの姿は、もうとっくの昔に見えなくなっている...
「今度会うときは、わたしにもシャルロットと呼ばせてもらい...
246 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 13:00:5...
その日の朝早く着替えを終えたばかりのアンリエッタの寝室...
アンリエッタは女王付きの侍女を下がらせて、アニエスを部...
アニエスはアンリエッタの自戒のためにすっかり殺風景にな...
「このような時刻にお目通りを願った無礼をお許しください。...
「いいのです、わたくしの隊長どの。あなたが礼儀に目を瞑っ...
よほど深刻な事態なのでしょう。報告をお願いします」
アニエスは一つ頷き、魔法学院を監視していた銃士隊員から...
先の戦争中に襲撃されて以来、魔法学院周辺で数名の銃士隊...
再び魔法学院が狙われることを恐れたアンリエッタが秘密裏...
学院長のオールド・オスマンの許可は取ってあるものの、他...
「ルイズの使い魔さんが、女生徒の一人と共にどこかへ旅立っ...
「はい。途中で森に入ってしまい、その上ガンダールヴの力で...
「一緒にいた女生徒というのは」
「シャルロット・ド・ラ・オルレアン」
アンリエッタは目を見張った。
「確か、ガリアの今は亡き王弟殿下のご息女でしたね」
思い出すように呟く。タバサと名乗っている少女の素性はと...
政争争いに敗れたとは言え、仮にも王族である娘がトリステ...
これで何の関心も払われない方が不思議というものであった。
「一体、何のために」
「分かりませぬ。ただ、平賀才人は明らかに旅姿だったという...
「ガリア王家から何か任務が伝えられたのかしら。でも、それ...
アンリエッタは親指の爪を噛みながら数秒黙考した。
「ガンダールヴの神速で移動している二人を発見するのは、ま...
「はい。明らかに人目を避ける様子でした」
「それでは、様子を見るしかありませんね。ひょっとしたら、...
彼の無能王に何かただならぬものを感じたアンリエッタは、...
だが、今になっても目立った成果は上がっていない。無能王...
彼の考えを探るために、今は藁にでもすがりたい心境であっ...
「それと、もう一つ」
アニエスは懐から泥に塗れた人形のようなものを取り出した...
自身も優秀なメイジであるアンリエッタには、その人形の正...
「アルヴィーですね。あまり複雑なつくりではないようですが」
魔法の力で動く操り人形である。アニエスは頷いて、慎重な...
「数日前、魔法学院周辺の森で、土から顔を出しているのを銃...
「そうですか。それでは、魔法学院の誰かが失敗作を廃棄した...
「それならば良かったのですが」
アニエスは眉をひそめてアルヴィーを見つめた。
「これと同一の人形が、他にも数体発見されております。それ...
「つまり、どういうことなのですか」
「それらは全て、魔法学院の方角を向いて埋められていたので...
アンリエッタは目を見開いた。アニエスは淡々と説明を続け...
247 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 13:01:5...
「魔法研究所に調査を依頼したところ、魔法が発動すれば成人...
おそらく、少なく見積もっても同じ人形が数百は埋められて...
術者が魔法を発動させれば、これらの人形が一斉に魔法学院...
それほど多くの人形を、一度に操れる者は一人しか存在しま...
アニエスがアルビオンで才人とミョズニトニルンの戦いに巻...
トリステイン王国でも密かに虚無の情報が集められていた。
アニエスは才人やルイズからも情報を得ており、その使い魔...
「狙いはやはり」
「ええ。虚無の担い手、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールと見て...
「人形を全て発見して取り除くことはできないのですか」
「発見できたものは、全て土から顔を出した状態で埋まってお...
ですが、本来ならばもっと深いところまで潜行するような仕...
「つまり、事前に駆除することは不可能なのですね」
「残念ながら」
つまり、ミョズニトニルンは自分の意思次第で数百、ひょっ...
それも、今すぐにでも。
「ルイズを他の場所に避難させるのは」
「護送中に大量のアルヴィーに包囲されては手の打ちようがあ...
「どうしたら良いのでしょう」
アンリエッタは女王であるが、軍事のことは専門外である。...
「私にお任せください、女王陛下」
「どうするつもりなのですか」
「簡単なことです。護送が不可能ならば、魔法学院に立てこも...
一度この人形を無理矢理発動させてみましたが、単体の実力...
また強度もさほど高くはなく、剣や銃でも撃破は可能。一定...
つまり、平民にも十分に対処可能な相手ということです」
「しかし、あなたの銃士隊だけでは数が足りないでしょう」
「ええ。ですから、職にあぶれた傭兵たちを連れていきます」
アニエスは肩をすくめた。
「アルビオンとの戦争が終わって、仕事のなくなった傭兵たち...
奴等を統制しつつ職を与えてやるのに、これほどいい機会は...
魔法学院の警護ですから、多少は良識のある者たちを選ぶ必...
それと、戦争が早期に終結したために大量に余っている銃と...
魔法学院に務めている平民たちでも、訓練すれば少しは戦力...
有事の際には学院の生徒にも手伝ってもらうことにしましょ...
すらすらと説明するアニエスに、アンリエッタは深い信頼を...
「あなたに全てお任せします、わたくしの隊長どの。すぐに書...
わたくしの大切な友人と、わが国の未来の財産である学生た...
「この命に代えましても」
アニエスは立ち上がって一礼し、寝室を退室しかけた。その...
248 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/10(日) 13:07:0...
「アニエス。本当に、敵は来るのでしょうか」
アニエスは振り返り、きびきびと答える。
「間違いなく。ガリアの王弟殿下のご息女及び虚無の使い魔の...
とても偶然とは思えませぬ。おそらく敵は何らかの手段で使...
その隙を突いてルイズ嬢を亡き者にしようと企てたのでしょ...
ですがご安心ください。非才なれども戦火を潜り抜けたこの...
アニエスが退室した後静まり返った部屋の中で、アンリエッ...
時代は動乱期を迎え、空気にすら硝煙の匂いが混じっている...
ウェールズ、ルイズ、シャルロット、そして自分。何故こん...
平和な時代に生まれれば、皆が何の不安もなく笑っていられ...
(今は自分の運命を嘆くときではないか。今も生きている友人...
アンリエッタは弱気になりかける自分を奮い立たせると、執...
(さて、陛下の手前大丈夫だと断言したが、これはなかなか厄...
一人廊下を歩きながら、アニエスは頭の中で目まぐるしく考...
立てこもって防衛を行うと言っても、魔法学院は元来軍事用...
防壁の建造は学院にいるメイジたちにやらせればそれ程時間...
自分の銃士隊は大丈夫だ。だが、傭兵の登用は慎重に行う必...
金のために働く連中である。それが困難な戦闘であると分か...
下手をすれば、彼らの逃亡で全軍の崩壊を招く危機すらある...
その光景を想像するのは、あまり気分のいいものではない。
それに何より、平民や学院の生徒たちを一応戦える程度に鍛...
(それ程時間はかけられんか)
それでも、無理だと投げ出すことは絶対に出来ない。アニエ...
この日、特に戦争中魔法学院の学徒兵と良好な関係を築いて...
命令内容は、「対メイジ用の新戦術の試験を魔法学院にて執...
少々奇妙な命令であったが、職にあぶれていた多くの傭兵た...
それ程遠くない未来に、想像を絶するほどの激戦が待ち受け...
444 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/28(木) 00:06:5...
「ほう。では、アルヴィーの配置は完了したのだな」
「はい、ジョゼフさま。あのお人形とガンダールヴがこちらに...
ジョゼフさまのご命令あらば、今すぐにでも魔法学院を包囲...
王座の正面、少し離れた場所に跪くミョズニトニルンの報告...
まだ深夜と表現してもいい時刻である。昼は多くの貴族や使...
そんな中、宮殿の最奥である王座の間にだけは明かりが灯さ...
繊細な意匠が施された王座の間の壁際には、鈍く光る鋼の鎧...
一見しただけでは分からないが、彼らは皆人間ではない。兵...
必要ないと言って笑うジョゼフを説得し、ミョズニトニルン...
ジョセフを王位につけて傀儡にしようとした貴族たちはとも...
今は亡き王弟オルレアン公を信奉している反ジョゼフ派の貴...
本当ならそんな連中は今すぐにでも無力化したいし、ミョズ...
だが、そういうミョズニトニルンの進言を、ジョゼフはどう...
この夜もそうであった。ジョゼフは、今すぐ魔法学院を落と...
「それはならん」
「何故ですか」
驚きに目を見開きながら、ミョズニトニルンは顔を上げる。...
「トリステインにも何やら動きがあるのであろう」
美髯をしごきながら、ジョゼフが問う。ミョズニトニルンは...
「銃士隊や一部の部隊に召集がかかっているようです。戦争で...
「ということは、こちらが魔法学院を包囲しようとしているこ...
「はい。魔法学院に軍を集結させ、防衛に当たらせるものと推...
息巻くミョズニトニルンに、ジョゼフは首を振ってみせる。
「それはならんと言っておるのだ、余のミューズよ」
「しかし」
「それではつまらん」
ジョゼフは子供のように唇を尖らせた。
「温室育ちのひよっこメイジと所詮は戦を知らぬ教師、魔法ど...
こんな連中に万を超えるアルヴィーを差し向けたとて、結果...
どうせなら徹底的に抵抗してもらって、派手な戦を見物した...
「つまり、相手の体制が整うまでは手を出すなと仰るのですか」
445 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/28(木) 00:07:2...
「そうだ。怯える兎などを狩ったところでつまらぬだけだ。奴...
不意に、ジョゼフの口角が大きく吊りあげられた。面立ちが...
「ありったけの力を持って、その牙をへし折ってやるのだ。健...
徹底的に追いたて、嬲り、一片の慈悲すら与えずに叩き潰す...
ミョズニトニルンは一応頷いてから、しかしなおも食い下が...
「ですが、ジョゼフさま。学院には虚無の担い手がいるのです」
「それがどうした。使い魔と引き離された虚無にどれだけのこ...
おおそうだ、いいことを思いついたぞ余のミューズ。この宮...
己の主が陵辱されるところを見せ付けてやるというのはどう...
自分の思いつきに手を叩いて喜ぶジョゼフに、ミョズニトニ...
ジョゼフには、オルレアン公の娘とガンダールヴが、この宮...
あちらの行動は常時監視しているのだ。どんなに人目を避け...
だから、ミョズニトニルンとしてはこの宮殿にたどり着く前...
無論、武器しか扱えぬガンダールヴと、優秀ではあるが所詮...
だが、万一の可能性を考慮すれば、ジョゼフと敵を直接対峙...
ほぼ無制限に魔法具を扱えるとは言っても、ミョズニトニル...
ガンダールヴが捨て身でジョゼフを狙ったりすれば、果たし...
「恐れながら、ジョゼフさま」
「ミューズ」
なおも食い下がろうとするミョズニトニルンを、ジョゼフは...
その顔には、今も先程と変わらぬ微笑が浮かんでいる。だが...
主の機嫌を損ねてしまったと気付き、ミョズニトニルンは慌...
「どうかお許しください、ジョゼフさま」
震える声で懇願するミョズニトニルンに、ジョゼフは薄ら笑...
「ならぬ。お前は主である余に口答えしたのだ。罰を与えねば...
ジョゼフは軽く顎を上げて言った。
「服を脱げ」
ミョズニトニルンは肺の奥から熱っぽい息を吐き出した。ロ...
わずかに顔を上げてそっと上目遣いに見上げると、ジョゼフ...
446 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/09/28(木) 00:08:0...
「どうした、早くせぬか」
ミョズニトニルンは大きく息を吸いながら立ち上がり、震え...
目を瞑ったまま、一枚一枚服を剥ぎ取っていく。
そうして靴まで脱ぎ捨てて裸になったミョズニトニルンだっ...
「手を下げろ」
容赦のない声で、ジョセフが端的に言う。ミョズニトニルン...
白い肌が夜気に晒され、形のいい乳房が小さく震える。
ミョズニトニルンの他にこの場にいるのは、彼女の主と命持...
それでも、広い王座の間に隠すものもなく裸で立たされては...
「来い」
ジョゼフの命令に従って、ミョズニトニルンはゆっくりと歩...
一歩一歩と足を進めるたび、冷たい夜気が周囲を流れていく...
そうして王座のすぐ手前まで辿りついたミョズニトニルンを...
ただ見られているだけだというのに、まるで撫で回されてい...
体の表面をジョゼフの視線がなぞるにつれて、ミョズニトニ...
あまりの熱に頭がとろけたようにぼんやりしはじめたとき、...
「座れ」
素直に頷いて、ミョズニトニルンはジョゼフの体にしなだれ...
「ジョゼフさま、ジョゼフさま」
体を包む熱狂に任せて主の名を呼びながら、彼のたくましい...
そのまま幾度か口付けすると、ジョゼフは呆れた口調で言っ...
「これ、はしたないではないか余のミューズよ。これでは盛り...
ジョゼフは自分の膝の上に収まっているミョズニトニルンの...
「ああ、申し訳ありませんジョゼフさま。どうか淫乱な私にお...
「おお情けない。そんな様で神の頭脳などと名乗ろうとはな。...
ジョゼフはゆっくりとミョズニトニルンの股に手を滑り込ま...
「おおミューズよ、心底まで淫らなのだな余の使い魔よ。この...
大げさな形容で言葉を飾り立てながら、ジョゼフはミョズニ...
彼の手は実に的確にミョズニトニルンの弱い部分を刺激し、...
空を飛ぶような高揚感に身を委ねるミョズニトニルンの耳元...
「余のミューズよ、お前は以前言っていたな。自分こそが四の...
混濁する意識を懸命に繋ぎとめながら、ミョズニトニルンは...
ジョゼフが、ミョズニトニルンの額に刻まれたルーンに口づ...
「それを証明してみせよ、余のミューズよ。それほどの力でな...
主の声を遠くに聞きながら、ミョズニトニルンは幾度も大き...
86 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/10/16(月) 23:07:51...
疲労に重くなった体を地面に投げ出したまま、才人は頭上に...
朝から夕方まで一日中走り通しである。ガンダールヴの力が...
才人は今、トリステインとガリアの間に横たわる広大な山脈...
ガリア王都に至るまで十日ほど、ほとんど人が踏み入らない...
春先ということもあって、道とも言えぬ道は歩くことすら困...
そんな中を、才人は重い荷物とタバサの体を抱えて走ってき...
暗くなる前に野営の準備をするべきだというタバサの勧めに...
それでもかろうじて兎を二羽捕まえて、今に至る。タバサは...
「生きてるかい、相棒」
デルフリンガーが声をかけてくる。才人は「なんとかな」と...
「ここまでしんどいとは思ってなかった」
「ほとんど休んでねえからね。俺の見たところじゃ馬より長く...
「明日はもうちょっと休みいれながら行こう」
げんなりしながらそう言って、才人は周囲を見回した。
山の中らしく、周囲は見渡す限り木々に覆われていた。そん...
タバサの準備はこういった面でも完璧だった。
一見すると、この場所の周囲には障害物など何もないように...
これは以前ギーシュが才人の銅像を隠しておくために用いた...
周囲の景色に合わせて模様を変化させる布だった。つまり、こ...
さらに、狼や熊などの獣が嫌がる臭いを発する香を微風に乗...
頭上には弱い風の結界が張ってあり、雨を防ぎ焚き火の煙を...
タバサによるとこれらは全てドットレベルの魔法らしく、一...
「全く、シャルロットは準備がいいよ」
焚き火を見ながら才人が呟くと、デルフリンガーがからかう...
「どっちかっつーと相棒が何も考えてないだけだけどね」
「うるせえ、今回の俺は肉体労働専門なんだよ」
才人がそう言い訳したとき、不意に景色の一角が揺らいだ。...
「どこ行ってたんだ」
起き上がって迎える元気もなく、寝転がったまま才人が訊く...
籠の縁から、様々な種類の山菜が顔を覗かせていた。
87 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/10/16(月) 23:10:06...
「今夜のご飯」
才人は感嘆の息を吐いた。
「すげえなシャルロット、食べられる草の種類とかまで知って...
さすがに読書家は違う、と感心する才人に、タバサは黙って...
慌ててそれを受け取った才人が紙面に目をやると、そこには...
「シエスタからの贈り物」
「シエスタから、か」
紙束を一枚一枚めくりあげながら、才人は微笑を浮かべた。
山中を踏破すると聞いて、才人の健康状態を心配したのだろ...
精密な図とその脇にびっしり書き込まれた解説文から、シエ...
最後の紙には「ヨシェナヴェ」のレシピらしき物が書いてあ...
その隅にはデフォルメされたシエスタが人差し指を立ててウ...
「『疲れててもちゃんと食べなきゃ駄目ですよ、サイトさん』...
「やれやれ、お見通しって訳か」
シエスタのこだわりに才人が苦笑しているのを横目に、タバ...
荷物袋に詰め込まれていた小型の鍋を取り出し、材料を準備...
「手伝おうか」
才人はそう申し出たが、タバサは首を振った。
「休んでて」
こういう場面で女の子だけ働かせるのは何とも居心地の悪い...
任務の途上で野宿することも多かったのだろう、タバサはこ...
あっという間に兎の肉と山菜が詰まった鍋が用意され、焚き...
鍋が煮立つくぐもった音と共に食欲をそそる匂いが漂い始め...
走り通しで力が空になった体はほとんど暴力的な勢いで食物...
「ごちそうさまでした」
空になった器を置いて、才人は地面に寝転がった。そうして...
あまりに腹が減っていたために、自分一人だけで食べてしま...
「悪い、俺一人でほとんど食っちまったな」
「いい。あんまりお腹空いてないから」
かすかな微笑を浮かべて、タバサが答える。才人はほっと息...
「駄目だぞちゃんと食わないと。そんなんじゃ育ちが悪くてル...
そこまで言って、才人は口を噤んでこわごわ周囲を見回した...
88 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/10/16(月) 23:11:21...
「どうしたの」
「いや、あいつのことだからどこかで監視してるんじゃないか...
何となくありえなくもないような気がして才人が周囲を見回...
「お兄ちゃん」
「なんだ」
振り向くと、目が合った。タバサは、眼鏡の奥の瞳に真剣な...
「訊いてもいい」
「ああ」
タバサの雰囲気に押され、才人は居住まいを正した。タバサ...
「ルイズのどこが好きなの」
直球である。予想もしなかった質問に、才人の思考が一瞬停...
「いきなり何だよ」と笑い飛ばそうとして、失敗した。タバ...
「えっと」
誤魔化すように顔を背けて頬を掻きながら、才人は横目でタ...
こういうときいつも茶化してくるデルフリンガーは、何故か...
(この野郎、楽しんでやがるな)
後で岩にぶつけてやる、と固く心に誓いながら、才人はタバ...
「ルイズのどこが好きか、か」
タバサは無言で頷いた。才人がルイズを好いていることには...
まあ事実なのだから今更隠すこともないな、と思いつつ、才...
(どこが、ねえ)
唐突に、しかも他人にそんなことを訊かれて、才人は数秒ほ...
ルイズのことが好きだというのは才人の中では既に分かりき...
しかし、折角だからこの機にルイズの魅力を再確認するのも...
「ルイズな。こうやって改めて思い返してみるとさ、あの女っ...
我がまま、高慢ちき、人使い荒い、すぐに勘違いする、んで...
雰囲気読めない、ヒス持ち、人の切ない部分を実に乱暴に扱...
貧乳だし、という言葉を、才人は口から出る寸前で飲み込ん...
そのタバサはと言うと、好きなくせに欠点ばかりが口を突い...
「でもなあ」
才人は苦笑しながら頭を掻く。
89 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/10/16(月) 23:12:01...
「そんな奴なのに、何でだか惹かれちまうんだよな」
「どうして」
タバサが少し強い口調で訊いてくる。どうしてもその部分が...
前より親しくなったとは言え、あくまでも他人でしかない男...
(まあ、女の子ったらコイバナ大好きな生き物だしな)
そうやって自分を納得させてから、才人は目を閉じてルイズ...
見慣れた澄まし顔に、見慣れた怒り顔。ほとんど見たことが...
今まで幾度も目にしてきたルイズの多彩な表情が、次々に浮...
「顔が可愛いとか、そういうのももちろん否定はしねえ。たま...
才人の目蓋の裏に、今まで以上に鮮明に浮かぶ像がある。
それは、ルイズの背中だった。
堂々と胸を張って、目の前の困難から目をそらすことなく、...
そんなルイズの姿を思い浮かべるだけで、才人の胸に熱い何...
(ああ、これなんだな)
その思いを噛み締めながら、才人はゆっくりと頷いた。
「ルイズは、魔法が使えない。よくそのことを馬鹿にされてる...
公爵家なんてお偉いさんの娘なんだ、魔法なんか使えなくた...
だけど、ルイズはそうしなかった。ヤケを起こして投げ出し...
何度やってもどれだけ頑張っても魔法が出来ないって現実に...
正直、凄いって思うよ。ここまで一途に頑張れる奴を、俺は...
そこに、何者にも侵しがたい誇りのようなものを感じたのだ...
「まあ結局、俺はルイズの誇り高いところが好きなんだってこ...
そうまとめた後で、才人は苦笑した。
「って、さっき高慢ちきだとか何とか言っといてこの結論じゃ...
「そんなことない」
タバサはゆっくりと首を振る。才人は笑った。
「そうか」
「うん。よく分かった」
タバサは静かに目を閉じ、どこか寂しげにも感じられる微笑...
「すごくよく、分かった」
214 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:22:0...
小さな音を立てて飛び爆ぜる火の粉が、才人と自分の間で舞...
その光景を、タバサはただ静かに見つめていた。
ルイズへの思いを語ったあとほどなくして、才人は深い眠り...
一日中走り通しで溜まった疲労のためだろう、今はわずかな...
揺らぐ焚き火の向こうに見え隠れする才人の寝顔を見みつめ...
(ごめんなさい)
心の中で謝罪し、タバサは抱え込んだ膝の間に顔を埋めた。
自分はなんて馬鹿なことをしているんだろう、という思いが...
国王暗殺などという途方もなく無謀な企てに、赤の他人を巻...
失敗すればもちろんのこと、成功したとしてもその後どうな...
自分が暗殺を企てたのだということが知れようものなら、協...
たとえどれ程位の高い大貴族であろうとも、一国の国王暗殺...
それを知りつつも、タバサは友人たちに頼ってしまっている...
他人を巻き込んではいけないと、頭では理解しつている。
しかし、もう耐えられないと感じていたのも事実だった。
自分の背に埋め込まれた宝玉は、昼夜問わず体を芯から疼か...
そのタイミングは不規則で、予測することなど到底不可能だ。
だからタバサは、誰と一緒にいるときでも、常に気を張って...
二十四時間絶えることなく拷問にさらされているようなもの...
仮面のような無表情の下で、タバサの精神は徐々に磨り減ら...
この悪夢のような日常から一刻も早く逃れたいと、体と心が...
その苦痛に拍車をかけたのが、故郷から時折届く手紙だった。
心を狂わされ、今は屋敷に閉じ込められている母の近況を知...
いいことなど書いてあろうはずもないが、最近はそれがさら...
一年ほど前から、タバサの母親はロクに食事も取らないよう...
手紙には、徐々に痩せ細り衰弱していく母の様子が刻々と記...
おそらく、母はもう長くはないのだろう。その事実が、タバ...
せめて母が死んでしまう前に、復讐を果たさなければならな...
そんな風に急いでいたからこそ、巻き込んでしまうと知りつ...
215 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:22:5...
(それだけじゃない)
タバサは焚き火の向こうの才人の寝顔に目を移す。
今は疲れ果てて眠り込んでいる少年の顔を見ていると、どう...
この胸の高鳴りこそが、自分がこうして愚かな行動ばかりし...
だから、差し伸べられた手を振り払うことができなかった。
他の誰でもない、この人にこそ助けてもらいたいと、願って...
(本当に、馬鹿なわたし)
自虐的な感情が暴れ出してどうにもならなくなり、タバサは...
特に意味のある行為ではない。だが、何かしていないと気が...
そんなことをしていたとき、タバサはふと袋の底に妙な物を...
薄汚れた布に包まれた、固い物体である。
出発の際シエスタが余分な物を取り除いてしまったはずなの...
タバサは不思議に思いながら、その物体を手にとって布を取...
それには一枚手紙が添付されていて、そこには見覚えのある...
「あなたの呪いを解くには至りませんが、あなたの心を守る最...
こんな形でしか手助けができない無力なわたしを許してくだ...
親愛なるタバサへ。キュルケ・フォン・ツェルプストー」
タバサはキュルケの贈り物を複雑な心情と共に見つめた。
親友の心遣いを有難いと思うと同時に、申し訳なくも感じて...
贈り物をそっと懐に収めて、タバサはこみ上げてくる自己嫌...
(わたしは、こんなことをしてもらえるような人間じゃないの...
そうしてタバサがため息を吐き出したとき、不意にのんびり...
「悩んでるねえ」
思わず顔を上げる。声は才人の方から聞こえたが、もちろん...
「俺だよ、デルフだよ」
「知ってる」
一応そう答えてから、タバサはわずかに顔をしかめた。
ずっと黙っていたせいで、この剣のことをすっかり忘れてし...
デルフリンガーは今まで喋らなかったのが嘘だったかのよう...
216 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:23:5...
「いいねえ、青春だねえ」
「何の話」
「相棒に惚れてんだろ、嬢ちゃんよう」
「だから、なに」
否定するのは無駄だと思ったので、止めておいた。デルフリ...
「こりゃ驚いた、相棒のご主人様とはえらく反応が違うねえ。...
「知ってる」
出来る限り素っ気なく答える。自分であれこれと思い悩んで...
そんなタバサの思いを知ってか知らずか、デルフリンガーは...
「まあなんだな、悩むのはそういう年相応の問題だけにとどめ...
その様子じゃまだ迷ってるんだろ。相棒や他の連中を自分の...
まさに先程考えていたことを正確に言い当てられ、タバサは...
「そりゃ分かるさ、嬢ちゃんの表情見てりゃね。
昼間相棒に抱えられてたときだって、ずっと同じことばっか...
「巻き込んでしまったのは、事実だから」
「そりゃ違うよ。あの連中は巻き込まれたんじゃなくて、自分...
「それを拒まずに受け入れたのは、わたし」
「拒むことなんかできやしなかっただろ。強引だからね、相棒...
「でも」
「いいんだって。皆、好きでやってることなんだからよ。嬢ち...
デルフリンガーの声はあくまでも陽気で、ついその優しさに...
「どうして、皆こんなに優しいの」
それは罪悪感の発露とでも言うべき、ほとんど独り言に等し...
「さて、何でだと思うね」
そう言われて、タバサはちらりと才人の寝顔を見た。
「きっと、お兄ちゃんのため」
「相棒のため、かい」
「そう。お兄ちゃんがいい人だから、皆心配してる。わたしは...
「いいや、それだけじゃないね」
力強い否定の言葉に、俯きかけたタバサは思わず顔を上げる。
「確かに相棒がいい奴だってのもあるだろうが、あの連中が手...
「他に、どんな理由が」
「決まってんだろ。あんただよ、嬢ちゃん」
予想だにしない答えだった。驚くタバサに、デルフリンガー...
217 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:25:1...
「嬢ちゃんだっていい奴だよ。俺はずーっと相棒にくっついて...
嬢ちゃんが他人のことを考えて動いてるってことだって、ち...
「そんなことない、わたしは」
「土くれのフーケ捕まえようとしたとき、微熱のねーちゃんや...
アルビオンに行ったときだって、自分には大して得もねえの...
宝探しにも付き合ったし、水の精霊退治しろって任務でも、...
どうだい、こんだけ並べりゃちょっとは自分がお人よしだっ...
淡々と過去の事実を並べ立てるデルフリンガーの言葉に、タ...
確かに、客観的に見れば自分には特に利益もない選択ばかり...
かと言って自分は善人だなどと認める気にもなれず、タバサ...
デルフリンガーが口もないのに吹き出した。
「そんなに真面目に考えんなよ。とにかくだ、相棒もあの連中...
嬢ちゃんがいい奴だから、出来る限り助けてやりたいと思っ...
そう言ってから、デルフリンガーは少し真面目な口調で続け...
「それに何より、嬢ちゃんがいい奴じゃなかったら、あの連中...
そうしなかったってことは、結局のところ信頼されてるって...
『あいつのすることだから、きっと間違ってはいないだろう...
反論を重ねようとして、タバサはついに諦めた。
この剣は何を言ったって自分の論を翻したりはしないだろう...
何よりもタバサ自身、デルフの言葉を聞いて胸の奥が熱くな...
(嬉しい)
タバサはそっと胸を押さえた。心臓が静かに、だが力強く脈...
目蓋を閉じる。鼓動の高まりと共に、友人たちの顔が次々と...
その一つ一つが自分の体を温めてくれるように思えて、自然...
目蓋を開くと、疲れ果てて眠り込んでいる才人の姿が目に映...
(巻き込んでしまってごめんなさい。助けてくれてありがとう)
相反する二つの言葉を内心で呟きながら、タバサは目を細め...
今更どう後悔しようが、ここまで来てしまったのは事実なの...
こうなったら、後は少しでもいい結果に終わるように死力を...
それに、目の前で眠っている少年を見ていると、不思議な心...
どう考えても不可能に思えるこの企ても、彼と一緒ならば成...
(お兄ちゃんと一緒なら)
才人の姿を見つめながら、タバサは微笑を浮かべた。
そのとき、不意に背中が不自然に震え始めた。
218 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/26(日) 00:26:0...
タバサは目を見開く。驚く暇もなく震えが全身に広がり、疼...
背中に埋め込まれた宝玉による、唐突な性衝動の昂ぶり。だ...
タバサはうめき声を漏らしながら身をよじる。全身が火照り...
ほとんど反射的に股に手を差し入れると、もう秘所から大量...
意識が混濁し、視界が歪む。タバサは半開きになった唇の隙...
(繋がりたい)
唾を飲み干し、ふらふらと才人に近寄る。デルフリンガーが...
タバサは才人のそばに座り込み、彼の寝顔をじっと眺めなが...
指先が弱い部分に触れるたびに、背筋に言いようのない快感...
(お兄ちゃん、お兄ちゃん)
夢中で体を弄り、タバサはすぐに一度絶頂に達した。
しかし性衝動は治まるどころかますます昂ぶっていく。もう...
(犯せ)
タバサの脳裏に、一ヶ月ほど前の光景が浮かび上がった。
暮れゆく空の下、魔法学院の敷地の片隅で獣のようにまぐわ...
(犯せ)
あのときタバサは、一人で体を弄るだけでは絶対に味わえな...
(もう一度、あのときみたいに)
自然と口元に笑みが浮かぶ。タバサは己の欲望の命ずるまま...
あともう少しで才人の顔に指先が触れようというとき、タバ...
交わったときの光景を消し飛ばすほどの強さで、あるものが...
それは、先程ルイズのことを語っていたときの才人の横顔だ...
嬉しそうな、あるいは誇らしげな表情を浮かべながら、愛す...
タバサは砕けるほどの強さで歯を噛み締めながら、半ば無理...
その手が、キュルケからの贈り物を思い切り握り締めた。
すると、タバサの意志を完全に奪い去るほどの勢いで暴れ狂...
荒い息を吐きながら、タバサは才人を見つめた。
まだ、彼を求めるように全身が昂ぶっている。性衝動は未だ...
才人の体に抗い難い誘惑を感じながらも、タバサは無理に体...
少し彼から離れて、一人でこの体の昂ぶりを治めなければな...
歩いていると、瞳の奥から勝手に涙が溢れ出してきた。
性欲を満たすことができなかったという、単なる欲求不満に...
どうしようもなく、胸が痛むのだ。締め付けられるように、...
(大丈夫)
涙を拭う余裕もなく、ずるずると足を動かしながら、タバサ...
(きっと、全部この宝玉のせい。体が疼くのも、心が痛むのも...
だから、わたしは大丈夫。この宝玉さえなくなれば、この痛...
小さく嗚咽を漏らしながら、タバサは森の方に向かって歩い...
「残念だな嬢ちゃん、俺には魔法は効かんのさ」
タバサの背中が完全に見えなくなったことを確認してから、...
喋る者が一人もいなくなり、野営場所には焚き火が爆ぜる音...
「あー」
その沈黙を持て余すように、デルフリンガーはため息を吐く。
「なんてーのかな。俺としてはこういう根暗な旅もそこそこに...
誰も聞くことのない声が、淡々と夜の山に響き渡る。
「こりゃダメだね。なんてーか、割と真面目に気に入らねえや」
デルフリンガーは武者震いするようにかすかに刀身を震わせ...
「ちっとばかり真剣になってみるかねえ。いやあんま変わんね...
309 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:02:1...
澄み切った青い空を見上げて、シエスタは一つため息を吐い...
授業中という時間帯もあってか、ヴェストリの広場に人の姿...
短い休憩を与えられて広場の隅のベンチに座っているのだが...
頭に思い浮かぶのは、愛しい黒髪の少年のことばかり。
(サイトさん)
小さく胸が痛む。後悔という名の小さな棘は、未だにシエス...
才人とタバサを送り出してから、もう二日も経ってしまった。
今回彼らが何をしにどこへ行ったのか、シエスタは何も聞い...
ただ、協力を頼んできたキュルケが「絶対に誰にも喋らない...
少なくとも単なる小旅行に出かけた訳ではないようだった。
だから、今頃どこにいるんだろう、とか危険な目に遭ってい...
一向に答えは出ない。出るはずもない。
(わたしの今回の役目は、ただ黙っていること、ですもんね)
シエスタはもう一度ため息を吐いた。
一ヶ月間ほど出来る限り才人を避けるように、と言われた以...
それでも彼女自身の意地で一日目のお弁当を拵え、
自分が知る限り山菜や食べられる草などのリストを作り上げ...
(結局、わたしがサイトさんのために出来ることは何もない)
大きな無力感が胸を痛む。勝手に涙がこみ上げてきて、シエ...
(駄目だわ、こんなことじゃ。笑顔で出迎えるって、サイトさ...
涙を拭って、無理に笑顔を作る。そうすると、ほんの少しだ...
そろそろ休憩時間も終わる時刻である。ベンチから腰を上げ...
少年が一人、何気ない足取りで歩いていく。あまり見ない服...
「サイトさん」
シエスタは叫びながら立ち上がり、才人に向かって駆け出し...
才人はこちらに気付く様子もなく、校舎の影に消える。
シエスタもその後を追ったが、校舎の角の向こうに飛び込ん...
シエスタは困惑して周囲を見回す。隠れられるような場所も...
(見間違い、かな。ううん、確かにあれはサイトさんだった)
シエスタは大きく息を吐く。
もしかしたら、才人会いたさに幻覚を見たのかもしれない。
だとしたら自分も相当参っているな、とシエスタは自嘲の笑...
310 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:03:0...
夜、その日の仕事が終わって自室に帰ろうとしていたシエス...
連れ立って広場を歩いてきたキュルケとモンモランシーに呼...
二人とも魔法学院の制服姿だったが、モンモランシーは何や...
本来なら貴族に呼び止められたりしたら「何か気に入らない...
この二人ならば顔見知りだから、あまり緊張することもない。
二人は少し難しそうな顔をして「とにかくついてきて」とシ...
寮の中に入って少し歩き、辿りついた先は見慣れた場所だっ...
「ミス・ヴァリエールの部屋じゃないですか」
どうしてこんなところに、と問うよりも早く、キュルケが扉...
「ルイズ、入るわよ」
返事を待つこともなく、キュルケはアンロックの魔法で勝手...
モンモランシーも躊躇なく後に続き、シエスタ自身も若干迷...
才人が旅立って以来、この部屋の住人はルイズ一人になって...
部屋の中はしんと静まり返っていた。
窓から月明かりが差し込んでいるとはいえ、ランプすら灯さ...
キュルケが慣れた様子でルイズの机に近づき、その上にあっ...
部屋がぼんやりとした光に照らされ、同時にどこかから甘い...
シエスタは息を呑んだ。
ルイズがいた。ベッドの上で布団を被って蹲っている。
しかし、彼女は二日前とは比べ物にならないぐらいひどい状...
吊りあがった目は真っ赤に充血してギラギラした光を放って...
その周囲に出来た隈は彼女がろくに寝ていないことを如実に...
(どうして)
シエスタは声も出せず、ただルイズを見つめることしか出来...
ルイズがこんな風になってしまう理由など、一つしかない。...
だが、今回は前と違って才人が死んでしまったという訳では...
シエスタ自身彼の不在には気落ちしていたが、それはあくま...
何をどうしたら今のルイズのように追い詰められてしまうの...
とにかく、こんな状態のルイズを放っておくわけにはいかな...
シエスタはベッドに駆け寄ると、布団越しにルイズの肩に手...
「ミス・ヴァリエール、大丈夫ですか」
「別に、なんでもない」
ルイズはかすれた声でそう答えた。
間近で見ると唇も乾ききって荒れているのが分かり、さらに...
シエスタはルイズの隣に腰掛けると、彼女の背中に手をやり...
「一体どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
「うるさいわね、なんでもないったら」
疲れきった声でそう言ったきり、ルイズは目を見開いたまま...
いつもならもうシエスタの手など振り払っている頃である。...
「見ての通り、この子ったらあれから少しも寝てないみたいな...
今日の授業中なんて、いつ倒れるかと心配になったぐらいよ」
キュルケが呆れたように言う。
確かに、今のルイズの様子は尋常ではない。このまま放って...
「だけど、この子ったら少しも事情話さなくて」
キュルケが肩をすくめる。そういう訳で自分が連れてこられ...
「ね、ミス・ヴァリエール。何か悩み事があるなら、私に話し...
お話し相手ぐらいにならなれると思いますから」
しかしルイズは唇を引き結んだまま何も話そうとしない。
これではどんなに話しかけても無駄なのではないだろうか。
シエスタは困惑してキュルケの方を見る。そこで、おかしな...
部屋に入ってから一言も発していなかったモンモランシーが...
遠目に見るとそれは香炉のようで、ランプを灯すと同時に漂...
一体何のつもりなのかと問いかけようとしたとき、不意にシ...
驚いて隣を見ると、先程まで厳しい顔をしていたルイズが、...
311 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:03:5...
「急にどうしたんですか、ミス・ヴァリエール」
慌てて問いかけるが、ルイズは小さくしゃくり上げるばかり...
「凄い効き目ね」
キュルケが呟いた。はっとしてそちらを見ると、キュルケは...
「違うわよ。これの効果が凄いんじゃなくて、ルイズがもう立...
困惑するシエスタの視線に気付いたのか、モンモランシーは...
「そんなに驚くようなことじゃないわ。ちょっと、心を落ち着...
「水魔法のお香なんでしょ」
キュルケの呟きに、モンモランシーは肩をすくめた。
「言うほど強いものじゃないわ。でも疲れきった人になら十分...
張り詰めていた精神が落ち着いて、素直に気持ちを現せるよ...
そう説明してから、「さてと」と言ってモンモランシーは背...
「あとはあなたに任せるわね」
「え、でも」
「わたしたちがいたら、話しにくいことがあるんじゃないかし...
キュルケもまた、悪戯っぽく片目を瞑って入り口に足を向け...
「そのお香、多分明日の朝ぐらいまでなら持つと思うから」
「しっかり慰めてあげなさいな。それじゃお休みなさい、お二...
それだけ言い残して、モンモランシーとキュルケは部屋を出...
途端に静かになった部屋に、ルイズがしゃくり上げる音だけ...
シエスタは迷いながらも微笑を浮かべ、ルイズの背中をさす...
「さ、ミス・ヴァリエール。まずは眠りましょう。このままだ...
だが、ルイズは首を振った。鼻を啜り上げながら、かすれた...
「寝るの、やだ」
「どうしてですか」
急かす調子にならないように、シエスタはゆっくりと問いか...
ルイズは真っ赤に充血した目から止め処なく涙を流しながら...
312 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:04:2...
夢を、見るのだという。
その夢の中で、ルイズはそんなに遠くない過去の風景を見て...
アルビオンから撤退するトリステイン軍。その殿を命ぜられ...
本来なら、ルイズの意識はそこで途切れている。だというの...
「サイトがね、怖い怖いって震えながら、でもたくさんの兵隊...
わたしはそれを後ろで見ていて、止めて、行かないでって叫...
サイトは剣を抜いてたくさんの兵隊を倒すんだけど、兵隊た...
足を斬られて、手を焼かれて、それでもサイトは止まらない...
兵隊たちの指揮官を倒せば敵を足止めできて、それでわたし...
わたしのことはいいから逃げてって、一生懸命叫んで、サイ...
どんどん傷が増えてどんどん血が出て、それでもサイトは止...
だけど、兵隊たちの指揮官まで後一歩っていうところで、サ...
何かに憑かれたように夢中でそこまで喋りとおしたあと、ル...
シエスタは黙ってルイズの背中を擦ってやりながら、囁くよ...
「それで、また才人さんが死んじゃうんじゃないかって思って...
「違うの。ううん、それもあるけど、でも違うの。サイトがあ...
わたしが皆に認めてもらいたいなんて思ったから、サイトは...
全部わたしのせいなの。わたしのせいでサイトが死んじゃう...
ルイズは両手で顔を覆い、声を上げて泣き出した。手と手の...
しかしシエスタは耳を塞がず、ただじっとその泣き声に耳を...
「そうですね。確かに、その通りかもしれませんね」
ルイズの泣き声が更に大きくなる。シエスタはその泣き声を...
ゆっくりと両手を伸ばし、ルイズの頬を優しく包み込む。泣...
「でも、大丈夫ですよ」
ルイズが小さく息を呑む。シエスタは笑って続けた。
「サイトさんは、絶対に死にません。今度もちゃんと無事で帰...
「そんなの分からないわ」
「いいえ、わたしには分かります。サイトさんは絶対に死にま...
「どうしてそんなにはっきりと言えるの。もっと怖いことが起...
「それでもです。サイトさんは何があったって、どんなに危険...
「どうして」
「だって」
シエスタはそこまで言って躊躇った。目蓋を閉じ、眉根を寄...
今から言おうとしていることは、間違いなく事実だ。変えよ...
だからこそ、口に出してしまえばきっと自分の心は深く傷つ...
(それでも、ちゃんと認めなくちゃならないんだわ、わたしは)
シエスタは細く、そして深く息を吸い込んだ。
堂々と胸を張り、力強く顔を上げる。目蓋を押し上げ視線は...
シエスタは切り裂かれるような胸の痛みに耐えながら、全身...
「サイトさんは、ミス・ヴァリエールのことを愛しているんで...
313 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:05:3...
ルイズの目が大きく見開かれた。シエスタは笑みが崩れてし...
胸の奥で、様々な感情が荒れ狂っていた。
怒りもある。悲しさもある。悔しさもある。寂しさもある。...
ありとあらゆる感情が、笑みを形作る唇を無理矢理こじ開け...
だが、決してそうはならない。穏やかな深い笑みは、決して...
嵐のように渦巻く冷たい感情の中に、一つだけ温かい何かが...
それが何なのかは分からない。だが、その何かが今の自分を...
(サイトさんはミス・ヴァリエールのことを愛している。
わたしはサイトさんの気持ちを大切にしてあげたい。
だからサイトさんが愛するミス・ヴァリエールを助けてみせ...
だって、わたしはサイトさんのことを愛しているから)
その瞬間、荒れ狂っていた感情がほんの少しだけ静かになっ...
まだ胸は痛む。しかし、言葉を紡げなくなるほどには痛くな...
シエスタは目を見開いたまま固まっているルイズに、繰り返...
「大丈夫です。サイトさんは必ず帰ってきます。ミス・ヴァリ...
愛している人を一人残して死んでしまうような人じゃありま...
本当はあなただって分かっているんでしょう。サイトさんが...
ルイズの顔が崩れ始めた。
笑っていいのか泣いていいのか分からないような、複雑な表...
「でも」
戦慄く唇が、震える声を紡ぎ出す。
「わたしは、そんな風に思ってもらえるような人間じゃない」
ルイズの瞳から、涙が一筋零れ落ちた。
「サイトにたくさんひどいことしたの。サイトにたくさん痛い...
それなのに、ごめんなさいもありがとうも一度だって言った...
そんなわたしに、サイトの気持ちを受け入れる資格なんてあ...
固く閉じられたルイズの目から、次々に涙の筋が零れ落ちる。
その全てを受け止めるように、シエスタは強くルイズを抱き...
「大丈夫、きっと、全部笑って許してくれますよ」
「だけど、わたしは」
「だから涙を拭きましょう。だから明るく笑いましょう。
才人さんが帰って来たとき、ごめんなさいって言えるように...
ルイズは何も言わなかった。
ただ、涙を拭うように、あるいは泣き声をかみ殺すように、...
シエスタは穏やかな笑みを浮かべたまま、しばらくそうやっ...
ルイズはやはり何も言わなかったが、シエスタの胸の中で、...
314 名前:少女の苦悩、少年の怒り :2006/11/28(火) 01:07:4...
泣きはらしたルイズの顔を、窓から差し込む月明かりが仄か...
ベッドの中、ルイズの隣に横たわりながら、シエスタは複雑...
(この子は、とても弱い。一人ぼっちでいた時間が長すぎたせ...
自分を愛してくれる人を求める気持ちが、ルイズは人一倍強...
そんなルイズが一度才人と死に別れ、やっと会えたと思った...
(可哀想なミス・ヴァリエール)
シエスタは手を伸ばし、そっとルイズの髪を撫でる。
一人では生きていけない、か弱い少女。
だが、そんなルイズも、才人のために頑張ろうとしているの...
出来る限り才人の気持ちに応えよう、彼の気持ちを大事にし...
だからこそ、不安に押しつぶされそうになりながらも才人を...
夜眠れないほどの恐怖を感じながら、それでも泣き言を言わ...
(わたしはこの子を支えてあげたい)
シエスタは手を伸ばして、ルイズの小さな体をそっと抱きし...
(強くなりたいと、愛する人の思いを受け止めたいと思ってい...
もちろん、シエスタ自身才人のことを諦めるつもりはない。
だが、今は一度だけその気持ちを胸にしまってもいいと思っ...
せめて、ルイズが何の気兼ねもなく自分の気持ちを素直に表...
シエスタが決意を新たにしたそのとき、不意にルイズが小さ...
「あ、ごめんなさい、起こしちゃいましたか」
慌ててそう言ったが、何故かルイズは何も答えず、目を細め...
どこを見ているのだろう、と不思議に思ってその視線を追う...
「あの、ミス・ヴァリエール」
「おっきい」
何が、と問う暇もなく、ルイズは素早く腕を伸ばした。避け...
「ちょ」
「おっきい」
またも呻くように言いながら、ルイズはやたらと真剣な目つ...
混乱するシエスタの耳に、その声はやたらと大きく響いた。
「いいなあ」
溢れんばかりの羨望が込められた、怨嗟の声である。シエス...
もちろん声の出所はルイズで、相も変わらずやたらと真剣な...
「いいなあ。おっきいおっぱい、いいなあ」
(え、ちょ、なんなんですかこの状況)
混乱するシエスタを横目に、ルイズはそれからたっぷり数秒...
「ねえシエスタ」
「え」
「どうすればこんなにおっきくなるの」
「どうすればって」
「なんてわたしの胸はこんなにちっちゃいの」
「いえ、そんなことは」
「うそつき。だってシエスタ前言ったもん、控えめに言って板...
そんなこと言ったかなあ、と首を傾げるも、長く考えている...
ルイズが今まで以上の勢いでシエスタの胸をこねくり回し始...
「ちょ、ミス・ヴァリエール、痛い、痛いですってば」
「いいなあ、ねえシエスタ、わたしにもちょっとちょうだい。...
ほとんど半狂乱で叫ぶルイズに、シエスタは泣きそうになる。
揺れる視界の片隅に、床に置かれた香炉が映る。
(ミス・モンモランシ)
シエスタはルイズに胸を弄ばれながら、内心で絶叫した。
(この香、十分に効き目が強いんじゃあないでしょうか)
しかしその問いに答えるものはなく、シエスタは明け方まで...
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