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745 :壊れた人形1:2007/06/26(火) 19:47:16 ID:v4JAJtpM ―――何故驚いている? 「あの人形が?」 ……いや、違う。 斯くあるべき通りに表れたはずの結果を、斯くあるべき通りに受け取れなかったという、その事実だ。 「ひっく…………はい……」 「わたしを謀(たばか)るつもりなら、死さえ生ぬるく感じる責め苦を罰とする」 「ぇ……?」 「そうだね……この間、東の商人に聞いたやつでもいいね。何でも、東にはダルマって言う手足のない人形があるんだってさ。その名を取った罰らしいけど……ククク、お前もそうやって人形になってみるかい?」 「ひっ!? ち、違います! 嘘ではありません! 確かにシャルロットさま―――あ…い、いえ、七号さまは殉死なされたと!!」 侍女が涙ながらに訴えてくる、この報告。 こいつは、あの人形の信者だ。 だから、この事実は真偽の《真》。 ―――わたしはそこに、《偽》を持ち込んだのか……。 「ふぅん……どうやら嘘じゃないみたいだねぇ。…………そう。とうとう死んだんだ? あの人形」 その言葉は確認でもなければ、事実を認める為のものでもなかった。 それは分かっている。 「まぁ、今回は如何にあの人形と言っても、相手が悪かったからねぇ……。ははっ」 そう。今回の相手は……相手として最悪だった。 746 :壊れた人形2:2007/06/26(火) 19:50:52 ID:v4JAJtpM どんな竜狩刀(ドラゴンキラー)も、アレには刃が立たない。 人々のアレに対する認知は、生物ではない。 動く物の亡くなった街を去る……その禍々しくも雄大な背を幸運にも見ることの出来た者達は、口を揃えてこういうのだ。 『アレは正に死神……死そのもの(デスドラゴン)だ』―――と。 「は、あはは……流石にデスドラゴンが相手じゃ、あの不死身の人形も形無しだったって訳だね。おほ、おほほほ……」 ガリアの端の端、正直他国にくれてやって良いあんな場所に何の気まぐれなのか、らしからず住み着いたデスドラゴン。 なのに……。 747 :壊れた人形3:2007/06/26(火) 19:57:06 ID:v4JAJtpM 予想していたはずだ。 躊躇なんてしなかった。 わたしは前回の失敗を活かし、相手の名は伏せた。 そして、アイツが来る。いつもの面を引っ提げて。 『今度のアンタの相手は―――』 その名を出した瞬間、吸血鬼の名を聞いても微動だにしなかったアイツの顔がピクリ…! そうだ、確かに。 748 :壊れた人形4:2007/06/26(火) 19:58:25 ID:v4JAJtpM 何故こんなにも、この報告は空虚(むな)しいのか……。 「―――ちっ」 イライラする。 「―――…そうか。きっとそうね」 そうに違いない。 「おい、お前」 「っ、はっ、はい!!」 ちっ…、いちいち過剰な反応を寄越すな。 ……まぁいい。 「アイツを連れてこい」 「アイツ……?」 「このっ……あの人形娘の事に決まってるだろう! 話の流れで解るだろっ、馬鹿! いいからさっさとしなよ愚図!!」 「―――っ!」 水滴を残し走り去る侍女の姿を眺め、わたしは座深くに身を埋める。 「ふん……」 ま、それも今の内だろう。 ――――― 749 :壊れた人形5:2007/06/26(火) 19:59:44 ID:v4JAJtpM 「―――で、肝心のアイツは? 準備は出来たんだろ?」 報告の割に、アイツの棺が見あたらない。 「今は応接の間でお待ち頂いておりますが……」 その返答。 「はぁ……おまえ、わたしの話を聞いてなかっただろう。わたしゃアイツを《連れてこい》と言ったんだ。……後瞬刻だけ待ってやる。今すぐココへ連れてこい」 そうだ。 再び慌ただしく踵を返す侍女。 こんなの、ずっと夢見てきた場面を迎えるにしての、正常な状態じゃない。 「あの人形、最後までわたしを待たせるのだから……本当に良い身分だね」 口を衝き出る冗談さえ、今日は冴えない。 間違えてはいけない。 750 :壊れた人形6:2007/06/26(火) 20:02:01 ID:v4JAJtpM 「お連れ……致しました。っ」 悲怒どちらによるもの……いや、両方か。体裁などもう欠片にしか残っていない態度、口調でそういって、侍女は退く。言葉こそ発しないが、まぁほぼ同じと言っていい体(てい)で他の侍女達も下がる。 「お前達、頭を上げろ。人形が壊れただけだ、礼など尽くす必要は無い」 アイツに通ずる裂け目へと身を差し込みつつ、そう命令する。 「……」 歯を食いしばり、わたしへの憎悪を懸命に噛み殺しながら首を伸ばす者。 ……は。ならば好きにしろ。 「蓋くらいは、わたしが外してやろうじゃないか」 わざわざ宣言して、わたしは棺に手を掛ける。高尚な装飾の中、それを阻害しない形と位置に取り付けられた取っ手を掴んだ。 751 :壊れた人形7:2007/06/26(火) 20:04:03 ID:v4JAJtpM 死に化粧(つまり、死体の見栄えを整える行為だ)は、それを専職とする水の術者によって行われる。傷を消し、張りを持たせ、臭いを閉じこめ、中身を洗い……浄化する。 ―――単なる肉の塊を『人』に戻すなんて事、絶対に出来やしないのだ。 平民の焦がれる魔法。 わたしはゆっくりと蓋をずらしてゆく。 「……」 周りに悟られぬよう、密かに心を構える。 「……ふぅ」 ……よし。 侍女どもが固唾をのんで見守る中、わたしは更に腕へと力を満たし。 「……は?」 釣られ出た、今日二度目となる、わたしにあるまじき間の抜けた声。 覚悟はしていた。 だが、これは。 「……っ」 でも、同時に。 「シャルロット……」 ―――貴女は、結局最後まで、私の『思い通り』から逆らうのね……。 752 :壊れた人形8:2007/06/26(火) 20:07:09 ID:v4JAJtpM ならば、この姿は相応しくない。 囓られても、潰されても、薙ぎ払われても、切り裂かれても。 ただ、眠るだけかのようにそこに存在するなんて姿は……。 「なんで、この人形は死んだんだい?」 問う。 「はい……。確かに七号さまはデスドラゴンと戦い、そして命を落とされたそうです……ブレスで」 「デスドラゴンがブレス……? だけど、それにしちゃあ―――」 確かに、ドラゴンの中には吐息(ブレス)と呼ばれるものを吐く種がいる。火炎を、吹雪を、雷を、あるいは毒を……その息に纏わせて吐き出すことが出来る種だ。 「それは―――」 話によれば、この人形は驚く事にデスドラゴンに対し手傷を負わせたらしい。全身に満遍なく生えている無敵の鱗。しかし、それの無い部位を的確に捉え傷つけたのだ。 「監視(み)てきた方によれば、それは一筋の光であったと……」 反対に、胸を、乗っていた風竜ごと貫かれたらしい。 「……」 衣をずらす。白い、こいつの字(あざな)である雪風のごとき繊細に透き通った柔肌が。差し込む光に眩しく煌めく。 753 :壊れた人形9:2007/06/26(火) 20:14:30 ID:v4JAJtpM 「光のブレスか……」 コイツを殺した後、逃げるように慌てて飛び去ったという話からして、恐らくそれはデスドラゴンにとっての憎しみや怒り、そして恐れの対象に行う必殺の手段だったのだろう。 まったく……。 「あんたはつくづく、大したもんだねぇ」 コイツは。 「―――とでも、言うと思ったかい……?」 それが、許せない。 「…ぉ……ぃょ」 お前はわたしのモノだ。 だから。 「……起きなさいよ」 わたしは許さない。 だからっ……! 「起きなさい、っ―――起きろシャルロットォォォォッ!!!」 「―――!」 ずり下げた死に装束を手に巻き込んで、それごと引き起こす。 754 :壊れた人形10:2007/06/26(火) 20:17:36 ID:v4JAJtpM 「死んで良いと誰が言った!? わたしはデスドラゴンを《倒して》こいと言ったんだ! 殺されてこいとは言ってない!!」 力の限り、思いっきり。起きろ、起きろ、起きろ。と。 「お、おやめ下さいイザベ……ラ……様?」 起きろ起きろ起きろ―――? 「……?」 何だ? お前ら……何故そんなに滲んでいる? 「イザベラ様……。泣いて、おられるのですか……?」 「はぁ?」 泣いてる? わたしが? なんでさ? ……ぽたり。 あ? 「……え?」 手の甲に雫。拭った袖に出来た染み。 「馬鹿な。嘘……っ」 わたしが……泣いてる? 言葉の否定。 違う。 思いで否定。 これは違う。 「これは―――」 これはただの……。 ―――怒りの発露……っ!! 755 :壊れた人形11:2007/06/26(火) 20:19:05 ID:v4JAJtpM わたしの許しもないのに勝手に壊れたコイツに対する、怒りの表れだ。 「くっ…!」 強引に、忌々しく溢れてくる感情を袖で拭い取る。 「おいっ、お前!」 その感情のまま、むかつくアホ面を向けてくる侍女達の一人に投げつける。 「っ!? は、はいっ」 「今すぐ、ここに凍結の術を使える者を連れてこい。―――ああ、死に化粧を施した(これを準備した)奴でいい」 これほどの腕なら、その程度の事にしているだろう。 「ぇ……?」 「二度は言わない。良いか。今、すぐだ」 「ひ! 畏っ―――っただいま……!」 756 :壊れた人形12:2007/06/26(火) 20:20:53 ID:v4JAJtpM 「ふん……」 駆け出す足音にむけ、鼻を鳴らす。 「……あの、イザベラ様?」 そんなわたしへ遠慮がちに訊ねて来る、声。 「なんだ」 「『凍結』とは……?」 「はん、物を知らないね。……まぁいい。凍結ってのはそのままさ。凍らせて、固めてしまう魔法さ」 わたしの説明に、しかしそいつは首をすくませた。 「い、いえ。そちらは以前教えて頂きました……。―――ただ」 コクリ…小さなノドを動かす。 「一体、どのような目的で使用されるのかと……」 どうやら、それが。 「ふっ。そんなの……ほほっ、決まっているだろう」 そう、決まっている。 「この人形に使うのさ」 棺の中静かに眠るアイツを目で指し、そう宣言する。 757 :壊れた人形13:2007/06/26(火) 20:22:02 ID:v4JAJtpM 「な、何故………」 心の安寧は、侍女の悪あがきさえ愉快に映す。 「簡単な事さ。だってまだ、コイツの役目は終わっちゃいないんだから。エモノを仕留める事も、わたしに尽くす事も……ね。ククッ」 もたらされ、込み上げる、笑い。 「ですが! シャルロット様は……! ―――ひっ!!」 名を呼ぼうとする行為を視線で切り捨て、わたしはもう一度笑う。 「ふふん、そんな事は知らないね。大体、壊れたなら直せば良いだけさ」 実の所、当てはある。 世界は広大く、時は永い。 「……もっとも、それより早く腐られちゃ堪ったもんじゃないからね」 だからこその『凍結』、と言うわけだ。 「ふん、理解は出来たかい?」 「―――っ」 返事は無く。……されど、その反応は十分に返答で。 「ふふふ……、おっほほほほほほほ―――」 わたしは見せつけるように三度(みたび)、肩を揺する。 そうだ、アイツは人形で。私のおもちゃ。 ああ。 758 :壊れた人形14:2007/06/26(火) 20:22:58 ID:v4JAJtpM 「おほ、おほほほっ……」 戦く者どもより視線を外し、再びアイツの棺を捕らえる。 「ふん。まぁ、今暫しだけは休ませてやるさ」 わたしは心が広いんだ。 「だけどね……」 同時に、これで捨ててやるほど大雑把じゃあない。 「人形娘(オマエ)でなくなれるなんて思い違いは、しないことさ」 そう。 だって。 「オマエはずっと、ずっと―――」 ふふ、逃がし(放し)やしないよ。 シャルロット……。 「―――わたしのモノだ」 |
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