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130 名前: トリスタニアの休日・ごく普通バージョン [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 23:35:05 ID:qoOpxDgv 豚の腎臓と豆をいためたもの、キャベツの漬物を添えたソーセージ、この店名物の白身魚のクロケットなどの料理と、ロゼのワインが運ばれてくる。 「テーブルの下に投げこまれる骨とかを期待してるんですよ。宮廷の晩餐ではさすがに犬はいないでしょ」 犬にソーセージを手ずから与えながら、アンリエッタは興味深そうにその話をきいた。 「だめでしょー、これはホネが出るおりょうりじゃないの! おきゃくさま、すみませんでした」 舌足らずなしゃべり方に、二人は和んだ気分になる。アンリエッタが微笑んだ。 「いいのよ。かわいい犬ね。あなたの犬?」 「うん。そう。おねえちゃんこそ、すごくかわいいね」 「ありがとう。あなたもとてもかわいいわ」 犬と並べて褒めるのはどうなんだろう? と才人は首をひねったが、まあ幼子の言うことである。ルイズあたりに言わせると今の状況は、まさしく犬(自分)と女王なのだろうが。 最初にタニアリージュ・ロワイヤル座で最近好評である劇を観る。いま民が好むものから世相を読み取れるかもしれない。 そこを出たら、最近急増しているカフェーなるものに入ってみる。文芸人や知識人のサロンが開かれていたり、さまざまな情報交換の場でもある。貴重なことが耳に入ってくるかもしれない。 夕方までは、開かれていた蚤の市を二人で歩きながら調べる。 ……まあ、いろいろ言い訳しているが、要は普通のデートだった。 アンリエッタはいつものごとく町娘に変装している。今回は薄青色のワンピースにクリーム色の頭巾をかぶり、大きく開いた胸元には蚤の市で才人が買った安物のペンダント。 ジェシカといえば酒場を選ぶとき『魅惑の妖精』亭に行こうかとも思ったが、顔を知られているのはまずいということで避けたしだいである。 (『魅惑の妖精』亭だと、さすがにこれ使う機会はねえし) 131 名前: トリスタニアの休日・ごく普通バージョン [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 23:36:40 ID:qoOpxDgv 幼女が子犬を抱き上げ、そう言って離れていく。アンリエッタは首をかしげた。 「ダンスの時間?」 「楽芸人が来て演奏するから、踊りたい者は音楽に合わせて踊れってことだと思いますよ」 才人が補足する。こっちの世界でも、多少は世慣れてきている。アンリエッタよりは。 「まあ、楽しそうな催しですのね……でも、町の者がどのようなダンスをするのか知りませぬし」 「適当でいいと思いますけど。こんなとこでちゃんと習ったダンスを踊る人なんかいやしませんよ。音楽の調子にあわせてその場のノリです」 「では、試してみることにします。サイト殿、踊っていただけませんか?」 ほどなく楽人が来る。 誘われたとおり、才人はアンリエッタの手をとって、ほかの数人の客とともにダンスをはじめた。案の定、パターンはあってもみんな適当に動いている。 最初はぎこちなく、スピードが出てきたあたりでもどこかちぐはぐ。 しかし、楽しい。時間がたつほど慣れてうまくなっていく感覚に、夢中になって踊る。 手を取りあったまま疲れるまで踊り、どちらから言うともなく足を止めた。気がつけば、結構な時間を踊っていた。 「楽しかった、ですか」 「ええ。とても」 まあ、日々が激務じゃ遊んでいる暇はあんまないよな、と才人は思った。自分と齢の変わらない少女なのに、とも思う。 132 名前: トリスタニアの休日・ごく普通バージョン [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 23:37:59 ID:qoOpxDgv (あんま楽しめねえんだろうな、この人) 周りを気にせずこうしてちょっと奔放な踊りをするくらいが、もともと性に合っているのかもしれない。 「今日はありがとうございます。生きている、と実感しておりました」 そんな大げさなー、と才人は思ったが、同時に激しくキていた。なんせ、開いた胸元の、汗のにじんだ素肌から、ことんことん心臓の音が直接伝わってくるのである。 「あのさ……上、行かない? 部屋とって」 才人は提案した。 このあたりまでなら普通の流れといえなくもなかったが、今夜の才人には少々イカレたもくろみがあった。 「お願いしたいんだけど……今日だけ好きにさせてくれない?」 「え?」 「具体的には、言うこと全部聞いてほしいんだけど。なるべく無茶はしないようにするから」 無茶はって……とアンリエッタは過去のアレソレを思い浮かべた。 「いつも、好きにしてきたではありませんか……」 小声すぎて才人にはよく聞き取れなかったらしい。断られそうだと思ったのか、とっさに付け足してきた。 「待って待って、ただでとは言わない。次のときは逆に、最初から最後まで姫さまの言うこと何でも聞くと誓いますから」 133 名前: トリスタニアの休日・ごく普通バージョン [sage] 投稿日: 2007/09/26(水) 23:38:41 ID:qoOpxDgv (それは、いいかもしれない……) 鼓動が早くなっていく。桃色の霧が思考にかかって、才人の胸に体をあずけたまま思いをこらす。 奉仕させるというのはすぐ思いついた。何度も愛の言葉をささやかせて、体中にキスさせて、ゆっくり時間をかけて愛してもらう。 逆にこちらがしてあげるのでもいい。いつも自分がされているように、勝手に動いては駄目と命じておいて、好きなように愛撫していく。 そのためには、今日『好きにされる』ことになるわけだが…… 頭の上で才人が人生に勝利した者の笑みを浮かべ、カウンターの向こうで部屋の鍵を用意しているマスターとぐっ! と親指を立てあっていることに気づかないアンリエッタである。 ……と、まあこれが、才人の変態度を甘く見ていたアンリエッタの受難の幕開けとなった。 |
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