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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:53:05 (5646d)
きっとこんな未来〜三人の魔法使い編〜 せんたいさん
*注意事項*
このオハナシは作者が勝手に妄想したゼロ魔の未来SSです。
オリキャラオリ設定バリバリなので読む際には覚悟が必要です
それでは、覚悟完了された方だけどーぞ
賞金稼ぎ。
賞金首と呼ばれる懸賞金のかかったものを、生き死にを問わずに捕らえることで、官憲などから金を得る職業。
その賞金稼ぎたちの間で、最近噂になっている腕利きの賞金稼ぎがいる。
彼女は。
そう、『彼女』。その賞金稼ぎは、年端も行かない少女だという。
短く刈り込んだ青い髪が特徴で、『風』系統の魔法を得意としているらしい。
その武勇伝は、枚挙に暇がない。
曰く。
複数の賞金稼ぎが組んだ『黒の旅団』でも不可能だった、峠の盗賊団の城砦をただの一人で落とした。
曰く。
とある台地で数年間、水害を生み出し続けていた魔獣を、独力で追い払った。
曰く。
トリステイン国王、『慈愛の女神』アンリエッタの暗殺計画を、幾度となく挫いた。
などなど。
ガリアの賞金稼ぎで、『青い髪の少女』を知らない者は、モグリとすら言われた。
あのハルケギニア始まって以来の賞金首といわれる『黒髪の男』を捕らえるのも、彼女であろうと言われていた。
だが。
その本名を知る者は、賞金稼ぎの中には一人もいなかった。
何故なら彼女は、けして自分の名前を名乗らなかったから。
しかし、彼女はかつてガリアの裏世界で名を馳せた一人の騎士になぞって、噂の中でこう呼ばれていた。
『雪風』と。
「ねえねえ、行き先アソコであってんの?」
「そうねえ。たぶんねー」
「たぶんて…。どう見ても切り立った崖だよね?なんもないよね?」
そこは空の上。
本来は聞こえるはずのない明るい声が、風を切りながらそこで響いていた。
一つは高く響く、声変わり前の少年のような男の子の声。
一つは鈴を転がすような、綺麗な少女の声。
雲を切り裂き風に乗り、一匹の白い竜が悠々と空を飛んでいた。
その背に跨るのは、青い髪を短く刈り込んだ少女。
まだ成長する前の体を覆うのは羽織った黒い革のポケットの沢山ついたベストに、動きやすいベージュの貫頭衣。オレンジと黒が縞になったニーハイソックスに包まれた細いが肉付きのよい脚が、こげ茶色の半ズボンから伸びる。
少女は竜に語りかけ、そして竜も言葉を返す。
ハルケギニアの竜の中でも喋れるほど知能が発達しているものは、ごく一部。
それは韻竜と呼ばれ、その殆どが息絶えたと言われる。
しかし。
風の韻竜であるその竜は、数少ないその韻竜の生き残りである。
その名前を、シャーイーネィリィと言った。ただこれは彼の一族に伝わる名前で、『光り輝くもの』という意味。名を付けてくれたのは彼の従姉妹らしい。
今は、その背に跨らせている少女に、使い魔として使役されていた。そして、召喚してくれた彼女の付けてくれた名前は、ヴァルファーレ。
なんでも、召喚した者を堕落させる悪魔の名前らしいが、彼女なりの自制の意味もこめてそう名づけたらしい。
シャーイーネィリィ自身は響きがカッコイイので元の名前より気に入っている。特に、略称の『ヴァル』で呼ばれるのが好きだった。
「ヴァル、ここで止めて?」
背中に跨る少女は、そう言ってヴァルファーレの首の付け根を軽く叩いた。
そして、羽ばたいて浮かんだ揺れる韻竜の背の上で、まるでその揺れがないかのように、平地に立つように、すっくと背筋を伸ばして立つ。かなりのバランス感覚と、姿勢保持能力である。
それこそが、彼女を卓越した風使いたらしめている理由。
自分の立つ場所の状態を瞬時に理解し、己の望む状態に己が体をもっていく。風を纏う者としての資質を、彼女は生まれながらにして持っていた。
そう、彼女が、彼女こそが。
ガリアでも腕利きの、風使いにして賞金稼ぎ。『雪風』その人である。
『雪風』は懐から細い杖を取り出すと、詠唱を始める。
呪文によって流れを変えた魔力が彼女の目の前に収束していく。
それは、空気中の水分を、『雪風』の身長よりも大きい、白く輝く巨大な氷の槍へと形を変える。
『アイシクル・ランス』の魔法であった。
巨大な氷の槍は、『雪風』の杖に合わせ、ゆらゆらと揺れる。
「んー…あのへんかなあ…」
『雪風』は何もない崖にどうやら何かを見つけたらしい。
そう呟くと、杖を軽く振り下ろす。
すると、氷の槍は崖に向かって一直線に空中を突き進む。
そして。
岩で出来た崖にぶつかって、四散…しなかった。
まるで、そこには『崖が存在していないかのように』、氷の槍は崖の中に消える。
そして響く轟音。
まるで、鉄の門扉を巨大な槌が叩くような音。
それは、『雪風』の追い求めていたもの。
ずっと、捜していた、捜し物。
「当たり…かな?」
「だね。この幻は間違いないね。『虚無』だね」
そう、彼女の捜し物、それは。
『虚無の担い手』『破滅の女王』『トリステインの大絶壁』ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
彼女がトリステインから強奪したあるものを、手に入れるため。
そして『雪風』は、己が使い魔に命令を下す。
「…じゃあ行こうかヴァル。留守のうちにかっさらうよ」
「あいあーい。了解したねご主人。きゅいきゅい」
白い韻竜は羽ばたき、幻の崖めがけて急降下していった。
ガリア王国。
王の権威によって治められるこの国の王家は、ハルケギニアの三国の中でも最も敵が多い王家とされる。
それは、現在の王家の成り立ちを考えれば当然と言えた。
現王は、前王ジョゼフ一世を斃し、その王座を奪い取った人物である。
しかも、政治の腐敗や王家の圧制を機にした社会的正義のあるものではなく、身内を殺されたという個人的感情によってである。
それまで冷戦状態にあったとはいえ、表面上は平和を保っていたガリア王国で、王の崩御は歓迎されざる事態であった。
さらに現王は、前王の全ての家臣を政治より遠ざけてしまった。
いかに革命を成したとはいえ、今まで利権にありついていた者を排除すればどうなるか。
当然、現王を疎ましく思う貴族達は、裏で現王を暗殺しようと糸を引く。その手管は巧妙で、なかなか尻尾をつかませない。
それゆえ、現王家は毎日のように暗殺者の襲来に晒されていた。
はずだった。
そう。ガリア現王家は、暗殺者にとって『鬼門』と呼べる存在であったのである。
それは、現王…女王シャルロット一世の、強大な魔力によるものである。
彼女は、公式に存在する唯一人の『エルフを越える者』である。
彼女の魔力は、人間の限界とされるスクウエアを越え、複数の人間がいないと成り立たないとされるヘクサゴン・スペルですら操ると言われている。
さらに、彼女は魔力の容量だけでなく、その応用技術もずば抜けていた。
彼女の扱う『エア・ハンマー』は、一般的なスペルにも関わらず、重装備の騎士をも倒すという。
しかも、彼女の寝所は、彼女の使い魔である風韻竜の操る先住魔法で防御されていて、並のメイジでは近寄ることすら出来ないのだ。
だから、彼女…ガリア女王、シャルロット一世を狙う暗殺者は、どこにもいなくなった。
そう。
ガリア女王を狙う暗殺者は、どこにもいない。
そこは、ガリア王家の保養地の一つ。切り立った岩山に囲まれた、小さな平原。
「…今回はえらく直接的なのが来たわね」
そう言う青い髪の少女の目の前に、巨大な騎士が立っていた。
その騎士の身長は二階建ての家屋を越えるほど。その手に握り締められれば、その前に立つ青い髪の少女など、容易く捻り潰せるだろう。
当然、騎士は人間ではない。
騎士の格好をした、巨大な魔法人形である。
「あらあらまあまあ。毒殺できないと悟ったら今度は過去の遺産ですか。
アンドリュー卿も随分手が込んでますわね」
青い髪の少女の隣には、もう一人、同じ色の髪の少女がいた。
二人は、全く同じ髪の色をしていた。
しかし、その身にまとう雰囲気は全く別。
最初に騎士に向かって言葉を吐いた少女は、真っ直ぐな、長い髪だった。
もう一人の少女の髪は、長さこそ変わらなかったが、ゆるくウェーブがかかっていた。
そして、その身に纏う服。
真っ直ぐ伸びた髪をかきあげ、不敵に騎士をねめつける少女の服は、鮮やかなオレンジ色の狩猟用ワンピースだった。濃いグレイのベストは、防寒に優れた火鼠の皮。
あくまで笑顔を絶やさない、ウェーブの髪の少女は、薄いブルーのドレスに身を包んでいる。各所に設けられた白いレースの縁取りが、この場には酷く似つかわしくない。
目の前の巨大な騎士に全く動じない二人に、その脇に控える一人の男が叫んだ。
「お、お前ら!これが何かわかってんのか!」
髭面の、どう見ても少女たちより齢を重ねているその男が慌ててそう叫ぶ姿は、酷く滑稽だった。まるで、喜劇の小物の悪役のようである。
言われた少女達はもう一度騎士を眺める。
そして言った。
「ヨルムンガントでしょ?」
「ジョゼフ王の遺した、負の遺産の一つですわ。ゴーレムに魔法強化を施して、反応速度も防御力も桁違いに強化した魔法兵器ですわね」
二人の口調は、まるで図鑑にのっていた花の説明をするかのように、冷静だった。
男はその態度に、言葉に、さらに饒舌になる。
「それだけじゃねえ!コイツの中身は全部鋼でできてる!ナリは小せぇがジョゼフ王の使ってたヤツとは硬さが違うんだよ!」
言われて二人はもう一度よく『ヨルムンガント』を観察する。
確かに、記述にあるヨルムンガントよりもその体躯は小さく、オリジナルの半分ほどしかない。
しかし、それでも二人は慌てた様子を見せない。
「だから?」
「仰っている意味がよくわかりません」
二人の青い髪の少女は、そろって首をかしげた。
どうして、この男はいつまでも能書きを垂れているのだろう。こんな、大したこともないモノを見せながら。
二人の態度に、男がキレる。
「ああそうかい!なら地獄で後悔しなぁ!」
男はそう言ってスペルを唱えて杖を振り、ヨルムンガントもどきに命令を与える。
ヨルムンガントもどきは鉄扉をこすり合わせるような鳴き声を上げ、地響きを立てながら少女達に向かう。
それを見た少女達は。
「…あーあ、めんどくさ。さっさとやるにはアレ使わないと…。
髪もドレスも痛むからイヤなんだけどなあ…」
真っ直ぐな髪の少女は、そうぼやく。
ウェーブの髪の少女は、ぼやいた少女に一言だけ言って、そそくさと後ろに下がった。
「それじゃあ、あとはお任せしますわ、姉様」
真っ直ぐな髪の少女は、下がる少女に文句を言おうとするが、ヨルムンガントもどきのスピードは意外なほど早く、振り下ろされた拳で中断される。
すさまじい轟音を立て、ヨルムンガントもどきの拳が大地に大穴を開ける。
しかし、少女はそこにはいない。
こっそり唱えていた『フライ』の魔法で、大きく横に移動していた。
「それで逃げたつもりかぁ!」
男の杖が少女を指す。
ヨルムンガントもどきは大地をえぐりながら拳を引き抜き、少女を振り向いた。
少女は自分を見つめる目のない眼窩を睨み返すと。
左手で、自分の右手の手首を掴んだ。
そして、軽く捻ると。
ぱきん!
乾いた音を立て、少女の右手は肘から先が外れる。それは、魔法で作られた精巧な義手だった。
何のつもりだ?
男は一瞬警戒して、ヨルムンガントもどきの動きを止める。
しかし、すぐに思い直す。
そうだ、きっとあの腕には自衛用の銃が仕込んであるか、爆薬が詰まっているに違いない。
そしてヤツは、それでヨルムンガントを迎撃しようとしている。
男の顔が酷薄に歪む。
だからなんだ。それがどうした。
人間の扱える火器で、ヨルムンガントがどうにかなるものかよ──────!
男は勝利を確信する。
そして、その心に余裕が生まれた。
「何のつもりだ?それを俺にくれるから見逃せってか?
残念ながらムリだなあ、フローラ第一王女サマぁ!」
その余裕が生んだ台詞が。一瞬の躊躇が。
彼女。フローラ・ヒラガ・オルレアン──ガリア王国第一王女に、さらなる余裕を与えた。
すでに完成した呪文を、フローラは解き放つ。
それは、『フライ』で飛び退った瞬間から、男が台詞を放つ前まで、唱えていた呪文。
前半は、魔力の圧縮。後半は、制御・維持のための魔力回路構築。
成った呪文が、音すらたててフローラの存在しない右手の部分に、超高温の魔力を収束させる。
それは、男の位置から見て、ただの『ライト』の呪文に見えた。
光る青白い光球。それは男の既知からすれば、『ライト』の呪文でしかない。
だが。
次の瞬間、フローラを中心に起きた風が、それがただの光球でないことを証明する。
その光球がフローラの右拳の位置で安定した瞬間、空気が『弾けた』。
まるでそこを中心にして『風』系統の魔法を使ったかのように、フローラから風が吹いた。
しかし、その風は。
「うわちぃっ?」
その風に撫でられた瞬間、男は飛び上がる。
そう、その風は『熱かった』。
まるで、そう、まるで、火球の呪文をすぐ近くで炸裂させられたような────。
しかし温度を感じないヨルムンガントもどきは、そんな風などなかったかのように、フローラめがけて拳を振り上げている。
な、なんにせよただのこけおどしだ!これで終わる──。
男は勝利を確信していた。
だが。
ばぢばぢばぢばぢばぢぃぃぃぃぃぃっ!
とんでもなく耳障りな、まるで特大の『雷光』の呪文が炸裂しているような音が響く。
それは、フローラとヨルムンガントもどきのいる場所から響いている。
男はわが目を疑った。
ヨルムンガントが、溶けた───?
フローラに殴りかかったはずのヨルムンガントもどきの右腕が、その付け根まで、オレンジ色に発色して、溶けていた。
まるで、溶岩のように。
そして、その奥には。
下腕のない右腕の先に光球を掲げ、雄雄しく立つ、ガリア第一王女がいた。
彼女はその光球を一振りする。
すると、まるで鞭のようにその光球が伸び、飴細工のようにヨルムンガントもどきを切り裂き、溶かした。
なんだ、アレは?
男の目は驚愕に見開き、未知の力に畏怖が沸き起こる。
フローラはそんな男の視線を真正面から受け止め、言った。
「『焔の腕』。フローラ様謹製の魔法よ。この『焔の腕』で灼けないものはこの世にないわ」
生まれながらにして炎の魔力を持っていたフローラは、ある日、究極の熱を作り出す術式を開発する。
そしてその結果…右の拳の位置で安定した超々高温の熱球は、彼女の下腕を消し炭と化した。
それ以来、フローラの右下腕は義手である。
そして、この『焔の腕』を使う時には、義手を外さなくてはならないのである。
「さて…それじゃあアンタも、灼いてあげようか」
フローラは白い右手で男を指す。
まるで人差し指のように、その『焔の腕』から、ぬるりと超高温の魔力が伸びた。
「く、くそぉっ!」
男は慌てて振り返り、逃げ出そうとする。
その目の前に。
ざぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
突如、男の三方を囲うように、青い壁が現れた。
「逃がしませんわよ。あなたにはアンドリュー卿の手下だって自白していただかないといけませんので」
満面の笑顔を絶やさぬまま、残りの一方を塞ぐように立っていたのは。
「フィオナ王女かっ…!」
男のもう一人のターゲット。
フローラ第一王女の双子の妹、フィオナ・ヒラガ・オルレアン。ガリア王国第二王女である。
「チェックメイト、ですわね。三方を水の壁に囲まれ、後ろには姉様。逃げようがございません♪」
獲物を追い詰めた狩人の鼻歌のように明るい声で、フィオナは勝利宣言をする。
しかし、男は諦めない。
こんな、ところで終わってたまるか…!
男はフィオナの台詞を反芻する。
そうだコイツ、今『水の壁』だと…!
男は、目の前の濃紺の水の壁を睨む。
ぱっと見たところ、色以外で普通の水の壁となんらかわりはない。厚さも、人一人分程度と大したことはない。
上空は斜めに合わさった三方の壁で見えないが、高さはそれほどでもない。
どうやらこの第二王女は、長女と違って凡庸なメイジのようだ。
ならば。
男は呪文を唱える。
『フライ』で突っ切って逃げてやる…!
男の呪文が何かを察したのか、フィオナは慌てる。
「あ、お待ちになって!」
「待つか間抜け!」
そう叫んで男は、風を纏った結界ごと水の壁に突っ込んだ。
そして。
あっという間に水の壁に呑まれて、その中でバラバラになってしまった。
ただの水の壁に見えたそれの内部は、超高圧の水が超高速で循環していたのである。
それは触れたものを一瞬で取り込み、破壊してしまう。
フィオナはその壁を、『深淵の扉』と呼んでいた。
彼女もまた、生まれながらにして水の魔力を持つ、生まれついてのメイジであった。
「…あーあ…。壁の中は危険だから、ムチャはいけませんって言おうとしたのに…」
壁の中でどんどん細切れになっていく男に、フィオナは両手を合わせる。
それは、母から伝え聞いた父親の故郷の、死者への作法だった。
「あらら…。死んじゃったかあ…」
その後ろから、フローラがやってくる。
そしてフィオナに倣い、水の壁の中で細切れになってしまった男に両手を合わせた。
フィオナは黙祷を終えると、呪文を唱えて『深淵の扉』を土の中に引き込ませる。
彼女なりの、男の土葬のつもりだった。
男の血肉は土に融け、この台地の植物の栄養分となるだろう。
二人は、略式の葬儀を終えると、本来の目的を果たすため、歩き出した。
この二人は。
ガリアの第一王女と第二王女は。
常に、こうした暗殺の危機に晒されている。
女王を狙えないと悟った暗殺者は、二人の王女を狙っているのである。
しかし。
女王は気付いていた。この二人は、女王すら越える魔法の才に恵まれている事に。
その才を伸ばすため…あえて、女王は二人の姫を放任で育てていた。
女王の思惑通り、逆境に揉まれた二人の王女は、今やガリアでも比肩しうるもののないメイジとなっていた。
そして。
この二人がこの保養地にいるのは、保養のためではなかった。
二人は、ある人物を探し出すために、母親の命でここへとやってきた。
生まれた時に身体が弱く、二人とは別に育てられた、三人目の王女。
彼女は、乳母の庇護の下、すくすくと育てられ、最近まで王宮にいたのだが。
ある日、彼女は書置きだけを残し、旅立ってしまう。
その書置きにはこう書かれていた。『父さんを捜しにいきます』。
それから二年近く、三人目の王女とは音信が途絶えている。
そして、その三人目の王女が、この近くの村で目撃されたらしい。
三人目の王女の名は、マリーウェザー・ヒラガ・オルレアン。
外見的特徴は、二人と同じ青い髪。それを、動きやすい短髪にしているという。
二人は行方不明になった第三王女を王宮へ連れ戻すため、ここへやってきたのである。
この、切り立った岩山に囲まれた、保養地へ。
『雪風』の降り立った場所は、切り立った岩山を切り開いて作ったと思しき、大きな鉄扉を門にした、屋敷。
その鉄扉の、彼女の『アイシクル・ランス』が命中した部分が、白く凍り付いている。
ここが彼女の目的地。
『虚無の担い手』の潜む、屋敷であった。
「さーて、どうしよっかなあ」
使い魔の背から降りた『雪風』は、鉄扉を前に思案する。
「さくっといっちゃえばいいと思うよ。『杏よりウニが安し』だね」
「…それを言うなら『案ずるより産むが易し』でしょうよ」
そうやって使い魔と間抜けな掛け合いをしていると。
不意に、耳障りな音を立てて鉄扉が開いた。
そこから現れたのは、動きやすそうな黒いのベストに白いブラウス、黒い半ズボンをはいた茶褐色の髪の長い少女。
その手には、古ぼけた大剣を携えている。
笑顔を湛えたその視線はしかし、油断なく『雪風』を捉える。動きも、正式な訓練を受けた人間のそれだった。
「ずいぶん乱暴なノックじゃない?弟が怯えてたわ」
茶褐色の髪の少女は、そう言うと大剣の剣先を地面に引きずらせながら、ゆっくりと『雪風』の周りを回り始める。
まるで『雪風』を値踏みするように、一定の間合いからは寄って来ない。
それは、彼女の持つ大剣の間合いではない。その間合いでは飛び道具のみが───魔法のみが、有効な攻撃手段だ。
しかし茶褐色の髪の少女は、百も承知と言わんばかりに、一定の間合いからけして内側には入り込んでこない。
『雪風』は少女の態度にいくつかの仮説を立てる。そして、最も可能性のあるものに目星を付ける。
この少女には、飛び道具に抗する手段がある。それも、ほぼ完全に無効化する手段が。それは、何か。
若いながらに賞金稼ぎとして培ってきた状況分析能力を、『雪風』は働かせていた。
「…一個聞いていい?」
「何?変な事聞かないでよ」
「名前。教えて」
もし自分の予想通りの名前が返ってきたら。
自分では、この少女に勝てない。
いや、このハルケギニアで、彼女の血統に勝てるメイジはいないだろう。
彼女の血統にだけ許された魔法は、あらゆる魔力を打ち消してしまう。
その魔法を彼女が身につけているという確証はない。だが、それならば、それなりの訓練を受けた彼女がこの間合いを取る理由がない。
そして、茶褐色の髪の少女は応える。
「マナ。マナ・ヒラガ・ヴァリエールよ」
その応えは、『雪風』の予想した最悪の答えだった。
彼女こそは『虚無』の血統。あらゆるメイジの頂点に立つ、究極の魔法使いの一族。
「…そっか。じゃあ降参するわ」
「え?ちょっと早すぎないご主人っ?」
あまりにも早いギブアップに、一番驚いたのは『雪風』の使い魔だった。
しかし『雪風』は軽く肩をすくめると、手にした杖と、懐に忍ばせていた予備の杖も地面に放り出す。戦意はないとの意思表示である。
その態度に驚いたのは、『雪風』の使い魔だけではなかった。
対峙していたマナも、驚いた顔で歩みを止める。
「…随分、諦めがいいのね?拍子抜けしちゃった」
言って背負っていた鞘を手にして、手にした大剣をそこに収める。
その際に、掲げられていた大剣がぼやいた。
「…なんでえなんでえ。キバって出てきたのに俺っち出番なしかよ」
『雪風』はその剣の名前と特性も熟知していた。
マナの掲げていた大剣の名はデルフリンガー。吸魔の力を持つインテリジェンス・ソード。
虚無の魔法だけでなく、この剣まで使われたとあっては、メイジである自分には万に一つも勝ち目はない。
『雪風』は軽く自虐的に笑うと、マナに言った。
「吸魔の剣もった『虚無』に喧嘩売るほど間抜けじゃないつもりよ。
それに、喧嘩しにきたわけじゃないし。さっきの魔法も、『イリュージョン』かどうか確かめるつもりの魔法だし」
『雪風』の言葉に、ふーんそうなんだ、ととりあえず納得するマナ。
そして、当然の疑問を彼女にぶつける。
「で、あなた名前は?」
『雪風』は応えた。
人前では全く名乗らない、その名前を。
「マリーウェザー。
マリーウェザー・ヒラガ・オルレアン。マリーでいいわよ。
で。
たぶん、あなたの腹違いの姉妹だと思うよ」
それを聞いたマナの目が、点になった。
二人の王女は、切り立った岩山の前にいた。
二人は、ある情報を元に、第三王女がこの近辺にいるとアタリをつけていた。
この岩山には。
ぱっと見はわからないが、『虚無』の幻術によって巧みに隠された、『虚無』の屋敷があるという。
現存する魔王とも言われる『虚無』に喧嘩を売る馬鹿はほとんどいないせいか、『虚無』が住み着いてからこの岩山に近寄るものはいない。
何故、第三王女はそんな場所に向かったのか。
理由はカンタンである。
そこに、彼女らの父親がいるからである。
彼女達ガリアの三王女は、父親の顔を知らない。
ただ、母から彼女らの父親は素晴らしい人で、母を助け、世界を救い、そして愛し合った人物だという。
それが今回の第三皇女失踪の引き金となったのは火を見るより明らかだった。
そして、この二人も。
失踪した第三皇女を捜しにいくというのは建前で、結局はこの二人も父親に会いたいのである。
二人は緊張した面持ちで、岩山を見上げる。
「さ、さて。いよいよね」
「…どうしましょう。緊張してきました」
二人は、まだ見ぬ瞼の父に憧れを抱いていた。
物心付いた頃から美化された物語をさんざん聞かされていれば当然だろう。
そして、二人は、『フライ』の詠唱に入る。
一息にこの山を越えようというのだ。
しかしその瞬間、二人の立つ場所を黒い影が覆う。何か大きな物体が上空を横切ったのだ。
二人は揃って空を見上げる。
そこに浮かんでいたのは、二人がいつか見た、純白の空中戦艦。
ガリア両用艦隊旗艦、『シャルル・オルレアン』。
彼女らの母親以外動かすことの適わない、ガリアの空の最強戦力である。
つまり。
ここに、母が、シャルロット一世が来ている、ということだ。
「…母様…来るんなら一緒に連れてきてくれてもいいのに…」
そう愚痴るフローラだったが。
女王には、彼女らを同道させたくない理由があった。
彼女らは間もなく、その理由を知ることになる。
一方その頃、岩山の中腹に建てられた屋敷の中。
その門扉を叩いた青い髪の少女は、客人扱いで、応接間に通されていた。
しかし流石に杖は取り上げられ、使い魔は屋敷の外で鎖に繋がれている。
だが、マリーウェザーはそんな事は微塵も気にせず、ソファーにかけて紅茶など飲みながら、目の前の異母妹と談笑していた。
「そっかあ。『虚無』も大変なのね」
「『虚無』が、っていうか、ママの躾けがねー。
あのひとミョーにプライドだけは高くってさ。ほんと、パパのいい加減さと足してちょうどいいカンジだって」
今は、出された紅茶を前に『虚無の担い手とはこうあれ』と口うるさい母親の話題で盛り上がっている。
最初は異母姉妹という事に驚いていたマナだったが、そういえば乳母のシエスタの息子も腹違いの兄弟だし、他にいてもおかしくないか、などと思い直した。
ママとデルフリンガー曰く、パパは『ハルケギニア始まって以来の節操ナシ』らしいし。
ある程度事情を飲み込んだマナは、弟のショウに、マリーウェザーが逢いにきたという、件の節操ナシを呼びに行かせていた。
今その節操ナシは、裏庭で薪割りをしているはずだった。
そして、二人の話題がお互いの母親から、父の話に移ろうとしたとき。
廊下から、人の足音が聞こえた。
それも、普通に歩く足音ではない。酷く慌てた様子の駆け足だ。
それはすぐに応接間の前で停まると、扉が乱暴に開かれた。
「マナっ!すぐ出る準備をしなさい!ここは間もなく戦場になるっ!」
慌てた顔で部屋の扉を乱暴に開け放った冴えない黒髪の中年の男は。
平賀才人。
二人の父親にして、伝説の使い魔『ガンダールヴ』。
『最強の種馬』『究極の節操ナシ』『フラグ回収率100%男』などなど不名誉な肩書きも数多持つ。
そして現れた才人は、酷く慌てていた。
普段何事にも動じない父が、ここまで慌てるのは、母の逆鱗に触れたときくらいだ。
…なら大したことじゃないのかも。
「…ん?誰だその子」
慌てていた才人だったが、さすがに自分の娘の前に似たような年恰好の女の子が座っていれば気になる。
視線を受けたマリーウェザーはソファーから立ち、略式の礼をする。
「初めまして、お父様。
マリーウェザー・ヒラガ・オルレアンです」
その名前を聞いた才人の脳裏に、かつて愛し合った、青い髪の少女の面影が浮かび上がる。
それは目の前の少女とダブり、彼女がタバサと自分の間に出来た娘だと才人に認識させた。
そして才人は思いつく。
彼女なら、この状況を何とかできるかもしれないと。
「…!?ってことは!ちょっとマリーウェザー、一緒に来てくれ!」
挨拶もそこそこに、才人はマリーウェザーの手を取り、駆け出す。
「え?え?え?」
状況が理解できず、マリーウェザーは才人に引きずられるように、部屋から出て行ってしまう。
「…いってらっしゃーい…」
応接間に残されたのは、飲みかけの紅茶と、マナだけだった。
中庭では、信じられない光景が繰り広げられていた。
「ちょっとアンタ!わざわざ軍艦で乗りつけるなんていい度胸してんじゃない!」
「…私は、自分の夫を取り戻しに来ただけ。邪魔しないで」
「だーーれーーがーー!誰の夫だってえのよー!」
ぼかぁん!どっこぉん!
言葉と同時に漏れる魔力が、あっちこっちで爆発を起こす。
すでに原型を留めていない中庭では、二人の魔女が戦っていた。
一人は伝説の『虚無の担い手』ルイズ・フランソワーズ・ヒラガ・ド・ラ・ヴァリエール。
才人の妻にして主人、二人の子供をもうけていまだなお胸のないのが玉に瑕。
スレンダーなボディを白いブラウスと濃紺のスカートに身を包み、空中を飛び回りながら遠慮会釈なく小型の『エクスプロージョン』をぶっぱなす。
その周囲を舞っている宝石は四つのルビー。かつて各王家に伝わっていた、四大元素を象徴するルビーが、彼女に無尽蔵の魔力を与えていた。
もう一人はガリアの女王。『鋼鉄の魔女』『吹雪の女帝』シャルロット・エレーヌ・オルレアン・ヒラガ一世。
公式では未婚の彼女が『ヒラガ』を冠しているのは、自分が彼の妻だと主張するため。
自らの力で王と成った彼女には、トリステイン女王のような、ややこしいしがらみなどなかった。
夫を取り戻さんとする強い意志の宿る瞳は眼鏡の下。青く長く美しい真っ直ぐな髪を靡かせ、空を舞う。
三つ子を産んでなおボディーラインの崩れなかった、メリハリの利いたその肢体を覆うのは、薄手の鋼板で作られた、一見華奢な鎧。
それは、ヨルムンガントの技術を応用して作られた、魔法の鎧。まだガリア王家直轄親衛隊にしか配備されていないそれは、名を魔道外装と言った。
一切の魔法を弾き、装着者の魔力を増幅する力を持つ。一般兵が着ても、一人でベテランの中隊の相手が出来るといわれているそれを、ガリア最強のメイジである女王が着ていた。
その状態の女王をもってして、虚無の担い手は対等にやりあっていた。。
「な、なんとか二人を収めらんないかなっ!?」
ぽんぽん飛び交う魔力を避けながら、才人は中庭への入り口でマリーウェザーにそう尋ねる。
しかし。
マリーウェザーは首を振る。
「ムリだよー。魔道外装まで持ち出してるってことは母様本気だもん。
父様が出てかないとダメだってー」
肩をすくめてそう言うマリーウェザー。
そこへ。
「あ、いた!ちょっとマリーあなたどこ行ってたの!」
「あらあらまあまあ。こんなところにいたんですのね」
二人の、青い髪の少女がやってきた。
フローラ王女とフィオナ王女。
二人は、『シャルル・オルレアン』を追って、ここへやってきた。
すると、甲板から、魔道外装を纏った母が、出撃するのが見えた。
そして、女王の急襲した屋敷に侵入すると、この有様である。
物陰で様子を見ていると、そこへ、どこかで見た顔が冴えない中年に連れられ、やってきた。
そして、マリーウェザーは当然のごとく、二人に父を紹介する。
「あ、久しぶりフローラ姉、フィオ姉。
ちょーどよかった。紹介するね。
この人、うちらの父様。サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガだよ」
二人の目が点になる。
次いで、フローラが無言で才人を指差す。『これが?』という意思表示だ。
マリーウェザーもまた無言で、首を縦に振る。
二人の中で、『強くて優しくてカッコイイ、絶世の美中年にして伝説の勇者・サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ』像が、音を立てて崩れ去った。
…わかる。分かるよそのキモチ。でも現実ってこんなもんなのよね。
凍りつく姉達を見て、マリーウェザーはそう思った。
そして凍りつく二人に、才人は懇願した。
「そ、そうか!君らもシャルロットの娘か!
なんとか上手いことシャルロット止めらんない?」
あまりにも情けないその態度に、二人は呆れた。
そして。
「初めましてお父様。女王シャルロットが一子、フローラ・ヒラガ・オルレアンにございます」
「同じく、フィオナ・ヒラガ・オルレアンですわ、お父様」
正式な礼をそろって綺麗に決めて。
どう返したもんかともごもごしている才人の両脇に立つと。
「ど、どうしたのかな?二人とも?」
何か嫌な予感がした。
しかし、才人は逃げられない。何故だか体が動かない。
彼の本能は悟ったのだ。
…きっと、これがたぶん、最も早く場を収める方法なんだと。
二人は才人の両腕をがっしりと抱え込むと。
「とりあえず、自分のヤったことの責任は」
「きっちりとってきましょうね?お父様?」
すたすたと才人の両脇を固めたまま、二人は魔法の飛び交う中庭に出る。
才人は抵抗しない。いや、抵抗できない。しちゃいけない気がしたから。
その後に、マリーウェザーも続く。
二人は魔法合戦を繰り広げる二人の魔女の中間地点に目を付ける。
そして、才人の両脇を抱えたまま、マリーウェザーに目配せする。
いつの間にか杖を手にしていたマリーウェザーは、唱えていた『エア・ハンマー』を開放する。
それは才人を遠慮なくふっとばし、二人の魔女の放つ魔法の中間地点に放り出す。
どっこぉん!
魔法の直撃を喰らい、才人はボロ雑巾のように宙を舞う。
「ちょ、あなたっ?」
「さ、サイトっ?」
二人の魔女は慌てて魔法合戦を止め、魔法を受け止めてボロボロになった才人の介抱に向かう。
なにはともあれ、屋敷が吹き飛ぶ前に、魔女たちの戦いは幕引きとなったのである。
結局この後、治療と称してシャルロットが才人をガリアに連れて行き、それに便乗する形でラ・ヴァリエールの平賀一家も着いてきた。
そしてガリア王都で、才人を巡っての女の戦いが始まってしまう。
それに呆れた子供たちは、各地に散っているという平賀の血統を捜す旅に出るのだが───。
その旅がまさか、ハルケギニア統一国家を生み出す第一歩になるなんてことは───。
今のところ、可能性の一つでしかない。〜fin