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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:49 (5646d)

せかんど・バージン1話.『愛は暗闇の中で』(5)  ぎふと

 

 トリステインの長い夜がふけていく……。
 双月が輝くその下に、濃い闇に包まれた場所がある。
 魔法学院の寮塔の一室。ルイズ・フランソワーズがその使い魔と暮らす部屋である。
「あの……あのね、サイト……」
 目をそらしながら、おずおずとルイズが尋ねた。
「その……もういい?」
 ごめん、才人は慌てて手をひっこめた。
 またやってしまった。ルイズに必要以上に恥ずかしい思いをさせてしまった。
 浮かれ気味だった自分を反省する。
 大仕事をやりとげた安心感から、またしても気遣うのをおろそかにしてしまったのだ。
(ダメだな俺。もっと気をつけてやらないと。ルイズは女の子だもんな)
 そんな才人の前で、ルイズは素早く身を引くと、くるりと後ろを向いてしまった。
 その後ろ姿はどこか儚く頼りなげにもみえる。
(やっぱりショックだったんだろうな、少しそっとしといてやるか)
 そう才人は考えた。

+ + +

 そのルイズは、……確かにショックで打ち震えていた。
 ただし才人が想像しているような意味ではない。
 その心の声を聞いたら逆に才人の方がショックのあまり寝込んでしまったことだろう。
 ルイズは拳をわななかせて、心の声で叫んでいた。
(ななな、なんなの今のは! あの気持ち悪い物体は何っ!?)
 動いてたわ、ぴくぴくって……。
 しかもでこぼこしてて、生暖かくて、ねっとりした妙な手触りで。
 まるでどこぞの不気味なモンスターじゃない。
 信じられない、あんなものがサイトの体の一部だなんて。
 ありえない、ぜったいに認めない、認めるもんですか!
 最初こそ茫然自失なルイズだったが、才人の冗談まじりの軽口を聞くうちに、だんだんと理性が戻ってきたのである。
 そしてそのテンションの針は、一気に180度反対側に振り切れた。
(他にもなんか言ってたわ。入れるとかなんとか……)
 入れる? どこに? どうやって?
 というかあんな物を私の体に入れるとかいうわけ? 冗談じゃないわ!
 そこまで考えてから、ふと思い出した。
 才人が夢中になって自分を押し倒していた時のことを。
(そういえば、こいつってば、私に蹴られたときずいぶん不満そうな声してたわね)
 いま思えば、どこか傷ついているようでもあった。
 押し倒されたことは幾度かあれど、そのたびに抵抗をみせてきたけれど、あんな反応を返されたのは初めてだった。
 おかげでルイズは、柄にもなくうろたえてしまったのだ。
(そんなにあれを入れたかったのかしら?)
 ルイズは思った。でもどうして? 赤ちゃんを欲しがっているとは思えない。冷静になればわかる。
 だとすれば、その行為はきっと、才人にとってとんでもなく気持ちいいことなのだろう。
 おそらくキスよりも胸を触るよりも他のどんなことよりも、その行為は才人にとって一番なのに違いない。
 そこでルイズはにやっと笑みを浮かべた。
(そう……そうなのね。つまり胸よりそっちのが上ってことよね?)
 才人が望むことならできるだけ叶えてあげたい、そんな麗しい気持ちもあるにはあったが、ルイズにとってさらに重要なのは、それが胸より格上だということだった。
 邪悪な蛇のようにいつまでも才人を縛り続ける『胸』という呪われた存在……。
 それに打ち勝つ魔法の呪文をみつけたような気がした。
 恐れとプライドとを天秤にかけた結果、答えはすぐにでた。
 ごくりと唾を飲む。
(簡単なことだわ。一言でいいのよ、ルイズ・フランソワーズ)
 許すとただ一言だけ。その呪文を囁きさえすれば、才人のすべてが手に入るのだ。
 それは甘美な誘惑だった。
 ゆるゆると口を開きかけたその瞬間、映像が浮かんだ。
 才人が自分に対した、恥ずかしい振る舞いが思い出された。
 かあっと顔が熱くなった。
 ダメよダメ! あんなことやっぱり無理よ許せない!
 頭をふったが、映像は消えてくれない。
 恥ずかしさのあまり思い余って、ルイズは、
「バカバカバカバカ、バカ犬〜」
 叫びながら、ポカポカと才人の胸を殴りつけた。

+ + +

 唐突なルイズの行動に、なんだいきなり? と才人は呆気にとられた。
「嫌いきらい大キラいっ! エロ犬なんてやっぱり嫌いなんだから〜!」
 ルイズはなおも殴り続ける。
 嫌い、いきなりそう言われたので才人は一瞬ひるんだ。
 しかしすぐに気づいた。それほど痛くない。本気で殴られてるわけじゃない。
 思わず笑みが浮かぶ。
 なんだ、こいつ照れてるだけじゃん。
 その姿はまるで、思い通りにならずに暴れている駄々っ子そのままだ。
 見ているうちになんだか可愛いな〜と思ってしまった。そう思ったらたまらなくなった。
「ル〜イズぅ〜〜〜」
 ぎゅうっと抱きしめた。柔らかで甘い香りのするブロンドの髪をなでなでして、頬をすりつける。
 ああ、お前ってば、なんて可愛いんだ。
 そうしてるとほんとただの子供みたいじゃないか。
 ……子供? 才人はその単語に首を傾げた。あれ、俺ってそういう趣味だったのかな? それって、ロリコンとか妹属性とかいうやつ?
 そういえば、タバサにも変な気持ちになりかけたもんな。
 ルイズのいうとおり変態なのかな、俺……。
 うーん、と悩んだものの、もとが楽天家の才人は深く考えることをすぐやめた。
 いいやそれでも。ルイズ可愛いし。
「ルイズルイズル〜イズ〜〜〜」
 すりすりすり。
「ちょ、ちょっとサイト」
 我に返ったルイズは、殴る手をとめて、両手で才人を押しのけようとした。
「私まだ……」
「しないしない。大丈夫。心配すんなって。約束したもんな。うん」
 歌うような調子で言いながら、才人は抱きしめる手を強めていく。
 ルイズの抵抗にも関わらず、少しずつ体の距離が近づいていった。もう少しで素肌が触れそうだってぐらいに近づいた。そして……。
 ぴょこんと立ち上がっていた物がルイズを掠めた。
(や……やだ……)
 ルイズは顔を赤らめた。
 どうやらその物体は、ルイズの下腹の辺りを仮の住みかと決めたようだ。
 ルイズはもじもじと体をくねらせた。
(もう……、なんとかならないかしら、これ)
 気づくと才人のルイズを見つめる眼差しが変わっていた。
 妙な熱っぽさを含んだ声で囁きかけてきた。
「……ルイズ、あのさ。キスしてもいい?」
 まずい、ルイズは思った。この声にルイズはどうにも弱いのだった。
 この展開でなんど理性を手放してしまったことか。
 これまで何ごともなく済んだのは、単に運がよかったからだ。
 それに何も知らなかったから。もし才人が本当は何を望んでいるかを知っていたら、許してもいいなんてバカなこと考えたりはしなかったのに……。
「だ、だめよ。待つって言ったじゃない」
「入れないよ。ちゃんと我慢する。キスだけだから」
 わずかに荒くなった息とともに、せかすように才人が言う。
 ためらう気持ちは3秒と持たなかった。
 キス、だけだからね?
 それ以外はぜったいぜったいゆるさないんだから……。
 ルイズは自分から顔を上げて、目をつむった。

+ + +

 少しのあいだ、二人の唇が作りだす濡れた音が部屋に響いた。
 しばらくして才人が口を開いた。
「……なあ、ルイズ。灯りつけられないかな?」
 あいかわらず部屋はまっ暗なままだ。いつもは明るい月の光が差し込む窓も今夜に限っては暗幕のような黒々とした布に覆われてしまっている。
 好きな女の子の裸はもちろん魅力的だ。耐え難い誘惑だ。
 けれどその月明かりの下で、ルイズの姿がさらに神秘的に美しく映ることも才人はよく知っていた。その姿を目にするだけで、どういうわけか才人の胸はいつもきゅっとしめつけられたようになるのだった。
「それは、嫌……」
 ルイズはちらりと自分の体を見下ろした。
 いつもの平原が目に入る。ぎゅっと唇を噛んだ。これだけは見られるわけにはいかない。
 才人がなんと言おうとも、それだけはできなかった。
 今だって胸のことを考えただけで、体が強張ってしまうぐらいだ。
 そうか、と才人はあっさり引き下がると、今度はルイズの耳に舌を絡めはじめた。
「……大好き」
 囁きながら、やんわりと耳たぶを噛む。
 あ、それ気持ちいい……。体が熱い。とけてしまいそうだ。
 ルイズは胸のことを忘れて、その気持ちよさに意識をゆだねた。
 才人の体に腕を回してしがみついた。
 ぬるま湯につかっているように、ぼんやりと頭の奥にもやがかかっていく。
 ふう、という切なげなため息がどこか遠くに聞こえた。誰のものだろう。それとも私のかしら……。
 唇が首筋をとおって、ふたたびルイズのそれへと戻ってきた。甘いため息ごと飲み込むように、深く口づけられる。
 びくっとルイズの体が震えた。何か異質なものが足の合間に差し込まれたからだ。
 それが何かをルイズは瞬時に察した。
「……だめ、だめよ」
「ごめん」
 謝りながらもやめる気配がない。それどころか、
「入れないからさ……しばらくこうさせて。お願いルイズ」
 こんなことを言う。なによ、バカ犬。調子にのって。
 腕を振り上げようとしたが、才人はふたたび唇を塞いできた。熱い舌がそれに続く。
 たちまちルイズの体からは力が抜けてしまった。
 いちいち拒むほどのことではない、そう思わされてしまった。
 太ももの間でうごめくそれを、必死にルイズは考えないようにした。
 体が妙に熱い。
 どこか奥の方から甘い痺れが生まれて、じわりと全身を包み込んでいく。
 それとともにどういうわけか、才人に対して深い愛おしさを感じてしまった。もう好きで好きでたまらなくなった。
 そして……、それを才人に伝えたくなった。
 どうしよう。この感じ、覚えがある。
 そうだ、まちがって媚薬を飲んでしまった時の。
 自分が自分でなくなるような感じ。
 才人のことが大好きで仕方なくて。
 少しでも離れるとどうしようもなく切なくて。悲しい気持ちになって……。
「ね、サイト……あのね」
 ルイズの口から声がこぼれた。
 もう言ってしまおう……。告げてしまおう。そう思った。
 とても幸せな気持ちだった。

+ + +

 ためらいながら才人は手を伸ばした。
 ルイズの胸の辺りだ。……緊張のあまり息が苦しくなる。
 肝心な場所をわずかに避けるようにして、触れるか触れないかぐらいにそっと手をのせた。
 少しでも嫌がる様子を見せたらすぐにやめよう。そう思っていた。
 そんな素振りはなかった。
 繰り返される口づけに酔ったように、ルイズはただ甘いため息をもらしている。
 勇気を出してもう少しだけ、手のひらに力をこめた。
 その時。ルイズが口を開いた。
「ね、サイト……あのね」
 とろかされそうに甘い声だった。
 ふと記憶が蘇る……。
 ずっと前、ルイズが媚薬を飲んでしまったことがあった。あれは本当にひどい騒ぎだった。でも……。
(あの時のルイズは可愛かったよな。子供みたいに素直で泣き虫で……)
 何度も自分のことを好きと言ってくれた。
 少しのあいだも離れてくれなくて、ずっと自分にしがみついていたっけ。
 今のルイズの声はあの時にちょっと似ている。そんな気がする。
「あのね、私ね……」
 才人の胸がとくんと鳴った。予感に震えた。ルイズは何を言おうとしているのだろう?
「私……サイトのこと……」
 勇気付けるように、才人はルイズの頬に口づけた。そしてぎょっとした。
「ルイズ、お前……」
 声が震えた。ルイズは自分で気づいているのだろうか?
「……お前、泣いてんの?」


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