33-197
Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:59 (5645d)

青春時代D〜  ツンデレ王子

 

 空が赤く染まり二つの月がおぼろげに姿を表した頃、街の喧騒に背を向け
て馬車へと歩いていた。
 そこへ、一台の馬車がとてつもない勢い良く駆けて来る。
 停まる気配は無い。

「危ねえ!」

 もう少しで轢かれそうになったアンリエッタを抱き寄せて庇うが、バランスを
崩して倒れてしまう。そのまま傍らの草むらへ転がり込み、木に激しくぶつか
ってしまった。
 やはり心配で隠れて見守っていたのだろう、アニエスとマザリーニが彼等に
駆け寄って様子を見る。大きな怪我は無い様だが、打ち所が悪かったのか気
を失ってる様である。
 下になっていたサイトの身体からアンリエッタの身体を引き離すと、アニエス
はパンパンと往復で彼の頬を叩いた。

「大丈夫かサイト、しっかりしろ」
「陛下、お怪我は御座いませんか」

 マザリーニもアンリエッタの身体を揺さぶり声を掛ける。

「ちょっとアニエス、痛いです」
「ってぇ…危ねぇな、あの馬車!ちゃんと見ろっての」

 それほど時間を置かず、2人は目を覚ました。
 先ずはサイトが気付き、頬を叩いたアニエスに不満を漏らす。
 次いでアンリエッタが、後頭部を押さえながら立ち上がった。

「サイト?」
「陛下?」

 枢機卿と銃士隊隊長は、きょとんとして2人を見詰める。
 その視線に違和感を感じたのか、お互いに顔を見合わせ――

「サイト殿!」
「ひ、姫さま!」

 お互いの顔を指差して仰天の声を上げるのだった。

 王宮へと帰る馬車の中、サイトは呆然としていた。

(何でこんな事に…)

 先程の暴走馬車を避けたまでは良かった。
 ところがその際、頭をぶつけた拍子に互いの頭もゴッツンコしてしまい……
どうやらそれが原因となりサイトとアンリエッタの精神が入れ替わってしまった
らしい。

「シュヴァリエ、この事は内密にな」

 マザリーニは真剣な顔でサイトの目を見て言い含めようとするが、どうも上手
くいかない。それもそのはず、何と言っても見た目はアンリエッタなのだから。
 マザリーニとアニエスは初め狐につままれたようになっていたが、アンリエッ
タの口から発せられる言葉はサイトのものであり、サイトの口調もアンリエッタ
のものであった為に納得せざるを得なかったのだ。
 しかし、これは彼等の事を良く知る枢機卿と銃士隊隊長だからこそである。
よって王宮内でもこの事に対しては機密扱いとなり、サイトが学院に戻る事も
許されなかった。

「あの、マザリーニさん。俺は一体どうすれば…」
「暫くは王宮に居てもらう」
「それは良いんですけど、俺ルイズに黙って出てきてるし、それに姫さまの
 仕事とかは…」
「勿論ミス・ヴァリエールにも話してはならぬ。例え彼女が陛下の女官であると
 は言え、余計な混乱を招きかねんからな。執務については後ほど言い渡す」
「はあ…」

 力無く頷き溜息を漏らすサイト。

(ルイズ、心配してるだろうな)

 馬車の中でその様な会話がなされている時、アンリエッタはサイトが乗って
来た馬に乗り彼等の後を走っていた。例え変装しているとは言え、女王を単
身馬に乗せれるはずも無い。
 また世間体というものが有るのだ。例え中身が違うとは言え。
 マザリーニは仕方無しに、そうアンリエッタに伝えた。
 ところが、これは彼女にとってみては願ってもないチャンスであった。
 自分の立場を理解しているとは言え、彼女とてサイトと同い年。冒険に憧れ
もすれば、学校に通い友人に囲まれる生活に夢を見るのも当然の事なのだ。
 幼少の頃より多くのことを叩き込まれ、単独で馬に乗る事くらいわけは無い。
 だが、学校となればそうは言ってはいられない。出来ることなら、このまま
入れ替わって学院生活を送ってみたいと思いはする物の、やはり混乱を招く
であろう事は容易に想像が付いたからだ。

(サイト殿、ご迷惑をお掛けします)

 馬車へと顔を向け沈痛な面持ちで視線を投げるも、どうしても頬が緩んでし
まうのを押さえ切れていない。
 彼女にはもう一つ、嬉しい理由が有った。
 それは、サイトと生活を共に出来る事。
 シュヴァリエの爵位を与え、近衛隊服隊長の立場を与えたものの、やはりサ
イトはルイズの使い魔。任務が終わると学院の彼女の下へと帰って行くし、
任務が無いときには自分の下へ来る事も無い。
 とんだアクシデントではあるが、お陰で暫くはサイトと一緒である。ルイズに
は悪いが、ここはこの降って湧いた幸運に感謝しよう。心の中で始祖ブリミル
に祈りを捧げながら、アンリエッタはそんな風に考えていた。

 そんな2人の心のうちを知ってか知らずか、二つの月は輝きを増して行くの
だった。

 

 水精霊騎士団のたまり場となっている零戦の格納庫。
 そこに桃色の髪をした少女が現れた。

「ルイズ、どうしたんだい?」

 やってくるなり隊員たちに声もかけず、格納庫のあちこちを見て回っている。
彼女の纏うオーラに多少怯えつつも、不審な動きを見せるルイズに対して隊
長であるギーシュが声を掛ける。

「サイトはどこ?」
「一緒じゃなかったのか?」

 彼と酒を交わしていたレイナールが、何を言ってるんだと言う表情で彼女に
尋ね返す。
 ところがルイズは、そんな彼の言葉に応えもせずにジロリと睨みつけると、
同じ質問を繰り返した。

「し、知らないよ」
「嘘じゃ無いでしょね」
「本当だって!朝から見てないんだ」

 そこに別の誰かが口を挟んだ。

「ああ、サイトなら今朝早く馬に乗って出て行くのを見たよ」

 声のした方へ顔を向け、どこに行ったの?と低い声で尋ねる。

「さあ…」
「どこに行ったのよ!教えなさいよ!」

 まるでゴーレムが歩いているのかと思わせるようなドスドスと大きな音を立
てて彼の前まで歩いて行くと、噛み付かんばかりに食って掛かる。

「知らないよ、そこまでは」

 彼が嘘を吐いている様には見えない。
 これ以上ここでは情報を得られないと判断したのか、来るとき同様に肩を
怒らせながら出て行った。

 次いでルイズがやってきたのは、厨房。
 サイト付きのメイドとなってからも頻繁に厨房の手伝いをしているシエスタを
訪ねて来たのである。
 夕食が終わった後で、コックやメイドたちは片付けの真っ最中。そんな中、

「おい、シエスタ。後は俺たちで大丈夫だ、我らが剣のとこに戻ってやんな」

 漸く目処が立ったのか、マルトーに許しを貰って寮へ戻ろうと出てきたところ
を捕まえる。

「あら、ミス・ヴァリエール。こんなところで如何したんですか?」
「シエスタ、あんたサイトがどこ行ったか知らない?」

 ルイズの声音にただならぬ物を感じ取った彼女は、恐る恐る聞き返した。

「いえ…サイトさんがどうかされたんですか?」
「居ないのよ」
「えっ?」
「騎士隊の連中は朝出かけるのを見たって言うのよ。
 あんた、本当に知らないの?」

 シエスタの胸ぐらを掴んで揺さぶりながら声を荒げるルイズ。
 首から上をかくんかくんさせつつも、シエスタははっきりと答えた。

「だから知りませんって!わたしだって朝から会ってないんですから」

 そこで、はっと思い出した。今朝いつもより早くシエスタに起こされたのを。
 その時彼女は何やら焦ってはいなかっただろうか。眠くておざなりにしか対
応しなかったが、確かサイトがどうとか…

「そう言えばあんた、朝に何か言ってたわね」
「何をですか?」
「言ってたじゃないのよ、サイトがどうしたとか」
「ですから、サイトさんが居ないって…」

 なんでもっと早く言わないのよ!と、ルイズはまたもや彼女を揺さぶりめちゃ
くちゃな事を言い出した。

「言いましたよ。そしたらミス・ヴァリエールが仰ったんじゃありませんか、
 『トイレにでも行ってるんでしょ、放っときなさい』って」

 いつも通りに起き出したシエスタは、本来ならまだ寝息を立てているサイト
が居ないとルイズを起こしたのだ。ところが、その時間というのが普段起きる
よりもかなり早い時間だった為、ルイズは彼女の話を半分寝ている状態で聞
いたのである。
 また、この日は厨房が何やら忙しいとの事で、朝からシエスタが手伝いに
借り出される事になっていた。サイトが居ないが為に寝過ごしたルイズは授
業に遅れそうになり、慌てて部屋を飛び出して行ったのだ。
 結果、サイトの不在を知ったのは授業が終わってからとなったのである。

「…疑って悪かったわ」

 漸くシエスタを解放すると、彼女に背を向けて歩き出すルイズ。未だに不機
嫌を態度にありありと表して去って行こうとする彼女を追いかけ、シエスタは
隣に並んだ。
 まったくご主人さまを放ってほっつき歩くなんて何考えてんのかしら、あの犬
ってば。と、ぶつぶつと小さく、それでいてドスの利いた声でぼやくルイズ。
 彼女の横で苦笑を漏らすと同時に、戻ってきたら十中八九お仕置きを受け
る事となるであろう主の無事を祈るシエスタ。
 それぞれ違う思いを抱きながら、2人は肩を並べて寮へと戻って行った。

 翌日、食堂に現れたルイズは目の下に隈を作っていた。
 昨晩あれからサイトの帰りを待っていたのだが、1時間経っても2時間経っ
ても帰ってくる気配が無い。帰ってきたら直ぐにお仕置きを出来るように、そう
言って先にシエスタを休ませ、自分は起きて待っていた。ところが、結局サイ
トは帰ってこず、そのまま朝まで起きていたのだ。
 帰って来ない彼を心配してか、ルイズは朝食の時間になっても部屋から出よ
うとはしなかったのだが、シエスタが彼女を気遣い無理やりに送り出したので
ある。
 心ここに在らず、そんな感じで席に着いたルイズに追い討ちを掛ける様に、
意外な言葉が襲い掛かった。

「ルイズ!あなたサイトに棄てられたんですって?」

 モンモランシーを始めとする数人の生徒が彼女を取り囲み、口々に聞いて
来るではないか。

「なっ…!」

 何を言い出すのよ、そう言い掛けたが上手く言葉にならない。
 そんなルイズを放って、周囲は口々に騒ぎ出す。その中にはルイズを気遣う
者も居れば、サイトの肩を持つ者、果てには自分の兄妹や親戚を紹介すると
言い出す者まで出てくる始末。

「あああ、あんたたち何を言ってるのよ!わ、わたしが棄てられたですって?
 そんな事あるわけ無いじゃない!わたし“が”棄てるならともかく、な、なん
 であいつ“に”棄てられなくちゃなんないわけ?だ、だいたいサイトは単なる
 使い魔であって、棄てるとかそんなんじゃないんだから!」

 一気にまくし立てるルイズ。
 始めは蒼かった彼女の顔色も、赤くになっている。

「じゃあ、彼の姿が昨日から見えないのはどうしてなの?」
「う…」

 取り巻きの誰かに聞かれ言葉に窮してしまう。

「きゅ…休暇、そう、休暇ををあげたのよ。あ、あいつは別にメイジじゃないん
 だし、この学院に四六時中居る必要も無いわけじゃない?そ、それに、たま
 にはあんなのでも休みをあげないとかわいそうだから。だ、だから、今頃街
 に居るんじゃないかしら?昨日は時間を忘れて遊びすぎて、それで遅くなっ
 ちゃって、きっと宿屋にでも泊まったのよ」
「サイト、やっぱり昨日は帰って来なかったんだ」

 我ながら上手い言い訳だわ、と思っていると、そこに赤い髪と豊満な胸を揺
らしながらキュルケが声を挟んできた。相変わらず、これ見よがしにシャツの
ボタンを開けて谷間を晒している。

「な、何よあんた、やっぱりってどう言う事よ!」
「別に。ただ昨日、サイトを見かけただけの話よ」
「み、見かけたってどこで?」

 ガタンと椅子を倒して立ち上がると、ルイズは掴みかからんばかりにキュル
ケに迫る。

「どこでって…あなた自分で言ったじゃない、街に居るんじゃないかしらって」
「そ、そうだけど…そ、それはともかく、あんたは街で見かけたのね?」
「ええ、そうよ」

 肯定の言葉を得られ、ほっとするルイズ。
 同時に先ほど彼女が言った言葉が気に掛かってしまう。

「キュルケ、やっぱりってどう言う事?」

 一瞬の逡巡の後、話し出した。
 昨日の帰りに見かけた、デートしていたらしいと言う事を。

「デ、デデ、デートですって〜〜〜〜」
「ええ、可愛い娘だったわよ。ほら、前にモンモランシーが教室に着て来て凄
 い騒ぎになった服、あったじゃない?彼女、それを着てたわね」

 言わなくても良い事まで言ってしまう。
 前に、モンモランシーが、着て来て、騒ぎになった、服、と自分に言い聞か
せる様に一言一言を区切って喋るルイズ。
 彼女の背後に何やら黒いオーラを感じて、キュルケはビクッと後退る。

「くけ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 聞いた者を凍りつかせるような奇声を発しながら飛び出していくルイズ。モ
ンモランシーが制止の声を掛けようとした時には、既に彼女の姿は食堂から
見えなくなっていた。

 

URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White
トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:59 (5645d)

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル