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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:55:04 (5645d)

モルスァ  205

 

 やっちまった、と才人は思った。
 目の前のイスに反対向きに腰かけ、こちらに背を向けているルイズの体が小刻みにプルプルと震えている。
 これは間違いなく怒っているぞ、と、内心震えながら後悔する。
(なんで俺はあんなことをしちまったんだ)
 答えはルイズが可愛かったからである。今あのときのルイズを思い出してみても、やっぱり可愛い。
 だから仕方がなかったんだ、という言い訳は、しかし目の前で怒りに震える背中には通用しそうにない。
 だがそれでも、才人は断言する。もう一度同じ場面に出くわしても、自分は間違いなく同じことをするだろう、と。
 その日、授業を終えて部屋に帰ってきたルイズは上機嫌だった。
 先週行われた試験の結果が返ってきたのだが、その結果が彼女のクラスの中で一番だったのだ。
 たまたま筆記中心で、実技試験がほぼ皆無の構成だったおかげもあったが、ともかく凄いことだ。
 コルベールもやはり上機嫌で、皆の前で彼女の努力を誉めたたえた。
 普段馬鹿にされてばかりのルイズだから、それはもう嬉しかったのだろう。
「ま、わたしの才覚を以ってすれば当然の結果だけどね?」
 だのと才人には素っ気ない口調で言いつつ、その口元は返ってきた答案を眺めて緩みっぱなしであった。
 実技が壊滅的な分筆記試験でカバーするのが彼女のスタンスであり、そのために凄まじい努力を重ねていたのを、才人は知っている。
 寝る間も惜しんで深夜まで机に向かう彼女の姿に、健康を損ねないかと心配になったものである。
 そういった努力を知っているだけに、このときばかりは才人も珍しく、ルイズの自賛に賛同することができた。
「いや、確かにすげーよお前。お前のクラスにゃタバサもいるのに、それで一位取ってんだもんな」
「そうでしょそうでしょ、あの子よりわたしの方が素晴らしいでしょ」
 椅子に座ったルイズ、とうとう喜びを隠すことなく笑顔全開である。
 実に貴重なものを見た、と感動に打ち震えるあまり、才人の舌もいつも以上に回りだす。
「ああ、今のお前は最高に輝いてるぜ! よっ、さすがヴァリエール家のご令嬢! ユーアーナンバーワン!」
「おほほほほ、いいわよいいわよ、もっとご主人様を誉めたたえなさいな子犬ちゃん!」
 普段褒められないためか、ルイズのテンションもウナギ上りである。完全に悦に入っている様子であった。
 いつも澄ましたりツンとしたりしている彼女の無防備な笑顔を見て、才人の喜びも爆発的に高まった。
 だから、つい手が伸びた。
「いやほんと」
 椅子に座って笑っているルイズの、小さな頭に向かって。
「よくやった、いい子いい子!」
 馬鹿笑いしながら、やや乱暴に撫で回してしまった。
 幸せ馬鹿主従タイム、終了であった。

(いやだって仕方ねえじゃん! なんか無邪気なお子様みたいな感じでつい撫でたくなっちまったんだもん!)
 だのと心の中で言い訳しても、もう遅い。
 撫でた途端に顔を真っ赤にしたルイズ、それきり何も言わずに才人に背を向けて、以降ずっと体を震わせ続けている。
(怒っていらっしゃる)
 才人は恐怖に慄いた。
 いくら幸せ絶頂だったルイズに対してとは言え、なんてバカなことをしてしまっただろう。
 プライドの塊みたいな彼女を、思いっきり子ども扱いしてしまった形である。
(畜生、せっかく珍しく喜びの感情を共有できてたってのに!)
 地団駄踏んで悔しがりたい気分だったが、そんなことしたらますます機嫌が悪化するに決まっている。
 そんなこんなでどうしたものかと迷っていると、突然ルイズが立ち上がった。
 怒りのエクスプロージョン発動か、と咄嗟に身構える才人の前で、しかし彼女は予想だにしない動きを見せる。
 なぜかこちらに背を向けたまま、不自然な横歩きでベッドのそばまで歩き、一言。
「寝る」
 とだけ言って、ベッドに潜り込んでしまったのだった。

 夜半を過ぎてもなお、ルイズは眠れずにいた。
 ころりと寝返りを打ってみると、幸せそうにいびきを掻いている才人の顔が、すぐ間近に見える。
(人の気も知らないで……!)
 ぎりぎりと歯ぎしりすると同時に、昼間のことが脳裏に浮かんできて、顔が熱くなってきた。
 意外に大きな才人の手の平、慈しみをもってこちらを見下ろす優しい瞳、そして穏やかな「いい子いい子」。
「モルスァーッ!」
 意味不明な奇声を上げながら、ルイズはベッドの上で転げまわる。勢いがつきすぎて才人の股間に足が直撃したが、いつものことなので気にしない。
(ひどいわ、あんまりだわ! サイトのくせにお父様みたいだなんて!)
 ルイズにとって、これは初めての経験である。
 父に頭をなでられたことがないわけではなかったが、「何か褒められることをした」結果として撫でられたのは、初めてだった。
 それがあれほど心地よいものだとは予想だにしなかったのである。今思い出しても胸がカッカしてくるほどだ。
 気恥ずかしさと混乱のあまり思わず体を背けてしまったあとも、ルイズはずっと葛藤していた。
 死ぬほど恥ずかしいけどもう一回撫でてほしい。
 正直な気持ちである。だがしかし、使い魔である才人を自分が撫でるならともかく、逆はどう考えてもおかしい。
 なによりそんなことを自分から頼むなど、自分が子供であると宣言するようなものだ。
 ルイズには絶対に出来ない芸当であった。
 そんなわけで、表情を悟られないようにベッドにダイブした後も、こうして身悶えしている有様なのである。
(そもそもサイトの背が高いのが悪いのよ。いや、別にそれほど高いわけじゃないけど、わたしよりは高いし。
 それに最近なんかちょっとたくましくなってきて、そのあたりもお父様と重なって……)
 冷静に分析すると尚更気恥ずかしさと「撫でてほしい」という願望が高まってきて、
 ルイズは股間を蹴られて泡を吹いている才人の横で、夜通しモルスァモルスァと転げまわり続けたのだった。

 

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