X5-232
Last-modified: 2011-12-06 (火) 00:44:13 (4537d)

ルイズがカトレアの部屋に行き、扉を少し開いて覗き見してると、ベッドに横たわったカトレアと、そんなカトレアを膝立ちで相手している才人だった
話声が聴こえて来る
思わず集中し始めたルイズ
「……私、嬉しいんです」
「何が嬉しいのかな?」
「使い魔さんが、私の事を褒めて下さったと、姉様にお聞きしたんですよ?」
「…使い魔さん?」
さっきと呼び方が違う
ルイズが首を傾げながらも、覗きは止めない
「私の初仕事が褒めらたと云うのが、もう信じられなくって。ほら、初めては大抵怒られて始まるモノじゃないですか?姉様すら最初はボロクソで、姉様が私に泣きの手紙を送って来たんですよ?」
「そうだったなぁ」
「なのに私は褒めらた。もうすんごく嬉しくて、動物さん達とダンスしちゃったり」
「でも、その裏では失敗した図面が数百枚と」
「そんなに失敗してません!精々数十枚です!………あっ」
「やっぱりね」
才人の背中が笑っており、そんな才人に寝ながらぽかぽか殴るカトレア
「もう!せっかく隠してたのに!引っ掛けたぁ!」
「あはは、ごめんごめん」
「今日だって、せっかくピシッと決めた積もりなのに、使い魔さんは容姿はちぃっとも触れないし」
「いやいや、似合ってますよ。思わず引き込まれそうだったし、実際に引き込まれて、指示に思わず身体が勝手に動いたしなぁ」
うんうんと頷いてる才人にカトレアが腕を引っ張り、引き倒す
「のわっ!?」
「じゃあ、もっと引き込まれてしまいましょう」
そう言って、引き倒した才人のお陰で扉が見えたカトレアの目が、扉を見てふふんとなったのを、ルイズは見てしまった
そう、扉が半開きなのを、カトレアにバレてしまったのである
『ど、どっちに対して?あたし?姉さま?』
たら〜りと汗を垂らしつつ、入るに入れないルイズを横からシエスタが冷やかに見ているのを、ルイズは暫く気付かない
「私、今回は風邪かも。ほら、体温の高い殿方に添い寝して貰えば、一発で治りますわ」
「ん、ちょっと待って」
才人がおでこに手を乗っけるのと、カトレアが気持ち良さそうに眼を閉じる
「……気持ち良い」
「確かに発熱してるな。寝ないと」
「添い寝」
「え?」
「聞いてますよ?使い魔さんの添い寝は一番元気が出るって、ルイズに」
「あ、あ、あたしの………馬鹿ぁ」
ルイズが口をあんぐり開けて、扉の前でずり落ちる
「本当に馬鹿ですね、ミス」
「シ、シエもがっ」
シエスタに口を塞がれ、シエスタの人差し指が口に一本立ってるのを頷いて、開放される
「い、何時から?」
「最初からです。私は才人さんに呼ばれる為に、ずっと待機してましたから」
つまり、ルイズはメイドの存在を、メイドと云う形で完全に脳内から削除していた訳である
貴族の場合、特に珍しくもない
「ど、どうなってるの?」
「どうもこうも、見たままです」
「中でその……」
「きちんと私が入れない位、真剣に仕事してましたよ?だけど、ミスのお姉様が体調を崩してしまったので、休憩中です」
「休憩中に、あの」
「才人さんはそこまで獣じゃ有りません。寧ろ、てぐすね引いてるのはお姉様の方ですね」
「…」
「あぁ、ミスの未来を垣間見てる気分ですわ。殿方の感心を寄せる為なら、ベッドに引き込むのも躊躇わない。実に素晴らしい淫乱振り。私も見習わないと駄目ですね」
「ち、ちい姉さまはそんな方じゃ」
「では中を見て下さい。多分才人さんは添い寝してますよ。才人さんは弱ってる方と、女性には甘いんです」
睨み合ってるルイズとシエスタが二人して覗き込むと、シエスタの予想通り、才人が添い寝をしていた
「あっ、あぁぁぁ」
「看病に迄嫉妬するんじゃ、私、ミスの評価を下げないといけません」
グッと詰まり、ルイズはキッと睨む
「あたしは、そこまで狭量じゃない」
「では、多分暫くしたら才人さんは出てくると思いますので、ミスツェルプストー達と歓談したら如何でしょうか?ホステスの役割、きちんとしてない様に見えますが?」
「言われなくても解ってるわよ……後で何してたか教えなさい」
「才人さんの許可有りなら」
「ふん」
そう言ってルイズは去って行き、シエスタは待機姿勢に戻った
シエスタへの才人の信頼は絶大だ
見えない様に、才人はシエスタを褒めてくれている
シエスタはそんな自分を誇りに思い、メイドの役割を敵地たるヴァリエールで、完遂する事を自らに課したのである

「大丈夫ですか?」
部屋の中では、カトレアが熱っぽい身体を才人に預けて、瞳を閉じている
才人は人肌を伝える為に、上着は脱いだ
カトレアはさっきの服のままだ
「ん、ゆっくりな鼓動が安心します」
「へぇ」
「それに、暖かい。本当に安心出来る」
「動物達の毛皮モフモフも良いでしょ?」
「あれとはまた違います。お願い、目覚める迄このまま………」
そう言って、カトレアの意識が途切れ、才人は頭を撫でると、カトレアが身体を寄せて来た
恐らく、本当に寒気を感じてるのだろう
才人はそのまま起きる迄、寝るのに付き合う事にし
「こりゃ、飯抜きかな」
そう呟き、自身も瞳を閉じようとすると、シエスタが入って来た
「才人さん」
「悪い、本当に熱ある。添い寝すっから静かに」
シエスタがコクンと頷いて、水を補給して立ち去り、才人も瞳を閉じた

*  *  *
ルイズがゲストルームに行くと、タバサは本を読んでいて、キュルケは化粧を直している
「あら、ルイズ。ダーリンは?」
「ちい姉さまと仕事した後、ちい姉さまが体調崩しちゃったから、看病してる」
その言葉にキュルケとタバサが視線を合わせ
「なら仕方ないわ」
キュルケが一際ソファーに身を沈め、タバサは無表情に本を読んでいる
「随分あっさりしてるじゃない」
「ヴァリエールは知らないからね。ダーリンの看病は筋金入りよ」
「二人共知ってるの?」
二人して頷いてるのを見て、ルイズは詰まる
「……知らないの、私だけなんだ」
「私達も最近知ったのよ。あんまり落ち込まなくて良いわ」
「で、誰に看病したの?」
キュルケがそのまま
「内緒よ。人の家の事情に、首を突っ込むのは無し」
そう答えた
看病が必要な人間がタバサにも居て、きっと才人が行った時に看病したのだろう
ルイズもそう結論付けて、頷くだけにした
看病が必要な人間が居るという事は、何かしらの厄介事を抱えてる可能性が有る
人には言えない事が有る事位は、ルイズにも解る
だけど、自分の使い魔は良くて、自分が駄目なのが、どうにも納得出来ないのである
「皆して、サイトばっかり」
「出来る人間と比べてると惨めになるわよ、ヴァリエール」
「だって」
「解らないの?それだけ、ダーリンが苦労してきた証であるだけよ?まるで、最初から何でも出来る様に思うのは止めなさいな」
結局違うのはここなのだ
キュルケもエレオノールも、才人を認め、その仕事の価値を認めているが、自分は常に認めて貰いたがってるだけ
その為にしてきた今迄の努力が始祖の祈祷書を読めるというだけで、自分の価値がひっくり返った訳で
しかも、才人はそれすら無価値にしようとしている
常に不安定な自分の立場が嫌になる
確固たる自分が、ルイズは欲しいのだ
「あんまりダーリンを心配させないで頂戴ね。ダーリンは、全部アンタの為にやってんだから」
「嘘」
「本当よ。一時的には国で独占させるけど、普及したら開放する積もりよ」
「トリステインが独占するんじゃないの?」
「一時的でしょうね。多分20〜30年。その間も、トリステインからレンタルで使わせる目論見と見た」
「何で解るのよ?」
「技術スパンで其だけのインターバルが有れば、向こう100年は追い上げは無理だから。ゲルマニア人なら、それ位は解るのよ。一応ゲルマニアは技術の国よ?ダーリンから見たら、ゴミだけど」
そう言って、キュルケは肩を竦める
「だから、ツェルプストーで一枚噛みたいのね」
「そゆこと。さっさとヴァリエールでの仕事終らせて、ツェルプストーに行きましょうよ。まだかって、父様からせっつかれてしまったわ」
届いた手紙をひらひらさせて、キュルケが肩を竦める
「ちょっと難しいわ。父さまがいつ帰るか、解らないもの」
「連絡したんでしょうね?」
「勿論よ。陛下の使者込みと書いたから、外せない用事じゃなきゃ、飛んで来るわよ」
「上出来。じゃあ、私は無闇に部屋からも出られないし、昼寝でもするわ。食事出来たら起こしてね」
キュルケはそう言ってひらひら手を振り、寝室の扉に向かって行った
タバサは本さえ読んでれば大人しいし、キュルケもきちんと約定を守ってくれている
なんか、自分だけ、本当に子供なんじゃないかと、ひたすらに落ち込み
「気にしない。そんなの、才人に抱かれれば全部吹っ飛ぶ」
小さい声が聴こえて来た先を思わず凝視し、その先はタバサが無表情に本を読んでいた
「今、何か言った?タバサ?」
タバサは返事すらしない
苦い薬を飲んだ感じで、ルイズは渋面を浮かべ、とりあえず用意して有った菓子に手を伸ばした

*  *  *
「才人さん、ミスフォンティーヌ。夕食だそうです」
そう言ってシエスタが才人を揺すり起こし、才人が薄目を明ける
「ん、有り難うシエスタ。カトレアさん、ご飯出来たって」
カトレアを揺すると熟睡している
「す〜す〜」
熱も下がっていて、才人は安堵の息を吐き、シエスタもその様子でカトレアの状態が改善した事に気付き、微笑む
やはり、元気な方が良い
シエスタの様子に気付いて、やはり才人も笑みを浮かべる
『やっぱりシエスタは良い娘だ。本当に、俺には勿体無さ過ぎる』
才人は更にカトレアを揺すって覚醒を促し、やっとカトレアが眼を覚まし、眼をこしこししながら寝惚け眼を覚醒させ、焦点が合った瞬間、一気に赤面する
「あっ、私、なんてはしたない事を……使い魔さんがルイズの使い魔で有る事を差し引いても、初対面でこんな事……」
「気分はどうですか?」
「はい、その…産まれて初めてな位、凄くすっきりしてます」
「そりゃ良かった。冷え性と風邪も有るんだね」
冷え性の女性に対する特効薬は、体温の高い男性と一緒に寝る事だったりする
女性同士だと、体温の奪い合いに陥る事がままある
基礎代謝の低い鍛えてない男性では、そこまで効果が出ないが、幸か不幸か、才人は鍛えに鍛えてしまった
基礎代謝は、非常に高い
「では食事だそうです」
そう言って才人が離れ様とすると、何故か才人の腕を掴まれる
「「…え?」」
声を出したのが、才人とカトレアである
「何か?」
「あ、あれ?」
どうやらカトレアも、無意識に手を伸ばしたらしい
「何か……その……目覚めが良すぎて……あれ?私……何を?」
カトレアが混乱しまくっている
「何でも無いみたいですね。では…」
がしぃ
遂に両手で掴まれた
「「……えっと」」
二人して同じ言葉を発し、言葉が続かない
「…どういう事かな?これ」
「……私にも、さっぱりです」
どうやら、カトレア自身にも、解って無いらしい
「はぁ〜〜〜〜〜」
長い長い溜め息を付いたのはシエスタである
メイドの仮面を、とうとう脱いでしまった
「シエスタ、解るか?」
「えぇまぁ、大体の所は」
「あの、私、どうなってるんですの?」
「教えて上げません」
そう言って、シエスタははっきり拒否する
「シエスタ」
「才人さんの頼みでも駄目です。それに、一時的な可能性も高いから、自分で気付くべきです」
「あの、教えて下さいませんか?」
「本…当に、解らないのですか?」
「はい」
コクリと頷いて肯定するカトレア
箱入り娘は、どうやら色々と歪な成長をしてしまった様だ
シエスタは溜め息を付きつつ、敢えて言い放った
「私がお教えする訳には参りません。そうですね、姉上様に聞いたら如何でしょうか?」
「そうなのですか……解りました。では姉様に聞きましょう」
そう言って、才人の腕をいつの間にか抱え込んでいる
「……カトレアさん?」
「あら、何かこうしたいかなって。駄目ですの?」
泣きそうな眼を才人に向けて、才人は息を付く
「いや、せめて上着を」
「はい、そうですわね」
ニコニコしながら、腕を離さないカトレア
「……」
「どうしたのかしら?お着替えにならなくて?」
「…腕」
「はい、大丈夫です。しっかり胸を当ててますので、安心してお着替えになって下さいな」
何かもう、凄いとんちんかんな答えを連発している
「何か問答が無駄みたいだな……シエスタ、悪いけど上着」
「かしこまりました」
どうやらシエスタも諦めたらしい
才人がパーカーを通して右腕を通した後、右腕をカトレアに提供する事で、やっと左腕が開放されたのである
どうも、カトレアも才人も良く解らないが、どうにもそうせざるを得ないらしい
変なスイッチが入ってしまったと見える
才人がデルフを持っていくのは諦め、村雨を腰に差し、離れないカトレアに溜め息を付いて、一路カトレアの案内で食堂に向かったのである

*  *  *
才人がカトレアに腕を奪われたまま食堂の扉を潜ると、エレオノールは片眉を上げただけで何も言わず、ルイズは髪の毛を杖も持たずに跳ね上げ、キュルケは肩を竦め、タバサは無表情を貫き……そして母は非常に怖かった
「カトレア、何故平民にエスコートして貰っているの?」
「母様。私からお願いして貰ったのです。こちらはルイズの使い魔さんですわ」
「あの、初めまして」
才人の挨拶は完全に黙殺された
場合が場合だし、仕方ないだろうと才人も判断し、何も言わずにカトレアの指示するまま、カトレアの席に迄エスコートし、椅子を引いてカトレアを座らせ、自分の席を探したが、無かったのである
「ふぅん、成程ね」
才人の言葉と危険な気配に気付いたルイズは真っ青になったが、カトレアが才人を離さない為に、才人の一触即発の空気を抑える事が出来なかった
正直、母と才人の決闘なぞ、城が全壊してもおかしくない
今の才人は擲弾の供給を受けている為に、火力も有る
余りの最悪な想像に、ガタガタ震えだした
勿論、エレオノールも気配に気付いたが、冷や汗をかいて、才人に目配せするのが精一杯である
そして、面白そうにしてるのはキュルケであり、タバサはどうでも良いと我関せず。寧ろ、才人の評価は他家では低い事の方が歓迎である
つまり、トリステイン大貴族の思惑と次世代の思惑が対立し、敵であるツェルプストーは衝突をワクワクしながら期待し、ガリア王家没流のオレルアン王家は独占したいので、低評価も衝突も大歓迎という図式である
正に敵ばかりな、危険な食卓
こんなに緊張する食卓は、ちょっと無い
何時もより緊張しまくりなルイズとエレオノール
そんな中、料理が運び込まれて来て食事が始まった
「うわぁ、久しぶり!ヴァリエールの蛙だぁ」
ルイズがわざと声を上げて、場の空気を変えようと試みる
生きてる蛙は嫌いな癖に、食べる方はイケるのがルイズである
トリステイン人は美食の前には、嫌いなモノすら食べるのだ
「本当に久しぶりだわ。やっぱり蛙はヴァリエールよね」
「失礼お嬢様方。本日の蛙はモンモランシのです」
「あ、そう、なんだ」
執事たるジェロームの突っ込みにルイズの言葉が不発に終わり、黙々と口に運ぶ
「ふぅ、やっぱりワインはヴァリエールよね。もしかしてフォンティーヌ?」
「いえ、タルブです」
「あ、そう」
エレオノールの言葉にジェロームが重ねて突っ込み、やはり不発に終わる
そんな中、カトレアは終始ニコニコしっぱなしだ
「ねぇねぇ使い魔さんは、どんなお料理がお好き?」
「何でも食いますよ、俺は」
「あらあらまぁまぁ。でしたら蛙とかもイケて?アルビオン人は、蛙食いって言って、馬鹿にするんですのよ?」
「蛙はハルケギニアに来てから食べる様になったけど、イケますよ、うん。好きな料理の一つになりました」
「わぁ、嬉しいですわ。今度一緒に食べましょうね」
「えぇ」
つまり、現在の身分差をナチュラルに肯定し、身分を上げて欲しいと言っている
ハルケギニアの貴族としては、ごく真っ当な感覚である
「貴女達、静かに食べなさい」
「「「はい、お母様」」」
「あの、お母さま。先程の件」
「お父様が帰って来てからです。良いですね?ルイズ」
「はい」
そう言って食卓は静かに進み、才人の剣呑な気配は収まらず、ルイズとエレオノールは食べたモノの味が、一切思い出せなかったのである

*  *  *
才人の一室は掃除道具を収められた倉庫を提供された
一応、ベッドに似た者を、適当な素材で簡易に組まれている
「ま、モンモランシじゃ、最初は馬小屋だったしな」
そう言って、才人は溜め息を付いたが、ぐきゅるるると腹の虫がなる
結局、食事を提供されず、空腹を抱え込む事になった
一応主人の家で、この扱いはどうかなと思ったりもする訳だが、名目上の使者はルイズだし、仕方ないのかも知れない
「ったく、此処まであからさまだと、遠慮する気持ちが無くなるね」
才人の機嫌が相当悪くなっている結局、口ではなんのかんの言いつつ、何もしようとしなかった
才人的には、それで充分だ
実際に、全力で歯向かったり、家を上げた歓待をしたり、没落しても、最上の歓迎をした娘達をこの目で見て来てしまったからである
「さてと、次はどうでるかね?」
才人は敢えて、自分から動かないと決め、ふて寝する事にした
何故なら、風呂すら提供されなかった訳で、使用人達も、一切無視したのである
才人がそのまま寝ていると、誰かが入って来た
「才人さん、起きてる?」
「誰だ?」
「声で解りますよね?シエスタですよ?」
「悪い、今は超機嫌悪いから、自分の部屋で寝てくれ。シエスタは俺と違って、きちんとメイド用の部屋を提供されたろ?」
才人は本当に機嫌が悪い為に、シエスタにも取り合わない
「はい。才人さん、扱いに怒ってるんですか?」
「少し違うな。扱いに対してじゃない。扱いに抗議しない二人にだ」
「……やっぱり、ヴァリエールなんて止めましょうよ」
「そうもいかない。トリステイン最大貴族とのパイプは作っておかないと、後々のしこりになる。仕事に必要なんだ」
「才人さんはそんなに嫌な事ばかりして、何が楽しいんですか?」
「仕事ってのは、得てしてそういうもんさ。シエスタも知ってるだろ?」
「…はい」
「ま、此で踏ん切りが付きそうだ。ってか、正直付いた。俺は絶対帰る。ハルケギニアは、俺の居場所じゃない」
「……サイト?」
才人はランプすら提供されなかった為に、暗闇だ
その暗闇を照らしたのは、ネグリジェを着たルイズの魔法ランプである
そして、驚愕に見開かれた瞳は、今の言葉を聞いて居たからに相違ない
「何か用か?ルイズ。きちんと、自分の部屋で寝な」
才人は完全に取り合わない
「あ、あの、聞いて、サイト、あたし……」「続きは明日だ、ミスヴァリエール」
絶大な拒否の言葉にルイズが立ち尽くし、カランと魔法ランプが落ちた
「あ、あたし、あたし、サイト、サイトの事……あたし、あた………ふぇ、ふぇぇぇぇぇ」
涙を流し、言葉に出来ない気持ちを全て涙で流し始めるルイズ
「ルイズ、何泣いてるの?ちょっと平民、あんたルイズを泣かしたでしょ?」
「ああ、来たか、ミスヴァリエールその1」
その言葉に、エレオノールも硬直する
「ちょっと平民……冗談よね?」
「何がだ?ミスヴァリエール?」
何と寒々しいんだろう?
エレオノールの背筋に、今迄感じた事の無い悪寒が走る
「ちょっと、食事を別にした位で何を言ってるの?いきなり、お母様に納得させる事なんか出来る訳「違いますよ?」
シエスタが二人を、無表情で眺める
「ちょっとメイド、立場を弁えなさい」
「弁えてますよ。だから言わせて貰います。私は今、ゼロ機関の所長様のメイドを勤めてます。その主が食事も風呂も提供されず、倉庫同然の場所に押し込まれて居るのを見て、黙っていられると思ってるのですか?」
「陛下直属の機関の長に対するこの仕打ち、秘書たるヴァリエールはゼロ機関所長、ましてや陛下に敬意非ずと判断します。然り?」
正に真っ当な言い分、言われて当然であり、エレオノールが思わずどもる
「し、然らず!あ、あぁあんた。この私に、ヴァリエールに!」
「口ばかりじゃないですか。私、才人さんの傷が良く解ります。馬鹿みたいですよね。守られるのが当然、敬われるのが当然といった方々には、泥水啜って、血ヘドを吐いて、生死の境をさ迷っても、結局こんな扱いしか、出来ないんですものね」
二人にグサグサと言葉の槍が突き刺さる
「「あっ………」」
「二人共、自分の部屋に帰って下さい。才人さんを今は、そっとしてあげて下さい。今の才人さん……凄い可哀想です。貴族の貴女達なんかに、絶対に解りっこ無いです」
「嘘だと思うなら、杖を捨てて、ヴァリエールの家名も捨てて、誰も貴女達を知らない所で、生きてみたらどうですか?そこまでしなきゃ、才人さんの気持ちは絶対に解らない。修道院なんかじゃ、生温すぎです。きっと、三日も生きて行けず、娼婦に身をやつすのが関の山です」
シエスタの非難は全て正しく、ルイズはおろかエレオノールすら反論出来ない
結局、二人して踵を返し、部屋に戻っていく
「才人さん、食事だけは取りましょう。私、厨房から分けて貰って来ます」
「要らない」
「だけど」
「いいって」
「しかし」
「良いんだ、今はその方が。牙が研げる」
「牙?」
「あぁ、心の震えという、牙がね」
シエスタは気付いた
才人は自身を手負いの獣に追い込んでいる
公爵との間で、衝突は免れない
「見てろよ。日本人には食い物の恨みは恐ろしいって事、骨の髄迄叩き込んでやる」
シエスタは退室する事にした
確かに、今の才人は危険過ぎる
シエスタの事が大事だから離れろと、才人は言ったのだ
シエスタは明日以降の嵐を予感し、才人の頬にキスを一つしてから退室した
『どうか、才人さんに、悪魔の気紛れが味方します様に』
始祖と神には祈らない
何故なら、始祖と神は貴族の味方だからである

*  *  *
エレオノールは部屋に戻った途端、サイレンスとロックを全力でかけ、一気に泣き出した
「う……うわぁぁぁぁぁぁ!!」
まさか、食事すら渡さないとは思わなかった。まさか風呂すら入らせないとは思わなかった
でも、考えてみれば当然だ
使い魔にそこ迄気を使う者など居ないし、平民なんざ使用人以外は空気だ
全ては、自分自身の落ち度が招いた体たらく
「ひっく、メイド如きに言い負かされたぁ!」
涙をとめどもなく流し、拳をベッドに叩き付ける
「私………本当に……口ばっかり……こんなの………こんなの嫌だぁ!!才人、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ!!ひっく、ひっく……うわぁぁぁぁぁぁ!!」
自分の家での大失態
もう何にも響かないかも知れない
平民のあの冷たい声は聴き憶えがある
そう、配属初期の仕事一辺倒の時の声だ
あの寒々しさが、今は異常に怖い
「やだ、こんなので終わりだなんて、絶対やだ、才人、謝るから……謝るから!もう一度………もう一度笑って」
泣き付かれて眠りに付いたのは、朝方近くになってからである

*  *  *
ルイズは部屋に帰らず、カトレアの部屋に飛び込んだ
「才……ルイズね」
カトレアのその言い分は、とりあえず無視だ
そのままカトレアのベッドに潜り込む
そして、そのまま泣き出した
「ふぇ、ふぇえぇぇぇ、ちい姉さま、ちい姉さま」
「あらあらどうしたの?ルイズ?」
「サイトに……サイトに……ひっく、き、嫌われて、ひっく、ふぇえぇぇぇ」
「あらあら残念ね、じゃあ、仕方ないから私が才人殿に」
「ちい姉さまも……嫌われたの……ヴァリエール全部……嫌われ…」
「えっ?」
流石にカトレアも愕然とし、ルイズに促すと、ルイズは涙ながらに語り出した
暫くは笑みを浮かべていたカトレアだが、段々と笑みを無くしていく
「……私達、そんな事をしてしまったの?」
ルイズはコクリと頷く
「サイトね、明日からは敵対的交渉になると思う。多分、実力行使」
「それって……どういう事?」
「父さまと母さま、死ぬかも知れない」
「まさか、あの二人に限って……本当に?」ルイズはコクリと頷く
「サイトの強さはあたしじゃ計れない。サイトは、15メイル級の毒ヒュドラを討伐出来る実力の持ち主。今より弱かった時の話だよ?」
流石にカトレアが青くなってくる
「サイトの初太刀は、私達メイジの詠唱を許さない。そして、私達には見えない斬撃を普通にするの。二人でも、距離詰められたら終わりだよ。サイトは、其が出来る」
「あの、今から謝罪しましょ?ねぇ、そうしましょう。争いなんて、ね?」
「無駄だもん」
「ルイズ?」
「サイトは、ハルケギニアのルールに沿って動いてる。杖と剣で、どっちが正しいか、片を付けるしか無いもん」
「ルイズ……」
「サイトをそうしたのは、私達だもん。サイトは好意には好意、敵意には敵意、侮蔑には……侮蔑を返すもん」
ルイズはまた涙を流し、カトレアの胸に蹲る
「あの、何とか和解の路を」
「王宮で陛下にすら堂々と逆らうサイトに、何が出来るの?マンティコア隊隊長を、実力ではね除けちゃったよ?」
「……もしかして、トリステイン最強クラス?」
ルイズはコクリと頷く
「サイトが嫌いな事、ヴァリエールが全部しちゃった。もう、あたしには無理だよ。あたし、やっぱり子供だ。使い魔の事すらきちんと……見てられなかった」
ルイズの心に今回は余りに深い傷を残した
それ位、才人の怒りを抑えられない自身の落ち度が許せなかった
ほんの少し指示を下せば良いだけなのに、其を怠ったのだ
シエスタの言い分は全て正しく、自分には何一つ言い返せる材料が無かった
なんせ、自分の家でやってしまったからだ
今度こそ、本当に主人なだけという称号が、しっくりくる
才人は其でも守ってくれるだろうか?
答えはイエスだろう
才人は冷たい心のまま、無表情に守るだろう
才人にとって、仕事とはそういうモノだ
好悪は全く関係無いのである
そして、そうなったら効率優先で、ルイズの気持ちなど、全て無視するだろう
そんな機械的に自分を守る才人を想像し、身震いが止まらない
才人が自分以外に情の言葉を吐き、女がその悦びに震えている時、自分は只一人ベッドに待たされるのだ
なんと空虚な妄想だろう
そんな未来が来てしまいそうで、涙を流しながら、ルイズは眼を閉じ、意識を手離した

*  *  *


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