X5-732
Last-modified: 2012-04-02 (月) 01:55:59 (4407d)

──とある国、とある所のお話しです
とある国、とある所に、旅人がやって来ました──

才人はヴァレリーだけ連れて、ヴァレリーの竜籠でトリスタニアに向かい、目的の居宅を調べ上げ、そのまま徒で向かっている
「皆に黙って来たけど、良いの?」
「薄汚れた側面は見ない方が良い」
「私は良い訳?」
才人はその言葉に、ちょっと考えて答えた
「ん〜〜器材だから?」
「……本気でぶって良い?」
「冗談だって。普段出来ない研究とかの機会があったら、飛び付くタイプと見たんだけど」
「ん〜〜内容次第ねぇ。大抵の事は学生時代から手を出しまくったから、あんまり新鮮なのは無いわよ?」
「じゃあ、今回のお題は……」
才人が耳打ちすると、目を見開いて、才人を軽蔑の眼差しで見る
「本気で最低ね。しかも、確かに興味深いテーマよ。貴方はそうしないといけない理由が有るの?」
「有る。人の所業とは思えない位で、やっと連中の二の足を踏ませる事が出来る。だから俺は、悪魔で良い」
ヴァレリーはそんな才人を見て、呟いた
「……悲しい人ね。人の為に働いて、助ける筈の相手にすら恐れられ、疎まれる……か」

──旅人は剣をもち、頭陀袋とコートを羽織っており、貴族とはその出で立ちの違いで、あっさりと区別がつきました
長い長い旅の最中なのでしょう、見た目は埃にまみれ、汚れが目立ちます
村に住む少女は、家の手伝いの最中に旅人を見付けて声をかけました
「もし、そこの旅のお方」
呼び止められた旅人は振り向いて、そのまま倒れてしまいました
何日も食べてなかったのかもしれません──

才人達は目的地に着いて、正門にいる
「住所合ってる?」
「間違いないわ」
「それじゃあ行きますか」
「馬鹿、正門から行ったらバレバレじゃない。裏に回りなさいよ」
「裏でも変わらん気がするんだけどなぁ」
才人はそう言って、ヴァレリーと一緒に壁伝いに歩き、壁をガンダールヴで一気に屋根に壁を蹴って登り、ヴァレリーに手を貸して引き上げた
魔法を使うと魔法探知でバレるからだ
あっさりと敷地に侵入し、二人共に拍子抜けする
「……ザルね」
「攻められるの想定してないとかじゃ?」
「居なかったら、笑いモノよね」
そんな中、角から酔っ払って酒瓶片手に衛兵がやって来て、才人達と角でばったり遭遇し、才人は村雨を閃かせた
チン
後に霧が残り、綺麗に喉だけ切り裂かれ、何が起きたか解らずに衛兵が倒れるのを、才人が受け止めて木陰に持って行き、酒瓶を持たせて昼寝の姿勢にする
端目には酔い潰れてる様に見えるだけだ
「……」
手元が全く見えなかったヴァレリーは、唖然としている
「…絶対、貴方とは争わない」
エレオノールが散々に強さをうっとりと語るのが非常に鬱陶しかったのだが、まさかそれですら過小申告とは思わなかった訳で
才人と共に屋敷に裏口から侵入すると、ヴァレリーが香を取り出した
「それじゃあ、眠り薬行きましょう。はい、これ解毒薬」
ヴァレリーに渡されて才人とヴァレリーは薬を飲み干し、ヴァレリーが香に火を灯した
香が静かに蔓延していき、中で作業してたメイドや料理人達がバタバタと倒れていく
「おっと、火を消さないと危ないわね」
そう言って、ヴァレリーと才人が厨房に行って、料理を一口食べてみる
「…なんだこりゃ?」
「…各種精力剤てんこ盛り。ジャンキー?」
「効くのか?」
「全部紛い物。プラシーボ効果しか期待出来ないわ。馬鹿じゃないの?」
余りに不味いので、シンクに吐き捨てるヴァレリー
「こんなの作らされるとはな」
「趣味の悪さだけは最高ね」
火を消した後は、上階から探し始めた
一部屋一部屋探して周り、魔力の痕跡を探す
三つ目の部屋で音が全くたたなくなる
反射しない完全な無音は逆に耳に障るのだ
「多分、此処だな。デルフ、どうだ?」
ガチッと出て来たデルフが保証する
「よっく解るねぇ相棒、ビンゴだぜ」
ヴァレリーも目を丸くする
「ディテクトマジックも無しで?」
「普通の音は反射すんのさ。サイレンスの欠点は、音を吸収し過ぎる」
「良く解らないんだけど?」
「人間の耳は意外と優秀ってこった」
ガンダールヴのせいで、五感が鋭敏に鍛えられたお陰でもある
「さてと、壊すのは後がタルいし、アンロックお願い出来る?」
「良いわよ」
そう言って、ヴァレリーがアンロックをし、音もなく扉が開くと、椅子に座ってだらしない顔をして快楽に歪む男の股間に、二人の女性が全裸で顔を埋めていた
才人の纏う雰囲気ががらりと変わり、ヴァレリーが思わず息を飲む
走り出した才人がそのまま跳躍して男の顔面に武装分の重量迄含めた重量級の跳び蹴りをお見舞いし、男が椅子事吹き飛んだ
がしゃあああん
サイレンスのフィールド内に入ったので、音が聞こえて来て、女性達が才人の名前を呼んだ
「……才人さん?」
「ルイズちゃんの……お兄さん?」
才人の背中は、今迄見た事が無い怒りを纏っている
「二人の処置を頼む」
「えぇ」
そう言った才人がデルフをガシッと掴むと、左手のルーンが今迄見た事無い輝きを示しだした
「立て、屑野郎。ちったぁ抵抗してみやがれ!」
「げほっげほっ。何だお前は?高貴なるアストン伯を足蹴にするとは、打ち首モノ」ダガン!
才人がそのまま男の甲を床事断ち割り、一気に悲鳴が轟いた
「ぎゃああぁぁぁぁぁ!あ、足が、足が」
「ぎゃあぎゃあ言ってる暇があんなら、反撃しろよ、糞野郎!」ダガン!
反対の足の甲も床まで断ち割り、ごろごろと悲鳴を上げながら転がる
「ひぎゃあぁぁぁ!ゆ、許さないぞ!僕はアストン」ガゴッ!
才人の脚が思いっきり顎を蹴り砕き、更にのたうち回る
「ぐうぉぉぉぉ」
両手で砕かれた顎を抑えて身体を捩る
そんな男を、才人は髪を掴んで無理矢理持ち上げた
「この程度で終わりだと思うなよ?この世の悪徳全部見せてやる。せいぜい泣き喚け、笑いながら聴いてやるよ!」
才人が本気で笑っている
そう、凄惨な悪魔の笑みだ
助けに来てくれたのに、二人はその姿に言い様の無い恐怖を覚えた
「悪い、二人共。もっと早く来れたら良かったんだけど。駄目な男だな、俺は」
そう言って、決して二人に振り返らない
「才人さん、領主様に脅迫されてシエスタが毒を……大丈夫だったんですか?」
「様?コイツが?」
才人がデルフで男の左手の指を一本落とす
「ぐぃぃぃぃぃぃ!」ばたんばたん暴れてのたうち回る男
だが才人は更に蹴飛ばした
ドゴッ
「グフッ」
大人しくなった男に対して吐き捨てる
「コレは様なんかじゃない。ゴミって言うんだ」
才人が何故、振り返らないか二人にも解った
とてもじゃないが、顔を見せられないのだ
女の裸で狼狽える人間じゃ無いのは、二人共に知っている
「シエスタは、俺に毒を盛って自殺したよ」
二人の気配が固まったのが才人にも判る
「こら、正確に言いなさい。その後、発見が早くて助かったわ」
「ほ、本当ですか?シエスタは……私の娘は?」
「大丈夫よ。彼の怒りが解るわね?彼、100人は暗殺者を殺してるわ。そしてあれはその首謀者の一人。絶対に許してはいけない相手。貴女達は、これから行う敵討ちを見届ける権利が有る。お勧めしないけど、どうする?」
「何をするんですか?」
ジェシカが聞いて来たので才人は隠さずに言った
「生きながら、このゴミを1サント単位でスライスして解体する。絶対殺さない」
「…そこまでしなくても」
「見たくないなら部屋から出ろ。悲鳴だけで楽しんでくれ」
悪徳と残虐性に満ちた才人の言葉に、そんな世界とは無縁な二人が、何とか抗弁を試みた
「そんな事しても、何の解決に」
ザン
才人は無視してデルフを振り、左足の指が全て落ちた
「んぐぉぉぉぉ!」
「何だ?人にはあれだけの事しといて、何自分の番になったら、ぎゃあぎゃあ騒いでんだ?少なくとも、アサシン共の方が余程立派だったぜ」
そのまま、また蹴り飛ばす
ドカッ
「ぐひっ、ぐひっ」
涙目で恐怖に歪んでいる
「治せ、全快で」
「えぇ」
ヴァレリーが無理矢理薬を瓶事口に突っ込み、治癒を詠唱して切断以外は全て回復させる
「……あっ」
きょとんとして二人を見る
才人の凄惨な笑みは全然変わってない
「ほら、やられっぱなしは嫌だろ?自慢の杖を使ったらどうだ?」
先程蹴り飛ばされた時に、二人をいう事聞かせる為に持ってた杖が転がっている
わざわざヴァレリーが拾い、男に渡す
「ちょっとは貴族らしくやりなさいよ」
そのまま下がって、ヴァレリーは出ていかない二人の前に立った
ヴァレリーの周辺を水が渦巻き、危害を加えた場合に備えている
「馬鹿に……するなぁ!」
一気に詠唱した男が才人を炎に包み込んだ
「あはははっ!馬鹿め、馬鹿め馬鹿め馬鹿め!お前なんか、僕の炎の前には塵芥だ!所詮平民は貴族に敵わないんだ!あははははは」
炎に包まれた才人を嘲笑い、ヴァレリーを見据える
そう、獲物が増えた悦びに満ちた、嫌悪をもよおす顔だ
「だとよ、相棒」「1000℃程度の炎で何言ってんだ?コイツは?」「………は?」
男の悲鳴を聴けると勘違いしてたのだが、ごく平静な声だった
そのまま炎が剣に吸い込まれていく
「相棒よぅ、ちっこい嬢ちゃん様々だなぁ」
「全くだ。前回よりエアシールドの威力上げてやがる。ツェルプストーの炎に比べりゃ暖房程度だ、ターコ」
そう言って、無傷で現れたのである
「…馬鹿な」
才人はそのままデルフを振るった
狙った先は、杖を持った右手の指である
「ぎあっ!」
指が4本、床に杖と一緒に落ちる
「ほらっ、まだ左手があんだろ?まだまだやれるよな?」
そう言って、才人の凄惨な笑みは収まらない
「ぎ、ぎ、ぎざま」
「さっさと持てよ、ほら」
才人が転がった杖をわざわざ男の方に軽く蹴り、男が握ると踵を返して窓に逃げる
しかし、振り返った瞬間には、才人が投げナイフを投げたのだ
ドスッ
膝の裏から膝骸骨迄貫通し、ダダンと転ぶ
膝関節を完璧にやられたので、二度と歩けない
ナイフはしっかりと食い込んだままだ
曲げても、伸ばしても最悪だ
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!あ、脚、あしがぁぁぁぁ!!」
ツカツカ寄った才人がが更に右足の指をザンと切り落とす
「がぁぁぁぁ!?」
「醜いねぇ、正に俺みてぇ。およ?能力切れちまった」
そう言って、才人が手をぐっぱして、ルーンの輝きが失せたのを確認している
「そりゃ、相棒が午前中に無双したからだろうが」
「本当に身体動かすと、あっという間に切れんな」
そう言いつつ、更に足の甲を宣言通り、1サントの厚みで断つ
ザクッ
「ギヒィィィ!や、止めてくれ。せめて、殺して」「やらねぇよ。きちんと治療要員連れて来たんだ。心置きなく楽しんでくれ」
剣閃は確かに鈍ったが、それでも見てたヴァレリーには視認不能な速さで、能力なんかに頼ってない事を確認し、戦慄を覚えたのである
シエスタの母とジェシカは、何故執拗にやるのか理解出来ず、でも溜飲が下がるので、邪魔しなかった

──旅人が目を覚ましたのは民家のベッドの上でした
暫くきょとんとした旅人は、美味しそうな匂いに鼻をひくひくさせたのです
そして扉を開いて少女が入って来ました
「やっと起きましたね、旅の人。どうぞ、スープです」
旅人はゴクリと喉を鳴らして、礼もそこそこに一気に食べてしまいました
そして礼をした際に立ち上がって全裸になってたのに気付き、少女が慌てて出ていってしまいました
寝ている最中に、衣類を全て洗濯されてたのです
旅人は何もお礼が出来ないからと、少女の家族のお仕事を手伝いました
男手が欲しかった少女の両親は大変喜び、旅人と少女の仲は一気に親密になっていきます
ただ、旅人は自分の事はあまり語らない人で、少女が聞けた唯一の事は、イーヴァルディという名前だけでした
父も彼の事を気に入り、兄妹達もいつも優しく微笑んで、遊びも沢山付き合ってくれるイーヴァルディが大好きです
少女は、はにかみながらイーヴァルディにお願いしました
「あの、旅はどちら迄?」
「あてどない旅だよ」
「だったら、旅の終着点はこの村にしませんか?」
少女のお願いに、イーヴァルディは困った顔をしてます──

才人がデルフで活きた肉をおろしている
「ぎぃやぁぁぁぁ!!」
「おいおい、杖を落としちゃ駄目だろ?ほら」
才人が紐を使って、わざわざ左手に杖を握らせて縛った
既に膝迄両足が刻まれている
辺りは血が滴るが、ヴァレリーが秘薬類を詰めたバッグからメモ帳を取り出して色々書き込みながら、止血だけの治癒を唱えている
その目は研究対象を見つめる、無機物の目だ
「人間って、痛みじゃ意外と死なないものねぇ」
才人のデルフによる活き造りは着々と進行しており、わざわざ反撃の機会を提供するという、正に刻まれる側には悪夢の展開だ
「ぎ、ウル…」ザクッ
また包丁が入り、肉がスライスされる
「あがぁぁぁぁ!?」
「駄目だろ詠唱止めちゃあ。ほらほら、やらないとどんどん身長縮むぜ?」
「こ、殺し」
更に才人は肉を骨事おろす
「ぎぃやぁぁぁぁ!!」
ジェシカ達は自分を汚した相手にも関わらず、凄惨な光景にとうとう見るのを止め、ヴァレリーにサイレンスの領域を作って貰って、背を向けた
衣服は燃やされて無かった為に、ヴァレリーが適当に部屋の中から取り出し着せている
外に出るのはまだ他に人質が居たために出来ない
更に部屋外は眠り薬の香が蔓延している
才人達と一緒じゃないと行動出来ない
ヴァレリーは二人を診察し、妊娠の発覚を伝えずに嘘を付いて堕胎薬を二人に飲ませ、事を自分だけの胸に収めた
望まぬ相手の子を宿す
女にとって、絶対に許せない怒りの対象である
ヴァレリーが完全に無機物を見る様になった背景だ
「流石にかったるいわぁ。ペース上げてくれない?」
「データ欲しいんじゃないのか?」
「大丈夫、ついていけるから」
「そうか。それじゃ行きますか」
ダンダンダン!
才人が一振り一振り刻んでいき、男は最早まともにすら動けずに悲鳴すらあげられず痙攣を繰り返している
「が……が……」
「ち、脳内麻薬出過ぎてんなぁ。ちょっと正気に戻させて」
「はいはい、そんなの良く知ってるわね。私達でも良く知らないのに」
ヴァレリーが呟いて詠唱し、また騒ぎ始めた
「あががががが」
その様をちらっと見ては直ぐに目を瞑って、ジェシカは聴こえないのに思わず耳を塞いだ
余りに………残虐過ぎる
「何なの?あの二人?あんな……あんな……酷い」
「……私達は、何かの陰謀に巻き込まれたのよ」
「だからって……こんな」
「…私達、捕まって何日経った?」
「一週間だよね?その間、ずっとアイツの相手を……」
「孕むには、充分の時間よ」
ジェシカは、はっとして叔母の顔を見る
「ど、どうしよう……私……ジュリアンに会わせる顔が無いよ……うぇっ……うぇっ」
ジェシカが余りの事態に泣き出した
「領主は避妊薬は使わなかった。けど、来て下さった貴族様は治療薬と言って薬を飲ませてくれた。後は判るわね?」
「…あっ!?」
ジェシカが泣きながら顔を上げる
「ジェシカ。貴女は毒を盛った相手の家族を助けに行ける?多分、才人さん死ぬ目に遭ってるわよ?」
「あ……無理……かも……」
自分がやられたらどうなるかを想像すると、身震いする
「なのに、駄目な男って、自分を責めてるのよ?馬鹿みたいよ、本当に」
「……」
「嫌われると解ってるのに、やってるのよ?二度と私達みたいな平民に危害が及ばない様に、見るも無惨なカタチで周りに警告する為に。私の夫が才人さんに言う事も、多分理解してるのに」
「何て……言うの?」
そこで一拍おいて、叔母は言ったのだ
「二度と来るな……ね」

──「そちの娘を召し抱えたい。早急に用意されたし」
イーヴァルディは特に感情を表に出さず、両親は領主の命ならと娘を呼び、少女は首を振りながら涙を流し、イーヴァルディに訴えたのです
「嫌です。私、領主様の所になんか行きたくない、離して。イーヴァルディ、私と……」
最後迄は両親達に口を塞がれて言えなかった少女、使者はイーヴァルディを嘲りの顔でみつつ、両親に事情を聞くと称して、親子三人を領主の館に連れて行ってしまいました
そこで困ったのは、彼らの幼い子供達
イーヴァルディはなし崩しに面倒を見る為に、滞在を延ばす事にしたのです
イーヴァルディ達の所に少女が帰って来ました
但し、両親が見当たらず、少女一人だけです
イーヴァルディは少女に聞きましたが、一言
「領主様の所」
そう言って、少女は多くを語りませんでした
少女だけでも帰って来た事に幼い兄妹達は喜び、久しぶりに彼女の手料理を食べた時に大変な事が起きました
イーヴァルディが食事中に倒れてしまったのです
その瞬間、少女は泣き崩れてしまいました
イーヴァルディは何日も生死の境をさ迷い、少女は看病します
そして、ふたたび目を開けた時には、少女は泣き腫らした目をイーヴァルディに向けたのです
「ごめんなさいごめんなさい。お父さんとお母さんが領主様に人質に取られてしまって、私、こうするしか」
少女はイーヴァルディに訴えます
疑い深い領主が少女を手込めにする前にイーヴァルディに疑いの目を向け、召し抱える前にイーヴァルディの命を要求したのです
両親だけでなく、村人全員の命をぶら下げられた少女は、渡された毒をイーヴァルディに使うしか有りませんでした
ただし、毒を全ては使えず、結果的にイーヴァルディは助かったのでした
イーヴァルディは何も出来ないと泣き腫らす少女の訴えに、こう言ったのです
「後は、任せとけ」──

才人の活き造りは最終段階に入っていた
残った左手も全て刻み、さらに陰茎と玉も落とし、目を素手で抉り、舌を念力でヴァレリーが引っ張った所を切り落とす
もう、肉塊は痙攣するだけだ
「ふう、ベッドに造るか」
才人が汗を拭いて仕上げにかかる
「あれを手で運ぶの?嫌よ、汚い」
「魔法はまだ使える?」
「使えるけど、他の人質が無事だとは限らないから」
「だな。じゃあ見ててくれ」
才人がぞんざいに胴体を首を掴んで引き摺り、ドスッとベッドに置くと、今迄切り落とした肉を部位に応じて並べ始めた
「良し、終了。仕上げは警告文だな。コイツの血で書くか」
そう言って才人は指で壁に血文字を書き、終わらせたのである
「ほい終了。ちょっと一日位眠らせてやって。暴れられるとせっかくの盛り付けが崩れて困るから」
「えぇ」
そう言って、眠り薬を口に落とし、肉塊は眠りに付いたのである
才人は全身血にまみれた状態でジェシカ達に歩み寄った
才人の凶行を見た二人はガタガタいっている
そして血に濡れた顔を寂しそうに微笑みながら言ったのだ
「用は済んだから、他の人質の場所知ってたら案内してくれないか?帰ろう」
「その……姿で……ですか?」
「あぁ。この方が良い。向こうも言い易いだろう」
「分かり……ました」
シエスタの母は、そう言うのが精一杯だった
「本当に、馬鹿な男」
ヴァレリーはそう呟いて、二人に解毒薬を渡し、二人が飲むと扉を開いて眠り香の中、扉を開いた

──イーヴァルディは一人、深夜の領主の屋敷に向かい、領主の館に剣をもって侵入し、領主はそんなイーヴァルディの襲撃に余裕で立ち向かいます
領主は戦場で鳴らした豪傑だったのです
「ふん、やはり向かって来たか。自分に毒を盛る様な端女の為に動くとは、馬鹿な男よ」
その言葉に、イーヴァルディは答えます
「僕もそう思う」
「言っておくが、ワシを殺せば石以て追われるのはお前の方だ。なのに、何故刃向かう?」
領主の言葉にイーヴァルディは剣を構えてこう言います
「領主様の言う通りだと僕も思う。でも、何も出来ないと彼女が泣いたんだ。彼女は僕を助けてくれたのに。だから彼女を助ける」
はっきりと力を込めて、イーヴァルディは言いました
「だったら僕は、悪でいい」──

才人達が他の人質の部屋に案内され、才人が村雨でドアの鍵を断ち切る
キン
すると、呆気なく扉が開いた
こちらも魔法処理が施されてたらしく、香は浸透していなかった
シルエットで才人と気付いた人質が駆け寄ろうとして、凍り付く
才人は血塗れだったのだ
思わず下の子達が泣き出した
「うわぁぁぁ。才人兄ちゃんが死んじゃう〜〜!」
「大丈夫。怪我はしてないよ。すいません、遅れました」
才人がそう言って近付かない
才人の後ろに立ってたジェシカ達が駆け寄って、ジュリー達を抱き締めた
「皆、大丈夫?」
「だ、大丈…夫。ジェシカ姉ちゃんごめんなさぁい!わた…しのた…めに、ひっくひっく、うぇぇぇぇ!!」
泣きながら頷く子供達
そして、シエスタの父は才人に近寄り、聞く
「貴方が原因ですか?才人さん」
「そうです」
才人は即答し、シエスタの父が苦渋の顔で言ったのだ
「助けてくれたのは感謝します。けど、俺はこう言わないと……二度とタルブには来ないでくれ」
「解りました」
才人はそう言って踵を返し、その背にシエスタの父が悔しそうに言ったのだ
「俺を……軽蔑してくれ!俺は、あんたみたいな力が無いんだ!只の平民なんだよ!家族を守る為には……こう言うしか……うおぉぉぉ!」
バキッ
拳で床を殴り付け、涙を流す
「そんな事無いですよ。シエスタの両親は素晴らしい方々です、では。ヴァレリーさん、彼らを魅惑の妖精亭に」
ヴァレリーがコクンと頷き浄化を唱えると、才人は一人去っていった

──領主様の魔法と、イーヴァルディの剣が何度もぶつかり、そしてイーヴァルディの剣が、領主様を貫きました
「……見事」
領主様は倒れる時にイーヴァルディを賞賛し、力尽きてしまいました
戦場の豪傑は、最後迄戦いにおいては立派な方だったのです
そしてイーヴァルディが囚われていた両親を助け出した所で、館の主が何者かに害されたのに気付き、一気に大騒ぎになります
イーヴァルディは先に両親達を逃して、敢えて自分は姿を晒して囮になりました
イーヴァルディは更に数日かけて村に戻ると、兵士達が居たので上手く裏から侵入し、彼女達の家に戻ったのですが、今迄とはうって変わって、両親達にすら石を投げられてしまいます
長居が出来ないイーヴァルディは荷物を抱えて、さっさと逃げ出しました
両親達は助けてくれた恩人でも、領主の兵士達相手には庇えなかったのです──

才人は王宮に向かって一人歩いていた
「相棒、嫌な仕事だったなぁ」
「……そうでもない」
「ほんとかよ?」

「そうさ。俺は元々、ああいう奴を苦しめる事には、何の躊躇いも感じねぇ。だから、前から言ってるだろうが。俺は最低な人間だと」
「相棒よぅ。何時までも仮面被ってると、自分が解んなくなるぜぇ?」
「被り通せば、立派な本性だ」
「…ちげえねぇな」
「でもよ」
「おぅ」
「……たまには、泣きたくなるよな」
てくてくと雑踏の中を歩きながら才人は言い
王宮に入ってアニエスに面会を求めると、アニエスが飛んで来た
二人で会議室に入る
「何だ何だ?何か進展あったのか?お前、昼間の傭兵隊の殲滅はやり過ぎだ!あれ、今度の出兵に契約してた連中だぞ?」
「知らねぇよ。魔法学院落とすって言ってたから、全滅させただけだ」
「相棒の言う通りだぜ?きちんと矢文の証拠も渡してねぇか?」
「…確かにそうだが。まぁ、それとなく潜入中の部下を使って今回の噂を流したが、かなりビビり始めたみたいだな」
「じゃあ、もう一つ。アストン伯の関与が、ガリア経由の情報含めて割れたんで、活き造りにしてきた。明日引き取りに行ってくれ」
「活き造り?何だそれは?」
流石に何の事やら解らずに、アニエスは才人に聞く
「日本の調理法にある技法でね。魚を活きたまま捌いて、頭と骨だけにしても生かしておく調理法だ。凄い難しいんだぜ?」
アニエスはあからさまに嫌な顔をする
「お前……人間でやったのか?」
「ああ。シエスタが脅迫されて俺に毒を盛った上に、シエスタの母と従姉妹を弄び、家族を人質に取ってやがった。当然だろう?」
アニエスは息を飲む
「犯罪ではないか。何故我々に……そうか、警告か」
「御名答」
「解った。後は任せろ。もう休め」
アニエスがそう言うのを、才人は首を振る
「帰って仕事しないと」
アニエスはそんな才人に近寄り、胸に抱き締めた
「お前さ、気付いて無いだろう?今、凄い泣きそうな顔をしてるぞ?」
「……そうか?」
胸に収まった才人に、アニエスは言い聞かせる様に囁いた
「あぁ、そうだ。たまにはさ……泣いて良いんだぞ?なぁ、弱い所も見せてくれ」
「…そうか」
「あぁ、そうだ」
アニエスの慈愛と満足気な囁きに、才人は黙ってそのままで、アニエスは制服が濡れたのを感じ、更に囁いた
「今日は、私の部屋に泊まってくれ。お前を一人にさせたくない」
「……あぁ」
「ミシェルに仕事押し付けて早じまいするから、ちょっと待っててくれ」
本当に5分足らずでアニエスはミシェルに仕事を押し付けて、さっさと才人と王宮を後にしたのである

──イーヴァルディは村から離れて、独り歩いてます
そんなイーヴァルディを追った少女が話しかけました
イーヴァルディはこう答えます
「初めまして、僕はイーヴァルディ。君の名は?」──

アストン伯の襲撃事件は、翌日起きたメイド達により知らされ、一気にトリスタニア全体が沸いた
その際、銃士隊による捜査で襲撃されたアストン伯自身がかなりの無体をしてたのが発覚し、凄惨な状態で発見されたにも関わらず、余り同情や犯人捜しの追求が起きなかった
銃士隊隊長アニエスにより発表された事実は
・斬撃痕から、人間の膂力ではあり得ない事
・壁に血文字で、次はお前だ、イーヴァルディと署名されていた事
・アストン伯は領民、メイドに関わらず、杖で脅迫し、虐待していた
・襲撃に際し、目撃者は眠り薬で眠らされ居ない、若しくは殺されていた事
・アカデミーの水メイジの協力による喋れないアストン伯への聴取によると、生きながらに切り刻まれた事
・メイジではあり得ない剣の使用に、人間とは思えない行状は、正にイーヴァルディが出たのだろう
と、結論付けられ
アストン伯襲撃事件として、新聞を飾った
尚、余りに罪状が積まれて居たためにアストン伯は牢に収監されたが、牢にて死亡が看守によって発見された
環境の悪化に肉体が耐えられなかったと、検死をした医師の発表であり、その件そのものに取り立てて問題視する者は居なかった
しかし、犯罪者の取締りは封建貴族側から非常に強く要求されたが、アニエスは詰め寄る彼らに対し
「只の雇われアサシンでしょう。もう国内には居ないでしょうね。最近多いんですよ。陛下直属のゼロ機関に対し、100名を超すアサシンが投入されてますからな。死体見ますか?全て、通報を受けて銃士隊で回収して保存してますが?トリステインを亡き者にしたいのは、アルビオンでしょうね。貴卿らもそう思いますよね?いや、憎むべきはアルビオンですね」
そう言ったら、全員黙った
つまり、捜査は進めてるぞという脅しである
互いにアルビオンに罪を擦り付けるのが、一番なのだ
しかも、わざわざアストン伯の遺体迄、詰め寄った封建貴族達に公開され、凄惨な遺体を目の当たりにし、青ざめたのである
肝心な部分を言われないでも、全員震え上がった
そう、兎を狩る積もりで皆で狐を放って遊んでた積もりが、怒れる成竜を相手にしてたのを気付かされたのである
成竜は人間には対抗出来ない牙を剥いた。次に狩られるのは自分かもしれない
奴は封建貴族の権力を堂々と蹴り飛ばした
狩る側から狩られる側に立場が変わった彼らは、ある者は領地に逃げ、ある者は警備を増強し部屋に立て籠ってガタガタ震え、ある者は酒に逃げ、それらが出来ない者はヴァリエール公に詰め寄った
だが、ヴァリエール公はただ、こう言っただけだった
「私は殺せとは言ってない。卿らが勝手に動いただけだ」
事実そうである為、何も言えなかった
そしてヴァリエール公は用は済んだとばかりに館を引き払い、領地に戻ったのである
この事件後、発刊されたイーヴァルディの新作に伴い、アニエスのブラックジョークに引っ掛け、アストン伯襲撃事件はこう言われる様になった

イーヴァルディの暗殺者、と

──少女はショックを受けながらも、答えました
「へぇ、──って言うんだ。僕、その名前大好きなんだ。きっと、仲良く出来るだろうね。でも、僕は旅の途中なんだ」
そう、イーヴァルディはあっけらかんと言いました
彼女はそんなイーヴァルディにお礼を言い、イーヴァルディは去りながらも手を振っただけでした
彼女と両親達が領主の悪行を身を以て訴え、死後、数々の悪行が広まった後には、彼の姿を探した少女と村人達は、どこにも彼を見付ける事が出来ませんでした
そう、彼は別の所に行ってしまったのです──

シエスタが目を覚ましたのは、才人が起きてから三日後になった
目を覚ましたシエスタは、何故自分が生きてるか不思議に思い
「何で……生きてるの?」
その声に反応し、看病してた人から声がかかった
「お早うシエスタ。随分お寝坊さんね」
シエスタが側に居た彼女に振り返った
「ミミ」
「皆で交代で看病してたの。貴女を助ける為に、貴族様総動員よ。私、学院の貴族様見直しちゃった」
シエスタに飲ませた惚れ薬は症状が安定した後は、解毒薬が寝ている最中に処方されている
「起きれる?」
「う……うん」
シエスタがむくりと起きると、寝てる最中に届いた手紙を二通渡すミミ
「これは、ジェシカとお母さん?二人共に無事なの!?」
「私は良く知らないから、中身見てみて」
「…えぇ」
かさりと開けて中の便箋を取り出し、読み始める

シエスタ、大丈夫?
私達の方は大丈夫よ。才人さんが貴族様を連れて来てくれて、皆無事に帰れたわ
才人さんの怒りは凄いわね、私達には決して付いて行けないわ
あとね、シエスタには悲しいお知らせ
私達とタルブの村に、才人さんに二度と来ない様にお願いしたわ
私達はね、才人さんみたいには動けないの。何の力も無い、平民なの
才人さんに、迷惑かけられないの。あんなに悲しい背中、もう見たくないの
私達を嫌って構わないわ
でもね、貴女だけは、何があっても才人さんに付いて行きなさい
私達を助ける為に、誰よりも汚れた悲しい人の行為を、貴女だけは信じなさい
私の可愛い娘、貴女と才人さんの間に出来る子供、いつか見せてね

「お、お母さん…」
ぐしっと涙を拭いて、次の手紙を開く

シエスタ、大丈夫?
私の方は……知ってるか。ま、ジュリーを守れたからいっか、うん
才人さんに助けて貰って、才人さんの連れて来てくれた貴族様にきちんと手当てして貰ったから大丈夫だよ
才人さんって、怖い人だね。でも、凄い人でもあるんだね
私達じゃ、大の大人ですら逆らえなかった貴族を、あっという間にボコボコにしちゃうんだから
そうそう、家に帰ったらさ、お父さんと叔父さんが殴り合いの大喧嘩しちゃってさ、凄かったんだよ
「あんた達を助けてくれた恩人に何て事言ってんだ?馬鹿野郎!」って、お父さんがぶちギレて
「うるせぇ!手前に何が解る!村から逃げ出した半端もんがぁ!」って、叔父さんも完全に立ち向かって、お店は二人の殴り合いをショーにしちゃったわ
チップが飛びまくって面白かったわよ?
それで、私達が行方不明になったの、ジュリアンに知られてた
お父さんがジュリアンに手紙書いてたみたい
私さ、ジュリアンに会わせる顔が無いよって、お父さんに言ったの
そしたらさ、ジュリアンの方でも、偶々衛士隊と同乗してたらしくてお願いしたんだけど、最初はさっぱりで、才人さんの話を出したら、少し情報をくれたんだって
「今、無冠の騎士は難しい立場に立たされてる。恐らく巻き込まれたのだろう。現在は衛士隊は動けない。どうか、耐えて欲しい」って
更にね「我々は無冠の騎士の技量を知っている。多分奴が全てカタを付けるだろう。だから君は、此所で任務に励んで欲しい。我々は君を父母から預かっている。君を一人前にしたいのだ」って
軍人って、やっぱり格好良いね
でね、ジュリアンの手紙を見せて貰ったの
そしたらさ、こう書いてあったんだ
『何が起きてようとも、どんな姿になっていようとも、ジェシカ姉さんはジェシカ姉さんだ。僕は、ジェシカ姉さんが好きだって、今は言えると思う』って
私ね、泣いちゃった
お父さんの前でわんわん泣いちゃった
シエスタ、大事な話があります
私の初めてはジュリアンに上げちゃいました
そして、私には好きな人が居ます
その人は黒髪で年下の男の子で、最近男っぷりが上がって来た子です
私ね、お父さんにこう聞いたの
タルブにお嫁さんに行っていい?って
お父さんね「行きなさい」って、言ってくれたの
私、シエスタの妹になるね
貴女は才人さんの腕を離しちゃ駄目だよ?絶対だよ?

「ジェシカ……ジュリアン……」
手紙をギュッと抱き締めるシエスタ
そしておずおずと、ミミは日記を差し出した
「ゴメン、色々あって、見せちゃった」
「……そう」
シエスタは何も考えずに受け取り、無造作にぱらりと捲った
最後の方は、苦悩をずっと綴ってるだけだ
「日記……もう止めようかな……」
そしてぱらりと最後のページを捲ると、書いてない文章が追加されていた

頑張れ、負けるな ルイズ
良い格好しいは許さないわよ キュルケ
面白い文章が無くなるのは困る タバサ
貴女が居ないとギスギスするのよ、早く起きなさい モンモランシー
苦しみの後には楽しみが待っている、人生はこれからですぞ コルベール
最初から相談しなさい、私達ゼロ機関に不可能は無い エレオノール
そして最後には、格別汚い文字で、こう書いてあったのだ

起きた時には全てが終わってるよ。また美味しいお茶を淹れてくれ

「あっ………あぁぁぁぁぁ!!」
シエスタは涙をどっと流し、わんわん泣き始めた
「才人さん、好き!好きだよ!もう側に居ちゃ駄目なのに!才人さん!才人さぁん!うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そんなシエスタをミミは抱き締め、一緒にわんわん泣いた
二人共に、シエスタがどうなるか知ってるのだ
暫く泣き、泣き止んだ所でノックが響いた
ミミが泣き腫らした目のまま立ち上がり、扉を開けると、メイド長が病人食片手に立っており、ミミは道を譲った
「……メイド長」
「楽にしてなさい」
「…はい」
シエスタのベッドにテーブルを近付けて食事を置き、椅子に座る
「助かって本当に良かった。先ずは食べなさい。マルトー料理長の渾身の作品よ」
「あ、はい」
シエスタが大事に一口一口口に運び、更にメイド長が紅茶をシエスタに淹れて、シエスタは食後に飲む
「ご馳走様でした」
「才人さんの挨拶ですね。では、魔法学院メイド長として、職務規定に基づき、沙汰を出します」
「……はい」
「学院生の使い魔に毒を盛り、殺害しようとした貴女を雇い続ける訳にはいきません。懲戒解雇します」
「…はい」
シエスタは俯き、何も言わない
「行く当てはあって?」
もう、村にも帰れない
魔法学院を解雇されたメイドを、雇い入れる度量のある貴族は居ない。グラモン位か?
しかし、ギーシュは今は軍である
「……いえ」
「そうですか。それは助かりました」
流石に自業自得とはいえ、シエスタは今の発言にメイド長を睨む
「メイド長、皮肉が効きすぎです」
「皮肉では無いですよ。丁度、メイドを一人紹介して欲しいって来てまして。中々気難しい方々の所なので、適任が居なくて困ってたのよ」
「…私に行けと?」
「えぇ、紹介文は書いてるし、受けてくれると助かるわぁ」
才人の居ない所など、シエスタにとって牢獄も同然。だが、やってしまったツケは払うべきと考えて、シエスタは頷いた
「判りました。行きます」
「良かった。地図も書いてたから、紹介状と一緒に渡すわね」
メイド長は用意周到で、シエスタは黙って受け取り、黙々と身支度を始め、荷物を整え、出ていった

*  *  *
シエスタが地図を片手に来た所は、なんとコルベールの研究室の隣だった
「何で……建物が?いつの間に……」
真新しい建物はどうも魔法で建築されたらしく、繋ぎとかが殆ど無い魔法建築独特の形状を有していた
扉には小さい鐘が付いており、明らかに洒落ている
誰の趣味だろう?
鐘が付いてるのでそのまま扉を開けた
カランコロン
「あの、すいません。魔法学院メイド長の紹介で来た「やっと来たの。遅いわよ」
この声は聞いた事がある
部屋の中では、綺麗な金髪が後ろ姿で整理中だ
「……あっ」
すると、エレオノールが振り返った
相変わらずのクールビューティーを纏い、シエスタに着席を促し自分も着席し、紹介状を手の返しだけで要求し、シエスタも渡す
「あ……あのっ」
シエスタは何とか言おうとするが、エレオノールの目付きは非常に厳しく、紹介状を読んでいる
「……ふうん、成る程ね。貴女、ウチがどういう所か知ってる?」
どうやら、本気で面接らしい
思わず雰囲気に呑まれて、シエスタは姿勢を正して答えた
「えっと、非常に気難しい方々が居ると、伺いました」
「気難しい?何言ってるの?厳しいの間違いよ?解った?」
「は、はい!」
姿勢良くシエスタが答え、エレオノールは先程迄の厳しい所作から、格段に柔らかくなって、話し始めた
「ミスタの研究室に間借りは限界に来ちゃったから、学院の土地買って本部作ったのよ。家屋そのものが実験設備よ。貴女でゼロ機関の職員は4人目ね。貴女の給料は基本王政府より支給され、相場が支払われます。所長の方針により、ゼロ機関の成果は職員全員に還元される為、臨時収入も有ります」
「…はい」
「貴女の部屋は学院に間借りを受ける事を既に契約してあり、学院のメイド長に案内して貰って下さい」
「はい」
「臨時収入が有る分、厳しいわよ?休憩等は適宜取る事は構わないけど、その代わり、所長が徹夜だなんだと作業を滅茶苦茶やる可能性が非常に高い為に、そういう時は付き合いなさい」
「はい」
「それとこれ、渡しとく」
そう言って、エレオノールは鍵を一束渡した
全てがエレオノール謹製の魔法鍵であり、並の解錠は通用しない非常に堅牢な鍵だ
「それぞれ、倉庫兼作業場、事務室、休憩所、仮眠室、シャワー室、機関室になってるわ。ちなみに仮眠室はミスタは持ってない。自分の部屋が隣だから要らないそうよ」
「仮眠室?」
「貴女には、所長の世話をする義務が有るの」
そう言って、エレオノールはウィンクを一つした。公認発言である
「…あっ」
「但し、節度を守る事。良い?」
「はい……はい!」
段々とワクワクしてきた
「じゃあ、メイド。貴女の初仕事は、この看板を表に掛けて来なさい」
そう言って、エレオノールの美しい文字で書かれた、ゼロの意匠とゼロ機関本部の文字が踊っている看板をシエスタに手渡した
「はい!直ちに!」
シエスタはガタッと立ち上がり、看板を掛けに外に出、直ぐに戻って来た
「あ、あの、ミス、次の仕事は?」
「書類整理手伝いなさい。図面原本と複写図面、政府提出レポートに研究メモ並びに対策、出入金管理、各地の作業進捗管理、人員の配置、協力貴族との綿密な連絡。やる事山積みなのよ。私も貴女に事務をある程度移管するからね。只のメイドじゃ、やってられないわよ?」
「はい!」
エレオノールと共に書類を整理し、これを今迄一人でやってた事に驚き、本気で厳しいと実感し、気合いを入れて整理してると、カランコロンと扉が開き、人が入って来た
「やっと洗濯終わったよっと。お、新しい人が来たな」
そう言って、黒髪の男は背に負った大剣を下げて立て掛け、ジャケットも脱いだ
先程のエレオノールの対応を思い出したシエスタは、振り返ってピシッとした
今日から、この人が雇い主だ
「は、初めまして。ゼロ機関に本日より奉公させて頂く、シエスタと言います」
才人もピシッと顔を改めて、言った
「シエスタか、良い名だね。俺は平賀才人。何の因果か知らないけど、ゼロ機関の所長をやってるよ。うちは他と違って、たまに命懸けになるから厳しいよ?覚悟して勤めて欲しい」
「はい!」
「さてと、じゃあ所長から早速命令だ」
「はい!」
「シエスタがしたい事を、大声で言ってご覧?」
そう言って、才人もエレオノールと同じく、ウィンクしてみせた
二人共に、敢えて仕掛けたのだ
どんどんシエスタの中から、想いが溢れ出して来る
「はい!才人さんに飛び込んで、抱き付きたいです!」
才人はその言葉に両手を広げて、頷いた
「どうぞ」
シエスタは飛び込んで、そして泣き出した
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「あぁ」
「…家族を助けてくれて、ありがとう」
「…あぁ」
「もう二度としません」
「あぁ」
才人はそう言ってシエスタを優しく撫で、シエスタは暫く泣き止まなかった

*  *  *
「……良し。出来たのね」
タバサの部屋で原稿をとんとんと整え、シルフィードがニコニコしている
「シルフィの傑作、ここに誕生なのね、きゅいきゅい」
そして鼻をヒクヒクさせて、才人の食事の匂いを嗅ぎ取ったシルフィードは、一目散に窓から飛び出していった
「ごはんごはんご〜は〜ん!きゅいきゅいきゅいきゅい」
そう言って飛び出し後、タバサの部屋に青髪の男女が二人現れて、シルフィードの原稿を読み、ニコリと笑って書き置きを残し、原稿事消えたのである

──あなたが大変困った時に、その名を呼んでみましょう
きっと、隣に剣を帯びた人が笑って、こう言ってるかもしれません
「困った事が起きたのかな?なら、僕に任せとけ」──

*  *  *


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