XX1-278
Last-modified: 2012-10-20 (土) 18:59:09 (4206d)
一足先に進軍していたギーシュ率いる中隊と装甲擲弾兵連隊は、広場に伝わる所で孤立し、急襲に耐えていた
味方の退きが余りに早く、下がる事も出来ず各個撃破の繰り返しだ
押しては引き、引いては押す。地の利はアルビオン側にあり、少しずつだが、確実に戦力が削られて行く
「チキショー!こういう事か、糞ったれ!」ニコラが悪態を付いては指揮に大忙しだ
そしてギーシュは、呆然としていた。余りの展開に、頭が付いて来ないのだ
「え?何?」「頭下げて!」
パパパパーン
ギーシュがニコラに無理矢理頭を伏せられ、銃弾は空を切った
「糞、せめて防塁を築ければ」
ギーシュが万全なら魔法で築けるが、ギーシュは今、自失から立ち直ってない
その横に弓が降り注ぎ、銃身で振り払うが、何発か貰って倒れる者が追加される
装甲擲弾兵を見るが、目の合った連中からは、諦めの目が向けられた
彼らは元々クラスが低いのだ。他部隊に命令無しでサービスする訳にはいかない位、台所事情は厳しいのである
「僕、こんな所で何やってるんだろ?」
「失礼します、隊長殿」
ニコラはそう言って、ギーシュを拳でぶん殴る
ドカッと石畳のギーシュは倒れ、ニコラを呆然と見る
「しっかりして下さい、隊長殿!今の苦境を切り抜けるには隊長殿が必要なんだ!隊長の魔法が必要なんだ!隊長は自分の事を御飾りと思ってるかも知れんけど、俺達の中では唯一のメイジなんだ!しゃっきりして下さい!そんな様で、グラモンなんか名乗るんじゃねぇ!」
「え、でも……僕の魔法じゃ……」
「このまんまじゃ、俺達は全滅です!今は出来る事をして下さい!」
呆然とするギーシュの耳に、メイジに通じる遠話が届いた
〈此方、ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊じゃ。皆の衆良く聴け。トリスタニアにはイーヴァルディが救援に向かっておる。兵よ、立ち上がれ!タルブの英雄の確約じゃ!トリスタニアは助かる!だから、お前達も持ち場を死守せよ!さすれば勝利は目の前じゃ!〉
タルブの英雄、イーヴァルディ。この二つの言葉は、ギーシュに深く深く浸透する
そう、すっくと立ち上がると、薔薇の杖を抜いて、一気に詠唱
「イル・アース・デル」
ギーシュ達の前に、錬金により石の防塁が出来、銃弾や弓矢からの盾になり、隊員達から歓声が上がる
「よっしゃあ!」「流石メイジ!やるな隊長!」
今までのが嘘みたいだが、ニコラは気付いた
ギーシュの足元は震えている
「僕は、才人に恥ずかしくない戦いをする。僕に指揮権を寄越せ!グラモンが四子、ギーシュ=ド=グラモンがお前達を生還させてやる!」
「勿論!お供しますぜ、隊長殿!」
ニコラが唱和し、中隊全員が頷いた
「隊長、竜騎士接近中!我々を焼き払う積もりです!」
「02式擲弾用意!短銃三段撃ちだ!総員装填!」
「ウィ!」
ギーシュの声に全員装填し、次々に音が重なる
「両手で狙え!第一〜てぇぇぇ!!」
パパパパーン
擲弾の発射音が鳴り響いた
「第二〜〜てぇぇぇ!!」
パパパパーン
明らかに音の数が多いのだが、誰も気にしていない
「第三〜〜てぇぇぇ!!!!」
パパパパーン
時間差で空中に撃たれた1000発近くの擲弾は、近付いた竜騎士の魔力に反応し、炸裂
更に炸裂したディテクトマジックの残渣に反応して連鎖爆発を起こした
凄まじい爆音を響かせた中に竜騎士が突っ込み、煙の中から出た時には騎士の頭は垂れており、竜も白眼を向いていた
だが、その様を見る前に、ギーシュは先程の射撃命令から間髪入れずに、次の命令を出していた
「装甲擲弾兵!防御詠唱重ね掛け!使い切れ!」
「おおぉぉぉ〜〜〜!」
そう、衝突コースに突入しており、密集した部隊に巨体が墜落を始めていたのだ
本来越権行為なのだが、ギーシュの声に何の疑問も無く装甲擲弾兵が従い、重ね掛けで防御魔法を展開し、そこに竜が衝突した
ズズズン
肉の潰れる音が鳴り響き、ギーシュの目の前に、竜騎士の巨体が横たわっている
「無事ですか、隊長殿?」
「……あ、僕……」
またガクガクし出したギーシュの横っ面をニコラは張り飛ばした
パァン
「あんたは間違って無い!俺達じゃ、火竜のブレスは防げない!100人の犠牲を出したんじゃない!900人の仲間を救ったんだ!」
ペッと血と唾を吐き捨てたギーシュは頷いて、更に指示を飛ばす
「本隊と合流して立て直す!突破力の有る装甲擲弾兵は先陣を切れ!僕らは殿だ」
「ヤー」「ウィ」
今の衝突で指揮官を失った装甲擲弾兵は有無を言わずに敬礼し、ニコラ達も敬礼した
今は四の五の言っている暇は無い。本隊と合流して、再度攻勢をかけるのだ
「僕は…生き残る。だから才人、陛下とトリスタニアを頼むよ」
* * *
トリスタニアの街に、突然ぽっかりとオークとトロルが出たのは昼下がりだった
街行く人は、突然の闖入者に暫くぽかんとしていたが、トロルが鉄の棍棒を振ってグシャリと潰され、オークが自分達に食い付いた瞬間に、阿鼻叫喚の騒ぎになってしまう
「いやぁぁぁぁぁ!!」「うわぁぁぁぁぁ!!」「助けて、助け!」
オーク達は勃起したモノをブルブル震わせながら、繁殖に使えそうな雌を捕まえるとその場で犯し、雄は潰し、子供は食らい付いた
「王宮に伝わる迄30分って、所か。あの浅はかな王女の事だ、自身で前線に立つとか言うだろうよ」
そう言ってワルドは吐き捨て、ムーアが確認する
「確率は?」「まぁ、5割だろう。周りが止めるかも知れん」
「そうか」「何処に居ようが構うまい。衛士隊や銃士隊が亜人共に対処してる間に」
「我々が女王を頂くと。実に素晴らしい戦術だな。我らの主は」「全くだ」
「では参ろうぞ」
姿を消した一団は、音も無くその場から消えたのだ
その中で、フーケは考え込んでいた
『前からクロムウェルは王家に執心だったね?始祖ブリミルの虚無の血統って、奴か?なら、アンリエッタが手に入れば、テファへの追求の手が緩むかな?いやいや、アイツは底無しの女好きだ。テファみたいなハーフエルフなんざ喰いたくて堪らない筈。コイツら全員に気を許しちゃ駄目だぞ、マチルダ』
* * *
連絡を受けた当直のジェラール=ド=グラモンは、同じく当直だったミシェルと共に突然の急報にベッドから立ち上がった
「くっそ!こんな時に亜人の急襲だと!?アルビオンが確か亜人の使役に優れてたな!奴らの戦術か?」
「……行くのか?ジェラール」
「あぁ。ミシェルは王宮の防備を固めろ」
そう言って、全裸のミシェルにキスをすると、ジェラールは手早く身繕いを整える中でミシェルは言い放った
「死ぬなよ」
「解ってる。結婚式は何時が良い?」
「気が早すぎだ、戯け」
「結婚前に未亡人にはさせないさ」
ジェラールはウィンク一つをしてから出て行き、それからミシェルは彼の精が注がれ、垂れたモノをそのままにしながらも下着を穿き、身繕いを始める
彼は自分の為に平民になると言った。信じられない
給料は安いけど、二人で小さいけどささやかな家を作ろうって、言ってくれた「何処に?」私が聞くと「ミシェルが住みたい所」そう言ってくれた
「貴族じゃなくて良いのか?」「あぁ、構わない。兄貴が継いでるし、俺が口説きまくってたのは、お前を見付ける為なのさ。探し物は見付かった。女遊びももう止める」
信じられなかった。でも、本当にスパッと全員と手を切って、序でに大量に傷を作って戻って来た
「いやぁ、5回位殺されそうになったわ」そう言って、にこやかに笑うジェラールに、私は慌てて傷の手当てをした
「私なんかの何処が良い?」「俺に靡かない所」全くコイツは…本当に足らしだ「それは残念だ。そんなミシェルは居ないらしいぞ?」私はそう言ってやり、彼の胸に寄り添いキスをした
思い出し笑いをしたミシェルは「ま、絶対奴は浮気するからな、うん」そう言って、扉を開けた
そこは既に前線だ
ミシェルも決意を秘めて、前に出たのだ
「私みたいに弛んでる奴は居ないか?総員第一種戦闘配備急げ!休暇中のゼッザール殿と連絡を取れ!急げ!」
* * *
アニエスは寝床は何処でも良かった為に、敢えて周りから距離の有る倉庫に陣取った
中には無害レベルのマジックアイテムが雑然と置かれており、宝物庫と同じく、一見しただけじゃ何が入っているか解らない
結局、タングルテールの虐殺の手掛かりを求めて魔法学院に行き来した際にも調べたのだが、王宮と同じくアカデミー実験小隊の隊長は解らず仕舞いだった
「20年前だから仕方ないとは言え、こうも露骨に消えてるのはな。全く、ロマリアめ」
大筋は判明しているので特に問題は無いが、下手人を生かしたままにする気は今も無い
結局、ミシェルの行動は自分の行動そのままだ
だから、ミシェルを攻める気が無い。所詮同じ穴の狢だ
そんな事を思い出し、更にミシェルが此方に配属前に照れて言い出した事を思い出す
銃士隊の隊長室で、ミシェルから切り出された
「隊長、いやアニエス。貴女に伝えないといけない事がある」
「何だミシェル。改まって」
もじもじしたミシェルなんか、初めて見る光景だった
「あの……私……け……け……結婚する……事に……なった」
最後の方は、余りに小さい声で聞き取れ無かったので、改めて聞いてみる
「済まん、小声で聴こえなかった。もう一度言ってくれ」
ミシェルが慌ててる様も初めて見る
自分と同じく、勤勉実直が売りだったので、実に新鮮味がある
「あの……だから……結婚!する事になった」
「……」
思わず無言で睨み返し、ミシェルがバツが悪そうだ
まぁ、私としては、友人が幸せになるなら祝福する気は満々にある
「相手は?」「…ジェラール」
また聴こえない
全く、恥ずかしいのは解るが、旦那に挨拶しなきゃならないんだ。相手の名前は知らなきゃならん。勿論、挨拶は剣になるが、ミシェルの旦那だ。問題無いだろう
「ジェラールだ!」「まさか、あのジェラールか?」
「そ、そう」
剣から銃に切り替え、勿論ドレッドノートだ
「とりあえず挨拶に行って来る」
私がそう言って陛下から頂いた03式銃に赤弾を弾込めし、ガチンと音高くセットすると、慌ててミシェルが私の腕を掴んで止め出した
…こんなのミシェルじゃない
「わぁ!待って待って待って!とにかく話を聴いてくれ!」
ミシェルがそう言うので、仕方ないから私は頷いて話を聴いた
ミシェルの為に平民になる事、今まで付き合っていた女と全員別れた事、もう彼の寮で暮らし始めている事
ミシェルも満更ではない事
次々と言われた内容に、私は注文を付けた
「悪いが、ジェラールは貴族からは降ろせん。お前がグラモン夫人になれ」
「…え?」
「奴より有能な指揮官は中々居ない。平民じゃ睨みがきかん。私から付ける注文はそれだけだ」
「だけど、私は貴族になる手柄は上げて無いし」
「第二代銃士隊隊長と言うのはどうだ?」
そう言ってからかってみると、怒り出した
「あぁ!?アニエス、あんた私に銃士隊押し付けて、男に走る積もりだなぁ!?」
「先に走った癖に何言ってんだ?」
そう言って、お互いに年頃の女らしく、珍しくお互いの男で盛り上がり、そしてミシェルは頭を下げた
「今まで、酷い役目やらせてゴメン!好きな男に、初めてあげたかったよね?」
「過ぎた事だ」
「でも」
「才人は気にしない……多分な。アイツはな……懐広いんだ」
「…そっか。あと、もう一つ」
「何だ?」
「あの時に逮捕しないでくれて、有り難う」
「何の事だ?」
ミシェルはその言葉に、拳をポフって私に入れて、私はミシェルにポフって、返す
「あぁ、冗談抜きで平民落ちは無しで頼むぞ。陛下に直訴するんで覚悟しろ。ミシェルも明日からマント付きにしてやる」
そう言うと、ミシェルは私に敬礼する
「了解です、隊長」
出立前に陛下にもう一度謁見して直訴したらにこやかに頷いて居たから、あの調子なら次の人事異動時に貴族だな
グラモンが貴族じゃないと困るのは陛下だ
いつの間にか自分にも、権謀が付き始めたらしいと、アニエスは思い出して、笑みを浮かべて居たが、周りの異変に気付いた
静か過ぎる。メイド達の働く音がしない
咄嗟に短銃と剣を握って抜き、鏡の背後に隠れる
すると、走りよる音が聴こえて来た
アニエスは努めて息を殺し、来る者に備える
ガチャ
開けたシルエットは男。学園内では殆ど居ない、そして詠唱を始めたのを知りアニエスは姿見の鏡を相手に叩き付けた
バキッ
そのまま相手の首筋にサーベルを突き立て、一撃で仕留める
そして、出た相手は敵だったのが、服装で判った
仮にも治安担当である。特徴的な身なりは諳んじる事が出来るのだ
「ふぅ、間違えずに良かった」
間違いで殺したかと、内心冷や汗たらたらだったのだが、杞憂に終わって難しい顔をした。敵襲である。今動ける人間は少ない
「先ずはゼロ機関を確保。彼処に行けば補給が効く」
そうしてアニエスは出て行き、後には死体と壊された鏡が残っていて、全てが終わった時に新しいマジックアイテムの製作費用を後で銃士隊が請求されるのだが、後日談である
* * *
キュルケの部屋の窓ガラスが外からこつこつ叩かれて、キュルケは寝惚け眼のまま、カーテンを開けてみると、タバサが浮いていた
「どうしたのタバサ?朝から珍しいじゃない」
「襲撃」
その言葉にキュルケは真顔になり、耳を澄ますと微かに悲鳴と怒声が聴こえて来た
「一度退く」「同感ね」
キュルケは手早く身繕いを済ませると、タバサと共に窓から飛び降りた
* * *
エレオノールは自宅に帰らず、彼の匂いが残る仮眠室に寝泊まりしていた
シエスタも一緒であり、理由は同じだ
更にシエスタには別の心配もあった為に、同じ部屋だ
理由は、エレオノールの落ち込み振りを心配しての事だ
「ミス、ほら起きましょう。才人さんが帰って来た時に、何もやって無いのかって、言われちゃいますよ?」
「…ん、もうちょい」
そう言って、才人の残り香の残るベッドをくんかくんかするエレオノール
もう随分と自分の匂いで上書きされたが、まだまだ大丈夫。この匂いが有れば、エレオノールは後10年は戦える
「もぅ、早く起きて下さいね〜〜」
そう言ってシエスタが出て行き、部屋の中を掃除してると、ガチャガチャ音がするので返事をしてみた
「どちら様ですかぁ?営業時間迄、まだ有りますよ〜?」
「開けろ!」
シエスタはその瞬間に真顔になった
今は男は居ない。学院関係者でゼロ機関にこんな口を叩く奴は居ない。なら外の貴族。そして外の貴族は敵だらけ
此処まで思考を繋げると、エレオノールを再度起こしに行く
「ミス、ミス起きて下さい。不審者です。不審者ですよ?」
エレオノールはぱちくりと目を覚まし、ゆら〜りと立ち上がる
「そぅ、不審者。なら、いたぶって良いのよねぇ?」
うふふふふと笑い出したエレオノールにシエスタは冷や汗を足らす
そして鍵ががちゃりと開かれると、男が飛び込んで来た
カランコロン
「何だ?あのまま籠城すんのかと……」
侵入した男が見たのは、書類仕事をしている、眼鏡を掛けた金髪のクールビューティだ
「ゼロ機関にようこそ、お客様。当機関は取引に積極的なお客は大歓迎です」
「な、何?」
「ご希望の商品はなんでしょう?マスケットライフル、マッチ、ミシン、新型船舶。研究用なら顕微鏡、雷発生実験装置等、順次リリース予定です」
いきなり商品を滅茶苦茶に羅列されて解る訳も無い。男はエレオノールのペースにハマってしまう
「何訳わかんねぇ事言ってんだ!良いから来い!お前は人質だ」
そう言って杖を向けた男に、エレオノールは逆手に持っていた杖を指で返して軽く振った
「な?メイジ!?」
杖を出した時には既に決していた
頭上にレビテーションで浮かされていたシエスタの魔法が解かれて男の背後に落下し、振りかぶっていたシエスタのフライパンが男の頭に直撃したのだ
クアァァァァン
シエスタの体重が乗った激烈に重い一撃を食らって、男は昏倒する
「うん、やっぱり私は、フライパンが手に馴染みます」
そう言って、にこやかに笑うシエスタ。人を張り倒しての笑顔もどうかと思うが
こうして、アニエスがゼロ機関に到着した際には、捕虜が一人、拘束されていたのである
* * *
寝起きを襲撃されて教室に集められた生徒達は、大半が寝間着姿であり、メンヌヴィル隊の男達はニヤニヤしながら無遠慮に眺めて、女生徒達は杖も無い有り様で、必死に身体を腕で隠すしか無い状態であり、逆に嗜虐心を注いでしまう事に気付いていない
「おい、爺。学院関係者はこれで全部か?」
オスマン含めた教師陣も拉致られており、相手の手際の良さにオスマンは感心しきりだ
「ここ迄見事にやられるとはのぉ」
「警備から何からザルじゃねぇか」
「全く、盗賊事件以来さっぱり変わらないらしいみたいだのぉ」
そう言って、女性教師陣を見回し、全員が気まずそうに目を反らした
そう、男性教師たる彼は居ないのだ
そして、自らの使い魔が天井から顔を出してるのを確認すると、顎髭をさするオスマン
「もう一度聞くぞ、爺。これで学院の貴族は全部か?」
「そうじゃよ。で、我々をどうする積もりかね?」
「何、アルビオンに御招待だ。嫌だと言うなら結婚相手を紹介してやるぞ。豚面の旦那をな」
「……!?」
女生徒達が息を飲む。女達には最悪の結末だ「い、嫌」
「嫌なら大人しくしていろ。俺を含めて部下共を刺激すると、ロクな事にならんのは保証する」
その言葉に、女生徒達は身を寄せ合ってメンヌヴィルを見るしか無かったのだ
だが、その様は、メンヌヴィルの部下達が欲情をもよおすには充分だ
「隊長、やっちゃって良いでしょ?」
「取引にならんから止めろ。死にもの狂いになられたら、取引相手が減るだろうが」
「ちぇっ。お預けかよ」
「逆らった馬鹿なら好きにして良い」
「やった!ひよこちゃん達、頑張って抵抗してくれよ〜!」
そう言って、舌舐めずりする部下に、メンヌヴィルは興味無さげだ
そう、彼は窓の方を向いていた。その時、ガシャアァァァンと窓硝子が割られ、マンティコアが襲いかかって来た
「ガァァァァァ!」
だが、メンヌヴィルは杖たる鉄棍を、咆哮から噛み付きの為に口を開いたマンティコアに突き入れたのである
グズッ
肉を裂く音が響き、串刺しにされたマンティコアが痙攣する
「…マンティコアは好かん」
ビクンビクンと痙攣するマンティコアに、メンヌヴィルが呟くと炎に包まれた
ゴォッと一気に火葬されるマンティコア
その光景に、一人の女生徒が悲鳴を上げてしまった
「いやぁぁぁぁぁ!?私のギィ〜〜!止めてぇぇぇぇ!!」
周りが慌てて止めるが、半狂乱になった女生徒はメンヌヴィルに飛び出して行ってしまう
「止めて!止めてよ!私の使い魔よ!殺すの止めて!」
メンヌヴィルの背中を無茶苦茶に涙を流しながら叩く女生徒に、火葬を済ませたメンヌヴィルは振り向き、背筋も凍る声で宣ったのだ
「ならば、お前も使い魔の後を追え」
がしりと女生徒の首筋を片手で掴んで持ち上げるメンヌヴィル
「い、ぐっ」「止めい!」
嗄れてはいるが、貫禄の声が轟き、メンヌヴィルが振り向く
「何だ爺。大人しくしない奴は、ロクな事にならんと言った筈だ」
「そう言うでない。前途有る生徒を見捨てては、教師の名が泣くのでな。この爺の首をくれてやる。だから、彼女を離してはくれんかね?」
メンヌヴィルは見えぬ目で、思わずオスマンを見返してしまう
「…ほぅ。良かろう。だが、質問に答えてからだ。小娘、使い魔はお前の差し金か?」
降ろされた生徒はケホケホしながらも、首を振って答えた
「違う。ギィは私のピンチと知って、飛び込んで来たの」
それを聞くと、メンヌヴィルも頷いた
メンヌヴィルとてメイジである。使い魔の有り様位知っている
「主人想いの使い魔と爺に感謝しろ」
そう言って、待機姿勢に入った
* * *
集められた教室の場所をモートソグニルの案内で知ったエレオノールとアニエスは、茂みの中で様子を見ながら舌打ちをしていた
「ちっ、我々の警備すら掻い潜って来たのか!?部下達も全滅させられてるんじゃ?」
「可能性は否定出来ないわね」
「モートソグニルさん、モートソグニルさん。あれ?駄目ですミス。モートソグニルさん、どっかに行っちゃいました」
案内をしていたモートソグニルが、いつの間にか消えているのをシエスタが報告するが
「二十日鼠なんか戦力にならないわ。偵察してくれただけで充分よ」
「はい」
エレオノールの発言にシエスタが頷いて、エレオノールはシエスタを促して去ろうとするのを、アニエスが呼び止める
「おい、何処に行くんだ?」
「私達の仕事をするの。メイド、行くわよ」
「はい」
「ちょっと待て。この様で留守を任せた才人になんて言い訳「だからよ」
そう言って、エレオノールはシエスタと共に去ってしまった
「あら、入れ違い?」
アニエスに別の方角から声をかけられ、アニエスが振り向くとキュルケとタバサが居た
「お前達か。人質をどうにか解放したい。協力してくれ」
アニエスの言葉にキュルケはタバサを振り返って見て、そして肩を竦める
「無理だって」
「あのな、あっさり手を上げるのもな……」
「タバサがそう言ってるの。私達じゃ破壊力有り過ぎるのよ。人質事殺しちゃうわ」
キュルケの言い分に、アニエスがしかめ面をしてみせる
「威力下げれば何とかならんか?」
「反撃喰らうわよ」
アニエスはその言葉に暫く思考する
「…被害担当が居れば良いのか?」「まさか…」キュルケの問いに軽く頷くアニエスに、キュルケは思わず舌を巻いてしまう
平民上がりとは言え、やはり近衛隊長は違うと再確認するが、キュルケもアニエスみたいな人には、死んで欲しくない。難しい顔をしていると、肩にぽんと手を置かれて思わず肘打ちしながら振り返ると、肘を軽く受け止められ、輝かしい頭の頼りになる男性教師の姿が居た
「生徒を助けるのかね?だったら、私の指示に従ってくれたまえ。共同戦線と行こうではないか」
「ミスタコルベール?」
アニエスの問いにコルベールが頷いた
「全員魔法通信機を着けてくれたまえ。反撃と行こうではないか」
* * *
メンヌヴィルは、移送作業を行う為に部下を集める指示を下したが、反応が今一で、舌打ちをしていた
「どういう事だ?おい、爺、これで全部と言ったではないか?誰か他に居るだろ?」
「おおう、そう言えば、銃士隊が最近警備に就いておったのぉ」
顎鬚を撫でながら思い出した様に言うオスマンにメンヌヴィルは、厳しい目を向ける
「これで全部と言ったではないか?」
「学院関係者ではないぞい。嘘は吐いておらん。それに、そなたら、銃士隊を突破したのではないのか?」
メンヌヴィルはその答えに苦笑する。確かに、嘘は言ってない
「後で覚えてろよ、爺」「さて、最近物忘れが酷くてのう。年は取りたくないものじゃて」
すっかり惚けるオスマン。メンヌヴィルは、これ以上は問答の無駄として、現実の対応をし始めた。その時である
ダァン
銃声が鳴り響き、メンヌヴィルと共に居た部下が、警戒に散った仲間に遠話で連絡を取った
「おい、どうした?仕事中は女達捕まえて遊ぶのも程々にしろと言っただろう?」
〈違う、攻撃だ。位置が掴めねぇ〉〈ダン〉〈うわっ!?〉
そこで通信が切れ、メンヌヴィル隊の男達は、顔を険しくする
「隊長、不味いっすね」「何時もの事だ」
メンヌヴィルの答えに、部下はあっさり頷く「それもそうっすね」
彼らは常にキツイ場面に投入されてるが為に、こういった事態は慣れっこだった
「撃破する」「了解」
簡潔なやり取りに、女生徒達は怖れの色を濃くしたのである
* * *
シエスタは、03式に固定座を装着して、風の塔の屋根からエレオノールと共に眼下の男達に狙いを定めていた
「う〜ミス、当たりません」「才人みたいには行かないか」
「この小っちゃい望遠鏡、見辛いです」「ああもう、高いのよ?使いこなしなさいよ」
「私に才人さんの技量求めないで下さぁい」「…仕方ないわね」
スコープを覗いてたシエスタに、エレオノールは、錬金でモノクルを生み出すと更に魔法を掛けて、シエスタに手渡した
「はい、コイツならどう?」エレオノールが、シエスタにモノクル型スコープを手渡して、装着していたスコープを念力で取り外して回収する
「わあ、良くみえます」「さっさと殺るわよ。後輩見捨てたら、ヴァリエールの名前に傷が付く」「はい、ミス」
頷いたシエスタは、脚を開いた間に03式を構え、モノクルスコープから銃の照準を覗くと、引き金を引いた
ダアァン!
すかさず排莢して弾丸をセットすると撃鉄を起こし、照準を合わせて引く
ダアァン!
シエスタの支援射撃が始まると、エレオノールが通信機に語りかけた
「ミスタ、突入して」「やった!当たりました!」
「気を抜くな。次よ」「はい、ミス」
* * *
シエスタの銃撃が始まると、コルベールは03式擲弾を割れた窓ガラスに複数投げ入れた
室内に居たメンヌヴィルの部下が、投げ込まれた擲弾に反応する
「擲弾?人質事か!?」
そう言った時には、擲弾から大量の煙が吹き出し、全員咳き込んだ
「ゲホッゲホッ」「糞っ、味な真似を!」
メンヌヴィルの部下達が吐き捨ててると、煙の中から褐色の手が女生徒に伸び、思わず悲鳴を上げようとする女生徒の口に手を置いて、キュルケがウィンクして案内し始めると同時に、アニエスとタバサが襲いかかった
同士討ちを避ける為に、ブレイドとサーベルでの攻撃である
「があっ!?」「ぐっ」
一合目は彼女達に軍配が挙がったが、二合目はメンヌヴィル隊に軍配が挙がる
メンヌヴィルがフレイムスプレッドを詠唱し、辺りを構わず炸裂させたのだ
ババババン!
煙と共にアニエス達も吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた
「グ………ア」
「中々やるな。だが、こちらが対応出来ると思わなかったのか?」
煙が晴れるとジャリジャリと歩いてメンヌヴィルがアニエスに歩み寄り、鉄棍を振り上げると、アニエスは動けず、睨む事しか出来ない
そんな中人影が一人、飛び込み様蹴りを放ちつつ、そのまま炎を出してメンヌヴィルに絡み付かせたのだ
「ぐっ、誰だ?」「生徒たちはやらせる訳には行かない。シュヴァリエ、生徒たちを頼む!」
コルベールは、着地と同時に、凄まじい攻勢を掛け始める「お前の温度、何所かで?」メンヌヴィルの問いには答えず、コルベールは衛士隊より洗練された、剛の魔法格闘をメンヌヴィル相手に見せ始めた
「ウル・カーノ・イーサ・ティール・ギョーフ」
掌打を腰を沈めながら放ち、水月(鳩尾)に当てて呼吸を一時的に止め、敵の詠唱を阻害、そのまま通常は一本の形成で精一杯のファイアランスを複数現出させ、一気に解放したのだ
「うおおおおおおお!?」
堪らなくなったメンヌヴィルが、フレイムウォールを出す時間を稼ぐ為に、外に飛び出した
ガシャァァァァァァン
そのまま二人が外に飛び出し、お互いに睨み合う。すると、メンヌヴィルから、心底堪らないといった感じで、抑えられない哄笑が迸る。そう、高々と笑ったのだ
「くくくくくく……うわっははははははははは!!その技巧、その炎!やっと会えたな、我が隊長ジャン=コルベール!俺の事を憶えて居るか?あんたの部下のメンヌヴィルだ!そう、あんたを殺そうとしたメンヌヴィルだよ!」
心底可笑しいのか、メンヌヴィルは笑いが止まらない。コルベールは、そんな元部下を冷ややかに見つめた。盲目のメンヌヴィルは気付かないが、憐みの目である
「まだ殺生の道を歩んでいたか、メンヌヴィル」
「ふははははは!何を言ってる?俺をこの道に引き込んだのは隊長!あんたじゃねぇか!20年間あんたを越える為に磨いた炎、とくと味わってくれよ!なあ?アカデミー実験小隊の隊長さんよ?」
コルベールは何も言わなかったが、その言葉に反応した者が居た
「…何……だ……と…?」
ダメージを負ったものの、痛む身体に鞭を入れ、生徒や教師の避難誘導をしていたアニエスである
「ちょっとシュヴァリエ、今は避難が先よ。足手纏いが居たら、コルベール先生も戦えないわ」「…そうだな」
キュルケに促され、アニエスも避難誘導に専念する事にし、コルベールとメンヌヴィルの一騎討ちの様相を呈し始めた
「隊長!」
その言葉に振り向いたアニエスに、銃士隊の隊員が走り寄ってきた
「アメリーか。被害は?」「第一分隊2/3が戦死。10人程捕虜に。捕虜は武装解除されて、裸に剥かれたのを確認しました。動けるのは、隊長と私含めて10名も居ません」
アニエスは報告を聞くと即決する
「捕虜になった連中は、余裕が出来たら取り返す。基本は戦死扱いだ」「…ウィ」
「動ける者を集めろ。掃討する」「ウィ」
「非戦闘員は、動くなと伝えろ。誤って殺されても知らんとな」「了解です」「行け」「はっ」
「戦える者は手伝って貰うぞ。じゃなければ、全員破滅だ。いいな?」
アニエスが避難誘導している少女達に振り返り、その言葉に、ダメージが少なく動ける少女達が不承不承頷いた
今は、四の五の言っている事態では無いのだ
* * *
「わ、わ、わ、わ、ミス!ミスタコルベールが敵と戦ってます!狙えません!」「避難してる生徒の支援に切り替えるわ」
エレオノールの言葉に頷いたシエスタは、一人、男が飛んで来たのを見て慌てて引き金を引いた
カチン
「あぁ〜!?弾込めなきゃ!?」「遅ぇ!」
そう言って、飛び出して来た男の前で、朗々と美しい声で、詠唱が轟いたのだ
「イル・アース・デル・ソーン・イーサ・ハガラース」
先程の錬金と同じく塔そのものを材料としてパルチザンが唱えられ、フライで到着した男の前に、陽光に煌めく2メイルを超す水晶の槍として現れた。男は思わず呆然としてしまう
本来、頑強な建築物には、非常に強固な固定化がかけられ、並の術者では建物の魔法効果を破る事が出来ないのだ
ズグリと肉を貫く音が伝わり、「馬鹿な…固定化を退けたのか…?」「その通りよ。雑魚風情がヴァリエールの手に係る栄誉、味わいなさい」
男は今際の際で呟く「…ヴァリエール……あんたが……」
煌めく水晶の槍に貫かれた男は墜落して行き、エレオノールはシエスタに伝える
「居場所がばれた。移動よ」「了解です、ミス」
* * *
タバサは、避難誘導をしている最中、不自然な遺体を何体か確認し、皆には伝えずに一人考え込んでいた。遺体は全て共通の傷で、首筋に針の様な物を刺されて、出血多量で死んでいたのだ
一体あれはどういう攻撃手段か皆目見当がつかない。手段は解るのだが、接近を察知させない手段が解らない
エストックが狙うのは心臓だ、首筋は基本狙わない。だからタバサは、その考察にしばしば時間を取りつつ、生徒達に杖を渡すべく、寮に入って行く
その様子を、二十日鼠が壁に張り付いて見ていた
* * *
「はははははは!どうしたどうした隊長殿?キレが今一じゃないか?教師なんかやってるからだ!」「……ぐ」
コルベールの杖と、メンヌヴィルの鉄棍、得物自体の威力に違いが有り、更に20年の間戦場に立ち続けたメンヌヴィルに比べ、鍛えてたとは云うものの、本来は研究者であり教師であるコルベールでは、メンヌヴィルが技量に於いて勝り、僅かな差が、如実にコルベールの体力を奪っていく
お互いに回し蹴りを放ち、左腕で防御すると、そのまま杖にブレイドが乗っかり、必殺の距離での斬撃に互いの杖が交わり、噴き出た炎が互いを吹き飛ばし、空中でくるりと体勢を整えて着地しお互いに距離を取り機を伺うが、メンヌヴィルは心底楽しそうに笑っている
「ふはははははは!流石、俺が生涯を懸けて殺そうとした相手だ。あんたは今すぐこっちに戻れ!あんたの守りたいもの全て俺が燃やしてやる!さすれば、こちらに来ざるを得まい、コルベール!」
「お断りする。メンヌヴィル、君こそ破壊の為に炎を使うのは辞めるんだ」
「俺を止めたきゃ、殺すんだな!ウル・カーノ・ソウイル・ベルカナ・ハガラース!」
「…やはりそうなるか。ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ」
メンヌヴィルが頭上に丸く輝く白炎を生み出すと、コルベールが炎の蛇を生み出した。炎の蛇は、杖から吹き出で、コルベールの身体に絡み付きながら登り頭頂部を超えると、鎌首をもたげて咢を開き、炎の吐息を吹き出す
炎の蛇が生きてるが如く必殺の炎を操る、正にコルベールの二つ名たる『炎蛇』だ
精神力の高まりを受け、互いの炎が極限まで高まり、正視出来ないレベルで光り輝いていく
「これが、あんたを越える炎だ!コルベール!」「魔法は魔力だけでは決まらないぞ!メンヌヴィル!」
メンヌヴィルの白炎が鉄棍の盛大な振りで一気にコルベールに迫り、コルベールの炎蛇は杖の一振りで、獲物に一瞬の瞬発で躍りかかる、正に蛇の動きでメンヌヴィルに飛び掛かった
互いの中央で炎蛇が白炎を飲み込み消化しようとし、白炎が蛇を焼き尽くさんと煌々と燃え盛り、二つの炎は相乗効果で温度が更に跳ね上がり、熱せられすぎた空気と共に砕け散ったのだ
バアアアアアアアン!
凄まじい爆発音が辺りにばら撒かれ、衝撃波で二人諸共に吹き飛んだ
「ぐう…」「………くっ」
二人共に衝撃波が身体に直撃し、がくがくになりながらも立ち上がる
「メンヌヴィル隊長!」「ミスタ!」
轟音に気付いた両陣営の人間が、二人を救援する為に走って割って入って来た
「トーション・デル・ウィンデ」「エオルー・ユル・ソーン・ウル・カーノ!」
メンヌヴィル隊の隊員がトルネードを唱え、キュルケが盛大なフレイムウォールで敵味方を分け隔て、コルベールを守ったのだ
灼熱の炎の壁が、二人を引き離す
「ミスツェルプストーか、済まない」「大丈夫ですか、ミスタ?一旦ゼロ機関本部に下がりましょう。今、水使い達が集まり、病院になってます」「了解した」
撤退するコルベール達に、メンヌヴィルが大声で伝えたのだ
「ジャン=コルベール!我が愛する炎の使い手よ!この戦場で、絶対お前を燃やしてやる!貴様が来ない限り、全員燃やし尽くしてくれる!」
その声を背に、二人は下がったのだ
* * *