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授業中の図書室。
本来ならば、人気のないはずのその部屋の中にサイトは居た。
「そろそろかな?」
独り言のように呟かれた言葉に、傍らのタバサが頷いた。
時計の在る生活に慣れきっているサイトと違い、この世界の住人の時間感覚はとても優秀だ。
本の読める様になったサイトにとって、図書室は時間をつぶすのに丁度良かったが、ここにいる理由はそれだけではなかった。
――コンコン
ドアが小さな音を立てる。
「どうぞ」
サイトの言葉と同時に、教師の目を避けた人影がすばやく部屋の中に滑り込む。
廊下を走ったらしく軽く息を弾ませた少女は、モンモランシーだった。
「……分かったの?」
「もちろん」
にこにことサイトが応じると、無言でテーブルに金貨が乗せられた。
サイトが枚数を数え終えると、タバサに視線を送る。
「校舎裏、放課後……今日も約束済み」
目の前でプレッシャーが膨れ上がる。
(慣れないなぁ)
サイトは視線を彷徨わせた。
「ねぇ、サイト言うまでもないけど」
「分かってるよ、モンモンはギーシュの浮気のことを調べてくれなんて頼んでない。
俺たちは調べてない、誰かに聞かれても言わない……その代わり」
浮気を知った直後のモンモランシーと会話するのは、サイトにも多大なストレスがかかる。
搾り出すような言葉に、モンモランシーは軽く頷いた。
「あんた達がこんな事してるなんて、誰にも言わないわよ」
相手の弱みを握っていると言う安心感が、モンモランシーの視線を和らげ、サイトもようやく一息ついた。
「でも、どうやって調べてるのよ?」
「……企業秘密だな」
傍らで、タバサがこくこくと首を振っていた。
怪しむように二人を見つめていたモンモランシーだったが、テーブルの金貨を見ると最優先事項を思い出していた。
「今度こそ、別れてやるっ」
勢いよく振り向くと、二人を残して立ち去った。
「……ギーシュも良くやるよなぁ……こわくねーのかよ」
サイトは自分のことを棚に上げた。
モンモランシーが立ち去ったドアを、心配そうに見つめているタバサに気付いたサイトは、安心させる為に話しかけた。
「別れたりはしねーだろ、なんだかんだ言って仲良いし」
無言のままサイトの方を見たタバサが、軽く息を吸うと一息にしゃべり始めた。
「でもでも、これでギーシュさまが困ると、ヴェルダンデに怒られるかもなの! きゅい」
……タバサではなかった少女は、そわそわと読むフリをしていた手の中の本を玩ぶ。
姿を借りている本人が見たら、眉を顰めるか、杖の一撃が飛んできそうな扱いに、サイトは黙って本を取り上げた。
「大丈夫だって、モンモンがギーシュの事調べさせるのは、別れたいからじゃなくて手綱握りたいからだって」
「そんなの、握られてる側のサイトの言うことなんて信用できないの!」
サイトの手から本を奪い返すと、その本でばしばしとサイトを叩く。
傍目には、小さい女の子がじゃれているだけに見えるが、手加減のない攻撃というのものは、少女のものでも結構痛い。
「ちょっ、あーもう、落ち着け」
本を取り上げても埒が明かないと感じたサイトは、シルフィードがタバサの姿であることを利用して、
その小さな身体を無理やり押さえつけた。
「大丈夫だって、これで何度目だと思ってるんだよ」
サイトに拘束されながらも、もぞもぞと抵抗を続けていたシルフィードがふと思うついたように呟いた。
「エッチなの、きゅい」
「ちょっ」
「お姉さまの身体を無理やり押さえつけて、サイトはエッチなの。シルフィにはぺたぺたの胸の何が良いのか分からないの、きゅい」
絡み合ったまま耳元で囁かれる言葉に、真っ赤になったサイトは弾かれるように身を離した。
「な、なっ、なにをっ」
「いーってやろー、いってやろーなの、お姉さまにいってやろー」
「ま、まて……」
「ついでに、ルイズにもいうのー」
……サイトの脳裏には、『ロリコン』の十字架を背負った自分が、これから孤独に学園生活を送る様が……
それ以前に、物理的な意味での生命の危機が……
「ま、待ってくれっ」
「じゃー、ご褒美に色をつけるのー、きゅい」
事の起こりは使い魔同士の気安さから、シルフィが他の使い魔達と会話できることをサイトに話した時だった。
「サイトも使い魔だから、皆に言いたいことが在るなら、シルフィが通訳してあげるの」
そんな親切心からの申し出だったが、サイトはそれを利用した。
「使い魔って事は、主人の側にずっと居るんだよな……」
「きゅい?」
今更ながら、サイトはお金が無い。
年金も、次回の支給は遥かに彼方。
騎士隊副隊長に昇格し部下も出来た。
学院に連れ帰った、テファに良い所を見せたいし、
ルイズやタバサ、シエスタにだって、何かを買ってあげたいときは在る。
が、お金が無い。
「じゃあ……さ、皆にこういう事を聞いてもらいたいんだけど……」
――情報は、お金に成った。
情報屋として有名に成りすぎると、情報の入手経路を不振がられるだろうからと、
顧客には一人一人口止めし、本来手に入らない筈の情報を切り売りしてゆく。
そして……
「これ、お礼な、ありがとうシルフィード」
「きゅっぃいぃぃ!」
単なる食材が、高価な情報に化ける錬金術。
最初の一回は、初期投資と思い切りシルフィードの好物を提供した。
「あ、ヴェルダンデの分はどばどばミミズの詰め合わせが良いらしいのっ」
「明日買いにいっとくよ」
何もかもが順調だったが……
「シルフィは、たいぐーの改善をよーきゅーするのっ、きゅい」
「お、落ち着いてくれ、シルフィード」
なんだかいきなりピンチだった。
「お肉最初の一回だけじゃ、物足りないの」
「な、何が望みなんだ……」
「もう一回馬がいいのっ」
「う、うま?」
「うっうっ馬旨ーなのっ」
シルフィは謎の踊りを踊っている。
「も、もう……い、一頭?」
「……嫌なら……」
サイトは崩れ落ちた。
「あとー、お姉さまの姿は窮屈なの、いつもの格好がいいの」
「いや……目立つから、それ、図書室で会う以上、タバサの格好が一番都合良いんだ」
むーと、頬を膨らませたシルフィードが、怒った様に続けた。
「サイトも、ないぺたなお胸より、ぽよぽよが側に有った方が嬉しいに決まってるの」
ルイズかタバサの耳に入れば、その場で抹殺されそうな事をシルフィードは容赦なく口にする。
授業中とはいえ他人に聞かれれば自分まで抹殺されそうなその言葉を、何とかして止めたかったが、取り押さえると先ほどの恐るべき反撃をもう一度受けるのは明白だった。
「お、落ち着いてくれ、シルフィード……俺はっ……俺はっ」
「きゅい?」
身を裂かれるような苦悶の後、サイトは一つの言葉を口にしていた。
「無いほーが好きなんだぁぁぁぁぁ」
――サイトの中で、取り返しのつかない何かが砕けた。
が、
「じゃー、仕様が無いの、お姉さまで我慢するの……あ、ルイズにしとく?」
「タバサがいーんです、はい」
ぐったりと脱力したサイトは、何も考えられないままそう伝え……
引き換えにした何か大きなものの代わりに、涙した。
「じゃー、お馬さんは明日買っといてねー」
――その追い討ちは、サイトの財布を直撃し、
「あ、赤字だぁぁぁぁぁ」
悪銭身に付かずを体現したサイトは、次の日泣きながら近所の農家に馬を買いに行ったとか。
タバサは首を傾げていた。
(おかしい……)
サイトを始め、数人がシルフィードの人間化を知った以上、これから人間の姿を取る回数が増えることを予想したタバサは、シルフィードの服を作るため人間の姿をとらせた。 が、久々に見たその姿に、強い違和感を感じた。
「太った?」
「きゅい? な、何のことか分からないの。そ、それにっ、お姉さまレディにそんなこと言っちゃダメなの」
怪しかった。
「この、ぽっこり下腹はどういうこと?」
「きゅ、きゅい……さ、さっぱりなの、おちびさんは自分があちこち小さいから妬んでるの」
ガス
杖の一撃は、思いの外重い音がした。
どうやら無意識に力を入れすげたようだ。
「素直に喋る」
「な、内緒なの、サイトとお約束したのっ」
余分な一言だった。『サイトとお約束』を聞いた、タバサの目が細められ、きっとシルフィードを睨み付ける。
「だ、駄目なの駄目なの、内緒なの、そんな目をしても……」
「……サイトに聞いてくる」
シルフィードとサイトだけの秘密。
その存在がタバサの心を乱し、必要以上に荒々しい動作でシルフィードを振り払った。
「い、痛っ」
「邪魔」
「ま、まって、お姉さま」
深い怒りを湛えたタバサの様子に、シルフィードは慌ててタバサを引き止めようとした。
つい先日、馬一頭丸まるたかった所なのに、この上タバサに怒られるのは余りにも可哀相だ。
シルフィードはそう思い、タバサを止めるために声を張り上げた。
「サ、サイトはサイトは悪くないの、お姉さまっ」
足を止めたタバサに、畳み掛けるようにシルフィードは続けた。
「サイトは、サイトはただシルフィの肉欲を満たしてくれただけなのーーーーっ!」
……シルフィードさん、それ意味ちがう……
――突っ込むものは誰一人無く。
「に、肉?」
「そーなの、シルフィの肉欲なの」
タバサが足を止めた事に勢いづいて、シルフィードはタバサの足に縋り付いた。
「お姉さまと違って、シルフィの身体は大人なの。
色々と辛いの、我慢できない時が在るの」
「え、えと……その」
「身体が鳴いて眠れない夜だって在るのぉぉぉっ」
――主にお腹が、きゅいきゅいと。
「そんな時、サイトはシルフィの中を満たしてくれるの、幸せにしてくれるの。
だから、この事でお姉さまがサイトをいじめるのは駄目なの!」
「ひぅ? あ、あの……え……と……」
余りにも余りな使い魔の告白に、タバサは混乱していた。
混乱はしていても、足元に密着するシルフィードの身体が――主に豊満な胸が。
身体は<大人>だと言うことを証明していた。
「ちょっと前から、ちょくちょくサイトがくれてたの、黙っててごめんなさい、お姉さま」
完全に沈黙したタバサが、更なる説明を求めている。
そう考えたシルフィードは、ぽつぽつと思い出すままに話を続けた。
「あの、あのね、お姉さま、シルフィずっとよっきゅーふまんだったの。
だから、サイトから言われた時、嬉しくって、ついつい答えてしまったの……」
その一言に、ぴくりと反応したタバサが搾り出すように呟いた。
「サイトが……言い出したの?」
「で、でもシルフィも嫌じゃなかったからっ、だからっ」
膨れたお腹に手を当てながら、タバサは確かめた。
「コレが……その結果?」
暴飲暴食の果てに膨れたお腹を見ながら、シルフィードも答えた。
「そうなの」
――なにか、どこかで食い違っていた。
勘違いであって欲しいと、自分の誤解ならそれで良いと、タバサは質問を重ねた。
「サイトに、もらったの…… ど、どんな気分だった?」
興味が有って聞いているつもりは無いのに、どうしても声が震えた。
「あの……ね、暖かくて甘噛みすると、びくびく暴れて……」
!
「咥えたまま、舌で弄ってると必死になってるのが分るの……そ、それで……」
「そ、それでっ!」
「もう、限界って思った時に、強く吸い上げたら、お口の中に熱いのが溢れて……」
何かを思い出して、うっとりとした様子のシルフィードを、タバサは真っ赤に成って見つめていた。
「びくんって成って、動かなくなったんだけど、シルフィまだまだ足りなかったのね」
「た、足りなかったの?」
「うん、だからね、サイトにもう一度お願いしたの、最初は駄目って言ったけど、
何度も何度もお願いして、もう一度もらったの」
「な、何度もおねだり……」
シルフィードの幸せな記憶を反芻しながら、よだれでも垂らしそうなほどだらしなく開かれた口元に、タバサの妄想が加速されていった。
「それで、この間、たーーーっぷり貰ったの」
「た、たっぷり……」
「その時サイトに、『これからは、何でも言うことを聞くんだぞ』って言われたの」
「な……なんで……も……」
それからのシルフィードの言葉は、一切タバサの耳に入ることは無く、思考停止したまま、桃色エフェクトの掛かった説明が切りのいいところまで続けられた。
「と、言うことなの……あれ? お姉さま? どしたの? きゅい」
「な、なんでも無い」
途中でタバサが腰砕けになった為、二人の立ち居地は逆転していた。
シルフィードの足に縋って、立とうとしながらタバサは何気なく聞いた。
「サイトは……その……胸が好きだった?」
シルフィードに見えないところで、そっと胸元に手をやる。
つい先日まで気にもしていなかった事が、助けてもらったあの日から気に成る様になった。
今では小さなコンプレックス。
(きっと、大きいのが好きなんだ)
使い魔に先を越された自虐的な思考のままに、タバサは聞いていた。
「? よく分らないけど、サイトは『無い方がすき』らしーの、きゅい」
「! う、うそっ、だ、だって……」
灯った小さな希望に、タバサの胸は弾む。
考えてみれば、小さな胸が好きでもおかしくは無いのだ、サイトが好きなのはルイズなのだし……
あ……そう……か、ルイズの姿で……
変幻自在の風韻竜だ。
となればもちろん好きな人の姿を取らせたに違いなかった。
「……ルイズに……変身した?」
「? してないの、それに……」
――サイトと一緒のときは、ずっとお姉さまの姿だったの――
刻が止まった。
「……ぇ?」
「聞こえなかった? サイトと一緒の時は、ずっとお姉さまの姿だったよ?」
「な……なん……で?」
んー、首を傾げたシルフィードは、ぽんと手を打つとサイトの言葉を繰り返す。
「『タバサが良いんだ』って」
「う、うそ……」
「えっと、なんだっけ? あーそうそう」
何かを思い出そうとするシルフィードを、タバサは息を呑んで見守った。
そして、シルフィードの一言は……
「お姉さまの方が、んと、『具合が良い』らしーの」
……ぐ?
タバサの視線が、自分の身体をなぞりスカートの下を見つめた。
「お姉さまが、『一番良い』って」
「ひぅ……ぇ……と……あ、あれ? うそ……あの……」
(ぐ、具合ってその……あの……た、試したの? って言うか……)
ゆらりと立ち上がったタバサが、杖を構えた。
「あれ? お姉さま?」
「……わたしの姿で?」
「きゅい? そーなの、お姉さまの姿で」
「サイトと?」
「う? サイトとしたの」
「 死 ん じ ゃ え 馬 鹿 あ ぁ ぁ 」
その日、風韻竜は自分で飛ぶより遥かに速く大空を舞った。
いつもはざわざわと会話の絶えない朝の食堂が、妙な緊張感で包まれていた。
「……はぁ……」
寝不足らしいタバサが、幾度目かの溜息を吐いた。
――な、何が有ったんだ?
――な、なんだ? 妙に色っぽいぞ? って俺は、ロリコンじゃない筈だぁっ!
――いっつも、無表情なタバサのあの顔……昨日彼女に一体何が……
その日のタバサの様子は、いつもと余りにも違いすぎて……
「ちょっ、タバサ? どうしたの? 大丈夫?」
優しい親友が慌てて駆け寄ってくるほどで、
「具合でも悪いの?」
「ぐ、具合は……ぃぃらしいの……」
「? 自分の身体の事でしょう?
「し、知らない、べ、別に確かめたり、試したりしてないっ!」
余りにも不審だった。
キュルケが更に質問する前に、タバサが慌てて立ち上がる。
「あれ? タバサ……おはよー」
「お、おっ……おは……おはっ……おは……」
慌てふためくタバサという珍しいものを、食堂中の生徒が見守った。
――原因はこいつか。
生徒一同の視線が、サイトに集中した。
「っ!」
ぱたぱたと、軽い足音を立てて、居た堪れなくなったタバサの駆け去った。
何が起こったのかさっぱり理解していないサイトに、キュルケはにこやかに歩み寄る。
「ちょっと、サイト……顔貸してくれるかしら?」
「キュ、キュルケ? な、なんで?」
「……その後は、わたしも話を聞きたいわね……」
「ル、ルイズ? お、俺にも何のことだかさっぱ……」
「「「「「とぼけんなぁぁぁぁぁ」」」」」
――学院の生徒の心が一つになった瞬間だった。
その日から、サイトの姿を見たものは…………